かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年05月

Beach Time / TUBE

1988_06_BEACH TIME_チューブ


今回の1曲セレクトは、「Beach Time」TUBEです。

まずはデータです。

・タイトル     Beach Time
・アーティスト   TUBE
・作詞       亜蘭知子
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1988年4月30日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   17.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1988年5月23日~6月27日付
・タイアップ:キリン「キリンレモン'88イメージソング」

えー、先週書いた「サマードリーム」に引き続いてTUBEです。
この間も書いたけど、「夏はTUBE」ってことで、暫くは集中的に書いていこうかな・・・と思っておりまして、なんか頻繁だなぁ・・・とは分かっているんだけど、引っ張って来ちゃいました。

今回は、前回の87年「サマードリーム」の翌年88年の今頃のヒットだった「Beach Time」。

・・・・と言うモノの、もしかすると今となっては「忘れられてる」ような1曲かもしれないなぁ。
「夏はTUBE」ということで、当時、毎年のこの時期に新曲リリースしていたTUBEだけど、この曲は、あんまり派手には売れなかったからなぁ。
前年までは20万枚を上回っていたレコード売り上げも、この曲では20万枚割れだったしね。

まあ、曲調が曲調だったからねぇ。。。正直言って、前年の「サマードリーム」とどう違うの? って言うくらいイメージが似てたからなぁ。さすがに3年連続で、亜蘭知子 織田哲郎ペアの作品ともなると、飽きられてきていたっていうのは隠せなかったよね。

ただね、一番致命的だったのが、この年1988年っていうのが、記録的な「冷夏」だったんだよね。その影響が一番大きかったろうねぇ。
前回、大黒摩季の「夏が来る」で書いたのとは「真逆」な展開(気候)だった訳ですね。

そそそ、「夏が来る」の94年は、曲のイメージ通りの「暑い夏」だったために、ヒットが加速した訳なんだけど、逆に88年は、記録的な「冷夏」だったために、「夏の曲」と言われても、全くピンと来なかった訳なんだよね。
 
あの年は、夏の間中ずっと天候不順な日が続いて、夏らしくない涼しい日が続いたんですよ。真夏日も数えるほどしかなかったと思う。

そんな影響は大きかっただろうな。仮に、1988年が1994年のように「暑い夏」だったととしたら、同じような曲調が続いて飽きられてきたように思えても、もっと売れてただろうね。 少なくとも20万枚割れって事はなかったんじゃないかなぁ。ま、あくまでも「推測」の範疇ですけどね。
 でも、楽曲イメージと実際の気候っていのうは密接に関係していると思うなぁ。
最近は、夏場だから「夏っぽい曲」。秋だから「飽きっぽい曲」・・・って感じで季節を感じる曲って少なくなってきたからねぇ、こんなこともあんまり感じ無くなってきたように思えるけどさ。



個人的には、この年は大学受験の「浪人」生活を送っていたんでねぇ、この曲なんか聴くと、あの暗黒な状態を思い出すな。


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夏が来る / 大黒摩季

1994_05_夏が来る_大黒摩季


今回の1曲セレクトは、「夏が来る」大黒摩季です。

まずはデータです。

・タイトル    夏が来る
・アーティスト  大黒摩季
・作詞      大黒摩季
・作曲      大黒摩季
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1994年4月23日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 97.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1994年5月9日~7月11日付
・タイアップ:TBS系「COUNTDOWN TV」  1994年4~6月度オープニングテーマ

いやはや、いい天気の日曜日でしたわ。 最近、日曜日は「休養日」と決め込んで家に閉じこもることが多いんだけど、流石に今日のような日は家に居るのが勿体ない・・・・っつうことで、1日ドライブでしたわ。
 それにしても、もうすでに気候は初夏を通り越して「夏」ですね。こんな日は、今頃ヒットした夏の曲を持って来たい・・・とのごとく、今回は、この曲をセレクト。

大黒摩季「夏が来る」。 いやいやいや、「夏が来る」・・・というよりかは「夏が来た」・・・なんてキャンディーズなタイトルの曲の方がぴったり嵌まるかもしれないけどね。まあいいでしょう。
 ちなみに、この曲、リリースは4月なんだよね。 以前にも書いたけど、昔は4月なのに「夏」がタイトルにつく曲が多かったんだけどさ、この曲もそんな曲の一つですわな。

先週同じようなことを、TUBEの「サマードリーム」の時も書いたんだけどさ、件の「サマードリーム」の時は、ヒットした頃はまだ肌寒かった。 これは80年代終盤は、初夏の頃って毎年のように寒くてさ、だから、タイトル倒れって事が多かった。

 でもね、今回セレクトしてきた、大黒摩季の「夏が来る」がヒットした1994年、この年は「異常」がつくほどの暑い夏だったのよ。そそそ、このところの「熱波な夏」って、今から考えるとこの年から始まったような気がする。
で、この曲がヒットのピークを迎えていた、「今頃」も既に暑さが出て来ていてさ、加えて「ピーカン」な日も多かったような気がするなぁ。

だからね、この曲は、タイトル通りの「夏!」って言うイメージが強いんだよね。 今日のような良く晴れた青い空の下で、この曲を聴いてた・・・っていう絵が浮かんでくるし、実際にそうだったんだよね。兎に角蒸し暑かった記憶があるなぁ。
そそそ、曲が、あの時の気候とピッタリシンクロしていたような気がするなぁ。
全体的にサンバっぽいラテンのリズムで、曲の温度感は「熱帯」っぽかったからさ。

そんな曲のイメージと、実際の気候があっていたことは、「ヒット」には一段と加速をつけたよね。前作「白いGradation」は、48万枚止まりだったのが、この曲は倍以上の97万枚。 惜しくもミリオンセラーまでは届かなかったものの、ベストテン内には、2カ月以上も粘ったしな。

やっぱし、夏の曲のときは、実際に気温も「夏」っぽくないと・・・って事なんだよね。 それらしい雰囲気が出ないしな。

詞は、それまでの「肉食系女子」っていうイメージではなく、「お嬢様」っていうキーワードが目新しくて印象深かったな。そそそ、このヒトとはイメージが大分離れているよな・・ってところが、かえって面白かったんだよね。





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夏色片想い / 菊池桃子

1986_05_夏色片思い_菊池桃子


今回の1曲セレクトは、「夏色片想い」菊池桃子です。

まずはデータです。

・タイトル    夏色片想い
・アーティスト  菊池桃子
・作詞      有川正沙子
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1986年5月14日
・発売元     VAP
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 24.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1986年5月26日~6月9日付
・タイアップ: 日立ビデオ「マスタックスHiFi」CM曲

えー、前回に引き続き、今回も80年代の「アイドル枠」と言う感じで、この曲を引っ張って来ましたわ。

菊池桃子「夏色片想い」

うーむ、菊池桃子さんの曲は、主だったところはもうすでに書いちゃったと思ってたんだけど、この曲が抜けてたな。
 本当は、前回も「女性アイドル」だったんで、今回は男性アイドルで行こうと思ってたんだけど、ちょっこっとヒットしてた時期よりまだ、間があったんで・・・とおもって代わりの曲を物色してたら、この曲にぶち当たったんだけど、まだ書いてなかったとは意外だったな。

恐らくねぇ、当時からこの曲、個人的には、印象が薄かったからかもしれない。
オリコン1位獲得曲を印象が薄い・・・っつうのも変な話だけど、まあ、当時、ことに86~87年頃のランキングは、今と同様に、週替わりで入れ替わっていた「猫の目チャート」だったわけだし、だから「1位」だからって本当にヒットしていたか・・・というと疑問だったからね。

 この曲も、とりあえず、初動ダッシュで1位は獲得したものの、ベストテン入りしていたのは、ワタクシのチャートではわずか3週間だったしさ。
 この動きでも分かるように、桃子さんも、この頃になると「固定ファン」御用達なアイドルになって来ていて、 一般のファン、浮動票なヒトたちからは、飽きられ始めていたんだよね。
 まあ、それで25万枚近くも売る力は、まだあった訳だから、この数字を見る限りでは飽きられ始めていたかどうか・・・っていうのは見えにくいけど、少なくともチャートアクション~見ると、そう言う傾向は見えていた訳なんだよね。

うん、前年の85年ごろの桃子さん「全盛期」の頃は、チャートアクションに粘りがあったもんね。
そこから見ると、ベストテンに3週しか居られなくなっていたことは、個人的に熱狂的なファンではなかったけど、少し淋しさは感じてたかなぁ。

その原因は、なんとなっても、「曲調」なんじゃないのかねぇ。
この曲を最初に聴いた時は、もうね「またか」・・・とか思えなかったの。だってさあ、この曲どこを切っても、初期の「SUMMER EYES」あたりの曲の焼き直しにしか思えないんだもの。
さすがに曲に「新鮮さ」は感じ無かったよなぁ。 最初にこの曲の印象が薄い・・・って書いた最大の原因もココなんだよね。
 何か、新たな「サムシング」が欲しい時期だったんだよね、菊池さんにも。大々的な変化とは言わなくても「プラスアルファ」的なサムシングでもさ。

例えば、この曲の前曲の「Broken Sunset」なんかは、それまでのシングルには無い様な緊張感があり、リズムでも細かいリズムがずっと刻んでい来るような変化があった分、新鮮だったし、個人的には好きだった。

だも、この曲は、「なんでぇ、またかよ」・・・としか思えなかったんだよね。

まあ、それは、作り手としても承知していたのか、この曲の次の曲の「Say yes!」で「元気印」っていう変化は見せたものの後が続かなかったしな。

まあ、そんなリリース傾向からして、正直言うと、このヒトの賞味期限も、この辺が限界だったのかもしれないな。
「アイドル」としての・・・というよりも、「シンガー」としての賞味期限ですね。
 確かにこのヒト独特なウィスパーボイスは健在だったけどね、基本、歌い手として器用なヒトじゃないんで、結局、歌える曲調が一つだったんだろうな。だから、最終的にはこの曲のような曲調に行かざるを得なかったんだろうね。



ま、上で曲についてはなんだぁかんだと書いてしまいましたが、「アイドル」性としては、ますます良くなっていた頃でしたね。菊池桃子さん。
だからこそ、ウタは不器用でも安易に切れなかったんだろうなぁ。その辺にジレンマを感じるんだよね。



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【キニナル曲】S / Silent Siren

2016_05_S_Sirent_Siren











・タイトル     S
・アーティスト   Silent Siren
・リリース日   2016年3月2日
・発売元     ドリーミュージック
・オリコン最高位 3位 ※
・売上げ枚数 2.2万枚
※2016年5月23日付まで

今回の「キニナル曲」シリーズは、「楽曲」ではなく「アルバム」なんだけど・・・。
一時期「ラジオ」で頻繁にかかってた、Silent Sirenの「チェリボム」の音源を落としたく、TSUTAYAで、この曲が収録されているアルバム「S」を借りてきた。

で、まあ「チェリボム」をリッピングしてPCに落とすだけじゃ、「借り賃」が勿体ないんで、アルバム毎落として、今、聴きながら書いてるんだけど。。。

十中八九、どーせアイドルバンドの域の音楽集なんだろ・・・なんて、半分茶化し気分で聴き始めてたんだけど・・・・

・・・・これが結構良いんですわ。。あせあせあせあせ
アイドル特有の耳触りの悪さがない。むしろ耳に入ってくる音が悉く心地いい。

うーむ、悔しいけど「当たり」だったような気がする。


なにより、演奏水準が結構高い。特にベース、ドラムのリズム体がしっかりしている。
本当に自分たちで演奏してるの? スタジオミュージシャン? なんて勘ぐりたくなるけど。。。

耳に入ってくる音が心地いい・・・っていうのは、恐らく、どの曲も自分の中に既にあるような曲調の曲ばかりだからなのかもしれない。心地いい・・・と言うよりも安心感を感じるのかもしれない。

例えば、最近のロキノン系のガールズバンドって音がぶっきらぼうだったり、チューニングがずれてたり、ギターのカッテングにバラツキがあったり、「雑」な音が多いんだけどさ。
まあ、それがよりパッションに響くと言われれば、そうとしか言えないんで、良いか悪いかは分かんないんだけどさ。

でも、このコたち、すくなくともこのアルバムでも、そう言う「雑」な音は感じ無い。そこが心地いいと思うのかもしれない。

それと、ほとんどの曲が今・・・というより、80年代、90年代前半・・・って言うイメージのメロディライン、サウンドの曲が多い。ワタシらの世代としては懐かしい目の曲が多いからだと思うわ。

戦略的にそうしたのは良く分かんないけどさ。 

ま、ともかく「当たり」なアルバムでした。。。

  

I Don't Know! / Babe

1987_05_I Don't Know_Babe








今回の1曲セレクトは、「I Don't Know!」Babeです。

まずはデータです。

・タイトル    I Don't Know!
・アーティスト  Babe
・作詞      森雪之丞
・作曲      中崎英也
・編曲      中崎英也 杉崎卓夫
・リリース日     1987年5月2日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  14.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月25日~6月22日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「アナウンサーぷっつん物語」主題歌

前回書いた、タイガースの「花の首飾り」は、イマイチアクセスが乗りませんでしたねぇ。
まあ、60年代ということですぐにはアクセスも伸びないだろうとは予想してましたが。。。
・・・ということで、今回は80年代に戻って来ましたわ。 しかも、アイドル枠・・・ということで。

Babe 「I Don't Know!」

春に書いたデビューシングル「Give Me Up!」に続く、第2弾シングル。 この作品も前作同様タイトル「!」ついた英語タイトルなんで、今回もカバーか?
・・なんて初めは思ったもんだけど、この曲は「オリジナル」ですわね。

曲調的にも前作同様、ディスコっぽいアッパーチューンなんで、カバーっておもっても不思議ではなかったんだけどさ、ただ、やっぱり「向こう」の曲じゃないんで、垢ぬけはしてなかったよな。 その分親近感は、こっちの曲の方がありましたかねぇ。

ま、前作からの勢いもあったし、その辺の親近感もあってか、売り上げ的にも前作より伸ばしましたよね。
ランキング的にも、オリコンではベスト5入りしたし、「サ・ベストテン」では3位まで行ったよなぁ。
ちなみに、ワタクシ目のランクでは、それ以上、2位まで行ったんだよね。

いや、これは意外だった・・・、自分のランクでここまで上位に来てたとは全く持って忘れてましたわ。。。

いずれにしろ、これで本格的にブレイクだ〜  ってこの時点では思ったんだけどなぁ。ここから伸びませんでしたよねぇ、Babeさん。結局、売り上げもこの曲が「最高」だったものなぁ。

これは、本当に予想外でしたね。 何がいけなかったんでしょうかねぇ。。。。

結局はイメージ的にワンパターンだったんだろうねぇ。 この次の「Somebody Loves You」こそ、若干イメージ変わったけど、今度はインパクトが弱かったし。。。。 とおもったら、そのまた次の「Hold Me!では元に戻ったし。。。

こんな人気の動き、実は後年にも同じような動きがあったんだけどさ。
小柳ゆきさん。1999年「あなたのキスを数えましょう」でブレイク後、次の「愛情」で頂点を極めた・・とおもったら、その次の「be alive」は、思ったより売れずに、そのまま尻つぼみになっちゃった・・・と。

Babeも全く同じようなイメージだったんだよね。

結局、小柳ゆきさんも同じように、印象がワンパターンだったことが災いしてた様に、Babeも同じだったんだろうねぇ。

ところで、この曲はフジテレビのドラマ「アナウンサーぷっつん物語」の主題歌でもあったんだけど、このドラマ、フジの「月9」ドラマの第1号だったんだよね。
 そそそ、それまでは、フジの月曜9時っていったら、「欽ドン」を初め、ずっとバラエティ枠だったじゃん。
・・・・って、今の40代以上の方は覚えていますよねぇ。

でも「欽ドン」も一時のお化け番組だった頃のような勢いも無くなり、逆にドラマが強くなりだしてた・・・ってことあってか、「月9」が新設されたんだろうな。
 ただ、最初の頃は、バラエティの延長的なドラマ・・・、それまで月曜8時に放送してた「月曜ドラマランド」のようなドラマが多かったのも確かだった気がするな。このドラマにしたって、フジテレビが舞台のいわいる「業界モノ」だったわけだし、結局はフジが自社をアピールするようなドラマだった訳だからねぇ。

・・・ってか、個人的には見てなかったんだよな、このドラマ。 
だけんど、タイトルがもろ「80年代」だよな。「ぷっつん〜」なんてさあ  今、まず使わないよね。「死語」ですよ。。。あん時は流行ったけどねぇ。



この動画、タイトルに「トップテン」ってあるんだけど、「ザ・ベストテン」ですわな、出典は。
初登場の時じゃなかったかなぁ。 


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花の首飾り / ザ・タイガース

1968_05_花の首飾り_ザ・タイガース








今回の1曲セレクトは「花の首飾り」ザ・タイガースです。

まずはデータです。

・タイトル    花の首飾り
・アーティスト  ザ・タイガース
・作詞      菅原房子
・補作詞     なかにし礼
・作曲      すぎやまこういち
・編曲      すぎやまこういち
・リリース日   1968年3月15日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 67.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年4月8日~7月8日付

G.Sの曲についても書きたい・・・なんて前々から書いてたりするんだけど、これまでなかなか足を踏み入れられなかったんだよな。
個人的にヒット期間とかリリース日が曖昧な曲があったりしてちょっと躊躇してた部分と、悔しいけど、自分がリアルタイムで経験してこなかった時代なんでどうしても腰が遠のいてしまっていた部分とがあったりするからかなぁ。
 そそそ、G.Sの曲って、自分の中では「後付」な曲が多いからねぇ。やっぱりリアルタイムで聴いてきた曲の方が筆が進みやすい訳でね。

今回セレクトしてきた曲、ザ・タイガースの「花の首飾り」。

言わずと知れた、タイガースの中で最もヒットし、売り上げ枚数も多かった曲な訳で、ほとんどの方は曲をご存じだと思いますが、この曲も、個人的には「後付け」に聴いた曲なんだよなぁ。
 1968年のヒットだからねぇ、ワタクシは「-1」才。 そそそ、まだ生まれてなかった訳ですよ~。生まれる1年前の話ですね。だからし、リアルタイムで経験したくても経験できないわけですよ~。

でも、この時代を経験できなかった・・・っていうのは、個人的には、ちょっと悔しいんだよなぁ。
昭和元禄っていうコトバが広まり、70年安保に向けて良しにつけ、悪しにつけ、世の中がグラグラと沸き立っていた時代。「後付け」世代にとっては、なんかワクワクしちゃうんですよね。
音楽業界では、66年頃から火がついてきた「G.S」がブームの頂点になった年ですね。

そんな「G.S」ブームも頂点を迎える中、この「花の首飾り」がリリースされた訳なんですよね。
売り上げ枚数67.6万枚は、タイガースの中でも最高売り上げを記録した訳でさ。

え? そんなもんなの? なんて思われるかもしれないけど、そんなもんだった訳です。
何分、時代が時代だった訳でさ、まだレコードプレイヤー持っていた人は限られていた訳でさ、しかも、タイガースといったら、今のジャニーズ以上のアイドルだったわけじゃん。
 アイドルなだけにファンの中心は低年齢層な訳でさ、余計レコードプレイヤーを持っていたヒトなんて限られていたに違いないですよね。
 そんな中での67万枚と、当時からいえばかなり売れた曲と言えるんだよね。
現に、オリコンのチャートアクションで言えば、当然のごとく最高1位を獲得。しかも4/15~5/27付まで、7週連続でロングラン1位獲得。ベストテン内には3ヵ月間ランクインと、G.Sの中でも段違いなヒット傾向を見せていたりする。だからこそ、G.Sの雄とも言えたタイガースな訳だけどさ。

ま、とは言っても、オリコン自体は、この年1968年からスタートした訳なんで、前年までの曲については「未調査」なんだけどさ。
 だから、G.Sの中で一番売れたと言われる、ブルーコメッツ「ブルー・シャトウ」の正式な売り上げ枚数も分からないんですけどね。

それでも、オリコン開始以降では、この曲が、G.Sの中では段違いな売り上げを見せていた事は間違いない訳なんですよね。

それじゃ曲の方は・・・昔はさあ、個人的には好きだったんだよね。
でも、今聴くと、なんか違うんだよなぁ。決してキライになった訳ではないんだけど、どこか違和感を感じるんですよ。

それは、やっぱり、曲自体が歌謡曲に近いからなんだろうね、きっと。 グループサウンズと言っても守備範囲はめちゃくちゃ広い訳で、それぞれのグループの個性によって、歌謡曲系、ロック系、ポップス系、演歌系・・・とかなりはっきりとマトリックス区分けが出来るんだけどさ。
 個人的には、最近では、この後70年代のはっぴいえんどに続く、ニューロック系的なG.Sに興味がシフトしちゃったからさあ。
 歌謡ポップス系のG.Sはちょっと違うな・・・なんて最近は思えるようになっちゃったんだよね。だから、、このタイガースとか、同68年ではオックスとかさあ、歌謡ポップス系なG.Sのサウンドはちょっと違うんだよなぁ・・・なんて思っちゃったりするんだよね。
 同じ、歌謡ポップス系でも、タイガースと人気を二分した、テンプターズは良いんですよ。品行方正なタイガースより、ちょっとヒネテルようなところや、なにより音が黒っぽいところが、よりロックを感じるしね。

それから見ると、特にこの曲なんかは、より「アイドル」を感じちゃったりするんだよなぁ。 まあ、楽器をやりながら歌っている訳で、G.Sなんだけどさ、本質的にはアイドル。
 その後、70年代のレイジー、80年代のチェッカーズ、C-C-Bと続く系譜だよね。
昔は、この手のサウンドが一番安心できたんだけどねぇ、最近は。。。。

でも、この手の、よりアイドルに近い音楽の方が、売り上げ的には一番売れてる訳でさ。そう言う意味では、今も昔も日本人ってアイドル好きなんだよね・・・なんて言うのが分かりますねぇ。






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出航 / 寺尾聰

1981_05_出航_寺尾聰








今回の1曲セレクトは、「出航」寺尾聰です。

まずはデータです。

・タイトル    出航(SASURAI)
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1980年10月21日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数  30.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1981年6月1日~6月15日付
・タイアップ:YOKOHAMAゴムCM曲

いつかも書いたかもしれないけど、ヒット曲には、例えば半年前までは全くヒットの予想も出来なかった曲ってあるんだよね。
 これは、昔は良くあることだったけど、音楽業界がシステマティックになり「売れる曲」しかリリースしなくなった昨今でも、年に1~2作は、そんな曲ってあるよなぁ。

ハイハイ、今回セレクトしてきた曲のフリですねぇ 

寺尾聰 「出航」。

うむ、タイトルが読めない  「出航」と書いて「SASURAI」と読みまするぞ。

81年と言えば寺尾聰の年・・・・と言っても過言じゃないくらい、当時リリースしたシングル、アルバムが悉く「当たった」寺尾氏だけど、果たして、81年の元日にこんな寺尾氏ブームが来るとは、誰が予想していたでしょうかねぇ・・・ってくらい「予期せぬ出来事」でしたよね。

 うん、丁度、当時リリースして空前絶後のミリオンセラーを記録した、アルバム「Refrections」にも同タイトルの曲が収録されているけど、本当に「予期せぬ出来事」でしたよ。

まあ、当時「西部警察」を見ていた方には寺尾氏の存在も浸透していただろうけど、ワタシん家は、同時間帯はデフォルトでNHK大河ドラマだったんで、「西部警察」は全く見てなかったからさあ、寺尾氏の存在すら知らなかったもの。

 それは、メディアでもそうだったようで、この年の2月5日にあの「ルビーの指環」がリリースされたんだけど、明星付録の「YOUNG SONG」では、新曲情報で「寺尾聰」に読み仮名のルビが振ってあるんだけど、間違って「てらおさとる」になってたりしてたもの。
 ま、それだけ当初はあまり注目もされていなかった訳ですね。

でも世の中分かんないものなんですよ。当時、関西から火がついた楽曲は大ヒットになる・・・っていう一種のジンクスがあったんだけど、「ルビーの指環」も「神戸」から火がついて、あれよあれよという間に特大ヒット。

それにつられて、「ルビーの指環」よりも前にリリースされていた「シャドーシティ」(1980年8月リリース)、そして、今回セレクトしてきた「出航」(1980年10月リリース)と、同時にチャートを駆けあがってきた・・・と言うわけですね。
 つまりさ、これら本来前年の1980年にリリースされていた、「シャドーシティ」も「出航」も、リリース当初は、全くヒットの気配すら無かったわけなんですよね。

でも、最終的には「ザ・ベストテン」では3作とも同時ベストテン入りという快挙を達成
それが、1981年5月21日放送分でしたね。 今から、丁度35年前の今頃ですわ。
だから、この曲なんかは、リリースから7カ月もかかってベストテン入りしたって訳ですねぇ。

それにしても、いやはや、気がつけば、あれから35年も経ってしまいましたか。。。。

でも、あの時は随分騒がれましたよね。「3曲同時ベストテン」入りっていう前代未聞の記録を達成したって事で。

ちなみに、オリコンでは、この「出航」は最高11位止まりなんで3作同時ベストテン入りとはなっていない。
だから完全なる「3作同時ベストテン入り」は、それから丁度3年後のチェッカーズまで待たなきゃいけない訳だけど、なにせ当時のベストテンの視聴率は、毎週常に35%前後を推移していた、まさに「ベストテン全盛」の時期で影響力はハンパじゃなかったですからねぇ。



あー、前置きが超長くなっちまった。。。

ところで、個人的にこの3曲の中で、当時一番好きだったが、正直言えば、この「出航」だったりするんだよね。
3曲の中では、なんか一番変わった曲調だったじゃないですか。

Aメロの途中でメロディが止まってしまったり、リズムが3/4拍子だったり。 そそそ、当時、やはり明星「YOUNG SONG」の記事にもあったけど、3/4拍子のヒット曲って当時、ほとんど無かったですからねぇ。 ま、皆無じなかったけど、ほとんど聴いたことが無い。だから、余計新鮮に感じたんだよなぁ
それと、3曲の中では一番、コード進行が易しかったのも、曲に入りやすかったのかもしれない。

それ以上にこの大人の色気にシビレたっていうかねぇ、憧れましたね。その後のチョイワルおやじぢゃないけど、あの頃は「大人」が聴くに堪える曲が、まだ多かったからな。そして、歌詞にもあるように「自由」を感じるんだよね

 そうか大人になったら、もっと自由に生きられるんだ・・・・なんて感じたりして、当時は早く大人になりたかったんですよ。

でも、実際大人になってみたら、ヒット曲は「コドモ」向けばかりになっちまって、幻滅しちゃったってのはあるな。


そうだ、この「出航」の「B面」は、「ダイヤルM」って曲なんだけど、個人的に、この曲も好きなんですわ

↓ コレ


この気だるい雰囲気。これこそが「元祖」シティポップスなんじゃないか・・・なんて思うんだよな。
「シティポップス」っていうキーワードは、この後オメガトライブに代表される、この硬質でクリスタルな格好いいミュージックっていう印象が強いかもしれないけど、そうじゃない気がするんだよね。
 この気だるさ、ジトーっ蒸し暑い温度感があるようなこの雰囲気っていのうが、本当のシティポップス・・・否、TOKYOを表しているんじゃないか・・・なんて思ったりするんですよね。

だから、この曲を聴くと、蒸し暑い夜の東京を想像してしまう、ワタシだったりします。

それにしても、タイトルに時代を感じますよね。今、電話にゃ「ダイヤル」なんてないしなあ、この曲のイントロにかぶさってる「黒電話」のダイヤルの音を知ってるヒトも、今や40代以上だよなぁ。





このサウンドこそ、1981年って感じだよなぁ。
今のようにスーパーに音がいいわけじゃないんだけどさ。でも、味があるんですよ。1981年って言う時代の匂いを感じる。
だから、いつ聴いても、1981年に戻れるんだよなぁ。



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サマードリーム / TUBE

1987_05_サマードリーム_TUBE








今回の1曲セレクトは「サマードリーム」TUBEです。

まずはデータです。

・タイトル    サマードリーム
・アーティスト  TUBE
・作詞      亜蘭知子
・作曲      織田哲郎
・編曲      織田哲郎
・リリース日   1987年4月10日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  21.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年4月27日~6月29日付
・タイアップ:キリン「キリンレモン'87イメージソング」

なんか毎回書いてるようだけど・・・・「暑ちぃ」1日だったわい。 東京も30℃を越え、真夏日だったぞい。 え? 真夏日 本当に5月 って言いたくなるよなぁ。

こりは、今回は「ナッツ~」な曲を持って来たいですな。

うーん、そう言えば夏といえば「TUBE」・・・なんて言われてたのに、今まで「TUBE」の曲ってあんまり書いてなかったような・・・気がするな。。。
 こりは、春先にアルフィーを「集中的」書いたように、これから夏にかけてTUBEを集中的に書くしかないかなぁ・・・。 なんて思ったりして。

でぇ、今回は87年の「サマードリーム」。 

え? 「シーズン・イン・ザ・サン」ぢゃないのかって? うーむ、残念ながら「シーズン・イン・ザ・サン」だけは、すでに書いちゃったんですねぇ。 なので、今回は86年の「シーズン・イン・ザ・サン」に続き、87年の「サマードリーム」・・・とな。

夏はTUBEと大団的に言い切ってしまったワタシなんだけど、じつは、この曲リリースは「4月10日」なんだよね。
まだ、「春」サクラが咲いてる頃のリリースだったんだよなぁ。

いつかも書いたように80年代って季節先取りな傾向が強くて、4月なのにタイトルに「夏」がつく曲リリース、結構多いんだよね。
 まあ80年代も最初の頃は、リリースされてからヒットのピークまで、ある程度の時間を要していたんで、ヒットのピークを迎えた頃、「夏の匂い」を感じることが多かった訳でさ。だから、4月リリースでも納得できた。

でも、80年代も中盤を過ぎると、初登場=ヒットのピーク・・・なんて今と変わらないチャートアクションの傾向がアイドルを中心に起こってきた訳でさ。
 そうすると、4月、リリース時点で「夏」を感じなくちゃならない。  ・・・・なんてそんなこと出来る訳ないじゃん。
4月なんてさあ、まだ寒いですよ~。 だから、タイトルに「夏」がついてもピンボケな曲が多くなってきてたんだよなぁ。

うむ、この曲も本来ならそんな「ピンボケ」な曲になってしまいそうなんだけど・・・。

でも、この曲、4月中はそれほど大きなヒットじゃなかったんだよね。5月には入ってジワリとチャートを上げてきたって感じのヒットだったわけですわ。
まあ、さすがに、アイドルとは違って、季節を感じるごとにヒットしたって訳ですね。

 曲的には、基本、前年の「シーズン・イン・ザ・サン」と変わらない色合い。まさに「ナッツ~」っていう温度感の曲なんだけど、でも、「シーズン・イン・ザ・サン」に比べると、若干大人し目だったかなぁ。
 うん、ワイルド感は少なかったよね、「シーズン・イン・ザ・サン」に比べると。 その分インパクトも少なかったんだよね。
 なんていうのかねぇ、ちょっと品行方正な感じに落ち着いちゃった・・・っていうかねぇ。 まあ大ヒットの後の第2弾なんてのは、こんなもんなんだけどね。

ただ、この曲の頃は、ワタシもTUBEって割と好きで、この曲もリリースしてすぐにレコードを買ったような気がするなぁ。
ただねぇ、この年、余りにも聴きすぎて、いい加減に食傷気味になってのを覚えてるなぁ。
 いや、それは今でも続いていて、正直言うと、この曲には飽きちゃってるワタシがいたりしてね。 うん、なんかさ、あんまり聴きすぎて、新鮮さを全く感じなくなっちゃったんだよなぁ。。。残念ながら。。。



あ、この動画、曲が途中で切れてる。。。。
「フル」バージョンぢゃなくてスミマセン。。。でも、意外とこの曲の動画って上がってないんだな。。。



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赤い風船 / 浅田美代子

1973_05_赤い風船_浅田美代子








今回の1曲セレクトは、「赤い風船」浅田美代子です。

まずはデータです。

・タイトル    赤い風船
・アーティスト  浅田美代子
・作詞      安井かずみ
・作曲      筒美京平
・編曲      筒美京平
・リリース日   1973年4月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 48.1万枚
・タイアップ:TBS系ドラマ「時間ですよ」劇中歌

今でこそアイドル全盛・・・っちゅうか1億総アイドル時代のような感じになっているけど、その源流を遡って行くと、70年代アイドルに行きつく訳ですわね。
まあ、それ以前にも今でいう「アイドル」に相当する歌手は居た訳だけどさ。
例えば60年代の弘田三枝子とか、当時のローティーン、ミルクティーンな歌い手は、今でいえばアイドルな訳だからさ。
でも、「呼称」として「アイドル」と言われたのが70年代に入ってからなんだよね。 南沙織、天地真理、小柳ルミ子の、いわいる「3人娘」が、その起源中の起源ですかねぇ。これが1971年だけど、本格的に70年代アイドルが花開いたのが1973年頃だろうな。

今回は、そんな1973年の今頃のアイドルヒットをセレクト。

浅田美代子「赤い風船」

歌い手はウタが上手くて当たり前・・・っていう常識を根底から覆して、しかもオリコン1位なんて「大ヒット」を飛ばしてたのが、このヒトのこの曲からだろうなぁ。
 アイドルはウタがヘタでも許される・・・っちゅう不文律がまかり通ったのが。 うん、少なくともそれ以前、小柳ルミ子は別格にしても、南沙織にしても、天地真理にしても、ウタはそれなりに歌えてましたからねぇ。

でも、このヒトは、「おんち」っていうのが、キャラクターになっちゃまして、しかも、それが受け入れけられたわけだからねぇ、これは、今からしてみれば画期的なことだったんだろうね。

画期的といえば、この曲、オリコンでは初登場から3週目で1位を獲得・・・っていうチャートアクションも画期的だったんだよな。

当時のチャートアクションをひも解いてみると 1973年4月30日付 32位初登場⇒2位⇒1位

・・・・と、初登場1位が当たり前の今では、全くなんてこたぁ無いチャートアクションに映るかもしれないけど、当時としてはこれは画期的なチャートアクションだったのですよ。
 
当時はロングヒットが当たり前の時代。チャートは、下の方がジワリと上昇しし、その末に1位になるって言うのがデフォルトなチャートアクションでしたからね。

まあ、物資流通も情報も今のように瞬時に日本全国に行きわたる訳ではなく、東京と地方では時間差があった時代だったわけでさ。これでもかなりのスピード1位獲得だったわけです。

ちなみに、wikipediaにも書いてあるけど、このチャートアクションが、80年12月にまっち先生の「スニーカーぶる~す」が初登場1位を獲得するまで、デビュー曲での最短1位獲得記録だったようですね。
(ただし、wikipediaでは「初登場2位」となっているけどこれは間違い。 初登場は↑で書いたように32位です)

売り上げ枚数の48.1万枚っていうのも、当時のアイドルの売り上げ水準から考えるとマックスに近い数字。
当時のアイドルは、50万枚が一つの「壁」になっていて、50万枚を突破した曲って少ないんだよね。
 それを考えると、この売り上げ枚数は、アイドルとしてはかなりのもんだったんだよね。それを考えると、人気あったんだよなぁ、この曲・・・ってのが良くわかりますねぇ。


ところで、この曲も昨日書いたC-C-B同様、筒美京平氏の作品だけど、今聴くと、アイドル曲っぽくないなぁ・・・っていう感じがするなぁ。
 京平氏の曲ってアイドルも、もっと垢ぬけている感じがするんだけど、この曲はアイドルポップスというよりも歌謡曲に近いイメージなんだよね。めっちゃ素朴だしね。

当時のアイドルの存在は、「アイドルはうんこしない」なんて言う都市伝説があったように、そのネーミングの通り「偶像」であったわけでさ、このヒトからだよね、となりの「○○ちゃん」っていう素朴さがまかり通ったのは。
 それが、そのまま曲にも出てきてる・・・・そんな感じの1曲だったよな。まあ、その辺の素朴さも人気あったんだろうけどね。

その辺はTBS系ドラマ「時間ですよ」っていう当時の国民的ドラマの劇中曲っていうこともあったんでしょうかねぇ。良く分かんないけど。。。

いずれにしても、この曲をきっかけにして、アイドルのイメージってがらっと変わったのは間違いないだろうなぁ。
そそそ、「アイドルは、かわいけりゃ、歌が下手でも許す」・・・っていう今に通じるフォーマットが出来上がったのも、このヒトのこの曲があったからだろうしね。




あー、これは73年の「歌謡大賞」の新人賞のときのだ。
でも、テロップが間違ってんだよね。 このヒトは、「東芝EMI」じゃなくて、「CBSソニー」だっちゅうの。
 
それにしても、このヒト「クリクリッ」とした目が良かったんだろうなぁ。
今の指原にも若干似てるかもしれん・・・・。 まあ、かなり譲歩してだけど。。。

↑でさんざん、ウタがヘタだ・・・って書いちゃったけど、最近はこの程度の歌唱力のヒトがいっぱいいるんで、そんなに違和感感じなかったりして。。。。 




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スクール・ガール / C-C-B

1985_05_スクール・ガール_C-C-B








今回の1曲セレクトは、「スクール・ガール」C-C-Bです。

まずはデータです。

・タイトル    スクール・ガール
・アーティスト  C-C-B
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日   1985年4月25日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  21.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1985年5月13日~6月24日付

いやいや暑い1日でしたわ。ここ数年5月だというのに「真夏日」とか頻繁に観測されたりして、正直80年代までの感覚だと、「本当に5月?」って言いたくなるような感じがしますよね。
 いや、80年代・・・そうだねぇ、ワタシらが「TEENAGER」と呼ばれてた頃は、5月なんていったら、まだうすら寒い日が続いてたよなぁ。
 そそそ、6月1日衣替えで、制服も冬服から夏服にチェンジするじゃん。最初は寒かったもんね、マジで。

今回は、そんな、まだうすら寒かった1985年5月のヒット曲。

C-C-B「スクール・ガール」。

なんで、マクラに80年代の5月ってまだうすら寒かったよね・・・なんてことを持ってきたか・・・というと、この曲の記憶で、まず浮かぶのが「寒かった事」なんだよなぁ。 なんかねぇ、サムサムチキン(トリ肌)立ててブルッと震えながら聴いてた記憶があるんだよなぁ、この曲。
 その前に、1985年の初夏~夏っていうのは、天候不順な日が多くて肌寒い日が多かったんですよね。いや、85年に限らず、85年~88年にかけては夏場、肌寒い日が多かったよなぁ。
 
 丁度、この期間高校生だったワタシだけど、当時、夏場に「熱中症」なんてコトバを聞いたことはほとんどなかったもの。


ところで、この曲は、あの大ヒット曲「Romanticが止まらない」を受けて、次のシングルだった訳だけど。。。
兎角、大ブレイクした次の曲って言うのは難しい訳だけど、この曲も難しかったですよね。
大ヒットの余熱で、ある程度のヒットは約束されているわけだけど、果たしてどういう曲を持ってくるのかっていうのが難しい訳ですよ。

まあ、大体は大ブレイク曲Part2見たいな曲を持ってくることが多いんだけど。。。一番楽だしな。

でも、C-C-Bの場合は、敢えて()、「Romanticが止まらない」とは違う曲調を持ってきたっていうのは、今から考えるとエラかったな。
 
イントロの ♪ Goog-Bye ~ ♪ ってビーチボーイズ風のファルセットで始まった時は、ちょっとビックリしましたけどね。初めて聴いた時は。

ま、「Romanticが止まらない」以前の、「ココナッツ・ボーイズ」って名乗っていた頃のサウンドに一部戻ったということも言えますけどね。
うん、C-C-Bってシンセバリバリのポップロックって言うイメージが強いけど、もともとはビーチボーイズ風のコーラスポップが得意だったんだよね。まあ、それに一時的に戻ったって感じだったかな、この曲では

ただ、やっぱり、どうしてもインパクトっていう点では、「Romantic~」には遠く及ばなかった訳で、売り上げも「Romantc~」の半分以下の20万枚で止まっちゃいましたけどね。

 当時の個人的な期待からすると、やっぱり「Romanticが止まらない」PART2のような曲が聴きたかったっ言う部分が強かったんだよね。そう思ったヒトはやっぱり多かったんじゃないかなぁ。それは、売り上げに如実に出てましたよね。

まあ、まだガキだったしな当時は。 戦略的なことまでは見えなかったからさ。

今から考えると、戦略的な部分も強かったんだろうね、「Romanticが止まらない」のようなアッパーチューンではなく、ミディアムテンポの曲を持ってきたっていうのは。

筒美氏って、1曲単位ではなく、それぞれのアーティストの先々について戦略的に考えて曲作りをするスーパーな天才だから、おそらく同じ曲調を続けて、アーティストの幅を狭くするよりも、敢えて違う曲調をもってきてC-C-Bの可能性を探ったんじゃないか・・・なんて今では思えたりするんだけどさ。

数字って見方によっては捉え方が変わってくるじゃない  この曲を持ってる事で「20万枚しか」売れなかったのか、あるいは、こんなにインパクトが少ない曲でも「20万枚も」売れたのか・・・っていう捉え方の違い。

筒美氏は、後者的な捉え方だったんだろうね。
うん、上でも書いたように、大ブレイクの次の曲っていうのは、大ブレイク曲と同じように売れる事はまずない・・・って言うのを見越したうえで、インパクトが小さいミディアムテンポの曲を持ってくるとね。。。そこで可能性を見出し、次の第3弾に繋げていく・・・っていうのが、当時の筒美氏のパターンだったような気するなぁ。

例えば、まっち先生なんかそうだったじゃないですか。 大ブレイク曲の「スニーカーぶる~す」の後、あえてインパクトの少ない「ヨコハマチーク」を持ってきて、次の「ブルージーンズメモリー」に繋げていったとかね。
 
それと同じはパターンをC-C-Bでも試していたんだろうな・・・ま、一種の実験的な曲だったんだよね、この曲は。
っていうことは、今となってみれば感じますね。

作詞の松本氏は、言わずと知れた「大作詞家」だし、だから、いい詞を書くのは最初から分かってるんで、それだけ、冒険というか、実験的なことが出来たようなんだよね、当時、松本−筒美コンビで、連続してシングルに携わっていた時は。

70年代~80年代頃の曲って、こんな風に「戦略的」なところまで感じながら聴くのも面白いですよね。
最近の曲って、あんまり戦略的な部分が見えなかったり、あるいは見えすぎでかえってつまんなかったりするんでさ。。。。

まあ、C-C-Bのプロデュースは、筒美氏の実弟の渡辺忠孝氏だったからなぁ。兄弟としてそりゃ軽視できないアーティストだったろうけどね。

なに? 実弟なのに筒美氏と名字が違うって  筒美京平っていうのは「ペンネーム」ですよ~。
本名は、渡辺栄吉氏ですからねぇ~

・・・なんて書かなくてもわかってるか。。。ここ読んでくださっている方たちは。。。



それにしても、いつも書いてるような気がするけど、この時代一世を風靡していた、C-C-Bもチェッカーズも、「メンバーの死」ってことで、「オリジナルメンバー」では、再結成が絶対に不可能になってしまいましたね。
高々30年前なのか、それとも30年も前なのか、いずれにしても隔世の感じがするよなぁ。




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