かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

チャゲ&飛鳥

モーニングムーン / チャゲ&飛鳥

1986_03_モーニングムーン_チャゲ&飛鳥







今回の1曲セレクトは、「モーニング・ムーン」チャゲ&飛鳥です。

 まずはデータです。

・タイトル    モーニング・ムーン
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      佐藤準
・リリース日   1986年2月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位


さて、今回の1曲セレクトは、久しぶりに1986年の曲から。

 チャゲアスの「モーニング・ムーン」なんて如何でしょうね。

 この曲は、長い間ナリを潜めてたチャゲアスの再ブレイク第1弾っていう感じの曲って言ったらいいのかなぁ。

 うーん、でも、最初はビックリしたけどね。それまでのチャゲアスって言ったら、どうしても「万里の河」なフォーキーなチャゲアスっていうイメージが強かったじゃん。
 それがいきなり、強烈なビートロックに変貌しちゃったんだもの。

 正直言って、最初はあんまり馴染めなかった。馴染めなかったんだけど、なぜかレコード買っちゃったりして。。。

 なんでなんだろうねぇ。当時、それほど小遣いももらってなかったのに。
 やっぱ、馴染めなかったんだけど、どっかで引っかかってたんだろうなぁ。。

 これは、今でもよくわかんない。

 当のチャゲアスにしてみれば、これは意図的なものだったようですけどね。「PRIDE」っていう、当時を紐解くものの本を読むと。

 それにしても、さっきも書いたけど、このころのキャニオンって、ホントに当たってたよなぁ。
 何やっても当たってた・・・って感じで。 ちょっと前のエイベックスな感じだったよね。

 ま、その殆どが、おニャン子関係からだったけど。。 最近のポニーキャニオンさんからは考えられないぐらい。。。

 それだけアイドル王国時代だったって事だわな。 その中にあって、チャゲアスもガンバッてたってたことだけど。。。

 チャゲアスに関しては、次の年にキャニオン繋がりで曲を書くことになる光GENJIによって、完全に息を吹き返したわね。

 そして、90年代へのメガヒットな時代の先頭を切っていくことになるんだけど。
 この「モーニング・ムーン」は、その先鞭を斬るような曲ってことなんだけど、この時点では、まだ、そんなことも予想だにもしてなかったなぁ。





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北風物語 / チャゲ&飛鳥

1982_12_北風物語_チャゲ&飛鳥







えー、いつもは、1曲書いたら寝ちゃうんですが、明日から3連休なんで、まあ、いいでしょう。
 ボーナストラック的にもう1曲、ショートバージョン気味に。。。

データです。

・タイトル    北風物語
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      平野孝幸
・リリース日   1982年10月27日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 27位
・売上げ枚数   7.1万枚
・タイアップ   明星「チャルメラ」CM曲

 もう、何回か書いてるけど、今年の冬は、マジで寒い。今日も、会社の帰りがけに「歯医者」に寄ったんだけど、帰り道がめっちゃ「寒」!
 北風がビュービューよ。 新潟なんかの日本海側のみならずね鹿児島でも積雪だってねぇ。。。ちょっち、異常気象だねぇ。

 みなさんのトピ読んでても、「寒さ」を書いてる方がおおいなぁ。

 まあ、それも引っ掛けてなんだけど、やっぱし、さっきの「北風」に吹かれていたら、この曲がよぎって来たんですわ。

 ・・・なんて、書くとかっこいいけど、実際は、聴いてたi-podで、丁度、この曲が流れてたんだわ。
 実際、北風に吹かれながら、この曲聴くと、いやいや、なかなか「オツ」なものです! (^^;;;;;;
 曲の3D実体験ですよ!

 だけど、この曲は、ほんと、「いかにも」北風に吹かれているような錯覚に陥るなぁ。
 悪く言うと、それだけ、「さむざむ」とした、雰囲気の曲っていうかね。シチュエーション的にはそのまんまだもんね。
 メロディラインもそうだけど、間奏のバンオリンソロも、うしろでなってるシモンズの「ドコドコ」音にしても、いかにも、「冬場」の曲って感じだよね。

 最近は、たしかに「winter」を表現する曲は多いけど、ここまで、「北風」をダイレクトに連想させる曲って少ないよなぁ。
 まあ、この曲は23年前の曲だけど、ここ数年は、暖冬だったし、20年前に比べたら、寒さを表現する機会って減ってるからなぁ。
 楽曲にも、そういうところって出てくるからねぇ。

 だけど、この曲、明星食品の「チャルメラ」のCMソングだったの、覚えてる方いるかなぁ。 ワタシは、はっきりと覚えているんだよねぇ。

 ♪あなたは、ほほえみ 愛をかかえて〜 ♪

の部分がCMで使われていたんだけどねぇ。 
 いかにも、真冬の温度感な曲にあって、この部分だけには、暖炉のような暖かみがあるんだよね。
 それが、すごく印象的で、すぐ好きになったな。 だから、シングルかったのも、早かったきがするなぁ。

 いまでこそ、ポップな曲が多い、チャゲアスだけど、あのとうじは、「フォークディオ」っていうイメージが強かったじゃん。だからというわけでもないけど、個人的には、このヒトたちの「冬」っぽい曲が好きだったんですよね。
 「万里の河」もジャケ写は「冬っぽい」でしょ。

 この曲のジャケ写も「いかにも冬・・・さむそー」っていう感じだもんねぇ。

 今日の1曲には、ピッタシでしょ。。。


※2005年12月に書いたものの再掲載です。

指環が泣いた / チャゲ&飛鳥

1986_11_指環が泣いた_チャゲ&飛鳥







今日の1曲セレクトは「指環が泣いた」チャゲ&飛鳥です。

まずは、データから

・タイトル    指環が泣いた
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      佐藤準
・リリース日   1986年11月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   2.8万枚

 えー、昨日の「横恋慕」に引き続いて、今日も、リクエストにお答えしまして、チャゲ&飛鳥「指環が泣いた」を持ってきました。

 この前もチョッと書きましたが、この曲は、イントロのシンセからして、緊張感いっぱいの音色で始まります。
 で、イントロ全体からして、緊張感いっぱいのメロディが展開され、メロディに入っていくっていう導入ですよね。
 季節からして、秋から冬への入り口・・ということで、季節感もたっぷりな導入ですわね。

 で、そのままの緊張感、スピード感のまま、曲を駆け抜けていくっていう感じなんだよね。
 兎に角、緊張感と、疾走感にあふれた曲っていうのかな。

 この年86年、チャゲアスは、それまでのワーナーパイオニアからキャニオンに移籍して、サウンドがガラッと変わったんだよね。
 それまでは、文字通り、フォークロックの旗手という感じだったんだけど、キャニオンに移って、俄然ロック色が強くなった。 うーん、ロックまでは行かないまでにしても、シンセ、キーボードを多用し、サウンドに俄然厚みと重みが出たんだよね。
 それまでは、どちらかというと、薄めの音で抒情的なメロディを歌い上げてきたっていうところから、サウンド、リズム重視に移行したっていう感じだね。
 その一番手が、この年の2月に出した「モーニングムーン」なわけだけど、そのごも、「黄昏を待たずに」「COUNTDOWN」と立て続けに、ロック色の強いシングルをリリース。
 で、この年4枚目という異例のリリースの締めくくりとして、この曲をリリースしたわけですね。

 86年、4枚のシングルのなかでも、もっともスピード感があって、重いリズムなのが、この曲なんだよね。
 
 まあ、もともと、力を込めた歌い方のチャゲアスなんだけど、この曲では特に力を込めていたような気がするな。

 この後、90年代に入って、超大ブレイクを果たすことになる、チャゲアスだけど、このときには、既にサウンド的な下地はできていたんだよね。
 このころから、基本的にサウンド的には大きな変化はない。
もちろん、その前の、フォーク時代とは随分違うけどね。

 ただ、当時は、あまりセールス的な評価は得られていなかったんだねぇ。「モーニングムーン」こそ、17万枚近くのセールスを記録しているけど、この曲にいたっては、シングルは2.8万枚しか売れてない。

 評価されたのはむしろ、90年代に入ってからだよね。90年6月リリースの「DO YA DO」で久しぶりにベストテンに返り咲いてからは、とんとん拍子。
 91年1月の「太陽と埃の中で」、そして、7月の「SAY YES」と続くわけです。
 で、その後リリースされた「スーパーベスト供廖△海痢峪愆弔泣いた」など、86年のキャニオン移籍後の作品を集めたベストだけど、これが250万枚と、いう空前の大ヒット。
 ようやく、この曲も本格的に日の目に当たることになったんだよねぇ。

 まあ、リリース当時は私も、わかんなかったんだけどね。この曲。

 でも、やっぱり、いい曲はいい。いつかは当たることになってるんだねぇ。。



 後記・・・・あ〜、今日の文章が一番ダメ。。。。サイキン、ますます文章が下手になったワ。。。
 考えちゃダメなんだよね。文章は。




※2005年11月に書いたものの再掲載です。

ひとり咲き / チャゲ&飛鳥

1979_11_ひとり咲き_チャゲ&飛鳥






今日の1曲セレクトは、「ひとり咲き」チャゲ&飛鳥です。

まずは、データから

・タイトル    ひとり咲き
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・リリース日   1979年8月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   17.9万枚

 昨日は、ヒット曲聴き始めて27周年っつうことを書きましたが、当時はあくまで、「ベストテン」内の曲しか、聴いてなかったわけで、レパートリー幅は、かなり狭かったんですよね。ベストテン外の曲も聴き始めたのは、千葉に引っ越してくる直前の1982年ごろからかなぁ。ラジオを聴くようになってからですね。
 だから、その間の曲では、随分後になってから、初めて知ったって曲がかなりあるんだよね。
 いや、リアルタイムで聴いてた曲よりは、そっちの方が多いかもしんない。 少なくとも1977年以前の曲は、ほぼ100%後になって知った曲ですね〜。

 特に1980年代終末〜1990年初頭にかけては、リバイバルブームというか、昔の「なつかし系」の番組がかなり頻繁に放送してましたからねぇ。
 特に、フジテレビで1990年元旦の1:00〜5:45に放送された「僕たちの想い出のメロディ'66〜'84」、のちの「19××」には、かなり触発された部分があるなぁ。20年分の曲を4時間45分、CM以外はノンストップで紹介されたでしょ。かなりの曲数がかかりましたよね。 
 あれで、初めて知って、その後レコード買いあさった曲ってかなりあるんだよね。

 じつは、このチャゲアスのデビュー曲、「ひとり咲き」もその時、初めて聴いたんですよ。
 
 単純に、「あ、これ、いい曲」って最初から思ったなぁ。
それまでの私にとっては、チャゲアスの最古の曲は、例の「万里の河」だったんだよね。
 あの曲は、ヒット当時から大好きで、実は、自分で意識して買った一番最初のレコードなんですよね。
 
 当時、チャゲアスって大好きでさぁ。一生懸命歌うでしょ。ほとんど、力任せに歌ってましたよね。2人とも。
 それが、なんか、初々しくてねぇ。 曲も、後のロックテイストではなく、正統派の叙情派フォーク、うーん。というかフォークロックで、シンプルな曲でしたもんね。

 でも、こちらにヒシヒシと伝わるものがあって、一発で好きになっちゃいましたもん。

 で、「ひとり咲き」ですが、これも、「万里の河」に負けず劣らずの名曲なのよ。
 「万里の河」が背景的に中国的な雄大さとしたら、「ひとり咲き」は、ジャパニーズアジッドですね。ほんと、日本的な叙情派なんですよ。
 あー、へたすると、今だったら、「演歌」になっちゃうかもしれない。 よく、演歌フォークとかとも言われてましたもんね。この曲。
 これは、曲調的なところもそうだったけど、チャートアクション的にも、演歌っぽい動きを見せてましたからねぇ。
 最高は24位ながら、100位内になんと、31週もランクインされていたんですよ。
 上がったり下がったり、実に息の長いヒットだったんだよね。 そのおかけで、最高位はそれほど、行かなかったけど、最終的には18万枚あまりのスマッシュヒットになったわけです。

 この曲も、思い入れたっぷりに歌ってましたよねぇ。あの力任せの歌い方が、初期のチャゲアスの特徴だよね。
 いつも、あんな感じだったので、飛鳥は、当時ステージで、よく、痙攣起こして倒れてたらしいですね。酸素不足で。

 この曲は、1979年5月の第17回ポプコンの入賞曲なんですよね。当時は、優勝間違いなし・・という前評判だったらしく、本人たちもその気だったようですが、本番で歌をとちって、優勝できず、入賞どまりというエピソードがあったようです。
 まあ、そのような前評判が立っていた曲ですから、曲としては、すでに出来上がった曲だったわけですね。

 で、この曲、初めて聴いた時から、私、すっかり気に入っちゃいまして、いまでは、カラオケの十八番っすよ。
 もちろん、当時を知ってる同年代以上の方と出ないと歌わないけど・・。



 ちなみに、チャゲアスって、その後も秋から冬にかけて、結構いい曲書いてるんだよね。
 
 1980年 万里の河
 1981年 男と女
 1982年 北風物語
 1986年 指環が泣いた
 1987年 ロマンシングヤード

 などなど

 それらにかんしては、また、後日。

 しかし、今日は、自分のサイトでも、長文かいたし、いったい、何文字書いてんだろ・・・?

 やばい、メガネの度が合わなくなってきた。PCの画面がゆがむ・・・・。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。

STAR LIGHT / 光GENJI

1987_10_STAR LIGHT_光GENJI





今日の1曲セレクトは、「STAR LIGHT」光GENJIです。

まずは、データから

・タイトル      STAR LIGHT
・アーティスト    光GENJI
・作詞        飛鳥涼
・作曲        チャゲ&飛鳥
・編曲        光GENJI
・リリース日 1987年8月19日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     48.9万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月31日〜11月9日付

 45歳のオヤジが「光GENJI」を語る。いいですねぇ、この構図。

滅多にいないと思いますよ。i-podに光GENJI入れて、通勤電車の中、まわりの迷惑を顧みず結構な音量で聴いてるオヤジって・・。 
 
 え? 私のことです!!


 この間、日曜日にTBS50周年番組見てて、ジャニーズの変遷など流してましたけど、やっぱり、光GENJI、男闘呼組までは、「おお、同年代」って感じで、気持ち許せるって言うかね。
 たしかに、当時は、どうも生理的にくすぐったいところはあったんだけどね。今となっては、そんな感じはないな。

 やっぱさ、永遠のノスタルジーなんだよね。ジャニーズって。 一時期、うざいと思ったこともあったけど、ようやくそんな感じに思えるようになってきたな。

 この曲、STAR LIGHTは、1987年の夏の日、8月19日、奇しくも、私の18回目の誕生日の日にリリースされたんだよね。
しっかし、もう18年前か・・・。私、すでに倍、生きちゃったのね。。。。。

 当時、「スターライトエクスプレス」っつう、やっぱりローラースケート履いて、所狭しと動き回るミュージカルが大人気で、そのキャンペーンの一環なんだよね。光GENJIの結成って。 そもそも、最初は、「光」っていう、年長の2人(大沢 内海)と、「GENJI」5人を別々なところでデビューさせて、ある日突然、「光GENJI」として一体化させるっていう構想があったらしいんだけど、時間がなかったのか、 分かりにくかったのか、いつのまにか、最初から「光GENJI」として、デビューさせるに変わっちゃったらしいね。

 で、デビュー曲の「STAR LIGHT」は、たしかに、「スターライトエクスプレス」に引っ掛けたところもあるんだろうけど、物のホンによると、これは、作詞の飛鳥涼氏がつけたらしいですね。
 なにせ、アイドル、しかもジャニーズの曲なんぞ作るとも思っていなかったらしいので、かなり悩んだ末にひねり出したタイトル、それと、詞だったらしいね。

 曲は、この曲に関しては、チャゲとの共同作業なんだけど、最初は、サビの♪夢はFREEDOM FREEDOM シャボンのように〜♪のところが出来たそう。
 チャゲっていうヒトは、引っかかりがあるサビをつくるのは得意のようで、あの♪ナツ ナツ ナツ ナツ ココナツ♪も、あの部分が最初に浮かんだって言うからね。 天性のヒットメロディメーカーだよね。
 だけんども、そのほかの部分は飛鳥がかなり苦心して作曲したらしい。

 でも、共同作業とは思えないようなまとまった作品に仕上がったと思いますね。

 この曲の命は、なんっても、ジェットコースターに乗っているようなあのスピード感ね。この辺から、アイドルの曲のスピード感って変わってきたように思えるんだよね。
 今は、さらにBPMが速くなっているから、そんな風には感じないけど、カラオケやってて、今の曲やった後に、87年以前の曲をやると、めちゃくちゃノスタルジック、ものすごくゆっくり感じるもんなぁ。
 もちろん、当時は、ぜんぜんそんなふうには感じなかったんだけどね。 この曲が、その先鞭をつけたんだと思いますよ。

 でも、あのスピード感が、当時の「若者」(⇒俺たちのことか。。)のスピード感にマッチしてたんだろうね。
 あの人気は、そこにあるような気がするな。

 それにしても、すんごい人気だったよなぁ。このヒトたちが、当時のレコードセールスを再度底上げをしたって言っても過言じゃないもんねぇ。
 この年、1987年の最高セールスは、公式では、瀬川瑛子「命くれない」の42万枚だったんたけど、「STAR LIGHT」は、最終的には、これを上回ったわけで・・。さらに第2弾の「ガラスの十代」では67万枚。 第3弾の「パラダイス銀河」では88万枚・・・。と、これは、CDの枚数は入ってないからねぇ。
 CDシングルは、「パラダイス銀河」が発売になった、1988年3月から発売されたんだけど、時代はいわば、レコードからCDへの移行期だったんだよね。だから、初期の光GENJIは、CDではなく、レコードだったわけで・・。
 「レコード」を売った、最後のアイドルとも言えるだろうね。

 ともあれ、このときを境に、90年代前半のメガヒット期へと、急激にセールスは拡大傾向に向かうんだよね。
 この当時(87年)には、まさか数年後にそんなことになるとは、夢にも思ってなかったんだけどさ。



この動画、「STAR LIGHT」の「PV」らしいんだけど、この曲にPVが存在してたなんて、今の今まで全く知らなかったわ。
今の時代、PVなんてインディーズのヒトまで当たり前に作るけど、当時は、アイドルにゃPVが存在しないの当たり前だったからねぇ。
いやいや勉強になるね。


※オリジナルは2005年10月に書いたものですが、若干、加筆しました。




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