かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1970年代ヒット曲

雨がやんだら / 朝丘雪路

1971_05_雨がやんだら_朝丘雪路


今回の1曲セレクトは、「雨がやんだら」朝丘雪路です。

まずはデータです。

・タイトル     雨がやんだら
・アーティスト   朝丘雪路
・作詞       なかにし礼
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1970年10月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  32.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1971年3月29日〜5月17日付

自分が記憶に残る「最古」の曲って何でしょうかねぇ〜。
あー、また、訳分かんない出だしにしてしまった。。。  うーむ、前も同じような疑問を投げかけた事があったような気がするけど、その時は確か、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」って書いたような気がする。

うん、確かにね、「物心」ついた後の最古の記憶としては、フィンガー5だったような気がするんだけどさ。
でもね、死んだ母親にしてみると、そうじゃなかったらしい。。。

昔、「あんた、よく歌ってたんよ」って聞かされた曲が、五木ひろしの「よこはまたそがれ」と、もう1曲が今日セレクトしてきたこの曲だったんだよな。 うーん、ワタシゃ、全く記憶にありません・・・なんだけどなぁ。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな「物心」つく前によく歌ってた曲。

朝丘雪路さんの「雨がやんだら」。

うむ、昨日書いた、クールファイブの「長崎は今日も雨だった」が「雨」の曲だたんで、そのアンサーソングではないけど、雨上がりの曲もいいかな・・・なんておもってたら、丁度目にとまった・・・こともありまして。。。

でもねぇ、この曲、ホント記憶になかったんですよね、母親に言われるまでは。

・・・というか、初めはタイトル見て、全然曲が思い浮かばなかったモノ。 いわんや誰が歌っていたのかも全く記憶にあらず。。。。

実際に、「あーこの曲かぁ」って思ったのは、88年に放送された「レコード大賞30周年記念」で過去の各賞受賞で流れたVTRを見てですよ、確か。

うん、この曲は、1971年第13回レコード大賞で、「作曲賞」をとったんだよね、確か。 作曲は筒美京平氏ですよ。
ちなみに、筒美氏は、この年、尾崎紀世彦氏の「また逢う日まで」でレコード大賞。南沙織さんの「17才」で新人賞・・・と、レコード大賞の主要3部門受賞と・・・当たり年だったんだよね。

たださ、いまこの曲を聴くと、「え? これ、筒み京平氏?」なんて思うような曲調なんだけどさ。 うん、完全なる「歌謡曲」。
個人的には、70年代後半以降の日本の「キング・オブ・ポップス」といえるような「ポップス」な筒美京平氏しかリアルタイムでは知らないからさ。 この完全なる「歌謡曲」な曲想にはかなり違和感を感じたりしたもんなんだよな。

ただ、メロディライン、特に

♪ 雨がやんだら お別れなのね 二人の想い出 水に流して〜 ♪ っていうAメロの部分。 ココですよね。

普通の「歌謡曲」とは違うところは。

出だしの ♪ 雨がやんだら〜 ♪ っていうメロディラインからして、「うむ、これは違うぞ」っちゅう、とっかかりを感じるけど、 その後の ♪ 二人の想い出〜 ♪ っていう「半音ずつ」上がって行くメロディラインだよなぁ。

この2つのフレーズだけで、「作曲賞」を取ったっていってもいいんじゃない? って言うくらい印象深いんだよな。

兎に角、♪ 二人の想い出〜 ♪って言う部分のメロディラインのグルーヴ感が堪らないんだよな。 なんて言うのかな思わず背中が「ゾクゾクッ」とくるような。。。。 いい意味で。

これと同じように「半音階」をウマく使った曲としては、78年の大橋純子さんの「たそがれマイラブ」なんかもそうなんだけどね。 うん、この曲も同じように、いい意味で背中に「ゾクゾクッ」としたものが走ったもんなぁ。

まあ、最初に書いたように、この「雨がやんだら」の時は、ワタシ的にはまだ物心が付いてなかったんで、意識的な事ではなかったけど、結局は同じような所に引っかかったんだろなぁ。 


ただ、それにしてもやっぱり、歌謡曲なんだよなぁ、この曲は。 一体どこが、ポップスではなく、歌謡曲なのか・・・っちゅうと、やっぱアレンジなんだよね。
「むせび泣く」テナーサックスで始まるイントロ。 これを聴いちゃうと、昨日の「長崎は今日も雨だった」ぢゃないど、いやがおうにも「ムード歌謡」な印象が出てきちゃう訳でさぁ。 バックも、いかにも「ワワワワ〜」なんてコーラスが入りそうな3連ぽいリズムだしね(実際は「ワワワワー」なコーラスは無いけど)

うーん、これは、アレンジャーの森岡賢一郎氏の世界だなぁ〜・・・・と思ってたら。。。。

ありゃりゃ、この曲、アレンジも筒美京平氏なんだ。。。。

うーむ、これにはちょっとビックリ。 筒美氏がこんなモロ「歌謡曲の王道」のようなアレンジをしていたとは。。。

まあ、それだけ、当時のヒット曲界といったら、ムード歌謡な世界観が一番のヒット頭だったってことなんだろうね。筒美氏が常々言ってる事だけど、ヒット曲作家の使命はいかに「ヒット」する曲を書くかだったわけで、自分の趣味嗜好とは違ってますからね。 そう言う意味でも、この手のムード歌謡が、当時のヒットの王道だったってことなんだよね。

ちなみに、この曲の半年前にリリースされた、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」って言う曲も、同じく 作詞 なかにし礼、作曲 筒美京平っていうコンビで書かれてるけど、この曲もモロ歌謡曲だしね。 まあ、ムード歌謡というよりは、少しタイプは違うけど。

まあ、これが昭和45年(1970年)っていう時代だったのかもな。 うん、この「雨がやんだら」は1971年のヒットということになってるけど、リリースは1970年だったしね。
そうなんだよね、リリースからベストテン入りするまで半年もかかってるんですよ、この曲。
ただね昨日の「長崎は今日も雨だった」でも書いたように、この当時は、リリースからベストテンヒットになるまでに時間がかかるって言うのはザラだったわけでさ、逆に言えばベストテン入りするような曲は、ほとんどがロングヒットと言う時代だったんだよね。 まあ、だからそれほど驚くことでもないんだけど、今のヒットパターンを中心に見ると、全く違うからなぁ、違和感は感じるところなんだよね。

この曲をプロデュースしたのが、CBSソニーの酒井政利氏で、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」を聴いて、アダルト路線を思いつき、この曲の誕生となったようですね。

ただ、翌71年リリースの曲になると、ヒットのタイプががらりと変わってくる。そそそ歌謡曲の王道路線から、「ポップス」って言うキーワードが入って来るんだよな。 それによって筒美氏の曲調もガラッと変わってくる。

こんな時代の変化を追いかけるのもヒット曲をクロニクル的に聴く時の面白さだったりするんだけどさ。



↑で、この曲では ♪ワワワワー♪コーラスは使ってなかったけど、・・・ってかいたけど、使ってましたね。。。
スミマセヌ。。。


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きみ可愛いね / 伊藤咲子

  1976_05_きみ可愛いね_伊藤咲子


今回の1曲セレクトは、「きみ可愛いね」伊藤咲子です。

まずはデータですよん。

・タイトル    きみ可愛いね
・アーティスト  伊藤咲子
・作詞      阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      三木たかし
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜5月10日付

曲のパクリ・・・・というと、どうもマイナスなイメージが付きまとう訳だけどさ。それは、やっぱり、ヒトのフンドシをチョロまかすズルさって言うのを感じるからなんでしょうかねぇ。
 その前に少し事務的な方には「著作権ドロボー」云々っていうのも思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょう。
いずれにしてもオリジナル性が感じられないわけでマイナスなイメージが出てきちゃうんでしょうかねぇ。

まあ、そんな「パクリ」⇒マイナスなイメージが付きまとっていたのも今となっては「過去」の話になりつつあるのかなぁ。最近では「サンプリング」って言う手法も「普通」になり、昔の曲からバンバン、パクって、うんにゃサンプリングしてる曲も珍しくないもんね。

・・・・なんていつものごとく突如、訳分かんない「マクラ」を書いてたりするワタシなんですが・・・

なんで、今回セレクトしてきた、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」と曲のパクリが関係するねん・・・とお思いの方もいらっしゃるかなぁ。

でも、「ハハン」とピンと来た方は、結構ネット上の「噂」話を読んでますよね。

そそそ、伊藤咲子「きみ可愛いね」ってググると、ZIGGY「GLORIA」に結構引っかかるんだよね。

なぜに? 

答えは簡単、ZIGGY「GLORIA」のパクリ疑惑がネット上で結構な噂になってたからで

まあ、これについては、以前、当のZIGGY「GROLIA」を書いた時にも言及した・・・・ぷぷぷしてなかったwwww

うむ、仕切り直し。。。。

えーとね、そそそ、ZIGGYの「GLORIA」のAメロと、今回セレクトした伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」のAメロが瓜二つ・・・・っつか「全く同じ」なんだよね。

それでパクリだ・・・・と密かに騒がれていた訳でさ。

ちなみにZIGGY「GLORIA」 ↓ コレ




まあ、意図してこうなった訳・・なんて無いと思うけどね。。。 それとも作詞作曲者の森重氏は、その昔、伊藤咲子さんのファンだったのかしら。。。 とか思ったりもして。。。。

ちなみに、最近だと、これに加えて、NMB48の「らしくもない」のAメロが「GLORIA」のAメロと似てるっつうことでパクリ疑惑がネットで騒がれてたりして。。。
「GLORIA」のAメロに似てるってことは、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」にも似てる・・・っつうことですわな。。

↓ コレ



ウ〜ン、似てるかコレ? ビミョウ。。。。


・・・・ということで、前置きが超長くなった。。。本題。

正直言うとね、個人的には最近までこの曲、知らなかったのよ、ワタシ。
何分、自分でランキングを作っている訳で、1976年のチャートも作ったんで、当然、曲タイトル自体は知ってたし、気にはなってたんだけど、曲自体は長年聴いたこと無かったんだよな。。。

当時、ワタシは6才〜7才。 1976年(昭和51年)と言えば小学校に入学した頃ですわ。
まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったからなぁ。。。

なんでね、今回、これ書くんで改めて曲を聴いてみた。

今はググるとようつべの動画が出てくるんで便利な世の中になったわな。

なるほど・・・確かに、AメロはZIGGY「GLORIA」と全く同じだわ。。。   と、いうか、この曲の方が「GLORIA」より13年も前になるわけだから、こっちがオリジナルって訳になるのだが。。。。

ちなみに、この曲、この年1976年の暮れにリリースされた、マイナーチューニングバンドっちゅう「覆面」ソウルバンドの「ソウルこれっきりですか」に取り上げられているんでね。

そそそ、キメのコトバの ♪ きみかわいいね〜 ♪ って部分。

マイナーチューニングバンドの「ソウルこれっきりですか」は音源持ってるんでさ、だから、ここの部分だけは知ってたのよ、ワタシ。

で、その部分だけを聴いて、膨らませていた曲想とはちょっと違っていたな。 もうちょっとね、アイドルアイドルしているのかと思ってた。

・・けど、思ったよりもソフトな曲調なんだよな、全体的に。 

それ以前に、メロディライン、サウンドともに古いんだよね。 アイドルポップスというよりは、正統派な歌謡曲に近い・・・というかさ。

70年代って、日本の音楽の「高度成長期」だったわけよ。 うん、経済に10年遅れて・・・って感じの高度成長期。
サウンド、メロディライン・・・などなど日進月歩変わって行くって感じでさ。 だから、70年代初頭と末では、全く違う音楽に感じるんだよな。

そのもっとも大きな分岐点だったのが、75〜76年あたりで、この2年取ってみてもサウンドがだいぶ変わるのが分かるんだよね。この頃の曲を「通し」で聴いてみるとさ。

まあ、きっちりと線を引いたように変わる訳ではなく、曲によって、新しさを感じる曲、古さが残っている曲・・・とバラバラに変化して行っている訳だけど。。。

そういう時代の変化の中にあっては、この曲はどちらかと言えば、70年代でも「前半型」・・ということは、「古いほう」の70年代的な曲って感じなんだなあ。

例えば、♪ シャラランラン〜 ♪ っていうコーラスではじまるイントロにしたって、天地真理的だしさ。 それにつづくストリングス主体のサウンド、フルートのガイドメロディ・・・と全体的に古いんだよね、曲想が。

アイドルにしては「正当派」、ウタの上手さでは定評があった、伊藤咲子さんのボーカル自体が、当時としてもアナクロさを感じるようなところはあったのかもしれないけど。。。

そんじゃ、全体的に古さを感じる曲でした・・・で括ってしまっていいのかというと、完全には言いきれないんだよな。

うん、古さの中に新しさも感じる。 例えば、↑で書いた、 イントロのコーラスの部分のコード進行。Cで始まるのに、途中で転調したような動きを見せたり。 Aメロに入る前の ♪ Fu Fu Fu〜♪ っていうコーラスの響きがソウルっぽかったり、70年代前半にはなかった新しさも感じたりする。

それ以前に、ビート感だよね。16ビートなビートを刻み続けているベースライン、ギターカッティッング。 これは、70年代中盤〜後半っぽいよなあ。

・・ということは、いろんな要素を含んでいるんだよな、この曲。 この曲だけで、70年代前半から中盤までのサウンドを一気に聴けてしまう・・・というか。。。

なにより、このスピード感、温度感は、いかにも「春」から「初夏」を感じさせるんだよね。 今頃の季節にはピッタリの曲だと思うわ。




ところで、伊藤咲子さんといえば、70年代中盤のトップアイドルの一人・・・って言う認識で個人的には居たんだけどさ。
ヒットチャート的に見ると、意外と伸びてないんだよな。 今回セレクトしてきた「きみ可愛いね」が、オリコンでは2曲目のベストテン入り。
この曲の前にベストテン入りしたのが、1年ちょっと前にリリースされた「木枯らしの二人」。 この2曲だけなんですよ、ベストテンヒットっていうのは。

これはちょっと意外な結果なんだよな。 当時の状況をリアルタイムで経験してきた訳じゃないんで、何とも言い難いんだけどもトップアイドルというよりかは、どちらかと言えば「B級」に近かったような実績なんだよね、オリコンだけを見るとさ。


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あの鐘をならすのはあなた / 和田アキ子

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今回の1曲セレクトは、「あの鐘をならすのはあなた」和田アキ子です。

まずはデータでする。

・タイトル    あの鐘をならすのはあなた
・アーティスト  和田アキ子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1972年3月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 53位
・売上げ枚数 4.1万枚

最近は「ヒット」という概念が完全に変わってしまいましたね。
ヒット=CDが売れる事がすべてであり、大衆的にどの程度認知されているのか、支持されているのかっていうのは、ほとんど考慮されなくなってしまいました。
リリース直後にCDさえ売れれば「正義」、売れなかったから「敗北」っていうイメージになってしまっているじゃないですか。

まあ、確かに「商業音楽」と言う世界、「商売」な訳ですからCDが「売れる」ことは道義上最も大切な事ではあるでしょうね。

でもねぇ、エンターテインメントって言う世界、それですべを括っていいものなんだろうか・・・っていうと、そうじゃないよね・・・っていうのは、「売れた曲」好きなワタシにもあるんだよね。

そもそも、ヒット曲と売れた曲っていうのは、完全同義語じゃない事は、ヒット曲の世界に入った頃から分かっていたんでね。
いや、すぐにではなかった。 昔は、レコードが売れるってことが、その曲をより広く知られる大衆的な曲ってことであり、そういう意味でレコード売り上げとヒットは、ほぼ正の相関があったんだよね。 いわいるヒットチャートのチャートアクションも、今とは比べ物にならないくらい緩やかな動きを見せており、その間により多く「大衆」に広がりを見せたために起こり得た現象なわけだ。

でもね、売れた曲全てがそうだったのかというと、そうではない。 それほど爆発的な売れ方をしなかった曲でも、大衆的に認知された曲は昔はいくらでもあった。

その違いに気がついたのは、やっぱ「ベストテン」と「オリコン」のランキングに差があることに気がついてからだろうな。 つまりは、オリコンではそれほど上の順位に行かなかった曲でも、ベストテンでは結構高順位に行く曲があるって事。 それは週間順位ではなく、年間単位になるとさらに顕著になる事って事が分かってからなんだよね。

つまりさ、世の中、週間単位として爆発的に売れなくても、大衆的になれる曲はあるんだってことですね。


今回は、それが顕著に分かる曲をひとつ。

和田アキ子「あの鐘をならすのはあなた」。

この曲、和田アキ子さんの曲のなかでは、大抵の方が知ってらっしゃる曲だよね。

通常の感覚からみれば、それじゃさぞかし売れたんだろう・・・と思われがちなんだけどもね。 でもね実際は、業界的に俗に言う「左ページ」にも入ってないんだよね。

つまりは、オリコンで50位にも入っていない。 最高位53位、売り上げ枚数4.1万枚。

全く売れなかった訳ではないけど、ヒット規模で言えば、スマッシュヒットにも値しない、かなり小規模なヒットだったって事。

それでも、今では和田アキ子さんの代名詞的な曲になっているんだから。

それは、後年、例の「アッコにおまかせ」とか「レコード大賞30周年記念」で、これでもかって言うくらい流された、72年の「レコード大賞」最優秀歌唱賞をこの曲で受賞した時の、号泣シーン、いわいる「和田ゴンの雄たけび」と、「黒い涙」のシーンという、めちゃくちゃ強いインパクトシーンが、話題になったって事も大きかったんでしょう。

でもさ、それだけで、今でも認識されるような代名詞的な曲になるかというと、そんなに世の中甘くは無いと思うんだよね。

結局はさ、この曲自体のインパクトなんですよ。

個人的に72年というと、まだ3歳だからさ、この曲、リアルタイムでは聴いてない(と思う)し、当時、どういう扱いをされていて、大衆的にどの位の支持をされていたのかっていうのは、分からない。

だから、あくまで推測になるんだけど、おそらく、ほとんどの方は「後付」でこの曲を知ったんじゃないのかなぁ。
つまりさ、例の「インパクト」なあるシーンの後に流れる、この曲にビビビッ・・と初めて知った・・・と。

まあ、そうじゃなきゃ、72年当時、小ヒットって終わってしまった・・・って事も無かったろうしね。

ただ、言えることは、ヒット曲としての売れ方って、一つじゃないんだよね。 リリースした当時は売れなくても、後年になってから、改めて売れる曲もある。

売れる売れない・・・っていうのは、時代時代で変わって行くもの。そそそ、時代とどう折り合いがあるのかって言うのも大事な要素の一つなんですよ。
 リリースした当時は時代との折り合いがつかず売れなかった曲でも、後年、時代の空気が変わると突然売れる曲もあるって事。

だからねぇ、リリースした曲は1曲1曲大事にすべきだと思うんだよね。 最近の曲ってさあ、リリースされるまでは大量にプロモーションを打つけど、リリースされた瞬間に「はい、さよなら」っていう曲が多いでしょ。まるで使い捨てのように。 それじゃ曲が可哀想ですよ。もっと1曲1曲を大事にせにゃ。 その時は売れなくても、後年、どうなるか分かんないんだから。

ちなみに、和田アキ子さんの曲って、不思議なもんで、それほど売り上げ枚数が高くない曲で「有名」な曲が多い。
この「あの鐘をならすのはあなた」と同じように代表曲といわれる、「笑って許して」にしても「古い日記」にしても、「どしゃぶりの雨の中で」にしても、いずれもオリコンでベストテン入りしてない。

じや、オリコンでベストテン入りしてる曲って1曲もないの? っていうとさにあらず。
71年6月の「天使になれない」は最高8位。、同じく71年12月の「夜明けの夢」では最高10位まで行ってる。
でも、どちらも今となってはほとんど聴かれない曲だったりしてさ。



この曲で特出すべきところは、やっぱ、スケール感だよね。 よくモノの本に「天文学的スケール感」があるなんて書かれたりするけど、まさにそんなイメージだよね。

確かに、歌謡曲全盛の当時、結構大げさなイメージのデカイ曲もあった。例えば、尾崎紀世彦氏の一連の大ヒット曲とかさ、いかにもショービス的なスケールがデカイ曲があったりたじゃん。

でも、この曲、それと比べてもスケールのでかさは飛びぬけるもんなぁ。 

なんて言うのかな、空間認識的な広さっていうのかなぁ。 出だしの ♪ あなたにあえて〜 ♪ はメゾピアノで、比較的、狭い空気感であるのが、 ♪ つまづいて〜 ♪のBメロでは、やや力が入ったメゾフォルテ、 それから、♪街はいま〜 ♪っていうサビで力強いフォルテに移行する。

そして、最後の最後 ♪ あの鐘を鳴らすのはあなた〜 ♪っていうクライマックスでフォルテシモに持って行く。
間口の広い空間を感じるんだよね。 その間口っていうのが通常の曲の幅ではなく、とてつもなくデカイ空間に感じるんですわ。

そんな間口がでかい曲に、全く負けていない和田アキ子さんは流石な訳だし、このヒトじゃなきゃ、この曲のこのスケール感は伝わってこないわな。


それと印象的なのは、この曲のベースラインですねぇ。 そそそ、単純にコードの「根音」を追っていくベースラインではなく、ウネウネウネとまるで蛇がのたうち回っているように目まぐるしく動きまわるベースライン。
これですよ、この曲の真骨頂は。

というか、当時の歌謡曲には、こういうベースラインの曲ってあるんだよね。 それが70年代歌謡曲の大きな特徴でもあるんだけどさ。

当時のスタジオミュージシャンって「ジャズ」バンド上がりの方が多かった訳でさ。だからベースにしても、コードのルート音を単にペンペン弾くのではなく、ジャズのアドリブよろしく、勝手にアドリブをかけちゃうヒトも多かった訳よ。

この曲にしたって、こんなうねうね動き回るベースライン、きっちりと指定音符で譜面に書いてある訳が無いからさ、ほとんどアドリブだと思う訳よ。 でも、そこに「味」を感じる訳よ。曲を程良く締まらせているし。

いや、これも70年代歌謡曲を聴く上での楽しみの一つでもあるんだよね。 80年代になるとジャズ系出身のスタジオミュージシャンも少なくなって、この手のアドリブを利かせたベースラインの曲って少なくなるからさ。


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Hi-Hi-Hi / あおい輝彦

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今回の1曲セレクトは、「Hi-Hi-Hi」あおい輝彦です。

まずはデータです。

・タイトル    Hi-Hi-Hi
・アーティスト  あおい輝彦
・作詞      森雪之丞
・作曲      森雪之丞
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1977年3月5日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1977年3月28日〜5月9日付

昨夜、眠い頭で書いた千昌夫の「北国の春」はいまいち反応がね。。。

昨夜は「春ウタ」っちゅうことで、「北国の春」を持ってきたりしたんだけどねぇ。
国民的大ヒット曲なんで、刺さりはいいかな・・・なんて思ってたけど、やっぱ、これ読んでくださってる方とのジャンル的ギャップがあったかなぁ。。。

・・・っちゅうことで、再度仕切り直し。

今回は、「ポップス」系を持って来ましたよん。

あおい輝彦「Hi-Hi-Hi」ですよん。

奇しくも「北国の春」と同様、77年春リリースの曲ですよな。

うーん、心配ごと言えば、そこなんだけどね。 今から丁度40年前の今頃のヒット。。。
っちゅうことで、果たして、どれだけの方がこの曲を覚えてらっしゃるか・・・ってところですねぇ。

そんなワタシも、リアルタイムではこの曲聴いてなかった・・・・ハズなんだけどもねぇ。

でも、後年、テレビだかラジオだかで、この曲が流れて、「あ、この曲かぁ〜」なんてハッとしたんだよね。
たしか、後年CMかなんかで使われてなかったかなぁ、この曲。

♪Hi Hi Hi 春になったら Hi Hi Hi〜 ♪ っていう分かりやすくキャッチーなサビから始まるこの曲。タイトルだけじゃピンと来なくても、曲を聴けば、「あ、これか」って思う方も多いんじゃないかなぁ。

最近、春っていうと「桜」っていう感じで、どこか背筋をピンと張らなきゃ行けないようなフォーマルな感じの「春ウタ」が目立つような気がするけど、昔は、「春」っていうワクワク感が強い、カルジュアルな曲が多かったじゃん。
例えばキャンディーズの「春一番」にしても、太田裕美の「南風」にしてもそうだしさ。 
それまでの冬、身が縮こまるような思いをしていたのが、一気に解放されるっていうかさ。

この曲も、そんな「春」のワクワク感を感じさせる1曲ではありますね。ワクワク感と言うか、能天気というかね。 

曲想的には、例えばルーベッツの「Sugar Baby Love」あたりの、すこしサーフィン系を感じさせる、爽快感あるイメージだよね。

ただ、77年っちゅう年代が年代だし、リリースが「テイチク」っちゅう、モロ歌謡曲路線のレーベルなんで、サーファー系の爽快な曲と言っても、今聴くと「和」の匂いが強いんだよな。

特に、サビ終わりの、Aメロとかさあ、「ザ・70年代」って言う感じの、当時、お馴染みのメロディラインとかさ。

結局、やっぱ「歌謡曲」だよね・・・っていうイメージは拭えないんだけどさぁ。

これが、「東芝」とか「CBSソニー」とか洋楽にコミットしたレーベルからのリリースだったら、もっと違ったんだろうけどね。

いや、あおい輝彦氏の曲は、この曲だけじやなくて、前年の大ヒット曲「あなただけを」もちょっと違和感を感じるワタシだったりするんだよな。

いや、テレビで歌っているところを見ると、もっとスピード感があってワイルドなイメージなんだけども、レコードでは、なんで、あんなに「しょぼい」の・・・ってさあ。
まあ、それでも、約80万枚の大ヒットになったんだから結果オーライだったのかもしれんけど。。。


ところで、この曲、作詞は森雪之丞氏だったんだ  全然気がつかなかった。

森雪之丞氏って言えば、80年代アイドルの「コトバの魔術師」と言われるほど、奇想天外なコトバを多用した詞を展開してたんでね。 例えば、先週書いたソフトクリームの「やったね!春だね!!」とかさあ。。
それに比べると、この曲の詞は、かなり「まとも」な展開だしなぁ。

加えて、曲も森雪之丞氏本人なんだよね。 これも意外・・・と思われる方もいらっしゃるかもしれないけど、時々、曲も書いてたりする事があるんだよね。

個人的に一番初めに「え? そうなんだ」って思ったのは、堀ちえみの「とまどいの週末」(82年11月リリース)かなぁ。 これも作詞、作曲共に森雪之丞氏だったしね。

ちなみに、↑で、この「Hi-Hi-Hi」ってルーベッツの「Sugar Baby Love」のような・・・って書いちゃったけど、、後年、Winkが「Sugar Baby Love」のカバーを歌った時の「訳詞」は森雪之丞氏だったんだよね。

うーん、やっぱ、どこか繋がってる?



ちなみに、以前「あなただけを」の時も書いたと思うんだけども、あおい輝彦氏って、「ジャニーズ」出身ってことは、こ存じですよねぇ。
そそそ、「初代・ジャニーズ」のメンバーですね。

真家ひろみ
飯野おさみ
中谷良
青井輝彦

っていう4人ユニット。

今のジャニーズもユニットに引き継がれている点として、しっかり者(?)のリーダーが居て、二枚目が居て、三枚目が居て、ツッパリ(放蕩)系が居て、「普通」が居て・・・っちゅう、それぞれ異なるキャラクターが揃ってるっていうところが、実は、この時からあるんだよな。

 その点から言えば、あおい輝彦氏は「二枚目」タイプなのかなぁ。 今の「嵐」で言えば松潤的なポジションって感じですよね。

・・・・とすると、松潤も「嵐」解散後は、「水戸黄門」とかやってたりして。。。


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北国の春 / 千昌夫

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今回の1曲セレクトは、「北国の春」千昌夫です。

まずはデータです。

・タイトル    北国の春
・アーティスト  千昌夫
・作詞      いではく
・作曲      遠藤実
・編曲      京健輔
・リリース日   1977年4月5日
・発売元     徳間音工
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  130.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1979年2日5日〜2月12日 3月12日〜3月19日付

夜中の世界から、どんばんわ。 
只今1時30分。帰宅してから書いてたら、こんな時間になってしもうた。。。

だ、もんで頭が回ってませぬ。 駄文、ご了承くださいませ。


この間まで桜の季節なのに寒いのう・・・なんて言ってたのにすっかり暖っかくなりましたよね。
全国的に「春〜」な季節となりましたかね〜。 ラジオからは盛んに「春の歌」が聴こえてくるし、まあ、いい季節になりましたよ。

こういう時はラジオじゃないけど、春の歌を持ってきたくなる訳です。

・・・・ということで、今回の1曲セレクトは「春の歌」で〜。

千昌夫「北国の春」 

うわっ、めちゃくちゃベタっ    でもいいんです。 この曲、まだ書いてなかったんだもん。

こんな「国民的」というか、もろ「昭和」を代表する曲を書いてなかった・・・っていうのは、一重に「演歌」チックだったから・・・なんだよね。

なにせ、作詞は、今や、「泣く子も黙る」JASRAC会長、いではく氏。 作曲は、故遠藤実 御大ですよ。

これぞ、ザ・ゲ―ノー界てきな雰囲気が、どうも筆を遠ざけていたんだろうな。
なんて、真面目に書く事じゃないけど、単純に「演歌」は遠巻きにしてたからね。やっぱ、この世界は、ワタシらの世代の曲じゃなかったからなぁ。

・・・と言いながら、でも、やっぱりキニなる。 キニナルというか、子供の頃テレビから、この手の曲はいつでも流れて来てましたからねぇ。表面上はワタシらの世代の曲じゃないとか、好きじゃない・・・と言っても、無意識の中に体に染み込んじゃってるんだよね。

だから、この季節〜春〜になると、頭の隅っこの方かどこからともなく流れてくるっちゅうかねぇ・・・。

まあ、年を取って来る度にノスタルジーを感じやすくなってきてるってのもあるんだろうな。

ノスタルジーといえば、先週、往年の「国鉄」時代の花形車両だった「583系」が引退になりましたよね。
ワタシらの世代では憧れた人も多かったんじゃないかなぁ。それこそ、今回の「北国の春」じゃないけど、遠く青森からやってくる「583系」の特急には、いつでもどこか旅情を感じたもんだよね。
・・・と同時に、北国までの距離の遠さを感じたもんだよなぁ。

故郷は遠きにありて思ふもの

そう言う時代だったからこそ、この「北国の春」って曲にもノスタルジーを感じたんだろうな。

新幹線がデフォルトになり、青森まで3時間で行けるようになった今では、この曲がヒットした40年前とは比べもんにならないくらい、北国までの距離は近くなったし、そうなると、当時のようなノスタルジーを感じるのも難しくなった訳で。。。

そう言う意味では、やっぱり「昭和」って言う時代の産物なんだろうな、この曲なんかは。


・・・・と自分でもなに書いてんだか、よく分かんなくなってきちゃいましたが。。。

チャートマニアからしてみれば、「北国の春」といったら、超ロングヒットだろうなぁ。
↑のデータを見ても分かるように、最終的には130万枚なんていう、「ミリオンセラー」となったこの曲。

まあ、なんせ「国民的」な曲なわけで、ミリオン行くのも当たり前か・・・って感じもするし、逆に言えば「そんなもんなの」? なんて思われるかもしれないけど。。。

でも、この曲の特出することは、ここまでたどり着くまでの粘り強さだよね。

リリースは1977年4月。 今から丁度40年前だ。  なんて書くと、「はぁ〜、もう40年経つのね」なんて感じもするけど

でもね、この国民的な曲、オリコンでは1977年4月25日付で99位初登場。 でも、すぐに100位圏外に去ってしまったりして、なかなか上昇する機運が見られなかった。
最初は後のミリオンセラーなんて思いもつかないほどの泣かず飛ばずだったんだよね。

火がつき始めたのは、翌78年に入ってから。ジワリと少しずつランクを上げ、そのまた翌79年1月。やっとこさっとこベストテン入りまでたどり着く。
で、ついに初登場以来91週でミリオンセラー達成。

初登場以来91週目でミリオン達成・・・っていうのは、昔はオリコン史上、最遅の記録だったんだけどね。。。
うん? これは、今でもそうなのかな?

何分90年代のメガヒット期にあまりにも、ミリオンが乱発したんで、その辺の記録の整理がつかなくなっちゃったからなぁ。

ちなみに、オリコン最高位「6位」でのミリオンセラー達成は、80年代までは最低ランクでのミリオン達成だったんだけども、90年代に入って、沢田知可子「会いたい」とかミスチル「CROSS ROAD」も最高6位でミリオン達成。 その後、シャ乱Qの「シングル・ベッド」が最高9位でミリオン達成・・・と、この「北国の春」が最低ランクでのミリオン達成記録では無くなっちゃいましたけどね。

でも、なんと言っても91週もかけてのミリオン達成というところに意義があるんでしょうね。
そこにたどり着くまでに、どれだけ沢山のヒトに浸透して行ったのか・・・と言う事を考えるとさ、やっぱヒット曲の醍醐味なんだよね。そこにたどり着くまでの紆余曲折と言う物語を考えるとさ
 これは、同じミリオンでも、僅か1週でミリオンを超えてしまう、某アイドルの曲では味わえない醍醐味なんですよ。

だからこそ、40年経った今でもエバーグリーンな曲な訳だし、日本だけではなく、中国、東南アジアetc、アジア圏で幅広く知られる日本の曲になったんじゃないのかなぁ。




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この愛のときめき / 西城秀樹

1975_03_この愛のときめき_西城秀樹


今回の1曲セレクトは、「この愛のときめき」西城秀樹です。

まずはデータです。

・タイトル    この愛のときめき
・アーティスト 西城秀樹
・作詞      安井かずみ
・作曲      あかのたちお
・編曲      あかのたちお
・リリース日  1975年2月25日
・発売元    RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 27.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年3月10日〜4月14日付

久しぶりの1日2曲書き。いわいる「ダブルヘッダー」ってやつですわな。
ま、明日書いてもいいんだけども、最近、平日は腰が重くなって筆を上げたくなくなるんでねぇ、今日のうち書いてしまおうか・・・とPCに向かってたりします。。。。

ここでも何回も書いたような気がするけど、ワタシがヒット曲の世界に足を踏み入れたのは1978年11月。
だから、それ以前の曲は基本、リアルタイムでは聴いてない事になるわけだけど。。。

無論、全てではないけどね。 ピンク・レディーもキャンディーズもそれ以前からテレビでは見てたし、初めてカラオケで歌ったのは、77年の年末ごろに石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」だったしね。
ま、どこで曲を覚えたのかは、記憶にないんだけども。。。。。

ただ、大多数のヒット曲は「後付」で聴いた曲って言う事になる訳ね。
中には生理的に合わないなぁ・・・なんて思う曲もあったりするけど、逆に、「あ、これは掘り出し物だ」なんて自分でナットクしちゃう曲もあったりしますね。

今回は、そんなヒット当時は聴いてなかった(ハズ)だけど、後年、聴いて「これは!」って思えた、個人的"当たり"曲をひとつ。

西城秀樹「この愛のときめき」。

うーむ、秀樹の曲って、曲調が似たようなものも結構あるけど、タイトルも似たようなのがあるんだよな。
78年の丁度今頃のヒットで、「あなたと愛のために」ってあるけど、この曲は、それより3年前。75年の今頃のヒットですわ。

当時、ワタシはと言えば5才。

当然、ヒット曲なぞ、また聴いてませんでした。。。 ってか、能動的には・・・っていう注釈が入ってしまうけど。。。
もちろん、テレビで流れてた曲のの中には、進んで聴いてた記憶は無いけど、体のどこかで覚えてる曲もあるんだけどさ。

このヒデキの12枚目のシングル、「この愛のときめき」も、当然、当時は「能動的」には聴いてなかった訳でね。
初めて聴いたのは、大人になってからですね。90年代にリリースされた秀樹のベスト盤でだったと思う。

イントロを聴いただけで、これは「ビンゴ!」で閃いたなぁ。

それ以前の秀樹と言ったら、「情熱の嵐」や「激しい恋」などのプラスロック調のアッパーチューンか、はたまた「傷だらけのローラ」のような、超大げさな激情型バラードか・・・って言うイメージが強かったんだけどさ。

この曲は、そう言う激しさがない。ミディアムバラードチューン。

すこしゴスペル調のコーラス。その後の流れも、ゴスペルのようなコーラスを生かした曲調でね。 それまでのヒデキの曲ではなかったような曲調が新鮮なんだよな。

まあ、全体的に「歌謡曲」というよりも、洋楽にコミットしたような曲調が多かったけども、この曲もそんな流れを汲んではいる。
 けども、コーラスを多用した曲の切り口は、それまでの曲には無かったような切り口なんだよね。

特にサピノメロディラインとコード進行が印象的。

♪ どんなふうに 愛したら わかってくれるだろう〜 ♪ の♪ わかってくれるだろう〜♪ でメジャーからマイナー調に転調するコードの響きがねぇ、個人的にグッときたりしてね。

曲を聴いてると、結構難しいコード進行のようにも感じるんだけども、今、ネットでこの曲のコード進行を調べてみると、意外にもかなりシンプルなコード進行なんだよな。

ゴスペル風に聴こえるところから、テンション系のコードも多いか・・・と思いきや、メジャーコードが多いな。
ちょっと意外。
音源聴いてると、結構複雑な響きに聴こえたりするんだけどもね。

でもね、上で書いたようにベスト盤で初めて聴いた・・・・はずなんだけどねぇ、なんか、懐かしい気分にさせてくれるんだよな、この曲。
もうね、何回も書いてるけど、ヒット曲って、そういうノスタルジーな気分にさせてくれるから不思議。

初めて聴いた時は、75年の今頃の曲・・・なんて分かんなかった筈なのに、浮かんでくる絵面は、ちゃんと75年頃の風景なんだよな。
当然、まだ福島の「いわき」に居た頃だ。まだ幼稚園だったころ。送り迎えのスクールバスから見えた風景。
この曲を聴くと、そんな風景が見えてきたりする。

上でも書いたように曲調が、優し目なミディアムチューンなんでね、見えてくる風景も穏やかの風景なんだよな。

もしかしたら、知らず知らずのうちに、当時、この曲耳にしてたのかなぁ・・・なんて疑いたくなるほど、鮮明な風景が脳裏に浮かぶ。

やっぱ、そう言う曲ってどうしても引っかかるんだよね。 曲聴いて情景が浮かばない曲は引っかからないんだよね。

ちなみに、当時、ワタシ、幼稚園の送迎バスの中から、電柱についてる「番号」を数えたり、家でも電話帳読んだり、ロードマップが好きだったり、ヘンなガキだったんだよな。
 なんかね、ロードマップ見てると、絵が浮かんできたり、電話帳の数字の羅列とか、住所から絵が上んできたり・・・ちょっと危ないところがあったガキだったのよ。
よく言えば、「空想好き」だったんだよな。

ま、今でもヒトがやらないような事をやるっていう「変」なところは、当時から変わってないんだけども。。。


・・・・動画、流石に42年も前の曲の動画はそうそうないかなぁ。少なくともYou Tubeには適当な動画がなさそう。。。
・・・と思ったら、他のサイトにあった

http://www.dailymotion.com/video/x1yvjse_%E8%A5%BF%E5%9F%8E%E7%A7%80%E6%A8%B9-%E3%81%93%E3%81%AE%E6%84%9B%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%82%81%E3%81%8D-1975_music

75年のレコード大賞の時のもんだけどね。
一番気になったのは、曲の前に挟まった、秀樹の「セリフ」なんだけどさぁ。 なんじゃこりゃ、この気持ち悪いセリフは。 これ、いつも言ってたのかな? 当時の他の歌番組の動画が無いんでよく分かんないんだけど。。。

小川哲哉氏の歌紹介のアナウンスは流石にうまいっすね。イントロ部分できっちり収まってる。


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追いかけてヨコハマ / 桜田淳子

  1978_03_追いかけてヨコハマ_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「追いかけてヨコハマ」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル     追いかけてヨコハマ
・アーティスト   桜田淳子
・作詞       中島みゆき
・作曲       中島みゆき
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年2月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   16.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1978年3月20日〜4月3日付

それぞれのアーティストにはターニングポイントってあるんだよなぁ。
特にビックヒットを連発していた、いわいるトップアーティストになればなるほど、そのターニングポイントっていうのは顕著になってくるんじゃないかなぁ。
あれがあったからトップアーティストにブレイクした。逆に、あれを境にヒットから遠ざかった・・って言う境ですね。

要因としては、特によく見られるのが時代との折り合いですよね。 楽曲が時代と折り合わなくなったとかさ。それと、単純にアーティストパワーが弱くなってきたっていうのかな。 まあ、この2点が複合的に絡み合うっていところが一番多いかもしれない。

ヒット曲クロニクルの時代的なターニングポイントとして、振り返ってみると、その一つとして1978年って言うのがある。
 70年代アイドル時代の終焉と、反面、ニューミュージックの台頭って言う時代の流れですね。 その中間的な役割として「ザ・ベストテン」があったもするんだけどさ。

今回は、そんな1978年がターニングポイントとなった方の曲をひとつ。

桜田淳子「追いかけてヨコハマ」。

この曲覚えてる方、いらっしゃいますかぁ〜。 いや、あの時代を知ってる方は、まだ、知ってらっしゃる方も多いかな。

この曲の前が、「しあわせ芝居」っていう中島みゆき、作詞作曲で話題になった曲。 それまで暫く「中だるみ」的な売り上げとなっていた、桜田淳子さんだけど、この「しあわせ芝居」で、再び息を吹き返した・・・という。

で、今回の「追いかけてヨコハマ」それにつづく、中島みゆきさん作詞作曲の第二弾シングルですね。

でもですね、約36.5万枚の売り上げを記録し、オリコンで3位まで行った「しあわせ芝居」に対して、この「追いかけてヨコハマ」は、売り上げ16.4万枚。オリコンではベストテン入りも逃す・・・という、トップアイドルの座について以後、初めてと言ってもいいほどの低レベルの売り上げに終わってしまう。

まあ、要するに「柳の下にドジョウは2匹」居なかった・・・って事になる訳なんだけどもね。

だけんども、なぜに、急にこれだけ売り上げが下がったのか・・・って言うのもあるんだよね。

なにせ、前作からいきなり半分以下の売り上げ。 それだけでなく、オリコンではベストテン入りも出来なかった・・・と。

ま、そこが最初に書いたような時代の流れ、時代のターニングポイントだったんじゃないか・・・そんな風に感じる訳なんだよね。

同じような傾向にあったトップアイドルが、もう一人。 そそそ野口五郎氏もそうなんだよな。

まあ、桜田淳子さんも、野口五郎氏も、オリコンは別として、「ザ・ベストテン」では、78年中はベストテン入りしてたし、野口五郎氏なんかは、78年秋に「グッドラック」のヒットで息を吹き返したように思えたんで、あの時点では、それほどのダメージは感じなかったかもしれない。

でもさ、今振り返ってみると、それ以前、数年の「全盛期」に比べると、確実に売り上げは下がってきてたからなぁ。
その傾向が富に現れたのが78年なんだよね。

特に桜田淳子さんは、この「追いかけてヨコハマ」を皮切りに、次の「リップスティスック」でぎりぎり、オリコン10位に食い込んだものの、それが「最後」のベストテン入りとなってしまう。
明らかなアーティストパワーダウン・・・そう言う傾向の時期だったんですよね。


まあ、上で再三書いたように時代の流れとアーティストパワーというのは大きな要因ではあるんだけども、曲調の変化っていうのも大きかったんじゃないかなぁ。

この「追いかけてヨコハマ」って曲。 今聴くと、ほぼ「歌謡曲」なんだよね。前年まで見られた「ポップス」的な曲調とは明らかに違う。

ま、その過渡期となった、前曲の「しあわせ芝居」もそれまでの曲調とは違った。 けど、この曲はそれまでのアイドルには無かったような曲調が新鮮だったんだよね。
 メロディラインがクラシック的でさ。 いや伝統的なクラシックというよりは、イージーリスニング的というかね。そんなメロディラインが新鮮だった。それに加えて中島みゆきさんがアイドルに曲提供したっていう話題性も加わったしね。 

でも、この「追いかけてヨコハマ」って言う曲は、おなじ中島みゆきさんの曲でも、それほど新鮮味がないんだよね。もろ歌謡曲的。
 時代は歌謡曲からニューミュージックへ・・・っていう曲調の変革期。いかにそれまで無かったような新しい楽曲が出てくるか・・・って言う期待があった中、時代を逆行して行ったかのような感じが強いんだよな、今聴いても。
そそそ、78年の曲と言うよりは、75年くらいの匂いがするんだよね。

当時、桜田淳子さんはまだ19才だったはずなんだけど、それにしては大人びた・・・いや、老けた感じの曲だよな・・・って言う印象も拭えなかったりもしてさ。

まあ、それらの要因が色々と絡み合っての売り上げだったんだろうな。

ただね、色々と書いたけど、個人的には、意外とこの曲印象に残ってたりするんだよね。 
当時、まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったワタシだけど、この曲は覚えてたりしたもんな。
むしろ、この曲の次の最後のオリコンベストテン入りとなった「リップスティック」の方が印象に無い。

本来なら、松本隆−筒美京平っていう、個人的に大好物路線である「リップスティック」の方が印象に残りやすそうに思えるんだけどね。

やっぱ、中島みゆきさんの曲っていうのは、時代性を超えたアクの強さっていうのがあるんだろうな。 だから、それが洋楽的だろうと、歌謡曲的だろうとアクの強さで印象に残ってしまう・・・と。

そんな所を感じさせる1曲だったりしてね。



ちなみに、この曲と全く同時期にヒットしていたのが、木之内みどりさんの「横浜いれぶん」。
奇しくも、同じ「横浜」を舞台にしたヒット曲だったしたけど、印象としては、やっぱこの「追いかけてヨコハマ」がひとつ上だったかな。

それにしても、この後も「横浜」を舞台にしたヒット曲って多いよね。
「歌謡曲」っていう音楽のイメージが、横浜と合うんだろうねぇ。
どこか異国情緒を感じる趣と、日本的な趣が交差する街って言う雰囲気が差。 
歌謡曲も、向こうの音楽の官能的な部分と、日本情緒が交差した音楽だからさ。そんな異種交流的な雰囲気がシンクロするんだろうな。


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我が良き友よ / かまやつひろし

1975_03_我が良き友よ_かまやつひろし


今回の1曲セレクトは、「我が良き友よ」かまやつひろしです。

まずはデータです。

・タイトル     我が良き友よ
・アーティスト   かまやつひろし
・作詞       吉田拓郎
・作曲       吉田拓郎
・編曲       瀬尾一三
・リリース日    1975年2月5日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   70.0万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年3月3日〜6月2日付

昭和の音楽人がまた一人旅立ってしまいましたね。
かまやつひろし氏。享年78歳

ここしばらく体調が悪いというニュースは聞いていましたが、まさか、こんなに早く逝ってしまうとは思っていませんでした。人生80年といわれ、80歳以上のかたも珍しくない昨今では、78歳で逝ってしまうとはやはり若かったと思いますね。

ワタシ的には、グループサウンズの世代ではないし、70年代からヒット曲を見続けているとは言っても、フォーク世代ど真ん中と言う訳でもない。
少し上の世代の大御所・・・そんな存在に感じていました。

ここのところ一時代を築いた音楽人が、次々に旅立ってしまっていますね。
時代は移り変わっている・・・昭和は遠くなりにけり・・・・と最近よく言われている訳で、それでも、実際に「昭和」というあの頃、時代を作った音楽人が逝かれてしまうのは、どんなに頭では分かっていると言っても淋しいものです。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、やはりこの曲しかないですよね。

かまやつひろし「我が良き友よ」

かまやつ氏が亡くなってから、ここ数日、テレビ、ラジオでも頻繁に流れている、かまやつ氏の代表曲・

・・・・と言っていいのかな。

ともかく一番「売れた」曲。 

そんな曲でいいの? あんたセレクターでしょ? もっとテレビ、ラジオで流れない気が利いた曲は無いの?

とか言われそうだけど、良いんです、この曲で。

ここは、あくまで当時の「今」の時期ヒットした曲をターゲットにセレクトするっていうのを大前提としているわけで。。。

・・・・そうです、この「我が良き友よ」は「今の時期」のヒットしていた曲なのですね。

リリースは1975年2月5日。当時のオリコンチャートをひも解くと、それから約1か月後の1975年3月3日付でベストテン入りを果たしています。 しかも前週16位から3位と、いきなりのベスト3入り。

つまりは、42年前のまさに「今」の時期からヒット街道まっしぐらとなった訳ですね。 
最終的には3月最終週から4週連続で1位獲得。以後6月2日付まで、丸3ヵ月間、計14週間ベストテン内キープ。70万枚という大ヒット。
名実ともに、かまやつ氏の「代名詞」的な曲になった・・・・と巷では思われている訳ですが。。。

ただ、かまやつ氏本人側からとしてみれば、果たしてそうなのか・・・とも思えたりもして。

確かに「ソロ」としては、この曲は、かまつや氏にとっては、唯一のオリコン1位獲得曲であり、ゆえに「代表曲」というのは事実な訳だけども、なにより、ソロ以前に、ザ・スパイダースのギタリストであり、コンポーザーという確固たる経歴がある訳でね。
その後も40年にもわたるミュージシャン人生を見ると、この曲の大ヒットというのも、そんなミュージシャン人生の中の1ページだったのかもしれない。

そんな肩に力が入っていない飄々とした生き方。 個人的にはそう言うイメージがあるんですよね、かまやつ氏には。

「吉田拓郎氏がいいなぁと思った。自由で、自分が言いたい事を表現してる。これが本当の音楽ぢゃないか」

というかまやつ氏が語った趣旨の一節が田家秀樹氏の「読むJ-POP」にある。

スパイダース時代、G.Sの第一人者のグループということで、ヒット至上、スケジュールも管理され・・・という、管理管理の中で音楽をやっていたかまやつ氏にとっては、当時の吉田拓郎氏の自由奔放な音楽への関わり方が羨ましくもあったんでしょうね。

そんな羨望の中から、吉田拓郎氏との関わりが生まれ、自身もエレキからアコギに持ちかえ、フォークを歌っていく。 もともとジャズ一族の生まれであり、ジャズからポップス、ロックと流れて行っただけに、それまでのかまやつ氏には無かったフォークという歌への傾倒が始まる。

そんな中で、生まれたこの曲。 

だから・・・と言う訳でもないんだろうけど、作詞、作曲は、かまやつ氏本人ぢゃなく、吉田拓郎氏なんですよね。
本来、コンポーザーでもあるかまやつ氏が吉田拓郎氏の曲を歌う。
 コンポーザーであるヒトからみれば、他人の曲の歌うっていうのは勇気が居る事だろうし、場合によっては屈辱的な事でもあると思う。
本当に信頼したヒトの曲ぢゃないと出来ない。 そう言う意味では、かまやつ氏は、吉田拓郎ってヒトに心酔していたんでしょうね。

その始まりが、この曲の半年前にリリースされた「シンシア」。 当時のトップアイドル南沙織さんの事を歌った曲だけど、かまやつしが吉田拓郎と曲を歌いたくて、拓郎氏とコンタクトを取った曲と言われている。

その続きと言う位置づけであるこの曲でも、だから、コンポーザーとしてではなく、あくまで一人の「シンガー」として参加する事が出来たんじゃないかな。

そもそも、この曲自体「バンカラ」学生の歌であり、かまやつ氏のキャラではない訳でね。
自分に無いものをウタにする・・・コンポーザーにとっては難しい事ですよね。しかも、自分に無い部分が自分のベクトルがずれてればいるだけ難しさが増すわけで。。。

正直、この曲は、それまでの私生活を含め、音楽人生の中では体験した事が無いような内容だと思う、かまやつしにとって。
実際、この曲は吉田拓郎氏の大学生時代の私体験から書かれたものなんだけども。

そんなある種の異文化交流的なところ・・・というのが、大ヒットに繋がったのかもしれない。
それまでの経歴からしてみれば、限りなく洋楽的な立ち位置に居た、かまやつ氏が、日本の泥臭い文化な歌を歌っている訳だからさ。第三者からしてみれば「意外」性充分だもんね。



2006年の「吉田拓郎 in つま恋」での、かまやつ氏との共演。
そそそ1975年伝説の「つま恋」オールナイトライブから30年。ということもあり開催されたライブ。
「つま恋」が閉鎖された今日にあっては、これまた伝説的なライブですね。
うん、ワタシもこれ見に行ったんだよな。
野外ライブも数々見てきたワタシですが、自分よりも年上の、「お兄様」「お姉様」方が大半の野外ライブは、これが初めてでしたねぇ。そう意味でかなりのアウェー感を感じましたねぇ

もちろん、この場面も「生」で見てたんですが、個人的に「生」でライブを見たかまやつ氏は、結局はこの時が最初で最後になってしまいました。

改めてご冥福をお祈り申し上げます。 合掌。



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燃える秋 / ハイ・ファイ・セット

1979_02_燃える秋_ハイ・ファイ・セット


今回の1曲セレクトは、「燃える秋」ハイ・ファイ・セットです。

まずはデータです。

・タイトル     燃える秋
・アーティスト   ハイ・ファイ・セット
・作詞       五木寛之
・作曲       武満徹
・編曲       田辺信一
・リリース日    1978年11月5日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 23位
・売上げ枚数  8.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 27位
・タイアップ:映画「燃える秋」主題歌

今回セレクトしてきた曲は、前々から書こうとは思っていたんだけども、なかなか実際に書く決断が出来なかった曲なんですよね。
個人的には好きな曲なんだけども、レビューのとっかかりが難しくてねぇ。

その曲は、ハイ・ファイ・セット「燃える秋」

リリースは1978年11月。 同名映画の主題歌としてリリースされた訳でね。タイトルからして、如何にも「真っ赤な秋」を連想させられる訳で、実際にリリース時期もそう言う季節だった訳なんだけども、映画の公開が、年が明けた79年1月だった事もあり、実際のヒットのピークは、2月の今頃だったんだよね。

だから、この一番寒い季節に「燃える秋」と言われてもねぇ・・・なんて少しピントハズレな部分があることもある。

ただねぇ、オリコンでも最高23位と、必ずしも「大ヒット」した曲ではない訳で、あれから38年も経った今となっては、「知る人ぞ知る」って感じの曲になっちゃってますかねぇ。

ま、そんなことで、こんなの曲のタイトルを見て、どの程度の方が反応してくださるのか・・・っていうのはちょっと心配ではあるんだけども、前回までの2曲がミリオンセラー近くの大ヒットだったんで、今回はこういう曲でもいいよね・・・と自分に言い聞かせて。。


この曲すきだっていうのは、やっぱり普通の「歌謡曲」からは外れた曲調であるって事が大きいよなぁ。
なんだかんだ言っても「歌謡曲」っていのうは、「下衆」な音楽だからさあ。
・・・っなんて書いちゃ、元も子もないって感じもするけど、だから良いって言う部分もあるからねぇ、完全に否定する訳じゃないんだけども。

でもね、この曲のような「歌謡曲」って言う部分から離れた、ハイソサエティな雰囲気の音楽も、また良いんだよな・・って事なんだよね。

そう、まずもってこの曲から受ける印象は「ハイソサエティ」の一言なんですよね。

イントロからAメロにかけては、「メロドラマ」のBGMかっていう印象が残るけど、 

♪ Oh, Glowing Autumn〜 ♪ と言うサビの部分から、いっきにハイソサエティな世界が広がる。

まあ、映画の主題歌という事が大きいけど、このサビの特にコード進行、響きは、完全にクラシック的な流れ、いや、一時代の前の映画音楽の流れなんだよな。

60年代の映画音楽って、一重にゴージャスであり、現実空間とは別世界な空間を思い浮かばせてくれる・・・そんな曲が多いじゃないですか。

この曲は、まさにそんな感じなんだよね。

まあ、作曲者がクラシックの武満徹氏っていうところが大きいですけどね。 そうじゃなきゃ、この曲のサビのようなクラシック独特のグルーヴ感は出せないよなぁ、普通の歌謡曲の作曲家では。
うん、さしもの筒美京平氏でも、書けないと思うますわ。

作詞は作家の五木寛之氏。 まあ、この曲が主題歌の映画の脚本が五木氏って言う事もあって、作詞もやられているんだと思うけど。。。。
例のサビの部分が、英語詞だったり、「愛の蜃気楼(ミラージュ)」という言葉を使ったり、コトバもいちいちハイソラエティなんだよな。
 五木寛之氏って、この年1979年の秋に、松坂慶子さんの例の「愛の水中花」の作詞もやられたりして、意外とヒット曲と関係があるんですよね。


今でこそ、歌謡曲どっぷりなワタシだけど、もともとの個人的な音楽のルーツはクラシックであり、映画音楽を含むイージーリスニング系なんでさ、この手のストリングスがさんざめくような音楽って大好きなんだよね。

というか、自分の原点に返るような気分になれるんですよ。

まあ、クラシックだ映画音楽だ・・・って言う以前に、ハイ・ファイ・セットのコーラスも素晴らしいんだけどね、この曲。というか、これはハイ・ファイ・セットだからこそ、醸し出せるグルーヴ感だよなぁ・・とも感じさせてくれるしさ。

今じゃ、バンドサウンドであったり、シンセなどのいわいる「人口音」がデフォルトの音楽になっちゃったしさあ、このテの「生楽器」のみの音楽ってとんと聴かなくなっちゃったからねぇ、それが淋しい限りなんだよなぁ。

だれか書きませんかねぇ、人口音がデフォルトの音楽の時代、逆にこの手の「生音」だけの音楽って新鮮だと思うんだけどなぁ。

まあ、その前にこういう抒情的な曲が書ける方が、今じゃ、なかなかいなくなっちゃいましたけど。。。。




奇しくも、この曲、昨今騒がれてる「東芝」EMIのリリースなんだよな。
当時は、「東芝」は良い音楽の宝庫だったよなぁ。 ハイ・ファイ・セットを初め、ユーミン、オフコース、チューリップ、アリス、甲斐バンド、長渕剛・・・みんな東芝だった。
あれから数十年がたち、まさか、そんな東芝EMIはユニバーサルに吸収され、親会社も青息吐息になるとはな。。。




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性(さが) / ツイスト

1979_02_性(さが)_ツイスト


今回の1曲セレクトは、「性(さが)」ツイストです。

まずはデータです。


・タイトル     性(さが)
・アーティスト   ツイスト
・作詞       世良公則
・作曲       世良公則
・編曲       ツイスト
・リリース日        1978年12月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   31.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1979年1月15日〜2月26日付

えー、今回もマクラ無しで、いきなり本題に行っちゃいますぞ。

今回セレクトしてきた曲は、ツイストの「性(さが)」どぇす

えー、長い事この「1曲セレクト」を読んでくださってる方は気がついてると思うんだけど、今回ひっぱってきた、「性(さが)」、 過去に一度書いちゃってるんですねぇ

↓ コレ 
http://livedoor.blogcms.jp/blog/kajiyan0777/article/edit?id=52012973

今はブログの底〜にひっそりと眠っちゃってるんで、気がつかない方も多いかもしれないけど。。。


でもねどうも、頭ん中がここのところ1979年になっちゃってさ。。 しょうがないんで、79年の今頃ヒットしていた、この曲を、再度持ってきちゃいました。

あ、でも一度書いた・・・と言っても、前回書いたのは、今から10年前なんだよな。。そそ、上のリンク先のトピックスは元々は、10年前にmixiに「友達向け」に書いたもんなんだよね。
でも、友達向けって限定にしておくのは勿体ないんで、一昨年から、このブログにmixiから移植してきて公開したもんなんだけどさ。
 流石に文章、若いな。 いまねぇ、こういう新鮮な文章書けないのよ、ワタシ。。。 まだ30代でしたからねぇ、書いた時は。
まあ、よろしかったら併せて読んでいただけるとありがたいかなぁ


・・・・と取りとめもない事を書いてもしょうがないんだけど。。。

↑で、この頃頭が79年になってる・・・っちゅうのは、ついこの間、ヤフオクで79年〜80年の「月刊・明星」の付録の歌本・・通称「Youn Song」を大量に落札しまして。。。
今ねぇ、毎晩寝る前に1冊ずつ読んでるんですわ〜

わあ、悪趣味〜  ・・・って言われてもしょうがないんだけどさあ、でもね、やっぱ気分はあの時代に戻りますね。

当時、ワタシは9才。小学3年生。

流石に月刊明星を買うには、ほんの少しガキだったからねぇ。 うん、実際に買い始めたのは小学5年だった1981年3月号からだからさ。 そこからは、当時買ったものを「後生大事」に取ってあるんだけどね。

ワタシが買い始めた頃は、既に80年代アイドルの時代に入ってた訳で、ヤンソンもトシちゃん、まっち先生、聖子ちゃん、奈保子ちゃん・・といった、80年デビュー組が中心、うん、アイドルが中心だったんだけども、今回購入した79年〜80年頃は、ニューミュージックが中心。

うん、時代はニューミュージックブームでしたからねぇ。 で、そのブームの頂点だったのが79年ってわけでね。

何せ、ヤンソン恒例のハガキリクエスト「あなたが選ぶ今月のベスト20」も、ツイストとゴダイゴで、1位、2位を争っている時代。ちょっと前までは郷ひろみだったんだけどね。このハガキリクエストコーナーも。

ニューミュージックがアイドルだった・・・そんな時代なんだよね、79年は。

ちなみに、当時ロックBIG3と言われた、ツイスト、ゴダイゴ、サザンオールスターズの中で、リクエスト票数が一番低かったのが、サザン。

これ、今からしてみれば意外かもなぁ。

結局さ、ルックスのツイスト、演奏(技術)力のゴダイゴ、に対して、「お笑い」のサザンだったからさ、当時は。。  アイドルというよりも「イロモノ」だっんだよねぇ。 
そこが、リクエスト票数が伸びなかった所以だよね。 なにせ「明星」は、今も昔も変わらず、小中高生向けのバイブルだからさあ。


ま、そんなことで、昨今、頭ん中が79年になっているワタシな訳だけど、今回、この「性(さが)」を引っ張ってきたのは、それだけじゃないかもなぁ。
 うん、さっき気がついたんだけども、今年のカレンダー、79年と同じ並びなんだよね。 2月9日が木曜日になってる。。。

え? なんで、それで79年とカレンダー並びが同じって分かるの?  って事なんだけど・・・。

実は、初めて「ベストテン」をカセットテープに録音したのが、1979年2月9日なんですねぇ。。。

・・・っつうことは、1979年2月9日は「木曜日」だったはずで、今年と一緒なわけなんだよね。

あの時、「ベストテン」のベスト3は、1位アリス「チャンピオン」、2位ゴダイゴ「ガンダーラ」、3位が、今回のツイスト「性(さが)」って言うランナップ。
 当時、欠席がちだったアリスも、この時初めての1位獲得と言う事もあって出演して大熱演したのを覚えてるワ。

でもね、それよりなにより、個人的に一番すきだったが、このツイスト「性(さが)」だったんだよなぁ。
アリスも大熱演だったけど、この「性(さが)」もそれに負けないくらいの大熱演でさあ、 めちゃくちゃカッコ良かったんですよ。

ツイストっていえば、ベストテンで10週連続1位をとった「銃爪」であり、「燃えろいい女」であり、「宿無し」であり・・・他にも数々の大ヒットがあるんだけども、個人的にはこの「性(さが)」なんだよなぁ、誰がなんと言おうともさ。

兎に角、当時の大熱演の印象が、頭にこびりついちゃってるからさ。

あれから40年近く経っちゃったわけだけど、未だに、テレビの歌番組であそこまで熱く、大熱唱した歌唱って、ほとんど聴いた事がない。

 高々、3分程度の歌唱時間、考えようによっては単なる曲のプロモーションとも捉えられるわけだし、だから、昨今ではテレビの歌番組で「本気」で歌うアーティストも少なくなったしな。ましてや口パクだったもするしさ。

でも、当時は、テレビの歌番組でも、「マジ(本気)」で歌うアーティストもいたんだよね。 
聴いてるこっち側も、こういうところって敏感に分かるじゃん。 ましてや、当時、小学3年だったクソガキでさえ、「マジ」さを感じて、感動しちゃう訳だからさ。

まあ、すべての歌番組で「本気」を出しているかどうかは別なんだけどさ、 事、ベストテンの「スタジオ」で歌う時には、本気で歌唱していたヒトが多かったよなぁ、当時は。
ま、それほど、ベストテンって言う番組のスタジオの雰囲気が、それぞれのアーティストにとって、「本気」を出したくなるような熱気に包まれていたんだろうけどね。

だからなんだろうね、あの時代の歌が「いい」って感じるのは。 それにリンクして「ベストテン」ガ面白かったのは。

行きつきところは、「情熱」なんだろうなぁ。 いかに「ユーザー」に本気で伝える情熱を燃やせられるか。この1点に尽きるんだよね。


あー、また説教じみた事を熱く書いてしまったワイ。。。  最近、年取ったせいか説教臭くなってしまって如何ねぇ。
うーん、79年の曲になると、こうなっちゃうんだよなぁ、それだけあの頃の曲が好きなんだけどさぁ




これは、87年に「再結成」した時のベストテンのスポットライトなんだけどさ、この時も相変わらず「大熱唱」でしたねぇ。他のアーティストたちとの温度差が凄ごかったの、よく覚えてるわ。。。
87年と言ったら、すでにアイドル全盛期だったわけで、この手の曲はベストテンでは聴きたくても聴けなくなっちゃてましたからね。

世良氏の大熱唱のボーカルもそうだけども、世良氏のボーカルに絡んでくる、神本氏のエレピと、エレクトーンの音色が大好物なんだよな、ワタシ。
このグルーヴ感、泥臭さこそ、70年代ジャパニーズロックだったと思う。 

あの時代のグルーヴ感をもう一度っていうアーティストが、もう一度出てくれば、個人的には手放しで応援するんだけども、もう出てこないんだろうねぇ。 時代が違うもんな。。。 

これは、やっぱり今年5月の「僕らのポプコンエイジ」で味わってくるしかないか。。。

↓ コレ
http://entameclip.com/news/44692


こんな感じで、今回は1曲書いた曲を、再セレクトしてきたけども、この先は、時々こんな感じで「再セレクト」しようかなぁ。
以前書いた時とは、ちょっと違う視点から書けそうだしね。。(単純に「キラー」コンテンツとなりそうな大ヒット曲が枯渇してきた・・・ってのもあるけど)

ちなみに、以前書いた時と、今回書いたものでは、「データ」に書いた、「ベストテンランクイン」の期間が違っていたりするけど、前回のベストテン入りデータは「ザ・ベストテン」でのベストテン入り期間。今回のは、僭越ながら、ワタクシのチャートでのベストテンいり期間どえす。




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