かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

チャゲ&飛鳥

男と女 / チャゲ&飛鳥

1981_11_男と女_チャゲ&飛鳥


今回の1曲セレクトは、「男と女」チャゲ&飛鳥です。

まずはデータです。

・タイトル    男と女
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      瀬尾一三
・リリース日   1981年10月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 28位
・売上げ枚数 9.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 32位

 今朝の地震、気持ち悪かったですね。テレビでも言ってたけど、小刻みに揺れる地震ではなく、ゆっくりとグーラグーラ揺れる感じで。。。いわいる長周期波動ってやつでしたね。
まあ、ウチの方は揺れ自体は大したことはなかったんだけども、やっぱり気持ち悪いもんです。

それはそうと、なんでも明日の夜から明後日にかけて「雪予報」がでてる関東地方ですが・・・。なんかホンマかいな・・・なんて思ったりもするんだけどもね。え? まだ11月だよ。。。。
まあ、明日から本格的に寒くなるみたいなんで、そうなったらなったで、実感するんだろうねぇ。

寒くなると、ゆっくりと音楽が聴きたくなってくる事ってあるんだよね。特に、時雨て天気が悪い日とかはさ。
そういう時、本当なら、暖炉何かが燃える前で、部屋の明かりを落として音楽を聴きたい・・・なんて言うのが理想なんだけど、暖炉なんて「夢」だしなぁ。
それでも、少なくともストーブの前でゆっくりと音楽を聴きたくなるんだよな。

そんなときに、聴きたくなりそうな曲を、今回はセレクト。

チャゲ&飛鳥 「男と女」

うーむ、チャゲアスなんていうと、まだ「クスリ」だろ・・なんて連想する人が多そうだけど、ま、そう言うところは抜いて書くわな。

この曲は、1981年10月の終わりにリリースされた、チャゲアス、5枚目のシングル。
まあ、この曲の2枚前が、あの大ヒット「万里の河」だったわけだけど、それ以後、シングルでは売り上げがじり貧になってしまった頃ですわ。

個人的には、いつごろ聴いたんだろ? この曲。
当時は、まだ、ラジオも聴いてなかったし、ヒット曲の情報は、ほぼ「ベストテン」と月刊「明星」だけだったからね。
だから、ベストテン入りしていない、この曲はリアルタイムでは聴いてなかった・・・と思うんだけどな。

いや、このほんの少しあと、初めてラジオを聴くようになった、TBSラジオの「ザ・ヒットパレード 毎日がベストテン」で聴いたのかもしれない。。


サウンド的には大まかにみて、デビュー曲の「ひとり咲き」から続いていた、フォーク路線を踏襲していた曲であり、特にストリングスのフレーズは、「毎度おなじみ」って感じったからねぇ。売り上げがジリ貧になっていたのは、ちょっとそう言う雰囲気に飽きられて来ていたって感じもあったんだろうな。

ただ、この曲は、そんな一連のフォーク路線でも、メロディアスであり、暖かさを感じる曲ではあったよね。
心に染みいる・・・っていうかね。心に刺さるような・・・。

 時は「晩秋」。それだけでも心寂しい季節であるのに、そんな気分に、一筋の灯をともしてくれるような・・。
なんて書くと、思わず「マッチ売りの少女」の世界を想像してしまいそうなんだけども、でも遠からじ・・・っていうかね。

ともかく、最初に書いたように、外は時雨・・・なんていう薄暗い日、ストーブの仄明るい火の前で聴きたくなるような曲なんだよなぁ。

そういえば、↑で、メロディアスで心に刺さるような・・・って書いたんだけども、この時期、そんな心に刺さるようなハートウォーミングな曲がもう1曲あったんだよな。

リチャードサンダーソンの「愛のファンタジー」。 そう、ソフィー・マルソー主演の「ラ・ブーム」の主題歌

↓ コレ


あー、ダメ、この曲、サビの部分を聴くと、思わず涙腺が緩んでしまう、ワタシなんですわ。
ま、今聴くと、松本伊代の「時に愛は」とか、原田知世の「愛情物語」あたりが下敷きにしたよな・・・って感じだけど。。。

・・・あ、ちょっと脱線しちゃったね。軌道修正。

いずれにしても、こういう、思わず心温まる曲が同時期にヒットしていた・・・ってことで、そういう時代だったんだよね。
 個人的にも、未だに一番記憶に残り、最も好きな時代だけど、それは、こういうハートウォーミングなメロディの曲が多かったからに他ならないだろうなぁ。



ただ、やっぱり、それほどのヒットにならなかったのは、やっぱ惜しかったよなぁ。
今、改めて聴くと、やっぱり良い曲だと思うんだよな。 個人的には後年、キャニオンに移ってからのメガヒットを飛ばしていた頃の一連のヒットよりも良いと思うんだよな。


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万里の河 / チャゲ&飛鳥

1981_01_万里の河_チャゲ&飛鳥

今回の1曲セレクトは、「万里の河」チャゲ&飛鳥です。
 

まずは、データです。
 

・タイトル    万里の河
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      瀬尾一三
・リリース日   1980年9月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   53.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1980年12月22日〜1981年3月2日付



 先ほどは、雅夢の「愛はかげろう」をセレクトしましたが、、この曲を紹介するなら、この曲も忘れられない・・ってことで、今日は、チャゲ&飛鳥の「万里の河」の登場です。

 この曲も忘れられないって言うことなんだけど、「愛はかげろう」と「万里の河」って、同じ頃リリースされて、同じようなチャートアクションでランクアップしてきて、同じ時期にベストテンにランクインしたと、ほとんど、「姉妹曲」のような感じだったのよね。 どうしても切り離せないんだよなぁ。
 
 まあ、実際は、「愛はかげろう」の方がベストテンに入ってきたのは1ヶ月ほど早いんだけどさ。

 でも、同じようなフォークロック調、しかも、同じくディオで、年齢も同じくらいで、どちらのグループもまだ、大学生だったしね。

 雅夢の2人は、先ほども書いたように中京大学、チャゲ&飛鳥の2人は、福岡の第一経済大学に在学中だったんだよね。
 「チャゲ」だけは、このころは既に「中退」してたけど。。

 しかも、両者共にポプコン出身だし、ほんとうによく似た二組だったよね。
 当時は、区別つかないヒトもいたんぢゃなかなぁ。


 ちがうのは、チャゲ&飛鳥は、ポフコンでグランプリを取れなかったんだよね。
 1979年の第17回ポプコン、このとき、チャゲ&飛鳥は、グランプリまちがいなしという下馬評で「ひとり咲き」で登場。

 BUT、やってしまったんだよね。演奏ミス。
ボーカルの飛鳥が曲進行まちがえて、1小節早く歌に入っちゃった。。。

 これで、一気にグランプリは吹っ飛んだんですよ。入賞止まり。
 結果的には、この年の8月25日に「ひとり咲き」でデビューにこぎついたんですけどね。

 この「万里の河」は3枚目のシングル。

 でも、2枚目の「流恋情歌」が売れなかったんで、本人たちは結構、焦ってたみたいですね。
 この「万里の河」は、かなり背水の陣で作ったらしい。
 ただ、売れるまで、わりと時間かかったからねぇ。焦ってはいたようですね。

 
でも、いい曲だったよね。

 ワタシは、この曲一発で気に入ってしまいまして、当時、家に「ステレオ」が来たんですねぇ、で、真っ先にこのレコード買ったもんなぁ。

 今でも、レコードコレクションの中にありますが、これが、「自発的」に買った、一番最初のレコードですね。
 当時600円。そのあと、すぐにシングルレコードは1枚700円に値上がったんだけど、それでも、小学5年生だったワタシにとっては、かなり高く感じたなぁ。

 この曲、メロディラインの美しさもさることながら、チャゲ&飛鳥、それぞれの歌い方が好感が持てたんだよね。
 一生懸命歌ってたじゃん。持ち時間いっぱい、全て出し尽くすって感じだったもんね。

特にフェイクしたあとのサビの

♪どれだけ待てばいいですか〜 ♪

からなんて、チャゲなんて、なにもそこまで、力入れなくてもって感じだったもんなぁ。
 でも、その一生懸命さも伝わってくるんだよね。


 やっぱり、歌は「こころ」ですよ。演歌っぽい言い回しだけど。。。

 いや、このころは、まだ、そういうシンガーが多かったんだよね。
 特に、シンガーソングライターは、自分の曲だけに、思い入れ強く歌っているヒトが多かったなぁ。

 
 前、「北風物語」の時も書いたけど、このころは、チャゲ&飛鳥って、フォークシンガーでさ、だから、「SAY YES」歌ってた頃のイメージとは随分違うんだよね。
 まだ、博多の「あんちゃん」ってかんじで、垢抜けなくてさ。 それも良かったんだよね。

 もちろん、そのあと、キャニオンに移籍して、再ブレイクした後のチャゲアスもよかったけどさ。91年を頂点として、一時代を築いたもんね。

 それでも、個人的には、この曲を歌ってた頃の「素朴さ」がのこる、チャゲアスの方が好きだなぁ。




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街が泣いてた / 伊丹哲也&Side By Side

1981_01_街が泣いてた_伊丹哲也







今回の1曲セレクトは、「街が泣いてた」伊丹哲也&Side By Sideです。

まずはデータでーす。

・タイトル     街が泣いてた
・アーティスト   伊丹哲也&Side By Side
・作詞       伊丹哲也
・作曲       伊丹哲也
・編曲       Side By Side
・リリース日    1980年11月28日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  19位
・売上げ枚数    16.4万枚

 今回、引っ張ってきた「街が泣いてた」、伊丹哲也とSide By Side、覚えてる方、どのくらいいらっしゃるかなぁ。

 伊丹哲也氏、小さい体で大きなギター抱えて、いつもグラサンかけて・・・見た目、ちっちゃな「ツッパリ」にも見えたな。

 で、見た目に似合わず、けっこうワイルドな歌い方してるんだよね。それが如何にもアンバランスでさ。
 でも、そのアンバランスさが良かったんだろうな。

 サングラス外すと、もっとアンバランス、ホント、この曲の一部ドスが効いた歌い方をしてるとは思いもよらないような「童顔」なヒトだったんですよね。でも「かわいい」系で。

 それが分かった時は、余計アンバランスに感じたもんだよなぁ。

 
 それにしても、この曲は、キャッチーだったな。典型的なマイナー系のミディアムロックなんだけど、メロディラインは、キャッチーそのもの。逆に泣けるんだよね。
 
 しかし、このキャッチーさが如何にもポプコン的なんだけどさ。

 そう、このヒトも例の通りポプコン出身なんだよね。

 1980年の第19回ポプコン決戦大会でグランプリを獲得したのが、この曲な訳です。

 ちなみに、このときの大会で優秀曲賞を取ったのが、雅夢の「愛はかげろう」なんだけど、実際「売れた」のは、圧倒的に「愛はかげろう」でしたねぇ

 それと、同じく入賞したなかに、「きゅうてぃぱんちょす」っていうグループがいたりする。

 これ、だれだかわかります?

 ・・・・そう、杉山清貴なんですよね。杉山清貴&オメガトライブの前身のバンドなのです。
 このヒトたち、パッと出のような印象があるけど、こういう「下積み」時代もあるんだよね、しっかりと。


 でさ、前々から、いろいろとポプコングランプリの曲を書いてきてるけど、まあ、あの時代、実際、売れてた曲が多いからねぇ。まあ、それだけ世間からも注目されていたと言うこともあるけど、やっぱり、キャッチーなんだよね。曲が。

 ぱっと聴き、おもわず引きこまれるようなインパクトが逢ったことは確かなんですわ。


 ただ、それが逆に言うとネックなわけで・・・・。すなわち、このポプコングランプリ「受賞」っていうのが、「ピーク」なヒトが多いんだよね。

 結局、これらの曲が「良すぎ」で、これを超える曲が、次になかなか出せなくて、結局、一発屋で終わってしまうことが多いんですよ。

 まあ、それがいいのか悪いのかは別問題なんだけど、今から考えると結構、酷なことだったんだろうなぁ。

 逆に、上記の杉山清貴とか、このあいだ書いた、長渕剛、佐野元春、CHAGE&ASKAのように、なんども挑戦たけど、入賞止まり・・・っていうヒトのほうがヒニクにも、その後、長きに渡って残ってるんだよね。この「ポプコン」出身者って。

 まあ、なんども「辛酸」なめた分だけ、実際の「プロ」の世界で生き残るすべを学んでいるんだと思うけどさ。

 この伊丹哲也&Side By Sideの場合も全く同じでしたよね。結局、この曲1曲のみ残して、あっという間に消え去っていってしまいましたねぇ。 う〜ん。




いや、今聴いてもいい曲だと思いますよ。この曲も、聴くと、昭和56年1月当時が脳裏にプレイバックしてくるなぁ




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