かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

渚のファンタシィ / 酒井法子

    1987_06_渚のファンタシィ_酒井法子


今回の1曲セレクトは、「渚のファンタシィ」酒井法子です。

まずはデータでする。

・タイトル    渚のファンタシィ
・アーティスト  酒井法子
・作詞      竹花いち子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      新川博
・リリース日   1987年5月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 6.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月8日付

いやー、いつ以来でしょうねぇ「1曲セレクト」。。。3週間ぶりの「更新」となりまする。
いや、サボッてた訳ぢゃないんですけど。。。 その間、前回更新した時にも書いた、「痛風」の発作が悪化してしまいまして。。。 歩行困難ですよ。歩けない・・の前に足をつくだけで激痛が。。。
久々に、トイレまで「這って」行くハメになってしまっておりました。
それもようやく落ち着きーの・・・と思ったら、先週は、ワタクシ主催の「合宿」形式で「ヒット曲」をオールナイトで観賞するオフ会を開催いたしまして・・・。

そんなこんなで、暫くずっと更新できない日々が続いていたんですよね。 久々の完全(でもないが。。)オフ日ということで、ようやく1曲セレクトを書いておりまする。

その間に書きたい・・と思ってた曲も少し溜まってきたんでね、ちょっと間髪いれず書いて行けたらな・・・なんて思ってるところです。。。

・・・っつうことで、今回はそんな書こうと思った1曲。

酒井法子「渚のファンタシィ」

1曲セレクトも結構曲数を書いてきたけど、これまでノリピーの曲って、それほど書いて来なかったんだよな。
まあ、例の「クスリ」事件で心証悪くしてた時期も長かったし、なによりヒット当時からそれほど真剣に聴いてなかったってのもあるかなぁ。

この曲はデビュー2作目のシングルですわな。 数多くの「アイドル」がデビューした87年デビュー組の中では、頭一つ抜けてるかな・・・なんて印象が個人的には、このヒトにはあったんだよね。

でもって、アイドルの場合、件の通りデビュー第2弾がブレイクすると、その後「化ける」っていうジンクスがあったからさあ、ある意味この曲は「勝負曲」だったんじゃないかなぁ。

・・・とは、当時から思ってましたね。曲的にモロ「夏」をイメージした曲だったじゃん。 路線的に言ったら、松田聖子女史が、デビュー曲の「裸足の季節」⇒第2弾「青い珊瑚礁」と辿った路線に似ていた訳ですわ。

なるほどぉ、松田聖子に去られた、サンミュージックとしては、ポスト聖子として期待されている訳ですわな・・・っていうのが見え見えだったりしてさ。

だからね、この曲はそこそこ行く(売れる)んじゃないかなぁ・・・なんて個人的には思ってたんだけどねぇ。

BUT、今一つ上手く行きませんでしたねぇ。

オリコンでは最高4位まで行ったし、「ザ・ベストテン」でも3位・・・なんて上位まで行ったものの・・・。
後が続かなかったんだよねぇ。チャート的に言えば、超短期ヒットって言うのかなぁ。まあ、今の曲で普通に見られるチャートアクションだよね。

うーん、なにが行けなかったんでしょうかねぇ・・・。

やっぱりね、以前も何回か書いたけど、季節的なもんだよね、5月にモロ「夏」のイメージの曲と言われても、今一つピンと来なかったのは確かだしなぁ。
そそそ、最近でこそ5月で真夏日とか普通にあったりするけど、30年前はまだそんなことは「稀」だったしさあ。
「梅雨寒」っていうコトバもあったくらい、5月、6月っていうと、まだ肌寒い日が多かったのよ。

実際、この曲のイメージってさあ、なんか寒さで震えてる海・・・って言うイメージだったりしてさ。

いや、季節的なところ以外にも、実際、曲調的にも、「夏」の太陽を感じさせる温度感が今一つなんだよな。
たしかにアレンジ的には「夏」を感じさせるような「施し」はしてあるけどさあ、 全体的に言えば今一つ「抜けて」来ないって言うかさあ。

ノリぴー自身の歌唱力ってのもあったな。まだまだ安定感がなかったよな、この曲の頃は。まずもって、腹からじゃなくて、ノドから声が出てる感じだったんだよね。だから、まだまだ歌唱力に安定感が無くてさあ。
その辺だったのかなぁ。

このヒトが本当の意味で、抜けてきたな・・・って感じたのは、この曲の1年後の「1億のスマイル」位からかなぁ。

まあ、アイドルとしての営業スマイルはピカ一だったけど。 っつうか当時はアイドルも供給過多だったんでさあ、営業スマイルだけじゃ、人気は取れない時代になってたんだよね。

この曲の作曲は、ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏。 この当時はよくアイドルに曲を書いてたよなぁ。
この曲の直近では、浅香唯さんの「STAR」とかさ。
ただ大体がヒットと言う意味では、もう一つだったんですよね。 この曲もそうだけど、ポイントがもう一つ絞れていない・・・っていうかねぇ。どこか弱いんだよねインパクトが・・・。
ゴダイゴで大ヒットを出してた頃のようにはなかなか行かなかったんだよなぁ。




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高気圧ガール / 山下達郎

1983_05_高気圧ガール_山下達郎


今回の1曲セレクトは、「高気圧ガール」山下達郎です。

まずはデータです。

・タイトル     高気圧ガール
・アーティスト   山下達郎
・作詞       山下達郎
・作曲       山下達郎
・編曲       山下達郎
・リリース日    1983年4月23日
・発売元      アルファムーン
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数 12.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 24位
・タイアップ:全日空「リゾートピア沖縄」キャンペーンソング

いい天気ですわ。気候も暑くも無く寒くも無く丁度いい塩梅だし、もうね、どこかに逃亡したくなるよなぁ。
まあ、現実問題逃亡することなんても出来ないし、せいぜいリゾートミュージックでも聴きながら、現実逃避な日曜日を過ごしますか。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな「リゾート」感たっぷりな1曲を

山下達郎「高気圧ガール」。

この曲は、1983年の全日空(今の「ANA」ね)の「沖縄」キャンペーンソングとして、春先からTVCMでガンガン流れてた1曲ですわ。

タイトルの「高気圧ガール」ってどういう意味やねん  って感じだけど、インパクトは感じたよなぁ。タイトルを見ると、CMで流れてたサビの

♪ 高気圧ガ〜ル〜 ♪ って部分のメロディが、まだ山下達郎氏の音楽なぞ聴いてなかった、当時中学2年のワタシでも、脳裏に浮かんだもん。

↓ コレ



そそそ、当時は、まだ山下達郎氏の「音楽」は聴いてなかったんだよな、ワタシ。
この曲なんかは、CM効果もあってスマッシュヒットになった訳で、だからラジオでもちょくちょく流れてたと思うんだけども聴き流しだったんだよね。 ほとんど聴いたそばから右から左に抜けてたような感じだったもん。

やっぱさあ、当時はアイドル中心だったから聴いてたのは。 まだお子ちゃまだったんだよね実際の部分は。
業界人にして、「これは本物だぁ」て言わ占めるような音楽は、まだまだ敷居が高かったわけですわ。

・・・かといって、通ぶって、達郎氏の「師匠」にあたる大瀧詠一氏なんぞ聴いて、「いいねぇ」なんて言ってたり。   まさに中2病。

山下達郎氏の音楽を理解出来るようになったのは、ホントに最近だもの。 いや、本音を言うと、山下氏のライブに行くようになった今でも、ちょっと敷居の高さを感じたりしてるんだけどさ。

なんかさ、BGMとして聴き流しちゃいかん、ちゃんと正座して曲と対峙しなくては・・・なんていう気分にさせされるんだよな。 うん、本気で聴かなきゃバチがあたる・・・なんて感じで。そんな気分にさせられる音楽なんですよ、山下氏の音楽は。

兎に角、音に対するこだわりが強いでしょ。 この曲にしたって、♪ トゥルルル〜 ♪ってアカペラコーラス始まるイントロの部分からして、一人山下達郎って言われる例の「多重録音」。 どこを切っても山下氏・・・って表現はよくないか コーラスの全てが山下氏1人でやってるこだわり様だしさ。 やっぱ、これはちゃんと聴かなきゃ・・・って思っちゃうんだよね。

曲を聴くのに結構なエネルギーを使うし、だから、ついつい「ながら」で聴ける音楽に流れちゃうんだよな。

まあ、リゾート感が強いこの曲は、そんな山下氏のなかでも軽い気持ちで聴ける1曲ではあるんだけどさ。

この曲は、ANAのCM曲と言う事もありシングルとしてリリースされた訳だけども、もともとはこの年にリリースされたアルバム「Melodys」の中の1曲。 「Melodys」アルバムの先行シングルですね。
このアルバムでは、夏のリゾート感が強いこの「高気圧ガール」と、まさに対極にあるのが、アルバムのラストナンバーとして収録されている「クリスマスイブ」なんだけども。この曲も、例のカノン部のアカペラコーラスは、「一人山下達郎」な多重録音なのは有名すぎるくらい有名だしね。
つまりはと言えば、多重録音で始まって、多重録音で終わるアルバムなんだよね。

これだけ多重録音を多用したのも、このアルバムからだし、いろんな意味で、その後の山下氏を決定づけたようなアルバムなんだけとさ。

まあ、個人的に、それに気が付いてきたのは、85年の「風の回廊」からかなぁ。 この曲の複雑なコーラスワークによる多重録音の発展ぶりは、この「高気圧ガール」の比ぢゃ無かったですからねぇ。

そういう「技術」的な所を含めたこだわりぶりは、この曲がリリースされた時点では見抜けなかったんだよなぁ。
というか、音楽に対してそう言う聴き方も出来なかったしな。



むむむ、リンクが無効になってやがる。。。 申し訳ないんですが、上に張られてるようつべのリンクから聴いてね。

しかしねぇ、今聴くと、ホント、この曲がリリースされた辺りから当時のヒット曲の曲想が変わってきたのは、当時も感じてたなぁ。
まず、この曲はもろそうだけど、 ↑でちょろっと書いた大瀧詠一氏。「いいねぇ」って思ったのは、この頃、三ツ矢サイダーのCMで使用されていた「Cider'83」って曲なんだけど

↓コレ


たかが30秒CM用のこの曲からもリゾート感を感じたんだよなぁ。

それまでの80年代、特に前年の82年のヒット曲ってもっと泥臭い曲が多かったんだよね。 まあ、銀蝿一家全盛だったし、なんていうのかな、ブルーカラーっぽい汗と油にまみれた・・・のような。
そう言う意味では、まだまだ70年代の流れを引きずっていた所はあったと思う。

そんな状況が今回の「高気圧ガール」とか、大瀧氏の「Cider'83」が出てきた頃には一掃されたって感じでさ。
ニューミュージック界だけでなくアイドルのヒット曲も、それまでのジトッとした空気感から、カラッとした曲が多くなったしな。
 世の中が全体的に「都会的」になって来たというかね。例のカフェバーが流行り出したのもこの頃からだし。世間的な雰囲気が、前年までとはだいぶ変わったな・・・っていう思えたのが、この頃からなんだよね。
80年代も新たな一面を見せてきた頃ですわ。


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何も言えなくて・・・夏 / J-WALK

1992_05_何も言えなくて・・・夏_J-WALK


今回の1曲セレクトは、「何も言えなくて・・・夏」J-WALKです。

まずはデータです。

・タイトル     何も言えなくて・・・夏
・アーティスト  J-WALK
・作詞      知久光康
・作曲      中村耕一
・編曲      J-WALK
・リリース日   1991年7月21日
・発売元    メルダック
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 98.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月1日〜2月8日付

最近は「ヒットチャート」も完全に崩壊していると言われている。毎週チャートを見ている方なら一目瞭然だけど、今はチャートの上位にランクされるのは、初登場の週のみで、「あっ」と言う間もなく、ランクを転げ落ちていく曲が大多数を占めている訳だからさ。
 だけども、昨年のヒットチャートを見ても分かるように、ここ2、3年、そんな「右肩下がり」の直線チャートではなく、逆にロングヒット傾向の曲も増えて来ていることも事実。

例えば、星野源の「恋」とかさ、この曲のチャートアクションは「異常」・・・・うんにゃ過去にもほとんど例が無いような「異例」とも思えるほどのロングヒットだもんな。 去年だったら、その他、RADWIMPS」前前前世」とか、宇多田ヒカルの「花束を君に」なんかも、そんなロングヒットに数えられましたね。

まあ、最近はCDセールスと併せて、配信セールスというのも一般的になってきたし、それがロングヒットの要因にもなって来ましたからね。 ただ、配信セールスの傾向として、ロングセールスになった曲は、これまでのレコード、CDセールスに比べても極端なロングセールスになる傾向が強く、それいえに、星野源の「恋」のような、いままでのロングヒットでは例が無いようなチャート上位居座り型のロングヒットになっているんだよね。

これも、CDのような「モノ」とは違い、「商品在庫」の有無がかからない配信ならではの傾向と言える訳なんだけどさ。

でも、振り返ってみれば、極端なロングヒット傾向の時代って、昔もあったんだよな。

今回の1曲セレクトは、そんな超ロングヒットとなった、この曲をひとつ。

J-WALK 「何も言えなくて・・・夏」

まあ、この曲と言えば、ワタシら世代の方で知らない方は、ほとんど居ないであろう・・・ってくらいの曲ですわな。
90年代前半、カラオケっていえば、この曲・・・ってくらい定番中の定番曲だったもんなぁ。

かく言うワタシも、この曲は今まで何回カラオケで歌ったことか・・・。

ただ、この曲、最初はカラオケで火がついた訳じゃないんだよね。 元々は91年7月のリリース。 で、最初に火がついたのは「有線」なんだよね。

今までも「有線発」のヒット曲って、この1曲セレクトでも大分書いてきたけど、この曲もその中の1曲。 いや、そんな「有線発」のヒット曲の中でも、特にロングヒットになった1曲と言ってていんじゃないかなぁ。

「有線」と言うと、どうも「演歌」って言うイメージが、昔も今もあるんだけども90年代の特徴としては、演歌ではなく、J-POPのヒットが多かった事だよね。 
で、いずれもロングヒットの傾向が強いのが、有線発のヒットの特徴なのよ。

いわいる「口コミ」で広がっていくヒットだよね。 まあ、有線っていう特性からして能動的に音楽を聴くというよりは、BGMとして受動的に聴く・・・というか、音楽が聴こえるって言う部分が強い訳でさ。

そんなBGMとして、たまたま「聴こえた」曲が、どこか引っかかって・・・ってところが強い訳でさ。 そういて少しずつ曲が広がって行くっていうのが特徴なわけでさ、だから、当たるとロングヒットになるところが大きいんだよな。

まあ、本来の意味でのヒットに近いんですよ、有線発のヒットっていうのは。


 この「何言えなくて・・・夏」って曲は、上で書いたようにCDリリースは91年夏で、たしか91年の終わりごろには有線の上位に来ていたと思う。

ワタシも自主チャートを作っているからさ、そのころからこの曲は気になっていたんだよな。
ただ、曲は聴いたこと無かった。ラジオでかかる訳でも無かったからさ、最初の頃は。 あくまで「有線」で人気があったってだけでね。

それでもジワリジワリと有線チャートを上げて行き、それとともにCDが売れだしたのは、明けて92年に入ってからだったんだよな。

個人的に初めてこの曲を聴いたのは、確か92年の4月頃だったと思う。 
率直に「いい曲じゃん」なんて思ったなぁ。 なんで、こんな「いい」曲が埋もれたのか・・・。いや、有線のおかげでアンダーグラウンドな存在からオーバーグラウンドに出てこれて感謝・・・と言うべきか。。。

ただ、それでもベストテン入りはしてなかったけどね。 そそそチャートの20位近辺を上がったり下がったりしてたんだよ。92年中ずっとそんな感じだったんだよな。

ま、それいえに、どの時点から「ヒット」としたものか・・・っていうのも難しいんだけどさ、とりあえず、個人的に、この曲と言うと、92年の今頃って言う印象が強いんだよね。 この曲と、GAOの「サヨナラ」がセットになっているような感じでさ   なので、このタイミングでこの曲を持ってきたんだけどさ。

ベストテン入りしたのは、さらに明けて93年に入ってから。 そそそ92年の紅白にこの曲で出演した効果があらわれて、93年の1月だったもの、初めてオリコンでベストテン入りしたのは。 リリースから1年半もかかった訳だ。
それでも、最高位は、オリコンで7位。 ワタシのチャートでも最高9位・・・と、上位まで進出した訳ではない。

でも、それまでロングヒットしてきた実績の蓄積があったからねえ、ベスト3にはいらなくても、ましてや1位にならなくても、みんなが知っているような曲になったわけよ。

突発的に売れる曲もいい。 でも、こういうジワリジワリ売れる曲っていうのもヒット曲の魅力の一つだしさ、そう言う曲のチャートアクションっていうのも、ヒットチャートも醍醐味の一つなんだよな。




こういう「骨太」なボーカルの曲って最近少なくなってきたからなぁ。 
草食系のボーカルにも飽き飽きしてきた訳でね、こういう「肉食系」・・というか、骨太なボーカルの曲も聴きたくなる訳よ。
骨太なボーカルだけど、メロディアスなんだよな。 曲がすっと入ってくる。 これも有線発のヒットの特徴なんだよな。 一言で言えば「キャッチー」な曲が多いって事。


ちなみに、この曲に対して、「冬」バージョンなのが「何も言えなくて」。。。 うむ「・・・夏」がタイトルなんだけど、メロディは全く同じ。 歌詞もほとんど同じ・・・。
ちがうのは、 歌詞の最後に「メリークリスマス」って入って事だけなんだよな。 一応クリスマスソングになっているのよね。
 

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チェリー / スピッツ

  1996_05_チェリー_スピッツ

今回の1曲セレクトは、「チェリー」スピッツです。

まずはデータでする。

・タイトル     チェリー
・アーティスト   スピッツ
・作詞       草野正宗
・作曲       草野正宗
・編曲       笹路正徳、スピッツ
・リリース日    1996年4月10日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  161.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年4月22日〜6月24日付


またまたトートツですが、「痛風」発作中どぇす 
そうなのですね、ワタクシ20年来の「痛風持ち」でして。。。。 

ここ暫くは定期的に病院に通って薬飲みながら「尿酸値」コントロールして来ていたんで、暫く「激痛」(⇒発作)は出てなかったんですが、昨年、それまで通ってたクリニックが突然閉鎖になりまして。。。。
新たなクリニックを探さなきゃなー・・・・なんて暫くほったらかしにしてたら、来ましたね、久しぶりに、この脳天を突き抜けるような激痛が。。。

まあ、今回は全く歩けないほどじゃないんで、めちゃくちゃ酷い痛みと言う訳ではないんだけど、これ以上酷くなったらヤバイってことで、急遽、ネットでよさげなクリニックを見聞。水曜日に行って、血液検査と診察をしてもらいましたわ。
今日もね、夕方から診察なのですよ。。。 なので、早く書いてしまわなくては。。。


・・・・ということで、1曲セレクトですね。

ここんところ、「古い曲」を続けてきたんで、今回はちょこっと、時代を戻してみますか・・・ということで、この曲をセレクト。

スピッツ「チェリー」

うーむ、こんな大ヒット曲もまだ書いたなかったんですな、今まで。
まあ、大ヒット曲と言っても、個人的な中では「昨日のヒット」っていう頭がずっとあったんで、今まではずっと素通りだったんだよね。
それと、90年代中盤の曲ともなると、他にもレビュってるヒトも結構いるしさ、だから、ワタシが書かなくてもいいか・・・みたいな気分にもなったりしてたしさ。

でも、考えてみれば、もうこの曲のリリースから21年経ってるんだよなぁ・・・。ということで、もういいよね、ということで、セレクト。

 未だにこの曲と言ったら、「桜」のシーズンになると、ラジオを初めメディアでよくかかる訳で、だから「桜」ソングの一つに数えられている訳だけどさ、今となっては。

でもね、実際はどうだったか・・・っつうと・・・・、 大体ね、ここで「今頃」書いてる訳なんで、桜ソングって言うイメージは無いんだよな。

たしかにリリースは4月10日なんで、地方によっては「サクラ満開」のところもある訳なんだけどね。
こちら関東地方では、すでに桜が散った頃だったんですよ、この曲がリリースされたのは。
しかも、ヒットのピークは、ゴールデンウイークから今頃の時期だったからさあ、「桜ソング」というよりは、「若葉の頃」っていうイメージなんだよな、この曲と言ったら。

まあ、チャート的にも結構上位で粘ってたからなぁ、この曲は。 今当時のオリコンを見たら、週間売り上げ10万枚以上を6週間も続けてたんだよね。
今、どっかのアイドルグループは1週目でミリオンに到達しても6週も10万枚上をキープなんて出来ねぇしな。

そんなイメージも残っているんだよなぁ、この曲には。だからね、必ずしも「桜ソング」だけのイメージじゃ無いって言う感じるんだよね。

ちなみに、オリコンでも1位を聴くろしてるけど、1位獲得は、初登場時ぢゃなく、登場4週目の、1996年5/13付。つまりは96年のゴールデンウイークの頃。 それだけ安定した売り上げを比較的長く続けていた曲って訳なんですわ。

でも、誰がそうしたのかはよく分かんないんだけども、今となっては「桜ソング」の1曲に入っちゃってたりしてさ。
まあ、タイトルで輪切りにしちゃってるんだろうけど。。。

ちなみに、この曲の「チェリー」ってタイトルは、「桜」って言う意味も含んでいるけど、「チェリーボーイ」っていう意味もあるらしいんだよね。 なので2000年代以降に「乱発」気味にリリースされている「桜」ソングとはちょっと意味がずれているところもあるんだよね。

 そもそも、この曲がヒットした90年代中盤頃までは、意識的な「桜ソング」ってほとんどなかったしさあ。もっと大きな意味で「春」って言うイメージの曲が多かった訳でね。

ま、たしかに、この曲の軽い爽やかな曲想からして、「春」をイメージするにはピッタリだったわけでさ、この曲が前年の「ロビンソン」とほぼ同じくらいの売上げを記録したっていのうも頷けるところなんだけどさ。

それでも、個人的には、この曲は「桜ソング」というより「若草色」の爽やかな風っていうイメージなんだよなぁ。


ところで、少し前に和田アキ子さんの「あの鐘を鳴らすのはあなた」を書いた時、うねうねと動き回るベースライン・・・いわいる「ランニングベース」について書いたんだけども、スピッツのベースマン、田村氏も、かなりランニンクベースを披露してるんだよな。

まあ、比較的穏やかな曲調が多いスピッツのシングル曲では、なかなかそのランニングベースマンなところが見られないけど、ライブでは、まあ、凄いんだよねこのヒトは。あたりかまわず「暴れ」まくってベース弾いてるし。

いつかのROCK IN JAPANの時も凄かったんだよな。その半狂乱的なベースにこのヒト絶対にクスリやってる・・・って思ったもん ま、実際はそんなこと無いんだけどさ。

今回の「チェリー」を初め、シングル盤を聴いてる限りでは、そんなイメージがほとんど感じられないし、ボーカルの草野氏のイメージから、むしろ草食系なイメージがあるかもしれないけど、実際はそうじゃないんだよね。

ま、もともとはパンク系バンドを標榜としてバンドを始めた人たちだからさ、逆に言えばシングル曲のイメージが本来とはちょっとかけ離れているんだけどさ。





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雨がやんだら / 朝丘雪路

1971_05_雨がやんだら_朝丘雪路


今回の1曲セレクトは、「雨がやんだら」朝丘雪路です。

まずはデータです。

・タイトル     雨がやんだら
・アーティスト   朝丘雪路
・作詞       なかにし礼
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1970年10月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  32.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1971年3月29日〜5月17日付

自分が記憶に残る「最古」の曲って何でしょうかねぇ〜。
あー、また、訳分かんない出だしにしてしまった。。。  うーむ、前も同じような疑問を投げかけた事があったような気がするけど、その時は確か、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」って書いたような気がする。

うん、確かにね、「物心」ついた後の最古の記憶としては、フィンガー5だったような気がするんだけどさ。
でもね、死んだ母親にしてみると、そうじゃなかったらしい。。。

昔、「あんた、よく歌ってたんよ」って聞かされた曲が、五木ひろしの「よこはまたそがれ」と、もう1曲が今日セレクトしてきたこの曲だったんだよな。 うーん、ワタシゃ、全く記憶にありません・・・なんだけどなぁ。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな「物心」つく前によく歌ってた曲。

朝丘雪路さんの「雨がやんだら」。

うむ、昨日書いた、クールファイブの「長崎は今日も雨だった」が「雨」の曲だたんで、そのアンサーソングではないけど、雨上がりの曲もいいかな・・・なんておもってたら、丁度目にとまった・・・こともありまして。。。

でもねぇ、この曲、ホント記憶になかったんですよね、母親に言われるまでは。

・・・というか、初めはタイトル見て、全然曲が思い浮かばなかったモノ。 いわんや誰が歌っていたのかも全く記憶にあらず。。。。

実際に、「あーこの曲かぁ」って思ったのは、88年に放送された「レコード大賞30周年記念」で過去の各賞受賞で流れたVTRを見てですよ、確か。

うん、この曲は、1971年第13回レコード大賞で、「作曲賞」をとったんだよね、確か。 作曲は筒美京平氏ですよ。
ちなみに、筒美氏は、この年、尾崎紀世彦氏の「また逢う日まで」でレコード大賞。南沙織さんの「17才」で新人賞・・・と、レコード大賞の主要3部門受賞と・・・当たり年だったんだよね。

たださ、いまこの曲を聴くと、「え? これ、筒み京平氏?」なんて思うような曲調なんだけどさ。 うん、完全なる「歌謡曲」。
個人的には、70年代後半以降の日本の「キング・オブ・ポップス」といえるような「ポップス」な筒美京平氏しかリアルタイムでは知らないからさ。 この完全なる「歌謡曲」な曲想にはかなり違和感を感じたりしたもんなんだよな。

ただ、メロディライン、特に

♪ 雨がやんだら お別れなのね 二人の想い出 水に流して〜 ♪ っていうAメロの部分。 ココですよね。

普通の「歌謡曲」とは違うところは。

出だしの ♪ 雨がやんだら〜 ♪ っていうメロディラインからして、「うむ、これは違うぞ」っちゅう、とっかかりを感じるけど、 その後の ♪ 二人の想い出〜 ♪ っていう「半音ずつ」上がって行くメロディラインだよなぁ。

この2つのフレーズだけで、「作曲賞」を取ったっていってもいいんじゃない? って言うくらい印象深いんだよな。

兎に角、♪ 二人の想い出〜 ♪って言う部分のメロディラインのグルーヴ感が堪らないんだよな。 なんて言うのかな思わず背中が「ゾクゾクッ」とくるような。。。。 いい意味で。

これと同じように「半音階」をウマく使った曲としては、78年の大橋純子さんの「たそがれマイラブ」なんかもそうなんだけどね。 うん、この曲も同じように、いい意味で背中に「ゾクゾクッ」としたものが走ったもんなぁ。

まあ、最初に書いたように、この「雨がやんだら」の時は、ワタシ的にはまだ物心が付いてなかったんで、意識的な事ではなかったけど、結局は同じような所に引っかかったんだろなぁ。 


ただ、それにしてもやっぱり、歌謡曲なんだよなぁ、この曲は。 一体どこが、ポップスではなく、歌謡曲なのか・・・っちゅうと、やっぱアレンジなんだよね。
「むせび泣く」テナーサックスで始まるイントロ。 これを聴いちゃうと、昨日の「長崎は今日も雨だった」ぢゃないど、いやがおうにも「ムード歌謡」な印象が出てきちゃう訳でさぁ。 バックも、いかにも「ワワワワ〜」なんてコーラスが入りそうな3連ぽいリズムだしね(実際は「ワワワワー」なコーラスは無いけど)

うーん、これは、アレンジャーの森岡賢一郎氏の世界だなぁ〜・・・・と思ってたら。。。。

ありゃりゃ、この曲、アレンジも筒美京平氏なんだ。。。。

うーむ、これにはちょっとビックリ。 筒美氏がこんなモロ「歌謡曲の王道」のようなアレンジをしていたとは。。。

まあ、それだけ、当時のヒット曲界といったら、ムード歌謡な世界観が一番のヒット頭だったってことなんだろうね。筒美氏が常々言ってる事だけど、ヒット曲作家の使命はいかに「ヒット」する曲を書くかだったわけで、自分の趣味嗜好とは違ってますからね。 そう言う意味でも、この手のムード歌謡が、当時のヒットの王道だったってことなんだよね。

ちなみに、この曲の半年前にリリースされた、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」って言う曲も、同じく 作詞 なかにし礼、作曲 筒美京平っていうコンビで書かれてるけど、この曲もモロ歌謡曲だしね。 まあ、ムード歌謡というよりは、少しタイプは違うけど。

まあ、これが昭和45年(1970年)っていう時代だったのかもな。 うん、この「雨がやんだら」は1971年のヒットということになってるけど、リリースは1970年だったしね。
そうなんだよね、リリースからベストテン入りするまで半年もかかってるんですよ、この曲。
ただね昨日の「長崎は今日も雨だった」でも書いたように、この当時は、リリースからベストテンヒットになるまでに時間がかかるって言うのはザラだったわけでさ、逆に言えばベストテン入りするような曲は、ほとんどがロングヒットと言う時代だったんだよね。 まあ、だからそれほど驚くことでもないんだけど、今のヒットパターンを中心に見ると、全く違うからなぁ、違和感は感じるところなんだよね。

この曲をプロデュースしたのが、CBSソニーの酒井政利氏で、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」を聴いて、アダルト路線を思いつき、この曲の誕生となったようですね。

ただ、翌71年リリースの曲になると、ヒットのタイプががらりと変わってくる。そそそ歌謡曲の王道路線から、「ポップス」って言うキーワードが入って来るんだよな。 それによって筒美氏の曲調もガラッと変わってくる。

こんな時代の変化を追いかけるのもヒット曲をクロニクル的に聴く時の面白さだったりするんだけどさ。



↑で、この曲では ♪ワワワワー♪コーラスは使ってなかったけど、・・・ってかいたけど、使ってましたね。。。
スミマセヌ。。。


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長崎は今日も雨だった / 内山田洋とクールファイブ

1969_05_長崎は今日も雨だった_内山田洋とクールファイブ


今回の1曲セレクトは、「長崎は今日も雨だった」内山田洋とクールファイブです。

まずはデータです。

・タイトル     長崎は今日も雨だった
・アーティスト   内山田洋とクールファイブ
・作詞       永田貴子
・作曲       彩木雅夫
・編曲       森岡賢一郎
・リリース日    1969年2月1日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  72.8万枚
・ベストテンランクイン期間:1969年5月19日〜5月26日 6月9日〜9月8日付

なんか久々の1曲セレクトだなぁ・・・と思うのもその通りで、ゴールデンウィーク「初日」に書いて以来なんだよな。
本当は、先週の土日も書こうと思ってたんだけども、どうも疲れちゃってねぇ。。。このゴールデンウイークは年がいもなく、連日、長距離ドライブなんてしちゃったもんで。。。

おかげで今週1週間は仕事にも全く身が入らず。。。。  正直言って未だに疲れが残ってるんだけど、さっすがにねぇ、そろそろ1曲書かなきゃな。。。

・・・・と思いーの、これ書こう・・・って昨日から決めてた曲のヒット時期をさっき調べ直したら、今の時期はまだヒット前・・・というかリリース前だった。。。

うーむ、こういう時困るんだよな。。。  


・・・と思いーの、、、数分。

外は雨ですよ。 うん、関東地方・・・っちゅうかワタシの自宅周辺では、結構なザンザンぶり。 さっきテレビで広島vs巨人戦みてたら、広島はいい天気のようでしたけどねぇ。。

これは、雨の曲でも書きますか。。。

・・・と思ったらいい曲がありましたわ。


内山田洋とクールファイブ「長崎は今日も雨だった」

ざざん 思いっきりのムード歌謡ですっ

いやいやっ、アイドルポップス、ロック・ニューミュージックだけじゃないですよん、「1曲セレクト」は。
こういう、モロ歌謡曲も書きますよん。

っつうか、以前、mixiに書いてた頃は書かなかったんだけどね
ワタシ周辺で、この手の曲に興味がある人が少なかったんで。

でも、今は「ワタシ周辺」と言う垣根をはずして書いてるんでね、この手の曲も個人的に書ける曲は書きたいのね。
まあ、どれだけ読んでいただけるかは分かんないけど。。。


この曲は、今も(一応)「現役」のクールファイブのレコードデビュー曲ですわ。

レコードデビューってことは、結成、活動開始はもっと古く、wikipediaによると67年に長崎のキャバレー「銀馬車」の専属バンドとして結成とありますね。

なんかさあ、キャバレーっていうと、めちゃくちゃ時代を感じる響きだけど、まあ、今でいえば「クラブ」だよね。
クラブで演奏するために結成するバンドなんて今でもいるし、それの先駆けと思ってもらっていいんじゃないかな。

リリースは2月だけども、それから3ヵ月過ぎた、丁度今頃ベストテン入り・・・ってわけだから、ヒットまでに結構時間がかかったよな・・・なんていう印象が強いんだけどさ、今の感覚で言えば。。。

ただ、リリースから、いわいるベストテン入りまで数カ月かかるのは、当時は「ザラ」だったわけでさ。 ましてや、それまでヒット実績もない新人の「デビュー」曲だからさ、この程度は当たり前だった訳ですわ。
それ以前に、デビュー曲にしてベストテン入りするっていうのが快挙な訳でさ。

まあ、それだけ当時は、「ムード歌謡」っていうのが、ヒット曲界では全盛期であり需要があったんだろうね。

「〜だろうね」っちゅうのは、完全に個人的には分からない世界なんでさ。 なんせ、この曲がベストテン入りしている最中の「69年8月」に生まれたもんでさ、ワタシゃ

観月ありさの「伝説の少女」の歌詞じゃないけど、♪ママの時代の〜♪ って曲なわけなんだよね、ワタシにとっちゃ。

でも、最初に書いたように「キャバレー」とか「ムード歌謡」っていう、如何にも昭和な「響き」は、ワタシにとっても音楽の原点の一つって感じなのは確かなんだよな。

この曲のイントロにも挟まっている、むせび泣くテナーサックスの響きとかさあ、あれが聴こえてくると「昔昔」の記憶が甦って来るのよ。

いつかも書いたかもしれないけど、オヤジ、オフクロの共通の友人が、当時スナックをやっててさ、まだワタシが物心着くかつかないかの頃、そこのスナックにしょっちゅう出入りしてたからさ。
この手の、むせび泣くテナーサックスを聴くと、当時、そのスナックの「有線」から流れてたムード歌謡と、コーヒーでいぶされたようなスナックの匂い、そして、隅っこで飲んでたソーダ水の「緑色」が鮮やかによみがえってたりしてね。

個人的に、そんな空間がキライじゃなかった・・・と思う。 だってさ、この手のムード曲を聴いて、いやな感情はしないし、第一、後年この世界・・・ヒット曲の世界・・・にのめりこんで行けたのは、そん時の記憶・・というか下地があったからだと思うしね。


たださ、この曲・・・というか、クールファイブはちょっと違うな・・・なんて子供の頃は思ってたなぁ。
正当なムード歌謡というよりは、ちょっと演歌よりに感じたんだよね。 
まあ、後年の「東京砂漠」なんかは、完全に歌謡曲だけど。 うーん、なんだろうね、この曲の「ソリッド」さなのかなぁ。それとも、演歌特有の「4、7抜き」のメロディラインのせいなのか・・ちょっと違うな・・・なんて子供心に思ったのもかもしれない。 ま、メロディラインに古さがあったってもあるけどね。 件の「ママの時代の〜」ぢゃないけど、これは、完全にワタシが生まれる以前のメロディだよなぁ・・・っちゅうのが生理的に分かってたような気がするんだよね。

個人的にクールファイブの曲をきちんと注目したのは、以前書いた「そして神戸」だったんだよね。
たってさ、あれはファンキーな曲だもん。ソウルでありファンクですよ、日本の。
その上さ、サザンの桑田氏の音楽のルーツのひとつが「クールファイブ」だった・・・なんてカミングアウトを読んじゃうとさ、なんか急に親近感がわいてきたりしてさ。。。  現金なもんですよ。

しかも、曲にしてもムード歌謡にとどまらず、ジャパニーズ・ブルース、これぞ日本の「ブラックミュージック」みたいなさ、そんな感じを受けちゃったりね

でもさ、逆に言えば、後年、本場の向こうのブルースとかR&B、ゴスペルなんかのブラックミュージックを聴いて、なんか懐かしい気分になれて、すんなり受けいけられたのは、物心つくかつかないかの頃、この手の曲を聴いた記憶が、自分の奥底にあったからなんだろうな。

そう言う思いが、もしかしたらワタシよりちょっと年上のミュージシャン連中の多くにもあるのか、クールファイブの曲をカバーしてるヒトって意外と多いんだよね。それは、YOU TUBE見ても分かるんだけどさ。

その中でも一番ドギモ抜かれるのは、自らファンだったって公言してるサザンの桑田氏が歌ってるバージョンだろうねぇ

↓ コレ


これ86年のクリスマスに放送された「Merry X'mas Show」に放送された奴だけどさ。
ファンクというかビーチボーイズ風にアレンジされた「長崎は今日も雨だった」。 桑田氏がマジに前川清風に歌っているのが笑える
でも、それを抜いても、今に繋がるサザンの一部に受け継がれているよな、このメロディライン。






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きみ可愛いね / 伊藤咲子

  1976_05_きみ可愛いね_伊藤咲子


今回の1曲セレクトは、「きみ可愛いね」伊藤咲子です。

まずはデータですよん。

・タイトル    きみ可愛いね
・アーティスト  伊藤咲子
・作詞      阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      三木たかし
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜5月10日付

曲のパクリ・・・・というと、どうもマイナスなイメージが付きまとう訳だけどさ。それは、やっぱり、ヒトのフンドシをチョロまかすズルさって言うのを感じるからなんでしょうかねぇ。
 その前に少し事務的な方には「著作権ドロボー」云々っていうのも思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょう。
いずれにしてもオリジナル性が感じられないわけでマイナスなイメージが出てきちゃうんでしょうかねぇ。

まあ、そんな「パクリ」⇒マイナスなイメージが付きまとっていたのも今となっては「過去」の話になりつつあるのかなぁ。最近では「サンプリング」って言う手法も「普通」になり、昔の曲からバンバン、パクって、うんにゃサンプリングしてる曲も珍しくないもんね。

・・・・なんていつものごとく突如、訳分かんない「マクラ」を書いてたりするワタシなんですが・・・

なんで、今回セレクトしてきた、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」と曲のパクリが関係するねん・・・とお思いの方もいらっしゃるかなぁ。

でも、「ハハン」とピンと来た方は、結構ネット上の「噂」話を読んでますよね。

そそそ、伊藤咲子「きみ可愛いね」ってググると、ZIGGY「GLORIA」に結構引っかかるんだよね。

なぜに? 

答えは簡単、ZIGGY「GLORIA」のパクリ疑惑がネット上で結構な噂になってたからで

まあ、これについては、以前、当のZIGGY「GROLIA」を書いた時にも言及した・・・・ぷぷぷしてなかったwwww

うむ、仕切り直し。。。。

えーとね、そそそ、ZIGGYの「GLORIA」のAメロと、今回セレクトした伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」のAメロが瓜二つ・・・・っつか「全く同じ」なんだよね。

それでパクリだ・・・・と密かに騒がれていた訳でさ。

ちなみにZIGGY「GLORIA」 ↓ コレ




まあ、意図してこうなった訳・・なんて無いと思うけどね。。。 それとも作詞作曲者の森重氏は、その昔、伊藤咲子さんのファンだったのかしら。。。 とか思ったりもして。。。。

ちなみに、最近だと、これに加えて、NMB48の「らしくもない」のAメロが「GLORIA」のAメロと似てるっつうことでパクリ疑惑がネットで騒がれてたりして。。。
「GLORIA」のAメロに似てるってことは、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」にも似てる・・・っつうことですわな。。

↓ コレ



ウ〜ン、似てるかコレ? ビミョウ。。。。


・・・・ということで、前置きが超長くなった。。。本題。

正直言うとね、個人的には最近までこの曲、知らなかったのよ、ワタシ。
何分、自分でランキングを作っている訳で、1976年のチャートも作ったんで、当然、曲タイトル自体は知ってたし、気にはなってたんだけど、曲自体は長年聴いたこと無かったんだよな。。。

当時、ワタシは6才〜7才。 1976年(昭和51年)と言えば小学校に入学した頃ですわ。
まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったからなぁ。。。

なんでね、今回、これ書くんで改めて曲を聴いてみた。

今はググるとようつべの動画が出てくるんで便利な世の中になったわな。

なるほど・・・確かに、AメロはZIGGY「GLORIA」と全く同じだわ。。。   と、いうか、この曲の方が「GLORIA」より13年も前になるわけだから、こっちがオリジナルって訳になるのだが。。。。

ちなみに、この曲、この年1976年の暮れにリリースされた、マイナーチューニングバンドっちゅう「覆面」ソウルバンドの「ソウルこれっきりですか」に取り上げられているんでね。

そそそ、キメのコトバの ♪ きみかわいいね〜 ♪ って部分。

マイナーチューニングバンドの「ソウルこれっきりですか」は音源持ってるんでさ、だから、ここの部分だけは知ってたのよ、ワタシ。

で、その部分だけを聴いて、膨らませていた曲想とはちょっと違っていたな。 もうちょっとね、アイドルアイドルしているのかと思ってた。

・・けど、思ったよりもソフトな曲調なんだよな、全体的に。 

それ以前に、メロディライン、サウンドともに古いんだよね。 アイドルポップスというよりは、正統派な歌謡曲に近い・・・というかさ。

70年代って、日本の音楽の「高度成長期」だったわけよ。 うん、経済に10年遅れて・・・って感じの高度成長期。
サウンド、メロディライン・・・などなど日進月歩変わって行くって感じでさ。 だから、70年代初頭と末では、全く違う音楽に感じるんだよな。

そのもっとも大きな分岐点だったのが、75〜76年あたりで、この2年取ってみてもサウンドがだいぶ変わるのが分かるんだよね。この頃の曲を「通し」で聴いてみるとさ。

まあ、きっちりと線を引いたように変わる訳ではなく、曲によって、新しさを感じる曲、古さが残っている曲・・・とバラバラに変化して行っている訳だけど。。。

そういう時代の変化の中にあっては、この曲はどちらかと言えば、70年代でも「前半型」・・ということは、「古いほう」の70年代的な曲って感じなんだなあ。

例えば、♪ シャラランラン〜 ♪ っていうコーラスではじまるイントロにしたって、天地真理的だしさ。 それにつづくストリングス主体のサウンド、フルートのガイドメロディ・・・と全体的に古いんだよね、曲想が。

アイドルにしては「正当派」、ウタの上手さでは定評があった、伊藤咲子さんのボーカル自体が、当時としてもアナクロさを感じるようなところはあったのかもしれないけど。。。

そんじゃ、全体的に古さを感じる曲でした・・・で括ってしまっていいのかというと、完全には言いきれないんだよな。

うん、古さの中に新しさも感じる。 例えば、↑で書いた、 イントロのコーラスの部分のコード進行。Cで始まるのに、途中で転調したような動きを見せたり。 Aメロに入る前の ♪ Fu Fu Fu〜♪ っていうコーラスの響きがソウルっぽかったり、70年代前半にはなかった新しさも感じたりする。

それ以前に、ビート感だよね。16ビートなビートを刻み続けているベースライン、ギターカッティッング。 これは、70年代中盤〜後半っぽいよなあ。

・・ということは、いろんな要素を含んでいるんだよな、この曲。 この曲だけで、70年代前半から中盤までのサウンドを一気に聴けてしまう・・・というか。。。

なにより、このスピード感、温度感は、いかにも「春」から「初夏」を感じさせるんだよね。 今頃の季節にはピッタリの曲だと思うわ。




ところで、伊藤咲子さんといえば、70年代中盤のトップアイドルの一人・・・って言う認識で個人的には居たんだけどさ。
ヒットチャート的に見ると、意外と伸びてないんだよな。 今回セレクトしてきた「きみ可愛いね」が、オリコンでは2曲目のベストテン入り。
この曲の前にベストテン入りしたのが、1年ちょっと前にリリースされた「木枯らしの二人」。 この2曲だけなんですよ、ベストテンヒットっていうのは。

これはちょっと意外な結果なんだよな。 当時の状況をリアルタイムで経験してきた訳じゃないんで、何とも言い難いんだけどもトップアイドルというよりかは、どちらかと言えば「B級」に近かったような実績なんだよね、オリコンだけを見るとさ。


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DJ in My Life / シブがき隊

1985_04_DJ in My Life_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「DJ in My Life」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    DJ in My Life
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      JOEY CARBONE
・作曲      JOEY CARBONE
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      後藤次利
・リリース日   1985年4月3日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月22日〜5月27日付
・タイアップ:映画「バローギャングB.C」主題歌

自分が思ってたヒット時期と、実際のヒット時期がずれて覚えている事ってあるんだよなぁ。
こんな事、最近随分多くなってきたような気がする。 昔はこんなこと無かったんだけどなぁ。 地頭は偉そうに言えるほど良かないけど、記憶力だけは自信あったんだよな、昔は。。。。
ジジイだね、ワタシも。

今回の1曲セレクトは、そんなヒット時期を間違えて記憶していた曲をひとつ。

シブがき隊「DJ in My Life」

この曲さあ、85年にリリースされたって事は覚えているんだけども、リリースは2月だとばっか思ってたのね。
だからさ、2月にこの「1曲セレクト」で書こう・・と思って用意してたんだけど・・・。
実際書き初めて、リリース日調べたら4月だったのよ。。。

あれ〜 そうだったけなぁ・・・。 85年の春と言ったら、中学校を卒業し、高校に入学した頃だ。
なんで、だいぶ環境が変わった訳でさ、それに引っかけて当時のヒット曲も覚えているからさ、間違い様がない・・・筈だったんだけどね。。。。

たしか、この曲を初めて聴いたのは、まだ高校受験が終わりきって無かった頃・・・・だったような。。。

う〜ん・・・・。 やっぱしあれから32年経つと記憶も曖昧になっちゃうんですかねぇ。。。

そうか、ヒットしてたのは、高校に入学してからだったか。。。。

それにしては、この曲を聴くと、まだ、寒かったよな・・・っていう印象を強く受けるんだよな。。。
そそそ、昔のヒット曲って、聴くと、当時の匂いがしてくるじゃん。それと温度感とかさあ。 それからすると、まだコートを着てたような温度感を感じるんですよ、この曲からは。


・・・・いや、まてよ。。。。

思い出した。。。    

そうだ、この曲、85年のゴールデンウイークに会津と裏磐梯へうちの家族と、オヤジの会社の同僚家族とドライブ旅行に行ったときに、頻繁にラジオから流れてたんだ。。。

・・・とすると、やっぱり、今の時期のヒットだったんだよな。。。

まあ、考えてみりゃ、この曲の前の曲「男意ッ気」のリリースが1月だったんだよな。 うん、これはよく覚えてる。
明星の付録の歌本「Young Song」の85年2月号の新曲に出てたのをはっきり覚えてるんで。。。

だとしたら、当時新曲リリースは3ヵ月ローテーションだったから、次の新曲は4月になるはずだからさ、計算が合う訳よ。


あー、前置きが長くなった。。。

この曲、シブがきには珍しく、カバー曲だったんだよね。 もともとは、向こうの「アニー」っていう女の子が歌った曲でさ。 あの頃ホンダのCMに使われてたんだよな。

・・・・とネット上に書いてあることをそのままコピペしたりしてさ。。。

・・・っつか、完全に忘れてるワタシが居たりして。。。 CM曲ねぇ・・・そうだったっけ。。。 そうだったような気もする。。   

曲を聴いてみた

↓ コレ


あー、そうそう、あったよね、コレ。。。

でもさ、 個人的には、この曲というと、シブがきなんだよなぁ、完全に。

ま、確かに、それまでのシブがきのような、イロモノに近いヘンチクリンな曲ではなく、至極まともな曲だった・・・っていう印象は強い。
 そういう影響なのか、暫く売り上げが減少傾向で、流石に人気のピークは過ぎたよな・・・なんて思われたシブがきだったけど、この曲では、久しぶりに売り上げが伸びたんだよね。

とは言っても、前曲より数万枚程度だったけど・・・。

で、シブがきのこの曲と言ったら、映画「バローギャングB.C」の主題歌だったってことだよな。
そそそ、シブがきの3人が主演の。。。

なんて言ってもねワタシャ見てないけど・・・。 確か、ヒロイン役として、このすぐ後にレコードデビューした、松本典子さんと網浜直子さんが出てたんだよな・・・ってくらいしか知らないんだけどねぇ。

シブがきの先輩格だった、たのきんは、例の「たのきん映画」を既に止めていたのに、シブがきはまだ続けていたんだな・・・っつうことで印象に残ってたんだよな。

まあ、それだけって言えばそれだけなんだけど。。。

ところでさ、映画タイトルの「バローギャングB.C」の「B.C」って一体何なのか・・・。当時は全然分かんなかったんだよな。「紀元前」のことか・・・とか
今、調べてみたら、ボニー&クライドのことらしいわね。「俺たちに明日は無い」の。。。

なんじゃいそりゃ・・・って言う感じもするけど、そんな感じだったんだよね、30数年前の日本映画のレベルって。。。





うーん、オリジナルの「アニー」バージョンと並列で並べると、やっぱシブがきバージョンの方は、ダッタダサだよねぇ。
今だったら、かなりオリジナルと変わらないくらいのクオリティになるけどさ、カバー曲も。 
例えば、今のディズニー映画の「モアナと伝説の海」だっけ  それの主題歌「どこまでも〜How Far I'll Go」なんてさ、オリジナルもカバーも両者遜色がないじゃん。

でもさ、32年前はと言うと、向こうと、日本と・・じゃ、まだまだ大きな隔たりがあったんだよな、音楽のクオリティって言う面でさ。

それでも、個人的にはダッサダサの方が好きだったんだけどね。



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LOVE SONG / CHAGE&ASKA

1992_04_LOVE SONG_CHAGE&ASKA


今回の1曲セレクトは、「LOVE SONG」CHAGE&ASKAです。

まずはデータです。

・タイトル     LOVE SONG
・アーティスト   CHAGE&ASKA
・作詞       飛鳥涼
・作曲       飛鳥涼
・編曲       飛鳥涼 十川知司
・リリース日    1992年3月25日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   49.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1992年4月13日〜6月1日付
・タイアップ:JAL「'92沖縄キャンペーンソング」

さてさて、本日2曲の1曲セレクトですわ。
ここんところ、週末のみ書いている訳なんだけどね。書こうと思っている曲が完全に枯渇している訳ではなく、ちょびちょび浮かんでは来ているんだけど、平日は疲れちゃってねぇ。。。。
家帰ってきて即バタンキューに状態が続いてるんで、こうして週末まとめて書いてたりします。

産みの苦しみ・・・とまで大げさなもんじゃないけど、1日2曲書くのも結構キツイんだけどね。2曲目になると頭冴えないし、眠くなってきてるし。。。
やっぱ、年取って来て、眠くなるのが早くなってきてますねぇ〜 今回も、半分眠い頭で書いてたりします。。。


・・・というわけで、本日2曲目の「1曲セレクト」はこれ。

CHAGE&ASKA 「LOVE SONG」

この曲、以前書いたと思ってたんだけどねぇ。 過去のアーカイブを検索してみたら、どうもなさそうなので。。。
まあ、チャゲアスの曲自体、それほど書いてないんだよな。

チャゲアスは、「SUPER BEST」、「機廚癲岫供廚盪ってるし、だから印象に薄いアーティストでは決してないんだけど、どうも、曲をレビュるのが難しいんだよな。 特に、キャニオンに移籍してロック色が強くなった以降はさ。
「SAY YES」などの超ド級ヒットも多いんだけど、なかなか筆が進みづらい・・・と。 曲自体の印象は薄くないんだけど、レビューを書く上で「ココ」っていうポイント、フックの部分がなかなか見つからないって言うのが原因なんだろうな。

今回は、そこを押して引っ張ってきたんだけども。

「LOVE SONG」

チャゲアスファンならば、常識な事ではあるけど、この曲は、当初はデビュー10周年アルバム「PRIDE」に収録され、1989年にリリースされた訳なんだよね。
 同時にシングルカットもされたんだけども、その時はオリコン最高20位、売上げ3.2万枚とそれほどのヒットになっていない。 まあ、アルバムからのシングルカットでしたからね、大ヒットしなくても不思議ではなかった訳だけど。

ま、これ書いてる当の私も、89年当時は知りませんでしたから。。。。

だから、個人的には、この曲言えば、再リリースされた92年盤での「LOVE SONG」と言う事になる。

今の時期、この曲を書いてる・・・っていうのも、その影響が強いんだよな。 うん、当初の89年盤はリリースが6月でしたからね、今の時期のヒットではなかったんだよね。

92年リリース盤は、3月25日リリースで、丁度今頃、ゴールデンウイークの頃がヒットのピークだったんだよね。
オリコンでも1位を獲得。ただ、売り上げ枚数が50万枚っていうのはどうなんだろ?
前年の「SAY YES」の280万枚は別格として、前曲の「僕はこの瞳で嘘をつく」の80万枚をも下回ってたりするんで、個人的にはそれほど、「売れたな」っていう印象は少ないんだけどさ。

まあ、前年からの勢いって言うのもあったし、なによりも当時は時代の寵児的なアーティストでしたからね、オリコン1位獲得ってのは当然な動きではあったけど。。


ところで、ネット上探してみると、結構いろいろなブログで書かれてるけど、この曲というと、Aメロの部分の歌詞の内容だろうなぁ。

♪ 聴いたふうな流行りに紛れて 僕の歌が痩せ続けている
  安い玩具みたいで君に悪い
  酷いもんさ 生き様ぶった 半オンスの拳が受けてる 〜 ♪

って部分。

ま、この曲が最初にリリースされた89年当時のヒット曲界のことを、リアルタイムで知ってる方には、「ははん」って言う内容なんだけどさ。

うん、これは、当時のヒット曲界を「皮肉った」内容・・・っていうのが通説なんだよね。

この曲が「当初」リリースされた89年当時の音楽界といえば、言うまでもなく空前の「バンドブーム」。
いわいる「イカ天」から火がついたバンドブームですわな。 でもねぇ空前なバンドブームということで、青田刈りも酷いもんでさ。
「え? こんなんでもデビュー出来るの?」っていう言っちゃ悪いけど、かなりレベルが低い、「イモ」なバンドでもCDリリース出来たし、しかも、そこそこ売れたって言う状況があったんだよね。

それを皮肉った歌詞がこの部分というわけだ。

「半オンスの拳」 ⇒ 中途半端なレベルが低い曲  

「受けてる」 ⇒ヒットしている

こんな状況の中、 自分の歌も同じように中途半端な状況下にある・・・ そう言った事を「激白」した内容であると思うんだよな。

まあ、こういう皮肉りな歌詞をかけるのも、 それまでの自分たちが築いてきたキャリアがあったからこそ・・と言うのもあったんだろうし、 当時のバンドブームの当事者たちの音楽に対する姿勢っていうのも中途半端に映ったんだろうね。

果たして人生をかけて音楽をやってるのか、はたまた一時のトレンドとして音楽をやっているのか。

恐らく、後者に映ったんだろうな。

それまでのアーティスト・・・70年代、80年代からアーティストとして第一線で活躍してこられてきたヒトたちって、人生をかけて音楽をやってきている訳ですよ。

でも、89年当時のバンドブームの人たちって、そこまで人生をかけて音楽やってるように映らなかったんだよな。それは、あくまで第三者と見ていたワタシにも感じた。
ダメならやめればいいじゃん・・・って言う一時のトレンドとして音楽をやっているような・・・。 ファッションとしての音楽だよね。
そこにカチンに来たんじゃないのか・・・ってことですね。

自分たちは人生をかけて音楽をやって来たんだっていう自負、まさに「PRIDE」なんですよね。
そそそ、この曲が最初に収録されたアルバムタイトルですわ。

だからさ、この曲「LOVE SONG」っていう、如何にも恋愛ソングのようなタイトルがついてるけど、実際的には恋愛ソングではなく、逆に他のアーティスト・・・まあ、当時のバンドブーム当事者たちだけど・・・に対しての「宣戦布告」とまでは行かなくても挑戦的な曲なんだよね。半分喧嘩を売っているようなさ。
「なんか文句あっか」と言わんばかりの。。

ま、実際的にストレートにそんな事正面切って言えないからさ、曲はその内容とは対照的に、かなり平和的なメロディラインになったんだろうけどね。いかにも「恋愛ソング」って言うオブラードに包んだようなさ。




個人的には、今と言う時代にこそ、この曲を推したい気分なんだよなぁ。
だってさあ、今のヒット曲って、ほとんどが、この曲風に言えば「半オンスの拳」のような曲ばっかだもん。

まあ、残念ながら、ASKA氏が「こういう事」になって、大々的に表に出すことも憚れるんで、なかなか言いにくいんだけどさ。。。

だからね、今、この曲のように、今の音楽に対して「NO」を突き付けるような曲が出てきたら、恐らくもろ手を上げて賛成するんじやないかな、ワタシなんかはさ。

もちろん、その曲自体、完成度が高い曲であればの話だけど。。。



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抱いてくれたらいいのに / 工藤静香

1988_03_抱いてくれたらいいのに_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「抱いてくれたらいいのに」工藤静香です。

まずはデータです。

・タイトル     抱いてくれたらいいのに
・アーティスト   工藤静香
・作詞       松井五郎
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1988年3月2日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  18.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月21日〜4月4日 4月18日付

ゴールデンウイーク突入 ですね。 5/1、5/2と休みを取れば9連休・・・となんともはや羨ましい休みの方も多いのかなぁ。
私はと言えば・・・カレンダー通りですっ。だからねぇ、今日からゴールデンウイーク突入なんて気分ではまだないなぁ。 とりあえず今日明日は、「普通」の週末です。。。。。

・・・つうことで行きますかね。


食わず嫌いなのね。 

・・・とまたまた「主語無し」でいきなり言ってしまいましたが。。。  うん、ヒット曲に対してですね。
最近はの曲に対しては、ほとんどそう言う感じだね。もうね、曲聴く前に生理的に「あ、いいや」と思ってしまっている自分が居たりして。。。

でもね、それは今に始まった事ではなく、80年代後半からそう言う気があった。 今回はそんな「食わず嫌い」をしていた曲をひとつ。

工藤静香「抱いてくれたらいいのに」。

この曲ねぇ、 今となっては手元に音源を持ってるけどヒット当時は、ほとんど聴いた記憶が無い。

リリースは88年3月。その後4月の今頃までチャートの上位に居た曲ですわ。

ま、確かに当時、「浪人」が決まったと言う事もありヒット曲どころではなかったところもある。。。けど、それ以前に、この曲に触手が伸びなかったんだよな、刺らなかった。

なんで何だろうねぇ、 本来、この曲のようなゴスペル風3連ミディアムバラードって「好物」な筈なんだけどねぇ。。。

恐らくは、この曲のリリース時点では、まだ工藤静香っていうヒトを「歌い手=アーティスト」として認めていなかったんだろうと思う。

とどのつまり、バックに、まだ「おニャン子」っていう匂いを感じていたっていうかね。。。。よく音をはずす、「ウタヘタ」なアイドルじゃん・・・っていう頭があったんで、端からあまり気にしてなかったんだよね、当時は。
アイドルが「3連バラード」かい? って感じで、そんなに売れねーだろうな。。。なんて思ってた。

But 、これが外れましたねぇ。。。

この曲、オリコンで初登場3位で、これが最高位と、後年のトップアーティスト時代に比べると、それほど爆発的に売れた訳ではない。 オリコン最高3位って言う順位は前曲「Again」と同じだし。

ただね、地味ながらも、前曲より長い期間上位に留まった・・・という点では確実に、アーティストパワーが伸びていたんだよね。それは予想つかなかったんだよな。


でもね、後年きちんと聴いてみると、この曲、ちゃんと歌えてるんだよね。 当時17才という年齢を考えるとさ、ここまで歌えば・・・なんても思える。 みょーに大人びたというか、セクスゥイーというか。。。

例えばさ、デビュー曲の「禁断のテレパシー」にしても、2曲目の「Again」にしても大人びた印象はあった。
ただ、それはどこか「作られた」大人っぽさっていう印象だったんだよな。 アイドルによくありがちな。

それらに比べるとこの曲は自然なんですよ。 作られたと言うのではなく自然な大人っぽさ。 そこかねぇ変わったんだよな。。。

確かに3連バラードには、そんな大人っぽさを演出する不思議な力があったりもする。 一種の「媚薬」ですよね。そのせいなのかもしれない。

まあ、日本人の多くが好きだからなぁ、3連バラードって。 そそそ50年代のロカビリーの時代から。
なんて言うのかなぁ、日本人の生理に嵌まるんだよね。 日本語のもつリズム感に生理的にフィットするのかもしれない。

なら、みんなやればいいじゃない・・・とも思えるけど、やっぱり、3連バラードが似合うアーティスト、似合わないアーティストが居るからなぁ。コドモっぽ過ぎるアーティストには似合わないよねやっぱ。

いずれにしても、この曲が地味ながらもジワリと売れたおかげで、それまでいわいる「浮動票」であったファンも取り込んだ感じで、この後、一気にブレイクすることになる。
後の「トップアーティスト・工藤静香」のひとつのフックとなる1曲だったんだろうなぁ。 


そしても当のワタシも・・・・アイドルとして・というよりアーティスト・工藤静香っていうヒトを認めざるを得なくなった・・・というか、素直に認めることになるんだけどね、この後。



動画・・・音が小さいです。 なので、ボリューム高めで聴いてくだされ。

それにしても、前曲「Again」から短期間で、よくここまで「歌える」ヒトになりましたよね。これにはさすがにびっくりだよな。
まあ、厳密に言えば、まだまだ音程がフラットしてる部分があったり荒削りではあるけど、ソロデビュー当時の、毎回ドカーンと声をはずしてた時と比べるとね。。。。

これだから、女はコワイ・・・  まあ、このヒトだけじゃないですけどね。
あの山口百恵さんだって、「横須賀ストーリー」で大人びる前までは、それほど歌唱力は感じなかったですから。。。

いずれにしても、この後、92年の「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」、「声を聴かせて」と、ゴスペル風3連ミディアムバラードは、工藤さんの得意分野の一つとなりましたけどね。


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