かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

恋心 / 相川七瀬

1996_10_恋心_相川七瀬






今日の1曲セレクトは、「恋心」相川七瀬でーす。

まずはデータから

・タイトル     恋心
・アーティスト   相川七瀬
・作詞       織田哲郎
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1996年10月7日
・発売元      カッテングエッジ
・オリコン最高位  2位
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1996年10月21日〜12月9日付
・タイアップ ジュエリーマキCM曲

 うーん、やっぱりというか、どうもね、1970年代の曲は、ワタシのページではあんまり「引き」がないみたいだねー。
 アクセスしてくださってる方の多くの方にとって、70年代はまだ、年齢的に「ヒット曲」界に関わっていなかった方が多いからかなぁ・・。
 それ、逆手にとって、一度、60年代の曲でも書いてみようか・・。 なんて・・ね。60年代だと、逆にワタシもあんまり
詳しくないからなぁ。。。

 今日は逆に、時代をずーっと下って「1996年」です。昨日と26年も一気に下りますよーん。
 だんだん私ゃ、どこの時代の人間なのかわかんなくなってきたワイ。時代放浪者・・・。

 えー、いつの時代にも、不運なアーティストというのもいるもので〜。
あ、これは、ヒットチャート上の話ですよ。。(^^;;;;
決して、アーティスト本人のことではないので、お間違えのないように・・

 相川七瀬もその一人じゃないかなぁ・・。 というか、今になっては、かなり地味な印象しかないですよねぇ。
 今となっては、「死角」に入ってしまったアーティストというか・・・。
 1位とれそでとれなかった・・というところからも、そういう印象が強いのかなぁ。

 その中でも、一番、1位に手が届きそうで、獲得できなかったのが、この「恋心」ぢゃないですかねぇ。
 なにせ、最高2ながら、「ミリオンセラー」達成してるわけで・・。 これも、今となっては、「え? そうなんだ?」って方のほうが多いんぢやないかなぁ・・・と思うんだよねぇ。

 このときは、96年「10.7対決」で、PAFFYの「これが私の生きる道」と、リリースがバッティングしちゃってたんだよね。

 あんときのPAFFYは、いっちばん、波にのってたころだったからなぁ。

 1週目のセールス(96年10月21日付オリコン)は

「これが私の生きる道」⇒40.3万枚
「恋心」       ⇒32.6万枚


と、約8万枚も差がついちゃてたんだよねぇ。。

 ちなみに、その前の週の1位は、

華原朋美「save your dream」が 初登場で 31.1万枚で1位だったことを考えると、「恋心」は、これを上回ってたんだよねぇ。

 ぎゃくに、1週後は、同じく 「これが私の生きる道」が16.0万枚で、2週連続1位。

 ・・ということは、1週前でも、1週後でも1位取れてたわけよ。「恋心」は。

 それをなぜわざわざ、10月7日リリースにしたのか?

 この辺が、相川七瀬の潔さなのかもなぁ。
 ちなみに、次の曲の「トラブルメイカー」は、ミスチルの「Everything (It's You)」とバッティングして、1位をのがしてる。

 最近のアーティストだったら、週によっては自分が1位をとれる・・とわかってたら、その週をずらしてくるのが、当たり前になってきてるのに。
 いや、このころから、その傾向はあったんだよね。

だけど、今となっては、印象がいまいち、はっきりしない・・印象が薄いってのは、やっぱり、1位とってないからかなぁとも思えるけど。
 そのほかに、相川七瀬の立ち位置ってのも、はっきりしてなかったからだろうなぁ。
 アイドルでもない、ロックアーティストでもない。
じゃなんなの? ・・・中途半端

ってかんじだったじゃない? 

 まあ、時代も悪かったって言うかね。 相川七瀬って、一応はビーイング系だったわけだけど、とっちかといったら、ビーイング本体というより、周辺団体、今で言ったら、GIZA Stadioに近いって言うかね。
 でも、当時は、その辺のカラーがはっきりしてなかったからねぇ。
 いまだったら、もっとアイドル寄り・・とか、路線もはっきりしてたんだろうけど・・。

 この曲、「恋心」ですが、個人的には好きですよ。特にAメロの部分の「せつない」ところがいいね。
 ロック路線では見せないような、相川七瀬の切ない部分、柔らかい部分が垣間見えたりするしね。
 それと、曲全体の温度感が、今の季節に妙にマッチするんだよね。 形態は、どっちかといったら、ロックなんだけど。
 サビの部分は、ビーイング系らしくキャッチーだしね。
 
 だから、個人的には、この曲は1位にしてあげたいって言う感情は、当時はあったんだけどなぁ。

 でも、まあ、これも、時代のナガレ中の事だからね。

 あ、でも、96年の秋から冬にかけては、結構、「せつなさ」系が多かったかなぁってきがするな。
 切ないっていうか、優しめの曲かな。この後になるけど、マイラバの「Now and Then」とか、ジュディマリの「クラシック」とかね。
 時代は、小室ファミリーの全盛期だったけど、それとはまた別の流れ・・。メロディ中心の流れもまだ、あったって頃だな。
 ここから、R&Bの流れっていうのが、97年の年明けとともにやってくるんだけど・・・。
 名実ともにメロディの時代からリズムの時代にメインストリームは変わっていく頃だね。



 あ、個人的には、今すんでる「家」買ったのが、このころなんだよね。
 個人的には、「ローン地獄」がはじまったころだ。。。
 いろいろ、ゴチャゴチャ書いちゃったけど、それがあるから、この頃の曲印象に残ってるんかなぁ。。。





※2005年10月に書いたものの再掲載です。






走れコータロー / ソルティシュガー

1970_10_走れコータロー_ソルティシュガー





今日の1曲セレクトは、「走れコータロー」(ソルティシュガー)です。

まずはデータから

・タイトル     走れコータロー
・アーティスト   ソルティシュガー
・作詞       池田謙吉
・作曲       池田謙吉
・編曲       池田謙吉
・リリース日    1970年7月5日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    67.5万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1970年9月28日〜1971年1月25日付(うち1971年1月4日付で1位)



 昨日は、書きませんでした。風邪ひきましたです。。。。。プラス、寝不足でして・・・体にオモリつけたみたいな感じてさー、体が重たくてねぇ。 床に就いちゃいました。。。
 今になって、やっと、もとに戻ってきた感じですわ。
 

 明日は菊花賞。 ディープインパクトっちゅう「ウマ」が注目を集めますな。新聞でもスポーツ欄でなくて、一般社会面で、「シンボリルドルフ」以来、21年ぶりの「無敗」での3冠なるか!? っちゅうね。単勝1.0倍なんていう、とんでもない倍率が付いております。

 え? やけに詳しいやんけって?


そりゃアンタ、昔、一時期は、ワタシ、競馬オタクでしたからねぇ・・。あ、ワタシだけでなく、ウチのMotherもなんだけどね。
 正確に言うと、ワタシの場合は、1990年に大学に入ってからかなぁ、1990年の菊花賞、メジロマックイーンとホワイトストーンでとってから、ちょっとおかしくくなった(^^;; 、あ、いや、狂いだした。。。ワタクシ。
 ピークは、1994年頃かなぁ。丁度、社会人になった年。 あの時は、秋のG1 10レース、8勝2敗だったかな。

 ただね、ここをピークに徐々に熱は下がってったんだけどね。一時は、自宅投票用のモバイル投票機まで「当てて」毎週自宅から投票したりね。(今は、パソコン上から馬券買えます)


 ところで、ヒットチャート好きな人には「ウマ好き」なヒトは多いなぁ。あ、ウマ好きというより競馬好きね。
そもそも、ワタシが1990年に競馬にハマったのも、1990年に結成した、「オリコンチャート研究会」の連中に、競馬ずきがおおくてねー。 それで、ハマったのもある。
 余談だけど、当時のメンバーに、本当にケイバでメシ食ってた、プロの馬券氏とかいたもんね。たしか、なんかの雑誌で薀蓄書いてたりもしてたな。。。


 まあ、チャート予想と、競馬予想って、基本的に「考え方」、「使う脳みそ」が同じだかんねー。
結局、ウマの着順あてるのも、チャートの順位当てるのも、基本はそれまでのデータ、傾向、最近の動向・・・などなどの各種データ積み重ねと経験、センスが物を言うからねー。
 チャート予想とか、やって、初心者のヒトがスコーンと当てちゃうことあるけど、これも、競馬のビギナーズラックと同じだし。。

 そういうことから、ヒットチャート好きに競馬好きが多いのは、まあ、ある意味、必然的なのかなぁ・・と思ったりして・・。


 ・・ということで、明日の菊花賞に併せた曲を・・・というと、やっぱ、この曲しかないでしょう。

ソルティシュガー 「走れコータロー」

 んー、でも、実際は、この曲は「ダービー」のこと歌ってんだろよね。歌詞にもあるように

 ♪ 天下のサラブレット 4歳馬〜 今日はダービー めでたいな ♪

ですからね。

 ならば、ヒットしたのも、その時期? と思いきや、ヒットしてたのは、1970年の「秋」〜翌年の「冬」にかけてなのよ。
 なんていうかもね、折りしも秋のG汽掘璽坤鵑吠擦擦燭茲Δ縫戰好肇謄麁りして、翌年1月の1週目・・っつうことは、集計は、年末の「有馬記念」の頃に1位とってるなんで言う、めちゃくちゃ、競馬のシーズンに併せてヒットした曲なのですわ。

 あ、ちなみに、歌詞は、ダービーで「天下のサラブレット4歳馬」になってるけど、これは、「数え」で4歳ってことで、今は、馬の満年齢で数えるから、さしずめ ♪天下のサラブレッド 3歳馬」になるのよね。

 それと、G気覆鵑董当時はなかったわけで、さしずめ「秋の特別オープンレース」シーズンに併せてって感じですかね。


 しかし、楽しいウタですよね。 ソルティシュガーって、フォークグループなんですけど、メンバーには、いまや「キャスター」っていう感じになってしまった、山本コータロー氏と、のちにビクターのディレクターになった、高橋隆氏が中心のグループでした。

 歌詞に♪走れ 走れコータロー♪ ってあるじゃん。これは、山本コータロー氏が、いつもいつも練習に遅れてくるもんだから、皮肉で、曲をつくった池田謙吉氏がつけたそうですわ。

 それから、歌の途中で入る、高橋隆氏による、当時の「美濃部」都知事の物まね

 「え〜 このたび、公営ギャンブルを廃止するにあたり〜」〜「本日の第4レース・・・」っていうのは、当時、東京都条例にあった、「公営ギャンブル廃止条例」を皮肉ったギャグなんですよね。
このあたりは、当時の世相がわかんないと、何のことだからわかんないし、面白いのかなんなのかもわかんないですけど・・・。

 ちなみに、このころ「公営ギャンブル廃止条例」によって、当時 後楽園にあった「後楽園競輪場」が、そのまんま「後楽園プール」に変わったのよ。
 
 まあ、その辺も皮肉った内容なんですけどね。
 当時のフォークによくあった、社会風刺をちょっと皮肉ってパロディにした曲って感じなのかな。


 あー、ちなみに、この曲、後年、アニメ「マキバオー」の主題歌「走れマキバオー」になってたから、知ってるヒトは多いよね。
歌詞もちゃんと、「走れ走れコータロー」から「走れ走れマキバオー」になってたり、上の「美濃部」知事のセリフのところが、当時の「青島」都知事に代わってたり、結構、細かいところまで、変更してたりしたよね。


 それから、ソルティーシュガーの高橋氏は、上で書いたように、後にビクターのディレクターになられて、森進一「襟裳岬」などを手がけています。
 いわいる、ジャンルの「垣根」をこえた、異種混合ジャンル曲の発表、〜今でいったら、一種の「ミクスチャー」だよね〜を手がけた方です。
 つまりぃ、「襟裳岬」は、作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎 っていう、全くの「拓郎」チーム⇒完全なフォークのチームの作品なんですよ、
 それを「演歌」の森進一に歌わせる。という、それまで前例のない人をやられた方ですわ。

 そのころ、「演歌」と「フォーク」って水と油のような関係でしたからね。

 ワシよく、音楽業界を皮肉って、「あっち側」「こっち側」っていう表現使うけど、もともとは、ここから来たんですよ。
要はね、当時の演歌は「あっち側」⇒ゲーノー界、興行、パンチハーマ、ダブルのスーツ バックにワコイ方々の影・・・
という昔ながらの業界慣習、「こっち側」⇒音楽中心、ジーンズ、長髪・・・という、当時の若者文化を反映したような縮図だったんですよ。
 まあ、これは、今も変わんないですよね。

 で、「襟裳岬」で、「あっち側」と「こっち側」を初めて繋いだ方が、この高橋氏・・ということなんですよね。


 最近、CDウレナイけど、そろそろ、こういうことやんないとダメじゃないですかねぇ。つまりぃ、ジャンルの垣根をこえた異種混合ですよ。
 曲にしたって、バンド系だったら、自分たちで作っちゃうことがほとんどだけど、全く違う人に作ってもらうとかさぁ。

 B'zの曲をミスチル桜井が作るとか、これ、おもしろいでぇ。 本当にやんないですかねぇ。



 えーと、元に戻るけど、最近といったら、 競馬はですね、私はほとんど、足洗ったですねー。なんか、飽きちゃってねー。
 だから、明日の競馬も馬券買ったりはしませぬ。だけど、ミーハー心でレースだけは、見ちゃうかもなぁ。






※2005年10月に書いたものの再掲載です。


ヤングボーイ / 河合奈保子

1980_10_ヤングボーイ_河合奈保子






今日の1曲セレクトは、「ヤングボーイ」河合奈保子です。

まずは、データでーす。

・タイトル     ヤングボーイ
・アーティスト   河合奈保子
・作詞       竜真知子
・作曲       水谷公生
・編曲       船山基紀
・リリース日    1980年8月25日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位  13位
・売上げ枚数    18.9万枚
・ザ・ベストテン最高位 10位
・ベストテンランクイン週:1980年10月30日放送分

そういえば、考えてみたら、河合奈保子って1回も書いてなかったなぁ。。。

 私、当時は、聖子派ではなくて、奈保子派だったんだよね。その割りに、何で、書いてこなかったか・・・。
 いや、結構ね、河合奈保子の「曲」内容を紹介するって難しいんだよね。

 たとえば、聖子の場合、作曲者がだれでとか、松本印ブランドとか、いろいろネタが上がってくるんだけど、河合奈保子って、曲は? って言われると、なかなか特徴がねー。
 このあたりが、松田聖子とのセールスの差なんだろうなぁと分かってはいるんだけどね。

 でも、かんばってみますよ〜。

 うん、特徴がなければ特徴がないで良いじゃない? アイドルの曲なんだもん、本人のキャラクターにマッチしてれば、マルなのですよ。
 じゃ、この曲は? っていわれると、俺は、素直に「○」ですね。
 デビュー曲の「大きな森の大きなお家」は、ちょっとねー、年齢の割には子供っぽすぎたよな。 正直、当時のワタシをもってしても、聴くのハズかしかったもん。
 それにくらべたら、当時の年齢相応に仕上がったんじゃないかなと思います。
 
 よかったのは、暗と明の対比かな。Aメロは、マイナー系で切々とうたって、サビで♪ヤンクボーイ あなたのすべてを〜♪と、いきなし、メジャー系に転換する、この節操のなさですよね。
 うーん、これぞ、日本のアイドルポップス。
 こんなヘンチクリンな展開を恥ずかしげもなく歌う。これぞ、歌謡ポップスですよ! 
 でも、当の河合奈保子は、どういう気持ちだったんだろう?
 うーん、マジメな子だったからね。与えられた曲は、素直にうたっんだろう。
 その辺の素直さが、松田聖子とか、中森明菜との違うところだろうね。
 曲を聴くだけで、素直さが伝わってくるもんね。
 たぶんね、この辺が好きになれるかどうかで、奈保子派になれるかどうかだったんだろうね。

 ちなみに、何回も書いてるけど、この当時、私ゃ、福島県のいわき市小名浜というところに住んでまして・・・。
 あー、めちゃくちゃローカルな話でスイマセン。
 小名浜郊外の住吉っていう地区にいたんだけど、そこに「住吉神社」っていう、ちょっと立派な神社があるんだけど、この曲聴くたびに、小学校の写生会で住吉神社の写生してた図が頭ん中で再生されるんだよなぁ。
 きっと、そのとき、頭に浮かんでた曲がこの曲だったんだろうけど。。。

 でも、曲ってそういうパワーがあるよね。この曲聴くと、あの時のあの光景が浮かんでくるってやつ。

 昔は、よく曲聴いてたから、1曲1曲にそれぞれの光景、イメージがうかんでくるけど、最近は、あんまり曲きいてないからなぁ・・
 はたして、20年後、いまの曲を聴いて、今の時代を思い出すのかなぁ・・。 ちょっと心配になってきた。

 それにしても、またまた、アクセス、遠ざかせるような「ジャケ写」かなぁ・・(^^;;;;;
 コロムビアのロゴにも時代をかんじさせる。60年代のままのロゴだよね。
 小さくて、見づらいけど・・・。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

マイレディー / 郷ひろみ

1979_10_マイレディ_郷ひろみ






今日の1曲セレクトは、「マイレディー」郷ひろみです。

データからでーす。

・タイトル    マイレディー
・アーティスト 郷ひろみ
・作詞      唐沢晴之助
・作曲      唐沢晴之助
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1979年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   34.9万枚
・ザ・ベストテン最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1979年10月18日〜1980年1月24日放送分


郷ひろみファンの方々、お待ちどうさまでした。 
この曲、1979年の「秋」のヒットなんだけど、当時は、個人的にはキライでね。どうしようもなかったの。
 ・・というか、上で、「ファンの方、おまちどー」とか書いといて、申し訳ないんだけど、あの当時、郷ひろみ自体、あんまりすきじゃなくてねー。

 でも、まあ、年月過ぎれば考えも変わるっつうもんで、今じゃすっかりはまってますわ。
 いや、ほんと、どうして、当時、こんな良い曲、認められなかったのかなぁ・・と思いますよ。

 この曲、作詞、作曲は、唐沢晴之助とクレジットされてるけど、いま、ちょっと調べてたら、これは、当時出演してたドラマの郷ひろみの「役名」だったみたいですね。
 これは、初めて知った。 でも、本当は、網倉一也氏なんだよね。 これは、有名な話。
 まえに、田原俊彦の「悲しみ2ヤング」のときにも書きましたが、この時期、かなりヒットをもってた作家だったんですよね。

  あ、でも、この曲の場合、詞 曲もさることながら、萩田光雄氏のアレンジもすばらしいんだよね。
 ラテンフレーバーを前面に出した、大胆なアレンジ。

 いやいや、この時期、萩田氏は、当たりに当たってたもんなぁ。同じCBSソニーから同時期リリースした、久保田早紀の「異邦人」のアレンジも萩田氏。あの曲のアレンジにもぶっとびましたもんね。 あ、それに関しては、また、後日。

 でも、この緊張感はなんだ? って感じだよなぁ。「GOLD FINGER」のような曲も良いけど、このテのちょっと緊張感ある曲の時のHiromi Goもいいよね。

 あ、この曲で、思い出すのは、「ザ ベストテン」で1位とった時の、「郷さん 不在事件」かな。
 ランキング発表したのは良いけど、郷ひろみが、まだ、スタジオに到着してなかった・・っていうハプニング。
 やっぱりあの場面が強烈に甦ってきちゃうよね。この曲の場合。
 
 それと、オリコンでは8位までしかランク行かなかったのに、ベストテンでは5週連続1位に輝いてる。
 ベストテンの当時の4要素を調べてみると、この曲は、ラジオとハガキが強かったようなんだよね。
 もちろん、有線、レコードセールスもベストテン入りしてたし、だから、4要素平均して上位につけてた、安定感はあったようだね。
 この当時は、ニューミュージックの成熟期+演歌が強くて、意外と、どの曲も要素によって、強い弱いがはっきりしてたんだよね。 この曲のように4要素とも上位につけてたって曲が少なかったのが、ベストテンで1位取れた要因のようですわ。

 まあ、レコードセールスが低かった分、「得点」は低かったけどね。


 ぬけがらゆえに、本日もまとまりない分になってしまいまして、真にあいスイマセン。。。





※2005年10月に書いたものの再掲載です。

セクシーナイト / 三原順子

1980_10_セクシーナイト_三原順子






今日の1曲セレクトは「セクシーナイト」三原順子です。

まずはデータから

・タイトル    セクシーナイト
・アーティスト  三原順子
・作詞      亜蘭知子
・作曲      長戸大幸
・編曲      長戸大幸
・リリース日   1980年9月21日
・発売元     キング
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   32.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1980年11月3日〜12月15日付

 昨日の「LOVE PHANTOM」はさすがに反応よかったなぁ・・・ということで、今日もビーイングつながりの曲持ってくるべと思いまして、三原順子の「セクシーナイト」を持ってきました。

・・・と書くと、三原順子とビーイングって何の関係あんの? とか言われそうだけどね。
 知ってる人は知ってると思うけど、三原順子って、後のビーイング総帥の長戸大幸氏の秘蔵っ子で、「金八先生」に出る前から、長戸氏の下で、レッスンしてたんだよね。

 だから、金八先生でブレイクしたのをきっかけに、「満を持して」デビューしたようなものなのよ。

 まあ、そういう流れもあって、このデビュー曲「セクシーナイト」は、作詞 亜蘭知子  作曲 長戸大幸 という、一発で「ヒーイング」と分かってしまう作家陣となっているわけです。

 ただ、この曲、バックで演奏しているメンバーも至極豪華。
ギター北島健二、ドラム リューベンを擁したシステムというバンドがバックをつとめてます。
 これは、既に「アイドル」という枠をこえて、完全にロックといってもいいよねぇ。
 なにせ、北島健二のリッチーブラックモア バリのギターがギンギンに唸ってるし。。。Aメロの部分のリズムのカッティッングだけとっても、普通のアイドルのバックの演奏じやないもん。
 そういうこともあって、この曲は、単にアイドルファンだけでなく、ロックファンにも支持されているようだよね。

 これは、長戸氏の意向だったようだね。 曲のコンセプト・・というか、タイトルは、当時、もんた&ブラザーズの「ダンシングオールナイト」が流行ってたんで、そこから「ナイト」という部分をパクってきたとのことだけど、曲はきちんと作りたいというのが、方針だったらしい。
 同人誌「よいこの歌謡曲」の長戸氏談によるとそういうことらしいね。

 でもさ、だから、時代が時代だったら、三原順子は大黒摩季になってたかもしれん。。。まあ、歌唱力には随分差があるけどね。

 すくなくとも、その後の浜田麻里なんかのキャンディロック⇒ヘビメタ 路線には繋がっていますよねぇ。

 金八先生からは、いろいろなアイドルがでたけど、このヒトほど変わったつながりがある人もめずらしいですわな。

 その後は、銀蝿に近づいたりしたけどね。あ、これは、レコード会社つながりってのが大きいのかなぁ。。





※2005年10月に書いたものの再掲載です。

LOVE PHANTOM /B'z

1995_LOVE PHANTOM_B'Z






今日の1曲セレクトは、「LOVE PHANTOM」B'zです。

まずは、いつものようにデータから

・タイトル    LOVE PHNTOM
・アーティスト  B'z
・作詞      稲葉浩志
・作曲      松本孝弘
・編曲      松本孝弘  池田大介
・リリース日   1995年10月11日
・発売元     BGMビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   186.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1995年10月23日〜12月18日付
・タイアップ   テレビ朝日系ドラマ「X-FILE」主題歌



 ついにB'z登場! って、まだまだワシらの年代では、「懐メロ」の部類には全然入らないんだけど、今日、会社で、20代にとっては90年代の曲は懐メロって言われまして・・・。

 ガーン!! そうなんかい!?

ということでももないんだけど・・・。B'zまた11月30日にベストアルバム「Preasure供廚覆鵑峠个垢犬磴鵝。。
 まあ、それの「ヒカヤシ」にと、思いましてねー。

 だってさー、もういいかげんに「稼いだじゃん」っていいたいんだけどねぇ(^^;;;;;
それにもまして、わざわざ「Presure供廛螢蝓璽垢垢覦嫐があるのかしら!? とか思うんだけどねぇ。。。

 で、また売れちゃうわけでしょう!? この辺の感覚がわかんないんだよなぁ。私には。
 B'zファンは、金持ちばっかなんでしょうかねぇ? 
 1曲につき、ひとつの音源持ってれば充分だと思うんだけどなぁ。。。。どうなんでしょう? 
 
 ちなみに、中古レコード屋行って漁れば、「Presure供廚房録される曲、「OCEAN」をのぞけば、多分500円もあれば揃うよ。下手したら、1曲10円で200円で済むかも。。。
 それなのにわざわざ、3000円も出して買うかなぁ・・とか思っちゃったりするんだけどねぇ・・・・。

 なんて、おちょくっときましょう。いつものように・・・。

 さてさて、「LOVE PHANTOM」なんですが、94年以降のB'zの曲としては、個人的に「唯一」、許せる曲なんだよなぁ。
 うん、この曲はいい曲ですよ。

 このころの曲、他の曲とどこが違うかって言うと、なんていっても、曲の緊張感だよね。
 B'zの曲って、比較的軽めのポップな曲にしても、ギンギンロックにしても、どっかねぇ、音が笑っているように聴こえるの。いまいち緊張感がないって言うかね。
 それが、この曲には一切ない。

 だいいち、構成がシャレてるよね。 ノッケのイントロからのオーケストラ。ここからして、他の曲と違う。オーケストラを使うことでね緊張感もグレードも上がるんですよ。
 で。その緊張感のまま、バンド編成に入っていく。これは、すばらしい構成だと思いますよ。

 B'zさんもやれば出来るんだけどねぇ。。。

 ちなみに、私、いっつも、B'zの曲をおちょくってるけど、もともと、ラキイな訳じゃないんだよね。 94年の「Don't Leave Me」までは、むしろ好きなアーティストだったんだけどねぇ。


 2000年の「今夜月の見える丘に」のリリース日変更問題で、一気にさめちゃった。

 もともとは、サザンの「TSUNAMI」とか、モー娘。の「恋のダンスサイト」とおなじ、2000年1月26日リリース予定だったんだよね。
 事前よそうでは、これは、前代未聞の超激戦チャートという期待が膨らんだんだけど、さっと手のひら返して2週間リリース遅らせたわけよ。

 一般には、「直し」が入ったから、ということなんだけど、直前に変えるかぁふつう・・・。
 
 これが、そこまでして1位取りたいか? って見えたんだよねぇ。 
 なんか、それ以来、どうもねぇ。。。と思うようになったわけですわ。個人的には。。

ランク1位取れるか取れないかは、時の運。強い曲同士がガチンコ勝負して、本当のランキング、ヒット曲なんだけどね。
1位のわけあいっこしたからって、それは、本当のヒットぢゃないぜよ。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

ジュリーがライバル / 石野真子

1979_10_ジュリーがライバル_石野真子







今日の1曲セレクトは、「ジュリーがライバル」石野真子でっす。

いつものようにデータです。

・タイトル    ジュリーがライバル
・アーティスト  石野真子
・作詞      松本礼児
・作曲      幸耕平
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1979年9月25日
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   10.8万枚

 なにせタイトルが強力だったよね。「ジュリー」って、「沢田研二」のことですよ〜。
 ジュリー本人がのけぞったって言われる曲だもんね。
 あ、そーそー、1979年の紅白では、そんな感じの演出だったよね。たしか。
 さすが阿久悠・・とおもったら、この曲、阿久悠氏ぢゃないんだ。作詞。。
 松本礼児氏・・ね。河合奈保子の「ムーンライトキッス」(1981年)とか作ったヒトね。
 大胆だよなぁ。 石野真子って「バーニング」所属だったんだけど、「ナベプロ」相手に「ライバル」っすもんねぇ。
 当時から強気だったようで。。。。え? なんのこと?
分かる人にはわかるということで・・・。(^^;;;;; 

 曲は幸耕平 氏・・ね。このヒトはよく分からない。
たしか、後年、小泉今日子の「常夏娘」(1985年)とか作曲した人だよね。どうも、バーニングの近くにいた方のようだね。

 でも、このイタリアンツイストっぽいノリがよかったなぁ。
あ、最初この曲、筒美京平氏だと思ってたの。
 
 ♪ライラ ラライラ ライラライ ♪のとこのメロディラインが筒美氏っぽい印象を受けたんだよね。

  あ、個人的には、この部分の石野真子の声質が好きだなぁ。ちゃんと考えて歌ってるよね。曲タイトルから、強気一辺倒じゃないのよ、やぱり、歌はうまかったんだよね。

 曲全体的にも、「秋」の日差し、いっぱい受けて・・っかんじの温度感がよいですよね。

売り上げ的にも、デビュー曲から最高の売り上げを記録。本格的に人気が上り調子になったきっかけの曲でもありましたね。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

彼が初恋 / 石野真子

1980_10_彼が初恋_石野真子






今日の1曲セレクトは「彼が初恋」石野真子です。

まずはデータです。

・タイトル    彼が初恋
・アーティスト  石野真子
・作詞      有馬三恵子
・作曲      筒美京平
・編曲      矢野立美
・リリース日   1980年9月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 22位
・売上げ枚数   6.5万枚

 まだ、日によっては暑い日があるけど、本格的に涼しくなってきたね。秋らしくなってきた。
 秋らしくなってくると、どうしても、チョッと物悲しい曲が恋しくなってきたりするんだよね。 特に今日当たりは、関東地方はシトシト雨。「秋だわぁ」・・・・
 やばい、そういう展開になってくると、高田みづえの「秋冬」っていうイメージ ♪あー 秋ですねぇ〜♪とか、岩崎宏美の「思秋期」っていう感じになっちゃうけど、きょうは、チョッと別なところから曲を引っ張ってきました。

 石野真子「彼が初恋」。。。ワワッ、ちょこっとマイナーな曲だったかしら。。?
 ほんとはね、石野真子は石野真子でも、これより1年前の同じ時期にヒットしてた、「ジュリーがライバル」をメインで持って来ようと思ったてたの。。。
 でも、今日ちょこっと、出かけるのにカーステ聴いてたら、ちょうど、この曲流行ってたころのアイドルのCD入れてたんだよね。。。。。 で、この曲が、今日のシトシト雨にマッチしててさ、急遽、引っ張ってきました。

 でもさ、この曲、知ってるヒトいるぅ?? 
もともとは、南沙織の71年10月1日にリリースされた、ファーストアルバム「17才」に収録されていた、「ふるさとの雨」って曲をカバーしたんだよね。
 イントロは、サイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」を思い起こさせる様な、フォルクローレ調の物悲しい雰囲気が特長だよね。
 
 歌詞は、今から考えるとかなりクサイかなぁ。中間に入るセリフ

 「あなたと別れてのばし始めた髪も もう背中までとどきました」

 っていうの、かなりきてるよねぇ。。。私なんかは、結構涙物なんですが・・。

でも、この曲はよく見つけてきたよなぁ。だって、オリジナルはCBSソニーのシンシアなわけじゃん。石野真子はビクターだから、音盤は、レコード会社にはないはずだしね。
 この曲を歌わせようとしたヒトは、エライっていうか、私もあやかりたいですわ。

・・・・いやまてよ、南沙織もバーニング゛だったんだっけ。。。ということは、事務所つながりか。。。


 ただね、正直、オリジナルの南沙織の方は、聴いたことないんだけど、全然イメージがわかない。
 うーん、たしかにセリフの部分とかはシンシアそのものなんだけどね。
 やっぱり、うちらの年代では、石野真子だよなぁ。この曲。
でもまぁ、そういう感じがカバーでは大事だよね。

 あ、でも、今考えると、カバーってことは、この後のカバーブームってこの辺から始まってたんだな。

 ちなみに、石野真子さんは、これの次の「恋のハッピーテート」も、当時大人気だった、ノーランズのカバーなんだけどね。
 あ、この曲も個人的には、ノーランズより石野真子バージョンの方が好きなんだよなぁ。 なんか可愛らしいじゃん、石野真子のバージョンは。

 でもさ、このヒトってウタはうまいよね。声がいいのかな。うーん、イメージとしては、やっぱり80年代型アイドルとは、ちょっと違うのかなぁ。ルックスもよかったけど、ある程度、歌もえたえる・・と。

 それと、今じゃ信じられないけど、この時期までは、人気投票は、断然強かったんだよね。
 1979 1980年の「明星」の人気投票では1位じゃなかったかな。明星の付録のヤンソンの人気投票ランキングでも、この当時はずっと1位だったもんね。人気はあったんだよ。
 ただ、それがレコードセールスとは、直接結びついていかなかったのも当時のアイドル事情を物語っていましたよね。

 もちろん、このじきから「たのきん」と「松田聖子」が急成長して、人気投票もレコードセールスも席巻していくんだけどさ。
 この変化はかなり劇的だったよなぁ。勢いってすごいんだよね。ほんとに「一夜にして」って感じだったもんね。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

接近(アプローチ) / 南野陽子

1986_10_接近_南野陽子






今日の1曲セレクトは、「接近(アプローチ)」南野陽子です。

まずはデータから

・タイトル     接近(アプローチ)
・アーティスト   南野陽子
・作詞       森田記
・作曲       亀井登志夫
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1986年10月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  6位
・売上げ枚数    12.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位

 昨日は、まぁ、週末のアクセス少ない時なら・・って感じで「お色気」路線に行ってみたんですけど、今日は、お口直し・・って感じで、南野陽子の「接近」なぞ、選んで見ました。
 ステーキ食った後の、お口直しのシャーベットってかんじでしょ。軽いし、さっぱりしてるし。。。

 このころのナンノって、もろ清純派アイドルって感じだったんですが、根は「関西」だったんだよね。
 そういうイメージはなかったよなぁ。アイドルはイメージが大事ね。

 この曲、かわいらしかったよね。なんていうかねぇ、曲そのものが軽いっていうか・・・。表現の仕様がないんですが・・。 どことなく、シングルとしては、若干、「弱いかな」って感じがしたな。
 そうそう、トガってないんだよね。
 これの前の「風のマドリガル」なんてのは、いかにも「シングル」って感じの曲だったじゃん。
 あ、これは、シングルしか使えないよなって感じの、おおげさなストリングスと、緊張感あるメロディラインで・・。

 それにくらべたら、この曲は、「口直し」のような存在だったな。

 うーん、まあ、戦略的にそういうところ狙ってたんでしょうけどねぇ。ちょうど、スケバン刑事の主題歌の「谷間」の曲でしたからね。
 
 あー、それ考えてたら、これ。高橋瞳と同じ方法だって気がしてきた。
 「土6」の間の「ever green」が少し、かるめの曲だったじゃん。で、この度の曲がいかにも「土6」って感じだし。

 それと同じだ。前の「風のマドリガル」と、次の「楽園のDoor」がいかにも「スケバン刑事」っていうイメージだったわけで・・。その谷間がこの曲ってわけよ。
 うーん、でも、「楽園のDoor」は、また、ちょっとイメージ違うかな?

 でも、この辺の戦略って、CBSソニー伝統的な流れみたいだね。仮にキャニオンだったら、まち、ちょっと違う流れだったかもな。 この曲は、シングルに切らなかったんじゃないかなぁって思うね。インパクト的に弱いしさ。
 なにより、サビまでのメロディがちょっとゴチャゴチャしてて、掴みにくいんだよね。 
 どっちかって言えば、準シングルみたいな。。
 ほら、アルバムの曲で、アルバムの曲としては目立つけど、シングルとしてはインパクトが弱いっていう感じの曲ってあるじゃん。 あんな感じなんだよね。


 だけどさ、この曲聴く時いつも思うんだけど、イントロのグロッケン(木琴)のミストーンなんとかならないっすかねぇ。。
 いや、あれは、アレンジの萩田氏が悪いよー。グロッケンで叩くのは難しいもん。あのフレーズ。。。
 ん、まあ、プレイしてるほうも「プロ」なんだから、泣き言はいえないけど、ベストテンとか、生番組の時なんか、いっつも、メタメタだったもんなぁ。
 ちなみに、私の「ベストテン」から録音したデープには、メタメタになって、適当に弾いてるときのが残っております

 どうもね、それ以来、イントロが気になっちゃって、落ち着いて聴けないんですよね。この曲。
 ナンノも歌いこんでなかったみたいだし・・この曲。

 あー、でも、その辺は、歌、女優、掛け持ち(マルチ
?)アイドルのツラサか。。。



※2005年10月に書いたものの再掲載です。

愛の水中花 / 松坂慶子

1979_10_愛の水中花_松坂慶子






今日の1曲セレクトは、「愛の水中花」松坂慶子ですぅ。

まずは、データから

・タイトル    愛の水中花
・アーティスト  松坂慶子
・作詞      五木寛之
・作曲      小松原まさし
・編曲      小松原まさし
・リリース日   1979年7月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   44.9万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1979年10月8日〜11月26日付
・タイアップ TBS系ドラマ「水中花」主題歌

 さてさて、今日の1曲は、松坂慶子「愛の水中花」です。
はてはて、ここまで来ちゃうと、すでに「知らない」ヒトの方が多かったりして・・。 なんせ、26年前の曲ですからねぇ。

でも、最近まで、CMで ♪これもアイカ あれもアイカ、きっとアイカ♪ ってやってたでしょ。 あれの元うたですよー。

 しかし、兎に角、いまジャケット見ると、松坂慶子さん、かんぺきな「ノーサツ」ですねぇ。このとき27歳だって。。(・・というと今の年バレバレですね。。。)
 27歳には見えねーゾ。めちゃくちゃ「オトナ」っぽい。

 しかし、このジャケットじゃ、今日もアクセス少ないだろうな。。。

・・ということで、めちゃくちゃラフに書くぞい。(^^;;

 でも、まあ、この「ノーサツ」がこの曲のポイントでしたね。 
 ワタシは、「ベストテン」でしか、この曲見たことなかったんですが、♪金色のレモンひとつ♪ ならぬ、「金色のマイク」片手に、歌ってましたねー ♪これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛〜♪・・と。
 世の中のオトーサンたちが喜んでましたよね。


 しかし、最近は、この手の「オトナ」セクシー路線歌手ってどうしちゃったんでしょ?
 みんな演歌ですか。。。 うーん、それもちょっとちがうんでねーかい? って感じですよね。

 倖田來未・・・確かに「BEST」のジャケ写なんて、見えで見えない「チチ」がノーサツだけど、でも、あれで「オトーサン」たちはよろこばねぇよなぁ。。。(喜んでいるヒトもいるでしょうが・・・)
 セクシー路線まで、コドモのもんなんでしょうかねぇ・・。

 ・・と最近、めっきりオヤジっぽくなった、私が書いたりして・・。

 でも、まあ、この曲も、今だったら「演歌」に入れられちゃうだろうしなぁ・・・。
 

 なにがいいたいか・・というと、もっと「オトナ」も他の止める曲がふえないかなぁ・・・と、最近思ってきたりしてるんだよねぇ。
 最近でもねぇか・・。 まえまえから叫んでるもんなぁ。ワタシ。

 まあ、こういう曲は、さすがに、休み前でないと、ワタシもはずかしいところがあたっりして・・・。
 休みなら、平日よりアクセス少ないし・・・。だから、今日は良いかな。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

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