かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

ジャニーズ

バラードのように眠れ / 少年隊

  1986_12_バラードのように眠れ_少年隊


今回の1曲セレクトは「バラードのように眠れ」少年隊です。

まずはデータです。

・タイトル    バラードのように眠れ
・アーティスト  少年隊
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1986年11月28日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 23.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年12月8日〜1987年2月16日付

いつもの事だけど、ここにたどり着くまでが長いんだよなぁ・・・

・・・なんて、これじゃ意味分かんないですよねぇ 

いやいや、この1曲セレクトの文章を書き出すまでが長い・・・って事なんですけどね。

頭では、いつも「あー、書かなきゃ書かなきゃ〜」って思ってるんだけども、なかなかPCに向かえない。別に後でもいいのにゴミ捨てに行っちゃったり、時にはドライブに出かけちゃったり、買い物に行っちゃったり・・・
そうじゃなくても、いざPCに向かって「よし、書こう」と思っても、他のサイトが気になっちゃったりして、気が付いたら2時間〜・・・とかさあ。。。

まあ、今に始まった事じゃないんだけどね。昔からそう。お尻に火が付かないと全く動かないタイプ。物事を計画的に進められないタイプ。
夏休みの宿題は最後の1日で・・・いや、最後は面倒になってやらないで明日廊下に座らせられればいいや・・・なんて開き直るタイプ。

ただ一旦尻に火がつくと、物事を進めるのは、めっちゃ早い。自分でも制御できなくなったりしてさ。。。早すぎ途中の過程をすっとばす事も多いけど。。
ここもね、一旦書き始めると30分もあれば書いちゃうんだけどねぇ。
その代わり、以前からここ読んでくださってる方は大かた気が付いてると思うけど、ワタシ「誤字脱字」が多いのよ。   書き始めると、かっとばして書くからなぁ。。。

でも、なっかなか尻に火が付かないんだけどね。

サラリーマンとして、否、社会人として出世できないタイプですな  


あー、訳の分かんない「マクラ」になっちまった。。。

少年隊の「バラードのように眠れ」でしたねぇ〜。。

ちょっと前に別の曲を書いた時に、リリース日を間違えて覚えてた・・・ってことで、書く曲を差し替えた事があったんだけども、そん時元々書こうと思ってた曲が、実はこの「バラードのように眠れ」だったんだよね。

いや、つい最近まで、この曲86年の「11月1日」リリースだった・・・ような気がしてたんだよなぁ。。。。「11月28日」だったか。。。

ということで、今まで書くの先延ばしにしてたんだけど、ヒット時期にも合ってきたんで「満を持して」引っ張って来ましたわ。

うー、「満を持して」っていうのは、ちょっと大げさか。 なんせこれまで1500曲ほど書いてきたのに、まだ書いてなかった曲だからなぁ。
忘れてた訳じゃないんだけど、今一つとっかかりが難しくて書けないでいた曲って感じなんだよね、この曲。


この曲、少年隊としては、デビュー第4弾シングル。 結成以来5年待って満を持してレコードデビューした「少年隊」。ま、デビューシングル「仮面舞踏会」は、その期待を裏切らないヒットとなった訳だけど、その後が今一つだったんだよねぇ。

この「バラードのように眠れ」の前の「ダイヤモンド・アイズ」なんて、オリコン1位を獲得したものの、「あっという間」にヒットチャートから転げ落ち・・・。
いや、この曲のチャートの転げ落ち方には、逆な意味で「意表」を突かれたんだけどさ。 
たしかにね、曲自体、よく分かんない曲だったんだけどね。 これで大ヒットはない・・・よな・・・って言う感じで。

そんなわけでね、「少年隊」は意外と短命かも・・・なんて個人的には思いつつあったときに、この「バラードのように眠れ」がリリースされた訳ですわ。

前曲が前曲だっただけに、ある意味、少年隊にとっての「勝負曲」だったわけですわね。

でもまあ、そこは作詞 松本隆、 作曲 筒美京平、編曲 馬飼野康二  80年代ポップスに於いての超黄金トリオですわ。 この3人で「駄作」の訳が無いですよ。

この曲を皮切りに、次の「Stripe blue」、3曲先の「ABC」へと続く、 松本-筒美コンビによる、いわいる少年隊ユーロビート「3部作」と呼ばれるようになった、その最初の曲がこの曲って訳だけどさ。

でも、この曲は大まかに見てユーロビート感は薄かったような気がするな。

一聴して、どちらかと言うとショービス系の匂いが強いよね。 イントロにかぶさってる、ストリングスのサウンドは、完全にショービス風だしさ。 その昔のトム・ジョーンズとか、そうじゃなくても70年代のフィラデルフィアサウンドを彷彿させるしさ。 
ま、確かに、リズム的にはユーロビートなんだけどさ。 強烈にユーロビートを感じせる訳ではない。

でも、そう考えると、ヨーロッパとしてのユーロビートと言うリズムの上に、フィラデルフィアって言うアメリカンなサウンドを纏わせ、日本の少年隊が歌う・・・なんていう図式にもとれるんだよね。

大げさに言えば「ワールドワイド」な曲・・・ってさ。 

そういえば、少年隊のデビューキャッチは「日本発、世界行き」だったよな。 

もしかして、このキャッチコピーを意識した曲だったのか、この曲は  

なんて考えると、松本、筒美、馬飼野・・・っちゅう超ゴールデントリオ、さすがにタダ者じゃないな・・・。

まあ、考えすぎかもしれないけどさ。。。 (なんて書くと身も蓋もない 


いずれにしても当時は、ユーロビートな時代だったんだよね。古今東西猫も杓子もユーロビートだったもんな。

まあ、日本の曲の場合、大体は向こうの曲のカバーだった訳だけどさ。
これは当時の日本のソングライティングレベルでは、なかなか自前でユーロビートを作るのも難しかったからなのかもな。

以前、近田春夫氏も「リズム体を車のシャーシに例えると、80年代の向こうの曲のシャーシは難しいんで・・・」ってな事を言ってたしね。

そんな中、それでも「自前」でユーロービートサウンドを持ってきたっていう、この曲からの少年隊、ユーロビート3部作はやっぱ画期的だったんだよね。 それを考えると、やっぱ筒美京平って言うヒトと、そのプレーンだった馬飼野康二氏や船山基紀氏の凄さを改めて感じたりするんだよなぁ

 そして当の少年隊も、ランキング的にも、この曲を皮切りに息を吹き返しましたよねぇ。ただ、レコード売り上げ枚数は、それほどでもなかったんだけどね。この曲が23万枚だったし。。。
いや、それでも当時は、結構な大ヒットに感じたんだけど。。。実感的には、実際の売り上げ +5万枚位の感覚がありましたね。 この曲にしたって30万枚前後っていう感覚があったしさ。
それだけアナログレコードの売り上げが落ちてたんだよな。この頃が「底」でしたからねぇ。



「邦楽としてのポップス」と見た時、やっぱり、この時期の曲の完成度って高いんだよなぁ。
それだけ各作家陣がこのころが一番成熟してたって言う証拠なんですよね。
洋楽的だけども日本の土着的な匂いが強いっていう独特のグルーヴ感は、端から「外人」が書いてる最近のジャニーズの曲では全く感じられなくなったよな。


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Hi-Hi-Hi / あおい輝彦

1977_04_Hi-Hi-Hi_あおい輝彦


今回の1曲セレクトは、「Hi-Hi-Hi」あおい輝彦です。

まずはデータです。

・タイトル    Hi-Hi-Hi
・アーティスト  あおい輝彦
・作詞      森雪之丞
・作曲      森雪之丞
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1977年3月5日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1977年3月28日〜5月9日付

昨夜、眠い頭で書いた千昌夫の「北国の春」はいまいち反応がね。。。

昨夜は「春ウタ」っちゅうことで、「北国の春」を持ってきたりしたんだけどねぇ。
国民的大ヒット曲なんで、刺さりはいいかな・・・なんて思ってたけど、やっぱ、これ読んでくださってる方とのジャンル的ギャップがあったかなぁ。。。

・・・っちゅうことで、再度仕切り直し。

今回は、「ポップス」系を持って来ましたよん。

あおい輝彦「Hi-Hi-Hi」ですよん。

奇しくも「北国の春」と同様、77年春リリースの曲ですよな。

うーん、心配ごと言えば、そこなんだけどね。 今から丁度40年前の今頃のヒット。。。
っちゅうことで、果たして、どれだけの方がこの曲を覚えてらっしゃるか・・・ってところですねぇ。

そんなワタシも、リアルタイムではこの曲聴いてなかった・・・・ハズなんだけどもねぇ。

でも、後年、テレビだかラジオだかで、この曲が流れて、「あ、この曲かぁ〜」なんてハッとしたんだよね。
たしか、後年CMかなんかで使われてなかったかなぁ、この曲。

♪Hi Hi Hi 春になったら Hi Hi Hi〜 ♪ っていう分かりやすくキャッチーなサビから始まるこの曲。タイトルだけじゃピンと来なくても、曲を聴けば、「あ、これか」って思う方も多いんじゃないかなぁ。

最近、春っていうと「桜」っていう感じで、どこか背筋をピンと張らなきゃ行けないようなフォーマルな感じの「春ウタ」が目立つような気がするけど、昔は、「春」っていうワクワク感が強い、カルジュアルな曲が多かったじゃん。
例えばキャンディーズの「春一番」にしても、太田裕美の「南風」にしてもそうだしさ。 
それまでの冬、身が縮こまるような思いをしていたのが、一気に解放されるっていうかさ。

この曲も、そんな「春」のワクワク感を感じさせる1曲ではありますね。ワクワク感と言うか、能天気というかね。 

曲想的には、例えばルーベッツの「Sugar Baby Love」あたりの、すこしサーフィン系を感じさせる、爽快感あるイメージだよね。

ただ、77年っちゅう年代が年代だし、リリースが「テイチク」っちゅう、モロ歌謡曲路線のレーベルなんで、サーファー系の爽快な曲と言っても、今聴くと「和」の匂いが強いんだよな。

特に、サビ終わりの、Aメロとかさあ、「ザ・70年代」って言う感じの、当時、お馴染みのメロディラインとかさ。

結局、やっぱ「歌謡曲」だよね・・・っていうイメージは拭えないんだけどさぁ。

これが、「東芝」とか「CBSソニー」とか洋楽にコミットしたレーベルからのリリースだったら、もっと違ったんだろうけどね。

いや、あおい輝彦氏の曲は、この曲だけじやなくて、前年の大ヒット曲「あなただけを」もちょっと違和感を感じるワタシだったりするんだよな。

いや、テレビで歌っているところを見ると、もっとスピード感があってワイルドなイメージなんだけども、レコードでは、なんで、あんなに「しょぼい」の・・・ってさあ。
まあ、それでも、約80万枚の大ヒットになったんだから結果オーライだったのかもしれんけど。。。


ところで、この曲、作詞は森雪之丞氏だったんだ  全然気がつかなかった。

森雪之丞氏って言えば、80年代アイドルの「コトバの魔術師」と言われるほど、奇想天外なコトバを多用した詞を展開してたんでね。 例えば、先週書いたソフトクリームの「やったね!春だね!!」とかさあ。。
それに比べると、この曲の詞は、かなり「まとも」な展開だしなぁ。

加えて、曲も森雪之丞氏本人なんだよね。 これも意外・・・と思われる方もいらっしゃるかもしれないけど、時々、曲も書いてたりする事があるんだよね。

個人的に一番初めに「え? そうなんだ」って思ったのは、堀ちえみの「とまどいの週末」(82年11月リリース)かなぁ。 これも作詞、作曲共に森雪之丞氏だったしね。

ちなみに、↑で、この「Hi-Hi-Hi」ってルーベッツの「Sugar Baby Love」のような・・・って書いちゃったけど、、後年、Winkが「Sugar Baby Love」のカバーを歌った時の「訳詞」は森雪之丞氏だったんだよね。

うーん、やっぱ、どこか繋がってる?



ちなみに、以前「あなただけを」の時も書いたと思うんだけども、あおい輝彦氏って、「ジャニーズ」出身ってことは、こ存じですよねぇ。
そそそ、「初代・ジャニーズ」のメンバーですね。

真家ひろみ
飯野おさみ
中谷良
青井輝彦

っていう4人ユニット。

今のジャニーズもユニットに引き継がれている点として、しっかり者(?)のリーダーが居て、二枚目が居て、三枚目が居て、ツッパリ(放蕩)系が居て、「普通」が居て・・・っちゅう、それぞれ異なるキャラクターが揃ってるっていうところが、実は、この時からあるんだよな。

 その点から言えば、あおい輝彦氏は「二枚目」タイプなのかなぁ。 今の「嵐」で言えば松潤的なポジションって感じですよね。

・・・・とすると、松潤も「嵐」解散後は、「水戸黄門」とかやってたりして。。。


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あなただけを / あおい輝彦

1976_08_あなただけを_あおい輝彦






今回の1曲セレクトは、「あなただけを」あおい輝彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    あなただけを
・アーティスト  あおい輝彦
・作詞      大野真澄
・作曲      常富喜雄
・編曲      惣領泰則
・リリース日   1976年6月25日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   79.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年8月9日〜11月8日付

 時々、特に好きでもないんだけど、耳にまとわり付くように、残る曲ってあるんだよなぁ。。
 さっきも、RIP SLYMEの「太陽とビキニ」を聴いてたら、どーも、耳に残るな。 今も、頭の中でグルグルとなり続けているぞよ。

 うん、例のサビの部分ね。

 ♪ サンシャーイン  輝ける日々に〜 デイライト〜 ♪

 ってとこ。 あそこの、バックのコード進行がかねー。おもいっきり、キンモクセイの「七色の風」じゃん。 ウォール・オブ・サウンド、フィルスペクター風・・というか、このコード進行は、日本人好みだよなぁ。
 うーん、なんちゅうかね、爽快感が、日本の湿気の多い、ベトつく夏に、合うんだよな、これが。


 ところで、それにつづく、チープなオルガンの音色が、どことなく、寂しさを注ぐのよ。
 
 夏の太陽のはずなのに、この物寂しさは何? って感じで・・。 

 でも、あれ? これってどっかで感じた、物寂しさと同じだよな・・・っておもって、頭の中をガラガラかき回して、たどり着いたのが、今日、引っ張って来た、あおい輝彦の「あなただけを」だったりして。。。

 この曲も、レコード音源で聴くと、バックのチープなオルガンの音色から、どこか、物寂しさを感じるんだよな。 もろ、夏の曲なのにさ。

 ♪ あー、今年も 南の風に 誘われてきたよ〜 ♪

って、歌詞を見ても、おもっいきり「夏うた」なのに、太陽ギラギラな「ナッツー」の感じがしないのは、やっぱ、このアレンジのせいだと思うわ。

 その影響もあってか、1976年6月25日リリースなのに、ヒットのピークは、9月〜10月・・・なんて、「秋」に入ってからだったりするんだよね。


 ところで、この曲って、ジャンルに分類すると、どこに入るんだろ?

 いやいや、こういう曲は分類が難しいよなぁ〜。

 パッと聴いたところ、「歌謡曲」ですかねぇ〜。

 いや〜、あおい輝彦ですよ〜。もと「ジャニーズ」ですよ〜。 やっぱし、「アイドルポップス」だろ?

 その前に、 うそうそ、ジャニーズなんて・・・、っていう方・・。

 あおい輝彦 こそ、初代「ジャニーズ」の「顔」だったお方、なのですぞ。

 今で言えば、櫻井翔か、亀梨和也か、山下智久か・・っていう存在だったのですわ。

 ・・・だったら、やっぱし「アイドル」だろ? とも考えたくなっちゃうし・・。


 いやいやいや、作詞の大野真澄は「ガロ」、作曲の常富喜雄は「猫」ですぞ、ニューミュージックじゃん・・・、とも言えるし。。。ふらふら


 ・・・・どうなんでしょ? まあ、そもそも、ジャンル分けすること自体ナンセンスなんだけどさ。 




 それにしても、この曲、オリコンでは6週連続、1位なんて、76年を代表するような大ヒットだったんだけど、その割には、今となっては、なんか知られてないよな、イマイチ。。。


 ・・・っていうか、ワタシも長いこと、知らなかったんだけど。。ふらふら

 その辺なのかなぁ・・・、6週連続1位の割には、ミリオン近くまで位ってない氏ね。

 いや、76年って、そういう傾向にあったんだよな。この年は、例の「たいやきくん」と、「ビューティフルサンデー」で、丁度、半年間も1位を占領され、後半も、1位ロングで獲得した曲が続いているんだけど、その割には、今に「残って」る曲が少ない・・・と。

 ちなみに、この曲の次のオリコン1位は、山口百恵「パールカラーにゆれて」が5週連続でとってるんだけど、やっぱし印象に薄いしね〜。




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哀愁でいと / 田原俊彦

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今回の1曲セレクトは、「哀愁でいと」田原俊彦です。

まずはデータでーす。

・タイトル      哀愁でいと
・アーティスト    田原俊彦
・作詞        ANDREW JOSEPH DI TARANTO、GUY HEMRIC
・作曲        ANDREW JOSEPH DI TARANTO、GUY HEMRIC
・日本語詞     小林和子
・編曲        飛澤宏元
・リリース日     1980年6月21日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   2位
・売上げ枚数     71.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年7月14日〜9月29日付 

 なんか、やっとこの曲にたどり着いたような気がするなぁ。

 田原俊彦のデビュー曲、「哀愁でいと」


 しかし、最近のジャニーズはすっかり「おニャン子」化しちゃったねぇ。
 ええ チャート上でのことですよ。 要は毎週のそれぞれのユニットやソロでシングルをリリースし、毎週のように1位をとってる。
 もはや、1位はジャニーズの指定席やね。

 うーん、個人的にはこういう売り方は「好かん」けど、それでもまあ、最近はあんまりランキングに固執してこなくなってきたんで、まあ別にいいんぢゃない?

 とりあえず、「文脈」の上で、ここにきてジャニーズ黄金期を迎えたのであった!

・・・・・とでもしておきましょう

・・・と書いたのは、今から10年前。 これは、いまでもほとんど変わってないような気がするな。


 振り返れば、今のジャニーズ「黄金期」の礎になったのは、「たのきん」だわね。

 うん、まあ、たしかにそれいぜんにジャニーズ、フォーリーブス、郷ひろみ・・・などなど、創成期のジャニーズを支えたヒトたちはいるんだけど、何分70年代の後半、郷ひろみがジャニーズ事務所を抜けてから、この方暫くは、さすがのジャニーズ事務所も低迷期を迎えてたからね。


 もちろん、ヒットの趨勢がロック、ニューミュージック系に行ってたというところもデカイけど。

 そういう厳しい時期に例の「金八先生」っちゅうドラマがはじまって、たまたま、ジャニーズから出演してた「たのきん」に人気が集中したことから流れが変わってきたわけだ。

 以後25年以上、ジャニーズの勢いが劣えたことってないから、今の「ジャニーズ」人気の元をたどっていくと、直接は「たのきん」に行き当たるっていうのが、本筋なんぢゃないかなぁ・・とか思っちゃうわけなんだよね。


で、その「たのきん」でトップをきってデビューしたのが、トシだったわけだ。


・・といってもねぇ、80年のデビュー当時、ワタシは、ジャニーズにゃ全く疎くてねぇ、なんで、このヒトがベストテンに入ってきたのかって言うのが全くわかんなかったんですよ。

 うん、当時は「金八先生」も見てなかったし。。。(視聴率40%もあったのに!)
 話脱線しちゃうけど、当時見てたのはフジテレビの「ビックベストテン」よ。まあ、この話はまたいずれね。。。

 だから、「たのきん」っていうのも、このヒトたちがNHK「レッツゴーヤング」なんかで大人気になっていたのも全く露知らず・・・・。そう、ウタバングミって当時は「ベストテン」しか見てなかったかんね。

 そういう予備知識も何もない状況で「ザ・ベストテン」にランクインして来て、初めてこの曲聴いた時は、正直言って、なーんの感想も無かったなぁ。

 強いて言えば「うたへた」ってことだけ。。。。。

 うーん、また、とんでもないヒトが出てきたな・・っていう印象がまずは強かったなぁ。

 ウチのオヤジがバカ怒りしてたもんねぇ、「へたくそ」・・と。

 まあ、一発かな・・・・と率直思ったなぁ。

 でもま、たしかに、当時のニューミュージック勢がマンネリ化し始めてたところに、まったく違った「風」が吹き込んだ・・といういみで新鮮さは感じたけどね。

 ただ、ここから「アイドル」という時代に突入するっていう予感は、まだ、この時点ではしなかったんだよね。

 うん? これはすごいぞ・・・と思うようになってきたのは、この年の秋頃、このきょくの次の「ハッとして!Good」が出た頃からですね。

 たださ、修二と彰でもそうだけど、向こうのアーティストが書いた曲をデビューの頃にやると当たるようだね、ジャニーズは。
 この「哀愁でいと」も向こうの曲のカバーなんだよね。
レイフギャレットの「NEW YORK CITY NIGHTS」だっけ?

 でも、個人的には原曲のほうは知らんのですわ。ま、「哀愁でいと」を聴いてた当時の多くのヒトは知らなかっただろうけど・・・・だから、まあ、うまいところ突いてきたわなって言う感じはあったんですよね。

 うーん、このちょっとマイナー調な「硬派」な感じってどういう意図で持ってきたんだろうねぇ?
 正直言って、2曲目の「ハッとして〜」以降の「軟派」路線とは随分違うもんね。

 もともと硬派路線で行く予定だったんですかねぇ? それが「まっち」も硬派路線ということで、バッティングしないように、トシは、軟派路線に走ったのかねぇ?
 ま、いまとなってはイメージどおりってところはあるけどさぁ。



 それと、この曲のB面がいまとなっては笑える。。
曲が入ってるんではないんだよね。

「君に贈る言葉」っていうタイトルで、たのきんそれぞれがクサ〜イ「青春ど真ん中」的なセリフを延々としゃべってるっていうやつでさ。

↓ あーこれこれこれ




しかし、当時は、こういうもんでね「きゃーきゃー 」言ってたんだろうね。

 いや、言ってたんですよ。当時、親友が持ってたこの曲のレコードを、当時買ったばかりのステレオで聴いた覚えがある。
 もちろん、このB面も・・・

 さすがに、ワタシャ赤面物だったけど。。。。。





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NAI-NAI16 / シブがき隊

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今回の1曲セレクトは、「NAI-NAI16」シブがき隊です。

まずはデータでーす。

・タイトル     NAI-NAI16
・アーティスト   シブがき隊
・作詞       森雪之丞
・作曲       井上大輔
・編曲       井上大輔
・リリース日    1982年5月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    25.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1982年5月17日〜6月28日付


 久々にジャニーズです。シブがき隊のデビュー曲。

 と言っても、このヒトたち、本来のデビューは、「2年B組仙八先生」だったけど、じつは、そのまえは、まっちの「ヨコハマチーク」のバックで踊っていたんだよね。

 あれ? これって有名な話ですよね?・・(^^;;;;

 まあ、その前は、ジャニーズジュニアで、そっからの、のし上がりという、今でも続く伝統のパターンだったんですが・・。

 ただ、「ヨコハマチーク」のバックの時は、メンバーは、薬丸と本木と、今、少年隊の東山ぢゃなかったかなぁ?
(ジャニーズジュニアの松原康行っていうヒトだった気もするが・・・)

 ぢゃ、なんで、東山が外れて、布川がメンバーになったか・・というと、単に仙八の生徒役オーディションに東山が落ちて、布川が受かったから・・・・という、メッチャ単純な理由からなんだよね。 

 ちなみに、このころジャニーズジュニアからもう一つグループが生まれて、それが少年隊(最初は「ジャニーズ少年隊」)になるんだけども、ごく初期のメンバーは、錦織、植草、と上記に書いた松原氏だったんですよね。

 で、シブがきと少年隊 2グループでテレビ東京系「ヤングベストテン」なんつぅ番組の司会なんかやってましたね。
 これが1981年の秋頃。まあ、シブがきも少年隊も「同格」だったわけさ。

 話がそれるけど、それからまもなくあとに少年隊から松原氏がぬけて、東山が加入っていう今のメンバーになったんだよね。・・・といっても同時期のジャニーズジュニアの中では東山も「実力」は上の方だったみたいだから、この2つのグループに最初から参加していないのは「不運」だったんだけどね。


オー、今日は話がずれまくり・・・。

でねぇ、最初にこの「NAI-NAI16」を聴いた時・・・。随分、型破りな曲だと思ったねぇ。

 完全にトシのようなエンターテイメント志向はなく、はたまた、マッチのような、はちゃめちゃさもない。
 ただ、力任せに元気いっぱいに歌ってるだけ。それだけなんだけど、なんか、それまでのジャニーズには無かった「破天荒な型破り」さを感じましたね。

 まあ、今、曲を聴くと、平和そのものなんだけど、あの時代は、他のアイドルの曲がもっと平和だったかんね。けっこう型破りに聴こえたんですよ。

 実際、このあと、だんだん曲が臭く、過激になっていきましたけどね。 その前兆は、このデビュー曲からあった気はしますねぇ。

 あの時の型破りメンバーは、そのあと、本木、布川が俳優に、薬丸が司会者に転向してるけど・・・。当時からすると、薬丸の今日の姿は、一番想像できなかったよなぁ。
 一番の悪がきぶりから・・・。

 あの破天荒、型破り型は、今のKAT-TUNに受け継がれてきているとは思いますけどね。
 それを考えると、20年後亀梨は、ワイドショーの司会なんぞやってるんだろか?

  いまでは、全く想像つかないけど・・・。



曲は「NAI-NAI16」だけど、画像はまったく関係ありません。。。
予めご了承。。


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情熱☆熱風☽せれなーで / 近藤真彦

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今日の1曲セレクトは、「情熱☆熱風☽せれなーで」近藤真彦です。

まずはデータでーす。

・タイトル    情熱☆熱風☽せれなーで
・アーティスト  近藤真彦
・作詞      伊達歩
・作曲      筒美京平
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1982年1月7日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   55.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年1月18日〜3月29日付

 昨日から、ようやく「いつもの」年代に戻ってきました。今日は1982年の今頃のヒットっす。

 情熱☆熱風☽せれなーで / 近藤真彦



 最後の「せれなーで」って、このころ松本隆氏は、本来カタカナ表記を「ひらがな」表記にするのが好きだったよね・・って、これ松本隆氏ぢゃないんだ。。。(わざとらしーなー)
 作詞は伊達歩氏。これは、作家の伊集院静氏のペンネームですね。 伊集院氏も、こういうのがお好きなようで。。


 しかし、このころのマッチは、いっちばん、ノリにのってるころだよねぇ。
 この曲の前の「ギンギンラギンにさりげなく」は、ザ・ベストテンで9週連続1位獲得。当然、アイドルとしては異例のロングヒットで、この「情熱☆熱風☽せれなーで」がリリースされて、1982年1月7日の時点では、まだ、1位だったもんね。

 当然、2曲同時にベストテン入りっていう快挙を達成したわけだけどね。加えて、このころマッチは、連続ベストテン記録に向かうべき、連続出場を続けている最中で、このあと、「ふられてBANZAI」がベストテン落ちするまで、延々と半年間ベストテンにランクしつづけ、81年10月15日に「ギンギラギンにさりげなく」でランクインしてから、37週連続でベストテンにランクし続けてるっていう快挙を作ったんだよね。

 もちろん、これは、「ザ・ベストテン」史上最長記録。
ちなみに、2位は、ピンクレディー(1978年1月19日〜9月14日)と、五木ひろし(1979年11月29日〜1980年8月7日)の36週連続ランクイン。

 ちなみにちなみに、マッチのすごいところは、1982年7月8日に一度ベストテンから落ちた、次の週7月15日には「ハイティーンブギ」で再度ベストテン入り、次の「ホレたぜ乾杯」がベストテン落ちする、12月30日まで、ベストテンに25週連続でランクインという再快挙。
 つまりぃ、1982年は7月8日放送、ただ1回だけベストテンを逃しただけで、他はすべての週でベストテン入りしてたんだよね。

 しかも、ほとんどの週がベスト5以上だったから、ベストテンの登場時間にちなんで、このころ「9時30分の男」とか言われてたよねぇ。

 うーん、当時のマッチというと、どうしてもランク記録抜きでは語れないんだよなぁ。そのくらい、当時の人気はすごかったよねぇ。

 この前、トシの「ラブ・シュプール」ででも書いたけど、マッチの曲は、どちらかというと、アップテンポの、いわいる歌謡ロックでギンギン押し捲るタイプ。野球の投手で言うと「本格派の速球タイプ」。ちからでグイグイ押し捲るって感じだよね。
 だから、力が最高潮のこの当時は、その魅力から人気もすごかったんだよね。

 ただ、この曲に関しては、ミディアムの16ビートっていう、マッチとしては、異例の曲調だったよね。
 近いって言うと、翌83年11月の「ロイヤルストレートフラッシュ」ですかねぇ。

 でも、「ロイヤル〜」ほどは「角ばっていない」メロディラインが優しかったんだよね。

 特に、これの前が「ギンギラギン〜」のディスコロック調だったから、この曲調の急激な変化が面白かったねぇ。

 次の「ふられてBANZAI」もディスコっぽいのりダッタから、まあ、口直しの1曲って言う感じもするけどね。

 それいえ、若干、地味な曲でもあるんだけど、未だに人気は高いようですね。この曲。派手さがない分、逆に飽きが来ないんだろうねぇ。多分。

 あ、そうそう、いつか、どっかで書いたかも知れないんだけど、この曲、シングルバージョンとは別バージョンが存在するんだよね。

 歌詞がちょこっと違う。

シングルバージョン ♪それなのに ドギマギと見つめるだけなんだ どうか してる 狂ったぜ〜 ♪

別バージョン ♪それなのに ドギマギと見つめるだけなんだ どうか してる 狂ったよ〜 ♪

最後の部分の違いだけなんだけどさ、最近のコンピでは、この「別バージョン」の方が収録されていることもあるみたいですね。
 どうも、アレンジも若干違うらしいです。

 まあ、マニアックなききくらべだけど、興味ある方は調べてみてくだされ。


個人的には、この頃は、ラジオに進出した頃で、TBSラジオの「ザ・ヒットパレード毎日がベストテン」にはまってた頃ですね。
 この番組で、聴く曲の幅がぐっとひろがったなぁ。 そのほか、、今とほとんど変わらない生活でしたね。すでに。
 まだ、オリコンウイークリーは知らなかったんだけど。




※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

仮面舞踏会 / 少年隊

1985_12_仮面舞踏会_少年隊







今日の1曲セレクトは、「仮面舞踏会」少年隊です。

まずは、データです。

・タイトル    仮面舞踏会
・アーティスト  少年隊
・作詞      ちあき哲也
・作曲      筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日   1985年12月12日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   47.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年12月30日〜1986年3月17日付

 えー、クリスマスは、今日まで続いておりますが、私の中では「クリスマス」って言ったら、クリスマスイブまで・・っていうイメージが昔っからありまして・・・(^^;;;;
まあ、そういうことから、今日からまた、通常セレクトに戻りますです。
 で、まあ、そのしょっぱななんですが、さてさて、何にすべなあ・・とちょっと考えちゃったのですが、ずっと前から書こう、書こうとおもってて、ついつい、デビューの12月12日、素通りしちゃった、少年隊の「仮面舞踏会」をご紹介っす。

 12月12日デビューっていうのは、ジャニーズ先輩の「まっち」こと、近藤真彦と同じなんだよね。
 まっちに遅れること、丁度5年後にデビューってことで、今年、まっちがデビュー25周年なんだけど、だから、少年隊は、デビュー20周年っつうわけですわ。

 でも、ここにきて、まっちの再活動のほうばっかクローズアップされてて、どうも、少年隊のデビュー20周年っつうのは、「影」に隠れちゃっている雰囲気があるねぇ。

 まあ、だからっていうこともあって、今回、引っ張ってきたんだけどもね。
 私ゃ、天邪鬼なんで、「影」の方が好きだかんねー。 それと、まっちのデビュー曲「スニーカーぶる〜す」は、前にちょっと書いたからねぇ。

 しかし、この曲、デビュー曲に相応しく、インパクトの塊のような曲だったなぁ。
 絶対はずしようがないって言うようなメロディラインと食いつきっていうの? これではずれたら「ゴメンナサイ」っていところだよねって感じだったもんね。
 その辺は、作曲は天才、筒美京平と、アレンジ船山基紀 という、80年代のヒット曲を知り尽くした両氏の強力タッグの前で、まかり間違っても外しようがないような曲調を持ってきているんだけどさ。

 それどころか、完全な1位狙いな曲だよね。最大公約数のお客さんにふりむいてもらえるように、最大限にインパクトわ強くしているっていう、印象は強いですねぇ。
 
 イントロの最初の1音目から、最後の最後まで、いい意味で安心させないような、緊張感を持続させてくれる曲っていうのかなぁ、曲の焦点ははっきりしてるから、聴いてるほうは、緊張感を保ちつつも、ワクワクするような曲調が秀越なんですよね。

 でもさあ、B面違いの3枚、別盤同時リリースっていうのは、どうも、個人的にはいただけないんだよねぇ。
 表向きは、ファンのみならず「選択」させる、余地を広げ音っていうと、聞こえは良いけど、そりゃ、ファンなら3枚買いたくなるやん。それで、セールスを増大させるっていうやり口は、ちょっとズルぢゃないかなぁと思うわけです。
 うん、あの当時のやり方としてはよ。時代を先取りしてたっていえば、それまでだけど、ちょっと飛躍しすぎてはいないかねぇ。商売気の匂いがプンプンじゃん。

 でなくても、この曲なら、そういう小細工までしなくても、充分セールスは、見込めるはずだけどね。そのくらい、曲のインパクトは強いし、すごい曲だと思ったんだけどね。
 そういう売り方は、送り手としては、慎重を期したといえば、聞こえは良いけど、個人的には、ちょっと弱気ぢゃないかなぁとも思うんだよね。

 まあ、いまさら、20年前の売り方を、どうこう言っても始まらないけどさあ。


 個人的には、少年隊って、コノ曲がでるまでは、あんまり興味がなかったんだよね。
 確かに81年当時、まだ、少年隊ではなくて、ジャニーズジュニアのころからしってはいたけどさ、4年近くもレコードデビューしなかったもんね。永遠にレコードは出さないと思ってたよ。
 で、いきなり、レコードデビューが決まって、ちょっとびっくりしたんだけどね。それとともに、なんで、あの時期なのかも、よくわかんなかったな。
 
 でも、この曲、初めて聴いた時は、トリ肌がたったですね。最初のイントロからのインパクトが強くて、「唖然」としちゃったんだよね。
 同時に、「あ、これならいい」と思ったんだよね。瞬間、ファンになりましたもん。
 なにより、カッコいいしね。

 ジャニーズでファンになったグループは、個人的には、ここまでだな。
 ワタシより年上なのが、ここまでっていうのもあるかなぁ。

 次のね光GENJIは、内海は2つ上だけど、大沢は同い年だし、のこりは年下だし・・。
 どうもね、ジャニーズっていうのは、年上だからいいんだよね。ファンというよりも、「憧れ」っていうのかなぁ。

 年下だと急に冷めるって言う感じがあったんだなぁ。

 まあ、今も、見続けてはいるけど、この頃と、素直にファンって言うのと、「仕事」っていう目で見るのでは、根本的に見方が違うからなぁ。





※2005年12月に書いたものの再掲載です。

挑発∞ / シブがき隊

1983_11_挑発∞_シブがき隊






今日の1曲セレクトは、「挑発∞」シブがき隊です。

 まずはデータから

・タイトル    挑発∞
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      売野雅勇
・作曲      井上大輔
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1983年10月14日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   27.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1983年10月24日〜12月5日


えー、シブがき隊です。
 のっけから、意味不明な入りですが、どう入ったらいいか、きっかけがつかめなくてねー。
 このすごいタイトルの曲、果たして、どう切り込んでいこうか・・・と悩みまして。。。

 「挑発∞」⇒ちょうはつ「むげんだい」  っすよ。

数学が苦手、記号をみるのもイヤ!っていう方にはとんでもないタイトルですな。

 シブがき隊。いわずと知れた、ジャニーズ軍団ですが、いまや、影が薄いですよねぇ。確かに、あれから20数年経ってますし、これ・・といった代表曲も・・・。あんまり浮かんでこないっつうかね。
 まあ、あの時代を知ってい方なら、いざ知らずですが、いまの若いコには、ピンとこないっすかねぇ。

薬丸裕英(ヤッくん)
布川敏和(フックン)
本木雅弘(モックン)

の3人組っすね。

 えー、いまや、薬丸氏は、「ハナマルマーケット」の顔。本木氏は、完全に「俳優」となってしまいましたわね。

 しかし、影が薄い、シブがき隊っすが、もち歌は、「濃い」曲が多いんだよねぇ。
 だいたいが、歌唱力のない3人(本木は、後年結構ウタはうまかったけど)だったんで、結局は「力任せ」に歌うしかなかったわけでね、結局たどり着いたところが、ヘビメタ歌謡というわけで・・・(^^;;;;;

今考えても、ジャニーズの中でも、結構異色なポジションにいるよねぇ。
 この傾向は、4曲目の「処女的衝撃」あたりから始まったのかな。
 え? 読めます? 上の曲のタイトル・・・「バージンショック」っすよ。。。。。
 普通、読めへんって。。知らない人は。
 ♪まぶしすぎるぜ、こんな衝撃 ショョク ショック ショック バージンショック! ♪
 すんげえ歌詞だ。いま、パンク系のアーティストって結構いるけど、ここまでかける奴ら、あんまりいないよねぇ。
 次が「ZOKKON命」・・・。これは、イントロがナイトレンジャーの「炎の彼方」のパクリで有名な曲だわね。
(俺は好きだけど・・)

 で、1曲飛んで、この「挑発∞」となるわけですが、なんか、だんだんエスカレートしていってるんだよね。タイトルが。 ここまで来ると、ちょっとやりすぎだろ? って感じだったもん。
 曲も、めちゃくちゃ大げさだったんだよねぇ。めちゃくちゃ大げさのラッパに、ストリングスが絡んで・・・。
 メロディは、処女的衝撃にくらべると、まともだけど、全体のサウンドが大げさなんだよね。
 当時としては、かなり重いっていうかしつこいんですよ。音が。まあ、冬場にはいいけど、夏場にはかなり堪えるサウンドだったよなぁ。
 (現に次の年の夏の「アッパレフジヤマ」には辟易した。当時の私でさえ。。)
 

 極め付けが、曲の間に挟まる「セリフ」。

(薬丸)「信じていいの なんて やめろよ」
(布川)「感じたハートがちぎれそうさ」
(本木)「もう迷わないぜ 抱いてやる!」

クサーーーーッて感じでしょ。
 田舎の肥溜めよりクサイわねー。

 当時、さすがにこれは、カウンターパンチだったねぇ。

例えば、俺たちの世代より上の世代には、青春ドラマがあったわけですよ。
 例の「夕日に向かってはしれ! それが青春だ!」ってやつね。 それみてクサーッ っていってた奴が笑えるかって感じよ。

 でもさ、逆に言うと、そのあとのジャニーズは、ここまで、やる人たちもいないからねぇ。
 かえって、貴重なんだよね。 考えようによっては。

 だってさ、SMAPがこんなセリフの曲やらないじゃん。

 だからさ、結局1位は、84年の「喝!」しか取れなかったけど、ジャニーズの歴史の中では貴重なグループですよ。
 このくらい過激なグループがジャニーズから、また、出てきてもいいとは思うけどねぇ。
 最近のジャニーズは、見た目はヤンキーのあんちゃんぽい奴もいるけど、みんなおとなしいよなぁ。 
 ことに曲に関しては。。。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。

STAR LIGHT / 光GENJI

1987_10_STAR LIGHT_光GENJI





今日の1曲セレクトは、「STAR LIGHT」光GENJIです。

まずは、データから

・タイトル      STAR LIGHT
・アーティスト    光GENJI
・作詞        飛鳥涼
・作曲        チャゲ&飛鳥
・編曲        光GENJI
・リリース日 1987年8月19日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     48.9万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月31日〜11月9日付

 45歳のオヤジが「光GENJI」を語る。いいですねぇ、この構図。

滅多にいないと思いますよ。i-podに光GENJI入れて、通勤電車の中、まわりの迷惑を顧みず結構な音量で聴いてるオヤジって・・。 
 
 え? 私のことです!!


 この間、日曜日にTBS50周年番組見てて、ジャニーズの変遷など流してましたけど、やっぱり、光GENJI、男闘呼組までは、「おお、同年代」って感じで、気持ち許せるって言うかね。
 たしかに、当時は、どうも生理的にくすぐったいところはあったんだけどね。今となっては、そんな感じはないな。

 やっぱさ、永遠のノスタルジーなんだよね。ジャニーズって。 一時期、うざいと思ったこともあったけど、ようやくそんな感じに思えるようになってきたな。

 この曲、STAR LIGHTは、1987年の夏の日、8月19日、奇しくも、私の18回目の誕生日の日にリリースされたんだよね。
しっかし、もう18年前か・・・。私、すでに倍、生きちゃったのね。。。。。

 当時、「スターライトエクスプレス」っつう、やっぱりローラースケート履いて、所狭しと動き回るミュージカルが大人気で、そのキャンペーンの一環なんだよね。光GENJIの結成って。 そもそも、最初は、「光」っていう、年長の2人(大沢 内海)と、「GENJI」5人を別々なところでデビューさせて、ある日突然、「光GENJI」として一体化させるっていう構想があったらしいんだけど、時間がなかったのか、 分かりにくかったのか、いつのまにか、最初から「光GENJI」として、デビューさせるに変わっちゃったらしいね。

 で、デビュー曲の「STAR LIGHT」は、たしかに、「スターライトエクスプレス」に引っ掛けたところもあるんだろうけど、物のホンによると、これは、作詞の飛鳥涼氏がつけたらしいですね。
 なにせ、アイドル、しかもジャニーズの曲なんぞ作るとも思っていなかったらしいので、かなり悩んだ末にひねり出したタイトル、それと、詞だったらしいね。

 曲は、この曲に関しては、チャゲとの共同作業なんだけど、最初は、サビの♪夢はFREEDOM FREEDOM シャボンのように〜♪のところが出来たそう。
 チャゲっていうヒトは、引っかかりがあるサビをつくるのは得意のようで、あの♪ナツ ナツ ナツ ナツ ココナツ♪も、あの部分が最初に浮かんだって言うからね。 天性のヒットメロディメーカーだよね。
 だけんども、そのほかの部分は飛鳥がかなり苦心して作曲したらしい。

 でも、共同作業とは思えないようなまとまった作品に仕上がったと思いますね。

 この曲の命は、なんっても、ジェットコースターに乗っているようなあのスピード感ね。この辺から、アイドルの曲のスピード感って変わってきたように思えるんだよね。
 今は、さらにBPMが速くなっているから、そんな風には感じないけど、カラオケやってて、今の曲やった後に、87年以前の曲をやると、めちゃくちゃノスタルジック、ものすごくゆっくり感じるもんなぁ。
 もちろん、当時は、ぜんぜんそんなふうには感じなかったんだけどね。 この曲が、その先鞭をつけたんだと思いますよ。

 でも、あのスピード感が、当時の「若者」(⇒俺たちのことか。。)のスピード感にマッチしてたんだろうね。
 あの人気は、そこにあるような気がするな。

 それにしても、すんごい人気だったよなぁ。このヒトたちが、当時のレコードセールスを再度底上げをしたって言っても過言じゃないもんねぇ。
 この年、1987年の最高セールスは、公式では、瀬川瑛子「命くれない」の42万枚だったんたけど、「STAR LIGHT」は、最終的には、これを上回ったわけで・・。さらに第2弾の「ガラスの十代」では67万枚。 第3弾の「パラダイス銀河」では88万枚・・・。と、これは、CDの枚数は入ってないからねぇ。
 CDシングルは、「パラダイス銀河」が発売になった、1988年3月から発売されたんだけど、時代はいわば、レコードからCDへの移行期だったんだよね。だから、初期の光GENJIは、CDではなく、レコードだったわけで・・。
 「レコード」を売った、最後のアイドルとも言えるだろうね。

 ともあれ、このときを境に、90年代前半のメガヒット期へと、急激にセールスは拡大傾向に向かうんだよね。
 この当時(87年)には、まさか数年後にそんなことになるとは、夢にも思ってなかったんだけどさ。



この動画、「STAR LIGHT」の「PV」らしいんだけど、この曲にPVが存在してたなんて、今の今まで全く知らなかったわ。
今の時代、PVなんてインディーズのヒトまで当たり前に作るけど、当時は、アイドルにゃPVが存在しないの当たり前だったからねぇ。
いやいや勉強になるね。


※オリジナルは2005年10月に書いたものですが、若干、加筆しました。




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