かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2015年08月

さらば・・・夏 / 田原俊彦

1983_08_さらば・・・夏_田原俊彦






今回の1曲セレクトは、「さらば・・・夏」田原俊彦です。


まずはデータです。

・タイトル   さらば・・・夏
・アーティスト 田原俊彦
・作詞     岩谷時子
・作曲     PAUL ANKA    BOBBY GOLDSBORO
・編曲     飛澤宏元
・リリース日  1983年8月12日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  31.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1983年8月22日〜10月10日付

 いよいよ、今年の夏の終わりだーね。
・・・ということで、今回は、そんな「黄昏」な曲を持ってきましたあせあせ

 田原俊彦 /さらば・・・夏

まあ、ベタベタな超ストレートなセレクトなんだけど、8月の終わりにはこの曲を持ってこようと、前々から決めてたんでね。

 タイトルからして、そのまんま夏の終わり・・・というこの曲ですが、田原俊彦にとって、はじめての「エンターテイメント」を意識した曲ですね。

 なにせ、作詞 岩谷時子、作曲 ポールアンカ なんていう、とんでもなく豪華な布陣。それだけ聴いても、そのまんま50年代後半〜60年代に逆戻りしそうなイメージだもんね。

 では、そのまま、「ダイアナ」なのか、ロックンロールなのか・・・というと、さにあらず。。。

 カンツォーネ風のまっとうな曲であります。トシにとってもはじめての「大人」風の曲というわけでしたね。

 ただ、なにせ、あの「歌唱力」でしたからねぇ、かなり賛否両論あったのを覚えてるな。

 個人的には、前曲の「シャワーな気分」との落差を考えても、わりと好きなほうだったけどな。

 このヒトの場合、1曲、1曲、つねに、違った切り口の曲を持ってきていたのが、今から考えると良かったよね。
 たしかに、あの歌唱力だったけど、いつも、冒険心だけはもってたじゃん。本人もスタッフも。
 今になってみれば、そこは評価できるんじゃないかなぁ。

 賛否両論といえば、この年の第14回歌謡大賞は、この曲でトシがとったんだよね。

 これも、賛否両論だったよなぁ。かなり凄かったよね。
 結局、これが元になってか、この次の年は、トシもマッチも賞レースは辞退することになるんだよね。

 特にトシは、これに懲りてか、このあと、賞レースには出てなかったな。
 今から考えてみれば、もうこの時からジャニーズからの脱退の芽は出てたんじゃないかなぁ。。。

 なんか、穿った考えも知れないけど。。。




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魔女 / 小泉今日子

1985_08_魔女_小泉今日子






今回の1曲セレクトは、「魔女」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル     魔女
・アーティスト   小泉今日子
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       中村哲
・リリース日    1985年7月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    16.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1985年8月5日〜8月26日付

 過去に書いた8月のヒット曲を整理してたら、まだ出してなかった曲が出てきた。
いや、本当は、もう少し前のタイミングで出そうと思ってたんだけど、タイミング逸しちゃったんだよな。

 うん、それくらいつかみ所もない曲とも言えるんだけどね。

 小泉今日子 「魔女」
 
 この頃、1985年頃のキョンキョンっていったら、どうしてもインパクト重視の問題作・・・っていうイメージが強いんだけど、こと、この曲にかんして言えば、なーんもない。 完全な「つなぎ」の曲っていう感じの曲だったからさ。

 うん、サウンド的なインパクトもメロディライン的なインパクトもない。
 筒美京平氏が作った曲にしては、めずらしいタイプの曲からも知れないけど。

 強いて言えば、詞のシチュエーションが若干、面白いかなぁ・・・っていう・・・。
 簡単にいえば、いい子ぶるのに疲れた女の子が悪ぶってる曲・・っちゅう。。。
 
 その辺は、メッチャ分かりやすい仕掛けになっているわな。まあ、詞のシチュエーションから考えると、完全に当時の中高生向きだよな・・

・・・いわば、ワタシら世代→現在のアラフォー世代・・・向きの曲だよな・・・っていうのは、よく分かるんだけどね。

 ただ、ちょっと、世代を限定しすぎてるんじゃないかな・・・とも、今からすれば感じるな。。
 うーん、もうひとつ、一般性が乏しいかなぁ・・・・と。

 この曲の売上げ枚数は、16.7万枚なんて、当時のキョンキョンのシングルにしては、かなり淋しい結果に終わっているのも、おそらく、「ココ」がネックになっているんだろうなぁ。。

 オリコンで1位だったのは、上で書いたように、この曲のターゲットによるモノよ。うん、中高生っていったら、一番、飛びつきやすい世代だもの。
 これは、現在も変わってないよね。・・・っちゅうか、これは、永遠に変わらない、人間の「習性」よ。


 ・・・なんて、今日は、やたらと、分析ぶったりしてみたりして。。。


 ・・・いやー、だってさぁ、曲の中身については、他に書くことないんだもの〜。。。





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アマリリス / 渡辺美奈代

1987_08_アマリリス_渡辺美奈代






今回の1曲セレクトは、「アマリリス」渡辺美奈代です。

 まずはデータです。

・タイトル    アマリリス
・アーティスト  渡辺美奈代
・作詞      和泉ゆかり
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年7月29日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月10日〜8月24日付

 関東地区を例にとると、今日8月31日で夏休みが最後っていう、小中高校生が多いんだろうね。
書く言う、中、高校生を千葉で過ごした私も、8月31日は夏休み最後のということで、毎年ユウウツな日だったよなぁ
その中で、特に印象的だったのが、1987年8月31日。高校3年の夏休み最後の日だ。

 今回の1曲セレクトは、そんな1987年8月にヒットしていた曲をひとつ。

 渡辺美奈代「アマリリス」。 

なぜに、1987年8月31日かとういうと、この日をもって、「冠番組」の「夕焼けニャンニャン」は、放送終了。同時に「おニャン子クラブ」は解散・・・という運びになっていたわけで。

 まあ、しょうがないわな。最後は「夕ニャン」の番組としても、「おニャン子」っていうグループにしてもぐずぐずだったから。
あの時点で、スパッと止めたのは正解だったと思う。

「夕やけニャンニャン」としては、賞味2年5ヶ月。おニャン子としても、レコードデビュー後は、賞味2年の活動期間だったわけだ。
 今となっては、そんなもんだったかいな・・・なんても思うけどね、実際、そんなもんだったんだよね。

 大体、この1年前、毎週毎週、おニャン子関連が、オリコンの1位をかっさらっていって、「・・・ざけんじゃねーぞ、おニャン子〜exclamation ×2」なんて、叫んでいたのは夢のようだったな、この時点では。(今の「J軍団」のようだ)
 こんなにあっさり終焉が来るとはね。

 そんなことで、前年の4月を境に、アンチ、おニャン子派だったワタシも、この最終回だけは、「夕焼けニヤンニャン」みてたなぁ。
 番組終了後、一つの時代が終わったような気がして、なんとなしにセンチメンタルな気分になったのを覚えてる。アンチ、おニャン子だったワタシでもさ。

 まあ、毎度毎度、ここでは書いてるけど、「ブーム」なんていうものは、いつかは必ず終わりが来るのよ。それも意外と早くにさあ。
 ブームの最中にいるときは、このまま永遠にこれが続くんぢゃねーかなんて思ったりするけど。
 ブーム熱が高ければ高いほど、反動の速さも速い。これは、マーケティング上の常識だわな。

 ことに、それに比べて、AKB48がCDデビューから10年も経つのに、未だにブームが続いているのは、異例なんだよな。
 まあ、30年前に比べると、「ブーム」を長引かせる方法論が確立されているっていうこともあるんだろうけど。

・・・・なんて、べつにマーケティングの話をしているわけではなく・・・。

 渡辺美奈代の「アマリリス」ですな。

 このころになると、おニャン子の「ソロ組」は、「解散後」を睨んでか、マジで「本格的」な曲になってくるんだよな。少なくともグリコの「おまけ」的などうでもいいような曲ではない。

この曲だって、りっぱなアイドルの1曲として、成り立ってますわ。正直、当時にアイドルの曲のレベルとしてはどこもケチをつけられない・・というか。

 まあ、路線は、同じCBSソニー組の河合その子と同じヨーロッパ系の結構、大げさな作りになってますが、それに応えようとしている渡辺美奈代のウタが、これまた、ウマイのよ。当時のアイドルのレベルから考えると。
 一体、いつの間に、このヒト歌うまくなったんだろ? 

・・・ってか、まあ、もともとCBSソニーからのデビューが決まっていたわけで、おニャン子っていうのは、あくまでデビューまでの「箔付け」だったわけで、このくらいの成長は織り込み済みだったんだろう、きっと。

 この曲から、作詞者から、秋元康氏の文字が消えたのも、おニャン子無き後の独り立ちを睨んでいたんでしょうね。
 事実、ウタの面では、この後、鈴木慶一氏など、ムーンライダース系の面々によって、新たな一面を切り開いていく分けたどさ。

 それにしても、昨日も書いたけどさ、やっぱし、8月も終盤にに入るとヒット曲って、一気に、ほろりと寂しくなるでしょ。この曲なんかも、もろそんな感じじゃん。
 まあ、そういう風に感じるのは、きっと、この頃の年のせいもあるんだろうな、多分に。 なんかね、最近、涙もろくなってきているのよワタシ。





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眠れない夜を抱いて / ZARD

1992_08_眠れない夜を抱いて_ZARD



今回の1曲セレクトは、「眠れない夜を抱いて」ZARDです。

 まずはデータです。

・タイトル    眠れない夜を抱いて
・アーティスト  ZARD
・作詞      坂井泉水
・作曲      織田哲郎
・編曲      明石昌夫 池田大介
・リリース日   1992年8月5日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   45.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1992年9月28日〜10月12日付
・タイアップ:テレビ朝日系「トゥナイト」エンディングテーマ曲

 年甲斐もなく、「世界陸上」を見て興奮してしまいましたわ。特にリレーね。 リレーっつったら、運動会では、どこでもやるし花型ジャン。 それが、全く同じ形で、世界陸上でもオリンピックでもやるっていうのが、いいんだよね。「世界一の運動会」っていう雰囲気でさあ。

 そーいえば、今回セレクトしてきた、ZARDの「眠れない夜を抱いて」がヒットしてた、1992年はバルセロナ五輪の年だったな。 
 そーそー、そういえば、あの年の8月も連日「眠れない夜を抱いて」たのよね〜。 時差7時間のバルセロナだから、向こうの時間が夕方からの競技は、必然的に、日本は「夜中」になるわけで・・・。

 この曲って、まさか、それにかこつけてリリースして・・・訳じゃないよね〜。 いやいや「企画屋」のビーイングだからこそ、そこまで計算して居たんじゃないの? ・・・とか、思わず、勘ぐってみたりして。。あせあせ
 だってさ、なんか、バルセロナ五輪期間中に「眠れない夜を抱いて」〜なんて、いかにも、タイミングがいいような気もするんだもんねぇ。。

 ところで、この曲で、ZARDは、本格ブレイクしてきたわけだけど、その登場は「突然」・・・というよりかは、いつの間にか・・・っていう方が正しいかなぁ。

 いや、少なくともワタシの中では・・・。 ある日気がついたら、チャートの上位に来てた・・・なんていう印象があるな。

 92年は、個人的に結構、ヒット曲聴いてた時期で、毎週、bay fmの「パワーカウントダウンJAPAN」は欠かさずチェックしてたから。
 少なくとも、30位近辺の曲までは、くまなくチェックしていたんだけど、それでも、この曲は、いつの間にか、「ぬっ」とランキングに登場していたような・・・。

 まあ、あんまり実感・・・というか、実態がわかなかったんだよね。いまでいうアンドロイドみたいな感覚で。。
 もちろん、まだ、当時はMステにも出てたんだけどさ、ZARDって。 それでも、なんか、実態がよくつかめない、感覚があったよなぁ。

 曲は、この曲に関しては、いいとおもった。 ビーイングお得意の「キャッチー」路線だし、こういうメロディラインでいけば、少なくともコケることはないよねぇ・・・っちゅうかね。

 ただ、大ヒットするとも、あんまり感じなかったんだよね。うーん、それは、なんちゅうか、大ヒット曲がもってる、アクっていうかなぁ・・。そそそ、存在感。 それは、ちょっと希薄のような気がしてさ。

 まあ、結果的には、その通りになったんだけどさ。

 だけども、この曲の時点では、ここから90年代を代表するようなアーティストに成長する・・・とは、全く感じなかった・・っていうのは、正直なところだね。

 うん、いわいる、一発屋っぽい、匂いがしたもの。 この曲の1ヵ月後にリリースした「IN MY ARMS TONIGHT」が、この曲の「余力」でヒットして多様なところもあったから、これは、長続きしねーだろうな・・っていう感覚があったのよね。

 まさか、年をまたいで「負けないで」のような、ジェットエンジン点火のような状況になるとは・・・。

 まあ、それにも伏線があって、この曲をきっかけにして、WARD、T-BOLANあたりが、本格ブレイクし、ビーイング系全体が、「スイッチオン」の状態になったのが大きいけど。。。


 この曲は、まさに、その「導火線」のような働きをした曲だったんだよね。

 まさか、そんな仕掛けがあるとは、露もしらず、のんきーに、「あー、一発屋で終わりだーな」と、思っていた当時のワタシが居たのでした・・ちゃんちゃん♪

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ヤマトより愛をこめて / 沢田研二

1978_08_ヤマトより愛をこめて_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「ヤマトより愛をこめて」です。

 まずはデータです。

・タイトル    ヤマトより愛をこめて
・アーティスト  沢田研二
・作詞      阿久悠
・作曲      大野克夫
・編曲      宮川泰
・リリース日   1978年8月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   27.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1978年8月28日〜9月25日付
・タイアップ:映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」主題歌

 肌寒いですねぇ。この間まで、「あっちい〜」とここでほざいていたのがウソのようですわ。
ちなみに、来週末、クーラーの交換工事があるんですが、こりゃ、もうクーラーなんて要らないよな。。。。

 さて、夏も終わり涼しい風が吹いてくると、どこからか脳裏に浮かんでくる曲があるものです。
ま、この間も同じようにかいたんだけど、これは、毎年のように起こっていたわけで、だから、結構そう言う曲もあるんですよね。

 今回は、沢田研二氏の「ヤマトより愛をこめて」をセレクト。

まあ、タイトルからして、すぐにも分かるように、あの「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版の主題歌なんですけど、なによりも、「さらば〜」とあるように、劇場版として「最後」・・・のつもりで制作された映画ですね。
「つもり」というのは、テレビ版の再編集であった、劇場版も、この作品で終わるわけだったんだけど、実際には、この後も劇場版は作られたわけでね。

でもねあの頃の「ヤマト」フィーバーはかなりのモノでしたからねぇ。「さらば・・・」といえども、ここで本当に終わるわけにゃいかなかったんでしょうな。

ちなみに、ワタシは「ヤマト」はあんまり見てなかったんだよなぁ。テレビ版からして見てなかった。
本来なら、ワタシくらいの世代が一番嵌まってたはずなんだけどねぇ。でも、なんか個人的には刺さらなかったんだよな。
 同じ、松本零士氏ものだったら、「銀河鉄道999」の方がよほど見てたと思う。 ま、恐らくシチュエーションなんだろうね。 この間、ゴダイゴの「銀河鉄道999」の時にも書いたんだけど、当時、ブルートレインブームがあったじやん。 あのころ、個人的にも、丁度、ブルートレイン方面の「鉄ちゃん」だったこともあり、その影響も大きかったんだよな。

ところで、アニメ映画で、本格的なアーティストが、大真面目で主題歌を歌ったっていうのは、恐らく、今回の「ヤマトより愛をこめて」っていうのが最初だったんじゃないかなぁ。 この曲より以前に、少なくとも劇場版アニメ映画で、ヒットチャート系に載る様な、いわいる「ヒット曲」っていうのは無かったよね。

そこは、画期的だったんじゃないかなぁ。


ちなみに、当時、オリコンチャートでは、テレビ版の一般的なアニメ主題歌は、いわいる通常のヒットチャートは切り離されていたんだよね。
 そそそ、当時は、別個に「アニメ・童謡」チャートがあって、みんなそちらに入れられていたんですよ。
だから、あの頃は、「ドラえもん」の主題歌も、当時、超人気があった「キャンディキャンディ」の主題歌も、みんなそっちの「アニメ・童謡」扱いになっていて、通常のオリコンチャートにはランクされていないのですよ。
だから、「ドラえもん」も「キャンディキャンディ」の売り上げ枚数は不明のままだし。。(一説によると軽くミリオンセラーは突破してるらしいけど。。)
 ま、今は、そんなしがらみが無くなって、アニメ系が我が物顔で通常のヒットチャートを牛耳ってますけど。。。。

だけど、「宇宙戦艦ヤマト」だけは、一般のオリコンチャートにランクされていたんだよな。
これは、「なぜに?」とずっと思ってたんだけど、調べてみると、レコード原盤を、それまではアニメ制作会社が作っていたのが、「ヤマト」あたりからレコード会社が作るようになったのが要因だったらしいですな。
 つまりね、アニメの曲も、普通のヒット曲同様、特定の人たちだけでなく「一般」的に売れると踏まれたのが、「ヤマト」からだったんだろうね。

で、その流れがさらに進んで、、この曲が「アニメファン限定」ではなく、当時「みんな」の大スターだった「ジュリー」に歌われることになったんだろうな。

 だから・・・という事もあるんだろうけど、この曲は、曲だけを聴くと、どこにもアニメ臭がしない、メロディアスなバラードですものね。
 タイトルに「ヤマトより〜」とあるから、なるほど「宇宙戦艦ヤマト」がらみなのか・・・と分かるけど、そう言うしがらみを全く考えず、真っさらな気持ちを聴くと、一般のヒット曲としてほんとうにいいバラードですよ。

ただ、そんな名バラードだった割には、売り上げは意外と低かったんだよね。
人気絶頂の頃のジュリーでしたから、当時は、通常で考えれば50万枚は硬かったと思うんだけど、結局は、その半分程度の27万枚でしたからね。
 やっぱり、アニメ曲も一般に受け入れられるようになった・・と言っても、結局は、まだまだアニメはアニメっていう頭が強かったんだろうね。 それプラス、この曲、テレビではあんまり歌われて居なかったんだよね。
ま、いろいろと制約、シガラミが強かったからなんだろうけど。。。実際、ワタシも、あんまりこの曲をテレビで歌っているところを見た事は少ないしな。
 
これは、臨発だったってのも大きいだろうな。うん、もともと「宇宙戦艦ヤマト」のレコード原盤はコロムビアが握っていたんだけど、当時、ジュリーはポリドールだったし、この曲もポリドールから発売されているんだけどさ。だから、あんまり大々的に売れて欲しくなかったいうコロムビア側の思惑も、そこには絡んでいるんだろうな。

ああ、やだやだ 大人の世界は。。。





この曲を含めて、この年のジュリーは、本当に曲に恵まれていたよなぁ。兎に角、名曲が多い。
この次の「LOVE〜抱きしめたい〜」も名バラードだったしな。ま、これについては、後日。
 名曲ぞろいと言うだけでなく、ジュリー本人も渾身を込めた歌唱が多かったのも、この年だったと思いますわ。
レコード売り上げ上、レコード大賞はピンクレディーが取ったのは妥当だったけど、ジュリーが連破しても、おそらく、納得されたんじゃないかなぁ・・・なんても思ったりしますね。
 

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ひと夏の経験 / 山口百恵

1974_08_ひと夏の経験_山口百恵

 






今回の1曲セレクトは、「ひと夏の経験」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     ひと夏の経験
・アーティスト   山口百恵
・作詞       千家和也
・作曲       都倉俊一
・編曲       馬飼野康二
・リリース日    1974年6月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売り上げ枚数  44.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年6月17日〜9月2日付

 あー、もうすぐ夏が終わる・・・というのに、なんか書き忘れてる曲があるな・・・っていうモヤモヤがここんところあったんだよね。で、昨日1日考えてて、思いだしましたよ。

そうだ、山口百恵の「ひと夏の経験」ですよ。

 この曲、これまで書いてて当然・・・っていうくらいインパクトがあるはずなのに、10年前にmixiに書いてた時代から書いてなかったんだよね。
そう言う事もあってか、ついつい書き忘れてた1曲ですわ。

↑のデータからも分かるように、8月終わりのこの時期は、すでにヒットのピークを過ぎつつあったんだけど、兎に角、夏が終わる前に書いておこうか・・・と、本当は別の曲をセレクト使用と思ったんだけど、急遽、予定変更してきました。


この曲と言ったら、なんと言っても出だしの

♪ あなたに 女の子の 一番大切なものをあげるわ〜 ♪

っていう部分ですよね。

女の子の一番大切なものをあげる  ・・・っていったい何をあげるのか  なんて、真面目に議論していたりもするんだけど、まあ、率直に考えれば「アレ」ですよね

本人は「まごころ」とか、うまく交わしてたりもするけど、 サビの最後に

♪ 誰でも一度だけ経験するのよ〜 ♪ って言う文句に繋がるなら、「アレ」しかないよなぁ・・・。80年代風に言えば「B」とか「C」とか

でもですよ。やっぱり衝撃的だったんですよ。この歌詞は。

ここでも何回か書いたけど、、それまでの70年代アイドルって言ったら文字通り「偶像」だったわけじゃん。
そそそ、もともと「idol」って言う意味は「偶像」とか「聖像」っていうことですから。
 それこそ、今で言う「ネ申」ですよ。 よく、アイドルは「ウンコしない」とか「霞食って生きてる」とか、この世の人じゃないような「神」のような存在でしたから、「下ネタ」を連想するような曲は、一種のタブーだったわけですね、それまでは。

 まあ、間接的にとか、よりソフトな「A」的な歌詞はあったにせよ、この曲ほど直接的なっていうのはさ。

あ、でも、山口百恵の場合、この曲の1年前にリリースした「青い果実」も近いものがあったか。

♪ あなたが望むなら、ワタシ 何をされてもいいわ〜 ♪ ってあったからなぁ。

 それを考えたら、このヒトの場合は、当時としてはキワドイ路線の曲を歌っていたわけですよね。 
よく、「青い性」とかのコトバで表現されていたりしたしね。

それでも、「青い果実」の時、それほど衝撃的に扱われずに、この「ひと夏の経験」でセンセーショナルなあつかいになったのは、間の1年で、かなり大人びたからじゃないかなぁ、山口百恵って。
 
今VTRを見ると、「青い果実」の時は、まだあどけなさが残ってたし、ウタもたどたどしさがあったりしたしな。その上で、「青い性」を歌っていても、それほど現実性って感じなかったと思うんだよね。
 でも、この「ひと夏の経験」を歌う頃には、アイドルとして、大分成長してたしね。歌も1年で大分達者になってたからなぁ。まあ、後年の「凄み」っていうのは、まだ、感じなかったけど、この時、中学3年でしょ。中3のアイドルとしては、達者だったと思いますよ。

 そう言うところから、この曲の歌詞に現実味が感じられたんだよね。 もちろん、歌詞だけじゃなく、この曲独特の、緊張感漂うメロディもアレンジも良かったんだけどさ。

 この曲の作曲は都倉俊一氏。 都倉氏っていうと、どうしても、70年代後半のピンクレディーとか、70年代前半でも山本リンダとか、とかく、テーマパーク的なメロディって言うイメージが先行しちゃうんだけども、こえいえシリアスなメロディも書けたんだよね。
だから、ここまで話題になったし、実際大ヒットにつながったんだと思いますね〜。

 ちなみに、この曲の44万枚の売り上げっていうのは、ここまでの山口百恵で、ダントツに売れた曲であり、この曲によって実質的な大ブレイクを果たした訳なんだよね。 この曲以降は、一部の曲を除いては、軒並み30万枚以上をコンスタントに続けていくことになるわけだから。

 そう言う意味でも、後年の「菩薩・山口百恵」を形作った、1曲でもあるんじゃないかなぁ。




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バチュラー・ガール / 稲垣潤一

1985_08_バチュラーガール_稲垣潤一






今回の1曲セレクトは、「バチュラー・ガール」稲垣潤一です。

 まずはデータです。

・タイトル    バチュラー・ガール
・アーティスト  稲垣潤一
・作詞      松本隆
・作曲      大滝詠一
・編曲      井上鑑
・リリース日   1985年7月20日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 21位
・売上げ枚数   7.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 28位
・タイアップ:YOKOHAMAゴム「インテック」CM曲

肌寒いですねぇ。この間まで、「あっちい〜」とここでほざいていたのがウソのようですわ。
ちなみに、来週末、クーラーの交換工事があるんですが、こりゃ、もうクーラーなんて要らないよな。。。。

 さて、夏も終わり涼しい風が吹いてくると、どこからか脳裏に浮かんでくる曲があるものです。
ま、この間も同じようにかいたんだけど、これは、毎年のように起こっていたわけで、だから、結構そう言う曲もあるんですよね。

ここんところ、一日どんより曇り空、時々、シトシト雨が降ってきたりして。 今日もこんな天気か続く日曜日なのかねぇ。

 あ、やべぇ、 シチェエーションが、ザ・タイガースの「モナリザの微笑み」やんけ・・・

 ♪ 雨がシトシト 日曜日 〜 ♪

・・・ということは、今回の1曲セレクトは、「モナリザの微笑み」か?


・・・とか一瞬、思ったんだけど・・・。 でもなあ、さすがに知らないヒトも多いだろうなぁ・・・と思いつつ・・違う曲を引っ張ってきたりしましたわ。


 稲垣潤一の「バチュラー・ガール」。

 こっちは、1985年の曲だから、まだ、知ってるヒトも多いかなぁ。

 ♪ 雨は 壊れたピアノさ〜 舗道のキーを叩くよ〜 マイ・バチュラー・ガール 〜♪

 と、やおら、イントロもなしに突然、サビから入ってきたりして、それなりにインパクトがあったしな。

 シチュエーションがちょうど、今日のような天気のイメージがあるんだよね。
 気温が上がらない、シトシトあめが降っている日の・・・っちゅう。


 ・・・というか、この部分が、もろ当時のYOKOHAMAゴムのCMに使われてたから、ワタシと同年代以上の方は、覚えてる方も多いでしょう。


 個人的には、この曲は、稲垣潤一バージョンよりも、オリジナルの大滝詠一バージョンの方が馴染みが深いんだけどね、ヒット・・・というか、リリース「時期」がずれるんだよね。
 稲垣潤一バージョンは、ちょうど、「今頃」のヒットだったからさ、今回は、稲垣潤一の方を持ってきた・・・というわけで。。

 だから、個人的には、こっちのバージョンは、馴染みが薄いんだけどね。実は、稲垣潤一の方は、音源も持ってなかったりして・・・ふらふら

 なんかね〜、稲垣潤一が、この曲って、違うんでねー? って当時、思ってたからってのもある。


 なに? 稲垣潤一っていったら、「クリスマスキャロルの頃には」だって? ・・・・ふにゃふにゃふにゃ・・・。ちゃうちゃう。


 いや、相性っていうか、コーディネイションっていうか・・。なんか、ちがうよなぁ〜・・・って感じてたのよ。

 稲垣潤一って、もっとヨーロッパ的、かつアーバンな雰囲気な曲が似合うんぢゃないの? とか、思うしなぁ。。 この独特の甘い声には。

 この曲って、もろアメリカンポップスじゃん。。 ってか、大滝詠一、大先生が作っている所からして、アメリカンポップス以外何者でもないんだけど・・ふらふら 

 やっぱし、下敷きになっているのは、カスケーズの「悲しき雨音」?
・・・って感じだよね。

 それと、声質からして、こういうアメリカンポップスを稲垣潤一が歌っちゃうと、オリジナルの大滝氏と、あんまり違いがなくなっちゃうんだよね。 稲垣氏の個性がさ、死んじゃっているようで・・・。

 ・・・・っつうか、一旦、曲を聴いただけで、「あ、大滝詠一だ!」っていう世界になっちゃうんだよね。

・・・っつうことは、やっぱし、大滝氏、本人が歌っているのが、一番シックリ来ちゃうわけで・・・。


・・・・っつうことで、当時から、オリジナルの大滝氏バージョンを聴いてたりするワタシだったりするんだけど。。。


 それでも、稲垣氏のバージョンでも、サビの

♪ 雨は 壊れたピアノさ〜 舗道のキーを叩くよ〜 ♪


の部分は強いんだけどね。

https://www.youtube.com/watch?v=eMUqgPJ9V-o

もしかしたら、稲垣潤一ってドラム叩くんだ? なんて思うヒトも、もしかしたら多いかなぁ。
うん、もともとこのヒトはドラマーなんでね。 本来は、このスタイルで歌うのが一番シックリと来るんだよね。
まあ、ドラムを叩きながら歌うっていうスタイルが、当時は少なかったんで(同時期では、後はC-C-Bの「Ryu」くらいか)、最初はちょっとびっくりしましたけど。。。


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淋しい熱帯魚 / Wink

1989_08_淋しい熱帯魚_Wink






今回の1曲セレクトは、「淋しい熱帯魚」Winkです。

 まずはデータです。

・タイトル   淋しい熱帯魚
・アーティスト Wink
・作詞     及川眠子
・作曲     尾関昌也
・編曲     船山基紀
・リリース日  1989年7月5日
・発売元    ポリスター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  56.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年7月17日〜10月2日付
・タイアップ:パナソニック「ヘッドホンステレオS」CM曲

最近はカレンダーにしても、年号で呼ぶことがめっきり少なくなったよな。 今年って平成何年? 2015年って言うのはすぐ出てくるんだけどね。。。
 って調べたら、平成27年だった。。。 うーみゅ、すぐに出てこない。
考えてみれば、「平成」に入ってから、年号で数えることが少なくなったよなぁ。「昭和」の頃は、逆でしたけどねぇ。

・・・ということで、今回は、そんな「平成」になった頃の曲を一つ。

 Winkの「淋しい熱帯魚」

1989年、「平成元年」の今頃の曲ですよ。 これでも26年前の曲になるんだものなぁ。

この曲、もうとっくに書いたと思ってたんだけどね。 過去のアーカイブスを検索しても出てこないから、まだ書いてなかったんでしょう、きっと。

 ちょうどいいや。 ワタシの人生の〜・・・ってところで区切ってみればキリがいいし、さらに「淋しい〜」っていうイメージが、いまのワタシの気分にもちょうどいいワイ。

 この曲っていうと、89年だよなぁ。
・・・と当時浪人してたよなぁ・・・なんていうのも思い浮かんできたりして。。
 もうね、このセットは切り離せないよなぁ、ワタシの中では。

 とにかくさぁ、この曲聴くと、あの精神的に長くつらかった浪人生活のころが思い浮かぶなぁ。。

 ふむ、歌は世につれ、世は歌につれなのです。 
曲を聴くと、あー、このころはこうだったよな・・・って思う浮かんでくるのも、ヒット曲の役割の一つですな。

 ところで、それまで「カバー」曲で当ててきてたWinkの最初の「オリジナル」ヒットがこの曲ですな。
 うむ、前年の2ndシングルの「アマリリス」もオリジナルだけど、売れなかったから。。ふらふら

 ま、「愛が止まらない」「涙をみせないで」と連続大ヒットを受けてのこの曲となったわけだから、売れないわけないんだけど、売上げ的には、前曲「涙をみせないで」の53万枚から、やや盛り返しての56万枚というわけで、成功だったわけですわな。

 兎に角、このころのWink人気はかなりなもんだったからなぁ。売上げ的にもだったけど、チャートアクションがねぇ、粘りのWinkっていうくらい、ロングヒットが続いてたからなぁ。ちなみにこの曲が12週連続でベストテン入り。そのうち8週がベスト3入りだったりするし。。
 
 その前に前曲の「涙をみせないで」も12週連続ベストテン入り。その前の「ブレイク曲」となった「愛が止まらない」は17週連続1位と、3曲連続で10週以上のベストテン入りを果たしていたわけだから、大変なもんだ。
 
 ちょうど、このころからCDシングルの売上げが急激伸びだしきたっていう環境下にもあったんだけど、それにしても、やっぱ人気があったんだよね。

 いま思うと、どこがそんなに良かったんだろ? なんだけど・・。
 いや、正直言って、当時もそうだったよな。なんかよくわかんないんだけど、すごく人気があるっていう・・。 うん、つかみ所っていうが、手ごたえが感じないんだけど売れてた・・・ってやつだよねぇ。


曲が良かったのかなぁ? 
・・・まあ、それもないでもないけどさ。たしかに、当時の「アイドル」路線からしても、けっこうレベル高い・・というか、ハイパーなポップス路線は付いてたと思う。  
 少なくとも、既存のアイドル路線に比べると、「音楽」を聴いてるように感じたしさあ。

 その辺の複合的に要素で売れたんたろうなぁ、きっと。



安易にPVをリンクしたりして。。。。


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十戒(1984) / 中森明菜

1984_08_十戎(1984)_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「十戒(1984)」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル    十戒(1984)
・アーティスト  中森明菜
・作詞      売野雅勇
・作曲      高中正義
・編曲      高中正義 萩田光雄
・リリース日   1984年7月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   61.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年8月6日〜10月29日付
 
・・・・というわけで、今回の1曲セレクトは、中森明菜で行きますか。
 久しぶりで明菜を持ってきたような気がするな。夏場は、意外と曲が少ない明菜ですが、まあ、また、秋にかけて何曲か出してくることになるでしょう
 
 この「時期」の中森明菜っていったら、やっぱ84年の「十戒(1984)」だろうなぁ。
 この曲、久々の「ツッパリ明菜」路線ではあったけど、それ以前の「ツッパリ路線」とは一味違った印象があったな。
 まあ、それまでのセールス的な面でも違ってたし、曲も、たとえば、同じツッパリ路線の「1/2の神話」ともちょっと違う。まあ、作曲者が違うんだから、感じ、違うのは当たり前なんだけど。なんていうのかな、ちょっと質感が軽いんだよね、この曲。

 たしかに、イントロなんか聴けば、ヘビーなエレキサウンドから入ってきたりして、一聴してロック路線だ・・・ってわかる曲調なんだけど、そんなエレキサウンドでも、なんとなしに軽いんだよね。というかスカスカというか。音が薄いのですわ。
 それが印象的だったかなぁ、曲としては。

 ただ、個人的には、曲の印象よりも、チェッカーズとの2強争いを演じたチャートアクションの方が印象に残ってたりして。。。
 ふむ、方やチェッカーズの「星屑のステージ」だわな。この曲もチャートでは強かった。 うん、チャートって「ザ・ベストテン」ね。

圧巻は1984年9月20日放送分だろうな

1位 星屑のステージ  /チェッカーズ 9966点
2位 十戒(1984)   /中森明菜   9622点
3位 ピンクのモーツァルト /松田聖子 9066点

 ベスト3、揃い踏みでの9000点以上なんていう高得点推移のランキング。
 それ以上に1位の「星屑のステージ」は、あの「Young Man」の満点(9999点)に継ぐ、高得点。
 で、そんなあおりを食った、2位 十戒(1984)は、ベストテン史上、最高得点での2位・・・と。

まあ、とんでもなく高レベルな争いをしてた当時の2組だったな。
それだけ、当時のチェッカーズ人気と、中森明菜の充実ぶりが覗けるんだけどさ。その最高超な時期だったね、25年前の今ごろは。

 ちなみに、チェッカーズ、中森明菜、高得点というキーワードでは、次の年の4月18日放送の、「ミ・アモーレ」でも、同じく9622点で2位だったこともある。
 このときの1位が、やっぱしチェッカーズの「あの娘にスキャンダル」の9822点。こう見ると、どうも、中森明菜はチェッカーズには分が悪かったようだけど、それでも、「十戒(1984)」の場合は、その前に5週連続1位をとった後でのこの得点だったわけだから、やっぱしすごかったのよ、人気は。

まあ、人気が完全分散になってしまった、今では、おそらく、こういう強烈、強力なチャートアクションも、今後を含めて、なかなかでないだろうな。
 まだ、スター制度が残ってた、80年代の最後のよき時代だったかも。このころが。





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心の旅 / チューリップ

1973_08_心の旅_チューリップ






今回の1曲セレクトは、「心の旅」チューリップです。

まずはデータでーす。

・タイトル    心の旅
・アーティスト  チューリップ
・作詞      財津和夫
・作曲      財津和夫
・編曲      チューリップ
・リリース日   1973年4月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   51.4万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年7月30日〜10月15日付

 さて、今回セレクトした、この「心の旅」、まあ、もう、知らないヒトはほとんどだれれもいないですよねぇ?
 それだけ、すでに日本のヒット曲史上としてもスタンダードだと思うし。

 おもわず口ずさんじゃいますもんね。

♪ あー、だから今夜だけは君を抱いていたい
  あー 明日の今ごろは僕は汽車の中 〜 ♪


この8小節のサビは、すでに永遠のものですわ。


でも、本人たちは、これが出るまでは結構苦労したようですよね。この曲はチューリップにとって3枚目のシングルなんだけど、前2枚は期待されていた割には、ほとんどパッとせず、リーダーの財津和夫は、この曲が売れなかったら、故郷の博多へ帰ろうと思ってたらしいですしね。

 最後のヤケクソではないけど、一か八かでリリースしたのがこの曲らしいですわ。
 ある意味「賭け」だったようだけど、そのあとの活動が物語っているように、その「賭け」に勝ったわけだよね。

 ただ、火がつくまではかなり時間がかかったわけで・・・。

 この曲のリリースは、1973年4月20日。もちろん、当時は売れっ子アーティストなんかではなかったチューリップだったから、充分なプロモーション宣伝費が付くわけでもなく、全国キャンペーンを展開して、足で稼いだヒットだったようですね。

 ・・・ってかくと、とても浪花節のせかいなんだけど、昔も今も売れるまでは大変だったようなんでよねぇ。

 それいえ、ヒット傾向も自ずからジワリ上昇型ヒットとなるわけだけども。

 でも、その成果が実って、リリースから約5ヵ月後の9月10日〜17日付で1位獲得の大ヒットになかったんだよねぇ。

リリース後5ヶ月かかっての1位だからねぇ。。ま、いまではあんまり考えられないパターンだよね。

 でも、これもヒットチャートの醍醐味のひとつなんだけどねぇ。


 その後の、チューリップの活躍は、これまで何回か書いてきた通りなんですわね。

 それでも、やっぱり原点はこの曲に行きつくという事には絶対に変わりえないことなんだけどさ。



テレビ神奈川の伝説的なミュージックプログラム「ヤングインパスル」から。
この曲は、他にも動画、結構落ちてるんだけど、ヒットの「原点」を考えると、ヤングインパルスは、外せないよな・・・ということで、この動画を。
 それにしても、よく、こんなVTR保存してましたよねぇ。 前から書いてるように日本のロック、ニューミュージックシーンの歴史を語るには欠かせない番組なわけで、是非、VTRは保存して欲しいなぁ。



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