かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1990年代ヒット曲

a walk in the park / 安室奈美恵

1997_01_a walk in the park_安室奈美恵


今回の1曲セレクトは、「a walk in the park」安室奈美恵です。

まずはデータです。

・タイトル    a walk in the park
・作詞      小室哲哉
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日   1996年11月27日
・発売元     エイベックストラックス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  106.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年12月9日〜1997年2月10日付
・タイアップ:日立マクセル「maxell UD2」CM曲

先週のサプライズの一つで言ったら、金曜日。小室氏の突然な「引退」宣言でしょうかねぇ。
一体何なのよ・・・って感じだったし。
本人曰く「不倫疑惑」のケジメと言う事も理由の一つということなんだけどさ、これについては、別途Facebookに「友達」向けに書いて不評だったんで、ここでは割愛するけど・・・

もう一つの理由としては、「才能の枯渇」という点。 まあ、これについては分からないでもないんだけどね。
そりゃ、まあ、90年代あれだけ「馬車馬のごとく」作品を発表すれば、誰でも枯渇するってもんですわ。

本人曰く、「時代はもう小室哲哉を必要としなくなったんじゃないか」というのも引退の理由の一つらしいけど。
まあ、自分の曲が受けない時は、たれでもそう思うもんだよね。
90年代のあの飛ぶ鳥を落とす勢いの小室氏から考えれば、そんな事を考えるなんで想像も出来ない事だけど・・・。

同じ日本のヒットメーカーの巨人、筒美京平氏の昔のインタビュー記事にもこうある。

「ぼくのカラーじゃないヒトが元気な時ってある。でも、そう言う時って、元気なヒトの一生懸命マネをする訳。そうしているうちに、また自分のカラーが時代に必要とされてくる時がする訳」

つまりさ時代は常に動いている訳で、小室カラーが必要とされない時期もある。そりゃ時代と折り合わなくなる時期もあるのよ。

でも、そんな時元気なヒトに近づこうと頑張ってみる。 そうしているうちに、また時代は自分に近づいて事があるんだよ。

・・・って事。

恐らくこれは、70年代後半から終盤かけてニューミュージック全盛の頃、歌謡ポップス側である、さしもの筒美氏も苦戦していた頃と、80年代、見事なV字回復を見せた頃の事を振り返っての意見なんだけけどね。

それを鑑みてみるとさ、なんで、もうちょっとカンパれなかったのかなぁ・・・なんて思うのよ。
上の筒美氏の例で言えば、今、時代に受け入れらけないと感じるなら、今時代のメインストリームの音楽に近づこうとしなかったんだろうって事。

まあ、ここが小室氏ならではの「プライド」なんだろうけどさ。
なにせこれまで、「自分の音楽」が時代を動かしていたわけでさ。なかにし礼氏のコトバを借りると、自分の音楽こそが「時代の巫女」だったわけじゃん。そのプライドを曲げてまで音楽はしたくない・・・って事。

 結局さ、そこが「職業作家」の筒美京平氏と、「アーティスト」の小室氏との大きな違いなんだろうけどさ。

意地悪な言い方をすれば、時代を見極める柔軟な考えの筒美氏と、あくまで「自分の才能」にこだわる小室氏の違いって言うのかなぁ。
でも、そこで挫けて欲しくなかったよなぁ。まあ、これは第三者として言える意見なんだけどさぁ。

ちょっと考えを広ければ例えばアイドルへの曲提供なんかも出来た訳だし。 80年代はアイドルへの曲提供もしてた訳だしさ。
例えば「坂」グループに曲を提供してみるとかさ。やろうと思えば出来るわけじゃん。
どうしてそういう方向も模索しないで、引退というコトバを使ってしまったのか・・・っていうのは、やっぱ残念なんだよな。


あ〜、今回の1曲セレクト前置きがめちゃくちゃ長くなっちまった。。。  
小室氏への「提言」の場ぢやないよなぁ、1曲セレクト。

でもまあ、小室氏の引退をかけて、やっては、今回は小室氏の曲だろうな・・・ってことで、この曲を引っ張って来ましたわ。

安室奈美恵「a walk in the park」。

まあ、小室氏の音楽について、ここでは、これまでも何度も書いてるけど、個人的にはそんなに影響が無かったんだよね。引っかからなかったっていうのが正しいか。
このヒトのメロディって、感情むき出しっていう「喜怒哀楽」なところがあんまりないじゃん。 よく言えば「ドライ」。
無機質ってところだよね。
そこが個人的にはあんまり引っかからなかったんだと思う。

だから、当然、小室プロデュースになってからの安室さんの音楽も殆ど触手が伸びなかった。

うん、小室氏プロデュース以前、まだ「スーパーモンキーズ」の一員だった頃の安室さんには興味があったんだけどね。そそそ「TRY ME〜私を信じて〜」でブレイクしてきた頃の安室さん。

これは凄いヒトが出てきた・・・ってさ。 でも、そのすぐ後、東芝EMIからエイベックスに移籍して、小室氏プロデュースになったじゃん。 その途端に興味が無くなった・・・っちゅうかねぇ。。

あー、こんな書き方するから「敵」を作るんだよなぁ。 
でも、個人的な本音の部分であり、だから「天邪鬼」なんて言われるんだけどさ・・・。

いや、個人的に好きだった安室さんは、もっと「ストレート」なポップを歌う安室さんだったんだよな。
「TRY ME」なんてのはリズム体と複雑だけどユーロビートじゃん。ストレートなんですよノリが。いってみれは分かりやすい。 ココが良かったのよ。

でも、「TK」化されてからは分かんなくなったんだよな。
確かにエイベックスに移籍することで国民的なアーティストヘ大ブレイクしたことは間違いないんだけど・・・。

そんな安室さんの曲だったけど、エイベックスに移籍して以来、個人的に納得できたのが、今回の「a walk in the park」だったなぁ。

初めて聴いたのは、確か、ミュージックステーションだったかなぁ。

Aメロはいつもの小室節っぽくて、「あ、またか」・・・と思ったものの、2分音符を多用する、サビへのブリッジとなるBメロの ♪ 想いが届けば〜 ♪ のところから考えが変わったんだよな。

細かい譜割りが特徴的な小室メロディにあって、2分音符を多用するメロディって、あんまりなかったからさ。

で、そのまま、♪ A Walk in the Park〜♪っていうサビに入って行く。

この流れがね自然だっんたですよ。恐らくそんな所に反応したんだろうねぇ。

それにサビの♪ A Walk in the Park〜♪ ってところを中心に聴いてて絵が浮んで来るんだよな。 その浮かんでくる絵がね、シカゴの「Saturday in the park」だったりしてね。
つまりさあ、シカゴの「Saturday in the park」を彷彿させるくらいの自然な流れのポップスだったって事なんだよね。




ちなみに、97年の頭頃のミュージックステーションって「あ、これは」っていい意味で裏切られる曲に出会う事があったんだよな。 昔書いたけど河村隆一の「I love you」もそうだったもの。




ちなみ、この曲マクセルの「カセットテープ」のCM曲だったんだよね。
当時、音楽録音用メディアとしては「MD」が主流で「カセットテープ」なんて、すでに時代遅れの感じだったんだけどね。
そんなカセットのCMで使われていたのが、時代の「最先端」だった安室の曲っていうのも、なんかアンバランスな感じでしたよね。



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VENUS〜迷い子の未来〜 / 吉川晃司

1994_01_VENUS_吉川晃司


今回の1曲セレクトは「VENUS〜迷い子の未来〜」吉川晃司です。

まずはデータでする。

・タイトル    VENUS〜迷い子の未来〜
・アーティスト   吉川晃司
・作詞      松井五郎 吉川晃司
・作曲      吉川晃司
・編曲      吉田健 吉川晃司
・リリース日   1993年12月13日
・発売元    東芝EMI
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  33.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1994年1月10日〜1月17日付

1月も3日ともなると正月気分も大分抜けてきますねぇ。
ワタシは明日まで休みだけど、明日から仕事始めって言う方もいらっしゃるだろうしなぁ。
こんな気分になるのは今に始まった事じゃ無く、かなり前からこんな気分になってたような気がするなぁ。
12月の年末と1月の月初めって、たかだか数日しか違わないのに、なんか大分イメージが変わるんだよね。
個人的な事だけど、12月年末って毎年、どこかワクワク感を感じるんだよな。あー、仕事も休みだぁ〜って言う開放感からなんだと思う。
逆に、年も明けると、たしかにフレッシュになるけど同時に「あー、また仕事かぁ」なんていう暗澹たる気分にもなる。 意外と年明けって複雑な気分なんだよね。

そんな気分に初めてなったのは、やっぱ大学卒業を間近に控えた、1994年の年明けだったような気がするなぁ。
「あー、後数カ月で社会人か」・・・と思うと、この場から逃げたい気分になっちゃったりね。 社会人になれるって事は希望に満ちてたって方もたくさんいらっしゃるんじゃないかとは思うけど、ワタシは嫌で嫌で堪んなかったんだよなぁ。

今回は、そんな暗澹たる気分だった、1994年の今頃の一つ。

吉川晃司「VENUS〜迷い子の未来〜」。

・・というかね、あの「重ーい気分」に支配されていた、1994年の今頃、自分の頭の中でヘビーローテーションで流れていたのが、この曲だったんだよなぁ。

時代的には広瀬香美の「ロマンスの神様」が大ヒットし、巷ではこの「ロマンスの神様」がヘビーローテーションで流れてたけど、個人的にはあんまり影響が無かったんだよな。

うん、気分的に浮かれたい気分ぢゃ無かったし。。。。 

それよりも大きく支配していたのはこの曲だった。 この曲、なんか重たいでしょ。 いや、実際的にはヘビーな曲ではないんだけど、曲調がね。
タイトルの「VENUS」っていうところからか、どこか荘厳なイメージなんだよね。なんていうのかなぁ、サイケデリックではないんだけど、ある意味ドラック的でもあり。いや、サイケのような原色の夢のような感じではない。
うーん、なんて言うのかなぁ、ウマい言葉が見つからないなあ。
そうだ、霊歌、ゴスペル風っていうのかなぁ。 どこかしらキリスト教的な匂いがするんだよね、この曲は。
特にバックのシンセのフレーズがさ。

サウンドがそんな感じだからさ、どこか讃美歌風っていうかね。響きが10ccの「I'm Not In Love」っぽいんだよな。シンセなんだけども、どこか人間のコーラスっぽく聴こえるような。

それが、なんか「観念して社会人になれ」・・・なんて暗黙のうちに言われているような感じがしてねぇ、 どうしても耳から離れなかったんだろうな、この曲。

いや、あれから24年も経つっていうのに、この曲を聴くと、いまだにあの時のような気分になんだよな。 もう24年も社会人やってるっちゅうのにさあ。 まあ、24年社会人やってるっっても、未だに「社会人 あーやだやだ」って言う気分は抜けきれないワタシは、根の部分はあの時と全く変わって無いって言うのもあるんでねぇ、未だにこの曲を聴くと、そんな気分にさせられるんだと思うけどさ。

ちなみに、長いキャリアを誇る吉川だけど、「ウレセン」と言う面では、この曲の前後辺りが一番CD売れてたんだよね。
ま、一番売り上げがあったのはデビュー曲の「モニカ」だけど、この曲の前の「KISSに撃たれて眠りたい」がそれに続く売り上げだったし、この「VENUS」は、その次に売り上げが高かった1曲なんだよね。

まあ、実感的には、それほどの大ヒットって言う感じではなかったんだけどさ。大ヒットって言う感じじゃなかったしね。 そうね、手ごたえて的にはスマッシュヒットって言うイメージでしたよね。この頃の吉川の一連の曲は。

それを裏付けるって言う訳ではないんだけど、ワタシのランキングでは、この曲はベストテン入りギリギリだったし、「KISSに撃たれて眠りたい」は最高11位でベストテン入りしなかったしな。
そこからして、大ヒットって言うイメージでは無かったんだよね。

まあ、それだけ全体的なCDの売り上げが好調だった訳であり、メガヒットの時代だったって事なんだけどさ。



あー、やっぱり、この曲聴くと、気分が重くなるよー。 明後日から仕事だって言うのに。。。



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今夜はHearty Party / 竹内まりや

1995_12_今夜はHearty Party_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「今夜はHearty Party」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル    今夜はHearty Party
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎
・リリース日      1995年11月20日
・発売元     MMG
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  39.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1995年12月25日〜1996年1月22日付
・タイアップ:ケンタッキーフライドチキン クリスマスキャンペーン曲

クリスマスイブイブの夜、みなさんいかがお過ごしでしょうか・・・。
なんて、取ってつけたようなわざとらしい出だしにしてしまったんですが・・・。

クリスマスかぁ、昨今のワタシにゃ、全く関係ない「イベント」になってしまいましたなぁ。
そもそも、明日がクリスマス・イブであることも忘れてたくらいですから。。。

さっきスーパーに買い出しに行ったら総菜コーナーに「ローストチキン」を大量に売ってまして、「そう言えばクリスマス前の週末」なんだな・・・なんて思い出した次第で。。
ローストチキンは、思わず買ってしまいましたが。。。。

で、やっぱクリスマス前の週末なんで、「1曲セレクト」もクリスマスの曲を持ってくるべきなんだろうなぁ・・・っていうのは、いつも思ってる事だったりするんだけど。。。

何分ねぇ、これまで目ぼしい・・・というか個人的にお気に入りのクリスマスソングは、既に書いちゃったからなぁ・・・。正直、残って無い。
去年も、書くのが無くて、苦肉の策として今まで何回も書いたヤマタツの「クリスマスイブ」をまた引っ張りだしてきた・・・ような気がする。

なんでねぇ、今年は流石にヤマタツってのは無いよなぁ・・・。 っつうことで、ヤマタツ氏のヨメの竹内まりやさんを引っ張って来ましたわ。

「今夜はHearty Party」

「え? いままで書いてなかったの?」って言われそうなんだけどさ。 そうなのよ、書いてなかったのよ。

今まで書いたなかったって事は・・・そうなんですねぇ、個人的にこの曲、あんまり好みじゃないのよね

完全に個人的な好みなんだけども、アグレッシブでアップチューンな まりやさんの曲って、それ以前からどうも触手が伸びないワタシなんだよなぁ。

例えば、この曲の前年にリリースされた「明日の私」っていうアグレッシブなアップチューンもダメだったしね。

なんで何でしょうねぇ。 まあ完全に生理的としか言えないんだけどさ。 うん、基本的に まりやさんの曲ってキライじゃないですしね。

個人的には、やっぱこのヒトは、ミディアムチューンなんだよなぁ。 例えばさ、93年にリリースされた「家に帰ろう」とかさ。ああいう、もろ60'Sなアメリカンポップスの香りが強い曲が一番フィットしてると思うんだよね。

ま、それ以前にクリスマスソングって厳かな曲が好きなんでねぇ。 

考えてみれば、クリスマスにパーティをやって、みんなでワイワイ・・・なんてことは、ほとんど無かったような気がする。小学6年のときだけかなぁ、近所の集会所借りてクラス全員でワイワイとパーティをやったのは。

あとは、クリスマスと言っても一人静かに過ごしてたんだよね。 そんなこともあってか、クリスマスソングは一人シンミリと聴く曲の方がフィットするんだよなぁ。
なんせ、一番すきなクリスマスソングは、「チェッカーズのX'masソング」だったりするんでさ

だから、ダンナの「クリスマスイブ」の方が、断然クリスマス〜・・・って言う気分にさせてくれる。 そんなこともあってか、未だに、この曲の方はクリスマスと言っても殆ど聴いてなかったりするんだよね。

うん、どうりで今まで書かなかった訳なんですねぇ。




この曲と言ったら、どうしても、イントロ出だしの「キムタク」の囁きボイスなんだろうな。

そそそ、例の

「ね、パーティーにおいでよ」  っちゅう囁きボイス。

SMAP解散以後、今年はすっかり影が薄くなっちまったキムタクだけど、あの当時の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだったからなぁ。いい男の「代名詞」と言う意味で。

そのキムタクが まりやさんの曲に登場する・・・ってだけでも話題性大だったんだよね。

しかも、その「いい男」の代名詞キムタクに対して、

♪ キムタクさえもかすむ男〜 (を見つけてやるわ)♪ なんて、世の大多数の女性を「敵」に回すような事を言ってのける まりやさんは、やっぱりアグレッシブだったんだよなぁ。

個人的に、この曲に触手が伸びなかったのは、曲自体のアグレッシブさと共に、まりやさん自身のアグレッシブさに対しても引いちゃってた部分が大きいかも。

やっぱ、個人的には、どうしても「不思議なピーチパイ」の頃のまりやさん像が頭から抜けないんでね〜。


ちなみに、「ね、パーティーにおいでよ」って言うキムタクの囁きボイスを、「ね、パンティー脱いでよ」と茶化していたパッキー木場氏、おちゃめで好きだったぁ。



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ALONE / B'z

1991_12_ALONE_B'z


今回の1曲セレクトは、「ALONE」B'zです。

まずはデータです。

・タイトル     ALONE
・アーティスト   B'z
・作詞       稲葉浩志
・作曲       松本孝弘
・編曲       松本孝弘 明石昌夫
・リリース日    1991年10月30日
・発売元      BMGビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   112.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1991年11月11日〜1992年1月20日付
・タイアップ:関西テレビ系ドラマ「ホテルウーマン」主題歌


やっぱりというか、昨日書いた上戸彩さんの「ウソツキ」は、今一つ反応が悪かったですな。
90年代以前の曲では、いつもそこそこのアクセスをいただいている1曲セレクト、、そろそろ2000年代の曲も本格的に書いていきたいと思っているんですが、なかなか難しいですねぇ。

やっぱり、2000年代以降の曲は、みんなで聴く・・というよりは、よりパーソナルになり、ホント知ってる人しか知らない曲が多くなっている事で、今なっては知ってる人しか知らないっていうのが、なかなかアクセスとして伸びない理由なんだろうねぇ。

そんなこともありーの、今回は90年代に遡りますわ。

B'z  「ALONE」

うーむ、B'zなんて書くの、めっちゃ久しぶりなんですけど。。。 個人的に、B'zの曲、大好きかっていうと、正直言えば、曲によるんだよね。好き嫌いがはっきりしてるっちゅうのかなぁ

 B'zに関しては、個人的に昔いろいろありましたからね。 そそそ、例の「今夜月の見える〜」でのリリース「逃げ」事件とか  それによって、掲示板(BBS)が「炎上」した事があったりさ。
それもこれも、B'zの1位連続記録ってのが、発端ではあるんだけど。 いやね、オリコンでの1位連続記録が途切れないんでねぇ、飽きちゃってたんだよね、個人的には。 特に2000年代以降は。。

個人的にはB'zは、95年くらいまでなんだよなぁ。 95年の「LOVE PHANTOM」。この曲で完全に昇華しちゃってるんだよね。だから、その後はどの曲も一緒・・・なんて書くから「炎上」しちゃうんだよな

でもね、それ以前はキライじゃなかったんだよ。90年の「Easy Come Easy Go」からは毎曲音源も買ってたしさ。 

ただね、そうは言っても、最初、「太陽のKomachi Angel」でブレイクしてきた時は胡散臭かった。 どう聴いてもTM NETWORKの二番煎じって感じで。。。

ま、ギターの松本孝弘氏は、昔TM NETWORKのサポートメンバーとしてギターを弾いてた訳でさ。
そそそ正式メンバーでギターの木根尚登氏が「ギター」弾けなかったからさ

そんなわけで、初期のB'zがTM NETWORKの二番煎じっぽくなるのも無理は無かったのかもしれないけどさぁ。

そんな「TM臭」を感じ無くなった最初の曲が、今回の「ALONE」ぢゃなかったかなぁ。 まあ、次の「BLOWIN」で、再度 TMにコミットしたような曲に戻るわけで、だから「TM臭」が完全に無くなった訳ではなかったんだけど。

確かに、ロックバラード調の曲には、最初、驚いたけどさ。

けど、なるほど、本当はこういう事がやりたかったんだな・・・っていうのは理解できたし、後年にわたる本来の「B'z」を見せてくれた最初のシングルだったんだよね、この曲が。

ただ、前曲の「LADY NAVIGATION」で見せて来ていた、ポップで、それこそTMっぽい曲に慣れて来ていた身としては、初めは、今一つ取っつきにくかったんだけどさ。

それでも、なんていうのか、アメリカ南部を彷彿させる様な、骨太のサウスロックは、個人的にも嫌いじゃなかったんでね、馴染むのも早かったような気がする。

それよりも何よりも、この曲を吸収できたことで、完全に80年代と決別できたような気がしたんだよなぁ。これからが本当の90年代だ〜。そんな気分になれたんだよね。 だってさ、この曲の前の1位が長渕剛氏の「しゃぼん玉」で、その前がチャゲアスの「SAY YES」で・・・って感じで、80年代を引きずっているような感じだったんですよ。アーティストの顔ぶれ的にも、曲調的にも。

でもB'zはブレイクが前年の90年だったし、この「ALONE」なんかは曲調的にも80年代の、少なくとも邦楽ヒットを引きずったような感じではなかったからさ。まあ洋楽的に見れば全然新しいサウンドでは無かったけど、邦楽では、この手のサウンドって少なくともヒット曲としてはなかったからさ。

そんな意味で、本当の意味で新たに90年代がスタートした・・・そんな気分になれた1曲なんだよな、この「ALONE」って曲は。




それにしても、この曲を聴くと、当時、しょっちゅうやってたボーリング場とカラオケボックスの匂いを感じるんだよなぁ。当時はまだ大学生。
あの頃は、ボーリング良くやってたからなぁ。 ボーリングの後は、朝までオールでカラオケって言うのがお決まりのコース。
・・・と言っても途中で声が出なくなって、朝4時ごろカラオケ屋出て、「マイアミ」なんかの深夜営業の喫茶店で一番電車を待つのが定番だった。 深夜割り増しで1杯1000円位もする、「ぼったくりかよ」なんて思えるコーヒー頼んだりしたりしてさ。

中島みゆきの「悪女」の一節ぢゃないけど、 ♪ 夜明けを待って 一番電車 凍えて帰れば〜 ♪の世界ですよ。

そそそ、この曲を聴くと、その頃の光景がフラッシュバックするんだよな。 辛い事なんかまるで考えてなかったあの頃の自分が甦ってきたりしてさ。。。いい時代だったよな。



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巡恋歌 / 長渕剛

1992_11_巡恋歌_長渕剛


今回の1曲セレクトは、「巡恋歌」('92ver)長渕剛です。

まずはデータなのだ。

・タイトル     巡恋歌
・アーティスト   長渕剛
・作詞       長渕剛
・アーティスト   長渕剛
・編曲       長渕剛 瀬尾一三
・リリース日    1992年10月28日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   67.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1992年11月9日〜12月21日付

えー、前回からの続きです。。。


やおら、タイトルだけを見ると、「巡恋歌」、前回も書いたじゃん・・・なんて言われそうだけど・・・、今回は、オリジナルリリースから14年後、1992年にリリースされた「'92ver」どぇす。

えー、同じタイトルぢゃ、どっちがどっちだか分かんないじゃん・・・とかお叱りをいただきそうだけど。。

年代のカテゴリー、前回のは「1970年代ヒット」で、今回のは「1990年代ヒット」に分けたんでねぇ〜

それで区別できる・・・と。 

分かりにくい〜〜。 

まあ、ココ常連の方は、それなりに「ヒット曲」の知識はお持ちだと思うんで、その辺りはお察しいただけるか・・と。(自分勝手な解釈)


で、まあ、この「巡恋歌」って曲、少なくとも、ワタシと同年代、あるいは、それよりも下の方にとっては、こちらの「'92ver」がなじみ深い・・・んじゃないかなぁ。

昨日書いたように、1978年リリースの「オリジナル」バージョンは、オリコンでは100位にも入らなかったですからねぇ。知ってる人しか知らない存在だったろうし、少なくとも「一般」の音楽リスナーの方にとってはさ。

でも、それから14年後、アーティストとして頂点を極めた92年にリリースされた、このバージョンは、当然のようにオリコンで1位獲得。。

ワタシのランキングでも1位獲得・・・・。うんにゃ、ありゃりゃ、ワタシのランキングでは最高4位だったんだな・・・。

うーむ、CD売り上げは別として、有線、ラジオチャートどちらの要素が弱かったんだろ  

いや、今当時のオリコンチャートを見たところ、意外とタンパクなチャートアクションだったんだよな。まあ、タンパクといっても、急激に売り上げを下げた・・というよりも、当時、他に強力な曲が目白押しだったということもある。
なんせ、週間5万枚近く売らないと、ベストテンに入れない・・・なんて訳の分かんない時代だった訳で。。。

いずれにしろ、オリジナルがオリコンのカウントでは「0枚」だったこの曲が、「'92ver」では67万枚になった。

やっぱり、ビッグになるということは凄い事なんだよな。

ま、とは言っても、前曲の「しゃぼん玉」が110万枚のミリオンセラーだった事を考えると、半分近くの売り上げに留まった訳だけど・・・。

これは、やっぱり「セルフカバー」って言う部分が大きいんだろうな。人によっては、やっぱり「オリジナル」の方が良いって言う方も居るだろうし。

個人的には・・・どうだったか。

初めて「'92ver」の「巡恋歌」を聴いたのは、今でもはっきり覚えてる。 大学の近くの本屋で立ち読みしてた時、近くに置いてあったラジオから流れてきたんだ。

その頃、すでに「オリジナル」の方を聴いていたし、オリジナルが大好きだったワタシとしては、ちょっと複雑な思いだったのを覚えてるな。

また「巡恋歌」を聴ける・・・って言う思い半分、でも「乾杯」では、オリジナルと全く違うアレンジになっていた事を感考えると、今回もそうなんだろうな・・と言うがっかり感半分。

予想通り、イントロで、オリジナルとは全く違う「尾ひれ」が付いていた事にガッカリ。 全体的にへヴィーなアレンジを施されていたことにガッカリ。 オリジナルとは全く異なるAメロの歌い方にガッカリ。。

・・・と、曲の出だしの部分には、予想通り、ガッカリしたんだよなぁ。


たださ、曲が進むにつれ、ちょっと考えが変わった。 アレンジは違うものの、曲の最初の部分を除けば、全体的にはオリジナルの雰囲気は残ってるしさ。これはこれでアリなんじゃないか・・・っていう気分になって来たんだよね。

少なくとも「乾杯」で全く異なるアレンジ、曲想でめっちゃガッカリした事を思えばさ、全然許容範囲ぢゃないか・・・なんて思えてきたんだよね。

ちなみに、90年代当時のライブの動画を見ると、この'92.verのへヴィーなアレンジで歌っているのはあまりない。
まあ、そう言う動画がようつべに上がっていないだけかもしれないけどさ。 うん、ライブではアコギ1本でって言うことも多かったからな。



これも、同じ「92年」の時の、アコギ1本でのライブだけど、アレンジも、歌い方もオリジナルだしね。

うーん、なんだかんだ言っても、この曲は、この'92.verのような分厚い音の「バンドバージョン」よりも、アコギ1本でのシンプルなバージョンが一番しっくり来るって事、それは本人もそう感じているんじゃないかなぁ。

少なくとも、'92.verのアレンジで上がってる動画って少ないんだよね(っつか、個人的には見つけられなかった。。。)

・・・ということは、このバージョンで演奏しているのは少ないって訳でさ。 それから見ても、この曲はやっぱりオリジナルバージョンってことになるんだろうな。。。


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雨のMelody / KinKi Kids

1999_10_雨のMelody_KinKi Kids


今回の1曲セレクトは、「雨のMelody」KinKi Kidsです。

まずはデータですよん。

・タイトル    雨のMelody
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      康珍化
・作曲      武藤敏史 坂井秀陽
・編曲      有賀啓雄
・リリース日   1999年10月6日
・発売元     ジャニーズエンタテインメント
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  85.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1999年10月18日〜11月15日付

のっけから・・・、今月ワタシは一体何時間残業してるんだろう? ・・・・なんてグチがでるほど今月は「生業」が忙しい。ここんところ帰宅は「午前様」が続いておりまして、朝は当然、普段通りなんで、兎に角、寝不足。。。
ま、そんな訳で2週間ぶりの1曲セレクトですねぇ。

本当はね、天気も悪いし、今日くらいは1日寝てたいなぁ・・・なんて思ったりもするんだけど、ここんところ更新してなかったんで、ブログのアクセス数が「右肩下がり」の状態を見て、居ても経ってもいられなくなってる貧乏性のワタシが居たりして。。。 で、今書いてたりします。

そんな生活も、とりあえずはひと段落がつき・・・となればいいんだけどね 週明けは。。。

あ、↑で「生業」なんてくどくど書いちゃったけど、今の勤務先の仕事はあくまで「食うため」の仕事で、「男の一生」を捧げるための仕事ではないと思ってるんでね、なんで「生業」ね。
本当なら、音楽のマーケティング分析とか、セレクター、ここのような楽曲紹介的なモノ書きで食ってければ最高なんだけど、なかなかねぇ。。。


あー、関係ない話になってしまった。

しかしまたまた週末雨ですねぇ・・・。 そんなわけで今月は「雨」的な曲ばっかり書いてたりするワタシなんだけど、今回も「雨」の曲です。。

KinKi Kids 「雨のMelody」。

この間、森高千里さんの「雨」を書いた時、80年代の今頃は雨の曲は思いつかないけど、90年代の今頃の季節の雨の曲はいくつかある・・・的な事を書いたんだけども、今回もってきた、「雨のMelody」もそんな中の1曲かなぁ。

少し前に、同じ99年の今頃のヒットだった上原多香子さんの「Come Close to me」も書いたんだけど、あの曲と並んで、この「雨のMelody」も99年の今頃を彷彿させる曲だなぁ。 まあ、個人的にだけどね。

先週も週末は雨だったじゃん。だから、本当は先週書こうか・・とも思ってたんだけど、先週は、「秋の長雨」っていうよりも台風による「嵐」だったからなぁ。

この曲のイメージとはちょっと違うよな・・とも思えたりして見送ってたんだよね。 先週の雨は、この曲というより、はっぴいえんどの「颱風」っていうイメージだったもんなぁ。 それか東京事変の「群青日和」とか。
そんな、アバンギャルドな感じだったからねぇ。

そそそ、しっとりとした長雨ぢゃなく「豪雨」・・。

この曲には、そう言う激しさはない。どちらかと言えば、しっとりとした秋の長雨てきなイメージかなぁ。

全体的な曲想としては、テビュー曲の「硝子の少年」の延長線上の曲というイメージと言ってもいいかもしれない。

まあ、作詞、作曲者は、「硝子の少年」とは違うけどね。 そそそ、「硝子の〜」の作詞、松本隆、 作曲、山下達郎・なんていう、めっちゃ「まっち先生」的などころ臭さ・・・80年代的・・・なのに対して、この曲は「ガラス〜」よりは垢抜けしているようには感じる。うん、その分90年代的なのかなぁ。

ただ、あくまでベースは「歌謡ポップス」って言う枠内の曲ではあるよね。 曲の全体的にかぶさって来る、ラテンっぽいクラシックギターとかさ。 まるで60年代のムード歌謡だったりもするし。 そそそ鶴岡雅義と東京ロマンチカとかさ、そんな世界。。。

・・・なんて書いたらKinKiファンに怒られるかなぁ・・・。

でも、だからこそ、個人的には、この曲に引っかかったのかもしれない。 兎も角、懐かしいんだよね、このイメージ。

時は99年後半、ミレニアムっていう新時代目前だっていうのに、このアナクロさ、そのアンバランスがいいんだよな。

ま、あくまで個人的なイメージなんだけどね。初めてこの曲を聴いた時、雨の日の土曜日の午後が思い浮かんじゃったりしてさ。

雨の日の土曜日、 70年代、雨雲を通したグレーの光が窓から差し込み、半分は影で暗いモノトーンの部屋

5才か 6才くらいのワタシが体験した、雨の土曜日の部屋の光景だ。

この曲を聴いた時、あの日の光景が思わずフラッシュバックした。  そそそ、この曲のイメージは、あのモノトーンの雨の日の光景なんだ。

だからこそ、引っかかったのかもしれないな、この曲には。

まあ、それ以前にKinKiの曲、特に初期のKinKiの曲は、個人的に気に入ってる曲が多い。 

うむ、ジャニーズは、あくまで「少年隊」までと割り切ってるワタシとしては、90年代以降のジャニーズの中では、KinKiだけは、認めてる存在なんだよな。

なんでかと言えば、やっぱ曲のダサさだろうなぁ・・・。  この曲なんて上で書いてるように東京ロマンチカだしさ、そこがいいんだよね。

なんて貶しているような表現だけど、そうじゃなく、個人的に「ダサい」っていうのは褒め言葉だからさぁ。

うん、個性的と言った方がいいかな。90年以降のジャニーズってさ、曲に関しては没個性な部分が多いんだよ。どのグループも声質が似てるしさ、曲も無機質的な曲が多いし。

それに対して、初期のKinKIの曲は、すぐに「KinKIだ」って分かるところがいい。 変な曲も多いけどだからこそ個性的。そこがいいんだよな。

まあ、書いてる作家陣が、リスペクトに値する方が多いってのもあるけど。。。

 
 



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雨 / 森高千里

1990_10_雨_森高千里


今回の1曲セレクトは、「雨」森高千里です。

まずはデーダどぇす!

・タイトル    雨
・アーティスト  森高千里
・作詞      森高千里
・作曲      松浦誠二
・編曲      斉藤英夫
・リリース日   1990年9月10日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 18.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 
・ベストテンランクイン期間:1990年10月1日〜10月8日付

雨です。。。寒いです。。。。なんか一気に季節が進んじゃいましたねぇ。。。 というか、一昨日までが暑かったと言うべきなんでしょうが。。。 ようやく「秋らしい」気候になったと言うべきなんでしょうね。

秋っぽくなるとヒット曲も秋っぽい曲が聴きたくなってくる。 特に今日のように、どんよりとした「雨」には、やっぱり「雨」の曲だよなぁ。

でもね、秋の「長雨」を連想させる、 この季節にヒットしたさめざめとした「雨」のヒット曲って、過去を振り返ってみると、意外と少ない・・ように思えるんだよなぁ。うーん、ワタクシの勉強不足なんでしょうかねぇ。
そんなに多く浮かんでこない。

すぐ浮かんでくるのは、例えば、75年甲斐バンド「裏切りの街角」、76年丸山圭子「どうぞこのまま」、77年太田裕美「九月の雨」・・・くらいでしょうか。

うーむ、70年代に偏ってるな。。。 いや80年代で雨が出てくるこの季節の曲って・・・何かあったっけな? って感じなんだよな。  まあ、ちゃんと掘り返せば出てくるはずなんだけど。。。

・・・ということで、今回は90年代の「雨」をモチーフにした、この今頃のヒットです。

森高千里「雨」

ここんところ、70年代の古めの曲が多かったんで、知ってる人しか知らないでしょう・・・っちゅう危惧が多かったんだけど、さすがにこの曲は知ってる方の方が多いかな。
特にワタシと同年代・・・・今の40代後半・・・の方は大体知ってますよね〜。

最近、ライブまで再開して、完全復活をアピールしてる森高だけど、その人気が一般化して「不動」なものになったのは、この曲あたりからじゃ無かったかなぁ。

いや、87年のデビューから、この「雨」がリリースされる90年の秋までもそこそこ人気はあったんだけどね。
リリースされる曲もコンスタントにベストテン入りさせて来てたし。

ただ、如何せん「イロモノ」の雰囲気が濃かったんだよなぁ。 なにせ、あの「美脚」にフリフリのミニスカートでしょ。これで食いつかない「オトコ」はいないでしょ・・・って感じのセックスアピールな存在だったしなぁ。
そこに持ってきて、ふざけた()内容の曲が多かったからなぁ。 加えて、あの口先だけのボーカルが堪らんって思えたりする方もいらっしゃいましたしね
良く言えば当時の「進化系」アイドルって言う存在でしたよね。

でもね、そういう「ニューエイジ」な存在をなかなか認められないワタシは、どうも「目の上のたんこぶ」的に感じていたってのもあるんだよな、デビュー当時の森高って。
まあ、それまでの「イロモノ」系って概して、人気も一過性のヒトが多かったし、森高もそんな存在なのかも・・・とは、どこかで思ってましたが。。。

ただ・・・この「雨」って曲は、その後の森高を考えると、やっぱり大きかったんだろうなぁ。

うむ、「まとも」って言っちゃアレだけど、本格的バラードの曲でしたね。 

タイミングも良かったんだよな。↑で書いたようにそれまでは、おふざけ的な曲が続いていたし、 「秋」って言う季節柄にもあっていたし、 なにより、この年の「秋」って今年同様、「雨」の日・・というか曇りがちの日が多かったんだよね。 まあ、そう言うイメージが個人的には強いってところで、実際どうだったかっていうのは忘れちゃったけど。。。

そう言うイメージがあったからなのか、この曲は、季節的、時代的、どちらを取ってもピッタリ嵌まっていたように、今でも思えますねぇ。 うん、1990年秋って言っていうと、この曲が浮かんでくるもの。

言ってみれば、タイミングがいいイメージチェンジが出来たって言うところなのかなぁ・・・。まあ、それが功を奏してか、この曲で初めてオリコンベスト3入りだったんですよね。(オリコン最高2位)

そう言うこともあってなのか、個人的にも、この曲、結構な大ヒットだった・・・って言うイメージがあったんだよな。
でも、実際は売り上げ18万枚。 ま、確かに売り上げとしても、あの「17才」に匹敵するくらいだった訳だけども、でも、思ったよりも売り上げは伸びてなかったんだよね。

ちなみに、森高がこの後、オリコンでベスト3入りしたのは、3年後の「風に吹かれて」。 これが初めてのオリコン1位だったんだけども、それまで待たなくちゃいけなくなる。 これも今となっては意外だったかなぁ。
今となっては伝説的な「私がオバさん〜」も「渡良瀬橋」もベスト3入りしていないんだよね。「私がオバさん〜」に至ってはオリコンでベストテン入りもしてないし。。。

90年代初頭はアイドルにとっては冬の時代。バンド系が悉くミリオン以上のメガヒットを飛ばす中、アイドルは地盤沈下していた時代。 そう言う意味でも、当時、森高はアイドルって言うカテゴリーに属していたと言っていいかもしれない。




ぢゃ、個人的には、当時、この曲をどう思っていたのか・・・というと、正直言って、まだ認めていなかった部分が大きいな。 やっぱりイロモノはイロモノだったんだよね、ワタシの中では。

まあ、あれから27年経った今となっては、認めている部分が大きいんだけどさ。

個人的に森高を認めるようになったのは、この曲から丁度1年後の「ファイト!」からだったなぁ。
そそそ「坊主頭の太郎君」ですよ うーむ、「雨」に比べるとよっぽどイロモノ的な感じだけど、曲が良かったんだよな「ファイト!」は。

この曲、いい曲ではあるんだけど、なんかねぇ「如何にも変わりました」っていう感じが自分の中ではしたんだよな、当時。
「雨」っていうと、AOR調の中に少し「和」がかったバラードっていう曲調が当たり前のようにも思えたし。


それにしても森高千里ってヒトは、年取らないよなぁ。 今でも、この当時と遜色ないしなぁ。声質も全然変わんないし。。 48歳ですぜ。2人の子供の母とは思えないもんなぁ。
大体50近くなりゃ、昔はヨボヨボになってもおかしくなかったしさあ、50っていったら、自分の若い頃のイメージなかでは、完全にジジィ、ババァだったもの。。

・・・っていうワタシは、森高と同い年なんだよね

そう言えば、石田ゆり子も 鈴木杏樹も同い年だったっけ。。。。 このヒトたち、ホント年取らないんだよな。

だからなんだ ってところだけど、このヒト見てると、自分も年取ってらんねぇな・・・なんて思えたりしてね。




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Come close to me / 上原多香子

1999_10_Come Close to me_上原多香子


今回の1曲セレクトは、「Come close to me」上原多香子です。

まずはデータです。

・タイトル    Come close to me
・アーティスト 上原多香子
・作詞      Я・K
・作曲      Я・K
・編曲      土方隆之 森本裕二
・リリース日  1999年9月29日
・発売元    トイズファクトリー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  21.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1999年10月11日〜10月18日付
・タイアップ:カネボウ「海のうるおい藻」CM曲

えー、前回は・・・と言っても、「今朝」書いたばっかなんだけど・・・、岡田有希子さんを持ってきた訳でして。
「Love Fair」。 この曲を聴くと悲壮感を感じるって事で書いたんだけど、同じような感覚を覚えた曲が、ずーっと後にもあったんだよね。

今回は、そんな曲を持って来ましょうかねぇ。

上原多香子「Come close to me」

うーむ、果たしてタイトルを持ってきて、どれだけの方が「曲」を連想できるか・・・正直、大いに不安だったりするんだけどねぇ。

そもそも、上原多香子さんと書いて、「あー」って思いだせる方が今となっては、どのくらいいるのかなぁ。
うん、恐らくワタシより10〜15才位年下の方だったら、みんな知ってるかなぁ。

そそそ、SPEEDの4人の一人ですね。 まあ、SPEEDっつったら、国会議員になられた今井絵理子様がある意味、ことしの「顔」となられておりますが。。。

上原多香子さんは、今井さん、島袋さんのボーカル2人に対して、新垣さんとバックで踊っていた方なんで、あんまり表立っていなかったしね。しかも一番大人しヒトだったんで、今となっては忘れられている部分も多いかもしれないけど。。

そんな上原さんの、「ソロ」シングル第2弾が、この曲だったわけだ。

・・・というか、この年1999年は、SPPEDとしたグループ活動よりも、それぞれがソロとして活動していた部分が大きかったからねぇ。 みんなそれぞれがソロシングルだしていたし。。

その中で一番、際立ってソロ活動していたのが上原さんじゃなかったかなぁ。。 いや、そんなような印象が強いんだよな、個人的には。

そう思えたのは、恐らく、このヒトがソロでやっていた曲調が一番、個人的にはフィットしたからなのかもしれない。

そそそ、このヒト、ソロでは、SPEEDで見せていたようなアップチューンから180度異なる、スローテンポ主体の、お嬢さん路線だったじゃん。
あ、その辺がねぇ、どことなく80年代における岡田有希子さんとダブって見えたのかもしれない。

その中でも一番、引っかかったのが、今回引っ張って来た、第2弾の「Come close to me」だったな。

この曲は、もろネタ(下敷き)になった曲が分かっちゃったりするんだけどさ。 そそそ、どう聴いてもビートルズの「strawberry fields forever」だよね。しかも、間奏のトランペットは、「All You Need Is Love」だし。 
ところどころ「Lucy In The Sky With Diamonds」。

って感じで、めちゃくちゃビートルズ色が強い1曲。 うん、「サイケ」色が強いあたりのビートルズね。

プロデュースのЯ・K・・・・うんにゃ、LUNA SEAの河村隆一氏も優男の見かけによらず、結構エグイな・・・なんて思わせたりしてさ。 ここまですぐにネタばれする曲を持ってくるあたり。

っつか、当時はЯ・Kって、一体誰なんだ? って感じだったんだけどさ。。 ま、当たりは付いていたんだけど。。。 いや、この曲のバックを聴いてれば、すぐ分かっちゃうか。。。河村隆一氏って。

まあ、ビートルズほどサイケデリック色は強くないし、うーんと薄味、かつ、なんて言うのかなぁもっと暖色っぽいイメージ・・・そそそファンタジーの世界なんだ・・・のような曲調なんだけどさ。

兎に角、どこまでも優しい気持ちになる1曲なんだよな。 同時にどこか淋しさを覚えたりして。

みんなでワイワイとしながら聴く曲・・・というんじやなく、一人しんみりと聴く・・・。そう言うタイプの曲だったからかもしれない。

そそそ、その「シンミリ」と言う部分にも、岡田有希子さんの「Love Fair」に通づるモノを感じたのかもしれない。


個人的にちょうどこの頃、新卒で入った会社に退社の意向を申し入れ、受理されたころなんだよね。
この曲が引っかかって言うのは、そう言う事で、それまで張り詰めていた気持ちが、一気に解放されたってところも大きかったかもしれない。

それまでの何年かは仕事が優先で、音楽はある程度スポイルして来ていたところもあったし。 そんな緊張感から一気に解放されたって気分が強かったんだよね。

だからと言う事もないかもしれないけど、一時的に遠ざかっていたヒット曲も、この頃は、結構聴いてたんだよね。素直に聴けてたんだよなぁ。

もし、退社せずにあのまま続けていたら、この曲なんて素直に聴けてたかどうかは分かんない。 もしかしたら聴いてなかったかもしれない。 やっぱり気持ちの持ちようなんだよなぁ、音楽との接点って。

当時ワタシはちょうど30歳になったばかりで、そんなことも大分、感じて来ていた頃だったかもしれない。

同時に、本格的にネットとの接点を持ちだしたのもこの頃。

まだ、自分のサイトも掲示板も持っていない頃で、夜な夜な他のヒトの掲示板(BBS)に出没しては、当時のヒット曲について、辛口で書き始めたのもこの頃ですわ。 
それでネットでのダイレクトな反応に快感とシンパシィを感じ始めたのもこの頃だったと思う。

もしかしたら、この「Come close to me」についても当時1度書いたかもしれない。 覚えてはないんだけども。 

でも、まだ、ネットの世界で仕事をするっていうのは、全く考えても無かったなこの頃は。 うん、仕事をやめるっていっても、次の仕事の事は考えてなかったんだよね。 まあ、今考えると無謀・・というか、怖いもの知らずだったんだけどさ。若かったよね。





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Happy Tomorrow / NiNa

1999_07_Happy Tomorrow_NiNa


今回の1曲セレクトは、「Happy Tomorrow」NiNaです。

まずはデータでする。

・タイトル    Happy Tomorrow
・アーティスト  NiNa
・作詞      Yuki  Kate
・作曲      Ma-chang  Yuki
・編曲      佐久間正英
・リリース日   1999年7月14日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  29.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1999年8月2日〜8月23日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「彼女たちの時代」オープニングテーマ

ここのところは週末に書いている1曲セレクトな訳だけど、今回も同様に週末の更新ですわな。
そんな1曲セレクトだけど、ここ暫くは「古る目」の曲が多かったんで、今回はちょこっと時代を戻しますかねぇ。

NiNa 「Happy Tomorrow」

うーん、この曲覚えていますかねぇ。時代を戻すと言っても99年、今から18年前の今頃のヒットな訳なんだけどね。
NiNaは、当時JUDY AND MARYのYUKIと、B-52'SのKate Piersonがツインボーカルをとったユニットですね。
プロデューサーは、ジュディマリのプロデューサーでもあった佐久間正英氏。

プロデューサーの時代と言われた90年代後半、TKに続く、つんくもモー娘。を始めアイドルグループのプロデューサーの当確を現わしていた時代ですよ。
 その中で、バンドサウンドのプロデューサーとして他のプロデューサーとは一線を画していた佐久間氏から発信されたこのユニット。

当然、ロック色の強いバンドサウンドなんだろうな・・・っていう想像が先に立ってしまったりするこの曲なんだけども、実際はめちゃくちゃポップ色が強い1曲だったするんだよね。

個人的に言えば、当時、プロデューサーの時代と言われ、同じようなサウンドが氾濫しているヒットチャートには随分辟易していた部分があるんだよね。

当時のワタシの「書き込み」知っている方なら既にご存じでしょうが、けっこうクレーマーだったからなぁ。今だったら「炎上」しそうなことも大分書いてたから。 しかも当時は自分の「掲示板(BBS)」を持ってなかったからヒトの掲示板で

でも、ミリオンセラーバンバン出てた当時から、こんな「音楽」が続けば近い将来CD売れなくなる・・・ってシツコイ位に警告してたのは当たったでしょ ちっとは先見の明があったと思うんだよなぁ

・・・なんて自画自賛なことは置いといて・・・。


でもさ、この曲を聴いてそれまで痞えていたモノが吐き出された思いだったなぁ、いや、大分スッキリしたんだよな。
そのくらい、当時のヒットには無かったようなポップさだったんだよね、この曲。

まあ、正直言うと曲調的には、当時から見ても新しさは無い。 むしろアナクロだったんですよ。90年代と言うよりも80年代・・・いや、もしかするともっと前の時代の曲調かも。

例えば70年代のブロンディとかさ、あの位の時代を彷彿させるポップさっていうのかなぁ。

うん、ボーカルに「外人」のKate Piersonがいたから、ポップはポップでも間違い無く「向こう」の曲のポップさなんだよね。まあ、全編「英語詞」っていうのもあるけど、湿度感をほとんど感じない、カラッとした軽い空気感。

ここだと思う。

当時は重い曲が多かったんだよ。全体的に。やたらと音数が多かったり音圧が高かったり。当時のヒットに辟易していたのはその辺りが一番大きな要因だったかもしれないな。

そこに持ってきて、このカラッとしたポップな曲が来たもんだからさ、心が洗われたんだよな、大分。

 本来ダサイ、「日本のポップ」が好きなワタシだから、本来だったら、向こうの曲っぽいのはダメな部分もあったのかもしれないけど、まあ、そんなことで、この手の曲でも「OK」って気分だったんだよな。

いや、70年代っぽい、このテの洋楽ポップスは決して嫌いじゃないんだよ。むしろ懐かしい音なんだよね、ワタシの中では。当時、親に連れて行かれた行きつけの喫茶店で、このテの洋楽ポップスがいつも流れてたからさあ。それこそブロンディとか。

少し前、テレ朝の「サンデーステーション」のお天気コーナー のBGMで、ブロンディーの「Sunday Girl」が使われてたでしょ。 あれ、音聴いてただけでもめちゃくちゃ懐かしかったもの。

↓ コレ



今回セレクトしてきた「Happy Tomorrow」もこの「Sunday Girl」と同じような匂いを感じたりするんだよな。
うん、結論からすると懐かしい音なんですよワタシにとっては。だから引っかかったんだろうなぁ。

ただね、思ったよりは売れなかったんだよね、この曲。ジュディマリのYUKIだから、もっと売れてもおかしくなかったんだけどねぇ。

まあ、たしかに当時、派手に宣伝していた訳でもないし、NiNaって聞いただけで、ジュディマリのYUKIって気づかなかった人も多いだろうしな。
しかもロックなジュディマリを期待していたヒトには、このテのポップな曲は大人し過ぎて肩透かしだったろうしな。

佐久間氏から見ても、他にプロデュースとした他のアーティストでも、この手の70年代のポップサウンドをフィーチャーした曲って、少なくともヒットチャート上ではなかったですからねぇ。やっぱ聴き手からすると肩透かし立ったところはあるかもしれない。
個人的に言えば、バンドバンドしていない部分も垣間見れて、それだけレンジの広さを感じられた・・・って部分では嬉しくもあるんですけどね。




そうか、この曲は、佐久間氏はベースではなく、リードギターやってたんだ。若干ピッチがずれているのがちょこっと気になるけど。。。
後年、亡くなる直前にNHKで特集されていた時の優しい表情ではなく、まだまだ尖がったシャープな表情の頃の佐久間氏ですな。

ちなみに、個人的にこの曲を初めて聴いたのははっきり覚えてる。日曜日の雨上がりの午前中。車で千葉から木更津方面に向かっていた国道16号だったな。
この曲を聴いてた時にバーッと日が差してきてさ、陽の光が雨上がりのアルファルトに反射して金色に輝いて、ドラマティックな光景だったんだよ。

そんな光景を見てて、なんかさー、その時の仕事とか、これからの生き方とかどうでもよくなっちゃったんだよ。
現に、当時働いていた新卒で入った会社を退職するのは、この半年後だったりするんだけど。。。




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何も言えなくて・・・夏 / J-WALK

1992_05_何も言えなくて・・・夏_J-WALK


今回の1曲セレクトは、「何も言えなくて・・・夏」J-WALKです。

まずはデータです。

・タイトル     何も言えなくて・・・夏
・アーティスト  J-WALK
・作詞      知久光康
・作曲      中村耕一
・編曲      J-WALK
・リリース日   1991年7月21日
・発売元    メルダック
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 98.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月1日〜2月8日付

最近は「ヒットチャート」も完全に崩壊していると言われている。毎週チャートを見ている方なら一目瞭然だけど、今はチャートの上位にランクされるのは、初登場の週のみで、「あっ」と言う間もなく、ランクを転げ落ちていく曲が大多数を占めている訳だからさ。
 だけども、昨年のヒットチャートを見ても分かるように、ここ2、3年、そんな「右肩下がり」の直線チャートではなく、逆にロングヒット傾向の曲も増えて来ていることも事実。

例えば、星野源の「恋」とかさ、この曲のチャートアクションは「異常」・・・・うんにゃ過去にもほとんど例が無いような「異例」とも思えるほどのロングヒットだもんな。 去年だったら、その他、RADWIMPS」前前前世」とか、宇多田ヒカルの「花束を君に」なんかも、そんなロングヒットに数えられましたね。

まあ、最近はCDセールスと併せて、配信セールスというのも一般的になってきたし、それがロングヒットの要因にもなって来ましたからね。 ただ、配信セールスの傾向として、ロングセールスになった曲は、これまでのレコード、CDセールスに比べても極端なロングセールスになる傾向が強く、それいえに、星野源の「恋」のような、いままでのロングヒットでは例が無いようなチャート上位居座り型のロングヒットになっているんだよね。

これも、CDのような「モノ」とは違い、「商品在庫」の有無がかからない配信ならではの傾向と言える訳なんだけどさ。

でも、振り返ってみれば、極端なロングヒット傾向の時代って、昔もあったんだよな。

今回の1曲セレクトは、そんな超ロングヒットとなった、この曲をひとつ。

J-WALK 「何も言えなくて・・・夏」

まあ、この曲と言えば、ワタシら世代の方で知らない方は、ほとんど居ないであろう・・・ってくらいの曲ですわな。
90年代前半、カラオケっていえば、この曲・・・ってくらい定番中の定番曲だったもんなぁ。

かく言うワタシも、この曲は今まで何回カラオケで歌ったことか・・・。

ただ、この曲、最初はカラオケで火がついた訳じゃないんだよね。 元々は91年7月のリリース。 で、最初に火がついたのは「有線」なんだよね。

今までも「有線発」のヒット曲って、この1曲セレクトでも大分書いてきたけど、この曲もその中の1曲。 いや、そんな「有線発」のヒット曲の中でも、特にロングヒットになった1曲と言ってていんじゃないかなぁ。

「有線」と言うと、どうも「演歌」って言うイメージが、昔も今もあるんだけども90年代の特徴としては、演歌ではなく、J-POPのヒットが多かった事だよね。 
で、いずれもロングヒットの傾向が強いのが、有線発のヒットの特徴なのよ。

いわいる「口コミ」で広がっていくヒットだよね。 まあ、有線っていう特性からして能動的に音楽を聴くというよりは、BGMとして受動的に聴く・・・というか、音楽が聴こえるって言う部分が強い訳でさ。

そんなBGMとして、たまたま「聴こえた」曲が、どこか引っかかって・・・ってところが強い訳でさ。 そういて少しずつ曲が広がって行くっていうのが特徴なわけでさ、だから、当たるとロングヒットになるところが大きいんだよな。

まあ、本来の意味でのヒットに近いんですよ、有線発のヒットっていうのは。


 この「何言えなくて・・・夏」って曲は、上で書いたようにCDリリースは91年夏で、たしか91年の終わりごろには有線の上位に来ていたと思う。

ワタシも自主チャートを作っているからさ、そのころからこの曲は気になっていたんだよな。
ただ、曲は聴いたこと無かった。ラジオでかかる訳でも無かったからさ、最初の頃は。 あくまで「有線」で人気があったってだけでね。

それでもジワリジワリと有線チャートを上げて行き、それとともにCDが売れだしたのは、明けて92年に入ってからだったんだよな。

個人的に初めてこの曲を聴いたのは、確か92年の4月頃だったと思う。 
率直に「いい曲じゃん」なんて思ったなぁ。 なんで、こんな「いい」曲が埋もれたのか・・・。いや、有線のおかげでアンダーグラウンドな存在からオーバーグラウンドに出てこれて感謝・・・と言うべきか。。。

ただ、それでもベストテン入りはしてなかったけどね。 そそそチャートの20位近辺を上がったり下がったりしてたんだよ。92年中ずっとそんな感じだったんだよな。

ま、それいえに、どの時点から「ヒット」としたものか・・・っていうのも難しいんだけどさ、とりあえず、個人的に、この曲と言うと、92年の今頃って言う印象が強いんだよね。 この曲と、GAOの「サヨナラ」がセットになっているような感じでさ   なので、このタイミングでこの曲を持ってきたんだけどさ。

ベストテン入りしたのは、さらに明けて93年に入ってから。 そそそ92年の紅白にこの曲で出演した効果があらわれて、93年の1月だったもの、初めてオリコンでベストテン入りしたのは。 リリースから1年半もかかった訳だ。
それでも、最高位は、オリコンで7位。 ワタシのチャートでも最高9位・・・と、上位まで進出した訳ではない。

でも、それまでロングヒットしてきた実績の蓄積があったからねえ、ベスト3にはいらなくても、ましてや1位にならなくても、みんなが知っているような曲になったわけよ。

突発的に売れる曲もいい。 でも、こういうジワリジワリ売れる曲っていうのもヒット曲の魅力の一つだしさ、そう言う曲のチャートアクションっていうのも、ヒットチャートも醍醐味の一つなんだよな。




こういう「骨太」なボーカルの曲って最近少なくなってきたからなぁ。 
草食系のボーカルにも飽き飽きしてきた訳でね、こういう「肉食系」・・というか、骨太なボーカルの曲も聴きたくなる訳よ。
骨太なボーカルだけど、メロディアスなんだよな。 曲がすっと入ってくる。 これも有線発のヒットの特徴なんだよな。 一言で言えば「キャッチー」な曲が多いって事。


ちなみに、この曲に対して、「冬」バージョンなのが「何も言えなくて」。。。 うむ「・・・夏」がタイトルなんだけど、メロディは全く同じ。 歌詞もほとんど同じ・・・。
ちがうのは、 歌詞の最後に「メリークリスマス」って入って事だけなんだよな。 一応クリスマスソングになっているのよね。
 

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