かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1980年代ヒット曲

さよならの果実たち / 荻野目洋子

    1987_07_さよならの果実たち_荻野目洋子


今回の1曲セレクトは、「さよならの果実たち」荻野目洋子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならの果実たち
・アーティスト   荻野目洋子
・作詞       売野雅勇
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日        1987年6月21日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月29日〜7月27日付

3月にリリースされた「ニッポンの編曲家」の続編とも言える「作編曲家 大村雅朗の軌跡」を読んでるのね。
まあ、いわいる「業界本」ともいえるアレンジャーにスポットを当てた1冊ですね。 楽曲作成の上でウラ方の要でもあり、かつ、これまでほとんどスポットが当たって来なかった、アレンジャーに初めてスポットを当てたって言うだけでも画期的な1冊であり、だからこそ、ここに来ても売れてる1冊なんだけどさ。
(いまや業界的には「必携」の1冊どぇす 業界の方で読んでなかったらモグリよ

その続編とも言える、今回の「作編曲家 大村雅朗の軌跡」。ま、読んで字のごとく97年に若くして夭折された、ヒット曲アレンジャーとして超一流だった大村雅朗氏にスポットを当てた1冊。

まあね、内容詳細は事は別トピックスを立てるとして、率直な感想としては、そうだな、亡くなられて今年で20年ということで、こういう企画だったんだろうけど、どうしてもあの時を振り返る・・・のような感じなんだよな全体的に。
とくに、アレンジャーとしてだけでなく、コンポーザー(作曲者)として、未だに業界内外にも一目をおかけている松田聖子さんの「SWEET MOMERIES」についての記述割合が多くなってしまう。 
それはそれで仕方が無い事なのかもしれないけど、どうしても「後ろ向き」な内容であるのは、どこか引っかかってしまったワタシなんですよね。

じゃーよ、昔の曲ばっか書いてる、この「1曲セレクト」はどーなんだよ、後ろ向きの内容ばっかじゃんかよ・・っていわれれば、元も子もないんだけど。。。

ただ、現在も御健在であり、現在進行形なアレンジャーやプレイヤーの紹介の部分が多い、「ニッポンの編曲家」と比べると、どうしても後ろ向きに感じてしまった。って言うところは否めなかったですね。


あー、前置きが長くなった・・・。

今回の曲セレクトは、そんな「大村雅朗」氏がアレンジをしてたもの・・・と勘違いしてた1曲をひとつ。

荻野目洋子「さよならの果実たち」。

先週まで、ヒットしてた当時は、あんまり好きじゃなかった曲ということで80年代アイドル曲を書いてきたけど、今回の「さよなららの果実たち」も、そういう中の1曲になるのかなぁ・・・。

ま、少なくとも今まで残っていた・・・ってことは、進んで聴いてた曲ではなかったんだよな。

この曲は荻野目ちゃん自身、初のオリコン1位獲得。 あれから丁度30年。今となっては完全に忘れ去られてるような事実だけど、そうなんだよね。
大ブレイクとなり自身の代表曲でもある「ダンシング・ヒーロー」も、ロングヒットとなった「六本木純情派」もオリコン1位とはなっていない。
この曲が初の1位獲得なんですよ。 まあ、チャート上のあやと言ったらそれでおしまいなんだけど、今となってはそれほど有名ではない、この曲が初の1位獲得曲っていうのも不思議な感じはするけどさ。

ちなみに、荻野目ちやんは、この曲を含め、88年の「ストレンジャーTonight」「スターダスト・ドリーム」と3作のオリコン1位曲をもっているけど、それも今となっては忘れ去られた事実かもなぁ。

当時も今と同じように、ヒットチャートの「1位」の重みはほとんど無くなっていたからさ。そう言う時期のヒットチャートなんて、時間とともに忘れ去られるのが一般的ですからね。


↑で、当時、この曲を進んで聴いてなかった・・というのは曲の好みもある。 当時、大学受験を控え精神的に不安定でヒット曲どころではなかったこともある。
たださ、ヒットチャートの重みの無さから、楽曲自体に魅力を感じ無くなっていたってのもあるな。

不思議なもので、ヒットチャート時代に重みがあるときっていうのは、ヒット曲自体に面白さを感じるんだよね。
まあ逆に言えば、ヒット曲時代が面白いからヒットチャートに重みが出るんだろうけどさ。

それとは全く、真逆的な現象 、それは、今もそうなんだけど、当時も曲自体に魅力を感じ無くなっていたんだよね。

いつかもかいたけど、それはワタシだけではなく、古くからのチャートマニアの間でそう感じる方も少なくなく、それの時期にチャートマニアから離れて行った方も少なくない。
それは、楽曲自体に魅力を感じ無くなったからたと思うんだよな。

それは、この曲からも感じてたんだよなぁ。
正直言って、色合いが良く分かんなかったんだよね、この曲。 当時、荻野目ちゃんのシングル曲って、ちょっとドギツクなってきてたんだよな、全体的に。 それはこの曲からも感じた。

昨日書いた、黛ジュンさんの「天使の誘惑」の「昼間に向かったポップス」という表現を借りれば、この曲は、真逆に「夜の」匂いがプンプンしてたりね。
 それを考えると、おおよそ「ポップス」って言う匂いを感じなかったんだよね。 ポップスというよりはより歌謡曲の匂いを感じていた・・・というかさ。

そんな「夜の匂い」に、夏の暑さが余計堪えた・・・、そんなイメージがあるんだよなぁ、この曲には。

この曲、筒美京平さんなんだよね、作曲は。

うーむ、全体的に見て、87年・・・特にこの年の夏から秋にかけての京平さんの曲って、未だによく分かんない曲が多いんだよなぁ。
 この曲に然り、C-C-Bの「2 Much I love U」に然り、守谷香の「予告編」にしかり、マッチ先生の「泣いてみりゃいいじゃん」に然り・・・・。

今ひとつスコンと「抜けた」生理的に気持ちいい曲が少ない。 どこかにモノが挟まっているような不快感のようなものを感じたりね。
 あ、少年隊の「君だけに」は別・・・。この曲だけはこの時期としても良かった。 パワーが落ち気味でもちゃんと結果を残すところが筒美京平氏の凄さなんだよな。


メロディラインはよく分かんなくても、サウンドだけは、やけにはっきりしていたりするんだよね、この曲。
その辺が、この曲のアレンジが、大村雅朗氏と勘違いしてたところなんだけどさ。
作詞 売野氏、作曲 筒美氏ね アレンジ、大村氏っていうと、どうしても音の輪郭がはっきりした「濃い」味付けの曲を連想しちゃうからさ。
例として、河合奈保子さんの「エスカレーション」「UNバランス」とかさ。

この曲も、それらと同じような匂いを感じたんだよね、初めは。

だから、この曲のアレンジが、武部聡志氏って知ったときは、かなり意外に感じたけどなぁ。

武部氏のアレンジというと、どうしても斉藤由貴さんの、あの「ふんわり」としてやさしく上品なアレンジを想像するからさぁ。 そそそ、松任谷正隆氏の流れを汲む、いわいるハーフトーン系ってやつね。 山の手のお嬢さん的な上品さ。

それがこの曲では一切感じられないからさ。 この曲は下町の猥雑さなんだよね、感じるのは。

きっとね、その辺りもこの曲に、今一つ魅力を感じなかったひとつなのだと思う。

おニャン子以降の一連のアイドル曲に感じてたのは、猥雑さなんだよな。 下町的な猥雑さだったからこそ、ある種のパワーがあったのかもしれない。 けど、個人的に当時、欲していたのは、もっと音楽的な上品さだったのかもしれない。 その辺がのギャップがヒット曲から一歩引いてた部分があるっていのは否めないんだよね、当時振り返ると。


動画・・・昨日に引き続き、どうもリンクが弾かれちゃうなぁ・・・・っつうことで、ようつべへ直リンク

https://www.youtube.com/watch?v=VugGgZsF8xw



そーいえば、昨日書いた黛ジュンさんって、初めは本名の「渡辺順子」でデビューしたけど売れずに、のちに黛ジュンとして「再デビュー」・・って書いたんだけど、荻野目ちゃんも「再デビュー」だったんだよね。

ってか、その辺は有名か・・・。 そそそ、初めは「ミルク」っていう小中学生3人ユニットでデビュー。
荻野目ちゃんが小学5〜6年の頃って言うから1979〜1980年ですね。

↓ コレ


小学生なのに、妙に歌がしっかりしてたりして・・・。
どうりでアイドル時代も歌はしっかりしてた訳でね。


あなたを愛したい / 南野陽子

1988_07_あなたを愛したい_南野陽子


 今回の1曲セレクトは、「あなたを愛したい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル    あなたを愛したい
・アーティスト  南野陽子
・作詞      田口俊
・作曲      萩田光雄
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年6月18日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1988年6月27日〜7月18日付
・タイアップ:映画「菩提樹 リンデンバウム」主題歌

 現在4時30分・・・。なぜにこんな時間にワタシャ、1曲セレクトを書いてるんでしょうねぇ・・・。
歌の文句じゃないけど、「眠れぬまま 夜が白々明ける〜」っていうところでしょうか。 クーラー一晩中つけると体が冷え切るんで寝てから2〜3時間で切れるようにしてるんだけど、切れたら切れたで暑いでしょ。
目が覚めちゃうんですよねぇ〜・・・・。 今頃は4時前には明るくなってくるし・・・。 そうすると眠れない。。。
・・・ってわけで、こんな時間に書いてたりする訳なのよ。。。。

今回セレクトしてきた曲は、そんな白々夜が明ける時の曲・・・だったりして

南野陽子 「あなたを愛したい」

え? この曲が白々夜が明け時の曲なのかって

だって、曲の出だしがさ、 ♪ あなたの夢でふと目覚めた夜明け 葡萄色の空に またたく星が揺れてた〜♪ってあるじゃん。

あー、まさに今の時間帯だわぁ。  ま、先週から書こうと思ってた曲なんで偶然なんですけどね

ところで、先週の河合奈保子さん、中森明菜さんは、ヒット当時、個人的な好みじゃなかったんでずっとほったらかしにしてた曲ってことで、両者殆どの曲は既に書いちゃったのに、今頃書いてる曲・・・って事だったんだけども、 今回の南野さんも、既にほとんどの曲は書いちゃったんだよな。

なのに今頃書いてるって事は・・・、そうなんですねぇ、この曲もヒット当時は、個人的な好みじゃなかったんですねぇ。 

・・・というか、今となっては知ってる人しか知らない曲って感じがしません? この曲。

うーむ、ワタシだけかなぁ、そう思えるのは。

今から29年前の1988年の今頃、オリコンじゃ1位とったし、売り上げだって、前曲の「吐息でネット」の30万枚までは行かなかったものの、25万枚セールスっていうのは、当時の南野さんにしちゃそこそこの売り上げだったのにねぇ。

でも、どうも印象に薄いんだよな、この曲。  

当時の南野さんのシングル曲の音源はほとんど持っているのに、この曲だけは未だに持ってないから・・・なんて、個人的な理由からなのかなぁ。

いや、当時から印象が薄かったから、当時音源買わなかったような気がするな。

この曲の前の「吐息でネット」が良かったからさあ、新鮮だったし。 それに比べると・・・って感じだったんだよね。

確かにナンノさんらしい曲ではあった。けど、逆に当たり前過ぎたような気もするんだよね。そう言う意味で新鮮みを感じなかったんだよな。当時の感覚から言って「2〜3年前の・・・」って感じで。
そうだなぁ、86年頃の・・・って言う感覚なんだよね、この感じは。 でも実際は88年だったわけじゃん。 そのギャップをねぇ、どうしても感じちゃうんだよね。

 プラス、インパクトもさほどなかったしなぁ。 このテの曲は、比較的静かなAメロから始まってサビに向かって盛り上がって行く感じなんだけど、サビも今一つ盛り上がりに欠けるんだよね。 なので、どうも淡々と流れて行っちゃうような感じがしてさぁ。 簡単に言えば引っかかりが少ないって言うのかなぁ。

まあ、当時、「ロウニン」生活の真っただ中にあったワタシとしては、ヒット曲どころじゃなかったっていうのも正直なところだったんだけど・・・。 

あー、そう言えば、この曲がちょうどヒットしてた頃、酷いジンマシンにかかった事があったな。
なにか悪いもんを食ったのかどうなのか、原因が良く分かんないんだけど、全身に蕁麻疹が出来てさあ、夜中に市の救急センターに行ったっけ。
久々に、この曲を聴いてたら思い出したわ。

 今は・・というと、これまでも書いてきたように先月以来の痛風発作が、大分良くはなって来たんだけど未だに鈍い痛みを発してたりね。
 何年かに一度、健康面でマイナスな時期でもあるんだよな、個人的に。 まあもともとクーラーがあんまり得意じゃないし、かといって、このジメジメとして蒸し暑さも得意じゃない。 天気もはっきりしない日か続く
・・なんていう気候的な疲れに加え、メンタル的な疲れが溜まってくる時期なんだよな。




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コントロール / 河合奈保子

  1984_07_コントロール_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「コントロール」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    コントロール
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      八神純子
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年6月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  15.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月18日〜6月25日付

まあ、蒸し暑い1日でしたわ。クーラーはあんまり点けないたちなんで(と言うか電気代ケチってるだけですが・・)、本日もほとんどクーラーをつけず、汗をだらだらかいて過ごしましたわ。
まあ、寝る時も暑いとしんどいんで、今になって寝るまでの間クーラーをつけてるけど。。。
ただね、暑かったおかけで血液のめぐりがよくなったのか、昨日ほどの痛風の痛みは無くなってきたような気がしますね。うーむ、やっぱり「自然」治癒っていうのが一番の治療なんでしょうかねぇ。
さてと、後は水をガバガバ飲んでプリン体を外に出さなくては・・・。

昨日は、個人的にキライだった曲ということで、中森明菜さんの「Blonde」を書いた訳だけど、今回セレクトしてきた曲もねぇ、ヒット当時はあんまり好みじゃなかった曲なんだよね。

河合奈保子「コントロール」

いやね、河合奈保子さんは当時好きだったし、この曲を作曲した八神純子さんもデビュー時からのファンだった訳で、本来ならこの曲だって好みになって当然・・・の筈なんだけどねぇ。

でも、実際は触手が伸びなかったんだよなぁ、この曲。

きっとね、個人的にはもっと「ポップ」な曲を期待してたんだと思う。 そそそ、八神純子さん作曲ということで、「パープルタウン」「Mr.ブルー」・・はたまた「みずいろの雨」とかね。
ソフィケイトされたメロディと、高音域でのロングトーン・・・そんな良質なポップあたりをね。

でもさ、実際のところ、確かにアップテンポなポップスではあったものの、サウンドがさ硬いんだよね。 メロディラインも以前の八神さんらしさを感じなかったし、いや、むしろ、もろ「84年」的でしたよね。

そう言う曲調になんかさガッカリしちゃったんだよな。期待してた曲とあまりに違うんで。

当時、河合奈保子さんのシングルもちょっとパワーを失っていたような気がしてたんだよね。 前曲の「微風のメロディ」なんてのは、決して嫌いではなかったけど、今一つ勢いを感じなかったし。

だからね、この曲には期待してた部分があったんだよね。八神さんのソフィケイトされた、かつ伸びのあるメロディラインは、河合奈保子さんにも嵌まりそうな気がしたからさあ。

でも、実際はそんな期待してた曲調と全く違ったからなぁ・・・。ガッカリだったんだよな。

そう言う事もあってか、この曲未だに音源持ってないんですよ、ワタシ。 河合奈保子さんのこの頃のシングル音源は殆ど揃ってるんだけどさ、この曲は当時も買わなかったんだよね。
ま、そんなこともあって、この1曲セレクトでも今まで書いて来なかったんだけど。。。

硬質で角ばったサウンドは、八神さんらしさというより、むしろ作詞の売野氏が得意にしてたようなサウンド・・・そそそ、だから一聴して84年、85年的なんだよな。

80年代の曲って「年」によって特徴がはっきりしてるからさ。 このテの硬質かつ角ばったサウンドなのが、84年、85年の特徴。
 だから、知らない曲でも曲聴いただけである程度年代が分かっちゃったりね。 この曲なんてぇのはその最たるところじゃないかなぁ。

正直今となっては、河合奈保子さんの一連のヒット曲の中では死角に入っちゃってるような曲だと思う。でも曲を聴けば、「あー、84年頃の曲だよね」っていうのがすく分かっちゃうんだよな。

まあ、それはそれで凄い事なんだろうけど、だから何? って感じもするしな。




まあ、たしかに奈保子さんのパンチの効いた歌い方は、ある意味アイドルの一線を越えたような感じはするんだけどね。 でも、個人的に当時求めていたのは、こういうパンチの利いた曲調ではなかったんだよね。
もっと伸びのある曲が聴きたかったんだよな。


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Blonde / 中森明菜

1987_07_BLONDE_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「Blonde」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    Blonde
・アーティスト  中森明菜
・作詞      BIDDU, WINSTON SELA
・作曲      BIDDU, WINSTON SELA
・編曲      中村哲
・日本語詞   麻生圭子
・リリース日   1987年6月3日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 30.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月15日〜8月3日付

 久しぶりの1曲セレクトです。・・・・なんてここんところいつも書いてるような気がするなぁ。
ま、実際2週間ぶりなんだけど。。。
いやいや、ここんところ毎回かいてるように、持病の「痛風」発作の塩梅がよくなくてねぇ・・・。発症から1カ月も経つっていうのに、まだ痛みが引き切れない日々が続いておりまする。
今も、痛い箇所にロキソニンテープを貼りつつ書いてたりしてね・・・なんてね、体調が悪い日が続いておりまして、ここんところ書く機会が減りつつあるって感じですね。

でも、とりあえず、書いてみますわ・・・。

・・ということで、今回セレクトしてきた曲は・・・っつうと・・・うーむ、個人的にはキライな曲だったりしするんだよね。
なんで、ずっとほったらかしにしてた曲なんですが。。。

中森明菜「Blonde」

明菜の80年代の曲は、すでに大体書いたんだけど、ま、そんなわけでこの曲はずっと「放置プレイ」のまま、今に至って来た訳なんだよね。

なぜキライだったか?

ま、深い理由なんてないんですよ。 単に当時引っかかったっか、引っかからなかったのか・・・の差だけなんだわね。
で、この曲は引っかからなかった・・・と。

なぜ、引っかからなかったのか・・・っちゅうと、やっぱり「洋楽」だったからなんだろうね、この曲は。

そそそ、↑のこの曲の作詞、作曲者でも分かるように、もともとは作詞、作曲者とも「向こう」のヒトなんだよね。

だから、曲自体まるで「洋楽」なんですわ。 当時、個人的には洋楽はまるでダメでねぇ。 うん、知識的にというよりは80年代後半ごろの洋楽の曲自体、生理的にダメだったんだよね。

なんか軽いし、音が角ばってるし、色もそっけもないし・・・。 うーん、色もそっけもないって言うのが一番のダメだった所かなぁ。

当時、 イケメンを表すコトバとして、ショウユ顔、ソース顔ってあったじゃん。 あっさり系のショウユ顔に、コッテコテのソース顔って感じでさ。

その点から言えば、この当時の洋楽って、音からしてもモロ、ショウユ顔的なんですわ。 あっさりしてて味もそっけもない。

まあ、それが80年代後半、バブル前夜の無機質なアーバンな雰囲気にぴったり嵌まっていたのかもしれないけどさ。

でも、ここでは再三書いてるように個人的には、こってこてな味か濃い音が好きだったからさあ。
というか、日本人としての性というかねぇ。 どうしても向こうの抑揚のない無機質なサウンドにはなじめなんですわ。まあ、向こうの曲でもフランスとか北欧的な、「濃い」サウンドの音楽は好きなんだけどね。

明菜の曲って、80年代後半・・・そうだねぇ、85年の「SOLITUDE」あたりから、洋楽にコミットしていくんだよね。メロディ的にというよりはサウンド的に。 つまりさ、↑で言うならあっさり系であり、無機質なサウンドの曲が増えていくですよ。

そんなところから、個人的には明菜の曲から距離を置いて行くことになるんだけどさ。 その最たる曲がこの曲だったってことなんだよね。

この曲は、サウンドだけではなくメロディも全くの洋楽。抑揚もなく無機質感丸出しの曲だったから・・・。 そこがダメだったんだろうね。

今ですか? まあ、あれから30年経ったからねぇ。 ワタシも随分丸くなったし、一応はこの曲も聴くようにはなってるけどね。
ただ、未だに聴く特には抵抗は感じるんだよな。まあ、頭で感じる抵抗・・というよりも生理的な抵抗なんだけけどさ。


ちなみに、この曲、作詞作曲者が外人・・・ということもあり「原曲」があるんだよね。 まあ、他のヒトが歌っているカバーという訳じゃないんだけど。
 うん、元々のタイトルは「LOOK THAT KILLS」っちゅう100%英語詞の曲。  そそそ、明菜自身、この「Blonde」をリリースした少しあとにリリースしたアルバム「Cross My Palm」で、オリジナルの「LOOK THAT KILLS」として歌ってたりする

↓ コレ


・・・・つか、初めて聴いたんですけど。。。  87年クリスマスのMステで歌ったものらしいんですが。。。

へぇ〜・・・・。「Blonde」より全然いいじゃん。 ファルセットの明菜、めちゃくちゃ新鮮じゃん。
うん、これ聴いて分かったわ、「Blonde」が好きになれなかったのが。 
「Blonde」はキーを下げてるんだよね。Aメロとか低音で歌ったるじゃん。 それがどーも、もしゃもしゃしててさ、すっきりしてないんですよ。そんな所もダメだったんだろうな。





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渚のファンタシィ / 酒井法子

    1987_06_渚のファンタシィ_酒井法子


今回の1曲セレクトは、「渚のファンタシィ」酒井法子です。

まずはデータでする。

・タイトル    渚のファンタシィ
・アーティスト  酒井法子
・作詞      竹花いち子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      新川博
・リリース日   1987年5月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 6.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月8日付

いやー、いつ以来でしょうねぇ「1曲セレクト」。。。3週間ぶりの「更新」となりまする。
いや、サボッてた訳ぢゃないんですけど。。。 その間、前回更新した時にも書いた、「痛風」の発作が悪化してしまいまして。。。 歩行困難ですよ。歩けない・・の前に足をつくだけで激痛が。。。
久々に、トイレまで「這って」行くハメになってしまっておりました。
それもようやく落ち着きーの・・・と思ったら、先週は、ワタクシ主催の「合宿」形式で「ヒット曲」をオールナイトで観賞するオフ会を開催いたしまして・・・。

そんなこんなで、暫くずっと更新できない日々が続いていたんですよね。 久々の完全(でもないが。。)オフ日ということで、ようやく1曲セレクトを書いておりまする。

その間に書きたい・・と思ってた曲も少し溜まってきたんでね、ちょっと間髪いれず書いて行けたらな・・・なんて思ってるところです。。。

・・・っつうことで、今回はそんな書こうと思った1曲。

酒井法子「渚のファンタシィ」

1曲セレクトも結構曲数を書いてきたけど、これまでノリピーの曲って、それほど書いて来なかったんだよな。
まあ、例の「クスリ」事件で心証悪くしてた時期も長かったし、なによりヒット当時からそれほど真剣に聴いてなかったってのもあるかなぁ。

この曲はデビュー2作目のシングルですわな。 数多くの「アイドル」がデビューした87年デビュー組の中では、頭一つ抜けてるかな・・・なんて印象が個人的には、このヒトにはあったんだよね。

でもって、アイドルの場合、件の通りデビュー第2弾がブレイクすると、その後「化ける」っていうジンクスがあったからさあ、ある意味この曲は「勝負曲」だったんじゃないかなぁ。

・・・とは、当時から思ってましたね。曲的にモロ「夏」をイメージした曲だったじゃん。 路線的に言ったら、松田聖子女史が、デビュー曲の「裸足の季節」⇒第2弾「青い珊瑚礁」と辿った路線に似ていた訳ですわ。

なるほどぉ、松田聖子に去られた、サンミュージックとしては、ポスト聖子として期待されている訳ですわな・・・っていうのが見え見えだったりしてさ。

だからね、この曲はそこそこ行く(売れる)んじゃないかなぁ・・・なんて個人的には思ってたんだけどねぇ。

BUT、今一つ上手く行きませんでしたねぇ。

オリコンでは最高4位まで行ったし、「ザ・ベストテン」でも3位・・・なんて上位まで行ったものの・・・。
後が続かなかったんだよねぇ。チャート的に言えば、超短期ヒットって言うのかなぁ。まあ、今の曲で普通に見られるチャートアクションだよね。

うーん、なにが行けなかったんでしょうかねぇ・・・。

やっぱりね、以前も何回か書いたけど、季節的なもんだよね、5月にモロ「夏」のイメージの曲と言われても、今一つピンと来なかったのは確かだしなぁ。
そそそ、最近でこそ5月で真夏日とか普通にあったりするけど、30年前はまだそんなことは「稀」だったしさあ。
「梅雨寒」っていうコトバもあったくらい、5月、6月っていうと、まだ肌寒い日が多かったのよ。

実際、この曲のイメージってさあ、なんか寒さで震えてる海・・・って言うイメージだったりしてさ。

いや、季節的なところ以外にも、実際、曲調的にも、「夏」の太陽を感じさせる温度感が今一つなんだよな。
たしかにアレンジ的には「夏」を感じさせるような「施し」はしてあるけどさあ、 全体的に言えば今一つ「抜けて」来ないって言うかさあ。

ノリぴー自身の歌唱力ってのもあったな。まだまだ安定感がなかったよな、この曲の頃は。まずもって、腹からじゃなくて、ノドから声が出てる感じだったんだよね。だから、まだまだ歌唱力に安定感が無くてさあ。
その辺だったのかなぁ。

このヒトが本当の意味で、抜けてきたな・・・って感じたのは、この曲の1年後の「1億のスマイル」位からかなぁ。

まあ、アイドルとしての営業スマイルはピカ一だったけど。 っつうか当時はアイドルも供給過多だったんでさあ、営業スマイルだけじゃ、人気は取れない時代になってたんだよね。

この曲の作曲は、ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏。 この当時はよくアイドルに曲を書いてたよなぁ。
この曲の直近では、浅香唯さんの「STAR」とかさ。
ただ大体がヒットと言う意味では、もう一つだったんですよね。 この曲もそうだけど、ポイントがもう一つ絞れていない・・・っていうかねぇ。どこか弱いんだよねインパクトが・・・。
ゴダイゴで大ヒットを出してた頃のようにはなかなか行かなかったんだよなぁ。




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高気圧ガール / 山下達郎

1983_05_高気圧ガール_山下達郎


今回の1曲セレクトは、「高気圧ガール」山下達郎です。

まずはデータです。

・タイトル     高気圧ガール
・アーティスト   山下達郎
・作詞       山下達郎
・作曲       山下達郎
・編曲       山下達郎
・リリース日    1983年4月23日
・発売元      アルファムーン
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数 12.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 24位
・タイアップ:全日空「リゾートピア沖縄」キャンペーンソング

いい天気ですわ。気候も暑くも無く寒くも無く丁度いい塩梅だし、もうね、どこかに逃亡したくなるよなぁ。
まあ、現実問題逃亡することなんても出来ないし、せいぜいリゾートミュージックでも聴きながら、現実逃避な日曜日を過ごしますか。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな「リゾート」感たっぷりな1曲を

山下達郎「高気圧ガール」。

この曲は、1983年の全日空(今の「ANA」ね)の「沖縄」キャンペーンソングとして、春先からTVCMでガンガン流れてた1曲ですわ。

タイトルの「高気圧ガール」ってどういう意味やねん  って感じだけど、インパクトは感じたよなぁ。タイトルを見ると、CMで流れてたサビの

♪ 高気圧ガ〜ル〜 ♪ って部分のメロディが、まだ山下達郎氏の音楽なぞ聴いてなかった、当時中学2年のワタシでも、脳裏に浮かんだもん。

↓ コレ



そそそ、当時は、まだ山下達郎氏の「音楽」は聴いてなかったんだよな、ワタシ。
この曲なんかは、CM効果もあってスマッシュヒットになった訳で、だからラジオでもちょくちょく流れてたと思うんだけども聴き流しだったんだよね。 ほとんど聴いたそばから右から左に抜けてたような感じだったもん。

やっぱさあ、当時はアイドル中心だったから聴いてたのは。 まだお子ちゃまだったんだよね実際の部分は。
業界人にして、「これは本物だぁ」て言わ占めるような音楽は、まだまだ敷居が高かったわけですわ。

・・・かといって、通ぶって、達郎氏の「師匠」にあたる大瀧詠一氏なんぞ聴いて、「いいねぇ」なんて言ってたり。   まさに中2病。

山下達郎氏の音楽を理解出来るようになったのは、ホントに最近だもの。 いや、本音を言うと、山下氏のライブに行くようになった今でも、ちょっと敷居の高さを感じたりしてるんだけどさ。

なんかさ、BGMとして聴き流しちゃいかん、ちゃんと正座して曲と対峙しなくては・・・なんていう気分にさせされるんだよな。 うん、本気で聴かなきゃバチがあたる・・・なんて感じで。そんな気分にさせられる音楽なんですよ、山下氏の音楽は。

兎に角、音に対するこだわりが強いでしょ。 この曲にしたって、♪ トゥルルル〜 ♪ってアカペラコーラス始まるイントロの部分からして、一人山下達郎って言われる例の「多重録音」。 どこを切っても山下氏・・・って表現はよくないか コーラスの全てが山下氏1人でやってるこだわり様だしさ。 やっぱ、これはちゃんと聴かなきゃ・・・って思っちゃうんだよね。

曲を聴くのに結構なエネルギーを使うし、だから、ついつい「ながら」で聴ける音楽に流れちゃうんだよな。

まあ、リゾート感が強いこの曲は、そんな山下氏のなかでも軽い気持ちで聴ける1曲ではあるんだけどさ。

この曲は、ANAのCM曲と言う事もありシングルとしてリリースされた訳だけども、もともとはこの年にリリースされたアルバム「Melodys」の中の1曲。 「Melodys」アルバムの先行シングルですね。
このアルバムでは、夏のリゾート感が強いこの「高気圧ガール」と、まさに対極にあるのが、アルバムのラストナンバーとして収録されている「クリスマスイブ」なんだけども。この曲も、例のカノン部のアカペラコーラスは、「一人山下達郎」な多重録音なのは有名すぎるくらい有名だしね。
つまりはと言えば、多重録音で始まって、多重録音で終わるアルバムなんだよね。

これだけ多重録音を多用したのも、このアルバムからだし、いろんな意味で、その後の山下氏を決定づけたようなアルバムなんだけとさ。

まあ、個人的に、それに気が付いてきたのは、85年の「風の回廊」からかなぁ。 この曲の複雑なコーラスワークによる多重録音の発展ぶりは、この「高気圧ガール」の比ぢゃ無かったですからねぇ。

そういう「技術」的な所を含めたこだわりぶりは、この曲がリリースされた時点では見抜けなかったんだよなぁ。
というか、音楽に対してそう言う聴き方も出来なかったしな。



むむむ、リンクが無効になってやがる。。。 申し訳ないんですが、上に張られてるようつべのリンクから聴いてね。

しかしねぇ、今聴くと、ホント、この曲がリリースされた辺りから当時のヒット曲の曲想が変わってきたのは、当時も感じてたなぁ。
まず、この曲はもろそうだけど、 ↑でちょろっと書いた大瀧詠一氏。「いいねぇ」って思ったのは、この頃、三ツ矢サイダーのCMで使用されていた「Cider'83」って曲なんだけど

↓コレ


たかが30秒CM用のこの曲からもリゾート感を感じたんだよなぁ。

それまでの80年代、特に前年の82年のヒット曲ってもっと泥臭い曲が多かったんだよね。 まあ、銀蝿一家全盛だったし、なんていうのかな、ブルーカラーっぽい汗と油にまみれた・・・のような。
そう言う意味では、まだまだ70年代の流れを引きずっていた所はあったと思う。

そんな状況が今回の「高気圧ガール」とか、大瀧氏の「Cider'83」が出てきた頃には一掃されたって感じでさ。
ニューミュージック界だけでなくアイドルのヒット曲も、それまでのジトッとした空気感から、カラッとした曲が多くなったしな。
 世の中が全体的に「都会的」になって来たというかね。例のカフェバーが流行り出したのもこの頃からだし。世間的な雰囲気が、前年までとはだいぶ変わったな・・・っていう思えたのが、この頃からなんだよね。
80年代も新たな一面を見せてきた頃ですわ。


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DJ in My Life / シブがき隊

1985_04_DJ in My Life_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「DJ in My Life」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    DJ in My Life
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      JOEY CARBONE
・作曲      JOEY CARBONE
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      後藤次利
・リリース日   1985年4月3日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月22日〜5月27日付
・タイアップ:映画「バローギャングB.C」主題歌

自分が思ってたヒット時期と、実際のヒット時期がずれて覚えている事ってあるんだよなぁ。
こんな事、最近随分多くなってきたような気がする。 昔はこんなこと無かったんだけどなぁ。 地頭は偉そうに言えるほど良かないけど、記憶力だけは自信あったんだよな、昔は。。。。
ジジイだね、ワタシも。

今回の1曲セレクトは、そんなヒット時期を間違えて記憶していた曲をひとつ。

シブがき隊「DJ in My Life」

この曲さあ、85年にリリースされたって事は覚えているんだけども、リリースは2月だとばっか思ってたのね。
だからさ、2月にこの「1曲セレクト」で書こう・・と思って用意してたんだけど・・・。
実際書き初めて、リリース日調べたら4月だったのよ。。。

あれ〜 そうだったけなぁ・・・。 85年の春と言ったら、中学校を卒業し、高校に入学した頃だ。
なんで、だいぶ環境が変わった訳でさ、それに引っかけて当時のヒット曲も覚えているからさ、間違い様がない・・・筈だったんだけどね。。。。

たしか、この曲を初めて聴いたのは、まだ高校受験が終わりきって無かった頃・・・・だったような。。。

う〜ん・・・・。 やっぱしあれから32年経つと記憶も曖昧になっちゃうんですかねぇ。。。

そうか、ヒットしてたのは、高校に入学してからだったか。。。。

それにしては、この曲を聴くと、まだ、寒かったよな・・・っていう印象を強く受けるんだよな。。。
そそそ、昔のヒット曲って、聴くと、当時の匂いがしてくるじゃん。それと温度感とかさあ。 それからすると、まだコートを着てたような温度感を感じるんですよ、この曲からは。


・・・・いや、まてよ。。。。

思い出した。。。    

そうだ、この曲、85年のゴールデンウイークに会津と裏磐梯へうちの家族と、オヤジの会社の同僚家族とドライブ旅行に行ったときに、頻繁にラジオから流れてたんだ。。。

・・・とすると、やっぱり、今の時期のヒットだったんだよな。。。

まあ、考えてみりゃ、この曲の前の曲「男意ッ気」のリリースが1月だったんだよな。 うん、これはよく覚えてる。
明星の付録の歌本「Young Song」の85年2月号の新曲に出てたのをはっきり覚えてるんで。。。

だとしたら、当時新曲リリースは3ヵ月ローテーションだったから、次の新曲は4月になるはずだからさ、計算が合う訳よ。


あー、前置きが長くなった。。。

この曲、シブがきには珍しく、カバー曲だったんだよね。 もともとは、向こうの「アニー」っていう女の子が歌った曲でさ。 あの頃ホンダのCMに使われてたんだよな。

・・・・とネット上に書いてあることをそのままコピペしたりしてさ。。。

・・・っつか、完全に忘れてるワタシが居たりして。。。 CM曲ねぇ・・・そうだったっけ。。。 そうだったような気もする。。   

曲を聴いてみた

↓ コレ


あー、そうそう、あったよね、コレ。。。

でもさ、 個人的には、この曲というと、シブがきなんだよなぁ、完全に。

ま、確かに、それまでのシブがきのような、イロモノに近いヘンチクリンな曲ではなく、至極まともな曲だった・・・っていう印象は強い。
 そういう影響なのか、暫く売り上げが減少傾向で、流石に人気のピークは過ぎたよな・・・なんて思われたシブがきだったけど、この曲では、久しぶりに売り上げが伸びたんだよね。

とは言っても、前曲より数万枚程度だったけど・・・。

で、シブがきのこの曲と言ったら、映画「バローギャングB.C」の主題歌だったってことだよな。
そそそ、シブがきの3人が主演の。。。

なんて言ってもねワタシャ見てないけど・・・。 確か、ヒロイン役として、このすぐ後にレコードデビューした、松本典子さんと網浜直子さんが出てたんだよな・・・ってくらいしか知らないんだけどねぇ。

シブがきの先輩格だった、たのきんは、例の「たのきん映画」を既に止めていたのに、シブがきはまだ続けていたんだな・・・っつうことで印象に残ってたんだよな。

まあ、それだけって言えばそれだけなんだけど。。。

ところでさ、映画タイトルの「バローギャングB.C」の「B.C」って一体何なのか・・・。当時は全然分かんなかったんだよな。「紀元前」のことか・・・とか
今、調べてみたら、ボニー&クライドのことらしいわね。「俺たちに明日は無い」の。。。

なんじゃいそりゃ・・・って言う感じもするけど、そんな感じだったんだよね、30数年前の日本映画のレベルって。。。





うーん、オリジナルの「アニー」バージョンと並列で並べると、やっぱシブがきバージョンの方は、ダッタダサだよねぇ。
今だったら、かなりオリジナルと変わらないくらいのクオリティになるけどさ、カバー曲も。 
例えば、今のディズニー映画の「モアナと伝説の海」だっけ  それの主題歌「どこまでも〜How Far I'll Go」なんてさ、オリジナルもカバーも両者遜色がないじゃん。

でもさ、32年前はと言うと、向こうと、日本と・・じゃ、まだまだ大きな隔たりがあったんだよな、音楽のクオリティって言う面でさ。

それでも、個人的にはダッサダサの方が好きだったんだけどね。



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抱いてくれたらいいのに / 工藤静香

1988_03_抱いてくれたらいいのに_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「抱いてくれたらいいのに」工藤静香です。

まずはデータです。

・タイトル     抱いてくれたらいいのに
・アーティスト   工藤静香
・作詞       松井五郎
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1988年3月2日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  18.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月21日〜4月4日 4月18日付

ゴールデンウイーク突入 ですね。 5/1、5/2と休みを取れば9連休・・・となんともはや羨ましい休みの方も多いのかなぁ。
私はと言えば・・・カレンダー通りですっ。だからねぇ、今日からゴールデンウイーク突入なんて気分ではまだないなぁ。 とりあえず今日明日は、「普通」の週末です。。。。。

・・・つうことで行きますかね。


食わず嫌いなのね。 

・・・とまたまた「主語無し」でいきなり言ってしまいましたが。。。  うん、ヒット曲に対してですね。
最近はの曲に対しては、ほとんどそう言う感じだね。もうね、曲聴く前に生理的に「あ、いいや」と思ってしまっている自分が居たりして。。。

でもね、それは今に始まった事ではなく、80年代後半からそう言う気があった。 今回はそんな「食わず嫌い」をしていた曲をひとつ。

工藤静香「抱いてくれたらいいのに」。

この曲ねぇ、 今となっては手元に音源を持ってるけどヒット当時は、ほとんど聴いた記憶が無い。

リリースは88年3月。その後4月の今頃までチャートの上位に居た曲ですわ。

ま、確かに当時、「浪人」が決まったと言う事もありヒット曲どころではなかったところもある。。。けど、それ以前に、この曲に触手が伸びなかったんだよな、刺らなかった。

なんで何だろうねぇ、 本来、この曲のようなゴスペル風3連ミディアムバラードって「好物」な筈なんだけどねぇ。。。

恐らくは、この曲のリリース時点では、まだ工藤静香っていうヒトを「歌い手=アーティスト」として認めていなかったんだろうと思う。

とどのつまり、バックに、まだ「おニャン子」っていう匂いを感じていたっていうかね。。。。よく音をはずす、「ウタヘタ」なアイドルじゃん・・・っていう頭があったんで、端からあまり気にしてなかったんだよね、当時は。
アイドルが「3連バラード」かい? って感じで、そんなに売れねーだろうな。。。なんて思ってた。

But 、これが外れましたねぇ。。。

この曲、オリコンで初登場3位で、これが最高位と、後年のトップアーティスト時代に比べると、それほど爆発的に売れた訳ではない。 オリコン最高3位って言う順位は前曲「Again」と同じだし。

ただね、地味ながらも、前曲より長い期間上位に留まった・・・という点では確実に、アーティストパワーが伸びていたんだよね。それは予想つかなかったんだよな。


でもね、後年きちんと聴いてみると、この曲、ちゃんと歌えてるんだよね。 当時17才という年齢を考えるとさ、ここまで歌えば・・・なんても思える。 みょーに大人びたというか、セクスゥイーというか。。。

例えばさ、デビュー曲の「禁断のテレパシー」にしても、2曲目の「Again」にしても大人びた印象はあった。
ただ、それはどこか「作られた」大人っぽさっていう印象だったんだよな。 アイドルによくありがちな。

それらに比べるとこの曲は自然なんですよ。 作られたと言うのではなく自然な大人っぽさ。 そこかねぇ変わったんだよな。。。

確かに3連バラードには、そんな大人っぽさを演出する不思議な力があったりもする。 一種の「媚薬」ですよね。そのせいなのかもしれない。

まあ、日本人の多くが好きだからなぁ、3連バラードって。 そそそ50年代のロカビリーの時代から。
なんて言うのかなぁ、日本人の生理に嵌まるんだよね。 日本語のもつリズム感に生理的にフィットするのかもしれない。

なら、みんなやればいいじゃない・・・とも思えるけど、やっぱり、3連バラードが似合うアーティスト、似合わないアーティストが居るからなぁ。コドモっぽ過ぎるアーティストには似合わないよねやっぱ。

いずれにしても、この曲が地味ながらもジワリと売れたおかげで、それまでいわいる「浮動票」であったファンも取り込んだ感じで、この後、一気にブレイクすることになる。
後の「トップアーティスト・工藤静香」のひとつのフックとなる1曲だったんだろうなぁ。 


そしても当のワタシも・・・・アイドルとして・というよりアーティスト・工藤静香っていうヒトを認めざるを得なくなった・・・というか、素直に認めることになるんだけどね、この後。



動画・・・音が小さいです。 なので、ボリューム高めで聴いてくだされ。

それにしても、前曲「Again」から短期間で、よくここまで「歌える」ヒトになりましたよね。これにはさすがにびっくりだよな。
まあ、厳密に言えば、まだまだ音程がフラットしてる部分があったり荒削りではあるけど、ソロデビュー当時の、毎回ドカーンと声をはずしてた時と比べるとね。。。。

これだから、女はコワイ・・・  まあ、このヒトだけじゃないですけどね。
あの山口百恵さんだって、「横須賀ストーリー」で大人びる前までは、それほど歌唱力は感じなかったですから。。。

いずれにしても、この後、92年の「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」、「声を聴かせて」と、ゴスペル風3連ミディアムバラードは、工藤さんの得意分野の一つとなりましたけどね。


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やったね!春だね!! / ソフトクリーム

1984_04_やったね春だね_ソフトクリーム


今回の1曲セレクトは、「やったね!春だね!!」ソフトクリームです。

まずはデータだっちゃ!

・タイトル     やったね!春だね!!
・アーティスト   ソフトクリーム
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1984年2月21日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 109位
・売上げ枚数   -  枚

すっかり暖かくなりましたね。おかげで、なかなか咲かなかった家周辺の桜も、まだ満開ではないけど大分咲いて来ましたわ。

本当だったら、今日あたりは「春です!」と景気よく行きたかったんだけど、こぬか雨に濡れておりますわ。

でも、まあ、今回の1曲セレクトは「春です!」と叫びたかったために、少し前から当たりをつけていた曲をひとつ。

ソフトクリーム「やったね!春だね!!」

ざざーん! みなさん覚えてますかぁ〜 ソフトクリームですよぉ〜

と叫んで、返答がある方は、そこそこ気合が入った80年代アイドルファンですよねぇ。
あるいは、ワタシと同年代の方ってところかなぁ。

ま、いずれにしても、80年代中期の「B級アイドル」⇒マイナーアイドル ですわ。

いや、「B級」と書いたけども、オリコンの売り上げ実績からすると「C級」アイドルと言っても過言じゃない。 なにせ、7枚のシングルをリリースして、1枚も「ベスト100」に入らなかったんだから。。。。

とりあえず、今回引っ張ってきた「やったね!春だね!!」がオリコンではランクが一番上ってことなんだけども、それでも最高109位ですヨ。

普通、オリコン100位以下なんてしらねーよなぁ・・・って感じなんだけどさ

とりあえず当時の「オリコンウイークリー」は、シングルの101⇒200位も載ってたんでね。当時のチャート小僧はそこそこチェックしてたんだよね。

ただ、今でこそ101位以下も売り上げ枚数を公表しているけど、当時は100位までしかカウントしてなかったんでね。 最高109位だと、売り上げ枚数は不明。

・・・・っつうことで、↑のデータも「−」にしてありまする。。。。


まあ、今でいえば、完全にインディーズアイドルだよね。あるいは地方アイドルとか。

その割には、当時、結構テレビには出てたんだよな、このコたち。

メンバー

・遠藤由美子
・天野千英
・大塚真美

の3人。

レコードは売れなかったけど、結構テレビに出てた・・・っていうのは、まあ「ナベブロ」所属だったってところが、多分にありますわな。

曲はねぇ、今聴くと、なるほどな・・・と理解できる部分が多いけど、84年当時は、ぶっ飛びましたわな、この曲には。

一体、なんなんだ? って感じでさあ。

言ってみれば「イロモノ」ですよね。 アイドル特有の「軽〜い」サウンドに、森雪之丞氏特有のぶっとんだコトバ遊び風の歌詞が乗っかってる。

簡単に言ってしまえば、ウナギのように掴みどころが無いんだよね。 「そうか」と思えばスルスルスルッと逃げて行ってしまうと言うか。

個人的に、よくシングルは「刺さらなぎゃ行けない」って書いてるけどさ。 84年当時、シングルっていうのは、そう言うモノだったんだよね。シングルってアーティストのとっては名刺のようなもんだから、より多くのヒトにどう刺さるかっていうのが、重要だし、そう言う「ココ」って言うインパクトがキャッチーな曲が多かった。

この曲はねぇ、そういうところを感じないんだよね。 ぬるぬるぬると逃げて行くっていうかさあ、実態を感じない・・・というか。

例えば、S級アイドル、中森明菜が「北ウィング」で ♪ LOVE IS THE MYSTERY〜 ♪ なんて「気合」が入った歌を聴かせていた時代ですよ。

それなのに、このコたちと来たら

♪ 野原いっぱい揺れるつくしんぼ (むっくむく)〜 ♪   なんてさあ   思わず「ばかやろー」なんて叫びたくなる世界観な曲なわけじゃん

84年当時、オリコン100位に入らなったっていうのは、そう言う部分が多分に影響していたんだろうね。


個人的に、B級アイドル物ってあんまり聴かないし、だから正直詳しくないんだけど、ただね、なぜかこの曲は音源が手元にある。

オリコン100位にも入らなかった曲のシングルを持っているのね個人的にもほとんどないんだけどさぁ。

↑で掴みどころがない・・・なんて書いてるくせにムジュンなんだけどさあ、結局はどこかに耳に残っちゃってたんだろうな。

いや、いい曲云々の前に、84年の春って言うの考えた時に、どうも切り離せなかった・・と言うかねぇ。
ブツブツ文句言いながらでも、それだけ耳にしてたって事なんだよね当時。


ただね、そういう「実態」を感じない曲⇒アイドルっていう存在も、84年1年間を通して境に急速に一般的になって行く。

あ〜、分かりにくく書いてしまった。 簡単に言えばシロート的なアイドルが一般的になって行く。
それが顕著に表れたのが、85年のおニャン子クラブって訳なんだけども、このヒトたち⇒ソフトクリームなんかは、おニャン子的なんだよね。

Wikipediaなんかみると、おニャン子のプロトタイプなんて書いてあるけど、まさにそうで、ウタがウマい訳でもないし、さして美人ぞろいでもない。 どこにでもいるようなコたちがアイドルとしてテレビで歌ってるっていう感じで。

しかも、曲が、おニャン子たちに怒涛に曲を書いて行くことになる後藤次利氏だったりして、今見ると、まるでおニャン子って感じなんだよな。

でも、おニャン子がデビューするのと、入れ違いにこのヒトたちは解散。
結局、「シロートアイドル時代」を経験することなく、表舞台を去ることになる。

そう考えると、このコたちは、ちょっと早くデビューし過ぎたのかもしれないな。 もし、85年以降のデビューだったら、少なくとも1枚もオリコンベスト100に入らなったって事は無かったろうし。

この曲にしたって、そこそこランクは上がっていたかもしれないな。



なに「ウンコ」もって歌ってんの? とか思われる(・・・思わないか)かもしれないけど、これソフトクリーム型のマイクカバーですわな。
如何にも「アイドル」っぽい演出。

それにしても、当時を知らないヒトからすれば、ほとんど「おニャン子」だよね。
曲にしても、シロートっぽい歌いかたにしても。
でも、実際は、おニャン子出現の1年前なんでね。

こと「オンガク」には厳しいといわれるナベプロらしからぬ・・・とでも言いますかねぇ。








シンフォニーの風 / 西村知美

  1987_04_シンフォニーの風_西村知美


今回の1曲セレクトは、「シンフォニーの風」西村知美です。

まずはデータでするぅ〜。

・タイトル    シンフォニーの風
・アーティスト  西村知美
・作詞      麻生圭子
・作曲      中崎英也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年3月11日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  7.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月30日付
・タイアップ:ハウス食品「ゼリエース」CM曲

個人的な事だけど、サザンのファンクラブに入ってましてね
桑田氏が「ソロ」として「悲しい気持ち」でデビューして今年で30周年なんだよね。そんなこともあって今年は攻めますよ〜って言う告知がファンサイトに出てたりしてね。
その第一弾が、4月から始まるNHK朝ドラの主題歌って訳ですわな。さてさて、今後はどういう活動となって行くやら、注視の1年になりそうですわ。

それはそうと、1987年って年からもう30年も経つんだよな。
なんか最近、早ぇなぁ〜・・・って事ばっか書いてるような気がするけど、ホント早いですよ。30年前、ワタシゃ高校3年。マジであっという間でしたね。ワタシの中では「昨日」って言う感覚でもおかしくないもの。

例えばさ、先週終わった大相撲中継とか見てると、懐かしの名場面とかやるじゃん。 そういうとき最近、千代の富士 VS〜」とかのVTR流れる事が多いけど、30年前って言ったら、もう「リアルタイム」で相撲中継見てたよな・・・とか思ったりして。。。その感覚で言えば、ホントつい昨日のようなんだよね。

あ〜、このままあっというまに「ジジィ」になって行くのか・・・なんて考えたら背筋が「ゾゾゾッ」ですよ。。。。


・・・・と言う事でもないけど、今回はそんな30年前の今頃の「アイドル」の曲をひとつ。

西村知美「シンフォニーの風」。

上に書いたように「30年、あっという間よ」って言う感覚から言えば、
「うわっ、この曲から30年も経つんか・・・・。」ですわ、まさに。

昨日だよね、この曲って。ってマジで言っても「そうね」なんて言ってしまいそうな。。。。

良く言えば、それだけ未だに「新鮮」に感じたりする。 悪く言えばそれだけ「聴いて来なかった」っていう感じな曲なんだよね、個人的に。

西村知美さん。 ま、未だにタレントとして残っている1人だけども、正直言って30年前のあの頃、たれが30年後まだタレントして残っているだろう・・・なんて思えたか。。。
って感じだったもんね。 いや、個人的にはそう思ってたのよ。

そのくらい、「歌手」としては希薄なイメージだったし、ま、それ以前に、歌唱力がね・・・・ってところでさあ、どう考えても、あの時点で「良くてあと2〜3年だよね」って感じだったんだよな。

確かにアイドルは歌唱力はどがえしっていう風潮は、30年前当時は強かった。なので歌がヘタかどうかはタレント生命には関係なかったと言えばそうなんたけどね。

だからねぇ、あれから30年、タレントとして生き延びて来ているってことは、ホント「奇跡」って感じですよ。

でも、「トロリン」って言う愛称のように天然ボケなキャラクターではあったけども、裏では芯の強さがあったんだろうね。そうじゃなきゃ、タレント業を30年も続けられる訳もない訳で。。。

ただ、そうは言っても当時のアイドル誌なんかでは、かなり人気があったからな西村さんは。
この当時、すっかり「アイドル誌」然となってしまった「オリコンウィークリー」でも西村さん人気あったからなぁ。
いまで「オタク」のはしりでもある「同人」的なアイドル同好会では、西村さんの故郷、山口県宇部市をピックアップしたりして。。。

そんな感じでレコード売り上げ枚数では見えない部分での人気がたしかにあった事はあった。
結局は、そんな熱狂的な固定ファンの支えっていう部分も生きたんだろうね、30年タレント続けてこれたって言うのは。


ところで、曲なんだけども。。。。 今まで西村知美さんの曲はあんまり書いて来なかったワタシなんだよな。
ま、確かに当時もあんまり聴いてなかったって言うところはある。 けど、それ以上に、このヒトの曲って、ほとんどみんな同じように感じるんだよねぇ・・・

当時から、早くも「ジジイ」傾向が始まっていたって言われればそれまでって感じだよな。うん、年取って来るとヒット曲がみんな同じような聴こえてくるんだわ。。。今、まさにそんな感じだもの。

なんで、どうも筆が進まなかったって言うところはある。 でも、そろそろ手を付けなきゃね・・・ってことで、今回この「シンフォニーの風」を引っ張ってきた訳なんだけども。

うん、この曲は、同じように聴こえる西村さんの曲の中でも、「なんとなく」他の曲と間違いが分かるんで

いやそれでも、サビに行くまでのAメロ、Bメロは、他の曲との区別がつかないワタシなんだけども。。。

♪シンフォニーのような シレッシェンドの風〜 ♪ っていうサビはね、さすがに聴いてましたねぇ。

そそ、この曲、なんかのCMで使われていたんだよな。。。CMでよく聴いてたような・・・なんて調べたら、ハウスの「ゼリエース」のCMだった。

「あれ? そうだったかな。。。」 これはちょっとイメージが違ってたけど。。。


ただね、結構漠然としてるでしょ。 「シンフォニーの風」ってタイトルは。

コトバのイメージとリリース日からして、春の心地よい風をイメージさせるし、実際そう言う曲なんだけども、そのイメージどおりのサビに持って行くまでの繋ぎに苦労したのか、2番のAメロの

♪ L 角度変えれば
  Bang!  ピストルに似てる
  そんな悲しい事は教えないで あなた〜 ♪

って言う歌詞に、これと「シンフォニーの風」っていう春の微風のイメージとどう繋がりがあるの? なんて不自然さを感じたりしてさ。

うん、唯一、この曲で引っかかったのは、この部分の歌詞の不自然さだったりしてね。

その他は、サビのメロディライン以外は、めちゃくちゃオーソドックスなんだよね、当時のアイドルソングとしては。

筒美京平氏がシングルは「尖って」いないと・・とおっしゃっているように、それまでのヒット曲って好きキライに関わらず、アイドルの曲にもどこかしら引っかかる部分があった。
でも、この辺のアイドル曲から、そういう「トゲ」の部分を感じ無くなってきたんだよなぁ。

楽曲の個性よりもアイドルのキャラクター・・・。 そう言う時代になっていたんだよね、この頃は。

いやいや、レビュー書き泣かせの曲ですわ。。。。






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