かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

騎士道 / 田原俊彦

1984_05_騎士道_田原俊彦


今回の1曲セレクトは、「騎士道」田原俊彦です。

まずはデータですよ〜。

・タイトル     騎士道
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       阿久悠
・作曲       つのだひろ
・編曲       船山基紀
・リリース日    1984年5月23日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   25.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月4日〜7月9日付

えー、平日の1曲セレクトですら。
本当はねぇ、昨日書こうかと思ってたんだけども、ここんところ、持ち帰りの仕事が終わんなくてねぇ、結局、昨日は書けなかったのよね。 ま、そんな事で、平日の月曜日に書いてたりします。

今回引っ張ってきた曲は、初めから決めてたんだよね。

トシちゃんの「騎士道」

トシちゃん・・・なんて懐かしい響きやなぁ、いつ以来なんだろう、トシちゃんの曲を引っ張って来たのは・・・・。
一連のヒット曲の大半は、もう、とっくの昔に書いちゃったからねぇ。

でも、そんなヒットを続けていた最中の84年のこの曲、まだ、書いてなかったとは・・・・。

まあ、理由はいくつかあるんだけどね。

一つは、個人的にヒット時期を間違えて記憶していた事。。。 うーむ、これは厳密に言えば間違えては無かったんだけども、若干ズレてたんだよなぁ、記憶が。
うん、個人的には、この曲、「5月1日リリース」って記憶してたの。だからさ、ヒットは、ゴールデンウイークの頃だよなぁ・・・なんて長年勘違いしてたんだよな。
実際は、リリースは5月23日だったんだよね。 ベストテン入りしたのは6月だ。 

うーん、そうだったかなぁ・・・・。 34年も経つと記憶もあいまいになるわなぁ。

いや、間違いなく84年のゴールデンウイークには、この曲聴いてた記憶がある。 そそそ、文化放送の「全日本歌謡選抜」で聴いてた記憶が鮮明に残ってるだよな。

いつぞやも書いたけど、この番組、新曲紹介がやったらと早くて、リリースの1か月前には、既に、いまでいうヘビーローテーションだったんだよな。そのおかげで、リリース時になるとすでに、聴き飽きて、「もういいよ」・・・って感じだったりもしたんだけども。。。

まあ、そんな影響で、リリース時期を1ヶ月くらい早いものと間違って記憶してたんだよ。

で、この曲を今まで書いて来なかった理由、その2は、書こうと思うと、動画がようつべに落ちてなかったりね。。。
破門になったとはいえ、曲がりなりも元ジャニーズっすからねぇ、意外と動画も落ちてなかったりするんだよね。

ここんところ、今まで書いて来なかったのは、ヒット当時、あまり好きぢゃ無かったから・・・って曲が多いけど、この「騎士道」に関しては、決してそうじゃ無かったんだよね。

むしろ、個人的には気に入ってたな、当時。

トシのこの曲の前が「チャールストンにはまだ早い」っちゅう、文字通りチャールストンをベースにしたダンスチューンだった訳だけども、どっちかというと、ナンパ的な曲だったじゃん
だけどもこの曲は、打って変わって、久々に硬派なトシちゃんだったしな。 

そそそ、トシちゃんを書くたびに言及しているような気がするけど、トシの場合、1曲1曲の曲の変化が大きいんだよね。あんまり同じような曲調が続く事が無い。そこが「まっち先生」とは大きく違うところであり、トシも魅力の一つなのよ。
変化大きいってことは、飽きないって事でもあるしね。

この曲、硬派な曲と言っても、それまでのトシ には無かったような曲調だったしな。 タイトルからも想像できるようにスパニッシュ。 そそそ、「闘牛士」なあのイメージですな。
このイメージには、当初はちょっとビックリだった。 まあ、この曲で初めて阿久悠氏が詞を書いたっていうのも、
ビックリだったけどね。

でも、トシにはあってたような気がするなぁ。 この曲の後86年に、本格的に阿久悠氏とタッグを組むようになるトシだけど、ジュリーとは別な角度でトシを大人に導いたような気がする。

だってさ、この曲には、「ニンジン娘」なイメージはかけらも見えないじゃん。

それと、船山基紀氏のアレンジですねぇ。 まあ、タイトルからスパニッシュなイメージっていうのは、「モロ」っていうところは強いんだけども。

でも、トシには、船山氏のアレンジがいちばんフィットするって感じるんだよなぁ。 トシのもつナイーブさを最も引き出すようなアレンジっていうのかなぁ。
 
トシのアレンジャーブレーンのもう一人、大谷和夫氏とは、違った角度からトシを引きだすっていうのかなぁ。
大谷氏のアレンジからは、よりソフィケートされたトシ、船山氏のアレンジからは、時には少年っぽく、時にはダイナミックにトシをサポートしていた訳なんだよね。

昨日、東京FM「五線譜の解体新書」の船山基記特集で紹介されていた「ハッとして!Good」は別格として、個人的には、81年の「悲しみ2ヤング」が一番好きなんだけどさ。この「騎士道」もいいんだよね。 

この頃の船山氏といえば、どうしても柏原芳恵さんとか、キョンキョンなどのフェアライトを駆使したシンセサウンドの新たな地平的な曲っていうイメージが強いんだけども、それよりもこの曲「騎士道」のようなアナログサウンドもいいのよ。 なんて言ってもダイナミックなストリングスとブラスが織りなす調和。そこから引きだされるトシのナイーブなボーカル。このコントラストが、この曲のキモなんじゃないかなぁ。

正直言って、この曲はそこそこ、売れるんじゃないかなぁ・・・・とは、リリース当初は思いましたよ。
実際のところオリコンでも1位獲れたしね。 でも1位取った後が続かなかったんだよな。 シングルでは初めての売り上げ30万枚割れ。
・・・って書くと、83年の「ラブシュプール」も30万に届いてないじゃんって突っ込まれそうだけども、あれは「30万枚限定」だったしな。
結局のところ、シングルの右肩下がりの売り上げは、この曲でも止まらなかった・・・って訳なんだよな。




むむむむ、動画の直リンがはじかれてしまったわい。。。。 
申し訳ないんですが、動画を見たい方は「この動画はYou Tubeでご覧下さい」をクリックしてくだされ。。。。

ところで、この曲、作曲は「つのだひろ」氏なんだよね。
・・・って、この間から、つのだひろ氏作曲の曲を何曲か書いてきたんだけども、とどのつまりは、この曲に繋げたいがためだったんだよねぇ・・・
そそそ、つのだひろ氏作曲の曲って、なぜか5月、6月頃にヒットした曲が固まってる・・・ってことでさ。 


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ヒットの傾向が変わって来たな〜

さきほど、ワタシメの今週のランキング集計終了。ネットにアップしました。

http://www.kajiyan-net.jp/thisweek2.htm


サイトのTOPページのコメントにもちょこっと書いたんだけども、米津玄師の「Lemon」が4週ぶりにTOPに返り咲き。

しかしねぇ、この曲の粘りのチャートアクションには舌を巻く。5週連続1位の後、4週2位をキープしたかと思ったら、またまた首位に返り咲き、通算6週目の1位獲得と・・・。

ついでに言えば、ここまでのトータルポイントも、今週10万点を突破

上半期での10万点突破は、昨年の星野源「恋」に続いて2年連続。 だけど、この曲は2016年からの続きのヒットだったわけで、年内リリースでの上半期で10万点突破は・・・・・。

うーん、いつ以来なんだろう? 覚えてないな。。。 

家に残る過去のマスターデータを遡ってみたら、2008年上半期での青山テルマfeat.SoulJa「そばねいるね」以来10年ぶりのようだ。

なるほど、覚えていない訳だ。。。。


それにしても、この傾向からも分かるように、ここに来ていわいる「流行歌」の「ヒット」の傾向もだいぶ変わって来たようだ。
実際数字で確認した見た訳ではないんだけども、感覚的にはそんなような傾向感覚があるな。

一つは、上記の米津玄師「Lemon」のように、長期間上位にランクする・・といったロングヒットの復活傾向。
他にも、欅坂46の「ガラスを割れ」。星野源「ドラえもん」、菅田将暉「さよならエレジー」etc etc、ランキング上位にロングランした曲が、上半期は目立ってきたような印象がある。

それに呼応して、週毎のランキングでベストテン初登場の曲が減って来た事。 つい昨年までは、毎週のように6〜7曲程度、曲が入れ替わっていたベストテン内の曲が、最近は3〜5曲程って言うのが゜目立ってきたものね。

ランキングの安定、これもここのところ「総合チャート」に定着がしつつある事が大きいのかなぁ。

・・・であるなら、長年ヒットチャートを見続けている身としては、ウレシイ傾向ではあるんだけど。。

まあ、その辺については、来月末の「上半期チャート」の時に再度レビューしてみたいですが。。。


ROCK IN JAPAN 出演アーティスト第3弾&出演日発表

ROCK IN JAPAN、今回で何回目の参戦なんだろう
・・・っちゅうことで、3年ぶりにROCK IN JAPAN、 8/11〜12の後半戦に参戦決定

今年49のオッサンがようやるわ・・・って感じですが。。。。

http://rijfes.jp/2018/artist


今年は8/11が札幌のRISING SUNと被ってるんで、RISING SUN出演アーティストは8/4〜5の前半に出るんだろうなって言う予想は、ほぼ正解だったようだ。

だけんどユーミンまでが前半に行っちゃったのは予想外。

逆に8/11〜12の後半にSuperflyが来たね。
その他、GLIMSPANKY、ゲス乙女、リトグリ、ついでにモモクロ・・みなさん「後半」いらっしゃ〜い 

ただ、8/11はどうも「アイドルDAY」になりそうな予感だなぁ・・・・(爆)  祝日だから  

出演アーティスト第3弾は特にサプライズは無し。8/5のユーミンは別として、各日「トリ」を務めそうな大物があまり出てない、まだ隠し玉が確実にあるよな。...
今年デビュー20周年の椎名林檎はあると思うんだけどねぇ。あわよくば、デビュー40周年のサザンとか・・・うーむ、これは無いか。。。。

それにしても「04 Limited Sazabys」は8/11 RISING SUNで、8/12 ROCK IN JAPANっちゅう超強行軍スケジュール。若いってのはいいねぇ。もしワレワレ世代がやったら、確実に死にますよね。。。。

時の河を越えて / うしろ髪ひかれ隊

1987_05_時の河を越えて_うしろ髪ひかれ隊


今回の1曲セレクトは、「時の河を越えて」うしろ髪ひかれ隊です。

まずはデータなのら

・タイトル    時の河を越えて
・アーティスト  うしろ髪ひかれ隊
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年5月7日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月18日〜6月1日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ハイスクール!奇面組」オープニングテーマ

先週の西城秀樹氏の死去に伴い、この「1曲セレクト」も、先週末から過去に書いた秀樹氏の曲にアクセスが集中しておりましたが、今日になってようやく落ち着いてきたかなって感じですね。
特に「ブルースカイブルー」(1978年)へのアクセスが凄かったですわ。
うーむ、どこかで記事が引用されたかなぁ。。

テレビのワイドショーでも秀樹氏への追悼が続いているし、本来だったら今回の1曲セレクトも秀樹氏の、まだ書いてない曲を持ってきた方が良いんだろうな。。。

うむ、商売として本気で書いてるなら、ここは「たたみかける」CHANCEってところなんだよな。

でもね、今のワタシ的には好きで書いてるし、ここで秀樹氏の曲を持ってきたら先に進めないなぁ・・という思いもあったんで、敢えて、今回の1曲セレクトは、秀樹氏の曲を回避。


・・・・なんて、もっともらしい理由なんだけど 、実際のところは、過去のチャートを振り返ると、これまで書いてない曲で「今」の時期にヒットしていた曲がないんだよね。

いや、リリース日的には、もうちょっと後で、まだ書いて無い曲があるんだけど・・・。 その曲は、近々、改めて書こうと思います。


・・ということで、その代わり・・・って言うのもなんだけど今回1曲セレクトは、何にすべーな・・と思いつつ、ちょっと前からツバをつけてた曲があるんだよね。 
今回はその曲をひっぱりーの。

「時の河を越えて」 うしろ髪ひかれ隊

日曜日、関東地区でニッポン放送の「土田晃之 日曜のへそ」を聴いてる方には、まあ、未だにお馴染みですわな。 そそそ、この番組の「なつかしいと叫びたい」コーナーのオープニングで流れてる、「あの曲」ですわな。

うーーーむ、この曲、まだ書いてなかったんだな。 とーっくの昔に書いたような気がしてたんだが。。。。

ここんところ「男性」アーティストの曲が続いていたし、久々に女性アイドルもいいでしょ ってことでいろいろと物色してて、たまたま気がついたんだよな。

この頃の曲・・・特におニャン子を初め、アイドル関係の曲ってヒット期間が軒並み短かったんだよ。リリースしてもあっという間にチャートから消えてたし。 そそそ、ヒットといっても今と同じく初動だけって言うチャートアクション。
だから、「あの頃」のヒット期間で書いてるここでは、「ピンポイント」でこれまで引っ張ってこれなかったっていうのが大きいだろうな。今まで書いてなかったのは。


さて「うしろ髪ひかれ隊」。言わずと知れた「おニャン子」からの派生グループですわな。そのファーストシングル。

そそそ、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子 というモロ、ワタシと同世代の3人グループ。

まあ、同世代とはいうものの生稲さんが、ワタシより一つ年上で、工藤さん、斉藤さんが共に一つ下・・・と、ワタシと「同級生」は居ないんだけど。。。。


今まで書いてなかったのは・・・・、もうさ、この頃・・・1987年6月・・・ともなると、おニャン子も「末期」だったしな。
夕ニャンも、視聴率的に末期症状であと3カ月で終わり・・・という頃だったし、正直、完全、おニャン子関係にに興味が薄れてた・・・っちゅうのが大きいかなぁ。

 ヒット曲のトレンドとして、80年代型アイドル全盛もピークを過ぎた頃、それ代わってロック勢に勢いが付き始めて来ていた頃。当時17才っていういっちゃん「多感」な時期だったし、それいえにそんなヒットトレンドの空気の動きも微妙に感づいてきていたんだろうね。 正直アイドルそのものに食傷気味だったんだよな、この頃。

そもそも、当時、一番目を通してた「オリコンウイークリー」自体が、単なるアイドル雑誌に成り下がってたからなぁ。そこからして食傷だったんだよね。 それでも、買うのやめなかったのは、やっぱ根っからのチャート小僧だったからなんだろうな。

だからね、当時も、殆ど聴いてなかったんだよねぇ、この曲。
モチのロン、曲自体は知ってましたよ。まだ、あの頃は興味が薄い曲でもベストテンに入ってる曲ぐらいはチェックしてたからさあ。




たしかにね、今曲を聴くと、それまでのおニャン子派生グループとはちょこっと毛色が違うかな? っていう匂いはするんだよね。
少なくとも、曲に「おちゃらけ」は入っていないし、真面目に曲に向き合っている。その辺は評価できるところではある。
曲調的にも、少し大人っぽさを感じるしね。 うーん、でもさ、そこは工藤さんのソロデビューっていうのをそろそろ見据えていたのかもしれないけど。

でも、この時点では、まだそんな事は見えてなかったし、そもそも工藤さんが本格的なアーティスト的な志向でソロデビューするってのも分かってなかったからさ。 この曲を聴く限りでは、それまでのおニャン子とはちょっと毛色が違う曲だな・・・・としか思ってなかったと思うな。

まあ、この曲から「新しさ」は感じないけどね。 サウンド的にもメロディライン的にも。 マイナーちょうのメロディラインは80年代後半・・・というよりは70年代後半的のB級アイドルっぽいそれだしさ。
そそそ、もろアナクロなんだよね。そう言う意味で保守的な曲だなぁ・・・とも思えたような気がするな、当時。


ちなみに、生稲晃子さん、タイプだったあ、顔がさぁ 

・・・なんて書いたら、なんでぇ結局は好きだったんじゃん・・・なんて思われますかね。。。。。



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このまま君だけを奪い去りたい / DEEN

1993_05_このまま君だけを奪い去りたい_DEEN

今回の1曲セレクトは、「このまま君だけを奪い去りたい」DEENです。

まずはデータなのだ。

・タイトル    このまま君だけを奪い去りたい
・アーティスト  DEEN
・作詞      上杉昇
・作曲      織田哲郎
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1993年3月10日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  129.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1993年4月5日〜6月14日付
・タイアップ:NTTドコモ「ポケットベル」CM曲

えー、久々に「土日」以外、平日に書いてる1曲セレクトどぇす。
本当は、仕事で疲れてるし、また週末に書こうかなぁ・・・なんて思ったりしてたんだけども、なんか、落ち着かなくてPCに向かってたりします。
実は、昨日書こうと思ってたんだよね。今回の曲。

DEEN「このまま君だけを奪い去りたい」

いや、昨日、いつものごとく会社から「持ち帰り」の仕事を、東京FMでやってた「DEEN」特集を聴きながらやってた訳よ。
まあ、当然のごとく、この「このまま君だけを奪い去りたい」が流れたんだけどさ、ふと、「この曲書いたよなぁ」・・ってのが浮かんできて、おもむろに過去のアーカイブスを調べたら・・・

むむむむ、まだ、書いてないではないか

流石にねぇ、「ミリオンセラー」の曲を書いてないのは、マズイよね・・・って訳でさ、書こうと思ったんだけども、昨日は「持ち帰り」の仕事が終わんなくてねぇ・・・。今書いてる訳なんですわ。

本当は、別に書こうと思ってた曲があったんだけど、こっちの方が先かなぁ・・・なんても思った訳で。。。


この曲、DEENのデビュー曲なんだよな。デビュー曲にしていきなり130万枚近くのミリオンセラー。

うーん、これも当時の「ビーイング」ブームの恩恵の賜物って奴なんだろうなぁ。

そそそ、作家陣を見れば、一目瞭然な訳なんだけども、当時はビーイング系だったのよねDEENって。

93年の今頃、ビーイング系がもっとも勢いがあった頃だ。

そして、ワタシはと言うと、ビーイング系に最も「飽き飽き」としていた頃だ。  うむ、いつもながら「天邪鬼」なワタシだ。

たってさあ、ヒットチャート聴いてると、あれもこれもビーイン系一色でさあ・・・。 1位は週替わりでとっかえひっかえビーイング系だったし、流石に飽きるってもんですよ。

まあ、後年のエイベックス系、いや、最近のAKBグループを思っていただければいいか、当時を知らない方は。

プロデューサーの時代。

90年代を称してそんな風に言われるけどさ。 90年代後半は、小室やつんく♂がそうだったじゃん。 それに先立って、90年代前半はビーイング系だったわけだ。そそそ中心人物は総帥の長戸大幸氏。

あざとい売り方ではあったけどさ、曲はキャッチーだったんだよな、ビーイング系のどのアーティストも。
当時一大ブームだった「カラオケ」で歌える事っていうのが大前提にあったからねぇ。
ビーイング系の曲は、カラオケ受けが良かったからなぁ。

だから・・という訳でもないんだけども、前年の92年頃までは、個人的にもキライじゃ無かったんだよねビーイング系も。。。

でも濃い牛乳を毎日飲むと飽きる・・・っていうのと同じように毎週毎週、キャッチーで「濃ーい」サウンドの曲を聴いてるとさ、飽きる訳さ。

そそそ、ビーイング系の曲って一様に「濃い」サウンドだったからなぁ。

まあ、 当時ティーンエイジャーであれば、そんな「濃い」味付けの曲を、いくら聴いても「胃もたれ」しなかったんだろうけどさ、なんせ、当時既に23才にもなってたからさあ、 濃い味付けのモノを食べ過ぎると胃もたれをするようになってきていた訳さ。

そんな最中のDEENのデビュー曲ということもあって、正直言うと、ヒットの真っただ中の頃は、この曲、あんまり触手が伸びなかったんだよな。 今まで1曲セレクトで書いてなかったのは、そんな記憶が残っているからなんだろうなぁ。

もちろん、当時、全く聴いてなかった訳ではなく、例えばbay fmの「パワーカウントダウン」からエアチェックした音源を「たしなみ」程度は聴いてたんだけどね。 でもCDは手元に置いてなかったな、当時は。

だけんども、結構なロングヒットだったんだよね、この曲は。
リリースはこの年1993年の3月だったんだけども、最初はそれほどのヒットじゃ無かったんだよ。 
ドコモのCMで浸透してからじゃ無かったかなぁ。 そそそ「ポケベル」のCM。

うーむ、時代を感じますねぇ「ポケベル」よ。 いまや知ってる人しか知らない・・ようなアイテムだけど。。。
考えてみれば、あれから「四半世紀」だもんね。

・・・おっと話が脱線した。 ま、そんな訳で、この曲については、下位からジワリとランクアップするようなチャートアクション、いわいる「丘型」のチャートアクションを見せた訳だ。
ヒットのピークは、 リリースから2カ月が過ぎようとしていた、5月、ゴールデンウイークの頃だったもんね。 そそ、ちょうど25年前の今頃ですわ。
まあ、ロングヒットの典型といいましょうか、デビュー曲ならではのチャートアクションとも言えるんだけどさ。

そんなロングヒットが功を奏したと言いますかね、デビュー曲にしてDEEN最大のヒットとなった訳なんだよね。

余談だけども、この曲を皮切りにビーイングってやたらと長げぇ曲タイトルばっかになったんだよな。
まあ今にすれば、あれも一つの時代だったのかもしれないけどさ。



↑で書いたようにヒット当時、積極的にこの曲に触手が伸びなかったのは、ボーカルの池森氏への嫉妬心って言うのもあったのかもなぁ。
うん、同じ昭和44年生まれって言うのがあってさ。 このヒトの歌の「巧さ」に妬いてたっ中かねぇ。まあ、青かったのよ、当時のワタシは。

今聴くと、やっぱ良い曲なんだよな、この曲。


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帰らない / 清水健太郎

1977_05_帰らない_清水健太郎


今回の1曲セレクトは、「帰らない」清水健太郎です。

まずはデータです。

・タイトル    帰らない
・アーティスト 清水健太郎
・作詞      つのだひろ
・作曲      つのだひろ
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1977年4月1日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 54.9万枚
・THE HITCAHRT HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1977年4月18日〜6月13日付

またまた1週間ぶり1曲セレクトですわ。
先週、つのだ☆ひろ氏の「メリージェーン」を書いたんだけども、つのだ☆ひろ氏が提供した楽曲でヒットした曲って、なぜか、「今頃」のヒットが多いんだよね。 うーん、季節感・・・という訳でもないんだけど。。。

でもさ、やっぱ気になるんで、今回はそんな「つのだ☆ひろ」氏が提供し、大ヒットしたこの曲を持って来ましたわ。

清水健太郎「帰らない」。

デビュー曲でいきなりオリコン1位なんていう、超大ヒットとなった、前曲「失恋レストラン」に続くデビュー第2弾のこの曲ですわな。
 「失恋レストラン」が、ああいう形でオリコン5週連続1位、63万枚の大ヒットとなった・・ってことで、前曲に引き続いて、つのだ☆ひろ氏が作詞作曲というわけでさ。

まあ、前作の「続編」ってやつですな。完全に。

兎も角、正直言って「失恋レストラン」に「クリソツ」(そっくり)なんですわ。 イントロ、メロディライン、曲の雰囲気、サウンド。 ややもすれば、どっちがどっち? って感じなんだよね。 うん、BGMとして、流して聴いてたら分かんなくなっちゃっりして。。。

今ならば、リリース時に、これじゃ売れねーよなー・・・なんて思っちゃったりもするんだけど、そこは41年前ですからねぇ。今とは状況が違う。

そんなにそっくりな曲でも、売れちゃったんですねぇ。「失恋レストラン」に続いて、オリコン1位、54万枚も売れたって言うんだから・・・。 うーん、時代が違うといっても、個人的にはちょっと理解しがたい・・・って言う気分になっちゃったりして。。。

いや、かといって、当時の傾向から言えば、この曲に限った事ではないんだよね。 1曲売れると、同じような曲を続けてリリースする・・・ってことはよくあったんだよ、当時は。

よくあった・・というよりかは、当時の業界内の常識だったんだよね、それが。

桑田佳祐氏の「ロックの子」によるとサザンのデビュー曲「勝手にシンドバッド」がああいう形で大ヒットして、「第3弾」シングルまでは、「シンドバッド路線」で行くってことが決まってたらしい。それが当時の常識だったってカミングアウトしてるもんね。
まあ第2弾の「気分次第で責めないで」は、「シンドバッド」路線で出したけど、第3弾は当時の業界常識をやぶり「いとしのエリー」を出した訳なんだけども。

一つ売れれば、次も同じ路線で行っても売れる・・・っていうのが業界内の常識だったって言う訳ですわ。

まあ、それはこの曲を見ても、あながち間違ってない・・って言うのを証明しているようなもんなんだけどさ。
同じような曲が2曲続いても、オリコン1位、50万枚以上の連続大ヒットに繋がった訳なんで。。。

当時、オリコンで2曲連続1位、しかもデビュー曲から2曲連続で50万枚なんて、少なくともアイドル路線じゃ居なかったしね。 これはスゴい事だったんだよね。 

ただし、似たような曲が続くってことは、長い目で見れば、飽きられるのは早いっていうのは、当時から変わらない訳でさ。

実際、この曲までって感じだったもんなぁ、シミケンも。 ま、確かにこの次の「遠慮するなよ」ってシングルもオリコンで最高3位でベスト3入りしたものの、売り上げは20万枚と急降下。以後はベストテン入り出来なかった程で。。。。

トップアイドルって言う座も、デビューから1年足らずの短い間だったわけなんだよねぇ。

今から思えば「人気」の動きの傾向ってそう言うもんだ・・・って当時から分かっていたはずなのに、なんで1発あてると、それを続けるかねぇ・・・なんても思うんだけどさ・・・。

やっぱ、楽に柳の下の2匹目の「どじょう」を狙った方が良い・・・なんていう人間心理なんだろうねぇ。

この曲を聴くと、いつもそんな事を思っちゃったりするワタシだったりしてね。



・・・とはいうものの、個人的には、デビュー曲の「失恋レストラン」よりかは、こっちの「帰らない」の方が、まだしっくり来るんだよな。
それは、今となってはこの「帰らない」の方が、手垢が少ないからなんだろうな。

例えば、未だに昭和の「懐メロ」番組って続いてるけど、シミケンの場合「失恋レストラン」ばっかだもんな流れるの。 この「帰らない」が流れる事なんで、まず、100%ない訳で。。
まあ、恐らくはこの曲のVTRが今ではほとんど残ってないんだろうけど。うん、「失恋レストラン」はレコ大、歌謡大賞などの音楽祭でも歌ってたんで、VTRはかなり残ってるけどさ。

そんなわけで、同じオリコン1位獲得曲というのに、今となっては完全に「死角」に入っちゃってる曲だもんなぁ、この曲は。 まあ、逆に言えばそれだけ「手垢」が少ないって訳で、その分未だに「新鮮味」が残ってたりするんだろうな。


でさ、個人的に「歌謡曲」っていうと、この手の曲って言うイメージなんだよねぇ。 そそ、いまからすると安っぽくてザラついた手触りの野太いサウンドって奴かなぁ。とても洗練されたって言う感じの音楽ではない訳なんだけどさ。

当時、小学2年だったワタシは、まだヒット曲の世界に足を踏み入れてなかった訳んだけど、この辺りの曲となると、うっすらと当時も耳に詩してた記憶が残ってるんだよね。 まだ能動的には聴いてなかったけど、受動的に耳に入っていた記憶ってやつかなぁ。
まあ、だからリアルタイムで耳にしてた記憶がある記憶は、この辺からって感じなんだよなぁ。その分「歌謡曲の起源」になっちゃってるんだろうな。



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ジェットコースター・ロマンス / KinKi Kids

1998_05_ジェットコースター・ロマンス_Kinki Kids


今回の1曲セレクトは、「ジェットコースター・ロマンス」KinKi Kidsです。

まずはデータです。

・タイトル    ジェットコースター・ロマンス
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      松本隆
・作曲      山下達郎
・編曲      船山基紀
・リリース日   1998年4月22日
・発売元     ジャニーズエンタテインメント
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1998年5月4日〜6月1日付
・タイアップ:ANA沖縄キャンペーンCM曲

前回の1曲セレクトはちょこっと時代を遡った曲だったんで、今回は逆に時代を下ってみますか。

KinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」なんぞ、どうでしょうね。

1998年の今頃の大ヒットっちゅう訳だけど、98年なんてーのは最近だもんね、ワタシの中では。 いや、今まで書いてきた1曲セレクトの中でも、かなり「最近」の部類に入ると思う。

でも、それでも気が付いてみれば、もう20年も経ってるんだよな。 以前も書いたけど98年っちゅうたら、既にインターネット使って、自分のランキングを作ったりして、ほとんど今と変わらないような事をやっていた訳でさ。

そう言う意味でも、ワタシの中では全然、「昔」って言う感覚は無いんだけどさ。

まあ、まだ、自分のサイトは開いてなかったし、仕事も大学から新卒で入った会社に居たりしたし、そう言う意味では、(ワタシ自身の)周辺環境では時間が経ったなぁ・・・っていう感覚でもあるんだけどさ。

なによりも音楽、ヒット曲への向きあい方は、今とは違いましたねぇ、この頃は。

以前も書いたけど、当時は音楽とは全然接点のない会社だったし、仕事だったからさあ、音楽との向き合い方も、普通の一般の方と変わらなかった訳よ。

年も27才だったのかなぁ、この頃。 まあ、既に20代も後半だったし、やっぱアイドルを正面から聴くって言うと歳でもなかったからさ。 

だから、このKinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」なんてのも、正面から聴く事は無かった。
まあ、「Mステ」は当時も見てたからさ。KinKiがMステに出演した時、聴いてたくらいだったのかなぁ。
あとは、会社の営業車の中で移動の時にラジオで流れてきた時くらいだったのかなぁ。

それでもね、全く無視していた訳じゃない。「理性」としてアイドル聴く年でもないよなぁ・・・と思いながらも、やっぱ、気になったりしてね

いやKinKi Kidsってヒトたちの曲は、キライじゃ無かったんだよ、当時。 むしろ、本当だったらちゃんと聴きたかったんだよね。

このヒトたちの曲って、ヒット曲らしい曲だったしさ。簡単に言えばキャッチー、分かり易い。変な仕掛けがないんだよね。
それでいて音楽志向の人が聴いても受け入れられるっちゅうかさ。

まあ、それはジャニーズの中でも音楽志向が強い2人だったからこそだったのかもしれんけど、KinKi Kidsって。逆に言えば、だからこそ、この曲の作曲である山下達郎氏であったり、この曲の次の「全部だきしめて」の吉田拓郎氏であったり、モノホンのミュージシャンが、このヒトたちの周辺に付いてきたんだろうしさ。

うん、ここまで大物のミュージシャンが周辺に付いてるジャニーズって他には無かったからねぇ。

ビジュアルというよりも「音楽」として聴けたんだよね、このヒトたちの曲って。 

正直言うと、この曲も好きだったんだよ、個人的には。

 この如何にも初夏的な温度感と疾走感。如何にも「達郎」っぽかったしなぁ。

KinKi Kidsと山下達郎っちゅうと、どうしてもデビュー曲の「硝子の少年」なんだけども、この曲は、あくまで仮想「筒美京平」としての曲なんでさ、達郎氏って言う匂いは薄い印象だった。 個人的にも筒美京平氏って思ったしさ初めは。

いや、ジャニーズの場合、たのきん・・・、いや、それ以前にもジャニーズ時代の郷ひろみ氏って頃から、筒美京平って言う看板があった。 あのSMAPにもごく初期にシングルを書いてたしね。

だから、山下達郎氏が筒美京平氏を意識するのも分かる。 

でも、この曲に関して言えば、そう言った「しがらみ」を一切断ち切ったような達郎ワールド的な曲を持ってきたって言うのが、むしろ良かったんだよな。

うん、この手の疾走感、爽快感がある初夏向けの曲っていうのは、筒美氏の曲ではそうそうなかったしね。達郎節ならではなんだよね。 そこが良かったと思う。

ただ、それでもデビュー曲から2作連続で続けたミリオンセラーは、この曲では突破できず。 

うーん、そこは個人的にはちょっと「誤算」だったかなぁ。 この曲こそ、ミリオン行っても全然おかしくない・・・っておもったんだけどなぁ。





この曲、今まで書いてなかった理由が、なんとなく分かったわ。この曲、動画が落ちてないんだよね。
なんで、本当はもっと早く書くつもりだったんだけども、いままで書いて来なかったんだ。
今も、目ぼしい動画落ちてないもんなぁ。
唯一落ちてたのが、コレ。
音も画像も悪いけどさ、まあ、どうぞ・・・ってことで。。


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メリー・ジェーン / つのだ☆ひろ

1972_05_メリー・ジェーン_つのだひろ


今回の1曲セレクトは、「メリー・ジェーン」つのだ☆ひろです。

まずはデータです。

・タイトル      メリー・ジェーン
・アーティスト名  つのだ☆ひろ
・作詞        Christpher Lyn
・作曲        つのだひろ
・編曲        成毛シゲル、葵まさひこ
・リリース日     1972年2月25日
・発売元       フィリップス
・オリコン最高位  93位
・売上げ枚数    0.7万枚

えー、今回の1曲セレクトは、マクラ無しでのっけから本題に行きましょうか。
・・・というのも、今回の曲、書いてるワタシも「謎」な部分が多い曲でして・・・。

その曲は、つのだ☆ひろ「メリー・ジェーン」。

うむ、70年代ディスコをご存じの方には、定番中の定番ですね。 そそそ、ディスコの「チークタイム」の曲としての超定番曲ですな。

っつうか、チークタイムっていうのも説明がいるのかしらん  

ディスコ、まあ、今で言うクラブですな・・・は、言うまでも無くアップチューンがメインな訳だけど、1時間に1〜2回、間を挟んでスウィートなバラードになるんですな。 まあ、その時は男女が、文字通り「頬と頬」を寄せ合って踊る・・ってわけで、「チークタイム」。

この、「メリー・ジェーン」は、そんなチークタイムで流れる曲としては超定番だったわけですわ。 まあ、当時、「サタデーナイトフィーバー」ってた、イカしたBOYS&GIRLSで知らないヒトはモグリじゃね? ってくらいの曲ですわ。(っつか死語のオンパレードですな

BUT、なんで、そんな超有名曲() が謎だらけなのか。

っちゅうと。

まずね、この曲のリリースについてなんですねぇ。

wikipediaを見ると、最初のリリースは1971年6月。 当時つのだ氏が所属していたバンド、ストロベリーパスのアルバム「大鳥が地球にやってきた日」に収録されていた「Mary Jane On My Mind」であり、その直後、タイトルを「メリー・ジェーン」に変更後、つのだ☆ひろ名義でシングルリリースとなっている。

まあ、その時は全くヒットもしなかったんでしょうな。オリコンを見ると、その時は100位にもランクインしていない。

でも、その後、数小節、曲を編集し直して1972年に再リリース・・とある。

オリコンチャートブックを見ると、レコード品番から、この再リリース盤が、チャートイン対象となっているものと思われるけど、オリコンでのリリース日と、wikipediaでのリリース日にずれがあるんだよな。

オリコンでは、上のデータに書いたように、1972年2月25日となっているけど、wikipediaでは、1972年7月とある。

ハテ? どっちが正しいんだろ?

当時、ワタシャ3歳だった訳で、どっちが正しいのかなんて分からんし、46年も前の事なんでさあ、どっちが正しいかなんて、今さら・・・な事なんだけど、どうも、気になっちゃったりしてね。


それよか、↑のデータでの、売り上げ枚数だよなぁ。
ディスコのチークタイムの定番、当時のディスコを知ってるヒトなら知らない人なんていないんじゃない? なんて書いた手前、売り上げ「0.7万枚」なんて嘘だろ って感じなんだけど・・・。

BUT BUT、オリコンチャートで、100位内にランクインした時の売り上げは0.7万枚だった・・・ってことですね。
大体においで、こんな、誰でも知ってるような曲の最高位が93位なんてねぇ・・・・、ウソだろ? って感じなんですけど。。。

まあ、だからシングルリリースされたころのこの曲は、それだけ超マイナーな曲だったってわけですわ。

ちなみにネットで調べると、この曲がディスコのチークタイムに使われるようになったのは1974年頃から・・ということで、シングルリリースから2年は経っていたことになる。

もちろん、以後、散発的に知名度が広がって行ったものの、集中的なヒットにはならず、オリコンで100位内に入る事は無かったんで、未だに、売り上げは0.7万枚で止まっている。

ただ、それ以後も現在までもジワリジワリとは売れているってことで、wikipediaでは公称で200万枚ということになっているが・・・。 まあ、かなり眉唾物・・・って感じはするけど・・・。 でも、リリース元のフィリップス、その後、何回も再リリースされてきたし、レコード会社再編で、その後ユニバーサルに吸収されたりして、今までにどの位売れたかは、正確には分からないとのこと。。。

でもまあ、いわいるオリコン発表と、実売数にこれだけギャップがある曲も珍しいんじゃないですかねぇ。 それだけ長期間ジワリジワリと売れ続けて来ている曲であるって事なんだけどさ。

まあ、これだけ長く売れていると、ヒット時期って決めるのも難しいわけで、ここ見たいにヒット時期に合わせて書くってことも、いつ書いていいか分からなくなるってもんよ。
一応、オリコンで表示されている、リリースが1972年2月って方に則って、恐らく今頃がヒットのピークであったろう・・と仮定して、今回引っ張って来たんだけどさ。




しかしさ、You Tubeって凄いよね。 スペースバンド時代のつのだ☆ひろ氏の「メリー・ジェーン」
一体。だれがこんなVTRもってたんだって感じなんですけど・・・。
恐らく1974年くらい・・・だから44年前くらいのVTRなんですけど・・・。
VTRに写ってるテレビカメラが「TVK」ってなってるから、伝説の音楽番組の「ヤング・インパルス」ですかね。
ギター:芳野藤丸、ベース:四方義朗に、キーボードは今井裕って布陣。

通常レコード音源で聴ける初代の「メリー・ジェーン」は、ギター:成毛滋、ベース:江藤勲にコーラス、伊集加代子。それに比べると、この面々だけによりプログレっぽい匂いがする「メリー・ジェーン」ですな。 初代の音源はもっとジャズってるもんね。

あ、つのだ☆ひろ氏って出身、福島の塙町だったんだ 今知った。 ワタシと同じ福島県人だったのかぁ。
それなら、1974年に郡山の開成山球場で行われた「ワンステップ・フェスティバル」に呼ばれて当然か・・・
・・・っつか時代的に必然だったんだろうけど。。。


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元気なブロークン・ハート / C-C-B

1986_05_元気なブロークンハート_C-C-B


今回の1曲セレクトは、「元気なブロークン・ハート」C-C-Bです。

まずはデータなのら。

・タイトル    元気なブロークン・ハート
・アーティスト  C-C-B 
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大谷和夫、C-C-B
・リリース日   1986年4月9日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 17.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1986年4月21日〜5月26日付

えー、ここのところのいつものごとく・・・。久っさしぶりーの、1曲セレクトどぇす。。
まあ、ここ10年ばかし毎年の事なんだけども4月は「生業」の繁忙期でもあり、いつものごとく忙しっちゃ、忙しかった訳なんだけどもね。ゴールデンウイーク直前にも、「予期せぬ」程の仕事量が舞い込んで来まして、ゴールデンウイーク前半は、3日間とも家で「持ちかえり」の仕事をこなす・・・という。。。

うん、全部、古巣の某D社が悪い・・・。 なぞと、他人のせいにしたりする。。。やつあたり

 ゴールデンウイーク後半は仕事なし。 と言っても、本当は仕事残ってるんだけども4連休の間は会社の・・というか某Jさんのデータベースが止まってるんで仕事が出来ず・・・ってところの「仕事なし」なんだけどさ。

まあ、そんな訳で、ひっさびさに「1曲セレクト」を書いてたりしまする。

さてさて、久々に書く今回も「80年代」の曲を持って来たい・・・。とは思っていたものの、いつものごとくなかなか曲が浮かばない。
 いや、ホント、もうね80年代のヒット曲って、書いてない曲、あんまり残ってないのよ。・・・といつものごとく昔のオリコン引っ張りだして、あーでもないこーでもない、とやっていたら、ありましたわ、まだ書いてない曲が・・・。

しかもベストテンヒットやないの

C-C-B 「元気なブロークン・ハート」。

C-C-Bかぁ、かなり久々に書くような気がするけど、この曲はねぇ、うーむ、正直、忘れてました。。 
とは言わないものの、当時、あんまり引っかからなかったのよね。なので、ずっと自分の中でも「死角」の中にあった・・って感じなんだよな。

件の「Romanticかとまらない」で大ブレイクから、前曲の「空想KISS」までは、当時レコード買ってたんだけどさ、この曲から買わなかったんだよ。 それ以後ずーーっと、約30年、この曲の音源が手元になかったっていうのも死角に入った一因ではあるんだけどさ。

なぜ、当時、このシングルから買わなくなってたんだろう

まあ、簡単に言えば上で書いたように引っかからなかったんだけど。。。どうもね、新鮮味を感じなかったって言うのもあるんだろうな。

当時C-C-Bって、チェッカーズの2番煎じだの、所詮はアイドルバンドだのって言う見方をされていたところもあるけど、個人的には好きだった。

確かに元々コーラスグループであった割りにはコーラスは上手くなかったし、演奏力よりも、あの強烈な変色ヘアーっていうビジュアルで売っていたところも強かったしな。

それでも、テクノ寄りのバンドとしては、キャッチーだし、なによりめっちゃ分かりやすい曲調だったからねぇ。
そんな点になぜか新鮮味を感じてたところもある。

でもねぇこの曲はねぇ、前曲の「空想KISS」まで感じていた、そんな新鮮味が感じられなかったんだよな。
それは、ビジュアルとして↑の「ジャケ写」でも分かるように、突飛押しも無いようなあのカラーヘアをやめ、全員「黒髪」に戻したってところもそんな要因の一つではあった。

うん、なんかさ、カラーヘアから黒髪に戻したら、まったく普通のジミーな「あんちゃん」集団になっちゃったって感じだったし。。。

でもまあ、それ以前にこの曲の曲調ですねぇ。
リュウ氏のドラムがシモンズ(あの「ビシバシ」ってる電子ドラム)から、通常のドラムセットに変わったってところからも分かるように、テクノ歌謡から、普通のロックベースの歌謡ポップス風に変わったってところがねぇ、どうも個人的にはいただけなかったんだよなぁ。

 あの頃はさ、アイドル全盛期ではあったけど、一方ではバンド系でいえばいわいるニューウエーブ系の台頭もあったわけでさ、間がいなりにも時代は先へ進んでいるような印象は強かった。

そこに来て、時代を逆行したようなこの曲だったんでね、一層新鮮味を感じなかったんだろうな。

いつもは、どこかしらに「ココ」って言うポイントがある筒美氏のメロディラインも、どうも垢抜けない。
この曲を聴いてて浮かんでくる絵ヅラっていうのが、筒美氏自らアレンジも行っていた70年代の〜っていう感じなんだよね。86年当時から見てもアナクロなのよ。

それまでC-C-Bに新しい風を吹き込んできていた筒美氏も、この曲以後は、どこか試行錯誤的なところに陥っちゃったかなぁ、なんて感じちゃったりするんだよな、C-C-Bに対しては。

その辺はもっと端的に感じる別なシングル曲があるんで、またいずれ書こうと思うけど。。。


でもさ、その辺の曲想・・というか空気の変化っていうのは、聴いてるコチラも敏感に感じるもんなんだろうねぇ。

それまでC-C-Bのシングルってランク上位に比較的留まる傾向にあったんだけど、この曲から、いわいる「初動」型に変わっていくんだよね。
つまりさ固定ファンしかレコード買わなくなってくる傾向。 その分売り上げ枚数も減って来る。 前曲「空想KISS」の25.6万枚に対して、この曲では17.3万枚と20万枚割れ。以後20万枚を超えるヒットって出なかったんだよね。

ま、この頃からCDへの移行が顕著になってきてアナログシングルは売れなくなってきている傾向が強くなっては来ていたけどさ。それを差し引いても、それまでのシングルのように、いわいる浮動票は巻き込まなくなって来ていたことは確かなんだよね。

今考えると、ここがこのヒトたちの「人気」の分岐点だった事は間違いないんだけど、併せてグループとしての方向性もちょっと見失ってくるような分岐点だったのかもしれないな。
そう言う意味では、この曲がこのヒトたちにとっての「終わりの始まり」だったのかもなぁ。



ぷぷぷぷぷ・・・ようつべで直リンがブロックされてる。。。。。
動画見たい方は、お手数だけど、直接ようつべに飛んで見てね。


・・・黒髪で、ぶち眼鏡をかけたベースの渡辺英樹氏とドラムのリュウ氏が瓜二つやん。 
初め、この動画のサムネイルを見た時は、リュウかと思ったもの。

しかし、そんな英樹氏も、若くして鬼籍に入られてしまいました。 その後「クスリ」で捕まったキーボードの田口氏を草葉の陰からどう思ったんでしょうねぇ。

このヒトたちも永遠にオリジナルメンバーでの再結成が出来ない、80年代の超人気グループとなってしまいましたね。その辺も「チェッカーズ」と同じなんだよな。数奇の運命とでもいいましょうか。


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憧れのスレンダー・ガール / シャネルズ

1982_04_憧れのスレンダーガール_シャネルズ


今回の1曲セレクトは、「憧れのスレンダー・ガール」シャネルズです。

まずはデータから

・タイトル     憧れのスレンダー・ガール
・アーティスト   シャネルズ
・作詞       田代マサシ
・作曲       鈴木雅之
・編曲       シャネルズ 村松邦男
・リリース日    1982年3月21日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   11.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

あー、サンデーシンドローム。 日曜日の夜はユウウツだよなぁ。
昔は「サザエさん」が始まると、この「日曜日のユウウツ」が始まったもんだけど、「サザエさん」を見なくなった今、大河ドラマが終わるころには、ユウウツになるのよね。
「また、明日から会社か〜」と。。。
考えてみれば、幼稚園に入園して以来、約45年間。ずーーーーっと、この「日曜日のユウウツ」には悩まされてきた訳で。。 あ、大学の時は別だったけど・・・。
これからも定年まではずっと、これに悩まされるんだろうなぁ・・・。

 まあ、これも小学生の頃まではそれほど大したユウウツではなかったけど、中学校に上がるころからか・・・なんかユウウツが大きくなったような気がするな。

いや、振り返ってみれば、中学校に上がったころが、一番、サンデーシンドロームがはっきりしていたような気がする。

やっぱさ、前の年、小学6年の時って、一番上級生ってことで「王様」だったわけじゃん、ある意味。 それが、中学に上がる事で、一番「下っ端」になるってことがねぇ。 しかも中学生に上がると、より「タテ社会」になるわけじゃん。先輩は絶対だったし。。。。 
そんな環境の変化は「ユウウツ」を増大させたんだよな。

 しかも、この時期、うちのオヤジの仕事がうまく行かなくなってきて、家じゅうがギクシャクしてきてたんだよな。そんなことで、千葉に引っ越すの引っ越さないの・・・って言う話が出始めたのが、中学校に上がったばかりの頃だったと思う。

1982年4月。 今から36年前ですわ。

今回の1曲セレクトは、そんな環境の変化で「ユウウツ」が増大していた1982年の今頃のヒット。

シャネルズ「憧れのスレンダー・ガール」なぞ一つ。

いやいや、80年代特に81、82、83年あたりの主要なヒット曲なんぞ、もうほとんど書きつくしたぞい。もう書ける曲がないわい・・・。

なんて思って、当時のオリコンをひっくり返してたら、あったんですねぇ・・・。それが、今回引っ張ってきた「憧れのスレンダー・ガール」。

まあ、今まで書いてなかったって事は・・・。 そうなんですねぇ、当時は、それほど引っかからなかった曲って訳なんですわな・・・。

それまで、湯川れい子、井上大輔による、もろ、ドゥアップ路線で来ていたシャネルズが、始めてメンバーによる作詞、作曲でリリースした曲。 それがこの曲だったんだよね。

そんな事もあってか、それまでの50年代〜60年代前半を彷彿とさせるようなもろドゥアップという、言ってみればある種の泥臭さっていうのが、この曲ではなりを潜めたっていうのかなぁ。よりポップな路線に移行したんだよね。

よく言えば、新たな挑戦・・・って言うところなんだろうけど、個人的には、この路線が、上手く嵌まっているようには思えなかった。

いや、やっぱ、それまでのドゥアップって言う印象が、あまりにも今日連れ立った訳で、いきなりポップな路線で来られても馴染めなかったっていうのが、正解だったのかなぁ。

なんかね、82年って言う時代に染まっていなかったようなというか、カラーではなかったような・・・って言う印象があったんですよ、この曲には。

個人的な当時のヒット曲って、もっとドス黒いようなイメージがあってね。 いや、これはきっと忌野清志郎、坂本龍一の「いけないルージュマジック」の印象があまりにも強かったんだと思うんだけど。 うん、個人的に当時の「いけないルージュマジック」って、どす黒いイメージがあってね、「あー不快だ」って思いながらも、なんか当時、頭の中を支配していたカラーに近かったんだよな。

でもこの「憧れのスレンダー・ガール」ってポップなメジャー系で、より健全な感じがしたんだよなぁ。 その違いが、この曲の方に違和感を感じたんだよね。

だからと言って、この曲、当時あんまり聴いてなかった訳じゃないんですよ。 この頃、既にラジオのランキング番組は聴き始めていたし。 そそそ、TBSラジオの平日の夜毎日放送していた、「ザ・ヒットパレード〜毎日がベストテン〜」の、特に月曜日の「ニューミュージックベストテン」では、毎週のように流れてたしさ。

それでも、時代のカラーには染まらなかった・・・というか、あんまり引っかからなかったんだよね。個人的には。



オリジナルのシャネルズではなく、後年の「ゴスペラッツ」での動画しかなかったんで、これでメンゴ。
でも、リードボーカルのマーチン、バスの佐藤氏、 トランペットの桑まんは、そのままなんで、オリジナルと全く遜色ないしね。

 上で書いたように82年当時は、時代のカラーに合わなかったって書いたけど、今になって聴けば、もろ82年っていう時代を彷彿させるような曲・・に感じるなぁ。
メロディラインとにしても、コード進行にしても、あの時代だよね・・・っていう印象がねぇ。
やっぱり、環境、立場、時代の違いによって、同じ曲でも全然違うように聴こえるからなぁ。だから、音楽って言うのは不思議というか、奥深いというか・・・切り離せないもんなんだよね。

それにしても、この曲、桑マンのペットは頑張ってるかよなぁ。 それまでのシャネルズの曲って、この曲ほどペットのフレーズって多くなかったしさ。

そうそう、たしか、この曲を聴いて中学では、吹奏楽でペットやりたいと思ったんだったっけ・・・。
結局はトロンボーンに回されちゃったけど。。。



ちなみに、個人的には、「スレンダー」な女の子はちょっとね。。。。。やっぱね女の子は、少しぽっちゃりした子に限りますっ 
もっとも、この曲がヒットしたころは「スレンダー」って意味も知らなかったんだけど。。。。





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