かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年05月

別れましょう私から消えましょうあなたから / 大黒摩季

1993_05_別れましょう私から消えましょうあなたから_大黒摩季













今回の1曲セレクトは、「別れましょう私から消えましょうあなたから 」大黒摩季です。

まずはデータです。

・タイトル    別れましょう私から消えましょうあなたから
・アーティスト  大黒摩季
・作詞      大黒摩季
・作曲      大黒摩季
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1993年4月28日
・発売元    東芝EMI
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 66.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月17日~6月28日付
・タイアップ:テレビ朝日系「ネオ・ドラマ」主題歌

今週はバタバタと仕事が忙しかったわい。そのおかげで4日ぶりの1曲セレクトですわ。
本当は、週の疲れで今日も書くのがツライ状況なんだけど、明日は休みだし、とりあえずもうひと踏ん張り・・・っつうことでPCに向かっているワタシだったりしてます。。

うーむ、だけんど、当初の予定が大分ずれちゃったな。。。あしたから、ちょっと挽回しないと。。。


今の仕事は、音楽配信で使用されている楽曲の著作権調査を行っているんですが、AWAとかLINE MUSICとか、いわいる定額制音楽配信のお陰で、とんでもない曲数の楽曲が使われているでしょ。大変なのですよ著作権調査するのも。月、1人あたり何曲調べてるでしょ・・・ってくらいで。。。
まあ、ひと月で数千曲は調べてると思いますわ。

でぇ・・・・この間、とある曲の調査をしているときに曲を視聴してたら・・・「あれ? これどっかで聴いたことあるぞ・・・」っつうイントロが。。。


・・・っていうのが、ずっと頭に引っかかっていたんで、その「どっかて聴いたことあるぞ」って言う元の曲を、今回はセレクト。

大黒摩季「別れましょう私から消えましょうあなたから 」

そそそ、この曲のイントロと、瓜二つの曲があったんだよな。 もちろん「向こう」の曲なんだけどさ。
恐らく、その「向こう」の曲の方が時代が先なんで、大黒の方がパクッたんだろうけどね。

うーむ、その曲名が思い出せないんだよなぁ・・・。しまったメモっとくんだった。。。

ちょこっとネット上を探してみたら

スティービー・ワンダー「Superstition」?



うんにゃ、ちょっと違う。。。

ワイルド・チェリー「play that funky music」?


うーむ、たしかに大黒とイントロ似てるけど、もう少し確信的に似ていたんだよなぁ・・・

・・・やっぱしメモッとくんだったな。


ちなみに、「別れましょう私から消えましょうあなたから 」のイントロは、とりあえずはパクリじゃなく、オリジナルとされているのであしからず。。
 うむ、著作権って親告罪だから、単純に似てる・・・ってだけじゃ罪にならなんだよね。「オリジナル」の作者が、パクリ先の曲を親告しない限りはさ。

逆に言えば八神純子さんの「ハープルタウン」なんてのは、不幸にも親告されちゃったんでさ。。。


ところで、少し前にB'zの「愛のままにわがままに~」でも書いたけど、1993年の今頃ってさあ、やったらと長いタイトルの曲が件の「ビーイング」系では流行ってたんだよなぁ。 この曲も「愛のままに~」 に次ぐって感じでなげぇタイトルだもんなぁ。

まあ、確かにタイトルだけで、インパクトは十分すぎるあるわけで、他の曲と充分に差別化されていたよな。

いや、そうじやなくても曲の内容だけでも、充分にインパクトがあったんだけどさ。



それにしても高カロリーな曲でしたよね。今聴いても密度が濃い曲っていうか。。。 あの時代、こういう「濃い」曲がおおかったんだよな。 ヒット曲を聴くたび「濃い牛乳」を飲まされているような。。。
だから1日に何度もは聴けなかったけどさ、それでも1回は聴かないとなんか物足りなさを感じていた訳だから、聴いてるワタシらも体力があったよなぁ・・・なんて思ったりしますねぇ。

もし当時、今くらいの年齢だったら、恐らく1,2回聴いただけでお腹いっぱいになっちゃってただろうな。

ちなみに大黒姉さんは、ワタシらと同い年なんだよな。1969年生まれ。
それにしてはめちゅくちゃ大人っぽいんだよな。とても同い年にゃ見えないもん。やっぱり「姉さん」って感じなんだよね。

 


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ごめんよ涙 / 田原俊彦

1989_05_ごめんよ涙_田原俊彦








今回の1曲セレクトは、「ごめんよ涙」田原俊彦です。

まずはデータです。

・タイトル    ごめんよ涙
・アーティスト  田原俊彦
・作詞       松井五郎
・作曲      都志見隆
・編曲      船山基紀
・リリース日   1989年4月19日
・発売元    ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  30.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年5月1日~7月10日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「教師びんびん物語供彈臑蟆

 この間書いた郷ひろみ「バイブレーション」の中で、70年代の新御三家の郷ひろみのポジションと、80年代のたのきんの田原俊彦のポジションは同じ・・・って書いた手前、やっぱ、今回の1曲セレクトは、トシちゃんだよね。。。って考えてはいたんだけど。。。

トシちゃんの曲はこれまでかなり書いちゃったからなぁ・・・曲が無い。。。と思っていたら、うんにゃ、まだ書いてなかった曲があったぞ。。。とおもむろにセレクトして来ましたわ。

「ごめんよ涙」。

うーん、不覚だったかなぁ、オリコン1位獲得曲をまだ書いてなかったんだよな。
トシちゃんって、まあ、たしかに80年代のスーパースターではあるんだけども、こと「チャート」的には恵まれていない・・・っていうかね、オリコンで1位獲得曲が意外と少ない。この曲はデビュー以来36作目のシングルだけど、オリコン1位獲得は、この曲で12作目なんだよね。 しかも、この曲が最後の1位獲得曲・・と今んところなっていますわね。

そんな1位獲得曲を書いてなかったか・・・。なんて、トシちゃんの1位獲得曲って、実は他にもまだ書いてない曲がいくつかあるんだけど、それは、また近々に書きますわ。

この曲は、例の「教師びんびん物語」PART2の主題歌ってわけなんだけど、前年の「PART1」の主題歌「抱きしめてTONIGHT」がああいう形でロングヒットとなりーの、それまで人気に陰りが出て来ていたトシちゃん見事復活させたわけでさ、だから、この曲も、基本的な傾向としては「続・抱きしめてTONIGHT」って感じでしたわね。
この曲は「ラテン」系な色合いが濃い1作ではあったけど、下地としてはショービス系エンテーインメントの匂いがプンプンしてたからさ。 

まあ、「教師びんびん」の主題歌なら、やっぱこの傾向・・・っていうのは、第1作の「抱きしめてTONIGHT」で染み付いちゃってましたからね、聴いてるこちらとしても、「やっぱりな」なんて思いつつも、どこか安心出来たりしてね。
 その辺の安心感っていうのは、売り上げにも出てた様で、「抱きしめてTONIGHT」は、オリコン最高位3位 売り上げ枚数27.9万枚だったのに対して、この曲は、オリコン1位、売り上げ枚数30.4万枚と、前作を上回ってきたからなぁ。
 
この傾向には当時としてもちょっとびっくりしましたけどね。 普通「第1弾」が大ヒットした場合、「第2弾」となるとヒットはしても、第1弾を上回るって事はあんまりないですからね。

それに、同じショービス系な曲と言っても、全体的なインパクトとしては「抱きしめてTONIGHT」の方があったような気がしてたからなぁ。

でもまあ、それまで低迷してたレコード・CD売り上げも、1年でそれだけ回復したってことも言えるんだろうな。
うん、この曲の頃は、毎週オリコン見てても全体的な売り上げが回復してきたな・・・っていのうは、肌で感じてたもんね。

ちなみに、この当時のオリコン(ウイークリー)って一時のアイドル誌偏向の反省からか、ランキング資料や解説が一時的だったけど充実しててさ、毎週オリコン買うのが楽しみだったんだよな。


それにしても、ショービス系な楽曲に道が開けてきた・・・って感じだったトシちゃんだったけど、この手の曲は、この先続かなかったのが残念なんだよね。
 もしかしたら、第2の尾崎紀世彦氏になるのかな・・・なんて思ったりもしたんだけどね。(大げさ
やっぱ、この手の路線は本望じゃなかったんでしょうかねぇ。折角、この曲で84年の「チャールストンにはまだ早い」以来5年ぶりの30万枚オーバーを記録したのに結局チャート的には頭打ちだったもんね。

それにしても、最近のジャニーズは、このヒトのようなストイックな「エンターテイメンター」をめざすような奴は出てこないな。

動画・・・うーむ。ジャニーズ対策なのか、他サイトからのリンクが「無効」になっているものが多いようなので、直接、ようつべへリンク

https://www.youtube.com/watch?v=PgOzgmNqE64




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僕らのポプコンエイジ@市川市文化会館

行ってきました、「僕らのポプコンエイジ~Forever Friends,Forever Cocky Pop~」コンサート。

はい、文字通り、あの「ポプコン」出身アーティストが一同に会する「同窓会」的なコンサートですね。
個人的には、最近は「現役アーティスト」の「ライブ」に行くことがほとんどなんだけど、今回はライブというよりも、昔ながらのコンサートと言った方がいい様な・・・そんな感じの面々が出演するということで、楽しみにしていた訳なんですわ。

まあ、と言っても、ワタシも前々からこんなコンサートが開かれるなんてのは、全然知らなかったんですけどね。
たまたま、mixiのマイミクである真矢さんが、4/29に開かれた「府中の森芸術劇場」で開かれた同コンサートについての「つぶやき」を拝見して、今回のコンサートのことを知った訳なんですよね。

で、たまたま、昨日、市川文化会館で、同コンサートが開かれる・・・ということで、速攻でチケットぴあでチケットを購入した訳です。

開演17:00~  ということで、16:30分過ぎ、会場に到着。

やはり年齢層が高い。 昔はイケてるBoys&Girlsだったんだろうね、って言う感じのオジさま、オバさまの群れが。。。
ワタシなんて、まだまだハナタレ小僧? って感じでしたもんね。

まあ、一番ポプコンが盛り上がっていた、1970年代終盤~1980年代初頭あたりに、出てきたアーティストをリアルタイムで経験した世代は、恐らく、ワタシらの世代までだろうしなぁ。

そんなこんなで、17:00丁度、開演。
今回のコンサートの司会進行は、元「雅夢」の三浦和人氏と、チャゲ&飛鳥のCHAGE氏。
二人の軽妙なMCで会場の空気を和らげる。 さすがにこの世代のアーティストはみんな「べしゃり」がウマいっすね。
 それよりも、雅夢とチャゲ飛鳥といったら、どうしても1981年初めのベストテンを思い出してしまうんだよな。
そそそ、丁度、この2組が雅夢「愛はかげろう」、チャゲ&飛鳥「万里の河」でベストテンにランクインしていた頃だ。 そういえば、この2組はよくライバル視されてたっけ・・・とかね、やっぱりタイムスリップしちゃいますね。

そして、トップバッターは、司会兼の、元「雅夢」の三浦和人氏。
「雅夢」とポプコンと言ったら、この曲しかないでしょ。。。

・・・ということで、オープニングは「愛はかげろう」。 これしかないですよね。

オープニングのMCでもそうだったけど、この曲のイントロが流れた瞬間、11才の時のあの時の「ベストテン」で見た風景が、脳裏をかすめる。 気分は1981年。やっぱ、これですよね、このコンサートの醍醐味は。
しかも、三浦氏の「ウタ」がびっくりするくらいしっかりしてるんだよね。 35年前のあの時のまま変わってない。
声質も歌い方も、もちろん「キー」。
長年歌ってくると、よく歌い方を崩しちゃうヒトが居るじゃない。そう言うのが一切なし。あの時のまま。
だから、否が応でもあの時の自分に戻れちゃう訳ですわ。

ちなみに、オープニングの三浦和人氏の「雅夢」は、1980年 第19回ポプコンの「優秀曲賞」受賞曲。

その他、昨日出演したアーティストは

・相曽晴日さん (1980年 第19回 第20回 入賞、 1981年 第22回 優秀曲賞)
・柴田まゆみさん (1978年 第15回 入賞)
・杉山清貴氏 (1980年 第19回 入賞)
・渡辺真知子さん (1975年 第9回 特別賞)
・CHAGE  (1978年 第16回 1979年 第17回 入賞 ※チャゲ&飛鳥として)
・石川優子さん (1978年 第16回 本選出場⇒入賞せず)
・鈴木康博氏(元オフコース)  (1969年 第3回ライトミュージックコンテスト第2位 第1回作曲コンクール(ポプコンの前身)出場)
・谷山浩子さん(1974年 第7回 入賞)
・スリーハンサムズ
(ふきのとう (1973年 北海道大会入賞)
 N.S.P (1973年 第5回 入賞)  )

という面々。

その中でも一番会場が盛り上がったのが、やっぱり石川優子さんの「カムバック」でしょうね。
1990年の引退コンサートから26年。 ほとんどずっと沈黙し、表舞台から離れていた石川優子さんが、コンサートで曲を歌う・・・とはねぇ。

・・・というか、そんな日が来て、まさか、そのコンサートを目撃者となってしまうとは、全く予想もしてなかったですわ。
 披露した曲は、やっぱり「シンデレラサマー」。 コレですよね。 まさかこの曲を「生」のライブで聴ける日が来るとは。。。(涙 涙)   35年前の自分に言ってあげたい気分ですわ。35年後生で聴けるぞ・・・と。

会場も石川優子さん目当ての方がかなり多かったようで、あちこちから「おかえり」コールと、「優子ちゃーん」コールが響く。
それまでの「ニューミュージック系」っていう雰囲気から一気に、アイドルのコンサートのような華やかさ。

やっぱこのヒトは、ポプコンのアイドル的存在なんだな。 

そして、石川優子とCHAGE氏  ・・・と来たら、この曲しかないでしょ・・・。

「ふたりの愛ランド」、当たり前のように会場の盛り上がりは「マックス」でしたね。

まあ、26年のブランクもあり、正直、声は、きつそうだったけど、でも、このヒトを生で見れたってだけで大満足ですよ。


個人的にびっくりしたのは、柴田まゆみさんですね。 
1978年、第15回ポプコンで入賞し、コッキーポップのテーマ曲にもなった「白いページの中で」がスマッシュヒット。 ただ、その直後に突然の引退。
結局、表向きはこの1枚しかリリースせずに、以来38年間、やはり表舞台から遠ざかっていた方がコンサート出演し、生演奏を聴かせてくれる。これは歴史的な瞬間ですよ。それを目撃できるというのは、ホントに幸せですわ。
曲はもちろん「白いページの中に」。 いままでレコードの中だけしか聴いたことなかった、このヒトの声が生で聴ける。 これだけでも貴重な体験でしたね。
 でも、しっかりとしてましたね、38年間、ほとんど表舞台に出ていなかったとは思えないくらい、あの時のアンニュイな雰囲気の歌声は健在でしたわ。


それと、鈴木康博氏ですね。 そう、元オフコースの。
なぜ、ポプコンの同窓会的コンサートに出演しているのか? オフコースとポプコンの関係は? なんて疑問に思われるかもしれないですが、オフコースってポプコンに出演してるんですよね、実は。
 1969年の「第1回 ポプコン」、当時は作曲コンクールだったんですが、この時「外人」が作った曲をポプコンで歌っているんですわ、オフコースって。
 うん、後年、大成功した時のオフコースではなく、まだ「ジ・オフコース」って3人のフォークグループだったころのオフコース。
ま、もともとは、同1969年に開かれた、ヤマハ「ライトミュージックコンテンスト」でフォーク部門2位入賞。(この時の優勝が「赤い鳥」で、チューリップの前身バンドが第6位)・・・ということで、ヤマハとは縁があり、その関係で、同時期に創設された「ポプコン」に歌い手として起用・出演したようです。
 ちなみに、幻のデビュー曲と言われる1970年の「群衆の中で」も、当時「作曲コンクール」と言われたポプコンに応募し、入選した曲に、山上路夫氏が詞をつけたもの。
・・・つまりは、自分たちのオリジナルではなかったため、小田和正氏はリードボーカルを拒否し、鈴木氏がボーカルをとったんだとか。
そんなオフコースの幻のデビュー曲を歌う。 こんな曲が聴けたのも貴重な経験だったかもしれない。


鈴木康博氏もそうだけど、杉山清貴氏ってポプコン出身なの? ・・・なんて思われる方もいらっしゃるかなぁ。
そうなんです、ポプコン出身なんです。
 杉山清貴氏といえば、「オメガトライブ」ですが、その前身バンドである「きゅうてぃぱんちょす」で、何度もポプコンに出演してるんですよね。
 その中で、↑にも書いたように、1980年第19回ポプコンで入賞を果たしています。
第19回といえば、最初に書いたように雅夢の「愛をかげろう」が優秀曲賞を受賞し、伊丹哲也&Side by Sideの「街が泣いてた」がグランプリに輝いた大会ですわ。
 後にシティポップスの旗手となったオメガトライブとポプコンって一見関係なさそうに思えるんだけど、接点は大ありだったんですよね。
 ちなみに きゅうてぃぱんちょす時代には、今や作曲家の重鎮となられた千住明氏がメンバーだったっていうのは有名ですよね。

で、今回のライブでは、1986年のソロデビュー曲「さよならのオーシャン」をやってくれちゃいましたわ。
いや、これも予想外の選曲だったな、まさかこの曲が来るとはね。
 まあ、考えてみれば、今月でソロデビュー30周年なんだよな。それをかんがえれば、この曲をやるのが妥当だったか。
 でも、期せすしてこの曲が聴けたことはよかったですわ。 ちょうど、「1曲セレクト」でも書こうと思っていたんで。


コンサートは3時間の長丁場になりましたが、兎に角、貴重な体験が出来た3時間でしたわ。

でも、こんなに貴重な体験が出来た・・・とは言っても、客の入りは8割程度だったんだよな。
キャパ2000弱の席が埋まらなかったんですよ。 ワタシは2階席だったけど、2階席の後ろの方は誰もいなかったしね。

・・・・というか、宣伝体制が悪いと思ったわ。 最初に書いたようにワタシも知らなかったしさ、こんなコンサート。
後援にニッポン放送がついていたけど、宣伝とかしてたんでしょうかねぇ。
 
これはもったいなかったわなぁ。

ちなみに、今度の土曜日5/21に、さいたま市文化センターでもう1度開催されますが、ここは満杯になって欲しいですね。


望めるなら、今回参加が叶わなかった、ポプコン出身アーティストも参加して、「続編」が出来ないものか・・・とは強く思いましたね。
 今回は、東京、千葉、埼玉っていう東京近郊県での3公演だけだったけど、大阪など関西圏の方にも見て欲しいと思うしな。


 上記記載したアーティストの他にも、今回参加が叶わなかった 八神純子さん、世良公則氏(元ツイスト)、円広志氏、岡村孝子さん(元あみん)、葛城ユキさん、庄野真代さん、小坂恭子さん 高原兄氏(元アラジン)、伊藤敏博氏、因幡晃氏・・・etc
まだまだ現役のかたもいっぱいいるしさ。

 そそそ、今回、「グランプリ」を取られた方々は、参加してないんだよね。(注 5/21のさいたま文化会館には小坂明子さんが参加予定)
 もし、続編が開催されるならグランプリ受賞者の方々にも出て欲しい(クリスタルキング(1979年 第18回グランプリ)とか)

あわよくば、ポプコンの重鎮、中島みゆき様(1975年 第10回グランプリ)、 佐野元春氏(1978年 第15回 優秀曲賞)、長渕剛氏(1978 年 第15回 入賞)なんかも出てもらえれば、めちゃくちゃ盛り上がるだろうにねぇ。
まあ、めちゃくちゃハードル高いだろうけど。。。。

いずれにしても、以前、G.Sで活躍されてた方々がグループの垣根を越えて、G.S同窓会的ライブをシリーズ化していたように、これもシリーズ化してもいいのではと思ったな。
 
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バイブレーション / 郷ひろみ

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今回の1曲セレクトは、「バイブレーション」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル     バイブレーション
・アーティスト   郷ひろみ
・作詞       島武実
・作曲       都倉俊一
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年3月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  21.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1978年4月3日~5月15日付

今回の1曲セレクトは、ここ暫く70年代の「アイドル」な曲を書いてなかったんで、久々に70年代アイドルへ遡ってみますかね。
 まあ、70年代と言っても、個人的に「リアルタイム」な曲となると、70年代後半になっちゃうんで、どうしてもその時期になっちゃうんだけど。。。

はい、今回は郷ひろみ「バイブレーション」

この曲は1978年の今頃のヒット・・・・とずっと記憶してたんだけども、実際は、ヒットのピークは「4月」で、ゴールデンウイーク明けの今頃は、ランクも下降線だったんだよね。
 どうもね、リリース時期を1カ月間違えて記憶していたようなんだよなぁ。 そそそ、この曲のリリースばずっと、1978年の4月21日だとばっかり思ってたの。
だから、5月に入って書けば、ちょうどヒットのピーク時期だな・・・なんて思ってたんだけどねぇ。

どうも、1978年の今頃の曲ってヒットの時期を「ズレ」て記憶している曲が多いんだよな。
例えば、西城秀樹氏の「炎」も、「5月」のヒットだとばっかり記憶してたんだよねぇ。 だから、この「バイブレーション」と、「炎」はヒットの時期が被ってた・・・なんて思ってたんだけど、実際はちょこっとズレてたんだよね。

まあ38年も前の事なんで、記憶もあいまいになるよなぁ・・・なんて言うのは自己弁護だったりするんだけど。。。
 やっぱ、リアルタイムで聴いてた曲と言っても、正確に言えば、ヒットのピークの時期は、まだ「ヒット曲」の世界に入ってなかったからなぁ。記憶も曖昧になっちゃうんだよな。

ところで、以前から、個人的には、昔、郷ひろみ氏の曲はあんまり好きじゃなかった・・・と書いてるワタシですが、当然この曲についても、当時は、あんまり興味なかった・・・と思う。

なぜなのかなぁ? まあ、ガキの頃には生理的には合わなかった・・・としか言いようが無いのかもしれないけど。。。でも、西城秀樹氏の曲は好きだったんだよね。 

恐らくガキの頃は生理的にヨーロッパ系なイメージの曲が好きだったのかもしれない。

この「バイブレーション」もそうだけど、このころの郷ひろみ氏の曲って、カラッとしたイメージでヨーロッパ的な匂いがしないからさあ。
 ・・というか「○○的」っていう匂いがあんまりしないんだよね、都倉氏の曲って。かといって無国籍的でもないし。。。
 ま、ともかく、この時期の都倉氏の曲って、どの曲もかなり似てましたよね。温度感・・・というか湿度感がカラッとして、メロディラインもどこかピンク・レディーで聴いたような・・・っていう独特の都倉カラーで。
 ま、それが都倉氏の作るメロディの特徴だったかもしれない。当時、ピンク・レディーの曲に積極的な興味がわかなかったのも、そう言うところからだったんだろうなぁ。
 郷ひろみ氏の曲も、もう少し前の時期の筒美京平氏が作ってた頃の曲は、もっとヨーロッパ的・・というか、これも当時の筒美氏の特徴である、バタ臭いイメージだったんだけど、個人的には、こちらの方が生理的にはあってたんだよね。

どうなのかなぁ、歌謡ポップスの王道というか、この間も使ったコトバで恐縮なんだけども、軽薄短小なイメージだったりしたのも、当時は今一つしっくりこなかったのかもしれない。
 そう言う意味では、80年代のトシちゃんの曲も、もう少しリアルタイムで聴くのが遅かったら、そんなイメージだったのかもしれないなぁ。

 そう言う意味では「立ち位置」として、新御三家の中の郷ひろみと、たのきんトリオの中の田原俊彦って似たようなポジョンって見られていたのはあながち間違いじゃなかったような気もするんだよね。

楽曲のバリエーションとしても、郷ひろみ氏、田原俊彦氏も、「3人組」の中では一番バリエーションに富んでて、
今聴き返すと、一番飽きが来ないしね。

もちろん、当時は生理的にあんまり受け入れられなかったこの曲も、今では好きですよ。音源も持ってるしね。 


ちなみに、ランキング的には、オリコン(レコード売り上げ)では、それほど目を見張る所はなく、最高位も6位にとどまっているんだけども、その他の要素を含めた総合チャートでは軒並みベスト3入り果たしているんだよね。
 これは、当時のラジオチャート、有線でも結構人気があったのよ、この曲。 「ザ・ベストテン」でも、最高3位まで行ってるしね。

 今は、アイドルといえば、レコード(CD)売り上げがメインのヒットチャートではあるけども、当時は、レコード売り上げは、今ほどは重要なファクターじゃなかったんだよね、アイドルは。
1年に一度、「勝負曲」でバシッと売れれば、「つなぎ曲」ではそこそこ売れればいい・・・と。 その辺が当時と今との意識の違いだろうな、売り方としての。
 まあ、当時は「国民的」な大ヒット曲が多く、A級アイドルといえども、簡単にオリコンの上位に立てなかった・・・ってくらいランキングに重みがありましたからね。
 もちろん、ピンク・レディーは別格として。。。なんせ1978年のオリコンのレコード売り上げシェアには邦楽、洋楽っていう大別ジャンルの中に「ピンク・レディー」っていうジャンルが存在してましたんで。。。。




動画、めぼしいのはこれしかなかったんだけど、少し前だったら、これすらなかったようなんで、今回かいて正解だったかもな。。。。


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LOVE LOVE SHOW / THE YELLOW MONKEY

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今回の1曲セレクトは、「LOVE LOVE SHOW」THE YELLOW MONKEYです。

まずはデータです。

・タイトル       LOVE LOVE SHOW
・アーティスト     THE YELLOW MONKEY
・作詞         吉井和哉
・作曲         吉井和哉
・編曲         THE YELLOW MONKEY
・リリース日      1997年4月19日
・発売元        ファンハウス
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    47.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1997年5月5日〜5月26日付

昨日からイエモンの「復活」ライブツアーが始まってますねぇ。
正直、ライヴに行きたい・・・と言う気持ちが「半分」くらいあったんだけど、今回は東京公演が「平日」っていうこともありーの、チケット申し込みを「回避」しちゃったワタシなんですよね。
 
 今まで、ROCK IN JAPANとかCOUNTDOWN JAPANで、「吉井和哉」ソロのライヴは、何度か見てるんだけど、イエモンとしては、ライブ見てないんだよね。 なので、一度見たい・・・という気持ちも強いんだけどね。

まあ、半分は、8月の「ROCK IN JAPAN」に出ることを期待して・・・っていう目論みもあるんだけどさ。
ツアースケジュールを確認すると、8月の夏フェス期間にはライブの予定が入っていないし。 ・・・・ということは、各夏フェスへの参戦もあるんじゃないかなぁ・・・なんてのも、密かに思ってたりするもんでね。
まあ、今のところ、ROCK IN JAPANを初め、サマソニ、RISING SUNへの出演予定は出ていないけど・・・。

とりあえず、明日のROCK IN JAPANの出演アーティスト第2弾発表を見たいと思っているところです。

・・・・ということで、今回はイエモンの曲をセレクト。

イエモンの曲で、「今頃」のヒットといえば、やっぱ「LOVE LOVE SHOW」だよね。

・・・っつうことで。。。   ここんところ、毎日のように頭を悩ませている曲セレクトも、今回はすんなりと決まったわ。。。というか、安易に決めた・・・というか

その前に、イエモンの曲っていままであんまり書いてきてなかったんだよな。 かなり前に「JAM」を書いて以来・・・って事になるんかなぁ。

まあ、イエモンも人気のピークは90年代後半ということで、今までレビューをあんまり書いてこなかった「時代」だからねぇ、必然的に書いてなかった・・・って言うのもあるんだけどさ。

 積極的に触手を伸ばそうと思っていたアーティストが極端に少なくなっていた90年代後半にあって、個人的にはイエモンっていうヒト達は、キライじゃなかった。 
 いや、やってる音楽が結構ダサ坊だったからさ、それが良かったんだよな。ダサい音楽が好きなワタシにとっては。 
 
今手元に「歌謡曲完全攻略ガイド」っていう本があるんだけど、この中で、吉井和哉が、自身曰く、「歌謡曲」が好きだってカミングアウトしているんだよね。
 しかも、70年代〜80年代前半の歌謡曲「LOVE」ってことを力説してたりして。

なるほど、「波長」が合うはずだよなぁ・・・なんてシンパシイを感じたりしたってのもあるなぁ。
・・・うん、「よっ同年代」って感じなのよ。 まあ、吉井氏は、ワタシらより3つ年上なんだけど。。。

今回の「LOVE LOVE SHOW」にしても、外見からして「ダッタダサ」なロックじゃん。いわいる「ラウド」系って言う感じでもないし、本来は「グラム系」なロックをやっているはずなのに、そんなに洗練もされてないし、かといってビジュアル系でもない。

んじやなんなの? っていうとやっぱり「歌謡ロック」っていうネーミングが嵌まっちゃう気がするんだよなぁ。

メロディラインもいわいる「ウレ線」だしね。 ロック系なヒトたちが通常キラうような路線をあえてやっている・・・って言うような。 その辺に潔さも感じたりしてね。

もう少し線が太くて土着っぽい音楽だったら、一昔前の甲斐バンドに近かったかもしれない。 そう言う意味では90年代じゃなくても、80年代でも、70年代でもこのヒト達は通用したんじゃないのかなぁ。
 たまたま、このヒト達の年齢的に90年代に流行ったって言うだけどさ。



これは、イエモンじゃなくて、2006年に吉井和哉氏がソロで出演したROCK IN JAPANですね。
うん、こんとき、ワタシもこのステージ見てるんだけど、この曲が始まるまでは、ステージ周辺は、かなり空白が目立ったんだよね。
 でも、この曲のイントロが流れた瞬間、「どーっ」大勢のヒトたちがステージ周辺に大挙してきたのを覚えてる。
やっぱ、みんなイエモンを聴きたがってるんだ・・・ってのが、分かった一瞬だったな。
 ただ、この次の出番が矢沢の「エーちゃん」だったんで、吉井氏は大分きつそうだったのを覚えてる。
なんせ、天下の「エーチャン」の前座的な位置だったから。。。


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Vogue / 浜崎あゆみ

2000_05_Vogue_浜崎あゆみ








今回の1曲セレクトは、「Vogue」浜崎あゆみです。

まずはデータです。

・タイトル     Vogue
・アーティスト   浜崎あゆみ
・作詞       浜崎あゆみ
・作曲       菊池一仁
・編曲       菊池一仁、鈴木直人
・リリース日        2000年4月26日
・発売元     エイベックストラックス
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数  76.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:2000年5月11日〜6月1日付
・タイアップ:コーセー「VISEE」CM曲

えー、この間、宇多田の「Wait&See〜リスク〜」を書いたばっかなのに、またまた2000年の「今頃」の曲です。

浜崎あゆみの「Vogue」。

ヒッキーだから、次は「あゆ」・・・っていうのも若干あったりするんだけど、この時の「あゆ」の3部作については、そろそろ書いておこうか・・・と思ったもんでね。

あゆについて「書いておこうか」・・・っていうと、昔からワタシの書き込みを読んでくださっている方にとっては、また「批判か〜」って思われるかもしれませんが、実は、今回セレクトしてきた「Vogue」って曲は、わりと素直に好きだったりするんだよね。

うん、確かに当時、あからさまに「あゆ批判」してたワタシだけど、それは、主に「売り方」にカチンと来てたからなんだよなぁ。
 そそそ、例の「30万枚限定リリース」シングルってやつですね。 現にこの曲の前のシングル「Fly High」は30万枚限定シングルなわけで、当時、運営していた「掲示板(BBS)」では、随分いろいろ書いた気がするなぁ。

前年「Boys&Girls」「monochrome」で連続ミリオンを達成していた「あゆ」であるのに、なぜいきなり「限定30万枚」にしなきゃいけないのか・・・っていうのが、どうしても解せなかったんだよなぁ。
 当時の傾向からすれば、恐らく初回で30万枚は行っていたはず・・・。ということは、リリース直後に購入しなきゃ「売り切れ」っていう事態にもなっていたかもしれないんだよね。
 それでは、ラジオとかテレビの音楽番組で聴いて、「いいな」と思ってCD屋に行っても、もしかすると売り切れになっているかもしれない・・・。 けっきょくバナナのたたき売りと同じで「早いもん勝ち」なわけじゃん。
 そう言う売り方ってどうなの? ・・・っていうところがどうも解せなかったんだよな。

結局一元様お断りな世界であって、マスな固定ファン以外はCD購入禁止って、案に言われているような感じに思えたんだよね。 そういう商売の仕方は、じっくりと音楽を聴いてから気に入ったらCDを買おうと思っている音楽ファンからするとバカにされているような感覚に思えたんだよね。


・・・あー、またまた話がずれた。 修正、修正。

ま、ともかく、そう言う売り方があった「あゆ」だけど、この曲からの連続リリースとなった「3部作」については、そんな「限定」的な売り方ではなく、通常リリースであったことは、まず評価出来たんだよな、当時としても。

で、肝心な曲の方も、意外と面白い曲だなと思ったんだよなぁ。 いきなりシタール風な音色のシンセから始まるエスニック調な雰囲気だったじゃん。そう言う雰囲気の曲って、あゆとしては、この曲が初めてだったし、だから、まず意表を突かれたったのはあったんだよね。 まず、そこが良かった。

メロディラインとしても 出だしサビの ♪ 君を咲き誇ろう〜 ♪ の部分の ♪ ほー ころう〜♪ ってところで、下がるメロディにどうも引っかかったんだよね。 なんか小バカにされているようで 

 うん、まあ、普通、小バカにされているような感じを受けると「ムッ」となるんだけど、この曲に限っては、なんかよかった。 逆に、この部分が無かったら、この曲もあんまり面白く感じなかったかもなぁ。

それに続いて、Aメロでの ♪ 気づけばいつでも〜 ♪ の部分のバックに入ってくる ♪ ナハハン ハーン♪ってくるあゆ自身のバックコーラスが、なんかよかった。 「なんか・・・」っていうのはあいまいだけど、なんかくすぐったい感じがしたりして。


兎に角、全体的に、バックで「へびつかい」がピーキャラやっているようなエスニックな雰囲気が、どことなく変わってて面白いと思った1曲だな。
今から思うと、一般的には、あんまりこの曲は支持されているって感じはしないんだけどさ。
まあ、前年に2枚のミリオンを出している、あゆ様でも、1位を取れませんでしたからね、この曲では。 
その辺から見ても、あんまり人気が無かったってのは分かるわな。

ちなみに、この曲から始まる3部作って「絶望三部作」って言うんだってね。 まあ、たしかに最後の「SEASONS」は、曲調から言ってそんな感じがしないでもなかったけど、この曲は、曲調的にあんまり「絶望」って言う感じもしなかったんだけどね〜。 



このMVも、当時よく見たような気がするなぁ。 「ぶりっ子」な浜崎あゆみが印象的。
ただ、1分で切られちゃってるね。。

なので、フルの動画をもう一つ




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恋したっていいじゃない / 渡辺美里

1988_05_恋したっていいじゃない_渡辺美里








今回の1曲セレクトは、「恋したっていいじゃない」渡辺美里です。

まずはデータです。

・タイトル    恋したっていいじゃない
・アーティスト  渡辺美里
・作詞      渡辺美里
・作曲      伊秩弘将
・編曲      清水信之
・リリース日   1988年4月21日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  24.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1988年5月9日〜7月4日付
・タイアップ:UCC缶コーヒーキャンペーンCM曲

ここのところ、書く曲が定まって無くて、毎日結構悩んでるんだよね。
いや、書く曲が無い訳ではなく、これから書こう・・・と思う曲は頭の中でいくつかストックしてあるんだけど、どの曲を持ってこようか・・・っていう踏ん切りがどうも付かない。

「書こう」と思う曲はあるんだけど、どう切りだして書こうか・・・っていうところが今一つ浮かばなくてねぇ、ちょっと苦しんでますね。

で、そんな頭の中でストックしていた曲の1つを今回は、持って来ましたわ。

渡辺美里「恋したっていいじゃない」

この曲は、当時、少し肩透かしをくらった感じがしたなぁ。
めちゃくちゃ軽い感じのアップテンポの曲だったじゃん。どうも、それまで感じていた渡辺美里のイメージを、いい意味で崩してくれた・・・っていうかね。

ま、それまでも、この手の曲があったのかもしれないけど、渡辺美里っていうと、個人的にはどうしても「My Revolution」のイメージが頭にこびりついていた感じでねぇ、どことなく食傷気味だったんだよね。
だから、前年くらいから、曲はヒットしていてもほとんど曲を聴いてなかった。 まあ、その影響で未だに、1987年のこのヒトの音源は1曲も持ってなかったりしてね

でも、この曲はビビビッと来たなぁ。 この曲、UCCの缶コーヒーのCMで当時、ガンガンかかってたじゃん。

もうね、サビの ♪ D・A・T・E〜 ♪ は勿論なんだけど、 その後の ♪ I WANT YOU  I NEED YOU〜♪ のフレーズに「ビビビ」ってきちゃったんだよね 
ま、なんか軽薄短小な感じがしないでもないんだけど、でも、やっぱりキャッチーなんだよね。

 1988年っていうバブルな時代にもピッタリ嵌まっていたのかもしれない。まあ、個人的には「浪人」としい重い十字架を背負った年でもあったけど、この曲の軽さにはシンパシイを感じてたなぁ。

兎に角、バックコーラスに岡村ちゃんがいたり、ギターが佐橋佳幸氏がやってたり、支えていたミュージシャンも豪華だったしね。 

一つ難あり・・・と思ったのは、最後、なんか尻切れトンボみたいに音が切れるじゃん。 そこだけがなんか「雑だな」・・・なんて思ったな。 もっと粋な終わり方ってなかったんでしょうかねぇ。。。


それと、作曲の伊秩弘将氏ってのも、この頃から出てきたって感じでしたよねぇ。 うん、後年、90年代の後半にSPEEDのプロデュースで一躍、トッププロデューサーの一人になった人ですわ。
 ま、実際は、この前年の「IT'S TOUGH」の作曲もしてるんで、この曲が初めてって訳じゃないんだけど、個人的には、この曲が、このヒトの存在を知った・・・って感じだったなぁ。
 なんか代わった名字なんで、なんか引っかかったんだよね。

ちなみに、この曲がリリースされる1か月前に、CDシングルなる代物がリリースされたんだけど、個人的に初めて買ったCDシングルがこの曲だったんだよなぁ。

当時は、8cmCDがCDプレイヤーのトレイ乗らなかったんで、CDの外側に、いちいち「アダプター」を付けなきゃいけなかったのが、煩わしかったんだよな。
・・・・なんて書くと、懐っかしいな・・・なんい思う方は、今の40代以上かなぁ。

 最近は流石に8cmCDがトレイにならないCDプレーヤーなんてないよね・・・なんて思ってたんだけど、最近はほぼ全てが12cmのマキシになっちゃって8cmのシングルCDが少なくなっちゃっで、逆に最初から8cmCDがトレイに載らないプレイヤーもあるんだってね。。。。

うーむ、時代は繰り返す・・・ってやつか。。。。






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ギザギザハートの子守唄 / チェッカーズ

1984_05_ギザギザハートの子守唄_チェッカーズ








今回の1曲セレクトは、「ギザギザハートの子守唄」チェッカーズです。

まずはデータです。

・タイトル    ギザギザハートの子守唄
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      康珍化
・作曲      芹澤廣明
・編曲      芹澤廣明
・リリース日   1983年9月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  39.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1984年5月7日〜5月28日、6月11日付

のっけから・・・・・眠いっス!  昨夜は自分のサイトのトップページに「アクセスカウンター」を設置するのに、久々にCGIと格闘しつつ、気がついてみたら「あさ〜っ」ってのをやってしまいまして。。。。
いや、昔、レンタルサーバーを借りてた時も付けてたんだけど、一時、お金が無くてやむなく無料のレンタルサーバーに引っ越しした時に外しちゃったんだよね。
 でも、昨年、再度、「有料」のレンタルサーバーを借りて独自ドメインを復活させたんで、ちょっと遅くなっちゃったけど、アクセスカウンターを復活させようと思ったんたけど。。。。

 うーむ、久々にCGIのプログラムや、ファイルのパーミッション設定なんかと格闘したんだけどねぇ。 最終的には表示できるようになったんだけど、どうも、数字がランダムになっちゃってウマく表示できなかったんだよね。

・・・なんで、結局、徹夜までしたのに破棄。 ネットに落ちてた無料カウンターをつけたら、ものの5分でついた。。

むー、最初からそうすりゃよかった。。。。 眠いっス。頭が回らなっス。。。。

なんで、早く書いちゃいますね。


さて今回セレクトしてきた曲は、チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」。

うむ、栄えあるチェッカーズのデビュー曲ですわな。
・・・・ってことは、ここ読んでる方はみなさんご存知ですよね  まさか「涙のリクエスト」がデビュー曲って思ってる方は、よもやいらっしゃいませんよね 

うーむ、まあ、今となっては「栄えある〜」なんて書けちゃいますけど、リリースから暫くの間は、まったくヒットしなくて、泣かず飛ばずの状態が続いた・・・っていうのは、当時、リアルタイムでこの曲聴いてた方なら、良くご存知ですよね。

ちなみに、この曲のオリコン初登場って何位だったかご存知でしょうか。 

168位だったんですねぇ。(1983年10月3日付)。。。

168位ですわ〜。っつか、詳細はワタシも今、知ったんですけどね。。。
当時のオリコン(ウイークリー)ってシングルは200位まで掲載してあったんで、当時のオリコンをひっくり返してみましたわ〜
 そそそ、当時のオリコンを所有しておられる方ならご存知だと思うけど、今でこそYOU大樹では200位まで売り上げ枚数は記録されているものの、当時は、101位以下は集計「誤差」が大きいという理由から、あくまで「参考」ランクであり、売り上げ枚数も出してなかったんだよね。

当時からすると、オリコン100位以下の曲は、そのアーティストの余程のファンで無い限り、一般的にはほとんど誰も知らない曲であり、ほとんど注目もされなかったんで売り上げ枚数があろうが無かろうが、影響はなかったんだけどさ。

だから、つまりは、当初は、この曲は、ほとんど見向きもされなかった曲だった訳無なんですよね。
 そんな状況下の中、当時、デビューキャンペーンで各地を回った際は、観客もほとんどおらず、「リンゴ箱」の上で歌ったこともあったとか。。。 

まあ、当の本人も、もともと「こんな演歌歌えるか」って言う気持ちだったようなので、仕掛けた側には「それみたことか」っと言う気持ちだったようなんですが。。。


 そそそ、もともとチェッカーズって、件のアイドルバンドなんかじゃなくて、ヤマハのライトミュージックコンテストのジュニア部門、後の「YAMAHA TEENS' MUSIC FESTIVAL」に相当するコンテストで優秀賞を受賞した実績のあるバンドだったんだよね。
 なので、当然、バリバリのバンド系、とくに当初はシャネルズのようなドゥアップなど黒人系音楽をやっていたので、そちらの方向でデビューすると思っていたところ、いきなり「アイドルバンド」にさせられ、しかも「演歌・歌謡曲」みたいな曲でデビュー・・・ということで、少し「ふてて」たところもあったようだ。

だから、当初、売れなかったときは「それ見た事か」・・・と思ったようなんだよね。


BUT、年が明け第2弾の「涙のリクエスト」がラジオでヘヴィーローテション的にかかるようになって、状況が変わる。
 オリコン初登場168位なこの曲もジワジワジワとランクを上げ、100位内に初登場したのが、1983年12月19日付(81位初登場)。その後も、ノラリクラリと、業界用語でいうところの「右ページ」(51位〜100位)を少しずつランクアップしていたところ、「涙のリクエスト」リリースと同時に、「左ページ」に躍進。
以後も、ジワリジワリとランクアップし続け、1984年5月14日付でついにベストテン内に到達。。。とまさにシンデレラストーリーを字で行くようなチャートアクションを展開しましたよね。

うん、その間に、第2弾の「涙のリクエスト」、第3弾の「哀しくてジェラシー」の大ヒットもあり、一躍「時の人」な存在になってしまった訳なんだけども、チャートマニアからすれば、この曲のようなジワリ型ヒットっていうのが、一番見応えがあったわけなんだよね。
ま、確かに3曲中では、一番ジミーな存在であることは確かなんだけどさ。

ちなみに、この曲がベストテン内に到達した、1984年5月14日付チャートは、チェッカーズが、それまで前人未到の3曲同時にベストテン入りさせた・・・なんていう歴史的なチャートなんだけどさ。

1位 哀しくてシェラシー
5位 涙のリクエスト
9位 ギザギザハートの子守唄

いや、まさにチェッカーズ旋風が吹きまくっていたころですね。

でも、これよりホンの半年前のことを考えると、上で書いたようにほとんど客もいない前でデビューキャンペーンを行っていたなんて、まったく信じられない状況だったよな。
 っか、逆に、1983年の大晦日の時点で、次の年にチェッカーズ旋風が来るなんて、全然予想もしてなかったことだったもんな。

たださ、そんな予感がしてたのかどうかは分かんないんだけども、当時、月刊明星付録の「YOUNG SONG」の1984年2月号(年末特大号)。楳図かずおと近田春夫の「年末対談」って言う企画の中で、「来年はハデハデグループが出てきて欲しいな」なんていう件があるんだよね。
 あとからすると、いや、まさにその対談内容が「図星」で当たっちゃったわけなんだけども、すでに業界内では、チェッカーズが爆発する・・・っていう噂はあったんでしょうかねぇ。 まあ、今となっては全く分からないことなんですが。。。。



うわうわ、チェッカーズヘアのフミヤや。
当時、この髪型にしようとすると、ガッコの頭髪検査で、絶対引っかかった・・・という。
ちなみに、オートバイを生産していたYAMAHAにおいて、YAMAHA所属のチェッカーズが、♪ 仲間がバイクで死んだのさ〜♪ とは何事だ〜・・・って言う事もあったようですね。
 それでもリリースしちゃったんだから、いい時代だったよね。 いまだったらコンプライアンスがなんじゃらかんじゃらで、もっと問題になったろうけどね。
 だいたい、こういうエンターテイメントに「まともな意見」が絡んでくるとツマンナクなるのよ。

サザンのアルバム「NUDE MAN」の1曲目の「D.Jコービーの伝説」にあるように 「オリコウなやつぁGET OUT、アーパーならC'MON」って行く方がいいのよね、エンタテイメントは。



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Wait & See〜リスク〜 / 宇多田ヒカル

2000_05_Wait&See〜リスク〜_宇多田ヒカル








今回の1曲セレクトは、「Wait & See〜リスク〜」宇多田ヒカルです。

まずはデータです。

・タイトル    Wait & See〜リスク〜
・アーティスト  宇多田ヒカル
・作詞      宇多田ヒカル
・作曲      宇多田ヒカル
・編曲      Jimmy Jam 、Terry Lewis 、宇多田ヒカル
・リリース日   2000年4月19日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 166.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2000年5月4日〜6月15日付

ここ暫く80年代の曲が続いたんで、今回は久しぶりに2000年代の曲をセレクトして来ましょうかね。

宇多田ヒカル 「Wait&See〜リスク〜」

2000年の丁度「今頃」のヒットなんだけど、2000年というと、ホントついこの間・・・っていう感覚だったりするんだけどさ、それでもあれから16年経ってるんだもんなぁ。
 この間、テレビで年代を振り返るクイズをやってたけど、ついこの間・・・と思ってみても、1年ごとに遡って行くと、かなり昔のような気にもなりましたね。

 ちなみに、16年前も今年同様、オリンピックイヤーだった訳だよね。 そそそシドニーオリンピック。女子マラソンで高橋尚子が金メダルを取った年ですわ。そう考えると、結構前なのかなぁ・・・なんていう気にもなってくるな。


・・・というわけで、宇多田ヒカル「Wait&See〜リスク〜」

個人的にねぇ、この曲は、この時期の曲としては好きなんだよなぁ。 すでにこの頃も、今と同じように週ごとのリリース曲数は多く、今となっては時代に埋もれてしまったような曲が数多くある中、この曲は、依然ヒット曲として、ワタシの中に残ってるんだよなぁ。
ま、あくまでワタシ個人の中に・・・って事なんだけどさ。。

なんかさ、イントロ⇒Aメロからして、緊張感があるじゃない    イントロ部分の ♪Stay〜 ♪って入ってくる部分、このヒッキーの声質が緊張感があり曲を引き締めているよね。

 そして、その緊張感が緩むことなく、曲が進でいく。 そんな曲調に思わず魅かれて行くんだよなぁ。

かといって、分かりづらい曲かというと、そんなことはなく、曲構成そのものは比較的シンプルだったりもするし。

うん、この曲の前の「Addicted To You」はメロディラインと、バックトラックのコンビネーションが若干複雑だったもんね。
 それに比べると、この曲は分かりやすかったんだよな。

・・・かと思うと、最後の部分でそれまで、全く出てこなかったようなフレーズ、いわいるCメロが登場してたりしてさ。
 ただ、通常Cメロというと、それまでのイメージががらりと変わるというパターンも多い中、この曲では、それまでの緊張感が緩むことなく最後まで突き進んでいくってのが印象的だったりしてね。




それにしても、このPVは当時、何回見たか・・・ってくらい頻繁に見てた様な気がするな。
宇多田ヒカル、当時17才。
 うーむ、17才にして、この完成度の曲を作っちまうってのは、やっぱりヤバイよねぇ。やっぱり、このヒトは天才なんだよなぁ。

そして、当時、ワタシは・・・といえば、PCのAV化に夢中になってた頃だ。
そそそ、当時、手持ちの音源が多くなって管理しきれなくなってきてたんで、音源を「mp3」にしてPCで管理しよう・・・って事を考えてた頃なんだよね。
 最初は、mp3もwavも全く知らなかったし、CDからのリッピング、mp3へのエンコードも全く知らない所からのスタートだったんで、大分勉強したんだよな。
 音源のハイレゾ化が進んでいる、昨今では考えられないことなんだけどさ、本当は「無圧縮」で保存したかったんだけど当時のPCって今から考えるとスペックがまだまだ低くてさあ、当時のHDDの容量を考えるとmp3にせざるを得なかったし、それが標準だったしなぁ。
ただ、mp3に変換するにも、当時のPCからするとそこそこのスペックが必要だったんだよね。
 それで、いろいろと機材を買いこんでは、PC上で実験してた頃だなぁ。今じゃ信じられないけど、サウンドカードだけでも、いろいろ買いこんだし、機材を安く調達しようと、ほとんど秋葉原に入り浸っていた頃ですね。
 うん、いまじゃ秋葉原っていうとアイドルオタクの街ってイメージだけど、当時はパソコンの街だったからさあ。
そんな音源mp3化の実験に、この曲、随分使ったんだよね。
 だから、この曲っていうと、あのPC AV化にいそしんでた頃が脳裏に浮かぶんだよね。

でも、この頃の経験と知識が、次の年、某着メロサイト運営会社への転職に繋がったんだから、分かんないもんだよなぁ。



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疑問 /立花理佐

1987_04_疑問_立花理佐








今回の1曲セレクトは、「疑問」立花理佐です。

まずはデータでする。

・タイトル     疑問
・アーティスト   立花理佐
・作詞       麻生圭子
・作曲       伊豆一彦
・編曲       中村哲
・リリース日    1987年4月1日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・発売元      8.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・タイアップ:TBS系ドラマ「毎度おさわがせします PART掘彈臑蟆

 ゴールデンウイーク後半3連休もあっという間に終わりですねぇ。 毎度毎度の事なんだけども、どーして休みの日はこうもあっという間に過ぎますかねぇ。
 まあ、明日1日出勤すれば、また2日休みなんでね、いまのところ、それほど「憂鬱」な気分にはなってないんだけどさ。これが日曜日になると、憂鬱になるんだろうなぁ、「あー、連休が終わっちまった」と言う気分で。。

さてと、どーでもいい話はこの位にして、今回の1曲セレクトです。
ここ暫くニューミュージックを続けてしまったんで、久しぶりにアイドルです。

立花理佐「疑問」

うーむ、またまた1987年になっちまった。。。。偏ってるなぁ・・・っていうのは重々承知なんだけども、特に80年アイドルとなると他の年のめぼしい曲は大体書いちゃったんで。。。。
 でも、いままでなぜか87年の曲は、あんまり書いてこなかったんだよね。 まあ、大ヒット曲が少なく、「こんまい」曲が多かったからだろうな。

・・・ということで、今回の立花理佐も、まだ書いてなかったんだよね。。。なんで、丁度いいわ・・とセレクトして来ましたわ。

ま、実際ヒットのピークは4月中で、87年のゴールデンウイークあたりは、すでにチャートも下降線にあったんだけども、まあいいですかね。

この曲、立花理佐の「デビュー曲」と言う事だったんだけども、で、いきなり、オリコン初登場2位・・・ということで、上々の滑り出し・・・・なんて、マスコミでは絶賛されてた・・・・ような気がするけど、今となって見れは、全然記憶に残って無かったりするんだよね。

初登場2位といっても、累積売り上げは10万枚にも満たなかった訳だし。
デビュー曲で8万枚も売れれば、当時のマスコミのように上々の滑り出しだったのかもしれないけど、なんか腑に落ちないものを感じたんだよなぁ、当時のワタシとしても。奥歯にモノが挟まったようなスッキリしない気分・・・というかね。

それは、当時、すでに80年代アイドルの「質」に疑問を感じてきたのかもしれないんだけどさ。
以前にも書いたけど、87年ごろになると80年代アイドルも数的にオーバーフロー気味だったんだよね。
それでも、毎年、数多くのアイドルがデビューしてくる。
 そんな状況の中でデビューしてくるアイドルってさあ、1,2歩譲歩して言っても、クオリティが下がってるよなぁ・・・とかしか感じなくなってきてたのは、事実なんだよね。

結局さ、新たなアイドルが出てきた・・と言っても、それまでいたアイドルとの「差別化」っていうのかなぁ、「新しいサムシング」を感じなくなっちゃったんだよね。だから、新鮮さを感じられなくなっちゃってたし。。。
 もう、「規定」の80年代アイドル路線はお腹がいっぱいだったんだよね。 アイドルメインのヒットチャートにも正直飽きてきてた頃だし。。。。
そろそろ別の路線のヒット曲が聴きたい・・・なんて本気で思ってましたね、個人的には。

ま、実際にはそう言うムーヴメントは地下で起こり始めていたんだけどね。 
今でこそ、日本の3大野外フェスとなった、Rock In Japanの「母体」誌である、「ROCKIN' ON JAPAN」が創刊されたのは1986年10月。 そこから小さな火がついて、少しずつではあるけど、「Rock」が再度、次のニュームーヴメントとなりつつあったのが1987年だったんだよね。 

個人的には、まだ、そんな動きは知らずにいた訳で、相変わらず「オリコンウイークリー」を買い続けていたんだけどさ。
ただ、当時のオリコンって、もう9割がたは「アイドル誌」だったからさあ、正直、買うのは勇気が要ったりしたな。
「チャート情報誌」のころのオリコンから買ってた知り合いの多くは、アイドル雑誌然になったことで飽きれて次々と買うの止めてったしさ。
それでも、個人的に買うのを止めなかったのは「意地」ですね、半ば

それに、後々、こういう(酷い)時代もあったって言う記録を手元に残したたかったし。あ、それは、今も同じ。
こういう酷い時代があったってことで、後々の時代に残したいんで、今も自分でチャートを作ってる訳で


あーーーー、話が大幅にずれた。。。。修正・・・

今回セレクトしてきた「疑問」ってさ、陰がある女の子の歌ジャン。
でも、どうして、このヒトのキャラで、「不良」とまでは言わないけど、「陰」があるような女の子について歌わなきゃ行けないのか? ・・・っていうのがどうも、今一つ見えてこなかったんだよね。
歌番組でも、歌う前のインタビューでは、エクボ顔の屈託のない笑顔でしべってるこのコが、、ウタになると、いきなり「陰のある」女の子なわけでしょ・・・。 どうもねぇ、今一つピンと来なかったんだよなぁ。

うん、どうしても、どこまでも、山口百恵や中森明菜路線の亡霊を追いかけてるよな・・・って感じちゃうんですよ、「陰」ある女の子って言う路線は。
 それを凌駕するものをこのコが持っていたなら、そう言う路線でもマッチするんだろうけど、どうもねぇ、このコとの実際の(見た目上の)性格とのギャップを感じちゃったんだよなぁ。

その前に「ウタ」がね。。。。やっぱり、「陰」ある女の子を歌うには、ウタはウマくなくちゃ。。。。な
まあ、よく声がひっくり返ってましたな。

そんな感じで、どうも今一つギャップを感じるのに、オリコンで2位まで行っちゃったでしょ。
そんな動きにも、この曲のタイトルぢゃないけど「疑問」を感じちゃったワタシだったんだよね。

そんなこんなで、この曲については、いろんな意味で、当時、すっきりしないものを感じたんだろうな。

まあ、この曲が当時、オリコンの2位まで行ったのは、「毎度おさわがせ〜」のPART3に使われたのと、ロッテのアイスのCMで使われたのが大きかったんだろうけどさ。
(実際、ワタシもロッテのアイスのCMで、この曲の存在を知ったな)




もしかして、これって「Mステ」? 
たしか、この時期に司会になったんですよね。まだまだ毒舌キャラが冴えてましたね。
そして件の立花理佐さん、声がひっくり返りまくりですな・・・。



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