かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2015年10月

よろしく哀愁 / 郷ひろみ

1974_10_よろしく哀愁_郷ひろみ








今回の1曲セレクトは、「よろしく哀愁」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    よろしく哀愁
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      安井かずみ
・作曲      筒美京平
・編曲      森岡賢一郎
・リリース日   1974年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   50.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年9月30日〜12月9日付


 え〜、先ほどの松田聖子様に続いて、今回は郷ひろみと・・これって作為的!? って思われてもまあ、しょうがないか・・とも思うんだけど、本心からするとたまたまですよ、ハイ。

 いや、初め違う曲を持ってこようと思ってたんだけど、その曲のジャケ写をネット上で探してたら、たまたま、この曲のジャケ写が目に止まってさ、そのまま持ってきちゃったの。。

と、まあ、なんとなく言い訳がましいですが・・・。

 丁度、今ごろヒットだったわけなんで、まあ、いいか・・・と


 この曲は1974年(昭和49年)のヒット曲だから、当然、個人的にはタイムリーに聴いてた曲ではない・・・・はずなんだけど、あとあときちんと聴いてみると、やっぱりメロディラインは残っているんだよね。
・・ということは、まだ物心が付かない頃に聴いてたんだろうねぇ、きっと。

 ただ、残っていたのは、出だしの

♪ もっと素直に僕の愛を信じてほしい ♪ のAメロの部分。 そのほか特にサビについてはほとんど記憶になったんだよねぇ。

 どうしてだろ? よくわかんないんだけど、このAメロの部分、筒美京平氏の得意なメロディラインだよね。
 8分休符の後に8分音符で続くフレーズ。例えば堺正章の「さらば恋人」とか。
 たわいなことではないんだけど、どうも、このフレーズに惹かれるんだよねぇ。どうしてだろ?
 うーん、まあ、簡単に書けば生理的にシックリ来るって言えば簡単なんだけどさ。

 なんか、いい意味で背中にゾクゾクッと来る感じがあるんだよねぇ。

 暗めのイタリアンツイストっぽいアレンジもシックリ来るものを感じるんだろ思うなぁ。
 森岡賢一郎氏って必ずしもアイドルだけのアレンジャーではなく幅広くアレンジをされていた方なので、単純なポップスではない雰囲気、うーん、曲のグレードを一歩アップしてくれるような優美さがあるアレンジをされていた方ですよね。
 どちらかといえばヨーロッパ的な優美さを兼ね備えたというか。
 下世話的に書くと、もろ70年代を彷彿させるというかね。

 それは、この曲でもその通り言えるわけで、それまで、郷ひろみの曲のアレンジって筒美京平氏が自身でやられていたんだけど、この曲はまだ、別の意味で当時の「歌謡曲」として一段グレードが高い優美さを感じるんだよね。

 要するに単純に「ダサい」じゃ終わらないサムシングがあるんだよね。今、聴いても。

 まあ、そういうこともあり、この曲は、郷ひろみとして、初のオリコン1位獲得曲であったわけなんだよね。
 ・・・・というか、この曲が郷ひろみにとって、「唯一」のオリコン1位獲得曲なんですよね。

 うーん、これって、今考えるとかなり不思議な現象といえるかなぁ。だって、70年代を代表するトップアイドルだったわけですからねぇ、郷ひろみって。

 でも、まあ、当時はそれだけ「1位」って言うのは別格だったって訳なんだよね。
 数ある曲の中で、それこそ、もっとも「売れるべき」して売れている曲というかね。

 ただ、ここまで到達するのに最高位2位というのは、4曲あり、すべて73年リリース曲。 つまり73年3月リリースの「愛への出発」から12月リリースの「モナリザの秘密」まで、4曲連続で2位を確保しているんだよね。
 つまり、新御三家のなかでは、当時の人気は一番先行してたわけだよね。
 でも、なぜかこの時点で1位獲得は西城秀樹が1歩リードしてたりしてね。(「ちぎれた愛」「愛の十字架」の2曲、1位獲得済み)

 だから、まあ、先行する秀樹を追いかけろって言う意味もこめて、アレンジ面でもグレードを上げてきたのかもしれないけどね。

 ちなみに、累積セールスの50.6万枚っていうのも、実は、郷ひろみにとっては、現在までを通してみても最高セールスなんだよね。
(2位は82年の「哀愁のカサブランカ」の50.1万枚)

 これは、70年代の後半からヒット曲の世界に足を踏み入れて、この時代をタイムリーで知らない、ワタシにとっては、感覚的には意外な感じがしますねぇ。

ま、たしかに、この曲でほとんどテレビに出なかった「哀愁のカサブランカ」が50万枚強売れてるのも感覚的には不思議なんだけども。。。

でも、この曲の場合は、実際当時は、やっぱり、人気あったんだろうねぇ。




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野ばらのエチュード / 松田聖子

1982_10_野ばらのエチュード_松田聖子






今回の1曲セレクトは「野ばらのエチュード」松田聖子様です。

まずは、データでーす。

・タイトル    野ばらのエチュード
・アーティスト  松田聖子
・作詞      松本隆
・作曲      財津和夫
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1982年10月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   45.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年11月1日〜12月27日付
・タイアップ:江崎グリコ「ポッキー」CM曲

 先ほどの田原俊彦も先週書いたばっかりだったのに、今回も、またまた先週書いたばっかの松田聖子様です。

今回は「野ばらのエチュード」。

 この時期の松田聖子って言ったら、1年前、1981年の「風立ちぬ」の方が有名なのかなぁ。 ま、先週書いた曲ですね。
 で、同じくグリコの「ポッキー」のCM曲ではあったけどさ。

 でも、個人的には、「風立ちぬ」よりは、この「野ばらのエチュード」なんですよね。

 なんか、ほっとするんだよね。 この曲。 「風立ちぬ」は、どっか落ち着かないんだよなぁ。聴いてて。
 たしかに大滝詠一大先生のつくる完璧な「世界」はマッチしているとおもうけど、どこかちょっとくどい気もするんだよなぁ。
 それと、この曲の前後って松田聖子ってノドにポリープができて、声がガラガラだったじゃん。 それがこの曲の声質にも反映されていて、曲は優美な世界観なのに、ハスキーしすぎてねぇ。。。

 それに比べると、この曲は落ち着いて聴いてられる。曲から見えるイメージは、「風立ちぬ」と変わらず、秋そのもの(紅葉とか、公園の落ち葉がひらひら舞っている瞬間とか)なんだけど、曲の「軽さ」が違うんだよね。安心して聴いていられる軽さというかねぇ。

まあ、賛否両論あると思うんだけど、個人的に財津和夫が作った松田聖子の世界観っていうのは好きなんだよね。
 いろいろなニューミュジックアーティストがプロデュースしている松田聖子の曲だけど、一番、安心して聴いてられるっていうかなぁ。メロディラインの素直さが松田聖子にはあっていたと思うんだよね。
 ま、まさか、同じ九州出身というわけでもないんだろうけど。

 松田聖子の場合、独特のハスキーがかったキャンディボイス・・・・声質で勝負するアーティストだったから、メロディラインはそれほど重要ではないんだよね。
 いかにこのキャンディボイスが生きるかが勝負なわけで。

 その点 この曲の出だしサビの

♪トゥルリラー トゥルリラー 風に吹かれてー 知らない街を旅してみたい 〜 ♪

の部分は、伸びやかなメロディラインがうまく、そのよさを引き出しているんではないかなぁ。 
 

話は変わるけど、この曲は、松田聖子9作連続の1位獲得曲でもあるんだよね。
 この曲でそれまで、ピンクレディーがもっていた9作連続1位獲得曲数に並んだわけだ。
 もちろん、当時の松田聖子にとっては単なる通過点に過ぎなかったわけだけども、当時はいろんなマスコミで騒がれていましたよねぇ。
 精神的には随分、疲弊していた時期なんじゃないかなぁ・・とは思ってたりしますけどねぇ。

このジャケ写が一番、松田聖子らしく「ブリッ子」な雰囲気がにじみ出ているかな。個人的にはキライぢゃないんだけどさ。



ポッキーのCMと共にどうぞ。



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グットラックLOVE / 田原俊彦

1981_10_グッドラックLOVE_田原俊彦






今回の1曲セレクトは「グットラックLOVE」田原俊彦です。

まずはデータですぅ。

・タイトル     グットラックLOVE
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       小林和子
・作曲       小田裕一郎
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1981年10月15日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    49.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1981年10月26日〜1982年1月11日付
・タイアップ:映画「グットラックLOVE」主題歌

 う〜、眠たい! いや、ほんとにマジで。。このまま寝たいところなんだけど、予定がつかえているので書きますぞ。。。。

 ・・ということで、先週書いたばっかなのに、またまたトシちゃんです。
今回は81年の今ごろのヒット「グットラックLOVE」。

 単純にシリアスな曲でしたよね、トシにしては珍しく。もしかしてデビュー曲以来のシリアスさかなぁ。
 いや、この曲の前の「悲しみ2ヤング」もマイナーシリアスな曲だったから、この当時は連続してマイナー路線だったんだよね。
 しかも、前曲と2ヶ月連続のリリースと、この当時としては異例のリリースパターン。
 まっちの「ギンギラギン〜」とからめて考えると、約2週間に1度のパターンでジャニーズ関係でリリースと、かなり頻繁なリリース体系を取ってましたよね。当時としては。

 まあ、この曲は、トシちゃん初の「たのきん」映画で主演を演じた同名映画「グットラックLOVE」の主題歌ということもあり、映画公開にあわせたところもありますけどね。


 たのきん映画か〜なつかしいな。当時の東宝のドル箱だったんではないかな、意外と。
 今から考えると中身は単純な「青春映画」であって、内容はない物に近いんだけど、それでも見に行ったなぁ。
 この「グットラックLOVE」までの3作品(「スニーカーぶる〜す」「ブルージーンズメモリー」あわせて)ともに映画館で見てたりする。

 単純に好きだったんだよね、当時、「たのきん」が。

 うーん、意外とジャニーズ側に踊らされていたなぁ、なんて、今となれば思うんだけど、まあ、それもいい思い出だよなぁ。

 曲は、最初にも書いたようにシリアス物なんだけど、いかにもっていう大げさなオーケストラアレンジがよかったよね。
 トシの場合、どうしても「にんじん娘」なんかの、企画物曲にとかく、目が行っちゃうんだけど、このてのシリアス物も割 りといいんだよね。
 いつもの不安定な歌い方ではあるんだけど、もともとこのヒトの声って淋しげに聴こえるところもあるんで、このテの曲も合うんだよね。

それが功を奏したのか、単に年末だったからなのか、映画効果もあったのか、よくわかんないですけど、この曲は、久々にセールスを伸ばした1曲になりましたよね。
 約50万枚セールスと、単純にこの当時の固定ファンの数から考えると、充分浮動票も集めたセールス枚数にもなりましたもんね。
 そのおかげで、久々に前曲をしのぐロングセールスも記録した1枚だったですわね。

 今からすると、比較的地味で、間に隠れた存在の曲っていうイメージもあるけど、それは、曲調のせいですかね〜?

 しかし、作曲の小田裕一郎氏も、この辺を境にヒットチャートの上位戦線から姿を消して行った気がするなぁ。
 複雑ながらキャッチーなメロディラインが面白い作曲家だったんだけどねぇ。 時代との折り合いがこのあとはなかなか付かなかったようだよね。




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DEAR ALGERNON / 氷室京介

1988_10_DEAR ALGERNON_氷室京介






今回の1曲セレクトは、「DEAR ALGERNON」氷室京介です。

 まずはデータです。

・タイトル    DEAR ALGERNON
・アーティスト  氷室京介
・作詞      氷室京介
・作曲      氷室京介
・編曲      吉田健 氷室京介
・リリース日   1988年10月7日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   13.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1988年10月24日〜10月31日付

 ここんところアイドル系の曲に傾いちゃっているんで、たまにゃ、ニューウェイヴ系でも持ってきますか

・・・っちゅうことで、今回は、氷室京介の「DEAR ALGERNON」を引っ張ってきたりしました。

 ・・・みゅ〜、至極、安易。。。ふらふらふらふら

 BOOWYの解散ライブを東京ドームで行ったのが、ドームが完成して間近の、この年1988年4月。 で、「ANGEL」でソロデビューしたのが、この年の7月。
 考えて見れば、東京ドームも今年で27年なんだな。あっという間の27年・・って気もするわなぁ。

 だけどさ、氷室がソロデビューした1988年当時って、あんまり、このヒトのことは好きじゃなかったんだよな。なんか、カッコよるぎるじゃん。
 たしかに、個人的に「一匹狼」的なヒトって好きなのよ。オトコの場合。
 例えば松田優作とかさ。いや、ワタシは、絶対、ああいうキャラにはなれないっていうのが、自分でも分かってるからさ。
 そういう意味では、氷室の場合もそうだと思う。

 ただ、同じ一匹狼的でも、松田優作のワイルドさっていうかねぇ、野性味があるところに憧れるんだよねぇ。

 氷室の場合、そうではなくて、後年リリースした「Urban Dance」って曲もあったように都会的なんだよね。

 そこがどうも、個人的には同調できないところがあってさ。。まあ、カッコよく言えばだけど。
だから、今回引っ張って来た、「DEAR ALGERNON」も、当時はほとんど聴いてなかったな。もちろん、知ってはいたけどさ。
 この曲が収録されていたアルバム「FLOWER for ALGERNON」のCMスポットで随分流れていたしな。

 でも、今は、変わったねぇ、意識が。 うん、ほとんど、なんの違和感もなく聴けるようになったよ、この曲を含めて、氷室の曲を。

 うーん、20年近くかかりましたな。 まあ、20年も月日が経てば、ワタシ的にもいろいろ意識もかわるしねぇ。
 あの時ダメだったものも、受け入れられるようにもなるものなのよ。

 現実、当時は、みすぼらしい浪人生活だったしな。そろそろ2度目の大学受験に向けて、プレッシャーもかかり始めてきていた時期で、このころは精神的にもきつかった。
 芯から音楽を聴いてられる状況でもなかったし。。だから、氷室のようなニューウェイヴ系は眩しかったんだよな。なんかさ、自分とは別世界のような感じがしてさ。

 ちなみに、この曲は、↑でちょろっと書いた、アルバム「FLOWER for ALGERNON」からのシングルカットなんだよね。
 今は、どっちかと言うと、アルバムをプロモートする手段として、「先行」という形でシングルをリリースする場合がおおいけど、この当時は、アルバムリリースしたあと、そのアルバムの中でも「特に」人気が出た曲を、後発で「アルバムカット」という形でシングルリリースされる場合が多かったわけよ。
 まあ、どちらとも、最終的にアルバムをプロモートするというところでは同じなんだけどさ。

 ま、だから、この曲もオリコンでは2位まで行きながら、シングルの売上げ的には、そうでもなかったのよ。

 大体さぁ、シングルのジャケ写からして、いけてない物〜

 ↓ コレよ・・・ふらふら
フォト 

これは明らかに、シングルは宣伝であり、アルバムメインって考えているって言わんかのような感じだよなぁ〜。

だから、今日のプロフ写真は、アルバムの「FLOWER for ALGERNON」を持ってきちゃいました。。。

 いや、明らかにこっちの方がかね掛けてるだろ・・・ってのが、よく分かったりして。。。ふらふら


 まあ、そういう意味では、この曲は、形の上では、アルバムからのシングルカットということになっているけど、実質は、戦略上、もともと決まってたシングルカットってことだね。




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もう笑うしかない / 平松愛理

1992_10_もう笑うしかない_平松愛理






今回の1曲セレクトは、「もう笑うしかない」平松愛理です。

 まずはデータです。

・タイトル    もう笑うしかない
・アーティスト  平松愛理
・作詞      平松愛理
・作曲      平松愛理
・編曲      清水信之
・リリース日   1992年9月2日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   17.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 17位
・タイアップ:新日火災海上保険CM曲

 昔は、新宿でよくカラオケとか飲み会をやったんだけど、何分、住んでるところが千葉の「田舎」なんで、終電で帰るには時間が気になってね。

 よく、新宿でカラオケやってた90年代、終電でこちらへ帰ってくるには、新宿23時08分 東京行きの中央線快速にのらなあかんかったのよね。。。
 
 最終的に、千葉0時08分発の内房線最終に乗れれば良かったんだけどね。

 乗換えを逆算すると・・・。錦糸町23時34分発の総武線快速に乗れれば、内房線最終に間に合うのよ。

 だけど、新宿発23時15分の中央線快速だと、乗り換え時間が「無情」だったんだよなぁ〜、ワタシにとっては。。。

 ・・・っちゅうのも、これだと、お茶の水に23時25分着で、同27分発の総武線各駅停車に接続。

 この御茶ノ水23時27分発各駅が、錦糸町に着くのが23時34分・・・。

乗り換え時間が〜・・・・。0分。。 のぉ〜げっそり、無情なダイヤ設定〜泣き顔

 終電接続電車の後姿を見送るワタシ〜

 ♪もう〜笑うしかな〜い ♪  なんてことを良くやってましたよ。


 ・・・つうことで、今回の1曲セレクトは、よーく新宿でカラオケ飲み会を開いて、よーく、終電を乗り過ごしていた92年の頃の曲を・・。

 平松愛理の「もう笑うしかない」

・・・ズバリexclamation そのものでしょうexclamation ×2


 いや、あのころは、元気でしたね、ワタシも。かじやん、23才。
終電乗り越しも随分やったけど、金曜の夜は、オールナイトカラオケも随分やったな。
 うん、丁度、この「もう笑うしかない」のころがピークだったですよ〜。

 朝方3時半くらいまでウタって、声が潰れて、クタクタになった頃、カラオケ店を出て、歌舞伎町の「マイアミ」あたりの深夜喫茶で、4時30分の始発を待つのが、いつものパターンだったな。
 ちなみに、「マイアミ」のコーヒー、深夜割り増しで、1杯1000円くらい取られてたよーな。。。 ぼったくりやん・・・とか、思っちゃうけど、同じような境遇なヒトがたくさんいてさ〜、お店はいつも満員だったな。

 どーでもいいけど、この間、久しぶりで歌舞伎町行ったけど、、随分、変わったね、歌舞伎町も。全体的に明るくなったな。昔は、もっと胡散臭かったけど。。。件の「マイアミ」もなくなってたりして。。
 考えてみれば、今はスタバがあるし、マックも24時間開いてるからなぁ・・・、なにも「深夜喫茶」で高いコーヒー頼んで、夜を明かすなんてしなくてもいいわけだもんなぁ。。。



 ・・・ところで、「もう笑うしかない」。

 この年は、平松愛理、ブレイクの年だったわなぁ。うん、例の「部屋とYシャツと私」の大ヒット。今聴くと、とても不思議な曲。
 その2曲あとが、この曲になるわけだけど、1曲前の「マイセレナーデ」は、半分「つなぎ」っぽい曲だったから、実質、後を継いだ曲がこの曲ってなるんかなぁ。。。

 まあ、詞の設定は、ワタシと彼氏のうんちゃうらかんちゃ・・・。
 うん、「トレンディドラマ」の一場面を切り取ってきたような内容。

 平松愛理の得意パターンだね。

 考えて見れば、トレンディドラマ最盛期の頃だったから、このヒトなんてのは、ブレイクしたんだろうな・・・なんて、今だから思いますねぇ。
 もし、「今」だったら・・・。果たして、あそこまでブレイクしたかなぁ・・・と思うと、ちょっと疑問。

 考えて見れば、音楽的には、特に変わった仕掛けがあるわけではないんですよ。
 特に新しいサウンドをのっけているわけでもなかったし。。

 結局、詞の内容で売れてたんだよね。90年代前半のあの「とれんでぃ」なイメージがあったからこそ、売れてたヒトだと思うなぁ。。



PVより・・・ っちゅうか、92年当時には、いったい、どこで、流れてたんだろうねぇ、このPV。

 ちなみに、このPVの監督は、あの岩井俊二氏だそうで・・・。
なるほど、さすがに、90年代の「かいしゃ」シーンをとるのが、それっぽいな。。。
 映ってるヒトたちの、髪型とか服装が、とっても90年代前半。今見ると、、なんか笑えるな。
 会社のデスクにパソコンでなくて、「ワープロ」が置いてあったり。。あせあせ
 うん、ワタシも当時は、パソコンじゃなくてワープロでしたわ。。 まだインターネットは何者だ? って言う時代。

 大体において、公衆電話から「テレホンカード」で、「彼氏の部屋」に電話かけたら留守番電話だった〜・・・っていうシチュエーションからして90年代やなぁ・・。
 いまだったら、100%ケータイで直信だしぃ。。。

この曲くらいだとついこのあいだ・・っていう感覚だけど、確実に23年っていう歳月が過ぎてるんだねぇ。。ふらふら



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ホレたぜ!乾杯 / 近藤真彦

1982_10_ホレたぜ!乾杯_近藤真彦






今回の1曲セレクトは、「ホレたぜ!乾杯」近藤真彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    ホレたぜ!乾杯
・アーティスト  近藤真彦
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      後藤次利
・リリース日   1982年9月30日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年10月11日〜12月20日付

 さて、まっちです。
 いままで、まっちの曲って何曲書いたかいな? だけども、まだ曲が残ってる・・・っつうことは、やっぱし、ヒット曲たくさん持ってる「スター」ですわなぁ。

 でも、どうも、まっちの曲って、今となっては「受け」がイマイチ良くないんだよなぁ。
 書くたび思うんだけど、アクセス数が、いつもイマイチなの。

 この辺、難しいんだよねぇ見極めが。。。

 いや、当時のあの驚異的な人気を直に見てきた世代だからさあ、・・となれば、未だに書けば、ヒトが集まってくると思うじゃん。。 でも、実際はそうじゃないんだよねぇ。

 うーん、やっぱ、一時的に人気が出ちゃうと、その時に人気が「昇華」しちゃって、あとあと残らないんだろうねぇ。。
 いや、これって、今、ネットを使った実際的な「マーケティングの検証」になると思うんだよね。

 まあ、その辺のプロモーションの仕方は、実際のマネージメントする方の考えしだいなんだけどさ。
 要は、後々まで「残る」曲を作るのか・・、その場限りの曲をつくるのか・・。

 個人的には、いままで書いてきても分かるように、断然、前者支持な考えが強いんだけどさ。
 でも、これまた、難しくてさ、「後々まで残る」曲って、往々にして、その当時は、あんまり売れがよくない曲が多いんだよね。
 要はジワリ型な曲が多いからさ。 逆に、「その場限り」っていう曲は、そのときはバカみたいに売れるのよ。まあ、その辺は「文字通り」なんだけどさ。

 どっちがよいか・・・、まあ、それは、一概には言えない部分もあるっちゃあるけど。。 各々のマネージメントサイドの考え次第だから。

 個人的に「断然、前者」っいいうのは、あくまで、「ヒット曲も文化」って考えだからさあ。
 それが、ヒット曲は、あくまで「商業音楽」となると、後者的な考えに傾くのよ。



・・・なんて、マジメな話に行きかけちゃったけど、えー、気は御気楽に。。あせあせ


 何分、「まっち」の曲ですから。。あせあせ

 うん、でも、まっちの曲が今になって、あんまり、「うけ」がよくない・・っていうのも、実際、曲を聴いてみれば、わかるっちゃ、わかるきがするんだよねぇ。

 つまーり、「変化」が少ないのよ。

 うん、今、聴くと、特に82年のまっちの曲って変化がすくないんだよなぁ。

 考えによっちゃ、この「ホレたぜ!乾杯」と2曲前の「ふられてBANZAI」と、どう違うんだ?  ってことになっちゃうとも取れるし。

 いや、もし仮に、当時のワタシが、今ぐらいの年齢だったら、絶対、そうなってたと思うわ。
 そして、バカ怒りしてるんだろうね、きっと。

 結局、そういうことなんだよね。この曲も、いつものマッチの通り、松本隆−筒美京平っちゅう「黄金コンビ」の作品だし、だからして、ワタシごときが批評するなんて、おこがましいんだけどさぁ、でも、いま聴くと、ちょっと、いくらなんでも「飽きるよなぁ」っていう、印象が強いんだよね。

 ・・・っちゅう事は、一般の人はもっと飽きるわけで、だから、いま、あんまり「まっち」の曲のウケがイマイチ・・・っていうのも、ナットクなんだよなぁ。


 結局さ、なんで、そういう路線を当時とったか・・・っちゅうと、やっぱ、当時のマッチの人気がそうしたんだろうねぇ。あれだけの人気があればさあ。
 特に82年ごろまでのマッチの人気は凄まじかったもんなぁ。ベストテンに37週連続ランクインは並みじゃなかったよ。

 だから、「力おし」っていう路線を取ったんだろうね、マッチのマネージメントサイドは。
 つまりさ、曲も「変化球」を投げないで、「ストレート」1本で勝負っていう路線よ。

 ま、結局、当時を考えると、それがうまく行ったんだろうけどね。売上げが、との曲も50万枚以上で「安定」してたって事はさあ。

 でも、「力押し」っていうのは、得てして、落ちるのも早いのよ。。
ふらふら

 この曲まで50万枚以上で安定してた、売上げが、この次の「ミッドナイトステーション」でいきなり39万枚にダウンするんだから。。

 いや、曲のデキからすると、この曲の時点から、いつ、売上げが下がってもおかしくなかったんだよな。
 正直、そんな感じの曲のデキじゃなかったかなぁ。 でも、1曲前の「ハイティーンブギ」の余波もあって、この曲までは、50万枚を「確保」したって訳でね。
ただ「力技」で押してこられたのもこの辺までで、次の年、売り上げは一気に下がる・・・って事になるんだよね。 




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抱いてHOLD ON ME! / モーニング娘。

1998_10_抱いてHOLD ON ME_モーニング娘。






今回の1曲セレクトは、「抱いてHOLD ON ME!」モーニング娘。です。

 まずはデータです。

・タイトル    抱いてHOLD ON ME!
・アーティスト  モーニング娘。
・作詞      つんく
・作曲      つんく
・編曲      前嶋康明
・リリース日   1998年9月9日
・発売元     ゼティマ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   49.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1998年9月21日〜10月26日付

 10月はかなりの密度で大ヒット曲を書いてきた気がするなぁ・・・。おかげで、ここにきて曲が枯渇気味。 
うーん、曲がねぇ・・・、思いつかないわい・・・などと、悩んでいたら、さっき、自分の車のカーステのMP3から、モー娘。の「抱いてHOLD ON ME!」が。。。

 あ〜〜、もー、これでいいワイ・・・・ と、半ば、やけっぱちで引っ張ってまいりました、「抱いてHOLD ON ME!」。

 むー、ここのところ、よく「モー娘。」引っ張ってくるな・・・なんて言わないでねふらふら

 ところで、気がついてみれば、この曲、ヒットしてから、もう17年経つんだーね。
 
 まー、一時期は「風前の灯」な存在のモー娘。だったけど、なんか、ここのところまた勢いがぶり返してきたような感じだし。。。

 17年前は、勢いありましたよ〜・・・ってか、そういう風に見えたんだよね、一時的に。

 うん、ちょうど、この曲の時よ。この曲、オリコンで1位とったじゃん。いや、正直言って、当時、結構面食らったワタシだったな。

 だって、結構バカにしてたからさあ、このヒトたちのこと。結局シロートが集まっただけのグループじゃん・・・程度しか、見てなかったのよ。

 たしかに17年前も今と同じような、傾向だったんだよねぇ、音楽界も。イージーに作って、どんどんリリースしましょう・・・っていう世界だったから。

 ま、それは、今も続いているんだけど、違うのは、兎に角バカみたいにCDが売れたってことよ、当時は。
 
 なんせ、1998年が日本の音楽産業史上、もっとも売上げが伸びたとですわ。他の業界が不景気が続く中、なんで、音楽業界だけが、こんなに景気がいいねん・・・って感じだったよな。
 まあ、だから、とにかくリリースしろや・・・ってかんじで、イージーな曲がいっぱい出てたわけですわ。

 その代わり、粗製濫造もいいところでさあ・・・、その悪しき傾向が未だに続いている・・ってわけよ。
 あれから、17年経っているんだから、いい加減、目を覚ませよって感じだけど、一旦、甘い汁をしっちゃ、なかなか、地道に汗水たらして・・・なんて、出来ないんだろうな。。。

 あー、また、話がずれた。ふらふら

 曲だけど、うん、たしかに、まとまってはいる。ただ、粒が小さいんだよね。 次の年の「LOVEマシーン」に比べると。
 うーん、まだ、ハチャメチャなところもなくてさ。いや、それが、逆に粒が小さく感じるんだよね。

 それに、どうしても、時代てきにSPEEDを意識しちゃってるサウンドだし、アクションだし、踊りだし。。。

 その辺に、オリジナリティもまだ感じない。その辺が、普通のおねーちゃんのワクから、まだ、抜け出せてないんだろうな、印象的にさ。

  この辺だったんだろうね。だから、この曲で1位は取ったものの、そのあと、尻つぼみになっちゃっうのよ。

 もし、「LOVEマシーン」って曲で、ぶっちゃけなかったら、この間も書いたように、そこで終わってたんだろうね、モー娘。も。




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思秋期 / 岩崎宏美

1977_10_思秋期_岩崎宏美






今回の1曲セレクトは、「思秋期」岩崎宏美です。

 ますはデータです。

・タイトル     思秋期
・アーティスト   岩崎宏美
・作詞       阿久悠
・作曲       三木たかし
・編曲       三木たかし
・リリース日    1977年9月5日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  6位
・売上げ枚数    40.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 
・ベストテンランクイン期間:1977年9月26日〜11月14日 11月28日〜12月12日付

 この間から「秋」っていうイメージの曲をちょくちょく書いてきてるけど、  「秋」が付く曲って、悲しい歌が多いですね。楽しい「秋」の歌ってないもんですね・・・

 アリス「秋止符」、ハイファセット「燃える秋」、山口百恵「秋桜」・・・etc そういえば、そうだな。

 「ふたりの愛ランド」にかこつけて

♪秋 秋 秋・・・♪

なんて曲は、ないね・・・。どうしてかいな? 

天高く馬こゆる秋 なんて故事があるように、秋の空は気持ちいいし、食べ物もおいしい、「実り」の季節なのにねぇ。

・・・ということで、今回は1977年の「秋」の曲を持ってきました。

 岩崎宏美「思秋期」

 この曲は、岩崎宏美の曲としても、初期の名曲中の名曲ですよ。
 岩崎宏美って、それまでは、阿久悠−筒美京平 コンビでどちらかというと、アイドルでもソウル的な味をいれたポップス系の曲が多かったんだよね。
 最もヒットしたのは、お馴染みの、デビュー2曲目の「ロマンス」の88.7万枚。
 そして、デビュー2曲目で大ヒットを飛ばした「アイドル」は、大成するっていう、ゲーノー界のジンクスどおりになったわけですね。

 ただ、そのあとは、次の「センチメンタル」など名曲があったのにもかかわらず、尻つぼみになってしまう。


・・・で、新たに、三木たかしっていう、当時の「歌謡曲」路線の第一人者に白羽の矢を立てて、勝負をかけてきたのが、この「思秋期」なわけですね。
 詞は、それまで、ずっと担当してきた阿久悠氏を引き続き起用。

 まあ、あのころの阿久氏は、それこそ、飛ぶ取り落とす勢いだったかんねぇ、ここに岩崎宏美の「歌謡曲路線」っていう、新たなステップを開拓する。

・・・・なんて、かたーく書いちゃたけど、ホントにニュー岩崎宏美が誕生した瞬間でしたよね、この曲によって。

 もし、あそこで、一ポイント置かないで、そのままポップス路線を進んでたら、それこそ、尻つぼみで終わってたかもしれない。

 やっぱり、長く一線で活躍するアーティストっていうのは、それぞれの時期にターニングポイントがあって、そこをうまく見極めて、新境地を開くっていうのがポイントなんだよね。

 まあ、それには、アーティスト側にも、それだけの対応能力っていうか、「何でも来い」の実力がないとダメなんだけど・・・。

 あとは、そのターニングポイントを見極められる、プロデューサーの存在ね。

 CBSソニーの酒井政利氏に対して、ビクターには飯田久彦氏がいたからなぁ。

 もちろん、岩崎宏美もピンクレディーも飯田氏が担当していたわけで・・・。

 裏側をみると、丁度、この時期、このお二人でのガチンコバトルを転回してたような気がするなぁ。まあ、リリース時期が重なってたってこともあるだろうけど・・。


 ともかく、この思秋期の岩崎宏美は凄かったよね。当時18歳とは、思えないような、感情の入れ方、歌いっぷり。
 もちろん、それをフォローするだけの曲展開や、アレンジのオーケストレーション、詞の世界も凄かったんだけど・・・。

 まさに「歌謡曲」のゴールデンエイジのような曲だよね。

 歌う度に、つい思い入れすぎて、泣いてしまう岩崎宏美の心情もわかるってもんですよ。
 それだけの「力作」だとおもいますよ。

 だから、この曲で、売上げ40万枚強・・・と、それまでの数曲が10万枚台で固定化してた売上げが、完全に「浮動票」を巻き込んだヒットになったってことは、よくわかるんだよね。

 いい曲は、だれでも聴けばわかるんだよね。たとえ、そのアーティストのファンでなくても、思わず買ってしまいたくなるような曲・・・っていうのは、大事なんですよ。

 そういう曲(業界的にいう「勝負曲」)っていうのは、絶対に必要だと思うんだよね。
 アーティストを育てる・・・っていう意味でも。

 もちろん、勝負だから、ある意味実験性があるわけで、出して見ないと売れるかどうか、わからない・・・っていう「賭け」な部分も多い訳だけど・・・。


 最近の曲で物足りないのは、そういう「勝負曲」をもつアーティストが少ないこと。だから、いつも「固定ファン」ためのだけの曲・・・って書くじゃん。

 それじゃダメなんですよ。たしかにビジネスとしては、採算のメドが立てやすいっていうところもあるけど、なにより、それではアーティストが育たない。

 いつぞや谷村新司氏が苦言を呈したのは、そこなんだよね。



18才で、この色気はマズいでしょう 大人っぽいですよねぇ。
これに比べたら、最近のアイドルの18才は「くそがき」みたいなもんだよね。

それにしてもいつも思うんだけど、「夜ヒット」のバックバンドって、なしてこうもヘタだったんだろう。
ミストーンの多い事。 こういう「ピシッ」した曲では、もっとピシッとした演奏をしてくれないと。。。



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ROCKIN' MY HEART / 矢沢永吉

1982_10_ROCKIN' MY HEART_矢沢永吉






今回の1曲セレクトは「ROCKIN' MY HEART」矢沢永吉です。

まずはデータです。

・タイトル    ROCKIN' MY HEART
・アーティスト  矢沢永吉
・作詞      JOHN MC FEE
・作曲      JOHN MC FEE
・編曲      クレジットなし
・リリース日   1982年10月9日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   19.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位


 夏のROCK IN JAPAN、振り返ってみると随分参戦してきたよなぁ。初めて参戦したのが2003年だから、かれこれ12年前になる。
 最近は年取ったせいか、最後まで見るのが億劫になってきたけど、初めの頃は大トリの最後、花火が打ち終わるまで見てるのが通例だったな。
その中でも、2006年の大トリの永ちゃん、かっこよかったね。 人間、ああいう風に年を取れれば本望なんだろうなぁ。

 まあ、それだけストイックな生活をしてなきゃダメなんだろうね。ワタシとかは絶対にムリだわな。

 さて、今回引っ張ってきた曲は永ちゃん82年のヒット曲「ROCKIN' MY HEART」です。

82年の永ちゃんは、シングルづくめという感じだったね。まずもって、例のコカコーラのCM曲となった「YES MY LOVE」。つづいて「LAHINA」とヒットを連発してきたところを受けて10月にこの「ROCKIN' MY HEART」とね。

 ただ、前の2曲は、ロックンロールというよりもミディアムナンバーの永ちゃんとしては落ち着いたナンバーだったわけだけども、この「ROCKIN' MY HEART」は、ロックナンバー。

 ・・といっても、メジャー系のポップなロックナンバーでしたね。

 たしか、ドゥービーブラザーズのメンバーがバックをやってませんでしたっけ。
 ま、だから、ジメっとした重いロックではなく、たしかに骨太なんだけど、ウエストコーストっぽい、カラっとしたロックナンバーなんだよね。

 出だしの

♪ HEY LITTLE LOVE  HEY LITTLE LOVE 〜 ♪ の何十にも重なったハーモニーも新鮮。

 しかし、近田春夫氏のこの曲の評ではないけど、レコードを聴く限り、この曲のどこに矢沢永吉がいるのだ? っていう感じはするけどね。

 ま、それだけバックが強力な曲だったってことですわね。

 
 洋楽はからきしダメなワタシだけど、この曲はなぜか生理的に合うんだよね。
 いや、洋楽がダメなんぢやなくて、食わず嫌いってところもたしかにあるんだけどさ。

 1982年のこの時期の曲って兎角「濡れた」感じがするんだよね。そこに、この曲が唯一カラッとポップなロックを聴かせてくれたおかけで、すこしヒット曲の曲調に明るさが見えたような気がするな。

あ、この曲と、全く売れなかったけど佐野元春の「Happy Man」。この2曲は、この時期の2大ポップ路線ぢゃないかしら?


今回のジャケ写、あるサイトから引っ張ってきたんだけど、
あれ、このジャケ写は、ワタシ持っているシングル盤とちょっと違うな。。。
ジャケ写2種類あったのかしら?



永ちゃん、若けーなー。そりゃ33年前だもんな。


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今はもうだれも / アリス

1975_10_今はもうだれも_アリス






今回の1曲セレクトは、「今はもうだれも」アリスです。

 まずはデータです。

・タイトル    今はもうだれも
・アーティスト  アリス
・作詞      佐竹俊郎
・作曲      佐竹俊郎
・編曲      矢沢透
・リリース日   1975年9月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   26.9万枚

えー、これまでアリスの曲も大分書いてきたんだけど、今回は、アリスのブレイクのきっかけとなった曲をもってきましょうか。

「今はもうだれも」

えーーーー、しらねーよ、そんな曲。。。 なんていわれるかなぁ。。


 ふむ、まだ、「アリス」っていうバンドがそれほど、全国区になっていなかった頃の「最初」のヒットらしいヒット曲がこの曲だったのよね。
 オリコンでは、最高位11位と、残念ながらベストテン入りにはもう一歩足りなかったけど、それでも売上げは30万枚近い、スマッシュヒットを記録している。

 
 曲が、いいのよ、また。アリスっていうと、どうしても「冬の稲妻」「チャンピオン」・・・のような、ちょっとすかした、あの頃で言えば「キザ」っぽい曲を連想しちゃいがちだけど、この曲はモロ、ストレート。 正統派なポップスではないけど、ポップス。フォークじゃないけど、フォーク・・・・と曲のジャンルとしては、難しいけど、まあ、そんなことはどうでもいいや。。

 兎に角、今の季節の秋空の下で聴いたら気持ちいいだろうな。曲のさわやかさといい、温度感といい。。

 そういう曲です。

 アリスには珍しく、ストレート、かつポップな曲というわけだけど、実際、詩、曲共に、谷村氏、ベーヤンぢゃないんだよね。
 まあ、それまでのシングル曲でも、なかにし礼氏や、曲では都倉俊一氏が作った曲を歌ってたこともあるけど、この曲の佐竹俊郎ってヒトしらないよなぁ。。。

・・・・って調べてみたら、関西カレッジフォーク「ウッディーウー」っていうグループの方ですね。。当初のリリースは1969年。  ・・・ってか、ワタシが生まれた年じゃん。

↓ コレ
 

オリジナル初めて聴いたけど、ちょっとカントリーっぽいな。まあ、1969年だもんね。まだ、ニューミュージックっていうジャンルの曲は、日本では、生まれていないわけで。。。まあ、そういうわけで、69年当時では売れなかったんだよねぇ。正直、ちょっと時代の先読みをしすぎてたかもしれない。
 69年当時の大衆は、ここまではついてこれるレベルぢゃなかったですよ。
 

 それから6年後、まあ、なるほど、チンペイさんもベーヤンももともと、関西だからね、昔の「知り合い」の曲をカバーしてみたら、あたっちゃった・・・って奴ですわね。

 いずれにしても、その後のアリスの快進撃の始まりとなった、重要な曲ではありますな、この曲。



1976年のニューミュージックスペシャルからだけど、やっぱり若いですよね。
堀内孝雄氏なんて、いまと全然違うもんなぁ。この頃はまだ、長髪だったんですよね。

ところで、この曲、ワタシ、いつ、どこで「仕入れた」んだろ?

 それがよく覚えていない。。。 ちなみに、↑の動画は89年に放送された「ぼくらの青春のメロディ」で、オリジナルは、フジテレビの「ニューミュージックスペシャル」なんだけど、これが放送された89年時点では、この曲、既に知ってたんだよね。
 と、いうことば、それ以前に聴いてたんだろうけど。。。

 ただ、なんとなく、ヒット当時も、どっかで聴いてたような・・・・気もする。
 この曲聴くと、なんか懐かしいんだよね。75年っていうと、ワタシャ、6歳なんだけど、そのころの匂いが、どこからともなくしてくるのよ、この曲聴くと。



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