1981_11_ジェームスディーンのように_Johnny







今日の1曲セレクトは、「ジェームスディーンのように」Johnnyです。

まずは、データでーす。

・タイトル    ジェームスディーンのように
・アーティスト  Johnny
・作詞      Johnny
・作曲      Johnny
・編曲      T.C.R.横浜銀蠅.R.S
・リリース日   1981年11月18日
・発売元     キング
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1981年12月7日〜1982年2月8日付
・タイアップ   TBS系ドラマ「茜さんのお弁当」主題歌


 さて、久しぶりに1981年の曲を引っ張って来ました。
 これまで、あんまり、引っ張っては来なかったけど、81年っていったら、「ツッパリ」ブームだったんですよねぇ。
 前、夏に「なめんなよ」を紹介した時も書いたけど、「ツッパリ」って言うのは、「ブーム」を通り越して、「ファンシー」にもなってたんだよね。
 それだけ、既に一般にも入り込んでいたって言うかね。
時に、全国的な校内暴力が荒れてたわけで、まあ、みんな欲求不満が溜まってたんでしょうねぇ。
 同世代・・・正確には、若干、ワタシらよりは、年上の世代なんだけど、まあ、ヒトの事は言えない世代ですわね。ワタシらも。

 その中心グループだったのが、横浜銀蝿ですわね。この年の1月にリリースした、「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)が大ヒット。一躍、ツッパリブームが広まったわけですわ。
 曲は、今聴くと、どうってことない、3コードの単純なロックンロールなんですよね。
 でも、たしかに、シンプルでスピード感はあるんですよ。バイクで飛ばしているあの感覚っていうのかな?
 車でも同じですね。この曲聴きながら、車運転してると、ついつい飛ばしたくなっちゃうもんねぇ。

で、その横浜銀蝿のリードギターが、このJohnnyだったんですよね。
 グラサンしてるから、よくはわからないけど、甘いようなマスクは女性人気が高かったですよねぇ。
 で、どういう経緯で、ソロに踏み切ったのは、よく分からないけど、この「ジェームスディーンのように」のリリースとなったわけです。
 
 この曲、銀蝿関係としては珍しく、ドラマの主題歌なんだよね。TBS系の「茜さんのお弁当」。
 ワタシも実際、あんまり見たことないんだけど、たしか、このドラマで銀蝿一家の嶋大輔とか、杉本哲太がデビューしたんだよね。
 まあ、両者とも地のままのツッパリ役だったけどさ。
 でも、後年っていうか、今、嶋大輔がリバイバルになったり、杉本哲太なんて、大河ドラマにも出演するくらいの大物役者だもえねぇ。 
 変われば変わるもんだよなぁ。あの時分、こんなになるとは思ってもなかったし・・。ウタだめになったら、ただのチンピラにしかなれないと思ってましたよ。

・・・と前置きはこのくらいにして、「ジェームスディーンのように」ですが、確かに、基本はロックンロールの流れを汲んでるんだけど、もっとロックというか、大衆性に富んでるんですよね。
 銀蝿は、いかなる場合でも3コードのロックンロールを貫いていたけど、この曲は、そのようなこだわりは一切なし。
 シンプルなんだけど、キャッチーなメロディラインが印象的だったんだよね。

しかも、サビから始まる構成も、結構斬新だったしね。

♪ おいで     Come On Come On Come On
暗い目をして  Come On Come On Come On
  すねていないで Come On Come On Come On
  走り出そうぜ  Come On Come On Come On  ♪

ってところが核でしたよね。
 最後の ♪Come On  Come On  Come On ♪のところのハーモニーが個人的には一番、好きなところだな。
 こう、文字でかいても、構成的には、すごくシンプルなんですよね。
言って見れば、子供でもかけそうな詞なんだけど、でも、実際やるところが銀蝿らしいんだけどね。  

 こう書くと、いかにもシンプルなロックンロールしか書いていないかっていうと、そうでもないんだよね。
 例えば、この年1981年の7月にリリースされた、西城秀樹の「セクシーガール」なんてのは、横浜銀蝿の作詞、作曲だしね。ああいう、歌謡曲っぽいメロディも書けるんだよね。
 このヒトたち。

 うーん、どちらかというと、この「ジェームスディーンのように」もあのメロディラインにちかいかもなぁ。
 それだけ、ロックでありながら、歌謡曲よりのキャッチー路線だったって言うわけです。


 ああ、そうそう、個人的に、この曲で思い出すことが一つあるんだよねぇ。
 丁度、同じ時期に、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」がバーッと大ヒットしてきたんですよ。
 例の「ザ・ベストテン」では、この曲と、「セーラー服と機関銃」の1位争いだったんだよね。

 今でも覚えてる1982年1月14日放送。
1位 セーラー服と機関銃     9156点
2位 ジェームスディーンのように 9019点

その差がわずかだったんですよ。。
 で、当時の友だちと「賭け」をしたんですねぇ。次の週、どっちが1位取るか、当たったほうが500円出す・・ってねえ。
 当時、私ゃ小学6年で、500円っていうのは、結構な大金だったのよ。まあ、時代が時代で、今だったら、1000円以上だよね。

 ワタシは、粘りの様相を見せてた「ジェームズディーンのように」を推したんだよね。
 だから、友だちは、「セーラー服と機関銃」だよね。

 結果は・・・・

1982年1月21日放送

1位 セーラー服と機関銃     8876点
2位 ジェームスディーンのように 8649点

にゃんと、逆に、「セーラー服と機関銃」が粘っちゃったのよ。。

 もちろん、私ゃ500円払いましたよ。。。

 でも、これが、親にバレてこっぴどく怒られたなぁ。 子供のくせして「賭け事」なんて・・ってねぇ。

 でも、私ゃ、そんなことより、自分の予想が外れたことがショックだったなぁ。
 あれ以来、ヒットチャートの動きをもっとよく見るようになったんだよね。
 今の、仕事は、あの時のショックの延長線上にあるような気がするんだよねぇ。

 まあ、何の因果か・・という感じもするけど、ガキの頃のちょっとした出来事が、いまに繋がっているような気がするなぁ

なんかね、「ジェームスディーンのように」を聴くと、いつもあの時のことを思い出すんだよねぇ。

 反面、だからといってはなんですが、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」は未だにキライです。。。。
 
 ウソのようでホントの話。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。