かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

ユーロビート

Give Me Up / Babe

1987_03_GIVE ME UP_BABE








今回の1曲セレクトは、「Give Me Up」Babeです。

まずはデータどぇす。

・タイトル    Give Me Up
・アーティスト  Babe
・作詞      MICHEL NIGRO PIERRE、 MICHEL DE SAN ANTONIO
・日本語詞   森雪之丞
・作曲       GIUSEPPE NIGRO MARIO
・編曲      大村雅朗
・リリース日     1987年2月21日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  12.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月23日〜3月30日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「あまえないでヨ!」主題歌

 この先1曲セレクトでどの曲を書くか・・・過去の「今頃」のチャートと、以前書いた曲のアーカイブスから当たりをつけてたんですが・・・、うーん、意外な曲をまだ書いてなかったりしますねぇ。。。当然、みんな知ってるよね・・・ってことで、昨年書いていてもおかしくなかった曲が、まだあったんですねぇ・・・。

・・ということで、今回は、そんな曲をセレクト。

Babe 「Give Me Up」

うーん、ワタクシと同年代(現在40代後半)の方は「なっかしいなぁ」って感じかなぁ

「Babe」って覚えていますか?  近藤智子 二階堂ゆかり によるデュオユニットでしたね。
まあ、今から思えば、二人とも特段キレイでもなかったし、歌が飛びぬけて上手かった訳でもないし、どこにでもいるようなお姉ちゃん2人組だったんだけどね。
だから、本来ならそれほど注目されなくて、グッパ〜イでも全然おかしくなかったと思うんだけどさ、今思うと。

やっぱ、デビューの時の「ベストテン」での「失敗」がインパクトがあったんじゃないかなぁ。
そそそ、Babeってこの曲でデビューしたんだけど、丁度87年組が次々とデビューしていた時期。「ベストテン」で87年デヒュー組の紹介VTRを流したことがあるんだよね。
 そのとき、近藤智子さんが思いっ切り、お尻からコケタってのがねぇ、なかなかインパクトがあったんだよな。意外とあれで、ググッと人気に火がつきましたよね。

まあ、楽曲的にも充分インパクトありましたけどね、「Give Me Up」。 一度聴いたら絶対に忘れないでしょってくらいキャッチー。
 もちろん、ここで書かなくてもみなさんご承知のように、元々はマイケル・フォーチュナティの前年のヒットのカバー。 うむ、もろユーロビートでしたな。

ちょうどユーロビートブームの真っただ中だったんだよね。それを受けてか、アイドルもみんなこぞってユーロビートのカバーやってたもんなぁ。
 先駆けは前年の荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」辺りからなんだけど、あれが大ヒットしたこともあって87年にもなると、猫も杓子もユーロビートって感じだったもんなぁ。

いや、それまでアイドルの曲ってあんまり「踊り」って言うか、みんなで「踊れる」ことを前面に出した曲って少なかったんだよね。アイドルといえば、その存在を愛でるキャラクターだったわけでね。
まあ、ピンクレディーみたいな「例外」もあったけどさ、「踊り」っていうのはそれほど大きく重要な要素じゃなかったんですよ。
でも、この頃からだよなぁ、アイドルの楽曲にみんなで「踊れる」っていう要素が加わってきたのは。

おりしも時代はバブル前夜。みんな踊れや騒げやって感じだったよなぁ。まあ、口悪く言えば「軽薄」な時代だったんだよね。

 でも、そんな時代にピッタリ嵌まったって訳なんだよね、そんな訳で、この曲はセレクトしてきたのは正解だったよね。
 まあ、Babeの他にもこの曲カバーしてきたヒトはたくさんいる訳で、仮にBabeがカバーしなくても、誰かがカバーヒットさせただろうけどさ。

結局さ、ユーロビートが流行ったのは、日本語詞との相性が良かったからなんだろうね。それと全体的にキャッチーなメロディ。 日本人の感性にピッタリ嵌まるっていうかさ。
 ま、それ以前もフレンチポップスが日本で成功した例もあるように、ヨーロッパ系の音って日本人、好きなんだよね。というか↑で書いたように感性が合うんだろうね
ちょっと濡れたようなサウンドとか、メロディのリズム感とかさあ。

だからね、ちょっと話がズレるけど、いまフランスを初め、ヨーロッパで日本のアニメ曲とかアイドルが受けているのも良く分かる事なのよ。音楽の感性が似てればさ、日本の曲が向こうで受けてもおかしくないわけでさ。逆もまたしたりって事なんだよね。

いずれにしても、今のE-GIRLなんかに至るまでの「踊れる」アイドルの源流だよね、このBabeなんかはさあ。



それにしても 
♪ Give Me Up  Wow Oh 〜 ♪
っていうフレーズは、今聴いてもシツコイ位繰り返されますなぁ。
まあ、この曲の「キモ」はこのフレーズなんだけどさぁ。

これだけ繰り返されると、否が応でも覚えちゃいますよね。
好きキライ関係なしに、耳に残っちゃいますわ。
で、もって思わず曲に引き込まれる・・・というかね。

どーでもいいことだけど、勤務先で隣のデスクの女子が、二階堂ゆかりさん
(ポニーテールの方)に似てるんだよな。雰囲気が。

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EZ DO DANCE / trf

1993_06_EZ DO DANCE_trf






今回の1曲セレクトは、「EZ DO DANCE」trfです。

 まずはデータでーすぅ。

・タイトル     EZ DO DANCE
・アーティスト  trf
・作詞      小室哲哉
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日   1993年6月21日
・発売元     エイベックストラックス
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   78.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位
・タイアップ:「シーブリーズ」CM曲

今回は、ストレートに曲紹介に入るよ〜。ひさびさにtrfです。
まえまえから、この時期になったら書こう書こうと思ってたんだよね。この曲。

 1993年ってこの時期まで、正直言うと印象に残っている曲ってあまりないんだよね。
 時代はビーイング卿の終盤。兎にも角にもビーイングの時代で、かなりヒット曲に対して食傷気味だった時期なんだよね。個人的には。

 そんな時聴いた、この曲。 ヒトコトで、ショックでしたねぇ。


 いきなし、 「3.2.1 BREAK DOWN !!」 でしょ。。。

 それに引き続く、緊張感たっぷりのイントロ。

 たしかにね、それまで2、3年間のビーイング時代とは異なる、緊張感タップリの異質な空気が漂っていたんだよね、この曲には。

 時にビーイング系がそろそろ「緊張感」もとけて、「馴れ合い」的な曲が多くなってきてた時期だけに余計に異質な感じだったなぁ。

 サウンドは、ま、下世話的に書くと、ホディコン、ジュリセンの”ジュリアナ〜s東京”の延長線。
 ただ、あの時代、そろそろ「ジュリアナ」も下火になりかけてたころだったからなぁ。

 それを考えても、ちょっと時代が過ぎてた・・というか、異質な感じはしたんだよね。

 同時に確かに、インパクトはめっちゃつよいし、印象に残るんだけど、このあと連続大ヒットで、「エイベックス」系の一大時代がやってくるとは、この頃はまったくもって考えてもいなかったですよ。

 それを反映してか、この曲は、オリコンではベストテン入りしてないんだよね。まあ、まだ、ホントの初期ブレイクだったから、固定ファンがほとんどいなかったのもあるけどね。

 でも、決定的なことは、この曲がいかにも、攻撃的(アグレッシヴ)な曲調だったこと。これは、大きかったんではないかなぁ。
 ビーイング系全体的にが、「守り」な曲調に入ってきてた時期で、全体的なヒット傾向もやや、中だるみな曲調が主流だった時期だから、この「姿勢」なこの曲が際立ってるんだよね。

 まあ、そういうこともあってか、この曲の「口コミ」効果というのはでかくて、おかけで、ベスト100には約1年間ランクインという、異例のロングセラー。オリコンでは、最高位15位なのに、セールス枚数は78万枚強なんていう、とんでもない数を記録してたりするんだよね。

 いつの時代でも、「アグレッシヴ」な曲はヒトを動かすよね。ま、こればっかになってもすぐ飽きちゃうわけで、「キャッチー」な曲とのバランスってのは、大事なんだけどさ。

 個人的には、とにかく、少しでもビーイングの呪縛から逃れたいという気持ちだけでしたねぇ。当時は。

 だから、この当時はエイベックス系の曲も素直に聴けたんですよ
 インパクトだらけの曲なのに、なぜか、一服の清涼剤のように聴こえたりして。。。。

 あのころは、それだけ「きゃっちー」路線に飽き飽きしてたんだろうね。
 とにかくインパクトが欲しかったんだよね。

 エイベックスの躍進は、大多数の人が丁度、そんな気持ちになりかけたと同時にはじまったんだよね。
 今から考えると、ある意味必然的だったのかも。。。。




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ヴィーナス

1987_01_ヴィーナス_長山洋子






今回の1曲セレクトは、「ヴィーナス」長山洋子です。

 まずはデータです。

・タイトル     ヴィーナス
・アーティスト  長山洋子
・作詞      Robert Leeuwen
・作曲      Robert Leeuwen
・日本語詞   篠原仁志
・編曲      鷺巣詩郎
・リリース日   1986年10月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   16.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1986年12月29日付

以前も同じようなこと書いた気がするんだけど、ユーロビートと歌謡曲って、なぜか相性がいいんだよね。

 いや、相性がいいっつうより、もともとこのテのリズムが日本人は好きってことがあるからかなぁ。
 まあ、ユーロビートっちゅうくらいだから、もともとは英国から来たビートっちゅうわけなんだけど、やっぱ、日本人は、昔からヨーロッパ文化が好きだから。。。あせあせ

 なんちゅうかねぇ、やっぱね気候が似てるところがあるからかねぇ、この「温暖湿潤」的な「濡れた」感じが、日本人の肌にフィットするんですかねぇ。

 ・・・ということで、今日は、長山洋子の「ヴィーナス」を引っ張ってきたんだけど、これも売れましたな。

 うん、85年の荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」に始まった、アイドルのユーロービートカバーの1曲よ。
 ここからWinkにいたるまでの、80年代終盤のメジャーなアイドルポップスのフォーマットよ。乱暴に書けば、ユーロビートにすりゃ、大体が売れた・・・って感じだったもんね。

 まあ、この「ヴィーナス」については、ちょうど、バナナラマがヒットしてたしなぁ、それを「おすそわけ」って感じで、ほとんど、そのまま引っ張ってきて、カバーしましたって感じですわ。

 それでも、ちゃんとヒットするんだから、やっぱり、あの時代の流行だったんだよね。

 だいたい、それまでの長山洋子の曲からしたら、ほとんど180度変わっちゃったじゃん、この曲で。
 それまでは、マジメな「歌謡曲」寄りのアイドルポップスを歌ってたのにねぇ、このヒトって。

 この変化には、ちょっとびっくりしたな。 まあ、上記のようなマジメ路線で売れてたか・・・といえば、必ずしも成功はしてなかったからねぇ、同じビクターの荻野目洋子が成功したのを見て、では、同じ路線を・・・ってことになったんだろうな。

 ま、もともとこの曲は、オランダのグループ、「ザ・ショッキングブルー」の1970年の大ヒット曲なんだけど、もちろん、オリジナルは、ユーロビートではないぞよ。うむ、まだ、ユーロビードなる音楽はなかったからのう。
オリジナルは ↓   サイケ色が残るフォークロックですよね。




 でも、それが、約20年後、うまくユーロビートにのっかって「再生」しちゃうんだから・・・。
 ・・・つうか、やっぱ、もともと「オランダ」のグループの曲っていうこともあって、もともと「ユーロビート」には相性がよかったのかもな。

まあ、ユーロビートでカバーしたのは、長山洋子さんより、バナナラマの方が先だけど・・・。

↓ これ



だから、長山洋子さんのカバーは、オリジナルのショッキング・ブルーのカバーというよりかは、バナナラマのカバーですわな。

 ちなみに、「ヴィーナス」っていうと、「女神」ってイメージがあるけど、「隠語」として、「女性自身」(→あそこ→タモリマーク(死語))っちゅう意味もあるんだよねふらふらふらふらふらふら

 この曲の場合、前者というよりも、どっちかというと「後者」を指してるんだけど、それをお分かりで、長山洋子さんにカバーさせたんでしょうかねぇ。

 もし、重々承知で・・・っていうんだったら、さすがはBプロ。なりふりかまわずですな。。あせあせあせあせ


・・・というか、現在、すっかり「演歌」になってしまった、長山洋子さんが、昔、「アイドル」だったってことを、すでに知らない人の方が多かったりして・・・ふらふら

・・・ってのは、いまやお約束exclamation & questionあせあせ




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