かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

コッキーポップ

思い出は美しすぎて / 八神純子

1978_02_想い出は美しすぎて_八神純子






今日の1曲セレクトは、「思い出は美しすぎて」八神純子です。

 まずはデータです。

・タイトル    思い出は美しすぎて
・アーティスト  八神純子
・作詞      八神純子
・作曲      八神純子
・編曲      戸塚修
・リリース日   1978年1月5日
・発売元     ディスコメイト
・オリコン最高位 25位
・売上げ枚数   11.5万枚

 久々に「ニューミュージック」な曲を持ってきましょうかね。
 ここのところ、通勤時には「ニューミュージック」な曲を聴いてたりするんだけど、昨日も、それらを聴きながら、そういえば、まだ、書いてなかったな・・・って思った曲を一つ。

 八神純子「思い出は美しすぎて」

 うん、八神純子の実質的なデビュー曲ですね。

「実質的」っていうのは、この前にもポプコンがらみでレコードを出してたりはしたんだけど、本格デビューは、この曲から・・ということで。 

 ヒット曲を聴き続けて、38年目のワタクシですが、ヒット曲の世界にのめりこんだきっかけの一つは、八神純子なんだよなぁ。うん、これは、すでに前書いたと思うんだけど。
 八神純子の3曲目の「みずいろの雨」。この曲にめぐり合わなかったら、もしかすると、今頃は、もっとまっとうな人生を歩んでいたかもしれない・・・・なんて、マジで思ったりして。。。そのくらい、好きだったのよ。

 八神純子って、「歌聴いてるぞ!」って気持ちにさせてくれるじゃん。ま、それだけ歌唱力も確かだし、やっぱし、きめ細やかなハイトーンボイスでのロングトーンだよね、このヒトの魅力の一つは。

 それに絡んでくる、エレピの音色とサンバホイッスルですわ。これだけで、気分は「1978年」に舞い戻るね、ワタシゃ。うん、ジャパニーズAORですよ。
 ここだねぇ、ワタシの「ヒット曲」の原点は。

 ・・・ということで、「思い出は美しすぎて」だけど、「みずいろの雨」に比べでも、もっと大人っぽい。
 確かに基本的には、エレピとエレキが前面のAORなんだけど、リズムたいがボサノバなんだよね。
 だから、16ビートポップスの「みずいろの雨」に比べると、ずっと大人っぽい雰囲気ですわ。
 でも、このとき八神純子、20歳ですよ。

 それにしては、めっちゃ大人っぽい曲だよなぁ。 今の20歳のアーティストじゃ、これだけ大人っぽい曲を歌っているヒトっていないよなぁ。
 いや、だから、当時コドモだったワタシがあこがれたんだよね。オトナってものに。 ワタシにとって、それが芽生え始めてたころの曲だよなぁ。

 まあ、ボサノバだったのは、当時の流行ですね。あの頃は、ヒット曲にボサノバを取り入れた曲って割と多かったのよね。ま、代表的なのが、丸山圭子の「どうぞこのまま」だったりするんだけど。
 時代的にアンニュイな感じだったのかなぁ。ただ、正当派なボサノバではなく、この曲なんかは、上記のように基本はAORだからさ、味付けとしてボサノバを取り入れられていたって感じかなぁ。

 ただ、やっぱ、デビュー曲としては、ちょっと大人っぽすぎたわな。とりあえず、オリコン25位。11万枚強っていうスマッシュヒットは記録したものの、この後は正統派な「AORポップス」にチェンジ、で、「みずいろの雨」で、大ブレイク・・・っていう流れになっていくんだよね。

 ただ、いずれにしても、1978年っていう年は、日本のロック&ポップス界にとっては、エポックメイキングな年であったよなぁ。八神純子をはじめ、原田真二、ツイスト、サザンがデビュー、アリス、ゴダイゴ、甲斐バンドが大ブレイク・・・と、80年代を前にして、一気に日本のロック&ポップス界の層が厚くなったし、ヒット曲の層も厚くなったもんねぇ。

 そういう時期にスタートした「ザ・ベストテン」っちゅうのは、考えてみると、「ジャスト」なタイミングでスタートしたんだよなぁ。
 やっぱ、当たる番組っていうのは、そういう時代の流れの「運」っていうのもあるんだよなぁ。
 これが、1年早くても、1年遅くても、だめだったと思うわ。




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みずいろの雨 / 八神純子

1978_11_みずいろの雨_八神純子






今日の1曲セレクトは、「みずいろの雨」八神純子です。

まずは、データから

・タイトル     みずいろの雨
・アーティスト   八神純子
・作詞       三浦徳子
・作曲       八神純子
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1978年9月5日
・発売元      ディスコメイト
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    58.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年11月6日〜1979年1月15日付

 個人的に11月というと、このところ書いてきたように1987年を中心として印象に残る曲って多いんですが、その前に、「この世界」に入り込んだ、「きっかけ」っていうのが、どうしても付きまとうんだよね。
 それが、1978年11月ってわけで・・。タイミングがよかったのかどうか、このときは、日本の音楽界のエポックメイキングな時期だったのが、やっぱり、この世界にのめりこんだ、一番の原因だろうな。
 エポックメイキングというのは、ロック、ニューミュージックといった、新しい音楽が「お茶の間」に居ながらにして、聴けるようになった、まあ、お茶の間を席巻したって言うところだよね。
 少なくとも、ロック、ニューミュージックっていうジャンルは、その前の年、1977年までは、そうそう、テレビの「歌番組」では出ない、聴けないものだったわけで・・。
 
 その壁を崩したのが、「ザ ベストテン」だったわけだよね。
 まあ、結果論から言うと、ベストテンの始まった時期と、ロック、ニューミュージックがミュージックシーンの中心に昇華してきた時期がシンクロしたってのが、一番なのかもしれないけど・・。

 で、何回も書いているように、ワタシもこの年の11月2日から、「ベストテン」を見るようになったんだけど、いくつか、衝撃を受けたアーティストが居たわけですが、ツイスト、サザンとならんで、衝撃を受けのが、八神純子ですわ。

 うーん、まあ、たしかに、あのころのニューミュージック系アーティストには大体、衝撃を受けたんだけどね。
 なぜか・・・って、簡単に言うと、やっぱし、それまで、自分の中になかった音楽だったからだろうなぁ。
 程よい大人の曲って感じだったんだよね。

 それと、曲のインパクトかなぁ。まさに、「楽曲の時代」だったんですよね。
 どんなに、人気アーティストであろうが、まずは楽曲が先に立つ時代。

この「みずいろの雨」、曲の最初からインパクトのかたまりだったもんなぁ。まさに、楽曲の時代に象徴したような曲ですよね。

 いきなり、サビからはいるでしょ

♪ あーーー みずいろのあめ 私のかたをだいてつつんで
  ふりつづくのーーーー ♪

といきなり全快のメロディライン。
 ♪みずいろのあめ♪の部分では、八神純子特有の高音がさえる。わー、すげぇ、とおもっいた矢先に、♪ふりつづくのーーー♪ と半音ずつあがりのロングトーンという二重の衝撃。
いりの8小節だけで、ガチッと捕まえられちゃいましたもんねぇ。

 それと、ピアノを弾きながら歌うっていうスタイルがかっこえかったんだよね。
 うーん、それまでもピアノ弾き語りっていうアーティスト結構いたけど、それとはまた別のスタイルだったでしょ。
 かといって、ロックでもない。強いて言えばAORに近いのかな、のスタイルは。確かに時代を象徴しているけどね。

 加えて、歌のウマサ。これだけ高音が伸びる女性アーティストって、あの時代をもってしても、なかなかいなかったですからねぇ。 高音とロングトーンの声質に独特の伸びがあるっていうのかなぁ。
 兎に角、聴いてて気持ちがいいわけですわ。


 デビューからそれまでの2曲は、比較的スローの大人しめの曲だったけど、この曲は、リズム的には16ビートでサンバに近い。だからといっていいのか、トレードマークの「サンバホイッスル」が一番似合った曲だったね。

 特段、難しい使い方しているわけではないんですよ。この曲知ってる方は、「そうそう」って感じでしょうけど、サンバホイッスル使ってるのは、最後の間奏の入りの部分だけなんですよね。
 それでも、カッコえかったわけですよ〜。

 この曲から、作曲 八神純子、編曲 大村雅朗 のコンビがスタート。今は亡き大村氏が八神純子の魅力をうまく引き出したって感じですよねぇ。
 同時に、八神純子が大ブレイクと、まさに黄金コンビでしたね。 

 ちなみに、この曲のセールス、58.8万枚って言うのが、八神純子にとっては、最高セールス。ランクは2位まで行ったけど、結局オリコンでは、1位取れなかったんだよね。
 贔屓目で見ても、1位でも、全くおかしくない曲ではあるが・・。
 それだけ当時の1位っていうのは、特殊なランクだったわけですね




※2005年11月に書いたものの再掲載です。

ひとり咲き / チャゲ&飛鳥

1979_11_ひとり咲き_チャゲ&飛鳥






今日の1曲セレクトは、「ひとり咲き」チャゲ&飛鳥です。

まずは、データから

・タイトル    ひとり咲き
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・リリース日   1979年8月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   17.9万枚

 昨日は、ヒット曲聴き始めて27周年っつうことを書きましたが、当時はあくまで、「ベストテン」内の曲しか、聴いてなかったわけで、レパートリー幅は、かなり狭かったんですよね。ベストテン外の曲も聴き始めたのは、千葉に引っ越してくる直前の1982年ごろからかなぁ。ラジオを聴くようになってからですね。
 だから、その間の曲では、随分後になってから、初めて知ったって曲がかなりあるんだよね。
 いや、リアルタイムで聴いてた曲よりは、そっちの方が多いかもしんない。 少なくとも1977年以前の曲は、ほぼ100%後になって知った曲ですね〜。

 特に1980年代終末〜1990年初頭にかけては、リバイバルブームというか、昔の「なつかし系」の番組がかなり頻繁に放送してましたからねぇ。
 特に、フジテレビで1990年元旦の1:00〜5:45に放送された「僕たちの想い出のメロディ'66〜'84」、のちの「19××」には、かなり触発された部分があるなぁ。20年分の曲を4時間45分、CM以外はノンストップで紹介されたでしょ。かなりの曲数がかかりましたよね。 
 あれで、初めて知って、その後レコード買いあさった曲ってかなりあるんだよね。

 じつは、このチャゲアスのデビュー曲、「ひとり咲き」もその時、初めて聴いたんですよ。
 
 単純に、「あ、これ、いい曲」って最初から思ったなぁ。
それまでの私にとっては、チャゲアスの最古の曲は、例の「万里の河」だったんだよね。
 あの曲は、ヒット当時から大好きで、実は、自分で意識して買った一番最初のレコードなんですよね。
 
 当時、チャゲアスって大好きでさぁ。一生懸命歌うでしょ。ほとんど、力任せに歌ってましたよね。2人とも。
 それが、なんか、初々しくてねぇ。 曲も、後のロックテイストではなく、正統派の叙情派フォーク、うーん。というかフォークロックで、シンプルな曲でしたもんね。

 でも、こちらにヒシヒシと伝わるものがあって、一発で好きになっちゃいましたもん。

 で、「ひとり咲き」ですが、これも、「万里の河」に負けず劣らずの名曲なのよ。
 「万里の河」が背景的に中国的な雄大さとしたら、「ひとり咲き」は、ジャパニーズアジッドですね。ほんと、日本的な叙情派なんですよ。
 あー、へたすると、今だったら、「演歌」になっちゃうかもしれない。 よく、演歌フォークとかとも言われてましたもんね。この曲。
 これは、曲調的なところもそうだったけど、チャートアクション的にも、演歌っぽい動きを見せてましたからねぇ。
 最高は24位ながら、100位内になんと、31週もランクインされていたんですよ。
 上がったり下がったり、実に息の長いヒットだったんだよね。 そのおかけで、最高位はそれほど、行かなかったけど、最終的には18万枚あまりのスマッシュヒットになったわけです。

 この曲も、思い入れたっぷりに歌ってましたよねぇ。あの力任せの歌い方が、初期のチャゲアスの特徴だよね。
 いつも、あんな感じだったので、飛鳥は、当時ステージで、よく、痙攣起こして倒れてたらしいですね。酸素不足で。

 この曲は、1979年5月の第17回ポプコンの入賞曲なんですよね。当時は、優勝間違いなし・・という前評判だったらしく、本人たちもその気だったようですが、本番で歌をとちって、優勝できず、入賞どまりというエピソードがあったようです。
 まあ、そのような前評判が立っていた曲ですから、曲としては、すでに出来上がった曲だったわけですね。

 で、この曲、初めて聴いた時から、私、すっかり気に入っちゃいまして、いまでは、カラオケの十八番っすよ。
 もちろん、当時を知ってる同年代以上の方と出ないと歌わないけど・・。



 ちなみに、チャゲアスって、その後も秋から冬にかけて、結構いい曲書いてるんだよね。
 
 1980年 万里の河
 1981年 男と女
 1982年 北風物語
 1986年 指環が泣いた
 1987年 ロマンシングヤード

 などなど

 それらにかんしては、また、後日。

 しかし、今日は、自分のサイトでも、長文かいたし、いったい、何文字書いてんだろ・・・?

 やばい、メガネの度が合わなくなってきた。PCの画面がゆがむ・・・・。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。

ポーラースター / 八神純子

1979_08_ポーラスター_八神純子





今回の1曲セレクトは、八神純子の「ポーラースター」です。
 まずは、データから

・タイトル    ポーラースター
・アーティスト  八神純子
・作詞      八神純子 三浦徳子
・作曲      八神純子
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1979年7月25日
・発売元     ディスコメイト
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   24.5万枚


 ここ、完全に私の主観で、曲選んじゃってるけど、ワシ、八神純子大好きなんだぁ。 あ、大好きだったって言ったほうがいいかな。。。
 八神純子って、サンバホイッスルがトレードマークだったぢやないですか。 私、当時、わざわざ地元のYAMAHAまで行って、同じもん買ってもらいましたもんね。わがまま言ってさ。
 まあ、それだけ好きだったわけなんですよ。ガキのくせして(当時私10才)

 ぢゃ、なんで、ブレイク曲の「みずいろの雨」でも、大ヒットの「パープルタウン」でもなく、この曲なのか、と言うと、この曲こそ、八神純子ならではの特徴を、一番引き出した曲だよね、と個人的には思ってるからなんだよね。
 八神純子ならではの特徴・・・やっぱり高音域とファルセットの伸びでしょう。
 この曲、一番高い音はハイトーン。実音の2オクターブ上ですよ。ここまで出す人、女の人ではなかなかいないですもんね。
 それと、曲のイメージですね。ポーラースター、ま、日本語で「北極星」ですわね。イメージは星空、宇宙なわけです。
 そのイメージに曲が負けていないんですよね。
 いや、ほんとに自分も星空の下にいる気になってくる・・。絵が浮かんでくるんですよね。
 これは、アレンジの大村雅朗氏の見事な仕事のおかげですね。
 コノ後、松田聖子など、トップアーティストのアレンジを手がけることになる、大村氏の初期の傑作といってもいいと思います。

 世間的にも、コノ年1979年って、宇宙、銀河がトレンドだったんですよ。同時期、アニメ銀河鉄道999が大ヒット。また、秋には惑星探査機「ボイジャー」が木星に大接近と、いろいろな「宇宙ショー」が繰り広げられていましたよね。
 この宇宙ブームは、次の年1980年も続きまして、この「ポーラースター」が認められたのか、80年夏(ちょうど25年前ですね)のNHK特集「パノラマ太陽系」では、八神純子の「Mrブルー〜私の地球〜」が主題歌に抜擢されました。
 こちらは、80年秋にリリース。冬にかけて大ヒットしましたね。


 ちなみに、当時、私的にも天体ブームでして、安い天体望遠鏡片手に、夜な夜な天体観測をやってましたねぇ。金星、木星、土星・・などの惑星観測、その他、流星群観測なんかも夏休みの「自由研究」でやったよなぁー。
 ガッコのセンセには、「将来は天文学者」とか言われてましたが、今考えると、単に世間のトレンドに乗り遅れるのがいやだっただけじゃないか。。とも思ったりして・・。
 計算高い、「ヤなガキ」だったわけですねぇ(^^;;;;;(爆)

 ただ、未だに自然科学は好きなんで、時間があったらまた、天体観測何ぞやりたいねぇ。。。
 千葉に来てからは全くやってないなぁ・・。空気が悪いこともあるけど・・。


動画・・・YOU TUBEに適当なものが無かったんで、他のサイトにリンク。よかったらクリックしてみてくだされ。

http://www.dailymotion.com/video/x1tuj8b_04-%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9-%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC_music


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