1983_05_まっ赤な女の子






今回の1曲セレクトは、「まっ赤な女の子」小泉今日子です。

 まずはデータです。

・タイトル    まっ赤な女の子
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      康珍化
・作曲      筒美京平
・編曲      佐久間正英
・リリース日   1983年5月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   22.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位 
・ベストテンランクイン期間:1983年5月23日〜5月30日、6月13日〜7月11日付

今回はのっけから本題。
きょんきょんのこの曲で、本格的にブレイクしてきたんだよね。「まっ赤な女の子」ってタイトルがなんとなく、へんちくりんでおかしかったんだけど、曲の方もはじけてたよなぁ。

 この曲のひとつ前の「春風の誘惑」ってどうもイマイチ分かりづらかったんだけど、この曲はわかりやすかったですしね。

 そのまえに、この曲がでる前に、キョンキョン18歳の「反乱」があって・・・

ハイ、髪の毛を聖子ちゃんカットからバッサリ、カリアゲヘアーにしちゃった・・・ってところもありーの、きょんきょん自身イメージが随分変わっちゃったかんね。
きょんきょん、デビュー2年目の反乱・・・ってやつで。。

 そこに来ての、このノー天気なはじけた曲調の曲ときたもんだから、これは、いやがおうにもイメージチェンジって言う感じだったよなぁ。

 でもさ、結果的にはうまく行ったよね。これで完全ブレイクしたわけだからさ。

 この曲、アレンジは、佐久間正英氏。はいな、ずっと後年、GLAYなんかのプロデューサーとして有名になった方ね。

 この当時は、筒美京平氏人脈のブレーンだったんだよね。この曲とか、マッチの「ミッドナイトステーション」なんかのアレンジ担当してたりしてましたね。

 このコミカルなアレンジを見ていると、後年、GLAYをプロデュースしたヒトとは全く思えないんだけど、結構、若いときにアイドルのアレンジ、プロデュース手がけてたヒトって多いよなぁ。
 同じ筒美人脈で言うと、斉藤由貴とかのアレンジャーだった武部聡氏は、最近は一青窈プロデュースだもんね。
 こんな感じで、若い頃、筒美氏のブレーンとして「ヒット曲」の真髄を勉強し、その後、独自のプロデュース手法で巣立って行ったプロデューサーって多いんだよねぇ。作詞で言えば秋元康もその一人になるかなぁ。

 この頃、アイドルの曲を書くための心得として、筒美氏から言われたことは、兎に角、メロディとメロディの間を、面白い音で埋めることだそうで、そのアドバイスは、「まっ赤な女の子」でも生かされてるんじゃないかなぁ。

個人的にも、よく書くんだけど、「合いの手」ですよね。メロディに対しての合いの手を入れると音と音が埋まって、「音楽」が切れないんですよ。最近の曲は、その「合いの手」がある曲が少なくなったねぇ。だから、メロディがぶつぶつ切れる印象があるんだよなぁ。

 佐久間氏は、その中でも抜きんでた存在だったよな。その後90年代のJ-POPシーンを見ると。
昨年、若くして鬼籍に入られてしまいましたが、今後のJ-POPを鑑みるに惜しい方を亡くしたと思いますねぇ。



ちなみに、「まっ赤な女の子」のB面は、秋元康、作詞の「午後のヒルサイドテラス」。こちらも作曲、筒美京平、編曲 佐久間正英になっているわけで、まさに筒美ブレーンで作られた曲となっています。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村