かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年07月

夏の雫 / 三田寛子

1982_07_夏の雫_三田寛子


今回の1曲セレクトは、「夏の雫」三田寛子です。

まずはデータです。

・タイトル     夏の雫
・アーティスト   三田寛子
・作詞       阿木耀子
・作曲       井上陽水
・編曲       坂本龍一
・リリース日    1982年7月7日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 28位
・売上げ枚数   6.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 25位

 昨日に引き続き、またまた変な時間に書いてる1曲セレクトどぇす。。。 なんかこの先 土日はこんな感じで「早朝」に書くのが日課になりそうな予感がするけど。。。。
 通常は夜、眠い頭の中書くんだけども、時間的な余裕があれば朝書いた方が頭もシャキッとしてるんで書きやすいって事もありますけどね。

さてさて、ここんところ、全体的にアイドルに偏ってるよなっていうのは否めないんだけども、そう言っておいて、今回も「アイドル」です。

三田寛子「夏の雫」

1曲セレクトもたまにヘンな曲を持ってきたくなるんだけど、この曲もそんな「ヘン」な曲に入るような曲ですかねぇ。
 リリースは、1982年7月。 この年の3月に以前書いた「駆けてきた処女」でデビューした三田寛子さんのデビュー第2弾シングル。
つまりは「花の82年組」というわけなんですが、この曲が今一つパッとしなかったんだよなぁ。

以前も書いたように、このヒト、デヒュー時は、数多くいた82年デビュー組の中でも、期待度も実績も、松本伊代に続く二番手だったんだよね。まあ、今考えると「意外」かもしれないけど・・・。
 そそそ同じ日にデビューしたキョンキョンよりも堀ちえみよりも「上」だったんですよ。

でも・・・・。 この曲で早くも躓いちゃいましたね。。。

デビュー時、三田寛子よりも「下」と見られていた、キョンキョンも堀ちえみも、夏にリリースした第2弾シングルは、軒並みデビュー曲を上回り、「人気」と言う点でもこの時点では完全に、三田寛子さんを抜いちゃってましたもんね。
 
なぜ、伸び悩んだかと言えば・・・・うーん、やっぱり、このヒトが本来持ってたキャラクターとのギャップがあったんじゃないのかなぁ・・・なんて思ったりして。
 このヒト、パッと見のルックスが今一つ「華やか」じゃなかったぢゃない どちらかと言えば陰がある顔立ちだったし・・・。そのあたりからなのか、この曲のジャケ写のように。少し大人っぽい「妖艶」なイメージに持って行ってしまった・・・というのが、ギャップの始まりだったかもしれないな。

少し陰がある・・・って言うイメージから山口百恵アゲイン・・・な雰囲気になってしまった感もあるし。
まあ、その辺は、当時三田寛子のディレクターだった酒井政利氏のイメージだったのかもしれないけど・・・。
デビュー曲に続き、この曲でも、作詞が阿木耀子女史を起用したのもその表れかもしれないけどね。

だからね、後年、「笑っていいとも」で見せてたような、おとぼけ「天然キャラ」っていうのを、この当時から作り手が見抜けていていれば、もう少し違った展開になっていたかもしれないな。

ところでさ、この曲で、まず目が行ってしまうのが作家陣だよなぁ。

・作詞 阿木耀子
・作曲 井上陽水
・編曲 坂本龍一

超豪華・・・というまえに、うわっ、めちやくちゃ濃いメンバーやん・・・・ って言うのが先に立ってしまったりして 
 作詞 阿木耀子、作曲 井上陽水っていうのは、前曲「駆けてきた乙女」がそこそこ成功したんで引き続き・・・って言うのはわかるんだけども、なぜにアレンジが坂本教授やねん ・・・って感じで。
超濃いメンバーでしたよね。 

でもね、実際に濃い曲なんですわこれが。  

デビュー曲「駆けてきた処女」は、作詞、阿木耀子、作曲 井上陽水・・・にしては、わりかし「まとも」なイメージで、このヒトたちの個性が、今一つ感じられなかったんだけども、この曲では、それぞれの個性が弾けちゃってる・・・というか・・・。 ま、良く言えば・・・・と言うところなんだけども。

特に、井上陽水氏のメロディね。当時としては、まあ、難解なメロディなんだよな。

出だしは、まともなありがちなサビ。 ・・・かと思ったら、いきなりぶっ飛んだようなコミカルなAメロ。 かと、おもったら、サビの続きか・・・と思わせるまともなBメロ。 ・・・かと思ったら、少しトーンダウンしたようなCメロ。

一体、どんだけ展開が変わるのよ・・・。くらい目まぐるしく変わる展開。
うん、この曲のレビューを書いてる他のブログを読むと、この展開の変化を「転調」って書いてるヒトがいたけど、転調ではないんだよね、キーは、ずっとCmのままなんで。あくまで展開が目まぐるしく変化してるって事なんですわ。

井上陽水氏は、この曲とほぼ同時に、自身のシングル「リバーサイドホテル」をリリースしてるけど、この曲も精神分裂気味な難解な曲だったじゃん。 なんかね、そんな精神分裂気味な難解なメロディをそのまま、この曲にも持ちこんじゃってた・・・ような感じも受けてさ。。。

それに輪をかけてアレンジがね。 デビュー曲の「駆けてきた処女」はアレンジが萩田光雄氏っていうプロのアレンジャーだったこともあり、井上陽水氏のクセあるメロディを上手く調和していたところあったんだけども、この曲は坂本教授でしたからねぇ。
 調和どころか、井上氏のクセのあるメロディに負けてたまるか・・とばかり、これまたクセのあるアレンジに仕上げてたりして。。。
 ま、通常、これだけ展開が激しいメロディの場合、イメージがとっちらかり気味になるんだけど、シングルとしてそれなりにまとめてあるのは、流石は教授・・・なんても思う。

・・・・かと思えば、阿木女史の歌詞。Aメロ、Bメロは直接的な関連がなさそうでいて、共に自分と彼との事・・・ってのは分かるんだけども、Cメロで、それまで全く出てこなかったKumi and Rumi なんて「謎」の女性がいきなり登場したりして ぶっ飛んでるよなぁ・・・。
(いずれもイニシャルを外すと 「umi」⇒「海」となって、次の歌詞にある「海の少女」に掛ってるんだよね。って最近知ったんだけど。。。

・・・ってな具合で、三者三様、持ち味を存分に発揮した曲ではあるけど、「歌謡曲完全攻略ガイド」でもレビューされているように、濃すぎる牛乳は、逆に飲みづらい・・・ということで、売り上げも伸び悩んだんじゃないのかなぁ・・・なんて思う訳ですわね。

ただね、それは当時思ったことであり、そういうシガラミは一切なんにも考えずに、今、この曲を聴くと、 それはそれで面白い曲ではあったかも・・・なんて再認識されてくるような曲ではありますけどね。


そういえば、この曲もデビュー曲に引き続きいて「カルピスソーダ」のCM曲・・・だったような気がするんだけどな。。
そう思って、ネットで調べてみたけど、今一つ確証が出てこないんだよね。なんで割愛しました。


・・・ということで、実際の曲を紹介したかったんだけども。。。
うーん、この曲の動画はようつべに落ちてないなぁ。。。。

・・・かと思ったら、一応ニコ動にあった。。。。
↓コレ


ちなみに、この曲の次の曲は、「色づく街」っていう南沙織さんのカバーだったんだけども、個人的には、この曲、好きだったんだよね。
今は、オリジナルの南沙織さんバージョンを知ってしまったんで、ヘタだな・・・なんて思っちゃうけど、当時は知らなかったんでね。
筒美京平氏の色っぽいメロディがセクシーなんだよね。



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瞳に約束 / 渡辺美奈代

1986_07_瞳に約束_渡辺美奈代


今回の1曲セレクトは、「瞳に約束」渡辺美奈代です。

まずはデータでする。

・タイトル    瞳に約束
・アーティスト  渡辺美奈代
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月16日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 20.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月28日〜8月11日付

 本来なら、昨夜のうちに書きたかった1曲セレクトだけど、前回も書いたように疲労がピークでして、昨夜はとてもPCに向かう気にもなれず。。。。 早々に寝てしまったワタシですが、逆に早く目が覚めちまったんで、こんな時間に書いてたりします。。(現在午前6時前。。。。)   うーむ、やっぱ年取ったんだよな。以前だったら、休みの日は昼近くまで寝てた訳で、朝早く目が覚める・・・なんてさあ、考えられなかったもんなぁ。

・・・ということで、1曲セレクト。
 ここのところ、ちょこっとジャニーズ関係に偏っちゃったんで、今回は少し目先を変えて、おニャン子どえす。。。
なんか、あんまり目先のベクトルが変わんないけど。。。

渡辺美奈代「瞳に約束」

個人的には、渡辺美奈代の曲って、おニャン子時代よりも、作詞が秋元康氏ぢゃなくなってからの方が好きで、
例えば、ムーンライダースの鈴木慶一氏がプロデュースしてた頃の曲とかさ、そちらのめぼしい曲はこれまでも書いては来てたんだけどね。
今回は正攻法、まだ、おニャン子時代の、ソロデビュー曲ですわ。

おニャン子の頃の曲のこのヒトの曲をあんまり書いてこなかったのは、以前も書いたように86年4月以降、一転して「アンチ」おニャン子となった身としては、意識的におニャン子関係の曲を聴いてなかった・・・ってのもある。
けど、まあ、これはタテマエかなぁ。
 本音を言うと、この曲の少しあと、例のTBS vs フジテレビ って言うのがあっておニャン子関係がベストテンに出演しなくなったっていうのが大きんだよな。

中学生時代は、週末ラジオのベストテン番組をむさぼり聴いてたワタシだけど、高校に入ると、そんなラジオ熱もぱったりおさまってしまい、ウタの情報源は「ベストテン」頼りになっちゃってたからさあ。
 だから、ベストテンに出演しなかった、おニャン子関連の曲は、正直86年の夏を境に、ベストテン出演解禁となった87年の春まで、若干の曲以外はほとんど知らないんだわ

無論、平日部活をやってたんで、「夕ニャン」なぞ見る訳もなく。。。。

だからね、この曲くらいまでかなぁ。まともに聴いてたのは。 

悪い曲ではないと思った。逆に言えば、特段良い曲とも思わなかったんだけど。。。。

当時の基準から言えば、「最新」というサウンドではなくアナクロなんだよね。
イントロは60年代のベンチャーズ and G.S風エレキサウンドだし、メロディにしたって70年代フォークっぽかったしな。例えば「岬めぐり」とか・・・あの当たりのイメージ。

ただ、毒は無かったよね。 これまでも何回か書いてきたように、この頃になると、おニャン子から派生したソロとか、グループの曲って「毒気」がある曲があったからなぁ。

おニャン子関連としては、まともなくらいまともな「80年代アイドル」の曲だったよな。
簡単でキャッチーなメロディにフリフリ衣装、全くの正攻法。

ま、だからよかったんだけどさ。安心感があったじゃん。 また、イロモノかよ・・・なんて構える必要もなかったわけで。
曲を聴くときって結構いろいろ考えながて聴く事って多いんだよね。少なくとも生理的にツマンねぇとか、フィットするとか・・・は感じるじゃん。 それに加えて面白いメロディだなとか、これは新鮮だよなとか、直感で感じるわけじゃん。そこから政治的な事とか、世論的な事とか、これはどのくらい売れそう・・・とかいろいろ考えちゃったりするんだけどさ。

 この曲は、聴いててなーんも考えなかった。 ・・・というか考えられなかった・・・というか。 そう言う安心感はあったんだよな。

とりあえず、耳に入ってくる「歌詞」から浮かんでくる情景をそのまま追っていくだけで良し・・・というかね。

例えば ♪ 夏の終わりの草原 今 あなたと二人きり〜 ♪ とか♪ 淡いブルーのサマーセーター〜 ♪ とか、そのまま浮かんでくるシチュエーションを追っていけば間違いないわけじゃん。
聴いてて楽なんですよね。

反面、政治的な事とか、世論の事とか、男女の深い人間関係とか、歌詞の行間から感じることはあんまりなかった訳で、その分曲に深みはなかったよね。表面的なお気楽さ・・・ということが第一で。

おニャン子関連の曲の功罪っていろいろあると思うんだけど、一番の「罪」は、こんな感じで「深み」のある曲を、少なくともヒットチャート上から無くした事だろうな。
それは、おニャン子だけでなく、特に80年代後半以降のアイドル曲全般に言える事なんだけどさ。
まあ、アイドルの曲にそこまで求めるってのも酷な話かもしれないけど。。。。



スミマセン、音がめちゃくちゃ悪いデス。。。。
でも、ウタよりも美奈代さん自身が映ってればいいんだよね、アイドルの曲は。
ハイ、ポニーテールな美奈代さんでした。  くっそ〜かわいいやんけ。
丁度30年前。 このヒト、1969生まれでワタシと同い年なんだよな。
当時17才になる直前ですね。

で、もってあれから30年。



未だにこの曲を歌ってる 46才の美奈代女史でした。。。
・・・つか、これは、先日のデビュー30周年ライブの映像ですな。
きっと、手前で「美奈代コール」を送ってる輩は、ワタシと同年代・・・のはず。。。

うーむ、あんまり変わってない・・・なんて思ってたけど、こう比較してみると、やっぱり30年の月日の流れは大きいかなぁ。
まあ、同い年でももっと「おばちゃん」になっちゃったヒトはいっぱいいるけど。。。。(爆)

それよりも30年もよくやってきたよなぁ。その間出て来ては消えてったアイドルは数知れず。
少なくとも↑の17才の時点で、この後30年もゲーノー界に残っているなんて全く考えても無かったよな。


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アッパレ!フジヤマ / シブがき隊

1984_07_アッパレ!フジヤマ_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「アッパレ!フジヤマ」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    アッパレ!フジヤマ
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      売野雅勇
・作曲      井上大輔
・編曲      佐藤準
・リリース日   1984年7月7日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 17.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1984年7月16日〜7月30日付

ボヤッキー・・・・もとい、グロッキー
本日は仕事がキツカッタわい・・・・。なので、本当は1曲セレクト書かないで寝ちゃおうかなぁ・・・なんて所なんですが、ここ2日書いてなかったからなぁ。
 今までの傾向を見ても3日あけるとね、ちょっとアクセス数にも変化が出来るんで、ここは一つ体に鞭打って、PCに向かってたりします。。

でもね、いろいろ調べたりするのはちょっとご勘弁・・って感じなんで、「直感」的にかける80年代の曲を持って来ちゃいました。
 本当は、70年代の曲とか持って来たかったんだけどねぇ、70年代とか60年代は、それほどヒット曲に深入りしてなかった分、書く前にいろいろと調べなきゃいけないんでさあ。。その点、80年代は、ほとんど「惰性」で書けるからなぁ。 

・・・とブツブツ言いながら引っ張ってきた曲。

シブがき隊 「アッパレ!フジヤマ」

うーむ、最近、ジャニーズ付いてる1曲セレクトですが、今回もジャニーズで行かせてくだされ。
・・・というか、シブがき隊なんて、なんか久しぶりに書き様な気がするなぁ。 まあ、「代表曲」と言える曲は、すでに大体書いちゃってましたからね。

今回ひっぱってきた「アッパレ!フジヤマ」は、1984年の今頃のヒット。

そうそう、ちょうど、「ロスアンゼルス五輪」開催されてた頃だ・・・。あ、いや、今ちょこっとネットで調べたら、開幕が1984年7月28日になってるから、丁度32年前だ。
あの、インパクトのあるオリンピックファンファーレが鳴り響いた日から32年かぁ〜。
 今年もオリンピックイヤーだからね。なんか相性がいいかな・・・と思って引っ張ってきたってのもある(←こじ付け)

とろこで、毎回、これでもか・・ってぐらいインパクトの強い曲をリリースし続けたシブがき隊だけど、その中でも、今回の「アッパレ!フジヤマ」が最強だったんじゃないかなぁ。
 インパクトというか、アクが強いっつうか、音の密度が濃い・・・というか・・・。 当時、中学3年で、どんな音楽でもいらっし〜い・・・ってくらい音に強かったワタシでさえ、この曲は「ヘヴィ」だったんだよな。
よく「ヘヴィメタ歌謡」とか、言われてたシブがきだけど、これは、ヘヴィメタ・・・というよりは、超濃厚牛乳・・・というかねぇ、単に音の密度が高すぎ・・・って感じだったんだよな。

流石にこれはやり過ぎだよな・・・・なんてぇのは、新曲の段階で初めて、この曲を聴いた時感じたことだたよなぁ。

案の定、オリコンでの初動順位3位っていのうは、まずまずだったけど続かなかったよね。僅か3週でベストテンからダウン。
売り上げも17万枚止まりと、この曲から20万枚に届かなくなったんだよな。
ヘヴィメタぶりもエスカレートし過ぎるとただの「重い音」って感じだったんだよな。 

ただね。流石にこの先、この路線に行き場はない・・・とおもったのか、次の「べらんめぇ伊達男」から、少し方向転換したシブがきだけど、正直、この路線変更も成功だったとは言えなかったしな・・・。
ネタぎれ気味のシブがきでしたよね、この頃から。

ただ、薬丸氏は、この売り上げダウンを、チェッカーズに人気を取られた・・・と感じたらしく、チェッカーズには対抗意識を持っていたらしいですけどね。



ネタぎれっていうのは、メロディにも出てきてたりするんだよね。
サウンドは重くなったけど、メロディラインは、それまでの「シブがき」だよね。って感じだったりしてね。
それほど新しいところってないんだよな。
サビの ♪ アッパレ アッパレ〜♪ って変拍子になる所くらいかなぁ。ちょっと変わってたなって言うところは。


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さよならイエスタディ / TUBE

1991_07_さよならイエスタディ_チューブ

今回の1曲セレクトは、「さよならイエスタディ」TUBEです。

まずはデータです。

・タイトル    さよならイエスタディ
・アーティスト  TUBE
・作詞      前田亘輝
・作曲      春畑道哉
・編曲      TUBE
・リリース日   1991年7月1日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  57.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月7日
・タイアップ:コニカ「撮りっきりコニカ」CM曲

 さて、今回の1曲セレクトも「夏」っぽい曲を持って来ましょうかねぇ。
ただ、ここ数日関東地方は、あんまりぱっとしない天気が続いており、思いっきり「夏」!っていう感じは、今んところしてないんだけどね。なんせ、まだ「梅雨」明けてないし。。。。

そんな訳で、今回は夏っぽいけど、「太陽サンサン」っていう感じの曲ではない曲を。。。。

TUBE「さよならイエスタディ」。

少し前に頻繁にTUBEの曲を書いてたんだけど、少しインターバルを置いたんでTUBE祭り第2弾・・・ってところかなぁ、また少し頻繁に書くような予感。

まあ、長年ヒットチャートを見て来ている方には常識だろうけど、90年代入ってからTUBEって夏場に2枚のシングルを出すようになったんだよね。
 80年代は、「初夏」に1枚出して、それを夏まで引っ張る形だったけど、90年代に入ってからは、5月頃に1枚、ミディアムテンポの曲をリリースし、7月の初めに「夏本番」のアップチューンをリリース・・・ってのがパターンになったんだよね。

90年代でも例外だったのが、1990年で、この年だけは5月21日に「あー夏休み」、1枚だけをリリースだったな。
だから、上に書いたようなパターンになったのが、今回引っ張ってきた「さよならイエスタディ」をリリースした1991年からでしたね。

この年は5月に「夏だね」っていうミディアムテンポの曲をリリース。 ただね、この「夏だね」は、個人的には今一つだったんだよなぁ。「こんな大人しい曲でひと夏を過ごすのか」みたいなことを思って記憶があるなぁ。

だからね、この「さよならイエスタディ」をリリースしてきた時は、「やっぱこうじやなくちゃ」なんて気分になったもんだよなぁ。
 しかも曲調がね、それまでのTUBEには見られなかったような「ラテン」調だったしさ。これが如何にも夏っぽいんだよね。
 一歩間違えると、リズム歌謡になっちまいそうな、ダサイ曲調でさ。でも、だから良かったんだけどね。 

前年の「あー夏休み」も一歩間違えると歌謡曲になっちゃいそうなダサい歌詞内容が、如何にも「日本の夏」を思い起こしてくれたけど、この曲は、それよりもエスカレートしてたもんなぁ。

ダサいことがカッコイイ・・・もしかするとそんな時代だったのかもしれないな、あの年は。
その前にTUBEってヒトたちも、何年かのキャリアを重ねて自分たちのポジションがはっきり分かった来たのかもしれないよね。ダサいギリギリのラインがTUBEのスタイルってことがさ。
リズムはラテンだけども、向こうの匂いよりも、土着的な歌謡曲ギリギリのラインっていうスタイルだよね。

この曲、爆発的なヒットではなかったんだけども、かなりのロングヒットになったのは、結局さ、そんな土着的な匂いの所が受けたんだろうね。

ロングヒットと言えば、ちょうど、この曲がヒットしてた頃ってさあ、ほとんどの曲がロングヒットだったんだよな。
1991年って、今から思えば特異的な年だったよなぁ。
この曲と、槇原敬之の「どんなときも。」と、チャゲアスの「SAY YES」。 この年の夏の間、この3曲だけでベスト3が全く動かなかったんだもの。 今じゃ考えらにれない様なチャートアクションを展開した年でしたね。

まあ、カラオケブームの頂点でもあったんだけど、それだけあの年は「楽曲の年」だったんだろうね。

たださ、それにしては、売り上げはそれほどでもなかったんだよね。57.5万枚でしょ。個人的には、もっと売れてた様な感覚だったんだけどなぁ。
次の年92年の「ガラスのメモリーズ」の方が売れるんだけども、感覚的に逆だったような気がするんだよね。
それだけ、この曲はロングヒットしてたんだよなぁ。

あとは、「撮りっきりコニカ」のCMかなぁ
↓ コレ


山口弘美さんかわいかったな。
フィルム撮り終わったら、このままカメラ屋に持ってって現像・・・っていうお手軽カメラでしたね。
デジカメが当たり前になった今では、すっかり忘れられた商品だけどさ。






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ダイヤモンド・アイズ / 少年隊

1986_07_ダイヤモンドアイズ_少年隊


今回の1曲セレクトは、「ダイヤモンド・アイズ」少年隊です。

まずはデータです。

・タイトル    ダイヤモンド・アイズ
・アーティスト 少年隊
・作詞      川田多摩喜 神田エミ
・作曲      長沢ヒロ 
・編曲      戸塚修
・リリース日  1986年7月7日
・発売元    ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 14.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月21日〜8月4日付

 長年ヒットを飛ばしているアーティストでも、時にはこの曲は一体なんだったんだろう なんて思う曲が良くあるんだよな。
 例えば、昨日書いたトシちゃんの「キミに決定!」なんかはその部類かもしれないな。 ただ、「キミに決定!」の場合は予想外に売れなかった・・・ってところもあると思うんで、まだ、その感じは薄いかもしれない。
うん、それ以上に「一体なんだったんだ」って思う曲が、ジャニーズにはあったんだよね。
今回は、そんな曲をセレクト

少年隊 「ダイヤモンド・アイズ」

うーむ、もしかして「なにそれ?」っなんて思うヒトも多いかもなぁ。
この曲、「デカメロン伝説」に続く、少年隊のデビュー3作目のシングルなんだけど、なにせ「あっ」と言う間にチャートを転げ落ちましたからねぇ。

 いや、ホント「あっ」というまですわ。オリコンでは初登場1位をとったものの、僅か2週でベストテン内から転落。
まあ、今のチャートではそんな動きが当たり前なんで、今のチャートに慣れている方には「フツウ」に映るかもしれないし、1986年当時も「おニャン子」の影響もあり、毎週首位が入れ替わる「猫の目」チャートではあったんだけど・・・。

 それにしても少年隊ほどのビッグアーティストでも、こんなチャートアクションになっちゃうんだ・・・っていうのは、全く予想外だったんだよな。
 少なくともさ、「ザ・ベストテン」ではデビュー曲「仮面舞踏会」が6週、前作「デカメロン伝説」では5週、1位獲得・・と、当時としてはロングヒットを続いていたからさ、少年隊って。

一体なんで、こうなっちゃったのか・・・  

まあ、やっぱり曲の出来だったんだろうな。

出だしサビの ♪ JAJA馬 JAJA馬〜 ♪ っていうフレーズは、なんか目新しかったしキャッチーだったんだけども、それに続く、Aメロ、Bメロが弱いんだよね。 ゴチャついててすっきりしてない。だからさあ、こちらに迫ってこないんだよな。だから、余計に分かりにくい曲になっちゃっているんだよね。
 簡単に言えば、シングル向きの曲じゃないんだよね。 シングルってもっと分かりやすくてキャッチーじゃなきゃね。
 例えば、アルバムの中では、尖がった存在の曲ってあるじゃない でも、それがシングル向きかと言えば、必ずしもそうじゃない訳でさ。 この曲はそんな感じの曲なんだよな。

 そもそも、なぜに、前作まで作曲だった筒美京平氏を外し、突然、長沢ヒロ氏の曲を持ってきたのか・・・っていうのもよく分かんなかったしさ。
 まあ、曲のコンペでは、この曲の方が良かった・・・っていう判断だったんだろうけどね。でも、失敗だったよな。
それとも、この曲は「臨発」的な実験曲だったのかなぁ。 でも、リリースパターンからすれば、前曲「デカメロン伝説」のリリースが3月24日で、約3ヶ月のインターバルでこの曲だったから、ローテーションの曲だったはずなんだけどね。 
結局は、この曲がリリースされた頃に上演されていた、ミュージカル「PLAYZONE MYSTERY」のための曲だった事なんでしょうかねぇ。
 でも、もし、そうだとしたら、そう言う曲を、「臨売」じゃなくローテーションシングルに入れちゃったのは、やっぱり失敗じゃなかったんじゃないかなぁ。
 少年隊肝入りのミュージカルとはいえ、所詮は「固定ファン」のためのイベントであり、一般的じゃなかった訳だから、そう言う曲ならコアファンとか買わないだろうしね。

まあ、いずれにしろ、この曲があまりにも「売れなかった」こともありーの、その反省からなのか、次の「バラードのように眠れ」から筒美京平氏作曲に戻ったんだね、 作詞 松本隆、編曲 馬飼野康二・・・という、当時のヒット曲請負人とも呼べる、超ゴールデントリオによる「ユーロビート歌謡」で立て直しを図る訳なんだけどね。
でも、結局はそれが功を奏し、その後の少年隊があるんじゃないかなぁ。





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キミに決定! / 田原俊彦

1981_07_キミに決定!_田原俊彦


今回の1曲セレクトは、「キミに決定!」田原俊彦です。

まずはデータです。

・タイトル     キミに決定!
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       宮下智
・作曲       宮下智
・編曲       船山基紀
・リリース日    1981年7月1日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  33.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1981年7月13日〜8月24日付

夏休みが始まりましたね〜。「大人」なワタシからすれば羨ましいの局地ですな。
まあ、夏休みだからと言って特にやることも無いワタシは、1週間も休んだら、飽きちゃうかもしれないけど。。。
・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、「夏休み」と言って思い浮かぶ曲を引っ張って来ましょうか。

えー、トシちゃんの「キミに決定!」

この曲はねぇ、1981年の今頃のヒットですが、当時ワタシは小学6年。 そうですぇ、この曲を聴くと小学6年生の夏休みを真っ先にフラッシュバックして来ますねぇ。
フラッシュバックというか、あの年の夏休みの匂いがね、どこからともなく匂ってきたりして。

そういえば、毎週のように市民プールに行ってたよなぁ・・・とか、海に行ってたよなぁ・・・とか、魚採りしてたよなぁ・・とか、毎日「ガンダム」見てたよなぁ・・・とか(当時、ワタシが住んでた福島の福島テレビで「夏休みアニメ祭り」ってことで、毎日ガンダムを放送してたんだよね)
兎に角自由な夏休みだったのを覚えてるワ。
 小学6年というと、もしかすると中学受験を思い浮かべる方も居るかもしれないけど、なんせ田舎だったんでね、そういう「シガラミ」は一切無縁だったからなぁ。

そんな頃、頭の中でヘビーローテーションだったのが、この曲だったな。 うん、この曲と、まっち先生の「ブルージンズメモリー」

当時、たのきんがねぇ、好きだったんだよねぇ、ワタシ。

そう言えば、この夏休みに映画「ブルージンズメモリー」も見に行ったんだわ・・・。

あ、話がそれる。。。

とは言え、「ブルージンズメモリー」は、当時シングル盤かったんだけど、この曲は買わなかったんだよな。

まあ、当時のお小遣いでは、シングル盤700円ってのはでかかったんだよなぁ。たしか月に1000円位しか貰ってなかっから ・・・・手の事はある。
けど、その前に、この曲のシングル盤買うの、なんか気恥ずかしかったんだよな。

なんでかって言えば、やっぱり、この曲の曲調だよね。どうもねぇ、能天気感が満載だし、コドモっぽかったからなぁ・・・。

・・・なんて、当時充分に「コドモ」だったワタシが言うのも変だけど、でも、コドモかったワタシからしてみても、コドモっぽく感じたんだよね。
それに比べ、まっち先生の「ブルージンズメモリー」は「硬派」な感じがしたからさあ。
だから、この2枚のシングル盤では、まっち先生を選んだ・・・ような気がするなぁ。

でもね、必ずしもキライな和訳ではなかったんだけどね。

まあ、そんな能天気なコドモっぽさを感じたのは、ワタシだけではない訳で、当時のオリコンとか、月刊明星の読者投稿欄を見ると、「これでいいのか田原俊彦」論争が起こってたりね
 確かにデビュー曲の「哀愁でいと」は、硬派路線的な方向だったけど、2曲目の「ハッとして!GOOD」からこの方、ずっとこの曲のような「軟派」路線だったからねぇ。
 当初、「硬派」なトシちゃんが好きだった方から見れば、この路線は納得できなかったんだろうなぁ。
週刊誌でもこぞって、「硬派」⇒まっち VS 「軟派」⇒トシちゃん なんて構図を出してたしさあ。

そこへ持ってきて、一種「究極」なナンパ路線とも感じるこの曲が来た訳でさあ。

そんなトシちゃんの曲の傾向を表してか、デビュー曲の「哀愁でいと」では70万枚もあった売り上げが、第2弾の「ハッとして!GOOD」から下がり続け、この曲ではついに30万枚強、1年間で半分以下になっちゃったんだよね。
 まあ、当時の「ベストテン」とか見てる分には、なかなかその辺の実売売り上げの変化ってのは、見えてこなかったんだけどさ。うん、ベストテンでは相変わらず、高得点をゲットし上位に君臨してたからねぇ。
まあ、なかなか1位を取れないようにはなってたけど。。。。

それを見てとってか、次の「悲しみ2ヤング」では、一転して、マイナー系哀愁路線を持ってきた訳なんだけども、結局はこの判断が良かったんだろうね。売り上げも戻しましたからねぇ。
 というか、この「キミに決定!」が、ここまで評判悪い・・・ってのは予想外だったのか、「悲しみ2ヤング」は、「キミに決定!」から2カ月しかインターバルがなく「臨発」扱いでのリリースだったんだけどさ。

ま、「評判悪く・・・」ってのは、後付けの穿った見方なんだろうけどね。 なんせ、この年は、この後、映画「グッドラックLOVE」の主演が決まっており、その主題歌の「グッドラックLOVE」が10月に決まってたからなぁ。

・・・いや、まてよ、と言う事は、「悲しみ2ヤング」から「グッドラックLOVE」のインターバルは1カ月しかなく、「キミに決定」からからみれば、3か月後ということで、通常のリリースローテーションに当たるんだよな。

・・・・と言う事は、やっぱり「悲しみ2ヤング」の臨発は、この「キミに決定」の不人気から出たのかなぁ・・・

・・・・などなど、いろいろと考えを起こさせてくれるような、底抜けに能天気な「キミに決定!」でしたわね。



えー、ベストテンからの映像だけど、何回もダビングしているらしく音が悪いのは、ちょっとメンゴ。

ところで、この間仕事で、PEREZ PRADOの著作権調査してたら、「あれ?」って思ったんだよな。曲はわすれちゃったけど、この「キミに決定!」の間奏、そのまんまの曲が出てきたんだよね。
 あ、そうそう「EL MANICERO」って曲。
 なるほどぉ、この曲を下敷きにしたのか、この曲は。。。なんてぇ思ったんだよな。 この曲は「マンボ」なんだ底辺は。 ぱっと聴き分かんなかったけどさ。
 能天気なのが、良く分かったわ・・・。
 

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エメラルドの伝説 / ザ・テンプターズ

1968_07_エメラルドの伝説_ザ・テンプターズ


今回の1曲セレクトは、「エメラルドの伝説」ザ・テンプターズです。

まずはデータでする。

・タイトル    エメラルドの伝説
・アーティスト  ザ・テンプターズ
・作詞      なかにし礼
・作曲      村井邦彦
・編曲      川口真
・リリース日   1968年6月15日
・発売元    ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 46.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年6月24日〜9月9日付

今回の1曲セレクトは、またまた時代を遡り、昭和43年、1968年の今頃の大ヒットを持って来ましょうか。

ザ・テンプターズ「エメラルドの伝説」。

少し前にゴールデンカップスの「長い髪の少女」を書いたんだけども、今一つアクセスが伸びなかったんですよね。
G.Sの中でもカップスは「A級」と呼ばれるG.Sグループではあるし、「長い髪の少女」も有名な曲ではあるけども、こと実際のレコード売り上げとなるとそれほどの大ヒットと呼べる訳じゃなかった訳で、アクセスが伸びないのもしょうがなかったかなぁ・・・とは思うとこがあったんたけどもね。
 今回セレクトしてきた、テンプターズの「エメラルドの伝説」は、レコード売り上げ的にも大ヒットの域に達している曲出し、なにより、オリコンで1位を獲得してますからねぇ。
さすがにもこの曲くらいになるとコアなG.Sファンじゃなくても、みなさんご存知ですよねぇ。

ちなみに、当時「G.Sブーム」と呼ばれていたなかで、オリコン1位を獲得しているグループってさ、このテンプターズの他では、ザ・タイガースしかいないんだよね、実は。
 当時、業界を席巻していた一大ブームだった「G.S」だけども、その割にはオリコン1位を獲得するくらいの超大ヒット曲と言える曲は意外と少ないんだよね。
それだけ当時のオリコン1位は、獲得自体が難しかった訳で、特別な順位だった訳なんですよね。

だからこそ、ザ・タイガースとテンプターズは、G.Sの中でも「東西の雄」と呼ばれるくらい超A級なグループだった訳なんだけどもさ。
 京都出身、西の雄「タイガース」に対して、大宮出身、東の雄「テンプターズ」っていう構図でしたよね。
さらに言えば、タイガースのジュリーこと沢田研二氏に対して、テンプターズの萩原健一氏って言う人気争いって言うの構図でもあったかなぁ。

ただし、オリコンって、この1968年に始まっているんで、例えば、150万枚売れたって言われるブルーコメッツの「ブルーシャトウ」なんかは、ヒットのピーク時は対照外になっているから、あくまでも暫定的な見方なんだけどもさ。

ちなみに個人的な好みから言えば、正直、タイガースよりはテンプターズのかなぁ。 うん、音楽的な好みという点ではね。
 例えば、この曲の前の「神様お願い」なんてさあ、アウトロー的な雰囲気があったじゃん。

よく、タイガースvsテンプターズの構図を、ビートルズvsローリングストーンズになぞる事があるんだけども、その点からしてみれば、個人的にはローリングストーンズなんだよね。

 どちらも「黒っぽい」点が似てるって言うかさあ、やっぱり、なんか「品がある」ダイガースに比べれば、アウトローな方が好きなんだよなぁ。

ただね、この「エメラルドの伝説」については、そんなアウトローな雰囲気からは離れ、どちらかと言えばメルヘンチックな「歌謡曲」寄りになってしまいましたよね。

まあ、当時のウレ線と言うかね、G.S的な「大衆路線」が、この路線だったんだよね。
だからこそオリコン1位を獲得出来んだろうし、テンプターズにとって最大のヒットになったんだろうけどさ。

前曲で見せたようなアウトローな雰囲気は陰を潜め、一転してヨーロッパ系なイメージでしたよね。

そそそ、当時はこのヨーロッパ系っていうのが、一番のトレンドだったんだよね。北欧系とかフレンチポップス的な雰囲気の曲ですね。

 いつかも書いたような気がするんだけども、北欧系とかフレンチポップスって、日本の歌謡曲と相性がいいんだよね。一番相性がいいのは、どちらともメロディ的にも、サウンド的にも喜怒哀楽がはっきりしてるじゃん。
そのメリハリの良さが日本人って好きだからなぁ。
 それと、北欧的なイメージの一種の憧れって日本人にはあるからなぁ。少なくともエスニックなアジアにはないメルヘンの世界を感じるじゃん。
 今でこそネットでもテレビでもヨーロッパ的な風景はすぐ見られる訳で、当時に比べれば全然身近になったと思うけど、60年代当時は、遠い世界でしたからね、今とは比べ物にならないくらいの憧れはあったんだよね。

そんなメルヘンの世界が、この曲でも展開されている訳ですわ。

でも、曲的にも、この曲いいよなぁ・・って感じたりするんだよね。

タイガースには、すぎやまこういちっていう天才コンポーザーがサウンドプロデューサーとして付いていた訳で、だから、音楽的には良かったんたげども、同様にテンプターズには、村井邦彦氏っていう、こちらも天才プロテューサーが付いてましたからねぇ。

 村井氏は、この辺りを起点に、70年代に向かってニューミュージックを展開していくことになる訳で。
もともと、ヒット曲の世界にはニューミュージックをきっかけに入ってきたワタシなんで、だからね、個人的に音楽的には村井氏の音楽の方が、すぎやま氏よりは、馴染みが深いし、好きなんだよなぁ。

タイガースより、テンプターズの方がしっくりくる・・・っていうのは、その辺りも大きいかもしれないな。

それと、この曲のアレンジャーは川口真氏。 川口氏が作曲・編曲の時には、ベースラインを聴け・・って言うけど、この曲のベースラインも然りですねぇ。

Bメロの ♪ 遠い日の 君の幻を〜 ♪ の部分のシェイク気味に細かく動くベースライン、サビの ♪ あいたい 君に会いたい〜 ♪ の高音でのシンコペーションなベースラインは、流石に川口氏だよな・・・なんて感じ入っちゃたりね。

そんな音楽的にも面白い1曲だな・・・と感じてしまう、テンプターズの最大ヒット曲だったりするんだよね。






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夢絆 / 近藤真彦

1985_07_夢絆_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「夢絆」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル     夢絆
・アーティスト   近藤真彦
・作詞       売野雅勇
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       チト河内
・リリース日    1985年6月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  16.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1985年6月17日〜7月8日付

あー、あちいよあちいよ〜・・・・なんて、何日続けて書いてますかね〜。
気温は猛暑日にはならないんだけども湿度がねぇ・・・・、ジトジトジト・・・・と纏わりつく様ですこぶる気持ちが悪いですわ。そんな中、今日はクーラーを付けずに扇風機一つで書いておりまする

さて、今回の1曲セレクトは、久々に「まっち」先生を持ってまいりましたわ。
・・・と言っても、初期のRVC時代の曲は、大分書いちゃったからなぁ、今回はCBSソニーに移籍後の曲ですね。
RVC時代とは対象的に、CBSソニーに移籍後の曲は、まだあんまり書いてないんだよね。
今回は、そんな1曲。

「夢絆」。

夢絆・・・とかいて「きずな」と読む。 まあ、ここ読んで下さってる方には、こんな注釈は無用だと思いますが

CBSソニーに移籍してからの曲はあんまり書いてない・・・っていうのは、ま、はっきり言うと「まっち」先生らしくない曲が続いたからだよなぁ。
 まっち先生といったら、やっぱり、ハチャメチャで押しの一手の硬派な曲・・・って言うのが定番だったと思うけど、移籍してからは、その辺の「ハチャメチャ」さが陰を潜めたからなぁ。
 
 大人っぽさら前面に出した・・・といえば聞こえがいいけど、ただ、実際には今一つ中途半端さが表に出ちゃったような曲が多いんだよね。まあ、レコード大賞をとった「愚か者」とかは別としてさ。

今回引っ張ってきた「夢絆」。これなんかは中途半端な感じを受けたなぁ。
なぜに、まっちガこの曲のようなミディアムテンポを歌わなゃいけないのか・・・というのが、理解出来なかったんだよなぁ。
その前にまっちらしくないんだよね、この曲。 その辺に戸惑いを感じるような曲だったんだよなぁ。

やっぱり聴く方としては、↑のようにハチャメチャまっち期待していた訳で・・・そしたら思いっきり期待してた曲と違う曲が来たんでさあ・・・。

その辺の戸惑いは、チャートにも如実に出まして・・・。 まあ、売り上げが16.5万枚なんて、、それまでのまっち先生からは、想像も出来ないような「低レベル」だったのもそうだけど、 なによりオリコン連続1位記録が、この曲で途切れた・・・ってのは、やっぱ大きかったよね。
 前曲「ヨイショ!」も変な曲だったけど、それでも1位は確保した。 だから、この曲でも1位は行けるんじゃないか・・・と思っていたのに、これまた予想外な最高2位。
 81年の「ブルージーンズメモリー」から続いていた連続1位は14曲で途切れた訳ですわ。
ちなみに1位を阻止したのは、松任谷由実・小田和正・財津和夫の「今だから」っていうのも正直言って意外だったんだけどさ。

まあ、そのくらい、戸惑った曲だったんだよな、この曲は。

ただ、今となっては、それも遠い昔で、これはこれでよかったのかも・・・なんて思えるようになったりしてるんだけどね。
少なくとも、1985年の今頃を感じる1曲ではあるんだよね、個人的には。


あ、いや、正直言うと、ワタシねぇ、この曲もヒット時期を間違っていたんだよね。今頃ぢゃなくて、5月の終わりから6月頃・・・って記憶してたんだよなぁ・・・。
 まあ、細かく言えば、7月の第3週目はすでにヒットのピークは過ぎ、ベストテンからは墜ちちゃってたんだけどさ

でも、この曲聴いてた時期って、もっと肌寒かったような記憶があったんだよなぁ・・・。だから、5月の終わりごろだったかな・・って思ってたんだけども。。。。

ま、たしかに85年も、以前書いたような88年程ではなかったけど、涼しい夏だったんだよね。どん曇りの日が続いて・・・。 だから、あの年は「ギンギンギラギラ」っていう太陽の下で・・・っていう印象は薄いいんですよね。
この曲がリリースされた6月の初めっていうのもまだ涼しかった・・・ような気がする。
その辺の季節感が、今とはまるで違う・・ってことで、ちょっと誤って記憶してたのかもな。


ちなみに、レコードジャケット、今回、これを書くにあたって初めて見ましたわ
うーむ、なんかインパクト弱いなぁ・・・。コレの辺からも売れそうな感じがしないよなぁ・・・・。


動画・・・・うーむ、やっぱね、この位ジミな曲ともなると、You Tubeにも適当な動画がないなぁ・・・
・・・ってかジャニさんの動画対策なんだろうとげさぁ・・・
 しょうがないんで、「海外」のサーバーにリンク

http://v.youku.com/v_show/id_XMjYzNzQ3ODY0.html

一応、こちらからは繋がりましたが、繋がらなかったらスミマセン。



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夏模様 / 柏原芳恵

1983_07_夏模様_柏原芳恵


今回の1曲セレクトは、「夏模様」柏原芳恵です。

まずはデータです。

・タイトル    夏模様
・アーティスト  柏原芳恵
・作詞      微美杏里
・作曲      松尾一彦
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1983年6月29日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数 15.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1983年7月18日〜7月25日付

むーーー、めちゃくちゃ不快。。。 なんだ このムシムシとしたベトつき感は。
今日が休日でよかったですわ。この気分じゃ仕事したくないもんなぁ。 それでも、時より北東方向から吹いてくるだけ、昨日よりは、まだマシかなぁ。

こんな日は、少し涼しくなる曲を持って来たいもんです。。。

・・・・とおもむろにセレクトしてきた曲が、コレ。

柏原芳恵「夏模様」。

なんか、取ってつけたような「前振り」を書いちゃいましたが、実際の所は、なんかまだ書いてない曲ねーかなぁ・・・と過去のオリコンチャートと睨めっこしてて、たまたま見つけた曲がコノ曲だったわけですね。

前回はちょっと重い曲だったし、個人的に書くのにちょっと苦労したんで、今回は少し箸休めもあって軽めの曲を・・・っと言う事でアイドルの曲を探してたのもあるな。

でも、この曲は、完全にヒット時期を誤ってたんだよな。ワタシね、6月のヒットだとばっかり思いこんでたんだよね。 それもあって、昨年は書く時期を逸して、ずっと残ってたんですわ。

↑でも書いたように、この曲のリリースは「6月29日」だったんだよね。 遠い記憶を辿って行くと、確かに明星の歌本「Youn Song」でもそうだったと記憶する。
 そう、ヘンなリリース日だったんですよ。 通常当時のリリースパターンからすると、21日か25日、あるいは少し先延ばしして1日、5日・・・っていうリリース日が普通だったのに、この曲は「29日」なんて中途半端なリリース日だったし。。。 そんな事がキニなってた曲だったりしてね。

それでも7月のヒットじゃなくて、6月のヒットだと勘違いしてたのは、恐らく個人的に、この曲を一番聴いてたピークが、1983年の6月だったからだと思う。

・・・・なんて書くと「???」って感じだけどさ。 
いや、当時ラジオでは、「先取り」的にリリース前から新曲かかってからさあ、だからリリース前からよく耳にしてたんですよ。
 特に文化放送の「全日本歌謡選抜」ね。あれは新曲OAがめちゃくちゃ早かったからなぁ。早い時はまだレコード盤が出来上がる前のテープの段階で流しちゃってたり。。。
 だからね、この曲も、かなり早い段階で耳にしてたんだよな。 しかも「歌謡選抜」は、1回の放送で、2回・・・酷い時は3回くらい同じ曲をかけるんでね、すぐ覚えちゃったんだよね。
 それでも、リリース前に毎週のようにかかるんで、少し食傷気味になっちゃったりして、リリース時には、「もういいよ・・・・」っていう感じになってた曲も多かったなぁ。

この曲もそんな曲の一つだった・・・ような気がする。 兎に角さ、この時期が一番ベストテン番組を聴いてた頃だったからなぁ。新曲をいち早く仕入れる、覚えることに必死になってた頃だった気がするし。。

だからね、この曲がリリースされたあと、7月には、すでに自分の中ではこの曲のピークが過ぎてたんだよね。。

それでもね、最初はこの曲、新鮮だったんだよなぁ。 それまでの芳恵の曲には無かったような新鮮さ。
いや、曲調から言えば、当時の時点でもそれほど目新しさはなかった・・けど、新鮮に感じたんだよね。
 きっとねぇ、この曲から感じる「瑞々しさ」なんだろうな。

「夏模様」というタイトルから、アップチューンな曲を想像しがちだけど、実際は、ややスローなミディアムチューン。 このスピード感が、あの頃の「夏休み」のを思い出させるんだよね。
 ゆっくり流れてた「夏休み」の時間。 特に、この曲の場合は「夏休み」の午後の風景かなぁ。 
ゆっくり流れてた時間の中に、やや気だるさを感じてた、あの頃の夏休み。 そんなフラッシュバックで流れる。

まあ、今となってはだけどね。でも、当時としても、この曲を聴いて、「これから始まる」夏休みを想像してた様な気がするな。
 その風景が、「これから始まる」というヒット当時に想像していた風景と、30数年前を思い出す、今、フラッシュバックで流れる風景と一致するんだよな、この曲は。

たださ、歌詞の内容は、恋の終わり⇒夏の終わり を想像させる曲だったじゃん。その辺は、ちよっこっと曲のイメージとずれてましたけどね。
 うん、ワタシの中では、夏の始まりの曲だったからさ、この曲は。 ま、当時は歌詞の内容まで突っ込んで聴いてなかったんで、個人的には気にはしてませんでしたけど。

ちなみに、この曲の作詞の 微美杏里 さんとは女優の藤真利子さんのペンネーム、「ビビアン・リー」のあて字ペンネームでしたね。 当時は、この手の「変名」を使うヒトが結構いて、覚えるのがなかなか大変だったよな。

作曲は、オフコースのギタリスト松尾一彦氏。オフコースとは違い、意外とフォーキーなメロディーを作る人でしたね。 この曲なんかは如何にも・・・って感じだったかなぁ。


それとね、ま、蛇足なんだけども個人的に、この曲を聴くと同時に思い出すのが、当時所属してた、中学校での吹奏楽部の練習風景。
 ワタシが通ってた中学校は、毎年夏に開かれる「コンクール」には出場してなかったけど、9月に定期演奏会を開いてんだよね。それに向けて、夏休みも半ば返上して毎日毎日猛練習してたのを思い出す。

 そうだ、あの時、ワタシの中でヘビーローテーションで流れてたのが、この曲なんだ。

だからね、この曲を聴くと、あの時、猛練習してた曲が、私の頭の中では同時に鳴りだすんだよな。
あれから、33年が経っているというのに、いつまでも忘れられない風景の一つなんだよね。






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傘がない / 井上陽水

1972_07_傘がない_井上陽水


今回の1曲セレクトは、「傘がない」井上陽水です。

まずはデータです。

・タイトル     傘がない
・アーティスト   井上陽水
・作詞       井上陽水
・作曲       井上陽水
・編曲       星勝
・リリース日   1972年7月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 69位
・売上げ枚数 6.3万枚

前回のkiroro「未来へ」は、これまで書こうと思っていたんだけどもなかなか筆を上げられなかった1曲・・・と言う事だったんたけども、今回の1曲セレクトも、前回同様に、セレクトしたかったんだけども、ちょっと躊躇してた1曲ですね。

「傘がない」 井上陽水

この曲をなかなかセレクト出来ないで居たのは、その歌詞の内容がワタシにはちょっと重い内容だったから・・・ってことが大きかったんですよね。

♪ 都会では自殺する若者が増えている
 今朝来た新聞の片隅に書いていた
 だけども、問題は 今日の雨 傘がない〜 ♪

という一節で始まるこの曲。 今の50代以上、特に団塊の世代方々には、知らない方がないくらいの曲ですよね。

当時の世相を説いた本だかと、まあ、ネット上でもそうなんだけど、これは当時の世相を表した曲・・・って言う事が通説になっていますよね。

時は70年代安保闘争が下火になり、その余波から「シラケ」という風潮が広がっていた時代。

他人の事より、世間で起きている事より、今の自分の問題の方が大事

そういう、如何にもシラケ世代を表ししているようなメッセージソング。・・・として捉えられている向きが強い訳で。。。

ただね、ワタシ自身、そう言う世相を実際に体験してきた訳じゃないから、そんなワタシがあたかも見てきたようにエラソーには書けないよな・・・っていうのが正直なところで、だから、今までなかなか書けなかった1曲だったんだよね。
 当時、3才になる直前だったワタシは、当時の「空気」は吸っていても、まだ世相を感じるほど物心は付いてなかった訳だし。
 
でも、そうは言っても、あの時代の停滞している空気っていうのは、物心がついてなかったけどもどこか感じるところがあるんですよね。 だから、後付ではあるけどもこの時代を、当時の世相を含め掘り返すのが好きなんですわ。

 ここでもよく書く事だけど、 歌は世につれ、世は歌につれ ・・・ってコトバもあるように、当時の世相から、当時の歌が分かるってことは よくある事で、だからね、最初にこの曲を聴いた時は、ナルホドな・・・って言う感想だったな。
 実際は違っていた部分も多いのかもしれないけど、この曲を聴く分には、やっぱり、当時、シラケという時代があったんだ・・・という事が良く分かるですよね。

その前に、ちょっと衝撃的でしたけどね。

重ーい、印象的なイントロに続いて

♪ 都会では自殺する 若者が増えている〜 ♪

っていう出だしは、軽いおちゃらけた歌を主に聴いてきた世代にとっては、やっぱり衝撃的だったんだよね。

だから、兎に角この曲は印象に残った。

・・・と同時に、この1〜2年の間に、時代が動いている・・・っていうのも感じ取れたりね。

例えば 井上陽水氏の対極にあった、よしだたくろう氏が♪ にんげんなんて ラララ〜ラララ〜♪と、第3回フォークジャンボリーで伝説の2時間もの「人間なんて」を熱唱したのが、前年1971年。
 
まだ、ウタに「政治的」な匂いが強くしてた時代。

そこから1年で、この曲が出てきた訳ですわ。この変化が、そのまま当時の世相の変化を表しているように、少なくとも第3者的立場にあるワタシとしては感じ取れるんだよね。

でも、そんな第3者的な立場にワタシとしては、正直、あと数年早く生まれたかったとはいつも思ったりするんだけどさ。あの時代の大変動期を物心ついた立場から感じ取りたかったよな・・・っていうのは強く思ったりしてるんでさ。


ちなみに、最初に今の団塊の世代以上の方なら、誰でも知っている曲という書き方をしたけども。実際の所、当時のオリコンのシングルチャートでは、最高69位。売り上げ枚数は7万枚弱・・・・と、数字だけを見る限りでは、とても大ヒットと言うは呼べないんだよね。

それでも、みんな知ってる・・・。

それにはワケがあり・・・。そもそも、この曲は、最初からシングル曲であった訳ではなく、ファーストアルバム「断絶」からのシングルカットであった事。
ちなみに「断絶」は、アルバムチャート最高8位だったのにもかかわらず、売り上げは51.1万枚。
10万枚売れれば大ヒットと言う時代に51万枚も売れた訳だから、大変なものだったわけです。

あわせて、当時のラジオからの口コミ効果は絶大だったわけで・・・。

このような効果もあり、シングルは売れなくてもだれでも知っている・・・と言う事になった訳ですね。 




うーむ、今一つ上手くまとめられなかったな。やはり難しいなこの曲は。


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