かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

チェッカーズ

7つの海の地球儀 / CUTE BEAT CLUB BAND

1987_11_7つの海の地球儀_CUTE BEAT CLUB BAND






今回の1曲セレクトは、「7つの海の地球儀」CUTE BEAT CLUB BANDです。

 まずはデータです。

・タイトル    7つの海の地球儀
・アーティスト  CUTE BEAT CLUB BAND
・作詞      秋元康
・作曲      Special Tsuruku
・編曲      Mickey Moody
・リリース日   1987年11月6日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   10.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

 今回引っ張って来た曲は、CUTE BEAT CLUB BANDの「7つの海の地球儀」って曲なんだけど。。。あせあせ

 え? なに? CUTE BEAT CLUB BANDってだれ? ふらふら

っていうヒトは、ここ読みに来てる常連さんには、さすがに少ないかなぁ。

 うむ、略して「C.B.C.B」ですよ。ふらふら  なんて、書いたら、ますます分かんなくなっちゃう?



 ハイ、チェッカーズの「覆面」バンドでございます。当時、にわかに覆面バンドっていう形態が流行ったんだよね。一時的に。 アルフィーも「BEAT BOYS」っていうユニット名を名乗ったりして。

 かといって、今の「feat.●◇▼■」じゃないのよ。れっきとした、もともとのメンバーで構成された、「別名バンド」ってやつだね。

 ま、なんで、こんなややこしいことをやってたのか・・・っちゅうと、一番の理由としては、ま、気分転換のようなものよ。

 もともとのバンドでは出来ない事を、別名バンドを名乗ることでやってしまおう・・・って感じのノリだよね。

 やっぱ、ある程度、ネームバリューができると、そのバンドのカラーってのが定着して、なかなか、遊びが出来ない・・・って発想だね。

 ま、ちなみに、このあと、日清パワーステーションとかの、新感覚ライブスポットが次々にオープンして、既製のアーティストの「遊び場」のスポットって感覚が出来て、このテの正式な覆面バンドってあんまり表に出てこなくなっちゃったんだけどさ。


 ところで、今回引っ張って来た、「7つの海の地球儀」って曲、個人的に結構気に入ってるんだよね。

 この曲と、ほぼ同時に、「チェッカーズ」名義で、「Blue Rain」っていう曲をリリースしてるんだけど、そっちより、ずっといいな。
 たしかに、インパクトっていう点では、「Blue Rain」の方が全然あるんだけどさ、逆に、自然体で歌っているのがいい。

 この当時のチェッカーズって、どこか、肩に力がはいってて、自然体っていう感じじゃなかったしな。
 いや、この手の曲自体、少なくともシングルではなかったよな。ま、だから、CUTE BEAT CLUB BANDっていう覆面バンドでやる意味があったんだけどさ。

 ちなみに、この曲は、鶴久氏の作品。チェッカーズの場合は、藤井兄弟の作品が多かったけど、意外と鶴久氏の作品も良いんだよね。
 どっちかと言うと、よりポップス系で。その中でも、この曲なんかは傑作の方に入るんじゃないかんなぁ。

作詞は、秋元康氏。 うーん、秋元氏はどこでも顔だしてくるよなぁ。 でも、これが秋元氏にしては()いい詞なんですよ、これが。楽曲の雰囲気ともシンクロしてて、絵が浮かぶんだよね。

ちなみに、この曲は「12インチシングル」なんだけど、この響きも懐かしいねぇ。当然だけどね「アナログレコード」だからありえたシングル形態なわけなんだけどね。 この曲がリリースされた当時は、まだシングルCDっていう物は存在しておらず、シングルは全てアナログレコードだったのよ。
 でも、この曲のリリースから5か月後、晴れてシングルCDも発売されるようになって、12インチシングルも姿を消したよなぁ。 だから、12インチシングルとしては、最後の方のリリースでしたよね。





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NANA / チェッカーズ

1986_11_NANA_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは、「NANA」チェッカーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    NANA
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      藤井郁弥
・作曲      藤井尚之
・編曲      チェッカーズ 八木橋カンペー
・リリース日   1986年10月15日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   24.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年10月27日〜12月1日付

ひっさしぶりにチェッカーズの曲でも持ってきましょうかね

「NANA」。

1986年、ワタクシが17才の時のヒットやね。 

セブンティーン、いつ聞いてもいい響きやふらふらふらふら  いまや、オジさんになったワタクシにも、17歳の頃はあったのですぞ。

 いや、まてよ、最近、「NANA」っつたら、あれか・・映画になった「NANA」。

 うんにゃ、この曲は、あれとは、まーったく関係がないですぞ。

 っつうか、29年前の曲だもんな、そもそも関係あるわけないんだけど。。。



 ところで、この曲は、チェッカーズが、それまでの「出来合い」の曲でリリースするのを拒絶し、初めて自らのプロデュースでリリースした、最初の曲ですわ。

 ま、それに関しては、いろいろすったもんだがあったんだけどね。この辺については、「暴露本」がいろいろ出てるんでね。

 まあ、すでに、完全なオリジナルメンバーでは再結成がありえなくなった、チェッカーズなんで、その辺は暗黙の了解済みなんでしょう。

 そんなすったもんだの影響もあったのか、それまでの曲調からは、結構、すっとんだ曲調だったからなのか、売上げ枚数は、伸び悩んだんだけどねぇ、この曲。

 それまで、30万枚を維持してきた、売上げ枚数が、この曲から20万枚にダウン。しかも、前曲の「Song for U.S.A」から、比べても10万枚近く、一気に落ちたからねぇ。

 じゃ、そんなとんでもない曲なのか・・・っちゅうと、個人的には、悪い曲だとは思うわなかったけどなぁ。
 むしろ、それまでの数曲から比べると、開放感があって、いいと思ったんだけどねぇ。

 なんかさ、それまでの数曲は、どっか、窮屈な感じがしてたのよ。あの大ブレイクした当時の、奔放さが消えてしまったような。
 ま、その辺、本人たち自身が、丁度このころは「ゲーノー界に対して反抗期だった」って、告白してるからねぇ。

 プロの仕事・・・・ことに、スポーツとか音楽って、技術的な部分というよりもメンタルな部分が大部分を占めるからさ、そういうのって、良く分かるもんなんだよね。
 ことに、音楽に深く関わってくれば、よく分かるのよ。「あれっ?」っていう部分が。

 85年後半から86年前半にかけてのチェッカーズには、それを感じてたよな。

 でも、この曲で一気に弾けたんで、やっと、問題は解決したんか〜・・・って思ったもんだったけどねぇ。

 ま、実際、問題は解決するどころか、より深刻になっていたのは、その後の歴史が語るところよ。


 第一のケチの付け所は、この曲がNHKで放送禁止になったことだよねぇ。


 そそそ、例の

 ♪ やろうぜ NANA 〜 ♪

ってところ。

 「やろうぜ」っつったって、具体的に何、やるの・・・っては言ってないんだけど、どうも、NHKのお偉方には、それが「SEX」に映ったようでして。。。ふらふら

・・・っつうことで、放送禁止。

 今考えると、ナーンセンスっつうか、なんつうか・・・。

 ま、29年経った今では、そんなことはないんだけどさ。 っつうか、今じゃ、もっと「キワドイ」歌詞の曲でも、NHK全然OKだから。


 うん、「SEX」方面の歌詞はいくらキワドくてもOKになったけど、代わりに「逮捕」されたアーティストの曲は放送禁止な状況に変わったねぇ。

 ま、NHKだけに限らないけど。。。。ふらふらふらふら

Jim&Janeの伝説 / チェッカーズ

1988_07_Jim&Janeの伝説_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは「Jim&Janeの伝説」チェッカーズです。

 まずはデータでーす。

・タイトル     Jim&Janeの伝説
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞       藤井郁弥
・作曲       鶴久政治
・編曲       THE CHECKERS.FAM
・リリース日    1988年6月29日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    14.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1988年7月11日〜8月22日付

昨日は肌寒い日だったよなぁ。まだ、「冷夏」というほどの寒さはないだけ助かっているって感じですかね。ただ、ここのところ曇りや雨ばっかりで日照不足は深刻だよね。

 思い返せば、物心ついてからこの方、何度か、こういう、長雨冷夏の夏に出くわしてはいるな。
・・ということで、今日の1曲セレクトは、同じような長雨、冷夏だった1988年夏の曲から引っ張ってきました。

 Jim&Janeの伝説  チェッカーズ


ウーン、どうなんでしょう? たしかに、チェッカーズの曲なんだけど、知らないヒト、忘れちゃってるヒトも結構いるかなぁ。
 チェッカーズっていうと、どうしても、超アイドル人気だった、84〜85年当時のイメージが強烈にあるから、それ以降、自分たちで曲を作るようになってから、この方って、意外と、タイトルだけ言われても「ピン」とこない曲が多いかもなぁ。

 ランキング的にも、84年に「涙のリクエスト」で大ブレイクを果たして以来、初めてオリコン最高位でベスト3を割ったのもこの曲からだ。
(ちなみに、デビュー曲からラストの曲まで1曲もベストテンを割らなかったアーティストっていうのも、すごいんだけど)


 でも、この曲は、ワタシにとっては、なぜか印象深かった。

 このころのチェッカーズの曲ってこ、この次の「素直にI'm Sorry」のようにメジャー系のミディアムテンポの曲も間に挟まってはいたけど、全体的には、暗めな曲が多かったんだよね。

 この曲も、そんな感じだったな。

 すでに終わってしまった恋. っていうのが、この曲の「主題」なわけで、うーん、なんていうのかな、どちらかというと、ひと夏の終わりの・・・っていう雰囲気なんだよね。

♪サヨナラ告げる 長い髪をなびかせ〜
 風に風に風にさそわれ あいつは行っちまった〜 ♪

のサビの部分なんか、もろ、ひとつ夏の恋の終わりを予感させるような内容だし、とても、7月前にリリースされるような曲の内容ではなかったよね。

 でも、よかったんですよ。この年の夏には。

 なにぶん、 毎日鈍よりとした曇り空の暗い、寒い夏だったからねぇ。イメージ的には、この曲がピッタリだったんだよね。

 いや、少なくとも、ワタシ個人の中では、1988年夏っていうったら、この曲のような「暗い」イメージがあるんだよね。  まあ、個人的に「浪人」してたから「暗く」感じた夏って言うのも多分にあるんだけどさ

 逆に、ギラギラとした、猛暑だったら、どうだったんだろうなぁ・・・
 正直言って、この曲は、ここまでヒットしなかったんぢゃないか・・・ということは思いますけどね。
 そう言うことでは、ある意味ラッキーな曲のような気もする。いや、そのまえに、そんな夏だったら、この時期に出さないかったかもしれないけど。。


 ・・とまあ、暗い暗い曲って書いてきたけど、サウンド的には、暗黒の雰囲気なバラードではないんだよね。
 たしかにマイナー系ではあるけど、チェカーズならではのバンドサウンドは健在だったですね。

 ただ、このあたりから、メロディラインが迷いだすんだよね。この曲なんかは、既にスピリッツからしてロックという雰囲気はなかったもんね。どちらかと言えば歌謡曲的なメロディラインで。。

 結局のところ、この迷いっていうのが、最後の方まで尾を引いていたような気がするな。

 個人的な見解では、吹っ切れたのは、ラスト前の92年の「Blue Moon Stone」だと思うな。
 ま、、すでにこのころは解散も決まってたんだろうけどさ。

 そんな迷いが見られ始めたころの曲って感じですね。この「Jim&Janeの伝説」は。
 だから、イメージ、暗く感じたのかもしれないけどね。




蛇足だけど、氣志團が「One Night Carnival」で出てきた時、歌詞にある「行こうぜ ピリオドの向こうへ」ってところでなんか引っかかったんだよね。
 なんで引っかかったのか、その時はよく分かんなかったんだけど、後々考えると、このフレーズ、この曲にインスパイアされてるんだよな。

 この曲ではさらっと流してるけど、2番の歌詞に「行こうぜ ピリオドの向こうへ」ってあるんだよね。
たしかテレビサイズでは、この部分はカットされていたから、ラジオで聴くか、シングルを買って、それなりに聴きこんでなきゃ、聴きながしちゃうわけで。

 それを考えると、ハハン、綾小路氏は、この辺の曲に影響されてるな・・・ってのが分かっちゃったりして。。
同時期、同じく木更津周辺で過ごしたワタシと、おそらくこの曲のイメージも似たものがあるんじゃないかなぁ・とも思ったりして。



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哀しくてジェラシー / チェッカーズ

1984_05_哀しくてジェラシー_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは、「哀しくてジェラシー」チェッカーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    哀しくてジェラシー
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      売野雅勇
・作曲      芹沢廣明
・編曲      芹沢廣明
・リリース日   1984年5月1日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   66.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年5月14日〜8月6日付

 昨日、寺尾聰の「シャドーシティ」書いたじゃん。おそらく、あの曲書いたのに、なんで、3曲同時ベストテン入りについて書かなかったんだろう・・・なんて思った方っているかなぁ。

 いや、最初は言及しようか・・・と思ったの。でも、その前に念のため・・・と思って、過去のアーカイブス調べたら、なわんと、この曲をまだ、書いてなかったんでさぁ、まずは、こっちの3曲同時ベストテン入りを書いたほうがいいのかなぁ・・・とか思ったんだよね。

 ま、その曲がチェッカーズの「哀しくてジェラシー」だったりするんだけどさ。

 うん、3曲同時ベストテン入り・・・って言っても、寺尾聰の場合は、「ザ・ベストテン」で3曲同時ベストテン入り・・・ってことで、厳密に言うとオリコンでは、3曲同時ベストテン入りはしてないんだよね。

 うん、一番、それらしき週だったのは1981年6月8日付で

・2位  ルビーの指環  
・1O位  シャドー・シティ
・11位  出航

って時でさ。ま、このとき、「ザ・ベストテン」では、3曲同時にベストテン入りさせたんだけど。。。


BUT、チェッカーズの場合は、正真正銘「3曲同時」ベストテン入りさせたからねぇ。「ザ・ベストテン」だけでなく、「オリコン」でも。

で、実際に3曲同時ベストテン入りさせていたのが、1984年5月14日と21日付けの2週間。
 ちょうど、今から31年前だ。

 えー、31年前〜・・・exclamation & questionふらふら 自分で書いててビックリなんだけど。。。自分じゃ、そんなつもりぜーんぜんないのにねぇ。
 だって、すでに、オリコン読んでたし〜・・・。ほとんど、いまと変わらぬ生活をしてたっていうのに。。。

 変わったのは、パソコンという便利な代物が加わったのと、当時より30Kg太ったワタシの体くらいでしょうふらふら

 いや、あのころは、ホントやせてたから、ワタシ。。。たしか50Kgなかったんだから。。逆にやせ過ぎてたかも。。。 (この後、「モスバーガー」という魔物に出会って一気に太った)


 なんて、そんなこたぁ、どーでもいいんだけど。。。

 あのころのチェッカーズ旋風はすごかったよね。ほんと、ほんの僅かのうちに、どっからこんなに人気が出てきたんだ? ・・・ってくらいあっという間だったもんなぁ、火がつくのが。。。

 だいたい、この時点から、ほんの3ヶ月前までは、ほとんど知られてなかった存在だったのにねぇ。。。

 やっぱ、女性ファンっていうのは飛びつくと早いよなぁ。。。

この間、寺尾聰のとくも書いたけど、ほんと、予期せぬ出来事だったですよ、こんときのチェッカーズ旋風は。

 で、この「哀しくてジェラシー」だけど、曲的には、前の2曲の「ギザギザハート〜」とか「涙のリクエスト」と方向性はそれほど変わらない。 ま、この3曲が同時に作られたっていうのもあるけどさ。

 うん、その3曲の候補曲から、一番、キバツな「ギザギザハート〜」をデビュー曲に持ってきた・・・っていうのは、有名な話ですわな。

 うん、だから、「涙のリクエスト」でも、この「哀しくてジェラシー」でも良かったわけですよ、デビュー曲としては。

 ま、たしかに、キバツさという点では、この曲「哀しくて〜」が一番乏しかったかな。うん、悪い曲ではなかったけど、まともだったんだよね。全体的に。

 そう考えると、売れた後の3曲目に持ってきたのは正解だったよなぁ、今考えると。
 前2曲と方向性が同じだったんで、ファンを裏切らない・・・っていう安心感もあったろうし。。

 そんないろいろなファクターがうまく絡み合って、結局3曲同時ベストテン入り・・・って言うことになったんだろうね。


 ちなみに、当時、ワタシ、ドラムを始めててさぁ、チェッカーズとか簡単そうだったんで、練習してたんだけど、この曲、バスドラが大変なんだよねぇ。
 イントロの頭から8分音符のバスドラきざんでたりするから、腰が痛くなったりしてさ。。。足は突っ張るし・・・。

 なんか、そんな想い出が強いな、この曲には。





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Blue Moon Stone / チェッカーズ

1992_05_Blue Moon Stone_チェッカーズ



今回の1曲セレクトは、「Blue Moon Stone」チェッカーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    Blue Moon Stone
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      藤井郁弥
・作曲      藤井尚之
・編曲      THE CHECKERS.FAM.
・リリース日   1992年5月21日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   29.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1992年6月8日〜6月29日付
・タイアップ:TOYOTA「スプリンター・マリノ」CM曲


・・・・ということで、いきなり、チェッカーズの「Blue Moon Stone」 。


 この曲は、チェッカーズ解散が発表される、直前・・・ぢゃなかったかいな?  リリースされたのは。

 あれれ? ちがったかな?

 うん、でも、チェッカーズのラスト前の曲ですよ。言ってみれば「最晩年」の曲だね。
ちなみに、売り上げは、チェッカーズ旋風が起こった、84〜85年の全盛期に比べると、下がってはいたものの、
デビュー曲からラストまで、10年間、1曲もベストテンを外してないんだよね。
 これは凄い事ですよ。特にバンド系としては、今でも、そんなバンド居ないですからね。


 この曲の当時の印象からは、「あれ?」どこか吹っ切れたかな? って思ったな。

 いや、それまで、暫くと、曲のイメージが「がらっ」と変わったから。この曲で。

 なんかさ、それまで詰まってた「イライラ」が一気に解消したような「清清しさ」を感じるんだよね、この曲。

 そそそ、今日の「五月晴れ」のような、湿度の低い「カラッ」とした、爽快感が残る暑さ・・・な空気感っつうのかな。

 それまで、暫くのチェッカーズって、たしかに、斬新な切り口の曲もあったけど、どこか「物が詰まった」ような、歯切れの悪さを何処か感じてたんだよね。

 それもあってか90年以降の曲は、まともにも聴いてなかったな。

 でも、この曲は、兎に角、一言、「爽やか、爽快感」。その空気を感じるだけで、一発で好きになっちゃったな。久しぶりで音源も手に入れたし。


 今にして思えば、すでに「腹のうち」は決まってたんだろうね。高杢氏著の「チェッカーズ」によると、既にこのころになると、メンバー感の確執は、修繕出来ないくらいの溝が出来ちゃってたようだし・・・。

 まあ、バンドメンバーが10年間、全く、確執もなしに、変わらずに行くなんて、通常ではありえないんだけどさ。
 それだけ、いろいろな考えの人間が集まっているわけだから。。。

 まあ、遅かれ早かれ、解散する運命にあったんだろうね。

 で、92年で活動期間も丸10年っていう、キリのいい区切りでもあったわけだし・・・。


 逆に考えると、このモノの詰まりが取れたような、爽快感は、それを暗示する1曲でもあったんだろうね。


蛇足だけど、この曲、TOYOTAの「スプリンター・マリノ」のCM曲だったんだけど、一時期「マリノ」欲しかったんだよな。
 ビュンビュン系ではないけど、あの手の中型車が欲しかったの。なんせ、まだ、「カローラ供彎茲辰討燭海蹐世靴福。。
 その後「カルディナ」に行って・・・(あ〜、充分に「ビュンビュン」系だ。。。)、最近は、オヤジになったんで、ビュンビュン系よりも、楽チン、ワンBOXやね。




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あの娘とスキャンダル / チェッカーズ

1985_04_あの娘とスキャンダル_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは、「あの娘とスキャンダル」チェッカーズです。

 まずはデータです。

・タイトル     あの娘とスキャンダル
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞       売野雅勇
・作曲       芹澤廣明
・編曲       芹澤廣明
・リリース日    1985年3月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    51.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月1日〜6月3日付
・タイアップ:映画「CHECKERS in TANTAN たぬき」主題歌


 今回も4月1日リリース曲で行こう・・・と思って、この曲を用意してたんだけど、この曲、リリース日3月21日だったんだねぇ・・・。

 いやいや、発売日を勘違いしてた。。 ランキング初登場が4月1日付だったんだ・・・。

 その曲とは、

 あの娘にスキャンダル  /チェッカーズ

 この曲で、なんで4月1日にこだわったか・・・っていうと、確かにベストテン入りしたのが4月1日付だったって言うのもあるけど、この曲、↑では、タイアップを映画「CHECKERS in TANTAN たぬき」の主題歌と書いたんだけど、実は、あの「夕焼け!ニャンニャン」のオープニングテーマ曲でもあったんだよね。

 1985年4月1日 月曜日。 

 この日から「夕焼けニャンニャン」は始まった訳だけど、番組の一番最初に流れた曲は、もちろん、おニャン子の曲でもなく、実は、この曲だったわけだ。


 ♪ あの娘と  スキャンダル  ♪

っていう、イントロなしの出だしから、タヌキのイラストの夕ニャンのオープニングタイトルが流れたのを、一体、どのくらいの方が覚えてるだろうな。

 後々、視聴率が20%を越えた、この番組だけど、もちろん、第1回放送なぞ、たいした視聴率が取れたわけでもなく・・・。

 もちろん、おニャン子など、ほとんど、知られているわけでもなく・・・。

 無論、ワタシも見てなかったですわ。

 そんな、タイアップに使われていた、この曲だけど、確かに、「企画物」っぽい曲ではありましたね。

 その前の「ジュリアに傷心」が、涙、涙の失恋ソングで北風ピューピューの叙情感と緊張感いっぱいであったのに比べると、ちょっと、緊張感ないんぢゃないの? っていう軽いポップな曲調。

 確かに「春」らしいポップな曲といえば、聞こえはいいけど、ちょっと「アイドル」しすぎぢゃないの? っていうキライは強かったよなぁ。

 まあ、確かに、このころのチェッカーズは完全なアイドルでしたけどね、ロックアーティストというよりかは。

 そういう雰囲気に個人的には、当時はどうも、なじめなかったなぁ。

 ギリギリのところでロックアーティストとしてのサムシングをとどめる・・って言うところにチェッカーズのよさを感じてたんだけど、この曲は、その境界線を越えてたんぢゃないかって思えたんだよねぇ、当時は。

 よく、思えてきたのは、ホンと、最近なんですよ。今、この当時の曲を聴くと、やっぱり、この曲がないと、なんか寂しいんだよね。

 表面上はキラッて居たんだけど、どっかでは、認めてたんだよね。

 ただ、さすがに、曲調がぬる過ぎたのかなぁ? レコードの売上げは、前曲の「ジュリアに傷心」から20万枚もダウン。
 ヒット期間も縮小・・・と。チェッカーズも一つのピークを過ぎた・・・っていう印象が残った1曲だったよなぁ。

 まあ、いつまでもブームは続かないわけで、チェッカーズもそろそろ、勢いだけでなく試行錯誤の時期だったんだろうけど、それで、勢いをキープしていくのは、難しいことなんだよね。

 そんな、曲がり角を迎えた、チェッカーズ、85年第1弾の曲がこれでしたね。




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I Love You SAYONARA /チェッカーズ

1987_03_I Love you,SAYPNARA_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは、「I Love You SAYONARA」チェッカーズです。

 まずは、データからです

・タイトル    I Love You,SAYONARA
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      藤井郁弥
・作曲      大土井裕二
・編曲      THE CHECKERS FAM
・リリース日   1987年3月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   25.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月16日〜4月27日付
・タイアップ SEIKO「アベニュー」CM曲

 春といったら、どうしても卒業ソングがイチバンに来て、あとは、春らしいポップな曲とか、最近だったら「桜」とか、なんとなく、ほっとする曲があるなか、逆に切なくなる曲ってのも、いくつかあるんだよね。
 まあ、波乱万丈、いろいろなことがあるのが、「春」の特徴だったりしてね。

 そんな、セツナソングのひとつが「I Love you,SAYANARA」かなって、ワタシは思うのよね。

 この曲は、チェッカーズにとって、前曲「NANA」に続いての「自分たち」の手による作品。 それまでは、売野雅勇、芹澤廣明っていう、ブレーンがいたからね、チェッカーズには。
 でも、反面、そういうブレーンによって、バンドの性格自体作られてたっていう部分も否めなかったですよね。

 ごく初期は、アイドルバンドとして、85年ごろからはGSの再来的ニオイが強いバンドに・・・って具合に。
 ただ、いずれにしろお仕着せ的なところは強かったし、5年目ということで、そういうお仕着せも窮屈になってきたところも強かったと思う。
 そういう意味では、タイミングを見計らっての自作への転換だったと思うけど、今までにない「ラフ」な形のバンドへ変化しましたよね。このころ。
 サウンド的にもそうだし、歌詞、メロディ全体にわたって、それまでの「重石」が取れたって言うかさ、「自由さ」は感じたよね。

 その辺が端的に出てきたのが、この「I Love you,SAYANARA」ではなかったかなぁ。 「NANA」は、自作のしょっぱなっていうところもあって、お披露目的なところもあったし、まだ、「遠慮」も感じだしね。
 そういうところもあって、「自作だ どうだ!」っていう自信が見えたのは、この曲からだと思いますね。

 同時に、こんな「切ない別れ」の曲に挑戦したのも、この曲が初めてだったんではないかなぁ、シングルとしては。

 だからかなぁ、ラフな音の中にも、感情がこもってた気がする、フミヤのボーカルにも。

 まあ、これで、味をしめたのか、チェッカーズってこの年以降、別れの曲って結構あるんだよね。「JIM&JANEの伝説」とかさ。
 そして、なぜか、このテのチェッカーズのサウンドが自作になってからのチェッカーズでは一番好きだったりしてね。

 まあ、あの当時の個人的なLIFE背景見たいのもあるけどね。
「JIM&JANEの伝説」の時は、それこそ「浪人」時代で、生活全てが「切なかったし」、この「I Love you,SAYONARA」の頃は、なんかどうしていいかわかんない「モンモン」さがあった。
 まあ、いまから思えば「思春期」のソウウツ状態ですよ。ハイ。
 相変わらず音楽にのめり込んでたし、受験への不安も日に日に日強くなってたし、ガッコの一つ年下のコを好きなってたりもしてたし、まあ、どうしたらいいかわかんない状況の毎日って感じでしたね。あの頃は。

 そんな時期に聴いたこの曲を、今聴くと、あのころの状況が鮮明に甦ってくる・・・っていう1曲ですねぇ。
 今から19年前ですわ。青春は遠くになりけり・・・って、これいつかも書いたな。。。

 そして、この曲を含め、オリジナルメンバーでは永遠に聴けなくなったチェッカーズの曲が、妙に遠い時代の曲のようにも思えたりする、今日このころですね。


 それよか・・・

 え? ワタシが女の子を好きになったりするのかって?

 ・・・ありますよ〜!、ワタシだって「男」ですかんね!

 まあ、その辺のことについては後日にゆっくりと・・。ちょっと別な曲な時に・・・。 
 この曲聴くと・・・っていう曲があるんですよ。。



やっぱり、曲を聴くと切なくなるな。
28年前、17才の今頃が甦るわ〜。。。


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涙のリクエスト

1984_02_涙のリクエスト_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは「涙のリクエスト」チェッカーズです。

 まずはデータです。

・タイトル     涙のリクエスト
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞       売野雅勇
・作曲       芹澤廣明
・編曲       芹澤廣明
・リリース日    1984年1月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    67.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年2月27日〜6月4日付

 今まで書いてきた曲を振り返ってみると、意外と「超有名」っていう曲で書いてきてない曲があるなぁ。
 今回引っ張ってきた曲も、まだ書いてなかったんだよね・・・。
 
 ・・ということで、

 涙のリクエスト  /チェッカーズ

流石に、ここ読みに来ていただいている方は、この曲はみなさん御存じですよね〜


 この曲を最初に聴いた時のことは未だに覚えてる。
たしか、ニッポン放送の1984年1月当時、19時30分〜21時で放送していた番組だ。
 ただね、番組名が思い出せないwww

 でもね、少なくとも発売日の前に聴いてたのは確か。84年明けてすぐの頃だったと思うなぁ。

 84年が明けて、晴れて(?)「(高校)受験生」の身となったワタシは、平日は夕飯食った後19時30分ごろから夜中までラジオをかけながら勉強机に向かうのが日課になったんだよね。
 そんな矢先の出来事だったから、よく覚えてるんだなぁ、きっと。

この番組、結構「あたりそう」な曲をヘビーローテーションで毎日のように流してたのだけは覚えてる。
 この「涙のリクエスト」もそうだったなぁ。余談だけど、このすぐ後、中原めい子の「君たちキウイパパイヤマンゴーだね」にヘビーローテーションが変わって、これも大ヒットしたもんね。

 でもさ、確かにヘビーローテーションでかかっていたんだけども、それより何より、最初に聴いた時から引っかかったんだよね。この曲には。
 リリースされて、すぐに買ったなぁ、このシングル。

 
 まあ、曲的には簡単なメロディなんだけど、なんていうのかなぁ、懐かしさを感じたんだよなあ。この曲に。
 
 たしかに当初のチェッカーズの根本のところにはオールディーズの香りっていうところがあったんだけど、それがモロ出てたっていうかねぇ。オールディーズの刹那さ見たいなところがひしひしと感じたんだよねぇ。

 ただ、曲調が曲調だけに結構年上のバンドなのかな?・・って最初思ったところはあった。
 でも、まさか、当時メンバーも20歳そこそこだったとはねぇ・・・。

 でさ、何回か聴いてるうちに、また、聴きたくなってる自分がいたりしてね・・・。

「これ売れねーかなぁ・・・」とも思ってたし、逆に「いや、絶対売れる」っていう確信のようなもんも感じたりしてさ。

 この「確信の感覚」は、あみんの「待つわ」を最初に聴いた時以来だったかもしれないなぁ。
 まあ、一種のカンって言ったらカンなんだけどさ。


 だけど、案の定、来たんだよね、これが。 

リリースは1984年1月21日。ベストテン入りが2月の終わりだったから、リリースから1ヶ月かかったけどさ。

 ただ予想が付かなかったのは、一度「火」がついたら、加速が止まらない、天井知らずの「人気者」になっちゃったこと・・・。

 うん、ベストテンは予想してたけど、まさか、そのまま「ザ・ベストテン」で1位を取ってしまうとは・・・。
(ちなみにオリコンでは最高2位止まり)

 いやいや、そんな生易しいものではなくてね、空前の「チェッカーズ旋風」までもたらしてしまうとは!

 さすがにここまでは予想もしてなかったですよ。

 もちろん、曲が良かったこともあったけど、ビジュアル的にも良かったんだよね。チェッカーズフッションに髪型ね〜。

 当時、あの髪型は絶対真似できなかったもん。ガッコの頭髪検査で100%引っかかっちゃう(爆)


 それに加えて、時代が丁度、新しいヒーローを求めていたってのもあったと思う。

 確かに聖子 明菜っていう2大巨頭が時代を引っ張っていたけど、男性アイドルがやや翳りが見えてきていた時期だったし・・・。
 そこにタイミングよく、出現したのがチェッカーズだったわけね。


 たださ、もともとアイドルになるべくして出てきたヒトたちではなかったわけで、かなり戸惑ってはいただろうね・・・。

 ・・と思いきや・・・、元メンバーの高杢禎彦著「チェッカーズ」によると実際はそうでなかったらしい。

 逆に「天狗」になっていた部分が大きかったようですね。

 それが後年のメンバー同士の不和、そして解散につながって行ったようですわ。

 ちなみに、後年自分たちで曲を作るようになったのも、結局は自分たちの力を過信していたところがあったらしく、デビュー時からプロデュースしてきた芹澤氏の了解もないままだったらしい。

 つまり、黙殺だったようで、以来、芹澤氏との関係もよくなかったようですね。

 そういうこともあり、仮にこの先再結成ということがあったも、初期の頃の作品は永遠に演奏されることはないようです。

 もっとも現在にわたってのメンバー間の分裂、それ以前にドラムのクロベエ氏の死去で永遠にオリジナルメンバーでは再結成が不可能となってしまいましたが・・・。



 そんなことが全く夢の出来事であるかのようなピュアな気持ちで音楽に望んでいた時期の「涙のリクエスト」。
 だから、聴く方にも素直に刺さったんだろうなぁ。今考えると。

 音楽はテクニックだけではないんだよねぇ。伝えるべき事をピュアに伝えられるかどうか・・・ここにかかってくるんじゃないかなぁ。

 いまとなっては当たり前なことと思うんだけど、そんな事を改めて気付かせてくれた曲だったと思うなぁ、この曲は。



もう、永遠に不可能となってしまった、「オリジナルメンバー」での「涙のリクエスト」です。


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星屑のステージ / チェッカーズ

1984_09_星屑のステージ_チェッカーズ







今日の1曲セレクトは、「星屑のステージ」チェッカーズです。

まずは、いつものようにデータから

・タイトル     星屑のステージ
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞       売野雅勇
・作曲       芹澤廣明
・編曲       芹澤廣明
・リリース日    1984年8月23日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数    60.4万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月3日〜11月12日付
・タイアップ TBS系ドラマ「うちの子にかぎって」主題歌
 

昨日、別のトピックスも立てたけど、そろそろ、ネタ切れ? とか思ってたんだけどね、ちょっと視野をひろげようと思ったのね。
視野・・といっても、ランキング上の視野ね。 当初は、1位獲得曲はなるべく避けようと思ったの。
だってさ、1位獲得するくらいの曲なら、みんな知ってるよなぁ・・・という気もしてたしね。
 
 で、まあ、もう、そういう「しがらみ」は取っ払おうとおもってね。。。。1位取った曲でも、世代が違えば、知らない方もいるわけで・・。特に、mixiの場合は、自分のサイトと違って、ヒット曲ファンばかりぢゃないですから・・。
と考えれば、まだまだ、紹介してない曲があるなぁ・・と思ったわけですわ。 
 
 チェッカーズ。 1984年当時、超トップアーティストだったのに、未だに1曲も紹介してなかったよねぇ。
 昨日は、若干、マニアック気味だったから、今日は、超定番で行きますよ。

・・・ということで、引っ張ってこようと思ったんだけど、83年にデビュー以来、この時期、9月下旬にヒットしてた曲ってなかなかないんだよね。 チェッカーズって。
 ・・で、92年までの10年間で唯一、9月にヒットしてた曲・・・84年の「星屑のステージ」を引っ張ってきてみました。


 チェッカーズにとって、この曲は第4弾シングルなんだけど、1次的なイメージチェッンジ的な曲だったのかなぁ。
それまでの、アップテンポの軽めのロックから、一転、3連バラードへ。
 まあ、当時のチェッカーズの人気はすごかったからねぇ〜。どんな曲を持ってきても、ある程度のセールスはあったでしょうけどね。 そういう時には、どんどん冒険すべきだよね。
 「夏の終わり」というリリース時期からしても、このの3連バラードはピッタリというところもありましたし、まあ、いつかは、このテのバラードは出して来てたんだろうけど、だから、最初にイメージチェンジとも書いたけど、必然的な流れだったのかもな。
 そう考えると、タイミングはよかったんじゃないかな。

 曲も3連バラードといっても、クセのない、ストレートなバラードだったし、そのクセ、インパクト、掴み、しっかり持ってましたもんね。
 イントロなし、いきなり サビの♪胸にほほをうずめ〜♪だもんね。ノッケから思ってきり掴みですよ。
ターゲットの10代の女の子はたまりませんぜ。これは。

 チェッカーズは、ビートルズ的な売り方をして、日本では一番売れたバンドなんじゃないかな。
ビートルズ的な売り方っていうのは、要は、はじめは「アイドル」的な売り方をして、ティーンの心を掴む。
・・で、ころあいを見て、自分たちのスタイルで売っていくっていう形ですよね。
 もちろん、ビートルズは、ほとんどは自分たちで曲をつくった。チェッカーズは、当初の3年は、作家の曲を歌った・・・という違いはあるけど。
 でも、当初は、ティーン狙いのアイドルバンドだったっていう点では同じですよね。
曲も、どの曲もポイントを抑えた、覚えやすくて、なじみやすい曲ばっかりだったもんね。今考えると。
 初見で覚えちゃうっていうかね、個人的には「消化しやすい」曲が多かったな、チェッカーズは。この曲もそうだったな。
 個人的には、多分、「歌謡選抜」でリリースの1ヶ月くらい前に聴いたんだと思う。 それからは、かなり聴いてたもんなぁ。あのころは、他の曲もそうだったけど、リリース前にすべて覚えちゃってて、リリースの時には食傷気味になってたんだよね。この曲もそうだった気がするな。
 まあ、それだけ、覚えやすかったし、よくラジオでかかってたってのもあるけどね。

 それと、この曲、チェッカーズとしては、初めてのドラマタイアップだったよね。TBS系 金曜20時〜の「うちの子にかぎって」の主題歌。 田村正和がはじめて、「大人向け」のドラマから脱皮した(?)ってことで、話題になったドラマですよ。
 不っ快なドラマだったァ 。個人的に。 
田村正和、小学校の先生役だったけど、ガキがクソ生意気でさ。これほど、不快なドラマはないなと思ってたもんね。
 ・・といいつつ、ついつい見ちゃったりしてね。
金曜20時〜ということで、流れ的には金八先生なんだけど、この頃になると、コメディタッチになんだよね。プロデューサーも違うしさ。
 だけど、クソ生意気なガキと思ってみてた子役たち、考えてみれば、ワシと、5歳も違わなかったんだけどね。
 1世代も違わないのに、ワシたちの頃とは随分違うなぁと、若干カルチャーショックだったな。

 まあ、良いも悪いも、田村正和は、この後TBSのこの手のドラマにいろいろ、引っ張り出されてましたよね。一番は「パパはニュースキャスター」だと思うけど、これについては、あと5ヵ月後に・・(^^;;;

 ドラマの主題歌初見参といえば、今度の10月からのドラマ、同じTBS系ドラマ「ブラザービート」の主題歌は、Def Techだってね。
 うん、これは当時のチェッカーズと同じ立ち位置に立ったってことだけど、初のシングル化ですかね。
果たして売れるかな。





※2005年9月に書いたものの再掲載です。
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