かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2015年01月

シャドー・ボクサー

1978_01_シャドー・ボクサー_原田真二






今回の1曲セレクトは、「シャドー・ボクサー」原田真二です。

まずはデータです。

・タイトル      シャドー・ボクサー
・アーティスト    原田真二
・作詞         松本隆
・作曲        原田真二
・編曲        後藤次利
・リリース日     1977年12月25日
・発売元       フォーライフ
・オリコン最高位  14位
・売り上げ枚数   22.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1978年3月6日付

えー、またまた、原田真二さんなんですが、「てぃーんずぶるーす」 「キャンディ」と来たら、この曲は外せないでしょう・・・ということで、デビュー3部作の最後のリリースとなった、「シャドー・ボクサー」です。

・・・・と、いつものように書き始めているんですが、実は、昨夜、一度書きあげたんです、「シャドー・ボクサー」
BUT、書き上がって、さあ、公開しようとした矢先・・・・、一瞬変なキー操作をしてしまい、我に返った時はもう遅い。。。ぜーんぶ削除しちゃったんですねぇ〜。 そんで、不貞寝をしてしまったわけで、今、またリベンジで書いております。。。
 
まあ、どーでもいいことなんですが。。。。

デビュー曲の「てぃーんずぶるーす」のリリースが1977年10月25日、第2弾の「キャンディ」が11月25日と、きっちり1カ月おきにリリースを繰り返したわけで、この第3弾の「シャドー・ボクサー」をリリースしたのが、1977年の暮れも押し迫った、12月25日。

 もうその頃には、原田真二の人気も上昇して来ており、明けて1978年早々に始まった「ザ・ベストテン」では、ニューミュージック系最初のベストテン入りということで、番組出演。
 これによって、一気にお茶の間に原田真二って言うヒトが広がったんじゃないかなぁ。

 ちなみに、「ザ・ベストテン」の2月16日〜3月2日までの3週間は、「キャンディ」と「シャドー・ボクサー」が2曲同時にベストテン入り。 
今ではヒットチャートを重視している人なんて、ほとんど居なくなったけど、当時は。ランキングに重みがありましたからねぇ、2曲同時ベストテン入りは、大変なことだったんですよね。

 まあ、そのくらい、熱狂的な人気があったって事ですね、当時は。
 ちなみに、「シャドー・ボクサー」、オリコンでは最高14位までしかいなかったけど、「ザ・ベストテン」の最高位は5位。
 うん? 随分開きがあるじゃん・・・っと思われるかもしれないけど、当時「ベストテン」は、「はがきリクエスト」の比重を最も重視してたからなぁ。そんなところから、熱狂的なファンが多かったってことなんだろうな。今でいえば「コア」なファンという感じの。

 その影響もあってか、ちょうどベストテンで2曲同時にランクインしてた頃、リリースされたデビューアルバム「FEEL HAPPY」(1978年2月25日リリース)は、オリコンアルバムチャートで初登場1位を記録。
 
↓ これ
1978_02_FEEL HAPPY_原田真二_







ある雑誌に書いてたけど、及川ミッチーも真っ青な「王子様」ぶりなジャケ写ですねぇ

男性ソロアーティストのデビューアルバムで、いきなりの初登場1位獲得っていうのは、オリコン史上初の快挙。
たしか、今でもこの記録は破られてなかったんじゃなかったっけな? たしか
 記録男と言われた、さしもの近藤真彦もデビューアルバムは、初登場1位じゃなかったからなぁ。

そんなところからも当時の熱狂的な人気が分かります。


おっとっと、「シャドー・ボクサー」の話からはちょっとズレましたね。
印象からすると、デビュー3部作の中で、唯一、この曲だけは、イメージがちょっと違うな・・・って思ったなぁ。
ちょっと違う・・っていうのは、別段悪い印象があったわけじゃなく、この曲だけは、「ヘビー」な曲じゃないですか。
そのヘビーさから「硬派」な印象なんですよね。 前の2曲「てぃーんずぶるーす」と「キャンディ」は軟派なイメージだったじゃないですか。
 そう言う意味では、少し異質な感じがしたかなぁ。

まあ、アレンジの影響もありますけどね。「てぃーんずぶるーす」は、フォークロック系の瀬尾一三に対して、「シャドー・ボクサー」は、元サディクティックスの後藤次利氏ですから。
 アレンジャーを確認して、あ、なるほどな・・・と納得って感じかなぁ。
後藤次利氏は、80年代に入ってこそ、シブがきとか、一連のおニャン子の曲で、超軟派なイメージが定着しちゃいましたが、それまでは、シブい硬派なベーシストっていうイメージでしたからね。
この曲の、この硬派なイメージは、よくわかります。

ただ、3部作の中で、この曲だけが、硬派っていうイメージで、ちょっとイメージずれだったのか、アルバム「FEEL HAPPY」には、この曲だけ収録されてないんですよね。

昨日、個人的には、3部作の中では「キャンディ」が一番好き・・・と書いちゃいましたが、実は、最近は、この「シャドー・ボクサー」が一番いいなぁ。
 まあ、最近は、「超」を10個つけても足りないくらいの「軟派」な曲が多くなったからなぁ。
男の匂いがする「硬派」な曲に、魅かれてしまうわけです。

あー、「男くさい」って言っても「汗臭い」ぢゃないっスからね。 さわやかな都会的な男臭さってやつです。



 この「シャドー・ボクサー」の頃になると、ニューミュージックっていうジャンルの「定番の音」が大分固まってきましたよね。
 同じバンド形式でも、「今」のコアメロ系とは全然違う。
カビ臭い・・・と思われるかもしれないけど、この硬質な感じがするアンサンブルが、ワタシにとっても、「ザ・ニューミュージック」なんだよなぁ。 あ、自分の時代の「音」って思いますよ。


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万里の河

今回の1曲セレクトは、「万里の河」チャゲ&飛鳥です。
 

まずは、データです。
 

・タイトル    万里の河
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      瀬尾一三
・リリース日   1980年9月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   53.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1980年12月22日〜1981年3月2日付



 先ほどは、雅夢の「愛はかげろう」をセレクトしましたが、、この曲を紹介するなら、この曲も忘れられない・・ってことで、今日は、チャゲ&飛鳥の「万里の河」の登場です。

 この曲も忘れられないって言うことなんだけど、「愛はかげろう」と「万里の河」って、同じ頃リリースされて、同じようなチャートアクションでランクアップしてきて、同じ時期にベストテンにランクインしたと、ほとんど、「姉妹曲」のような感じだったのよね。 どうしても切り離せないんだよなぁ。
 
 まあ、実際は、「愛はかげろう」の方がベストテンに入ってきたのは1ヶ月ほど早いんだけどさ。

 でも、同じようなフォークロック調、しかも、同じくディオで、年齢も同じくらいで、どちらのグループもまだ、大学生だったしね。

 雅夢の2人は、先ほども書いたように中京大学、チャゲ&飛鳥の2人は、福岡の第一経済大学に在学中だったんだよね。
 「チャゲ」だけは、このころは既に「中退」してたけど。。

 しかも、両者共にポプコン出身だし、ほんとうによく似た二組だったよね。
 当時は、区別つかないヒトもいたんぢゃなかなぁ。


 ちがうのは、チャゲ&飛鳥は、ポフコンでグランプリを取れなかったんだよね。
 1979年の第17回ポプコン、このとき、チャゲ&飛鳥は、グランプリまちがいなしという下馬評で「ひとり咲き」で登場。

 BUT、やってしまったんだよね。演奏ミス。
ボーカルの飛鳥が曲進行まちがえて、1小節早く歌に入っちゃった。。。

 これで、一気にグランプリは吹っ飛んだんですよ。入賞止まり。
 結果的には、この年の8月25日に「ひとり咲き」でデビューにこぎついたんですけどね。

 この「万里の河」は3枚目のシングル。

 でも、2枚目の「流恋情歌」が売れなかったんで、本人たちは結構、焦ってたみたいですね。
 この「万里の河」は、かなり背水の陣で作ったらしい。
 ただ、売れるまで、わりと時間かかったからねぇ。焦ってはいたようですね。

 
でも、いい曲だったよね。

 ワタシは、この曲一発で気に入ってしまいまして、当時、家に「ステレオ」が来たんですねぇ、で、真っ先にこのレコード買ったもんなぁ。

 今でも、レコードコレクションの中にありますが、これが、「自発的」に買った、一番最初のレコードですね。
 当時600円。そのあと、すぐにシングルレコードは1枚700円に値上がったんだけど、それでも、小学5年生だったワタシにとっては、かなり高く感じたなぁ。

 この曲、メロディラインの美しさもさることながら、チャゲ&飛鳥、それぞれの歌い方が好感が持てたんだよね。
 一生懸命歌ってたじゃん。持ち時間いっぱい、全て出し尽くすって感じだったもんね。

特にフェイクしたあとのサビの

♪どれだけ待てばいいですか〜 ♪

からなんて、チャゲなんて、なにもそこまで、力入れなくてもって感じだったもんなぁ。
 でも、その一生懸命さも伝わってくるんだよね。


 やっぱり、歌は「こころ」ですよ。演歌っぽい言い回しだけど。。。

 いや、このころは、まだ、そういうシンガーが多かったんだよね。
 特に、シンガーソングライターは、自分の曲だけに、思い入れ強く歌っているヒトが多かったなぁ。

 
 前、「北風物語」の時も書いたけど、このころは、チャゲ&飛鳥って、フォークシンガーでさ、だから、「SAY YES」歌ってた頃のイメージとは随分違うんだよね。
 まだ、博多の「あんちゃん」ってかんじで、垢抜けなくてさ。 それも良かったんだよね。

 もちろん、そのあと、キャニオンに移籍して、再ブレイクした後のチャゲアスもよかったけどさ。91年を頂点として、一時代を築いたもんね。

 それでも、個人的には、この曲を歌ってた頃の「素朴さ」がのこる、チャゲアスの方が好きだなぁ。




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愛はかげろう

1981_01_愛はかげろう_雅夢






今回の1曲セレクトは、「愛はかげろう」雅夢です。


ますは、データです。
 

・タイトル     愛はかげろう
・アーティスト   雅夢
・作詞       三浦和人
・作曲       三浦和人
・編曲       青木望
・リリース日    1980年9月5日
・発売元      テイチク
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    69.1万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1980年11月17日〜1981年2月9日付



 この時期って言うと、どうしても忘れられない曲ってあるよねぇ。
 ・・・って唐突に書き出しですが、えー、またまた、すっかり、頭の外だったんですが、今月の1月8日って、ワタシにとって結構重要な日だったんだっけ・・・。

 1981年1月8日(木)この日放送の「ザ・ベストテン」から、ランキングの「記録」を始めたんだよね。
 たしかに、「ベストテン」は、その2年ちょっと前から見てたわけだけど、そこまでは、あーんまり「ランキング」って言うのは真剣に・・ったらおかしいけど、それほど気にはしてなかったんだよね。
 その場で楽しむっていうか・・まあ、普通の視聴者と変わりはなかったんですよ。
 むろん、カセットに録音はしてたけど・・。

 BUT、この日からランクを記録をはじめたんだよね。きっかけは、なんか、番組を単に見てるのがつまんなくなってきてねー。 せっかくランキング発表してるんだから、ランキングの折れ線グラフ作ったら面白いかなぁ・・と思ったんですよ。
 それが、1月7日で・・・
 早速、次の日からはじめたんだよね。

 でっかい模造紙買ってきて、タテにランク、横に日付のグラフ作って、自分の部屋の壁一面に張ってさ。

 ・・で、ノートに記録したランクを番組終了後にグラフに書き込むんだよね。
 これが、結構おもしろくてねー。ヒットの傾向が一目で分かるんですよ。特に1981年って、チャートアクション的に面白かったからねぇ。「ルビーの指環」の12週連続1位もあったし。

・・まあ、これが、ワタシにとってのチャートマニアの入り口かなぁ。。 あれから34年ですね。
 

 で、これを始めた頃、ヒットしてたのが、この雅夢の「愛はかげろう」だったわけっす。


 はてはて、しかし、今になって、この曲、覚えてるかなぁ。

 いま、考えるとちょっと「地味」目な曲だったからねぇ。

ジャンルとしては・・・。これまた、ちょっと分類しづらいんだよね。
 典型的なニューミュージックって感じかなぁ。フォークロックというには、ちょっとソフトすぎるし・・・

 あ、そのまえに「雅夢」っていうヒトたちから説明しなきゃいけないかなぁ。

 三浦和人 中川敏一 という2人のフォークディオっていうのかなぁ。いまは、ほとんど、こういう形式のアーティストって少なくなっちゃったけど、当時は、結構いたんだよね。
 当時は中京大学に在学中の学生アーティストだったんだよね。


 で、この「愛はかげろう」は、第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト、いわいるポプコンで、優秀曲賞を受賞。これが1980年5月で、9月にデビューという経歴だったんだよね。

 まあ、このころは、ポプコンっていうのが、ひとつのヒットの代名詞でもあったわけで、丁度同時期にチャゲ&飛鳥の「万里の河」もチャートを上がってきたんだよね。

 ちなみに、チャゲアスもポプコン出身だし、同じように、当時はフォークディオっていう形だったから、ライバル同士って感じだったよね。 この当時は。
 結局、「万里の河」は、53万枚ヒット。 この「愛はかげろう」は69万枚と、セールス的には、こちらに軍配が上がったんだけどね。

 でも、その後のアーティスト人生を考えると一目瞭然なわけで・・・。

 まあ、この、「愛はかげろう」は、曲調からして、より女の子には支持されそうな曲だったからねぇ。

 ワタシは、どっちも好きだったな。でも、「万里の河」は、レコードかったけど、「愛はかげろう」は当時はレコード買わなかったところを見ると、どっちかというと、「万里の河」派だったんだよね。
 たしかに、若干、ナンパに聴こえたんだよね。この「愛はかげろう」は。

 しかし、両者とも1981年1月8日のベストテンにはしっかりランクインしてますゾ。

 茶色に変色してしまった、当時の「ベストテンノート」を紐解くと、この週のランキングは、

 1位 恋人よ        五輪真弓 
 2位 スニーカーぶる〜す  近藤真彦
 3位 愛はかげろう     雅夢
 4位 万里の河       チャゲ&飛鳥
 5位 帰ってこいよ      松村和子
 6位 Mr.ブルー〜私の地球〜 八神純子
 7位 大阪しぐれ  都はるみ
 8位 風は秋色   松田聖子
 9位 ひとり上手  中島みゆき
10位 若さのカタルシス    郷ひろみ

となっております。 この週が、雅夢とチャゲアスが一番デットヒートしたんだよねぇ。

 ちなみに、さきほどの第19回ポプコンですが、グランプリは、伊丹哲也&Side by Sideの「街が泣いてた」
 この曲も同時期にヒットしてたんだよね。
But ベストテン入りはできず。。。優秀曲賞どまりがオリコン3位で、「クランプリ」がベストテン入りならずとは、これいかに。。。
 やっぱし、曲のよさと人気って必ずしも一致しないんだよねー。
 
 さらに、この時のポプコンの「入賞」に、「きゅうてぃぱんちょす」がおります。
 これ、だれだかしってます?? なんと、「杉山清貴&オメガトライブ」の前身のバンドなんだよね。
 「杉山清貴&オメガトライブ」として、デビュー、ヒットをとばすのは、これから、2年半後になるわけだねー。

 いろいろ興味深い、ポプコンですわ。


 あー、今日は、ほとんど、曲の説明なかったねー




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愚か者

今回の1曲セレクトは「愚か者」近藤真彦です。


まずは、データでーす。


・タイトル      愚か者
・アーティスト    近藤真彦
・作詞        伊達歩
・作曲        井上尭之
・編曲        戸塚修
・リリース日     1987年1月1日
・発売元       CBSソニー
・オリコン最高位   2位
・売上げ枚数     18.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月19日〜3月2日付
※第29回日本レコード大賞 大賞受賞


 久々に1月1日リリース曲を。 
えー、この曲 「愚か者」も、しっかり1987年1月1日リリースだったのですよね。。。

 しかも、この曲は、この年の暮れ、12月31日の「日本レコード大賞」では、みごと「大賞」の栄冠に輝いたわけで、お正月と、大晦日っていう、1年をまたいでの曲っていうイメージが付いてますね。

 まあ、レコード大賞の権威云々については、とりあえず、おいとしてさ。。。


 しかし、この曲は、このころの「まっち」としては、久々にテーマ、曲ともはっきりしていたなって言う印象が、いまでもあるし、あのころもあったんだよね。
 85年にCBSソニーに移籍してからの「まっち」は、どうも、曲自体「ハッキリ」していない曲が多くて、そろそろ「歌」は、引退なのかなとも、単純に「落ち目なのか」とも、どちらとも取れたし、ワタシ自身も、そういう風には思ってたんだよね。
 あ、これは、マッチだけでなく、トシにしてもそう。

 でも、「愚か者」をはじめて聴いた時、ホッとしたんだよねぇ。 「うん、まだ、やる気はあるな」って単純に思ったのよね。
 そのくらい、初めて聴いた時からショッキングだったし、インパクトがあった。

 いい意味で、汚れているっていうかね、ふっきれたオトナの匂いがしたな。
 それまで、何作か、大人になりきれない中途ハンパさが匂う曲が多かったからね。
 そこから、脱却したなっていう印象はあったね。それまでのマッチにはなかった、新鮮さっていうのかな。

 これは、やっさぱり、はじめて組んだ、井上尭之氏の作品が斬新だったし、だから、新鮮映ったんだろうなぁ。

 でも、やっと、マッチにも、自身も構成歌い続けられる曲ができたなっても思ったな。

 マッチの曲って、それまではストレートな曲が多くて、その当時のマッチにしか「似合わない」曲ばっかりだったからねぇ。
 その点、この「愚か者」は、いつの年代でも歌いこなすことが出来ると思うし、それこそ、いつでも「マッチ」すると思うんですよ。


 しかし、なんで、また、このタイミングで「愚か者」なのか?

 うん、まあ、時期的なものっていうのが、一番強いんだけどね。丁度、今頃ヒットしてたし。。。

 ・・え? それって本音?

 スルドイヒトは、すでに感づいていることと思いますが、どうも、最近、世の中「愚か者」が多いんでねー

 
今日も、他のトピをたてちゃったけど、「愚か者」がいたかんねー。

 だから、その方たちにも、ささげたいと思いまして・・・

♪ 愚か者よ 愚か者よ 今夜は 眠れよ〜 ♪

 ホント、タイムリーでしょ。。。


 100%自画自賛の世界?   いやいや、ヒニクも含めてですよー。。。。



音でかっ  見る時は音量に注意してください。


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ラブ・シュプール

1983_01_ラブ・シュプール_田原俊彦





今回の1曲セレクトは、「ラブ・シュプール」田原俊彦です。


 まずはデータでーす。

・タイトル    ラブ・シュプール
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      三浦徳子
・作曲      筒美京平
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1982年12月18日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   23.4万枚 
 ・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1982年12月27日〜1月24日付
・タイアップ 映画「ジェミニ Y&S 」主題歌



 今回セレクトした曲は、久々にトシちゃん。
田原俊彦の「ラブ・シュプール」です。

 本当は、リリース日とベストテンにランクインした時期を考えて、もっと先にもってこようかと考えていたんですが、どうも、なかなか書けなくてね。やっと持ってきました。
 まあ、この時期ならではの曲って感じですしね。

 
この曲は、丁度、リリースされた、1982年12月公開の「たのきん映画」第5弾「ウイーン物語 ジェミニY&S」の主題歌だったんですねぇ。覚えている方といますかねぇ。
 ・・と白々しく書いている私自身、この映画見てなかったりするんですけど・・・。<emoji:swirl>(爆)

 しかし、この曲は、一言で言って「よかった」。誰が聴いても・・っていっても過言ではないような、「生理的」に気持ちいい、メロディライン、バックのオーケストレーションでしたもんね。


 でだしの


♪ 青い空光る そのほほえみは 真冬に咲いた花さ ♪


っていう、まさにそのような、真っ青な空の下、シュプールを画く爽快さそのままの曲だったなぁ。



 正直、この曲までの数曲は、トシの曲ってキビしかった気がするんだよね。
「NINJIN」もあったし、この曲の前の「誘惑スレスレ」にしても、たしかに、悪い曲ではなかったけど、なんか、どっかで引っかかるもんがあったんだよね。個人的にさぁ。

 この曲は、ほんとに引っかかるところが全くないもんね。
この時期の筒美氏の傑作の1曲だと、お世辞抜きでいえると思いますよ。

 ・・・そのまえに、こういう、ストレートなミュージカルっぽいメロディの曲って、筒美氏としては、珍しい部類に入るんではないかなぁ。筒美氏のメロディって、それまでは、どっか、もっと「黒」っぽかったり、はたまた、「ざらついた」感触だったり、どっか「引っかかり」があるメロディの曲が多いんだよね。

 こういう、「ソフィケート」されたというか、全く1点の「シミ」もないようなまっさらなメロディの曲って、これより前はそうそうなかったと思う。
 だから、なんか、新たな1面を見た感じがしたなぁ。


 反面、同じ時期にリリースされた、マッチの「ミッドナイトステーション」なんかは、今までの筒美京平氏なんですよ。

 曲構成は Aメロ(サビ)⇒Bメロ⇒間奏⇒サビ

のくり返しで、かなり、かわった構成ですよね。その辺も、ミュージカルっぽく、飽きの来ない構成でしたし、最後に、それまで全く出てこないメロディ(Cメロ)が出てくるのは、筒美氏らしい構成ですね。


 しかし、今から考えると、トシちゃんは、結構、いろんなタイプの曲をリリースしてきてるよねぇ。それこそ、NINJIN娘のような、「童謡」っぽい曲から、割と硬派な曲まで、同じようなタイプの曲ってあんまりないんだよね。

 これは、ライバルのマッチとは、結構好対照だな。マッチはもたしかに、ミディアムな曲も歌ってはいるけど、グイグイ推してくるアップな曲が主題だったからねぇ。


 野球の投手で言ったら、マッチは速球派、トシは、七色の変化球を投げ分けるっていうタイプかな。

 だから、マッチの場合は、力があるときは派手だし、だからこそ人一倍人気もあった。 逆にトシの場合は、派手さはあんまりなかったって言うかね。

 でも、今にしてみれば、印象に残っている曲はトシの方なんでよね。 その当時、派手でなかった分、印象が長続きするって言うかねぇ。


 あ、そうそう、この「ラブ・シュプール」は、「30万枚限定発売」の「ホワイトレコード」だったんだよね。
 いまでこそ、枚数限定リリースは、日常に行われていることだけど、この当時は、珍しかったよねぇ。
 それにしても、30万枚限定で、30万枚売れてないところをみると、全く旨みはないんだけどさ。

 でも、こんな名曲が「限定リリース」なんて、ちょっともったいなかったな。
 「限定」ってこともあって、ベストテンには1ヶ月しかランクインされなかったしね。
 

 それと、映画のヒロイン役だった、ヒロコグレースって当時13歳。ワタシと同い年だったんだ・・・・!
 今知った。。。。

 なんか、そんな風に見えなかったけどなぁ。完全に年上だと思ってたわ。

 これやってると、必然的にいろいろ調べないといけないんで、いろいろ勉強になるねぇ。。




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キャンディ

1978_01_キャンディ_原田真二 






今回の1曲セレクトは「キャンディ」原田真二です。

まずはデータです。

・タイトル     キャンディ
・アーティスト   原田真二
・作詞       松本隆
・作曲       原田真二
・編曲       原田真二 阿部雅士
・リリース日    1977年11月25日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 10位
・売り上げ枚数  26.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

 昨日書いた「てぃーんずぶるーす」が意外と好評だったんですよね。
・・・と言う事は、この曲も書かないわけには行かないよなぁ。

原田真二のデビュー三部作の、第二弾「キャンディ」。

昨日、「てぃーんずぶるーす」は以前書いてなかった・・・と言ったけど、よくよく調べてみたら、以前書いてなかったのは、「てぃーんずぶるーす」ではなく、第2弾の「キャンディ」と、第3弾の「シャドー・ボクサー」だったんだよね。
 ・・・ということは、今回、オリジナルと言う事になります。

 なぜに、以前、この曲を書いてなかったか・・・というと、まあ、昨日も書いたんだけど、恐らく、ジャケ写が見つからなかったか、書けなかったか・・・どっちかだったと思うんだよなぁ。

 おそらく、書けなかったんだと思う。
原田真二さんの曲は、どうも、書くきっかけが難しくてねぇ。。。

 原田真二さんといえば、「ザ・ベストテン」では、最初にランクインし、出演した「ニューミュージック」系アーティストになるんだけど、それが、この「キャンディ」なんですよね。
1978年2月2日放送分。第10位初登場でしたか。

ただ、昨日も書いたように、ワタクシと言ったら、まだ、「ヒット曲」の世界に足を踏み入れていなかったんで、この時は、まだ、見てない。
 逆にいえば、この時のVTRを後々みて、地団駄を踏んだもんだよなぁ。 なんで、もっと早くベストテンを見始めなかったんだ〜・・・と。

いや、個人的に、デビュー三部作のなかでは、個人的には、この曲が一番好きなんだよね。

一番、洋楽っぽくて、それまでの、いわいる「歌謡曲」には、なかった匂いがするじゃないですか。この曲。
たしかに、昨日も書いたように「てぃーんずぶるーす」もアメリカンポップスの香りは強い・・・。
 けど、程度からすると、この「キャンディ」は、もろ「洋楽」っていう手触りだもんなぁ。

まあ、よく言われるのは、ビートルズの「ミッシェル」のパクリって言う事だけどさ。 ただ、バックがシンプルなストリングスというのであれば、「イエスタデイ」っぽくもあるし。。。

 いずれにしても、下敷きはビートルズだよな・・・っていうのは明白なんだけどね。 でも、たんに「下敷き」で終わっていない、ジャパニーズポップスをより「洋楽的」な匂いに近付けた・・・って言う点が、この曲のすごいところでね。

 松本隆氏の詩の世界って、以前も書いたような気もするけど、70年代のそれまでは、太田裕美に代表されるように、「田舎のおねえちゃん」的な女性像が多かったんだよね。
 この曲のように、バタ臭い、外国人女性を題材にした曲って、あんまりなかったんじゃないかなぁ。

 個人的には、「キャンディ」っていうと、世代からして、「キャンディ・キャンディ」を連想しちゃうんですけどね
そうか、「ソバカスがあって、鼻ペチャで・・・」ってな感じで。。

 でも、実際にはどうなんでしょうね。 原田真二氏⇒大里洋吉氏⇒元キャンディーズマネージャー・・・っていう繋がりからしてみると、やっぱり、キャンディーズの誰かなんでしょうかねぇ、モデルは。

まあ、いろいろと想像が出来そうな曲ですよねぇ。。




いや、口を酸っぱくして言っても、19才の青年が書けるような曲じゃないですよねぇ。やっぱり、このヒトは天才ですわ。
 ♪さーむいこころ〜 ♪ ってところの譜割りと、メロディ進行。最初はびっくりしたんだけど、だからこそ、誰もが書けないよなぁ・・・と思えちゃうんだよな。



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ラブレター

1981_12_ラブレター_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「ラブレター」河合奈保子です。


まずはデータです。
 

・タイトル      ラブレター
・アーティスト    河合奈保子
・作詞        竜真知子
・作曲        馬飼野康二
・編曲        若草恵
・リリース日     1981年12月5日
・発売元       コロムビア
・オリコン最高位   11位
・売上げ枚数     21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位


 昨日とは打って変わって、久しぶりに「あいどる」です。河合奈保子。
前にも、「ヤングボーイ」を紹介したんだけど、これが、なかなか紹介が難しい。
 これっていって、とりえがないんだよね。例えば、これが、今、この瞬間にヒットしてる曲なら、どうのこうのいろいろ言葉を加えて紹介することも出来るんだけど、何せ33年前の曲で、このテの「これ、特徴のない」の曲を紹介するってのは、結構難しいんだよね。
 
 これが例えば、これ読んでくださってる方が、ほぼ全員あの時代を知ってて、そのうえで、この曲も知ってるって場合は簡単なんだけどね。
 ま、実際はそうではないわけで・・・・。

・・・と、ボヤボヤ ボヤいてるんですけど・・。
 なら、紹介しなきゃいいのに、と思うところですが、この時期とこの曲は、個人的には、切れない曲なんで、紹介いたしまする。
 
 個人的に切れない、っていっても、別にこの曲に対して特別な思い出とか、思いいれとかあったわけではないんだけどね。
 
 単純に、初見で聴いて、「あ、いいな」と思ったってのが、ほぼすべてだね。

 河合奈保子って、今考えると、このころの曲ってほとんどワンパターンなんですよね。 まあ、メジャー調、マイナー調っていう区別はあったとしても、どうも、いまいち、曲全体のメリハリは少ないっていうかね。
 まあ、だから、初期の頃は、シンガーっていうより、ほんどの「アイドル」だったわけね。
 うーん、アイドルっていうか、マスコットというか、今一歩、キャラクターの個性がはっきりしないっていう存在って感じなんだよね。
 ここの事務所は、そういうアイドルが多かったよなぁ。

 でもね、なんか、聴いてると安心するんだよね。例えば、松田聖子だと、ウタ聴いてるぞっていう気持ちにはなるんだけど、「安心感」っていうのが、イマイチないんですよ。
 かといって、極度な緊張感もないんだけどさ。

 河合奈保子の場合は、ほとんど100%「安心感」だけでもってたんぢゃないかなぁ・・って思いますねぇ。
 今風で言うと、「癒し系」っていうのかな。そんな気がしますねぇ。


 この曲は、この年の秋に、レッツゴーヤングのリハーサルで、舞台から転落して、腰の骨を骨折して、まだ、リハビリ段階で、急遽リリースされた曲ですね。
 まだ、腰に「コルセット」して、テレビにはでてたなぁ。
 
 でも、予期せぬアクシデントっていうのもあってか、人気はあったよなぁ。

 それでも、今聴くと、やっぱ、ちっと恥ずかしいところはあるわな。

 ♪ためらい ライ ライ ラブレター〜 ♪

と、きちゃね。おいおい、こっちは30過ぎのいいオッサンやで、って感じで・・・。 まあ、そういう曲を聴いてるほうも聴いてるほうだけど・・。

 そうそう、この曲は、B面もいい曲なんだよね。「NO NO BOY」っていう曲。まあ、ほとんど、内容的には、A面とはあんまり変わんないんだけど、曲の盛り上がり感でいったら、こっちのほうがあったな。ちょっと大げさで。
 これも馬飼野康二氏の作品だけど、「らしさ」って言えば、A面の「ラブレター」よりも、B面の「NO NO BOY」の方があったと思いますよ。

↓コレ



個人的には、こっちの曲も好きなんだよなぁ

 「ラブレター」は、終わり方がちょっと、ダサイんだよね。もうちょっと、終わり方考えられなかったんかい? っていう終わり方だし・・。あれなら、フェイドアウトしちゃた方が良かったのに・・って思ったりして・・。 

 ただ、この曲から、どうもFmな曲が好きになったようで・・・。またまた、意味不明な表現だけど、どうもね、生理的にキーがFmな曲が、個人的にはあっているようなんだよね。
 あ、いいねって思う曲って、キーがFmの曲が多いんですよ。
この頃で言ったら、あみんの「待つわ」とかね。
 でも、F#mはダメなんだよね。。。。 

 まあ、一般的に言って・・・っていうことだけどさ。

 ともあれ、癒し系「アイドル」としては、この頃が丁度境だったと思うな。次の年の後半当たりから、徐々に楽曲的に変わっていくんだよね。
 それまでの、馬飼野康二氏中心の作品から、竹内まりや⇒「けんかをやめて」、来生たかお⇒「ストロータッチの恋」(すごいタイトル!)、尾崎亜美⇒「微風のメロディー」という、ニューミュージック系アーティストの作品を経て、筒美京平氏作品へって感じで、徐々にアイドルからシンガーへの道をたどるわけですわ。

 で、まあ、それにつれて、ランキング的にも上がっていくんだけどね。この「ラブレター」もオリコンでは最高11位。ベストテンには入れなかったんですよ。
 河合奈保子の場合、そういう曲が、ここまでは多いんだよね。この年だけでも、「17才」「ムーンライトキッス」、どちらとも最高11位で、この曲を含めて、3曲最高位11位ですわ。
 どうも、いまいち煮えきれなかったんですよね。
 でも、この曲を境に、曲調の変化とともに1982年からは、常にベストテン入りしてくるようになったわけです。

 その辺に関しては、また追々と・・。




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てぃーんずぶるーす

1978_01_てぃーんずぶるーす_原田真二






今回の1曲セレクトは「てぃーんずぶるーす」原田真二です。

まずはデータです。

・タイトル     てぃーんずぶるーす
・アーティスト  原田真二
・作詞       松本隆
・作曲       原田真二
・編曲       鈴木茂 瀬尾一三
・リリース日    1977年10月25日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 6位
・売り上げ枚数  28.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1977年12月26日付 1978年1月23日付

この「1曲セレクト」は、始めは10年前の2005年から2010年にかけて「mixi」に書いていたわけで、なんせ5年間もシコシコと書いてたんで、昔のヒット曲・・・特に70年代〜80年代のヒット曲は、大分書いた・・・つもりでは居たんだけど、よくよく探してみると、意外な曲を書いてなかったりするんだよね。

 実は、今回セレクトしてきた、原田真二の「てぃーんずぶるーす」も書いてなかった?

 えー、こんな有名な曲を書いてなかったの〜・・・なんて言われそうだけど・・・。

セレクトするのを忘れていたのか、書けなかったのかは、よく覚えてない・・けど。。。


多分、セレクトはしてたんだけど、10年前は「書けなかった」んだろうな、きっと。

いや、今もどう書こうか・・・なんて、セレクトしてきたのに、迷ってる。 正直、とっかかりが見つからないんですよ。

この曲のヒットをリアルタイムで経験していれば、恐らく、その「斬新さ」を実感できたんだろうけど、残念ながら、ヒットした頃は、ワタシは、まだ、ヒット曲の世界に入って来ていない。
 まだ、8歳でしたからねぇ。 ピンクレディとかキャンディーズは聴いていても、さすがに原田真二までは、リアルタイムで聴いてなかったからなぁ・・・。

 でも、この世界(ヒット曲の世界)に入って来てからは、このヒトのすごさを、まずは聞かされましたからね。
なんせ、デビューから3カ月連続でのシングルリリース。しかも3枚とも、同時にベスト20入り・・・という、当時は前代未聞の快挙を達成。
 これは1981年に寺尾聰が、やはり同時に3枚ベスト20入りさせるまで、だれもまねすることが出来ない記録でしたからね。

 そういう、「派手」なデビューを飾ったからか、ワタシより10才くらい年上の方たちは、一様にこのヒトの事となると、一目おいてたからなぁ。

確かに、この「てぃーんずぶるーす」以前には、ここまでアメリカナイズされた音楽は、「邦楽」には無かったと思う。
 まあ、この1977年の時点で、すでに、ニューミュージックというジャンルは確立されており、その旗手的存在のユーミンはトップアーティストの仲間入りはしていたけど、ユーミンは、アメリカナイズされた音楽というよりかは、どちらかと言えばヨーロッパ系の「濡れた」音楽でしたからね、この「てぃーんずぶるーす」のような、あたかもカリフォルニアの匂いがするようなカラッと軽い空気感の音楽ってなかったからなぁ。
 ・・・というか、男のくせにピアノを弾きながら、ポップロックを歌う・・・っていう、まるでビリージョエルなスタイルの音楽って、それまで日本にはなかったですからね。

 ま、たしかにそれまでもチューリップの財津和夫氏は、ピアノを弾きながらボーカルをとってましたが、ソロアーティストで、ピアノを弾きながら・・・っていうスタイルは無かったですからね。

しかも、原田真二氏は、この時点で、まだ若干19歳。 
19歳にしてすでに「完成」されたポップスを歌う・・・って言うところは、出てきた当時としては、やっぱり驚きだったんだろうなぁ・・・というのは、実際に実感してしなかった私にも想像がつきますねぇ。
 
 チリチリのアフロヘアなのに、顔は童顔・・・っていうビジュアル的にも親近感がありましたしね。

 そう言う意味では、「アイドル的存在」なアーティストの走りだったかもしれない。このヒトの場合は。

事実、このヒト、デビュー前、月刊「明星」のアイドル発掘オーデションにも応募してた経歴があったりしますしね。意外と、本当はアイドルになりたかったのかもな。

いずれにしても、この曲あたりから日本の音楽界は、一気に裾野が広がり出しましたね。


ちなみに、現在、サザンオールスターズを擁し、一大プロダクションとなってしまった、アミューズですが、一番最初は、この原田真二をマネージメントするために、現会長の大里氏が立ち上げたプロダクションなんですよね。
 でも、半年足らずで、いきなり原田氏が独立してしまった(というか一方的に辞めた)ために、、「苦肉」の策としてひっぱったのがサザンオールスターズだったのよね。
 
まあ、アミューズとしては、後のことを思えば「たなボタ」だったですかねぇ!?





・・・とここまで来て、改めて、過去に書いた「1曲セレクト」を検索してみたら、この曲、昔書いてましたね
 まあいいか・・。

どうでもいいことだけど、松本隆さんは、カタカナで表記すればいいものを、わざわざ「ひらがな」で表記するタイトルが多いですよねぇ。
この曲のような「てぃーんずぶるーす」とか。。。まっちの「スニーカーぶるーす」なんかもそうだね。



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JUPITER

2004_01_JUPITER_平原綾香






今回の1曲セレクトは、「JUPITER」平原綾香です。

まずはデータです。

・タイトル     JUPITER
・アーティスト   平原綾香
・作詞       吉元由美
・作曲       Gustav Holst
・編曲       坂本昌之
・リリース日    2003年12月17日
・発売元      ドリーミュージック
・オリコン最高位 2位
・売り上げ枚数  90.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2004年1月15日付〜4月29日付、2005年1月13日付〜1月20日付

えー、今回セレクトしてきたのは、平原綾香の「JUPITER」。
リリースが2003年の暮れだから、もしかすると、今まで1曲セレクトで書いた中で、一番「最近」の曲かもしれない。
 2005年〜2010年に「mixi」で書いていた「1st Season」の「1曲セレクト」の時は、時代的に新しすぎて書かなかったし・・・。
 なにより、この曲については、まだリリースしたばっかりの頃、「新曲レビュー」って言う形で、2003年当時、自分のサイトにリンクしていた「BBS(掲示板)」に書いてたんだよね。 そういう経緯もあって、いままで、「1曲セレクト」では書いてなかったんだよね。

 でも、あれから10年以上経ったし、そろそろ改めて書いてもいいか・・・と思い、今回「セレクト」してみました。

 この曲がリリースされた当時、ワタシは、 今はニコニコ動画があまりにも有名になってしまった、某会社が運営していた・・・っつうか、いまも運営してるんだけど・・・、某着メロ、着ウタサイトで、楽曲配信の運用をまとめておりまして、併せて、着メロで配信する曲のセレクトもやってたんだよね。

で、当時の上司から口を酸っぱく言われていたことが、「他社を出し抜く」ような曲をセレクトすること。

 他社を出し抜く・・・とは、他社の「着メロ」サイトで配信していない、かつ、これから「確実」にヒットしそうな曲をいち早く配信すること・・・ってこと。

 つまりは、一般的には注目されていないけど、いわいる「ブレイク」してくる曲をいち早く掬いあげること だったんだよね。
 「必ずヒット」してくると分かってる曲は、必ず配信をかけなくてはいけないわけで、数学的にいえば「必要条件」。
 でも、プロのセレクターっていうのは、それだけではダメで、これから「ブレイク」してくる曲をいち早く掬いあげる、数学的にいえば「十分条件」をいかに満たすかってところに集客がかかって来るんですよ。
 いわば、いかに「必要十分条件」を満たすか・・・っていうところですね。

でね、この「JUPITER」がリリースされた前後は、 その「十分条件」を捉えるセンサーが、働いていた頃だったな。
 これから「ブレイク」するかどうか・・・なんて、マニュアルがあるわけでもないし、ある種の「カン」に頼るしかないんですよ。

 まえも一度書いたことがあるかも知れけないけど、初聴で「ピン」と来るかどうか。
まあ、「引っかかる」とも言うんだけど・・・。

 この曲を初めて聴いたのは、忘れもしないな。 たしか2003年の11月の終わり頃、アキバにあった石丸電気のCDコーナーですわ。
 たまたまBGMでこの曲が流れてきたんでよね。一聴して、「これはヤバイ」と思ったなぁ。
 おもわず、震えが来たのを覚えてる。いや、いい意味での震えなんですけどね

「引っかかる」どころじゃなかったなぁ。 これはすごい・・・と思ったもの。

兎に角、このヒトの「低音域」の力強さね。とてもこれがデビュー曲だとは思えなかった。

あの震える感じは、宇多田ヒカルの「Automatic」を初めて聴いた時と同じような感覚だったんですよね。

これはなんかが来るぞぉ〜、大きな波が・・・・っていう感覚。

それで、この曲、着メロで配信しよう・・・って、その時点で即決したなぁ。 
ただ、本当にヒットするのかどうか…って言う確信は無かったけどね。
それで、CDリリースと同時の12月17日に「イチオシ」で配信を開始したんだけど、たしかCDリリースと同時に配信を開始したのはウチだけだったと思う。

結果は、してやったり   

あの時期は、大塚愛の「さくらんぼ」とか、河口恭吾の「桜」も同じように、ブレイクと同時に「出し抜いた」りして、本当、自分でもカンがさえてた時期だと思うな。

いや、自分で思ってた以上の反響だったと思う。

第一、この曲が、ここまで「ロングセラー」になるとは、流石に初聴のあの時でさえ思わなかったもの。
これだから、ヒット曲っていうのは分からない。
 逆にいえば、そこがヒット曲の面白いところなんですけどね。最初から結果が分かっていたんじゃつまんないじゃん。
 最近は、最初から結果が分かってる曲が多いけど。。。


いまでも、この曲を聴くと、あの頃を思い出すなぁ。
今は「仕事」として曲のセレクトをしなくなったんで、流石にあの頃のような、「ブレイク」を見抜くカンは、大分無くなっちゃいましたけどね。。。




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ちょこっとLOVE

2000_01_ちょこっとLOVE_プッチモニ






今回の1曲セレクトは、「ちょこっとLOVE」プッチモニです。

 まずはデータです。

・タイトル   ちょこっとLOVE
・アーティスト プッチモニ
・作詞     つんく
・作曲     つんく
・編曲     松原憲
・リリース日  1999年11月25日
・発売元    ゼティマ
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数 112.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1999年12月6日〜2000年1月31日付

 2000年っていう年。世間では「ミレニアム」って騒がれてた年。まだまだITバブルが興っていた年。
 そそそ、15年前の今頃って行ったら、自分のサイトの開設に向けて、シコシコ、サイト作りに励んでいた頃だ。なんせ、動的ページを作れないもんで、すべて静的ページで、ページ数だけでも1500ページはゆうにあったわけなんで・・・。

 そんな自分のサイトも、2月4日で開設、まる15年になるんだな。こう、実際に運営してると早いもんだよなぁ。


 それと、平行してやってたのが、パソコンのAV化ですねぇ。今でこそ500G、1Tが当たり前のHDD事情だけど、10年前は10Gも積んでれば最高級機種だったのよ。当時、ワタシが使用してたのが、IBMのAptivaで、HDDは6.4Gだったかなぁ。
 それでも、音源を取り込んでmp3に圧縮すれば、AV化するには容量的には充分だった。
 問題は、当時の機種のCPU性能でさあ。WAVEファイルをリッピングすることは問題なくできても、mp3にエンコードするには、性能が足りなくてさあ。たしか使ってたエンコードソフトがPentium彊幣紊靴保障してなくてさあ。ワタシが使ってたAptivaは、Athronだったから、試しては落ちーの・・・の繰りかえりだったな・・・。今のPCの性能からすれば、まったく考えられないことだけどね。
 それで、業を煮やして、GatewayのPentium凝觝楜,鮃愼したのが、この年の夏前だ・・。たしか。
 それでCDからmp3を生成するのは簡単にできるようになったわけだけども、その後、「レコード」、「カセット」など外部音源から、いかに、ノイズなしできれいな音でPCに取り込むか・・・なんて、いろいろ試したよなぁ・・・。おかげで、パソコンのAV関係の周辺機器だけで、かなりの額の散財をした年だったような気がする。

 そんなことが、次の年の着メロサイトに関わることに繋がっていくだけども・・・。

・・・・と、まあ、ワタクシ個人の事を長々と書いてもしょうがないんで・・・・。


そんな「ミレニアム」な2000年の幕開けをかざったのが、今日ひっぱってきた、プッチモニの「ちょこっとLOVE」。

 この曲、リリースそれたときは、正直、ふざけんのかよ・・・っていう印象が大だったよなぁ。
 でも、売れちゃったんだよねぇ、しかもミリオンセラーってか・・・。

 個人的に、この曲、認められるようになったのが、年が明けた、ちょうど10年前の今頃だったような気がする。
 フリーになって、「音楽」を聴ける時間が取れるようになって、きちんと聴いてたら、面白いなぁ・・・って思うようになったのかなぁ。
こういう曲があってもいいかもしれない・・・って思うようになれたんだと思うわ。それと、曲のいきおいかなぁ・・。うん、勢いを感じたんだよね。それに尽きるかな。。

 後日、「モーニング娘。」について、改めて言及しようと思うんだけど、少なくとも「LOVEマシーン」からのモーニング娘。関連の曲って、割と面白いんですよ。「曲」として聴けるっていうかね。
 やっぱ、プロデューサーの「つんく」がミュージシャンと言うところは、大きいわな。売れる「音楽」とはなんぞや・・・って言うところをきちんと押さえてある。
 売れる音楽⇒「最大公約数」な音楽って言う事ですよ。最大公約数とは、つまりは「大衆」に受ける曲。
まあ、よく言われるのは「ウレセン」っていう言葉だけど。

  恐らくね、「LOVEマシーン」の前の「ふるさと」って曲までは、正反対の「好きなヒトだけに受ければいい」って感じだったと思うんだよね。その結果、いまいちパッとしなくなってしまった。

 でも、つんくくらいまでのプロデューサーは、とにかく「売れること」が第一だったわけで、その反動が、「大衆」に受ける曲ということで、一連のモー娘。の曲に繋がって行ったんだと思うな。

この曲にしたって、ある種の「やけくそ」みたいなもんじゃん。まあ、それに反して「計算して作られた曲」とか評されたりするけどさ。私には「火事場の馬鹿力」的な、ある種の「ヤケクソ」のように感じるんだよね。

 それがかえって、つんくにはいい方向に作用した・・・っていうか、余計な力みが抜けんんじゃないかなぁ・・。
力みが抜けたことで、柔軟な発想が出来るようになったんだと思う。
 柔軟な発想がなけりゃ、こんな「バカ」みたいな曲は出来ませんよ。

いずれにしろ、つんくにとっては、すべての面で、いい方向に事が運んでいた、「絶頂期」を迎えることだったよな。このミレニアムって言う時期は。




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