かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1970年代ヒット曲

わたしの城下町 / 小柳ルミ子

1971_07_わたしの城下町_小柳ルミ子


今回の1曲セレクトは「わたしの城下町」小柳ルミ子です。

まずはデータです。

・タイトル    わたしの城下町
・アーティスト  小柳ルミ子
・作詞      安井かずみ
・作曲      平尾昌晃
・編曲      森岡賢一郎
・リリース日   1971年4月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  134.3万枚
ベストテンランクイン期間:1971年6月28日〜11月15日付

 ネットニュースでも話題になっていますが、作曲家の平尾昌晃氏が死去されたとのこと。
70年代を中心に数々のヒット曲を飛ばしたし、ゆえに、昭和を代表する大作曲家一人と言う事は間違いない訳で。作曲家別の売り上げを見ると、最も売り上げが高かったのは1974年で、この年の作家別売り上げランキングは、巨人・筒美京平氏の4連覇を阻止すべく、売り上げ1位を記録してたりする。

今回の1曲セレクトは、そんな平尾昌晃氏追悼と言う意味も込めて、セレクトすべきだよな・・・って言う思いが真っ先に頭を駆け巡りーの、本当は90年代の曲を持ってこようと思ってたんだけど、急遽変更・・・。

たださ、正直言うと平尾昌晃氏っていうと、個人的には「一世代前」の作曲家って言うイメージもあるんだよね。
まあ、リアルタイムとして自身と畑中葉子さんのデュエット「カナダからの手紙」があるけど、これは「冬」のヒットだしさ。

それに、筒美京平氏のような完全ポップス系というよりも、少々「和」のテイストがかった「歌謡曲」が多かったからさあ、完全な好みとはちょっとズレでるな・・・って言う思いもある。。
なので、意外と平尾氏の曲って個人的な持ち音源が少ないんだよね。

だからさあ、どの曲にすべーかな・・・と迷ったんだけど。。。

こういうときは、やっぱ直球勝負だよね・・・・。 とセレクトしてきた曲がこの曲。


小柳ルミ子「わたしの城下町」

うわっち、めちゃくちゃ「有名な曲」。 でもさグッドタイミングというか、46年前のちょうど「今頃」、オリコンで1位を獲得、これは書き頃だわ・・・と言うことで、持って来ました。。。。

 まあねぇ、ここまで大ヒットな曲となるとセレクトとは言わないだろうし、だから普通の「セレクター」な方は持ってこないだろうけどさぁ。うむ、セレクターとして恥ずかしいもんな。

But、ワタクシは持って来ますよー。

って言うくらい、誰でも知ってる曲だし、現に売り上げ130万枚強っていうミリオンセラーだもんね。
オリコンでは1971年7月26日〜10月11日付まで12週連続1位なんていう超ロングセラーだったりしてさ。
しかも、これが小柳ルミ子さんの「デビュー曲」だって言うんだからビックリだぁ。

ちなみに、デビュー曲としていきなりのミリオンセラー、ヤマハポプコン系などいわいる「一発屋」と世間で言われる、単発ヒットの方々には他にも居たりするんだけども、その他多数ヒットを持ちしかも長年第一線で活躍してるアーティストとすると、この後、81年のまっち先生の「スニーカーぶる〜す」まで無かったんじゃないかなぁ。

それだけ「スゴイ」ことなんだよね、デビュー曲ミリオンセラーっていうことは。

後に、天地真理さん、南沙織さんとともに「3人娘」として、70年代アイドルのトップバッターを切った小柳ルミ子さんだけど、こと売り上げ枚数だけを見ると、他の2人の比じゃなかったんだよね。

先日天地真理さんの「ひとりじゃないの」の時、70年代アイドルの売り上げは「50万枚」が壁って書いたんだけども、小柳ルミ子さんには、そんな壁なんて心配は全く無用だったわけよ。

その最大の要因は、やっぱ「曲調」なんだろうなぁ。うん「和」テイストの歌謡曲だったって事が良かったのよ。

・・・なんて書くと、80年代以降の「ポップス・ロック」優勢なヒット曲を聴いてきたワタシらの世代には信じられないけどさあ、結局、70年代、特に70年代前半っていうのは「歌謡曲」が絶対的な人気を持っていたって事。

結局さ、ポップス系を支持していたのは当時のティーンエイジャー。 それに対して、それ以上の世代は「歌謡曲」だったってことなんだよね。
 言うまでも無く、当時の歌謡曲の支持は、人口比として圧倒的だった訳さ。

だから歌謡曲路線でひとたび火が付けば、ミリオンセラーもいとわない「超大ヒット」になり得たって事なんですわな。
ま、これは、例えば、72年のぴんからトリオの「女のみち」が300万枚セールスとか、殿さまキングスの「おんなの操」が200万枚近いセールスだったとかを見ても分かる事なんだけどさ。

そんなこともありーの、この「わたしの城下町」がミリオンセラーとなったっていうのも、当時のヒット曲界の「趨勢」をみれば、ある意味では必至だったのかもしれないんだよな。
逆を言うと、この曲のミリオンヒット曲をきっかけに、「歌謡曲」のメガヒットの拡大が加速したとも言えるかもしれないけどさ。

まあ、それだけじゃなく、当時の「ワタナベプロ」の力が巨大だったとも言えるんだけどさ。
元ワタナベプロの「番頭」格だった松下治夫氏の「芸能王国渡辺プロの真実」によると、兎に角、小柳ルミ子さんは、ナベプロ総帥の渡辺晋氏の「お気に入り」だったとのこと。

そんな小柳さんのデビュー曲ということは、力の入れようもハンパじゃなかったと思うしさ。
アイドルというカテゴリーに入れながら、ポップスではなく「和テイスト」の歌謡曲路線だったのは、そんな渡辺晋氏の思い入れの部分が相当強かったからなんだよね。

そんなデビュー曲な訳だから、まあ売れないわけがない・・っていうのも確かにある。
なんせ、当時の渡辺プロの力があまりにも巨大だったため、この曲の翌年に日テレの「スター誕生」が生まれたっていうくらいだからさ。

ただし、等の小柳ルミさん本人は、この曲のような「歌謡曲路線」には抵抗があったよう。
なにせ当時19才のティーンエイジャーだったわけで、歌謡曲よりもポップスだよな・・・とも思うし、なにより宝塚音楽学校出身という経歴からして、もっと華やかなミュージカル風の曲が歌いたかったとのこと。

ま、そこは、巨人・渡辺晋氏のまえでは口が裂けても言えなかった訳でさ・・・。
後年、派手派手な路線に行ってしまったのは、この当時からのうっぷん晴らしもあったようですね。


ちなみに、当時、小柳ルミさんはワーナーパイオニア所属。
外資のワーナーが、なぜにこんなあからさまな歌謡曲路線? っていうのもちょっと不思議だったんだけどさ、ま、それは日本法人設立の際、渡辺プロが出資したからなんだわな。
ま、それは、ナベプロ「自身」のレーベル「SMS」が設立するまで続く訳だけど、当時のワーナーパイオニアが「歌謡曲」色が強かったのは、当初のそんな所からの「文化」が引き継がれていったんだろうね。



ウーム、ながながとした文章をかいたけど、この曲の「説明」は、この動画を見てもらうだけで十分かも。。。。


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わかって下さい / 因幡晃

  1976_07_わかって下さい_因幡晃


今回の1曲セレクトは、「わかって下さい」因幡晃です。

まずはデータです。

・タイトル      わかって下さい
・アーティスト    因幡晃
・作詞         因幡晃
・作曲         因幡晃
・編曲         クニ河内
・リリース日    1976年2月5日
・発売元       ディスコメイト
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   65.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月5日〜8月2日付

ちょっと前まではロングヒットが出ない出ない・・・もう、そう言うヒットは永遠に出ないんじゃないか・・・なんて感じていたヒットチャートだけど、昨年あたりから、また昔ながらのロングヒットっていうのが、ぽつぽつと見られるようになってきましたわな。
まあ今年・・・というか、昨年後半からだけど、件の星野源「恋」が、異例のロングヒットを記録したりしたしな。

チャートマニアとしても面白くなってきましたわ。チャートアクションを見るにしても。

昔は・・というと、それこそロングヒットの宝庫だったわけで・・・。というか、チャートの上位に来る曲っていうのは、そう言う曲が多かったんだよね。 今と比べ物にならないくらい、1ランクの重みって言うのは違ったからさあ。

まあ、そう言うロングヒットっていうのは、今でも記憶に残ってている曲って言うのが多いんだけど、中には、「そうだったっけなぁ〜」と思える意外な曲がロングヒットだったこともあるんだよね。

今回はそんな曲をセレクトしてきましたぞ。

因幡晃 「わかって下さい」。

いやいや、個人的に言えばやっと持ってこれましたわ。この曲。 前々から書こう書こうと思ってなかなかこっぱってこれなかった曲。 まあ、なんとなしに通り過ぎてきたって事もあるし、書こうと思ってなかなか腰が上がらなかったこともあるし・・・。 

サウンドを語る前に兎に角、この曲で印象的だったのは、チャートアクションなんだよね。 トータルなレコード売り上げ、大ヒットにはなっているものの、それほど派手な売り上げがあった訳じゃない。
 でも、76年の自分のランキングを作っている時、その地味ながらも、めちゃくちゃ粘りのあるチャートアクションは驚きだったんだよな。落ちそうで落ちない。
まるで、昨年から今年にかけての星野源「恋」と似たようなチャートアクションだったのよ。 結局ベストテン内には丸4ヶ月チャートインしてたしな。

だからね、リリース日こそ冬なんだけども、夏になっていた今頃でも、まだベストテン内に留まっていたからねぇ。

冬の曲が、夏にまだヒットしているって言うのも結構異例だったし、 実際、夏に聴く冬の曲っていうのも、かなり違和感を感じたりするんだけどさ。


個人的にはね、この曲好きなんですよ。 

1976年の冬の日にリリースされたこの曲は、リリース時期からも分かるように、もろ冬枯れした重い曲。 それでもメロディアスな曲調は如何にも、ポプコン出身だよな・・一聴してわかる。 そして一度聴いたら耳から離れない。

そこからして個人的に好きな世界なんだけどさ。

なかなか書けなかったっていうのは、楽曲自体は好きなんだけども、肝心の音源を持っていなかったって言うところが大きかったかもしれない。

もちろん、この曲がヒットした76年って言う頃は、個人的にはまだヒット曲の世界に足を踏みいれてなかったわけで、だからリアルタイムで聴いては無かった・・・と思うんだけどねぇ。。。

この曲を意識的に聴いたのは、ヒットしてから随分経ってからだと思う。 たしか「ノエビア」化粧品のCMかなんかで使われましたよね。
その時聴いた印象が、かなり衝撃的だったんだよなぁ。一体誰の曲なんだろう? なんてすぐに思いーの、探し始めたのがきっかけだったと思う。

ただね、その時聴いた時も、すぐに時代は感じましたけどね。 これは、70年代の曲だってことが・・・・。

不思議なもんで、それぞれの曲には匂いがある訳なんだよね。各時代時代の匂いって奴が・・・・。

この曲からもやっぱり76年当時の匂いが感じるのよ。 初めて聴くのにあの頃の絵が浮かんでくる。 まあ、いつも書いてる表現だけど、だから音楽って不思議なんだよね。 永遠のノスタルジーなんだよね。だから音楽からは離れられないんだろうなぁ。

兎に角、個人的に言うと、この時代の「音」っていうのが強烈に懐かしいんだよな。 まだヒット曲をちゃんと聴いてなかったのにさ。 とはいえ、テレビから、そして、オヤジの車のカーステからたえず音楽は流れてたからさあ、無意識のうちに体に取り込まれていただろうな。 音と一緒に当時の空気感とかさあ。 

だからね、この当時の「音」を聴くと、無性に懐かしさを感じたりするんだろうなぁ。


ところでさ、この曲は、↑でも書いてるように、兎も角、冬枯れ色の重たい1曲だけど、イントロがめちゃくちゃ印象的なんだよな。
 荘厳なパイプオルガンで始まるイントロはまるでレクイエムを思わせるんですよ。個人的にはこういうドラマティックなサウンドって大好きだしさ。
 
まずもって絵が浮かんでくるんだよね。重苦しい灰色の世界観に、一筋の光がさしているような絵が浮かんでくる。そう、単なる音楽って言う枠じゃないんだよね。とても映像的であり 視覚的。 さこがこの曲の良さだと思うんだよな。

ちなみに、この年はパイプオルガンをフィーチャーしたドラマティックなイントロの曲がもう1曲ある。 そそそ、ユーミンの「翳りゆく部屋」ですわな。 あの曲も同じように映像的な曲だしね。

そう言う曲たちが同じ時期にヒットしてたっていうのところが、もしかしたら76年のヒット曲の特徴だったかもしれない。

いずれにしても、日本の音楽の進歩を感じたりする1年ではあったんだよな。




件のニューミュージック・スペシャルの時の映像だと思うんだけど、個人的に、この曲と言うと、この時の映像が浮かんでくるんだよな。
まあ、今聴くとギターのチューニングが気になったりするけどさ。。

ちなみに、こっちの動画は音がめちゃくちゃいいです。

https://www.youtube.com/watch?v=XPBtH1szqoo


最近でも、ステージでこの曲を歌い続けている因幡氏だけど、昨今ではすっかり歌い方を崩しちゃってて、ヒット当時の面影が薄くなっちゃいましたね。
 やっぱ、この当時のオリジナルの歌い方が一番、心に刺さりますな、この曲は。



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ひとりじゃないの / 天地真理

1972_07_ひとりじゃないの_天地真理


今回の1曲セレクトは、「ひとりじゃないの」天地真理です。

まずはデータです。

・タイトル     ひとりじゃないの
・アーティスト   天地真理
・作詞       小谷夏
・作曲       森田公一
・編曲       馬飼野俊一
・リリース日    1972年5月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数   60.1万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年6月5日〜8月21日付

あぢぃ〜ですわぁ、え〜 ホントに梅雨明け前なんですかい、これで。。。 どうも今年一番の暑さだったらしく。。。 さすがにねぇクーラーに強くないワタシも、この暑さぢゃ、クーラー無しは堪えますわい・・・っちゅうことで、今日は1日中クーラー三昧。
あー、来月の電気代がコワイ・・・なんて相変わらずケチケチな性格は治らず・・・なんだけど、熱中症になると思えばね・・・。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、夏っぽい曲を・・と思ったんだけども、ここんところ80年代アイドルばっか書いてたんで、今回は時代を遡ってみますかい。

そーさねぇ、今から45年前、1972年の今頃のヒットをひとつ。

天地真理「ひとりじゃないの」

45年前の今頃、一番売れてた曲ですわ。当時のオリコンをひも解いてみると、1972年6月12日付から6週連続で1位を獲得したこの曲。 今頃は4週目の1位って頃でしたわな。 まさにヒットのピークって言う時期ですか。

ま、如何にも見てきたように書いてるけど、ワタシゃ当時2才10ヶ月。うーむ、まだまだ物心ついてない時期ですねぇ・・・。 ってわけで、流石にこの曲がヒットしてた頃はリアルタイムでは聴いてなかったですけどね。

もちろん、後付けでこの曲の存在は知った訳だけど、ま、当時のトップアイドル、天地真理さんの3枚目のシングルであり、最大のヒット曲っていうことになりますわね。 そそそ、この曲、売り上げは60万枚だけど、これが最大だったんだよね。

うーん、これが、こんなに売れてたのか・・・と取るのがいいのか、思ったほどでもない・・と取るのがいいのか・・・ちょっと迷うところなんだけど。
 個人的には、こんなに売れてたのか・・・っていう感想なんだよなぁ。 いつかも書いたけど、70年代アイドル、そうね。70年代前半のいわいる「第1次アイドルブーム」の頃は、アイドルって言われる人たちの場合、50万枚って言うのが一つの壁だったんだよね。
当時は、大ヒット曲も数あるけど50万枚以上のヒットとなると極端に数が減るんだよね。いわんや60万枚以上は数えるほどしかなかった訳でさ。その中の1曲が、この曲だった訳なんだよね。

 当時シングル盤1枚、500円。ちょっと調べてみたら、この72年から400円から500円に値上がりしてたんだよね。 ちなみに当時の大卒初任給は平均で5万2千円。 
今の時代に置き換えてみれば、シングルレコード1枚2000円位の「価値」なんですわ。 高けぇわなぁ〜。

それに加えて、当時はレコードプレーヤー持っているヒトって、今と比較にならないくらい限られていたんだよね。
当然、アイドルのメインの支持層である10代の人たちでレコードプレーヤーもってる人なんて限られてただろうし、仮に持ってても個人的な・・・というより「家」に一台・・・つまりは家族全員の共有物だったろうし・・・。

そんな時代なわけで、当時のアイドルのヒット規模で、50万枚が壁になっていたのもある意味納得できるところなんだよね。 つまりは、第一に当時のティーンエイジャーにとってはシングル1枚にしろ高かった事、それと、かりに買えたとしてもプレイヤーがあるヒトは限られていた事・・・っていう壁だよね。

まあ、そんな時代の60万枚だからさあ、これは、数字以上に売れた曲・・・って言えるんじゃないかなぁ。



・・なんてマーケティング的な話は置いといて・・・。

肝心の曲だよね。
うーん、どーなのかなぁ・・・・。正直言って、個人的には、やっぱり古さは隠せないんだよなぁ、この曲。
うん、いい曲なんだけどね、ところまでも素直だし、明るいし・・・。一点の染みもないような純白さって言うの?
「ソニーの白雪姫」って言うキャッチでデビューした天地真理さんには、これ以上なないような曲ではあるんだけどね。

でも、個人的には、今一つスッキリしないものを感じちゃったりするんだよなぁ。

いやー天邪鬼かなぁ。普通なら、これはこれでいいじゃんって言うべきなんだろうけどさぁ。 どうしてなんだろうねぇ。

ま、その主な原因は↑で書いたように「古さ」を隠せないって事なんだろうな。 楽曲自体のBPMもその一つなんだけどさ。 ヒット当時、この曲のポップと思えたのかどうか・・っていうのは、リアルタイムで経験していないんで何とも言えないんだけど、個人的な感覚から言えば、かなりゆっくりな曲・・って言う印象なんだよなぁ。 だから、ポップスなのかって言われるとちょっと躊躇しちゃったりね。
 それと、メロディラインですね。もう一つナチュラルじゃないって言うのかなぁ。この曲より前の歌謡曲にはよく見られた、いわいる4-7抜きのメロディとまでは言わないけど、それに近いような印象があるんだよなぁ。どこか中国音階の匂いがするって言うかさ、うん、香港とか台湾あたりのヒット曲には良くあるよねって感じの・・・。

そう言う意味も含めて、1972年って言う時代は、まだまだポップスも発展途上だったんだなぁ・・・って言う印象を強く感じちゃったりね。 これが次の73年になると、もう少しナチュラルになるんだよね、ヒット曲のメロディラインが。

この曲を聴くと、そんな事が頭をよぎるワタシだったりするんだよねぇ・・・。 あーやっぱり天邪鬼か。。。

ちなみに、この曲の作詞者の小谷夏さんとは、ドラマ演出家の、かの久世光彦氏のペンネームですね。
・・・ってか、ここ読んでる方は、そのくらい、既にご存じかなぁ、今さら書かなくても。

ま、丁度、TBSドラマ「時間ですよ」で隣のマリちゃん役で出演してたこともあって、この曲を書いたんだよね。





それにしても、今見るとオバちゃん風に見えちゃったりするけどさあ、当時はトップアイドルだったんだよね、天地真理さん。丁度人気絶頂の頃ですね、72年〜73年にかけては。
やっぱり髪型のせいもあるんでしょうかねぇ。 おばちゃんパーマ風で・・って、当時はこれが流行りだったんだよね。
この頃の私の母親の写真見ても、やっぱ同じような髪型してるもの。 おばちゃんパーマにつけまつげ。
やっぱ天地真理さんを意識してたのかなぁ。
当時、既に30を超えてた筈なんだけど、若造りだったんだよな、ウチの母親。



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黄色いリボン / 桜田淳子

1974_06_黄色いリボン_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「黄色いリボン」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル    黄色いリボン
・アーティスト  桜田淳子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1974年5月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 16.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年6月17日〜6月24日付

今年の梅雨は、ここまで「空梅雨」気味な関東地方でしたが、今日は一転、昼過ぎからシトシト雨な日曜日でしたわ。
そんな天気なんで、本来なら「雨」な曲を持ってきた方が良かったかもしれないけど、昨日、気持ちいい休みの日を考えて、曲を決めちゃってたんで、この曲をそのまま持ってきちゃいます。

桜田淳子「黄色いリボン」。

この曲、気持ちいいんだよなぁ。初期の桜田淳子さんの曲の中では、個人的には一番好きかな。
もちろん、超有名な「わたしの青い鳥」もいいんだけど、何分「手垢」がかなり付いてるからなぁ。それに比べて、この曲は、今となっては「死角」に入っている感じもするからさあ。

本来なら、この年初めての紅白出演で歌ったこの曲なんで、広がりを見せていてもいいんだろうけどさ。

今となっては死角に入ったような印象を受けるのは、この曲の売り上げに関係しているのかもな。
オリコンではベストテン入りしたものの10位ギリギリ。 売り上げも16万枚強でしたからねぇ。

80年代アイドルだったら、堀ちえみ、石川秀美クラスのヒット・・・と言う訳ですわ。
B級とは言えないでも、必ずしもA級とも言えない・・・その程度のヒット規模ですわな。
・・とすれば、今となっては死角に入ってしまっていてもしょうがないか・・・っていう気分にもなってきたりするんだけど。。

でもね、桜田淳子さんのこの頃までの初期の売り上げ推移をみると、こんな感じが続いていたんだよね。
10万枚後半程度。
前年73年の新人賞を悉く受賞し、新人女王って言うイメージ、プラスして例の、山口百恵さん、森昌子さんとの「中3トリオ」っていうネーミングまであった訳だから、さぞかし売り上げも高かったんだろう・・・っていうイメージもあるんだけどさ。実際的には、そんな状況だったんですわ。

そんな状況に風穴を開けたのが、この曲がリリースされたちょっと後にリリースされた、百恵さんの「ひと夏の経験」であり、淳子さんとしては、この半年後の「はじめての出来事」で初のオリコン1位を獲得となったことで、両者とも事実上の「本格ブレイク」となってからですよね。本当の意味でのスターダムを駆け上がったのは。

そんなこともありーの、この「黄色いリボン」って曲は、まだ本格ブレイク前の「純粋」な淳子さんが見れる最後の方の1曲なんじゃないのかなぁ。

ま、兎も角、曲は一片の曇りもない、本当に純粋かつポップな1曲だよなぁ。 本当なら、昨日までのようなカラッとした晴天下で聴くと気持ちいい曲なんだけどね。
個人的には、後年で言う「ハネ」系なイントロと、Aメロのメロディラインにはちょっと驚いたんだけどさ。
それにしても底抜けに明るいキャラクターを売りにしていた初期の淳子さんにはピッタリの曲だったと思うわな。
 今聴くと70年代でもちょっと古臭い、70年代前半の象徴のような曲が多い森田公一氏の作曲、アレンジにしては、他には見られない「新鮮さ」を感じたりしてね。 いや、だからこそ、この曲に引っかかったんだろうな。

この曲がリリースされた74年、ヒット曲界を見ると超大ヒットな演歌・歌謡曲が多かった年でもあり、歌謡曲全盛期と言える訳だけど、70年代も中盤に差し掛かり、ポップスに関しては少しずつ新たな試みが始まって来ていたんだよな。

ただ、Bメロ以降は、やっぱりちょっと古臭いよなぁ。この曲がリリースされた74年って言う時代にしても、それよりも1〜2年前のような・・・。お馴染みの安心感といえばそうかもしれないけど、Aメロほどの新鮮さは感じないんだよな。 そこがちょっと惜しいっちゃ、惜しいんだけどさ。




たださ、タイトルの「黄色いリボン」っちゅうのは、ドーンの「幸せの黄色いリボン」(Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree)のパクリだよね、ちゅうのはあからさまだよな・・・って感じもするけどさ
ちょっとハネ系で無条件に明るい曲想も、「幸せの黄色いリボン」に似てるっちゃ似てるしな。

まあ、穿った考えをせずに、もっと素直に聴けばいいんだけどさ。。



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雨がやんだら / 朝丘雪路

1971_05_雨がやんだら_朝丘雪路


今回の1曲セレクトは、「雨がやんだら」朝丘雪路です。

まずはデータです。

・タイトル     雨がやんだら
・アーティスト   朝丘雪路
・作詞       なかにし礼
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1970年10月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  32.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1971年3月29日〜5月17日付

自分が記憶に残る「最古」の曲って何でしょうかねぇ〜。
あー、また、訳分かんない出だしにしてしまった。。。  うーむ、前も同じような疑問を投げかけた事があったような気がするけど、その時は確か、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」って書いたような気がする。

うん、確かにね、「物心」ついた後の最古の記憶としては、フィンガー5だったような気がするんだけどさ。
でもね、死んだ母親にしてみると、そうじゃなかったらしい。。。

昔、「あんた、よく歌ってたんよ」って聞かされた曲が、五木ひろしの「よこはまたそがれ」と、もう1曲が今日セレクトしてきたこの曲だったんだよな。 うーん、ワタシゃ、全く記憶にありません・・・なんだけどなぁ。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな「物心」つく前によく歌ってた曲。

朝丘雪路さんの「雨がやんだら」。

うむ、昨日書いた、クールファイブの「長崎は今日も雨だった」が「雨」の曲だたんで、そのアンサーソングではないけど、雨上がりの曲もいいかな・・・なんておもってたら、丁度目にとまった・・・こともありまして。。。

でもねぇ、この曲、ホント記憶になかったんですよね、母親に言われるまでは。

・・・というか、初めはタイトル見て、全然曲が思い浮かばなかったモノ。 いわんや誰が歌っていたのかも全く記憶にあらず。。。。

実際に、「あーこの曲かぁ」って思ったのは、88年に放送された「レコード大賞30周年記念」で過去の各賞受賞で流れたVTRを見てですよ、確か。

うん、この曲は、1971年第13回レコード大賞で、「作曲賞」をとったんだよね、確か。 作曲は筒美京平氏ですよ。
ちなみに、筒美氏は、この年、尾崎紀世彦氏の「また逢う日まで」でレコード大賞。南沙織さんの「17才」で新人賞・・・と、レコード大賞の主要3部門受賞と・・・当たり年だったんだよね。

たださ、いまこの曲を聴くと、「え? これ、筒み京平氏?」なんて思うような曲調なんだけどさ。 うん、完全なる「歌謡曲」。
個人的には、70年代後半以降の日本の「キング・オブ・ポップス」といえるような「ポップス」な筒美京平氏しかリアルタイムでは知らないからさ。 この完全なる「歌謡曲」な曲想にはかなり違和感を感じたりしたもんなんだよな。

ただ、メロディライン、特に

♪ 雨がやんだら お別れなのね 二人の想い出 水に流して〜 ♪ っていうAメロの部分。 ココですよね。

普通の「歌謡曲」とは違うところは。

出だしの ♪ 雨がやんだら〜 ♪ っていうメロディラインからして、「うむ、これは違うぞ」っちゅう、とっかかりを感じるけど、 その後の ♪ 二人の想い出〜 ♪ っていう「半音ずつ」上がって行くメロディラインだよなぁ。

この2つのフレーズだけで、「作曲賞」を取ったっていってもいいんじゃない? って言うくらい印象深いんだよな。

兎に角、♪ 二人の想い出〜 ♪って言う部分のメロディラインのグルーヴ感が堪らないんだよな。 なんて言うのかな思わず背中が「ゾクゾクッ」とくるような。。。。 いい意味で。

これと同じように「半音階」をウマく使った曲としては、78年の大橋純子さんの「たそがれマイラブ」なんかもそうなんだけどね。 うん、この曲も同じように、いい意味で背中に「ゾクゾクッ」としたものが走ったもんなぁ。

まあ、最初に書いたように、この「雨がやんだら」の時は、ワタシ的にはまだ物心が付いてなかったんで、意識的な事ではなかったけど、結局は同じような所に引っかかったんだろなぁ。 


ただ、それにしてもやっぱり、歌謡曲なんだよなぁ、この曲は。 一体どこが、ポップスではなく、歌謡曲なのか・・・っちゅうと、やっぱアレンジなんだよね。
「むせび泣く」テナーサックスで始まるイントロ。 これを聴いちゃうと、昨日の「長崎は今日も雨だった」ぢゃないど、いやがおうにも「ムード歌謡」な印象が出てきちゃう訳でさぁ。 バックも、いかにも「ワワワワ〜」なんてコーラスが入りそうな3連ぽいリズムだしね(実際は「ワワワワー」なコーラスは無いけど)

うーん、これは、アレンジャーの森岡賢一郎氏の世界だなぁ〜・・・・と思ってたら。。。。

ありゃりゃ、この曲、アレンジも筒美京平氏なんだ。。。。

うーむ、これにはちょっとビックリ。 筒美氏がこんなモロ「歌謡曲の王道」のようなアレンジをしていたとは。。。

まあ、それだけ、当時のヒット曲界といったら、ムード歌謡な世界観が一番のヒット頭だったってことなんだろうね。筒美氏が常々言ってる事だけど、ヒット曲作家の使命はいかに「ヒット」する曲を書くかだったわけで、自分の趣味嗜好とは違ってますからね。 そう言う意味でも、この手のムード歌謡が、当時のヒットの王道だったってことなんだよね。

ちなみに、この曲の半年前にリリースされた、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」って言う曲も、同じく 作詞 なかにし礼、作曲 筒美京平っていうコンビで書かれてるけど、この曲もモロ歌謡曲だしね。 まあ、ムード歌謡というよりは、少しタイプは違うけど。

まあ、これが昭和45年(1970年)っていう時代だったのかもな。 うん、この「雨がやんだら」は1971年のヒットということになってるけど、リリースは1970年だったしね。
そうなんだよね、リリースからベストテン入りするまで半年もかかってるんですよ、この曲。
ただね昨日の「長崎は今日も雨だった」でも書いたように、この当時は、リリースからベストテンヒットになるまでに時間がかかるって言うのはザラだったわけでさ、逆に言えばベストテン入りするような曲は、ほとんどがロングヒットと言う時代だったんだよね。 まあ、だからそれほど驚くことでもないんだけど、今のヒットパターンを中心に見ると、全く違うからなぁ、違和感は感じるところなんだよね。

この曲をプロデュースしたのが、CBSソニーの酒井政利氏で、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」を聴いて、アダルト路線を思いつき、この曲の誕生となったようですね。

ただ、翌71年リリースの曲になると、ヒットのタイプががらりと変わってくる。そそそ歌謡曲の王道路線から、「ポップス」って言うキーワードが入って来るんだよな。 それによって筒美氏の曲調もガラッと変わってくる。

こんな時代の変化を追いかけるのもヒット曲をクロニクル的に聴く時の面白さだったりするんだけどさ。



↑で、この曲では ♪ワワワワー♪コーラスは使ってなかったけど、・・・ってかいたけど、使ってましたね。。。
スミマセヌ。。。


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きみ可愛いね / 伊藤咲子

  1976_05_きみ可愛いね_伊藤咲子


今回の1曲セレクトは、「きみ可愛いね」伊藤咲子です。

まずはデータですよん。

・タイトル    きみ可愛いね
・アーティスト  伊藤咲子
・作詞      阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      三木たかし
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜5月10日付

曲のパクリ・・・・というと、どうもマイナスなイメージが付きまとう訳だけどさ。それは、やっぱり、ヒトのフンドシをチョロまかすズルさって言うのを感じるからなんでしょうかねぇ。
 その前に少し事務的な方には「著作権ドロボー」云々っていうのも思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょう。
いずれにしてもオリジナル性が感じられないわけでマイナスなイメージが出てきちゃうんでしょうかねぇ。

まあ、そんな「パクリ」⇒マイナスなイメージが付きまとっていたのも今となっては「過去」の話になりつつあるのかなぁ。最近では「サンプリング」って言う手法も「普通」になり、昔の曲からバンバン、パクって、うんにゃサンプリングしてる曲も珍しくないもんね。

・・・・なんていつものごとく突如、訳分かんない「マクラ」を書いてたりするワタシなんですが・・・

なんで、今回セレクトしてきた、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」と曲のパクリが関係するねん・・・とお思いの方もいらっしゃるかなぁ。

でも、「ハハン」とピンと来た方は、結構ネット上の「噂」話を読んでますよね。

そそそ、伊藤咲子「きみ可愛いね」ってググると、ZIGGY「GLORIA」に結構引っかかるんだよね。

なぜに? 

答えは簡単、ZIGGY「GLORIA」のパクリ疑惑がネット上で結構な噂になってたからで

まあ、これについては、以前、当のZIGGY「GROLIA」を書いた時にも言及した・・・・ぷぷぷしてなかったwwww

うむ、仕切り直し。。。。

えーとね、そそそ、ZIGGYの「GLORIA」のAメロと、今回セレクトした伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」のAメロが瓜二つ・・・・っつか「全く同じ」なんだよね。

それでパクリだ・・・・と密かに騒がれていた訳でさ。

ちなみにZIGGY「GLORIA」 ↓ コレ




まあ、意図してこうなった訳・・なんて無いと思うけどね。。。 それとも作詞作曲者の森重氏は、その昔、伊藤咲子さんのファンだったのかしら。。。 とか思ったりもして。。。。

ちなみに、最近だと、これに加えて、NMB48の「らしくもない」のAメロが「GLORIA」のAメロと似てるっつうことでパクリ疑惑がネットで騒がれてたりして。。。
「GLORIA」のAメロに似てるってことは、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」にも似てる・・・っつうことですわな。。

↓ コレ



ウ〜ン、似てるかコレ? ビミョウ。。。。


・・・・ということで、前置きが超長くなった。。。本題。

正直言うとね、個人的には最近までこの曲、知らなかったのよ、ワタシ。
何分、自分でランキングを作っている訳で、1976年のチャートも作ったんで、当然、曲タイトル自体は知ってたし、気にはなってたんだけど、曲自体は長年聴いたこと無かったんだよな。。。

当時、ワタシは6才〜7才。 1976年(昭和51年)と言えば小学校に入学した頃ですわ。
まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったからなぁ。。。

なんでね、今回、これ書くんで改めて曲を聴いてみた。

今はググるとようつべの動画が出てくるんで便利な世の中になったわな。

なるほど・・・確かに、AメロはZIGGY「GLORIA」と全く同じだわ。。。   と、いうか、この曲の方が「GLORIA」より13年も前になるわけだから、こっちがオリジナルって訳になるのだが。。。。

ちなみに、この曲、この年1976年の暮れにリリースされた、マイナーチューニングバンドっちゅう「覆面」ソウルバンドの「ソウルこれっきりですか」に取り上げられているんでね。

そそそ、キメのコトバの ♪ きみかわいいね〜 ♪ って部分。

マイナーチューニングバンドの「ソウルこれっきりですか」は音源持ってるんでさ、だから、ここの部分だけは知ってたのよ、ワタシ。

で、その部分だけを聴いて、膨らませていた曲想とはちょっと違っていたな。 もうちょっとね、アイドルアイドルしているのかと思ってた。

・・けど、思ったよりもソフトな曲調なんだよな、全体的に。 

それ以前に、メロディライン、サウンドともに古いんだよね。 アイドルポップスというよりは、正統派な歌謡曲に近い・・・というかさ。

70年代って、日本の音楽の「高度成長期」だったわけよ。 うん、経済に10年遅れて・・・って感じの高度成長期。
サウンド、メロディライン・・・などなど日進月歩変わって行くって感じでさ。 だから、70年代初頭と末では、全く違う音楽に感じるんだよな。

そのもっとも大きな分岐点だったのが、75〜76年あたりで、この2年取ってみてもサウンドがだいぶ変わるのが分かるんだよね。この頃の曲を「通し」で聴いてみるとさ。

まあ、きっちりと線を引いたように変わる訳ではなく、曲によって、新しさを感じる曲、古さが残っている曲・・・とバラバラに変化して行っている訳だけど。。。

そういう時代の変化の中にあっては、この曲はどちらかと言えば、70年代でも「前半型」・・ということは、「古いほう」の70年代的な曲って感じなんだなあ。

例えば、♪ シャラランラン〜 ♪ っていうコーラスではじまるイントロにしたって、天地真理的だしさ。 それにつづくストリングス主体のサウンド、フルートのガイドメロディ・・・と全体的に古いんだよね、曲想が。

アイドルにしては「正当派」、ウタの上手さでは定評があった、伊藤咲子さんのボーカル自体が、当時としてもアナクロさを感じるようなところはあったのかもしれないけど。。。

そんじゃ、全体的に古さを感じる曲でした・・・で括ってしまっていいのかというと、完全には言いきれないんだよな。

うん、古さの中に新しさも感じる。 例えば、↑で書いた、 イントロのコーラスの部分のコード進行。Cで始まるのに、途中で転調したような動きを見せたり。 Aメロに入る前の ♪ Fu Fu Fu〜♪ っていうコーラスの響きがソウルっぽかったり、70年代前半にはなかった新しさも感じたりする。

それ以前に、ビート感だよね。16ビートなビートを刻み続けているベースライン、ギターカッティッング。 これは、70年代中盤〜後半っぽいよなあ。

・・ということは、いろんな要素を含んでいるんだよな、この曲。 この曲だけで、70年代前半から中盤までのサウンドを一気に聴けてしまう・・・というか。。。

なにより、このスピード感、温度感は、いかにも「春」から「初夏」を感じさせるんだよね。 今頃の季節にはピッタリの曲だと思うわ。




ところで、伊藤咲子さんといえば、70年代中盤のトップアイドルの一人・・・って言う認識で個人的には居たんだけどさ。
ヒットチャート的に見ると、意外と伸びてないんだよな。 今回セレクトしてきた「きみ可愛いね」が、オリコンでは2曲目のベストテン入り。
この曲の前にベストテン入りしたのが、1年ちょっと前にリリースされた「木枯らしの二人」。 この2曲だけなんですよ、ベストテンヒットっていうのは。

これはちょっと意外な結果なんだよな。 当時の状況をリアルタイムで経験してきた訳じゃないんで、何とも言い難いんだけどもトップアイドルというよりかは、どちらかと言えば「B級」に近かったような実績なんだよね、オリコンだけを見るとさ。


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あの鐘をならすのはあなた / 和田アキ子

1972_04_あの鐘をならすのはあなた_和田アキ子


今回の1曲セレクトは、「あの鐘をならすのはあなた」和田アキ子です。

まずはデータでする。

・タイトル    あの鐘をならすのはあなた
・アーティスト  和田アキ子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1972年3月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 53位
・売上げ枚数 4.1万枚

最近は「ヒット」という概念が完全に変わってしまいましたね。
ヒット=CDが売れる事がすべてであり、大衆的にどの程度認知されているのか、支持されているのかっていうのは、ほとんど考慮されなくなってしまいました。
リリース直後にCDさえ売れれば「正義」、売れなかったから「敗北」っていうイメージになってしまっているじゃないですか。

まあ、確かに「商業音楽」と言う世界、「商売」な訳ですからCDが「売れる」ことは道義上最も大切な事ではあるでしょうね。

でもねぇ、エンターテインメントって言う世界、それですべを括っていいものなんだろうか・・・っていうと、そうじゃないよね・・・っていうのは、「売れた曲」好きなワタシにもあるんだよね。

そもそも、ヒット曲と売れた曲っていうのは、完全同義語じゃない事は、ヒット曲の世界に入った頃から分かっていたんでね。
いや、すぐにではなかった。 昔は、レコードが売れるってことが、その曲をより広く知られる大衆的な曲ってことであり、そういう意味でレコード売り上げとヒットは、ほぼ正の相関があったんだよね。 いわいるヒットチャートのチャートアクションも、今とは比べ物にならないくらい緩やかな動きを見せており、その間により多く「大衆」に広がりを見せたために起こり得た現象なわけだ。

でもね、売れた曲全てがそうだったのかというと、そうではない。 それほど爆発的な売れ方をしなかった曲でも、大衆的に認知された曲は昔はいくらでもあった。

その違いに気がついたのは、やっぱ「ベストテン」と「オリコン」のランキングに差があることに気がついてからだろうな。 つまりは、オリコンではそれほど上の順位に行かなかった曲でも、ベストテンでは結構高順位に行く曲があるって事。 それは週間順位ではなく、年間単位になるとさらに顕著になる事って事が分かってからなんだよね。

つまりさ、世の中、週間単位として爆発的に売れなくても、大衆的になれる曲はあるんだってことですね。


今回は、それが顕著に分かる曲をひとつ。

和田アキ子「あの鐘をならすのはあなた」。

この曲、和田アキ子さんの曲のなかでは、大抵の方が知ってらっしゃる曲だよね。

通常の感覚からみれば、それじゃさぞかし売れたんだろう・・・と思われがちなんだけどもね。 でもね実際は、業界的に俗に言う「左ページ」にも入ってないんだよね。

つまりは、オリコンで50位にも入っていない。 最高位53位、売り上げ枚数4.1万枚。

全く売れなかった訳ではないけど、ヒット規模で言えば、スマッシュヒットにも値しない、かなり小規模なヒットだったって事。

それでも、今では和田アキ子さんの代名詞的な曲になっているんだから。

それは、後年、例の「アッコにおまかせ」とか「レコード大賞30周年記念」で、これでもかって言うくらい流された、72年の「レコード大賞」最優秀歌唱賞をこの曲で受賞した時の、号泣シーン、いわいる「和田ゴンの雄たけび」と、「黒い涙」のシーンという、めちゃくちゃ強いインパクトシーンが、話題になったって事も大きかったんでしょう。

でもさ、それだけで、今でも認識されるような代名詞的な曲になるかというと、そんなに世の中甘くは無いと思うんだよね。

結局はさ、この曲自体のインパクトなんですよ。

個人的に72年というと、まだ3歳だからさ、この曲、リアルタイムでは聴いてない(と思う)し、当時、どういう扱いをされていて、大衆的にどの位の支持をされていたのかっていうのは、分からない。

だから、あくまで推測になるんだけど、おそらく、ほとんどの方は「後付」でこの曲を知ったんじゃないのかなぁ。
つまりさ、例の「インパクト」なあるシーンの後に流れる、この曲にビビビッ・・と初めて知った・・・と。

まあ、そうじゃなきゃ、72年当時、小ヒットって終わってしまった・・・って事も無かったろうしね。

ただ、言えることは、ヒット曲としての売れ方って、一つじゃないんだよね。 リリースした当時は売れなくても、後年になってから、改めて売れる曲もある。

売れる売れない・・・っていうのは、時代時代で変わって行くもの。そそそ、時代とどう折り合いがあるのかって言うのも大事な要素の一つなんですよ。
 リリースした当時は時代との折り合いがつかず売れなかった曲でも、後年、時代の空気が変わると突然売れる曲もあるって事。

だからねぇ、リリースした曲は1曲1曲大事にすべきだと思うんだよね。 最近の曲ってさあ、リリースされるまでは大量にプロモーションを打つけど、リリースされた瞬間に「はい、さよなら」っていう曲が多いでしょ。まるで使い捨てのように。 それじゃ曲が可哀想ですよ。もっと1曲1曲を大事にせにゃ。 その時は売れなくても、後年、どうなるか分かんないんだから。

ちなみに、和田アキ子さんの曲って、不思議なもんで、それほど売り上げ枚数が高くない曲で「有名」な曲が多い。
この「あの鐘をならすのはあなた」と同じように代表曲といわれる、「笑って許して」にしても「古い日記」にしても、「どしゃぶりの雨の中で」にしても、いずれもオリコンでベストテン入りしてない。

じや、オリコンでベストテン入りしてる曲って1曲もないの? っていうとさにあらず。
71年6月の「天使になれない」は最高8位。、同じく71年12月の「夜明けの夢」では最高10位まで行ってる。
でも、どちらも今となってはほとんど聴かれない曲だったりしてさ。



この曲で特出すべきところは、やっぱ、スケール感だよね。 よくモノの本に「天文学的スケール感」があるなんて書かれたりするけど、まさにそんなイメージだよね。

確かに、歌謡曲全盛の当時、結構大げさなイメージのデカイ曲もあった。例えば、尾崎紀世彦氏の一連の大ヒット曲とかさ、いかにもショービス的なスケールがデカイ曲があったりたじゃん。

でも、この曲、それと比べてもスケールのでかさは飛びぬけるもんなぁ。 

なんて言うのかな、空間認識的な広さっていうのかなぁ。 出だしの ♪ あなたにあえて〜 ♪ はメゾピアノで、比較的、狭い空気感であるのが、 ♪ つまづいて〜 ♪のBメロでは、やや力が入ったメゾフォルテ、 それから、♪街はいま〜 ♪っていうサビで力強いフォルテに移行する。

そして、最後の最後 ♪ あの鐘を鳴らすのはあなた〜 ♪っていうクライマックスでフォルテシモに持って行く。
間口の広い空間を感じるんだよね。 その間口っていうのが通常の曲の幅ではなく、とてつもなくデカイ空間に感じるんですわ。

そんな間口がでかい曲に、全く負けていない和田アキ子さんは流石な訳だし、このヒトじゃなきゃ、この曲のこのスケール感は伝わってこないわな。


それと印象的なのは、この曲のベースラインですねぇ。 そそそ、単純にコードの「根音」を追っていくベースラインではなく、ウネウネウネとまるで蛇がのたうち回っているように目まぐるしく動きまわるベースライン。
これですよ、この曲の真骨頂は。

というか、当時の歌謡曲には、こういうベースラインの曲ってあるんだよね。 それが70年代歌謡曲の大きな特徴でもあるんだけどさ。

当時のスタジオミュージシャンって「ジャズ」バンド上がりの方が多かった訳でさ。だからベースにしても、コードのルート音を単にペンペン弾くのではなく、ジャズのアドリブよろしく、勝手にアドリブをかけちゃうヒトも多かった訳よ。

この曲にしたって、こんなうねうね動き回るベースライン、きっちりと指定音符で譜面に書いてある訳が無いからさ、ほとんどアドリブだと思う訳よ。 でも、そこに「味」を感じる訳よ。曲を程良く締まらせているし。

いや、これも70年代歌謡曲を聴く上での楽しみの一つでもあるんだよね。 80年代になるとジャズ系出身のスタジオミュージシャンも少なくなって、この手のアドリブを利かせたベースラインの曲って少なくなるからさ。


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Hi-Hi-Hi / あおい輝彦

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今回の1曲セレクトは、「Hi-Hi-Hi」あおい輝彦です。

まずはデータです。

・タイトル    Hi-Hi-Hi
・アーティスト  あおい輝彦
・作詞      森雪之丞
・作曲      森雪之丞
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1977年3月5日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1977年3月28日〜5月9日付

昨夜、眠い頭で書いた千昌夫の「北国の春」はいまいち反応がね。。。

昨夜は「春ウタ」っちゅうことで、「北国の春」を持ってきたりしたんだけどねぇ。
国民的大ヒット曲なんで、刺さりはいいかな・・・なんて思ってたけど、やっぱ、これ読んでくださってる方とのジャンル的ギャップがあったかなぁ。。。

・・・っちゅうことで、再度仕切り直し。

今回は、「ポップス」系を持って来ましたよん。

あおい輝彦「Hi-Hi-Hi」ですよん。

奇しくも「北国の春」と同様、77年春リリースの曲ですよな。

うーん、心配ごと言えば、そこなんだけどね。 今から丁度40年前の今頃のヒット。。。
っちゅうことで、果たして、どれだけの方がこの曲を覚えてらっしゃるか・・・ってところですねぇ。

そんなワタシも、リアルタイムではこの曲聴いてなかった・・・・ハズなんだけどもねぇ。

でも、後年、テレビだかラジオだかで、この曲が流れて、「あ、この曲かぁ〜」なんてハッとしたんだよね。
たしか、後年CMかなんかで使われてなかったかなぁ、この曲。

♪Hi Hi Hi 春になったら Hi Hi Hi〜 ♪ っていう分かりやすくキャッチーなサビから始まるこの曲。タイトルだけじゃピンと来なくても、曲を聴けば、「あ、これか」って思う方も多いんじゃないかなぁ。

最近、春っていうと「桜」っていう感じで、どこか背筋をピンと張らなきゃ行けないようなフォーマルな感じの「春ウタ」が目立つような気がするけど、昔は、「春」っていうワクワク感が強い、カルジュアルな曲が多かったじゃん。
例えばキャンディーズの「春一番」にしても、太田裕美の「南風」にしてもそうだしさ。 
それまでの冬、身が縮こまるような思いをしていたのが、一気に解放されるっていうかさ。

この曲も、そんな「春」のワクワク感を感じさせる1曲ではありますね。ワクワク感と言うか、能天気というかね。 

曲想的には、例えばルーベッツの「Sugar Baby Love」あたりの、すこしサーフィン系を感じさせる、爽快感あるイメージだよね。

ただ、77年っちゅう年代が年代だし、リリースが「テイチク」っちゅう、モロ歌謡曲路線のレーベルなんで、サーファー系の爽快な曲と言っても、今聴くと「和」の匂いが強いんだよな。

特に、サビ終わりの、Aメロとかさあ、「ザ・70年代」って言う感じの、当時、お馴染みのメロディラインとかさ。

結局、やっぱ「歌謡曲」だよね・・・っていうイメージは拭えないんだけどさぁ。

これが、「東芝」とか「CBSソニー」とか洋楽にコミットしたレーベルからのリリースだったら、もっと違ったんだろうけどね。

いや、あおい輝彦氏の曲は、この曲だけじやなくて、前年の大ヒット曲「あなただけを」もちょっと違和感を感じるワタシだったりするんだよな。

いや、テレビで歌っているところを見ると、もっとスピード感があってワイルドなイメージなんだけども、レコードでは、なんで、あんなに「しょぼい」の・・・ってさあ。
まあ、それでも、約80万枚の大ヒットになったんだから結果オーライだったのかもしれんけど。。。


ところで、この曲、作詞は森雪之丞氏だったんだ  全然気がつかなかった。

森雪之丞氏って言えば、80年代アイドルの「コトバの魔術師」と言われるほど、奇想天外なコトバを多用した詞を展開してたんでね。 例えば、先週書いたソフトクリームの「やったね!春だね!!」とかさあ。。
それに比べると、この曲の詞は、かなり「まとも」な展開だしなぁ。

加えて、曲も森雪之丞氏本人なんだよね。 これも意外・・・と思われる方もいらっしゃるかもしれないけど、時々、曲も書いてたりする事があるんだよね。

個人的に一番初めに「え? そうなんだ」って思ったのは、堀ちえみの「とまどいの週末」(82年11月リリース)かなぁ。 これも作詞、作曲共に森雪之丞氏だったしね。

ちなみに、↑で、この「Hi-Hi-Hi」ってルーベッツの「Sugar Baby Love」のような・・・って書いちゃったけど、、後年、Winkが「Sugar Baby Love」のカバーを歌った時の「訳詞」は森雪之丞氏だったんだよね。

うーん、やっぱ、どこか繋がってる?



ちなみに、以前「あなただけを」の時も書いたと思うんだけども、あおい輝彦氏って、「ジャニーズ」出身ってことは、こ存じですよねぇ。
そそそ、「初代・ジャニーズ」のメンバーですね。

真家ひろみ
飯野おさみ
中谷良
青井輝彦

っていう4人ユニット。

今のジャニーズもユニットに引き継がれている点として、しっかり者(?)のリーダーが居て、二枚目が居て、三枚目が居て、ツッパリ(放蕩)系が居て、「普通」が居て・・・っちゅう、それぞれ異なるキャラクターが揃ってるっていうところが、実は、この時からあるんだよな。

 その点から言えば、あおい輝彦氏は「二枚目」タイプなのかなぁ。 今の「嵐」で言えば松潤的なポジションって感じですよね。

・・・・とすると、松潤も「嵐」解散後は、「水戸黄門」とかやってたりして。。。


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北国の春 / 千昌夫

1977_04_北国の春_千昌夫


今回の1曲セレクトは、「北国の春」千昌夫です。

まずはデータです。

・タイトル    北国の春
・アーティスト  千昌夫
・作詞      いではく
・作曲      遠藤実
・編曲      京健輔
・リリース日   1977年4月5日
・発売元     徳間音工
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  130.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1979年2日5日〜2月12日 3月12日〜3月19日付

夜中の世界から、どんばんわ。 
只今1時30分。帰宅してから書いてたら、こんな時間になってしもうた。。。

だ、もんで頭が回ってませぬ。 駄文、ご了承くださいませ。


この間まで桜の季節なのに寒いのう・・・なんて言ってたのにすっかり暖っかくなりましたよね。
全国的に「春〜」な季節となりましたかね〜。 ラジオからは盛んに「春の歌」が聴こえてくるし、まあ、いい季節になりましたよ。

こういう時はラジオじゃないけど、春の歌を持ってきたくなる訳です。

・・・・ということで、今回の1曲セレクトは「春の歌」で〜。

千昌夫「北国の春」 

うわっ、めちゃくちゃベタっ    でもいいんです。 この曲、まだ書いてなかったんだもん。

こんな「国民的」というか、もろ「昭和」を代表する曲を書いてなかった・・・っていうのは、一重に「演歌」チックだったから・・・なんだよね。

なにせ、作詞は、今や、「泣く子も黙る」JASRAC会長、いではく氏。 作曲は、故遠藤実 御大ですよ。

これぞ、ザ・ゲ―ノー界てきな雰囲気が、どうも筆を遠ざけていたんだろうな。
なんて、真面目に書く事じゃないけど、単純に「演歌」は遠巻きにしてたからね。やっぱ、この世界は、ワタシらの世代の曲じゃなかったからなぁ。

・・・と言いながら、でも、やっぱりキニなる。 キニナルというか、子供の頃テレビから、この手の曲はいつでも流れて来てましたからねぇ。表面上はワタシらの世代の曲じゃないとか、好きじゃない・・・と言っても、無意識の中に体に染み込んじゃってるんだよね。

だから、この季節〜春〜になると、頭の隅っこの方かどこからともなく流れてくるっちゅうかねぇ・・・。

まあ、年を取って来る度にノスタルジーを感じやすくなってきてるってのもあるんだろうな。

ノスタルジーといえば、先週、往年の「国鉄」時代の花形車両だった「583系」が引退になりましたよね。
ワタシらの世代では憧れた人も多かったんじゃないかなぁ。それこそ、今回の「北国の春」じゃないけど、遠く青森からやってくる「583系」の特急には、いつでもどこか旅情を感じたもんだよね。
・・・と同時に、北国までの距離の遠さを感じたもんだよなぁ。

故郷は遠きにありて思ふもの

そう言う時代だったからこそ、この「北国の春」って曲にもノスタルジーを感じたんだろうな。

新幹線がデフォルトになり、青森まで3時間で行けるようになった今では、この曲がヒットした40年前とは比べもんにならないくらい、北国までの距離は近くなったし、そうなると、当時のようなノスタルジーを感じるのも難しくなった訳で。。。

そう言う意味では、やっぱり「昭和」って言う時代の産物なんだろうな、この曲なんかは。


・・・・と自分でもなに書いてんだか、よく分かんなくなってきちゃいましたが。。。

チャートマニアからしてみれば、「北国の春」といったら、超ロングヒットだろうなぁ。
↑のデータを見ても分かるように、最終的には130万枚なんていう、「ミリオンセラー」となったこの曲。

まあ、なんせ「国民的」な曲なわけで、ミリオン行くのも当たり前か・・・って感じもするし、逆に言えば「そんなもんなの」? なんて思われるかもしれないけど。。。

でも、この曲の特出することは、ここまでたどり着くまでの粘り強さだよね。

リリースは1977年4月。 今から丁度40年前だ。  なんて書くと、「はぁ〜、もう40年経つのね」なんて感じもするけど

でもね、この国民的な曲、オリコンでは1977年4月25日付で99位初登場。 でも、すぐに100位圏外に去ってしまったりして、なかなか上昇する機運が見られなかった。
最初は後のミリオンセラーなんて思いもつかないほどの泣かず飛ばずだったんだよね。

火がつき始めたのは、翌78年に入ってから。ジワリと少しずつランクを上げ、そのまた翌79年1月。やっとこさっとこベストテン入りまでたどり着く。
で、ついに初登場以来91週でミリオンセラー達成。

初登場以来91週目でミリオン達成・・・っていうのは、昔はオリコン史上、最遅の記録だったんだけどね。。。
うん? これは、今でもそうなのかな?

何分90年代のメガヒット期にあまりにも、ミリオンが乱発したんで、その辺の記録の整理がつかなくなっちゃったからなぁ。

ちなみに、オリコン最高位「6位」でのミリオンセラー達成は、80年代までは最低ランクでのミリオン達成だったんだけども、90年代に入って、沢田知可子「会いたい」とかミスチル「CROSS ROAD」も最高6位でミリオン達成。 その後、シャ乱Qの「シングル・ベッド」が最高9位でミリオン達成・・・と、この「北国の春」が最低ランクでのミリオン達成記録では無くなっちゃいましたけどね。

でも、なんと言っても91週もかけてのミリオン達成というところに意義があるんでしょうね。
そこにたどり着くまでに、どれだけ沢山のヒトに浸透して行ったのか・・・と言う事を考えるとさ、やっぱヒット曲の醍醐味なんだよね。そこにたどり着くまでの紆余曲折と言う物語を考えるとさ
 これは、同じミリオンでも、僅か1週でミリオンを超えてしまう、某アイドルの曲では味わえない醍醐味なんですよ。

だからこそ、40年経った今でもエバーグリーンな曲な訳だし、日本だけではなく、中国、東南アジアetc、アジア圏で幅広く知られる日本の曲になったんじゃないのかなぁ。




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この愛のときめき / 西城秀樹

1975_03_この愛のときめき_西城秀樹


今回の1曲セレクトは、「この愛のときめき」西城秀樹です。

まずはデータです。

・タイトル    この愛のときめき
・アーティスト 西城秀樹
・作詞      安井かずみ
・作曲      あかのたちお
・編曲      あかのたちお
・リリース日  1975年2月25日
・発売元    RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 27.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年3月10日〜4月14日付

久しぶりの1日2曲書き。いわいる「ダブルヘッダー」ってやつですわな。
ま、明日書いてもいいんだけども、最近、平日は腰が重くなって筆を上げたくなくなるんでねぇ、今日のうち書いてしまおうか・・・とPCに向かってたりします。。。。

ここでも何回も書いたような気がするけど、ワタシがヒット曲の世界に足を踏み入れたのは1978年11月。
だから、それ以前の曲は基本、リアルタイムでは聴いてない事になるわけだけど。。。

無論、全てではないけどね。 ピンク・レディーもキャンディーズもそれ以前からテレビでは見てたし、初めてカラオケで歌ったのは、77年の年末ごろに石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」だったしね。
ま、どこで曲を覚えたのかは、記憶にないんだけども。。。。。

ただ、大多数のヒット曲は「後付」で聴いた曲って言う事になる訳ね。
中には生理的に合わないなぁ・・・なんて思う曲もあったりするけど、逆に、「あ、これは掘り出し物だ」なんて自分でナットクしちゃう曲もあったりしますね。

今回は、そんなヒット当時は聴いてなかった(ハズ)だけど、後年、聴いて「これは!」って思えた、個人的"当たり"曲をひとつ。

西城秀樹「この愛のときめき」。

うーむ、秀樹の曲って、曲調が似たようなものも結構あるけど、タイトルも似たようなのがあるんだよな。
78年の丁度今頃のヒットで、「あなたと愛のために」ってあるけど、この曲は、それより3年前。75年の今頃のヒットですわ。

当時、ワタシはと言えば5才。

当然、ヒット曲なぞ、また聴いてませんでした。。。 ってか、能動的には・・・っていう注釈が入ってしまうけど。。。
もちろん、テレビで流れてた曲のの中には、進んで聴いてた記憶は無いけど、体のどこかで覚えてる曲もあるんだけどさ。

このヒデキの12枚目のシングル、「この愛のときめき」も、当然、当時は「能動的」には聴いてなかった訳でね。
初めて聴いたのは、大人になってからですね。90年代にリリースされた秀樹のベスト盤でだったと思う。

イントロを聴いただけで、これは「ビンゴ!」で閃いたなぁ。

それ以前の秀樹と言ったら、「情熱の嵐」や「激しい恋」などのプラスロック調のアッパーチューンか、はたまた「傷だらけのローラ」のような、超大げさな激情型バラードか・・・って言うイメージが強かったんだけどさ。

この曲は、そう言う激しさがない。ミディアムバラードチューン。

すこしゴスペル調のコーラス。その後の流れも、ゴスペルのようなコーラスを生かした曲調でね。 それまでのヒデキの曲ではなかったような曲調が新鮮なんだよな。

まあ、全体的に「歌謡曲」というよりも、洋楽にコミットしたような曲調が多かったけども、この曲もそんな流れを汲んではいる。
 けども、コーラスを多用した曲の切り口は、それまでの曲には無かったような切り口なんだよね。

特にサピノメロディラインとコード進行が印象的。

♪ どんなふうに 愛したら わかってくれるだろう〜 ♪ の♪ わかってくれるだろう〜♪ でメジャーからマイナー調に転調するコードの響きがねぇ、個人的にグッときたりしてね。

曲を聴いてると、結構難しいコード進行のようにも感じるんだけども、今、ネットでこの曲のコード進行を調べてみると、意外にもかなりシンプルなコード進行なんだよな。

ゴスペル風に聴こえるところから、テンション系のコードも多いか・・・と思いきや、メジャーコードが多いな。
ちょっと意外。
音源聴いてると、結構複雑な響きに聴こえたりするんだけどもね。

でもね、上で書いたようにベスト盤で初めて聴いた・・・・はずなんだけどねぇ、なんか、懐かしい気分にさせてくれるんだよな、この曲。
もうね、何回も書いてるけど、ヒット曲って、そういうノスタルジーな気分にさせてくれるから不思議。

初めて聴いた時は、75年の今頃の曲・・・なんて分かんなかった筈なのに、浮かんでくる絵面は、ちゃんと75年頃の風景なんだよな。
当然、まだ福島の「いわき」に居た頃だ。まだ幼稚園だったころ。送り迎えのスクールバスから見えた風景。
この曲を聴くと、そんな風景が見えてきたりする。

上でも書いたように曲調が、優し目なミディアムチューンなんでね、見えてくる風景も穏やかの風景なんだよな。

もしかしたら、知らず知らずのうちに、当時、この曲耳にしてたのかなぁ・・・なんて疑いたくなるほど、鮮明な風景が脳裏に浮かぶ。

やっぱ、そう言う曲ってどうしても引っかかるんだよね。 曲聴いて情景が浮かばない曲は引っかからないんだよね。

ちなみに、当時、ワタシ、幼稚園の送迎バスの中から、電柱についてる「番号」を数えたり、家でも電話帳読んだり、ロードマップが好きだったり、ヘンなガキだったんだよな。
 なんかね、ロードマップ見てると、絵が浮かんできたり、電話帳の数字の羅列とか、住所から絵が上んできたり・・・ちょっと危ないところがあったガキだったのよ。
よく言えば、「空想好き」だったんだよな。

ま、今でもヒトがやらないような事をやるっていう「変」なところは、当時から変わってないんだけども。。。


・・・・動画、流石に42年も前の曲の動画はそうそうないかなぁ。少なくともYou Tubeには適当な動画がなさそう。。。
・・・と思ったら、他のサイトにあった

http://www.dailymotion.com/video/x1yvjse_%E8%A5%BF%E5%9F%8E%E7%A7%80%E6%A8%B9-%E3%81%93%E3%81%AE%E6%84%9B%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%82%81%E3%81%8D-1975_music

75年のレコード大賞の時のもんだけどね。
一番気になったのは、曲の前に挟まった、秀樹の「セリフ」なんだけどさぁ。 なんじゃこりゃ、この気持ち悪いセリフは。 これ、いつも言ってたのかな? 当時の他の歌番組の動画が無いんでよく分かんないんだけど。。。

小川哲哉氏の歌紹介のアナウンスは流石にうまいっすね。イントロ部分できっちり収まってる。


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