かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

歴代1位塗り替えた?

米津玄師の「Lemon」が、本日4/4付のワタシメのランキング(THE HITCHART NOW AND THEN)にて、2019年だけで早くも累積得点10万点を突破!


2019_LEMON_RANK


兎に角、この曲は強い! 今週4/4付でついにベストテンからダウンしたものの、今年だけで7週1位ですからねぇ。

で・・・、今年だけで10万点突破・・ということは、昨年の初登場からの累積は、軽く30万点を突破しているはず。


・・ということは、もしかしたらもしかして。。。。


・・・ということで、1976年1月の初回ランキングから最新ランキングまで43年間のオールタイムランクを集計してみた。


もしかしたらもしかして、歴代1位を塗り替えた!?


ALL_TIME_RANK


・・・と思ったらSMAP「世界に一つだけの花」が、ぬわんと累積得点40万点を突破してた・・・。。。


ひぇ〜。 上には上がいたな。。。


それでも「Lemon」も43年間の中で歴代2位ですわな。


それにしても歴代10位には星野源の「恋」がいたり、ココには出さなかったけど、13位にはDA PUMP「U.S.A」がいる。
ココ最近の曲が相次いでオールタイムの上位に進出してきてる。最近はそれだけ「ビッグヒット」が相次いでいるんだよな。テレビ露出が少ないだけに昔のような実感はないんだけどさ、ネットの世界を中心に幅広い人たちに確実に支持されている曲が増えて来ているんだよね。



あ、ちなみにぃ丁度いいタイミングなんで、予告しておくとG.Wに、平成時代30年4か月間のトータルランキングを発表しようと思いまする。
まあ、上位はココに出ちゃったけど・・・・

薔薇の鎖 / 西城秀樹

1974_03_薔薇の鎖_西城秀樹

今回の1曲セレクトは「薔薇の鎖」西城秀樹です。

まずはデータです。

・タイトル     薔薇の鎖
・アーティスト   西城秀樹
・作詞       たかたかし (原案 斎藤優子)
・作曲       鈴木邦彦
・編曲       馬飼野康二
・リリース日    1974年2月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   33.4万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年3月11日~4月29日付

春と言うのに昨日は一時雪が舞ったりして季節が逆戻りした感じですわな。 一転今日は快晴ではあったけど風が冷たい1日でしたわ。
でも、陽の光は完全に「春」ですね。ついこの間までは陽の光も「冬模様」だったけど、季節は確実に進んでいる訳ですね。
そうだよな、3月も今週いっぱいなわけで、来週から4月だもんな。

でもさ、やっぱり、こういう時期になると、いくら「寒の戻り」ちゅうても、「春っぽい」きょくが聴きたくなるもんですわ。

・・・・ということで、今回の1曲は「春っぽい」曲を1曲。

西城秀樹「薔薇の鎖」。

うーむ、この曲は「春」っていうか、個人的には「初夏」っぽい匂いを感じたりするんだけど・・・。

でも、実際リリースは、2月の終わり・・・春を感じる時期だったし、Bメロの

♪空には明るい春の光が~ ♪ 

ってあるように、間違いなく「春」の曲ではあるんだけどさ。

それでも「初夏」を感じるのは、全体的なサウンドからなんでしょうかねぇ。

ミニコミ誌「よいこの歌謡曲」編集長の梶本学氏が絶賛している、ぶりぶりなサックスで始まるイントロからして、春っていうよりも初夏の温度感を感じたりするしな。

なんちゅうのかな、湿度感を感じるんだよな。 

春っていうと、もっとすっきりとしたストレートに「ポップ」を感じる曲調って言う頭があるんだけども、この曲は、ポップスというよりもロックだからさ。匂いは。

ニッポン放送ののサイト内にある「大人のミュージックカレンダー」によると、シンプルなオールデイズスタイルのロックンロールとある。

確かにこの表現に異存はない・・んだけど、でも、やっぱり、個人的にはちょっとイメージが違うんだよな。

え? 何が引っかかるか・・・っちゅうと、シンプルなロックンロールとウタっている点。

どうも、ロックンロールっちゅうと、個人的にはどうしても、横浜銀蝿的なスタイルを想像してしまう。

けど、この曲は横浜銀蝿っぽくないよなぁ。

ロックンロールというよりは、イタリアンツイストってイメージがあるんだよね。

まあ、ベースラインがそんな感じだから・・・って言うところからなんだけど。

80年代で言うと、三原順子の「セクシー・ナイト」とか、あの感じのベースライン。

でも、「セクトーナイト」ほど濡れた感じがしないのは、この曲がメジャー系だからか。 その点から言えば、同じ秀樹81年のヒットの「セクシーガール」に近いのか。。。

いや、まてよ「セクシーガール」は横浜銀蝿が作ってるんだよな・・・。

・・・とすると、やっぱ↑の「大人のミュージックカレンダー」でロックンロールと言及しているのは間違いないのか・・・。

なんか、堂堂巡り。。。。。。


この曲といったら、ヒデキのマイクスタンドのパフォーマンスって言われてたりする。
マイクスタンドを蹴りあげて歌うっちゅう、派手なアクションがキモっていう。

まあ、そんな風に文章で書くと、さぞド派手なアクションがあるんだろうな・・・・なんて、想像しちゃったりするんだけど。

いや、この曲をリアルタイムでは聴いて無かったワタシも、昔、そう聴いて、めっちゃ派手なアクションを想像した上で、実際の映像を見たら、思ったりも派手さがなくて、ちょっと調子抜けしたような記憶がある。

たしかに、マイクスタンドを蹴りあげるシーンはあったりするんだけど、そんな「伝説的」に言われるほどの事なのかいな  ってな感じで。  もっと派手なマイクアクションって他にもあったよなぁ、世良公則氏がツイストでみせてたマイクアクションとか 

でもさ、これでも74年当時としては画期的だったんだろうね。

それまでは、マイクスタンドを蹴りあげて歌う・・なんてアクションは、少なくとも日本のヒット曲ではなかった訳だから。。

・・・というか、蹴りあげたくても蹴りあげられなかったんだよね、重くて。

それまでのマイクスタンドって「鉄製」だったんだよね。 

ワタシ、小学生の時、放送委員で、学校にも鉄製のマイクスタンドがあったんで覚えてるけど、足の部分がスタンドが倒れないように丸い重しのようになってて、これがめちゃくちゃ重いのよ。とても、蹴りあげアクションなんでできない。 蹴りあげた途端、捻挫ですよ確実に。

ぢゃ、なんでヒデキは、こんなパフォーマンスが出来たのか・・・

っちゅうと、「大人のミュージックカレンダー」出来言及しているように、直前に見たロッド・スチュワートのショーからヒントを得て、アルミ製の軽ーいマイクスタンドを特注したからなんだよね。

・・・っつか、上に書いた事って ↓ で言及してたりするんで、今さらココで書くことでもないんだけど・・・



(ココでは再生が無効になってるんで、「この動画はYou tubeでご覧ください」。リングをクリックしてみてね)

いずれにしても、この曲の前後が、派手なアクションを魅せてたヒデキの「第1次」全盛期だったんだよね。
前年の「ちぎれた愛」から、5作連続で30万枚以上の売り上げを記録。

当時の水準では、特にアイドルでは30万枚が大ヒットの境界線って言われてた時代、5作連続で30万枚っていうのは、文字通りのスターだった訳ですわ。

ただ、個人的に言えば、ヒデキと言ったら、馬飼野康二氏の曲って言うイメージなんだよなぁ。
まあ、この曲もアレンジは馬飼野氏ではあるけど、作曲は鈴木邦彦氏なわけでさ。

鈴木邦彦氏時代の曲は、メロディライン今一つしっくり来ないんだよなぁ。 どうも前時代というか古さを隠せないと言うか・・・。 洋楽的なサウンドの中に、どこか「日本人気質」を感じちゃったりね。
これは、同じ70年代前半に一世を風靡していた森田公一氏もそう。

だからなのか、ヒデキの曲でもこの辺りは、一つ前の時代の・・・って言うイメージなんだよね、個人的には。




ちなみに、↑のデータで作詞に「原案」っていれたのは、この曲、もともと「平凡」読者から公募で募集され選考された歌詞を参考に、作詞家のたかたかしさんが詞を付けた曲なんですよね。

当時は、こんな「平凡」とか「明星」から歌詞の公募選考されたヒット曲ってあったんだよね。 タイガースの「花の首飾り」もそうだったしね。




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太陽の行方 / ribbon

1995_03_太陽の行方_ribbon


今回の1曲セレクトは、「太陽の行方」ribbonです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     太陽の行方
・アーティスト   ribbon
・作詞       原真弓
・作曲       清岡千穂
・編曲       西脇辰弥
・リリース日     1991年3月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数  5.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

久々に、なんの予定のない「休日」
・・・ということで、久々に「真昼間」から1曲セレクトを書いてるワタシだったりして。。。

今回は「アイドル」の曲を持って来たい・・・っていうのがちょっと前から頭にあって、さていつ書くか・・・なんて、時を測ってたりしたんだけど、丁度お誂え向きでしたね。

その曲というのが ribbon「太陽の行方」 

さざーん

ってか、果たしてこの曲をどくらいの方が覚えているのか・・・っていうのは全く持って自信が無いんだよなぁ。

「この曲をどの位の方が覚えているのか」・・・っちゅうのも、ココのところの1曲セレクト書く時の「常套句」になって来ちゃってるけど、この曲はホント自信ない。

まあ、タイトルを見て、このページにアクセスしてくださってる方は、少なからず「あの曲だ〜」ってことでアクセスしてくださってるんだと思うんで、そのつもりで書こうかと思うんだけど。

この曲、最初に聴いた時はぶったまげたんだよな。 

サルサ歌謡。

ラテン系のサルサのリズムにのっかってアイドルポップスを歌う・・・っちゅう。 なんちゅうミスマッチな組み合わせ。

もちろん、それまでのアイドルポップスにゃ、こんな曲は無かった・・・・ような気がする。

それ以前にリズムを重視した、もろダンス系の女性アイドルポップっていうのも当時はそれほど多くは無かったんだよね。
もちろん、荻野目洋子やWinkなど、ユーロビート系やディスコ系はあったものの、少なくともラテンのリズムにノッカッたアイドルポップスっていうのはあんまり記憶にない。
しかしも、サルサって言うのもな。

その代わり、かなり「ゴーイン」な作りだったんだよな。この曲。

まずもって、バックのサルサのリズムと、メロディラインがシンクロしていないんだよね。

意外とゆったり流れるメロディラインに対して、バックのサルサのリズム、特にAメロなんかずれまくりだったりしてさ。

ホント、初めの頃は、「なんじゃこりゃ」って思ったもんなぁ。 

まちがって録音したんじゃねぇの とかさ

いつかも書いたかと思うんだけど、この曲がリリースされた90〜91年頃、ラジオのニッポン放送の交通情報って、バックでアイドルの曲が流れてたんだよ。

もち、フジサンケイグループのニッポン放送だから、同じフジサンケイの「ポニキャ」(ポニーキャニオン)のアイドルばっかだったんだけどさ。

そんな訳で、このribbonもバンバン流れてたし、もちろん、この「太陽の行方」もめっちゃ流れてたんだよな。
交通情報だからさぁ、朝夕なんか1時間に何回もやるじゃん。その度にこの曲が流れてくるんだもの。。。FMのヘビーローテーション以上の頻度ですよ。 それが毎日でしょ

当時、FMが入らず、カーステもヘッドがダメになっててカセットも聴けず、サーモスタットが壊れててクーラー入れるとオーバーヒートしちゃうようなボロいカローラ兇望茲辰討織錺織靴磧⇒蠅澆旅砲AMだけだったんで、そりゃ、もう何回も聴いたよな、この曲。

で、その度に、メロディとバックのサルサのリズムがずれまくってるこの曲に違和感を感じちゃったりしてさ

いやでも覚えちゃったもんなぁ。

もう、体に染みついちゃってる感じで、この曲を聴くと、そんなボロいカローラ兇捻鷯茲蠅靴討榛△鮖廚そ个垢鵑世茲福 当時はまだ大学。春休みで暇だったんで、時間だけは余ってたからなぁ、あの頃。

ただ、この頃のアイドルポップスって、この曲のようにリズム的にはちょっと変わった傾向に走ったようなキライはある。
例えば、田村英里子の「誘惑のチャチャ」は同じくラテンのマンボ系だったし、和久井映見の「アキラが可哀想」は4ビートなジャズ・・・と変則的なリズムを強調した曲が多かったのも91年のアイドルポップスの特徴だったかもしれない。

普通なアイドルポップスじゃ売れない・・・っていうのが作り手の方も身に染みて来てたのかもしれない。 
それでも、強力なカンフル剤にはならなかったっていうのは、時代が証明してるんだけどさ。



それにしても、この曲の5.8万枚っていうオリコン公式の売り上げ枚数が、ribbonにとってデビュー曲の「リトルデイト」に次ぐ売り上げだったんだよね。 これって意外かなぁ

↑で、なんか変な曲・・・って書いた割には、そこそこ売れてたんで個人的には意外だったんだけどなぁ。。。 まあ、どの曲も売り上げ的にはドングリの背比べ的ではあったけど。。。。

ただ、ランキング的には、それまでの4枚はいずれもベストテン入りしてたのに対して、この曲からはベストテン入りならず。 まあ、ベストテン入りと言っても、4枚いずれともベストテン下位ギリギリでのベストテン入りだった訳で、いわいる「大ヒット」と言うような曲は持っていなかったribbon。

その辺りからも、「アイドル冬の時代」って言われてた当時のヒット曲トレンドがよく分かるよな。 

当時はロック・ニューミュージックな時代だったからねぇ。 91年〜92年頃って言うのはアイドルポップスにとってはもっとも「氷河期」だったころだ。

後に国民的アイドルとなるSMAPがデビューしたのも91年だけど、さしものSMAPもデビュー後1〜2年は目立って売れてなかったからねぇ。 そんなところからも当時の音楽のトレンドが見て取れる訳ですわな。

結局さ、80年代型アイドルっていう「くびき」が取れないまま90年代に突入したっていうのが一番のネックだったんだろう。ribbonにしてもそうだったじゃん。
時代は90年代に入り音楽のトレンドも変わりつつあったっていうのにさ。

そんな80年代型っていうくびきが取れ、90年代型の新しい形の「アイドル」が登場するのは、もう2〜3年後になる。



それにしてもribbonの3人は、そこそこ「ウタ」うまかったんだな。
当時は、そんな感じ無かったんだけども。
声の発音の仕方が意外としっかりしてる。
普通アイドルのコたちって、発音がきちんとしてない事が多いじゃん。だから、何歌ってんだか歌詞が聴きとりにくい事も多い。
このコたち(っちゅうか、もういいお年ですねぇ3人とも)はキチンとしてたねぇ。

ちなみに、松野有里巳がよかったな。個人的に。


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Goodbye Yesterday / 今井美樹

2000_03_Goodbye yesterday_今井美樹


今回の1曲セレクトは、「Goodbye Yesterday」今井美樹です。

まずはデータでする。

・タイトル     Goodbye Yesterday
・アーティスト   今井美樹
・作詞       布袋寅泰
・作曲       布袋寅泰
・編曲       布袋寅泰
・リリース日    2000年2月9日
・発売元     ワーナーミュージックジャパン
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  50.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:2000年2月21日〜4月13日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「ブランド」主題歌

長年ヒット曲を聴いてくると癇に障る曲ってある。 なんていうのかねぇ、生理的に合わないっちゅうかさ。 
確かに、中学生の頃までは、耳に入る曲ってどの曲も新鮮に映ったんで、そう言う感覚はあんまり無かったんだけどね、大人になるにつれ生理的に合わない曲って増えてくるんだよな。

単純に曲調の好き嫌いって言うの出てくるし、曲そのものではなく曲周りの状況とか、ワタシの方の環境、心境の変化って言うのもあるな。

これって言うのは、ワタシだけではなく、みんなそんなもんだと思うんだけど、どうなんだろ?

子供の頃ヒット曲好きな方でも、大人になってヒット曲の世界から離れて行く・・これが普通の現象であるわけでさ、そう言うところから見てもそうなじゃないかな。

だからね、ワタシは嫌いな曲はありませーん・・・ってな感じで、やたらめったらCD集める方って時たまいるんだけど、個人的には信じられないんだよなぁ。

ま、曲の好き嫌い抜きで、CDをコレクションするのが生きがいって方もいるんで、一概には否定できない部分もあるんだけど。。
個人的には生理的に合わない曲・・・否、今考えれば、当時合わなかった曲になるのかな・・・は、音源を集めないヒトだからさ。


おーっと、また前置きが長くなったな、今回は、そんなヒット当時、今一つ、生理的に合わないな・・・と思った曲を一つ。

今井美樹「Goodbye Yesterday」

この曲は、今から19年前、ミレニアムで湧いてた2000年の今頃のヒット曲だ。

ただし、↑のデータから見ても分かるように、ランキング的にはそれほど派手なチャートアクションをしていたと言う訳ぢゃない。

2000年の今頃と言えば、サザンの「TSUNAMI」が1位を独走中であり、B'zの「今夜月の見える丘に」が連続1位になるかどうか・・と言う状況の頃だ。

そう言うチャートの頂点に君臨していた曲から見ると、ちょっと陰に隠れたようなジミな存在。 そんなイメージだったかもしれない。

いや、もしかすると、この曲、今となっては「知らねーな」って言う方もいるかもなぁ。それほど、ジミなチャートアクションを展開していた曲ですわ。

それでも、比較的長期間ベストテンをキープするロングヒット、売り上げも50万枚を上回る大ヒットだったんだよな。

ミレニアムっていう時代の流れとも相まって、2000年の今頃ってヒット曲も時代の動きって言う感じで、新たなアーティストがブレイクしてきたのもこの頃だ。
平井堅が「楽園」でブレイク。小柳ゆきの「あなたのキスを数えましょう」が有線から火が付き、ジワリとチャートを駆け上がりベストテンまで到達したのも頃だ。

そういった、ニューカマーの登場の中で、少し埋もれてしまったって言う印象が、この「Goodbye Yesterday」にはあったかもしれない。

まあ、でもそう思えるのも、個人的に、当時この曲、生理的に合わなかったからなのかもな。

いや、いい曲なんですよ。 今井さんらしいバラードで。

タイトルからも分かるように、根は失恋ソングなんですよね、きっと。
まあ、具体的にそう分かるところは無いんだけど、全体的な歌詞の流れで。

失恋ソングっていったら、昔はグチグチ引きずるのがオチだったじゃん。
演歌じゃないけど、酒場の隅で飲んだくれたり、泣いて泣いて泣きぬれて・・・。そんなダークなイメージが失恋ソングとしてのデフォルトだと思うし、そんな「負の感情」の部分が良いんだよね「失恋ソング」って。

でも、この曲って、失恋ソングでも、ポジティブなんだよな。

♪ Goodbye Yesterday and  Hello Tomorrow〜 ♪

割り切りが早い。

昨日までの事はすっぱり忘れて、さあ、明日から、また新たなワタシを歩いて行こう

っていうポジティブさ。

もしかすると、そういう「すぱっとした割りきり」の部分が、それまでの失恋ソングにはあんまりなかったしさ、だからこそ、そんな部分に個人的にはちょっと「違和感」を感じたのかもな。

そんなドライでいいの? 

人は変わって行く、次のステップに進むためには、それまでの自分を脱ぎ棄てて行かなくちゃいけない。 そう言うポジティブ志向は必要なんだろう。
でも、個人的にはいつまでもグチグチ「引きずる」タイプだからさ、そういうスパンとドライに割り切る心情ってよく分かんないんだよね。


っつうかさ、布袋寅泰氏と結婚して以来、今井さんの曲って大分変わっちゃったよな、っていう印象が強い。

布袋氏と結婚する以前、それこそ91年の「Piece Of My Wish」の頃までは、そんなドライな印象って無かったんだけどねぇ。
W浅野とは別に意味での「いい女」っていうかさ、ワタシらからしてみれば「いいお姉さん」ってイメージだったんだけどねぇ。

以前、96年の「PRIDE」の時にも、同じような事を書いたんだけども、布袋氏の理想の女性像というか、願望をこめた曲が目立つんだよな、布袋氏と結婚してからの今井さんの曲って。
「PRIDE」なんて、もろ布袋氏の願望だもんね、歌詞の内容は。
当時の近田春夫氏の「考えるヒット」では、そんな部分をかなりdisってたもんなぁ。もちろん、わたしも違和感だった。
でも、それを今井さんも受け入れたからこそ曲想が変わっちゃった。 そんな感じはするんだけどね。

この「Goodbye Yesterday」でも、それが出たような気がするなぁ。 初めて聴いて、まず、感じたのは「あ、PRIDEと同じだ」って言う感覚だったもん。


そんな訳で、生理的に合わなかったこの曲、本来だった手元には音源が無くてもおかしくないんだけども・・・・。

BUT、この曲、ヒット当時から音源が手元にあるんだよなぁ。たしか、当時、どなたかに音源いただいたんだよな。 で、何度も何度も聴いてるうちに、受け入れられた訳なんだよね。

キライキライっちゅうても、何回も聴いてるうちに、それも当時の「時代の曲」になるんだよな。 当時のワタシの心境を反映した曲っちゅうかさぁ。 それもワタシの中の時代の1ページだからさ。






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くじら12号 / JUDY AND MARY

1997_03_くじら12号_JUDY AND MARY



今回の1曲セレクトは、「くじら12号」JUDY AND MARYです。

まずはデータです〜。

・タイトル      くじら12号
・アーティスト    JUDY AND MARY
・作詞        Tack and Yukky
・作曲        TAKUYA
・編曲         JUDY AND MARY
・リリース日    1997年2月21日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   44.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間 :1997年3月10日〜3月31日付
・タイアップ:本田技研工業「ライブ・Dio」CM曲

やおら、先週のオリコンを見ててちょっとぶっ飛んだんだよな。
NMB48の新曲のタイトルが「床の間正座娘」だって・・・・・

なんじゃこりゃ  ・・・な世界じゃん 

秋元氏もついにおかしくなったか。それともネタぎれでなりふり構わなくなったか・・・ なんて勘ぐったりしてさ。

まあ、これも戦略の一つなんだろうけどさ。 ワシみたいなロートルオヤジでもタイトルに引っかかるっちゅうことは、若いコにとっては、もっと引っかかる・・・っちゅう。。。

でもまあ、考えようによっては今に始まった事ぢゃ無いんだけどさ。 例えば1983年のキョンキョンの「艶姿ナミダ娘」なんちゅうのも、今考えてみれば「なんじゃこれ」って感じのタイトルだしな。

・・っちゅうことで、今回の1曲は、同じようにヒット当時「なんじゃこれ」って思ったタイトルの曲をひとつ

JUDY AND MARY  「くじら12号」

うーむ、初見のインパクトからすると「床の間正座娘」よりも、「なんじゃこれ」っていう衝撃は上だったかもしれん。

なんじゃこりゃ・・・の局地だったよなぁ。 全く意味不明。 なんなの くじら12号って。。。 なんで、くじら13号ぢゃ駄目なの・・とかさ

いろいろと勘繰りたくなっちゃったわけです。

wikipwdiaによると、サッカーのサポーター番号が12番なんで、くじら12号と付けたとあるが、本当なんですかねぇ〜・・・。

いずれにしろ、タイトルには強烈なインパクトを感じたこの曲なんですが・・・。

ただ、実際の曲としては、正直、個人的にはそれほど強烈なインパクトは感じなかったな当時。

ジュディマリの曲は、この曲の前の「クラシック」って曲は好きだったんだよな。 それ以前のジュディマリってキャッチーではあるんだけども音が汚ねーな・・って言う印象が先に立っちゃって、積極的に聴きたいとは思ってなかった。 

でも、「クラシック」って曲は、「これはいいな」と思えたジュディマリの曲だったな。 それまでのジュディマリに比べるとソリッドで聴きやすかったし。

そこからすると、この「くじら12号」っちゅう曲は、それ以前のジュディマリに戻っちゃったな・・・て言う印象の方が強かった。

ま、当時既に20代半ばを過ぎていたワタシは、「素直」に音楽聴けなくなってたんだよなぁ・・というところもある。
どこか斜に構えちゃったりしてさ。

当時、ジュディマリって、ティーンとか、20代前半向けって感じだったじゃん。 つまりさ、ワタシよりも年下向けの「おんがく」って感じだったんだよな。 ま、そこが素直にこのヒトたちに向き合えなかった原因に一つだったんだけどさ。

特にこの「くじら12号」って、そんな感じだった。 そもそも「くじら12号」なんておちゃらけたタイトルからして、完全にティーンを意識した・・・って言うような感じだったじゃん。
だから、当時20代半ばを過ぎていた私からすると、ちょっとこっぱ恥ずかしかったんだよな。


それでも、どことなく気にはなってたりしてさ。

この曲、曲的にはそれほど、目新しいところは感じなかったんだけども、CD自体の音がそれ以前と変わったような気がするんだよね。 

それ以前と比べてシャープというかさ、音の輪郭がはっきりとしたな・・・っていう印象がある。
実際的にはどうなんだろ? 個人的な耳の錯覚かなぁ。

いや、でも、1996年の音と、1997年の音って、やっぱり違うんだよね。他の曲を聴いても。 1997年の曲って全般的に音の輪郭がはっきりしてると思うんだよな。 その魁がこの曲だったような印象があるなぁ。

それと、個人的にはインターネットに興味を持ちだしたのもこの曲の頃だ。 今に続くSOMETHINGが少しずつ動き出したのも丁度この曲の頃だったな。
そう言う意味では、今に続く道の第一歩という意味で、どことなく新鮮に聴こえる曲でもあったりするんだよな。





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三枚の写真 / 三木聖子

1977_02_三枚の写真_三木聖子


今回の1曲セレクトは、「三枚の写真」三木聖子です。

まずはデータでやんす。

・タイトル     三枚の写真
・アーティスト   三木聖子
・作詞       松本隆
・作曲       大野克夫
・編曲       船山基紀
・リリース日   1977年1月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位  ランクインせず
・THE HITCHART HOT30  ランクインせず


えー、2カ月ぶりの「1曲セレクト」でやんす。
前々から、毎週のように「書きたくないよー」病が勃発・・とか書いてたけど、こうなったら書きたくなるまで書くのやめようか・・・っちゅうことで、お休みしてました。
まあ、リアル仕事が1月超繁忙期だったことと、ココんところ週末、毎週のようにライブとかトークライブに行ったりして、PCに向かう時間が取れなかったっていうのが、実際のところであり、まあ、いいわけの「口実」だったりするんだけどね。。

でも、ここに来て、やっとリアル仕事も区切りがつき、久々に持ち帰りの仕事も無いんで、久々にPCに向かっております。

でねぇ、「復帰」の第1弾は、この曲を書こう・・・と思ってた曲があるんだよね。 
ま、今日、再び1曲セレクトを書いてるのは、それの時期を待ってたってのもあるんだけどさ。

三木聖子さんの「三枚の写真」。

この曲、前々から引っ張ってこようと思ってたんんだよね。 ただ、リリース時期をずっと間違えてたんだよなぁ。

秋リリースだと、ずっと思ってたんだよね。

石川ひとみさんが、この曲カバーしてたじゃん。 そのカバーバージョンのリリースが10月だったんだけど、オリジナルの三木聖子さんも、同じ頃の時期リリース・・・って思ってたんだよなぁ。

でも、調べてみたら、実際は1月リリースってことで、ずっと待ってた訳ですわ。


なんて、書いたりして・・・、気がつく方は気がつくんだけど・・・ 石川ひとみさんと三木聖子さんっていったら、「まちぶせ」が超有名なんだけど・・・。

そそそ、オリジナルが三木聖子さんで、カバーが石川ひとみさんっていう曲としてね。 

でもさ、石川ひとみさんの「まちぶせ」の次のシングルも、やっぱり、三木聖子さんの、この「三枚の写真」のカバーだったんですよね。

・・・っつか、これは全く知られていない事ではなく、70年代、80年代フリークの方にとっては「常識」的な出来事なんだけどね。

石川ひとみさん側としては、「まちぶせ」の大ヒットで色気づいたんでしょうかねぇ。全く同じ戦法って行った訳なんだけども、結果は・・・・。

歴史が物語っていますわな。 世の中、そんな甘いもんじゃありません・・・っつう訳ですわ。
オリコン最高位37位。売り上げ6万枚。 「まちぶせ」が約40万枚の売り上げだったから、1/6程度のセールスヒットだったんだよね。

まあ、、オリジナルの三木聖子さんも、 それほど売れた訳ではなかったんだけども。それでも100位には入ってたよな・・・と思いきや。。。

あらららら、うっちょ 100位に入ってな〜い

うーん、そうだったかなぁ。 その割には、これまで何度も聴いてきたなぁ・・。 そもそも、この曲リリースされた頃、ワタシ、まだ小学1年生で、当然ヒット曲の世界には足を踏み入れていなかったんだけども・・・。

それでも知ってた訳だから・・・。

ま、確かに、個人的に、最初にこの曲を聴いたのは、石川ひとみさんバージョンだったけど・・。 
確か「8時だヨ 全員集合」だったと思う。

「まちぶせ」のような、小悪魔的なインパクトは無かったんだけども、 純真かつ素朴な世界に、なんか引っかかったのを覚えてる。

特に♪ 16の頃〜 あなたは18〜 ♪ っていう出だしの歌詞だよなぁ。 ワタシに対して、2歳年上の彼氏と言う設定で物語が進んでいく。 2番が ♪ 18の頃 あなたは20〜  3番が ♪ 20の私 あなたは22〜 ♪
・・と自ずから、ワタシと2歳上の彼と言う流れで話が進んでいく。

そんな状況というか場面設定っていうのかなぁ・・・そこが面白かったし、引っかかったんだろうな。

こういう時間軸の流れのなかでの物語の場面設定は、流石は松本隆氏だよな・・・って言うところなんだけどさ。

そそそ、太田裕美さんの大ヒット「木綿のハンカチーフ」とか「赤いハイヒール」と物語の流れは似てるところがありますよね。

その辺り、やっぱ、太田裕美さんと三木聖子さん、同じナペプロってことで、スタッフ側がらのリクエストがあったんでしょうかねぇ・・・。 まあ、その辺はを良く分かんないけども・・・。

ちなみに、石川ひとみさんもナベプロだったわけで、一連のカバー劇も、結局は「内輪」の話な訳ですわな。

ただ、この「三枚の写真」については、どう転んでも、オリジナルの三木聖子さんバージョンに軍配を上げたくなる。そんな印象が強いんだよな、個人的には。

アイドル色が、より強い石川ひとみバージョンに対して、どことなくフォーキーな匂いがする三木聖子さんバージョン。 より大人の香りがするんだよね、三木聖子さんのバージョンは。

歌いだしが「16と18」っていうティーンの頃を歌って入るけども、最終的には「20と22」って言う「大人」の恋にまで昇華するこの曲は、やっぱり、より大人っぽい方がしっくり来る。

その違いなんじゃないかな。

ちなみに、作曲は大野克夫氏で、 三木聖子さんバージョンのアレンジは船山基紀氏。

時代的に船山氏も、まだアレンジャーとしては駆け出しの頃で、中島みゆきさんの後の仕事だと思うし、だから、こういうどこかフォークの匂いがするアレンジだったのかもなぁ。

で、気がつくヒトは気がつくだろうけど、大野克夫氏と、船山基紀氏といえば、この曲のすぐ後に、件のジュリーで、「勝手にしやがれ」を初めとする大ヒット曲群を手掛ける事になる。

この曲は、そのきっかけともなっているんですよね。 まあ、やっぱりナベプロつながりではあるんだけど・・・。



動画・・・ さすがにオリコン100位にも入ってない曲がある訳ないか・・・と思ったら、あったんです。



ぷぷぷ・・・・ようつべ以外からはブロックされてる・・・。
見たい方は、ようつべに飛んで見てくださいね。

動画は、母親が本人には内緒でスタジオに現れ、涙で歌えなくなった「夜ヒット」のシーンなんだけど・・・。

三木聖子さんって、この「三枚の写真」の後、程なくして電撃的にゲーノー界から姿を消したんだけども、この時の夜ヒットに母親を呼んだ事が、そのきっかけだったとも言われてますね。

いずれにしても1975年のデビューから約2年間の芸能活動、そのうち歌手としての活動が10カ月。シングル3枚。アルバム1枚 のみのリリース。
「幻のアイドル」と呼ばれるのも分かります。





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20年目に突入!

気がついてみると、自分のサイトTHE HITCHART NOW AND THEN」 も今日から開設20年目に突入。
(開設2000年2月3日) 

19年前の今頃は、サーバーに大挙してファイルをアップロードしてた頃だ。なんせ初期ファイルだけで1500以上のhtmlファイルがあったんで、時間かかったんだよな。
回線も今のような「光」ぢゃなくて「ISDN」64Kだったし・・・。...

でも、あの、なんとも言えない不安感とワクワク感、今でも覚えてるわぁ。


最近は「のらりくらり」とだけど、飽きっぽいワタシが、よくまあココまで続けてこられたわな。
まあ、たしかに、途中、ドメイン管理費の金が無くて、一時、独自ドメインも手放してたりなど、紆余曲折はあったけど。。


とりあえず、来年の開設「20周年」に向けて引き続きのらりくらりと続けて行きまする。

時代は進んでいる

「ねごと」解散。

https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/aoyama?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharefacebook&utm_term=.ti258xJxZ&ref=mobile_share&fbclid=IwAR0l9rukfHzg_L5ZSvi8Az_w1vX1zgrgNMCyCQSkR_9cDAYZIHYVag7YgxM


そうか、「ねごと」も解散かぁ。
auのCMにデビュー曲の「カロン」がタイアップされ、引っかかったんだよな、このコたちには。
デビューの年、初めてCOUNTDOWN JAPANでは、年甲斐も無く最前列で見たっけ。
あれから9年。このコたちの音楽には、なぜか引っかかる曲が多かった。
まあ、同じ「千葉県」っていうよしみもあったことはあった。...
でも、それ以上にキニなるサムシングがあったんだよな。
いわいるロキノン系のカテゴリーに入るバンドだけど、ロック、ロックしていない、むしろポップ系の匂いが強い。 そこが良かったのかもしれない。
そこが、同じロキノン系ガールズバンドであるロック色の強い「赤い公園」なんかより取っつきやすかったんだろうな。

兎も角9年間お疲れ様でした。

今年は2019年。2010年代最後の年ですわ。そして2010年、10年代最初の年にデビューした人たちがこうして活動停止していく。
時代は確実に動いているんだな・・・ってのが分かるね。

昔、山口百恵さんの曲で「しなやかに歌って」っていう79年リリースの曲があった。 サブタイトルが「80年代に向かって」だった。 そこから見ると、そうなんだよな、今年は、もう次の年代−2020年代−への助走の年なんだよな。 
 ただ、今のところは、「次の年代」を見据えた、音楽界の形っていうのが、まだ、あまり感じられない。次の時代をリードして行きそうなニューカマーアーティストもまだ少ない。 まあ、去年は「あいみょん」や「米津玄師」と言うヒトたちが出てきたけど、そこに続く人たちが、今のところ、まだはっきりしないんだよな。

次の時代、どういう音楽、アーティストが時代を引っ張って行くのか、今年はそれを問われる年でもあるんだけれど。。。

編曲家という仕事〜男性アイドルの楽曲を中心に辿る船山基紀の世界〜

ココんところ、1曲セレクトも書かずに、ライブイベントの事ばっか書いてるよなぁ・・・。

・・・なんて言われそうだけど、今回もトークイベントについてです。。。。

先日27日(日) 東京・三軒茶屋のライブハウス「グレープフルーツ・ムーン」で行われた、ケモノディスクさん主催「編曲家という仕事〜男性アイドルの楽曲を中心に辿る船山基紀の世界〜」に参加してきました。

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タイトルにもあるように言うに及ばず、70年代以降のヒット曲には欠かせないアレンジャーの一人である船山基紀氏のライブイベント。

ゲストMCは、NONA REEVESのボーカリストであり、音楽プロデューサーでもある西寺郷太氏。

結果から言うと、めっちゃ楽しいイベントだったぁ

船山氏の気さくなトークと、ジャニーズ愛にあふれた西寺氏の絡みあいがめちゃくちゃよかった。

ま、イベントタイトルにも「男性アイドル」とあるように、ジャニーズ、特に船山基紀氏が深くかかわってきた、田原俊彦氏以降のジャニーズの楽曲について、アレンジャーという船山氏の立場から考察して行くって言うトークライブだったんですけどね。

いやいや、聞けましたよ、天下のジャニーズがゆえに、ここでは詳細をかけないような事を。。。

まあ、確かにモノノの本にも書かれているようなこともありましたけど、実際に音楽の面から直接ジャニーズと関わってきた船山氏ならではの生の声は、やっぱ文章で書かれているよりも現実味と説得力がありましたねぇ。

そりよりも、実際に曲を聴きながらの解説にも説得力があったなぁ。 なんせ、トシちやんの話題だけで1時間も費やしましたから。。。 そんなイベント、今までなかったよなぁ。

今まで、モノの本では書かれてなかったようなことも初めて聞けたしな。

例えば・・

・トシちゃんとは、デビュー第2弾の「ハッとして!Good」ので初めてアレンジをしたが、ディレクターの羽島亨氏から、この曲のアレンジの注文は特になかったんで好き勝手に作った。
踊れる曲って言うことを前提に考えたら、グレンミラーが浮かんできて、それをモチーフにアレンジを考えた。
レコードのプレイヤーは、Dr 林立夫(ニッポンの編曲家では山木秀夫氏となっていたが・・・)、G 矢島賢 キーボード 矢嶋マキ、Sax ジェイク・H・コンセプション だったそう。

・同じくトシちやんの作家ブレーンだった、作曲家の宮下智さん。 上記の「ハッとして!Good」や「ブギ浮ぎI love you」「キミに決定」の作曲で、この曲のアレンジを船山氏が手掛けたけど、一度も会った事が無い。
もしかすると、架空の人物じゃないか・・・と思っていたそう。

・・・これについては、結構、そう思われてた方が多いようで、一種の「都市伝説」的になっていますね。
でも、宮下智さんって実在するんですよね。 明星の付録の「ヤンクソング」、1981年10月号にインタビューが載ってるし。。。

・少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」のイントロ。 ジャニーさんからはなかなかOKが出ず、半ばヤケクソで作ったのが、イントロの冒頭の、インパクトが強い全音階を使ったシンセ。 あれは、大谷和夫氏が手弾きしていたそう。 
・・・いやいや、これはいままで全く知りませんでしたね。 あのシンセはシーケンサーで自動演奏しているものと思ってました。まさか大谷氏が手弾きしてたとは・・・。 ただ、大谷氏も腕が攣りそうになりながら弾いてたとか。

・同じく少年隊の「ABC」は、ドラム、ギター、ベース、ブラス・・・etc全ての楽器をシンセと生で演奏したものを同期させたもの。 音の圧のかかり方が違うんで、そうしたとのこと。
ただ、使用したチャンネルが当時48チャンネルだったマスターテープ3本分・・・っていうから100CH以上ですね・・を気が遠くなりながら編集したのが、このオケだったそう。
おかげで、スタジオじゅう機材だらけ、めちゃくちゃ金がかかった1曲だったそう。 まあ、ジャニーズっていうブランドのおかげもあるけど、当時は湯水のごとくお金をかけれたようですから・・・。今じゃ、まず無理だよな。

・・・などなど、面白い話がてんこ盛りでした。

それにしても、船山さんの話をまさか目の前で聞けるとは・・。 初めて明星のヤンソンで船山氏の存在を知ってから38年。 まさか、こんな日が来るとは夢にも思わなかったなぁ。

たしかに件の「ニッポンの編曲家」で、アレンジャーやディレクターなど、ウラ方だった方々にスポットライトが当たり、ちょっと前までは考えられなかった流れになってきた・・とは言え、1年前でも考えられなかったですから・・。
今回の企画を考えていただいたケモノディスクの方々に感謝

次は第2弾として「女性アーティスト編」のトークイベントを是非   ・・・なんてね。。

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売野雅勇&芹澤廣明トークライブ「渋谷でおとなのレイディオショウVol.1.1」

ココのところ、ライブトピックスばっかりで恐縮なんだけど、昨日、作詞家・売野雅勇氏と作曲家・芹澤廣明氏のトークライブ「渋谷でおとなのレイディオショウVol.1.1」参加させていただきました。

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いや〜楽しかった 本当にあっという間の2時間でした。

売野氏、芹澤氏ご両人の作家人生のターニングポイントになった、中森明菜「少女A」の制作秘話から、チェッカーズの初期楽曲について、そして岩崎良美氏の「タッチ」について・・・etc

恐らくそう言う話題中心のトークライブになるんだろう・・と分かってはいても、やはり、両人から直接話を聴けると真実味が違いますね。リアリティを感じる。

例えば、「少女A」については、当初はあれほどの大ヒットになるとは全く思っても見ていなかった事。 ワーナーパイオニアのトイレで、「売れてもせいぜい数万枚」って言う話をしたっていうのは、昔、月刊明星のヤンソン84年11月号の人気作家インタビュー記事にも記されているけど、実際にそうだったこと。

チェッカーズのフミヤ氏、デビュー当時は大人しく芹澤氏の車を洗車したりしてたけど、売れて1年も経たないうちに「生意気」になった事、さらに3年もしないうちに「芹澤氏の曲なんか歌いたくねー」と言いだした事なん「赤裸々」に話していただけましたねぇ。

昔、高杢氏の著書「チェッカーズ」に書かれてた事って、あながち嘘じゃ無かったんだ・・って言うのが分かったりして。。

ただ、芹澤氏曰く、生意気な奴ほど、第三者には歌ごころが伝わるとのこと。2枚目で、性格が良くて真面目な奴は、いくら歌がうまくても、第三者には伝わらない。 この辺がエンターテイメントビジネスの不思議なところでもあり、かつ面白いところ・・・まあ要するに遠巻きに、フミヤの事を擁護してる訳ですね。
30数年前、ああいわれたけど、今じゃなんとも思っていない・・・と。

と言いながら、芹澤氏曰く、俺から離れて自分たちで作った曲は、ツマンねー曲だったと、会場を沸かせておりました。 (⇒多分「NANA」の事だとおもうけど・・・)


その他、これまで知識として知らなかった事
.船Д奪ーズの「ギザギサハートの子守唄」のイントロは、その昔、沖田浩之氏に書いて売れなかった曲の「焼き直し」だったこと。
⇒コレ、ウチに戻ってから確認してみたところ、82年リリースの「気絶するほど悩ましい」のB面の「ヒカル」の事と思われます。ようつべにあったんで聴いてみたら、たしかに似てる。。。

https://www.youtube.com/watch?v=svEzvb1WJg0


岩崎良美さんの「タッチ」は、なかにし礼氏作詞の「ホテル六本木」っって曲の焼き直しだったこと。
これは流石に本人から言われなきゃ知らないよなぁ。。。
でも、演歌じゃさすがに似あわないんで、疾走感が出るようポップス調にアレンジしたとのこと。
高校の時、野球応援で「いや」と言うほど吹いた「タッチ」の元曲は「演歌」だったとは。。。。
だけど「ホテル六本木」って曲も「タッチ」と同じ85年リリースだったんですね。ってことは、すぐ焼き直したって事になりますね。

ちなみに「ホテル六本木」って誰の曲? ・・・って思って調べてみたら、桂木佐和さんっていう、元ペドロ&カプリシャスの「4代目」ボーカリストだった方・・・とのこと。
うーむ、さすがに、これは知らんぞ〜。 ってか、「ホテル六本木」って聴いてみたいんだけども、ようつべにも載ってないなぁ・・・。一体どんな曲なんだろう
でも、ヤフオクには出品されてた・・・。なんかちょっと聴いてみたい。落札してみようか・・・・。

etc etc まだ書きたい事がいっぱいあるんだけども長文になりそうなんで・・・。

ちなみに、売野氏のトークライブ「おとなのレイディオショウ」。今回は第1回目・・ということで、年内に2回目、3回目を開く予定があるとのこと。
2回目は「あのアイドル」の参加もあるかも・・・とのことでしたが・・。

うーん、一体誰の事なんだろう  
荻野目洋子さんですかね〜

いずれにしても、第2回目が開催されるなら、また参加したいと思うワタシです。

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