かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年01月

1/3の純情な感情 / SHIAM SHADE

1998_01_3分の1の純情な感情_shiam shade 










今回の1曲セレクトは、「1/3の純情な感情」SHIAM SHADEです。

まずはデータでする。

・タイトル     1/3の純情な感情
・アーティスト   SHIAM SHADE
・作詞       SHIAM SHADE
・作曲       SHIAM SHADE
・編曲       SHIAM SHADE  明石昌夫
・リリース日    1997年11月27日
・発売元      ソニーミュージックレコーズ
・オリコン最高位 3位
・売り上げ枚数  69.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1997年12月22日〜1998年2月16日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 」エンディングテーマ

 ここんところずっと80年代の曲に偏ってきたキライがあるからなぁ、今回は90年代の曲をセレクトして来ますか。

SHIAM SHADE「1/3の純情な感情」

 うーむ、90年代は90年代でも、いままで書いてこなかった感じのアーティストかなぁ。
1月っていうのは、昔から「新曲」リリースが、比較的少ない月で、特に90年代で、その傾向が顕著だったんだよね。まあ、それは未だに続いてるんだけどさ。
 だから、去年もそうだったけど、1月に「その頃」ヒットしてた曲をセレクトしてくるのって意外と苦労するのよ。

でも、90年代でも、こと98年の1月っていうのは、個人的には、好きキライは別として、気になってた曲が多かった頃だよなぁ。

 今でも続けてる「THE HITCHART」、通称「かじやんチャート」だけど、この年の1月1週目からネットを利用した集計に替えたんだよね。
 それまでは「オリコン誌」を中心に紙媒体を資料としてたんだけど、それを止めて、ネットで調査を始めたんですよ。そそそ、ネットデビューしたのがこの時だったんだよな。
 ・・・ということは、インターネットも18年使ってることになるんだよなぁ、ワタシも。 
あの頃は定額ネット専用線なんて高額で使えなかったから、もちろんダイヤルアップで・・・って書いても、もしかしたら今の若いコにはちんぷんかんぷんかもしれないけどさあ。 あの頃はネットに繋ぐのも 結構苦労したのよ。如何に通信料金を安く済ませるか・・・って事をさぁ。
 で、結局のところ、みんなやってたテレホーダイを使ってたよなぁ。そそそ、日中はネット料金も従量制だったけど、23時〜8時までは定額制だったんだよね。いわいる「テレホタイム」ってやつでさ。 
 で、結局みんな夜中にネットをやるから、繋がりにくいのなんのって。。。。 IT業界の人間で宵っ張りなヒトが多いのは、この頃の名残だよね。

まあ、そんな環境の変化もあったんで、この当時の曲って、印象に残ってるんだと思うんだよな。

今回セレクトしてきた、SHIAM SHADEの「1/3の純情な感情」もそんな曲の一つって訳ですわ。

でもね、当時、この曲自体好きだったか・・・というと、それが微妙なんだよな。 正直、頻繁に聴いてたかって言うと、当時は積極的には聴いてなかった気がする。
 bay fmの「パワ―カウントダウン」で流れた時ぐらいじゃ無かったかなぁ。

まずもって、「るろうに剣心」っちゅうアニメの曲っていうのが、頭にあったわけでさ。その辺がちょっと足を遠のかせていたんだと思う。

とは言っても、気にはなってたりしてね、曲自体に。

大体において、なんかヘンチクリンなタイトルじゃん。「さんぷんのいちのじゅんじょうなかんじょう」なんて、まあ、噛みそうなコトバが羅列してるしさあ。

いわんや、この噛み噛みしそうなタイトルが、そのままメロディに乗っかってたりして。否が応にも引っかかっちゃうよねぇ。

だから、いい曲というより、ヘンな曲・・・って感じだったんだよな。最初は。

それと、個人的に引っかかったのは、この曲のベースラインですねぇ。なんか独特のグルーヴ感があるんだよな、この曲ベースラインって。
特にAメロからBメロに移る辺りのグルーヴ感が好きなんですよ。
 なんと言っても演奏自体はウマかったと思う、このヒトたち。恐ろしいくらい音の粒がきっちり揃ってるし。

当時、このヒト達アミューズに所属してたけど、ちっともアミューズっぽくないグルーヴ感だったりしてさ。それよりも、この曲のアレンジャーとして参加してる明石昌夫氏からして、ビーイングの末裔か・・・なんて思ってたりしたもん。 うん、この曲のグルーヴ感は、ビーイング的なんだよね。
 メロディにしたって、キャッチーで分かりやすいってところは、ビーイング的だったしな。

ただ、個人的には、引っかかったのはこの曲だけだったなぁ。当時は、まだまだ、このテのコアメロ的な「音」には、なんだかんだ言っても触手が伸びなかったんだよね。





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ジュリアに傷心 / チェッカーズ

1985_01_ジュリアに傷心_チェッカーズ

 





今回の1曲セレクトは、「ジュリアに傷心」チェッカーズです。

まずはデータです。

・タイトル    ジュリアに傷心
・アーティスト チェッカーズ
・作詞      売野雅勇
・作曲      芹澤廣明
・編曲      芹澤廣明
・リリース日  1984年11月21日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  70.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年12月3日〜1985年2月18日付

 前も何回か書いたことなんだけど、昨年までこの1曲セレクトに出していた楽曲って言うのは、ほとんど6年前までmixiで書いていた内容の「再録」でして、それが1000曲あまりだったんですよね。
 なので、80年代を中心に「めぼしい」ヒット曲については、大体書いてきたりしたんだけど、よくよく確認してみると、その時書いてなかった「大ヒット」曲も、まだあったりするんだよね。

いや〜、「大ヒット」と呼ばれる曲は大体書いたぞい・・・・なんて6年前は思ってたんだけどさ。

じつは、今回セレクトしてきた曲も、そんな曲だったりして。。。。

チェッカーズ「ジュリアに傷心」

わあ、大チョンボだよね。 なにせ、1985年のオリコン年間1位の曲ですよ。。。。数あるチェッカーズのヒット曲の中でも「涙のリクエスト」に並ぶ代表曲なのにねぇ。。。

なぜに書いてなかったか・・・・今となっては良く覚えてないんだけど、C/Wの「チャッカーズのX'mas Song」き書いてたんだよね。 おそらく、それで、この曲も書いた・・・なんて勘違いしてたんじゃないかなぁ・・・とか思ったりして。。。 でも、いい機会なんでね。

 チェッカーズと中森明菜の年・・・といっても過言じゃな買った1984年だけど、その最後にリリースしたのが、この曲でしたね。
 まあ、この曲の頃のチェッカーズ人気はめちゃくちゃ凄かったもんなぁ。うん、ピークでしたよね。

この曲、リリースは1984年11月21日だったけど、オリコン初登場した12月3日付では初登場1位は勿論の事、週間売り上げ枚数が、13万6千枚。
・・・って書くと、今の感覚だと、「なんでぇ、大したことないじゃん」なんだけど、当時、週間売り上げが10万枚以上なんてのは、年に何回あるか・・・ってくらいの「珍事」でしたからねぇ。
しかも、チェッカーズは、「哀しくてジェラシー」「星屑のステージ」に続いて3作連続して、週間10万枚以上を記録し、しかも、リリース事に売り上げを伸ばしてたりしたんだよね。
いやぁ、飛ぶ鳥を落とす勢いってのは、この事なんだなぁ・・・なんて思ったりしてましたねぇ当時は。

 しかもですよ、得てして週間売り上げが高い作品は、「初動のみ」で勢いが落ちるのも早い・・・っていうのが、当時も今も「常」の傾向なんだけど、この曲は違ったんだよね。
 なんせザ・ベストテンでは8週連続、ワタシのランクでも7週連続1位・・・とロングラン1位も記録したりしてたからなぁ。 兎に角、向かうところ敵なしのチェッカーズだった訳ですよ。

 個人的には、曲も好きだったんだよな、この曲。
「傷心」って言うくらいだから、「失恋ソング」なわけだと、マイナーな曲調の中にもスピード感があったじゃん。前曲の「星屑のステージ」がスローバラードだったのけど、それに対比した感じだったし。
 なにより分かりやすかった。でも、この曲までのチェッカーズのシングルなは無かったような新鮮もあったしなぁ。なんだろ、スピード感なのかなぁ。
 まあ、サウンド的には、それまでのチェッカーズを彷彿させる50's〜60'sって言う路線は変わって無かっただけどさ、でも、新鮮さがあったんだよな当時は。

 だから、最初に聴いた時から当然のように売れると思ったし、まあ、実際そうなったんだけどね。

 でも、結局は、この曲が「ピーク」でしたね。 ま、そんなにそんなに人気が続くもんじゃない・・・っていうのは、ヒット曲史の常なんだけどさ、やっぱし、84年から85年へ・・・っつう年またぎの瞬間、なんか変ったんだろうねぇ、雰囲気が。 
 いや、これが不思議なんだよね、長年ヒット曲を追いかけてると、前年、あんなに飛ぶ鳥を落とす勢いだったのが、年をまたいだ瞬間、前年の勢いが感じられなくなるってことがあるんですよ。

やっぱ、その年、その年のカラー・・・・雰囲気・・・ってのが、あるんですかねぇ。
 
ちなみに、↑で書いたように、この曲が、オリコンでは85年の年間1位だったけど、売り上げ70万枚で1位だったのは過去最低だったんだよね。
 本格的に「レコード」が売れなくなってきた頃ですね。 まあ、ヒット曲界も変革期だったことは間違いないんだけど、レコードが売れない時期にゃ、アイドル勢が元気っていうのは、あの時も、今も同じなんだよな。
 で、しかも、そのアイドルも「壊れ」てたってのも同じ。なんせ85年は、例の「おニャン子クラブ」が出てきた年ですから。地盤沈下した年だよなぁ。

・・・ということは、今のCD売り上げ不況を脱出するには、あの時、売り上げ不況を脱出したのはどうやったんだっけ・・・って言うのを思い出せはいいんじゃないですかねぇ。・・・なんて思ったりして。





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Invitation / 河合奈保子

1983_01_Invitation_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「Invitation」河合奈保子です。

 まずはデータです。

・タイトル    Invitation
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1982年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   18.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1982年12月27日〜1983年1月24日付

 河合奈保子さんの曲も大分書いてきたわけで、初期のめぼしい曲は、すでに大体出している・・・ハズなんだけども、過去のアーカイブスを見てたら、まだ、出してない曲があった。
 
・・・ということでもないけど、今回の1曲セレクトは、「ご招待」っつう曲です。。。あせあせ

 ふんにゃ、河合奈保子の「Invitation」どぇす。

実際、今頃はヒットのピークも過ぎつつある頃で、本来ならもう少し前に持ってきたかったんだけど、本当にピークが過ぎる前に持ってこようと、急遽、セレクトして来ましたわ。


 この曲、引っ張ってくるにあたって、ようつべなどでいろいろ動画を物色してたんだけど、コメントを読むと、この曲、人気あるんだねぇ。
 けっこう、好意的なコメントが多数・・・。ふむふむ、なるほど・・。

 当時は、いまひとつジミな感じがしたんだけどなぁ。ま、このひとつ前の「けんかをやめて」が当たったからねぇ。

 そそそ ♪けんかをやめて〜 ふたりをとめて〜 ♪ ですよ。

 でも、なぜか、当時人気があった、この「けんかをやめて」の方が、今になるといろいろと物議を醸し出していたりしてさ。。

 いや、「けんかをやめて」って、一つの女の子を二人の男が取りあいするって内容でしょ、外目には。。 それが、いつの間にか、「自惚れんな、このブス女」・・・って風になっちゃってんのよふらふらふらふらふらふら


 いや、わかんないもんよね、時代が過ぎると・・・。


 でも、この「Invitation」は、ジミな存在だったし、内容的にも可愛らしい曲なんで、そういう「彎曲」した見方は出てないようですね。

やっぱし、インパクトの差だよな。
 それが、ダイレクトに売上げ枚数にも反映してるんだけどさ。 当時は、その辺からのヒットの大小っていうのは、シビアだったからねぇ。

 まあ、それだけ「浮動票」の存在がでかかったんだけどさ、当時は。

 
 そもそも、歌詞の内容からして、今の若いコからすると、大分「?」なんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりもしたりして。。
 出だしの ♪ ペナントだらけのあなたの部屋に〜 ♪ なんて所からして、今じゃ絶滅だよね。部屋にペナント貼ってる男の子なんたさあ。
 でも、ワタシらの時代は、みんな結構貼ってたよなぁ・・・。なんてさ。

 まあ、どちらの曲も、今をトキメク「竹内まりや」女史の作品なんだけどね、以前書いた、堀ちえみの「待ちぼうけ」もそうだけど、「当時ならでは」の歌詞のシチュエーションが見られたりして、いやがおうにも時代を感じたりしてね。

 でも、うまいんだよね、アイドルに曲書くのが。
 まず第一に、このヒトの書くアイドルの曲って可愛らしいって言うのところが大きいな。 スレてないって言うのかなぁ、鷹揚なイメージなんだよね。まず、今じゃあんまり見かけなくなったティーンの女の子像だよなぁ。
 もう一つは、言うまでもなく、ソングライティングの良さっていうかね。古臭くないんだよね。かと言って、斬新に新しくもないし。いい塩梅の新鮮さっつうのかなぁ、少なくとも、堀ちえみも河合奈保子も、竹内まりやの曲を歌うことで、ワンステップ曲に幅が出来た・・・とはいえるわな。

 特に河合奈保子は、この辺から、アイドルアイドルした曲から脱皮を試み始めて行ったりするんだよね。

・・・というか、結局、このころは、ニューミュージック系アーティストが作る、新しい形のアイドルの曲っていうのが、時代の先端を行ってたんだよねぇ・・・。

 ま、この曲も、その1曲ということで、改めて、そんな風に感じた次第ですわ・・・。




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悲しみが止まらない / 杏里

1984_01_悲しみが止まらない_杏里







今回の1曲セレクトは、「悲しみが止まらない」杏里です。

まずはデータです〜

・タイトル    悲しみが止まらない
・アーティスト  杏里
・作詞      康珍化
・作曲      林哲司
・編曲      角松敏生 林哲司
・リリース日   1983年11月5日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   42.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月26日〜1984年3月12日付

 はてさて、今回は何を書くベーなと迷いつつ、10年前の12月のアーカイブを読んでいたところ

 ♪ 鼻水が〜 止まらない〜 ♪  なんて、カキコを発見。。。 うむー、10年の今ごろ、ワタシャ風邪ひいてたんだなwwww  そうだ、あの時風邪をこじられて、肺炎になっちまったんだよな。。。。

・・・よっしゃ、これいただき・・・・ということで、本日は

 悲しみが止まらない  / 杏里    に決定!


 この曲は、例のアニメ「CAT'S EYE」の同名タイトル「CAT'S EYE」の大ヒットを受けてのシングルなんだけど、イメージ的には全く違うわな。

「CAT'S EYE」・・・かっちょよかったよなぁ。スマートで緊張感があってキャッチーで・・・・。小田裕一郎氏の「最後」の大ヒット曲って感じだったけど・・・。

 この曲は、その逆って感じが最初はしたなぁ。なんかさ、あんまり垢抜けないような印象があったわけ。少なくともスマートではなかったよなぁ。

 でも、たしかに、当時の大学生とか若いOLには受けそうなイメージはあったな。当時の「anan」とか「nonno」族っちゅうの?

 うん、イメージが一気に小学生の・・・・ってところから2世代くらい飛んじゃったイメージがね。

 で、まあ、そんな感じで、いきなりイメージが飛躍しちゃったんで、この曲、最初なかなか火がつかなかったんだよね。
 なにせベストテン入りまでリリースから約2ヵ月要してたりする。
 まあ、「CAT'S EYE」がこの曲をリリースする頃までロングヒットしてたせいもあるけど・・・。

 この曲のターゲットとしている当時の大学生もOLも、前の曲で小学生に行っちゃった杏里が、まさか、また、自分たちの等身大にもどってくるとは思ってなかったんですかね〜。

 ても、まあ、よくよく聴いてみると、なかなかオツな曲なんだよね。歌詞は要は「オンナの嫉妬」って感じで、野暮ったいんだけど、サウンドはいいんでないの? もろ「annon族」にもろキャッチ・・・って感じでさ。
 やっぱし、アレンジに角松敏生氏が絡んできてるからかねぇ。通常の林哲司氏だけの場合とはやや違うな。アメリカン度は低いんだよね。

 やっぱ、ブラスでお茶を濁してるのが、ややいつもの林哲司氏オンリーのアレンジと異なってくるんだよね。

 いや、私は好きですよ。こういうダサめなポップロックな曲は。

 特に間奏のトランペットのソロは、スタイリステックスとかアースウィンド&ファイアーを彷彿させたりしていいんでないかなぁ。

・・・というか、個人的にはこの部分がいちばんすきなんだよなぁ。
 ハッキリ言ってメロディラインは、あんまり好きではない。それこそ野暮ったいんだもん。
 
 この曲を聴くときはいつも、バックのブラスセクションの流れしか聴いてない、ワタシだったりして・・・。


 しかし、最初なかなかな火がつかなかった割には、一度ヒットしてからは、息が長かったね、この曲。
 「ザ・ベストテン」での例の「オリバー君」(だっけ?)(⇒チンパンジー)との絡みも受けたからなぁ。




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俺はぜったい!プレスリー / 吉幾三

1978_01_俺はぜったいプレスリー_吉幾三






今回の1曲セレクトは、「俺はぜったい!プレスリー」吉幾三です。

まずはデータでっす〜。

・タイトル    俺はぜったい!プレスリー
・アーティスト  吉幾三
・作詞      やまだあつし
・作曲      山鉄平
・編曲      (クレジットなし)
・発売元     クラウン
・リリース日   1977年11月25日
・オリコン最高位 25位
・売上げ枚数   12.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 27位


 えー、今回はコミックソングです。
タイトルをみて、「かじやんは、ついに頭がおかしくなったのか?」と思われた方、うーん、まあ、半分当たってるかな!?
・・・・でも、ご心配なく・・、とりあえず、生きてます


 ・・・なんてね。。

 ここんところ、ちょっとマジメな曲が多かったんで、ちょっと横道にそれたくなっただけですヨ。


 しかしさあ、最近、このテの「コミックソング」ってほとんど無くなっちゃったねぇ。 
 お笑いのヒトが歌う曲は多いけど、あれは、別にコミックソングではないからさぁ。
 お笑いではなく、正真正銘の「アーティスト」が歌う、「おふざけ」ソングですよ。

 どうしてなんだろうねぇ。ウケないから? うーん、今だから、逆に受けるような気もするんだけどなぁ。

 まあ、アーティストのヒトたちも、みなさんマジメになったってことなんだろうねぇ。ぶっちゃけたヒトが少なくなったというか・・・。

 でもさ、この曲の場合、たしかにコミックソングだけど、実際、吉幾三氏が青森弁丸出しで「なまって」マジメに歌ってるのがいいんだよね。

 覚えてないですかねぇ

♪ 俺は田舎のプレスリー 百姓のせがれ〜 村じゃ人気のプレスリー 田舎のプレスリー ♪ 

ってやつですねぇ。 ま、これと同じパターンで、この曲から丸7年後に「俺ら東京さいぐだ」が出たんだけど、曲としては、それよりは、かなり朴訥としてますよ、今からして思えば。

 そうそう、フォークソングなんだよね。うーん、フォークコミックとでもいいましょうか。

 あ、いやいや、これぞ正真正銘のジャパニーズカントリーだっぺね。(頭の中でなまってくだされ。。)

 吉幾三も、この曲ではアコギ弾きながら、弾き語りでうたってんすよ。 

 後年の吉幾三を思い浮かべる方は、「え? このヒトって演歌なんでないの?」って思われるかもしれないけど、いやいや、じつは、最初は、「フォーク」から出てきたんだよね。

 あ、これって意外かなぁ?

 ちなみに、「俺ら東京さ行ぐだ」も、オリコンではフォーク・ニューミュージックにカテゴライズされておりました。だから「俺ら〜」もオリコンでは演歌チャートではなく、フォーク・ニューミュージックチャートに入ってたんだよね。

 まあ、これも、この「俺はぜったい!プレスリー」があったからこそと思うんだけどさ。


 でも、ワタシ、この曲の頃はまだ、この世界に入る前だったんだけど、この曲は、なんか、はっきり覚えてるんだよなぁ。
「全員集合」とか、お笑い番組にも随分出てたからかしらね。

 だけんど、吉幾三氏もこの曲から、例の「俺ら東京さ行ぐだ」まで7年間は、全くの泣かず飛ばずだったんですよね。

 その後の地元、青森五所川原の「白亜御殿」からは想像もつかないけど、売れない間はかなり大変な生活だったようですよねぇ。

 まあ、今も昔も売れれば天国、でなけりゃ地獄なゲーノー界だけど、70年代は、ことフォークアーティストは、極貧生活を強いられていたヒトが多いようですねぇ。



なんだ、♪ ウンコも踊りだす ♪ ってさあ(爆)

だけど、今回、最後まで聴いたんだけど、最後は「出てけ」って言われちゃうんだね。
コミックソングなのに、最後はなんか哀しい終末になっちゃうのね。


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夜空ノムコウ / SMAP

1998_01_夜空ノムコウ_SMAP 











今回の1曲セレクトは、「夜空ノムコウ」SMAPです。

まずはデータです。

・タイトル      夜空ノムコウ
・アーティスト    SMAP
・作詞        スガシカオ
・作曲        川村結花
・編曲        CHOKKAKU
・リリース日     1998年1月14日
・発売元       ビクター
・オリコン最高位  1位
・売り上げ枚数   162.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1998年1月26日〜3月16日付

昨日13日のワイドショーでやおら、「SMAP解散」なんていう話題が踊っていましたが、ファンでないワタシでさえ、晴天の霹靂だったよな。まさかまさかだよな。だってさ、いままでそんな兆候全く無かったわけじゃん。
 話を聞けば、SMAPを育てた女性マネージャーが、近くジャニーズを退社し独立するらしく、そのマネージャーに恩義があるとして、木村以外4人のメンバーもジャニーズを辞めるらしい。
 ただ、木村はジャニーズに恩義を感じているらしく、ジャニーズに残るとのことで、そうなったら事実上の分裂って事になるわけで、各スポーツ氏の見出しにあったように、「解散」と言う事になるらしい。

 まさかね、そんなことジャニーズが認めるわけが無い・・・とは思ったものの、どうも顧問弁護士の口調からすると女性マネージャーの退社は事実のようで、そうなるとやっぱり、SMAP解散ってうのも事実なんだろうね。

しかしねぇ、人気が衰えての解散なら普通なんだけど、まだまだ第一線上のグループの解散なんでねぇ、本当にジャニーズが認めるでしょうかねぇ。その前に、ゲ―ノー各方面は大変な騒ぎになっているうだねぇ。

ただ、まあ、個人的に言えば、SMAPも40前後になってきたわけだし、そろそろ各人、一個の大人として本格活動してもいいわけだし、事実、そうなっているわけじゃない 
そろそろ「SMAP」っていう存在なしでもいいんじゃないか・・・とも思ったりするんだよね。
正直、新曲をリリースしても、確かにコアなファンには未だに根強い人気を保っているけど、広がりが無くなってきてたりもするわけだし。

ならば、多少乱暴なやり方でもいい潮時かもしれない・・・。なんて思ったりして。。。


・・・ということで、今回の1曲セレクトは、SMAPは外せない・・・と思いーの、この曲を持ってきましたわ。

夜空ノムコウ

この曲リリースは、1998年1月14日。 そそそ、ちょうど18年前だ。うあ、やだなぁ、98年でも、もう18年も経つのか。 

・・・っつうか、今まで長い事1曲セレクトを書いてきたんだけど、SMAP書くの、今回が初めてなんだよな

まあ、今までは80年代中心に書いてきたんで、90年代、しかも90年代後半の曲は、SMAP以外でも全体的に、まだあまり書いてないんだけど。。。

って言うのは建前で、正直、SMAPは、ワタシらの年代からすると、完全にズレていた様な感覚だったんだよね。ジャニーズだったら、少年隊、譲歩して光GENJIまでだよな・・・って感覚なんだよね。ワタシの年代からすると。
SMAPは全員年下だしさ。そうなると、やっぱり対象範囲からはズレてるよな・・・って感じだったんだよな。

だから、この辺になると音源も持ってないし、あまり聴いてなかったりもする。 だから、未だに書いてなかったんだよね。

たださ、だからと言って全く気にならなかったかと言えば、ウソになるわけで、ラジオなんかで耳にすると、聴いちゃったりしてね。「Shake」とかブラックコンテンポリーっぽいダンサブルなノリの曲は好きだったな。

それからすれば、この「夜空のムコウ」は、スローな曲だし、あまり「ニュー」な部分の新鮮さは感じ無かった。
・・・・けど、引っかかって来たんだよね。

 今考えると、やっぱり曲の良さなんだろうね。シンプルだけど、引っかかりのあるメロディとコトバ。

それは、作詞 スガシカオ、作曲 川村結花 っていう当時はまだまだ、本格ブレイクしたばかりの、いわいる「新人」のヒト達が作ったっていう瑞々しさがあったんだろうなぁ。

だから、ダンサブルな曲に人気があったSMAPにあって、初めてのミリオンセラーとなったんだろうね。

・・・っつか、この曲がSMAP初のミリオンセラーって言うのも、もしかすると意外かもしれないけど。

いや、超国民的なアイドルと言われる割には、意外とミリオンセラー少ないのよ、SMAPって。
この曲の他には、「らいおんハート」と「世界にひとつだけの花」だけだから。

どこかのアイドルのように、必至になって「ミリオンにしてる」ヒト達もいるけどさ。


えー、YOU TUBEには動画が落ちてないんで、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x1yp6p0_%E5%A4%9C%E7%A9%BA%E3%83%8E%E3%83%A0%E3%82%B3%E3%82%A6_music


個人的には作詞者のスガシカオのセルフカバーも好きだったりするな




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ひとり上手 / 中島みゆき

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今回の1曲セレクトは、「ひとり上手」中島みゆきです。

 まずはデータです。

・タイトル     ひとり上手
・アーティスト   中島みゆき
・作詞       中島みゆき
・作曲       中島みゆき
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1980年10月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  6位
・売上げ枚数    44.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年12月1日〜1981年1月26日付

今晩はしばれるなや。 石油ストーブしかない8畳間の私の部屋は寒いですぞ。
いや、ちゃんとエアコンはついてるんだけど、暖房は電気代食うんで、石油ストーブでケチケチと使ってる訳です。今、灯油も安くなってますからねぇ。

 しかし、以前にも書いたけど、寒くなると決まって中島みゆきが聴きたくなる。これは、ほとんど条件反射、まるでハプロフの犬状態ですな。

 あ、でも、最近の中島みゆきではないですよ。初期の頃の中島みゆきですね。 
どうしても、あの暗いよー、寒いよー、とどこからか聞こえてきそうな曲が聴きたくなってくるのですよ。

 そんな時は決まって「ひとり上手」ですね。ワタクシは。

 だけど、どうして、こう、シンシンと冷えて寂しい夜は「中島みゆき」なんでしょうね。

 どうしても、この寂しい内容の曲と、今の自分をシンクロさせちゃうからだろうなぁ。

♪ 私の帰る家は貴方の声がする街角 冬の雨に打たれて貴方の足音をさかすのよ ♪

 いやー、寂しいよ〜 暗いよ〜 っていういう雰囲気ですね。それに加えて、この「くらーい」声で歌われたあかつきには、やはりたまらないものがあるのですよね。

 うーん、でも、最近の中島みゆきしか知らないヒトは、ちょっと雰囲気が違うかなぁ。 最近の中島みゆきは、声が怒っててるもんね。昔は違ったのですよ。もっとくらーい感じだったのですよ。その分優しい感じはするんだけどね。

まあ、この曲の場合は、それだけではない何かがあるんだよなぁ。まず、メロディラインがいいよね。中島みゆきとしては、かなり素直なメロディラインとでも言いますかねぇ。それでいて、すぐ「中島みゆきだ」って分かるよね。

 それと、詩がね、絵が浮かんでくるよね。まあ、やっぱりどうしても低い雲の下の・・・っていう雰囲気のえづらなんだけどさ。


でも、「ひとり上手」ね。。。これは、ワタシのことですか。いやはや、そんな感じがするなぁ。ワタシもろ「ひとり上手」だもんなぁ。
 いや、でも、この曲これだけ売れているっていうことは、世の中、「ひとり上手」なひとが多いんですかねぇ。
 なんか、共感持てちゃうんだよねぇ。

 ワタシにとっては、1981年の今ごろっていうと、先日書いた五輪真弓の「恋人よ」と同時に、真っ先にこの曲が浮かんでくる・・・って言うくらい、ずっと印象に残っている曲ですね。
 ただ、↑で「低い雲の下で・・・」って書いたんだけど、実は、個人的には、この曲を聴くと、今頃の午前中の陽だまりの下っていうイメージが浮かんでくるんですよね。
 はじめてこの曲を聴いたのが、親父の当時の車の中で、暖かな陽だまりの下を走ってたんですよ。
そんな中、AMラジオから流れてきた、この曲、印象が強かったなぁ。

あの頃は中島みゆきってテレビにはでなかったからねぇ。ラジオで聴くしかなかったんだよな。しかも、田舎はFMは、NHK-FMしかなかったから、AMのモノラルの音で。

あれから35年も経つのに、この時の光景ってよく覚えてるんだよなぁ。
やっぱり、子供の頃の光景って、いつまでも脳裏に残るもんなんですよね。

だからねぇ、この曲っていったら、未だにステレオのいい音で聴くよりも、モノラルの少し饐えた音で聴く方がしっくりくるんだよな。



この頃の中島みゆきって言ったら、通常、アレンジは船山基紀氏が担当してたんだけど、この曲は萩田光雄氏なんだよね。
だから、このころの中島みゆきの曲とは、ちょっとイメージが違うのかもなぁ。


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時計をとめて / わらべ

1985_01_時計を止めて_わらべ






今回の1曲セレクトは、「時計をとめて」わらべです。

 まずはデータです。

・タイトル    時計をとめて
・アーティスト  わらべ
・作詞      荒木とよひさ
・作曲      三木たかし
・編曲      松武秀樹
・リリース日   1984年12月12日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   15.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1985年1月14日付
・タイアップ:テレビ朝日系「欽ちゃんのどこまでやるの」より

 えー、今回もマクラ無しでいきなり本題。
今回引っ張ってきた、わらべの「時計をとめて」。これかなり自分でも記憶の外にあった曲なんですよね。たまたま昔の「今頃」のランキングょ見てたら目に飛び込んできてしまったんで、引っ張って来ました。

・・・といいつつ、実は、ワタシこの曲、よく知らなかったりしますあせあせ 何分、音源も持ってなかったりするもので・・・ふらふら

 サビの部分だけかな、覚えてるの。

 ♪時計をとめて このままそっと 夜空の星も見つめてるから〜 ♪

で、「掛け合い」コーラスになるのだけ覚えてたりするんだよね。


 うーん、内容、サウンド的には、「クリスマスソング」なのかなぁ。 でも、実際ヒットのピークは、年明けの今頃だったんだよね。

 何分、「わらべ」の曲としては、あっという間にいなくなっちゃったからねぇ、細かいところまで記憶に残ってないんだよなぁ。

 そんな無責任な・・・なんて声が聴こえてきそうだけどあせあせ・・・、選曲屋は無責任なものなのですexclamation 書いてしまえばこっちのもの・・・なんてね。

 ところで、「わらべ」の曲って今まで、書いてなかったんだな。いや、書いてなかったんでなくて、書かなかったってのが、正解ですね。これまた、どう書いたらいいのか、ちょっと悩むんだよね。超正統派、文部省唱歌とも言えそうだし・・・。 

ちなみに、このころのアイドル系の曲は、結構メルヘンチックな曲が多かったんだよなぁ。超正統派なメルヘンチックな曲では、この曲の他では、富田靖子の「さびしんぼう」かなぁ。まあ、こちらはショパンの「別れの曲」のカバーでしたけどね。
 

そう言えば、この曲、松武秀樹氏がアレンジなんだ。これ知らなかった、今まで。松武秀樹氏といえば、その昔、Y.M.Oのコンピュータープラグラミングとマニュピレーターで活躍された方ですね。


 実は、昔、松武氏とは、仕事で直接やり取りしてた時期があるんですよ。
 昔、着メロにかかわり始めた直後ですね。松武氏にmidi音源を作ってもらってたことがあるんですわ。

 某大手着メロサイトのピンクレディーとかX-JAPANの一部は松武氏に作ってもらったものです。
 何分、7年前だから未だに、その音源使ってるかどうか知らんけど・・・。

 でも、やりとり楽しかったな。ワタシも着メロって全然知らない頃で、ワタシが曲の取り位置を指定して、松武さんに制作依頼するんだけど、「これループしないよ」「45秒超えちゃうけど大丈夫?」とか、いろんなやり取りしたな。すべて「いいです、それで作っちゃって下さい」で流しちゃったから、あとあと、45秒越えで問題になっちゃうんだけどさ・・・。知らないからこそ出来た、大胆技ですね。
 今では、怖くてできましぇん。

 その中でも一番の出来だったのは、Xの「紅」の間奏ギターソロバージョンだろうな。
 これは、取りどころ指定したワタシも、我ながらいいとこ取ったなって納得(自画自賛 あせあせ)  
 松武氏のmidiの出来も抜群で、暫く人気あったもんなぁ。今は、midiファイル壊しちゃったから、別のに挿し変わってるけど・・・。


・・・なんて、思わず、松武氏で話が思い切り脱線してしまいました。。。バッド(下向き矢印)


 ちなみに、わらべって、「めだかの兄妹」「もしも明日が・・・」両曲共に「12月21日」リリースなんだよね。で、この曲が12月12日リリース。と3年連続して年に1枚。12月リリースだったんだよね。
 でも、この曲以降は、レコードリリースしてません。割りきりが良いと言うか・・・、欽ちゃんファミリーって、そういうパターンが多いんだよね。
 風見慎吾も「泣き虫チャチャの物語」が最高15位まで行きながら、それ以降、一切レコード出してなかったりするもんね。

 だから・・というわけでもないけど、わらべにしても風見慎吾にしても、ベスト20を外さないアーティストとして、未だに続いております。




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恋人よ / 五輪真弓

1981_01_恋人よ_五輪真弓






今回の1曲セレクトは、「恋人よ」五輪真弓です。

 まずはデータです。

・タイトル    恋人よ
・アーティスト  五輪真弓
・作詞      五輪真弓
・作曲      五輪真弓
・編曲      船山基紀
・リリース日   1980年8月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   96.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1980年10月27日〜1981年2月9日付

昨日書いた、河合奈保子の「疑問符」もそうだったんだけど、今回の曲もこの季節の「ジミーな曲」シリーズって感じかなぁ。

 五輪真弓 /恋人よ

 うーん、96.2万枚も売れた曲をジミーな曲と言ってしまっては失礼ですかねぇ。
 でも、曲調はジミーでしょ? いかにも重たい感じのスローバラードで。

 この手の「正調」な重たいスローバラードな曲も最近、ついぞ見かけなくなりましたねぇ。
 まあ、これも時代の流れなんですかね。今は「軽い」感じの曲調が受ける時代だから・・・。

 でも、時代は「螺旋階段」のようにまわり回っているもの。たまたま、今はそういう時代の狭間にあるわけで、時期にまた、こういう「重い」感じの曲が受ける時代が来るかもしれないですわね。

 うん、以前、もんた&ブラザーズの「赤いアンブレラ」をセレクトしたときにも書いたと思うんだけど、80年末〜81年初頭にかけて、一時的ではあったものの、「重い」感じのバラードが流行った時期があったんだよね。

 中島みゆきの「ひとり上手」であったり、ちょっと感じは違うけど、雅夢の「愛はかげろう」であったり・・・。

 その中でも、この五輪真弓の「恋人よ」は、ひときわ際立っていた・・・という曲だったんだよね。

 ひときわ際立っていた・・・。というのも、多分、これはフィクションの世界ではなくて、極めてノンフィクションの世界の曲であったことがリアリズムとして現れてたからなんじゃないかなぁ・・・。

・・・というのも、この「恋人よ」って、五輪がデビュー時から、サウンド面をサポートしてきた、故 木田高介氏を歌ったものだというのが、通説になってるんですよね。

 木田高介氏・・・東京芸大の打楽器科出身の異色ミュージシャン。芸大出ということは、時期的にもY.M.Oの坂本教授の先輩格にあたる方なんだけど、GSでも超右翼的といわれたジャックスというバンドに在籍、その後、オフコース、かぐや姫、吉田拓郎、リリィ、山本コータロー等、70年代初期から中期にかけての第一線ミュージシャンをサウンド面からサポートし続けた、今で言えばサウンドクリエイターだった方だ。

 その木田高介氏が、突然の交通事故で死亡したのが、この1980年5月18日。享年32歳。

 もちろん、五輪真弓のファーストアルバムの「少女」のアレンジ、サウンドクリエイターを担当したのも、木田高介氏。

 そんな繋がり深いヒトの死。 この曲は、これをきっかけに書かれたんですよね。

 もちろん、木田氏と五輪真弓が、本当の「恋人」関係にあったのかは知らない。ただ、「音楽」の面では、「蜜月」の関係にあったのは確かでしょう。


 ♪恋人よ さようなら 季節はめぐってくるけど、あの日の二人 宵の流れ星、光っては消える 無常の夢よ〜 ♪

って部分は、五輪が木田氏に贈った、「本心」だと思いますね。


 この曲って、そういう、実際にあった部分を背負っている歌だけに、余計にリアリズムがあるし、それだけに「重い」んだよね。

 もちろん、そんな逸話は、後になってから知ったことだから、この曲がヒットしてた当時は、全く知らなかったんだけどね。

 でも、それでもどこからか「染み出る」ような重さって言うのは伝わってきてたし、だからこそ、リアリズムを感じだんだろうなぁ。

 でもさ、歌ってのは、もともとの部分は、そこが原点なんですよね。もともと「魂」の叫びが歌になっていった・・・っていう部分があるわけでさ。だから、この「恋人よ」っていう曲は、人間が持っている「歌」という部分の原点を表している曲だと、今は思うな。


 ところで、木田氏が交通事故に遭った時、車に同乗していた、阿部晴彦氏という、当時の若手ミュージシャンも同時になくなっている。

 この阿部氏は、TM NETWORKの木根尚人氏の当時からの親友で、当時まだ、TM NETWORKになる以前のユニット、スピードウェイにも出入りしていたらしい。

 その関係もあって、彼らの事故から1ヵ月後に行われた、日比谷野音で行われた、木田高介、阿部晴彦追悼コンサートには、TM NETWORKになる前、スピードウェイとして、木根尚人、小室哲哉も参加している。


 うんちょっと、話がずれたね。

 でも、この曲が出てきたときほど、ピアノが弾けたらな・・・と思ったことはなかったなぁ。この曲、ピアノで弾き語りが出来たら、よかっただろうな・・・って、これと当時も思ってましたね。

 あのころ、まだ、エレクトーンは習ってたけど、やっぱし、この曲はピアノだよね。ピアノが弾けなかったの、くやしかったぁ。
 あの時ほど、ワタシなんで、ピアノぢゃなくて、エレクトーンに行っちゃったんだろ? って思ったことはなかったですねぇ。

ちなみに、今でこそ、香港・台湾で日本の曲が人気があるっていうのは普通だけど、この曲あたりからじゃないかなぁ。香港・台湾で人気が出た日本の曲って言うのは。今やベトナムなど東南アジアでも大人気のようですね。
やっぱり、正統派な曲だからこそ、万国で受けてるんじゃないかなぁ。




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疑問符 / 河合奈保子

1984_01_疑問符_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「疑問符」河合奈保子です。
 
 まずはデータです。

・タイトル    疑問符
・アーティスト  河合奈保子です。
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1983年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数  19.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月12日〜1984年1月9日付


 えー、今回は前置き無しで・・・。
 河合奈保子の「疑問符」なぞひとつ。

この曲って言ったら、さみしーい曲なんだよねぇ。 寂しい・・・というより、「冷たい」というかねぇ。

 まあ、いかにも冬枯れな季節に合いそうな曲ではあるんだけど、それにしても、当時は、徹底的にジミダナァ・・・・っていう印象が強かったねぇ。インパクトもあんまり感じなかったし、印象からして、シングルのA面というより、B面にひっそり沈んでいるような・・・っていうイメージだったんだよね。

 それに、この曲の前の「UNバランス」までのようなポップ感も感じなかったし・・・。どちらかといえば、「歌謡曲」路線に近いような印象が強くてさ。

 だから、この曲はあんまり売れないだろうなぁ・・・っていうのが、最初聴いたときの印象だったかなぁ。 まあ、案の定、前の曲まで20万枚オーバーしてた売り上げ枚数も、この曲で20万枚切っちゃったしね。

 たださ、「ザ・ベストテン」で、ベスト3の3位まで行ったのには、ちょっと意外性を感じたよなぁ・・・。
 うん、それまで河合奈保子って、ベストテンじゃ、なかなか上位まで行かなかったからねぇ。「エスカレーション」が3位まで行ったのが最高だったから、それと同じだったわけさ。

 でもねぇ、それもつかの間でさぁ、次の週、いきなりベストテンから落ちてやんの。。。ふらふらふらふら

 ベスト3から、いきなり次の週でベストテン落ち・・・。

 まあ、現在では珍しくもなーんとも思わないようなチャートアクションだけど、当時はなかなか見られないようなチャートアクションだったからなぁ。結構、衝撃的でしたわぁ。

 ちなみに、1984年1月12日放送分で3位、次1月19日放送分は12位だったんで、9ランクダウン・・・っちゅう。

 まあ、伏線はあったんだけどね。3位の時の得点は7799点で、当時の3位としては、結構な低レベル。

 次の週の12位のときは6253点と、逆に12位としては高得点・・・とかなり不利な条件となってしまったため、こういうチャートアクションが生まれてしまったわけで・・・。

 ちなみに、ベストテンでは、当時としては、ベスト3からいきなりのベストテン落ち・・・ってのは、1979年11月の山口百恵の「しなやかなに歌って」の2位→12位っちゅう、10ランクダウンに次ぐ記録じゃなかったんかなぁ・・・。

 なんかね、曲以上に、そんなベストテンの動きの方が記憶に残ってたり曲かもなぁ、この曲。
 いや、この曲聴くと、いつも、そのことが脳裏に浮かんでくるものふらふら

ちなみに、3位だった、1984年1月12日放送分だけど、この曲のイントロで、風呂桶を撃つようなSE音が入ってるんで、わざわざ銭湯で「風呂桶」の音をサンプリングしてきた・・・なんてしょうもない演出のしゅうだったんだよね。まさか、そんなしょうも無さで、次の週ベストテンから落ちた・・・って訳でもないよなぁ。。。
まあ、ことをやってたりするのは、ベストテンらしいっちゃ、らしいわなふらふらふらふら



昔は、↑で書いた「風呂桶SE」のベストテンの動画が落ちてたんだけど今はなくなっちゃったんだな。。。



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