1970_10_走れコータロー_ソルティシュガー





今日の1曲セレクトは、「走れコータロー」(ソルティシュガー)です。

まずはデータから

・タイトル     走れコータロー
・アーティスト   ソルティシュガー
・作詞       池田謙吉
・作曲       池田謙吉
・編曲       池田謙吉
・リリース日    1970年7月5日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    67.5万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1970年9月28日〜1971年1月25日付(うち1971年1月4日付で1位)



 昨日は、書きませんでした。風邪ひきましたです。。。。。プラス、寝不足でして・・・体にオモリつけたみたいな感じてさー、体が重たくてねぇ。 床に就いちゃいました。。。
 今になって、やっと、もとに戻ってきた感じですわ。
 

 明日は菊花賞。 ディープインパクトっちゅう「ウマ」が注目を集めますな。新聞でもスポーツ欄でなくて、一般社会面で、「シンボリルドルフ」以来、21年ぶりの「無敗」での3冠なるか!? っちゅうね。単勝1.0倍なんていう、とんでもない倍率が付いております。

 え? やけに詳しいやんけって?


そりゃアンタ、昔、一時期は、ワタシ、競馬オタクでしたからねぇ・・。あ、ワタシだけでなく、ウチのMotherもなんだけどね。
 正確に言うと、ワタシの場合は、1990年に大学に入ってからかなぁ、1990年の菊花賞、メジロマックイーンとホワイトストーンでとってから、ちょっとおかしくくなった(^^;; 、あ、いや、狂いだした。。。ワタクシ。
 ピークは、1994年頃かなぁ。丁度、社会人になった年。 あの時は、秋のG1 10レース、8勝2敗だったかな。

 ただね、ここをピークに徐々に熱は下がってったんだけどね。一時は、自宅投票用のモバイル投票機まで「当てて」毎週自宅から投票したりね。(今は、パソコン上から馬券買えます)


 ところで、ヒットチャート好きな人には「ウマ好き」なヒトは多いなぁ。あ、ウマ好きというより競馬好きね。
そもそも、ワタシが1990年に競馬にハマったのも、1990年に結成した、「オリコンチャート研究会」の連中に、競馬ずきがおおくてねー。 それで、ハマったのもある。
 余談だけど、当時のメンバーに、本当にケイバでメシ食ってた、プロの馬券氏とかいたもんね。たしか、なんかの雑誌で薀蓄書いてたりもしてたな。。。


 まあ、チャート予想と、競馬予想って、基本的に「考え方」、「使う脳みそ」が同じだかんねー。
結局、ウマの着順あてるのも、チャートの順位当てるのも、基本はそれまでのデータ、傾向、最近の動向・・・などなどの各種データ積み重ねと経験、センスが物を言うからねー。
 チャート予想とか、やって、初心者のヒトがスコーンと当てちゃうことあるけど、これも、競馬のビギナーズラックと同じだし。。

 そういうことから、ヒットチャート好きに競馬好きが多いのは、まあ、ある意味、必然的なのかなぁ・・と思ったりして・・。


 ・・ということで、明日の菊花賞に併せた曲を・・・というと、やっぱ、この曲しかないでしょう。

ソルティシュガー 「走れコータロー」

 んー、でも、実際は、この曲は「ダービー」のこと歌ってんだろよね。歌詞にもあるように

 ♪ 天下のサラブレット 4歳馬〜 今日はダービー めでたいな ♪

ですからね。

 ならば、ヒットしたのも、その時期? と思いきや、ヒットしてたのは、1970年の「秋」〜翌年の「冬」にかけてなのよ。
 なんていうかもね、折りしも秋のG汽掘璽坤鵑吠擦擦燭茲Δ縫戰好肇謄麁りして、翌年1月の1週目・・っつうことは、集計は、年末の「有馬記念」の頃に1位とってるなんで言う、めちゃくちゃ、競馬のシーズンに併せてヒットした曲なのですわ。

 あ、ちなみに、歌詞は、ダービーで「天下のサラブレット4歳馬」になってるけど、これは、「数え」で4歳ってことで、今は、馬の満年齢で数えるから、さしずめ ♪天下のサラブレッド 3歳馬」になるのよね。

 それと、G気覆鵑董当時はなかったわけで、さしずめ「秋の特別オープンレース」シーズンに併せてって感じですかね。


 しかし、楽しいウタですよね。 ソルティシュガーって、フォークグループなんですけど、メンバーには、いまや「キャスター」っていう感じになってしまった、山本コータロー氏と、のちにビクターのディレクターになった、高橋隆氏が中心のグループでした。

 歌詞に♪走れ 走れコータロー♪ ってあるじゃん。これは、山本コータロー氏が、いつもいつも練習に遅れてくるもんだから、皮肉で、曲をつくった池田謙吉氏がつけたそうですわ。

 それから、歌の途中で入る、高橋隆氏による、当時の「美濃部」都知事の物まね

 「え〜 このたび、公営ギャンブルを廃止するにあたり〜」〜「本日の第4レース・・・」っていうのは、当時、東京都条例にあった、「公営ギャンブル廃止条例」を皮肉ったギャグなんですよね。
このあたりは、当時の世相がわかんないと、何のことだからわかんないし、面白いのかなんなのかもわかんないですけど・・・。

 ちなみに、このころ「公営ギャンブル廃止条例」によって、当時 後楽園にあった「後楽園競輪場」が、そのまんま「後楽園プール」に変わったのよ。
 
 まあ、その辺も皮肉った内容なんですけどね。
 当時のフォークによくあった、社会風刺をちょっと皮肉ってパロディにした曲って感じなのかな。


 あー、ちなみに、この曲、後年、アニメ「マキバオー」の主題歌「走れマキバオー」になってたから、知ってるヒトは多いよね。
歌詞もちゃんと、「走れ走れコータロー」から「走れ走れマキバオー」になってたり、上の「美濃部」知事のセリフのところが、当時の「青島」都知事に代わってたり、結構、細かいところまで、変更してたりしたよね。


 それから、ソルティーシュガーの高橋氏は、上で書いたように、後にビクターのディレクターになられて、森進一「襟裳岬」などを手がけています。
 いわいる、ジャンルの「垣根」をこえた、異種混合ジャンル曲の発表、〜今でいったら、一種の「ミクスチャー」だよね〜を手がけた方です。
 つまりぃ、「襟裳岬」は、作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎 っていう、全くの「拓郎」チーム⇒完全なフォークのチームの作品なんですよ、
 それを「演歌」の森進一に歌わせる。という、それまで前例のない人をやられた方ですわ。

 そのころ、「演歌」と「フォーク」って水と油のような関係でしたからね。

 ワシよく、音楽業界を皮肉って、「あっち側」「こっち側」っていう表現使うけど、もともとは、ここから来たんですよ。
要はね、当時の演歌は「あっち側」⇒ゲーノー界、興行、パンチハーマ、ダブルのスーツ バックにワコイ方々の影・・・
という昔ながらの業界慣習、「こっち側」⇒音楽中心、ジーンズ、長髪・・・という、当時の若者文化を反映したような縮図だったんですよ。
 まあ、これは、今も変わんないですよね。

 で、「襟裳岬」で、「あっち側」と「こっち側」を初めて繋いだ方が、この高橋氏・・ということなんですよね。


 最近、CDウレナイけど、そろそろ、こういうことやんないとダメじゃないですかねぇ。つまりぃ、ジャンルの垣根をこえた異種混合ですよ。
 曲にしたって、バンド系だったら、自分たちで作っちゃうことがほとんどだけど、全く違う人に作ってもらうとかさぁ。

 B'zの曲をミスチル桜井が作るとか、これ、おもしろいでぇ。 本当にやんないですかねぇ。



 えーと、元に戻るけど、最近といったら、 競馬はですね、私はほとんど、足洗ったですねー。なんか、飽きちゃってねー。
 だから、明日の競馬も馬券買ったりはしませぬ。だけど、ミーハー心でレースだけは、見ちゃうかもなぁ。






※2005年10月に書いたものの再掲載です。