かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

グランプリ

あんたのバラード / 世良公則&ツイスト

1978_03_あんたのバラード_ツイスト








今回の1曲セレクトは、「あんたのバラード」世良公則&ツイストです。

まずはデータです。

・タイトル    あんたのバラード
・アーティスト  世良公則&ツイスト
・作詞      世良公則
・作曲      世良公則
・編曲      ツイスト
・リリース日   1977年11月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  43.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1978年1月23日〜2月13日付

ポプコングランプリ受賞曲。 大ヒットした曲は、すでに大分書いてきたんだけど、過去のアーカイブをみていたら、意外な曲をまだ書いてなかったんだよな。
 今回、ちょうどいい機会なんで、そんな曲を引っ張って来ますわ。

世良公則&ツイスト「あんたのバラード」。

いやぁ、超盲点だったな。 まさか、この曲をまだ書いてなかったとは。。。。

世良公則&ツイスト、ワタシにとってはリアルタイムで聴いて、ヒット曲っていう世界にどっぷりと嵌まってしまった頃の「原点」なヒト達ですわ。
うん、このヒト達と、サザンとゴダイゴ。 あの頃「ロックBIG3」って言われていたグループの方々。

もし、このヒトたちが居なかったら、ワタシ確実にここに居ない・・・・というかヒット曲の世界にはどっぷり嵌まった人生は送ってない・・・と100%と言えるヒト達ですわ。その位、私にとってはインパクトがでかかった人たちだよなぁ。

 特に世良さんのワイルドな歌い方に憧れてさあ、髪型まで似せちゃったもん、あの頃。 
うん、当時9歳だったんだけどね。。  当時の写真見ると、髪が肩まであったりするんだよな
まるで女の子みたいでしたわ。。。 で、世良氏をまねて、ホウキもって歌ってましたねぇ。

なんつうのかなぁ、ワイルドで野性味のある男の色気に惚れちゃったのかなぁ。同性(男)から見ても、セクシーだったもんなぁ。
・・・・なんて、9才のクソガキが思う事じゃないけど、でも、やっぱり引き込まれちゃったのは間違いない訳で。。。

たださ、個人的に最初にツイストに接したのは、3枚目のシングルだった「銃爪」だっんだよね。
だから、この「あんバラ」の時は、厳密で言えば、まだリアルタイムではない。
けど、「銃爪」から、すぐに遡って聴いてたりしたから、当時からこの曲は良く聴いてましたけどね。

最初ら書いたように、この曲は、ポフコンのグランプリ曲。 うん、1977年10月に開催された、第14回YAMAHAポピュラーミュージックコンテンストでグランプリを獲得。
 で、その翌月に行われた、第8回「世界歌謡祭」でもグランプリ獲得と華々しい経歴を持ってデビューとなった曲な訳ですわね。

まあ、「世界歌謡祭」とは銘打ってはいるものの、大体は「泊付」のためのような音楽祭ではあった訳だけども。。。
 
 ちなみに、その2年前の1975年にも中島みゆきが「時代」で、そのまた2年前の1973年には小坂明子が「あなた」が、全く同じ経歴でデビューしていたわけで、ポプコングランプリ受賞者では、それほど珍しい経歴ではなかったんだけど。。。

だけども、この曲は、ショッキングだったよなぁ。上記のような世良氏の、野性味あふれる線の太いボーカルもそうだし、曲もね、めちゃくちゃラフなんだけども線太いサウンド。めちゃくちゃ泥臭いロックでしたね。

当時、日本のロックといえば、80年代のシティポップスではないけど、ニューミュージックっていうカテゴリーの出現のお陰で、どちらかと言えば都会的で洗練されたサウンドの方向に向かってたからさ。
少なくとも、ここまで泥臭いロックは、逆に言えば「空席」だったかもしれない、当時は。
そこに突然、このヒトたちが出てきたからさ。そう言う意味ではショッキングだったんだよな。

それと、惜しげもなくテレビの歌番組に出演するっていうのも、ロックアーティストとしては珍しかったからなぁ。当時は。
 
 当時はテレビは「ゲ―ノー的」のモノ。ロックは自分たちの世界を最優先にするってのが、当たり前にあって、だから、「滅私」的なテレビには出ないっていうが常識だったからねぇ。まあ、反商業主義というかね。
数少なかった「ロック」中心の番組を覗いては。

でも、このヒトたちあたりから、歌番組に出演拒否しないロックアーティストがちょびちょび出てくるようになったんだよなぁ。その魁的なヒト達だよね。

そのおかけで、ロックもお茶の間でも聴けるようになった訳で、日本のロックの間口が格段と広がってくるんだよね。
ま、そういうロック系アーティストを出演させた、「ザ・ベストテン」とか「夜ヒット」なんかは、功績は、やっぱりでかかった訳なんだけどもさ。

でも、そう言うおかげで、ワタシとか、当時8才、9才のガキんちょでも、このテの曲をお茶の間で聴けたわけだからさあ。いい時代だったのかもな。
その前に、そんなクソガキなワタシにこのテの唄を聴かせてくれた、ウチの親たちにも感謝。 



これは、恐らく上記の「ポプコン」か「世界歌謡祭」の時の「音」だと思うんだけどさ。
実は、この時のメンバーと、デビュー後、テレビに出演するようになってからのツイストって、実はメンバーが違うんだよね。

あれ? これって有名な話かなぁ?

当時、大学生だったメンバーは、あくまで大学時代の思い出としてポプコンに出演した訳で、グランプリを取ったら解散、そして大学は卒業という事になっていたんだよね。で、ポプコン⇒世界歌謡祭で見事グランプリ獲得。
ここで、実際、一度、ツイストは「解散」してるんですよ。
でも、当時の慣例として、世界歌謡祭でグランプリを獲得したアーティストは、「夜ヒット」に出演させるっていう不文律が存在していたために、急遽、メンバーを集めて「再結成」されたのが、ワレワレが良く知ってる「ツイスト」なんですよね。

 だから、ドラムのふとがね金太氏も、ベースの鮫島秀樹氏も、ポプコンの頃は、まだメンバーじゃないんだよね。(キーボードの神本宗幸氏だけはそのまえからのメンバー)

だからさ、今、世界歌謡祭の時のVTRを見ると、バックのメンバーが違うんだよね。 
以前、まだ、この事を知らない頃、この時のVTRを見て、「あれ?」とは思ってたんだけどさ。 ドラムがふとがね金太氏の独特の叩き方じゃないしさ。

ネットが一般的になりWikipediaが見られるようになって、「なるほどね」なんて思ったんだよな。


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待つわ / あみん

1982_09_待つわ_あみん






今回の1曲セレクトは、「待つわ」あみんです。

まずはデータでーす。

・タイトル   待つわ
・アーティスト    あみん
・作詞        岡村孝子
・作曲        岡村孝子
・編曲        萩田光雄
・リリース日     1982年7月21日
・発売元       フィリップス
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     109.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年8月16日〜11月15日付

 この時期になると、忘れられない曲があったりします。
その中でも、あみん「待つわ」は、一番忘れられないかなぁ。

 「あみん」ってそろそろ知らない人もいるのかなぁ。
後年ソロで大活躍した岡村孝子さんと、すでに引退してしまった加藤晴子さんのデュオですね。

 この「待つわ」は、82年5月に行われた、第23回「ポプコン」のグランプリ曲なんだよね。

 しかしさ、考えてみたらこの当時ポプコンってやたらと「中部地区」選出の人達が強かったんだよなぁ。
 一つ前第22回グランプリのアラジン「完全無欠のロックンローラー」、そのまた一つ前第21回伊藤敏博「サヨナラ模様」と3回連続でグランプリは中部地区から出てる。

 ちなみに、第23回では、あみんの他に明日香「花ぬすびと」も最優秀曲賞に中部地区から選出されてたりする。
 しかし、そう考えたら、この頃はヒットは名古屋から・・・っていうことも多かったんんですよねぇ。
 それ以前は、西の福岡、東の仙台って言う感じのヒットが多かったんですけどね。
 
 
 話は変わって・・・この「待つわ」は、ワタシが福島から千葉に出てきた頃、出て来たんですよね。
 もちろん、そのころは、まだ、周りの誰も知らないから、ラジオばっか聴いてまして、この曲、発売前から、やたらかかってたんだよねぇ。 まあ、いまになって思えば、それだけ「期待」をかけてたんだろうけどね。

そして、ワタシもすぐ、気になったなぁ。当時まだ中1だったけど、この曲は売れる、売れて欲しい・・・とおもって、リリース日当日にレコード買った第1号なんですよね、実は。

なにが、気になったのか? っていうのは、今になってはすっかり忘れちゃったんだけど、兎に角新鮮だったのかなぁ。
 もちろん、萩田氏独特のインパクトがあるイントロ・・・例のアコギによる3連譜・・・もそうだったんだけど、今までに感じたことない透明な肌触り(?)っていうのかなぁ。

それと、結構、絶妙なハーモニーってのにも耳が行ったな。

 それよりも、この年の天候不順にぴったりな、「静寂感」・・うんにゃ「静かな不気味さ」がついつい、聞き耳を立てたのかもしれん。
 ・・っていうか、単純に、引っ越してきたばかりからの精神的な「寂しさ」が表に立ってたんだろうね、当時のワタシとしては。


 たださ、まだ発売前に聴いて「あ、これは売れる」と思った曲が、実際に「大ヒット」になってうれしかったなぁ。

 それまでは、ベストテンに入ってきて初めて「あ、いいなあ」っていう感じで曲を聴いてたから。

 この時の、この感覚、手ごたえっていうのがたまらなく快感でさ、もしかするといまの仕事に繋がっている・・っていうのは、正直過言ではなく、リアルなところなんですよね。
 だから、この曲あってこその「いまのワタシ」って言えるかもなぁ。

 
 BUT、当時は↑で書いたように「透明な新鮮さ」を感じたこの曲だけど、いまになって考え見れば「不気味」なウタだよね。

TVでの二人の「ぜんまい仕掛け」みたいなぎこちない動きと無表情な歌い方もそうなんだけど、内容がさ。


♪待つわ いつまでも 待つわ たとえ あなたがふりむいてくれなくても 待つわ 〜 ♪

なんともストーカーな曲だよね。いまの感覚だと・・。よく、マスコミでも書かれたりしてるけどさ、その通りだと思うわ。

でも、今と33年前と感覚の差っていのうももちろんあったしね。だから、当時は「新鮮さ」の方が勝って、ミリオンセラーなんかになったんだろうけどね。

 ちなみに1982年のミリオンセラーは、この曲1枚のみ。当時は、昨今のCD不況と同じように、レコードのセールスが全体的に落ち込んできた時期なんだよね。
 この主な要因は「レンタル」の普及によるものっていうのが、一般通説なんだけど、まあ、曲事態が変わってきたって言うのも確かにありますよね。
 それと、主流が「アイドル」になったってのも大きいし・・。やっぱり、アイドルでは続けざまヒットはしても、なかなかミリオンセラーまで届くっていうのは、難しいですからねぇ。

 もちろん、アルバムはニューミュージック系の天下だったけど、当時はアルバムでミリオンセラーっていうのは、夢のまた夢って言う時代・・・シングル主流な時代だったし・・。

 ま、それを考えても今とは、随分、趨勢が異なる時代だったんだけど、それらを考えても、この曲の支持はでかかったんだよねぇ。


だけど、最初に出てきたヒトは後が続かない・・・っていう当時のジンクスもあったわけで、この人たちも結果的にはそんな感じになってしまいましたよね。

 やっぱ、どうしても、この曲のインパクトにはかなわないもんなぁ。普通。
 
 逆に考えるとそれだけ、まだ、ちゃんと曲を聴いてた人も多かった・・・楽曲の時代・・・ともいえるんですけどね。




そうそう、思いだした。 この曲、1982年の7月21日リリースだけど、ヒット最高潮時、9月のレコード週間売り上げは凄まじかったんだよね。
 いま、当時のオリコンをひも解くと、1982年9月各週のこの曲の週間セールスは

1982/9/6付   66,560枚
1982/9/13付  127,340枚
1982/9/20付  173,910枚
1982/9/27付  137,470枚

・・・と9月、1カ月だけで50万枚上のセールスを記録してたりする。
1週間でミリオンセラーなんていう、某アイドルグループな今の時代からしてみれば、なんてことない・・なんて思えるかもしれないけど、週間セールスで平均7万枚も売れば1位が取れた時代。週間17万枚なんて言うセールスはとんでもない数字だったのよ。
 ちなみに、88年3月21日付で光GENJI「パラダイス銀河」が、週間338,690枚って言う記録を出すまで、この「待つわ」の173,910枚っていう週間セールスが、80年代では最高の週間セールスだったんだよね。

それだけ、多くの人に刺さったんだろうな、この曲。

リリース1か月前に、この曲は売れる・・・って直感的に感じた、ワタシ目は、「してやったり」って言う気分だったけどねぇ。 でも、まさかここまで売れるとは思わなかったんだけどね。


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時代 / 中島みゆき

1976_02_時代_中島みゆき






今回の1曲セレクトは、「時代」中島みゆきです。

 まずはデータです。

・タイトル    時代
・アーティスト  中島みゆき
・作詞      中島みゆき
・作曲      中島みゆき
・編曲      船山基紀
・リリース日   1975年12月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数   16.4万枚

 さてさて、今回の1曲セレクトは何にしよう? ・・・と悩む。

 しょうがないから、またまた、昔のオリコンチャートをペラペラペラと捲ってたら・・あー、いい曲があった・・・ということで、引っ張ってきました。


 中島みゆき 「時代」

 いや、そーいえば、この曲は、いつ書くか、いつ書くか・・って仕舞っておいたんだよね。この曲というと、どうしても、今の「世知辛い」世の中を想像してしまう。

 ♪ 今はこんなに悲しくて なみだも枯れ果てて もう 二度と笑顔にはなれそうもないけど〜 ♪

 本当に、あっちみても不況、こっち向いても不況・・・な、今の世の中に生きてるワレワレの心情を代弁してくれているような歌詞じゃないですか。

 でも、

♪ そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ  あんな時代あったねと きっと笑って話せるわ〜 
 だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう 〜 ♪

 だから、がんばって生きましょうよ。

 って、まさに今の時代に訴えてくれてる曲でもあったりします。うん、だから、ヒットした時期になったら書こうって仕舞ってたんだよね。

 たしから、いつの時代にも、この曲の歌詞のような状況はあるわけだけど、富に「今の時代」に聴くと、リアリティを感じてしまうんだよね。それだけ、未曾有の不況だっていうことなんでしょう、今は。

 ときに、この曲がリリースされた「1975年」っていう時代も「不況」だったのですよね。ま、今ほどではないにしろ、オイルショック後の景気亜透明な時代。プラス、高度成長期が終わり、世の中が「シラケ」てた時代。

 そんな時代にリリースされたのが、この曲だったりする。

 やっぱり、「歌は時代を映す鏡」っていうかなぁ、昔の歌ってさ、曲を聴けば、どんな時代だったかわかる・・・とかいうけど、まさに、こんな感じだったんだよねぇ。
 だからこそ、今でも残っている・・・というか、エバーグリーンな曲なんだろうね。

 だからこそ、いままであらゆるヒトにカバーされてたりするんだけどさ、この曲。
 研ナオコ、桜田淳子、岩崎宏美、薬師丸ひろ子、徳永英明・・・えーと、あとだれ? ってくらい、いろんなヒトが歌ってるもんなぁ。

 でも、やっぱ、なんだかんだいっても、オリジナルの中島みゆきが、もっとも味があるのですよ。それは、やっぱ時代背景が一番浮き彫りで、最も時代背景を浮き彫りにしてるから・・・なんだろうなぁ。


 ところで、この曲は、1975年10月の、「第10回 ヤマハポピュラーソングコンテント」いわいる「ポプコン」のグランプリ、兼 「第6回 世界歌謡祭」グランプリ曲獲得で、12月にキャニオンから鳴り物入りでリリースされた曲っていう、当時の「ポプコン」から音楽界へっていう、王道のコースでリリースされた曲だよね。
 その後も同じコースで音楽界へ進んだアーティストは、数知れず(おおげさ・・・)だけど、結局、いまだに「アーティスト」として、第一線に残っているのは、中島みゆきだけなんですねぇ。それだけ存在感、アイデンティティが強いヒトだったんですわね。

 ただ、実は「時代」をリリースした時点で、中島みゆきって、すでに「アザミ嬢のララバイ」でデビューしてたんだよね。なので、厳密に言うと、すでにプロであったにもかかわらず、ポプコンでグランプリをとってしまったわけなんだけどさ。
 まだ、当時のポプコンは、そういうパターンも多かったわけで、純粋にアマチュアからプロへの登竜門っていうコンテストではなかったんだよね。



本当は、1975年当時の動画があればベストだったんだけど、流石にあれから40年経ってますからねぇ。
公式チャンネルにあった、5年前の動画をリンク。


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大都会

1980_01_大都会_クリスタルキング






今回の1曲セレクトは、「大都会」クリスタルキングです。

 まずはデータです。

・タイトル    大都会
・アーティスト  クリスタルキング
・作詞      田中昌之 山下三智夫 友永ゆかり
・作曲      山下三智夫
・編曲      船山基紀
・リリース日   1979年11月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   118.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位:1位
・ベストテンランクイン期間:1980年1月7日〜4月7日付

 いやいや、ポプコン発の大ヒット曲で、まだ書いてなかった曲が残ってたんだねぇ。これは、かなり迂闊だったな。

 大都会 /クリスタルキング

 この曲は、1979年10月に行われた、第18回ヤマハポピュラーミュージックコンテスト、うんポプコンね・・・のグランプリ、さらに第10回世界歌謡祭、グランプリ獲得で、鳴り物入りで、翌11月21日にデビューした曲だ。

 まあ、ポプコングランプリから、世界歌謡祭グランプリっていう流れは、まあ、アーティストの「格付け」みたいなもんで、それまでも中島みゆき、ツイスト、円広志・・・と同じ流れで来てたからね。

 で、みなさん、同じ「キャニオン」からデビューしてたりする。

 うん、ポプコングランプリ⇒世界歌謡祭グランプリ⇒キャニオンからデビュー っていう流れは、一つのブランド的な流れになってたんだよね。このころ。

 ただ、デビューしたものの、1曲目は、「ポプコンブランド」で大ヒットする確率は高かったものの、なかなか2曲目以降ヒット定着っていう確率は低かったんだけどさ。

 だから、自ずから1発屋になる確率も高かったわけで・・・。「世界」をとりながら一発屋とは、いったいどういうこと?
 ・・・っていうのは、一時期笑い話だったこともあったりしてね。


 幸い、クリスタルキングの場合は、「一発屋」で終わることなかったんだけど・・・。

 さすがに、このヒトたちのボーカルの迫力を一度聴けば、あまりのインパクトの強さにびっくりするよなぁ。

 なにより、田中昌之のチリチリ頭に頭のてっぺんから出ているようなハイトーンボイス。
 プラスして、アイパーにグラサンっちゅういかにも「やっちゃん」のような、低音ボイスのムッシュ吉崎っていう、このコンピは、声質的にも、ビジュアル的にも、衝撃的なインパクトがあったもんですよ。

 わたしゃ、初めて、ベストテンの「スポットライト」に出演したとき、予想だにもしなかったボーカルにびっくりこいたもんなぁ。

 あ、ついでに言うと、うちのオフクロもびっくりこいてたのを思い出す。

 絶対に大ヒットすると思ったもの、この曲は。

 まあ、曲的には、今から考えると、客観的にクサイんだけどさ、あのころは、このクサさがカッコよかったんですよ。

 兎に角、ニューミュージック界の成熟期をガキながら感じ取っていたのは事実。

 もうずっと、このままニューミュージック全盛期が続くと思ってたもの、このころは。で、そうであってほしいとも思ってたのもこのころかなぁ。一番、「音楽」に対して多感だったかもしれない、個人的には。
 ヒットしてくる曲が、どれも「スゴイ」と思ってたのもこのころですね。事実、一番楽曲がいい、実験的で面白かったのも、このころの曲かもしれない。30年ヒット曲を聴いてきて。
 楽曲の「成熟期」だったのもかも知れないなぁ

 まさか、このあと4ヵ月後に「80年代アイドル」の芽がでてくるとは、全く考えもしてなかったな、このころは。
 

まあ、それもヒット曲クロニクル上の事実なんだけどもさ。


結局さ、日本のヒット曲の構成上、ロック・ニューミュージックがヒットの「長期主導権」は取れないような構造になっているんだよね。

 ロック・ニューミュージックが強い時期の後には、かならずポップスが主導権をとるようになっているんですよ。

 まあ、業界用語的に書くと、音制連<音事協 っていう力学的な構造ですね。

 これは、戦後日本の音楽業界的クロニクルから言っても、歴史上の事実なんだよね。

 個人的には、どっちかといえば「音制連」支持的なところがあると、自分では思っているんだけどさ。





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街が泣いてた

1981_01_街が泣いてた_伊丹哲也







今回の1曲セレクトは、「街が泣いてた」伊丹哲也&Side By Sideです。

まずはデータでーす。

・タイトル     街が泣いてた
・アーティスト   伊丹哲也&Side By Side
・作詞       伊丹哲也
・作曲       伊丹哲也
・編曲       Side By Side
・リリース日    1980年11月28日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  19位
・売上げ枚数    16.4万枚

 今回、引っ張ってきた「街が泣いてた」、伊丹哲也とSide By Side、覚えてる方、どのくらいいらっしゃるかなぁ。

 伊丹哲也氏、小さい体で大きなギター抱えて、いつもグラサンかけて・・・見た目、ちっちゃな「ツッパリ」にも見えたな。

 で、見た目に似合わず、けっこうワイルドな歌い方してるんだよね。それが如何にもアンバランスでさ。
 でも、そのアンバランスさが良かったんだろうな。

 サングラス外すと、もっとアンバランス、ホント、この曲の一部ドスが効いた歌い方をしてるとは思いもよらないような「童顔」なヒトだったんですよね。でも「かわいい」系で。

 それが分かった時は、余計アンバランスに感じたもんだよなぁ。

 
 それにしても、この曲は、キャッチーだったな。典型的なマイナー系のミディアムロックなんだけど、メロディラインは、キャッチーそのもの。逆に泣けるんだよね。
 
 しかし、このキャッチーさが如何にもポプコン的なんだけどさ。

 そう、このヒトも例の通りポプコン出身なんだよね。

 1980年の第19回ポプコン決戦大会でグランプリを獲得したのが、この曲な訳です。

 ちなみに、このときの大会で優秀曲賞を取ったのが、雅夢の「愛はかげろう」なんだけど、実際「売れた」のは、圧倒的に「愛はかげろう」でしたねぇ

 それと、同じく入賞したなかに、「きゅうてぃぱんちょす」っていうグループがいたりする。

 これ、だれだかわかります?

 ・・・・そう、杉山清貴なんですよね。杉山清貴&オメガトライブの前身のバンドなのです。
 このヒトたち、パッと出のような印象があるけど、こういう「下積み」時代もあるんだよね、しっかりと。


 でさ、前々から、いろいろとポプコングランプリの曲を書いてきてるけど、まあ、あの時代、実際、売れてた曲が多いからねぇ。まあ、それだけ世間からも注目されていたと言うこともあるけど、やっぱり、キャッチーなんだよね。曲が。

 ぱっと聴き、おもわず引きこまれるようなインパクトが逢ったことは確かなんですわ。


 ただ、それが逆に言うとネックなわけで・・・・。すなわち、このポプコングランプリ「受賞」っていうのが、「ピーク」なヒトが多いんだよね。

 結局、これらの曲が「良すぎ」で、これを超える曲が、次になかなか出せなくて、結局、一発屋で終わってしまうことが多いんですよ。

 まあ、それがいいのか悪いのかは別問題なんだけど、今から考えると結構、酷なことだったんだろうなぁ。

 逆に、上記の杉山清貴とか、このあいだ書いた、長渕剛、佐野元春、CHAGE&ASKAのように、なんども挑戦たけど、入賞止まり・・・っていうヒトのほうがヒニクにも、その後、長きに渡って残ってるんだよね。この「ポプコン」出身者って。

 まあ、なんども「辛酸」なめた分だけ、実際の「プロ」の世界で生き残るすべを学んでいるんだと思うけどさ。

 この伊丹哲也&Side By Sideの場合も全く同じでしたよね。結局、この曲1曲のみ残して、あっという間に消え去っていってしまいましたねぇ。 う〜ん。




いや、今聴いてもいい曲だと思いますよ。この曲も、聴くと、昭和56年1月当時が脳裏にプレイバックしてくるなぁ




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ふられ気分でRock'n Roll / TOM CAT

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今日の1曲セレクトは、「ふられ気分でRock'n Roll」TOM CATです。

まずはデータでーす。

・タイトル    ふられ気分でRock'n Roll
・アーティスト  TOM CAT
・作詞      TOM
・作曲      TOM
・編曲      Light House
・リリース日   1984年11月14日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   35.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1985年2月11日〜4月8日付

 えー、昨日も、C-C-B「Romanticが止まらない」で1985年の今頃の曲だったんですが、今日も、同じく1985年の今頃の曲で恐縮です。

 ふられ気分でRock'n Roll / TOM CAT


うーん、どうしてもね、この2曲はセットになって、私の頭の中にインプットされてるんだよなぁ。
 単に持っている音源の順番が、Romantic〜 ⇒ ふられ気分で〜 になってて、それが21年間ずーっと変わってないから、もう、完全に頭の中で順番が、その「並び」で固定されちゃってるんだよね。

 とにかくさ、この曲も「Romantic〜」に負けず劣らずのインパクトの曲だったじゃん。
 インパクトといっても、結構、「下世話」なインパクトだけどね。

 ヴァンヘイレンの「ジェット」のパクリと言われる、イントロから、とてつもなく早口でブレスがない矢継ぎ早の言葉のられつのAメロ まあ、ここまででも充分にインパクトがあったよね。

 なにせ、Aメロはいったい、どこにブレスがあるんだ??っつうのが、どうしても話題になったもんね。

 ♪ 凍るアルファルト急な坂 息もつかず思い切りかけあがる まるで今にも崩れ落ちそうなLonlyness ♪

まで、ノーブレス。 歌詞と同様、まるで、一気に坂を駆け上がるような展開。
 まあ、メロディはあってないようなもんだけどね。

 で、こんな一気盛んなAメロがあったと思ったら、サビがいきなり

 ♪ たかがRock'n Roll されどRock'n Roll 〜 ♪とくる。

 え? なに? この急展開は? って感じなんだよね。
 ヴァンヘイレンっぽい、バタ臭い展開は、一体どこいっちゃったの? いきなり、ジャパニーズ的な精神論の世界?

 すごいね、この全く予想だにしない急展開は。。

 うーん、これは、完全な職業作家には書けない展開だよね。

 それもそのはずで、この曲、第28回ポプコンのグランプリ受賞曲なんだよね。だから、この曲がデビュー曲。
 ホプコン特有のキャッチー過ぎるくらいキャッチーなメロディ展開と、インパクト。 それと、伝統的なジャパニーズアシッドをブレンドしたような曲で、ホプコンの見本のような曲っていえば、そうなんだよね。

 ただ、このころは既にホプコン自体、時代の流れからはずれてきているところがあって、この曲以降、ポプコングランプリからのベストテンヒットは、生まれていないんだよね。

 唯一、1986年 第31回ポプコンで「入賞」を果たした、陣内大蔵がずっと後になってヒットを出したくらいで、もう、ポプコン=時代の寵児ではなくなってたんだよね。

 その最後の「お祭り騒ぎ」を担ったような曲・・・ともいえるだろうかなぁ。

 ただ、ホプコンの宿命・・・あまりにもデビュー曲がキャッチーすぎると「後が続かない」・・・んだよね。
 TOM CATもご多分に漏れず・・。

 第2弾「サマータイムクラフィティ」が全日空のCMに使用されて小ヒットを飛ばした後はヒットにも恵まれず・・っていう、ほぼお決まりのパターンだったんですよね。

 でも、TOMこと松崎淳美氏は、今でも小さなライヴハウスでハードロックバンドで歌っているらしいですね。

 ヒットに恵まれなくても、好きな歌が歌えれば幸せという人生を送っておられるようですね。
 ホプコンに応募してくる方って、結局、根の部分は歌が好きな方がほとんどなんだよね。だから、ヒットが続く、つづかないではないのかもしれないですね。 




※2006年2月に書いたオリジナルに、今回、若干、修正を加えました。

夢想花 / 円広志

1979_01_夢想花_円広志







今日の1曲セレクトは、「夢想花」円広志です。

 まずは、データでーす。

・タイトル     夢想花
・アーティスト   円広志
・作詞       円広志
・作曲       円広志
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年11月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    44.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1979年1月8日〜3月5日付
・タイアップ 日本航空「COME TO AMERICA '78」キャンペーンソング

 昨日は、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」を紹介しましたが、「完全無欠」っていったら、ポプコン⇒世界歌謡祭でグランプリっていうパターン。
 まあ、そう来たんで、今日も同じパターンの曲をご紹介しましょう!

 夢想花 / 円広志

・・・って書くと、どうしても

♪ とんで とんで とんで とんで・・・・(×9times)
  まわって まわって まわって まわる〜 ♪

ってきちゃいますよねー。

 なにせ、当時の「ザ・ベストテン」で黒柳徹子さんが、ほんとに数えてたんだから! 「とんで とんで〜」と「まわって まわって〜」の数を。。。
 1979年2月9日放送の「ザ・ベストテン」。 この週は、ワタシにとって、記念すべき日でして。。。(って多いな。。記念すべき日が。。。)
 ベストテンをはじめて、カセットにラジカセで「録音」した日なのよね。SONY C-60っていう、超初期のカセットテープにいまでもしっかりと音が刻み込まれております。

 その週のテープを聴くと、この週は6位だったんだけども、歌が終わったあとのコメントに「とんでとんでが54回、まわってまわってが24回」なんていうコメントをしてます

 まあ、そのくらい、インパクトがあったんだよね。この曲のこのサビの部分がさぁ。

 なにせ、いまだにCMでパロディにされてるもんね。

 でも、このサビの部分以外も、この曲は全体的に良かったと思うなぁ。 よくまとまっているんだよね。
 どうしても、サビの部分ばかりが強調されちゃうけど、この曲は全体を聴いてこそっていう部分もあるし。

 個人的には、

♪ 忘れてしまいたいことが今の 私には多すぎる〜♪の入りの部分からして秀悦だと思いますね。

 さすがに、第16回ポプコングランプリ 第9回世界歌謡際グランプリの曲だけはあるよね。

 うーん、考えるにこの当時が、一番ポプコンのレベルが高かった時代ではないかなぁと思うのね。

 特にこの第16回大会は、いま思うと、そうそうたるメンバーが本選に出場し、入賞しているんだよね。

 グランプリは、この円広志「夢想花」。
 入賞には、「明日への旅立ち」のクリスタルキング、その他、「流恋情歌」のチャゲ&飛鳥、 いまやS.E.N.Sで大活躍の勝木ゆかり がそれぞれ獲得してる。
 しかし、円広志をのぞいては、この方たち、みなさん「九州地区」代表なんだよね。 このころは、九州博多発の音楽はレベルが高かったからなぁ。
 それにつけても、すごい面々が出場してたポプコンですね。

 ちなみに、入賞こそ、のがしてますが、本選には、石川優子も出場しています。

 石川優子と、入賞のチャゲがコンビを組んで「ふたりの愛ランド」を歌うのは、6年後のことですね。

 そういった、すごいメンバーが出場した、「ポプコン」でグランプリを獲得しているだけに、コノ曲のレベルが高いのも頷けるところなんですよね。
 サビだけではないんだよね。

 しかし、円広志って、このころは、見た目マジメな好青年にみえたんだけどねぇ。 「ザ・ベストテン」でも、当時は「くだけた」イメージはなかったんだよなぁ。
 でも、後年のこの「くだけっぷり」は何? って感じですね。さすがに関西出身ですかねぇ、すでにアーティストというより「芸人」って感じですもんね。

 いまや 

♪ とんで とんで とんで・・・ ♪どこ行ってもうたんやー っつうギャグの方が完全に、似合っちゃってますわ。

 さすがに大阪芸人。ただでは転ばんね。

これでも、後年、森昌子の「越冬つばめ」なんていう、すばらしい曲作ったりしてるんだよね。

♪ ヒュルリー ヒュルリー ララ 〜 ♪ですよ。

 あ、この曲も今頃のヒットだな。
 円広志氏は冬と縁があるようで・・・。




※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

完全無欠のロックンローラー / アラジン

1982_01_完全無欠のロックンローラー_アラジン






今日の1曲セレクトは、「完全無欠のロックンローラー」アラジンどぇす。

 まずは、データでーす

・タイトル     完全無欠のロックンローラー
・アーティスト   アラジン
・作詞       高原茂仁
・作曲       高原茂仁
・編曲       高原茂仁
・リリース日    1981年11月14日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  7位
・売上げ枚数    29.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1982年1月18日〜2月8日付

 コミックソング。いまや、ほとんど「死語」になってしまったよねぇ。
 去年のゴリエだって、まえけんだって、一昔前だったら「コミックソング」というジャンルに入れられ、完全に「イロモノ」扱いだったろうに、今の世の中では、立派に「普通の曲」として扱われてるもんなぁ。。

 ・・・といきなり、コミックソング談義。そうです、今日の1曲セレクトは、そういった、コミックソングのなかでも、代表的な曲っす。

 完全無欠のロックンローラー / アラジン

 いや、でも、本来は、コミックソングではない・・・はずなんだよね。
 なにせ、あの「由緒ある」、ヤマハポピュラーミュージックコンテスト、いわいる「ポプコン」の「第22回」の「グランプリ」曲ですよ。 この曲。。。
 しかも、その後行われた、「第12回世界歌謡祭」でも、グランプリを獲得。。。

 なんと、「世界」を制しているのですよ。このコミックソングは。。。(^^;;;;;

まあ、世界歌謡祭なんて、仰々しいタイトルがついていますが、要は、ポプコングランプリ獲得者の「ハク付け」のためにヤマハが主催していたイベントなんですが・・・。

 だけどね、この曲が、あのポプコンのグランプリ獲得曲としったときのショックときたらなかったね。
 ついにポプコンも地に落ちたか・・・とガキながら思ったもんですよ。

 たぶん、最初にこの曲聴いたのが、「ザ・ベストテン」のスポットライトだったと思うけど、ウチの親なんて、バカ怒りしてたもんなぁ。

 大体において、ボーカルの高原氏は、ゲーノー界に入る手段としてポプコンに出場したらしく、本心は「ロックンロール」なんて、すきでも何でもなかったらしい。
 本音は、ポールモーリアと、小椋佳がすきなんだと。。

 だから、曲に思いいれもなんもないんだよね。なんで、ロッキンロールのくせに、秋田音頭にもなっちゃうような、こういう、とんでもない曲でもくめんなく歌えたし、作れたんだと思うけど・・・。

 しかし、それもそれで、潔いケーノー人生活だわね。なにせ、曲の方は、当然というか「一発屋」で終わったのに、ゲーノー人としては、未だにシブトク生き残ってるもんねぇ。

 昨日(12日)、日本テレビで、「あのヒトは今」に出て、この曲歌ってたけど、実家の土建屋を継ぎながらも、いまも、名古屋圏でタレント活動してるってんだから、このシブトさときたら・・・・。
 まあ、あの当時、名古屋商科大学の学生だった、このヒトたちも、いまや立派な「オヤジ」になってましたが・・・。


 しかし、まあ、それはそれでねー、こういう曲もあるってのは、悪いことではないとは思うけどね。
 みんな、真っ直ぐな曲ばっかじゃ詰まんないし。まあ、こればっかになるのも問題だけど・・・。

 いずれにしても、24年前のこのじきの曲として、しっかり根付いていますけどねぇ。。





※2006年1月に書いたものを再掲載しました。
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