かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

なかにし礼

天使の誘惑 / 黛ジュン

1968_07_天使の誘惑_黛ジュン


今回の1曲セレクトは、「天使の誘惑」黛ジュンです。

まずはデータです。

・タイトル    天使の誘惑
・アーティスト  黛ジュン
・作詞      なかにし礼
・作曲      鈴木邦彦
・編曲      鈴木邦彦
・リリース日      1968年5月1日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 46.8万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年5月27日〜8月12日付

えー、只今部屋の室温計は32.0℃を指しておりまする。。。うヴぇ〜暑ちぃよー。 これでまだ梅雨明け前だって言うんだから。。。。梅雨が明けたらどうなってしまうんでしょ・・・。って連休を過ごして居たりして。。。。

今年は「老体」にムチうって 2年ぶりに「ROCK IN JAPAN」と、超地元の「氣志團万博」 2つの夏フェスに参戦する予定なんで、今から「暑さ」に慣れておきたい・・・と、出来るだけクーラーを使わないで2日過ごしてたんだけどね。。。

ちなみに、件の痛風の痛みは今日になって、大分引けまして・・・おかげ様で通常の生活に戻れましたわ。
あとは、ぶり返さないように留意しないと・・・。高い金を払った夏フェス参戦が・・・・。。。

で、流石にこの暑さの中では「1曲セレクト」書けないよ〜・・・とクーラーを入れて書いてまする。

さて、今回の1曲セレクトは、どうするベか・・・。 ここんところヒット当時、「好きぢゃなかった」80年代アイドルの曲が続いたからなぁ。。。

今回は時代を一気に飛び越えて「60年代アイドル」の「夏」の曲と行きますか。。。

黛ジュン「天使の誘惑」なぞどうだ!


なんか勢い誤って「60年代アイドル」なぞと表現してしまいましたが・・・。 うむ、60年代には、まだ「アイドル」などと言う表現のコトバは、少なくとも「音楽界」では使われていなかった訳で・・・。

いや、idol⇒偶像という単語は昔からある訳で、厳密に言えば使わけていたかもしれないけど、現在の音楽ジャンルとしての「アイドル」と言うカテゴリーは、まだ無かったって事なんですけどね、60年代には。

でも60年代にも10代の「歌手」は居た訳でね、弘田三枝子さんにしろ、伊東ゆかりさんにしろ、そうそう忘れてはいけない、吉永小百合さんにしろ・・・みんな最初は、今でいえばアイドルだったわけじゃん。

まあ、今のように「アイドル」と言うカテゴリーが当時あったならの話なんだけど・・・。


で、黛ジュンさんは今回セレクトしてきた「天使の誘惑」の前年1967年にデビュー・・・。

・・・・なんて書くとクレームが来るよな、きっと。。。 そそそ、実は16才だった64年に一度本名の「渡辺順子」でデビューしてるんだよな。でも、その時は全く売れず・・・、19年になった前年67年に再デビュー・・・という経歴を持ったアーティストなんだよね。 
ちなみに、亡くなった作曲家の三木たかし氏は実兄・・・ってことは有名? うむ、でもそうなんだよね。


どーでもいいことだけど、この曲、作詞がなかにし礼氏で、作曲が鈴木邦彦氏だけど、ワタシが通ってた千葉の某私立S高校の校歌も、作詞、なかにし礼氏、作曲 鈴木邦彦氏・・・ そそそこの曲の組み合わせと全く同じなんだよなぁ。。だれがいつ依頼したのか分かんないけどさあ。
 だからという訳じゃないけど、この曲を聴くと、どうも高校の校歌を思いだしちゃったりして・・・因果なもんだわぁ・・・。
あ、曲想は全く違うけど。。。。


で、この「天使の誘惑」は、この年1968年のレコード大賞、大賞受賞曲。 

・・・ということはデビュー2年目、若干20歳の時に、既にレコード大賞を受賞してるんですねぇ。

そう、60年代も終盤に差し掛かった当時は押しも押されぬ「トップアイドル」だったわけですわ。

当時、ライバルとされていた「アイドル」には、伊東ゆかりさん、弘田三枝子さん、いしだあゆみさん、奥村チヨさん・・・等々のトップアイドルがひしめいていた中でも、特にレコード売り上げに於いてはトップクラスだったんだよね。・・というか安定していたと言うかね。

やっぱ曲調なのかなぁ。特に今回セレクトしてきた「天使の誘惑」って曲。今聴いても「ポップ」でしたからねぇ。

当時の曲といえば、どこかジャズの影を引きずっていたり、歌謡曲のを引きずっていたり・・・って兎角「夜に向かった」と言う匂い・・・つまりはティーンエイジャーが歌っても「大人」向けの曲が圧倒的に多い中、この曲は、あくまで「昼間の」・・・って言うイメージなんでね。そこに安心感があるって言うのかなぁ。

アイドルと言うジャンルが確立された70年代以降、アイドルソングといえば、夜の匂いから、遅くとも「門限」は夕方までと言われるように「昼」に向かった曲が基本、つまりさ「健全さ」がアイドルソングの基本・・・ということであれば、この曲なんてのは、その「元」と言ってもいいんじゃないかな。

まあ、その辺が、その後、70年代、80年代、90年代、それ以後も、この曲が多くの「アイドル」たちによってカバーされているところなんだろうね。

ちなみに個人的には、やっぱ、牧瀬理穂がCMで歌ってた、あのバージョンかなぁ

↓ コレ (後半の30秒のバージョンのやつ)


そそそ、タケダの「HI-C」のCMね。 最後に自らスカート、 ばひょーんとめくるやつ。

とは言うものの、これより前にオリジナルの黛ジュンさんバージョンの方を知ってたんだけどね。





これ、1968年当時の画像ですよね?
それにしては、画質も音もめちゃくちゃ良いんですけど。。。 とても49年前・・・約半世紀前の画像とは思えないわぁ。 
もちろん当時はステレオ放送もしてるはずが無く・・・。でも、ちゃんとハイファイになってるじゃないですか。。。
どうもBS-TBSで放送されたやつのようだけど・・・。

・・・・とおもったら、リンク弾かれちゃってる。 申し訳ないですが、みたい方はYou Tubeのサイトに飛んでくだされ。。。。

ちょっと調べてみたら、当時TBSは、他の局のように2インチのビデオテープを使って無かったんで、かさばらずに済み、その後も当時のビデオテープを上書きせずに保管出来たようですね。
でもって、最近TBSは、当時の画像のデジタルリマスターを行っていますから。。。
ベストテンもデジタルリマスターを行っているらしいですね。
なんで、こんなに画像も音もきれいに残っているようなんですよね。

しかしさあ、20歳にしては大人っぽいよね。10才位サバよんでんじゃね? なんて言われてもおかしくないような・・・。
でも、当時はみんな大人っぽかったんだよな、今から比べると・・・。いや、逆に言えば今がコドモっぽくなっちったんじゃないのかねぇ。

まあ、実際曲を限り、ジャケットにもクレジットがあるように、「ハワイアン・ロック」ですねぇ、この曲。
バックのバンドにスチールギターの人もいたりして。
ってか、ハワイアン・ロックってなんじゃらほい? ・・・って感じなんだけどワタシら世代からすると・・・。
根がハワイアンだけど、リズム体はロックってことでしょうか。 ま、ロックというよりも完全なポップスなんですけどね。今からすると。
当時としては、「エレキ」を使われるとロックってというイメージだったんだろうなぁ。 

でもさ、パーカッションを多用しているところから、ハワイアンというよりはラテンだよね・・・なんても思ったりしてね、個人的には。


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雨がやんだら / 朝丘雪路

1971_05_雨がやんだら_朝丘雪路


今回の1曲セレクトは、「雨がやんだら」朝丘雪路です。

まずはデータです。

・タイトル     雨がやんだら
・アーティスト   朝丘雪路
・作詞       なかにし礼
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1970年10月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  32.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1971年3月29日〜5月17日付

自分が記憶に残る「最古」の曲って何でしょうかねぇ〜。
あー、また、訳分かんない出だしにしてしまった。。。  うーむ、前も同じような疑問を投げかけた事があったような気がするけど、その時は確か、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」って書いたような気がする。

うん、確かにね、「物心」ついた後の最古の記憶としては、フィンガー5だったような気がするんだけどさ。
でもね、死んだ母親にしてみると、そうじゃなかったらしい。。。

昔、「あんた、よく歌ってたんよ」って聞かされた曲が、五木ひろしの「よこはまたそがれ」と、もう1曲が今日セレクトしてきたこの曲だったんだよな。 うーん、ワタシゃ、全く記憶にありません・・・なんだけどなぁ。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな「物心」つく前によく歌ってた曲。

朝丘雪路さんの「雨がやんだら」。

うむ、昨日書いた、クールファイブの「長崎は今日も雨だった」が「雨」の曲だたんで、そのアンサーソングではないけど、雨上がりの曲もいいかな・・・なんておもってたら、丁度目にとまった・・・こともありまして。。。

でもねぇ、この曲、ホント記憶になかったんですよね、母親に言われるまでは。

・・・というか、初めはタイトル見て、全然曲が思い浮かばなかったモノ。 いわんや誰が歌っていたのかも全く記憶にあらず。。。。

実際に、「あーこの曲かぁ」って思ったのは、88年に放送された「レコード大賞30周年記念」で過去の各賞受賞で流れたVTRを見てですよ、確か。

うん、この曲は、1971年第13回レコード大賞で、「作曲賞」をとったんだよね、確か。 作曲は筒美京平氏ですよ。
ちなみに、筒美氏は、この年、尾崎紀世彦氏の「また逢う日まで」でレコード大賞。南沙織さんの「17才」で新人賞・・・と、レコード大賞の主要3部門受賞と・・・当たり年だったんだよね。

たださ、いまこの曲を聴くと、「え? これ、筒み京平氏?」なんて思うような曲調なんだけどさ。 うん、完全なる「歌謡曲」。
個人的には、70年代後半以降の日本の「キング・オブ・ポップス」といえるような「ポップス」な筒美京平氏しかリアルタイムでは知らないからさ。 この完全なる「歌謡曲」な曲想にはかなり違和感を感じたりしたもんなんだよな。

ただ、メロディライン、特に

♪ 雨がやんだら お別れなのね 二人の想い出 水に流して〜 ♪ っていうAメロの部分。 ココですよね。

普通の「歌謡曲」とは違うところは。

出だしの ♪ 雨がやんだら〜 ♪ っていうメロディラインからして、「うむ、これは違うぞ」っちゅう、とっかかりを感じるけど、 その後の ♪ 二人の想い出〜 ♪ っていう「半音ずつ」上がって行くメロディラインだよなぁ。

この2つのフレーズだけで、「作曲賞」を取ったっていってもいいんじゃない? って言うくらい印象深いんだよな。

兎に角、♪ 二人の想い出〜 ♪って言う部分のメロディラインのグルーヴ感が堪らないんだよな。 なんて言うのかな思わず背中が「ゾクゾクッ」とくるような。。。。 いい意味で。

これと同じように「半音階」をウマく使った曲としては、78年の大橋純子さんの「たそがれマイラブ」なんかもそうなんだけどね。 うん、この曲も同じように、いい意味で背中に「ゾクゾクッ」としたものが走ったもんなぁ。

まあ、最初に書いたように、この「雨がやんだら」の時は、ワタシ的にはまだ物心が付いてなかったんで、意識的な事ではなかったけど、結局は同じような所に引っかかったんだろなぁ。 


ただ、それにしてもやっぱり、歌謡曲なんだよなぁ、この曲は。 一体どこが、ポップスではなく、歌謡曲なのか・・・っちゅうと、やっぱアレンジなんだよね。
「むせび泣く」テナーサックスで始まるイントロ。 これを聴いちゃうと、昨日の「長崎は今日も雨だった」ぢゃないど、いやがおうにも「ムード歌謡」な印象が出てきちゃう訳でさぁ。 バックも、いかにも「ワワワワ〜」なんてコーラスが入りそうな3連ぽいリズムだしね(実際は「ワワワワー」なコーラスは無いけど)

うーん、これは、アレンジャーの森岡賢一郎氏の世界だなぁ〜・・・・と思ってたら。。。。

ありゃりゃ、この曲、アレンジも筒美京平氏なんだ。。。。

うーむ、これにはちょっとビックリ。 筒美氏がこんなモロ「歌謡曲の王道」のようなアレンジをしていたとは。。。

まあ、それだけ、当時のヒット曲界といったら、ムード歌謡な世界観が一番のヒット頭だったってことなんだろうね。筒美氏が常々言ってる事だけど、ヒット曲作家の使命はいかに「ヒット」する曲を書くかだったわけで、自分の趣味嗜好とは違ってますからね。 そう言う意味でも、この手のムード歌謡が、当時のヒットの王道だったってことなんだよね。

ちなみに、この曲の半年前にリリースされた、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」って言う曲も、同じく 作詞 なかにし礼、作曲 筒美京平っていうコンビで書かれてるけど、この曲もモロ歌謡曲だしね。 まあ、ムード歌謡というよりは、少しタイプは違うけど。

まあ、これが昭和45年(1970年)っていう時代だったのかもな。 うん、この「雨がやんだら」は1971年のヒットということになってるけど、リリースは1970年だったしね。
そうなんだよね、リリースからベストテン入りするまで半年もかかってるんですよ、この曲。
ただね昨日の「長崎は今日も雨だった」でも書いたように、この当時は、リリースからベストテンヒットになるまでに時間がかかるって言うのはザラだったわけでさ、逆に言えばベストテン入りするような曲は、ほとんどがロングヒットと言う時代だったんだよね。 まあ、だからそれほど驚くことでもないんだけど、今のヒットパターンを中心に見ると、全く違うからなぁ、違和感は感じるところなんだよね。

この曲をプロデュースしたのが、CBSソニーの酒井政利氏で、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」を聴いて、アダルト路線を思いつき、この曲の誕生となったようですね。

ただ、翌71年リリースの曲になると、ヒットのタイプががらりと変わってくる。そそそ歌謡曲の王道路線から、「ポップス」って言うキーワードが入って来るんだよな。 それによって筒美氏の曲調もガラッと変わってくる。

こんな時代の変化を追いかけるのもヒット曲をクロニクル的に聴く時の面白さだったりするんだけどさ。



↑で、この曲では ♪ワワワワー♪コーラスは使ってなかったけど、・・・ってかいたけど、使ってましたね。。。
スミマセヌ。。。


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赤と黒 / 岩崎良美

1980_02_赤と黒_岩崎良美


今回の1曲セレクトは、「赤と黒」岩崎良美です。

まずはデータです。

・タイトル     赤と黒
・アーティスト   岩崎良美
・作詞       なかにし礼
・作曲       芳野藤丸
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1980年2月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数   11.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 23位

昨日のネットニュースでトシちゃんが11年ぶりに「メジャーレーベル」に復帰というのが出てましたな。
奇しくもデビュー日にあたる6月21日に「ユニバーサル」から新曲リリースとの事。

デビューから37年。未だに第一線で活躍されている様には恐れ入りますわ。 
ここまで長続きしてきた要因、いろいろあると思うけど、トシちゃんの場合は、バラエティに富んだ楽曲性だろうね。1曲ごとに曲調が全く変わる。ここが飽きられない秘訣だと思うんだよね。

まあ、デビュー当時は、「ウタヘタ」ってことで大分揶揄された訳だけども、今から考えれば、それが返って良かったのかもな。 
ウタヘタだったから、曲調にこだわらなくても良かったっていうのもあるだろうし、最初から歌唱力は期待されなかった事でさ、色々な曲にチャレンジ出来た訳なんだよね。

ちなみに、トシちゃんは「花」の1980年デビュー組のエース。

・・ということで、今回は同じ1980年デビュー組のこのヒトの曲を持って来ましょうか。

岩崎良美「赤と黒」

そそそ、岩崎良美さんの「デビュー」曲ですね。 リリースは1980年2月21日。

80年代アイドルゴールデンエイジの幕開けを切った、1980年デビュー組の中でも早いんだよね。 実質トップバッターと言う形だったんだよね。

まあ、それがこのヒトにとっては良かったのか悪かったのか・・・と言う事になる訳だけど、結果的には、あんまり良かったとは言えなかったのかもなぁ。

理由は簡単、このデビュー曲からして「80年代アイドル」らしさを感じられない・・・からなんだよねぇ。

いや、曲自体は決して悪い訳じゃない。歌唱力も、さすがに岩崎宏美の実妹だけあって完璧だし。。。

でも、そこが返ってマイナスだったんだよな。 そんな完璧なアーティスト性から返ってフレッシュをあまり感じられなかったし。。。。

なにより「時代は動いている」・・・と言うところを捉えきれなかった曲調だった所は大きいよね。

作曲は 芳野藤丸氏、アレンジは大谷和夫氏という「SHOGUN」コンビの作品。 ま、初期の3曲まではこのコンビの作品が続くんだけども、そう言うところもあって、完全に「ニューミュージック」にコミットしたような曲調なのよ。 当時、まだ18才にしては大人っぽい曲だったし。
でもさ、ニューミュージックがヒットの中心で、本来の「アイドル」という形は低迷だった、前年79年の状況が続いていれば、それでも良かった。。
・・・・というか、それが正解だったんだよね。 歌える、大人っぽいと言うところに於いてさ。

例えば、79年の新人王であった桑江知子さんにしても、同じような路線だったし。なにせ、あの竹内まりやさんでさえ、79年は「アイドル」でしたからねぇ。

まあ、そう言うところもあって前年からの流れを受け継いだようなこの曲をデビューとして持ってきたんだろうけど。。

ただ、今この曲を聴くと、ちょっと古臭いんだよね。80年代というよりも、完全に70年代の流れをくんだ曲と言う感じで。
 まあ、80年代突入して、2カ月で70年代から80年代へ、突然変異のように転換しろ・・・というのも酷な話ではあるけど。。。

どうなんだろう? もしかすると、この曲がリリースされる時点では、「アイドル」と言うモノ自体、商売にならないと感じていたんでしょうかね?  

売り上げは11万枚と、それでも70年代終盤以降のアイドルのデビュー曲としては上々の滑り出しではあった。いや、ミュージック全盛の当時、アイドルは売れて、ぜいぜいこの位・・・ってことで満足しちゃってたんではないか・・・そんな感じを受けるんだよな。


でもね、その一方で、時代は確実に動いていたんだね。 

1980年4月1日。 この日は、松田聖子さんのデビュー日だけど、正直言って、この日を境に、ヒットチャートの「色合い」がガラッと変わったような印象が強いんだよね。
 長年ヒットチャートを見てくると、「時代の転換点」と感じる時期があるんだけども、その一つは、1980年4月1日を境にした前後の違い。 これは大きく立ちはだかっていると思うなぁ。

結局何が言いたいか・・・というと、岩崎良美さんは、この「時代の転換点」に対応できなかった・・・いや、対応されなかった一人なんじゃないか・・・なんて思うんだよね。

例えば、デビュー日が2月21日という、早めのデビューではなく、4月1日以降、もっと遅いデビューだったらどうだったんだろうとかさ、やっぱり考える事はあるんだよな。
もうちょっとポップ気味な軽い曲を初めから歌ってたんじゃないか・・・とかね。 

まあ、それでも持ち前の歌唱力もあって、最初からポップ系というよりは歌唱力系な曲だったかもしれないけど。。。
やっぱり、このヒトが一番不運だったのは、お姉さんのように歌唱力を持ちながら、ディスコという歌唱系とは相反する組み合わせで、イメージを根本から変えた筒美京平氏のようなかたが居なかったからかもしれないなぁ。

そう、このヒトのイメージを根本から変えるようなブレーンが居なかった事。 そこに尽きるのかもしれない。






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石狩挽歌 / 北原ミレイ

1975_08_石狩挽歌_北原ミレイ


今回の1曲セレクトは、「石狩挽歌」北原ミレイです。

まずはデータです。

・タイトル     石狩挽歌
・アーティスト   北原ミレイ
・作詞       なかにし礼
・作曲       浜圭介
・編曲       馬飼野俊一
・リリース日    1975年6月25日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 70位
・売上げ枚数   4.5万枚

いつもは主に「ベストテン級」の大ヒット曲をセレクトしてきている1曲セレクト。
まあ、無条件でできるだけ多くの方に過去の曲を紹介するには、やっぱり大ヒット曲の方が分かりやすいしって居のが第一だと思うしさ。それに大ヒットしたって事は、それだけたくさんのヒトがその曲を知ってる・・・うんにゃ、今は記憶の外でも、昔は好きだった・・・って曲も多いと思うしね。

でも、時々、「数字上」ではとても大ヒットとは言えないような、完全に陰に隠れた曲を引っ張ってきたくなるんだよな。

今回は、そんな曲をひとつ。

北原ミレイ「石狩挽歌」。

うーむ、きっと知ってる方は知ってる・・・って曲かなぁ。 
でも、恐らく、曲を聴けば、1度は耳にした事があるって方も多いんじゃないのかなぁ。

まあ、一般には単純に「演歌」のジャンル分けされてしまうこの曲なんで、「演歌・歌謡曲」っていうコトバ、文字をみただけで「スルー」してしまう方は、あまりきちんと聴いていなかったかもしれない。

ま、個人的にも、「演歌」ってジャンルの曲をこのんで聴く人じゃないんで、そっち方向の曲にめちゃくちゃ詳しい訳じゃないんだけど、それでも、時々、「引っかかっちゃう」事があるんだよな。

じつは、この曲もそんな曲の一つだったりするんですわ。

この曲がリリースされたのは、1975年6月。今から41年前の今頃の曲ですな。
・・・・と言う事は、ワタシは5才だった訳で・・・。

うーむ流石に、自ら「石狩挽歌」を聴いていたような世代ではないよな。

実はねぇ、この曲、オヤジがどっかからもらってきた、「杉良太郎全集」とかのカセットの中に入ってたんだよな。
そそ、ワタシの場合、オリジナルの北原ミレイさんじゃなくて、杉良太郎氏のカバーの方が先だったんですわ。

当時、うちのオヤジ、車の中でこのカセット、よくかけてたんだ。

ワタシ的に、最初はヤだったんだけどさ、でも、何回も聴かさせているうちに、なんて気になっちゃってねぇ。

ストリングスのトリルから、トランペットの哀愁漂う、あの旋律のイントロからして、まず、やられちゃいましたね。
どうしても耳に残るんですよ。つまり引っかかっちゃうんだよね。

ソーラン節をモチーフにした暗く重たい歌詞、それ歌詞を引き立てるような、ストリングスの対旋律。
否が応でも、絵が浮かんでくるんだよね。

もちろん、当時はPVもMVもない時代な訳だから、絵が浮かんでくる・・・といっても、脳裏に浮かんでくるってことだけど、それでも、この曲独特の世界観ってある訳じゃないですか。

そう言う意味ではもいわいる「はやり歌」と言われる曲の要素は全て揃っているような曲なんだよね。

気がついてみれば、カラオケでこの曲を歌っているワタシが居たりしてね

うん、最近はあんまり歌ってないけど、カラオケボックスが出たての頃は、結構歌ってたなこの曲。

ただ、そう言う曲ではあっても、残念ながら、レコードセールスは行きませんでしたねぇ。
オリコン最高70位だもんね。とても一般的なヒットとは言えない訳で。

結局のところ、曲は良くてもなかなか浮上するきっかけが無かったんだろうね。 
オリジナルの北原ミレイさんも、この曲がリリースされるまで5年近く、いわいるヒットチャートからは遠ざかっていた方でしたし。
 
 当時はネットがあるわけでもないし、テレビの歌番組に出るような超一流の歌手以外は、地道な営業と口コミにより曲を広げていかなくてはいけない時代。
結局は、広がり切れなかった・・・というわけだよね。

この曲が、表に出てきたのは、90年代終盤、この曲の作詞者である、なかにし礼氏が、自分の兄貴の事をつづった私小説「兄弟」のヒットによってと言うところが大きいよね。
その小説から、この曲は、子供の頃の実体験から浮かんだ曲・・・っということをカミングアウトしてからですよね。だから、表に出るまで20数年かかったわけなんだよね。

個人的には、それよりも10数年前には曲自体、知ってた訳なんだけども、ただ、それは、あくまでオヤジ゛持ってたカセットから知った・・って事でさ、偶然なんだよな。

ちなみに、ワタシが中学校に入学して吹奏楽部にはいったのは、この曲のイントロのトランペットを聴いて・・・って言うのが、意外ときっかけだったんだよな。
 だって、かっこいいんだもん。 ワタシもこんなのトランペットで吹けたらなぁ・・・とかさ。

まあ、トランペットって言う希望が破れて、トロンボーン担当になっちゃったんで、その夢は叶わなかったんだけど。。。。






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エメラルドの伝説 / ザ・テンプターズ

1968_07_エメラルドの伝説_ザ・テンプターズ


今回の1曲セレクトは、「エメラルドの伝説」ザ・テンプターズです。

まずはデータでする。

・タイトル    エメラルドの伝説
・アーティスト  ザ・テンプターズ
・作詞      なかにし礼
・作曲      村井邦彦
・編曲      川口真
・リリース日   1968年6月15日
・発売元    ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 46.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年6月24日〜9月9日付

今回の1曲セレクトは、またまた時代を遡り、昭和43年、1968年の今頃の大ヒットを持って来ましょうか。

ザ・テンプターズ「エメラルドの伝説」。

少し前にゴールデンカップスの「長い髪の少女」を書いたんだけども、今一つアクセスが伸びなかったんですよね。
G.Sの中でもカップスは「A級」と呼ばれるG.Sグループではあるし、「長い髪の少女」も有名な曲ではあるけども、こと実際のレコード売り上げとなるとそれほどの大ヒットと呼べる訳じゃなかった訳で、アクセスが伸びないのもしょうがなかったかなぁ・・・とは思うとこがあったんたけどもね。
 今回セレクトしてきた、テンプターズの「エメラルドの伝説」は、レコード売り上げ的にも大ヒットの域に達している曲出し、なにより、オリコンで1位を獲得してますからねぇ。
さすがにもこの曲くらいになるとコアなG.Sファンじゃなくても、みなさんご存知ですよねぇ。

ちなみに、当時「G.Sブーム」と呼ばれていたなかで、オリコン1位を獲得しているグループってさ、このテンプターズの他では、ザ・タイガースしかいないんだよね、実は。
 当時、業界を席巻していた一大ブームだった「G.S」だけども、その割にはオリコン1位を獲得するくらいの超大ヒット曲と言える曲は意外と少ないんだよね。
それだけ当時のオリコン1位は、獲得自体が難しかった訳で、特別な順位だった訳なんですよね。

だからこそ、ザ・タイガースとテンプターズは、G.Sの中でも「東西の雄」と呼ばれるくらい超A級なグループだった訳なんだけどもさ。
 京都出身、西の雄「タイガース」に対して、大宮出身、東の雄「テンプターズ」っていう構図でしたよね。
さらに言えば、タイガースのジュリーこと沢田研二氏に対して、テンプターズの萩原健一氏って言う人気争いって言うの構図でもあったかなぁ。

ただし、オリコンって、この1968年に始まっているんで、例えば、150万枚売れたって言われるブルーコメッツの「ブルーシャトウ」なんかは、ヒットのピーク時は対照外になっているから、あくまでも暫定的な見方なんだけどもさ。

ちなみに個人的な好みから言えば、正直、タイガースよりはテンプターズのかなぁ。 うん、音楽的な好みという点ではね。
 例えば、この曲の前の「神様お願い」なんてさあ、アウトロー的な雰囲気があったじゃん。

よく、タイガースvsテンプターズの構図を、ビートルズvsローリングストーンズになぞる事があるんだけども、その点からしてみれば、個人的にはローリングストーンズなんだよね。

 どちらも「黒っぽい」点が似てるって言うかさあ、やっぱり、なんか「品がある」ダイガースに比べれば、アウトローな方が好きなんだよなぁ。

ただね、この「エメラルドの伝説」については、そんなアウトローな雰囲気からは離れ、どちらかと言えばメルヘンチックな「歌謡曲」寄りになってしまいましたよね。

まあ、当時のウレ線と言うかね、G.S的な「大衆路線」が、この路線だったんだよね。
だからこそオリコン1位を獲得出来んだろうし、テンプターズにとって最大のヒットになったんだろうけどさ。

前曲で見せたようなアウトローな雰囲気は陰を潜め、一転してヨーロッパ系なイメージでしたよね。

そそそ、当時はこのヨーロッパ系っていうのが、一番のトレンドだったんだよね。北欧系とかフレンチポップス的な雰囲気の曲ですね。

 いつかも書いたような気がするんだけども、北欧系とかフレンチポップスって、日本の歌謡曲と相性がいいんだよね。一番相性がいいのは、どちらともメロディ的にも、サウンド的にも喜怒哀楽がはっきりしてるじゃん。
そのメリハリの良さが日本人って好きだからなぁ。
 それと、北欧的なイメージの一種の憧れって日本人にはあるからなぁ。少なくともエスニックなアジアにはないメルヘンの世界を感じるじゃん。
 今でこそネットでもテレビでもヨーロッパ的な風景はすぐ見られる訳で、当時に比べれば全然身近になったと思うけど、60年代当時は、遠い世界でしたからね、今とは比べ物にならないくらいの憧れはあったんだよね。

そんなメルヘンの世界が、この曲でも展開されている訳ですわ。

でも、曲的にも、この曲いいよなぁ・・って感じたりするんだよね。

タイガースには、すぎやまこういちっていう天才コンポーザーがサウンドプロデューサーとして付いていた訳で、だから、音楽的には良かったんたげども、同様にテンプターズには、村井邦彦氏っていう、こちらも天才プロテューサーが付いてましたからねぇ。

 村井氏は、この辺りを起点に、70年代に向かってニューミュージックを展開していくことになる訳で。
もともと、ヒット曲の世界にはニューミュージックをきっかけに入ってきたワタシなんで、だからね、個人的に音楽的には村井氏の音楽の方が、すぎやま氏よりは、馴染みが深いし、好きなんだよなぁ。

タイガースより、テンプターズの方がしっくりくる・・・っていうのは、その辺りも大きいかもしれないな。

それと、この曲のアレンジャーは川口真氏。 川口氏が作曲・編曲の時には、ベースラインを聴け・・って言うけど、この曲のベースラインも然りですねぇ。

Bメロの ♪ 遠い日の 君の幻を〜 ♪ の部分のシェイク気味に細かく動くベースライン、サビの ♪ あいたい 君に会いたい〜 ♪ の高音でのシンコペーションなベースラインは、流石に川口氏だよな・・・なんて感じ入っちゃたりね。

そんな音楽的にも面白い1曲だな・・・と感じてしまう、テンプターズの最大ヒット曲だったりするんだよね。






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花の首飾り / ザ・タイガース

1968_05_花の首飾り_ザ・タイガース








今回の1曲セレクトは「花の首飾り」ザ・タイガースです。

まずはデータです。

・タイトル    花の首飾り
・アーティスト  ザ・タイガース
・作詞      菅原房子
・補作詞     なかにし礼
・作曲      すぎやまこういち
・編曲      すぎやまこういち
・リリース日   1968年3月15日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 67.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年4月8日~7月8日付

G.Sの曲についても書きたい・・・なんて前々から書いてたりするんだけど、これまでなかなか足を踏み入れられなかったんだよな。
個人的にヒット期間とかリリース日が曖昧な曲があったりしてちょっと躊躇してた部分と、悔しいけど、自分がリアルタイムで経験してこなかった時代なんでどうしても腰が遠のいてしまっていた部分とがあったりするからかなぁ。
 そそそ、G.Sの曲って、自分の中では「後付」な曲が多いからねぇ。やっぱりリアルタイムで聴いてきた曲の方が筆が進みやすい訳でね。

今回セレクトしてきた曲、ザ・タイガースの「花の首飾り」。

言わずと知れた、タイガースの中で最もヒットし、売り上げ枚数も多かった曲な訳で、ほとんどの方は曲をご存じだと思いますが、この曲も、個人的には「後付け」に聴いた曲なんだよなぁ。
 1968年のヒットだからねぇ、ワタクシは「-1」才。 そそそ、まだ生まれてなかった訳ですよ~。生まれる1年前の話ですね。だからし、リアルタイムで経験したくても経験できないわけですよ~。

でも、この時代を経験できなかった・・・っていうのは、個人的には、ちょっと悔しいんだよなぁ。
昭和元禄っていうコトバが広まり、70年安保に向けて良しにつけ、悪しにつけ、世の中がグラグラと沸き立っていた時代。「後付け」世代にとっては、なんかワクワクしちゃうんですよね。
音楽業界では、66年頃から火がついてきた「G.S」がブームの頂点になった年ですね。

そんな「G.S」ブームも頂点を迎える中、この「花の首飾り」がリリースされた訳なんですよね。
売り上げ枚数67.6万枚は、タイガースの中でも最高売り上げを記録した訳でさ。

え? そんなもんなの? なんて思われるかもしれないけど、そんなもんだった訳です。
何分、時代が時代だった訳でさ、まだレコードプレイヤー持っていた人は限られていた訳でさ、しかも、タイガースといったら、今のジャニーズ以上のアイドルだったわけじゃん。
 アイドルなだけにファンの中心は低年齢層な訳でさ、余計レコードプレイヤーを持っていたヒトなんて限られていたに違いないですよね。
 そんな中での67万枚と、当時からいえばかなり売れた曲と言えるんだよね。
現に、オリコンのチャートアクションで言えば、当然のごとく最高1位を獲得。しかも4/15~5/27付まで、7週連続でロングラン1位獲得。ベストテン内には3ヵ月間ランクインと、G.Sの中でも段違いなヒット傾向を見せていたりする。だからこそ、G.Sの雄とも言えたタイガースな訳だけどさ。

ま、とは言っても、オリコン自体は、この年1968年からスタートした訳なんで、前年までの曲については「未調査」なんだけどさ。
 だから、G.Sの中で一番売れたと言われる、ブルーコメッツ「ブルー・シャトウ」の正式な売り上げ枚数も分からないんですけどね。

それでも、オリコン開始以降では、この曲が、G.Sの中では段違いな売り上げを見せていた事は間違いない訳なんですよね。

それじゃ曲の方は・・・昔はさあ、個人的には好きだったんだよね。
でも、今聴くと、なんか違うんだよなぁ。決してキライになった訳ではないんだけど、どこか違和感を感じるんですよ。

それは、やっぱり、曲自体が歌謡曲に近いからなんだろうね、きっと。 グループサウンズと言っても守備範囲はめちゃくちゃ広い訳で、それぞれのグループの個性によって、歌謡曲系、ロック系、ポップス系、演歌系・・・とかなりはっきりとマトリックス区分けが出来るんだけどさ。
 個人的には、最近では、この後70年代のはっぴいえんどに続く、ニューロック系的なG.Sに興味がシフトしちゃったからさあ。
 歌謡ポップス系のG.Sはちょっと違うな・・・なんて最近は思えるようになっちゃったんだよね。だから、、このタイガースとか、同68年ではオックスとかさあ、歌謡ポップス系なG.Sのサウンドはちょっと違うんだよなぁ・・・なんて思っちゃったりするんだよね。
 同じ、歌謡ポップス系でも、タイガースと人気を二分した、テンプターズは良いんですよ。品行方正なタイガースより、ちょっとヒネテルようなところや、なにより音が黒っぽいところが、よりロックを感じるしね。

それから見ると、特にこの曲なんかは、より「アイドル」を感じちゃったりするんだよなぁ。 まあ、楽器をやりながら歌っている訳で、G.Sなんだけどさ、本質的にはアイドル。
 その後、70年代のレイジー、80年代のチェッカーズ、C-C-Bと続く系譜だよね。
昔は、この手のサウンドが一番安心できたんだけどねぇ、最近は。。。。

でも、この手の、よりアイドルに近い音楽の方が、売り上げ的には一番売れてる訳でさ。そう言う意味では、今も昔も日本人ってアイドル好きなんだよね・・・なんて言うのが分かりますねぇ。






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哀愁のシンフォニー / キャンディーズ

1976_12_哀愁のシンフォニー_キャンディーズs






今回の1曲セレクトは、「哀愁のシンフォニー」キャンディーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    哀愁のシンフォニー
・アーティスト  キャンディーズ
・作詞      なかにし礼
・作曲      三木たかし
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1976年11月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数   22.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

 ひっさしぶりにキャンディーズをセレクトしてきました。うーん、いつ以来だろう?
もう主要な曲は大分書いたような気もするんだけど、まだ、書いてなかった曲もあったんだよね。

今回は、その中の1曲。

「哀愁のシンフォニー」

でもさ、この曲が、オリコンでベストテン入りしてなかったんて、ちょっとショックだわぁ。
時々、今でも有名な曲が、思ったより意外と売れてないことってあるんだけど、この曲もそんな曲の1曲かなぁ。

 この曲は76年リリース、・・・ということは、私は小学1年だったわけだけど、この曲、当時から知ってたんもんねぇ。

 まだ、まともにヒット曲に接してなかった頃、知ってたぐらいだから、ベストテン入りしててもしかり・・・と思ってたんだけどねぇ。


あ、逆に、この曲の前々曲の「夏が来た!」なんてぇ、当時、知らなかったぞよ。でも、オリコンでは5位まで行ってたりして。。。あせあせ

 なかなか、当時の記憶と実際とでは、ギャップがあったりするんだよねぇ。

 ちなみに、この曲のTOP100入りは18週。なぜか、「春一番」の16週よりも長かったりして。。。あせあせ 
 うん、爆発的には売れなかったけど、地道に売れた曲の典型ですね。

 で、もって、キャンディーズで一番、長くTOP100入りしてたのは「わな」の23週。あの「微笑がえし」が22週で、それより1週長かったりするんだよね。
 その辺のチャートの「アヤ」っていうのも、面白いわなぁ。。


 この曲、記憶にあったのは、やっぱ、曲のインパクトのせいじゃなかったかなぁ。
 キャンディーズが大人っぽさをイメージした最初の曲じゃないかしら?
 それまでの穂口雄右氏のポップなイメージから、詞 なかにし礼、曲 三木たかし っていう、歌謡曲の王道路線を持ってきたってところからも、大人っぽさを演出したかったんじゃないかなぁ・・・って言うのが分りますよね。

 特にサビの

 ♪ こっちをむいて 涙をふいて あなたのこと 愛せるかしら 何となく、コ・ワ・イ〜 ♪

 って、あの一文のところは、一度聴いたら耳から離れないインパクトがあるよねぇ。

 それと、ユニゾンが、あっても、2音のコーラスが多かったキャンディーズで、三人バラバラのフレーズが出てくるのも印象的

 ♪ ワタシの 胸の奥の 湖に あなたは〜 ♪

 からのBメロの部分ね。

 あ、いやいや、イントロの ♪ ダバダー 〜 ♪の部分から3音のコーラスになってたか。。。

 これらに絡まってくる、馬飼野康二氏らしい、大げさなオーケストレーションが、また、曲を印象的に盛り上げてくれるんだよね。
 ま、タイトルに「シンフォニー」って付いてるくらいだからね、この位の大げさなオーケストレーションで丁度いいかなとも思うんだけど。

 なんつぅのかな、この季節、木枯らしが舞っている様な印象的なオーケストレーションで・・・。
 これが、また、一度聴いたら、なかなか耳から離れないような見事さで。。。

 いや、まてよぉ・・・今、聴くと、あの頃のキャンディーズって都会っぽい曲が少ないんだ。

 どっちかと言うと、田舎の風景の中の・・・って曲が多いんだよね。「春一番」なんて、もろそうじゃん。

 この「哀愁のシンフォニー」もどっちかというと、都会の喧騒の・・というより、郊外の木枯らしで枯葉が舞っている風景・・・が似合うような曲想だもんね。

 そういう意味では、当時、福島の田舎に居た、ワタシにとっては、身近に感じる印象が強かったのかもしれないなぁ・・・。

 その辺が、都会的な「ピンクレディー」との差だったのかもしれないわ。


 それにしても、「全キャン連」なんて、全国組織のファンクラブを持ってたのって、キャンディーズが最初なんだよね。
 今でこそ、ファンクラブって言ったら全国規模が当たり前だけどさ。

 でも、結束は非常に硬くて、「ザ・ベストテン」で、解散後、一度2位に落ちた「微笑がえし」を、我々の手でもう一度「ベストテン」の1位を取らせようってことで一致団結、次の週、再度1位を獲得させたっていうのは、有名な話だよね。

 まあ、こういう組織が、その後の「親衛隊」に繋がっていくんだけど、キャンディーズの場合、ファン層に「大学生」が多かったので、後の80年代アイドルの親衛隊のような「ヤンキー」な兄ちゃんが少なかったのも、印象的かな。
 だから、何か、キャンディーズっていうと、クリーンなイメージがあるんだよなぁ。個人的には。

 だから、個人的にも好きだったのかも。。。

サンタマリアの祈り / 西城秀樹

1980_11_サンタマリアの祈り_西城秀樹






今回の1曲セレクトは、「サンタマリアの祈り」西城秀樹です。

まずはデータです。

・タイトル    サンタマリアの祈り
・アーティスト  西城秀樹
・作詞      なかにし礼
・作曲      川口真
・編曲      服部克久
・リリース日   1980年10月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   11.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

 昔は、今ごろになると、大体の有力アーティストは、いわいる「賞レース」とか「紅白」を見据えたような曲をリリースしてくるのが定番だったんだよね。
 特に70年代〜80年代初頭にかけては、一番顕著だったんじゃないかなぁ。 まあ、そのまんま「歌謡曲黄金期」と言えるんだけど、やっぱ「賞レース」ってもの自体、「歌謡曲」の総決算的イベントだったしな。

 まあ、そう考えると、今、すでに賞レースが「廃れて」しまったのも納得いくって感じかな。今は既に歌謡曲の時代じゃないからさあ。


 で、そんな賞レースで見栄えするのが、やっぱエンターテイメント性の高い曲よ。いわいる勝負曲っていうのかなぁ、曲のグレードが高い曲をリリースしてくるような傾向があったよね。

 さてさて、今日の1曲セレクトもそんな「賞レース」を見据えたような曲を引っ張ってきますか。

 西城秀樹の「サンタマリアの祈り」

 まあ、タイトルからして、すごいんだけどさふらふら いわいるヨーロッパ系だよね。そのなかでも極めつけのカンツォーネ風の絶叫型ですわ。
 西城秀樹って、それまでも「愛の十字架」「白い教会」と教会を舞台にした曲を歌ってきてたけど、この曲は、それに続く教会をモチーフにした曲。
 
 たしかに、曲を聴く限り、完全にそれっぽい曲なんですわ。 まあ、コレ以前から、この季節になると、後半絶叫型のヨーロッパ系ミディアムバラード系の曲を歌ってきた西城秀樹だったけど、ことに、この曲は気合入りまくりな曲だったようなきがするな。

 ただ、あんまりにも気合が入りまくりだったのが、仇となったか、この曲、あんまり売れなかったのよねぇ。
 オリコンではベストテン入りもできなかったし、売り上げ枚数11万枚と、ギリギリ10万枚を越えた程度と、長く第一線を張ってきた、西城秀樹にとっても、当時の最低ラインの売上げに留まっていたりする。

 だからですかねぇ、今となっては、印象に薄い曲だろうな、一般の方たちにとっては。

 うん、まあ、それだけ気合が入った曲だったんで、たしかに、賞レースとか、紅白などのフォーマルな舞台では、見ごたえが充分にあった、この曲だけど、普段、聴く分にはちょっと、気恥ずかしいよな・・・って感じで、お客さんも引いちゃったんだろうねぇ。

 まあ、その辺の按配は難しいところだけどさぁ。せめて、この前の年の「勇気があれば」くらいの気合の入り方が丁度いいのかもしれないけどねぇ。。。



毎度「夜のヒットスタジオ」から。

 いやいや、これが、また、スゴイ気合の入り方をしてたりするのよ。大熱唱よ。しかも、フルサイズだったりして。。
 なんせ、テレビでフルサイズなのは、夜ヒットだけでしたからねぇ。

 だけど、当時、あんまり売れなかった曲だけど、YOU TUBEから見ると、この曲にたいしてのコメントが結構、多いんですわ。

 うーん、やっぱ、今は、こういう「大熱唱」な曲って少ないからねぇ。まあ、ここまで熱唱できるアーティストもいなくなったけど。
 いや、だからこそ、新鮮なんだろうね、今にしてみれば。


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あなた色のマノン / 岩崎良美

1980_10_あなた色のマノン_岩崎良美






今日の1曲セレクトは、「あなた色のマノン」岩崎良美です。

 まずはデータです。

・タイトル    あなた色のマノン
・アーティスト  岩崎良美
・作詞      なかにし礼
・作曲      芳野藤丸
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1980年8月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 22位
・売上げ枚数   11.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 久々に岩崎良美さんの曲ですわ。

「あなた色のマノン」。

 この曲は、1980年8月リリースのデビュー第3弾シングルなんだけど、どうも、個人的なイメージは、もっと秋が深まってきた頃の・・・っていうところが、あるんだけどねぇ。実際は、今ごろのヒットなんだよね。

 そそそ、当時は、秋に入ると、各局音楽祭のシーズンだったじゃん。そんな各音楽祭で聴いた記憶が強いのよ、この曲。だいたい、12月のレコード大賞まで続くじゃん。

 もちろん、当時、岩崎良美も出てましたよ。各音楽祭の新人賞に。。

 まあ、激動の80年の新人賞レースってことで、大体は、田原俊彦と、松田聖子が持っていきましたけど、最優秀新人賞は。。
 岩崎良美は、いつも「次点」だったんだよね。

 で、そんなとき歌ってたのが、いつも、この曲だったなぁ。

 うん、だから、なんかさ、いつの間にか、この曲、覚えてたし、だからか、どうも、この曲を聴くと、「音楽祭」っていうイメージが出てきちゃったりして。。あせあせ


 ただ、岩崎良美の曲としては、この前の「涼風」とか「赤と黒」に比べたら、聴きやすくなったかな・・・っていうイメージはあったな。


 特にサビの

 ♪ワタシはマノン マノンレスコー 恋するために生まれた天使〜 ♪

ってところ。

 まあ、この辺は、さすがに、なかにし礼氏だよね。なかなか書けないと思うわ、堂々としてて、かつ、聴いた瞬間に絵が浮かんできちゃうような。。

 つまりさ、詩の世界に自然と引き込まれていくんだよねぇ。

 その辺は、良かったと思うな。

 ただ、曲がねぇ〜、それに比べたら弱いんんだよなぁ・・・。

 サビの部分はいいのよ、それなりにキャッチーだし。。。 ただ、Aメロの出だしの部分がなぁ・・・。

 ♪ 足をくじいたフリをしたら〜 ♪ の部分・・。

 どうも、ここが、そのあとと繋がっていかないんだよね。そのぶん、なんとなく、食いつきが悪い・・・っちゅうか、いまひとつ、のめりこめない・・・ってなっちゃってんだよなぁ。

 やっぱ、その点、松田聖子「青い珊瑚礁」とかに比べたら、インパクトの点で欠けるよなぁ・・・と。

 その辺が、ストレートに売上げにも響いてきてたりして。。。 その辺はシヴィアだからねぇ、お客さんは。


うーむ、時期が悪かったのかYOU TUBEには適当な動画がないな。以前はあったんだけどね。
しょうがないんで、他の動画サイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xcm5ni_%E5%B2%A9%E5%B4%8E%E8%89%AF%E7%BE%8E-%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E8%89%B2%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%83%8E%E3%83%B3_music



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いとしのジザベル / ザ・ゴールデンカップス

1967_06_いとしのジザベル_ザ・ゴールデンカップス







今回の1曲セレクトは、「いとしのジザベル」ザ・ゴールデン・カップスです。

 まずはデータです。

・タイトル    いとしのジザベル
・アーティスト  ザ・ゴールデン・カップス
・作詞      なかにし礼
・作曲      鈴木邦彦
・編曲      鈴木邦彦
・リリース日   1967年6月15日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 まだ創立してません。。。
・売上げ枚数   ? 枚


 今回の1曲セレクトは、一足飛びに時代を駆け上がりますぞ。
 「1曲セレクト」を書き始めて、初めてのオリコン創設前の曲だったりして・・・。

 ザ・ゴールデン・カップス 「いとしのジザベル」

・・・と書いて、果たして、どのくらいの方が「おお〜」と言ってくるかどうか、ちょっと不安。
うん、それも承知で書いていきますね。

 実際、初めは、ワタシと同年代の友達が多いmixiに書いたんで、この曲、どのくらいのヒトが知ってるかどうか不安だったんだけど、年代の境が無い、こちらのブログでは、ご存じの方は多いですよね。


 いや、もちろん、ワタシもタイムリーで聴いてたわけじゃないっすよ。1967年の曲でしょ。。。何分、まだ、生まれてないし。。。ふらふら

 この曲の存在を知ったのは、1980年代も後半の頃ですね。今まで何回か書いたけど、1986年〜1987年にかけて、一時期「ネオGS」っていうG.S回帰の兆しがあったんですよ。

 三多摩地区から火が付いた・・・って言われてるけど、それが新宿あたりに飛び火してたんだよね。

 丁度、テレビでも「テレビ探偵団」とか、「ナツカシ」モノが流行りだしてた頃で、丁度、ワタシも、時代を遡って、ヒット曲を掘り返してたことと一致して、GSモノの音源を物色してて、この曲に当たったんだよね、

 ちなみに、1987年に、とんねるず が「大きなお世話サマー」ってGSっぽい曲をリリースしてるけど、これは、この時の「ネオGS」ブームの影響なのよ。全くのぽっと出の曲ではないんだよね。その辺はあざとい、秋元康氏。。。あせあせ ・・・あ、ちがった・・・アルフィーの高見沢氏だ・・・。


 ところで、この「いとしのジザベル」を初めて聴いた時は、いい意味でショックだったねぇ・・・。
 タイトルがちょっと、こっぱずかしいけど・・・。いやいや、60年代は、これも「いかして」たんだよね。

 問題は、曲の中身ですわ。 いま聴くと、うわー、もろ「ガレージ」な入りなんだけどね。リバーブをいっぱい効かせた、スローな流れで・・・。典型的なGSな雰囲気の曲。


 BUT、Bメロ冒頭で、ドライブの効いたドラムスネアが入り、いきなりテンポアップになる、展開がドラマティック。
 プラスのメロディのウラでの、ディストーションの効いたエレキが刺激的・・・。
 ・・・というか、その前に、この時代、早くも、ディストーションペダルを使ってるあたりが、さすがにゴールデンカップスだよなって感じだよね。

 GSって、元々は、ビートルズorベンチャーズから派生したところが大きいから、バードロック系な音は、通常は使わない・・・っていうのが一般的だったんだよね。

 でも、ゴールデンカップスの出現によって、より「ロック」に近い音も出現してきて、GSの幅がより大きくさせてることに成功している。

 まあ、その辺から、日本のロックの起源は「ゴールデンカップス」から・・・っていわれる所以なんだけどね。
 (ヒトによっては、「はっぴいえんど」が日本のロックの起源ってなるヒトもいるけど、この辺は解釈の違いだね)

 とにかく、個人的には、ガーンと頭を打たれたような衝撃をうけた1曲ですねぇ。

 それから、カップス、かっちょいいなぁ・・・と、いろいろと追いかけるようになったんですよね。
10年前に上映された、「ザ・ゴールデンカップス・ワンモアタイム」も見ちゃったしね。

 兎に角、ワイルドな「不良性」がよい。

今の時代、音楽業界も品行方正になり、昔のようなモノホンの「不良」っていうバンドって、少なくなったよね。
でも、カップスは、やばい匂いがプンプンするじゃん。実際、その周辺も、かなりヤンチャなボーイズ&ガールズが集まっていた様だしさ。
 今の時代には無い、キケンな匂いっていうのかなぁ。なにか、そう言うのに憧れるんだよなぁ。個人的にも、幼少期の頃は、それに近い匂いがする周辺に居たんで。

蛇足だけど・・・・、作詞 なかにし礼  作曲 鈴木邦彦 って書くのなんとなく、恥ずかしいねぇ・・・。
 ワタシが出た、某S高校の校歌の作詞、作曲者のコンビなんですよねぇふらふらふらふら

 えー、そんなに有名なヒトが作ってんの? なんて、いわれそうだけど、そうなんですわ。。。
(ちなみに、なかにし礼氏の長男も卒業生だったな・・たしか・・・後輩になるんか。。)

 ちなみにちなみに、こんな風な「ヒット曲」な校歌ぢゃないっすよん。ふらふらふらふら  普通の校歌です。。。





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