1984_12_北駅のソリチュード_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「北駅のソリチュード」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    北駅のソリチュード
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      筒美京平
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1984年12月5日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数 11.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年12月17日〜12月24日付



今年の仕事も今日まで。先ほど納会が終わって帰宅したんですが、ここまで長かったですわ。
時間の経過は、年を取るごとに早くなるんだけど、こと、仕事となると長いですねぇ。やっと年末年始休暇だぁ・・って感じですよ。
 ここんところ、この1曲セレクトも、仕事の忙しさにかまけて、間が空いてますからねぇ、この休み中は出来るだけ更新するようにしたいですわね。

ところで、ワム! のマイケル・ジョージが亡くなってしまいましたね。 
今年は、ミュージシャンの訃報が本当に多い。まさか、この暮れになって、ビックアーティストの訃報が届くとは。。。

まあ、個人的には聴く音楽といえば、圧倒的に 「洋楽 ≪ 邦楽」 なんで、それほど接点があった訳ぢゃない。
そんなワタシでも、ワム!くらいは、耳にしてたからなぁ。84年〜85年にかけて。
時代はアメリカンロックよりも、UKシーンが元気だった頃だ。

「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「フリーダム」そして「ラスト・クリスマス」。 

この位は、いくら圧倒的に邦楽よりなワタシでも、聴いてましたからねぇ。 特に「ケアレス・ウィスパー」だよね。

日本では84年の丁度今頃ヒットのピークだったよなぁ。 本家「ワム!」だけぢゃなく、西城秀樹氏も郷ひろみ氏もこぞってカバーしてたしさぁ。

やっぱ、あのイントロのブリブリのサックスが堪らんのよね。 あのブリブリ、せくすうぃーなサックスからエロチックとも思える世界が広がって行く。これが堪らなかったのですよ。年齢的に「性」の目ざめま頃だったしね。

ま、そんなこともあり、やっぱジョージ逝去のニュースには驚きだったんだよな。 まだ53歳でしょ、若すぎるよな。


とろこで、↑で、84年の今頃、日本では「ケアレスウィスパー」付いていたって書いたんだけども、なにも、「本家」のカバー曲ばかりだった訳じゃない。
「疑似的」ケアレス・ウィスパーな曲もあったんだよね。 こんな回はそんな曲をセレクト。

河合奈保子「北駅のソリチュード」。

まあ、この曲に関しては、以前から「ケアレス・ウィスパー」に似てると言われている訳で、恐らく他のヒトのブログでも同じような事が書かれているかもしれない。けど、まあいいよね。。。って前回も同じような事書いたよな

この曲が、「疑似」ケアレス・ウィスパーって言われているのは、やっぱ、イントロだよね。

「本家」と同じような、ブリブリな泣きのサックスが際立った。 しかも、フレーズが「ケアレス・ウィスパー」そっくりなんだよね。

これ、パクリだよね・・・。ってだれでも気がついてしまうような。 

まあ、全く同じフレーズではなく、「似たような」なので、完全な「パクリ」とは言えないんだけども。

だけど、当時、これを聴いて、「筒美氏、仇といなぁ」と思ったよなぁ。
どう聴いても「ケアレス・ウィスパー」だしさ。 

で、一方では、この曲と同時期、松本伊代の「ビリーヴ」では、ボニータイラーの「ヒーロー」だったわけじゃん。
うん、84年のアイドルに大人気だった「ヒーロー」

こうみると、この時期って、同時期にヒットしていた洋楽のパクリ的曲が人気だったんだよな。
ま、パクリだけでなく、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」、MIEの「NEVER」、 麻倉未稀の「ヒーロー」と実際の向こうのカバーも大人気だったしさ。

そう見ると、84年って洋楽にコミットした年だったんだよね、邦楽ヒットも。

だけど、ヒットさせるにはどうすればいいか・・・ということで、向こうのヒット曲のいいとこどりが、すなわち歌謡曲・・・という概念から見ると、正攻法だし、如何にも筒美氏らしい切り口だったんだろうな。
 それだけ、「ケアレス・ウィスパー」のイントロが、セクシーさを際立たせると言うところで、印象的だったって事なんだろうな。

ま、確かに、アレンジャーは萩田光雄氏だけど、これは、作曲の筒美氏からの指示っていうのは手に取りように分かるしなぁ。

そんな、「ケアレス・ウィスパー」なイントロに比べると、本編のメロディは、正直あんまし面白くないんだよな。
ま、あ、個人的な印象ではってところだけどさ。

以前も、河合奈保子さんの他の曲でも書いたんだけど、この頃、「ポップス」さっていうのが感じ無くなってきてたんだよね。 この曲なんてのは、ほとんど「歌謡曲」っていう印象だったしなぁ。

当時から筒美フリークだったワタシなんだけど、この曲はちょっと違うんじゃないかなぁ・・・って思ってたんだよね。
河合奈保子さんは、歌謡曲路線じゃない、このヒトは絶対にポップスって思ってたからさあ。

確かに、デビュー5年目ということで、「コドモ」なアイドルからアダルト路線への脱皮っていうところは分かる。
けども、その脱皮の仕方があまりにも急だったし、個人的に合わないと思っていた「歌謡曲」路線な感じが強かったし。
なんかね、奈保子さんが、急に高田みづえ見たいに思えてきちゃったりしたんだよな。 

それは違うだろう・・・ってさ。

だから、この曲は、当時からほとんど聴いて来なかった。
丁度、高校受験の切羽詰まった時期でもあったんで、気分的にヒット曲って言うどころぢゃなかった所もあるけど。。
無論、音源も持ってなかった(最近、リリースから32年にしてやって手に入れたけど。。。)

でも、今聴くと、32年前、当時15才だったワタシが聴いた感じとは、ちょっと違うんだよな、印象が。

うむ、これはこれでありなのかも。。。と。 うーむ、やっぱそれだけ年取ったって事なのかなぁ、歌謡曲路線に寛容になったところはあるわな、ワタシも。

それよか、今聴くと、80年代中盤頃のオーソドックスとも言える、メロディラインなんだよな。 イメージ的に85年の秋〜冬って言う感じなのかなぁ。しっとりとこぬか雨に濡れたような・・・。
このイメージ、84年のこの曲がヒットしてた頃には、無かったイメージなんだよな。
84年は、確かに秋から冬にかけてはダークで暗いイメージになって来てはいたけども、こういうしっとりと濡れたイメージは無かったんだよな。

もしかしたら、この曲がヒットしてた頃は、まだ違和感を感じてたのかもしれない。その違和感が「ちょっと違う」って感じたのかもしれないなぁ。

 例えば、この曲が1年後の85年の同じ頃にリリースされていたら、それほど違和感は感じなかったのもかもしれないな。
 
まあ、1年後、中森明菜が、この間ここで書いたように「Solitude」って同じようなタイトルをリリースしちゃってたけどさ。



まあ、ごちゃごちゃ書いて来ちゃったけどさ、実際にVTRみてみると、この当時の河合奈保子さんの圧倒的な歌唱力が、やっぱり目に付いちゃうよね、結局のところ。
 いろんなウタ番組に出てたけど、個人的には、やっぱ、このVTRの「ベストテン」のオーケストラとの相性が一番しっくり来るな。


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