かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2016年01月

抱いてマイラブ / 早見優

1984_01_抱いてマイラブ_早見優








今回の1曲セレクトは、「抱いてマイラブ」早見優です。

まずはデータです。

・タイトル     抱いてマイラブ
・アーティスト   早見優
・作詞       松本一起
・作曲       JOHN STANLEY
・編曲       茂木由多加
・リリース日    1983年12月21日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位 13位
・売り上げ枚数  15.7万枚
・THE HIRCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1984年2月6日付

 昨日のオリコンの「オリスタ」(旧オリコンウイークリー)休刊のネットニュース、個人的にはショックでしたねぇ。
1979年8月の創刊から約37年。個人的にはそのうち25年以上買い続けてきましたからねぇ。
 オリコンウイークリーを通じて、たくさんのチャートファンと交流もしてきたし、そもそも、今の自分の大部分を作り上げてくれた雑誌が無くなるとはねぇ。。。。
 まあ、紙媒体も過去の遺物となってきているし、こうなるのも時代の流れ、仕方ない・・・とは分かってはいてもやっぱり淋しいもんです。

今でこそ、1981年、通刊98号からのオリコンウイークリーを所有しているワタシですが、自分で毎週買うようになったのが1984年4月、通刊241号から。デビュー時の長山洋子さんが表紙の時ですねぇ。
 あれからシコシコ、よくも飽きないで、毎週毎週買ったものだよなぁ。

購入したバックナンバーは全て保管してありますよ。確か2010年頃まで買ってたはずだから26年分ですかね。千数百冊になっているはず。。。 ただね、1冊1冊はペラペラな雑誌だけど、それが千冊以上となると、これがとてつもなく重くなりまして・・・・、床が抜けそうなくらいなっちゃったんで、流石に買うのやめて、今はYOU大樹にしちゃいましたけど。。。まあ、そこまでの思い入れがある雑誌だったんですよね。

・・・ということで、今回は、オリコンウイークリーを買い始めた1984年の曲を・・・・。

・・・と思ったんだけど、これがなかなか残ってないんだよね。すでにめぼしい曲はほとんど書いちゃったんで。。。


・・・・と思ったら、ありましたよ。

早見優の「抱いてマイラブ」。


・・・と書いて、果たして、どのくらいの方がこの曲覚えてくれているか、って言うのはちょこっと自信ないんだけど。。。

まあ、そのくらい、今となっては死角に入っちゃっている様な曲だよなぁ。

早見優さんの曲順から言えば、「ラッキイリップス」の次、「誘惑光線クラッ!」の前と、筒美作品に挟まれた形でリリースされた曲なんだけど、これが当時からして印象が薄い曲だったんだよなぁ。

いや、実際の曲は、早見優さんとしては、それまで無かったようなロック調っていう、味付けは濃い作品だったんだけどさ。でも、印象は薄い・・・・と。

うーむ、やっぱり、当時の早見さんには、いまいち合っていなかったんじゃないのかなぁ・・・とも思えたりするんだよな。
 以前、「ラッキイリップス」を書いた時、筒美京平氏は、早見優さんを南沙織にしたかったんじゃないか・・・って書いたんだけど、個人的にもその方向性は間違ってなかったんじゃないか・・と当時から思ってたんだけど、いきなり、この曲は全く違う方向に行っちゃいましたからねぇ。
一体、なぜに、このタイングで、こういうロックっぽい曲に行ってしまったのかって言うのが、当時も、いまいち良く分かんなかったなぁ。

でも、次の「誘惑光線クラッ」で、いち早く軌道修正したのは、流石に筒美氏・・・なんても思ったりしたんだけどね。

 ちなみに、この曲、オリコンでは、最高13位とベストテン入りを逃したんだけど、「ザ・ベストテン」では1週だけランクインしたんですよね。

 この前後「大雪」が降ったんだよなぁ。関東地方にも。

奇しくも、今晩から明日にかけて、関東地方も大雪の予報が出てますけどねぇ・・・。

・・・・まあ、だからこそ、この曲を、このタイミングで引っ張ってきた・・・って言うもあるんだけど

うん、個人的には、この曲というと、あの年の「大雪」を思い出してしまうんだよねぇ。
大雪のおかけで、1週間近く学校が休校になったんですよ。その間やる事もなくて、ずっとラジオ聴いてた記憶があるなぁ。そんなとき、この曲が良く流れてたんだよね。

 兎に角1984年の冬ってのが、異常なくらい関東地方は雪が降った年なんですよね。1月〜2月は毎週のように積雪だったもんなぁ。前週降った雪が融けきらないうちにまた降って、一時は根雪状態でしたから。
 今年もそうならないといいですけどねぇ・・・。雪かきが大変なんで。。。。






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ガッツだぜ!! / ウルフルズ

1996_01_ガッツだぜ_ウルフルズ





今回の1曲セレクトは、「ガッツだぜ!!」ウルフルズです。

まずはデータです。

・タイトル    ガッツだぜ!!
・アーティスト  ウルフルズ
・作詞      トータス松本
・作曲      トータス松本
・編曲      ウルフルズ 伊藤銀次
・リリース日   1995年12月6日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  66.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1996年2月5日〜3月4日

 今回の1曲セレクトは、昨年から書くか書かまいか、ずーっと考えてた1曲です。

ウルフルズ「ガッツだぜ!!」

いや、この、個人的に曲キライじゃないんですよ。キライじゃないんだけど、なんかよく分かんない曲・・・・だったんだよね、ヒット当時は。

 なんか、よく分かんない間に、いつの間にかベストテンに入ってた様な印象があってさ。
うん、すでにこの当時は、ワタクシは、社会人になってましたしねぇ。音楽とゆかりもない仕事だったし、唯一音楽の情報源としていた、bayfmのパワカンも毎週聴けなくなってた時期なんで、いつの間にかランキングに入ってた・・・っていうのはこの曲だけじゃないんだけどさ。
 なんか、この曲だけは、やけに、いつの間にかベストテンに入ってたっていうのが印象に残ってるんだよな。

 まあ、曲調的にね、「キワモノ」的に感じたんだよね。おそらく「一発屋」で終わるだろうなぁ・・・っても感じなぁ。

大体、この曲のPVからして「キワモノ」的だもんね。バカ殿的なトータス松本なんかさ。

そもそも、曲自体、K.C&ザ・サンシャイン・バンドの「ザッツ・ザ・ウェイ」が「ガッツだぜ」に聴こえたっていう、タモリ倶楽部の「空耳アワー」的なノリで作られたもんだしさ、曲自体、やっぱキワモノ的なんですよね。

ただ、こういうキワモノ的ファンクな曲が当時は無かったからねぇ。なにせ、当時の主流は「T.K」だったから、こういうラフな音の曲は無かったんだよね。 だから、逆に新鮮に聴こえたんだよな。

それがウルフルズにとっては幸運だったんだよね。 もし、もう少し後の、ラウド系やメロコア系のバンドサウンドが定着した時期だったら、果たして新鮮に聴こえたかどうか・・・っていのうは疑問だしさ。


それと、この曲がヒットしてた、まさにその時期に、次の「一手」として、全く曲調が違う、「バンザイ〜好きでよかった〜」をリリースしたでしょ。これが良かったんですよ。
 このふざけた「ガッツだぜ!!」とき正反対のマジメな「恋愛曲」だったじゃん。 
まるで、ふざけた「勝手にシンドバッド」のあとにねマジメな「いとしのエリー」をリリースしたサザンのようで、印象がダブルんだよね。
ま、個人的にも、「バンザイ〜好きでよかった〜」で、初めてウルフルズっていうヒト達を認めた感じだったなぁ。



しかし、このバカ殿ばりのキワモノPVが、この年のBEST VIDEO OF THE YEARに選ばれたって言うんだから分からないもんだよね。


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赤い絆〜レッド・センセーション〜 / 山口百恵

1978_01_赤い絆_山口百恵








今回の1曲セレクトは、「赤い絆」山口百恵です。

まずはデータでする。

・タイトル     赤い絆〜レッド・センセーション〜
・アーティスト   山口百恵
・作詞       松本隆
・作曲       平尾昌晃
・編曲       川口真
・リリース日        1977年12月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   21.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1978年1月16日〜2月6日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「赤い絆」主題歌

 山口百恵さんの曲も、ワタシがリアルタイムで聴いてた、70年代終盤〜引退までの曲はすでに大体書いたんだよね。
 なので、今年は、リアルタイムで聴いてた78年から以前に遡ることになるのなぁ。
まあ、78年以前は現時点でも、あんまり聴いてないんでね、どこまで書けるかはちょっと不安だけど。。。

・・ということで、今回は、まだ、リアルタイムでは聴いてなかった、78年の今頃のヒットを持って来ますか。

赤い絆〜レッド・センセーション〜。

TBSで放送されていた大映ドラマ「赤いシリーズ」の第6弾、同名タイトルの主題歌ですわね。
ま、改めて書かなくても、ワタシらの世代くらいまでは覚えてる方も多いんじゃないかなぁ。

今、調べたら、平均視聴率29.5%だって。すんごいですねぇ。。。今は、単発でも30%近いドラマなんて皆無だもんなぁ。いかに当時の百恵さん主演のドラマ、うんにゃ「赤いシリーズ」が人気があったか・・・ってのが分かりますよね。

・・・といかにもワタシも見てたぞ・・・風に書いてたりするけど、スミマセン、ワタシ見てなかったです。。。。

なので、これ以上ドラマのことは語れないんだけどさ。。。


でも、この曲は、これまで大分聴いてきたよなぁ。

この曲と言ったら、なんと言っても、番組開始時の「ザ・ベストテン」だろうなぁ。 

初めてのベストテンを発表した1978年1月19日放送分では11位。 
僅かにベストテンから漏れてんですよね。それでいて、出演拒否だった中島みゆきさんの「わかれうた」は4位にランクインされていて、この事で、当時の若手ディレクターたちは、上からこっぴどく怒られたそう。

当時の正直から言えば、ランキング操作してでも、数字がとれる山口百恵を入れて、出演拒否の中島みゆきさんは落とすのが通例・・・と言う事なんですよ。 しかも同じTBSのドラマの主題歌だもんね。

でも、ランクをきちんとしたからこそ、その後の「ベストテン」として成り立ったのだから、これでよかったんだよね。

ま、「ベストテン」には、次の1月26日放送分には、晴れて8位にランクイン。
「ベストテン」では、その次の2月2日放送分が一番の話題だったろうなぁ。

この時は、5位が桜田淳子さん「しあわせ芝居」、そして4位が「赤い絆」と、淳子&百恵が並んでランクイン。
先日、桜田淳子さんの「はじめての出来事」を書いた時、二人での1位争いは、その時1回だけ・・・と書いたけど、「ベストテン内」に範囲を広げると、さすがに結構、二人並びでのランク争いはあったんだよね。

で、この時の「セット」が話題になったよねぇ。 淳子さんの「しあわせ芝居」が衣装の青に合わせた白い部屋のセット。そして歌が終わった直後、天井が反転して、赤い階段が現れ、一番上に山口百恵・・・って言う構図のセット。
 ま、文字で書くとこんな感じなんだけど、実際、動画で見てみると

 ↓ コレ
http://v.youku.com/v_show/id_XNTE1MzU5NDk2.html

今見ると、それほど大掛かりではないようにも見えるけど、当時としてはかなり大がかりなセット反転ということで、話題になりましたよねぇ。
 これも、当時、「全員集合」での「盆回し」と言われたセット反転技術があったTBSだからこそ出来た「技」でしたよね。


ところで、この曲、作詞は、松本隆氏なんだよねぇ。 山口百恵と言えば、前半は千家和也氏、後半は阿木耀子女史というイメージが強かったわけで、松本隆−山口百恵っていう印象は全くないんだけどねぇ。
実際は、シングルのタイトル曲としては、この曲と、80年のやっぱり今頃のヒット、「愛染橋」の2曲を書いてたりする。
 まあ、どちらの曲も、山口百恵としては、「低レベル」な売り上げだったからなぁ。印象に薄いんだろうね。
70年代の松本隆氏といったら、どうしても太田裕美っていうイメージが強いし、やっぱり80年代の松田聖子の松本ブランドが強力だったからなぁ。

その前に、歌詞云々というより、山口百恵ってヒトの存在感がでかすぎましたね。
さしもの松本隆氏のネームバリュームも吹っ飛んでしまった・・・って感じで。

ただね、この曲、ドラマの高視聴率に対して、売り上げが低レベルだったのは、テレビではTBSでしか歌っていなかった・・・ってのが大きかったみたいね、やっぱり。
 さすがにTBSのドラマの主題歌、他の局じゃ歌えないもんなぁ。だから「夜ヒット」でもこの曲は歌っていないし。
当時は、テレビの「歌番組」が売り上げを左右するって言うほど、歌番組の影響力は大きかったですからねぇ。




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カローラ兇砲里辰 / 小沢健二

1995_01_カローラ兇砲里辰_小沢健二 





今回の1曲セレクトは、「カローラ兇砲里辰董彎沢健二です。

まずはデータです。

・タイトル      カローラ兇砲里辰
・アーティスト   小沢健二
・作詞        佐藤雅彦 内野真澄 松平敦子
・作曲        内野真澄
・編曲        吉川忠英
・リリース日         1995年1月1日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数   82.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1995年1月23日〜2月20日付
・タイアップ:トヨタ「カローラ供CM曲

さみい〜〜   只今、ワタシの部屋は「氷の世界」です。
ストーブ焚いているのに、全然暖かくならない。。。。。 もうね、サッサと書いてしまいますよ〜。

えー、今回セレクトしてきた曲は、小沢健二氏の「カローラ兇砲里辰董廚任垢錙

 この曲、去年書いた・・・・ような気がしてたんだけどね、過去に書いたアーカイブを確認してみたら、まだ、書いてなかったようなのでね。 21年前の「今」頃がヒットのピークだったんで、丁度いいわ・・・と思いーの、セレクトしてみましたわ。

 そもそも、この曲、95年の「1月1日」リリースだったんだね。これ、今知った。。。

 以前「1月1日リリース特集」って感じで、各年代の1月1日リリースの曲を立て続けに書いたことがあったんだけども、95年の「1月1日」リリースって、trfの「CRAZY GONNA CRAZY」しか眼中になかったからなぁ。。。

 そそそ、当初は、個人的にこの曲あんまり眼中になかったんだよね。
確かにCDリリースされる前から、「カローラ供廚CMに流れてて、「変なウタ」なんて思ってたけど、まさかCDでリリースされると思って無かったし、ましてや、オリコン2位、80万枚以上の大ヒットになるとは、まーったく思って無かったもんでねぇ。。

 だからね、当初はほとんどまともに聴いてなかったんですよ、この曲。 

だから音源を手に入れたのも、大分先になってからだったよなぁ。

そもそもね、この曲がヒットした当時、ワタクシも「カローラ供廚望茲辰討燭鵑世茲 
まあ、この曲に出てくる型より全然前のボロボロのカローラ兇世辰燭韻匹機

でも、なんかくすぐったからよなぁ。自分がのってる車が「ヒット曲」になっているのって。


 ご存じの方も多いと思うけど、兎に角、この曲、脱力感がいっぱいなんだよなぁ。小沢健二氏も。どーせ自分の曲じゃねーし・・・って感じで、全く力入れてないし。。。。ま、その前に、もともとCM用の曲だしね。

CM用の曲と言えば、以前、「今のキミはピカピカに光って」って例のミノルタのCMの時も書いたけど、CMで使われる部分はキャッチーだけど、使われない部分は、あとから「足した」ような、全くつながりの無い曲が多いんだよね。

 それをかんがえると、この曲も、CMで使われている例の ♪カローラ兇砲里辰董繊、っていうAメロの部分と、使われていない、Bメロの部分って微妙に毛色が違ってたりするんだけど、ただ、「今のキミはピカピカに光って」よりは、不自然さは感じないし、ちゃんと曲としては成り立っていたのかなぁって言う感じはしますね、確かに。


・・・・なんてもっともらしく書いたりするんだけど、個人的に、この曲と言ったら「替え唄」だよなぁ。

当時、某環境管理会社で外回りの仕事してたからさあ。 その会社名をもじって

♪ ○○の車に乗って〜 外回りに出かけたら〜 仕事道具を忘れて〜 そのままドライブ〜 ♪

とかさ、歌ってましたよ  宴会で  

ま、実際、その通りだったんだけどさ。。。(爆)   不良社員だったもんで。。。




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【キニナル曲】Hello To The World /家入レオ

201602_Hello To The World_家入レオ










・タイトル    Hello To The World
・アーティスト  家入レオ
・作詞      家入レオ 多保孝一
・作曲      家入レオ 多保孝一
・リリース日   2016年2月17日
・発売元     ビクター
・タイアップ:TBS系「CDTV」2・3月度オープニングテーマ

いいね、家入レオの新曲。
この間FMでかかっているのを聴いて一発で好きになっちゃったわ。

そもそもリリースまでまだ1カ月近くあるって言うのに、この時期からFMでヘビロテをかけているって事からも、ビクターさんもかなり期待を賭けたうえでの新曲なんだろうなぁ。

でも、その期待に沿えそうな出来だと思いますよ。

家入レオってヒトは、デビュー当時から期待してたのね。 曲そのもに・・・というより、コノヒトの目力にね、期待できそうなサムシングを感じるのよ。
 なので、ずっとキニナル曲で追いかけてきたんだけど、どうも、ここんところ曲がツマンナクなっちゃってたんだよな。

 昨年夏の「君がくれた夏」。

業界まわりでも評判が良かったし、現にネット配信ではロングヒットになったけど、個人的には正直気に入らなかった。

なんかモソモソした印象しか残らなかったんだもの。 

このヒトは、マイナー系のセミバラードとか、ミディアム系はねぇ、どうも今一つなんだよな。
全体的にキリがかかった様な、奥歯のモノが挟まった様な・・・って感じでスッキリしないんですよ。

逆にメジャー系の「アッパーチューン」はいいんだよね。
2013年の「太陽の女神」がいいのよね。 伸びやかでどこまでも自由な雰囲気じゃん。このヒトの声質は、マイナー系よりもメジャー系でより魅力を感じるんだよね。

だから、前曲「君がくれた夏」も、当然、個人的には引っかからずに「キニナル曲」でのレビューも書かなかったんだけどさ。

今回は違いますよ。

まず

♪ ここからはじまる Fly high together〜 ♪ っていう出足から今まで違うんだよね。

決意表明的な何かを感じるんですよ。 特に ♪  together〜 ♪ ってところの力強くて疾走感ある太い声質は、これまでの家入レオには無かったですよ。 ここまで自信に満ちた声は。

まあ、その他の全体的なメロディラインやサウンドから目新しいところはあまり感じないんだけどさ、兎に角、出足のワンフレーズと、家入さんの自信あふれる歌い方。 それがメジャー系のアッパーチューンに乗っかってる。
それだけでも「マル」ですよ、この曲は。

今回プロデュースの多保孝一、流石ですわね。 昨年のChayも、それ以前のSuperflyもそうだけど、このヒトが手掛けると、歌い手が自信みなぎる・・・。そんな感じするんだよな。
 一体どんなプロデュース方法してるんでしょうかねぇ。


まあ、曲的には、これからの季節、「新たなスタート」って言う時期でもあるしね。
そんな新たなスタートを切るヒトのための応援歌にも充分なるんじゃないかな。






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はじめての出来事 / 桜田淳子

1975_01_はじめての出来事_桜田淳子 








今回の1曲セレクトは、「はじめての出来事」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル     はじめての出来事
・アーティスト   桜田淳子
・作詞       阿久悠
・作曲       森田公一
・編曲       竜崎孝路
・リリース日    1974年12月5日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数   52.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年12月16日〜2月24日付

 アイドルにはライバルが付き物ですよねぇ。 ワタシらの世代だと、松田聖子vs河合奈保子、田原俊彦vs近藤真彦 etc、当時の月刊「明星」とかでライバル企画、あったじゃん。
 それが、もうちょっと時代を遡ると、山口百恵vs桜田淳子 etcだった訳ですよね。

たださ、実際のヒット曲と言うところで、ランキング的にはどうだったかと言うと、こんな感じでライバルって言われる関係では、片方は「強力」な売り上げだったのに対して、片方は、ライバルと言われるほど売れてなかったりするんだよなぁ。 まあ「実売」というデータ上に於いては・・・って言うところだけど。

 松田聖子vs河合奈保子ってところでは、かなりハッキリしてたじゃん。レコードの売り上げでは。オリコンで連続1位記録を打ち立ててた松田聖子に対して、河合奈保子は1曲しかないしね、オリコン1位は。

アイドルの世界だけでなく、相撲の世界でも全く同じで、ことライバルと言われた力士同士は、片方がべらぼうに優勝回数が多くて、片方はそうでもない・・・って事が多いからなぁ。

まあ、同じ時代にお互いに「人気を二分した」っていう意味でのライバルな訳なんだよね。


・・・・ということで、今回は、70年代、そんな感じで、山口百恵と人気を二分した、よきライバルでもあった桜田淳子さんでも持って来ましょうかね。

75年のオリコン1位獲得曲 「はじめての出来事」。

↑で、松田聖子vs河合奈保子 っていうところで、オリコン1位獲得曲数対決を挙げたんだけど、実は、山口百恵vs桜田淳子 って言うところで見ると、これが全く同じような傾向で、山口百恵は複数曲(4曲)、1位を獲得していたのに対して、桜田淳子さんは、今回セレクトしてきた「はじめての出来事」ただ1曲なんだよねぇ。

つまりさ、80年代の河合奈保子さんと同じなんですよ〜。 まあ、偶然だろうし、70年代と80年代でのオリコン1位の価値っていうのも全然違うんで、一概には比べられないんだけどさ、なんか因縁というか、偶然を感じるんだよなぁ。

 しかもライバル対決を制しているのが、松田聖子と山口百恵っていう同じCBSソニーっていうのもなんかの因縁でしょうかねぇ。


たださ、この「はじめての出来事」では、ヒットチャート上でも、山口百恵さんと、1位獲得争いの激闘( うわっ大げさ)、まさに真の頂上争いを繰り広げられていたのを知っているのは、かなりオールドなヒットチャートファンですよねぇ
 
 そそそ、山口百恵さんは、丁度同じ頃、自身初めての1位獲得曲となった「冬の色」が大ヒット。この2曲で、1位獲得争いを演じていたんですよ〜。

当時の古〜いオリコンチャートを見てみると、1974年12月23日付で、「冬の色」が早くも1位を獲得。そこから5週連続1位を獲得。
 遅れて、1975年1月13日付で、「はじめての出来事」が2位まで上昇。

1位 冬の色         山口百恵
2位 はじめての出来事  桜田淳子

なんていう、ゴールデンコンビのランクを形成。 ここから3週間、このランキングでくんずほぐれずを繰り広げ、
ついに 2月3日付で、「冬の色」がパワーダウン。

1位 はじめての出来事  桜田淳子
2位 冬の色         山口百恵

・・・と「はじめての出来事」が逆転1位を獲得・・・・。
なんていう、チャートアクション記録が残ってたりするんだよね。

まさにライバル盟友決するようなチャートアクションを繰り広げていた期間だけど、結局、こんな激闘なチャートアクションを見せたのは、この時1回だけなんだよなぁ。

ちなみに、最終的な売り上げ枚数は、「冬の色」も「はめての出来事」も、どちらも52万枚と「痛み分け」的な感じかなぁ。

でも、当時、アイドルは50万枚が一つの「壁」になっていて、70年代アイドルで50万枚を上回った曲は数えるほどしかないんだよね。
 それを考えると、両者とも50万枚を突破した訳なんで、かなりの大ヒット曲だったことは間違いないよね。


ところで肝心な曲の方なんだけど、これはかなり対照的だったと言ってもいいだろうなぁ。
「冬の色」については、以前1曲セレクトですでに書いたんで、詳細はそちらに譲るけど、かなり大人っぽいんだよね。
 陽の淳子、陰の百恵なんて、当時は言われてたけど、それを完全に印象付ける様なそれぞれの曲調だったんじゃないかなぁ。

 そそそ「はじめての出来事」は、能天気なほど明るい曲調だったしね。

ただ、今聴くと、流石に曲調は古いなぁ。シンコペーションを多用し、1,3拍目強、いわいる前打ち強調なリズム。それと、4、7抜きっぽいメロディ。 これを聴くと70年代だよなぁ・・・っていう気分になっちゃうんだよね。
・・・っつうか、作曲者の森田公一氏の特徴だよなぁ。

まあ、その前に、竜崎孝路氏のアレンジが「70年代」って感じなんだよねぇ。
うーん、コトバにするのは難しいんだけど、如何にも狭いスタジオで録音しました・・・って言う様なリバーブの少ない籠った音っちゅうのかなぁ。録音チャンネルが当時から見て一昔前っていうか(当時、主流は16チャンネルになっていたと思う)、ちょっとチープなんだよね。


なんて、曲の事を考えると、よく1位取れたなぁ・・・なんて思っちゃったりしてね。
まあ、それだけ淳子さんの人気も絶頂期だった・・・って事なんでしょうね。





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冬のリヴィエラ / 森進一

1983_01_冬のリヴィエラ_森進一







今回の1曲セレクトは、「冬のリヴィエラ」森進一です。

 まずはデータです。

・タイトル    冬のリヴィエラ
・アーティスト  森進一
・作詞      松本隆
・作曲      大滝詠一
・編曲      前田憲男
・リリース日   1982年11月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   26.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1983年1月17日〜2月28日付
・タイアップ:サントリーウイスキー「ウインターギフト」CM曲

 寒いですねぇ。明日はまた雪予報が出てるわな。
今週月曜日、東京は雪だったんだけど、こちら千葉では雨だったんだよね。なので、全く積雪にならず。
明日はどうなんだろ? 雪になると、降ってるときはいいんだけど、あとあと除雪しなきゃなんないからなぁ。面倒なんだよな。

なんて、雪予報で本格的な冬将軍の訪れをかんじているわけで、やっぱ、今回の1曲セレクトも「冬」の曲をセレクトしたいですねぇ。。。、

・・・・っつうことで、森進一の「冬のリヴィエラ」はどうでしょう

うーむ、ちょっと唐突でしたかね  一昨日の寺尾聰「Long Distance Call」に続いて1983年の今頃の曲で恐縮だけどさ。


 個人的な事だけど、この曲って言うと、インフルエンザを思い出す。

 忘れもしないよ、この曲がベストテン入りした、1983年1月17日、39℃の熱を圧してガッコ行って、体育までやったもんね。忘れもしない、外でサッカー。
 とりあえず、授業最後までは持ちこたえたけど、家に帰って即ダウン。そんな時、頭の中でグルグル、ヘビーローテーションでなってたのが、この曲だ。

 だからかなぁ、この曲聴くと、急に風邪っぽくなるの・・・。条件反射? パブロフの犬?

 
 いや、曲自体は悪くないんだけどね、何分、そんな思いをした曲だから・・・。
 あー、いまも、正直言って、頭の中でヘビーローテーションでなってますよ。ふらふら

 でもね、カッコよかったよなぁ。演歌とニューミュージックの合体。
これは、以前に、やはり森進一の「襟裳岬」を書いた時も、演歌とフォークの合体・・・と書いたけど、この曲は、さらに、進んで、ニューミュージックと合体したもんねぇ。

 演歌とフォークって、考えると、人間の心の隅を重箱を突付くような歌詞という部分では、似てるんだよね、ある意味。

 だけど、演歌とニューミュージックって言ったら、水と油くらい違いがあるだろう・・・って思ってたところで、この曲が来たわけだから・・・。

 最初はビックリしたよね。まず、CMから流れたじゃん。サントリーのウイスキーのCMで・・・。

 だから、初めはCMだけの曲なのかと思ってたわけ。でも、CMだけじゃもったいないな・・・と思ったり。。。

 それが現実な物となって、いささか、喜んだ記憶があるな。(・・・という割にはレコード買って無かったりするけど)

 でも、大滝詠一大センセーの魔力にかかれば、ちょいちょいちょい・・・とハイ、このとおり。。。

 この間から、ちょくちょく、大滝詠一大センセーの、「分母分子論」って書いてるけど、それを「他人の曲」へ提供するということで、実践してたのが、このころ。

 この曲のちょっと前だか、同じ頃に、金沢明子の「イエローサブマリン音頭」を手がけてらっしゃったじゃん。
 そそそ、あのビートルズの「イエローサブマリン」を「音頭」調にアレンジしちゃって、当時の民謡界のアイドル、金沢明子に歌わせちゃったっていう、実験作。

↓ コレ



 これ、最初聴いた時、腹抱えるほどわらったよなぁ。  そう言えば、これも「冬のリヴィエラ」と同じくビクターだったねぇ。

 要するに、分母分子論:日本/外国 がありのように、「演歌/ニューミュージック」もありだろう・・・ということで、作られたのが、この曲なわだよね。

 いや、でも、実際、「あり」だった訳だからねぇ。。。

 こういう実験作ってさ、個人的には大好きなんだわさぁ。ま、まかり間違うと、なんでもあり・・・って世界に陥る危険もあるけど、ある一線は、しっかり踏まえたうえでの「聴かせる」実験曲っていうのかな。

最近は、こういう素敵なコラボ作品っていうのは、少なくなっちゃいましたね。
一昨年、椎名林檎が石川さゆりに書いた「暗夜の心中立て」くらいかなぁ。
折角バンド連中なんかたくさんいるんだからさあ、こういう「異文化交流」ならぬ、「異ジャンル交流」ってどんどんやったらいいのになんて思うんだけどねぇ。
ヒップホップばりの「いん」を踏む演歌なんてあっても面白いと思うんだけどな。



ちなみに、1983年って意外と、演歌の大ヒット曲が多かったんだよね。今じゃ信じられないけど、「ザ・ベストテン」でも、結構、演歌がランクインしてたもんね。
もしかすると「演歌・歌謡曲」と言われる曲が、最後の輝きを見せていた時期かもしれないな。
聴いてるワレワレも何の抵抗も無く聴いてたしなぁ。


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麗人 / 沢田研二

1982_01_麗人_沢田研二








今回の1曲セレクトは、「麗人」沢田研二です。

まずはデータでする。

・タイトル    麗人
・アーティスト  沢田研二
・作詞      阿久悠
・作曲      沢田研二
・編曲      後藤次利
・リリース日   1982年1月10日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数  22.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1982年2月1日〜3月15日付

 えー、1曲セレクトを長く書いていると、どーしても書きやすい曲とか、大ヒットでみんな知ってる曲から書いていくんで、後々には、取っつきにくい曲が残ってしまったりするんだよね。

 今回もそんな曲の1曲だっりして。。。

沢田研二 「麗人」

ジュリーの曲も、これまで随分書いてきた・・・つもりなんだけとさ、この曲はどうしても書けなかったんだよな。
年代的には、一番「ヒット曲」を聴いてた頃の曲なんだけどな。

 そそそ、ここでも以前言及した事があったけど、ちょうどこの頃、82年の年明けから、当時TBSラジオの夜9時から毎日放送してた、「ザ・ヒットパレード毎日がベストテン」を聴き始めた頃ですわ。
 ちなみに、今回セレクトした「麗人」も、初めて聴いたのは「ザ・ヒットパレード」だった・・・と思う。

 あれ? 文化放送の「全日本歌謡選抜」だったかな?   ま、どっちかですね。

最初の印象・・・・なんかよく分かんない曲・・・だったなぁ。 これまで文章として書きにくかったってところに結びつくんだけど、兎に角取っつきにくかったんだよなぁ、当時は。

この曲の前の「ス・ト・リ・ッ・パー」がああいう、バリバリの「インパクト」の塊のような曲だったんじゃん。それに比べると、なんか今一つ、引っかかるところも少ない様な感じだったし。。。

・・・っていうのは言い訳かなぁ。 今聴くと、かなりインパクトは強い曲なんだけどね。

そもそも「麗人」っていう意味も、当時はよく分かんなかったしさ。

ただ、ひとつ、♪ 恋は もともとそういうもの〜 ♪ っていうサビのメロディは、引っかかったな。 それまでのジュリーにはなかったサムシングを感じたんだよね。

「ス・ト・リ・ッ・パー」がストレイキッツばりの、ロカビリーロック(っていういい方があるかは不明)だったのに対して、この曲あたりから俄然、ニューウェイヴ色が強くなったわけで、その変化について行けなかったのかもなぁ、当時は。
 個人的に、当時は、どうもニューウェイブ系の曲が今一つ取っつきにくかったんだよね。 なんせ、ダサイ曲が好きなもんださ。 結局、この曲が取っつきにくかったのは、そこのところが一番大きかったのかもなぁ。 


ジャケ写。なんか凄いよね。っつか、さっき初めて見たんだけど、この曲のジャケ写って。
当時、レコード屋に通ってたんだけど、どうもこの曲のジャケ写って記憶に無かったんだよなぁ。
まさに大正ロマンそのものっつうか、初期の横尾忠則っつうか。曲のイメージとはまるで違いますよね。


動画・・・あ、これいいな・・・と思った動画が、直リンクじゃなきゃ、弾かれちゃう設定になってたんで、
ようつべに直リンク

https://www.youtube.com/watch?v=tImje11mSMA

ま、なんだかんだ言うても、今聴くと、いいんだな、これが。  最近、こういうアクの強い曲って少ないからさ。
いやいや、その前にかっこいいよね、ジュリー。
この動画は94年のものだけど、雰囲気は、82年のヒット当時、そのままだな。
バックでドラム叩いてるのは、村上ポンタ氏で、ベースは、確か後藤次利氏。
やっぱり、一流ミュージシャンが脇を固めると、曲が締まりますね。



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LONG DISTANCE CALL / 寺尾聰

1983_01_LONG DISTANCE CALL_寺尾聰








今回の1曲セレクトは、「Long Distance Call」寺尾聰です。

まずはデータです。

・タイトル    Long Distance Call
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1982年12月1日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   11.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 昨日もマイナーな曲だったんだけど、今回もちょっと知ってる人しか知らない・・・って言う曲もか知れないなぁ。

 寺尾聰「Long Distance Call 」

何分、前年の「ルビーの指環」やアルバム「Refrections」の超大ヒットを受けて、次の曲のリリースは、いつ? ってずっと言われてきた寺尾聰氏が、1年10ヶ月のブランクを経て、超「期待」の上でリリースされた曲なんだけどね。
「今回も大ヒットの予感」とか、必ずついてたもんなぁ。当時の雑誌には。

 でも、まあ、↑データをみても分かるとおり、結局、ベストテンにも入らず・・・の結果に終わってしまった曲ですわ。

 まあ、柳の下にドジョウは2匹いないってことの典型なんだけどさ。傍目から見るとね。


 ただね、寺尾氏自身、この曲で、もう一つ花を咲かせようって思ってたか・・というと、そうとも言えない気がするなぁ。
 
 まずね、曲が難解なんですよねこの曲。その点「ルビーの指環」は分かりやすいんですよね。
 メロディにしても焦点がハッキリしているし、なにより、詞が松本印のブランド品だったからさあ。

 それに対して、この曲は、有川正沙子女史によるもの。有川女史の詞は、よりアウトローな雰囲気はあるんだけど、やはり松本隆氏とくらべると、尖っていないんですよね。キャッチーではないっていうか、シングルっぽくないんですよ。

 だから、メロディラインもどうしても、シンブルさをかいしゃうっていうか、シングルとしてはインパクトが弱くなっちゃうんだよね。

 うん、たがらさ、アルバムとして何曲かまとめてって言う場合はシックリ来るんだけど、これ1曲だとちょっと、今ひとつ物足りないんだよなぁ。

 この曲は、その典型ですね。 だから、まあ、それほど大ヒットっていう期待は難しかったんだよね。

 ただ、井上鑑氏のアレンジは、凝ってたけどなぁ。「ルビーの指環」のころより、より硬質感が感じられてさ。「ルビーの指環」とかアルバム「Refrections」はどことなくGSっぽい匂いがチラチラと見えるんですよね。(ちなみに、寺尾聰氏って、その昔「サベージ」っていうGSグループでベースやってたのはご存知でしょうか)

 だけど、この「Long Distance Call」には、そういう匂いは見えない。よりシティポップスに近づいているというか・・。
同時期ヒットしてた稲垣潤一の「ドラマティックレイン」に近いサウンドだよなぁ。

 そういう意味で、「ルビーの指環」フォーエバーを期待してた人には完全に肩透かしだったんだろうな。

まあ、個人的にも当時は、そんな感じだったんですけどね。

 でもあれから33年経ってみて改めて聴くと、必ずしも「駄作」には聴こえないですね。むしろカッコイイ。
 当時「手垢」が少なかった分、「今」に持ってきても全然遜色がないって感じるなぁ。

 なにより、寺尾聰−井上鑑と言うコンビの代名詞とも言える、テンション系のコード進行がばっちり決まっている。
 
 ユーミンのコトバを借りると、音楽は絵画に似てるんですよね。 メロディは構図で、コードは色彩なんですよ。
その色彩に当たるコードは、基本となるルートコードが「原色」なら、テンション系コードは、色を混ぜ合わせたような色彩。
つまりさ、それだけ表情豊かな絵画になるんですよ。 だから聴いててかっこいいんだよね。

最近の曲が表情に乏しいのは、この辺のコード進行にあるんじゃないかなぁ・・なんて思う。確かにコンピューターを使う事によって音色は豊かになったけどね。なんかツルンとしてるでしょ。3次元的な立体感を感じない。
それは、やっぱり使われるコードが単純になってきたからだと思いますわ。

この曲なんかを聴いてると、それが良く分かったりするんだよね。
 
はい、是非、ご紹介したい曲ですよ。




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青年は荒野をめざす /ザ・フォーク・クルセダース

1969_01_青年は荒野をめざす_ザ・フォーク・クルセダース






今回の1曲セレクトは、「青年は荒野をめざす」ザ・フォーク・クルセダースです。

 まずはデータです。

・タイトル    青年は荒野をめざす
・アーティスト  ザ・フォーク・クルセダース
・作詞      五木寛之
・作曲      加藤和彦
・編曲      川口真
・リリース日   1968年12月5日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   12.6万枚

 昨日のSIAM SHADEをから時代は、一気に29年さかのぼりまする。 今回はひっさびさの「60年代」の曲です。 

ザ・フォーク・クルセダース  「青年は荒野をめざす」

この曲とは直接関係は無いけど、EAGLESのオリジナルメンバー、グレンフライ氏が亡くなりましたね。
先日のデビットボウイといい、年明けそうそうから大物アーティストが次々と亡くなる年となってしまいましたねぇ。

 イーグルスといえば、どうしても「ホテル・カリフォルニア」。 その「ホテル・カリフォルニア」の歌詞に

「あいにくながら 1969年のスピリットが切れまして・・・・」

と言う部分がある。

そう、「ホテル・カリフォルニア」って言う曲は、内容的にいろいろ言われてたりするけど、大雑把にいえば、1969年⇒カウンターカルチャーの時代が終わった後の、喪失感、いわいる「シラケ時代」を歌った歌なんだよね。

そんな1969年って言う時代。 世界的に見ればベトナム反戦熱が最高潮に達し、その熱がカルチャーにも及んだ年。方や日本では、ベトナム反戦にプラスして、70年安保阻止にむけて学生運動が最高潮に達した年。

 そう言えば、一昨日1月18日は、「東大安田講堂」が陥落した日だ。1969年1月18日。今から47年前ですね。

そんな世間全般が、いろんなところでグラグラと煮えたぎっていた年なんだよね。

今回、セレクトしてきた、「青年は荒野をめざす」は、まさにそんな時代を象徴した様なウタですね。


 この曲は、フォークルにとっては、デビュー第4弾であり、ラストシングルでもある。
 いや、正確に言えば、すでに、解散した後にリリースされたラストシングルと言ったほうがいいかなぁ。

 フォークルの解散は、1968年10月。 で、この曲がリリースされたのは同年12月だから、そういうことになるね。

 曲調は、タイトルからも、ある程度は想像できるかもしれないけど、もろ、マカロニウェスタン風。そこにストリングスを中心としてオーケストラを絡ませて、さらに雄大なイメージに仕上げている。

 それでいて、ラストのギターのアルペジオが哀愁をさそう。

 まあ、ゆうなればラストシングルとしてはぴったりの曲かもしれない。

 ただ、終わりは、また次の始まり・・・っていう言葉もあるように、フォークルとしては終わった・・・けど、次のステップの始まりともとれそうな曲調なんだよね。
 つまり、そこで、プッツリ切れていないようなイメージもあるんですよ。まあ、それは、その後の展開を既に知っているからそう感じるのかもしれないけど。。 もし、1968年12月の時点でこの曲を聴いていれば、また、別の感じもあったかもしれない。

 ・・・けど、あいにく、1969年1月では、ワタシは、まだ生まれていなかったもので。。。

 とにかく、あの時代の空気感は感じる事が出来る曲ですね。
 ま、たしかに、売上げ的にはそれほど伸びなかったけどさ。。。



 ウタと、画像は直接的に関係は無いけど、あの時代を知っている方は、懐かしい風景がたくさんあるんじゃないかなぁ。
 こういう画像とウタがリンクしていると、やっぱりウタっていうのは、世相を反映しているもんなんだなぁと思いますね。まさに歌は世につれ世は歌につれなんだすよね。
 個人的には、都電がねえ。。。道の真ん中を都電を走っている風景って知らない世代なんでねぇ。



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