かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

山口さんちのツトム君 / 斉藤こず恵

1976_09_山口さんちのツトム君_斉藤こず恵


今回の1曲セレクトは、「山口さんちのツトム君」斉藤こず恵です。

まずはデータです。

・タイトル    山口さんちのツトム君
・アーティスト  斉藤こず恵
・作詞      みなみらんぼう
・作曲      みなみらんぼう
・編曲      千代正行
・リリース日   1976年6月15日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  49.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1976年8月2日〜8月16日、9月6日付
・タイアップ:NHK「みんなのうた」より

たまにちょっと変化球な曲を書きたくなる時がある。いわいるコミックソングとかさあ。
あららら、今回の曲のフリですね。。。

まあ、コミックソングではないし、どこまで変化球なのか分かんないですが、この曲。

斉藤こず恵「山口さんちのツトム君」

はいはい、今50才前後の方には懐かしい曲なんじゃないですねぇ。 人によっては記憶の中の「最古」の曲って言う方もいらっしゃるかもしれない。

現に、ワタシとしても、自分の記憶の中では、「タイムリー」で聴いた曲の最古の記憶に近いですね。

ワタシャ、この時、7才。小学校1年生。

大人しくて、泣き虫で、どんくさくて、影が薄くて・・・。学校ではイジメられっ子の典型のような子供でしたね。
大勢と野球したり、カンケリしたりするより、「一人遊び」してる方が好きな子供でしたね。

このころはオフクロもパートで働いてたんで、学校から帰ってきても誰も居ない事が多かった。
だから、一人で「午後ドラ」見たり
そそそ、なぜか電話帳とか道路地図を一人で見てるのが好きだった。

電話帳の数字の羅列と、住所みてると、その土地の情景を夢想したり、 これは、道路地図見てるときもそうだったんだけど。。

一言で言えば、子供らしくない、ヘンな子供だったんだよ。

数字の羅列を見てるのが好きだった・・・っていうとろこは、後年、チャートマニアとしてオリコン収集にいそしむことになる事に繋がってるんだけどさ。。


そう言えば、かなり前に、伊武雅刀「子供達を責めないで」を書いた時、作詞した、秋元康氏曰く、これは子供の頃を自分を書いた曲・・・・ということを書いんだけども、ワタシも似たところはあったんだよね。

天真爛漫、無垢な子供というよりは、リアリズムなところがあって、ちょっと下から目線で、子供のクセしてお子様ランチが嫌いで。。。

あ、これは、今でも根っこの部分は変わってない。 

そんなヘンな子供だったけど、当時から音楽は好きだった。 なんとなくやってみたくなって、自分から親にねだってヤマハのエレクトーン教室に通い出したのも、たしか、この「山口さんちのツトム君」が巷に流れ始めた頃だった。

それが縁だったのかどうかは忘れたけど、個人的にこの曲、よく歌ってたなぁ。

だけど、どこで覚えたんだろう? 7才で当然と言えば当然だけど、76年当時はいわいる流行り歌の世界に足を踏み入れていない頃だ

この曲は、NHKの「みんなのうた」で流れていた曲だけど、個人的には「みんなのうた」も見てなかったしな。
だからね、この「山口さんちのツトム君 」って、どこで知ったんだろう? っちゅうのは、今となっては謎なんだよね。

誰かが歌っているのを覚えたんだと思うんだけど・・・。 幼馴染だった、となり家のユキちゃんだったかもしれない。やっぱり、音楽が好きで、よく歌うたってたからなぁ。

子供向け番組としては、フジテレビの「ひらけ!ポンキッキ」は見てたんたけどね。

以前、書いた子門真人「およげ!たいやきくん」も、のこいのこ「パタパタママ」も「ポンキッキ」からの曲っていうのは、既書したとおりでさ、こっちの曲は「ポンキッキ」で、よく見てたし、好きだったよなぁ。

しかしねぇ上記のポンキッキの2曲を含め、いずれもオリコンでベストテン入りしてたって言うのは今となっては信じられない事だよな。

ハイライトは、「パタパタママ」と「山口さんちのツトム君」が同時にオリコンでベストテン入りした、1976年8月23日〜9月20日付の1カ月間だったと思う。

童謡とはまた別ではあるけど、いわいる「子供向け」の曲ですよ。 当時の一般の歌謡曲に交じってオリコンのベストテン内でチャート争いをしているっていうのは、今、当時のオリコンチャートをみても、一種異様な光景であったりもするんだよね。

この斉藤こず恵さんの「山口さんちのツトム君」にしたって、オリコン最高3位、売り上げ50万枚ですからねぇ。
今考えると、ちょっと信じらんない。
もっとも「およげ!たいやきくん」は、これでの日本のレコード史上、最大売り上げのシングルとして、未だに燦然と輝いている訳だけど。。。

まあ、それだけ「子供」の数が多かったって事ですよね、当時は。 

1970年代初頭の第2次ベビーブームで生まれた子供達が、ようやく物心がつき始めたっていうのが、丁度この頃でしたから。 チルドレンパワーが今とは比較ならないくらい大きかったんですよね。

そんなチルドレンパワーがこの直後、ピンク・レディーで爆発する訳だけど。 そんな現象を予感させる「前哨戦」だったのかもしれない、この「山口さんちのツトム君」とポンキッキ発の一連のヒットは。

最も、この渦中にあった当時は、そんな事は知る由もなかった訳だけど。。。。




あれ? 動画でバックに流れてる「みんなのうた」とはちょっと違うな・・・と気がついた方は「みんなのうた」通ですね。
 
そそそ、↑のデータには、タイアップとして「NHK みんなのうた」って書いちゃったけれど、実際の「みんなのうた」は斉藤こず恵さんバージョンぢゃなく、川橋啓史さんバージョンだったんだよね。

↓ コレ



つまりは、斉藤こず恵さんバージョンの方が後付でのリリースなんだよね。
結果、川橋啓史さんバージョンより売れちゃった・・・と。

それでも、「川橋」さんバージョンも約30万枚も売れたんだけど。。。
ただ、こちらのバージョンのリリースはちょっと変わってて、コロムビア、ポリドール、CBSソニー、RVC4社競合でのリリース。(結局はコロムビアからリリースされたものが圧倒的に売れたましたが。。。)

いやいや、実はその他にも歌ってるヒトは別に、計11社から当時リリースされたんだよね。
まあ、それだけ当時この曲が注目されてたって訳ですね。

競作ヒット。 80年代、「氷雨」「釜山港へ帰れ」「浪花節だよ人生は」「秋冬」・・・などなど一時、競作ヒットがチャートをにぎわした時期があったけど、この曲は、そのさきがけ的な曲だったんだよね。


それにしても、子供向けの曲って、当時だから売れたけど、少子化が進む今じゃ、もう売れないよな・・・なんて、長年思ってたんだけど。。。
まさか2011年に、斉藤こず恵さんと同じく「天才子役」で、薫と友樹、たまにムックとしてでてきた「マルマルモリモリ」が、あそこまでヒットするとは予想も出来なかったな。

いや、まさに今もFoorinの「パプリカ」がロングヒットしてたりして、チルドレンパワーは現在も健在ってところなんだよね。


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WANDERER / チェッカーズ

1987_08_WONDERER_チェッカーズ


今回の1曲セレクトは「WANDERER」チェッカーズです。

まずはデータでする。

・タイトル     WANDERER
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞        藤井郁弥
・作曲       鶴久政治
・編曲       THE CHECKERS FAM.
・リリース日   1987年7月8日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  20.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年7月20日〜9月7日付

毎度毎度〜な事ですが、やっとここまで辿りついた・・・って感じだなぁ。
何の事かって? いや、こうやって1曲セレクトを書くためにPCに向かうまでが長かったって事なんですが・・・。
たしかに、最近は同じようなマクラをいつも書いてるような気がするけど、今回はいつも以上にここまで来るまでが長かったような気がするなぁ。

いや、実は前回ブルーハーツの「情熱の薔薇」を書いた直後から、次はこの曲もってこよーっと・・・って言うのは決めてたんだけどね。

そこから実際に、こうやって「書こう」と思ってPCに向かうまでが長かった。

なぜにそんなに時間がかかったのか

答えは簡単で、この曲、どう書いたらいいのか、良く分かんなかったんだよね

バーローそんな曲持ってくんな・・・なんて言われそうだけども、正直、個人的にこの曲にめちゃくちゃ思い入れがあるか・・というと、それほどでもないんだよな。

・・かといって、ヒット当時全く聴いて無かった・・・と言う事でもない。 現に、手元にこの曲のシングル音源はある。

ただ、どうも今一つ、流しちゃうんだよね、気分的に。

どうしてなんだろうねぇ。 いや、1985年の「俺たちのロカビリーナイト」もそうだった。 当時、チェッカーズはキライじゃ無かったし、曲ごとにそれなりにどっぷりと曲に浸かってしな。

どうなんだろう? 個人的に、チェッカーズの夏の曲には、生理的な「鬼門」なところがあったのかもしれないな。

現にこの後、1990年夏の「夜明けのプレス」も、チェッカーズ久々の大ヒットになったにもかかわらず、流してしまったんだよな。おかげで、つい最近まで音源を持ってなかったし。

特に「夏らしい」夏の年のチェッカーズの曲とは、あわなかったような気がする。 

だからという訳でもないだろうけど、「冷夏」だった1988年夏の「Jim&Janeの伝説」は大好きだったりする。。

まあ、単純に曲調と個人的な好き嫌いの巡り合わせなんだろうけど。。。。


ただ、この「WANDERER」。本当に引っかかりが無かった。 
上で書いたように曲調的な引っかかりを感じなかったっていうのもあるだろう。 

でも、それ以上に、この曲がヒットしていた1987年夏当時、個人的にヒット曲全体に対して興味が薄れ来つつあったって言うのも大きかったかもしれない。

その一番の原因としては、やっぱりヒットチャートが壊れてたよね、この頃って。 

いわいるアナログレコードからCDへの移行期っていうことで、アルバムはそこそこに売り上げが回復しつつあり、ヒットも出つつあった。

ただ、シングルは、この時点ではまだシングルCDは発売されておらず、依然としてアナログドーナツ盤頼みな状況。そんな中、全体的なシングルの売り上げは急激に減少してましたよね、この当時。

当然、ヒットらしいヒットは少なくなっている状況。 1987年夏は、そんなシングルの売り上げ状況が一番「底」だった時期なんだよね。

ヒットチャートを一番のモノサシに「ヒット曲」を追いかけるっていう、ちょっと変わった音楽の聴き方をしてるヒトなんで、ヒットチャートに元気が無くなると、途端にワタシも曲を追いかける気力が薄れてくる。

ちょっと因果な音楽の聴き方してるよね。

だからさ、当時、この曲を流し聴きにしてたのは、当時のヒットチャートの流れからすると、ある意味当然だったのかもしれない。


ただ、ヒットチャートとして特にシングル盤の売り上げは、この1987年7月を「底」にV字回復をする。

この次の年、シングルCDが発売を開始したと言う事もあるけど、その一番の要因は・・・、そう、光GENJIの登場ですね。 彼らの登場が劇的なカンフル剤になったんだよね。

逆に時を同じくして、おニャン子クラブが解散。 ある意味ヒットチャートをぶっ壊した当時者であった、おニャン子クラブの解散と同時にシングル売り上げが回復するっていう流れは、ヒット曲界全体を見ても「ヒニク」だったよな。

で、当のワタシはというと、光GENJIの登場と共にヒットチャートの回復、シングル売り上げの回復という状況を見て、ヒット曲への追いかけ熱が再燃したのは言うまでもない。


ちなみに、今回引っ張ってきた「WANDERER」、ヒットチャート的に見ると、チェッカーズ唯一のオリコン1位獲得曲なんだよね。

・・・なんて書くと、恐らく「何言ってんですか、このヒトは」って言うクレームがたちまち来るんだろうね

いやいや、チェッカーズが「自分たち」でシングルを書くようになってから唯一のオリコン1位獲得曲ってことですね。 
もちろん、自分たちでシングルを書く以前、売野−芹澤コンビの頃は、それこそオリコン1位は多数(8作)獲得してるけど。
でも、自分たちでシングルを書くようになってから、この曲が唯一のオリコン1位獲得曲っていうのも、今思うと、結構意外な流れだったのかなぁ。

この曲の1曲前の「I Love You SAYONARA」の方が、当時はスタンダードだったし、実際、「WANDERER」よりも枚数的に売れたしね。

でも、この曲は結局オリコンでは最高2位止まり。 リリースが少年隊の「Stripe blue」とパッティングしたんだよね。 チェッカーズの初動も強かったけど、さしもの少年隊には、超僅差ながら初動で敵わず。
逆に、この「WANDERER」の時は、ミポリンの「50/50」とリリースがバッティングしたけど、この当時のミポリンは、トップアイドルへ驀進していたとはいえ、まだオリコン1位をとった事が無かった。まだ上り調子の真っただ中だったんだよね。

そんな、バッティング相手の違いがランキングにも大きく影響してくる。 これは、今でも基本変わらない事だけど、最近は、強豪アーティスト同士のバッティッング・リリースは避け、チャート1位を分け合うって言う流れが強いからね。 この時のような競合ランキングは起きにくい。 
まあ、そんな「仲良しこよし」的なリリースがランキングをツマラナくしている要因なんだけどね。

いずれにしても、オリコン1位獲得となったものの、初動で首位を獲得出来るような瞬発的なアーティストパワーは、既に限界に来てたって事なんですよね。

 ただ、普通のアーティストであれば、一度アーティストパワーが落ちてくれば、その後立て直すのが難しんだけど、チェッカーズはその後もベストテン入りを維持してきたってところが凄いんだよね。
結局は、92年の解散まで全てのシングルでオリコンベストテン入りを果たした。これは並のアーティストではない事の証明なんじゃないかな。



うーん、当時、引っかからなかったって言うのは、デビュー以来一貫しての、50〜60sロックンロールを下敷きにした、オールディーズ寄りの曲調に飽きが来てたっていうのは、否めないだろうね。

だからさ、この曲の直後にCBCB(キュートビートクラブバンド)名義で、ブリテッシュ寄りの曲を演ったことは、すごく新鮮だった。
それをきっかけに、徐々にUK的な匂いが増していったチェッカーズだけど、それはそれで正解だったんじゃないかな。 あのままオールディーズに固執してたら、果たして92年まで持ったかどうか、疑問なところだ。


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情熱の薔薇 / THE BLUE HEARTS

1990_08_情熱の薔薇_THE BLUE HEARTS



今回の1曲セレクトは「情熱の薔薇」、THE BLUE HEARTSです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     情熱の薔薇
・アーティスト   THE BLUE HEARTS
・作詞       甲本ヒロト
・作曲       甲本ヒロト
・編曲       THE BLUE HEARTS
・リリース日    1990年7月25日
・発売元      エム・エム・ジー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   51.1万枚
・THE HICHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1990年8月6日〜10月15日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「はいすくーる落書Part2」主題歌

あ〜、あちぃあちぃ。 体がとけちまうよ〜 ・・・なんてボヤいていたのはいつの話か。
昨日までと打って変わって、今日は比較的涼しい1日でしたわな。

こう涼しくなると、あー、そろそろ夏も行ってしまうのか〜、なんて感傷的になったりして

いや、そもそも、個人的な夏は、先週のROCK IN JAPAN終了と共に、半ば行ってしまった・・・ような気分であった訳なんですが。。。

今年の夏フェス、ROCK IN JAPANと、サマソニが共に20周年という節目でしたね。 もうね、「夏フェス」っていうのも、ずっかり日本の夏の風物詩の一つになった感が今更ながらに強いな。

・・・というと、そんじゃ、夏フェスが始まる前はどうだったの? なんて言う方もいらっしゃるかと思うけど、今の夏フェスって言うスタイルではないにしろ、昔から、夏の野外ライブっていうのは、あったんだよね。

まあ、今ほど大規模ではないけど、南こうせつさん主催の「サマーピクニック」なんかは有名だし、それ以前に、中津川のフォークジャンボリーって言うイベントも70年代初頭にはあったわけだし。。。

いずれにしろ、1969年にアメリカで行われた「ウッドストック」がお手本となるイベントではありますな。

ちなみに、1969年のウッドストックの集客数は4日間で延べ40万人と言われているけど、今年のROCK IN JAPANの集客数は5日間で延べ33万人だとか。 わたしもその中の3人なんだけど(3日参戦したんで。。。)

いよいよウッドストックの集客数が見えてきた・・・と主催のロッキン・オンも鼻高々でしたね。 
いやはや、日本の夏フェスも巨大化したもんだ。。。。

だけどさあ、個人的にも約20年にわたって、夏フェスに参戦し続け、いろんなアーティストを見てきたけど、そう考えると、今の夏フェス以前の野外ライブにも参戦して、当時のアーティストを見てきたかったなぁ・・・なんて今更ながら思ったりするんだよな。

今回は、そんな「当時」、野外ライブで見たかったと今になって思う曲を一つ。


THE BLUE HEARTS「情熱の薔薇」。

この曲に限らず、やっぱブルハの野外、90年代当時見たかったよな。。。なんて今更ながら思ったりして

しかしね、この曲を聴くと、どうしても、あのめちゃくちゃ暑かった1990年の夏の日を思い出してしまう。

1990年と言ったら大学に入学した年だ。 この年、オヤジが寮長をしていた、某企業の寮が新しくなって、それまで住んでいたところから移転したんだよな。まあ、近くなんだけど。。。
それまでは、ポロんボロんの「あばら家」という表現がピッタリの建物だったのよ。当然、クーラーなんてなくてさぁ、夏場は扇風機だけでまんじりとした生活を余儀なくされてたんだけど、新装した寮は冷暖房完備。
その上、大学に入って、やることもなくてさあクーラーの下で1日を過ごす夏だったなっていう印象が強い。

たださ、同時に自分用の車も買ったんだよな。ココでも何回か書いた、中古の「カローラ供廖コイツがさあ、カーステのカセットはヘッドがいかれてて聴けない。おまけにサーモスタットもいかれてて、クーラー入れるとすぐオーバーヒートしてしまう・・・っちゅう、まあ、「きかん坊」な輩でね

それでも「学生の身分」で手に入れたマイカーだったんで、文句も言わずに乗り回してたな。

うん、この夏は車を転がしていたか、家の自分の部屋でクーラーに当たっているか・・どっちかの夏だった。

そんなカーステも聴けない「きかん坊」の車では、もっぱらAMラジオを流し、クーラーをかけるとオーバーヒートしちゃうんで、窓を全開にして汗でびしょびしょになりながら千葉県内を走りまわってたなぁ。

そんな時に流れてきたのが、このブルーハーツの「情熱の薔薇」ですわ。 

たしか、初めて聴いたのは、文化放送の「全日本歌謡選抜」だったと思う。

全開の窓から入り込んでくる熱風と、この曲から醸し出される「熱さ」。 この曲を聴くたび、あの時の独特な夏の匂いがいやがおうにも思い出せれるんだよな。

うん、ハードコアな音楽につきものの汗臭さではなく、夏特有のあの匂い。 この曲から感じたのはそんな夏そのものであり、必ずしも不快さは感じなかったな。

この頃になると、それだけ、のちにラウド系と呼ばれるようになるこの手のハードロックにも慣れて来てたんだろうね、個人的にも。
いや、それ以前に、この手の曲が普通にヒットチャートに上がって来るようになったって言う、「大衆音楽」の流れの変化も大きかったんだとろ思う。

一見、単にうっせーだけの音楽も大衆的になったと言うかねぇ。その証拠に、この曲、ベストテン内に2カ月も居座り続けてたんだよな。 これ書くまでワタシもすっかり忘れてたんだけども。。。

これより2〜3年前は、この手のハードロックは単にうっせーだけの音楽にしか感じなかったんだよ。
だから、全然触手が伸びなかったんだけどもね。

まあ、食わず嫌いっていうのもあったんだけどね。 特にブルーハーツなんかはさ、ちゃんと正面から聴いて無かったしな、このヒトたちが出て来て頃は。

完全に意識が変わったのは、やっぱり前年の「TRAIN-TRAIN」だよね。聴けば聴くほど沁みてくる、あの感じ。

それまで聴いてた、いわいるヒット系ロックとは違ったグルーヴ感から沁み込んでくる独特の感じ。そこにある種の新鮮味を感じたってのは大きかったんだろうね、当時の感覚からして。

昭和の時代とは違う、平成って言う新しい時代のグルーヴ感って言うのでしょうかねぇ。 

ま、ハードコアなんていう音楽は必ずしも当時の新しい音楽と言う訳じゃないんだけども、少なくともそれまで自分の中には無かった音楽だったしね、個人的に。


ちなみに、 この「情熱の薔薇」って曲は、曲構成が面白かったのよ。

サビがどこだか分かんない。

まあ、普通にみれば、最後の ♪ 情熱の真っ赤に薔薇を〜 ♪ って部分なんだろうけど、ここ、1回しか歌ってないんだよね。

普通、1番、2番 共に、Aメロ、サビっていうのはある訳なんだけど、この曲は、サビが1回しか歌われない。

いや、Aメロ、Bメロ・・って言う曲構成の区分けっていうのが、無いに等しいんだよね。

言ってみれば、曲全体がサビと言ってもいいような・・・。 

そんな「一筆書き」 な曲の作りが、この曲の面白さの一つかもしれないな。

いや、この曲に限らず、90年頃の曲って、それまでの形式にこだわらない曲って言うのが結構あったんだよ。
ユニコーンなんかもそうだったしね。 「働く男」とかさ。

そんな部分からも90年代って言う新たな時代が見えたような気がするなぁ。



 

これ1992年7月に開催された、「JR東日本」主催の「POP ROCKETs '92」という野外ライブだそうだ。

え?そんなイベントやってたの? ってところなんだけど。。。 うん、個人的には全然覚えてない・・・というか知らなかった。

動画を見ると、時々映る観客に、なぜにワタシがいないんだ・・・なんて思ったりして

当時、ワタシは23才。きっと同年代のヒトたちだよね。 

当時は、野外ライブ・・・どころか、ライブ自体、蚊帳の外だったからなぁ、個人的には。

うーむ、当時から、野外ライブの「面白さ」を知っていれば。。。  そそそ、個人的に野外ライブの面白さを知ったのは、30過ぎだったからなぁ。 20代の頃に野外ライブの面白さを味わっておきたかった。

それを思うと、今の20代のコたちは幸せだよなぁ。 こんなにいろんな巨大夏フェスが毎年開催されてさ。


ちなみに、この時の出演アーティストは、ブルーハーツの他には、DIE IN CRIES、BY-SEXUAL、ユニコーン、LINDBERG、LUNA SEA、LA-PPISH、長澤義塾。

めっちゃ、90年代前半だよなっちゅうメンツだけど。。。

場所は、湯沢町中央野球場だったそうな。。。 なんかジミーなところでやってたのね。。。。

それでも、個人的に、当時、すでに今の感覚だったら、当然ながら参戦してたよな、きっと。。

さすがに、現在はこの野外ライブは存在しないけど、場所から言えば、今のフジロックの前身といってもいいかもしれないな。


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気分をかえて / 香坂みゆき

1981_08_気分を変えて_香坂みゆき


今回の1曲セレクトは、「気分をかえて / 香坂みゆき」です。

まずはデータです。

・タイトル     気分をかえて
・アーティスト   香坂みゆき
・作詞       山崎ハコ
・作曲       山崎ハコ
・編曲       大村雅朗
・リリース日   1981年6月1日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 58位
・売上げ枚数  4.9万枚

うわっ、いつ以来の「1曲セレクト」だ  ってくらい久々なんで、どう書いていいか忘れちゃってるワタシがいたりして 
まあ、いつも半ばテキトーに書いてたりするんで 今回もテキトー精神で進めちゃったりしますか。。

個人的にヒット曲が好きなのね。ぢゃヒット曲ってなんぞや・・・っちゅうと、まあ、「売れてる」曲ですわね。簡単に言えばヒットチャートで上位に来てる曲。
 逆に言えば、売れない曲って好きじゃないんだよね。
なんでかっちゅうと、なんか独りよがりって感じがするしさぁ。少なくとも「商業」的にリリースするならば、売れないよりは売れた方がいいわけじゃん。 最近は売れなくてもいいから分かる人だけに聴いてもらえればいい・・・とか、普通に言うアーティストって結構いるじゃん。 なんか違うよなぁ・・・なんて思っちゃうんだよね。
少なくとも通常の商業ルートに乗せてリリースするなら、売れなくてもいい曲をリリースするのって、やっぱおかしいわけじゃん。売れなくてもいいなら自主的にシコシコリリースしてごく近しいヒトに聴いてもらえればいいわけでさ。

・・・なんて、また、クレームが来そうな言い回しになっちゃったりして。。。

まあ、ヒットしてる曲を聴くのが好きっていうのは、もう長年のクセですね。40年以上もそうやってヒット曲を追いかけて来ている「性(さが)」とでも言いますか。

だからね、ヒットしなかった曲っていうのは、未だに手元に音源が無い曲が圧倒的に多い。まあ、それまで追いかけてたらいくら金があっても追いつかないし、そもそも全曲じっくり聴いてる時間もないわけで。。。



たださあ、そうは言っても、売れなかった曲でも時々、引っかかっちゃう曲はあるんだよな。

今回もそんな売れなかったけども、当時引っかかった曲をひとつ。

香坂みゆき「気分をかえて」

この曲、最初に聴いてのってどこでなんだろ? 「8時だよ全員集合」だったか。。。
まあ、テレビで聴いたのは間違いないんだけど、いつどこでっていうのは、全く覚えてない。

でも、インパクトはあったんだよな。

香坂みゆきさんって、それまでは純粋に「アイドル」だったわけじゃん。 まあ、売れなかったけども。。

そそそ、このヒトと高見知佳さんと、石川ひとみさんと、倉田まり子さんって、なんか似たような境遇の人たちだよなぁ・・・なんて、80年当時は感じてたんだよなぁ。 このヒトたちよく「ドリフ大爆笑」に出てたじゃん。
で、ウタのコーナーになると、売れてない、いわいるB級アイドルが勢ぞろいって感じで、この人たちが出てたりしてさぁ。

まあ、石川ひとみさんは81年に「まちぶせ」で、その中から離脱した訳だけど、 香坂みゆきさんと高見知佳さんっていつまでたっても垢抜けないB級アイドルって感じだったんだよね。

・・・と思ってたら、いきなり香坂みゆきさんが、この「気分をかえて」で「硬派ロック」路線に変えてきたわけじゃん。

一体どうした事か。。。 当時12歳になったばかりのクソガキだったワタシでもそう感じたんだよなぁ。

それまで「みんなのアイドル」ってかんじだったのが、いきなり「大人」っぽい路線に行っちゃったんで、どう捉えたらいいのかって言うのもあったのかもしれないな。

まあ、一つ言える事は、81年頃は、いわいる「ツッパリブーム」で、みんな大人っぽく見られたがってたってのもあるんだよね。なんせ、あの三原順子さんだって、当時17才にゃ見えなかったしさ。どうみても5〜6才サバ読んでるでしょ・・・って感じだったじゃん。
そう言う時代の流れもあったんだろうね。

たださ、路線を変えた事で、香坂さんの「歌のうまさ」っていうのは、引き出されましたよね。
このヒト、こんなに「パンチ」の効いた歌唱力があったとは、それまではそんなに感じなかったもんなぁ。

元々は、山崎ハコさんの「1976年」リリース曲のカバー。 オリジナルは、もっと下世話なフォークロック・・そうやねぇ、後年の長渕剛氏が歌いそうなイメージの重い曲。

↓ コレ



これを大村雅朗マジックで、BLONDIEの「CALL ME」をちょいと拝借して本格ロックに昇華させたところが、如何にも1981年って言う時代性を感じさせたりしてね。

ちなみに、大村氏、この曲のBLONDIEの「CALL ME」を下敷きにしたアレンジに旨みを感じたのか、1982年の佐東由梨「どうして!?」を経て、83年の河合奈保子「エスカレーション」に昇華させちゃったりしましたよね。

そうか・・・、81年当時、今一つ分からなかったこの曲が、今になって理解出来るっていうのは、結局は河合奈保子さんの「エスカレーション」を経た事で、この曲調が自分の中に消化したからなんだろうな、きっと。

まあ、その前に、81年当時は知らなかった、元曲のBLONDIEの「CALL ME」も今では自分の中に消化したからってのもあるけどさ。



改めて、今聴くと、如何にも80年代っていうサウンドだよね。
↑ではBLONDIEの「CALL ME」を下敷きにして河合奈保子「エスカレーション」に昇華させたって書いたけど、この感じ、80年代中盤くらいまでのアイドル系のマイナーチューンって、このサウンドが多かったんだよな。
そう言う意味では、80年代アイドルの基本系の1曲とも言えるかもな。

それにしても、最後の♪Bye Bye〜 ♪はインパクトの塊だよな。
これでも、売れなかったんだもんなぁ。
オリコン左ページにも行かなかったって言うのも、 ちょっと信じられないよなぁ。

ちなみに、高見知佳さん、香坂みゆきさん、共に1984年、化粧品のキャンペーンソングで自身最大のヒットを飛ばすことになる。 1980年当時の「売れない」2人を見てると、これもどこか因縁めいたところがあるなぁ。。


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サザンオールスターズ全国ツアー2019@札幌ドーム

2015年の全国ツアー「おいしい葡萄の旅」に参戦して以来4年。
2019年全国ツアー、サザンオールスターズライブ「キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!」への参戦。

2019年6月8日(土) 15時過ぎ。新千歳空港に降り立つ。

今回のサザンライブ、やっとここまで来れたか・・・と言う思いが強い。

最初の難関。今回のライブ参戦、兎に角チケットが当たらなかった事。

ファンクラブ先行、1次、2次と立て続けに全敗し、一度は今回は諦めます・・と宣言したものの、やっぱり諦めきれず、最後の悪あがきでローチケ先行に応募。

本音を言えば、アリーナだったら別だけどスタンドからは豆粒のようにしか見えない距離感、音響の悪さからドームライブを避けたかった。
でも、今回はそんな事言ってられない・・ということで、より当たりやすい・・・と思えるドーム会場、しかも全国のドーム会場を片っ端から応募した。

結果当たったのは、札幌ドーム 6/8(土)  のチケット。

やった

と思ったのもつかの間、ライブ「前日」の6月7日。
数日前に前歯根のまわりに雑菌が入りこんで膿が溜まり激痛が走った。すぐに歯医者に駆け込み殺菌剤と抗生物質を投与したんだけども、その抗生物質が強くて、殺菌剤を詰めた前歯の痛みと共に熱が出てしまった。
これはアカン。 明日札幌までなんてとても行けない。。 と諦めかけたのだが・・・。
兎も角早く寝てしまおうと、残業でヒーヒー言ってる同僚上司を尻目に早々に帰宅し、さっさと寝てしまった。
これが結果的には良かった。当日朝には熱が下がり痛みも少なくなっていた。

ホント、ライブ当日までハラハラしながら、なんとか辿りついた札幌ドーム。

いやがおうにも気分は高揚してくる。

指定された席はスタンド 27通路34列194番。 一番通路側の席。

まあ、ファンクラブ先行から漏れたんで、今回はアリーナは期待していなかったがやはりスタンドだった。
ただ一番通路側。出入りが楽なので好みの席。これだけは助かった。 

19時。定刻丁度に「キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!」ライブスタート

オープニングは、「東京VICTORY」

今回のライブ正式には、上記のようなヘンチクリンな長いタイトルがついてるど、実質的な名目はデビュー40周年記念、そして41年目(未来へ)に向かってをテーマにしたライブである事は間違いない。

そんな40年間の「時空」を超えて・・・というテーマに沿ったような演出が特徴的だったような気がする。

○○周年記念ライブという名目のライブは昔からあった訳なんだけども、過去から現在に向かったセットリストのライブがこれまでは多かったのではないか。

でも、今回のサザンのライブでは、現在から40年前に遡って行く、 そんな時間軸に沿ったセットリスト。
まあ、時間軸的に正確に・・と言う訳ではなく、セットリストを大まかに見れば・・・と言うところですけどね。
それが個人的には印象的だったな。

その象徴として2010年代のシングル「東京VICTORY」そして「壮年JUMP」からスタートしたというのは、当然だったのかもしれない。

今回のセットリストは、シングル曲というよりもアルバム曲中心。 
ココが、昨年のROCK IN JAPANでのセットリストとは大きな違いでしたね。

デビュー40周年記念と言うところから見ると、昨年のROCK IN JAPANはもろそれに当たるライブと言う事になるだろうけど、ライブがライブだけに、サザンファンだけのライブじゃないし、だから、ああいう、各年代の代表的なシングル中心という、サザンファンからすると大盤振る舞いなセットリストになったんだろうけど、今回はサザンのワンマンライブ。

サザンファン中心ということで、ROCK IN JAPANとは打って変わって、アルバム中心のセットリストに変わったんだろう。

まあ、それは、今に始まった事ではなく、昔からそうなんだけどね。

ただ、前回の「おいしい葡萄の旅」ツアーと大きく違うのは、事前にオリジナルアルバムのリリースが無かった事だ。そのためアルバム中心言っても、歴代のアルバム曲からのピックアップ。

前半は、そんなアルバム曲でも、比較的ミディアムテンポな曲が中心。

前回の「おいしい葡萄の旅」でもそうだったけど、最近はサザンのメンバーもそうだけど、お客さんの年齢も上がってきている。だけど、ライブ時間今回も3時間30分、曲数も相変わらず多い。
最初から飛ばすと、みんな最後にグロッキー・・・にもなりかねない・・んだろうね。 前回の「おいしい葡萄の旅」もそうだったけど、前半戦は「イケイケドンドン」というよりも、ミディアムスローな比較的落ち着いた曲が多くなってきている。

コトバ遊びが巧みでかつ、「和」のテイストが怪しげな雰囲気を醸し出す

「古戦場で濡れん坊は昭和のHero」 
「JAPANEGGAE」 

60年代のフランスシャンソンの香りが漂い、ファンの間では根強い人気の

「慕情」 

もろスパニッシュ、フラメンコギターが曲を盛り上げる

「赤い炎の女」 

など80年代、90年代のアルバムからの曲が中心。 
曲調は、和テイストが強いもの、ヨーロッパの匂いが強いもの・・と幅広い。 いかにサザンの守備範囲が広いのか、改めて確認できる。
ただ、そんな世界のサウンドを使いつつ、詞は日本語を強調した曲。 そんな曲が前半に多かったですね。

ダブルミーニング。

一つのコトバで二つの意味がとれるような歌詞ですね。 強制的な当て字ではあったけどもそんなダブルミーニングを多用した曲が、80年代中盤のアルバムには多かったんだけども、今回はそういうダブルミーニングではなく、純粋に日本語の良さを前面に出したアルバム曲が、ライブ前半戦には多かった。
これは今回の特徴の一つだったと思う。

もう一つの特徴は、ライブではめちやくちゃ久しぶりに演奏した曲も多かった事。

アンコール最後の「旅姿六人衆」がライブでは20年ぶりの演奏・・と言うネットニュースが流れたが、今回中盤で演った「HAIR」は、ライブでは20年以上ぶりじゃなかったか。

LIVE FANSでの過去のセットリストを遡って行くと、この曲が収録された1992年の「世に万葉の花が咲くなり」リリースの年末ツアー「歌う日本シリーズ1992-1993」以来、約27年ぶりで演奏されたと思うんだが、いかがだろうか。

サイケデリック色が強い「世に万葉の花が咲くなり」の中でも最もサイケの色合いが濃いこの曲。
CDを聴くと、思わずドラックを浴びた後の幻覚のような(というか、ワタシはクスリはやった事が無いんで、あくまでイメージ)世界。

予めLIVE FANSで、今回のライブセットリストを予習していたワタシは、一体どんな世界を演奏するんだろう・・・と楽しみだった。

予想外だった。宇宙に飛び出した星空間を漂うような映像演出。 確かに演奏自体は原曲に沿ったアレンジでしたが、この映像演出によって原曲では感じられなかった壮大なイメージが場内を漂う。

星空間を漂うようなこの演出は、きっと、40年の時を超えると言う意味もあったんだろうな。
そんな演出に、この曲は最適だったと思う。 27年ぶりでこの曲を演った意味を感じた選曲だった思いますね。

「HAIR」の後は、後半戦。あとは、最後に向かって、アッパーな曲のヒットストリーム。 のって行きますよ〜。

・・ってな具合で、周りを気にせずにノリノリなワタシがいたりして。。

特に、参戦ライブでは初めて聴くこととなった

「DJ・コービーの伝説」 
「わすれじのレイドバック」
「思い過ごしも恋のうち」

にゃ、我を忘れて歌っているワタシがいたりして。。。

特に「思い過ごしも恋のうち」なんて期せずして・・・だったよなぁ。 まさか、ココに来てこの曲が聴けるとは思えなかったし。 40年前のベストテンの光景が脳裏に浮かぶ。
一昨日(7/13)の東京FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」でも、桑田氏自身この曲が一番楽しかったってのたもうておりましたしね。

兎も角、今回のライブ、ディープなサザンファンには、最近のライブではあまり聴けなかった曲もふんだんに演ってくれ満足じゃ無かったか。
 いや、 サザンファンを続けて40年のワタシにゃ、ツボに嵌まったセットリストで満足だった。

ただね、反面、幅広い年代のマニアックなアルバム曲が多かった今回は、ライトなサザンファンにはちょっときつかったのではないか。 特に2000年以降にファンになった若いサザンファンにはどうだったんだろう。

帰りがけにまわりからは「TSUNAMI」やらなかったし〜 などなど2000年代の曲をもっと演って欲しかった風な
声も割りかし聴こえたりした。
それと、自分のまわりの盛り上がりも、今一つだった気がする。
スタンドだったからかもしれないけど、アリーナでは当然スタンディングでノリノリに盛り上がっていた後半の曲でも、ワタシのまわりでは、スタンディングしてるヒトも少なく、意外と冷静に見てるヒトが多かった印象が強い。

知らない曲だったからなのか、年齢的だからなのか、分からないけど、折角のライブなのになぁ・・なんて、ワタシは思ったり。 キニなった点ですね。


それよりなにより、今回のライブでキニなる事が一つあった。

それは、アンコール最後の「旅姿六人衆」の事だ。 
1曲前が「勝手にシンドバッド」。金色、銀色のテープが飛び交い、当然のことながらライブの盛り上がりは最高潮  

でもね、「〜シンドバッド」が終わった途端、 「ライブ終了」とばかり多くのヒトたちが帰り支度を始め、ワタシの脇の階段は出口へ向かう人たちで渋滞となった。

おいおい、まだライブ終わってねーぞ。 まだ1曲あるじゃんか。。。
しかもライブでは20年ぶりで演る「旅姿六人衆」だぞ。

確かに、アンコールの最後前に席を絶つ人は、他のライブでも全くない事はない。交通事情など、それぞれの方で事情はあるだろう。

でも、最後の曲が終わる前に、ここまで多人数、席を立ち、出口に向かうヒトで渋滞状態になったライブは、少なくともワンマンライブでは初めてだ。

ある意味、この曲をこのライブの目玉、聴きたいと思って楽しみにしていたワタシは、ちょっと幻滅な気分となった。

結局は、「〜シンドバッド」さえ聴ければ、満足だった方がそれだけ多かったって事なのか。

いや、たしかに、それを考えると、ライブ後半の、ノリがいい曲でもスタンディングせずに、意外と冷静に見てるヒトが多かった事もある程度理解できる。 結局は、ライトなファンが多かったと言う事なのか。

ただ、今回のライブを見にココまで来るのに、チケットを手に入れる事自体大変だった事、前日体調不良だった事など、いろいろ試練があってのライブ参戦にこぎつけたワタシにとっては、ちょっと信じがたい光景だった。
きっと、みんな大変な思いでここまで来たと思ってからさ。 みんなアンコール最後の曲まで堪能するものだと思っていた。
そう言う意味では、ちょっと後味が悪い思いを最後の最後で見せつけられたような気がしたんだよね。

たしかに野外フェスではよく見られる光景ではある。 でも、出入り自由の野外フェスと、ドームという巨大会場であるとは言えワンマンライブとでは、観戦マナーの違いはあると思うんだよね。
昨今のフェスブームで、多くのヒトたちにフェスでの観戦ルールが普通になったって事なんだろうか。

これは札幌ドームのこの日だけの光景だったんだろうか。他の会場でも見られたんだろうか。ちょっとキニなった光景で終了した、今回のサザンライブと相成った訳です。


【サザンオールスターズ@ 札幌ドーム 2019.6.8 セットリスト 】

1.  東京VICTORY    (2014年シングル)
2.  壮年JUMP (2018年 配信シングル)
3.  希望の轍 (1990年 アルバム「稲村ジェーン」より)
4.  闘う戦士たちへ愛を込めて (2018年 配信シングル)
5.  SAUDADE〜真冬の蜃気楼〜(1998年 アルバム「さくら」より)
6.  彩 〜Aja〜 (2004年 シングル)
7.  神の島遥か国 (2005年 「BOHBO No.5」C/W)
8.  青春番外地 (2015年 アルバム「葡萄」より)
9.  欲しくて欲しくてたまらない (1985年 アルバム「kamakura」より)
10. Moon Light Lover (1996年 アルバム「Young Love」より)
11. 赤い炎の女 (1983年 アルバム「綺麗」より)
12. 北鎌倉の想い出 (2018年 原坊ソロ)
13. 古戦場で濡れん坊は昭和のHero (1985年 アルバム「kamakura」より)
14. JAPANEGGAE (1984年 アルバム「人気者で行こう」より)
15. 女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)  (1989年シングル)
16. 慕情 (1992年 アルバム「世に万葉の花が咲くなり」より)
17. 愛はスローにちょっとずつ(新曲)
18. ゆけ!!力道山 (1993年 「クリスマス・ラブ」C/W)
19  CRY 哀 CRY (1998年 アルバム「さくら」より)
20. HAIR  (1992年 アルバム「世に万葉の花が咲くなり」より)
21. 当って砕けろ (1978年 「勝手にシンドバッド」C/W)
22. 東京シャッフル (1983年シングル)
23. DJ・コービーの伝説 (1982年 アルバム「NUDEMAN」より)
24. わすれじのレイド・バック (1980年シングル)
25. 思い過ごしも恋のうち (1979年シングル)
26. はっぴいえんど (2015年 アルバム「葡萄」より)
27. シュラバ☆ラ☆バンバ  (1992年シングル)
28. マチルダBABY (1983年 アルバム「綺麗」より)
29. ミス・ブランニュー・デイ (1984年シングル)
30. イエローマン 〜星の王子様〜 (1999年シングル)
31. マンピーのG★SPOT (1995年シングル)
 
アンコール 
1.  I AM YOUR SINGER (2008年シングル)
2.  LOVE AFFAIR〜秘密のデート (1998年シングル)
3.  栄光の男  (2013年 「ピースとハイライト」C/W)
4.  勝手にシンドバッド (1978年シングル デビュー曲)
5.  旅姿六人衆(旅姿四十周年)  (1983年 アルバム「綺麗」より)
 

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MOMOKO / 近藤真彦

1982_07_ハイティーンブギ_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「MOMOKO」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル      MOMOKO
・アーティスト    近藤真彦
・作詞        松本隆
・作曲        山下達郎
・編曲        山下達郎
・リリース日    1982年6月30日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 −位
・売り上げ枚数  −位
・THE HITCHART HOT30最高位 −位
・タイアップ:映画「ハイティーン・ブギ」挿入曲
※シングル「ハイティーン・ブギ」片面

今週はジャニーズ事務所「総帥」のジャニー喜多川氏の死去と言うニュースが、各ワイドショーのみならず一般のニュースにも広く報道された1週間でしたわな。
年齢的にもそうだし、先月くも膜下出血で倒れたという報道からも、もしかしたら・・・と言う予感が高まっていた訳ではあるんだけども、いざ来てみると、その存在の巨大さに改めて気づかされた1週間でもあったな。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。

そういうこともあり、今回の1曲セレクトもジャニーズの曲を外すけにゃ行けないだろ・・と言う思いがあり、真っさいに浮かんだ曲がこの曲だったんだな。

まっち先生の「MOMOKO」

この曲覚えてる方ってどのくらいいるだろ? 昔、まっち先生のファンだった方は当然知ってるかな?

そう、シングル「ハイティーン・ブギ」の片面だった曲ですね。 当時まっち先生が主演した、たのきん映画第4弾「ハイティーン・ブギ」の挿入曲。 まっち先生演じる主人公「翔」の相手役 「桃子」を歌った曲ですわ。

なぜ、この曲が真っ先に浮かんだのか

もちろん、タイトル曲の「ハイティーン・ブギ」が丁度今頃のヒットだった事も大きい。
けど、それ以上に大きいのは、今年のこの夏の天候不順なんだよな。 

これは昔、「表題曲」の「ハイティーン・ブギ」書いた時にも触れた事なんだけども、この曲がリリースされた1982年夏ってさあ、今年同様、天候不順な夏で、気温が低く、雨の日が多かったんだよ。
典型的な「冷夏」な夏だった訳で。

あの時と同じような天気が続く、ここ暫くの天気。 今日も同じような天気か続いている訳で。。
今頃の雨の日の日曜日というと、どうしてもあの1982年の夏とオーバーラップしてしまう。
その時決まって耳の奥から聴こえてくるのは、この「MOMOKO」だったするんだよ。

そんな天候不順だった1982年夏を彷彿させるこの曲は、文字通り「珠玉のバラード」と言ってもおかしくないような、名曲なんだよね。
山下達郎氏が紡ぎたす、名バラードが、決してウマくない、まっち先生の歌唱を包み込むって言いましょうかねぇ。

今聴いても、到底、当時のアイドルの曲の範疇を超えてるような本格的なバラードだもんね。

http://yamashitatatsuro.blog78.fc2.com/blog-entry-218.html?sp

によると、演奏メンバーは

・G. 山下達郎
・B. 伊藤広規
・Dr . 青山純
・Key. 難波弘之

とある。

もろ当時の「達郎バンド」のメンバーやん。。。 そりゃ、アイドル曲の範疇を超えてるクオリティだよな。。
いや、82年当時の水準で言えば・・・の話だけど。
これが80年代も中盤を過ぎると、これが「デフォルト」になる。 例えば86年の中森明菜の「DESIRE」なんかもこの系統人脈のレコーディングだったはずだ。

イントロの優しい、フェンダーローズの音色からして、これはちょっと違うと思わせてくれる。 当時アイドルの曲で、これだけフェンダーローズが前面に出てる曲ってあんまりなかったし。
どちらかというと、70年代と言う時代を彷彿させる様なニューミュージック系アーティストの必須アイテムだった。

つまり、匂いは完全にニューミュージックなんだよね。  そもそもテンション系コードをふんだんに使ったコード進行からして、アイドル曲というよりニューミュージックそのものなんだけどさ
テンションコードに 前年の寺尾聰氏のミリオンセラーアルバム「Refrections」で多用され、耳の奥に刻む込まれていた世界が、この曲でも展開されてるんだよな。

それにも増して耳が行ってしまうのは、間奏部の達郎氏直々の、泣きのギターソロ。
これがめっちゃブルージーなのよ。

正直、今聴くと「すげぇ」って驚嘆するようなプレイでは決してない。(もしかして本人が一番分かってたりして。。)
今剛氏や、矢島賢氏の方が、もっと確実性のあるギターソロだったかもしれない。
現に、表題曲の「ハイティーン・ブギ」のギターソロは、矢島賢氏がプレイしてたりする。
でも、味があるんだよな。少なくとも、ワタシにはあの時の沈んだ心模様にはマッチする。

そう、1982年夏っていうのは、個人的にもさらに特殊な環境の夏で。 つまりは1982年の7月の頭に福島から千葉に越してきたっていう、大きな環境変化があった夏でもあったんだよね。

今だからカミングアウト出来る事だけど、あの年は本当に辛かったんだよ。 友達も全然いないし、自分をアピールしようと思っても全然理解してもらえず友達も出来ない。所詮はよそ者扱いに過ぎなかったんだよ。
孤独だった。ずっと福島に帰りたいってばかり思ってた夏だった。

そんな個人的に辛い時期だっただけに、この曲の達郎氏の泣きのギターソロには、ひときわグッとこみ上げるものがあったし、それは今でも変わらない。


それ以前に、そもそもこの曲を知ったきっかけは、月刊明星付録の「ヤンソン」に楽譜付きで載ったからなんだよな。
「ハイティーン・ブギ」の「片面」ということは通常B面なわけで、あまり世間一般には表に出てこない。
ただ、この曲は「両A面」扱いだったんだよね。 
まあ、「ハイブギ」人気と相まって、ヤンソン側も譜面付きで載せたんだろうけど、そうじゃなきゃ今頃完全に死角に入っちゃってただろうな。 今となっては感謝ですね。


 


ところで、当時、「たのきん映画」って好きでさ、第3弾の「グッドラックLOVE」まで、全部映画館で見たんだけど、この「ハイブギ」から見なくなっちゃったんだよな。
 この作品については、もう見なくてもどうでもいいとは思わなかったけど、やっぱ引っ越したばっかってことが大きかったんだよな。 千葉の事、全然分かんなかったし。

今になって、当時の配給収入を調べたりすると、この「ハイティーン・ブギ」、1982年度の邦画配給収入は18億で、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」について2位だったんだねぇ。

http://www.eiren.org/toukei/1982.html

どうやら一連の「たのきん」映画の中では一番ヒットした作品だったらしいんだよね。


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【キニナル曲】834.194 / サナクション

2019_06_834.194_サナクション


データです。

・タイトル    834.194
・アーティスト  サカナクション
・発売元    ビクターエンタテインメント
・リリース日   2019年6月19日

やおら、ブログタイトルを見て、なんでぇシングル曲じゃ無くて、アルバムタイトルぢゃんなんて言わないでね。

勤務している会社では、1日中FM東京が流れてるんだけど、先週はやたらとサカナクションのニューアルバムがかかったんだよな。

これがさあ、ワシの年代・・・というか、今の50代には引っかかる曲調ばかりでめちゃくちゃ気になった。で「休日」である昨日Spotifyで全曲視聴してみた。


なるほどぉ、これは「ツボ」ですな。

全体的に一言でまとめると「1970年代へのオマージュ」って感じですねぇ。

メインは、シンセを多用したサウンド。ただし1980年以降のYMOの完全なテクノというわけではない。むしろ1970年代終盤のゴダイゴですね。根っこの部分は。
ただ、ゴダイゴって「西遊記」でもそうだけど、ポリフォリックというよりもモノフォリックシンセを多用していたイメージが強い。


これをポリフォリックシンセでやったら・・・。 


サカナクションっていう人たちのサウンドは、そんなイメージある。 

特にシングル「新宝島」以降は、そのイメージがより強くなったわけだけど、今回のアルバムも、基本はその延長線上にはあるな。

このアルバムで、そのイメージを最も踏襲しているのは、もろゴダイゴの「西遊記」、いや「モンキーマジック」な3曲目の「陽炎」か。


「新宝島」の時と違うのは、もっとファッショナブルあり、ファンキーあり、ダンサブルあり・・と曲想が幅広い。 ただし、その色合いっていうのがどの曲も「1970年代」っていう時代の独特の猥雑さを感じるんだよね。


その中でも一番感じたのは「1979年」という時代性だな。

1979年って今振り返ってみると独特な年でさあ。
ウエストコーストの風ポップスがあったかと思うと、YMOのようなテクノと呼ばれるサウンドもある。
さだまさしのようなフォークタッチのサウンドもある。 フェンダーローズを多用したAORな曲もある。プログレっぽい曲もある。ディスコミュージックがある。かたや演歌もある。

一見すると、非主体性的イメージがあるけど、そうじゃない。この猥雑さが79年と言う年の良さでもあり世相を映しているように思えるんだよな。
このアルバムの曲からは、これらの要素がすべて含まれてたりするんだよな。


フロントマンの山口一郎には、今の世相が40年前の1979年と同じように見えたのかもしれない。
単純に40年前と言うキリの良さから、1979年と言う時代の音楽の要素を今の時代に甦らせたのかもしれない。

その辺り、正しい解釈はしかねるけど、少なくともこのアルバムから感じることは1979年と言う時代の空気感ですね。




ちなみに1曲目の「忘れられないの」は、ウエストコーストタッチのサウンドにギターのカッティッング、チョッパーを多用したファンキーなベースが絡んでくるアルバムのリード曲。
この曲のMVが思いっきり「杉山清貴&オメガトライブ」的リゾート風なんで、ネットを見ると下敷きは80'S・・・うんにゃ、「オメガトライブ」って言ってる方や、メディアが多いけど、ワタシは「オメガトライブ」的とは感じなかった。
そもそもオメガトライブってベースラインがここまでファンキーぢゃないし。。。 同時期で言えばC-C-Bの方がベースラインはファンキーだったよね。
・・・・というかベースの草刈女史のベースがファンキーなんだよな。ここまでチョッパーがキマるベースウーマンってそうそういないと思う。 
2曲目の「マッチとピーナッツ」に於いての、ヤマタツの「BOMBER」を思わせるような強烈なベースラインなんて男でもココまでなかなか弾けないよな。

ただ、個人的に一番「刺さった」曲は、6曲目の「モス」。
もろ、山本リンダ「狙いうち」 + アン・ルイス「LAV YA」 なイントロはヤバイでしょ。

BUT、こんな事書くと、↑で書いた79年じゃねーじゃん。「LAV YA」は83年。80年代じゃんとか言われそうだけど、80年代って83年3月のヒット曲までは、70年代のオマージュだからさ。

まあ、そう感じるのはワタシだけかもしれないけど、82年の70年代カバーブームなんてモロだったじゃん。その視点からすると本当の80年代のヒット曲って83年4月以降なんだよね。
佐野元春の「グッパイからはじめよう」。この曲のリリースが1983年3月5日。この曲が70年代との本当の意味での決別に聴こえるんだよな。
 それから見て、それの少し前にリリースされたアン・ルイスの「LAV YA」」も70年代のオマージュ。つまりは70年代的な曲なんだよね。



危い土曜日 / キャンディーズ

1974_06_危ない土曜日_キャンディーズ


今回の1曲セレクトは「危い土曜日」キャンディーズです。

まずはデータですよ〜

・タイトル     危い土曜日
・アーティスト   キャンディーズ
・作詞       安井かずみ
・作曲       森田公一
・編曲       竜崎孝路
・リリース日    1974年4月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位   46位
・売上げ枚数   3.8万枚

先日ネットニュースでも大々的に取り上げられていたけど、元キャンディーズの伊藤蘭さんのソロプロジェクトが始動ってことで、1stソロアルバムが先週リリースされて来ましたわな。

キャンディーズ解散から41年ぶりの「新音源」ということで、さてどの位売れるのか・・・っていうのが興味があるところなんだけど、29日のリリース以来のオリコンデイリーランキングでは、アルバムランキングで10位前後を推移している。 このままいけば、今週のウイークリーランキングではベストテン内に入ってきてもおかしくなさそう。

なるほどぉ、キャンディーズ解散から41年たっても、やっぱり蘭さんって人気があるんだなって言うのを再確認したわけで。。。

いや、ちょろちょろネットニュースを見て、「これは・・・」と思ったのが、今回の蘭さんの音楽への「カムバック」の背景に、「全キャン連」がどうも一枚噛んでいるようで。。。

「全キャン連」⇒「全国キャンディーズ連盟」

そそそ、当時、「キャンディーズ」についていた全国組織の親衛隊ですわ。

まあ、当時のアイドルには親衛隊は必ず付いていたもんだけども、この「全キャン連」って言う組織()はそんな数あるアイドルの親衛隊の中でも結束力の強さはダントツだったわけですね。

なんせ、あの「ザ・ベストテン」で、人気最高時のピンク・レディーを1位から引きずりおろした「組織」ですから

キャンディーズ解散後の1978年当時「ベストテン」を見てた方には有名だけど、1978年4月、キャンディーズ解散後もベストテンの「1位」を続けていた「微笑がえし」が4月20日放送で、ピンク・レディー「サウスポー」に1位の座を奪われてしまう。

これを見た「全キャン連」の一部の方が奮起。 即座に「ザ・ベストテンで「微笑がえし」をもう一度1位にしよう」と言うキャンペーンを全国的に展開。ベストテンへのハガキリクエストを呼び掛け。次の4月27日放送分から3週にわたって、見事1位に返り咲かさせたエピソードが残ってたりする。

まあ、このキャンペーンが成功したのは、当時のベストテンの要素別配点は「ハガキリクエスト」が最も配点が高かったため功を制したとも言えるんだけども、そのくらい音楽界を動かす事が出来る結束力の強さがあったとも言えるんだよね。

だからねぇ、個人的には「全キャン連」にゃ、末恐ろしい力を感じちゃったりするんだよなぁ。

そんな「全キャン連」が、今回の蘭さんの復活に一枚絡んでる・・・となりゃ、やっぱりチャートの動きは気になってきちゃったりするんだけどさ。 ↑で書いたように次のウイークリーチャートでベストテン入り出来そうなところまで来てるってことは、やっぱ、未だにその影響力はデカイ・・・と認めざるを得ないかなぁ。

・・・なんて思ってる次第だったりしてね。


おーっと、前置きが超長くなっちまったわい。

そんな訳で、伊藤蘭さんが「復帰」した今週は、やっぱりキャンディーズのどの曲かを持って来たい。

・・・とは思ったものの、キャンディーズの「今頃」のヒットって、既に書いちゃったんだよな。 

さてどうしようかと思ってたら、いやいや1曲残ってたぞ。。。

「危い土曜日」

この曲、デビュー3枚目のシングルなんだけども、さっすがにねこの曲はしらねーぞって方も多い・・・だろうな、きっと。

そもそもこれを書いてるワタシでさえリリース当時の事はよく知らないんで。。。。

まあ、それもそのはず・・というかねぇ、キャンディーズリリースした18枚のシングルの中で、一番「売れなかった」曲。 それがこの「危い土曜日」だったりするのよね。

ランキング的にも、オリコン最高位46位。 俗にいう「左ページ」ギリギリですよ。
「左ページ」に入ってるだけどもヒットだよって言う見方もあるけど、ことアイドルにとっては、オリコン30位以下なんてのは、固定の熱狂的なファンは別として一般のヒトたちの認知度から言ってもヒットしてないのも同然って感じだからなぁ。

だからさ、知らなくても当然と言えば当然なんだけど。。。。

BUT、後年キャンディーズの「ベスト盤」を聴いてて、この曲に引っかかっちゃったんだよな、個人的に。

まあ、タイトルからして引っかかると言えば引っかかるんだけども、デビュー3枚目のシングルだから、当然デビュー曲の「あなたに夢中」のようなミドルテンポの軽いポップチューンが続くんだろう・・と思いきや・・・。

なんだなんだ? R&B的な黒っぽさが漂う、緊張感いっぱいのアッパーチューンな曲調は。

当時のアイドルの曲調・・特にシングルでは見られなかったR&Bっぽい黒っぽさ。これが特に引っかかっちゃったところかなぁ。

アイドルの中でも、お嬢様的、非力感が強いキャンティーズが、こんな曲調を歌う。 これだけでも、ある意味充分魅力的であるとは思いますけどね。 というか、まず普通は、思いつかないもの、こういうをやるって言うのを。

いや、最近ではこの手の、見た目からは全く想像がつかないようなアイドルっていうのは、いろいろいるけどさ。
70年代当時のアイドルって、ビジュアルから曲調って大体想像がついたりするんだよね。見た目からの曲想が裏切らないっていうかさ。

この曲は、完璧に裏切ってるなぁ。 でも、今となってはそこがいいんだろうな。

ただ、当時の水準から言えば、そこがウラ目だったんだろうね。 この曲がキャンディーズの中で一番売れれなかったっていうのは。

それにしても、作曲の森田公一氏が、こういう緊張感あるアッパーチューンな曲を書くとはねぇ。 いや、この曲の場合最も意外だったのは、竜崎孝路氏のアレンジと言った方がいいかな。
竜崎氏といったら、もっと演歌よりの歌謡曲って言うイメージが強かったんでね。どちらかと言えばもう一つ垢抜けない曲調って言うイメージだったんだよな。こういうR&B的な黒っぽいサウンドを作るとね。




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君がいない / ZARD

1993_06_君がいない_ZARD


今回の1曲セレクトは、「君がいない」ZARDです。

まずはデータから

・タイトル     君がいない
・アーティスト   ZARD
・作詞       坂井泉水
・作曲       栗林誠一郎
・編曲       明石昌夫
・リリース日    1993年4月21日
・発売元      B-Gram
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   80.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月7日〜6月7日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「彼女の嫌いな彼女」主題歌

個人的にもすっかり失念してたんだけども、ZARDの坂井泉水さんが亡くなってから、12年も経つんだよね。
先日YAHOO トップページの「あなたへのおすすめ」コラムに掲載されてて、ハッとした次第で。
・・ということは、今年が13回忌になる。 早いもんだね。

亡くなった2007年は、個人的にはどん底の精神状態の頃。 じつはこの時期、ちょっと「鬱」を発症してて暫く休職し病院通いしてたんですよ。

精神的に病んでた時に追い打ちをかけるように衝撃的な出来事だったな坂井さんが亡くなった事は。

本当は命日の5月27日に、1曲引っ張って来たい・・とは思ってたんだけど、やっぱ平日は忙しくてなかなか書けない・・・・っちゅうことで、遅ればせながら週末の今日になってしまいましたね。

今回引っ張ってきた曲 「君がいない」

実質的なZARDのブレイク曲となった「負けないで」の次のシングルだ。

ただ、今となってはどうも影が薄い1曲ではあるんだよな。 
確かに「負けないで」の大ヒットの余韻を引きずって売り上げこそ80万強なんていう、数字だけ見るとこの曲も大ヒットの部類に入れてもおかしくはないんだけども、如何せん印象が薄い。

今となって数字だけ見ると「そんなに売れたのか」って感じでもあるんだよな。

個人的にこの曲の音源を未だに持っていないんで、曲を聴きこんでいないっていうのも印象に薄い利用の一つかもしれないけど。

逆に言えばヒット当時、それほど印象に残らなかったんでずっと音源を持っていなかったんだよな。


正直、リリースしたZARD側も、それほどヒットにこだわった所も感じない。 

通常、大ヒットの次と言えば「2匹目のドジョウ」を狙い、オリコン連続1位を狙うのが通例。 でもこの曲はオリコン初登場2位。 
しかもその時の1位は、同じビーイング系の「盟友」 WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」だったする。

こんなチャートの動きから見ても、少なくとも初登場1位の連続大ヒット狙いではなかったんじゃないか・・・っていうのも見て取れたりしてね。

まあ、そう見えるのもランキングの動きの結果、後から感じる事なのかもしれないけど。

・・・というのも、WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」は、この「君がいない」よりもリリースが1週早かったんだよね。

こんなリリースタイミングからビーイングとしては、WANDSの次はZARDが1位・・・って言う腹積もりだったのもかもしれない。

ただ、WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」が4週連続なんて予想外()な長期間1位に君臨しちゃったために「君がいない」が1位を取れなかったとも思える。

ちなみに、この「君がいない」は初登場から4週連続2位なんて、この頃にしてはかなり面白いチャートアクションを見せてたりする。もちろん、そのうち3週はWANDSに苦杯を喫していた訳だけど・・・。

いや、それ以上にこの曲がヒットにこだわっていなかったんじゃないかと思える点は、この曲をリリースして、1か月後、間髪をいれずに、あの大ヒット曲「揺れる想い」をリリースしてたりするんだよね。

「君がいない」のリリースから間隔1か月でのリリースなんて、当時としても「え?」と思えるようなリリースタイミングだったんだけども「揺れる想い」は。
でも、既に「ポカリスウェット」のCMで大量OAしてた「揺れる想い」は、インパクト大だったからなぁ。こんなリリースタイミングとなってんだろうけど。

このようにWANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」と、自身の次のシングル「揺れる想い」に挟まれた「谷間曲」のような存在に、チャート的な点からも見れるんだよね。

いずれにしても、この曲がヒットしてた頃のチャートを振り返ってみれば、ビーイング系の「黄金期」だったんだよな。
ちなみに、1位 愛を語るより口づけをかわそう  2位 君がいない の時の3位は、1週がDEEN「このまま君だけを奪い去りたい」 2週が大黒摩季「別れましょう私から消えましょうあなたから」。

チャート上位はビーイング系1色だった頃。 まさにビーイング系ブームが頂点を極めてた頃ですね。

正直、このままずっと永遠にビーイング系時代が続くんじゃねえか・・・なんて思い始めてたからなぁ。
それとともに、個人的にはビーイング系の楽曲に急速に「食傷」感を感じてきた頃ですね。

「もういいよ」って感じで。。。



MVの作りをみると、どうしても、デビューしたてのころの倉木麻衣さんとダブってしまう。
いや、逆に言えば倉木麻衣さんってZARDのプロトタイプとも思えるんだよね。 
うん、当初は宇多田を意識して・・とは思ったけど、2作目の「Stay by my side」、3作目の「Secret of my heart」あたりからZARDの匂いが強くなってくる。

もし今でも坂井泉水さんが生きていたらどんな曲を歌ってたんだろう? と思ったりもするけど、倉木さんの曲を見ていれば、もしかするとそれに近い曲をやってたんじゃないか・・・なんても思えたりするんだよな。


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駅 / 竹内まりや

  1991_05_駅_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「駅」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル     駅
・アーティスト  竹内まりや
・作詞       竹内まりや
・作曲       竹内まりや
・編曲       山下達郎 服部克久
・リリース日   1991年3月25日
・発売元     エムエムジー
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数 10.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ:映画「グッパイママ」主題歌

先日の「関ジャム」(テレビ朝日系」での竹内まりやスペシャル、けっこう反響がでかかったようですね。
ネットニュースなどでもそうだけど、あの後Twitterでの「竹内まりや」さんに関してのツイートも急上昇してましたしね。
実際、コノ、ブログでも、放送後竹内まりやさん関係へのアクセスが一時的に上昇したりしてたなぁ。

実際的な活動は少ない、まりやさんではあるけど、こんな風に各メディアでの動きを見ると、未だに幅広く根強い人気がある事は分かりますね。

仮に、もしライブツアーをやるなんて発表されたら、チケット入手はかなり難しくなるだろうな。 まあ、今のところそんな発表はされてないけど・・・・。

関ジャムでは、竹内まりやさんの人気曲をベストテン形式で発表されてましたけど、その中での人気1位が、今回引っ張ってきた「駅」。

客観的に見ても順当と言えば順当なのかなぁ。個人的には、ちょっと違和感なんだけども。。。。 

いや、どうしてもこの曲ってアルバム「リクエスト」での中森明菜さんに提供したセルフカバーっていう印象が強いじゃないですか。言ってみれば「アルバム曲」であって元々シングル曲ではない。 

あくまでシングル派なワタシにとっては、その辺がちょっと引っかかったりしてね。 実際のところは88年と91年2回シングルとしてアルバムからカットされているんだけども、個人的には今まで書いて無かったんだよな、この曲。

でも、先日の「関ジャム」の反響を見てて、ちょっと、この反響に乗っかってみようか・・・という「スケベ」心と、何人かに書いてって言うリクエストをもらったもんで。。
本来は、あくまで自分で書きたい曲を書くスタンスなんでリクエスト貰っても書かないんだけど、↑のような「スケベ」心もあって、今回引っ張って来てみました。



この曲、いままで書いて来なかったのは、↑のようにシングルではなく「アルバム」の1曲っていう印象が強いのと、あとはやっぱり曲調ですねぇ。 

使い古しないい方だけど、50〜60年代のオールディーズが似あう、あの濡れたちょっと甘く舌足らずなアルトボイス。 やっぱり、竹内まりやってヒトの真骨頂は「リンダ」や「恋の嵐」のようなオールディーズなポップスだと思ってたんだよね。
少なくとも90年代の初めごろまでは。

そんな折、セルフカバーした「駅」は、歌謡曲寄りの曲だったわけでさ、なんか違うな・・・って言う思いは、当時、常にあった。

そう言う思いから、例えば89年の「シングル・アゲイン」にしても同様な違和感があったし、だから長い事「シングル・アゲイン」は手元に音源も置いて無かったしな。


ただ、この考えはあくまで個人的な生理的な欲求であって、曲自体は駄作ではないんだよな。

3分間の短編映画。 それが「流行り歌」である。  その最たる曲がこの曲なんじゃないかなって思えるほど、ドラマ性溢れる「視覚」的な曲なんだよね、この「駅」って曲は。

♪ 身覚えるある〜 ♪ と曲が始まった途端、脳内ドラマが視覚的に始まる。 

2年前に別れた男性との電車内での思わぬ再開。きっと渋谷あたりなんだろう。電車は(渋谷は地上にホームがあった頃の)東急東横線。。。   別れた男性と1両後ろの車両のワタシ。

MVがまだ一般的ではなかった80年代後半。いや逆にイメージが限定される MVなんて無い方がいい・・そう思わせるような、3分間の自由発想なドラマが、この曲を聴くたびに脳内で展開される。

ただ、当時10代後半〜20代になりたてだったワタシにとっては、まだ経験をした事の無いちょっと大人の世界だったな。 いや、まだ経験をした事が無かった大人の世界だったからこそちょっと刺激的だったのかもしれない。

逆にまだ、経験をした事が無かった、ちょっと大人の世界だったからこそ、100%この楽曲の世界にのめり込め切れなかったという部分もあったかもしれない。 
もしかすると、それが上で書いた、この曲に対する「違和感」だったのかもしれないな。



ところで、ヒットチャート的に言えば、この曲はCDの売り上げでヒットしたと言うよりも別のメディアからのヒットと言うところが強い。

・・・なんて遠回しに書いちゃったけど、もともとは「有線」から火がついたんだよね。

当初、87年8月にリリースされたアルバム「リクエスト」に収録されたこの曲ではあったけど、この年の11月には有線チャートで30位にランクされている。
 当時のオリコンウイクリーをひっくり返してみると、そこからジワリと有線リクエストを集めつつ、翌88年3月には有線チャートでベストテン入り。 そのまま7月まで、計36週にわたりベスト30内をキープしている。

個人的には、曲内容云々と言う前に、有線チャートの上位をロングランしたチャートアクションが、真っ先に印象に残るんだよな。この「駅」って言う曲は。

それまで有線ランキングって言えば「演歌・歌謡曲」の天下だった訳でさ。 仮にも竹内まりやさんのような、ポップスミュージック系アーティストがランキングに長躯君臨する世界ではなかったんだよね。

いや確かに松田聖子さんや中森明菜さんなど、ポップス系でも有線チャートの上位にランクする事が珍しくなかったヒトたちも、それ以前にもいた。

ただ、1位をロングランするなどの派手なチャートアクションを展開すると言う訳ではなく、ベストテン内前後にジワリと「長期間安定」するようなチャートアクションを展開したポップス系の曲って、この曲以前って多くなかったんですよ。

ま、87年の「ロンリーチャップリン」(ラッツ&スター 鈴木聖美)など皆無ではなかったけど。。。特に注目したいのは、アルバムの中の1曲だったって言う事で、これは異例だったんだよな。

この「駅」って曲がそんな流れの分岐点だったんじゃないのかなぁ。この曲あたりを境に、有線でもポップス系でもジワリとランキングを上げつつ、上位をロングランする、ロック・ポップス系の曲が増えて行ったんだよね。
90年代初めには「有線発」のヒットっていうのも珍しい存在では無くなって行ったしさ。

で、それらの曲で共通しているのが、兎に角ロングヒットだったってことですね。 有線って言うメディアに特化していると言えるんだろうけど、有線って基本「口コミ」により少しずつ広がりを魅せるメディアだからさ、そう言う動きになるって事でもあるし、そんな口コミに耐えうるような曲の良さ、大衆性がある、何年たっても色あせない曲でもあるって事なんだよね。

だからこそ、この「駅」のように、あれから30年以上たったいまでも広く支持されているエバーグリーンな曲が多いわけなんだよね。



サザン、達郎氏と並んで、オリジナル動画の数が少ない竹内まりやさんですが、この曲はありましたね。


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