かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

中村雅俊

時代遅れの恋人たち / 中村雅俊

1978_12_時代遅れの恋人たち_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「時代遅れの恋人たち」中村雅俊です。

まずはデータですよ〜

・タイトル     時代遅れの恋人たち
・アーティスト  中村雅俊
・作詞       山川啓介
・作曲       筒美京平
・編曲       大村雅朗
・リリース日   1978年11月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」主題歌

私事なんだけど、先週知り合いが主催する「イントロクイズ」参加しましてね

↓ コレなんですけど
https://peatix.com/event/455948?fbclid=IwAR21C4P1k-sIGHo0Kre4tXxvAX2PbFFDb2YAs_fNeP4annMv2jInavc0gEA

「80年代 イントロ十番勝負」   

サザン

じつは、6月に別主催のチーム戦のイントロクイズにも出たんですけど、そんとき優勝したんですよ。
で、今回もその時の優勝メンバーで出ましょうよ・・・というお誘いがありまして。。

まあ、80年代縛りなら良いかな・・・と思いーの参加したんですが・・・

結果・・・・

なんとなんと、まさかまさかで「優勝」してしまいました  

今回は総勢100名の「歌謡曲・イントロクイズ」フリークが参加・・と言う本格的なイベント。 
今回も5人1組、20組でのチーム戦だったんですけどね。 6月で一度組んだ、気心の知れた仲間でチーム組んだのが良かったのか抜群のチームワーク功を奏したのか、予選、準決勝と圧倒的な強さを発揮
でも決勝戦は崖っぷちでした。
他の組にリーチをかけられ、絶体絶命の危機から、ワタシ以外のメンバーの猛烈な追い上げで劇的逆転優勝!... 盛り上がりましたねぇ!

僕ですか・・・僕ぁ、よかったのは準決の時だけですね。決勝戦は1問も答えられませんでしたよ〜。 優勝できたのはホント僕以外のメンバーのおかげですっ

分かる問題は何問かあったけど、悉く押し負けるんだよね。まだまだ未熟なワタシデス・・・。

と言っても、ワタシ的には特段、イントロクイズ対策はやっては居ないんだよね。
あくまで、昔の曲を頻繁に聴くくらいかなぁ。

とりあえず、60年代以降のヒット曲を、ヒット順に並べた音源をウォークマンに入れてあるからさあ。 それは、通勤時の帰りにほぼ毎日のように聴いてはいるんだけどね。 そのくらいですね。

ただ、今はあんまりやってないけど、昔、小学〜中学生の頃、明星の付録の歌本(Youn Song)とか月刊・歌謡曲の楽譜を見ながら曲聴くのが好きでさあ。 
その頃は自分で音源あんまり持ってないからラジオのベストテン番組を聴きながら譜面を見る訳ですよ。
で、出来るだけ曲の最初から譜面見たいからさ、イントロが出た瞬間、当該の曲ページを猛然と探すのよ。 そんな事をやってたら自然とイントロに強くなっちゃったんだよね。
中学生の頃は「ドレミファドン」のイントロクイズも回答者より先に大体分かっちゃってたし。。。25年くらい前にアーケードゲームで対戦型のイントロクイズがあったのよ。 それでも負けたこと無かったな。

とは言うものの、あれから30年近く経ってる訳で、流石にあの時に比べると頭の回転も反射神経も悪くなってるのは自覚としてあるんからさ。 
うん、瞬間的に曲としては分かるんだけども、曲名が出てこない・・とかさ
プラス、最近はクイズとして「イントロクイズ」専門に対策を立ててる方も多いんでね。
そんなわけで、今自分がどれだけ実力があるのか・・・って言うのは全く自身が無かったんだよね。
だから、今回の優勝はホント嬉しかったわ。 もっともワタシだけの実力ではないけどさ。



・・・ということで、今回の1曲セレクト、そんな「イントロ」のまつわる曲を持って来たい・・・っちゅうことで。。。

中村雅俊「時代遅れの恋人たち」

なんで、この曲がイントロクイズと関係あるの? ・・・って感じなんだけども。

いや、実はさあ、つい昨日なんだけども、買い物行く時に、いつものようにカーステで昔の曲を聴いてたのよ。
たまたま78年の今頃のヒットの並びだったんだけども・・・。 自分で曲順を並べたんで次はどの曲・・・って分かるはずなんだけども・・・・。
この曲のイントロが出た瞬間・・「あれ?」って考えちゃったんだよね。

そそそ、曲が分かんなかったの。 自分で入れた曲なのにねぇ。。。

ま、たしかに、曲がマンネリ化してきたんで、少し前に新たに曲を足したんだけどさ、その中にこの曲が含まれていた事を忘れてたんだよなぁ・・・。

いずれにしても、イントロが出た瞬間、曲が分かんなかった事で、「未熟」とか思っちゃったりして、引っ張ってきちゃいました。。。


あー、前振りが長っ

この曲は、日本テレビ系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」の主題歌でしたねぇ。 

そそそ、中村雅俊氏主演の学園ドラマっすよ。 一時、柳沢慎吾がマネしてたよなぁ。

ワタシ、このドラマ好きだったぁ。 ・・・とは言っても、本放送の時はまだ小学3〜4年だったからさ、本放送では見てない。 後年、夕方4時ごろから頻繁に再放送してたじゃん。 「太陽にほえろ!」とかと繰り返しで。
そん時だよね、見てたのは。 中学生の頃だったかなぁ・・・。

なんか羨ましかった、青春してるんで。 高校生になったらこんな青春出来るんか なんて思っちゃりして。。

まあ、実際的に、あんな生徒思いの「熱い」先生なんて、そうそうは居ない訳でさ。。。

で、この曲は、そのオープニングテーマですね。

↓ コレ


オープニングフイルムでも気がついた方も多いと思うけど、いろんな「才能」が集まっているんですよね。
ドラマ脚本の畑嶺明氏は、後にTBS系ドラマの「うちの子にがきって」「毎度おさわがせします」の脚本で大ブレイク。
劇中曲 作曲の小六禮次郎氏は、後にNHK大河ドラマのオープニングテーマや、吹奏楽のオリジナル曲作曲を手掛けるなど、今や劇番作曲の大御所ですわ。


そんな今や大御所となられた才能の若かりし頃、てがけられたドラマってわけですね。


で、肝心の主題歌の「時代遅れの恋人たち」はというと・・・

詞は山川啓介氏。 まあ、これはなんとなくわかるんですけどね。 後年、火曜サスペンス劇場の件の「聖母たちのララバイ」など、日テレ系のドラマテーマ曲の詞を何本か書いてたし。

ただ、意外だったのは、作曲が筒美京平氏なんだよね。 いや、これは全くの意外だった。
ぱっと聴き、筒美京平氏っぽくないしさ。 時代的には、大橋純子さんの「たそがれマイラブ」とか、庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」など一連のヒットの頃ですわ。
つまりは、あの頃の筒美氏の曲ってバタ臭かったんだよね。 この曲のように「汗飛び散る」っていう青春群像な曲のイメージは無かったからさ。

それ以上に意外だったのは、、アレンジが大村雅朗氏なんだよね。 そそそ、時期的には八神純子さんの「みずいろの雨」と同じ頃ですわ。
 つまりは、アレンジャーとして大ブレイクした、丁度そのこのろって言う訳なんだけども。。。 
だからなのか、後年、松田聖子さんや、一連のニューウェイブ系作品を手がけた80年代の、あの洗練されたイメージはまだない。
そもそも、大村氏の、こんなカントリーミュージック的なアレンジってのも、80年代の一連の大村作品からすると、想像つかないしなぁ。 ちょっと雑っぽいアレンジが初々しいっちゃ、初々しいんだけどね。
だから、近年までこの曲のアレンジが大村氏だったことは、全く気がついて無かったんだよね。

いずれにしても、ドラマのヒットもあって、この曲自体もそこそこのヒットとなりましたよね。オリコンでは最高18位ながらも、売り上げが約18万枚のスマッシュヒット。
累積の売り上げだけ見たら、瞬間的にベストテン入りしてもおかしくなかったですからね。


動画・・・どうもうまく貼れなかったんで、ようつベのサイトの直リンク
https://www.youtube.com/watch?v=_6qEYiRV8x4



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俺たちの旅 / 中村雅俊

1976_01_俺たちの旅_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「俺たちの旅」中村雅俊です。

まずはデータでする。

・タイトル    俺たちの旅
・アーティスト  中村雅俊
・作詞      小椋佳
・作曲      小椋佳
・編曲      チト河内
・リリース日   1975年10月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  87.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1976年1月12日〜2月16日付(暫定)
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「俺たちの旅」主題歌

先日のニュースによると、天皇の退位により「平成」も来年いっぱいで終わるらしい。 つまりは「平成30年」で打ち止め・・・って言う訳ですね。
 そうかあ、そうなると「昭和」と言う時代も、ますます遠くなるなぁ・・・・っなんて思っている昨今だったりして。
ま、それ以前に「昭和」の時代に活躍されていた方々が、ここ数年、どんどんと鬼籍に入られてしまった訳で、それだけでも昭和って言う時代も大分、遠くなってしまった・・・って言う実感なんたけど。。。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、「個人的」に「昭和」を感じる曲をひとつ。

中村雅俊「俺たちの旅」

・・・なんて書くと、「え?」なんて思われるかなぁ。  なんで、「俺たちの旅」が昭和なんだよ・・・・とかさあ。

「俺たちの旅」っていえば、日テレの「日8」・・・つまりは日曜20時〜21時・・・っていう、NHK「大河ドラマ」の「真ウラ」で放送していた、いわいる「青春ドラマ」枠で1975年〜1976年の1年間放送していたドラマですね。

主演 中村雅俊、田中健、秋野大作の3人がつとめた、お馴染みのドラマですわ。 
・・・なんて、さぞかし当時見てたかのように書いてるけど、当時5才〜6才だったワタクシは、流石にこのドラマは見てなかったよなぁ。 後々、テレビ探偵団とかなつかし番組で「断片的」に見たりしたから、存在は知ってましたけどね。

うん、1975年〜1976年といえば、このドラマが始まるちょっと前の時間にフジテレビで放送してた、「カルピス世界名作劇場」だよね、見てたのは。
75年が「フランダースの犬」、76年が「母をたずねて三千里」っちゅう、名作劇場の中でも一番盛り上がっていた時代ですわ。 個人的には、これ終わったら、「寝る」時間だったからさあ
そそそ、当時は就寝時間が8時だったの。(土曜日だけは「全員集合」見てからだったから9時だったけど) 
だからね、当然ながら、この「俺たちの旅」も当時は存在も知らなかったんだけどさ。。。

・・・・とととと、話が大分ずれた。。。

あれ? なんだったっけ????


あ・・・そうだ、中村雅俊氏の「俺たちの旅」から、どうして「昭和」を感じるのか・・・だったですね。

この曲のサウンドですよね。この曲、FMや「ステレオ」で聴くより、AMラジオの「モノラル」で聴いた方が絶対にいいんだよね。
 当時の哀愁感っていうのかなぁ、当時の記憶がセピア色に甦るっていうのかなぁ。気分は1975年当時に戻るんですよ。

・・・と言っても、当時5〜6歳だった、ワタシの記憶なんて取るに足らないものだとは追うんだけども、それでも少しは物心ついてましたからねぇ、当時。
少しではあるけど、1975年って言う空気感は感じ取ってたんだよね。

いや、逆に言えば、世の中の空気感を感じ始めた、最古の記憶かもしれない、個人的には。

そんなこともあってか、個人的に「昭和」の空気・・・というと、1975年当時の空気を思い出すのかもしれないなぁ。

上で「セピア色」の想い出・・・って書いたけど、例えば、当時、テレビでは、まだドラマにしてもニュースにしても「フィルム」が多かったじゃん。 今みたいにVTRではなくてさ。

映画でもそうだけど、フィルムって、独特の哀愁感を感じるんだよなぁ。日常なんだけど、非日常の世界のようなさ・・・。
それと、街並みにしても、今のような無機的な感じじゃなかったじゃん。
まだ、駅前とか、商店街が華やな時代だったしさ。そう言う商店街には、「ラッパ」スピーカーから、ヒット曲が、半分割れたような音でガンガン流れてたりしてさ。街に活気がありましたよね。

丁度、当時流行ってた、野口五郎の「私鉄沿線」とかの世界。

映画「三丁目の夕日」ほど時代は古くないけど、かといって、まだパソコンなんて何者だ?、って時代だし、それどころかビデオも普及していない時代。

古くないけど・・・かといって新し過ぎもない時代。  なんて書くと「中途ハンパ」な時代? なんても思えるけど、そうじゃない。文化的にも人間性的にも、いまよりはずっと豊かだったんじゃないか・・・なんて思える時代。

それが1975年あたりなんじゃないか・・・なんて個人的には思えるんだよな。

ま、世相的には、70年代前半までの高度成長期が終わり、前年74年には戦後初のマイナス成長という不景気に見舞われた時代。

それは、この「俺たちの旅」っていうドラマ自体にも出て来ているんだけどさ。 例えばそれまで青春ドラマっていえば、スポーツがあって、太陽に向かって走れば、全てが解決・・・っていう能天気な部分があったわけじゃん。

でも、このドラマあたりから、「悩み」が入って来るんだよね。 つまり「陽」だけじやなく、「陰」の部分。こんな部分に、それまでの高度成長期の「プラス」成長から一転して、「マイナス成長」期に入った世間の「陰」の部分が反映されてきたりしてね。

もしかしたら、そういう「陰」の部分に強く惹かれているのかもしれないな、この時代というと。

ちなみに、ドラマ「俺たちの旅」の脚本は、畑嶺明、鎌田敏夫 両氏が書いてたんだよね。
こののち80年代、畑氏は「毎度おさわがせします」、鎌田氏は「金妻」「男女7人」シリーズという、TBSのドラマ黄金期を支えることになるんだけども、この時代は日テレドラマを書いてたんですよね。
ちなみに、「太陽にほえろ」の脚本も書いてましたよね、この時代。


あー、今回は内容がまとまらないなー。何書いてるんだか、よく分かんなくなってきた。。。

ま、ともかくも、個人的には1975年って言う時代は、70年代の中では、78年に次いで印象深い年なんだよね。
それとともに、この曲を聴くと、1975年って言う時代を強く感じてしまうワタシな訳ですわ。



この曲はやっぱり、生で歌っているところよりもレコード音源の方が時代性を感じる・・・ってことで、そう言う動画を持って来ましたわ。
 どころでこの曲、売り上げは87万枚っちゅう、中村雅俊氏としては、デビュー曲の「ふれあい」に次ぐ売り上げを記録した大ヒットだったんだけども、オリコンでは結局1位取れずの、最高2位だったんだよね。

 同時期の1位は、バンバンの「いちご白書〜」であり、ユーミンの「あの日に帰りたい」であり、いわいるユーミン勢に押し切られた形になってたりする。 しかも、しまいにゃ、「およげ!たいやきくん」とパッティングしちゃたりして。。。不運といえば、不運が続いた曲なんだよな。

ただ、売り上げにたがわずロングヒットだったけどね。 ベストテンにランクインしている最中は、兎に角、上下動が少ない安定したチャートアクションを展開していたのが印象的なんだよなぁ、この曲は。

ちなみに、最初のデータに書いたベストテンランクイン期間は、「ワタクシ」のチャートのもので、チャートを始めたのがこの曲がベストテン入り最中だった1976年1月からなんで、「暫定」と入れました。
オリコンでは、1975年11月10日付からベストテン入りしています。



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ふれあい / 中村雅俊

1974_10_ふれあい_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「ふれあい」中村雅俊です。

まずはデータでする。

・タイトル    中村雅俊
・作詞      山川啓介
・作曲      いずみたく
・編曲      大柿隆
・リリース日   1974年7月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 126.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年7月29日〜11月25日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「われら青春」劇中歌

前も書いたかもしれないけど、長年ヒットチャートを見てくると、ちょっと信じられない現象に遭遇かる事がある。
・・・まあ、「遭遇」なんで大げさかもしれないけど。。
 それでも、自分がリアルタイムでヒットチャートを見始めた以前のチャート・・・そうね、ワタシだったら、1977年以前かなぁ・・・となるとさ、結局後付けで、チャートを見たわけじゃん。

だからね、実際の曲としては、曲の内容からこの位売れたのかなぁ・・・なんて想像でしかないんだよね。
その想像と、実際に売れた枚数が、大体近い時もあれば、全く「当て外れ」の時もある。

今回は、そんな想像とは全く「当て外れ」だった曲を持って来ましょうかねぇ。

中村雅俊「ふれあい」

当時、「青春真っただ中」だった方々・・・、そうだなぁ、今、還暦前後の方には懐かしい曲ですよね。 みんな知ってるよなぁ、流石に。
 そそそ、当時、1974年4月から、日テレの「青春ドラマ枠」だった、日曜20時〜21時で放送されていた、「われら青春」の劇中で流れて、超大ヒットしてた曲ですよね。
 以前、青い三角定規の「太陽がくれた季節」でも書いたように、70年代から80年代初めにかけて、日テレの日曜20時は「青春ドラマ」枠だったんですよね。NHK大河ドラマの真ウラなんていう一見「不毛」とも思える枠で、そこそこ頑張っていたんだから、やっぱ、当時は青春ドラマ、人気があったんだよね。

そして、ここは当時の若手男性俳優の登竜門・・・ということで、今回の「ふれあい」を歌った中村雅俊氏が主役だったわけですね。
 当時23歳。青春ドラマということで、まあ「高校」の先生役だった訳だけど、当時の年齢からして、ほんとうに兄貴のような年齢だったわけだわね。まさに「青春」だったわけですわ。

ただね、当時5才だったワタシは、もちろん、このドラマ見てたわけじゃなんで、ちょっとその辺の事情にはうといんだよな。

だからね、この曲にしてもこんな超大ヒットしてたっていのうが、ちょっとピンとこなかったんだよなぁ。

なんせ、中村雅俊氏のレコードデビュー曲にして、いきなりのミリオンセラー。126.5万枚も売れたわけでさ。
しかも、オリコンでは、74年8月19日〜10月21日付まで、「10週連続」の1位獲得・・・なんて大偉業だったわけなんだよね。

もちろん、デビュー曲でのミリオンセラーっていうのは、オリコン史上、当時としては、これが初めての快挙だったんじゃなかったっけなぁ。

この辺のチャート事情、個人的には信じられなかったんだよなぁ。

オリコン10週連続1位で、売り上げ130万枚弱といえば、寺尾聰の「ルビーの指環」と、ほぼ同じ規模のヒットと言う事になるんだよね。

どう割り引いても、「ルビーの指環」と同じ程度のヒットには感じないんだけどな。。。

この曲、個人的にも昔から知ってはいたけど、ミリオンセラーになるような曲には、どうも思えなくてさあ。


当時、ミリオンセラーと言ったら、ヒット曲でも特別なそん存在だった訳でさ、それだけに特別なオーラを感じたわけなんだけどなぁ、この曲は、そう言うオーラは感じなかったしさ。
 
 その前に、この曲、ワタシ、中学生の時、ワタシが変わってた中学校の「全校合唱曲」だったんだよな
その印象がどうも強くてねぇ。。
 当時は、なぜにこんなに暗い曲を歌わにゃいけんのだ・・・なんて思ってたもんだよなぁ。今から30年数年前の中学生にとっては、刺激が少なかったんだよなぁ、この曲は。

でも、それより丁度10年前では、この曲、ミリオンセラーになってたわけだから、10年の間でヒット曲も大分刺激が強くなった訳なんだよなぁ。
・・・なんて感じたりもしたよなぁ。 そのくらい、よく分かんなかったんだよね、この曲がミリオンセラーって言う現実は。まあ、あくまで個人的な感想だけどさ。

やっぱ、70年代前半は、フォークブームだったですからねぇ。そう言うブームの真っただ中にリアルタイムに居ないと分かんない事って多いですからねぇ。
 

ちなみに、1974年って言う年は、比較的ロングセラーが多い年で、年間に4作もミリオンセラーが出たんだよな。
1980年前半まで、長らく、シングルのミリオンセラーは、年に1作か2作っていうのが通常だったから、それからしてみれば、年間4作っていうのはミリオンセラーの豊作年って言えるだよね。
 まあ、この年は、演歌と、この曲と同様にフォークが強い年でしたからねぇ。 演歌がロングセラー傾向が強いのは、昔はも今も変わらない・・・って訳なんだけども、フォークっていうのも意外とロングセラーの傾向が強いんだよな。
 ジミーにジワーリと売れるんだよね。まあ、曲調からしてジミーにジワーリっていう傾向が強いからなぁ。だからね、意外とこれら両ジャンルともに似たところがあるんだよなぁ。




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心の色 / 中村雅俊

1982_02_心の色_中村雅俊






今回の1曲セレクトは、「心の色」中村雅俊です。

 まずはデータです。

・タイトル    心の色
・アーティスト  中村雅俊
・作詞      大津あきら
・作曲      木森敏之
・編曲      川村栄二
・リリース日   1981年11月25日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   69.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年2月15日〜5月10日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「われら動物家族」主題歌

 毎度毎度、曲がねー・・と言い続けているワタシですが、実はまだあるんだよね、「オリコン」で1位とった曲で書いてない曲が。
 まあ、それを分かっていながら、ちょっと前から暖めていたんだけど、それが、今日引っ張ってきた、中村雅俊の「心の色」だったりするんだけどさ。

 暖めておいたっちゅうのは、この曲の「ヒット全盛」ってのが、1982年、今から28年前の「今頃」だったからなんだけどさ。
そそそ、オリコンを中心に、1982年3月第1週のチャートで、一斉に「1位」を達成したんだよね、この曲。

 まあ、予期せぬヒットというか、まっちの「情熱・熱風・せれなーで」と、松田聖子の「赤いスイートピー」が1位争いをしていた、当時のチャート勢力図の中に、突如、割って入ってきたこの曲って感じだったよなぁ。
 
 それだけ、ヒットする・・・っていう確信はなかったと思う。
ただ、単に、ちょうど、中村雅俊がドラマ「われら動物家族」に主演するんで、ついでに主題歌も・・・って感じでリリースされたのが、たまたま大ヒットら結びついたって感じだろう。
 うん、中村雅俊の場合、例の「青春シリーズ」なドラマで、主演の時は、ずっと自分で主題歌、歌ってきてたし、それが、たまたま日本テレビからTBSに移ったってだけの話で。。。


 ただ、正直、最初聴いたときは、どうもいまいちピンと来なかったなこの曲。
 重いんだよね、サビにいたるまでの流れとイメージが。それと、時代は、アイドルポップスに流れてたから、このテの「歌謡曲」の延長のような曲が大ヒットするとは思わなかったのよ。

 そんな曲だから、チャートの動きを見ても、リリース当初は、ほとんど動いてこなかった。
 なんせ、リリースからベストテン入りまで3ヶ月かかっているわけだから。
 それが、ドラマの好調さもあってか、急に来たんだよなぁ、「波」が。

 きっかけは何だったんだろう? たしかに、ベストテン入りする半月前に「サ・ベストテン」のスポットライトに出たのも一つだったんだろうけどな。 
 ちなみに、ベストテンにスポットライトに出演した1982年1月21日の週のオリコンでは29位。
 で、次の週から19位→10位→4位→2位→1位

 と見事なくらいの上昇曲線を描くことになる。まあ、大ヒットになる典型的なチャートアクションパターンですな。

 うーん、それだけ当時の「ザ・ベストテン」の影響力の大きさってのもあったんだけろうけど、それだけではなく、他の要素もあったんだろうけどなぁ・・・。
 ただ、この曲に関しては、個人的にはそれが何なのか・・・っていのうがちょっと釈然としなかったんだよね、当時は。

 ↑で書いたように、どうも今ひとつはっきりしない曲だよなぁ・・っていう思いがあってさ。

 いや、たしかに、サビから大サビにむかっての盛り上がりの部分はよく分かる。
 でも、それにしても、いまひとつすっきりとした感じを受けなかったんだよなぁ。

 やっぱ、マイナー調な曲だったっていのうが、影響していたかもしれない、季節は春に向かっていたのに、マイナーな重い曲っていうのかあって、それがヒットしたっていうところが釈然としなかったっていうか。
 やっぱさ、春は春らしい、スカッとした曲が・・・っていう思いが強かったんだよね、当時。




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恋人も濡れる街角

1983_01_恋人も濡れる街角_中村雅俊






今回の1曲セレクトは、「恋人も濡れる街角」中村雅俊です。

 まずはデータです。

・タイトル    恋人も濡れる街角
・アーティスト  中村雅俊
・作詞      桑田佳祐
・作曲      桑田佳祐
・編曲      桑田佳祐 八木正夫
・リリース日   1982年9月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   47.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1982年12月13日〜1983年2月14日付

 1982年末から1983年の初めにかけてのヒットチャートって、今思うと、80年代の中でも不思議な空間だったような気がするな。

 一方で「アイドル」が強かったし、また一方で「演歌」も強かった。その中にニューミュージックが割ってはぃって来たり、かと思うと、今日引っ張ってきた、中村雅俊のような「役者」が歌った曲がベストテンに入ってきたり・・・。
 なんか、ごちゃ混ぜで、五目御飯のようなヒットチャートだったような。

 多分、いろんな世代の曲がそれぞれ「売れてた」最後の時代だったな。ここを境に演歌は終落し、ニューミュージックは、ジャンルが多様化し、アイドルが時代の中枢として王国を築いていく・・・。

 なーんて、昔、フジテレビの深夜に放送していた「カノッサの屈辱」風に書いてみ見たりして・・・あせあせ

 いや、でも、実際、いろんなタイプの曲が上位にきてたよなぁ。プラス、ロングヒットが多かったのも事実。
 まあ、一時的に演歌が強さが復活した時代でもあったからなんだけど、今日ひっぱってきた、中村雅俊の「恋人も濡れる街角」なんてのも、ロングヒットだったよなぁ。

 リリースは82年の9月1日。で、ベストテンまでたどり着いたのが、その年12月。で、そのまま年をまたいで83年の2月までベストテン内に居座り続けたわけだから、正味、リリースから下火になるまで約半年もジワリと売れ続けたわけだ。

 でもさ、個人的には、当時はあんまりわかんなかったな。この曲。
サザンの桑田氏が中村雅俊に贈った曲っていうことで、たしかに話題性はあった。

 それでも、内容的には、まだ、大人っぽくてさぁ、ちょっと理解できなかったところもある。

 とりあえず、横浜って街は、こんな「濡れた」感じの街なのかなっていう印象はあるな。歌の舞台になっている、馬車道通りとかさ、この曲を聴く限り印象的にはロンドンっぽいイメージがあった。

 後年、初めて馬車道通りにいって、イメージと随分ちがったんで、ちょっとガッカリしたんだけどさあせあせ

 考えて見れば、演歌も含めて「大人」の匂いがする曲が上位に来てたのも、このころが最後かもしれないな。

 ・・・といっても、当時の中村雅俊って、たしか、31歳とか32歳じゃなかったかなぁ。
 ・・・ということは、今のワタシより、遥かに年下なんだよね。

 いやいや当時は、かなりの「大人」に見えたけどなぁ。



 この曲、一箇所、未だに意味がよく分らないところがあるんだよね。

2番のサビの部分

 ♪ もう、このままでいいから、指先で俺を行かせてくれ〜 ♪

ってところ。

うん? 曲の流れからして、どこに行かせてくれ? って言ってるの?

 むかーし新卒で入った会社の上司は、「SEX」の事だよふらふらって言ってたけど、合ってんのかな?

 ・・・・なんて、書いてる自分も99%そうだろ・・・って確信的に思ってたりするんだけど。。。ふらふら

 当時の桑田氏の歌詞は、時々、めっちゃ官能的な歌詞の時があったからな。この曲の近くでは、サザンの「ボティスペシャル供廚箸・・・

 ♪硬く甦るまではanymore〜♪なんてのは、もろやん。。。ふらふら

 でもさ、桑田氏のこんな官能的な詞が好きだったりしたんだけどなぁ。最近、なかなか、このてのスケベソングを書かなくなったちゃったんで・・・桑田氏も。。。それが残念でねぇ。。。



 あへ、なんか、今回は文が全然まとまらなかったワイ。。。ふらふら




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