かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

クリスタルキング

蜃気楼 / クリスタルキング

1980_05_蜃気楼_クリスタルキング






今回の1曲セレクトは、「蜃気楼」クリスタルキングです。

 まずはデータです。

・タイトル    蜃気楼
・アーティスト  クリスタルキング
・作詞      天野滋
・作曲      山下美智夫
・編曲      川上了 クリスタルキング
・リリース日   1980年4月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   54.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1980年4月28日〜6月23日付

 さてさて、5月と言って思い出すのは、「ワラビ採り」かなぁ。福島の田舎にいる頃、今の時期は必ず、ワラビ採りかゼンマイ採りに行ってたもんですよ。

 そんな1980年のゴールデンウイークもそうだったなぁ
・・・って、35年前の自分の日記にそう書いてあるから、そうだったんでしょうふらふらふらふら

 ・・・で、そのころの曲で浮かぶと言ったら、今回、引っ張ってきた、クリスタルキングの「蜃気楼」かなぁ。

 昨日のような、ちょっと蒸し暑い日を思い浮かべるな。

 この曲は、クリスタルキングにとっては、大ヒットの、あの「大都会」を受けた、デビュー第2弾シングルなんだけど、意外と忘れられた曲でもあるんだよね。

 最近はあんまりやらなくなったけど、「一発屋特集」とかやると、なぜかクリスタルキングが入れられてる場合があるじゃん。
 そんなときは、決まって、CHA-CHAを入れてたワタシです。「蜃気楼」もあるぞ・・・とあせあせ

 それだけ忘れられた1曲だって事なんだろうねぇ。オリコンで2位まで行った曲だというのに・・・。

 うーん、確かに「大都会」の♪あーあー 果てしない〜 ♪ の、あの超強烈なインパクトから比べると、印象に薄い曲であるかもしれないけどなぁ、インパクト的に。
 
 テンポもミディアムであるし・・・。

 でも、この「午後」っぽい、若干気だるい雰囲気が、この新緑の季節の温度感にマッチしてて、これはこれでよかったと思うんだけどねぇ。

 そうは言っても、やっぱし、♪ あーあー 果てしない〜 ♪ を聴いた後だけにねぇ、なかなか一般ウケするまでには行かなかったんだろうな。


 ちなみに、この曲、「ザ・ベストテン」では1位取ってるんだよね。
「大都会」に続く、連続1位獲得なんだけど、「大都会」が1位を獲得して、この「蜃気楼」が1位を獲得するまでのインターバルが、それまでの最小インターバル記録・・・っていうのが、妙に記憶に残ってたりして・・・。インターバルは9週間。
(「大都会」1980年3月20日〜「蜃気楼」1980年5月20日)

 まあ、それだけ、当時のクリスタルキングに、勢いを感じてってことなんだろうな・・。
 このまま、暫くはベストテン入りは確実だと思ってたもの。
 まさかねぇ、次の「処女航海」が11位止まりだとはねぇ。。。。予想もしてなかったよなぁ。(オリコンでは最高14位)

 当時のランキングの怖さだよなぁ。1位を取ったからって、次の曲がヒットする保証はない・・・っていう時代の。。。

 だからこそランキングって面白かったんだけどねぇ。。まあ、一種の「トバク予想」みたいなものでさ、このドキドキ感は、ケイバ予想と同じワクワク感があったんですよ。

 その頂点・・・というかヒット曲が一番成熟したのが1980年っていう時代だろうな。。。


 ちなみにちなみに、ベストテンでの1位獲得インターバルは、この年、田原俊彦にあっという間に、抜かされてしまったクリスタルキングどぇす。
 (「哀愁でいと」1980年9月11日〜「ハッとして!Good」1980年10月23日 インターバル6週間)

 まあ、そんなことが、まだ、話題になる時代だったんだよね。

 ところで、インターバル1位獲得での「ベストテン記録」は誰だったんかねぇ・・・。
 このあと、話題にも出なくなったけど・・・。

 今、ちょっと調べたら、近藤真彦のインターバル3週(「ギンギラギンにさりげなく」1982年1月7日〜「情熱・熱風・せれなーで」1982年2月4日)、チェッカーズのインターバル4週ってのがあるな(「星屑のステージ」1984年11月1日〜「ジュリアに傷心」1984年12月6日)。
 


やっぱ、良い曲だよね。 YOU TUBEのこの曲のコメントにいくつも書かれているけど、J-POPの歴史を考えても、この1980年あたりの曲が一番「成熟」していたと思うな。
同時に、レコード売り上げが一番成熟していたのも1980年ですよ。
あの頃は、歌い手側も聴く側も、大人だったんだよね。いい曲だからレコードが売れるっていう至極当たり前の時代だったんだよなぁ。逆に言えば、曲がイマイチだと、いくらアーティストパワーがあったとしても、売れなかったんですよ。
いまのように聴く側も(精神的な)コドモ中心では、大人の曲は育たないですよ。



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大都会

1980_01_大都会_クリスタルキング






今回の1曲セレクトは、「大都会」クリスタルキングです。

 まずはデータです。

・タイトル    大都会
・アーティスト  クリスタルキング
・作詞      田中昌之 山下三智夫 友永ゆかり
・作曲      山下三智夫
・編曲      船山基紀
・リリース日   1979年11月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   118.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位:1位
・ベストテンランクイン期間:1980年1月7日〜4月7日付

 いやいや、ポプコン発の大ヒット曲で、まだ書いてなかった曲が残ってたんだねぇ。これは、かなり迂闊だったな。

 大都会 /クリスタルキング

 この曲は、1979年10月に行われた、第18回ヤマハポピュラーミュージックコンテスト、うんポプコンね・・・のグランプリ、さらに第10回世界歌謡祭、グランプリ獲得で、鳴り物入りで、翌11月21日にデビューした曲だ。

 まあ、ポプコングランプリから、世界歌謡祭グランプリっていう流れは、まあ、アーティストの「格付け」みたいなもんで、それまでも中島みゆき、ツイスト、円広志・・・と同じ流れで来てたからね。

 で、みなさん、同じ「キャニオン」からデビューしてたりする。

 うん、ポプコングランプリ⇒世界歌謡祭グランプリ⇒キャニオンからデビュー っていう流れは、一つのブランド的な流れになってたんだよね。このころ。

 ただ、デビューしたものの、1曲目は、「ポプコンブランド」で大ヒットする確率は高かったものの、なかなか2曲目以降ヒット定着っていう確率は低かったんだけどさ。

 だから、自ずから1発屋になる確率も高かったわけで・・・。「世界」をとりながら一発屋とは、いったいどういうこと?
 ・・・っていうのは、一時期笑い話だったこともあったりしてね。


 幸い、クリスタルキングの場合は、「一発屋」で終わることなかったんだけど・・・。

 さすがに、このヒトたちのボーカルの迫力を一度聴けば、あまりのインパクトの強さにびっくりするよなぁ。

 なにより、田中昌之のチリチリ頭に頭のてっぺんから出ているようなハイトーンボイス。
 プラスして、アイパーにグラサンっちゅういかにも「やっちゃん」のような、低音ボイスのムッシュ吉崎っていう、このコンピは、声質的にも、ビジュアル的にも、衝撃的なインパクトがあったもんですよ。

 わたしゃ、初めて、ベストテンの「スポットライト」に出演したとき、予想だにもしなかったボーカルにびっくりこいたもんなぁ。

 あ、ついでに言うと、うちのオフクロもびっくりこいてたのを思い出す。

 絶対に大ヒットすると思ったもの、この曲は。

 まあ、曲的には、今から考えると、客観的にクサイんだけどさ、あのころは、このクサさがカッコよかったんですよ。

 兎に角、ニューミュージック界の成熟期をガキながら感じ取っていたのは事実。

 もうずっと、このままニューミュージック全盛期が続くと思ってたもの、このころは。で、そうであってほしいとも思ってたのもこのころかなぁ。一番、「音楽」に対して多感だったかもしれない、個人的には。
 ヒットしてくる曲が、どれも「スゴイ」と思ってたのもこのころですね。事実、一番楽曲がいい、実験的で面白かったのも、このころの曲かもしれない。30年ヒット曲を聴いてきて。
 楽曲の「成熟期」だったのもかも知れないなぁ

 まさか、このあと4ヵ月後に「80年代アイドル」の芽がでてくるとは、全く考えもしてなかったな、このころは。
 

まあ、それもヒット曲クロニクル上の事実なんだけどもさ。


結局さ、日本のヒット曲の構成上、ロック・ニューミュージックがヒットの「長期主導権」は取れないような構造になっているんだよね。

 ロック・ニューミュージックが強い時期の後には、かならずポップスが主導権をとるようになっているんですよ。

 まあ、業界用語的に書くと、音制連<音事協 っていう力学的な構造ですね。

 これは、戦後日本の音楽業界的クロニクルから言っても、歴史上の事実なんだよね。

 個人的には、どっちかといえば「音制連」支持的なところがあると、自分では思っているんだけどさ。





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セシル / クリスタルキング

1982_セシル_クリスタルキング







今日の1曲セレクトは、「セシル」(クリスタルキング)です。

まずはデータから

・タイトル      セシル
・アーティスト   クリスタルキング
・作詞        大津あきら
・作曲        山下三智夫
・編曲        梅垣達志
・リリース日    1982年7月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  33位
・売上げ枚数    7.2万枚

 「セシル」っていったら、「浅香唯」の「セシル」と思った方、ビンゴです! 今日のプロフィール写真「ゴメン」のままにしてたのって、それが狙いだったのよ。
トピックスのタイトル「セシル」って書いて、どのくらい、浅香唯と思って来るのかしらってのがねぇ・・・。

 ちょうど時期が時期だからねぇ・・・。浅香唯の「セシル」もちょうど、今頃だもんね。ヒットしたの。
 でも、今回は、「クリスタルキング」の「セシル」をご紹介。

 クリスタルキングっつったら、吉崎勝則と田中雅之の独特のツインボーカルで1980年の初頭「大都会」を大ヒットさせたバンドっつうことは、みなさんよくご存知ですわね。

で、そのあと、「蜃気楼」「処女航海」とヒットを飛ばしたものの、だんだんと尻つぼみしていったわけで、1982年当時は、それこそ、知っているヒトしかしらないって言う存在になっていたんじゃないかな。
 少なくとも、私は完全に忘れてましたねぇ・・ 当時は。

 ・・で、あるとき、ラジオ聴いてたら、すごくメロディアスな曲が流れてきたわけ。それが、この「セシル」だったんだよね。最初はクリキンって全くわかんなかったんですよ。
 クリキン=ツインボーカルの迫力っていう頭があるからさ。
 でも、この「セシル」は、ボーカルがすごくやさしいんだよね。 そう、これは、ボーカルは、いつものメインの吉崎、田中コンビではなく、ギターの山下美智夫なんだよね。
 ついでに言えば、大都会もこのセシルもこのヒトが作曲したんだけどね。

 ただサビの♪I LOVE YOU マイスイートセシル 君は愛のフォトグラフ〜♪からのコーラスの部分を聴いてると、吉崎 田中の声もちゃんと聴こえるのね。この曲に関してはコーラスでの参加なんだよね。

 それにしても、随分の変わりようだよね。 うーん、やっぱり、セールス的には落ちてたんで、いろいろ試していた時期なんだろうね。

 例の「北斗の拳」の主題歌「愛をとりもどせ!」で一時的な復活を見せたのは、これから2年後の1984年の11月ですわ。でも、これこそクリキンの真骨頂って感じだもんね。


 しかし、あの時代は、ワシ、よくラジオ聴いてたなぁ。この曲もそうだけど、ラジオ聴いてなきゃ、絶対に出会っていないって言う曲も結構あるよ。
 まあ、成り行きというか定めというか、たまたまそういう時期とかさなっちゃったんだと思うけどね。
 あのころは、個人的にいろいろあって、ラジオが唯一の友だちだったからさぁ。
 そういう時代にこういうやさしい曲が唯一の「癒し」だったんだよねぇ。


 うーん、今日の文はひどいなぁ・・。内容がないね。読んでる方ゴメン。


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