かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年03月

あなたと愛のために / 西城秀樹

1978_03_あなたと愛のために_西城秀樹








今回の1曲セレクトは、「あなたと愛のために」西城秀樹です。

まずはデータです。

・タイトル     あなたと愛のために
・アーティスト   西城秀樹
・作詞       東海林良
・作曲       大野克夫
・編曲       水谷公生
・リリース日        1978年3月5日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  21.4万枚
・THE CHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1978年3月20日〜5月1日付

西城秀樹さんの曲も、ついこの間書いたばっかりなんだけど、また今週も持ってきちゃいました。
アルフィーも「今頃」のヒットが多いんで、ここのところ毎週のように書いてるんだけど、秀樹も今頃のヒットが意外と多いんだよね。

まあ、秀樹の場合、昨年も「今頃」に何曲か書いてるんだけど、今年も去年書かなかった曲を、この先頻繁に書いていくことになりそうな気配。。。。

今回は、1978年の「今頃」のヒットであった、「あなたと愛のために」をひとつ。

正直言うと、個人的にはこの曲、大人になるまで知らなかったんだよな。
「存在」は知ってた。「ベストテン」で昔の曲を振り返っているとき、何回か出てきてたし。しかもベストテンでは、最高2位まで行ってるんだよね。

ただ、曲は良く知らなかったんだよな。

この曲って、今となってはヒデキの曲の中でも、完全に「死角」になっちゃってるでしょ。 今となっては、ラジオでもまずかからない曲だよな。
 1978年の秀樹というと、どうしても、1曲前の「ブーツを脱いで朝食を」か、この曲の後の「炎」か、そのまた1曲後の「ブルースカイブルー」か・・・って感じで、この曲を上げるヒトは、ほとんど居ないだろうしなぁ。

大体において、この曲を挟んでのリリース間隔が、通常よりも短いんだよね。この時期の秀樹って。

1月 ブーツを脱いで朝食を
3月 あなたと愛のために
5月 炎

・・・・と、2カ月間隔でリリースしている。

当時のリリースパターンは、3ヵ月ローテーションっていうのが、基本だったから、1月に「ブーツを脱いで朝食を」をリリースしたら、この曲は4月リリースっていうのが、基本のはずなんだけど、でも、1か月前倒しでのリリースなんだよね。

でさ、当時の3ヵ月ローテーションリリースっていうのは意味があってさ、つまり、曲のリリース⇒ヒットのピーク⇒ヒットの終焉 っていう曲のヒット寿命が、当時は大体3ヵ月だったんですよね。
だから、3ヵ月ローテーションで曲をリリースすることによって、そのアーティストは1年中ヒットチャートの上位に顔を出すことになり、如何にも「売れてる」って言うイメージになる訳ですよ。

まあ、出す曲出す曲、同じように売れるかどうか・・・というのは、曲の出来にもよるし、売る側の戦略にもよるんで、一概には言えないんだけど。。。

そういうわけで、この「あなたと愛のために」は2カ月間隔でリリースだったことで、どうも、まだ前曲の「ブーツを脱いで朝食を」のヒットのイメージが残ったの時期のリリースだったんじゃないのかなぁ。。。

なんで、今となっては、今一つ印象に薄い曲・・・繋ぎ曲っぽいイメージになっちゃったんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりするんだよね。

たださ、印象が薄いイメージの割には、実際の曲は、かなり濃い口な味付けなんだよなぁ。
タイトルからして、如何にも「ロマンス」的な愛の曲・・・そうだなぁ、秀樹だったら、この曲の3年前、1975年の「この愛のときめき」あたりの曲調を想像しちゃったりもするんだけど、そうじゃない。

イントロからして、激しくさんざめくストリングスと、シンセドラムから始まったりするもんね。

実は、個人的には、この曲は一度も聴いたことない状態で、中古レコード屋からシングルを買って、聴いたんだよね。
いや、個人的にも、↑で書いた、「ロマンス」系の曲だとばっかり想像してたんで、激しいイントロにびっくりこいたんだよなぁ。 想像していたイメージと全然違うんだもの。

でも、曲のメロディ的には、正直言って、あまり「ココ」だっていうところは感じなかったなぁ。それまでのヒデキからの新しい面も感じなかったしね。 逆に言えば、当時から見て、すこし古めかしいような感じもあったね。
純粋なポップスというよりも、「歌謡曲」よりって言うのかなぁ、「歌謡ポップス」なんだよね。
うん、70年代の「歌謡ポップス」といったら、「これだ」っていうお手本のような曲って言うのかなぁ。

ただ、イントロのストリングに絡んでくる、シンセドラムの「ポコポコポコ」って言う音は、やっぱり新しいかったんじゃないのかなぁ。
・・・なんて推定で書いてるけど。。。そそそ、ワタシがこの曲を聴いたのは、かなり後になってからだから、シンセドラムなんてのは、全然目あたしくなかったしさ。 
でも、当時の「歌謡ポップス」では、この手のシンセドラムを使ってたっていう前例はあんまりなかったはずだしね。だから新鮮だったはずだしな。
 だから、この曲の「キモ」は、メロディラインかじゃなくて イントロのこのシンセドラムなんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりもするんだよね。

ちなみに、このシンセドラム、この曲と同時期の、ピンク・レディーの「サウスポー」にも使われてたりするな。
、当時の流行りだったのかなぁ・・・。なんて思っちゃったり。。。まあ、それだけ当時は斬新だったんだよねシンセって。







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サーキットの娘 / Puffy

1997_03_サーキットの娘_Puffy










今回の1曲セレクトは、「サーキットの娘」Puffyです。

まずはデータでする。。。

・タイトル     サーキットの娘
・アーティスト   Puffy
・作詞       奥田民生
・作曲       奥田民生
・編曲       奥田民生
・リリース日    1997年3月12日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   70.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年3月24日〜4月28日付
・タイアップ:ヤマハ スクーター「Vino」CM曲

あー、今日は書きたくないよう・・・と、いつもながらもう一人のワタクシが、ずっと囁いていまして、さっきも今日は1回休もうか・・・と思ってたんだけどねぇ。。。
でも、うんにゃ、やっぱり、書いとこう・・・・と奮起しまして、どうにかPCに向かってたりしてまする。。。

こんな「ふざけた」()状況じゃ、「マジメ」な曲は気分的にムリだなぁ・・・・と思いまして、「ふざけた」曲をひっぱってまいりましたぞ

Puffy 「サーキットの娘」

あ、やばい、この曲のどこがふざけてんだよ ・・・っていうPuffyファンの怒りの声がどこからか聞こえてくる。。。。

いや〜、でも、眉間にしわを寄せて聴くような「マジメ」な曲じゃ、少なくともないでしょ 

でも、そこがPuffyらしいんですよね。 このヒトたちの曲は、なにも考えないでもいいところがいいですわ。


さて、そろそろマジメに書きましょかね。

この曲はデビュー3曲目なんだけど、前曲の「これが私の生きる道」から、曲調が60年代調に遡ったりして、この曲もその流れを踏襲しましたね。
うむ、「これが私の生きる道」は、完全にビートルズのパロディだったけど、この曲はさらに遡って、50年代のロックンロールですわね。
 しかも、かなり純粋なロックンロール。こんなに純粋なノリのロックンロールなんて、ヒット曲では、横浜銀蝿以来じゃないんがなぁ。

まあ、前曲が60年代っぽい雰囲気で大成功だったんでね、次もそんな流れで来るんだろうな・・・なんては思ってたりしたんで、この曲の路線は、ある程度は「想定内」だったかもしれない。
だから、この曲を初めて聴いた時は、それほど驚きはしなかったなぁ。
 
ま、その辺は、リスナーも同じように思ったのか、前曲が157万枚なんて、Puffy最大のヒットになったのに比べると、この曲はその半分以下だったもんね。 これは、ちょこっと想定「外」だったどね。

ただ、「あっさり」はしてたよね、曲自体は。ロックンロールっていうとアクが強い曲があったりするけど、この曲は全然アクは強くないしな。その分インパクトも弱かったかもしれない。 その辺が売り上げにダイレクトに繋がってきたんだろうね。

それよりも、詞がねぇ、ふざけてますねぇ。奥田民生氏っぽいですねぇ。

♪ あせってエンストこかないでね〜 ♪

だもんね、ヤマハのスクーターのCM曲なのにさ  民生、堂々としてるなぁ。。。

まあ、♪ ころんで骨おったりしないように〜 ♪ ってのは、この曲をリリースするちょっと前に自転車でころんで骨折った、吉村由美への「オマージュ」なんですが。。。

それと、1番後のインストから最後まで、バックで延々と流れている「ギロ」が笑える。

そそそ、よく聴くとずっと、「ギロチチ〜」とギロがなってるのが聴こえたりして

なんで、ロックンロールに「ギロ」がなってるんだ? なんて普通だったら考えちゃうんだろうけど、まあ、その辺は民生らしいちゃ、らしい「ミスマッチ」だったりするんだけどさ。

50年代、ロックンロールの前にマンボブームがあった訳で、もちろん、そんなラテンなリズムにゃギロも使われていた訳で。。。。そんなブームを一色多に混ぜてみました・・・なんてぇ、事までは考えてないよね、民生氏も。





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季節はずれの恋 / 吉沢秋絵

1986_03_季節はずれの恋_吉沢秋絵








今回の1曲セレクトは、「季節はずれの恋」吉沢秋絵です。

まずはデータです。

・タイトル    季節はずれの恋
・アーティスト  吉沢秋絵
・作詞      秋元康
・作曲      山梨鎮平
・編曲      瀬尾一三
・リリース日   1986年3月1日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  28.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1986年3月17日〜3月31日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事供彖淨曲

さて、久々に「おニャン子」です。。。

おニャン子関係の曲も、これまで随分書いてきた・・・・ようなつもりでいたんだけど、実は、それほど書いてないんだよな。
 なにせ、個人的におニャン子関係の曲は好ききらいが激しいもんで。。。。

これまでは、その中でも割と気に入ってる曲から書いてきた・・・ってところかなぁ。

BUT、これからはまだ書いてない曲も限られてきているんで、それじゃいかん・・・ということで、今回は、それほど好きでもない曲をセレクトしてきました。。。

吉沢秋絵「季節はずれの恋」。

うーむ、どう書けばいいんだ? この曲。。。曲としてのとっかかりが見つからん。。。

・・・・と悩んでいる割には、実は、この曲の音源は昔から持ってたりするんだよな。。。。

なんかよく分かんないけど、キニナル曲って所なのかなぁ。 曲として好きでもないのに、無いと、あの時代を語る上で、どっか抜けたような感じになる曲。 それがこの曲だったりするのかもしれない。

 こう見えても、オリコンで1位取ってたりするんだからねぇ、この曲。 しかも2週連続で1位獲得って言うのは、数あるおニャン子関係の1位獲得曲でも、それほどないんだよな。
なにせ、今と同じで、毎週、とっかえひっかえ、曲をリリースして、毎週とっかえひっかえ1位をかっさらっていた、おニャン子関連ですから。
 今に通ずる「悪しき慣例」は、このころに始まっていたんだよな。

ま、ともかくも、それでも2週連続1位獲得したのは事実な訳だし、だから、この当時を語る上では、一つの「ピース」になってるんだよな。曲の好きキライは別としてさ。


いや、それでも、このヒトは、ウタがねぇ・・・・。 ま、マジメそうなヒトだったんで、一生懸命歌っていたのは、分かるんだけど、それらを差し引いても、やっぱヘタだったからなぁ。。。
 というか、おニャン子は全体的に、ウタはね、シロートに毛が三本って昔の「フジテレビのマーク」って感じだったんで、ほとんど期待できなかったんだけど、このヒトはそれに輪をかけてヘタだったからなぁ。

じゃ、ルックスはどうだったの? っていうと、これまた、すげえ美人・・ってことも無かったじゃない?
あくまで「普通」って感じで・・・・。どうも、このヒトについては、「ここ」って言うポイントが見つからなかったんだよね。 だから、まあ、個人的に引っかからなかったんだろうな。

それにしては、オリコン2週連続1位っていうのは、不可解なところもあるんだけど、まあ、それだけ、当時のおニャン子の人気ってのもあったし、なにより、この曲が挿入曲となっていた、「スケバン刑事」の人気もあったからなんだろうな。。。

・・・・ってかさ、前にも何回か書いたんだけど、ワタシ、「スケバン刑事」見てなかったからさあ、その辺については何とも言えないんだよなぁ。 どこが良かったのかとか詳細がさあ。
 木曜日の19:30〜だったよね、スケバン刑事って。 ワタシ、この時間まだ帰ってなかったことが多かったしな。。。


あ、それから、この曲のC/Wが、「会員番号の唄」なんだよな。
そそそ、おニャン子、一人ひとりが、会員番号順に一節歌ってたりする、「自己紹介」的なウタ。

↓ コレ


これ、人気あったんだよな。
今聴くと「マヌケ」っぽい曲だけど。。。。

そうか、だから、オリコンで2週連続1位、売り上げも28万万枚・・・と、この曲だけ突出してたんだな。。。






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あんたのバラード / 世良公則&ツイスト

1978_03_あんたのバラード_ツイスト








今回の1曲セレクトは、「あんたのバラード」世良公則&ツイストです。

まずはデータです。

・タイトル    あんたのバラード
・アーティスト  世良公則&ツイスト
・作詞      世良公則
・作曲      世良公則
・編曲      ツイスト
・リリース日   1977年11月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  43.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1978年1月23日〜2月13日付

ポプコングランプリ受賞曲。 大ヒットした曲は、すでに大分書いてきたんだけど、過去のアーカイブをみていたら、意外な曲をまだ書いてなかったんだよな。
 今回、ちょうどいい機会なんで、そんな曲を引っ張って来ますわ。

世良公則&ツイスト「あんたのバラード」。

いやぁ、超盲点だったな。 まさか、この曲をまだ書いてなかったとは。。。。

世良公則&ツイスト、ワタシにとってはリアルタイムで聴いて、ヒット曲っていう世界にどっぷりと嵌まってしまった頃の「原点」なヒト達ですわ。
うん、このヒト達と、サザンとゴダイゴ。 あの頃「ロックBIG3」って言われていたグループの方々。

もし、このヒトたちが居なかったら、ワタシ確実にここに居ない・・・・というかヒット曲の世界にはどっぷり嵌まった人生は送ってない・・・と100%と言えるヒト達ですわ。その位、私にとってはインパクトがでかかった人たちだよなぁ。

 特に世良さんのワイルドな歌い方に憧れてさあ、髪型まで似せちゃったもん、あの頃。 
うん、当時9歳だったんだけどね。。  当時の写真見ると、髪が肩まであったりするんだよな
まるで女の子みたいでしたわ。。。 で、世良氏をまねて、ホウキもって歌ってましたねぇ。

なんつうのかなぁ、ワイルドで野性味のある男の色気に惚れちゃったのかなぁ。同性(男)から見ても、セクシーだったもんなぁ。
・・・・なんて、9才のクソガキが思う事じゃないけど、でも、やっぱり引き込まれちゃったのは間違いない訳で。。。

たださ、個人的に最初にツイストに接したのは、3枚目のシングルだった「銃爪」だっんだよね。
だから、この「あんバラ」の時は、厳密で言えば、まだリアルタイムではない。
けど、「銃爪」から、すぐに遡って聴いてたりしたから、当時からこの曲は良く聴いてましたけどね。

最初ら書いたように、この曲は、ポフコンのグランプリ曲。 うん、1977年10月に開催された、第14回YAMAHAポピュラーミュージックコンテンストでグランプリを獲得。
 で、その翌月に行われた、第8回「世界歌謡祭」でもグランプリ獲得と華々しい経歴を持ってデビューとなった曲な訳ですわね。

まあ、「世界歌謡祭」とは銘打ってはいるものの、大体は「泊付」のためのような音楽祭ではあった訳だけども。。。
 
 ちなみに、その2年前の1975年にも中島みゆきが「時代」で、そのまた2年前の1973年には小坂明子が「あなた」が、全く同じ経歴でデビューしていたわけで、ポプコングランプリ受賞者では、それほど珍しい経歴ではなかったんだけど。。。

だけども、この曲は、ショッキングだったよなぁ。上記のような世良氏の、野性味あふれる線の太いボーカルもそうだし、曲もね、めちゃくちゃラフなんだけども線太いサウンド。めちゃくちゃ泥臭いロックでしたね。

当時、日本のロックといえば、80年代のシティポップスではないけど、ニューミュージックっていうカテゴリーの出現のお陰で、どちらかと言えば都会的で洗練されたサウンドの方向に向かってたからさ。
少なくとも、ここまで泥臭いロックは、逆に言えば「空席」だったかもしれない、当時は。
そこに突然、このヒトたちが出てきたからさ。そう言う意味ではショッキングだったんだよな。

それと、惜しげもなくテレビの歌番組に出演するっていうのも、ロックアーティストとしては珍しかったからなぁ。当時は。
 
 当時はテレビは「ゲ―ノー的」のモノ。ロックは自分たちの世界を最優先にするってのが、当たり前にあって、だから、「滅私」的なテレビには出ないっていうが常識だったからねぇ。まあ、反商業主義というかね。
数少なかった「ロック」中心の番組を覗いては。

でも、このヒトたちあたりから、歌番組に出演拒否しないロックアーティストがちょびちょび出てくるようになったんだよなぁ。その魁的なヒト達だよね。

そのおかけで、ロックもお茶の間でも聴けるようになった訳で、日本のロックの間口が格段と広がってくるんだよね。
ま、そういうロック系アーティストを出演させた、「ザ・ベストテン」とか「夜ヒット」なんかは、功績は、やっぱりでかかった訳なんだけどもさ。

でも、そう言うおかげで、ワタシとか、当時8才、9才のガキんちょでも、このテの曲をお茶の間で聴けたわけだからさあ。いい時代だったのかもな。
その前に、そんなクソガキなワタシにこのテの唄を聴かせてくれた、ウチの親たちにも感謝。 



これは、恐らく上記の「ポプコン」か「世界歌謡祭」の時の「音」だと思うんだけどさ。
実は、この時のメンバーと、デビュー後、テレビに出演するようになってからのツイストって、実はメンバーが違うんだよね。

あれ? これって有名な話かなぁ?

当時、大学生だったメンバーは、あくまで大学時代の思い出としてポプコンに出演した訳で、グランプリを取ったら解散、そして大学は卒業という事になっていたんだよね。で、ポプコン⇒世界歌謡祭で見事グランプリ獲得。
ここで、実際、一度、ツイストは「解散」してるんですよ。
でも、当時の慣例として、世界歌謡祭でグランプリを獲得したアーティストは、「夜ヒット」に出演させるっていう不文律が存在していたために、急遽、メンバーを集めて「再結成」されたのが、ワレワレが良く知ってる「ツイスト」なんですよね。

 だから、ドラムのふとがね金太氏も、ベースの鮫島秀樹氏も、ポプコンの頃は、まだメンバーじゃないんだよね。(キーボードの神本宗幸氏だけはそのまえからのメンバー)

だからさ、今、世界歌謡祭の時のVTRを見ると、バックのメンバーが違うんだよね。 
以前、まだ、この事を知らない頃、この時のVTRを見て、「あれ?」とは思ってたんだけどさ。 ドラムがふとがね金太氏の独特の叩き方じゃないしさ。

ネットが一般的になりWikipediaが見られるようになって、「なるほどね」なんて思ったんだよな。


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マイ・ボーイフレンド / 北原佐和子

1982_03_マイ・ボーイフレンド_北原佐和子








今回の1曲セレクトは、「マイ・ボーイフレンド」北原佐和子です。

まずはデータです。

・タイトル    マイ・ボーイフレンド
・アーティスト  北原佐和子
・作詞      堀川マリ
・作曲      梅垣達志
・編曲      梅垣達志
・リリース日   1982年3月19日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 25位
・売上げ枚数  6.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 23位

3月も25日を過ぎましたねぇ。 この時期になると毎年決まって、その年の「デビュー組」の動向が気になってきたりするんだけどね。
・・・まあ、最近は、3月だからってデビューする人が大量に出る訳ではないから、どうと言う事はないんだけどね。 やっぱ、一番ヒット曲を聴いていた80年代がそうだったからねぇ。3月と言うと、さて、今年の新人は・・・って気になるのがクセになっちゃってるんだよね。

で、今頃の時期に大量の新人がデビューってことで、真っ先に思いつくのが、やっぱり1982年なんだよなぁ。
そそそ、例の「花の82年組」ってやつですね。
まあ、とは言っても、実際、メインは3月デビューと4月デビューに2分されていたんだよね。

3月デビューで主だった所では、小泉今日子、堀ちえみ、三田寛子、4月デビューでは、石川秀美、早見優・・・etc、etc、etcってところですかね。
 ちなみに、この年の新人王、シブがき隊と、後に80年代アイドルの女王となる中森明菜は共に5月デビュー。
意外にも82年組の中では「後発」だったんだよね。

・・・なんて書くと、やっぱ、今回の1曲セレクトは、82年組のデビュー曲かなぁ・・なんてなるんだけど、82年組のデビュー曲の主だった所は、既に去年の今頃書いちゃったんだよねぇ・・・。

・・・と思っていたんだけど、うんにゃ、まだ残ってたぞ。。。

北原佐和子「マイ・ボーイフレンド」

そんじゃ、今回は、この曲で行きますか

北原佐和子さん、覚えてらっしゃる方も多いかな。もともとは、ソロというよりは、「パンジー」っていう3人ユニットの一人だったんだけどね。
 ・・なんて書いて、「ハイハイハイ」って思う方は、ワタシと同世代くらい。または、あの当時、アイドル好きだった方々ですよね

そそそ、北原佐和子さんの他、ボーイッシュだった真鍋ちえみさん、ブリブリブリっ子な三井比佐子さん の3人ユニットでしたね。。。

まあ、そう言っても、それほど3人で活動していたっていう印象は、ワタシなんかは少ないんだけどな。
ウタも、3人とも、それぞれソロでリリースしていた訳で、3人でリリースした曲は無いしさ。

ちなみに、3人ともオスカープロモーションという、いまや美人女優、モデルがワンサカ所属するプロダクションでモデルをしていた人たちで、まあ、それで3人まとめて売り出してやるベ・・・ってことで、「パンジー」っちゅうユニットになった訳ですね。

・・・・なんて、さぞ昔から知ってた様に書いたけど、これ今知った。。。(爆)
ほほー、そうだったんだ。。。


・・・あー、また話がずれてきた。。。。

ところで、肝心の曲ですが・・・・。「マイ・ボーイフレンド」。

やっぱりこの曲は、サビの部分ですね。

♪ マイ・ボーインフレンド マイ マイ マイ ボーイフレンド
    もう 友達でいては いけないの ♪

の8小節。

ここはいいんだよな。 「ここは」・・・というか、「ここが」というか。 
イントロからのこのサビで曲に引き込まれてしまったりして。。。
当時、このサビの部分は、よく流れてましたからねぇ、「これはいいかも」なんて思ってましたね。

たださ、正直言うと、このサビの部分だけなんだよな、キャッチーなのは。

それに続く、Aメロ、Bメロとも、なんかよく分かんないメロディが続いてたりしてね。。。。
しかも、Aメロと、Bメロの繋がりがどうも不自然なんだよね。 どこか違うところから、それぞれメロディを取ってきて貼りつけました・・・って感じで。
 あ、それは、Bメロから、サビにも戻るところもそう。

 だからさ、サビ、Aメロ、Bメロとも、イメージが繋がらないんだよな。 そんな訳で曲全体を俯瞰すると、どうも中途半端な感じがぬぐえないんだよなぁ。。

サビがさあ、キャッチーで「あ、これはいいぞ」って思えるだけに、なんとも惜しい作りだったりするんだよな。

サウンドを含めて全体に言っても、曲調そのものが古いんだよなぁ。80年代アイドルの・・・というよりかは70年代アイドルな雰囲気なんだよね。
 ま、この曲に限らず、82年のアイドルの曲は得てして、まだそんな雰囲気の曲が多かったんだよね。
だから、70年代の曲のカバー、リメイクが、この年は多かったし、それでいてそこそこ売れてたりしてね。
アナクロな雰囲気があったよな82年ごろは。

ちなみに、この曲、オリコンでは最高位25位。 
うん、そこそこいいところまで行ったんだよな。
82年組デビュー曲のオリコン実績としては、三田寛子(駆けてきた処女)が最高21位。小泉今日子(私の16才)が最高22位。それに次ぐ最高位だったわけで、この当時は人気あったんだよね。

その他、堀ちえみ(潮風の少女)が最高27位、石川秀美(妖精時代)が最高31位、早見優(急いで初恋)が最高36位、あと新井薫子さんもいたな。このヒトの「虹色の瞳」が最高45位。

・・てな感じで花の82年組と言っても、デビュー曲の頃は、まだドングリの背くらべだったんだけどさ。チャート実績としては。

 ひと足早くデビューした松本伊代は、最高9位(センチメンタルジャーニー)・・とシブがきが出てくるまでは頭一つ抜け出してたりしたけど、それを追随していた2番手が、最初は三田寛子さんだったんだよね。意外にも。。

 でもさ、82年のアイドルの曲は、まだアナクロ的な雰囲気があったとは言っても、時代は確実に流れて行ってた訳でさ、周りのスタッフを含め変わっていこうという意識があったアイドルは残った。
70年代アイドルの幻想を引きずったまま現状維持路線のアイドルは消えてった・・・・。
うん、これは、歌ってた曲を含めてね。だって、松田聖子を始め当時のA級アイドルのヒトたちは確実に時代の先を行ってましたからね。
今振り返ると、そんなサバイバルがあったような感じがするなぁ。

北原佐和子さんも、そんなサバイバルの渦中に居た一人だけど、このヒトはその後役者としては、そこそこ成功しましたからね。
いやアイドルを止めて成功だったかもなぁ。。。 なんせウタがね。。。。

というか、パンジー、3人ともウタは、チョットね。。。 特に三井比佐子さんの歌唱力は「伝説的」だったもんなぁ。。。
その辺は機会があったら、またいずれ。。。。





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風曜日、君をつれて / アルフィー

1986_03_風曜日、君をつれて_アルフィー








今回の1曲セレクトは、「風曜日、君をつれて」アルフィーです。

まずはデータです。

・タイトル     風曜日、君をつれて
・アーティスト  アルフィー
・作詞       高見沢俊彦
・作曲       高見沢俊彦
・編曲       アルフィー
・リリース日   1986年3月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  14.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年3月17日〜4月14日付
・タイアップ:全日空夏の沖縄キャンペーン曲

えー、つい何日か前にアルフィーを書いたばっかなのに、またまたアルティーどぇす。
この前も書いたように、この時期3〜4月ってアルフィーのリリースって多いんだよね。
特に80年代中盤頃は、毎年、この時期に決まってリリースがあったんでね。どうしても、この時期に固まって書くようになっちゃうんだよな。 なので、この先もちょくちょく、アルフィーは書いていくことになりそう。

・・・・ということで、今回は86年3月リリースの「風曜日、君をつれて」。

この曲はねぇ、個人的には好きだったんだよな。
♪春の風の優しさと〜 ♪って歌詞にあるように、春っぽいイメージじゃん。
最近の曲は「春」っていうと、「サクラ」に偏っちゃってるじゃん。で、「さくら」っていうとどうしても「艶やか」ってイメージが先行して、どうしてもしとやかな曲が多くなる。 だから、さいきんの曲の「春」のイメージって、どこか大人しい曲が多いんだけどさ。

でも本来春って、長い冬が過ぎて「躍動」の季節なんだよね。、

だから、昔・・・すくなくとも90年代くらいまでは、春っていうと躍動感がある曲が多かったんだけどなぁ。

この「風曜日、君をつれて」ってさあ、まさにそんな感じで躍動の季節を思わせるようなイメージなんだよなぁ。
・・・というか、1986年当時は、この曲が一番、「春」を感じさせるような曲だったかも知れん。だから、個人的に好きだったのかもしれんな。

やっぱヒット曲に「季節感」っていうは大事だからねぇ。

それだけでなく、この曲から、これから新しい何かが始まるような予感を感じさせてくれたん゛たよね。

実際、この曲がヒットしていた終わりの頃に、「新しいサムシング」があったんだけどさ、個人的に

え? なにかって? ・・・うーん、その辺は、ゴニョ ゴニョ ゴニョ・・・・  

まあ、春は新しい「」の季節ってことで。。。。  まあ、そういうことだったんですが。。。。 
ワタクシ当時16才。青春ド真ん中でしたねぇ。

そんな頃、ワタシの頭の中でヘビーローテーションが流れていたのが、この曲だったんだよなぁ。

そそそ、♪ I I I I LOVE YOU MY GIRL〜 ♪ って感じでさあ

ま、そんなこともありーの、この曲については、未だにいいイメージがあるんだよね。

それにしても、この時のあの娘と、今頃一体どうしてるかなぁ。 風の噂では「人妻」になっているとのことだけど。。。  (って当たり前か



やっぱ、アルフィーは桜井氏のボーカルが一番締まるよね。しっくり来るんだよね。
ぴしっと筋が通るって言うか、まとまりがあるんだよな。
だけど、それに反して、コーラスは、どうも今一つうまくハモらなくなっていたよなぁ、この頃。
最後の ♪ ああ・・・風曜日に君と LET ME TRY〜 ♪ の最後の「LET ME TRY」のハモリがねぇ。。。。
高見沢氏だけ、ピッチがあってないぞ〜。。。。

ところで、この曲、当時の全日空の、沖縄キャンペーン曲だったんですねぇ。
今、Wikipedia見て初めて知った。。 うんにゃ、当時は知ってたのかもしれないけど。。。。
なんせ、あれから「30年」だもんなぁ。。。信じられないですわ30年も経ってるいるなんて。。。 


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長い間 /kiroro

1998_03_長い間_Kiroro











今回の1曲セレクトは、「長い間」Kiroroです。

まずはデータです。

・タイトル    長い間
・アーティスト  Kiroro
・作詞      玉城千春
・作曲      玉城千春
・編曲      重実徹
・リリース日   1998年1月21日
・発売元     ピクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  120.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位1位
・ベストテンランクイン期間:1998年3月2日〜5月11日付

ロングヒット。
新曲リリースが怒涛のように毎週毎週続いている最近では、めっきり聞かなくなった「コトバ」ですね。
そもそもリリースした週だけ集中的に売って、あとは「知らん」って感じのウリテ側に問題があると思うんだけどね。最近ロングヒットがでない原因は。

だけど、いつからロングヒットって出なくなってきたのかなぁ。。。 なんて過去のランキングの動きを見てみると、今から10年くらい前あたりから顕著になってきたんだよな。

 よく2000年以降はロングヒットが出ていない・・・とか言われるけど、2000年代の前半は、それでもロングヒットってあったんだよね。特に2003年、2004年あたりは意外とロングヒットが出てる。
あんまりそんなイメージも無いかもしれないけどさ。
 ただ、2005年のケツメイシの「さくら」を最後に、ワタシのチャートでは10週以上連続1位作品は出てないし、「大ヒット」の目安としている、トータル得点10万点以上の曲も、この辺りを境に激減して来ていたりするんだよね。
ヒット曲ウォッチャーとしては淋しい限りですわ。 大ヒット曲、ロングヒット曲っていうのはヒット曲を聴く上での楽しみの一つだったりするんもね。

・・・・ということで、今回は「90年代」のそんなロングヒットのあるこの曲をセレクトしてきますか。

Kiroro 「長い間」。

この曲は典型的なロングヒットパターンのチャートアクションを見せた1曲だったよな。
90年代では、すでにほとんどの曲が、今と同じようにランクイン1週目、「初動」事に売り上げは集中する傾向が定着していた訳で。 つまり初登場の週のランクが一番良くて、2週目以降は早くも下降していくチャートアクションが「普通むだったんだたよね。

でも、この「長い間」は、オリコン初登場は27位。 ここからジワリジワリはランクを上げ、ベストテン入りまで6週かかっていたりする。

 こういうジワリ型のチャートアクションは当時としても珍しい動きだったわけだけど、このジワリ型っていうのがロングヒットの必須条件な動きなんだよね。
 つまりはクチコミ型なわけですわ。 口コミで徐々に認知が広がっていき、ヒットの規模が大きくなっていきパターン。
 本来ならば、ヒット曲の理想的な売れ方なんですよね。 何が理想的かと言えば、こういう口コミで広がるパターンは、ファン層の限定があまりない。 男女問わず幅広い年齢層に刺さるんだよね。
だから、よりたくさんのヒトがその曲を知っていることになるんですわ。 これれがヒット曲の本来の姿なんだよね。

 最近は売れても、そのアーティストの「コア」なファンしか曲しらないじゃない? これじゃ、ヒット曲の本来の姿じゃないんですわ。 うん、ベストセールス曲。ヒットでもなんでもない。これじゃ淋しいよな。


ところでこの曲は、ご存じの通り、ミディアムバラードのシンミリとした心に染みる曲ですわ。
まあ、この曲調が、一気にヒットはせず、ジワリと多くのヒトに浸透して行った一番の要因なんじゃないかな・・・と思うんだけどね。
 なかなか、こういう曲は、初聴では、理解するのが難しいですからね。 何度も聴くうちにジワリと染みていくって言う感じで。

ただね、この曲の大ヒット以降、ロングヒットする曲のパターンって、結構似通ってしまったような気もするなぁ。

 うん、この「長い間」同様、心に染み様なミディアムバラードな曲。

例えば、この曲以降だったら、2000年のサザンの「TSUNAMI」、2003年の森山直太郎「さくら(独唱)」、2004年の一青窈「ハナミヅキ」、平井堅「瞳をとじて」、2007年の秋川雅史「千の風になって」・・・etc etc etc

なんかね、どこか共通しているような曲調じゃないですか。

まあ、いずれも何度も聴くうちにジワリと染みていくような曲ではあることは間違いないんだけどね。

でも、もっと違う曲調でも「ロングヒット」と呼ばれるような曲がどんどん出てきて欲しいよね。


まあ、そんな、今に通じるジワリと心に染みるロングヒットの「原点」が、この「長い間」であることは間違いないだろうなぁ。




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君よ抱かれて熱くなれ / 西城秀樹

1976_03_君よ抱かれて熱くなれ_西城秀樹








今回の1曲セレクトは、「君よ抱かれて熱くなれ」西城秀樹です。

まずはデータでする。

・タイトル     君よ抱かれて熱くなれ
・アーティスト   西城秀樹
・作詞       阿久悠
・作曲       三木たかし
・編曲       三木たかし
・リリース日    1976年2月25日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   33.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年3月8日〜5月3日付

70年代の曲の面白さの一つは歌詞だろうね。現実のものとは到底思えないような、超デフォルメした大げさな内容の歌詞とかさ。
 最近は、そんなデフォルメした内容の歌詞ってほとんど見かけないからなぁ。大体が等身大な内容じゃないですか。あとは英語で逃げるとかさ。

 まあ、その要因の一つは、自分たちで詞を書いてる曲がかなりの割合になったからだろうな。いわいるシンガーソングライターってやつでさ。シンガーソングライターの方たちは、どうしても自分が経験してきた事、考えてき来た事っていう、割と狭い範疇の話を縦に深く掘り進めていく詞がほとんどで、「架空」の話をクリエイトするって言う作業は、あんまり見られないですからね。

でも、昔、70年代は、まだ「職業作家」が大活躍していた時代だったしさ。 職業作家の方々は、あくまで「プロ」だからさ、物事をいろんな角度からこねくり回したり、それこそデフォルメした世界で「詞」を書くってていう作業が多かったですからね。

・・・とは言っても基本は、「惚れた腫れた」の色恋ものが、そのほとんどなわけだけど。。。

今回の1曲セレクトは、そんな70年代の「デフォルメ」した色恋世界を歌った曲を持って来ましょうか。

西城秀樹「君よ抱かれて熱くなれ」。

うーむ、いまでもこの曲を覚えている方がどのくらいいるのか? っていうのは、ちょっと不安ではあるんだけどね。
なにせ、ヒットしたのが、今から丁度「40年前」の今頃。 1976年の「春」だったからなぁ。

だったからなぁ・・・なんて、如何にもリアルタイムで聴いてきたような書き方しちゃったけど、当時ワタクシは6才。
あ〜、ちょうど幼稚園を卒園して、小学校へ入学する頃だ。

・・・なんで、当然、リアルタイムじゃ聴いてないんだけどさ。。。

うん、この頃聴いてた曲って言ったら ♪1年生になったら〜 友達100人できるかな? ♪ っていうあれ・・・。
そそそ「1年生になったら」・・・は聴いてたけどな


あ〜、話がずれた。。。。

まあ、そんな時期のヒット曲なんだけど、ともかく歌詞が凄いんだよね。

しょっぱなから  

♪ 君は今 僕の胸で 蝶に変わるよ〜 
  蒼ざめたその羽をバラ色に染め
  これが幸せと泣きながら飛んでいける 〜 ♪ 

だもんね。 

いきなり凄い世界・・・っちゅうか、結局はリアルな話、「アレの最中」のストーリーな訳ですね。 
でも、ストレートに「あれ」やってまっせ・・・とは流石に、当時、トップアイドルであったヒデキは歌えない訳で。。
でも、流石は阿久悠氏。ウマくかわしたコトバで、恰も架空の世界の話のようにデフォルメさせる訳なんですよね。
しかも、そうすることで、めちゃくちゃファンタジックな世界に変わる訳だから、流石はコトバの魔術師の阿久悠氏だな・・・なんて感心したりしてね。

ただ、この曲に関しては、全てが飛躍しているかというと、そうではなく、それに続くBメロでは比較的、現実的なコトバが並んでいたりする。

でも、そうすることで、よりファンタジックな世界に引きずり込まれるような錯覚を感じるんだよなぁ。うん、ファンタジックな「エロ」な世界。

いや、あの時代、歌詞の世界だけじゃなく、例えば小説にしても、マンガにしても、かなり飛躍した内容のモノって多かったですよね。
 今は、情報多過なこともあり世間一般擦れたヒトが多くなっちゃったんで、そんな架空の世界はみんな「ケッ」と思うようになっちゃたけど、40年前は擦れてないヒトの方が多かったんだよね。純真のヒトが多かった・・というか。
 だから、こういうめちゃくちゃ大げさに飛躍したような歌詞でも、多くのヒトは受け入れていたんだろうな。


この曲は、歌詞だけじゃなく、メロディを初めてサウンド全般的にデォルメしたような、かなり大げさな展開だったよな。
 全般的には、ヨーロッパ系。 イントロはスパニッシュな展開で、そのまま進むのかななんて思いきや、実はカンツォーネに近いんだよね。
Aメロ、Bメロは、マイナー系なやや大人しめなメロディ展開、なんだけど、サビで、いきなり転調してヒデキお得意の「歌いあげ」系のメロディに変わる。

まあ、こういう「大げさ」な展開なメロディを歌える・・・というか、歌って「サマ」になるのは、ヒデキぐらいしかいなかったからなぁ。だから、ヒデキにピッタリな曲ではあったと思う。

ま、その辺は、聴いてる側にも伝わるもので、この曲は、前年の「恋の暴走」以来、1年ぶりで30万枚を突破。
その間、暫く、やや低迷気味だったヒデキだったけど、この曲で息を吹き返した・・・そんな1曲でもあったんだよね。

それにしても、やっぱヨーロッパ系のメロディは、聴いててグッと来るよなぁ。
まあ、ワタシだけかもしれないけど、やっぱりアメリカ的な乾いたメロディよりかは、このテのメロディの方が好きなんだよなぁ。
三木たかし氏は、その後の「歌謡曲」路線の方が一般的になっちゃったけど、70年代のポップスがいいんだよな。それこそヨーロッパ系なメロディが哀愁をそそる・・・というかさ。


動画、いきなり削除されちゃったじゃんか〜  むぅ



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愛を止めないで / オフコース

1979_03_愛を止めないで_オフコース








今回の1曲セレクトは、「愛を止めないで」オフコースです。

まずはデータです。

・タイトル     愛を止めないで
・アーティスト   オフコース
・作詞       小田和正
・作曲       小田和正
・編曲       オフコース
・リリース日    1979年1月20日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  31位
・売上げ枚数   9.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 33位

ここのところ、自分にとって冒険的な曲が続いているけど、今回セレクトしてきた曲も、かなり冒険的な曲なんですよね。

オフコース「愛を止めないで」。

冒険的っていうのは、正直言うとこれまであまりきちんとは聴いてきていない曲って事ですね。
事実、今回セレクトしてきた「愛を止めないで」は、音源持ってないんですよ、ワタシ。

・・・なんて書くと、「え?」って思われるかもしれないけどさ。。
自称「ヒット曲ウォッチャー」と言っている割には、なんてお粗末様な。。。とかさ。。。

だよね、オフコースの中でも人気が高い曲だもんなぁ。 そんな曲の音源すら持っていないとはね。。。
・・・と言われても仕方ないよな、確かに。

ま、そんな状況なんで、もしかすると「的外れ」な事を書いちゃうかもしれないけど、そこは予めご了承いただければ・・・と思いまする。


じゃ、なんでオフコースの中でも人気が高い、この曲の音源を今まで持っていなかったか
まあいくつか理由があるんですけど、一番の理由は単純にオフコースの曲、全体的に、個人的にはあんまり「刺さらなかった」から・・・なんだろうね。

オフコースの曲・・・・というか小田氏の曲って理詰めなんですよね。 キチンと計算されているように感じるんだよなぁ。整然としたフレーズが並んでいて、そこに計算されたコード進行があって・・・って言うイメージなんですよ。
ま、その辺りは、流石に「理系」の小田氏らしい音楽だな・・・とは思うんだけどさ。何分パッパラパーな性格なワタシには(自分も理系のクセして)、「キチンとし過ぎる」ような音楽に感じるんだよね。どうもその辺りが刺さらず、逆に頭が拒否しちゃってたのかもしれない。
 サザンとかは、パッパラパーな音楽じゃん。音楽らしい音楽っていうのかな。文字通り単純に音を楽しんでる。そういう音楽の方が、聴いてて楽だし、自然と入ってくるよね。
だから、オフコースはずっと素通りだったんだろうな。

唯一、大ヒットになった「さよなら」は、自分でシングル買ったりしたんだけどね。うん、この曲だけはよかった。コーラスワークが素晴らしかったんで。。。

それと、このヒトたちも当時・・・というか今もそうだけど、ほとんどテレビの歌番組には出演拒否していたってのも大きいよな。 
 ここでは何度も書いてるように、当時、個人的な音楽の情報源は、ほとんどテレビが全てだったからさあ。テレビに出ない・・・というだけで、ほとんど耳に入ってこなかったからなぁ。


でもね、一度「ベスト盤」は買おうと思ったことはあるんだけとね。

82年の武道館10daysの後、活動休止に入っちゃったじゃない? で、その翌年にベスト盤である「YES-YES-YES」っていうアルバムがリリースになったんだけど、それ買おうと最初は思ってたんですよ。
 82年のシングル「YES-YES-YES」は好きだったしさ。だから、それをきっかけに過去の曲を掘り下げたいと思ってたんだよね。
 でも、結局はそれを買わないで、他のアルバム買っちゃったんだよな。 それ以来、接点がつかめず今に至る・・・って感じなんだよな。

まあ、そんなことで、未だにこの「愛を止めないで」の音源はワタシの手元には、まだ無い・・っちゅう訳ですわ。


もちろん曲は知ってますよ、この曲。
・・・とは言うモノの、キチンと曲を聴いたのは、かなり後年になってからですけどね。
おそらく、1991年元日深夜に放送された「19××スペシャル 僕らの青春のメロディ」だったと思う。 これで、例の82年の「武道館10days」の「愛を止めないで」が流されましたからね。
 そそそ、未だによく、この時のVTRは見かけるし、現にYOU TUBEなどの動画サイトにも上がってるしね。

だからねえ、リリースから10年以上後になりますね、きちんと聴いたのは。

うん、やっぱりいい曲だと思った。初めて聴いたはずなのに、不思議と「1979年」っていう時代感を感じたしさ。
やっばり、サビの ♪ 愛を止めないで〜 ♪ の部分のインパクトは強いよね。 否が応でも曲に引きずり込まされてしまう。 ま、それ以前にAメロからキャッチーなんだけどさ。

じゃ、なんで、もっと早く音源買わなかったの? って感じなんたけどさ。しつこい様だけど

でも、考えるに、これは「売れるため」の手段として、ここまでキャッチーになったんじゃないかな。

当時、アリスの谷村氏も言ってたことだけど、自分たちがやりたい音楽と、「売るため」の音楽は違うって事なんだよね。
 兎に角、「クサッ」と思うくらい、インパクトがあり、分かりやすいメロディに徹すること。これが売るための最低条件なんですよ。いわいる「ウレセン」のメロディって事なんだけど、アリスでは、ブレイク曲となった「冬の稲妻」がそうですね。 この曲は、それまでのアリスの曲とは全く違う、最初から売れるために書いたと谷村氏は言ってたしな。

そんなアリスの「冬の稲妻」と同じ立ち位置であったのが、オフコースでは、この「愛を止めないで」だったんじゃないかな? なんて思う訳ですわ。
だから、それまでのオフコースの曲とは、この曲は雰囲気かなり違うしな。
ウレセンと言うところもそうだけど、メロディラインがポジティヴというかさ。

まあ、そう言う感じになったのも、この曲から「正式」に5人体制になったってことが大きいのかもしれない。

そそそ、初めオフコースって小田氏と鈴木氏の2人だったんだよね。 デュオでの完全なフォークタッチの曲をやってたわけですわ。
 でも曲によってはバンド形式の曲もあった訳で(1975年の「眠れぬ夜」など)、それらの曲の際は、ゲストアーティストによるバンド編成にしてたんだよね。
 で、1976年にドラムの大間氏、ギターの松尾氏、ベースの清水氏が加わったものの、あくまで「ゲスト」と言う枠組みだった訳ですね

そんな感じで3年余りやってきた訳だけど、この「愛を止めないで」で正式メンバーとして、5人体制のバンドとして再スタートを切った訳ですわ。
 
なぜ、そんなことが言える? 

まあ、確かにネットを見ても、公式な見解はなかなか見当たらないんだけど、この曲のジャケ写から「5人」で写ってるんですよね。
これは、「5人」でやって行こう・・・と正式に決意が固まった現れなんじゃないのかなぁと思う訳ですわ。
 
そういう状況だったから、流石に頭の固い小田氏も、是が非でも売りたいと思ったんじゃないのかなぁ。それが、こういうキャッチーな曲になった最大の理由だと思いますよ。



で、やっぱし動画は82年の「武道館10days」の時のになっちゃう訳ね。


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湾岸太陽族 / 荻野目洋子

1987_03_湾岸太陽族_荻野目洋子








今回の1曲セレクトは、「湾岸太陽族」荻野目洋子です。

まずはデータでする。

・タイトル     湾岸太陽族
・アーティスト   荻野目洋子
・作詞       売野雅勇
・作曲       山崎稔
・編曲       西平彰
・リリース日    1987年3月3日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   16.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月16日〜4月13日付

 ここのところ、暫くアイドル系の曲を書いてなかったんで、今回はアイドル系の曲でも持って来ましょうかね。
・・・というても、アイドル系の曲もだいぶ書いたからなぁ。だれでも分かるようなめぼしい曲もだいぶ少なくなってきた。

・・・・といつものように過去に書いた曲のアーカイブスをブツブツいいながら見まわしていたら、ありましたわ。まだ書いてない曲が。

荻野目洋子「湾岸太陽族」。 

少し前に、Babeの「Give Me Up」も書いたけど、意外と1987年のアイドルの曲ってまだ書いてない曲がチョボチョボあるようだな。 今後も引っ張ってくることが多いかも。。。

ま、なぜに書いてなかったのか・・・っていうと、恐らくそれだけ、個人的にあんまり思い入れがある曲が、この頃は少なかったからかもな。

前曲「六本木純情派」あたりから、それまでのビートを利かせた曲から、ややメロディにシフトしてきたような感じも受けてはいたんだけど、この「湾岸太陽族」は、またビート主体に戻った・・・っていう印象が強かったな。
 うーんビート⇒リズム体もそうだけど、意外とメロディラインも印象的だったのかなぁ。

いや、全体的な雰囲気としては、ちょっとアナクロな印象も強かったんだよな。
まあ、「六本木純情派」もアナクロといえば、アナクロな雰囲気だったんだけどさ。1986年当時の・・・というよりは、それよりも10年以上前の・・・って感じで。だけどなんか新鮮だった。
 でも、どうも、この「湾岸太陽族」って曲は古臭い印象が強かったんだよな。
ビート感があって、メロディも印象的だったのにねぇ。 うーん、全体な雰囲気が古臭いんだよね。
・・・・というかドキツイんだよなぁ。重いの。 厚化粧しすぎのなんとやら・・・って感じで。

「Give Me Up」の時も言及したけど、この当時はユーロビートブームで、リズム体主体のアイドル曲も増えて来ていた頃なんだけど、全体的にいえば軽いんだよね、リズム体が。

だからねぇ、余計この曲のドギツさが目立っちゃってた気がするなぁ。 荻野目ちゃんもこのあたりで、もっと軽い曲を1曲持ってきていた方が良かったかもな。今考えれば。
 
 折角「六本木純情派」でロングヒット プラス売り上げが伸びて、「さあここから」と言う感じだったんたけど、この曲で売り上げが落ちちゃったしね。
まあ、結果論と言う事で、違う路線に行ってどういう結果になっていたか・・・っていうのは分かんないけどさ。

それにしても、「湾岸」ってコトバがこの頃からクローズアップされてきたような気がするなぁ。
「湾岸」っていうとやっぱ東京湾岸って事なんでしょうかね。・・・とすると、どうしても、湾岸道路(東関東道〜首都高湾岸線)をぶっ飛ばす、太陽族っていう絵づらが浮かんできたりして。そんなブルーカラー的な光景と荻野目ちゃんとが、なんかミスマッチなような気がしないでもなかったけど、いかがなもんですかねぇ。



あわわ、大熱演の荻野目ちゃんですね。
このヒトはウタはウマいんで安心して聴いてられるってのはいい。
でもさ、テロップの作詞、作曲者が逆になっているの気がつきました?
売野氏が作曲なんて聞いたことないぞ。。。。  「夜ヒット」さんよ〜



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