かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1990年代ヒット曲

渚 / スピッツ

1996_10_渚_スピッツ


今回の1曲セレクトは、「渚」スピッツです。

まずはデータです。

・タイトル      渚
・アーティスト  スピッツ
・作詞      草野正宗
・作曲      草野正宗
・編曲      笹路正徳 スピッツ
・リリース日   1996年9月9日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  83.9万枚
・オリコン最高位 1位
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年9月23日〜11月4日付
・タイアップ:江崎グリコ「ポッキー」キャンペーンソング

思いもよらぬ、金曜日の千葉・豪雨被害。 この間の台風19号から何日も経っていないっていうのにまたですわ。まさか・・・ですわな。
今回も、ウチの市内のいくつかの河川で氾濫、土砂崩れで亡くなられた方が出た訳で。。。
被害に遭われた方には、ホントお見舞い申し上げます。

今回もワタシのところは特段の被害が無かったのは幸い。 でも、今回の被害を見ると、竹やぶの斜面でも崩れる事があるって事が分かったんだよね。ウチの脇も、竹林の斜面になってるんだけど、竹は根が深いんで、そうそうは斜面が崩れることは無いと思ってたんだけど、今回の事例を見ると安心できませんね。



今回の豪雨で大規模氾濫した河川の一つに佐倉の鹿島川がある。 ウチからは全然遠いんだけど、この河川敷の道は、昔、良く通ってたんだよな。

まだ音楽の業界に入る前、環境衛生管理の会社にいた頃、佐倉周辺に担当現場をいくつか持ってて、会社の営業車でよくとばしてたんだよ、この辺り。

そんな見覚えのある風景も、今回の氾濫で一面冠水。 ついこの間、寝過ごして佐倉まで行ってしまった、駅のホームまで水が来てたもんなぁ。ちょっと絶句な光景だったな。


・・・かなり湿気っぽい内容になってしまった「マクラ」だけど、 今回の引っ張ってきた1曲。

スピッツの「渚」

なぜに、この曲なのか。

この曲を聴くと、↑で書いた環境衛生管理会社の営業車で佐倉周辺を飛ばしてた時の光景がいつもフラッシュバックするんだよな。

あれはいつだったんだろ? たしか、まだこの曲がリリースされるちょっと前、1996年8月の終わりごろだったと思う。

良く晴れた夏の終わりの午前中。 佐倉の国道296号、鹿島川にかかる橋を渡る前後の風景だ。
あの当時は、今のような立派な橋じゃなくて、小振りの赤い橋だった・・ような気がする。それで印象に残ってるんだよな。

そう、あの瞬間、ラジオからこの曲が流れてたんだ。 それが、確か初めてこの曲を聴いた時だったんだと思う。

いや、この時初めて聴いたって言うのは、厳密に言えば違うな。  あの時点で、既に「ポッキー」のキャンペーンCMでこの曲が頻繁に流れてたんだ。 だから、サビだけは聴き覚えがあったんだけど、曲全体を聴いたのは、この曲初めてだったんだと思う。

良く晴れた夏の午前中の白い陽光と窓を全開にしてた車内に吹き込む風の匂いに、この曲の爽やかな曲調が、めっちゃマッチしてたんだよ。

あ〜、今回の曲もいい曲だ・・・って思ったのを覚えてるなぁ。


BUT、あれから23年経った今でも、ついぞ、この曲の音源が手元にある事は無かったワタシだったするんだよな。。。

たしか、この曲がリリースされてちょっと経った頃に、当時、会員だった地元のレンタルCD屋(TSUTAYAではない)にこのCDを借りに行ったら全部貸し出し中。 それで少し待とう・・・と思ったらそれっきりになっちゃったような気がする。

・・・いや、これは直接的な理由。

でも、本当のところは、ちょっと時間が経って、うーむ、音源を借りて手元に置いておかなくてもいいかな・・とも思えてきたのが本当の理由だったかもしれない。

なんて書くと、↑の「今回もいい曲だ」って事とムジュンするんだけどね。


たしかに最初はいい曲だと思ったんですよ。 でも、どこか引っかからない部分があったんだよなぁ。

96年の秋ごろって、「濃い味付け」の曲が結構、多かったんだよね。 ポケットビスケッツの「YELLOW YELLOW HAPPY」に、相川七瀬「恋心」、Puffy「これが私の生きる道」・・etc。

音質どがえしだけど、めちやくちゃ音圧が高くて、それでいてキャッチーな曲。 一度聴けば、その世界にどっぷりと引き込まれるような・・・。

個人的に、そういう曲に傾倒して行った部分が強い。 今でも1996年秋っていうそう言う印象が強いし。

それに比べると、この「渚」って曲は、インパクトが薄いんだよね。 

インパクトが「弱い」いんではなくて「薄い」んですよ。 味付けで言えば、ポケットビスケッツの「YELLOW YELLOW HAPPY」が、天下一品の「超こってりラーメン」だとすれば、この曲は、関西京風の「あっさりうどん」なんですよ。

インパクトが薄いっていうのは、結局のところ音数が少ないって言うところが大きかったんだろう。 スカスカと言う訳でないけど、当時としては、良く言えばかなり「すっきりとした」曲だった印象が強い。

加えて、スピッツと言えば、いつもどこか懐かしい・・・、昔どこか聴いたようなって言う部分、そうノスタルジックなインパクトが最大の特徴だった訳なんだけど、この曲は、そういうノスタルジックさと言う部分が今一つ弱いんだよね。

浮かんでくる絵は、子供頃の・・というよりも、96年っていう「今」な絵面だったりしたしさ。

そう言う部分にも触手を伸ばすのにちょっと躊躇した部分だったかもしれない。

でも、結局のところは個人的に当時の好みから言えば、「超こってりラーメン」の方が良かったってことなんだよね。

いや、個人的にというよりも、ウレセン的にも、そういう超こってり系な曲に傾いてきてたと思う。

ちなみに、上に書いた3曲は、いずれも96年秋の「ミリオンセラー」曲。

それに対して、この「渚」は、90万弱とミリオンに届かなかった。 この曲の前作の「チェリー」が160万の超ミリオンセラーだった事に比べると、一気に半分に売り上げが落ちちゃったことになる。

そんな比較からも、この頃のウレセンの変化が分かるんじゃないかな。


でもまあ、それはあの当時の世間の空気感って言うのも大きかったんだろうな。 
あれから23年が経って、今、この曲を聴くと、あの当時はまた別の感覚で聴けたりするしね。

年をとって、「超こってり系」に胸やけがするようになったのもかもしれない。逆に「京風のあっさり味」を好むようになったからかもしれない。
プラス、「京風のあっさり味」も、よくよく味わってみれば、味わいと言う面で奥が深いって言うのも分かったんだよね。

兎も角、今になって、手元に音源が無い事を悔いてたりするワタシでもあるんだよね。

さてと、スピッツのベスト盤をTSUTAYAから借りるとするか。。。






ちなみに、スピッツの最新アルバム「見っけ」。
これジャケットがいいよね。 おねーさんの表情が。。
   ↓
見っけ

いや、ジッケットだけじやなく、収録曲もなかなか良い。
さっきラジオでも流れてた、「ありがとさん」。
この曲、MVそのままに70年代中盤の邦楽ロックの様相が強かったりするな。ちょこっと70年代フォークの匂いがしたりして、個人的には懐かしい香りがする。
なんかムジュンするんだけど今回書いた「渚」よりも、こっちの曲の方が曲想は古いんだよね。
でも、だからこそ、個人的にはしっくりきたりして。。。。




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BELOVED / GLAY

1996_10_BE LOVED_GLAY


今回の1曲セレクトは「BELOVED」GLAYです。

まずはデータです。

・タイトル    BELOVED
・アーティスト  GLAY
・作詞      TAKURO
・作曲      TAKURO
・編曲      GLAY、 佐久間正英
・リリース日   1996年8月7日
・発売元     プラチナム
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  84.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1996年8月19日〜10月21日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ひと夏のプロポーズ」主題歌

個人的に「1曲セレクト」と言う形で、過去のヒット曲、それぞれ1曲、1曲のレビューを書き始めてから、かれこれ14年位になるんですかね。

何回かココでも書いた事があるんだけども、今でこそ「Livedoor Blog」でレビューを一般公開してるんだけども、Livedoor Blogに書くようになってから、まだ4年なんだよね。 それ以前はmixiに書いてたんだよ。それが2005年から。ちょっと調べてみたら2005年8月から書いてるんだよな。

当初は、mixiで繋がっている、いわいる「マイミク」中心にあくまでmixi会員向けだけに、「閉鎖的」に書いてたんだけどさ。だから、かなり好き勝手に書いてたし、「内容はないよー」な感じだったんだけどさ。

まあ、「内容はないよー」な部分は今も変わってないけど。。。。

でも、いろいろコメントいただいたり、意外と好評だったんで、ちょっと色気づいたんだよな。
「会員縛り」の壁を突破らって、広く一般公開したくて2015年1月にLivedoor Blogに移設した訳なんだよね。

でも、ココとは別途に自主運営しているサイト「THE HITCHART NOW AND THEN」は、サイト開設時から縛り無しに一般公開した訳だし、楽曲レビューもそうしたいって言う思いは当初からあったんだけどさ。

一から始めて、そこから広めて行くツラさっていうのは「THE HITCHART NOW AND THEN」の時で分かってたし、そもそも曲レビューって、1曲書くだけでも結構エネルギーが要る。 内容的にはテキトーでも一から書く訳だからさ。
だから、いつまで書けるか分かんなかったしね。最初は、身の回りの「トモダチ」だけに公開してたったのはある。 

ま、一種の「逃げ」でもあるんだけどさ。 ある程度勝手知ってる近しい方たちに向けて発信すれば、お義理でも反応いただけるところもあるし、だから、こちらも気分良く、何より気楽に書けるって言うところはある。 それもあって、当初は毎日ほぼ1日も休まずに書き続けたってのもあるんだよね。
 
ただ難儀なことに、それじゃ気が済まないって性分なんだよなぁ。
分かっていても、敢えて苦しい道に行ってしまう。

まあ、良く言えばブログでもなんでも、こちらから、垣根無しに公開したいっていう欲求って言うんでしょうかねぇ。
根が「目立とう精神」なんだろうね。

・・というか、ネットって垣根無しに全世界に向けて情報を発信するもんだよね・・・って言う認識でネットを始めたんださ。 誰誰に向けた・・・っていう縛りがある発信は、どうもダメですね。

だから本来はメールも好きじゃないし、LINEも好きじゃない。 誰誰に向けたって言う発信先の縛りがあるんで。



・・・なんてどうでもいい事をツラツラかいてたら、前置きがめっちゃ長くなっちまった。。。。

えー、結局言いたい事は、1曲セレクトは14年位書いてるんだけども、まだ1曲も書いて無い「ビッグ」アーティストがいるのよ・・・って事なんだけども。。

GLAY

90年代後半 ベストアルバム「REVIEW」が約500万枚っちゅう、超絶的な売り上げを記録し、まさに時代の寵児であった、稀代のビックバンドにも関わらず、まだ1曲も書いていない。

理由はいくつかあるんだけどね。

Wikipediaにも記述があるけど、このヒトたちの曲スタイルが、80年代終盤のBOOWYを中心としたニューウェイブ系のフォロワー的なサウンドであったこと、それとビジュアル的に、「ホストクラブ」のやんちゃなお兄さんって言う匂いを感じたところが相容れなかったんだよな。

まあ、単純に言えば、生理的に合わない部分があったんだよ、ブレイクしてから暫く後も。

そんな所から、ブレイク後暫くは、殆ど聴いて無かったし、生理的に受け入れらけるようになってからも、それほど深く掘り下げて聴いていないところもあるんだよね。だから、今まで意識的に引っ張ってこなかった訳なのよ。

でもね、15年も書いて来ると、過去曲の資源も「枯渇」してくるし、それじゃイカン・・・っちゅうことで、今後はGLAYの曲も書いて行こう・・と、そう思った次第な訳ですわ。

ただ、どの曲から書いて行くか・・これが問題で、それでもしばらくは書けないていたんだけども、やっぱ、個人的にGLAYと言うヒトたちを意識しだした、この曲から行くか・・ということで、今回はこの曲

「BELOVED」



GLAYの実質的なブレイク曲は、この1曲前の「グロリアス」。この曲で初めてオリコンベストテン入り。売り上げも、いきなり50万枚オーバー。

通常ならば、この「グロリアス」でGLAYと言う存在に気にする筈なんだけども、個人的に、この曲は全くの素通りだった。 いや、当時bay fmで放送していた「パワーカウントダウンHOT30」を聴いていたんで、何回か聴いてはいるはずだ。

でも、今になってはほとんど記憶外だし、手元に音源もないことから素通りだった訳だ。

理由は、まあ、↑に書いた通りで、80年代ニューウェイヴ系のフォロワー的なサウンド要素が強かったところが、当時としては生理的に合わなかったんだろうね。

その上での、この「BELOVED」。

当初は、「グロリアス」と同じような感覚があったのは覚えている。 

ただ、この曲、TBSの「金21」ドラマ・・・いわいるTBS「金ドラ」の一つ前のドラマ枠ですね・・・の主題歌と言う事もあり、ロングヒットだったんだよな。

「グロリアス」を素通りしたワタシは、後年、この曲がGLAYのブレイク曲だったとずっと思ってたからさ。
実際、この曲で初のオリコンベスト3入りを果たし、売り上げも90万枚近くまで伸びたしね。

CD売り上げが今から思えば考えられないほど高水準だった1996年当時でも、90万枚の売り上げは大ヒットに値する数字だった。 
80年代の50万枚程度のヒットがこの頃の80〜90万枚・・・そう言う感覚だったんだよね。

逆に言えば、1曲前の「グロリアス」は売り上げが60万枚だったけど、そこまでの大ヒットと言う感覚は薄いんだよ。

この曲がそこまで売り上げが伸びたのは、予想外にロングヒットだったってことに他ならないと思うのよ。
やはり、当時はドラマタイアップ・・とくにTBSの金曜ドラマの影響って大きかったんだよな。

ややアダルト層ターゲットの22時〜の「金ドラ」に対して、20代前半などの、やや若年層向きの「金21」ドラマは、最もアクティブなCD購入層ともリンクしてたんで、影響力はより大きかった訳ですわ。

だからこそ、この曲を耳にする機会って、当時多かったんだよな。 bay fmの「パワカン」以外にも、ラジオを流してると、当時、よくかかったんだよこの曲。

当然、ああ、いやだいやだ・・・と思いながらも、耳に入ってしまう。 

何度も繰り返し耳に入ってしまう事で、否応なしついつい耳に残ってしまう。
 
そうこうしているうちに、なんと無しに曲を消化した。

個人的には、そんな印象が強いんだよなぁ。 能動的に積極的にこの曲を覚えたって言う訳じゃ無いんだよね。

いや、GLAYの曲って、この後の一連の大ヒット曲にしても、そう言う曲が殆どなんだよ。 個人的に、「いいな、コレ」って自分から進んで聴いたのは、98年の「SOUL LOVE」ぐらいじゃ無かったかなぁ。




このヒトたちのサウンドが80年代のニューウェイヴ系のフォロワー的だったっていうのは、プロデューサー佐久間正英氏の影響っていうのが、多大にあるんだろうな。

80年代後半のBOOWYは勿論、前衛的なアーティストのプロデュース歴が長かった佐久間氏ゆえ、こういうサウンドになったのも必然だったんだろう。

ただ、それ以前に個人的にGLAYってヒトたちの音楽に今一つのめり込めなかったのは、勿論、↑で書いたようにビジュアル的なところもあるんだけど、このヒトたちの音楽に対する真面目さなんだろうな。

このヒトたちって真面目なんだよ。その真面目さがストレートに音に出てくるじゃん。 聴いてるこっちもキチンと正座して聴かなきゃ・・・って言う気分になって来る。軽く聴けないんだよね。だから、聴いてると疲れるってところがあるんだよ。

個人的に音楽に対して不真面目なアーティストは嫌いだけど、真面目すぎるって言うのもキツイ。

もっと、気楽に・・というか、雑に音楽やってもいいのに・・と思えてしまう。

でも、音楽に対してそういう態度は許せないんだろう・・・って言うのがひしひしと伝わって来るんだよ。

だから、ポップなアッパーチューンでも、真っ直ぐな曲になるじゃん。

これはフロントマンのTERU や TAKUROの普段の性格からしてそういうところがあるんだろうね。

あ、これは、GLAYだけではなく、この時期BIG3バンドとして躍進した、LUNA SEAにしても、ラルクにしても似たような感覚を覚えるんだよね。

この時期、このヒトたちの曲に深入り出来なかったのは、そこが大きかった気がするな、今思えば。

当時20代後半。既に「社会人」として働き、仕事に対するストレス、悩みも大きくなってきてたワタシとしては、もっと気楽な曲が聴きたかったんだよね。
だから、今、手持ちの96〜98年頃の音源にはお気楽な曲が多いんだよな。




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情熱の薔薇 / THE BLUE HEARTS

1990_08_情熱の薔薇_THE BLUE HEARTS



今回の1曲セレクトは「情熱の薔薇」、THE BLUE HEARTSです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     情熱の薔薇
・アーティスト   THE BLUE HEARTS
・作詞       甲本ヒロト
・作曲       甲本ヒロト
・編曲       THE BLUE HEARTS
・リリース日    1990年7月25日
・発売元      エム・エム・ジー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   51.1万枚
・THE HICHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1990年8月6日〜10月15日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「はいすくーる落書Part2」主題歌

あ〜、あちぃあちぃ。 体がとけちまうよ〜 ・・・なんてボヤいていたのはいつの話か。
昨日までと打って変わって、今日は比較的涼しい1日でしたわな。

こう涼しくなると、あー、そろそろ夏も行ってしまうのか〜、なんて感傷的になったりして

いや、そもそも、個人的な夏は、先週のROCK IN JAPAN終了と共に、半ば行ってしまった・・・ような気分であった訳なんですが。。。

今年の夏フェス、ROCK IN JAPANと、サマソニが共に20周年という節目でしたね。 もうね、「夏フェス」っていうのも、ずっかり日本の夏の風物詩の一つになった感が今更ながらに強いな。

・・・というと、そんじゃ、夏フェスが始まる前はどうだったの? なんて言う方もいらっしゃるかと思うけど、今の夏フェスって言うスタイルではないにしろ、昔から、夏の野外ライブっていうのは、あったんだよね。

まあ、今ほど大規模ではないけど、南こうせつさん主催の「サマーピクニック」なんかは有名だし、それ以前に、中津川のフォークジャンボリーって言うイベントも70年代初頭にはあったわけだし。。。

いずれにしろ、1969年にアメリカで行われた「ウッドストック」がお手本となるイベントではありますな。

ちなみに、1969年のウッドストックの集客数は4日間で延べ40万人と言われているけど、今年のROCK IN JAPANの集客数は5日間で延べ33万人だとか。 わたしもその中の3人なんだけど(3日参戦したんで。。。)

いよいよウッドストックの集客数が見えてきた・・・と主催のロッキン・オンも鼻高々でしたね。 
いやはや、日本の夏フェスも巨大化したもんだ。。。。

だけどさあ、個人的にも約20年にわたって、夏フェスに参戦し続け、いろんなアーティストを見てきたけど、そう考えると、今の夏フェス以前の野外ライブにも参戦して、当時のアーティストを見てきたかったなぁ・・・なんて今更ながら思ったりするんだよな。

今回は、そんな「当時」、野外ライブで見たかったと今になって思う曲を一つ。


THE BLUE HEARTS「情熱の薔薇」。

この曲に限らず、やっぱブルハの野外、90年代当時見たかったよな。。。なんて今更ながら思ったりして

しかしね、この曲を聴くと、どうしても、あのめちゃくちゃ暑かった1990年の夏の日を思い出してしまう。

1990年と言ったら大学に入学した年だ。 この年、オヤジが寮長をしていた、某企業の寮が新しくなって、それまで住んでいたところから移転したんだよな。まあ、近くなんだけど。。。
それまでは、ポロんボロんの「あばら家」という表現がピッタリの建物だったのよ。当然、クーラーなんてなくてさぁ、夏場は扇風機だけでまんじりとした生活を余儀なくされてたんだけど、新装した寮は冷暖房完備。
その上、大学に入って、やることもなくてさあクーラーの下で1日を過ごす夏だったなっていう印象が強い。

たださ、同時に自分用の車も買ったんだよな。ココでも何回か書いた、中古の「カローラ供廖コイツがさあ、カーステのカセットはヘッドがいかれてて聴けない。おまけにサーモスタットもいかれてて、クーラー入れるとすぐオーバーヒートしてしまう・・・っちゅう、まあ、「きかん坊」な輩でね

それでも「学生の身分」で手に入れたマイカーだったんで、文句も言わずに乗り回してたな。

うん、この夏は車を転がしていたか、家の自分の部屋でクーラーに当たっているか・・どっちかの夏だった。

そんなカーステも聴けない「きかん坊」の車では、もっぱらAMラジオを流し、クーラーをかけるとオーバーヒートしちゃうんで、窓を全開にして汗でびしょびしょになりながら千葉県内を走りまわってたなぁ。

そんな時に流れてきたのが、このブルーハーツの「情熱の薔薇」ですわ。 

たしか、初めて聴いたのは、文化放送の「全日本歌謡選抜」だったと思う。

全開の窓から入り込んでくる熱風と、この曲から醸し出される「熱さ」。 この曲を聴くたび、あの時の独特な夏の匂いがいやがおうにも思い出せれるんだよな。

うん、ハードコアな音楽につきものの汗臭さではなく、夏特有のあの匂い。 この曲から感じたのはそんな夏そのものであり、必ずしも不快さは感じなかったな。

この頃になると、それだけ、のちにラウド系と呼ばれるようになるこの手のハードロックにも慣れて来てたんだろうね、個人的にも。
いや、それ以前に、この手の曲が普通にヒットチャートに上がって来るようになったって言う、「大衆音楽」の流れの変化も大きかったんだとろ思う。

一見、単にうっせーだけの音楽も大衆的になったと言うかねぇ。その証拠に、この曲、ベストテン内に2カ月も居座り続けてたんだよな。 これ書くまでワタシもすっかり忘れてたんだけども。。。

これより2〜3年前は、この手のハードロックは単にうっせーだけの音楽にしか感じなかったんだよ。
だから、全然触手が伸びなかったんだけどもね。

まあ、食わず嫌いっていうのもあったんだけどね。 特にブルーハーツなんかはさ、ちゃんと正面から聴いて無かったしな、このヒトたちが出て来て頃は。

完全に意識が変わったのは、やっぱり前年の「TRAIN-TRAIN」だよね。聴けば聴くほど沁みてくる、あの感じ。

それまで聴いてた、いわいるヒット系ロックとは違ったグルーヴ感から沁み込んでくる独特の感じ。そこにある種の新鮮味を感じたってのは大きかったんだろうね、当時の感覚からして。

昭和の時代とは違う、平成って言う新しい時代のグルーヴ感って言うのでしょうかねぇ。 

ま、ハードコアなんていう音楽は必ずしも当時の新しい音楽と言う訳じゃないんだけども、少なくともそれまで自分の中には無かった音楽だったしね、個人的に。


ちなみに、 この「情熱の薔薇」って曲は、曲構成が面白かったのよ。

サビがどこだか分かんない。

まあ、普通にみれば、最後の ♪ 情熱の真っ赤に薔薇を〜 ♪ って部分なんだろうけど、ここ、1回しか歌ってないんだよね。

普通、1番、2番 共に、Aメロ、サビっていうのはある訳なんだけど、この曲は、サビが1回しか歌われない。

いや、Aメロ、Bメロ・・って言う曲構成の区分けっていうのが、無いに等しいんだよね。

言ってみれば、曲全体がサビと言ってもいいような・・・。 

そんな「一筆書き」 な曲の作りが、この曲の面白さの一つかもしれないな。

いや、この曲に限らず、90年頃の曲って、それまでの形式にこだわらない曲って言うのが結構あったんだよ。
ユニコーンなんかもそうだったしね。 「働く男」とかさ。

そんな部分からも90年代って言う新たな時代が見えたような気がするなぁ。



 

これ1992年7月に開催された、「JR東日本」主催の「POP ROCKETs '92」という野外ライブだそうだ。

え?そんなイベントやってたの? ってところなんだけど。。。 うん、個人的には全然覚えてない・・・というか知らなかった。

動画を見ると、時々映る観客に、なぜにワタシがいないんだ・・・なんて思ったりして

当時、ワタシは23才。きっと同年代のヒトたちだよね。 

当時は、野外ライブ・・・どころか、ライブ自体、蚊帳の外だったからなぁ、個人的には。

うーむ、当時から、野外ライブの「面白さ」を知っていれば。。。  そそそ、個人的に野外ライブの面白さを知ったのは、30過ぎだったからなぁ。 20代の頃に野外ライブの面白さを味わっておきたかった。

それを思うと、今の20代のコたちは幸せだよなぁ。 こんなにいろんな巨大夏フェスが毎年開催されてさ。


ちなみに、この時の出演アーティストは、ブルーハーツの他には、DIE IN CRIES、BY-SEXUAL、ユニコーン、LINDBERG、LUNA SEA、LA-PPISH、長澤義塾。

めっちゃ、90年代前半だよなっちゅうメンツだけど。。。

場所は、湯沢町中央野球場だったそうな。。。 なんかジミーなところでやってたのね。。。。

それでも、個人的に、当時、すでに今の感覚だったら、当然ながら参戦してたよな、きっと。。

さすがに、現在はこの野外ライブは存在しないけど、場所から言えば、今のフジロックの前身といってもいいかもしれないな。


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君がいない / ZARD

1993_06_君がいない_ZARD


今回の1曲セレクトは、「君がいない」ZARDです。

まずはデータから

・タイトル     君がいない
・アーティスト   ZARD
・作詞       坂井泉水
・作曲       栗林誠一郎
・編曲       明石昌夫
・リリース日    1993年4月21日
・発売元      B-Gram
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   80.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月7日〜6月7日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「彼女の嫌いな彼女」主題歌

個人的にもすっかり失念してたんだけども、ZARDの坂井泉水さんが亡くなってから、12年も経つんだよね。
先日YAHOO トップページの「あなたへのおすすめ」コラムに掲載されてて、ハッとした次第で。
・・ということは、今年が13回忌になる。 早いもんだね。

亡くなった2007年は、個人的にはどん底の精神状態の頃。 じつはこの時期、ちょっと「鬱」を発症してて暫く休職し病院通いしてたんですよ。

精神的に病んでた時に追い打ちをかけるように衝撃的な出来事だったな坂井さんが亡くなった事は。

本当は命日の5月27日に、1曲引っ張って来たい・・とは思ってたんだけど、やっぱ平日は忙しくてなかなか書けない・・・・っちゅうことで、遅ればせながら週末の今日になってしまいましたね。

今回引っ張ってきた曲 「君がいない」

実質的なZARDのブレイク曲となった「負けないで」の次のシングルだ。

ただ、今となってはどうも影が薄い1曲ではあるんだよな。 
確かに「負けないで」の大ヒットの余韻を引きずって売り上げこそ80万強なんていう、数字だけ見るとこの曲も大ヒットの部類に入れてもおかしくはないんだけども、如何せん印象が薄い。

今となって数字だけ見ると「そんなに売れたのか」って感じでもあるんだよな。

個人的にこの曲の音源を未だに持っていないんで、曲を聴きこんでいないっていうのも印象に薄い利用の一つかもしれないけど。

逆に言えばヒット当時、それほど印象に残らなかったんでずっと音源を持っていなかったんだよな。


正直、リリースしたZARD側も、それほどヒットにこだわった所も感じない。 

通常、大ヒットの次と言えば「2匹目のドジョウ」を狙い、オリコン連続1位を狙うのが通例。 でもこの曲はオリコン初登場2位。 
しかもその時の1位は、同じビーイング系の「盟友」 WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」だったする。

こんなチャートの動きから見ても、少なくとも初登場1位の連続大ヒット狙いではなかったんじゃないか・・・っていうのも見て取れたりしてね。

まあ、そう見えるのもランキングの動きの結果、後から感じる事なのかもしれないけど。

・・・というのも、WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」は、この「君がいない」よりもリリースが1週早かったんだよね。

こんなリリースタイミングからビーイングとしては、WANDSの次はZARDが1位・・・って言う腹積もりだったのもかもしれない。

ただ、WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」が4週連続なんて予想外()な長期間1位に君臨しちゃったために「君がいない」が1位を取れなかったとも思える。

ちなみに、この「君がいない」は初登場から4週連続2位なんて、この頃にしてはかなり面白いチャートアクションを見せてたりする。もちろん、そのうち3週はWANDSに苦杯を喫していた訳だけど・・・。

いや、それ以上にこの曲がヒットにこだわっていなかったんじゃないかと思える点は、この曲をリリースして、1か月後、間髪をいれずに、あの大ヒット曲「揺れる想い」をリリースしてたりするんだよね。

「君がいない」のリリースから間隔1か月でのリリースなんて、当時としても「え?」と思えるようなリリースタイミングだったんだけども「揺れる想い」は。
でも、既に「ポカリスウェット」のCMで大量OAしてた「揺れる想い」は、インパクト大だったからなぁ。こんなリリースタイミングとなってんだろうけど。

このようにWANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」と、自身の次のシングル「揺れる想い」に挟まれた「谷間曲」のような存在に、チャート的な点からも見れるんだよね。

いずれにしても、この曲がヒットしてた頃のチャートを振り返ってみれば、ビーイング系の「黄金期」だったんだよな。
ちなみに、1位 愛を語るより口づけをかわそう  2位 君がいない の時の3位は、1週がDEEN「このまま君だけを奪い去りたい」 2週が大黒摩季「別れましょう私から消えましょうあなたから」。

チャート上位はビーイング系1色だった頃。 まさにビーイング系ブームが頂点を極めてた頃ですね。

正直、このままずっと永遠にビーイング系時代が続くんじゃねえか・・・なんて思い始めてたからなぁ。
それとともに、個人的にはビーイング系の楽曲に急速に「食傷」感を感じてきた頃ですね。

「もういいよ」って感じで。。。



MVの作りをみると、どうしても、デビューしたてのころの倉木麻衣さんとダブってしまう。
いや、逆に言えば倉木麻衣さんってZARDのプロトタイプとも思えるんだよね。 
うん、当初は宇多田を意識して・・とは思ったけど、2作目の「Stay by my side」、3作目の「Secret of my heart」あたりからZARDの匂いが強くなってくる。

もし今でも坂井泉水さんが生きていたらどんな曲を歌ってたんだろう? と思ったりもするけど、倉木さんの曲を見ていれば、もしかするとそれに近い曲をやってたんじゃないか・・・なんても思えたりするんだよな。


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駅 / 竹内まりや

  1991_05_駅_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「駅」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル     駅
・アーティスト  竹内まりや
・作詞       竹内まりや
・作曲       竹内まりや
・編曲       山下達郎 服部克久
・リリース日   1991年3月25日
・発売元     エムエムジー
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数 10.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ:映画「グッパイママ」主題歌

先日の「関ジャム」(テレビ朝日系」での竹内まりやスペシャル、けっこう反響がでかかったようですね。
ネットニュースなどでもそうだけど、あの後Twitterでの「竹内まりや」さんに関してのツイートも急上昇してましたしね。
実際、コノ、ブログでも、放送後竹内まりやさん関係へのアクセスが一時的に上昇したりしてたなぁ。

実際的な活動は少ない、まりやさんではあるけど、こんな風に各メディアでの動きを見ると、未だに幅広く根強い人気がある事は分かりますね。

仮に、もしライブツアーをやるなんて発表されたら、チケット入手はかなり難しくなるだろうな。 まあ、今のところそんな発表はされてないけど・・・・。

関ジャムでは、竹内まりやさんの人気曲をベストテン形式で発表されてましたけど、その中での人気1位が、今回引っ張ってきた「駅」。

客観的に見ても順当と言えば順当なのかなぁ。個人的には、ちょっと違和感なんだけども。。。。 

いや、どうしてもこの曲ってアルバム「リクエスト」での中森明菜さんに提供したセルフカバーっていう印象が強いじゃないですか。言ってみれば「アルバム曲」であって元々シングル曲ではない。 

あくまでシングル派なワタシにとっては、その辺がちょっと引っかかったりしてね。 実際のところは88年と91年2回シングルとしてアルバムからカットされているんだけども、個人的には今まで書いて無かったんだよな、この曲。

でも、先日の「関ジャム」の反響を見てて、ちょっと、この反響に乗っかってみようか・・・という「スケベ」心と、何人かに書いてって言うリクエストをもらったもんで。。
本来は、あくまで自分で書きたい曲を書くスタンスなんでリクエスト貰っても書かないんだけど、↑のような「スケベ」心もあって、今回引っ張って来てみました。



この曲、いままで書いて来なかったのは、↑のようにシングルではなく「アルバム」の1曲っていう印象が強いのと、あとはやっぱり曲調ですねぇ。 

使い古しないい方だけど、50〜60年代のオールディーズが似あう、あの濡れたちょっと甘く舌足らずなアルトボイス。 やっぱり、竹内まりやってヒトの真骨頂は「リンダ」や「恋の嵐」のようなオールディーズなポップスだと思ってたんだよね。
少なくとも90年代の初めごろまでは。

そんな折、セルフカバーした「駅」は、歌謡曲寄りの曲だったわけでさ、なんか違うな・・・って言う思いは、当時、常にあった。

そう言う思いから、例えば89年の「シングル・アゲイン」にしても同様な違和感があったし、だから長い事「シングル・アゲイン」は手元に音源も置いて無かったしな。


ただ、この考えはあくまで個人的な生理的な欲求であって、曲自体は駄作ではないんだよな。

3分間の短編映画。 それが「流行り歌」である。  その最たる曲がこの曲なんじゃないかなって思えるほど、ドラマ性溢れる「視覚」的な曲なんだよね、この「駅」って曲は。

♪ 身覚えるある〜 ♪ と曲が始まった途端、脳内ドラマが視覚的に始まる。 

2年前に別れた男性との電車内での思わぬ再開。きっと渋谷あたりなんだろう。電車は(渋谷は地上にホームがあった頃の)東急東横線。。。   別れた男性と1両後ろの車両のワタシ。

MVがまだ一般的ではなかった80年代後半。いや逆にイメージが限定される MVなんて無い方がいい・・そう思わせるような、3分間の自由発想なドラマが、この曲を聴くたびに脳内で展開される。

ただ、当時10代後半〜20代になりたてだったワタシにとっては、まだ経験をした事の無いちょっと大人の世界だったな。 いや、まだ経験をした事が無かった大人の世界だったからこそちょっと刺激的だったのかもしれない。

逆にまだ、経験をした事が無かった、ちょっと大人の世界だったからこそ、100%この楽曲の世界にのめり込め切れなかったという部分もあったかもしれない。 
もしかすると、それが上で書いた、この曲に対する「違和感」だったのかもしれないな。



ところで、ヒットチャート的に言えば、この曲はCDの売り上げでヒットしたと言うよりも別のメディアからのヒットと言うところが強い。

・・・なんて遠回しに書いちゃったけど、もともとは「有線」から火がついたんだよね。

当初、87年8月にリリースされたアルバム「リクエスト」に収録されたこの曲ではあったけど、この年の11月には有線チャートで30位にランクされている。
 当時のオリコンウイクリーをひっくり返してみると、そこからジワリと有線リクエストを集めつつ、翌88年3月には有線チャートでベストテン入り。 そのまま7月まで、計36週にわたりベスト30内をキープしている。

個人的には、曲内容云々と言う前に、有線チャートの上位をロングランしたチャートアクションが、真っ先に印象に残るんだよな。この「駅」って言う曲は。

それまで有線ランキングって言えば「演歌・歌謡曲」の天下だった訳でさ。 仮にも竹内まりやさんのような、ポップスミュージック系アーティストがランキングに長躯君臨する世界ではなかったんだよね。

いや確かに松田聖子さんや中森明菜さんなど、ポップス系でも有線チャートの上位にランクする事が珍しくなかったヒトたちも、それ以前にもいた。

ただ、1位をロングランするなどの派手なチャートアクションを展開すると言う訳ではなく、ベストテン内前後にジワリと「長期間安定」するようなチャートアクションを展開したポップス系の曲って、この曲以前って多くなかったんですよ。

ま、87年の「ロンリーチャップリン」(ラッツ&スター 鈴木聖美)など皆無ではなかったけど。。。特に注目したいのは、アルバムの中の1曲だったって言う事で、これは異例だったんだよな。

この「駅」って曲がそんな流れの分岐点だったんじゃないのかなぁ。この曲あたりを境に、有線でもポップス系でもジワリとランキングを上げつつ、上位をロングランする、ロック・ポップス系の曲が増えて行ったんだよね。
90年代初めには「有線発」のヒットっていうのも珍しい存在では無くなって行ったしさ。

で、それらの曲で共通しているのが、兎に角ロングヒットだったってことですね。 有線って言うメディアに特化していると言えるんだろうけど、有線って基本「口コミ」により少しずつ広がりを魅せるメディアだからさ、そう言う動きになるって事でもあるし、そんな口コミに耐えうるような曲の良さ、大衆性がある、何年たっても色あせない曲でもあるって事なんだよね。

だからこそ、この「駅」のように、あれから30年以上たったいまでも広く支持されているエバーグリーンな曲が多いわけなんだよね。



サザン、達郎氏と並んで、オリジナル動画の数が少ない竹内まりやさんですが、この曲はありましたね。


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太陽の行方 / ribbon

1995_03_太陽の行方_ribbon


今回の1曲セレクトは、「太陽の行方」ribbonです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     太陽の行方
・アーティスト   ribbon
・作詞       原真弓
・作曲       清岡千穂
・編曲       西脇辰弥
・リリース日     1991年3月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数  5.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

久々に、なんの予定のない「休日」
・・・ということで、久々に「真昼間」から1曲セレクトを書いてるワタシだったりして。。。

今回は「アイドル」の曲を持って来たい・・・っていうのがちょっと前から頭にあって、さていつ書くか・・・なんて、時を測ってたりしたんだけど、丁度お誂え向きでしたね。

その曲というのが ribbon「太陽の行方」 

さざーん

ってか、果たしてこの曲をどくらいの方が覚えているのか・・・っていうのは全く持って自信が無いんだよなぁ。

「この曲をどの位の方が覚えているのか」・・・っちゅうのも、ココのところの1曲セレクト書く時の「常套句」になって来ちゃってるけど、この曲はホント自信ない。

まあ、タイトルを見て、このページにアクセスしてくださってる方は、少なからず「あの曲だ〜」ってことでアクセスしてくださってるんだと思うんで、そのつもりで書こうかと思うんだけど。

この曲、最初に聴いた時はぶったまげたんだよな。 

サルサ歌謡。

ラテン系のサルサのリズムにのっかってアイドルポップスを歌う・・・っちゅう。 なんちゅうミスマッチな組み合わせ。

もちろん、それまでのアイドルポップスにゃ、こんな曲は無かった・・・・ような気がする。

それ以前にリズムを重視した、もろダンス系の女性アイドルポップっていうのも当時はそれほど多くは無かったんだよね。
もちろん、荻野目洋子やWinkなど、ユーロビート系やディスコ系はあったものの、少なくともラテンのリズムにノッカッたアイドルポップスっていうのはあんまり記憶にない。
しかしも、サルサって言うのもな。

その代わり、かなり「ゴーイン」な作りだったんだよな。この曲。

まずもって、バックのサルサのリズムと、メロディラインがシンクロしていないんだよね。

意外とゆったり流れるメロディラインに対して、バックのサルサのリズム、特にAメロなんかずれまくりだったりしてさ。

ホント、初めの頃は、「なんじゃこりゃ」って思ったもんなぁ。 

まちがって録音したんじゃねぇの とかさ

いつかも書いたかと思うんだけど、この曲がリリースされた90〜91年頃、ラジオのニッポン放送の交通情報って、バックでアイドルの曲が流れてたんだよ。

もち、フジサンケイグループのニッポン放送だから、同じフジサンケイの「ポニキャ」(ポニーキャニオン)のアイドルばっかだったんだけどさ。

そんな訳で、このribbonもバンバン流れてたし、もちろん、この「太陽の行方」もめっちゃ流れてたんだよな。
交通情報だからさぁ、朝夕なんか1時間に何回もやるじゃん。その度にこの曲が流れてくるんだもの。。。FMのヘビーローテーション以上の頻度ですよ。 それが毎日でしょ

当時、FMが入らず、カーステもヘッドがダメになっててカセットも聴けず、サーモスタットが壊れててクーラー入れるとオーバーヒートしちゃうようなボロいカローラ兇望茲辰討織錺織靴磧⇒蠅澆旅砲AMだけだったんで、そりゃ、もう何回も聴いたよな、この曲。

で、その度に、メロディとバックのサルサのリズムがずれまくってるこの曲に違和感を感じちゃったりしてさ

いやでも覚えちゃったもんなぁ。

もう、体に染みついちゃってる感じで、この曲を聴くと、そんなボロいカローラ兇捻鷯茲蠅靴討榛△鮖廚そ个垢鵑世茲福 当時はまだ大学。春休みで暇だったんで、時間だけは余ってたからなぁ、あの頃。

ただ、この頃のアイドルポップスって、この曲のようにリズム的にはちょっと変わった傾向に走ったようなキライはある。
例えば、田村英里子の「誘惑のチャチャ」は同じくラテンのマンボ系だったし、和久井映見の「アキラが可哀想」は4ビートなジャズ・・・と変則的なリズムを強調した曲が多かったのも91年のアイドルポップスの特徴だったかもしれない。

普通なアイドルポップスじゃ売れない・・・っていうのが作り手の方も身に染みて来てたのかもしれない。 
それでも、強力なカンフル剤にはならなかったっていうのは、時代が証明してるんだけどさ。



それにしても、この曲の5.8万枚っていうオリコン公式の売り上げ枚数が、ribbonにとってデビュー曲の「リトルデイト」に次ぐ売り上げだったんだよね。 これって意外かなぁ

↑で、なんか変な曲・・・って書いた割には、そこそこ売れてたんで個人的には意外だったんだけどなぁ。。。 まあ、どの曲も売り上げ的にはドングリの背比べ的ではあったけど。。。。

ただ、ランキング的には、それまでの4枚はいずれもベストテン入りしてたのに対して、この曲からはベストテン入りならず。 まあ、ベストテン入りと言っても、4枚いずれともベストテン下位ギリギリでのベストテン入りだった訳で、いわいる「大ヒット」と言うような曲は持っていなかったribbon。

その辺りからも、「アイドル冬の時代」って言われてた当時のヒット曲トレンドがよく分かるよな。 

当時はロック・ニューミュージックな時代だったからねぇ。 91年〜92年頃って言うのはアイドルポップスにとってはもっとも「氷河期」だったころだ。

後に国民的アイドルとなるSMAPがデビューしたのも91年だけど、さしものSMAPもデビュー後1〜2年は目立って売れてなかったからねぇ。 そんなところからも当時の音楽のトレンドが見て取れる訳ですわな。

結局さ、80年代型アイドルっていう「くびき」が取れないまま90年代に突入したっていうのが一番のネックだったんだろう。ribbonにしてもそうだったじゃん。
時代は90年代に入り音楽のトレンドも変わりつつあったっていうのにさ。

そんな80年代型っていうくびきが取れ、90年代型の新しい形の「アイドル」が登場するのは、もう2〜3年後になる。



それにしてもribbonの3人は、そこそこ「ウタ」うまかったんだな。
当時は、そんな感じ無かったんだけども。
声の発音の仕方が意外としっかりしてる。
普通アイドルのコたちって、発音がきちんとしてない事が多いじゃん。だから、何歌ってんだか歌詞が聴きとりにくい事も多い。
このコたち(っちゅうか、もういいお年ですねぇ3人とも)はキチンとしてたねぇ。

ちなみに、松野有里巳がよかったな。個人的に。


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くじら12号 / JUDY AND MARY

1997_03_くじら12号_JUDY AND MARY



今回の1曲セレクトは、「くじら12号」JUDY AND MARYです。

まずはデータです〜。

・タイトル      くじら12号
・アーティスト    JUDY AND MARY
・作詞        Tack and Yukky
・作曲        TAKUYA
・編曲         JUDY AND MARY
・リリース日    1997年2月21日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   44.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間 :1997年3月10日〜3月31日付
・タイアップ:本田技研工業「ライブ・Dio」CM曲

やおら、先週のオリコンを見ててちょっとぶっ飛んだんだよな。
NMB48の新曲のタイトルが「床の間正座娘」だって・・・・・

なんじゃこりゃ  ・・・な世界じゃん 

秋元氏もついにおかしくなったか。それともネタぎれでなりふり構わなくなったか・・・ なんて勘ぐったりしてさ。

まあ、これも戦略の一つなんだろうけどさ。 ワシみたいなロートルオヤジでもタイトルに引っかかるっちゅうことは、若いコにとっては、もっと引っかかる・・・っちゅう。。。

でもまあ、考えようによっては今に始まった事ぢゃ無いんだけどさ。 例えば1983年のキョンキョンの「艶姿ナミダ娘」なんちゅうのも、今考えてみれば「なんじゃこれ」って感じのタイトルだしな。

・・っちゅうことで、今回の1曲は、同じようにヒット当時「なんじゃこれ」って思ったタイトルの曲をひとつ

JUDY AND MARY  「くじら12号」

うーむ、初見のインパクトからすると「床の間正座娘」よりも、「なんじゃこれ」っていう衝撃は上だったかもしれん。

なんじゃこりゃ・・・の局地だったよなぁ。 全く意味不明。 なんなの くじら12号って。。。 なんで、くじら13号ぢゃ駄目なの・・とかさ

いろいろと勘繰りたくなっちゃったわけです。

wikipwdiaによると、サッカーのサポーター番号が12番なんで、くじら12号と付けたとあるが、本当なんですかねぇ〜・・・。

いずれにしろ、タイトルには強烈なインパクトを感じたこの曲なんですが・・・。

ただ、実際の曲としては、正直、個人的にはそれほど強烈なインパクトは感じなかったな当時。

ジュディマリの曲は、この曲の前の「クラシック」って曲は好きだったんだよな。 それ以前のジュディマリってキャッチーではあるんだけども音が汚ねーな・・って言う印象が先に立っちゃって、積極的に聴きたいとは思ってなかった。 

でも、「クラシック」って曲は、「これはいいな」と思えたジュディマリの曲だったな。 それまでのジュディマリに比べるとソリッドで聴きやすかったし。

そこからすると、この「くじら12号」っちゅう曲は、それ以前のジュディマリに戻っちゃったな・・・て言う印象の方が強かった。

ま、当時既に20代半ばを過ぎていたワタシは、「素直」に音楽聴けなくなってたんだよなぁ・・というところもある。
どこか斜に構えちゃったりしてさ。

当時、ジュディマリって、ティーンとか、20代前半向けって感じだったじゃん。 つまりさ、ワタシよりも年下向けの「おんがく」って感じだったんだよな。 ま、そこが素直にこのヒトたちに向き合えなかった原因に一つだったんだけどさ。

特にこの「くじら12号」って、そんな感じだった。 そもそも「くじら12号」なんておちゃらけたタイトルからして、完全にティーンを意識した・・・って言うような感じだったじゃん。
だから、当時20代半ばを過ぎていた私からすると、ちょっとこっぱ恥ずかしかったんだよな。


それでも、どことなく気にはなってたりしてさ。

この曲、曲的にはそれほど、目新しいところは感じなかったんだけども、CD自体の音がそれ以前と変わったような気がするんだよね。 

それ以前と比べてシャープというかさ、音の輪郭がはっきりとしたな・・・っていう印象がある。
実際的にはどうなんだろ? 個人的な耳の錯覚かなぁ。

いや、でも、1996年の音と、1997年の音って、やっぱり違うんだよね。他の曲を聴いても。 1997年の曲って全般的に音の輪郭がはっきりしてると思うんだよな。 その魁がこの曲だったような印象があるなぁ。

それと、個人的にはインターネットに興味を持ちだしたのもこの曲の頃だ。 今に続くSOMETHINGが少しずつ動き出したのも丁度この曲の頃だったな。
そう言う意味では、今に続く道の第一歩という意味で、どことなく新鮮に聴こえる曲でもあったりするんだよな。





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DREAM ALL DAY / Spiral Life

1994_12_DREAM ALL DAY_Spiral Life


今回の1曲セレクトは、「DREAM ALL DAY 」Spiral Lifeです。

まずはデータです。

・タイトル       DREAM ALL DAY
・アーティスト名   Spiral Life
・作詞         FERAKS OF GO GO SPECTATORS
・作曲         FERAKS OF GO GO SPECTATORS
・編曲         FERAKS OF GO GO SPECTATORS
・リリース日      1994年11月26日
・発売元        ポリスター
・オリコン最高位   29位
・売上げ枚数     2.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 40位

クリスマスイブですねぇ。 毎年のことながらクリスマスの1曲セレクトは頭が痛い。。
・・・っちゅうのも、目ぼしいクリスマスソングって、もう大体書いちゃったんだよね。
そもそも1曲セレクトを始めた年に、「クリスマスソングスペシャル」・・・とか言って、半月くらい毎日とっかえひっかえ書いたのが失敗だったわ。 もっと小出しにするんだった。。。

だからねぇ、ユウウツ。。。。

去年だったか、ネタが尽きて。ヤマタツの「クリスマスイブ」を半分ヤケクソで「3回目」のレビューしたっけ。

でもねえ、また、今年もそんな事したくねぇなぁ・・・。 

・・・と思ったら、この曲がまだあったわ。。

Spiral Life「DREAM ALL DAY 」

あからさまに「クリスマス〜」っちゅうタイトルじゃ無いから、今まで通り過ごしちゃってたけど、出だしの歌詞が

♪ Non Stop 一度だけ言えた Merry X'mas Time〜 ♪

ってあるんで、クリスマスソングだよなぁ〜 ・・・・と半ばゴーインに。。。

But、果たして、これ読んでくださってる方のなかで、どの位、この曲を覚えているか。。かなり自信ないけど。
いや、これまで書いた記事の中で、この記事に立ちどまってくれた方は、恐らくは何らかの引っかかりがあったと思うし、覚えてくれてる方も多いかな。

まあ、そもそも「Spiral Life」ってだれやねん っていうのが先かもなぁ

うん、元Bakuの車谷浩司が、石田小吉と組んだ、ユニットですね。 

1990年代前半。この手のオルタナ系のユニットが流行ってまたしたよね。 先輩格としてはフリッパーズギターがいたりして。

いや、個人的には逆に、フリッパースギターのフォロワーとして見てたな、Spiral Lifeって。

ただ、そもそも個人的に渋谷系との接点はあまりなかった。 と言うのも、あんまりシングルとしてヒットチャートの上位に来る曲が少なかったからさあ、当時の渋谷系の曲って。

90年代前半というば、世間はビーイング系からミスチル党の小林武史氏が席巻していた時代。 渋谷系って次代を作った音楽ジャンルのように語られる事があるけど、実際はあくまで「サブカル」的な存在だったんだよね。

確かに当時の渋谷界隈では、時代の先端を行く「オシャレ」な音楽として支持者も多かった・・・んだろう・・・けど、「全国規模」ないわいる一般大衆的に支持された音楽ではなかった。

だから、自ずからヒットチャートの上位に来る事は少なかったんだよね。 上記の「フリパッーズギター」だって、件の「恋のマシンガン」がドラマ「予備校ブギ」の主題歌だったから全国区になれた訳で。。。

まあ、そう言う状況だったから、今回セレクトしてきた「DREAM ALL DAY 」だって、本来なら個人的には耳にすることも無かった・・・かもしれない。

でも・・・耳にしたんですねぇ。 いや、半分偶然だったのかもしれない

当時bay fmで放送していた「POWER COUNTDOWN JAPAN HOT30」、そそそ「パワカン」ね。

いままでもココでも何回も書いてるけど、 当時、少しでも音源代を浮かせ、より音源を手にする・・・ってことで、
パワカン、毎週エアチェックしてたんだよねぇ。 

その中に、あったんですよ、この曲が。 確かギリギリ30位に1週ランクインしたんだと思う。 うん、上のデータにもあるように、オリコンでも最高位29位まで行ったんだよね。 まあ、あっという間に落ちちゃったけどさ。

その30位にランクインした時のテープが未だに手元にあるんだけども、 それで引っかかったのは間違いない。

でも、どこに引っかかんだろう?  今となってはよく思い出せない。

恐らくは、浮遊感ある優しい曲調と、クリスマスソングの融合が新鮮に感じたんだろうな。

あの頃のヒット曲って、はっきりしてたでしょ曲調が。 ビーイングを筆頭に「カラオケで歌える曲」っていうのが、一番の前提にあった時代だったからさ。
必然と、メロディラインと、バッキングの間にはっきりとした境界線があるような曲が主流の時代。

こういうオルタナ系の音とボーカルの境目があいまいな・・・もとい、とろけ合うような融合感がある曲って、少なくとも当時のヒットチャート系の主流ではなかったんだよね。

そこが新鮮だったんだろうな、個人的には。

まあ、もともと、こういうはっきりしない曲ってキライじゃ無かったんだよ、個人的に。 例えば70年代前半のソフトロックとかさ。 そそそフェンダーローズがコロコロなってるような。。。

硬派なロックファンからすると、骨抜きの軟派な曲に映る様な・、今でいえば「草食系」な曲

そう言う曲ってキライじゃ無かった。 むしろ、個人的な音楽の下地の奥深くには、こういう音楽があった・・・ような気がするんだよね。

ソフトロックと、いわいるラウンジ系ってやつ。 むかーし、ちょっとこじゃれたな喫茶店に入るとBGMでかかってたような・・・。

うん、ワタシは福島のいわきっちゅう、田舎出身なんだけども、母親が、こういうこじゃれた喫茶店とかレストランとかが好きでさ。物心つくかつかないかの頃から、連れてかれては、バックで流れてた・・・っていうのをどこか体で覚えてるんだよね。

だから、ラウンジ系な曲って言うのは、新鮮さと言うよりは妙に懐かしさを感じる。 遠く埋もれていたような記憶を呼び起こしてくれるような・・・。

そんなこともありーの、本来なら渋谷系っていう音楽は、個人的にはキライじゃ無いんだと思う。 

ただ、どうしてもサブカルチャーな音楽なんだよね。 エンターテイメントぢゃないなんだよね。
折から売れない曲は好きじゃない・・・って事を標榜にしているワタシとしては、どうしてもそこに引っかかっちゃうんだよな。

もっと、全国区な音楽になっていれば、もっと積極的に聴いてたのもかもしれない。





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ヒゲとボイン / ユニコーン

1991_11_ヒゲとボイン_ユニコーン


今回の1曲セレクトは「ヒゲとボイン」ユニコーンです。

まずはデータです。

・タイトル    ヒゲとボイン
・アーティスト   ユニコーン
・作詞      奥田民生
・作曲      奥田民生
・編曲      ユニコーン
・リリース日   1991年10月25日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 23位
・売上げ枚数  5.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 30位

またまた、「2週間ぶり」 の1曲セレクトです
あー、やっとここまで来れた・・・。そんな気分ですねぇ。 ずっと書こう書こう・・と気ばっかり焦って、いざPCの前に座ると、「ま、明日でいいか・・・」ってなんて萎え萎えになること2週間。
ようやく、ここまで筆を進めてきましたわ。

どうもねぇ、「書かなきゃ」っちゅうのも強迫観念のようにもなってきてるんだよなぁ。 なら、ちょっと時間を置けばいいのに・・・とも思うんだけど、ブログのアクセス数の変化を見ると「書かなきゃ」って言う気分にもなる。
だから、ネットっちゅうのは「麻薬」なんだよなぁ。こうやって中毒になる訳ですわ。
まあ、自分のサイトを開設して以来19年。 ずっとそんな感じなんだけども。。。

さてさて、いつもながら今回なに書くべーな、と悩んで絞り出してきたのが、この曲。

ユニコーン「ヒゲとボイン」。

変なタイトル・・・っちゅうのは、まあ、リリース当時から感じていた訳だど、Wikipediaらよると小島功氏のマンガ「ヒゲとボイン」からとったわけね。 その関係で、この曲のシングルのジャケ写も、小島功氏の「ヒゲとボイン」のイラストになっていね訳ですわね。

タイトルも変だけど、歌詞の内容も変なの・・・とか思ったなぁ

ユニコーンのシングルって、「会社」物・・・っちゅうかサラリーマン物が多いじゃん。 ブレイク曲の「大迷惑」にしかり、「働く男」にしかり。

なんちゅうのかな、そそそ最近で言えば「サラリーマン川柳」ですよね。 サラリーマンの悲哀な曲。

その中でも、一番分かりやすかったのが、この「ヒゲとボイン」でしたね。

曲調とメロディラインが、一番分かりやすい・・・というか、キャッチーなんだよ、だから、歌詞の内容がスッと入ってくる。

ただ、そうであるが故、「なんじゃこれ」感が、それまでの2曲に比べると、いっそう深くなる。

そんな感じだったかなぁ。

ま、兎も角、個人的には、リリース当時、どうにも気になる1曲だったんだよなぁ、この曲。

それまでユニコーンってなんとなくキライだったの。 ・・・というか、あんとき、平成初期のバンドブームでブレイクしてきたヒトたちって、どうも好きになれなかった。

お茶らけてて、歌詞も表層の部分だけで深みも感じられないものが多かったし。なにより煩いのがね。ただノレれば良い・・・って感じだったじゃん、あの時のバンドブームって。 まあ、それは今でもたいして変化は無いのだけれど。。。

だからね、この曲の前までは、積極的には聴いて無かった。 ラジオで流れてきて「変な曲・・・」で素通りしちゃったんだよな。 つまりは引っかかりもしなかったんだよな、当時のワタシの中では。

それでも、この曲は引っかかった。

タイトルも、歌詞の内容もそうなんだけど、サウンドとメロディだよね。 

特にイントロのインパクトもそうだけど、♪ ああ  男には〜 ♪ って言うサビのメロディラインだよね。 

なんだ、この壮大さと、キャッチーさは

以前も何回書いたけど、ワタシ、この当時、千葉中央局で郵便物振り分けの夜間バイトをやってたんだけど、一晩中、ポータブルのラジオから FMが流れてるような環境だった。

よくかかったんだ、この曲。 ヘビロテになってたのかいな・・・と思うくらい。

その度に、この曲のイントロとサビに引っかかっては、壮大な風景を夢想してたりしたな。 

なんかさ、宇宙的規模な壮大な儚さを感じちゃったりするんだよ、この曲。

それと、ヒゲとボインってどういう関係があるの? っていう表層の部分で一見、なんの関係も無さそうなところがこの曲の面白さなんだろうねぇ。

ただ、♪ ああ 男にはつらくて長い二つの道が ああ永遠に深いテーマさ〜 ♪ っていうサビの歌詞、深層的なところでは、宇宙規模的な儚さを表しているんだろうな・・

まあ、勝手に解釈すると・・・だけど。。。


それより、なにより、当時、この曲を聴くたびに、 タイトル、歌詞以上に、なーんか引っかかったんだよなぁ。
「うーむ、この曲」のこの感じどっかで聴いた事があるよな・・・。 

・・ってところから、この曲の「下敷き」がある事に気がついたんだけども、その元曲が思い出せなかった。

・・・って言う事をずーっと引きずったまま10数年。 ドラマ「電車男」でこの謎が解けたんだよな。

そそそ、「電車男」の主題歌だった Electric Light Orchestraの「Twilight」、これなんじゃん。。。

↓ コレ


この宇宙的壮大さ儚さ。・・・というか、イントロから、サビから「お借りしました〜」ってくらい、まんまなんたけどさ。。。

Electric Light Orchestraの「Twilight」は81年リリースだから、当然91年リリースの「ヒゲとボイン」の頃はすでにあった。

いや、「Twilight」も、それ以前に聴いた事はあった。それなりに引っかかってた。

Vagelisの「Chariots of Fire(炎のランナーテーマ曲)のように、宇宙的な規模感を感じるような、当時の壮大な「エレクトロミュージック」って好きだったんだよ、個人的に。 

でも、当時、洋楽にはとんと疎かったワタシにゃ、結びつかなかったんだよなぁ。

それにしても奥田民生ってヒトは「E.L.O」好きなんだよね。 この曲を皮切りに 自らプロデュースしたPuffyの「アジアの純真」もE.L.Oだもんね。 ユニコーンの活動休止前のラストシングルとなった「すばらしい日々」も、メロディラインは言うまでもなくエフェクトのかけ方とか系統的にはそんな感じだったしな。



うーむ、今改めて聴くと、たしかに表層的には「E.L.O」だけど、間奏部のエフェクトをかけたボーカルは、Y.M.Oの「Behind Mask」だし、最後のInst部分もY.M.Oっぽいなぁ。
さしずめ80年代の日英、エレクトロミュージックの共演ってところか。
超大げさに書くと。。

ところで、この動画は2009年の武道館ライブのものだけど、音はカラオケ
ドラムの川西氏、スネア叩いて無いのにスネアの音すっぞ〜


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IN MY ARMS TONIGHT / ZARD

1992_10_IN MY ARMS TONIGHT_ZARD

今回の1曲セレクトは、「IN MY ARMS TONIGHT」ZARDです。

まずはデータです。

・タイトル     IN MY ARMS TONIGHT
・アーティスト   ZARD
・作詞       坂井泉水
・作曲       春畑道哉
・編曲       明石昌夫
・リリース日   1992年9月9日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   32.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1992年11月2日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「学校があぶない」主題歌


やおら、残暑見舞い申し上げます。。。と言いたくなるくらいの暑さですわ、本日は。
まあ、台風が運んできた熱波というものの、ちょっち10月にしては暑過ぎるんぢゃないかい
なんて、グチりたくなってる本日です。
本当は、秋ですね〜・・・なんて書きだしにしたかったんだけどなぁ。

さてさて、音源は持っているものの、今となっては存在が希薄・・・って言う曲もあるんだよな。
本来は、自分で持ってる音源は、通勤途中にヘビロテでしょっちゅうかけてるんで、存在が希薄ってことはない筈なんだけどさ。。。

でも、この間、92年の今頃の曲をWALKMANで改めて聴いてて、「あれ? これってなんだったっけ・・・」なんて思っちゃった曲があったのよね。

今回はその曲をセレクト。

ZARD 「IN MY ARMS TONIGHT」

あれだけのヒット曲を飛ばしながら、ZARDの曲も、今まであんまり書いて来なかったな。
まあ、代表曲って言われる曲は、流石に既に書いたけどさ。

どうもね、イメージがダブるんだよね、ZARDの曲って。 そいで、今まであんまり筆が向かなかったところもある。

イメーがダブるってことは、それだけ希薄な存在の曲もあるって事でさ
この「IN MY ARMS TONIGHT」にしても、今となっては言われなかったら、「なんだっけ?」なんて思ったりしません?
個人的に、この曲と、次の年の「もう少し あと少し・・・」のイメージがダブるんだよね。同じ9月リリースだったし。
それで、どっちがどっちだったけな・・・とか思ったりして。。。

うーん、ワタシだけかなぁ。

この曲はリリースが1992年9月。 ZARDの実際上のブレイク曲となった「眠れない夜を抱いて」このわずか1か月後にリリースされ、チャート上では、同じような時期に同じようなチャートアクションをしてた・・・っていうイメージが強い。

個人的には両曲とも、bay fmの「パワーカウントダウン」で知ったのかな? いや、92年当時と言えばパワカンが唯一の「音源」情報源だったんで、ほぼ間違いないと思う。

実は当時、パワカンからエアチェックしたカセットが未だに残ってるんだけど、ちょっと聴いてみたら、「眠れない夜を抱いて」の次が、この「IN MY ARMS TONIGHT」なんだよな。 

・・・ということは、ランキングもほぼ並んでたんだと思う。

そう、陽の「眠れない夜を抱いて」 に対して 陰の「IN MY ARMS TONIGHT」 そんなイメージだったんだよな。

でも、個人的には、やっぱり「眠れない夜を抱いて」の方に軍配を上げてたんだよな。 やっぱりカラーがはっきりしている分、曲が分かりやすかったし、親しみやすかったしね。

それに対して、この「IN MY ARMS TONIGHT」は、よく分かんなかったんだよ。
メジャー系の「眠れない夜〜」に対してマイナー系の曲だったし。シングルのタイトル曲というよりは、カップリング・・・そんなイメージだったと思う。

それでも、ちゃんと手もとに音源があるって事は、なんか引っかかるもんがあったんだよな、きっと。

それが思い出せない。

もしかすると、意外と単純に、坂井泉水さんの「美貌」に魅かれて ・・・だったのかもしれないけど。。。 

後年、テレビに出なくなった坂井泉水さんだけど、この曲の頃は普通に歌番組に出てたんだよ。
坂井さんの可愛らしさと、不思議な魅力に、「これは〜」と思ったもんだったよな。

ただね、当時は、まだ、立ち位置が良く分かんなかった。 アイドルなのか、アイドル外のポップスなのか、ロックなのか・・。 そもそもビーイング系っていうのも、まだ良く分かってなかったし。。。。
92年の夏時点では、まだビーイングも「ブーム」と言うほどの勢いぢゃ無かったんだよ。その後、ビーイングブームを牽引して行くこととなるWANDSが大ブレイクするのは、この僅か後となる(まあ、ほぼ同時期と言ってもいいが・・・)

ガールズポップ。 
ZARDがデビューした頃、一つのムーブメントとして、そんな立ち位置のジャンルが確立しようとしていた。 ただ92年の夏ごろになると、このムーブメントも下火になりつつある頃でさ、もしかすると、このヒトもそのまま消えるのかもな・・・なんて思いもあったしさ。

この曲の次が、超ブレイク曲となった「負けないで」。 
庶民的な親しみ感があり、それいえに絶大な求心力が漂っていた「負けないで」に比べると、「眠れない夜を抱いて」にしても、この「IN MY ARMS TONIGHT」にしても、そこまでのインパクトはなかったしね。 それいえに、その先があるとは言えないって言う不安定さはあったよね。

特に、「IN MY ARMS TONIGHT」は、インパクト的に弱かったしさ。 このままフェイドアウト・・・ってなってもおかしくなかったんだよ。




そうだ、この曲で引っかかったのは、サビのコード進行だ。
いま、↑の動画を見つつ、当時の「ゲッカヨ」の譜面をみてて思い出した。

サビの ♪ 夢を見させて 時間をとめて ねえ少年のように〜 ♪ の

♪ねえ、少年のように〜 ♪ でC#m7 から Cdimに行く不安低なコード進行。 ここが気になっちゃってね。

それまで、普通のポップスだったのが、どういうことかクラシックっぽい壮大な響きなんだよね。 全体的にインパクトが弱いきょくではあるけど、この1点が、他の曲のような響きになる。 ここに引っかかったんだろうな。

まあ、それでなくても、最後の

♪ Let me hold you in my arms tonight〜 ♪ 

のキャッチーなまとめ方は、めっちゃビーイング系らしいよな・・っとは思うけどさ。


ちなみに、この曲のバックコーラスは、大黒摩季 姉さん。(ってか大黒さんとは同い年なんだけど・・・
うーむ、これはずっと知らなかったな。姉さん大分、声抑えてるよね。 

大黒さんが、「初めてのH」っちゅうマルちゃんのカップラーメンのCM曲で衝撃的なブレイクを飾るのも、この曲がリリースされた僅かに後。
つまりは、92年の秋、ビーイングブームを牽引する屋台骨が揃う訳ですね。 


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