かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年03月

道化師のソネット / さだまさし

1980_03_道化師のソネット_さだまさし








今回の1曲セレクトは、「道化師のソネット」さだまさしです。

まずはデータです。

・タイトル    道化師のソネット
・アーティスト  さだまさし
・作詞      さだまさし
・作曲      さだまさし
・編曲      渡辺俊幸
・リリース日   1980年2月25日
・発売元     フリーフライト
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  40.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1980年3月17日〜4月21日付
・タイアップ:映画「翔べイカロスの翼」主題歌

今回はマクラ無しですぐに本題。

さて今回ひっぱってきた曲は、さだまさし氏の「道化師のソネット」。

いや、個人的には、かなり「難題」な曲をセレクトしてきたつもりなんですよね。 
・・・・というのもこの曲は、どこからどう書いて良いのか、とっかかりがなかなか見つからない。
こういう曲のレビューって、難しいようにも思えるんだけど、ここから書こう・・・っていうとっかかりが見つかれば、筆が進むのは意外と早いんだけどね。 うーん、この曲は難しいな。

ま、この曲がヒットしたのは、1980年の丁度今頃ですわ。今から36年前ですね。
最近もNHKを中心にちょくちょくテレビで見かける、さだまさし氏ですが、「ヒット」と言う点からみれば、前年の「関白宣言」を頂点として、一番「脂」が乗り切ってた時期ですね。
前曲「親父が一番長い日」もオリコンで1位を記録してたし。 だから、この曲の最高位2位っていうのは、後年のおちゃらけた、さだまさし氏しか知らないヒトから見れば意外かもしれないけど、当時は「必然」だったんだよね。

・・・・とは言うモノの、正直言うと、ワタシもこのオリコンの順位と売り上げ枚数を初めて知った時は意外だったんたけどさ。

この曲がヒットしてた1980年当時は、まだオリコンは読んでなかったのよ。というか、存在すら知らなかったんだよね。
日本のヒットチャートは、「ザ・ベストテン」だとばっかり思ってた頃だから  
でもベストテンでは、さだ氏は、あんまり上まで行かなかったからなぁ。「関白宣言」でさえ、最高2位でしたからね。 この「道化師のソネット」は最高7位だったな、たしか。

 なんで、オリコンとベストテンでは順位に開きがあったか・・・といえば、単純に、さだ氏が「はがきリクエスト」に弱かったからなんだけどね。 当時のベストテンは、はがきの得点配点が高かったからね。

だからね、翌1981年にオリコンを知って、さだまさし氏の各曲の売り上げ枚数と、最高位を知った時は結構びっくりしたな。 この曲も40万枚越えだったし。。。
 うん、さだ氏もそうだったけど、総じて、ニューミュージック系のレコード売り上げ枚数って、自分が感じていたよりも高かったんだよね。アリスなんかもそうだったなぁ。

まあ、当時のレコード購買層とニューミュージック勢のファン層は、ぴったりシンクロしていた訳で、総じてそう言う傾向になった訳なんだけとさ。当時は、そういう細かいところまでは分からなかったからなぁ。あくまで自分の「感覚」だけだったからさ、ヒットの大きさって。

ちなみに、この曲、個人的には、当時はあんまり聴いてなかったんだよね。
ま、今でこそ、ちゃんと音源持っているんでしょっちゅう聴いてるけど、当時はテレビが唯一の情報源でしたからねぇ。
でも、当時は、さだ氏ってあんまりテレビで出なかったからなぁ。 出てもあくまでレコードのプロモーションのためにちらっと出るくらいだったから。 ベストテンでもこの曲は、1度しか出なかったんじゃなかったかなぁ。

でもね、今聴くと、懐かしいんだよね。 聴くたびに、どこからか1980年の今頃の匂いがしてきて、情景が脳裏をかすめる。
 当時は、あまりこの曲聴いていなかったはずなのに不思議なもんなんだよなぁ。
意識としては完全に埋もれちゃっているんだけど無意識の記憶の中のどっかに残ってるんだよね。
だから、音楽って不思議。

それと、この曲ではじめて、さだ氏の音楽でニューミュージックの匂いを感じたんだよなぁ。 それまでは、このヒトは完全フォークのヒトだと思ってたんだよね、個人的には。
 
うん、レコード音源で聴く限りでは、この曲の前の曲、「天まで上がれ」にとかさあ、ニューミュージックっぽいアレンジになってたりするけど、テレビの時はアコギメインでとかさ、フォークっぽかったんだよね。

 フォークとニューミュージックの境ってなんじゃらほい? と言われると困っちゃうんだけどさ、そもそもニューミュージックっていうジャンルの定義からして曖昧なんで。。。
 でも、ニューミュージックっていう音楽は、音場広さっていうのかなぁ、空間が広く感じるんだよね。フォークって、どうしても「四畳半」の世界とかさ、なんか空間が狭っちいしみったれた音楽に感じるじゃん。
さだまさし氏の音楽も最初は、そんな感じだったんだよね。 いや、そんな感じに聴こえたんですよ。 

でも、この曲に関しては最初から、音場が広く感じてさあ。

そもそも、♪ 笑ってよ きみのために〜 ♪ っていう歌の出だしから、わーっと一気に世界が広くなったような感じをうけるじゃん。 あ、これは、フォークじゃない、ニューミュージックだ・・・って思ったんだよね。

 なんて・・・ホントに当時、小学5年のクソガキだったくせにそんなこと思ったのか・・・なんて言われそうだけど、そう思ったんですぅっ   まあ、いつも書いてることだけど、いまのクソガキに負けす劣らずな「ませたガキ」だったからさあ。





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Movin'on without you / 宇多田ヒカル

1999_03_Movin'on without you_宇多田ヒカル










今回の1曲セレクトは、「Movin'on without you」宇多田ヒカルです。

まずはデータです。

・タイトル     Movin'on without you
・アーティスト   宇多田ヒカル
・作詞       宇多田ヒカル
・作曲       宇多田ヒカル
・編曲       西平彰 河野圭 Taka&Speedy
・リリース日    1999年2月17日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 1位(12cm盤)
                            5位(8cm盤)
・売り上げ枚数  88.0万枚(12cm盤)
                           34.7万枚(8cm盤)
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1999年3月1日〜4月12日付
・タイアップ:日産「テラノ」CM曲

 宇多田はこの間書いたばっかなんだけどさ、まだ書いてない曲がいっぱいあるんでね、宇多田は。
またまた持った来ちゃいました。

Movin'on without you

この時期の宇多田と言ったら、やっぱこの曲でしょ ってことでさ。 ワタシだけかもしれないけど。。。。

ま、今さら書くことでもないかもしれないけど、「Automatic」に続く、デビュー第2弾シングルということで。
個人的には、この曲の方が衝撃度は大きかったかもしれない。

 うん、確かに、以前「Automatic」を書いた時に、初めて聴いた時、

不意に「ガーン」とアッパーパンチを食らったような衝撃が脳天を走った

なんて、いかにもめちゃくちゃ衝撃があったように書いた。

ま、これはこれで事実だったんだけども、「Automatic」の時は、全く予期しない所で、あまりにも「不意」を撃たれたんだよね。
 でも、この「Movin'on without you」 の時は、「Automatic」っていう前例を知った上で曲を聴いたんだよね。 だけど、やっぱりショックだった。

「Automatic」は、最初聴いた時は衝撃を受けたけど、何回か聴いてるうちにあんまり「感じ」無くなったんだよね。 この曲がミディアムで、大きなインパクトを感じるところも少なかったからかもしれない。 それにリズム体がR&Bっぽかったでしょ。
 あの当時、R&Bっていうのがヒット曲のトレンドになっていて、多かったもんなR&B系の曲が。 だからねぇ、正直、飽きてた部分があったんですよR&B系の曲に。もともと個人的にR&Bっぽい曲にはあんまり刺さらなかったし。

でも、この、「Movin'on without you」は、前曲のミディアムテンポから一転してアッパーチューンだったでしょ。
イントロからしてインパクトがあったもんなぁ。リズム的には若干クセはあるもののストレートだったしさ。
なにより、何回聴いても飽きが来ないんだよな、この曲。何回聴いても同じようなショックを受ける。刺さったんだよね曲に。
 
だからね、本当はこの曲こそ売れて欲しかった。ま、確かに、8cmCD、12cmCD合算して122万枚のミリオンになったけど、前曲の「Automatic」に比べると100万枚近く売り上げが下がったからねぇ。個人的にはちょっと悔しかったんだよな。

ま、「Automatic」が世に出てきた時の衝撃は測り知らなかったからな。ダブルミリオンってのも納得できるんだけど、この曲も、それに匹敵するくらいの売り上げはあると思ったんだけどなぁ。。。


それにしても、当時のオリコンの集計方法もめんどくさかったよね。8cmシングルと、12cnシングルを分けて集計してたもんだから。。。

 ・・・と書いて、8cmシングルと12cmシングルってなに? って方は居ませんよね。。。

うむ、8cmシングルっていうのは、シングルCDが出てきた時からお馴染みの、あの小さいCDですね。最大で20分程度しか収録できない、細長い短冊形のパッケージだったやつ。
 対して、12cmシングルは、現在お馴染みのアルバムと同じ形のパッケージですね。当時はマキシシングルって言われてたやつよ。 アルバムと同じ仕様なんで収録時間は最大74分出来た・・けど、シングルなんで、そんなに収録してなかったわけでね。

「1998年の宇多田ヒカル」って本が、今、結構人気出てますよね。まあ、ワタシも途中まで読んだんだけど、そこにもこのCDパッケージ仕様については言及されてますね。
 ちなみに、この本では、CDが一番売れた1998年って言う時代をメインに、1998年の音楽はいかに素晴らしかったかってことも述べられてますが、すでにこの時代大人(当時29才)だったワタシからしてみれば、1998年ってこの本で称賛されているほど素晴らしい音楽が溢れていたとは思えなかったけどね。
 個人的には、1998年がCDが一番売れたのは、この年の音楽が素晴らしかったからじゃなくて、90年代以降の流れの結果だと思ってるから。つまりは音楽の本質云々じゃなくて、「バブル」だったんですよ。ただ、それだけのことだったと思うな。

ちょっと話がずれたけど、ま、興味がある方は読んでみてくだされ。





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HELLO / 福山雅治

1995_03_HELLO_福山雅治











今回の1曲セレクトは、「HELLO」福山雅治です。

まずはデータです。

・タイトル   HELLO
・作詞     福山雅治
・作曲     福山雅治
・編曲     佐橋佳幸
・リリース日  1995年2月6日
・発売元    BMGビクター
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数  187.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1995年2月20日〜4月24日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「最高の片想い」主題歌

 昨日寝がけにTwitter見てたら、某佐橋氏のComing"暴露"Outなツイートに思わずのけぞってしまったんだけど。。。
 え? どんなツイートかって?  ま、著作権がらみの暴露っすよね。「実名」で書いてあったんだけどデリケートな部分でもあるんで、ここでは詳細は書かないけどさ。
 
でも、冷静に考えてみれば著作権がらみ「暴露」話は業界全体的にいっぱいあるんだろうな。大体において、佐村河内氏「事件」のような例もあるんで。 うむ、これはゴーストライターっていうある種の著作権事件だけどさ。

・・・・ということで、今回は、そんな著作権的に「怪しい(?)」方の曲をセレクトして来ましょうか。

福山雅治「HELLO」

・・・・と書くと、はて、なんで福山が著作権的に怪しいの? なんて言われちゃいますかね。。。
まあ、その辺はちょっと前にウワサになったってことで「アワワワワ」と言葉を濁しておいて・・・と(爆)

あ、偶然だけど、この「HELLO」のアレンジャーは、↑で書いた佐橋氏なんだよな。
まあ、なんて偶然
昨日のツイッターでは、某曲のアレンジャークレジットについて暴露してたけど、この曲では、ちゃんとクレジットされていますね。

さて、今回セレクトしてきた「HELLO」って曲。個人的にも好きだったなぁ。
いや、94年頃からの福山の曲って良かったんだよね。シンプルでさ分かりやすかったし。 94年の「IT'S ONLY LOVE」なんぞ、未だに「十八番」ですよ、ワタシの。 まあ、カラオケで何回歌ったことか。

シンプルだし、キャッチーだし、歌いやすいし、声がまだよく出ない、カラオケの1曲にはもってこいの曲ですわ。
それは、この「HELLO」もそうですね。 「HELLO」は、加えて「ノリ」がいいからなぁ。

やっぱり、ヒット曲はシンプル・イズ・ベストだと思うわ。聴いてすぐ分かる曲が一番、余計な考えを持たなくていいじゃん。
 ヒット曲って、結局は「快感」なんだよね。 聴いて如何に快感になれるか。 その点この「HELLO」は全部クリアしているような曲だと思うわ。

まあだから、爆発的に売れたんだろうね。 前曲の「IT'S ONLY LOVE」で初めてミリオンセラーを記録したんだけど、続くこの曲では、一気に187万枚強まで売り上げを伸ばした訳だから。

福山の中で一番売れた曲・・・・なんて思わず書きそうになっちゃいますよ。。。 

うんにゃ、福山で一番売れた曲は「桜坂」ですよな。(229.9万枚)

でも、感覚としては、この曲が一番売れた・・・ような感じがするんだよね。 それは、やっぱりミディアムバラードで一聴、ジミな「桜坂」よりも、 アッパーで派手な感じの「HELLO」っていうイメージになっちゃうんだろうね。


最近の福山は、凝りすぎなんだよな曲。正直、分かりにくいんですわ。
最近の一連の曲、悪い曲じゃないとは思うけれど、かといって逆に絶賛するほどでもない。
 まあ、年相応の曲と言えば、そうなのかもしれないけど、たまには原点に戻って、この曲のようなシンプルな曲をやって欲しいわな。



あわわ、若いねぇ。今の若手イケメンミュージシャンみたいだな。
21年前だもんな。26才の頃か。


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シンデレラは眠れない / アルフィー

1985_03_シンデレラは眠れない_アルフィー








今回の1曲セレクトは、「シンデレラは眠れない」アルフィーです。

まずはデータです。

・タイトル    シンデレラは眠れない
・アーティスト  アルフィー
・作詞      高見沢俊彦 高橋研
・作曲      高見沢俊彦
・編曲      ALFEE
・リリース日   1985年2月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  29.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 
・ベストテンランクイン期間:1985年3月4日〜4月22日付
・タイアップ:カネボウ化粧品85年春のキャンペーンソング

ここのところ、「マクラ」が長くてなかなか本題に行かないでいるんで、今回はいきなり「本題」に行きまする。

もう随分1曲セレクトを書いてきてるんで、主要なアーティストな曲はだいぶ書いてきた・・・つもりなんだけど、意外と抜けてるアーティストも居るんだよな。
 今回セレクトしてきたアルフィーも、まだ書いてない曲が残って居そうだよなぁ。 まあ「代表曲」と言える曲はすでに書いてあるんだけどね、そこまでは派手に売れた曲ではない曲とか、まだまだあるんだよな。
 アルフィーって、特に「春」の今頃からの時期にヒットが多いんで、これからしばらくは、結構頻繁にセレクトすることになりそうな気配。。

 その中で今回は、1985年の「今頃」のヒット、「シンデレラは眠れない」。

うーん、この曲なんかは、すでに書いていたも良かったかなぁ。なにせオリコン1位獲得曲だかんね。しかも、カネボウ化粧品の例のキャンペーンソングとして、31年前の今頃はガンガンCMで流れてた曲ですわ。
でもその割には、今となっては存在感が薄いかなぁ。

この曲今までこの曲を書かなかったのは、そんな存在感の薄さもあったのかもしれない。 けども、それよりも、どうもこの曲とっかかりが無いんだよな。なんかねぇ、全てが中途ハンパな感じがするんだよね。
だから、今まで意識的に敬遠してたのかもしれないな。

全てが中途ハンパな感じ・・・っていうのは、メロディ的にもそうだし、全体的なサウンドにしてもそうだしね。
「ココ」っていう引っかかりが無いんだよな。とりあえず、話題的な所と言えば、「メリーアン」で大ブレイクした以後、初めて坂崎氏がメインボーカルを取ったくらいか。

 ま、初めはね、坂崎氏のボーカルも期待してたんだけど、実際的な所それほどインパクトもなかったしなぁ(失礼)

 それと気になったのは、この曲あたりから、三人のコーラスにバラツキが目立ってきたんだよな。アルフィーと言ったら、三人での分厚いコーラスが身上だった・・筈なんだけどなぁ。「メリーアン」「星空のディスタンス」で魅せていた、あのピッチがそろったコーラスが、この曲あたりから感じなくなってきたんだよね。

この曲では、♪ Sweet Little シンデレラ〜 ♪から始まるサビの最後の部分

♪ あの日の笑顔が戻るまで〜 ♪  とCメロの ♪ All Night Long Baby〜♪ のブリッジとなる ♪ Woo〜 ♪っていう三人でのハモリの部分とかさ、 それこそCメロの ♪ All Night Long Baby〜♪ のハモリの部分も、どうも三人バラバラなんだよな。

それよりなにより、個人的にこの曲で気になるのは、ドラムですよ。 
どうもリズムがねぇ、安定しないんだよなぁ、この曲。 一番気になるのは、上で書いた、サビとCメロの♪ All Night Long Baby〜♪のブリッジとなる ♪ Woo〜 ♪っていうハモリのバックに入ってくるドラムのフィルインがねぇ酷いんだよな。 メロディとシンクロしてない。
特に2番のこの部分では、半分止まっちゃってるしさ、ドラムが。

なんで、こんな酷いテイク、取り上げちゃってるんだろ? っていうのが、不思議なくらい。

ちなみに、この曲から坂崎氏、アコギの他に、ローランドの電子ドラム叩きながら歌ってたじゃない? あれも、どうもメロディはあってなかったような感じだったしなぁ。
 ドラムが合ってないような聴こえるのは、もしかして、坂崎氏の電子ドラムが合ってないんですかねぇ。。。

こんな感じで、どうも「やっつけ仕事」的に曲が聴こえるんだよなぁ。

考えるにねぇ、この頃のアルフィーって比較的頻繁にシングルリリースしてたからなぁ。83年の「メリーアン」でブレイク以後、84年は3枚。そして続けて85年のこの曲・・・と、まあ、アイドルのローテーションリリースに比べるとリリース間隔はややあるものの、当時のロック、ニューミュージック勢の中ではシングルリリースは多かったよね。
 これが、この曲のような「やっつけ仕事」的な仕上がりになっちゃったんじゃないか・・・なんても思えるんだよね。

それでなくても、ツアーとツアーの合間を見ての楽曲制作だったと思うし、しかも、この曲は化粧品のキャンペーンソングでもあった訳だからねぇ。制作時間はさらに制約されるはずだから、やっつけ仕事でもしょうがないか・・・・とも思ったりするんだけど、それにしても、ちょっとお粗末な感じもするんだよなぁ、レコード音源を聴いてるとさ。。




うーむ、この動画の演奏は、まあまあいいかな。
少なくともレコード音源の演奏よりは、全然マシでしたねぇ。


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冬が来る前に / 紙ふうせん

1978_03_冬が来る前に_紙ふうせん








今回の1曲セレクトは、「冬が来る前に」紙ふうせんです。

まずはデータです。

・タイトル     冬が来る前に
・アーティスト   紙ふうせん
・作詞       後藤悦次郎
・作曲       浦野直
・編曲       梅垣達志
・リリース日    1977年11月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   43.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1978年2月13日〜3月27日付

 音楽の教科書に載っている曲ってさあ、なんか野暮ったく感じたりしましたよね。なんでなんかなぁ・・・。なんて、今となっては思ったりするんだけど、まあ、結局は「マジメ」っぽく感じるからだよなぁ、きっと。
 そもそも、音楽は、ヒトに強制されて、歌ったり聴いたりするもんじゃないしさあ。それにヒトそれぞれの好みもあるしね。
 ただ、音楽の時間にやった曲って、意外と、その後も覚えてたりするんだよな。 あれ? ワタシだけですかね〜。
 小学校でやった、「ヨット」って曲とかね、
↓ コレ


なぜか、いまでも、たまーに脳裏に浮かんできたりしますね。

中学校の時は、吹奏楽やってたんで、音楽の先生が顧問だった訳じゃない? だから、音楽はマジメにやってたからなぁ。

そんな中学校の音楽の教科書に載ってた曲を、今回は一つ。

紙ふうせん「冬が来る前に」

いや、確かにこの曲、中学校の時の音楽の教科書に載ってんですよ。 っつか、実際に授業でやったんだよな。
 当時はまだ、この曲は、その昔ヒットチャート上位まで行った、「ヒット曲」って確か知らなかったんだよな。
後で知ってびっくりよ。しかも、あの「ザ・ベストテン」にも出てたって事が分かったりしてさ。

この曲が「ザ・ベストテン」にランクインしたのが、1978年3月9日放送分。
個人的には、まだ、ベストテンは見てない。 見始めたのが、この年の11月2日放送分からだからなぁ。。。
だからね、知らなかったんだよね、最初は。 この曲がヒット曲だったって事は。
だってさ、マジメな曲じゃないですか・・・・。 文部省唱歌に推薦してもいい様な。。。。

当時のヒット曲っていったら、「ホレタハレタ」の世界だったでしょ。いかがわしい世界だったんですよヒット曲って。
この曲は、そんなゲーノー界の「ドロドロ」した空気を感じさせない。まっすぐな世界を感じるんですよね。

いや、あの頃は、この曲のような「まっすぐ」な曲って、意外とあったんだよな。 うん、「文学的な匂いのする」真っ直ぐさ・・・というか清純さというか。

そうそう、行間を読ませる詞の世界なんですよね。

歌詞は至ってシンプルじゃないですか。でも、どういう解釈も出来るる 聴く人それぞれが、それぞれの絵面を夢想してもいいんだよね。
そういうところが文学的に感じるんだよなぁ
「文庫本」をいつも持ち歩いている女の子が好きそうな純真な世界だったよね。

さだまさし、松山千春を始めとした、フォークのヒトたちは、概してそんな空気のヒトが多かったじゃない。
で、そう言う曲がまだまだ「大衆支持」を得てた部分も大きかったんですよね。

個人的には、サザン、ツイスト、ゴダイゴからヒット曲に入ったヒトだったからさあ。もう少し下世話な感じの曲が原点なんだよね。
 だけどね。こういう真っ直ぐな曲もキライじやなかったな。 下世話な曲には無かった匂いがあったしさ、それが新鮮だったりもしたしなぁ。
ま、兎に角は、ヒット曲の世界の「入口」にあった頃なんで、なんでも新鮮に感じたんだろうね。


ところで「紙ふうせん」って、後藤悦次郎氏と、平山泰代さんのデュオグループっていうことは、みなさんご存知ですよね。
 そう、もともとは、「赤い鳥」に居た方たち。 1974年に「赤い鳥」が解散し、山本潤子さん 、山本俊彦氏、大川茂氏が「ハイファイセット」、さして、後藤悦次郎氏と平山泰代さんが「紙ふうせん」と、2つのグループに分裂したわけですわ。

ハイファイセットは、スマートでハイソサエティなコーラスグループに変貌し人気を得た訳だけど、紙ふうせんは、赤い鳥の路線を踏襲し、引き続きフォーク畑に残ったんだよね。
ただ、そこそこヒットを飛ばしていたハイファイセットに対して、このヒトたちは、この曲までなかなかヒットに恵まれなかったんだよね。
で、この曲でようやく芽が出た訳だ。 しかも、元々はラジオから火がついたんだよね。まあ、当時はラジオ発のヒット曲っていうのは多かったですからね。 特にフォーク系のヒトたちは、テレビにはほとんど出ないヒトが多かったんで、そう言う傾向が強かったですからね。

ただ、本格的に「火」がつくまでには、ちょっと時間がかかりましたね。リリースは1977年の11月1日。タイトル通り「冬が来る前に」っていう頃だったけど、ヒットのピークは、1978年のちょうど今頃。
冬も終わりに近づき、もうすぐ「春」って時期でしたからねぇ。「冬が来る前に」っていうタイトルには、ちょっと違和感を覚えたりしてね。

で、まあ、大ヒットに結びついたのは、この曲のみ。今風にいえば「ワン・ヒット・アーティスト」って事になりますかね。
あー、なんか耳馴染みないな。うん、いわいる「一発屋」ですわ。

 でも、元「同僚」のハイファイセットも、いくつかヒット曲は持っているものの、ベストテンヒットは、「フィーリング」1曲だけなんでね、その点は「紙ふうせん」と同じって訳で。。。



それにしても、この曲1曲でも、今も「現役」なんだよね、お二人とも。
演歌のヒトは1曲大ヒットを出せば、一生食っていけるっていうのは定番だけど、フォークシンガーも意外とそう言うところがあるのかなぁ。もちろん、なかなか表舞台には出て来ていませんけどね。


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ト・レ・モ・ロ / 柏原芳恵

1984_03_トレモロ_柏原芳恵








今回の1曲セレクトは、「ト・レ・モ・ロ」柏原芳恵です。

まずはデータです。

・タイトル    ト・レ・モ・ロ
・アーティスト 柏原芳恵
・作詞      松本隆
・作曲        筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日  1984年2月29日
・発売元    フィリップス
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数  15.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

コンピュータへの打ち込みで曲を作る。 今では当たり前の作業だけど、こんな感じで曲を作るようになったのは30年くらい前、80年代中盤頃からですよね。
 ま、実際はその以前にもY.M.Oがシンセによる打ちこみで音楽を作っていたんだけど、まだまだ限られたヒト達しかやっていなかった手法だった訳だし。
 それが、一般的になりつつあったのが80年代中盤頃。家庭用のパソコンも普及しつつあり、シンセも自動演奏用のシーケンサーも手ごろになりかけてから、って感じだったよな。

そんな状況だったんで、この間、高橋由美子さんの「Good Love」の時もチラッと書いたんだけど、80年代の打ち込み曲は、かなりカチッと作ってあるんだよね。
 それは、打ちこみの技術的にも、機材的にも発展途上で、ある意味実験的な部分が多かったこともあるよね。
80年代の技術的なノウハウと、機材の発展に加え、初めから打ちこみをメインに曲を作る、いわいるネイティヴな打ちこみクリエーターの出現によって、90年代の打ち込み音楽はより自然なサウンドに発展したような気がするなぁ。

・・・ってことで、今回は、80年代半ば、そんな「打ちこみ」音楽としてヒットチャート上位まで来た、最初の頃の曲を持って来ましょうかね

柏原芳恵「ト・レ・モ・ロ」。

ま、ここに来ていただいている、特に80年代フリークの方なら、知っている方も多いと思うけど、完全なテクノ(歌謡)ポップスでしたね、この曲は。

アレンジャーの船山基紀氏が、オーストラリアで仕入れてきたフェアライトCMIを駆使した、完全テクノポップスでしたなぁ。

「完全」とつけたのは、作詞 松本隆  作曲 筒美京平 編曲 船山基紀という、この曲と全く同じ作家陣でこの曲以前にもテクノポップスを作っていたんですねぇ。
そそそそ、榊原郁恵さんの「ロボット」ですわね。

ただし、「ロボット」の頃は、まだ打ちこみするのに時間がかかるってことで、シンセは、全て「手弾き」してたんだよね。シーケンサーは使っていなかったんですよね。

それから4年余り経ち、船山氏もフェアライト操作に慣れつつあったときにリリースされたのが、この「ト・レ・モ・ロ」って訳ですね。
 もちろん、この曲は、4年前の「ロボット」とは違い、完全な打ちこみとシーケンサーによる自動演奏。進化したんですねぇ。
 これにより、アイドル歌謡っていうジャンルにも、完全に「デジタルサウンド」が完成したって言えるんですよね。

ま、これはアレンジャーの船山氏の野望というよりも、作曲の筒美氏が70年代末から80年代にかけてY.M.Oの成功を見て、テクノをアイドルポップスに取り入れたいっていう強い願望によって実現した部分が大きいんですけどね。 うん、あくまで船山氏一人の功績じゃないんだよね。
 船山氏曰く、当時は筒美氏の「書生」でしたから・・・というように、当時の絶対的な権限は筒美氏にありましたからねぇ。 船山氏は、あくまで技術的な部分を習得し、筒美氏が作るアイドルポップスのメロディラインを筒美氏が描いたように如何に具体的にデジタル化させるかっていう役割が大きかったですからね。

ただ、この曲で、アイドルポップスのデジタル化に成功した・・・と言っても、まだまだ100%打ちこみだけによる・・・って訳じゃなかったんですけどね。
 例えば、E.Guiterは、矢島賢氏が「手」で弾いてたものだし、バックコーラスは、前年「想い出がいっぱい」が大ヒットしたH2Oの二人がやってたりね。
 ま、H2Oの二人がこの曲のコーラスをやってたって言うのは、結構有名かなぁ。

いずれにしても、今だったら、例えばコーラスは初音ミクを使ったりしたかもしれないし、ギターパートも打ちこみで充分再現できるようになったけど、当時はまだ100%打ちこみだけで曲を作るとはいかないって部分も多々あったんだよね。


でもね、じゃ曲そのものはどうだったのか・・・っていうと、正直言うと、個人的には、この曲自体には、それほど引っかからなかったんだよな。
 なんかね、如何にもデジタル的って言うのかなぁ。抑揚が少ない無機的なメロディラインとサウンドだったじゃない? 特にこの「無機的な・・・」って部分がね、逆に鼻に付いた・・・っていうのかなぁ。
 当時は、ダサイ曲・・・というか、人間味あふれる「有機的」な曲が好きだったからさ。 あ、それは今でも変わらないか。。。

ま、でも言えることは、この曲はアイドルポップスのデジタル化に向けた「実験作」だったのかもしれない・・・ってことんなですよね。だから敢えて、デジタル化したぞって分かりやすい様に無機的なメロディラインにしたのかもしれない・・ってのは後で感じた事なんですけどね。

でもまあ、この曲で、アイドルのデジタル化に成功し、一応の売り上げも記録出来た事で、ここからアイドルポップスのデジタル化に拍車がかかったことは間違いないだろうしね。
 そして、この曲では無機的だったメロディラインも、徐々に有機的なフレーズも含んできたりね。
例えば、同じ 作詞 松本隆  作曲 筒美京平 編曲 船山基紀っていう作家チーム、そして同じ船山氏のフェアライトCMIが威力を発揮した、小泉今日子の「迷宮のアンドローラ」では、切ないメロディラインも魅せたしね。
さらには、次の年のC-C-Bの大ブレイクに繋がっていったって感じだよなぁ。


曲自体とはかんけーないけど、この曲、リリースが「2月29日」なんだよね。
これまた、不思議なリリース日を設定したもんだよね。
当時は、今みたいに主に「水曜リリース」なんていう曜日縛りのリリースではなかった訳だから、「定期」のリリース日を考えれば、次の日の「3月1日」が通常だったはずなんだけどね。

でも、これで1984年は「うるう年」だったって事が分かるわな。
・・・・っつうか、うるう年は「4で割り切れる」いわば、4の倍数の年っていうのは、小学生でも分かるだろうから、1984年は「うるう年」って事はすぐにわかるか。。。。



アイドルポップスのデジタル化云々・・・と書いといて申し訳ないんだけど、どうも動画は、
「生演奏」でのアナログ的な音しか落ちてなかったもんで・・・・。
なんか、ダサい「ト・レ・モ・ロ」になっちゃたな。。。。


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Hey和 / ゆず

2011_03_Hey和_ゆず











今回の1曲セレクトは、「Hey和」ゆずです。

まずはデータです。

・タイトル     Hey和
・アーティスト   ゆず
・作詞       北川悠仁
・作曲       北川悠仁
・編曲       クレジットなし
・リリース日    2011年1月19日
・発売元      セーニャ&カンバニー
・オリコン最高位   3位
・売上げ枚数   4.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:2011年2月3日付
・タイアップ:日本赤十字社「はたちの献血」キャンペーンソング。

東日本大震災から「5年」が経ちましたね。
あの日、あなたはどこで何をしてましたか? ・・・・と各メディアは頻繁に問いかけてたりしていた1日でしたわ。
今日は、そんな区切りの日。5年という区切りと同時に、今日は奇しくも5年前と同じ曜日・・・「金曜日」なんですよね。
それが、余計、「区切り」を明確にしちゃったりするんですよね。

5年前の今日・・・・ワタシは当然、会社で大震災を経験しました。 兎に角、揺れが凄くてね。東京は震度5強だったんだけど兎に角揺れた。 うちの会社は古いビルの4Fにあるんだけど、床が抜けるかと思いましたもん。
ワタシのデスクの脇にある、タイムレコーダーののっかってる棚が大きく揺れて、その脇のコピー機が動き出してねぇ、ワタシ、必死になって押さえてたのを覚えてるワ。

でも、大変だったのは、その後でしたね。 当然ながら、すぐに電車は止まり、道路は大渋滞。
会社のすぐ前が、靖国通りなんだけど車が全く動かない。歩道は人であふれかえってる。

そんな状況で、すぐに仕事もストップになったんだけど、都内のヒトは、歩いて家へ向かったんだけど、通勤に片道2時間近くかけてるワタシは帰るにも帰ることが出来ず、会社に足止め。
幸いにも、近くのコンビニには、まだ食料はあったんでたくさん買い漁ったのを覚えてるな。

これを機会に会社にテレビを購入したんだけど、当時はテレビもなくて、ラジオとネットだけで、情報を集めてたよなぁ。

まあ、当分、電車も動きそうもないし、車も動きそうになかったんで、会社泊は必至な状況だったんだけど、日付が変わる前後に、地下鉄と一部の私鉄が動き出しましてね。
 それらの沿線のヒトは、さっさと帰っちゃったんだよな。 気がついてみれば、遠距離通勤者のワタシだけになってたりして。。。

時折起こる余震が気持ち悪いし、ラジオは安否情報しかやってないし・・・。そうそう、今日と同じように、まだ寒い日だったんだよね。幸い、暖房は一晩中入っていたんだけど、それでも寒さが染みてきてね、不安だったよなぁ。まんじりもしない一夜を過ごしましたね。

あの夜から、5年が経つんだ。。。。 本当は、しんみりと、あの日を思い出すのは、なんとなくイヤな気分なんだけど、今日ぐらいは想い出してみてもいいだろうかな・・・なんて、思わず書いてしまいましたわ。

で今回の1曲セレクトも、「あの日」にまつわる曲を引っ張って来たい・・と思ったんだよね。

で、セレクトしてきたのが、 ゆずの「Hey和」。

うーむ、一見、東日本大震災と直接関係なさそうにも感じるんだけど、個人的には、この曲を聴くとあの大震災を思い出すんだよな。

まだ、地震が起こる前から、この曲を聴くと、何かを感じたんだよな。

ほら地震雲とかよくいうじゃないですか。地震雲と呼ばれる雲を見て、不吉な予感を感じる・・・とか。あれと同じような感覚だったんだと思う。

この曲のバックの聖歌にも感じるようなゴスペル風のコーラス。これ、なんかイヤな予感を感じさせたんですよね。
死者を祀る・・・というと、この曲に失礼だし不謹慎かもしれないけど、そんな鎮魂歌(レクイエム)のような印象が、最初に聴いた時からあったんだよね。

そして、あの大震災。 やっぱり、あの時感じた「予感」はやっぱり本当だったんだ・・・なんて思いましたよ。

そして、本当にこの曲は鎮魂歌のように聴こえるようになったんだよな。 それは、今でも変わらない。

だからねぇ、この曲は、あんまり安易な気持ちで聴けないんですよね。 音源は持っているんだけど、どうしても、この曲の部分だけは飛ばしてしまいたくなるんですよね。

でも、今日はあれから5年という一つの区切りでもあるし、亡くなられた方への哀悼の気持ちも込めて、あらたな聴きたいと思います。




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Jokeにもならない恋 / 三浦理恵子

1992_03_Jokeにもならない恋_三浦理恵子











今回の1曲セレクトは、「Jokeにもならない恋」三浦理恵子です。

まずはデータでーす。

・タイトル     Jokeにもならない恋
・アーティスト   三浦理恵子
・作詞       及川眠子
・作曲       都志見隆
・編曲       中村哲
・リリース日    1992年2月26日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   4.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位

 昨日は1曲セレクトを書かずに、ゆっくり休ませていただきましたわ。やっぱねぇ、毎日書いてると煮詰まってくるんだよね。「あー、書かなきゃな」なんつう強迫観念のような。。。
「テキトー」にやれればいいんだけど、どうもキニナル性分で。。。 
でも、これからは週に何度か、お休みをいただこうと思っております。 うん、まだ書いてない曲も大分絞られてきましたしね。。。

しかし、寒いですね。ネットニュースの天気予報では「雪」マークが出てる千葉地方どぇす。 一昨日の暖かさは一体何だったんだ? って感じで。。。春は三寒四温でだんだんと暖かくなるわけだけど、まだ、さしづめ四寒三温って感じだよなぁ。。。。


・・・なんて、無駄にマクラを書いてるワタシですが。。。。

最近、某FM局を聴いてると、やたらとかかる曲があるんだよな。
Sirent Sirenってコたちの「チェリボム」って曲。 
まあ、知ってるヒトは知ってるっ感じの、ガールズバンドなんだけど。。 ボーカルのコが、まあ、めちゃくちゃ「ベイビーボイス」なんだよな。 しかも鼻から抜けるベイビーボイスなのよ。

最初は、「ナメてんのか〜、おんどりゃ〜」と、思わず叫びたくなったりしたんだけど、1日に何回もかかると、これがいつの間にか、聴き耳立ててしまっているワタシがいたりして。。。。 
いかん、戦略に引っかかってしまった。。。。。

ところで、ベイビーボイスのヒトたちって、最近は「アニメ・声優」系のヒトタチがやたらと多くなり、珍しくもなくなったけど、振り返ってみたら、このヒト辺りが「元祖」ですかね・・・ってヒトの曲を、今回はセレクトして来ましたわ。

三浦理恵子「Jokeにもならない恋」。

92年の今頃のヒットな訳だけど、、まあね、この位のアイドルの曲となると、「知ってるヒトしか知らないよね」っていう世界ですよね、きっと。

いや、ワタシも当時、好んでは、この手の曲を聴いてた方じゃないんで、それほど詳しい訳ではないんですけどね。。。
でも、当時、毎週聴いてた、bay FMの「パワーカウントダウンHO30」がいけなかった。。。。

現在も続いている、このプログラム。今は、11〜30位は、その中からセレクトして曲を流してるんだけど、1992年当時は11〜20位も、1曲ずつ曲を流していたんだよね。
 
で、この曲を聴いてしまった訳ですよ。

最初は、「アホらし・・・」なんて半分、流しで聴いてたんだけど、なんか引っかかっちゃったんだよな。
まるでミイラ捕りがミイラになっちまったような。。。。

その点は、今回の「Sirent Siren」と同じなんだよな。

結局は、なんだぁ、かんだぁ言っても好きなんだろうね、この手のベイビーボイスが。


まあ、その前に、曲的にも結構、凝ってたりするんだよな、この曲。 声を別にしたらアイドルの曲にしておくのは勿体ないかも。
 イントロからして、緊張感があってカッチョイイ。 加えて、あんまり古さを感じさせないんだよな、この曲。いまでもアイドル曲としては充分通用しますよ、この位のクオリティなら。


銀の指輪 / チューリップ

1974_03_銀の指輪_チューリップ








今回の1曲セレクトは、「銀の指輪」チューリップです。

まずはデータです。

・タイトル     銀の指輪
・アーティスト  チューリップ
・作詞       財津和夫
・作曲       財津和夫
・編曲       チューリップ
・リリース日   1974年1月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数  13.5万枚

えー、1曲セレクトを書くために毎日タイムスリップしてる気分になってるワタクシですが、今回は、またまた70年代へ遡って来ましたわ。
 昨日は80年代を代表する「バンド」って感じで「チェッカーズ」だったんで、今回は70年代のバンドの代表選手と言う感じで「チューリップ」なぞ一つ。

うん、これまでもチューリップの曲はちょぼちょぼ書いたんだけど、今回は74年の「銀の指輪」でいきましょうか

と、言っても、この曲がヒットしてた74年の今頃というと、ワタクシは4才。 当然、リアルタイムでは聴いてなかった・・・・・ハズなんだけどもね。 この曲、初めて聴いた時、妙に懐かしかったんだよな。無意識のうちにどっかで聴いてた様な・・・。

当時と言えば、個人的には「アルプスの少女ハイジ」だったはずなんだけどなぁ。。。。

ま、たしかに、この曲自体、どこか懐かしい曲調だしな。 ビートルズっぽくもあり、モンキーズっぽくもあり・・・兎に角60年代のバンドサウンドをいろいろと混ぜこぜしたようなサウンドなんだよね。

だからなんだろうねいつか何処かで聴いたような・・・になんて思えたのは。 
いつかも書いたけど、当時、うちのオヤジは、日本の曲より向こうの曲の方が好きで、カーラジオからは、いつもこの手の60年代サウンドが流れてたんだよね。だから、ワタシ的にも無意識のうちにこの手のサウンドが染み込んでたりするんですよ。

ちなみに、ビートルズフリークのチューリップって言うのは有名だけど、この曲を含め、同時にリリースされたアルバム「TAKE OFF」はロザンゼルス録音。

ま、この「銀の指輪」のシングル盤のジャケットにもハリウッド・サンセットスタジオ録音って書いてありますな。

だからなのか、この頃のチューリップにしては珍しく、音が濡れてない。カラッと乾いてるんだよな。その辺りもこの曲の特徴かもしれない。


ボーカルは、「心の旅」以来続いての、姫野達也氏。 うむ、チューリップというと、財津和夫氏のボーカルって真っ先に浮かんできちゃったりもするんだけど、初期は姫野氏の方がリードボーカルは多かったですよね。

でね。姫野氏のボーカルを聴くと、ボーイソプラノっぽいよなぁ。甘い声っちゅうのかな。
今でいえば、「草食系」っぽいんだよね。

最近はバンド系も「草食系」のナヨッとした声質のボーカルが多いけどさぁ、そうみるとこれは今に始まった事じゃないんだよね。
 考えてみれば、チューリップと同時期でも、NSP とか ふきのとう とか、BUZZ とか、ボーイソプラノっぽい今でいう「草食系」っぽいボーカルが結構いたんだよな。

でもなんで何だろうねぇ、当時のボーイソプラノ系のボーカルって気持ち悪くないんだよなぁ。
今の「草食系」のボーカルって、なんかさあ、気持ち悪りぃんだよな。「ちゃんとメシ食って、腹から声出さんかい」なんていいたくなるんだよねぇ。




出来れば、ヒット当時の映像があればベストなんだけど、何分42年前だしな。 それでなくても当時は、ほとんどテレビで演奏してなかったろうしね。2008年のNHK「SONGS」でメンゴ。
それでも、7年経過してるんだよね。 その間、一昨年には動画では映ってる、リードギターの安部俊幸氏が亡くなってしまいましたね。 



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OH!! POPSTAR / チェッカーズ

1986_03_OH!!POPSTAR_チェッカーズ








今回の1曲セレクトは、「OH!! POP STAR」チェッカーズです。

まずはデータどぇす!

・タイトル    OH!! POP STAR
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      売野雅勇
・作曲      芹澤廣明
・編曲      芹澤廣明
・リリース日   1986年2月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  35.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年3月3日〜4月28日付

えー、今回は久々にチェッカーズを持ってこようかな。
チェッカーズも、大分書いたようなつもりでいたんだけど、意外とまだ書いてない曲が多いんだよな。なので、この先もチョクチョク書くことになるか・・・と思いまする。

そんななかで、今回は1986年の今頃のヒット。 

「OH!! POP STAR」

でもさ、この曲、今となっては結構存在感薄いんだよな。 当時、チェッカーズファンだった方ならいざ知らず、そうじゃない方は、忘れてる方も多いんじゃないかなぁ。

まあ、曲自体、前曲の「神様ヘルプ!」の♪神様ヘルプ! ヘルプ!・・・・♪と絶叫してたのに比べたら、ミディアムテンポで大人しいし、インパクトも少ないからなぁ。当時から存在感が薄かった気がする。

そもそも、ワタシからして、この曲が35万枚も売れてた・・・ってことを忘れてたくらいだから。。。

なんかね、印象としては、この曲で30万枚割ってた様な気がしてたんだよな。 
たださ、売り上げ的には前曲「神様ヘルプ!」と同じくらいは確保したものの、オリコンでは、ここまで7作続けてて来ていた連続1位も、この曲で途切れてしまいましたね。

まあ、初登場の時の相手が、おニャン子クラブの「じゃあね」で、これに1位を阻止されちゃったわけだけども、

1位 じゃあね        12万9610枚
2位 OH!! POP STAR   12万8370枚

・・・と僅か1240枚差で、涙を飲んだ訳なんだけどさ。。。。


しかしねぇ、デビュー以来、一貫して、芹澤廣明氏プロデュースで、芹澤氏の曲を歌ってきたチェッカーズだったけど、曲的にはそろそろネタが尽きてきたんじゃないか・・・っていうイメージは拭えなかったんだよな。

曲自体は、マージービートというか、50年代、60年代を彷彿させる様なガレージっぽいロックだったけど、それもなんか「今更」っていう感じもしたんだよなぁ。
 チェッカーズ自体、もともと50年代、60年代のオールディーズナンバーをもともとやってたグループだったわけだけど、メジャーデビュー以降は、そこをあえて封印しているような動きをして居たわけじゃん。

 でも、なんで、今さらオールディーズなんだろ? っていうのもどこか不可解だったんだよね。 あたかも、芹澤氏が、メンバーのご機嫌を取っているような感じにも思えたし。。

第一、本人たち・・・というか、特に藤井兄弟は・・・これまでの路線に、不満がたまって来ていたらしく、フミヤ曰く、この時期はゲーノー界に対しての反抗期だった・・・って後年か語ってたりするもんね。

そういうところって、見てる方も意外と感じたりするんだよね。だから、「ゲ―ノー界への反抗期」って言った時は、「ああ、やっぱりな」なんて思ったもんですわ。

まあ、それらの不満が、この年、芹澤氏と決別し、自分たちでの作詞作曲に移行する事になるんだけどさ。





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