1983_12_クリスマスイブ_山下達郎











今回のセレクトは、「クリスマス・イブ」山下達郎です。


まずはデータでっす


・タイトル     クリスマス・イブ
・アーティスト   山下達郎
・作詞       山下達郎
・作曲       山下達郎
・編曲       山下達郎
・リリース日    1983年12月14日
・発売元      アルファムーン/MMG/WEA/ワーナー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    180.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年12月4日〜1990年1月15日付
                 1990年12月3日〜1991年1月14日付
                  1991年12月23日〜12月30日付
                  2000年12月14日〜2001年1月4日付 
                  2013年12月5日付
・タイアップ:JR東海「クリスマスエクスプレス」CM曲


 いよいよ、クリスマスイブですねぇ。
 1曲セレクトも、昔「クリスマスソング特集」ってくらい、クリスマス曲をいっぱい書いた事があるんだけど、今年は特に書かなかったのね。 でも、やっぱクリスマスイブくらい書かないのも淋しいんで、セレクトして来ましたわ。

 山下達郎「クリスマス・イブ」
 
 なんだよ、こんなメジャーな曲かよ〜、しかも去年も書いてんじゃん・・・と思いの方もいるかと思うけど、日本のクリスマスを語る上で、この曲をはずすわけには行かないですわね。 これだけ、「エバーグリーン」になっちゃうとさ。
 
 まあ、個人的にも、どうしても、クリスマスイブとこの曲は、切り離せない。。っていうところもありますし、やっぱり、この曲を持ってきましたわ。

 チャートを長年にわたって見てきた方には、すでに「耳タコ」の事だと思うけど、この曲、もともとは、1983年6月1日リリースの、山下達郎9枚目のオリジナルアルバム「Melodies」のラストを飾る1曲に過ぎなかったんだよね。 そう、最初はシングルぢゃなかったのよ。

 しかもですよ、もともと、この曲、自分の曲用に作ったんではないんだよね。そう、今の「ヨメ」さんの竹内まりやのために作った曲なんですよ。
 
 あ、これは、意外と知られてないかな。。でも、これは、事実のようで、「Melodies」リリース時、1983年6月17日号の「オリコンウイークリー」(現「オリスタ」)に達郎自ら語っているから、間違い無いと思われますわ。

 でも、なぜか、竹内まりや 用としては、「ボツ」となってしまい、普通なら「お蔵入り」になるところを、その頃毎年12月に行っていた、中野サンプラザのライヴに歌うための「クリスマス」の曲が無かったんで、自分で歌っちゃったらしいですわね。

 とにかくさぁ、これぞ「達郎」っていう曲ぢゃないですか。うん、まあ、曲調は、パッヘルベルのカノンを参考にしているらしいから、「達郎」らしいところは、若干欠けてるんだけどさ、圧巻は、やっぱし、間奏の「カノン」の部分のアカペラだよね。

 あのアカペラ、コーラスが何層にも聴こえるけど、全部、達郎自身、1人で歌ってるんだよね。ダビングを「44回」重ねて、あの「カノン」にしたらしいっす。 さすがに、「音楽オタク」の達郎氏らしいですわ。

「時間と手間」に妥協はしない。「職人」だよね。でもさぁ、本当は、これこそが音楽の「プロ」だと思うんだよねぇ。量産することだけが「商用音楽」ではないって事ですよ。


 まあ、達郎氏の場合は、この頃になると、楽器も含めて、作詞、作曲、プロデュースと全部1人でやっちゃってたみたいだから、それほど、珍しいことではないですけど・・。

 個人的には、85年の「風の回廊」のコーラス部分が好きでねぇ、もちろんもあれも、多重録音で全部1人でコーラスやってるんだけど、その「気持ち悪さ」ったらないね(いいいみで)。 どこ切っても、「達郎氏」の声って言うのは。。。

 でもさぁ、そういう、妥協がないからこそ、いつまでも色褪せない曲⇒「エバーグリーン」に仕上がるんぢやないかなぁ。
 
 考えてみたら、この曲、モチーフとなっているのは、1980年か1981年のクリスマスって考えられるんだよね。
 もともと、竹内まりや用に書かれたっていうくらいだから、少なくとも竹内まりやが結婚前に一時活動休止する前に書かれたって言うのが無難だろうし。。。。今から約四半世紀前ですよ。

 生活様式だって随分変わったのに、いまでも、色あせないでしかも、売れ続けてるっていうのは、これは、奇跡だよね。
 っていうか、曲が全然古くならないのよ。

詞、メロディはもちろんのこと、音質に関しても、おおよそ80年代前半って気がしないもんね。

 そこには、やっぱし、職人「山下達郎」の妥協を許さない「仕事」があったからぢゃないかなぁ。

 ここまでくると、壷とか焼き物、はたまた、版画、絵画と同じ世界だよね。

 テレ東の長寿番組「開運!なんでも探偵団」の中島誠之助ぢゃないけど、「いい仕事」なわけですわ。


 まあ、本人がどの程度、納得して、もともとこの曲を作ったのかはよくわかんないですけどね。
 なにせ、もともと、他人用の曲をボツになっちゃったから、自分のコンサートで歌うために、急遽レコーディングした曲のわけだから。。。。
 
 
 それと、この曲、「売れる」までは、結構、紆余曲折、時間がかかったもんね。
 もともとは、上でも紹介したように、1983年6月1日リリースのアルバム「Melodies」の1曲だったんだけど、リリース日が示すように、別に、この曲がメインってわけでもなかったんですよ。6月1日リリースだもんね。「夏」ですよ。 どちらかといったら、シングルにも切られた「高気圧ガール」の方が全然、有名だったもんね。


 ただ、その年、83年の12月に「12インチ」シングルとして、リリースされたのが、そもそもは、「シングル」リリースとしては最初なんですよ。 このときは、オリコンで最高44位まで行ったものの、わずか2週でチャートからおさらば。。。 つまり、「全然」だったわけさ。
 
 次にシングル化されたのは、1986年11月。このときは、12インチではなく、通常のシングルで、だから、まあ、このときが「シングルカット」と呼んでも良いかな。

 ただシングルカットされた86年は、最高21位止まり。翌87年は、わずか1週のみのランクインで91位、さらに翌年88年は、最高15位と、若干ずつだけど、一般に浸透して行ったんだよね。

 で、爆発したのは、翌89年。このとき、JR東海の「クリスマスエクスプレス」キャンペーンソングに起用されてブレイク。そそそ、例の牧瀬里穂のCMですね

↓ コレ



このCM効果・・というか、ほとんどこのCMの効果だったと思うけど、オリコン1位まで、一気に駆け上がったってわけだよね。
 だから、ブレイクまでは、シングルリリースから3年。アルバムの1曲として、この「世」にでてから足掛け6年も擁しているんだよね。

 その翌年からは、みなさん、ご存知の通りで、毎年のようにランクインしてるってわけですわ。

 ただ、いえることは、その間、達郎氏自身は、とくに、この曲をシャカリキになってまで、売ろうとしていないことだね。

 周りが「お膳立て」してくれての、大ヒットなわけで・・。

 その点も、やっぱし、職人「山下達郎」の所以としているだろだよねぇ。。。


 最後に、今回のデータは、一応、最初に「12インチ」としてシングルに切られたときからのデータを合算してあります。
 ただ、オリコンの場合、CD番号がかわると、集計が変わっちゃうんで、正直、こういう、再発を繰り返している曲は、1つの曲として、集計するのがなかなか困難なんだよねぇ。 ちなみに、売り上げ枚数は最初にコレ書いた2006年当時のモノなんで、現在は変わってるんですけどね。。。まあ、その辺は、ご勘弁あれ。




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