1981_03_春咲小紅_矢野顕子







今回の1曲セレクトは、「春咲小紅」矢野顕子です。

まずは、データでーす。

・タイトル       春咲小紅
・アーティスト    矢野顕子
・作詞         糸井重里
・作曲         矢野顕子
・編曲         YMO
・リリース日     1981年2月1日
・発売元       ジャパンレコード
・オリコン最高位   5位
・売上げ枚数     37.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1981年3月16日〜4月27日付
・タイアップ:カネボウ'81年春のキャンペーンソング


 さきほどセレクトした、島田奈美「タンポポの草原」の作曲者の井上ヨシマサ氏がデビューしたのは、「テクノバンド」のコスミックインベンションということでしたが、もとはといえば、YMOジュニアということで、デビューしたきっかけもあったのよね。このバンド・・・
・・・ということで、「テクノ」つながりで、今回はこの曲を引っ張ってきちゃいました。

 「春咲小紅」 矢野顕子 女史

何を隠そう、YMOの坂本龍一氏の奥方ですな。

 そういうこともあってか、この曲は、「ほぼ」テクノミュージック。
 「ほぼ」というのは、完全というわけではないってことね。たしかに、バックには、YMOのメンバーがいたりして、今から考えても至極豪華なんですけど、ストリングスを入れたり、本人は「生」ピアノ弾いてたりしたんで、テクノっぽいポップス、いうなれば「テクノ歌謡」ってぽいノリでしたね。

 まあ、もともとこのヒトは、テクノとは無縁のところで音楽やってましたしね。
 ・・・・いや、もとを正せば、YMOの3人だって、テクノとは無縁の音楽から出発しているわけだけども。。。

 とにかく、あのころって、シンセが入ってればなんでも「テクノ」だったかんね。今だったら、絶対に「歌謡曲」に分類したく曲でさえ、シンセが入ってるってだけで、あの時代は「テクノ」だったから。。

 この曲は、81年のカネボウの春のキャンペーンソング。だからかな、このヒトにとっては、かなり「まとも」でキャッチーなメロディラインですよね。
 とりあえず、「普通」に聴けるってね。 なにせ、このヒトは普段は、そのわけ分からない「哲学的」な音楽が持ち味ですからね。その辺が坂本龍一氏ガ惚れ込んだんではないですかねぇ。
 まあ、この曲は、YMOも売れたので、ちょっと有名になりましょう、見たいな一種の「お遊び」的感覚ですよね。

 作詞の糸井氏の「詞」にしたって軽いですしね。 まあ、このヒトはいつも軽いポップな詞が売りなんだけども。

♪ホラ 春咲小紅 ミニミニ 見に来てね〜 ♪なんでいうのは、いかにも糸井氏らしい世界ですよね。

  それでいて、全体的な温度感はいかにも「春」っていう、ホンワカした、春っぽい温度感と躍動感を保ってる。そのへんがこの曲のいいところなんだよね。

 ベストテンでは、一度、ホントにYMOをバックに従えてこの曲、演奏したことありましたよねぇ。あれは、ほんとに豪華だった。まあ、いまでは、やってくれっていったら、随分吹っかけられますよ、ギャラを。
 まあ、そのまえにYMOは散開して、もうすでにいないけど・・。

 そのYMO、2年後に「君に胸キュン」で、カネボウのキャンペーンソングに登場。なんだかんだいうても、結構夫婦そろって、好きみたいですね。お遊びが・・。

 この「春咲小紅」が使われたカネボウ81年のキャンペーンCF(コマーシャルフィルム)って覚えてますか?
 中国の川に行きかう船にモデルのおねーちゃんがのってた図柄でしたよね。

↓ コレッ!


 うーん、どうも当時は「テクノ」的、イコール「中国」っていう図式でしたよねぇ。
 これは、YMOが「人民服」着てたのと、喜多郎のシルクロードっていうところから、中国なんだろうね。
 まあ、安易っちゃ安易だけど・・。

 この曲とは関係ないけど、当時は、丁度チャゲアスの「万里の河」も大ヒットしてたりして、ちょっとしたチャイニーズブームだったこともあると思いますけどね。



上で書いたように、YMOをバックに・・・っていう動画があったんで、リンクしたんだけど、音がめちゃくちゃ悪いです。メンゴ。
 矢野顕子ってヒトは、昔から全然変わらないなぁ・・・なんて思ってたけど、やっぱり、心なしか若いかなぁ。
 そりゃ、まあ、34年前だからね。。。。
 坂本美雨さんは、このとき、まだ生後10ヶ月ですね。


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