かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

北風〜君に届きますように〜 / 槇原敬之

1991_12_北風_槇原敬之






今日の1曲セレクトは、「北風〜君に届きますように〜」槇原敬之です。

まずは、データでーす。

・タイトル    北風
・アーティスト  槇原敬之
・作詞      槇原敬之
・作曲      槇原敬之
・編曲       槇原敬之
・リリース日   1992年10月25日
・発売元     WEAミュージック
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   62.7万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1992年11月9日〜1993年1月25日付


今年は、本当に寒い! 今日、普段、雪なんて滅多に降らないウチの方(千葉)でも、雪がチラついたですわ。
 12月に雪なんて、こっち住んで、もう23年になるけど、あんまり記憶にないんだよなぁ。

 ワタシは、風邪でダウンしとりましたが、医者行って、1日寝てたんで、だいぶ楽になりましたわ。
 皆様にご迷惑おかけしまして、失礼いたしました。

 昨夜がヤマでしたねぇ。今年の風邪は、鼻に来る・・って昨日もトピ立てたんだけど、その通りで、鼻づまりと、なにより、「タン」がひどくてねぇ。夜中にタンが絡んで、息苦しいし、のどは不快だし、それに伴う咳で、何度も目が覚めましたわ。
 今日、医者に行って、抗生物質とタン切りの薬もらって、のんだら、今になって、随分、楽になってきましたわ。

 などと、ワタシの風邪の報告の場ではない! わけで、ちやんと書きますね。

 えー、最初に戻って、今年の冬は寒い!!

・・・というこで、浮かんで引っ張ってきたのが、槙原敬之の「北風〜君に届きますように〜」というわけですわ。

 まあ、かなり、ベタっちゃ、ベタなセレクトなんだけど、やっと、このじきに、この曲のシチュエーションに合うような「冬」が来たなぁ。。。っていう事も同時に感じたんだよね。


 この曲のシチュエーションっていうか、風景は、最初の

♪ 小さなストーブじゃ、窓も曇らないような夜 毛布を鼻まであげて君の事考えるよ ♪


って部分に凝縮されていると思うんだよね。

 まあ、兎に角、寒い冬の夜 ってイメージでしょ。

 それが、このところずっと暖冬だったかんね〜。こんなシチュエーションの冬なんて、ずっとなかった気がするんだよね。
 この曲、がリリースされたのは1992年だけど、たしか、この年も冬は、そんなに強烈に寒いって訳ではなかったってきがするなぁ。
 少なくとも、この曲のシチュエーションとは、実際は、随分ズレてるなっていうのは、覚えてるんだよね。

 あとは、果たして、この曲のサビのように

♪ 北風がこの街に雪を降らす〜 ♪

になるかなぁ。なんか、今年は、東京でもそんな感じになりそうな気がするわ。
 京都とか、名古屋は、今日もこんな感じだった見たいだしね。

 ・・ってかんがえると、この曲、今年プッシュしたほうがよかったんとちゃうかなぁ・・とか思ったりしてね。

 だから、というわけではないかもしれないけど、この曲、当時のデータを見ると、オリコンで最高6位までしか行ってないのよ。

 この曲の前の「もう恋なんてしない」は、最高2位、セールスも140万枚近く行ってるのに比べたら、随分違うんだよね。
 どうも、槇原っていうヒトは、当時は、冬場には、パッとしないところがあって、この前の年の「冬がはじまるよ」もサッポロの「冬物語」のCMに使われながら、最高5位までしか行かなかったり、次の年の「雪に願いを」に至っては、ベストテンにも入らなかったり、ワタシと同じく、どうも、このヒトも「冬」って、「鬼門」のようだねぇ。

 年も同じだし、なんか、変なところにシンパシイを感じたりして・・・・(爆)


 しかし、槇原っていうヒトは、「ふられた方」とか「思いが伝わらない」って曲を書かせると右に出るもんないねぇ。
 結局、この曲もそういう曲な訳だわね。

 うーん、同じく昭和44年うまれ・・・。だから、昭和44年うまれって、今一つ、印象がジミなのかなぁ。。。とか、思ったりして・・・。

 でも、生まれたこの方、思ってるのは、昭和44年生まれって「おっとり系 ジミ系」なヒトが多い気がするのね。
 小学校〜高校まで、1つ上と、1つ下は、結構、活発で、頭切れる奴が多かったけど、ワタシの同級生には、ワタシ含めて、活発なヒトってあんまり、いないもんねぇ。

 おっとりしたヒトが多いって言うかね。


 やっぱし、生まれた年で、ヒトの性格性ってある程度、まとまったところってあるのかねぇ。。。。


 なんか、槙原氏の曲を聴くたび、いつも、そんな事を感じてしまう、ワタシですわ。


 最後に、気がつけば、もう、クリスマスシーズン真っ盛りなんだよねぇ。。。
 ・・ということで、明日から暫く、「クリスマスウイーク」っていうことで、私なりのクリスマス関係の曲をセレクトして行こうと思っています。

ワタシなりってところがミソね。
 えー、だから、ワタシの性格から言って、B'z「いつかのメリークリスマス」とか、ワムの「ラストクリスマス」とか、「現状」手垢がいっぱいな曲は、まず、とりあげない。。と思ってくだされ。

 ・・といいつつ、そういう気分になっている皆様、山下達郎の「クリスマスイブ」・・・・・これだけは、勘弁。




※2005年12月に書いたものの再掲載です。


愛は勝つ / KAN

1990_12_愛は勝つ_KAN






今日の1曲セレクトは、「愛は勝つ」KANです。

まずは、データでっす。

・タイトル    愛は勝つ
・アーティスト  KAN
・作詞      KAN
・作曲      KAN
・編曲      小林信吾  KAN
・リリース日   1990年9月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   201.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1990年12月10日〜1991年4月15日付
・タイアップ   フジテレビ系「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」挿入歌

 前回が、大事MANブラザーズバンドの「それが大事」なら、おなじ「やまかつ」つながりで、やっぱし、その1年前のKAN「愛は勝つ」を出さないわけには行かんですわね。

 「それが大事」のインパクトってでかかったけど、それは、どちらかというと曲の「説教臭さ」のインパクトがでかかったわけで、素直に「ヒット曲」という視点から見ると、こちらのほうが、ほんとに「予期せぬ出来事」ってかんじだったですね。
 このあいだも書いたけど、私、「やまだかつてないテレビ」って、1回も見たことないヒトなんで、この曲の存在を全く知らなかったんですわ。

 当時、1990年の今頃って、ワタシ自身、あんまり、ヒット曲に寄与していない時期だったんだよね。
 すでに、のちのち活動の基盤となる、「オリコンヒットチャート研究会」は発足していたものの、まだ本格的な活動はしていなかったし(本格的に活動し始めたのは年明けた1991年からかな)、いちばん、情報源にしてたラジオもほとんど聴いてなかったわけ。
 唯一、「オリコン」だけは読み続けてたけど、これも、以前ほど、チャートも細かく、真剣には読んでなかった時期なのね。
 
 だから、ベストテンに入ってくるまでは、ほとんど曲知らない状況だったんですわ。

 その時期に、いっきなり、ベストテンに飛び込んできたもんだから、びっくりしちゃったわけね。この曲。

・・・といっても、ベストテンに入るまでは、この曲、かなり苦心してランクアップしてきてるんですよ。
 なにせ初登場99位ですかんね。99位から1位に駆け上がった曲・・・これは、珍しいんだよね。
 そこからベストテンに入るまで14週もかかっている。典型的なジワジワ型ヒット曲。
だけど、ここからがすごかった。

 週間セールスとランキングだけど、

 1990年12月 3日付 17位 14,950枚
 1990年12月10日付  4位 52,630枚
 1990年12月17日付  2位 108,470枚
 1990年12月24日付  1位 195,850枚
 1990年12月31日付  1位 229,250枚
 1991年 1月14日付  1位 277,430枚
       
 という具合に、週ごとに急激にセールスが拡大して言ったわけ。

 いまのレベルから考えると、まあ、普通じゃないかって思われる方もいらっしゃると想うけど、当時は、週、10万枚セールスを記録するだけでも大変なことだったのね。
 ましてや、20万枚セールスなんてことは、私としても、それまで、ほとんど見たこともないレベルだったのよ。
 それまでは、唯一、19800年の光GENJIの「パラダイス銀河」とか、「Daimondハリケーン」ぐらいで・・。
 
 しかも、初動ではなく、ジワジワかけあがっていってセールスを拡大していった上での20万枚突破っていのは、初めて経験したわけで、それは、興奮したよなぁ。
 曲のよしあしは別として、このままどこまで行くんだろう?
って期待はあったねぇ。

 まあ、最終的に、10万枚以上セールスは、8週間続くんだけどさ。
 今、大ヒット中の「青春アミーゴ」だって、10万枚4週しか続かなかったじゃん。

 でも、今想うと、これが、90年代メガヒットの序章だったんだよね。
 
 この曲の空前のセールスの出来事が90年12月〜91年1月にかけて。
 で、間髪あけずに、2月18日付で、小田和正「ラブストーリーは突然に」がウイークリーセールス、740,830枚っつう、途方もない数字を打ち立てたわけですわ。

 これをもって、完全にメガヒットの時代に突入して言ったわけですね。

 でも、まあ、メガヒットの時代といっても、91年当時は同時に「ロングセラー」の時代でもあってね。
 オリコンで1位とったのは、この年19曲。前年の31曲に比べると半分になってるんだよね。
 
 このころは、初動の数字もすごかったけど、ロングセラーもすごかったっていう、日本ヒットチャート史上、かなり特異な年だったんだよなぁ。

 ちなみに、この年の最多1位は、CHAGE&ASKA「SAY TES」の13週連続1位(内12週は10万枚以上セールス)っつう、これは、これ以後、14年、出てない記録ですね。
 (ちなみにオリコン記録は、シングルは、ピンキーとキラーズ「恋の季節」(1968〜1969)の17週、アルバムは、井上陽水「氷の世界」(1974年〜1975年)の35週、1位)

 まあ、このKANの「愛は勝つ」と、そういう時代の魁にもなった曲っつうわけですわね。


 で、曲のほうですが、最初にも書いたように、このころは、ワタシ的には、あんまり曲聴いてなかったんで、ベストテンに入ってくる頃に初めて聴いたんだなぁ。

 最初の印象は、正直、よくわかんなかった訳。イントロの出だしが、「ラジオ体操」みたいだったし(爆)、なに、いまどき、こんなにクソマジメに歌ってんだよ・・ぐらいしか感じなかったんだなぁ。

 でもね、2回、3回って聴いていく内に、だんだんとよくなってきたって言うかね。
 個人的に、印象に残ってきたのは、1位獲得して終わりのごろだなぁ。 それだけ、自分の中に入ってくるのに時間がかかった曲だなぁ。
 曲としてはね苦手な部類にはいるんだろうなぁ。
 でも、聴き込んで行くうちに、耳慣れしていくっていうかね、あるときから、どんどん自分に入ってきるようになったんだよねぇ。

 やっぱ、曲聴くシチュエーションっつうのがあるでしょ?

 とうじ、ワタシ、千葉の中央郵便局で深夜のバイトしてまして・・・。まあ、郵便物の「仕分け」作業だよね。

 で、作業場は一晩中ラジオかかってるんだけど、この曲が、よーくかかってたんだよねぇ。

 だから、この曲聴くと、あの時の光景が反芻されてくるっていうかね。完全に頭にインプットされてるんだよね。

 ただね、この曲、テレビで聴く機会ってのが、なっかなかなくてねぇ、1年後ですよ、初めてテレビでみたの。
 たしか、暮れのレコード大賞。曲に似合わず、足おっぴろげて、ピアノ弾きながら、しかめっ面して歌ってるKANがめちゃくちゃ滑稽だったね。 
 これ、パロディか? って想ったもん。それで、いっしゅんにして、この曲は、「まじめな曲」から、「パロディの曲」に私ん中では変わっちゃったね。

 大体において、タイトルが「愛は勝つ」なのに、C/Wが「それでも振られてしまう男(やつ)」って事自体パロディじゃん。

 



※2005年12月に書いたものの再掲載です。ひ

それが大事 / 大事MANブラザーズバンド

1991_12_それが大事_大事MANブラザーズバンド






今日の1曲セレクトは「それが大事」 大事MANブラザーズバンドです。

 まずは、データなのだ

・タイトル     それが大事
・アーティスト   大事MANブラザーズバンド
・作詞       立川俊之
・作曲       立川俊之
・編曲       大事MANブラザーズバンド 渡辺禎史
・リリース日    1991年8月25日
・発売元      ファンハウス
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    160.3万枚
・THE HITCHART HO30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月16日〜1992年4月6日付
・タイアップ  フジテレビ系「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」挿入歌


 世の中にはさぁ、時間がたつと、「なーんで、あの時、あれが流行ったんだろう??」って不可解になることってあるよねぇ。。。。
 って、またまた、いきなり変な表現から始まったわけです。
 そうです、今日はそういう曲なんですねー。

 それが大事  大事MANブラザーズバンド。

 今から14年前の冬の日、いきなり、チャートを駆け上り、あっという間に全国を席巻した曲ですわね。
 まあ、ブームなんてそんなもんなのかも知れないけど、これが一旦、引くと、なんで、あんなに熱狂したんだろう? って訳わかんなくなるよねぇ。

 この曲、とにかく、説教くさいのよ。

♪高価な墓石を立てるより、安くても生きているほうがいい♪とか、♪高価なニットをあげるより、安くても手で編んだほうがうつくしい♪とか。。。。
 もう〜、ほっとけ! って言いたくなるような歌詞が盛り込まれたりして。。。

 極めつけは、

♪負けない事 投げ出さない事 逃げ出さない事 信じぬく事
 ダメになりそうな時 それがいちばん大事 ♪

をいったい、何回、くりかえしたら気がすむんだ〜 ってくらいのくり返しなんだよね〜。

 誰かが言ってたけど、「〜事」って、「事」を強調してるのがむかつくねんってねえ。
 たしかに、余計、これが説教臭くしてるんだよね。

 だけど、そんな「説教」ソングがなんと、160万枚、ベストテンに4ヶ月も居座った・・なんて、とんでもない大ヒットになったってこと、ほーんと、いまでは信じられないよなぁ〜。

「歌謡界 一発屋伝説」によると、これは、例の旧「オウム真理教」の麻原彰晃の「修行するぞ・・・」のテープとおなじ、一種のサブミナル効果ぢゃないかって分析してる。

 つまりぃ、「負けない事 投げ出さない事・・・」って延々と聞かされることによって、逆に、聴かずには居られなくなる、⇒ついつい買っちゃう・・っていう図式なんではないかなと言ってるんだよね。

 たしかに、そうなのかなぁとも思えたりしてね。
 だって、あれ、絶対に一種の呪文のように感じるじゃん。呪文がとけると、一体、なんだったんたろう? ってかんじでさあ。

 今聴くと、なんで、あんなに熱狂したんだろ? って、マジで不思議に思うもんね。

 
 この曲は、フジテレビ、水曜21時〜放送してた、「やまだかつてないテレビ」っていうバラエティでつかわれてた曲だけど、かんがえてみると、あの番組からも、いろいろヒットがでてるよねぇ。
 いまとなっては、それも、なんか、不思議な現象なんだけどさぁ。 一体なんだったの? って感じで。

 ここ何年か、同じフジテレビの「あいのり」からヒットがでてるけど、これとは、また違った意味で、よくわかんないけど、バカ売れしてたもんねぇ。

 ワタシ、この番組見てなかったから、どこがいいのかよくわかんないんだけどね。

 いずれにしろ、いまとなっては、気持ち悪いヒット曲ってかんじかなぁ。

 その割には、しっかりと、CDもってるんだけどさぁ。。。




※2005年12月に書いたものの再掲載です。

恋のダイヤル6700 / フィンガー5

1973_12_恋のダイヤル6700_フィンガー5






今日の1曲セレクトは、「恋のダイヤル6700」フィンガー5です。

 まずはデータでーす。

・タイトル    恋のダイヤル6700
・アーティスト  フィンガー5
・作詞      阿久悠
・作曲      井上忠夫
・リリース日   1973年12月5日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   83.7万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1973年12月17日〜1974年3月18日付

 記憶の中の最古の曲って言うと、みなさんそれぞれで、いろいろ出てきますよねぇ。
 mixiには生まれた年毎のコミュがあるじゃん。多分、みなさん、それぞれ生まれた年のコミュに入ってらっしゃる方って多いと思うんだけど、ご多分にもれず、ワタシも生まれた「1969年」のコミュに入ってるのね。

 ・・で、そこで、一番最初に買ったレコードは? っていうトピが立ってるんだけど、多いんだよねぇフィンガー5。
 
 やっぱし、うちらの年代では、通り過ぎることが出来ない「アイドル」ですよねぇ。

 デビュー曲の「個人授業」、のちにキョンキョンがカバーした「学園天国」なとなど、大ヒット曲はあるわけだけど、なかでも、この「恋のダイヤル6700」は、別格だったよねぇ。

 ちなみに、ご多分に漏れず、ワタシも、買ってもらった最初のレコードは、この曲だった「らしい」んですわ。
 「らしい」っていのうは、さすがにね、ワタシの記憶にも残ってないんだよね。
 ウチの母親の証言だと、この曲ってことになってるんだけど、真相は如何に。。。? 
 確かに、この曲のドーナツ盤があったような気はするが。。

 それより、当時の記憶の中に、この曲はしっかり刻まれているのは確かだね。
 
 なぜか、この曲と、小坂明子の「あなた」と、伊藤咲子の「ひまわり娘」は、セットになって、記憶の彼方にあるんだよなぁ。
 たしかに、ヒットは、どの曲も1974年になるのだが・・。

 兎に角ねー、みんなそうだったと思うんだけど、アキラ君に憧れたんだよねぇ。
 小学生のくせして、「トンボメガネ」かけて、カッコよかったじゃん。

 でもさ、今、聴いてもフィンガー5の一連の曲はかっこいいよね。
 この時期は、第1次アイドルブームだったわけだけども、その中のどのアイドルの曲とくらべても、群を抜いてると思いますよ。
 曲自体はシンプルなんだけど、音の使い方とか、音の厚さだよね。
 「個人授業」のイントロのエレキギターとベースとの音の厚さは今聴いても、引けをとらない。
 
 それと、当時のアイドルとしてはね、一番アメリカナイズされた音だったんだよね。
 当時は、どちらかといえば、アメリカンっぽい音より、ヨーロッパ系の音が、日本のヒット曲は主流だったからねぇ。
 逆に目立ったんだよね。
 これはねやっぱり出身が「沖縄」だったので、意図的に、そういうアメリカ志向の音にしたのかなぁ。

  でも、まあ、この路線は大成功だったわけです。

 余談だけど、この曲のおかげで、電話番号「6700」のウチって、随分いたずら電話があったそうですね。

 きまって、

 「ハロー ダーリン」って言って切れちゃうんだって。

 なにそれ? って言うと、この曲のイントロの冒頭部は、

 (電話ベル 効果音) ハロー ダーリン・・・(イントロ) 

 だったんだよね。 声の主は、もちろん、タエコちゃんです。



 時に80年代末期から90年代初頭にかけて、一時フィンガー5がディスコなどで、リバイバルしてましたもんねぇ。
 時代を超えても、いい曲、エバーグリーンっていう代表的な曲ですねぇ。




※2005年12月に書いたものの再掲載です。

異邦人 / 久保田早紀

1979_12_異邦人_久保田早紀






今日の1曲セレクトは、「異邦人」久保田早紀です。

まずは、データです。

・タイトル    異邦人
・アーティスト  久保田早紀
・作詞      久保田早紀
・作曲      久保田早紀
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1979年10月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   144.5万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1979年11月26日〜1980年3月3日付
・タイアップ   三洋電気カラーテレビ「くっきりタテ型」CM曲

 いよいよ、久保田早紀の「異邦人」の登場です!
 インパクトって言う言葉、この曲のためにあるのよね。って言いたくなるくらい、ほんとに、この曲のインパクトは強かったなぁ。

 なんていっても、イントロだよね。プロからみても、この曲のイントロは、すごい! と言わしめるような柔軟なつ、大胆なイントロ。
 もう、最初の1小説だけで、エスニックな世界へ誘われてしまうような感じだよね。
 いわんや、シロートの私らが最初聴いた時にはビックらひいたよぉ! これ、「日本の曲かい?」って言う感じ。

 かと思うと5小節目からは、ストングスによる、しなやかなオーケストレションから、ピアノへと、イントロだけでも、めまぐるしい変化する曲構成。

 ほんと、これは、たんなる「歌謡曲」の枠を完全に越えてるよね。
 作詞、作曲はもちろん、久保田早紀本人なんだけど、この曲の場合、なんといっても、萩田光雄氏のアレンジにどうしても耳が言っちゃうんだよね。

 もち、メロディラインがすばらしいから、大体にアレンジしても崩れないっていう、まさに見本のような曲ですよね。
 
 口をすっぱくして言っても、ほんとに、この時期の曲の完成度の高さには、未だに舌を巻きますね。
 ほんとに、「単なる」歌謡曲とはいえない世界がそこにあったっていうかね。
 一番すばらしいのは、全部「生楽器」による演奏ってことですね。いまだったら、完全にシンセに逃げるだろうけど、シンセ類は一切使っていない。
 それでいて、これだけの迫力を出しているオーケストレーションのすばらしさっていうのかなぁ。
 これは、今では、もう不可能なのかもしれないけど。。。

だからといってはなんだけど、いや、この時代をタイムリーに聴けたっていうのは、ラッキーだったと思いますわ。(お若い方にはもうしわけないですが・・・)

 プラス、時代がよかったんだよね。折りしも、エスニックブーム、シルクロードブームが到来しようとしていた矢先にこの曲が出現したわけで、この曲がきっかけになって、翌年80年のシルクロードブームに一気に火がついたって感じでしたもんね。

 兎に角、この曲の存在は、でかいなぁ。ワタシ個人にとってもですが。 いまでは、宝物のような存在だな。

 でも、悲しいかな、この曲があんまりにも良過ぎたため、久保田早紀は、1発屋になっちゃったんだよね。
 あんまりにも、この曲はでかすぎたっていうかね。ユーザーなんてもんは贅沢なもんで、第2弾はこれ以上のものを欲するからねぇ。
 でも、正直、これ以上の曲なんて、よっぽどのことがないと作れないよね。 それだけ、「異邦人」のインパクトが強すぎたってことなんだけど・・・・。

 いい曲を贈るのも使命なら、アーティストを長持ちさせるのも使命。これがレコード会社なのかもしれないけど、この場合は、やっぱし曲をとったってことでしょうね。

 とうの本人も、もともと、「ザ・芸能界」ってものには、興味がなかったようで、だから、逆に言うと、それでよかったのかもしれないな。

 いまは、久米明氏の子息の久米大作氏の奥さんになられて、教会で歌っているそうですね。
 それが一番、あっているんだよね。 




※2005年12月に書いたものの再掲載です。

わな / キャンディーズ

1977_12_わな_キャンディーズ






今日の1曲セレクトは、「わな」キャンディーズです。

まずはデータでーす。

・タイトル     わな
・アーティスト   キャンディーズ
・作詞       島武実
・作曲       穂口雄右
・編曲       穂口雄右 
・リリース日    1977年12月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    39.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1977年12月19日〜1978年2月27日付


 超強力曲同士で、同日リリース。これってよくあるよねえ。核になる曲が2曲っていう感じだったら、いまは、毎週のようにあるわけで、今となっては、全然珍しいことではないですわね。
 でも、これが3曲、4曲・・・と複数になると、結構珍しいわけで・・・。今年だったら、先月の11月2日なんかはそうなるのかなぁ。
 ましてや、リリース自体少なかった、昔なんかは、もっとそういう機会が少なかったわけですね。
 大体において、1つのレコード会社同日に、強力アーティスト同士をリリースさせるってことは、あんまりないだろうし。
 さらに、同じリリース日に「超」がつく、協力曲が含まれているとなると、つい、避けてしないたくなるのは、昔も今もあんまり変わんないことかもしれないですね。

 そんななか、強力曲4枚同日リリースっていうことが起こったのが、1977年12月5日。しかも、そのなかの2枚がライバル同士という、チャートファンとしては、まってました! というリリースだったんですよね。

●CBSソニー
 ・わな   キャンディーズ
 ・禁猟区  郷ひろみ

●ビクター
 ・UFO   ピンクレディー
 ・しあわせ芝居 桜田淳子

 これ、全部1977年12月5日リリースというわけで、当時の超豪華リリースってわけです。

 特に、ピンクレディーとキャンディーズの同日リリース。これは、このとき1回切りなんですよ。
 人気を2分した、超スーパーアイドルだった2組。もちライバル視扱いされた2組なわけだけど、たしかに、それまでも同じ月リリースっていうのは、ずっと続いていたんだけど、「同日」っていうのは、これ1回きりなわけです。

 まあ、とうじは、ランキングっつうもんも、さほど一般には普及していなかったわけで、ましてや初登場1位なんていう時代ではなかったから、同日リリース、即チャート争いっていう図式はゼンゼンなかったわけで、それいえに、同日リリースだからって言っても、どうこうはなかったわけだけど、でも、やっぱし、ライバル同時が同じ日にリリースってなると、どちらも負けたくないって言う気持ちも出てくるんぢゃないかなぁ。
 って勘ぐりたくなりますね。

 ちなみに、両者のオリコン初登場ですが、両者とも1977年12月12日付初登場で、
 UFO 初登場8位  わな 初登場32位

 あー、当時のランキング事象をちょっと解説すると、初登場でベストテン入りっていうのは、とんでもないことだったのね。今のインパクトでいうと、初登場でミリオンセラーって言うくらい。 当時としては、ピンクレディーぐらいしか出来なかった現象なのよ。



 と、ライバルといっても、かなりの差は出てたんだよね。

 だけど、すでに解散も決まっていて、そのなかでの活動ってことで、かなりファンの間でも盛り上がってき始めてたころだよなぁ。 この曲のセールス、39.2万枚っていうのは、ラストシングルの「微笑みがえし」に次ぐセールス。

 そのまえの代表曲の「春一番」とか「やさしい悪魔」よりも売れてるんだよね。
 だけど、そんなに売れていたっていう実感はあんまりないんだよなぁ。それだけ、あのころの盛り上がりようを示してるんぢゃないかなぁ・・って思うんだけどさ。

 それくらい、この曲、キャンディーズの代表曲か?っていったら、首ひねりたくなるくらい・・・いまとなっては、一般的には、それほどメジャーな曲ぢゃないですよね。

 でもですよ。これが結構いい曲なんだ。キャンディーズの曲って今思い返すと、比較的メジャー調の若干、間延びした曲が多い思うのね。 その点が、緊張感たっぷりだったピンクレディーとは対照的であり、かつ、人気の差かなぁとも思うんだけど、この「わな」は、緊張感いっぱいの曲ですよねぇ。
 うん、どうして、この曲がこのタイミングでリリースされるのかなぁ? っていうと若干疑問なんですけどね。
 なんか、3ヵ月後に解散するっていうグループの曲ではないような気がするんだよなぁ。それだけ、しっかりした曲って感じ。うん、投げやり感が全くないんだよね。

 たとえば、ピンクレディーなんて、もう、解散間際は、正直「投げやり感」が曲からにじみ出てたんだけど、この曲には、全くそういうところが感じないんだよね。
 だからして、逆に、もっと見たい、やめて欲しくないっていう気持ちが強くなったのかなぁ。それが、ラストの「微笑がえし」の爆発に繋がったのかもしれないけど。。。

 だとしたら、さすがにCBSソニーの酒井氏と、当時担当だった大里氏(現アミューズ会長)の戦略は見事だなって思うんだけどね。

 あ、それから、この曲のリードボーカルは、ランちやんデモ、スーちゃんでも、なく、ミキちゃんなんですよ。
 これが、最初で最後のリードボーカル。これの話題性もありましたよね。

 でも、やっぱり曲がよすぎたよなぁ。この曲。



※2005年12月に書いたものの再掲載です。

ヒーロー / 麻倉未稀

1984_ヒーロー_麻倉未稀






今日の1曲セレクトは、「ヒーロー」麻倉未稀です。

まずはデータです。

・タイトル    ヒーロー
・アーティスト  麻倉未稀
・作詞      J.スタインマン D.ピッチフォード
・作曲      J.スタインマン D.ピッチフォード
・編曲      渡辺博也
・日本語詞    売野雅勇
・リリース日   1984年11月5日
・発売元     キング
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数   18.1万枚
・タイアップ  TBS系ドラマ「スクールウォーズ」主題歌


 たまに、ルーチン的な仕事とは別な仕事すると、結構意外な発見ってするもんですよねぇ。
 ・・・っていつもながら、とーとつな入り方なんですが、今日は、仕事で近日公開予定の「映画」について調べてたんだけどね。
 来週10日公開予定の「スクールデイズ」っていう映画について調べてたら、キャスト陣を見て、思わず「おーー」っと唸ってしまいましたわ。
 ・・主人公、もちろん居ますわね。 その主人公の両親役が鶴見辰吾 と いとうまいこ だってさ。。。

 ・・・と書いて、ピンと来た方、結構な「大映ドラマ」通でございます。・・・でもないかな。

 そうですぅ、いまから22年前、1983年4月〜放送の大映ドラマ「高校聖夫婦」で、夫婦役だったんだよね。この2人。 覚えてる方っているかなぁ。
 高校生で結婚しちゃうの。で、周りには、ひたかしくにするんだよね。たしか。・・で、そこで、いろいろ起きちゃうってドラマですよ〜。 

 で〜今回、この映画で、また夫婦役だって。。。 うーん、でも、かんがえるに、あれから、幾年たって、成れの果ては、この主人公って言えないこともない(ムリヤリ)。

 もしかして、そこまで、考えてたか? この映画の監督さん、俺とより1つ上の同世代だから、もしかしたら、「高校聖夫婦」見てたんぢゃない? 
 だしとたら、わざと、狙ってた? もしかして・・。


 え? それと、今日、紹介する「ヒーロー」とどういう関係かって?

 はいっ、 関係ありましぇん! ではなくて、大映ドラマつながりなんだよね。

 そう、この曲は、かの大映ドラマの名作(迷作?)「スクールウォーズ」の主題歌ですね。
 
 その前に、本来は、この曲、映画「フットルース」の中の1曲でボニータイラーが歌ってたんだよね。
 「フットルース」のサントラは、この84年夏に大ヒットしたよね。 洋楽を、よう聴かない、私でさえ、このアルバムは聴いたなぁ・・というか、友だちに無理やり聴かされたな。

 でも、この曲、ボニータイラーのオリジナルの方は、あんまり印象になかったんだよね。 今は、音源あるけど。。

 この曲っていったら、どーしても「スクールウォーズ」の主題歌の「麻倉未稀」バージョンってほうが、完全に頭にインプットされてるもんなぁ。

 イントロ聴いただけで、ドラマのタイトルバックの映像が浮かんでくるもんね。

 このドラマはかなり、はまったもんなぁ。 
 毎週土曜日21時〜22時って、辺鄙な時間に放送してたんだよ。そうそう、「8時だよ!全員集合」のあとだったんだよね。いまは、「世界不思議発見」になっちゃってるけど、この番組が始まる前は、この時間は、ずっとドラマ枠だったんだよね。でも、大映ドラマになったのは、「スクールウォーズ」からじゃなかったかなぁ? その前は「Gメン」とかやってたし・・。

 このころは、大映ドラマ、大人気だったもんねぇ。本来は、火曜20時〜が、ながらく、大映ドラマ枠だったんだけど、それでは、足りなくなって、土曜21時に進出してきたんだよね。・・で、この枠でも大ヒット・・と。視聴率20%超えてたもんなぁ。 っていうか、火曜日の大映ドラマもそうだったけど、見てなかったら、ガッコで話題に入れなかったもんねぇ。

 いま、スカパーのファミリー劇場で、大映ドラマの再放送やってて、よくも見てるけど、いまみると、鼻血でるほど、「笑え」ますよ。ほんとに。あの、ワザトラシサがさー。(^^;;;

いや、あれで感動してたんだから、いやはや平和な時代だったんだなぁってつくづく感じちゃいますね。


 しかし、この曲、この年、84年では随分パクられてたなぁ。
メロディ的にってことではなく、音の使い方とかね。 特にイントロのコーラスの部分とか、ラッパの使い方は、このころよく聴いたなぁ。
 堀ちえみの「クレイジーラブ」なんか、そうでないの?
あと、河合奈保子の「唇のプライバシー」とか。これ、ドナサマーの「情熱物語」っていう説が一番有力なんだけど、個人的には、この曲っぽいなぁって思うんだよね。

 あんまり、派手にヒットはしなかったけど、当時、影響力は大きかった1曲ですねぇ。


 うーん、ジャケ写ですが、これまた、インパクトあるねぇ。
この女のヒト、「フィリピーナ」でないかんね。あくまで、麻倉未稀、本人でございます。




※2005年12月に書いたものの再掲載です。

シャララ / サザンオールスターズ

1980_12_シャララ_サザンオールスターズ





今日の1曲セレクトは、「シャララ」サザンオールスターズです。

データっすっすっす。

・タイトル    シャララ
・アーティスト  サザンオールスターズ
・作詞      桑田佳祐
・作曲      桑田佳祐
・編曲      サザンオールスターズ
・リリース日   1980年11月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 29位
・売上げ枚数   6.4万枚

 もう日付が変わったんで・・・、本日は、サザンの東京ドームライヴどえーーーす。
 ・・ということで、頭ん中はサザン一色でございます。

 とーぜん、セレクトは、サザンの曲ってことで、この、時期ピッタンゴでサザンというたら、この曲しかないでしょう。

 「シャララ」

ウーン、昨日も、1980年の「若さのカタルシス」だったんで、80年続きで申し訳ないんですが、この曲しか浮かんでこなかったですわ。
 
 ↑のデータをみて、何かの間違いか? って思われる方もいらっしゃるかしら? あの天下のサザンが、オリコン最高位29位、売上げが6.4万枚なんて、今だったら考えられないことですわね。
 でも、これは、間違いないのですよ。80年〜81年のサザンは一口でいうと「低迷期」でシングルヒットは全くなかった時期なんだよね。
 まあ、その分、音楽を見つめなおす時期だったようで、今となっては貴重な時期だったようですが・・。

 この「シャララ」に関しても、だから、ヒット狙い
という部分はほとんど感じられない、かなり肩の力が抜けたかんじの曲ですね。
 シングルB面か、もしくはアルバムの曲かっていう感じもするし。

 内容は、今年1年振り返る&メリークリスマスって感じで、季節的な内容を含んだ曲ですね。

 ♪ 今年もなにゆえ 遡れば夢  二人で居ればなおのこと〜 ♪

 うーん、二人で過ごすクリスマスってことか。。。 そうなんだよね、結構見過ごされがちだけど、内容的には、クリスマスソングなんだよね。

 途中まで、全然そんなところが見れないんだけど、最後に

♪ 雪になりそうなMerry Merry Merry X'mas Amen ♪

ってきますんでね。 最後の「Amen」っていうのは、桑田氏らしいサービスかな?

 まあ、最初に書いたように、この曲も当時は売れなかったかね。いまとなっては、ほとんど、ファンにしか知られない曲であるかもしれないけど。。。

 あ、そうそう、83年のドラマ「ふぞろいの林檎たち」では、結構かかってたよね。この曲。 
 ファン以外では、あのドラマで知ってる人もいるかなぁ。。


  ・・・と、今日はほとんど、自己満足な内容でした。


※2005年12月に書いたものの再掲載です。

若さのカタルシス / 郷ひろみ

1980_11_若さのカタルシス_郷ひろみ






今日の1曲セレクトは、「若さのカタルシス」郷ひろみです。

 まずは、データっす。

・タイトル    若さのカタルシス
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      阿木耀子
・作曲      都倉俊一
・リリース日   1980年11月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   17.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン:1980年12月10日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ミセスとぼくとセニョールと!」挿入曲

 ヒトそれぞれに苦手な曲ってあるよねぇ。あ、または、苦手なアーティストも。
 ただ、年とともに、あるいは、なんかしらの環境の変化で突然、キライだった曲がいいなって思えてくることもありませんか?

 最近あんまり書かなくなったけど、自分のサイトで、最近聴いた曲で気になった曲のレビューを書いてるんだけど、曲によってはかなり、クソメソに書いたりするのね。
 でも、そういう曲でも、時とともに、だんだんよくなってくる、しまいには大好きになるって曲も結構あるんだよねぇ。

 ・・・なんか、回りくどい書き方になっちゃいましたが、実は、今日紹介する「若さのカタルシス」って曲も当時は大っキライだったんですよ。
 あー、その前に、郷ひろみの曲自体が、好きぢやなかったのね。
 なんでだかは、今となっては、記憶の彼方で、定かではないんだけど、まあ、当時の生理的に合わなかったんだろうねぇ。

 ただね、そのくせ、なーんか印象には残っているんだねぇ。
1980年の11月っていうと、この曲のイメージが真っ先に浮かんでくるのよ。
 
♪落ちるサンセット サングロウ〜 ♪

っあったでしょ?  それと、出だしの

♪中途半端にぶさらがってる 銀の枯葉が僕の恋だよ〜♪

って、この2箇所がやけに印象に残って、私の中では、この時期のイメージって、枯葉が舞ってる午後4時ごろって感じなんだよね。。
 ああ、また、意味不明。まあ、イメージとして捉えてくだされ。

 と、書いたものの、正直、この曲、覚えてらっしゃる方ってどのくらいいるのかなぁ。
 位置的に、前の「How manyいい顔」がカネボウの秋のキャンペーンソングに使われたりして、かなり派手な動きだったわけで、次の勝負曲といえる、「お嫁サンバ」までの、つなぎといえば、つなぎ的な曲ではあったんだよね。 

だからなのか、この曲は難しいですね。メロディラインが当時としては複雑だしねぇ。
 かなり実験的だったのかなぁ。
 それを見事に歌いきる郷ひろみってやっぱし、ウタうまいですわ。
 
 たしか、当時ベストテン見てて、滅多に褒めない、ウチのオヤジが、「うまい」ってほめてたっけ。。。
 なんか、そんな変なところもやたらと覚えてるんだよね。

 たしかに、この頃から「うた」の歌唱の部分をかなり意識したような歌い方になったなっていうところは見えたなぁ。
 本当のエンターテイナーを目指してきていたって言うかね。

 「ベストテン」拒否した82年のころの意識っていうのは、もしかすると、この頃から始まっていたのかもなぁ。 

 ちなみに、この次の曲は「未完成」っていう、これまた、つなぎっぽい曲だったけど、ひとりGSっぽくて、郷ひろみとしては、結構、異色な曲だったな。 
 元ブルーコメッツの三原綱木のギターが印象的だった曲ですね。


・・・で、最初に戻るけど、結果的にですねぇ、今は、この曲大好きなのですよ〜。
 聴きこめぱ聴き込むほど、味が出るっていうかねぇ。変化が激しいつくりだけに、逆に飽きが来ないんだよね。

 かなーり、回りくどい書き方でしたが、結局、一番いいたかっのは、そのことだったりして・・・

 この時期知っている方が居ない時は歌わないけどね、カラオケではよく歌いますよん、この曲。


※2005年11月に書いたものの再掲載です。

みずいろの雨 / 八神純子

1978_11_みずいろの雨_八神純子






今日の1曲セレクトは、「みずいろの雨」八神純子です。

まずは、データから

・タイトル     みずいろの雨
・アーティスト   八神純子
・作詞       三浦徳子
・作曲       八神純子
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1978年9月5日
・発売元      ディスコメイト
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    58.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年11月6日〜1979年1月15日付

 個人的に11月というと、このところ書いてきたように1987年を中心として印象に残る曲って多いんですが、その前に、「この世界」に入り込んだ、「きっかけ」っていうのが、どうしても付きまとうんだよね。
 それが、1978年11月ってわけで・・。タイミングがよかったのかどうか、このときは、日本の音楽界のエポックメイキングな時期だったのが、やっぱり、この世界にのめりこんだ、一番の原因だろうな。
 エポックメイキングというのは、ロック、ニューミュージックといった、新しい音楽が「お茶の間」に居ながらにして、聴けるようになった、まあ、お茶の間を席巻したって言うところだよね。
 少なくとも、ロック、ニューミュージックっていうジャンルは、その前の年、1977年までは、そうそう、テレビの「歌番組」では出ない、聴けないものだったわけで・・。
 
 その壁を崩したのが、「ザ ベストテン」だったわけだよね。
 まあ、結果論から言うと、ベストテンの始まった時期と、ロック、ニューミュージックがミュージックシーンの中心に昇華してきた時期がシンクロしたってのが、一番なのかもしれないけど・・。

 で、何回も書いているように、ワタシもこの年の11月2日から、「ベストテン」を見るようになったんだけど、いくつか、衝撃を受けたアーティストが居たわけですが、ツイスト、サザンとならんで、衝撃を受けのが、八神純子ですわ。

 うーん、まあ、たしかに、あのころのニューミュージック系アーティストには大体、衝撃を受けたんだけどね。
 なぜか・・・って、簡単に言うと、やっぱし、それまで、自分の中になかった音楽だったからだろうなぁ。
 程よい大人の曲って感じだったんだよね。

 それと、曲のインパクトかなぁ。まさに、「楽曲の時代」だったんですよね。
 どんなに、人気アーティストであろうが、まずは楽曲が先に立つ時代。

この「みずいろの雨」、曲の最初からインパクトのかたまりだったもんなぁ。まさに、楽曲の時代に象徴したような曲ですよね。

 いきなり、サビからはいるでしょ

♪ あーーー みずいろのあめ 私のかたをだいてつつんで
  ふりつづくのーーーー ♪

といきなり全快のメロディライン。
 ♪みずいろのあめ♪の部分では、八神純子特有の高音がさえる。わー、すげぇ、とおもっいた矢先に、♪ふりつづくのーーー♪ と半音ずつあがりのロングトーンという二重の衝撃。
いりの8小節だけで、ガチッと捕まえられちゃいましたもんねぇ。

 それと、ピアノを弾きながら歌うっていうスタイルがかっこえかったんだよね。
 うーん、それまでもピアノ弾き語りっていうアーティスト結構いたけど、それとはまた別のスタイルだったでしょ。
 かといって、ロックでもない。強いて言えばAORに近いのかな、のスタイルは。確かに時代を象徴しているけどね。

 加えて、歌のウマサ。これだけ高音が伸びる女性アーティストって、あの時代をもってしても、なかなかいなかったですからねぇ。 高音とロングトーンの声質に独特の伸びがあるっていうのかなぁ。
 兎に角、聴いてて気持ちがいいわけですわ。


 デビューからそれまでの2曲は、比較的スローの大人しめの曲だったけど、この曲は、リズム的には16ビートでサンバに近い。だからといっていいのか、トレードマークの「サンバホイッスル」が一番似合った曲だったね。

 特段、難しい使い方しているわけではないんですよ。この曲知ってる方は、「そうそう」って感じでしょうけど、サンバホイッスル使ってるのは、最後の間奏の入りの部分だけなんですよね。
 それでも、カッコえかったわけですよ〜。

 この曲から、作曲 八神純子、編曲 大村雅朗 のコンビがスタート。今は亡き大村氏が八神純子の魅力をうまく引き出したって感じですよねぇ。
 同時に、八神純子が大ブレイクと、まさに黄金コンビでしたね。 

 ちなみに、この曲のセールス、58.8万枚って言うのが、八神純子にとっては、最高セールス。ランクは2位まで行ったけど、結局オリコンでは、1位取れなかったんだよね。
 贔屓目で見ても、1位でも、全くおかしくない曲ではあるが・・。
 それだけ当時の1位っていうのは、特殊なランクだったわけですね




※2005年11月に書いたものの再掲載です。
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