かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

DJ in My Life / シブがき隊

1985_04_DJ in My Life_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「DJ in My Life」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    DJ in My Life
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      JOEY CARBONE
・作曲      JOEY CARBONE
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      後藤次利
・リリース日   1985年4月3日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月22日〜5月27日付
・タイアップ:映画「バローギャングB.C」主題歌

自分が思ってたヒット時期と、実際のヒット時期がずれて覚えている事ってあるんだよなぁ。
こんな事、最近随分多くなってきたような気がする。 昔はこんなこと無かったんだけどなぁ。 地頭は偉そうに言えるほど良かないけど、記憶力だけは自信あったんだよな、昔は。。。。
ジジイだね、ワタシも。

今回の1曲セレクトは、そんなヒット時期を間違えて記憶していた曲をひとつ。

シブがき隊「DJ in My Life」

この曲さあ、85年にリリースされたって事は覚えているんだけども、リリースは2月だとばっか思ってたのね。
だからさ、2月にこの「1曲セレクト」で書こう・・と思って用意してたんだけど・・・。
実際書き初めて、リリース日調べたら4月だったのよ。。。

あれ〜 そうだったけなぁ・・・。 85年の春と言ったら、中学校を卒業し、高校に入学した頃だ。
なんで、だいぶ環境が変わった訳でさ、それに引っかけて当時のヒット曲も覚えているからさ、間違い様がない・・・筈だったんだけどね。。。。

たしか、この曲を初めて聴いたのは、まだ高校受験が終わりきって無かった頃・・・・だったような。。。

う〜ん・・・・。 やっぱしあれから32年経つと記憶も曖昧になっちゃうんですかねぇ。。。

そうか、ヒットしてたのは、高校に入学してからだったか。。。。

それにしては、この曲を聴くと、まだ、寒かったよな・・・っていう印象を強く受けるんだよな。。。
そそそ、昔のヒット曲って、聴くと、当時の匂いがしてくるじゃん。それと温度感とかさあ。 それからすると、まだコートを着てたような温度感を感じるんですよ、この曲からは。


・・・・いや、まてよ。。。。

思い出した。。。    

そうだ、この曲、85年のゴールデンウイークに会津と裏磐梯へうちの家族と、オヤジの会社の同僚家族とドライブ旅行に行ったときに、頻繁にラジオから流れてたんだ。。。

・・・とすると、やっぱり、今の時期のヒットだったんだよな。。。

まあ、考えてみりゃ、この曲の前の曲「男意ッ気」のリリースが1月だったんだよな。 うん、これはよく覚えてる。
明星の付録の歌本「Young Song」の85年2月号の新曲に出てたのをはっきり覚えてるんで。。。

だとしたら、当時新曲リリースは3ヵ月ローテーションだったから、次の新曲は4月になるはずだからさ、計算が合う訳よ。


あー、前置きが長くなった。。。

この曲、シブがきには珍しく、カバー曲だったんだよね。 もともとは、向こうの「アニー」っていう女の子が歌った曲でさ。 あの頃ホンダのCMに使われてたんだよな。

・・・・とネット上に書いてあることをそのままコピペしたりしてさ。。。

・・・っつか、完全に忘れてるワタシが居たりして。。。 CM曲ねぇ・・・そうだったっけ。。。 そうだったような気もする。。   

曲を聴いてみた

↓ コレ


あー、そうそう、あったよね、コレ。。。

でもさ、 個人的には、この曲というと、シブがきなんだよなぁ、完全に。

ま、確かに、それまでのシブがきのような、イロモノに近いヘンチクリンな曲ではなく、至極まともな曲だった・・・っていう印象は強い。
 そういう影響なのか、暫く売り上げが減少傾向で、流石に人気のピークは過ぎたよな・・・なんて思われたシブがきだったけど、この曲では、久しぶりに売り上げが伸びたんだよね。

とは言っても、前曲より数万枚程度だったけど・・・。

で、シブがきのこの曲と言ったら、映画「バローギャングB.C」の主題歌だったってことだよな。
そそそ、シブがきの3人が主演の。。。

なんて言ってもねワタシャ見てないけど・・・。 確か、ヒロイン役として、このすぐ後にレコードデビューした、松本典子さんと網浜直子さんが出てたんだよな・・・ってくらいしか知らないんだけどねぇ。

シブがきの先輩格だった、たのきんは、例の「たのきん映画」を既に止めていたのに、シブがきはまだ続けていたんだな・・・っつうことで印象に残ってたんだよな。

まあ、それだけって言えばそれだけなんだけど。。。

ところでさ、映画タイトルの「バローギャングB.C」の「B.C」って一体何なのか・・・。当時は全然分かんなかったんだよな。「紀元前」のことか・・・とか
今、調べてみたら、ボニー&クライドのことらしいわね。「俺たちに明日は無い」の。。。

なんじゃいそりゃ・・・って言う感じもするけど、そんな感じだったんだよね、30数年前の日本映画のレベルって。。。





うーん、オリジナルの「アニー」バージョンと並列で並べると、やっぱシブがきバージョンの方は、ダッタダサだよねぇ。
今だったら、かなりオリジナルと変わらないくらいのクオリティになるけどさ、カバー曲も。 
例えば、今のディズニー映画の「モアナと伝説の海」だっけ  それの主題歌「どこまでも〜How Far I'll Go」なんてさ、オリジナルもカバーも両者遜色がないじゃん。

でもさ、32年前はと言うと、向こうと、日本と・・じゃ、まだまだ大きな隔たりがあったんだよな、音楽のクオリティって言う面でさ。

それでも、個人的にはダッサダサの方が好きだったんだけどね。



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LOVE SONG / CHAGE&ASKA

1992_04_LOVE SONG_CHAGE&ASKA


今回の1曲セレクトは、「LOVE SONG」CHAGE&ASKAです。

まずはデータです。

・タイトル     LOVE SONG
・アーティスト   CHAGE&ASKA
・作詞       飛鳥涼
・作曲       飛鳥涼
・編曲       飛鳥涼 十川知司
・リリース日    1992年3月25日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   49.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1992年4月13日〜6月1日付
・タイアップ:JAL「'92沖縄キャンペーンソング」

さてさて、本日2曲の1曲セレクトですわ。
ここんところ、週末のみ書いている訳なんだけどね。書こうと思っている曲が完全に枯渇している訳ではなく、ちょびちょび浮かんでは来ているんだけど、平日は疲れちゃってねぇ。。。。
家帰ってきて即バタンキューに状態が続いてるんで、こうして週末まとめて書いてたりします。

産みの苦しみ・・・とまで大げさなもんじゃないけど、1日2曲書くのも結構キツイんだけどね。2曲目になると頭冴えないし、眠くなってきてるし。。。
やっぱ、年取って来て、眠くなるのが早くなってきてますねぇ〜 今回も、半分眠い頭で書いてたりします。。。


・・・というわけで、本日2曲目の「1曲セレクト」はこれ。

CHAGE&ASKA 「LOVE SONG」

この曲、以前書いたと思ってたんだけどねぇ。 過去のアーカイブを検索してみたら、どうもなさそうなので。。。
まあ、チャゲアスの曲自体、それほど書いてないんだよな。

チャゲアスは、「SUPER BEST」、「機廚癲岫供廚盪ってるし、だから印象に薄いアーティストでは決してないんだけど、どうも、曲をレビュるのが難しいんだよな。 特に、キャニオンに移籍してロック色が強くなった以降はさ。
「SAY YES」などの超ド級ヒットも多いんだけど、なかなか筆が進みづらい・・・と。 曲自体の印象は薄くないんだけど、レビューを書く上で「ココ」っていうポイント、フックの部分がなかなか見つからないって言うのが原因なんだろうな。

今回は、そこを押して引っ張ってきたんだけども。

「LOVE SONG」

チャゲアスファンならば、常識な事ではあるけど、この曲は、当初はデビュー10周年アルバム「PRIDE」に収録され、1989年にリリースされた訳なんだよね。
 同時にシングルカットもされたんだけども、その時はオリコン最高20位、売上げ3.2万枚とそれほどのヒットになっていない。 まあ、アルバムからのシングルカットでしたからね、大ヒットしなくても不思議ではなかった訳だけど。

ま、これ書いてる当の私も、89年当時は知りませんでしたから。。。。

だから、個人的には、この曲言えば、再リリースされた92年盤での「LOVE SONG」と言う事になる。

今の時期、この曲を書いてる・・・っていうのも、その影響が強いんだよな。 うん、当初の89年盤はリリースが6月でしたからね、今の時期のヒットではなかったんだよね。

92年リリース盤は、3月25日リリースで、丁度今頃、ゴールデンウイークの頃がヒットのピークだったんだよね。
オリコンでも1位を獲得。ただ、売り上げ枚数が50万枚っていうのはどうなんだろ?
前年の「SAY YES」の280万枚は別格として、前曲の「僕はこの瞳で嘘をつく」の80万枚をも下回ってたりするんで、個人的にはそれほど、「売れたな」っていう印象は少ないんだけどさ。

まあ、前年からの勢いって言うのもあったし、なによりも当時は時代の寵児的なアーティストでしたからね、オリコン1位獲得ってのは当然な動きではあったけど。。


ところで、ネット上探してみると、結構いろいろなブログで書かれてるけど、この曲というと、Aメロの部分の歌詞の内容だろうなぁ。

♪ 聴いたふうな流行りに紛れて 僕の歌が痩せ続けている
  安い玩具みたいで君に悪い
  酷いもんさ 生き様ぶった 半オンスの拳が受けてる 〜 ♪

って部分。

ま、この曲が最初にリリースされた89年当時のヒット曲界のことを、リアルタイムで知ってる方には、「ははん」って言う内容なんだけどさ。

うん、これは、当時のヒット曲界を「皮肉った」内容・・・っていうのが通説なんだよね。

この曲が「当初」リリースされた89年当時の音楽界といえば、言うまでもなく空前の「バンドブーム」。
いわいる「イカ天」から火がついたバンドブームですわな。 でもねぇ空前なバンドブームということで、青田刈りも酷いもんでさ。
「え? こんなんでもデビュー出来るの?」っていう言っちゃ悪いけど、かなりレベルが低い、「イモ」なバンドでもCDリリース出来たし、しかも、そこそこ売れたって言う状況があったんだよね。

それを皮肉った歌詞がこの部分というわけだ。

「半オンスの拳」 ⇒ 中途半端なレベルが低い曲  

「受けてる」 ⇒ヒットしている

こんな状況の中、 自分の歌も同じように中途半端な状況下にある・・・ そう言った事を「激白」した内容であると思うんだよな。

まあ、こういう皮肉りな歌詞をかけるのも、 それまでの自分たちが築いてきたキャリアがあったからこそ・・と言うのもあったんだろうし、 当時のバンドブームの当事者たちの音楽に対する姿勢っていうのも中途半端に映ったんだろうね。

果たして人生をかけて音楽をやってるのか、はたまた一時のトレンドとして音楽をやっているのか。

恐らく、後者に映ったんだろうな。

それまでのアーティスト・・・70年代、80年代からアーティストとして第一線で活躍してこられてきたヒトたちって、人生をかけて音楽をやってきている訳ですよ。

でも、89年当時のバンドブームの人たちって、そこまで人生をかけて音楽やってるように映らなかったんだよな。それは、あくまで第三者と見ていたワタシにも感じた。
ダメならやめればいいじゃん・・・って言う一時のトレンドとして音楽をやっているような・・・。 ファッションとしての音楽だよね。
そこにカチンに来たんじゃないのか・・・ってことですね。

自分たちは人生をかけて音楽をやって来たんだっていう自負、まさに「PRIDE」なんですよね。
そそそ、この曲が最初に収録されたアルバムタイトルですわ。

だからさ、この曲「LOVE SONG」っていう、如何にも恋愛ソングのようなタイトルがついてるけど、実際的には恋愛ソングではなく、逆に他のアーティスト・・・まあ、当時のバンドブーム当事者たちだけど・・・に対しての「宣戦布告」とまでは行かなくても挑戦的な曲なんだよね。半分喧嘩を売っているようなさ。
「なんか文句あっか」と言わんばかりの。。

ま、実際的にストレートにそんな事正面切って言えないからさ、曲はその内容とは対照的に、かなり平和的なメロディラインになったんだろうけどね。いかにも「恋愛ソング」って言うオブラードに包んだようなさ。




個人的には、今と言う時代にこそ、この曲を推したい気分なんだよなぁ。
だってさあ、今のヒット曲って、ほとんどが、この曲風に言えば「半オンスの拳」のような曲ばっかだもん。

まあ、残念ながら、ASKA氏が「こういう事」になって、大々的に表に出すことも憚れるんで、なかなか言いにくいんだけどさ。。。

だからね、今、この曲のように、今の音楽に対して「NO」を突き付けるような曲が出てきたら、恐らくもろ手を上げて賛成するんじやないかな、ワタシなんかはさ。

もちろん、その曲自体、完成度が高い曲であればの話だけど。。。



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抱いてくれたらいいのに / 工藤静香

1988_03_抱いてくれたらいいのに_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「抱いてくれたらいいのに」工藤静香です。

まずはデータです。

・タイトル     抱いてくれたらいいのに
・アーティスト   工藤静香
・作詞       松井五郎
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1988年3月2日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  18.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月21日〜4月4日 4月18日付

ゴールデンウイーク突入 ですね。 5/1、5/2と休みを取れば9連休・・・となんともはや羨ましい休みの方も多いのかなぁ。
私はと言えば・・・カレンダー通りですっ。だからねぇ、今日からゴールデンウイーク突入なんて気分ではまだないなぁ。 とりあえず今日明日は、「普通」の週末です。。。。。

・・・つうことで行きますかね。


食わず嫌いなのね。 

・・・とまたまた「主語無し」でいきなり言ってしまいましたが。。。  うん、ヒット曲に対してですね。
最近はの曲に対しては、ほとんどそう言う感じだね。もうね、曲聴く前に生理的に「あ、いいや」と思ってしまっている自分が居たりして。。。

でもね、それは今に始まった事ではなく、80年代後半からそう言う気があった。 今回はそんな「食わず嫌い」をしていた曲をひとつ。

工藤静香「抱いてくれたらいいのに」。

この曲ねぇ、 今となっては手元に音源を持ってるけどヒット当時は、ほとんど聴いた記憶が無い。

リリースは88年3月。その後4月の今頃までチャートの上位に居た曲ですわ。

ま、確かに当時、「浪人」が決まったと言う事もありヒット曲どころではなかったところもある。。。けど、それ以前に、この曲に触手が伸びなかったんだよな、刺らなかった。

なんで何だろうねぇ、 本来、この曲のようなゴスペル風3連ミディアムバラードって「好物」な筈なんだけどねぇ。。。

恐らくは、この曲のリリース時点では、まだ工藤静香っていうヒトを「歌い手=アーティスト」として認めていなかったんだろうと思う。

とどのつまり、バックに、まだ「おニャン子」っていう匂いを感じていたっていうかね。。。。よく音をはずす、「ウタヘタ」なアイドルじゃん・・・っていう頭があったんで、端からあまり気にしてなかったんだよね、当時は。
アイドルが「3連バラード」かい? って感じで、そんなに売れねーだろうな。。。なんて思ってた。

But 、これが外れましたねぇ。。。

この曲、オリコンで初登場3位で、これが最高位と、後年のトップアーティスト時代に比べると、それほど爆発的に売れた訳ではない。 オリコン最高3位って言う順位は前曲「Again」と同じだし。

ただね、地味ながらも、前曲より長い期間上位に留まった・・・という点では確実に、アーティストパワーが伸びていたんだよね。それは予想つかなかったんだよな。


でもね、後年きちんと聴いてみると、この曲、ちゃんと歌えてるんだよね。 当時17才という年齢を考えるとさ、ここまで歌えば・・・なんても思える。 みょーに大人びたというか、セクスゥイーというか。。。

例えばさ、デビュー曲の「禁断のテレパシー」にしても、2曲目の「Again」にしても大人びた印象はあった。
ただ、それはどこか「作られた」大人っぽさっていう印象だったんだよな。 アイドルによくありがちな。

それらに比べるとこの曲は自然なんですよ。 作られたと言うのではなく自然な大人っぽさ。 そこかねぇ変わったんだよな。。。

確かに3連バラードには、そんな大人っぽさを演出する不思議な力があったりもする。 一種の「媚薬」ですよね。そのせいなのかもしれない。

まあ、日本人の多くが好きだからなぁ、3連バラードって。 そそそ50年代のロカビリーの時代から。
なんて言うのかなぁ、日本人の生理に嵌まるんだよね。 日本語のもつリズム感に生理的にフィットするのかもしれない。

なら、みんなやればいいじゃない・・・とも思えるけど、やっぱり、3連バラードが似合うアーティスト、似合わないアーティストが居るからなぁ。コドモっぽ過ぎるアーティストには似合わないよねやっぱ。

いずれにしても、この曲が地味ながらもジワリと売れたおかげで、それまでいわいる「浮動票」であったファンも取り込んだ感じで、この後、一気にブレイクすることになる。
後の「トップアーティスト・工藤静香」のひとつのフックとなる1曲だったんだろうなぁ。 


そしても当のワタシも・・・・アイドルとして・というよりアーティスト・工藤静香っていうヒトを認めざるを得なくなった・・・というか、素直に認めることになるんだけどね、この後。



動画・・・音が小さいです。 なので、ボリューム高めで聴いてくだされ。

それにしても、前曲「Again」から短期間で、よくここまで「歌える」ヒトになりましたよね。これにはさすがにびっくりだよな。
まあ、厳密に言えば、まだまだ音程がフラットしてる部分があったり荒削りではあるけど、ソロデビュー当時の、毎回ドカーンと声をはずしてた時と比べるとね。。。。

これだから、女はコワイ・・・  まあ、このヒトだけじゃないですけどね。
あの山口百恵さんだって、「横須賀ストーリー」で大人びる前までは、それほど歌唱力は感じなかったですから。。。

いずれにしても、この後、92年の「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」、「声を聴かせて」と、ゴスペル風3連ミディアムバラードは、工藤さんの得意分野の一つとなりましたけどね。


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あの鐘をならすのはあなた / 和田アキ子

1972_04_あの鐘をならすのはあなた_和田アキ子


今回の1曲セレクトは、「あの鐘をならすのはあなた」和田アキ子です。

まずはデータでする。

・タイトル    あの鐘をならすのはあなた
・アーティスト  和田アキ子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1972年3月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 53位
・売上げ枚数 4.1万枚

最近は「ヒット」という概念が完全に変わってしまいましたね。
ヒット=CDが売れる事がすべてであり、大衆的にどの程度認知されているのか、支持されているのかっていうのは、ほとんど考慮されなくなってしまいました。
リリース直後にCDさえ売れれば「正義」、売れなかったから「敗北」っていうイメージになってしまっているじゃないですか。

まあ、確かに「商業音楽」と言う世界、「商売」な訳ですからCDが「売れる」ことは道義上最も大切な事ではあるでしょうね。

でもねぇ、エンターテインメントって言う世界、それですべを括っていいものなんだろうか・・・っていうと、そうじゃないよね・・・っていうのは、「売れた曲」好きなワタシにもあるんだよね。

そもそも、ヒット曲と売れた曲っていうのは、完全同義語じゃない事は、ヒット曲の世界に入った頃から分かっていたんでね。
いや、すぐにではなかった。 昔は、レコードが売れるってことが、その曲をより広く知られる大衆的な曲ってことであり、そういう意味でレコード売り上げとヒットは、ほぼ正の相関があったんだよね。 いわいるヒットチャートのチャートアクションも、今とは比べ物にならないくらい緩やかな動きを見せており、その間により多く「大衆」に広がりを見せたために起こり得た現象なわけだ。

でもね、売れた曲全てがそうだったのかというと、そうではない。 それほど爆発的な売れ方をしなかった曲でも、大衆的に認知された曲は昔はいくらでもあった。

その違いに気がついたのは、やっぱ「ベストテン」と「オリコン」のランキングに差があることに気がついてからだろうな。 つまりは、オリコンではそれほど上の順位に行かなかった曲でも、ベストテンでは結構高順位に行く曲があるって事。 それは週間順位ではなく、年間単位になるとさらに顕著になる事って事が分かってからなんだよね。

つまりさ、世の中、週間単位として爆発的に売れなくても、大衆的になれる曲はあるんだってことですね。


今回は、それが顕著に分かる曲をひとつ。

和田アキ子「あの鐘をならすのはあなた」。

この曲、和田アキ子さんの曲のなかでは、大抵の方が知ってらっしゃる曲だよね。

通常の感覚からみれば、それじゃさぞかし売れたんだろう・・・と思われがちなんだけどもね。 でもね実際は、業界的に俗に言う「左ページ」にも入ってないんだよね。

つまりは、オリコンで50位にも入っていない。 最高位53位、売り上げ枚数4.1万枚。

全く売れなかった訳ではないけど、ヒット規模で言えば、スマッシュヒットにも値しない、かなり小規模なヒットだったって事。

それでも、今では和田アキ子さんの代名詞的な曲になっているんだから。

それは、後年、例の「アッコにおまかせ」とか「レコード大賞30周年記念」で、これでもかって言うくらい流された、72年の「レコード大賞」最優秀歌唱賞をこの曲で受賞した時の、号泣シーン、いわいる「和田ゴンの雄たけび」と、「黒い涙」のシーンという、めちゃくちゃ強いインパクトシーンが、話題になったって事も大きかったんでしょう。

でもさ、それだけで、今でも認識されるような代名詞的な曲になるかというと、そんなに世の中甘くは無いと思うんだよね。

結局はさ、この曲自体のインパクトなんですよ。

個人的に72年というと、まだ3歳だからさ、この曲、リアルタイムでは聴いてない(と思う)し、当時、どういう扱いをされていて、大衆的にどの位の支持をされていたのかっていうのは、分からない。

だから、あくまで推測になるんだけど、おそらく、ほとんどの方は「後付」でこの曲を知ったんじゃないのかなぁ。
つまりさ、例の「インパクト」なあるシーンの後に流れる、この曲にビビビッ・・と初めて知った・・・と。

まあ、そうじゃなきゃ、72年当時、小ヒットって終わってしまった・・・って事も無かったろうしね。

ただ、言えることは、ヒット曲としての売れ方って、一つじゃないんだよね。 リリースした当時は売れなくても、後年になってから、改めて売れる曲もある。

売れる売れない・・・っていうのは、時代時代で変わって行くもの。そそそ、時代とどう折り合いがあるのかって言うのも大事な要素の一つなんですよ。
 リリースした当時は時代との折り合いがつかず売れなかった曲でも、後年、時代の空気が変わると突然売れる曲もあるって事。

だからねぇ、リリースした曲は1曲1曲大事にすべきだと思うんだよね。 最近の曲ってさあ、リリースされるまでは大量にプロモーションを打つけど、リリースされた瞬間に「はい、さよなら」っていう曲が多いでしょ。まるで使い捨てのように。 それじゃ曲が可哀想ですよ。もっと1曲1曲を大事にせにゃ。 その時は売れなくても、後年、どうなるか分かんないんだから。

ちなみに、和田アキ子さんの曲って、不思議なもんで、それほど売り上げ枚数が高くない曲で「有名」な曲が多い。
この「あの鐘をならすのはあなた」と同じように代表曲といわれる、「笑って許して」にしても「古い日記」にしても、「どしゃぶりの雨の中で」にしても、いずれもオリコンでベストテン入りしてない。

じや、オリコンでベストテン入りしてる曲って1曲もないの? っていうとさにあらず。
71年6月の「天使になれない」は最高8位。、同じく71年12月の「夜明けの夢」では最高10位まで行ってる。
でも、どちらも今となってはほとんど聴かれない曲だったりしてさ。



この曲で特出すべきところは、やっぱ、スケール感だよね。 よくモノの本に「天文学的スケール感」があるなんて書かれたりするけど、まさにそんなイメージだよね。

確かに、歌謡曲全盛の当時、結構大げさなイメージのデカイ曲もあった。例えば、尾崎紀世彦氏の一連の大ヒット曲とかさ、いかにもショービス的なスケールがデカイ曲があったりたじゃん。

でも、この曲、それと比べてもスケールのでかさは飛びぬけるもんなぁ。 

なんて言うのかな、空間認識的な広さっていうのかなぁ。 出だしの ♪ あなたにあえて〜 ♪ はメゾピアノで、比較的、狭い空気感であるのが、 ♪ つまづいて〜 ♪のBメロでは、やや力が入ったメゾフォルテ、 それから、♪街はいま〜 ♪っていうサビで力強いフォルテに移行する。

そして、最後の最後 ♪ あの鐘を鳴らすのはあなた〜 ♪っていうクライマックスでフォルテシモに持って行く。
間口の広い空間を感じるんだよね。 その間口っていうのが通常の曲の幅ではなく、とてつもなくデカイ空間に感じるんですわ。

そんな間口がでかい曲に、全く負けていない和田アキ子さんは流石な訳だし、このヒトじゃなきゃ、この曲のこのスケール感は伝わってこないわな。


それと印象的なのは、この曲のベースラインですねぇ。 そそそ、単純にコードの「根音」を追っていくベースラインではなく、ウネウネウネとまるで蛇がのたうち回っているように目まぐるしく動きまわるベースライン。
これですよ、この曲の真骨頂は。

というか、当時の歌謡曲には、こういうベースラインの曲ってあるんだよね。 それが70年代歌謡曲の大きな特徴でもあるんだけどさ。

当時のスタジオミュージシャンって「ジャズ」バンド上がりの方が多かった訳でさ。だからベースにしても、コードのルート音を単にペンペン弾くのではなく、ジャズのアドリブよろしく、勝手にアドリブをかけちゃうヒトも多かった訳よ。

この曲にしたって、こんなうねうね動き回るベースライン、きっちりと指定音符で譜面に書いてある訳が無いからさ、ほとんどアドリブだと思う訳よ。 でも、そこに「味」を感じる訳よ。曲を程良く締まらせているし。

いや、これも70年代歌謡曲を聴く上での楽しみの一つでもあるんだよね。 80年代になるとジャズ系出身のスタジオミュージシャンも少なくなって、この手のアドリブを利かせたベースラインの曲って少なくなるからさ。


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Stay by my side / 倉木麻衣

2000_04_Stay by my side_倉木麻衣


今回の1曲セレクトは、「Stay by my side」倉木麻衣です。

まずはデータでする。

・タイトル    Stay by my side
・アーティスト  倉木麻衣
・作詞      倉木麻衣
・作曲      大野愛果
・編曲      Cybersound
・リリース日   2000年3月15日
・発売元     GIZA studio
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 92.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2000年3月27日〜5月18日付

ワタシ、飽きっぽい性格なのね。 ・・・・と、いつもながら「主語」無しにトートツに始めてしまいましたが。。
まあ、それが個人的な欠点の一つっちゃ、そうなんだけどさ。

ただ、好きなことは「コイシツ」になるところところもある。 ま、好きなことって言うと、「ヒット曲」についてもその一つなんだけどさ。

ヒット曲に関しては、一つの事を40年も追っかけてるしなぁ。 飽きっぽい性格なワタシとしては、ここまでコイシツに追っかけていることは、他にないしね。

逆に、興味が無い・・っちゃ、語弊があるかもしれないけど好きじゃない事には、めちゃちゃタンパクなんだよなぁ。

仕事もその一つで、これまで結構、いろいろな会社「彷徨」ってきたしさ。転職が多いと経歴が汚れるとか、よく言うけど、、そう言う意味じゃ、個人的にもかなり経歴は「汚い」方だと思いますね。
仕事的には7年が一つの壁になってたりするな、これまでを振り返ると。 まあ、ヒトの出入りが激しいエンタメ系IT業界と言うところから見ると、一つの会社に7年っていうのは、業界的には結構長い方だとは思うんだけど。。。

う〜ん、それは昔の話なのかなぁ・・・。昔は確実に一つの会社の在籍年数もっと短かったと思うけどね、IT業界ってところは。毎週のようにヒトの出入りがあったもの。昨日までいたヒトがいつの間にか居なくなってたり、逆に、毎週のよう新しいヒトが居たり・・・。月曜になると「あのヒトだれ?」って事が多かったんだよな。

・・・ととと、無駄話はこの位にして、今回の1曲セレクトは、個人的に新卒で入った会社を辞めた頃()にヒットしてた曲をひとつ。


倉木麻衣 「Stay by my side 」

この曲は、倉木のデビュー曲「Love Day After Tomorrow」に続く、デビュー第2弾として2000年3月にリリース。
17年前の今頃、ヒットのピークをほ迎えていた曲だ。

以前「Love Day After Tomorrow」の時にも書いたかもしれないけど、「Love Day〜」って胡散臭かったのよ、最初は。 だって、一聴、どう聴いたって当時の宇多田のパクリみたいだったじゃん。曲調といい、倉木自身の経歴といい。
確か最初は向こう(アメリカ)で既にデビューし、向こうからの「逆輸入」のような形で日本デビュー・・・って事だったよね、確か。
ま、当時、「ホントかよ」ってところは強かった訳だけど。

っつか、実際mai-k名義で向こうでデビューしてたんだけども。。。 ただ、それはあくまで日本デビューのため試金石、いわいる「ハクヅケ」のためであってさ。。。その辺のやり方は、ビーイングらしいと言えばそうなんだけどね。
しかも本人はテレビを初め、マスコミの前にはほとんど出なかったし。

倉木麻衣って本当にいるのか? って事にもなっていたような気がする。 そそそ、架空のアーティストじゃないか・・・ってこと。

でも、それが逆に「神話」になっていたところもあると思う。

そんなことを受けての第2弾シングル。

個人的には、良かったと思う、この曲。 

少し前にも書いたけど、2000年のこの当時、既に自分のサイトをオープンさせ、そこに「BBS」(掲示板)も付けてたからさ。 いまでいうブログの前身だよね。個人的には今のSNSのように使ってたから、かなり頻繁に新しい記事を書いてたな当時は。

で、その中に、この「1曲セレクト」のようなことも書いてたんだよね、既に。 当時は「新曲」レビューの方がほとんどだったけど。そそそ今の「キニナル曲」ってトピックスで書いてる内容だよね。

で、当時も、今回の「Stay by my side」を、一度「レビュー」ったような気がするんだけども、その時も「好意的」なことを書いたような気がする。。。

まず、一つが、「等身大」になったよね・・・ってこと。「Love Day 〜」は、上で書いたように完全に「仮面」を被ったような状態だったじゃん。
でも、この「Stay by my side」では、そんな仮面を取りはらった・・・そんなような印象があったからなぁ。

当時、17才だったでしょ、倉木って。 やっぱ17才・・・って感じなんだよな、この曲。 ちょっと舌足らずで少し幼さが残る・・っていうイメージがあったし。全体的にソフトで、少しテンポを押さえた曲調からは「春」っさぽさも感じたし。

いや、「Love Day〜」が背伸びしてたんだよな、曲調的に。まあ、あくまでデビュー戦略で、ああいう形にせざるをなかったって言うところが強かったんだろうけど。
だから、本当の意味で、今に通じる倉木の始まりっていうのは、もしかしたら、この曲からだったのかもしれないな。

なにより、程良い「歌謡曲」感がこの曲にはあった。 99年代終盤、従来の歌謡曲的な曲が減り、より洋楽にコミットした曲が多くなっていた。 ま、それは小室の影響が強かった訳だけど。
でも、小室の影響が少なくなった2000年って言う年は、従来の「歌謡曲」的な曲が再度目立ってきた時期。

そんな「歌謡曲」回帰な雰囲気が、この曲にもあった。 そこに引っかかったんだろうな個人的にも。





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I can't stop my love for you ♥/ 愛内里菜

2002_04_I can't stop my love for you_愛内里菜


今回の1曲セレクトは、「I can't stop my love for you ♥」愛内里菜です。

まずはデータでっす。

・タイトル    I can't stop my love for you ♥
・アーティスト  愛内里菜
・作詞      愛内里菜
・作曲      川島だりあ
・編曲      尾城九龍
・リリース日   2002年4月10日
・発売元     GIZA studio
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 10.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:2002年4月25日〜5月2日付
・タイアップ:日本テレビ系アニメ「名探偵コナン」オープニングテーマ

只今、4半期に一度の「繁忙期」でして。。。 毎度のことだけど、この繁忙期になると胃が痛くなるんだよね。
そんな中、昨日今日と、ぽっかり穴が空いたような「一息」日って感じで、割と落ち着いていたんで、久しぶりに平日に「1曲セレクト」を書いてたりします。

でもまあ、「忙しい」っ中のは、IT業界・・・っつうか、エンタメ系IT業界に入ってこの方、「毎度〜」の事なんでね。
逆に言えば、毎日必ず「家に帰れる」だけ、昔よりは全然マシってところかなぁ。

昔、この業界に入りたての頃、そそそいまは「ncnc動画」の成功で超有名になっちまった「D社」の子会社Cで、着メロサイトをやってた頃は、めちゃくちゃ大変だったもんなぁ。

最低週1回は徹夜が当たり前。週2〜3回徹夜のこともザラだったもんね。特に新しいサービス、サイトを立ち上げる時は戦争だったもんよ。 4日連続で徹夜とか。。。  あんときはね本気で死ぬかと思ったもん。
4日ぶりに「解放」された帰りの京葉線で吊革につかまったまま「失神」してたから

今でいえば完全にブラックって言われてもおかしく無かったですよ。 まあ、それに比べたらね。

そんな状態でも「ブラック」と言わずに働いていたのは、やっぱ、より好きなことをやってたからなんだろうな。
コンテンツをリリースするまでは辛いけど、リリースしてユーザーの受けがいいと辛さも一気に吹き飛ぶんですよね。 その快感を味わってしまうとねぇ〜。

そんな訳で、徹夜続きでも、不思議と精神的な辛さはあんまり感じなかったし。まあ、体力的には辛かったけどね。

あれから、もう15年経つんだよな。 まだ30代になったばっかの頃ですわ。 まあ、だから出来たんだけどね、4日連続徹夜なんで無茶なことも。 いまそんなことやったら確実に死にますわ。


今もそうだけど、当時も帰宅の電車の中ではウォークマンは必須アイテム。 

・・・ということで、今回は「激務」をこなしていたあの頃よく聴いていた曲をひとつ。

愛内里菜 「I can't stop my love for you ♥」

この曲は、今から15年前の丁度今頃ヒットしていた曲だ。 ↑で書いたように仕事が一番忙しい頃で、帰り・・と言っても毎日決まって「終電」だったけどさ、そんな「終電」の中でよく聴いていたなぁ。

だからね、未だにこの曲を聴くと、あの頃の「激務」が思い浮かぶんだよね。

2002年の4月。  そそそ、この前から何曲か書いてきたけど、個人的に2002年の「春ウタ」っていうと、真っ先にこの曲が浮かんでくるんだよな。

イントロの全音符で伸ばすシンセの音色。温度感が実に「春」っぽくてね。 コトバにはなかなか表すのが難しいんだけど、気持ち落ち着くっていうか。。。

ま、そんなシンセの音色以外に、愛内里菜さんの曲の中では、比較的落ち着いた、まとまりのある曲であると思うんだけどね。

うん、正直言うと、GIZAの曲って、全体的に言うとそれほど得意じゃなかったんだけどさ、当時。 でも、この曲は例外的に引っかかった。
 それは、やっぱりまとまりがあったからじゃないかなぁ。 それと分かりやすさね。 一度聴いたらすんなり入ってくるような素直さっていうのかなぁ。そこが良かった。

世間的に言えば、「名探偵コナン」の当時のオープニングテーマってことで、覚えてる方の方が多いと思うんだけどさ。
でも、個人的には、そう言うタイアップが無かったとしても、この曲は受け入れられていたと思うな。



今PVを見ると硬質的な無機質感なPVっていうのが、この時期の流行りだったのかなぁ。例えば、宇多田の「光」にも、同じような質感を感じたりしたんだよな。
本来なら、この手の手触りの曲って苦手のはずなんだけども、なぜか、この時期に限っては許せたんだよなぁ。

いつも書いてるように、本来はもっと有機的な泥臭い曲が好きなんだけどね。


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明日の私 / 竹内まりや

1994_04_明日の私_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「明日の私」竹内まりやです。

まずはデータでする。

・タイトル    明日の私
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎
・リリース日   1994年3月25日
・発売元     MMG
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数  11.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位
・タイアップ:東京ビューティーセンターCM曲

毎週ではないけど、日曜午後は自分のチャートを作りながらヤマタツの「サンデー・ソングブック」を聴くのが最近の「デフォルト」になってきてるかなぁ。

 邦楽知識にはチョッピリ自信があるけど、洋楽にはまるで造詣が薄いワタシだからさあ、「洋楽博士」のヤマタツが選曲する曲には99%、「????」なんだけども、聴いてるとなぜか落ちつくんだよね。
やっぱ、独自マスタリングによって音がいいからかなぁ。カーステで聴いてるとそんなに分かんないんだけど、家でRadikoからONKYOのネットワークレシーバーを通して、ハイレゾ対応のスピーカーで聴いてると音質の違いは一目瞭然なんですよね。

・・・・ということで、今回の1曲セレクトはヤマタツの曲で・・・と思ったら、今時期、丁度いい曲が見当たらない。
なんで、嫁さんの竹内まりやさんの曲で。

「明日の私」

この曲、覚えてる方、どの位居るかなぁ。 アルバムの曲ではなく、れっきとしたシングルなんだけどね。

リリースは1994年3月で、94年の今頃がヒットのピークだった曲。
個人的にはヒット当時から音源持ってたし、ずっと聴き続けていたんで「4月」っていうと、この曲っていうイメージが強いんだけどね。

でも、今、昔のオリコン調べたら、この曲最高位19位だったんだ。。。  うーん、これは意外。

この曲の次が まりやさん最高売り上げを記録した「純愛ラプソディ」で、確かにそれよりは売れてなかった記憶は強いかったけど、少なくともベストテンには入っていたような・・・・っていうイメージがあったんだけどねぇ。
最高位、こんなに低かったんだ。。。

・・・で、一気にセレクトしてきたことに不安を感じてたりするワタシだったりして。。。


個人的に、この曲をよく覚えている・・・っていうのは、94年4月というと、ワタシが新卒で社会人になった頃だ。

以前、福山の「IT'S ONLY LOVE」の時にも書いたような気がするんだけども、毎日「苦痛」でしかなかったあの頃。 今でもそうだけど、兎に角、団体行動、チームプレイが苦手にワタシは、いつ辞めるか・・・そんな事ばっか考えていたな。

この「私の明日」って曲。ま、内容的には、田舎から都会に出てきた主人公が、都会の荒波と寂しさに揉まれながら、夢をかなえるために前向きに逞しく生きていく・・・っていう曲だったじゃん。

強えなー。こんな風には生きていけないわワタシ。

本当なら、当時、社会人になりたての私らの「応援歌」のような曲だったのかもしれない。

でもねえ、「社会人」になったことに前向きになれないワタシにとっては、なんかねぇ、ワタシのことを嘲笑っているように感じてさあ。。。

歌詞に ♪ 隣の芝生は青いけど〜 ♪ ってくだりがあるけど、前向きに仕事に取り組んでいる同期達を見てると、本当に隣の芝生は青く見えたもん。

あれから23年が経ちーの、サラリーマンなんて1ヶ月で辞めてやるわい・・・と思ってたワタシも、なんだかんだで未だにサラリーマンやってるわのお。 あの時の気持ちを振り返ると不思議なもんだけど。。。。

まあ、チームプレイが苦手な性格は、未だに全く治らんし、そんな性もあってか出世も全くせんけど。。。
ま、食えりゃねいいのよサラリーマンなんて。。。あとは好きな音楽が聴けて、音楽について語り合える仲間がいればさ。
それ以外に個人的な「野心」は無いし。。。 出世はそういう野心があるヒトがすればいいんだよね。

たださ、この曲の歌詞を聴くと、未だにあの当時と同じように、「社会人」としてダメなワタシを嘲笑っているかのようには感じるんだよねぁ。


ぢゃ、聴くのやめれば・・・なんても思うんだけど、この曲のサウンドは好きなんだよね。
竹内まりやさんには、珍しいファンキーで太いベースラインに魅かれて。。

それと辛い事があっても、それも人生の一部って感じでさ、94年の4月って、この曲を避けて通れなくなっている自分も居たりしてさ。。。難儀なもんだよね。。。。(爆)


動画・・・・ありゃりゃ、この曲の動画は落ちてないんだ。。。
You Tubeになければ、他の動画サイトとか、某第三国のサーバーに落ちてたりするんだけども、どうもこの曲は全くないなぁ。。。。
手も足も出ないですね。。。。   ということで、今回は断念  スミマソン。

サザン関係もだけど、ヤマタツ夫妻も難しいんだよね。「You Tubeは敵」ということで動画、削除してるからねぇ。 

とりあえず、前向きに逞しく生きていく決意をした女性を描いた歌詞にリンク

http://gakufu.gakki.me/m/data/DT13259.html



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Hi-Hi-Hi / あおい輝彦

1977_04_Hi-Hi-Hi_あおい輝彦


今回の1曲セレクトは、「Hi-Hi-Hi」あおい輝彦です。

まずはデータです。

・タイトル    Hi-Hi-Hi
・アーティスト  あおい輝彦
・作詞      森雪之丞
・作曲      森雪之丞
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1977年3月5日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1977年3月28日〜5月9日付

昨夜、眠い頭で書いた千昌夫の「北国の春」はいまいち反応がね。。。

昨夜は「春ウタ」っちゅうことで、「北国の春」を持ってきたりしたんだけどねぇ。
国民的大ヒット曲なんで、刺さりはいいかな・・・なんて思ってたけど、やっぱ、これ読んでくださってる方とのジャンル的ギャップがあったかなぁ。。。

・・・っちゅうことで、再度仕切り直し。

今回は、「ポップス」系を持って来ましたよん。

あおい輝彦「Hi-Hi-Hi」ですよん。

奇しくも「北国の春」と同様、77年春リリースの曲ですよな。

うーん、心配ごと言えば、そこなんだけどね。 今から丁度40年前の今頃のヒット。。。
っちゅうことで、果たして、どれだけの方がこの曲を覚えてらっしゃるか・・・ってところですねぇ。

そんなワタシも、リアルタイムではこの曲聴いてなかった・・・・ハズなんだけどもねぇ。

でも、後年、テレビだかラジオだかで、この曲が流れて、「あ、この曲かぁ〜」なんてハッとしたんだよね。
たしか、後年CMかなんかで使われてなかったかなぁ、この曲。

♪Hi Hi Hi 春になったら Hi Hi Hi〜 ♪ っていう分かりやすくキャッチーなサビから始まるこの曲。タイトルだけじゃピンと来なくても、曲を聴けば、「あ、これか」って思う方も多いんじゃないかなぁ。

最近、春っていうと「桜」っていう感じで、どこか背筋をピンと張らなきゃ行けないようなフォーマルな感じの「春ウタ」が目立つような気がするけど、昔は、「春」っていうワクワク感が強い、カルジュアルな曲が多かったじゃん。
例えばキャンディーズの「春一番」にしても、太田裕美の「南風」にしてもそうだしさ。 
それまでの冬、身が縮こまるような思いをしていたのが、一気に解放されるっていうかさ。

この曲も、そんな「春」のワクワク感を感じさせる1曲ではありますね。ワクワク感と言うか、能天気というかね。 

曲想的には、例えばルーベッツの「Sugar Baby Love」あたりの、すこしサーフィン系を感じさせる、爽快感あるイメージだよね。

ただ、77年っちゅう年代が年代だし、リリースが「テイチク」っちゅう、モロ歌謡曲路線のレーベルなんで、サーファー系の爽快な曲と言っても、今聴くと「和」の匂いが強いんだよな。

特に、サビ終わりの、Aメロとかさあ、「ザ・70年代」って言う感じの、当時、お馴染みのメロディラインとかさ。

結局、やっぱ「歌謡曲」だよね・・・っていうイメージは拭えないんだけどさぁ。

これが、「東芝」とか「CBSソニー」とか洋楽にコミットしたレーベルからのリリースだったら、もっと違ったんだろうけどね。

いや、あおい輝彦氏の曲は、この曲だけじやなくて、前年の大ヒット曲「あなただけを」もちょっと違和感を感じるワタシだったりするんだよな。

いや、テレビで歌っているところを見ると、もっとスピード感があってワイルドなイメージなんだけども、レコードでは、なんで、あんなに「しょぼい」の・・・ってさあ。
まあ、それでも、約80万枚の大ヒットになったんだから結果オーライだったのかもしれんけど。。。


ところで、この曲、作詞は森雪之丞氏だったんだ  全然気がつかなかった。

森雪之丞氏って言えば、80年代アイドルの「コトバの魔術師」と言われるほど、奇想天外なコトバを多用した詞を展開してたんでね。 例えば、先週書いたソフトクリームの「やったね!春だね!!」とかさあ。。
それに比べると、この曲の詞は、かなり「まとも」な展開だしなぁ。

加えて、曲も森雪之丞氏本人なんだよね。 これも意外・・・と思われる方もいらっしゃるかもしれないけど、時々、曲も書いてたりする事があるんだよね。

個人的に一番初めに「え? そうなんだ」って思ったのは、堀ちえみの「とまどいの週末」(82年11月リリース)かなぁ。 これも作詞、作曲共に森雪之丞氏だったしね。

ちなみに、↑で、この「Hi-Hi-Hi」ってルーベッツの「Sugar Baby Love」のような・・・って書いちゃったけど、、後年、Winkが「Sugar Baby Love」のカバーを歌った時の「訳詞」は森雪之丞氏だったんだよね。

うーん、やっぱ、どこか繋がってる?



ちなみに、以前「あなただけを」の時も書いたと思うんだけども、あおい輝彦氏って、「ジャニーズ」出身ってことは、こ存じですよねぇ。
そそそ、「初代・ジャニーズ」のメンバーですね。

真家ひろみ
飯野おさみ
中谷良
青井輝彦

っていう4人ユニット。

今のジャニーズもユニットに引き継がれている点として、しっかり者(?)のリーダーが居て、二枚目が居て、三枚目が居て、ツッパリ(放蕩)系が居て、「普通」が居て・・・っちゅう、それぞれ異なるキャラクターが揃ってるっていうところが、実は、この時からあるんだよな。

 その点から言えば、あおい輝彦氏は「二枚目」タイプなのかなぁ。 今の「嵐」で言えば松潤的なポジションって感じですよね。

・・・・とすると、松潤も「嵐」解散後は、「水戸黄門」とかやってたりして。。。


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北国の春 / 千昌夫

1977_04_北国の春_千昌夫


今回の1曲セレクトは、「北国の春」千昌夫です。

まずはデータです。

・タイトル    北国の春
・アーティスト  千昌夫
・作詞      いではく
・作曲      遠藤実
・編曲      京健輔
・リリース日   1977年4月5日
・発売元     徳間音工
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  130.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1979年2日5日〜2月12日 3月12日〜3月19日付

夜中の世界から、どんばんわ。 
只今1時30分。帰宅してから書いてたら、こんな時間になってしもうた。。。

だ、もんで頭が回ってませぬ。 駄文、ご了承くださいませ。


この間まで桜の季節なのに寒いのう・・・なんて言ってたのにすっかり暖っかくなりましたよね。
全国的に「春〜」な季節となりましたかね〜。 ラジオからは盛んに「春の歌」が聴こえてくるし、まあ、いい季節になりましたよ。

こういう時はラジオじゃないけど、春の歌を持ってきたくなる訳です。

・・・・ということで、今回の1曲セレクトは「春の歌」で〜。

千昌夫「北国の春」 

うわっ、めちゃくちゃベタっ    でもいいんです。 この曲、まだ書いてなかったんだもん。

こんな「国民的」というか、もろ「昭和」を代表する曲を書いてなかった・・・っていうのは、一重に「演歌」チックだったから・・・なんだよね。

なにせ、作詞は、今や、「泣く子も黙る」JASRAC会長、いではく氏。 作曲は、故遠藤実 御大ですよ。

これぞ、ザ・ゲ―ノー界てきな雰囲気が、どうも筆を遠ざけていたんだろうな。
なんて、真面目に書く事じゃないけど、単純に「演歌」は遠巻きにしてたからね。やっぱ、この世界は、ワタシらの世代の曲じゃなかったからなぁ。

・・・と言いながら、でも、やっぱりキニなる。 キニナルというか、子供の頃テレビから、この手の曲はいつでも流れて来てましたからねぇ。表面上はワタシらの世代の曲じゃないとか、好きじゃない・・・と言っても、無意識の中に体に染み込んじゃってるんだよね。

だから、この季節〜春〜になると、頭の隅っこの方かどこからともなく流れてくるっちゅうかねぇ・・・。

まあ、年を取って来る度にノスタルジーを感じやすくなってきてるってのもあるんだろうな。

ノスタルジーといえば、先週、往年の「国鉄」時代の花形車両だった「583系」が引退になりましたよね。
ワタシらの世代では憧れた人も多かったんじゃないかなぁ。それこそ、今回の「北国の春」じゃないけど、遠く青森からやってくる「583系」の特急には、いつでもどこか旅情を感じたもんだよね。
・・・と同時に、北国までの距離の遠さを感じたもんだよなぁ。

故郷は遠きにありて思ふもの

そう言う時代だったからこそ、この「北国の春」って曲にもノスタルジーを感じたんだろうな。

新幹線がデフォルトになり、青森まで3時間で行けるようになった今では、この曲がヒットした40年前とは比べもんにならないくらい、北国までの距離は近くなったし、そうなると、当時のようなノスタルジーを感じるのも難しくなった訳で。。。

そう言う意味では、やっぱり「昭和」って言う時代の産物なんだろうな、この曲なんかは。


・・・・と自分でもなに書いてんだか、よく分かんなくなってきちゃいましたが。。。

チャートマニアからしてみれば、「北国の春」といったら、超ロングヒットだろうなぁ。
↑のデータを見ても分かるように、最終的には130万枚なんていう、「ミリオンセラー」となったこの曲。

まあ、なんせ「国民的」な曲なわけで、ミリオン行くのも当たり前か・・・って感じもするし、逆に言えば「そんなもんなの」? なんて思われるかもしれないけど。。。

でも、この曲の特出することは、ここまでたどり着くまでの粘り強さだよね。

リリースは1977年4月。 今から丁度40年前だ。  なんて書くと、「はぁ〜、もう40年経つのね」なんて感じもするけど

でもね、この国民的な曲、オリコンでは1977年4月25日付で99位初登場。 でも、すぐに100位圏外に去ってしまったりして、なかなか上昇する機運が見られなかった。
最初は後のミリオンセラーなんて思いもつかないほどの泣かず飛ばずだったんだよね。

火がつき始めたのは、翌78年に入ってから。ジワリと少しずつランクを上げ、そのまた翌79年1月。やっとこさっとこベストテン入りまでたどり着く。
で、ついに初登場以来91週でミリオンセラー達成。

初登場以来91週目でミリオン達成・・・っていうのは、昔はオリコン史上、最遅の記録だったんだけどね。。。
うん? これは、今でもそうなのかな?

何分90年代のメガヒット期にあまりにも、ミリオンが乱発したんで、その辺の記録の整理がつかなくなっちゃったからなぁ。

ちなみに、オリコン最高位「6位」でのミリオンセラー達成は、80年代までは最低ランクでのミリオン達成だったんだけども、90年代に入って、沢田知可子「会いたい」とかミスチル「CROSS ROAD」も最高6位でミリオン達成。 その後、シャ乱Qの「シングル・ベッド」が最高9位でミリオン達成・・・と、この「北国の春」が最低ランクでのミリオン達成記録では無くなっちゃいましたけどね。

でも、なんと言っても91週もかけてのミリオン達成というところに意義があるんでしょうね。
そこにたどり着くまでに、どれだけ沢山のヒトに浸透して行ったのか・・・と言う事を考えるとさ、やっぱヒット曲の醍醐味なんだよね。そこにたどり着くまでの紆余曲折と言う物語を考えるとさ
 これは、同じミリオンでも、僅か1週でミリオンを超えてしまう、某アイドルの曲では味わえない醍醐味なんですよ。

だからこそ、40年経った今でもエバーグリーンな曲な訳だし、日本だけではなく、中国、東南アジアetc、アジア圏で幅広く知られる日本の曲になったんじゃないのかなぁ。




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Woman / 中西圭三

1992_04_Woman_中西圭三


今回の1曲セレクトは、「Woman」中西圭三です。

まずはデータです。

・タイトル     Woman
・アーティスト   中西圭三
・作詞       売野雅勇
・作曲       中西圭三
・編曲       中西貴雄 遠山淳
・リリース日    1992年1月22日
・発売元      パイオニアLDC
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   43.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1992年3月9日〜5月11日付
・タイアップ:三貴「カメリアダイアモンド」CM曲

雨ですなぁ。 結局今週末は土日とも雨。。。2日とも雨なんて久しぶりだわな。
おかげで洗濯物が乾かず、久しぶりに「コインランドリー」に乾燥機かけに行ってきましたわ。。。

こういう雨の日は、やっぱ「雨」に似合う曲を持って来たい・・・・と思いーの、引っ張ってきた曲はこれ。


中西圭三「Woman」。

久っしぶりに「アイドル」から離れましたぞ   うん、ちょっとアイドルの曲が長く続いたからね。

でも、その前に、「え? なんでこの曲が「雨の日」の曲なの?」 ・・・なんて突っ込まれそうだけど。。。

えー、完全に個人的なイメージですね、ハイ。 別に歌詞に「雨がどうたらこうたら」とは入ってないし。。。

この曲一番初めに聴いたのが、やっぱり今日のような1日雨が降っていたグズグズしていた天気だったんだよね。
なんで、この曲を聴くたびに、今日のような雲が低く垂れさがり、1日薄暗い雨の日を思い出してしまうワタシだったりするんだよね。

逆にこの曲を書くために、今日のようなぐずついた天気の日を待っていたところもある。 やっぱさ、この曲はピー感な天気の日って言うイメージじゃないからさ。

歌詞に「雨」のフレーズは無いけど、全体にしっとり濡れた手触りだし、もともと雲が低く垂れこめた〜って言うイメージの曲でもあった・・・と言う事もあるし。

いやいや、その前に、やっぱ「カメリアダイヤモンド」のCM曲として、夜中によく聴いてたよなぁ・・・って言うイメージの方が強いかなぁ。
なんせ、あの当時、夜中テレビ見てると、ヘビロテだったもんね「カメリアダイアモンド」のCMって。 いやでも耳に残っちゃう・・・と。TVの業界もまだまだバブルな時代だったんだよな。


でも、この曲を初めて聴いたのは、確か、Bayfmの「パワカン」(パワーカウントダウンJAPAN)だったと思う。

92年に入って大分、ヒット曲の曲調が変わってきたな・・・って言うイメージが大きかった頃。

前年91年って、言わずと知れた超ロングセラーが続いた年。 でもその実態はと言えば、小田和正氏、CHAGE&ASKA、それと、丁度この曲がリリースされた頃に1位ロングランしていた浜省の「悲しみは雪のように」と・・・ベテラン勢が頑張っていた頃なんだよね。

ベテランが頑張っていたって事は、少なくともワタシらの世代としては、それまでにも聴きなれたような曲調が多かった訳でもあり、90年代に入っていたとは言えど、それほど目新しいところは感じていなかったのも事実。

ま、その分、ヒット曲に安心感はあったけどね。

でも、この「Woman」を聴いた時は、「あ、新しい音楽が出てきたな」っていう印象は強かった。

たしかに「R&B」を根っこにしたクセのあるファンキーなノリのリズムの音楽は、それ以前にも久保田利伸氏がいたけどさ。その手触りとは、また違うんだよね。

もっとザラザラとしたというか、凹凸があるような手触り。 この曲を聴いた時の印象はそんな感じだったかなぁ。

でも、そこに新たしい音楽を感じたし。。。 80年代以降のいい方言えばニューウェイヴだよね。

この曲とか、同時期にヒットしていた、氷室の「Urban dance」、V2(小室哲哉&YOSHIKI)の「背徳の瞳」を聴いてると、同じような感覚を受けるんだよな。

そう言うところを考えると、「90年代の音楽」の「真」の幕開けは、もしかするとこの頃の曲からなんじゃないのかな・・・。 そんな思いが強いんですよ。

つまりさ、ここまでの90年代の音楽は80年代からの延長であって、ここから本当の90年代が始まったんじゃないか・・・と。

だからね、ま、個人的な事ではあるんだけども、今自分で管理している音源も、92年以降と、それ以前で別のカテゴライズで分けてたりするんだよね。

その時代的なターニングポイントの1曲がこの曲・・・っていう意識が強いなぁ、この曲は。


ま、曲調自体が個人的な趣味と合ってるかどうか・・・って言うのは別にして置いてさ。
ってか、正直言うと、あんまり個人的に「絶賛」するほど「引っかかった」曲ではないんだけどさ

うん、ここでは再三書いてるように、ニューウェーヴ系には、あんまり引きを感じないからさあ、ワタシ。

ただね、同じ中西圭三氏でも、この「Woman」のほんのちょっと前に大ブレイクしたZOOの「Choo Choo TRAIN」は大好きだったけどさ。 ってか、この曲キライってヒトはあんまり居ないか。。。

キャッチーさ言う点では、同じニューウェイヴでも別物を感じるし。 まあ、おそらくキャッチーってことは、同時にダサさも同居しているのかもしれないけど。。




そういえば、パワカンでは、当時DJだった、バッキー木場氏に大分弄られてましたよね。
中西圭三氏、
その板前風の「風貌」から「ヘイ、ラッシャイ!」とか、曲紹介の時に言われてたもんなぁ。。。

チャート的に見るとこの曲も、意外とロングヒットだったんだよね。
手前味噌だけどワタシのチャートでは2カ月間ベストテン入りしてる。 週単位で見ると派手に売れた訳じゃないんでそんなにロングヒットだったかなぁ・・・っていう感覚も今振り返るとあるけど、実際は、ジミ〜にロングヒットしてたんだよね。


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