かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2019年07月

サザンオールスターズ全国ツアー2019@札幌ドーム

2015年の全国ツアー「おいしい葡萄の旅」に参戦して以来4年。
2019年全国ツアー、サザンオールスターズライブ「キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!」への参戦。

2019年6月8日(土) 15時過ぎ。新千歳空港に降り立つ。

今回のサザンライブ、やっとここまで来れたか・・・と言う思いが強い。

最初の難関。今回のライブ参戦、兎に角チケットが当たらなかった事。

ファンクラブ先行、1次、2次と立て続けに全敗し、一度は今回は諦めます・・と宣言したものの、やっぱり諦めきれず、最後の悪あがきでローチケ先行に応募。

本音を言えば、アリーナだったら別だけどスタンドからは豆粒のようにしか見えない距離感、音響の悪さからドームライブを避けたかった。
でも、今回はそんな事言ってられない・・ということで、より当たりやすい・・・と思えるドーム会場、しかも全国のドーム会場を片っ端から応募した。

結果当たったのは、札幌ドーム 6/8(土)  のチケット。

やった

と思ったのもつかの間、ライブ「前日」の6月7日。
数日前に前歯根のまわりに雑菌が入りこんで膿が溜まり激痛が走った。すぐに歯医者に駆け込み殺菌剤と抗生物質を投与したんだけども、その抗生物質が強くて、殺菌剤を詰めた前歯の痛みと共に熱が出てしまった。
これはアカン。 明日札幌までなんてとても行けない。。 と諦めかけたのだが・・・。
兎も角早く寝てしまおうと、残業でヒーヒー言ってる同僚上司を尻目に早々に帰宅し、さっさと寝てしまった。
これが結果的には良かった。当日朝には熱が下がり痛みも少なくなっていた。

ホント、ライブ当日までハラハラしながら、なんとか辿りついた札幌ドーム。

いやがおうにも気分は高揚してくる。

指定された席はスタンド 27通路34列194番。 一番通路側の席。

まあ、ファンクラブ先行から漏れたんで、今回はアリーナは期待していなかったがやはりスタンドだった。
ただ一番通路側。出入りが楽なので好みの席。これだけは助かった。 

19時。定刻丁度に「キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!」ライブスタート

オープニングは、「東京VICTORY」

今回のライブ正式には、上記のようなヘンチクリンな長いタイトルがついてるど、実質的な名目はデビュー40周年記念、そして41年目(未来へ)に向かってをテーマにしたライブである事は間違いない。

そんな40年間の「時空」を超えて・・・というテーマに沿ったような演出が特徴的だったような気がする。

○○周年記念ライブという名目のライブは昔からあった訳なんだけども、過去から現在に向かったセットリストのライブがこれまでは多かったのではないか。

でも、今回のサザンのライブでは、現在から40年前に遡って行く、 そんな時間軸に沿ったセットリスト。
まあ、時間軸的に正確に・・と言う訳ではなく、セットリストを大まかに見れば・・・と言うところですけどね。
それが個人的には印象的だったな。

その象徴として2010年代のシングル「東京VICTORY」そして「壮年JUMP」からスタートしたというのは、当然だったのかもしれない。

今回のセットリストは、シングル曲というよりもアルバム曲中心。 
ココが、昨年のROCK IN JAPANでのセットリストとは大きな違いでしたね。

デビュー40周年記念と言うところから見ると、昨年のROCK IN JAPANはもろそれに当たるライブと言う事になるだろうけど、ライブがライブだけに、サザンファンだけのライブじゃないし、だから、ああいう、各年代の代表的なシングル中心という、サザンファンからすると大盤振る舞いなセットリストになったんだろうけど、今回はサザンのワンマンライブ。

サザンファン中心ということで、ROCK IN JAPANとは打って変わって、アルバム中心のセットリストに変わったんだろう。

まあ、それは、今に始まった事ではなく、昔からそうなんだけどね。

ただ、前回の「おいしい葡萄の旅」ツアーと大きく違うのは、事前にオリジナルアルバムのリリースが無かった事だ。そのためアルバム中心言っても、歴代のアルバム曲からのピックアップ。

前半は、そんなアルバム曲でも、比較的ミディアムテンポな曲が中心。

前回の「おいしい葡萄の旅」でもそうだったけど、最近はサザンのメンバーもそうだけど、お客さんの年齢も上がってきている。だけど、ライブ時間今回も3時間30分、曲数も相変わらず多い。
最初から飛ばすと、みんな最後にグロッキー・・・にもなりかねない・・んだろうね。 前回の「おいしい葡萄の旅」もそうだったけど、前半戦は「イケイケドンドン」というよりも、ミディアムスローな比較的落ち着いた曲が多くなってきている。

コトバ遊びが巧みでかつ、「和」のテイストが怪しげな雰囲気を醸し出す

「古戦場で濡れん坊は昭和のHero」 
「JAPANEGGAE」 

60年代のフランスシャンソンの香りが漂い、ファンの間では根強い人気の

「慕情」 

もろスパニッシュ、フラメンコギターが曲を盛り上げる

「赤い炎の女」 

など80年代、90年代のアルバムからの曲が中心。 
曲調は、和テイストが強いもの、ヨーロッパの匂いが強いもの・・と幅広い。 いかにサザンの守備範囲が広いのか、改めて確認できる。
ただ、そんな世界のサウンドを使いつつ、詞は日本語を強調した曲。 そんな曲が前半に多かったですね。

ダブルミーニング。

一つのコトバで二つの意味がとれるような歌詞ですね。 強制的な当て字ではあったけどもそんなダブルミーニングを多用した曲が、80年代中盤のアルバムには多かったんだけども、今回はそういうダブルミーニングではなく、純粋に日本語の良さを前面に出したアルバム曲が、ライブ前半戦には多かった。
これは今回の特徴の一つだったと思う。

もう一つの特徴は、ライブではめちやくちゃ久しぶりに演奏した曲も多かった事。

アンコール最後の「旅姿六人衆」がライブでは20年ぶりの演奏・・と言うネットニュースが流れたが、今回中盤で演った「HAIR」は、ライブでは20年以上ぶりじゃなかったか。

LIVE FANSでの過去のセットリストを遡って行くと、この曲が収録された1992年の「世に万葉の花が咲くなり」リリースの年末ツアー「歌う日本シリーズ1992-1993」以来、約27年ぶりで演奏されたと思うんだが、いかがだろうか。

サイケデリック色が強い「世に万葉の花が咲くなり」の中でも最もサイケの色合いが濃いこの曲。
CDを聴くと、思わずドラックを浴びた後の幻覚のような(というか、ワタシはクスリはやった事が無いんで、あくまでイメージ)世界。

予めLIVE FANSで、今回のライブセットリストを予習していたワタシは、一体どんな世界を演奏するんだろう・・・と楽しみだった。

予想外だった。宇宙に飛び出した星空間を漂うような映像演出。 確かに演奏自体は原曲に沿ったアレンジでしたが、この映像演出によって原曲では感じられなかった壮大なイメージが場内を漂う。

星空間を漂うようなこの演出は、きっと、40年の時を超えると言う意味もあったんだろうな。
そんな演出に、この曲は最適だったと思う。 27年ぶりでこの曲を演った意味を感じた選曲だった思いますね。

「HAIR」の後は、後半戦。あとは、最後に向かって、アッパーな曲のヒットストリーム。 のって行きますよ〜。

・・ってな具合で、周りを気にせずにノリノリなワタシがいたりして。。

特に、参戦ライブでは初めて聴くこととなった

「DJ・コービーの伝説」 
「わすれじのレイドバック」
「思い過ごしも恋のうち」

にゃ、我を忘れて歌っているワタシがいたりして。。。

特に「思い過ごしも恋のうち」なんて期せずして・・・だったよなぁ。 まさか、ココに来てこの曲が聴けるとは思えなかったし。 40年前のベストテンの光景が脳裏に浮かぶ。
一昨日(7/13)の東京FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」でも、桑田氏自身この曲が一番楽しかったってのたもうておりましたしね。

兎も角、今回のライブ、ディープなサザンファンには、最近のライブではあまり聴けなかった曲もふんだんに演ってくれ満足じゃ無かったか。
 いや、 サザンファンを続けて40年のワタシにゃ、ツボに嵌まったセットリストで満足だった。

ただね、反面、幅広い年代のマニアックなアルバム曲が多かった今回は、ライトなサザンファンにはちょっときつかったのではないか。 特に2000年以降にファンになった若いサザンファンにはどうだったんだろう。

帰りがけにまわりからは「TSUNAMI」やらなかったし〜 などなど2000年代の曲をもっと演って欲しかった風な
声も割りかし聴こえたりした。
それと、自分のまわりの盛り上がりも、今一つだった気がする。
スタンドだったからかもしれないけど、アリーナでは当然スタンディングでノリノリに盛り上がっていた後半の曲でも、ワタシのまわりでは、スタンディングしてるヒトも少なく、意外と冷静に見てるヒトが多かった印象が強い。

知らない曲だったからなのか、年齢的だからなのか、分からないけど、折角のライブなのになぁ・・なんて、ワタシは思ったり。 キニなった点ですね。


それよりなにより、今回のライブでキニなる事が一つあった。

それは、アンコール最後の「旅姿六人衆」の事だ。 
1曲前が「勝手にシンドバッド」。金色、銀色のテープが飛び交い、当然のことながらライブの盛り上がりは最高潮  

でもね、「〜シンドバッド」が終わった途端、 「ライブ終了」とばかり多くのヒトたちが帰り支度を始め、ワタシの脇の階段は出口へ向かう人たちで渋滞となった。

おいおい、まだライブ終わってねーぞ。 まだ1曲あるじゃんか。。。
しかもライブでは20年ぶりで演る「旅姿六人衆」だぞ。

確かに、アンコールの最後前に席を絶つ人は、他のライブでも全くない事はない。交通事情など、それぞれの方で事情はあるだろう。

でも、最後の曲が終わる前に、ここまで多人数、席を立ち、出口に向かうヒトで渋滞状態になったライブは、少なくともワンマンライブでは初めてだ。

ある意味、この曲をこのライブの目玉、聴きたいと思って楽しみにしていたワタシは、ちょっと幻滅な気分となった。

結局は、「〜シンドバッド」さえ聴ければ、満足だった方がそれだけ多かったって事なのか。

いや、たしかに、それを考えると、ライブ後半の、ノリがいい曲でもスタンディングせずに、意外と冷静に見てるヒトが多かった事もある程度理解できる。 結局は、ライトなファンが多かったと言う事なのか。

ただ、今回のライブを見にココまで来るのに、チケットを手に入れる事自体大変だった事、前日体調不良だった事など、いろいろ試練があってのライブ参戦にこぎつけたワタシにとっては、ちょっと信じがたい光景だった。
きっと、みんな大変な思いでここまで来たと思ってからさ。 みんなアンコール最後の曲まで堪能するものだと思っていた。
そう言う意味では、ちょっと後味が悪い思いを最後の最後で見せつけられたような気がしたんだよね。

たしかに野外フェスではよく見られる光景ではある。 でも、出入り自由の野外フェスと、ドームという巨大会場であるとは言えワンマンライブとでは、観戦マナーの違いはあると思うんだよね。
昨今のフェスブームで、多くのヒトたちにフェスでの観戦ルールが普通になったって事なんだろうか。

これは札幌ドームのこの日だけの光景だったんだろうか。他の会場でも見られたんだろうか。ちょっとキニなった光景で終了した、今回のサザンライブと相成った訳です。


【サザンオールスターズ@ 札幌ドーム 2019.6.8 セットリスト 】

1.  東京VICTORY    (2014年シングル)
2.  壮年JUMP (2018年 配信シングル)
3.  希望の轍 (1990年 アルバム「稲村ジェーン」より)
4.  闘う戦士たちへ愛を込めて (2018年 配信シングル)
5.  SAUDADE〜真冬の蜃気楼〜(1998年 アルバム「さくら」より)
6.  彩 〜Aja〜 (2004年 シングル)
7.  神の島遥か国 (2005年 「BOHBO No.5」C/W)
8.  青春番外地 (2015年 アルバム「葡萄」より)
9.  欲しくて欲しくてたまらない (1985年 アルバム「kamakura」より)
10. Moon Light Lover (1996年 アルバム「Young Love」より)
11. 赤い炎の女 (1983年 アルバム「綺麗」より)
12. 北鎌倉の想い出 (2018年 原坊ソロ)
13. 古戦場で濡れん坊は昭和のHero (1985年 アルバム「kamakura」より)
14. JAPANEGGAE (1984年 アルバム「人気者で行こう」より)
15. 女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)  (1989年シングル)
16. 慕情 (1992年 アルバム「世に万葉の花が咲くなり」より)
17. 愛はスローにちょっとずつ(新曲)
18. ゆけ!!力道山 (1993年 「クリスマス・ラブ」C/W)
19  CRY 哀 CRY (1998年 アルバム「さくら」より)
20. HAIR  (1992年 アルバム「世に万葉の花が咲くなり」より)
21. 当って砕けろ (1978年 「勝手にシンドバッド」C/W)
22. 東京シャッフル (1983年シングル)
23. DJ・コービーの伝説 (1982年 アルバム「NUDEMAN」より)
24. わすれじのレイド・バック (1980年シングル)
25. 思い過ごしも恋のうち (1979年シングル)
26. はっぴいえんど (2015年 アルバム「葡萄」より)
27. シュラバ☆ラ☆バンバ  (1992年シングル)
28. マチルダBABY (1983年 アルバム「綺麗」より)
29. ミス・ブランニュー・デイ (1984年シングル)
30. イエローマン 〜星の王子様〜 (1999年シングル)
31. マンピーのG★SPOT (1995年シングル)
 
アンコール 
1.  I AM YOUR SINGER (2008年シングル)
2.  LOVE AFFAIR〜秘密のデート (1998年シングル)
3.  栄光の男  (2013年 「ピースとハイライト」C/W)
4.  勝手にシンドバッド (1978年シングル デビュー曲)
5.  旅姿六人衆(旅姿四十周年)  (1983年 アルバム「綺麗」より)
 

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MOMOKO / 近藤真彦

1982_07_ハイティーンブギ_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「MOMOKO」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル      MOMOKO
・アーティスト    近藤真彦
・作詞        松本隆
・作曲        山下達郎
・編曲        山下達郎
・リリース日    1982年6月30日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 −位
・売り上げ枚数  −位
・THE HITCHART HOT30最高位 −位
・タイアップ:映画「ハイティーン・ブギ」挿入曲
※シングル「ハイティーン・ブギ」片面

今週はジャニーズ事務所「総帥」のジャニー喜多川氏の死去と言うニュースが、各ワイドショーのみならず一般のニュースにも広く報道された1週間でしたわな。
年齢的にもそうだし、先月くも膜下出血で倒れたという報道からも、もしかしたら・・・と言う予感が高まっていた訳ではあるんだけども、いざ来てみると、その存在の巨大さに改めて気づかされた1週間でもあったな。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。

そういうこともあり、今回の1曲セレクトもジャニーズの曲を外すけにゃ行けないだろ・・と言う思いがあり、真っさいに浮かんだ曲がこの曲だったんだな。

まっち先生の「MOMOKO」

この曲覚えてる方ってどのくらいいるだろ? 昔、まっち先生のファンだった方は当然知ってるかな?

そう、シングル「ハイティーン・ブギ」の片面だった曲ですね。 当時まっち先生が主演した、たのきん映画第4弾「ハイティーン・ブギ」の挿入曲。 まっち先生演じる主人公「翔」の相手役 「桃子」を歌った曲ですわ。

なぜ、この曲が真っ先に浮かんだのか

もちろん、タイトル曲の「ハイティーン・ブギ」が丁度今頃のヒットだった事も大きい。
けど、それ以上に大きいのは、今年のこの夏の天候不順なんだよな。 

これは昔、「表題曲」の「ハイティーン・ブギ」書いた時にも触れた事なんだけども、この曲がリリースされた1982年夏ってさあ、今年同様、天候不順な夏で、気温が低く、雨の日が多かったんだよ。
典型的な「冷夏」な夏だった訳で。

あの時と同じような天気が続く、ここ暫くの天気。 今日も同じような天気か続いている訳で。。
今頃の雨の日の日曜日というと、どうしてもあの1982年の夏とオーバーラップしてしまう。
その時決まって耳の奥から聴こえてくるのは、この「MOMOKO」だったするんだよ。

そんな天候不順だった1982年夏を彷彿させるこの曲は、文字通り「珠玉のバラード」と言ってもおかしくないような、名曲なんだよね。
山下達郎氏が紡ぎたす、名バラードが、決してウマくない、まっち先生の歌唱を包み込むって言いましょうかねぇ。

今聴いても、到底、当時のアイドルの曲の範疇を超えてるような本格的なバラードだもんね。

http://yamashitatatsuro.blog78.fc2.com/blog-entry-218.html?sp

によると、演奏メンバーは

・G. 山下達郎
・B. 伊藤広規
・Dr . 青山純
・Key. 難波弘之

とある。

もろ当時の「達郎バンド」のメンバーやん。。。 そりゃ、アイドル曲の範疇を超えてるクオリティだよな。。
いや、82年当時の水準で言えば・・・の話だけど。
これが80年代も中盤を過ぎると、これが「デフォルト」になる。 例えば86年の中森明菜の「DESIRE」なんかもこの系統人脈のレコーディングだったはずだ。

イントロの優しい、フェンダーローズの音色からして、これはちょっと違うと思わせてくれる。 当時アイドルの曲で、これだけフェンダーローズが前面に出てる曲ってあんまりなかったし。
どちらかというと、70年代と言う時代を彷彿させる様なニューミュージック系アーティストの必須アイテムだった。

つまり、匂いは完全にニューミュージックなんだよね。  そもそもテンション系コードをふんだんに使ったコード進行からして、アイドル曲というよりニューミュージックそのものなんだけどさ
テンションコードに 前年の寺尾聰氏のミリオンセラーアルバム「Refrections」で多用され、耳の奥に刻む込まれていた世界が、この曲でも展開されてるんだよな。

それにも増して耳が行ってしまうのは、間奏部の達郎氏直々の、泣きのギターソロ。
これがめっちゃブルージーなのよ。

正直、今聴くと「すげぇ」って驚嘆するようなプレイでは決してない。(もしかして本人が一番分かってたりして。。)
今剛氏や、矢島賢氏の方が、もっと確実性のあるギターソロだったかもしれない。
現に、表題曲の「ハイティーン・ブギ」のギターソロは、矢島賢氏がプレイしてたりする。
でも、味があるんだよな。少なくとも、ワタシにはあの時の沈んだ心模様にはマッチする。

そう、1982年夏っていうのは、個人的にもさらに特殊な環境の夏で。 つまりは1982年の7月の頭に福島から千葉に越してきたっていう、大きな環境変化があった夏でもあったんだよね。

今だからカミングアウト出来る事だけど、あの年は本当に辛かったんだよ。 友達も全然いないし、自分をアピールしようと思っても全然理解してもらえず友達も出来ない。所詮はよそ者扱いに過ぎなかったんだよ。
孤独だった。ずっと福島に帰りたいってばかり思ってた夏だった。

そんな個人的に辛い時期だっただけに、この曲の達郎氏の泣きのギターソロには、ひときわグッとこみ上げるものがあったし、それは今でも変わらない。


それ以前に、そもそもこの曲を知ったきっかけは、月刊明星付録の「ヤンソン」に楽譜付きで載ったからなんだよな。
「ハイティーン・ブギ」の「片面」ということは通常B面なわけで、あまり世間一般には表に出てこない。
ただ、この曲は「両A面」扱いだったんだよね。 
まあ、「ハイブギ」人気と相まって、ヤンソン側も譜面付きで載せたんだろうけど、そうじゃなきゃ今頃完全に死角に入っちゃってただろうな。 今となっては感謝ですね。


 


ところで、当時、「たのきん映画」って好きでさ、第3弾の「グッドラックLOVE」まで、全部映画館で見たんだけど、この「ハイブギ」から見なくなっちゃったんだよな。
 この作品については、もう見なくてもどうでもいいとは思わなかったけど、やっぱ引っ越したばっかってことが大きかったんだよな。 千葉の事、全然分かんなかったし。

今になって、当時の配給収入を調べたりすると、この「ハイティーン・ブギ」、1982年度の邦画配給収入は18億で、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」について2位だったんだねぇ。

http://www.eiren.org/toukei/1982.html

どうやら一連の「たのきん」映画の中では一番ヒットした作品だったらしいんだよね。


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