かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

青空のかけら / 斉藤由貴

1986_09_青空のかけら_斉藤由貴







今日の1曲セレクトは、「青空のかけら」斉藤由貴です。

さてさて、いつものように、まずはデータから

・タイトル       青空のかけら
・アーティスト     斉藤由貴
・作詞         松本隆
・作曲         亀井登志夫
・編曲         武部聡志
・リリース日      1986年8月21日
・発売元        キャニオン
・オリコン最高位    1位
・売上げ枚数      16.6万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 4位
・ベストテンランクイン期間: 1986年9月1日〜9月22日付
・タイアップ:フジフィルム「AXIA」CM曲


 スクラッチ。 HIPHOPが一般的になった今では、全然珍しくもなんともなくなったけど、HIPHOPなんていうジャンルすら日本では確立されていなかった当時、最初、この曲のイントロ聴いたときは、「なんじゃこれ?」と思いましたねぇ。
 ♪シャカ シャカ シャカ ウイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン♪(←イメージ)だけで、今となってはシロートがターンテーブル回してるような音だけなんだけど、当時は画期的だったんですよね。 しかも、それが、ラップでもなく、「アイドルポップス」の曲に起用されたのが、また新鮮でね。
 このスクラッチから、タップ調のハネ調のイントロに受け継がれてく・・・この一見何にも関係なさそうな展開が面白いんだよね。初めて聴いたら予想付かないもん。この展開。
 うん、曲自体も、HIPHOP調でもなんでもないんですよ。 ただ、タップダンスを踏むんで、ダンス調のハネものっぽいノリではあったけど。
 あ、それより、「斉藤由貴がタップを踏む」ってのが、話題になりましたよね。 だってさ、普通に考えたら、斉藤由貴がダンスを踊るっていうイメージもないのに、いきなりタップダンスですもんね。 なんか、それ見たさにテレビの前に座ったって記憶もあるな。
 本人はかなり嫌がってたみたいだけどね。

 あ、もっとその前に、この曲自体、今となっては、存在を知ってるヒトの方が少ないかな。斉藤由貴って言ったら、どうしてもデビュー曲の「卒業」か、アニメ「メゾン一刻」の主題歌になった「悲しみよこんにちは」ですもんね。
 でも、ですよ! 斉藤由貴でオリコン1位とったのって「唯一」この曲だけなんですねー。
 これってめちゃくちゃ意外でしょ。恐らく、みなさんの死角に完全に入っちゃっているような曲が、実は、オリコン1位獲得曲だったってこと。
 うーん、これだから、ヒットチャートと、ヒット曲の関係は奥が深い。 ちなみに、「卒業」は最高位6位、「悲しみよこんんにちは」は最高位3位です。 もちろん、どちらの曲も、この曲より売上げは上です(^^;;; まあ、そこがミソね。

 ただね、タップを踏んでるってこともあって、他の斉藤由貴の曲とは、印象がかなり違いましたよね。
↑でハネものっぽいと書きましたが、まさにその通りで、ヘダッとしていないんですよね。
 個人的には、曲の展開が面白かったな。この曲KeyはAで、てんかいとしては、Aメロ Bメロ サビの典型的な展開なんだけど、Bメロ ♪追いかけても もう it's too Late〜♪から、サビに入る♪Dancin' In The Sky〜♪でいきなりFコードに飛ぶ展開がおもしろかったな。まあ、今では、こういう変わった展開の曲も少なくないけど、当時はまだ、Key=Aだったら、それにそったオーソドックスなコード進行の曲が多かったですからね。
 いってみれば、展開が読めちゃうというか・・・。 だから、この曲は曲展開と音が面白かったんだよね。
 思わぬところで実験してるというか・・・。いやいや、でも、実験は大事ですよ。

 個人的には、もうちょっと売れて欲しかったな。 でも、佳曲なので、是非オススメしたいですね。聴いたことない方は、一度ぜひ、聴いてみる価値はありますよ。

 あー、それと、この曲も「イントロクイズ」という側面からみると、難問に入るだろうなぁ。超ウルトライントロで答えれたら、イントロクイズの実力は、かなりのもんですよ

さてさて、そんなイントロに注意して聴いてみてくだされ。



※2005年9月に書いたものの再掲載です。

想い出がいっぱい

1983_09_想い出がいっぱい_H2O






今日の1曲セレクトは、「想い出がいっぱい」H2Oです。


まずは、データから

・タイトル      想い出がいっぱい
・アーティスト    H2O
・作詞        阿木耀子
・作曲        鈴木キサブロー
・編曲        萩田光雄
・リリース日     1983年3月25日
・発売元       キティ
・オリコン最高位   6位
・売り上げ枚数    43.0万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1983年9月5日〜10月10日付
・タイアップ フジテレビ系アニメ「みゆき」エンディングテーマ


 一昨日は、「タッチ」を紹介しましたが、今日は、あだち充原作アニメのもう片方、「みゆき」の主題歌だった、「想い出がいっぱい」にフォーカスを当てようと思います。
 まあ、「みゆき」の主題歌だったわけだけど、こちらも、「タッチ」同様、フジテレビ系のアニメでしたよね。たしか木曜の19時30分〜放映だった気がするなぁ。

 まあ、当時はほとんど、アニメ見てなかったから、これは、アニメで使われてたっていう記憶がほとんどないな。

 あ、↑で、「主題歌」って書いちゃったけど、主題歌(オープニング)は、同じくH2Oの「10%の雨予報」で、「想い出がいっぱい」はエンディング曲だったんだよね。
でも、アニメの主題歌としては、本格的ニューミュージックの曲だったこともあったのか、はたまたアニメの人気もてつだったのか、根強い人気だったもんねぇ。

 それと、典型的なジワジワヒットだったよね。 いま、当時のチャート資料を見ながら書いてるんだけど、この曲、初登場100位なのよ。 初登場100位からジワジワ上昇してきてベストテン入りした曲ってそんなに多くないんだよね。
KANの「愛は勝つ」が初登場99位からジワリとランクをあげて1位とったのは有名だけどね。
なにせ、初登場からベストテン入りまで18週を要している。ロングヒットの典型だよね。 

 でもまあ、時期もよかったよね。このときは、ニューミュージック界も、遅まきながら70年代世代から80年代世代への「脱皮」時期で、あたらなアーティストを求めてられていた時期なんだよね。
時を同じくして、杉山清貴&オメガトライブ「サマーサスピション」、葛城ユキ「ボヘミアン」、上田正樹「悲しい色やね」、杏里「CAT'S EYE」なんかが、チャート上しのぎを削っている頃だったしね。 あ、アルフィーの「メリーアン」なんかもそうだよね。     
 まあ、その後もヒットを重ねたグループ、1曲でヒット界から消えたヒト、いろいろ居るけど、世代交代期であったのは確かだよね。
 H2Oは、残念ながら、後者に属するわけだけど、この曲は、メロディラインがきれいだったよね。 曲がよかった。 はででも、必ずしもキャッチーでもなかったけど、ジワリヒットの典型で、何度も聴き込んでいくうちにはまっていくっていう曲だったなぁ。

 だから、最初に聴いたときはほとんど印象に残っていない。H2O? なにそれ? って感じだった気がするしね。
 やっぱりサビだよね。 ♪大人の階段のぼる〜♪ がやっぱり印象的だったよなぁ。 なんかさ、俺たちとリンクするんだよ。 詩を読むとシンパシーを感じるっていうかね。

 でも、当時はサビの部分にシンパシーを感じたけど、今になっては、出だしの♪古いアルバムの中に隠れて想い出がいっぱい♪の部分が一番グッとくるよね。
 そうか、この曲は、そういう創りになってたのか・・・って今になって思いますね。世代を超えて共感できる曲なんだ。  だから、今になっても色あせないのかなぁ。 そういう意味では、「タッチ」を聴くと高校1年の「あの頃」が蘇るだったけど、この曲は、俺にとっては、やっぱり中学2年のあの頃・・・夏休み終わりごろが帰ってくるって感じになるなぁ。

 なんかさ、今聴いても「鳥肌」が立ってくるんだよね。 これは、悪い意味ではなくて言い意味で。

 いまは、そういう曲ってあるんだろうかね。 20年後、「ああ、あの頃だよね」って言えるような曲が・・・。 短いスパンでの「商売」もいいけど、エバーグリーン、記憶に残る曲ももっと作って欲しいよね。

えー、動画ですが、YOU TUBEに適当なものが落ちてなかったので、他のサイトをリンク

http://www.dailymotion.com/video/x2eeyla_%E6%83%B3%E3%81%84%E5%87%BA%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84-h%E2%82%82o_music




※2005年9月に書いたものの、再掲載です。

少女A / 中森明菜

1982_09_少女A







今日の1曲セレクトは、「少女A」中森明菜です。

まずは、データから

・タイトル     少女A
・アーティスト   中森明菜
・作詞       売野雅勇
・作曲       芹澤廣明
・編曲       芹澤廣明
・リリース日    1982年7月28日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数    39.6万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1982年9月27日〜11月27日付

 このところ、セレクト曲、アイドル寄りになってるかな・・・というキライはあったんだけど、やっぱり「この時期」って言ったら、この曲は避けて通れないよなぁ。
 それだけ、80年代アイドル界にはインパクトがあった曲ですよね。

 だけど、最初聴いた時は、ほとんど、印象に残んなかっただよね。生理的に合わなかったっていうかね。
 面白いもので、新曲を聴く場合、初見ですんなり自分の中に受け入れられる曲と、逆に、最初は「ウザイ」と思う曲ってあるじゃん。
 近田春夫氏も言ってるように、曲を聴く環境、シチュエーションの違いで、曲のイメージって変わってワケで。
 最近、新曲で「きになる曲」のレビューを自分で書いたりしてるけど、仮に当時も書いてたら、恐らく、ボロクソ書いてたと思う。それだけ印象に薄い・・・というか、逆にあんまり印象よくなかったんだよね。
 その前に、「中森明菜」っていうヒト自体よくわかんなかった・・っていうのが、正確なところかなぁ。
 はじめは、印象がうすかったんだよね。B級というかね。A級のアイドルのあのキラキラ感がなかったんだよね。先行してた、松本伊代、小泉今日子、堀ちえみ・・のほうがよっぽとキラキラしてたし。

 でも、なんども耳にしていくうちに、だんだんと「味」が出てくるんだよね。・・とともに曲のインパクトも感じるようになって来たわけです。
 この曲は、1回じゃわかんないのかもしれんね。 でも、そういう曲って一度耳に付いちゃうと、意外と飽きが来ないんだよね。逆に、何回も聴きたくなっちゃう。
 そうこうしているうちに、最初、あんなに印象に薄かった中森明菜がキラキラしてきたんだよなぁ。
 これってタレントさん自身、自信が付いてきたってことなんですかね。 これは不思議・・。 でも、70年代の山口百恵もそうだったけど、「物になる」アイドルってやっぱりいるんだよねぇ。

 今だから言えるけど、この曲、イントロのつかみからして、インパクトの塊ですよね。 最初のエレクトーンのグリッサンドからエレキとの絡みからして緊張感充分で、聴いてる方は、得々の世界に引き釣り込まれるって感じなんだよね。
 音自体は、どちらかといえば、ダサめだよね。っというか、この時代をもってしても古臭い。70年代だよね。このテの音は。
 同じ明菜のツッパリ路線で、このあとの「1/2の神話」なんかは、「少女A」に比べれば、スッキリとしてるんだよね。おなじエレキメインでも。 
こちらの方が音の面では80年代っぽい。
 ただ、「少女A」の場合は、軽めとはいえ、ブラスロックっぽい、ダサめの音にしたほうが掴みはよかったのかもしれないな。題材からして、ダサめのほうが「いかにも」って感じがするしね、
 このあたりは、アレンジの萩田光雄氏の見事な計算なんだろうなぁ。

 しかし、中森明菜のスタッフは、先見の明がある・・というか、思い切りが良いと言うかね。 普通、第1弾でバラードのソフト路線(「スローモーション」)を行けば、暫くはそのままの路線を行きますぜ。第2弾で路線変更というのは、かなりの冒険だもんね。でも、あえて、冒険のほうを選んだ。
 この辺は、計算ではないと思うんだよね。半分は「ばくち」だからさ。 でも、明菜本人ともども良いほうに転がったよね。
 このあとも、83年に「トワイライト」で、スロー路線で売れなくなってきたら、さっと、路線変更したでしょ。
「禁区」でミディアム路線に変更と、これもかなりの冒険だと思うのよ。 まず、ここが第2のターニングポイントっていうかね。
 でも、明菜ってターニングポイントを超えるたびに大きくなっていったよね。 やっぱり、のびるアーティストは、冒険をして伸びるのかなぁ・・・。
 82年、83年、84年と、どんどん大きくなっていったもんね。
 個人的にはピークは、84年だと思うんだよね。レコードセールス的にもそうだけど、この年の明菜が一番楽しそうに歌ってる気がするな。 もちろん、楽曲にも恵まれた。 変わってくるのは85年、86年でレコード大賞をとっちゃってからだよね。歌い方がガラっと変わっちゃったし・・・。表情まで変わっ
ちゃたもんね。
 やっぱり、若干20歳でのレコード大賞ってのは、相当な重石だったんじゃないかなぁ・・と今では思いますね。
 まあ、その辺に関しては、追々、他の曲を紹介しながら、書いていきたいと思います。

いずれにしても、この頃の明菜って、今見るとホント、かわいかったんだよね。




※2005年9月に書いたものを、若干、加筆しました。

タッチ / 岩崎良美

1985_09_タッチ_岩崎良美







今日の1曲セレクトは、「タッチ」岩崎良美です。

まずはデータから

・タイトル        タッチ
・アーティスト     岩崎良美
・作詞         康珍化
・作曲         芹澤廣明
・編曲         芹澤廣明
・リリース日     1985年3月21日
・発売元        キャニオン
・オリコン最高位    12位
・売上げ枚数      24.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位
・タイアップ     フジテレビ系アニメ「タッチ」主題歌


 この時期、この曲選ぶのはちょっとベタ過ぎるかな・・・とも一瞬思ったんだけどね。
まあ、それでも、映画も予想外にヒットしているみたいでし、丁度いい機会かなと思い、引っ張って来て見ました。
 正直言うと、岩崎良美バージョン、85年3月にリリースされ、この時期はすでにセールス自体は下火になってたんだよね。
 ただ、最高ランク12位、24.7万枚というのは、岩崎良美にとっては、最高セールスなんだよねぇ。
 まあ、ほとんど、アニメの力でここまで売れたと思えるわけで・・、果たして本人の心境は、いかばかりか・・といつも思うね。
 正直、この曲は、岩崎良美の曲の中では、決して出来のいい曲とはいえないと思うものね。
もっと、フレンチポップスのアンニュイな曲の方が、本人にとっては似合うとは思うんだけどね。 なにより、♪タッチ、タッチ そこにタッチ♪っていう詞は、ちょっと下品だよね。(失礼)
 
 まあ、これも宿命なんだろうねぇ・・・。

 それはさておき、だれでも、この曲を聴けば、一瞬にしてあの頃の自分にもどれるって曲がありますよね。
 これは、この間もちょろっと書きましたが、私にとっては、この曲を聴くと、一瞬にして頭の中は、85年の今頃にタイムスリップする・・・そんな感じがするなぁ。
 もちろん、実際にはそんなことないんだけど、情景、空気の匂いまでが85年のあの頃・・に戻るような感じかな・・。
 キーワードとしては、高校1年生、おニャン子クラブ、部活・・・・そんな空気が甦るね。
 この曲はもちろん、アニメ「タッチ」の主題歌だけど、「タッチ」と「おニャン子クラブ」って俺たち、1969年生まれの者にとっては、高校時代を象徴するアイテムだなぁ。
 ・・・というのも、どちらとも1985年4月にはじまり、1987年に終了してるんだ。
 つまり、俺たちが高校に入学すると同時にスタートし、高校3年のときに終了してるわけなんですよね。だから、この2つと俺たちの高校時代の思い出がダブるってかんじなんだよね。
 「青春」の2文字が浮かんでくるなぁ。。。 

 ちなみに、岩崎良美の「タッチ」自体は、さっきも書いたように、9月の時点では、すでにセールスとしては、下火になっていたけど、印象としては、今頃から一般に受け入れられてきたって感じがするのね。
 それは、やっぱりアニメとオーバーラップしてくるんじやないかなぁ。「タッチ」は、この時期から視聴率20%を切ったことなかったからねぇ。 で、ヒトツの山場は、やっぱり「一也」が死ぬところでしょ・・。たしか今頃は、その始めのヤマ場に向かってきたところだったと思うな。
 なんか、その盛り上がりと、曲の盛り上がりがシンクロしていたように思えるんだよね。
だから、この曲に関しては、必ずしも、オリコンランク=ヒット度って感じではなかったように思うね。 


 ちなみに、タッチは、アニメでは3回映画になってるけど、86年の「背番号のないエース」では、ラフ&レディ、87年の「君が通り過ぎたあとに」では、THE ALFEEがそれぞれ、主題歌を担当しておりました。覚えてますか〜。
 
 で、今回、実写版とはいえ、4回目の映画化というわけですね。今回、主題歌はYUKIということだけどね、どうなんでしょうね、映画にはあってるでしょうか? 
 どうも、実写版は見る気になんない私なんだよね。 やっぱ、これはアニメに限ると思うんだど・・。

 それと、ユンナが、岩崎良美の「タッチ」をカバーしてるけど、うーん、こっちもちょっとね・・・
イントロをふくめ出だしは良いと思うんですよ。 ただ、ちょっと、マジメすぎるかな? このコの特徴でもあるんたけど、どうも、この曲に関しては、から回りって感じがするな。 やっぱし、オリジナルの印象が強いからね。私たちの世代には・・。
 それと、音がね〜、軽い気がするんだよね。オリジナルは、もっとGSっぽかったじゃん。あれはあれ、今は今というのも良いと思うんだけど、ちょっとイメージが違うかなと思いましたわ。
 なにより、メロディの音が若干違うのね。 まあ、クラシックではないから、その辺の解釈は自由なんだけど、やっぱし、違和感があるよなぁ・・。




※2005年9月に書いたものの再掲載です。

九月の雨 / 太田裕美

1977_九月の雨_太田裕美






今日の1曲セレクトは、「九月の雨」(太田裕美)です。

 まずは、いつものようにデータから

・タイトル    九月の雨
・アーティスト  太田裕美
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日   1977年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 7位
・売上枚数    35.6万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1977年9月19日〜11月28日付

 いや〜9月なのに日中はまだまだ、暑いよねー。 うーん。でも、朝晩はようやく涼しくなってきましたワイ。 
 9月らしくなってくると聴きたくなってくるのが、この「九月の雨」なんですねぇ。
いかにも九月、長雨の季節を思い出させる曲ですよね。

 詞にもありますよね。

 ♪九月の雨は冷たくて〜♪
 ♪九月の雨はやさしくて〜♪

うん〜、いかにも、九月・・・秋の長雨を連想されるような下りですよね。
 今年は、まだ、そういう日はほとんどないけどね。。

 でも、さすがに松本隆氏。 情景が浮かびますよね。
 うーん、なんというか、「木綿のハンカチーフ」で一山当てたアーティストへの提供とあってか太田裕美と組むときは入れ込み方が違った気がするなぁ。

 そもそも、もともとはこの曲、「こけてぃっしゅ」というアルバムからのシングルカットなんですよね。「こけてぃっしゅ」は77年7月1日リリース。で、この曲の反響が大きかったことから、タイトル通り9月を待ってのシングルリリースとなったみたいですね。

・・・みたいですねって表現使ったのは、ワシこの頃はまだ、ヒット曲の世界にのめりこんでなかったからねぇ。まだ、タイムリーでは経験していないんですよ。なので、あとから聴いた話になりますね。
この辺は。。

 曲は、松本隆といえば、筒美京平氏。 もう、いやーねー、この2人組ませたら、右に出るコンビはいないですもんねぇ。
 しかし、この曲はもともと、アルバムの曲とあってか、しっかり実験してますよねぇ。

 「ポールモーリア歌謡」

 この頃知らないことにとっては、なんじゃそれ? かなぁ。
 そもそも、最近は「ポールモーリア」ってあんまり聞かないかんねぇ。知らないヒトも多いかなぁ。
 昔、イージーリスニングというジャンルの曲が大流行だったんだよね。要は、ポップス版オーケストラなんだけど、そのなかでも、このポールモーリアは日本では大人気だったですよね。
 あ、そうそう、今でもマジックでかかるじゃん。「オリーブの首飾り」あれですよ〜。

 かく言う私も、このころはポールモーリアにはまってまして(え? ワシって何歳? 7歳の頃からポールモーリアにはまってたのよワシ・・・ 変わった奴でしょ?)、初めて買ったLPはポールモーリアの2枚組みよ。いまでも持ってるけどね。
 そのほか、この頃カーステは「8トラ」の時代だったじゃん。親父の車にポールモーリアの「グレイテスト20」の8トラテープがあって、のびるまで聴き倒したもん。 あ、これほんとに半端じゃないのよ、マジでテープのびちゃったもん。最後は音がヨレヨレで聴けなくなっちゃったんだよね。
 「涙のトッカータ」「エーゲ海の真珠」とか好きだったぁ。

 で、話は戻るけど、当時、大人気だった、ポールモーリアの曲調を、歌謡曲に取り込んだのが、いわいる「ポールモーリア歌謡」ってわけね。
 もちろん、そんな技術的に高度なパクリ戦法できるのなんて、やっぱり筒美京平氏ぐらいしかいなかっしね。 というか、ヒットを作るためには、どんな流行もいち早く取り込む姿勢はすごいですよね。

 実際、この曲はうまく出来てるんだ。この曲のオーケストレーションは、ほんとにポールモーリアみたいだもん。

 Aメロ出だしからの ♪車のワイパー 透かして見えた〜♪ からの音節に追いかけてくるチェンバロっぽい音色のキーボードは「オリーブの首飾り」をモチーフ、そのほか、全体的には「サバの女王」をモチーフにってよく物の本にはあるんだけど、個人的には、「エーゲ海の真珠」も意識してんじゃないかなぁと思うんだよね。
 バイオリンパートなんかの使い方は特にそんな印象が残るな。

 まあ、この曲を実験台に、2年後のジュディオング「魅せられて」で、筒美京平氏のポールモーリア歌謡は完成するんだけどね。

 でも、よくよく考えたら、この時代は、ヨーロッパ系っぽい音が流行りだったんだろうね。
例えば、同時期に大ヒットした、松崎しげる「愛のメモリー」はカンツォーネっぽいし、沢田研二の「勝手にしやがれ」だって、どちらかといえば、曲の「濡れ方」からして、ヨーロッパっぽい・・・あ、ジュリーはもともとヨーロッパ系ですね。音の質としては。
 この年の「勝手にしやがれ」の大ヒットを見るとやっぱり、流行だったんだよね。
 時代の流れのなかで、流行り廃りってやっぱり、どうしてもあるもんねぇ。個人的には、アメリカンっぽいのも好きだし、フレンチっぽいのも好きなんだけどね。 あ、ポップスはどっちかといえばフレンチ、ヨーロッパ系かな。 ワシ、基本的にやわらかい音が好きだからねぇ。
 昔、ワシ、トロンボーンやってるときも、ヨーロッパ系のオーケストラの音のほうが好きだったんだよね。同じトロンボーンでも、ヨーロッパとアメリカでは全然音の質が違うのよね。
 ヨーロッパ系のおとは、同じff(フォルテシモ)でも音の硬さと厚みが全然違うんですよ。 アメリカ系は音は派手だけど厚みがないっつうかね。たしかにカラっとした音ではあるけど。
 ただ、カラっとした音の分、ロックとかブルースには合うんだよね。アメリカンっぽい音って。

 あー、まとまりがなかった。今日の文も・・・。





※オリジナルは2005年に書いたものです。今回再掲載しました。

セシル / 浅香唯

1988_09_セシル_浅香唯






今日の1曲セレクトは、「セシル」(浅香唯)です。

 まずは、データから

・タイトル     セシル
・アーティスト   浅香唯
・作詞       麻生圭子
・作曲       NOBODY
・編曲       戸塚修
・リリース日    1988年8月18日
・発売元      ハミングバード
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    22.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1988年8月29日〜10月17日付


 昨日はフェイントかけちゃっんで、今日は正統派で行きますよ〜 

 いやいや、昨日も「セシル」、今日も「セシル」でごっちゃになっちゃう?? いやいや、それが一つの狙い目だったりして・・。
 さてさて、みなさんは、どっちのセシルがお好きかな・・っと思って、わざとらしく組んでみたんだけどね。


 昨日は、クリスタルキングの「セシル」だったわけですけど、こちら浅香唯の「セシル」も佳曲でしたね。
個人的には、この曲のイントロが好きなんだ。オルゴール風音色ではじまる、少しメルヘンががったイントロね。
 ちょっと物悲しい雰囲気をもった入り方が、この季節を象徴してるよね。
 この前の曲が「C-Girl」でギンギン夏ががった曲だったじゃないですか。
 だから、最初、初めてこの曲聴いたとき、ホッとしたのを覚えてるな。 いかにも「秋」の曲だぞって気分にさせてくれるってのかね。

 詞の方は、ヒトに話しかれるような人生訓のように感じたなぁ。サビの部分の♪ヒトは大人になるたび弱くなるよね〜♪ってところ・・なんとなく納得しちゃうんだよね。
 当時、ワラシも19歳。浅香唯とは同い年なんだけど、なんか大人なんだか、子供なんだかよくわかんない頃だった気がするな。だから、余計、この詞が刺さってきたりしてね。

 作詞は麻生圭子女史 あのころは、当たってましたねぇ。作曲はNobody 。うーん、どっちかというとこっちのほうがびっくりしたな、Nobodyって言うと、ロック色ぽい曲が多かったじゃん。だから、「C-Girl」は納得するのよ。「いかにも」って感じだしね。 でも、こういう「ソフト」な曲も書けるんだねぇ。

 しかし、浅香唯さん、この年が一番の当たったよね。「スケバン刑事PART3」が終了後、みるみる人気急上昇だったもんなぁ。
 もちろん、この年は曲もよかったよね。2月の「Believe Again」いがったなぁ。それまでの曲ってどうも、イマイチ焦点が定まらなかった気がしていたんだよね。
 その点、この「Believe Again」で一皮向けた⇒焦点がはっきりした って感じがしたなぁ。
まあ、個人的には、この曲がヒットしてたころ「浪人」がきまったわけで、勇気付けられもしたんだけど・・

 そのあと、4月に「C-Girl」、8月にこの「セシル」、11月に「Melody」と続くわけだけど、この年は、メジャー系の印象強いメロディの佳曲が続いた・・・そんな感じですね。
 やっぱり、浅香唯は、メジャー系の曲に限る・・・っていうか、マイナー系の曲は印象が薄くなっちゃうんだよなぁ。 年明けた89年の1月の「TRUE LOVE」これは、パッとしなかったもんなぁ。映画「YAWARA」の主題歌でもあって、1位とったけどさ。

 でも、逆に考えると、この印象のレンジの「狭さ」ってのが、命取りだったかなぁ。結局は、人気は意外と長持ちしなかったもんねぇ。それいえに88年のころの人気が、ことさら印象に残るんだけどさ。



※2005年9月に書いたものの再掲載です。

セシル / クリスタルキング

1982_セシル_クリスタルキング







今日の1曲セレクトは、「セシル」(クリスタルキング)です。

まずはデータから

・タイトル      セシル
・アーティスト   クリスタルキング
・作詞        大津あきら
・作曲        山下三智夫
・編曲        梅垣達志
・リリース日    1982年7月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  33位
・売上げ枚数    7.2万枚

 「セシル」っていったら、「浅香唯」の「セシル」と思った方、ビンゴです! 今日のプロフィール写真「ゴメン」のままにしてたのって、それが狙いだったのよ。
トピックスのタイトル「セシル」って書いて、どのくらい、浅香唯と思って来るのかしらってのがねぇ・・・。

 ちょうど時期が時期だからねぇ・・・。浅香唯の「セシル」もちょうど、今頃だもんね。ヒットしたの。
 でも、今回は、「クリスタルキング」の「セシル」をご紹介。

 クリスタルキングっつったら、吉崎勝則と田中雅之の独特のツインボーカルで1980年の初頭「大都会」を大ヒットさせたバンドっつうことは、みなさんよくご存知ですわね。

で、そのあと、「蜃気楼」「処女航海」とヒットを飛ばしたものの、だんだんと尻つぼみしていったわけで、1982年当時は、それこそ、知っているヒトしかしらないって言う存在になっていたんじゃないかな。
 少なくとも、私は完全に忘れてましたねぇ・・ 当時は。

 ・・で、あるとき、ラジオ聴いてたら、すごくメロディアスな曲が流れてきたわけ。それが、この「セシル」だったんだよね。最初はクリキンって全くわかんなかったんですよ。
 クリキン=ツインボーカルの迫力っていう頭があるからさ。
 でも、この「セシル」は、ボーカルがすごくやさしいんだよね。 そう、これは、ボーカルは、いつものメインの吉崎、田中コンビではなく、ギターの山下美智夫なんだよね。
 ついでに言えば、大都会もこのセシルもこのヒトが作曲したんだけどね。

 ただサビの♪I LOVE YOU マイスイートセシル 君は愛のフォトグラフ〜♪からのコーラスの部分を聴いてると、吉崎 田中の声もちゃんと聴こえるのね。この曲に関してはコーラスでの参加なんだよね。

 それにしても、随分の変わりようだよね。 うーん、やっぱり、セールス的には落ちてたんで、いろいろ試していた時期なんだろうね。

 例の「北斗の拳」の主題歌「愛をとりもどせ!」で一時的な復活を見せたのは、これから2年後の1984年の11月ですわ。でも、これこそクリキンの真骨頂って感じだもんね。


 しかし、あの時代は、ワシ、よくラジオ聴いてたなぁ。この曲もそうだけど、ラジオ聴いてなきゃ、絶対に出会っていないって言う曲も結構あるよ。
 まあ、成り行きというか定めというか、たまたまそういう時期とかさなっちゃったんだと思うけどね。
 あのころは、個人的にいろいろあって、ラジオが唯一の友だちだったからさぁ。
 そういう時代にこういうやさしい曲が唯一の「癒し」だったんだよねぇ。


 うーん、今日の文はひどいなぁ・・。内容がないね。読んでる方ゴメン。


ブルースカイブルー / 西城秀樹

1978_09_ブルースカイブルー_西城秀樹








今日の1曲セレクトは、「ブルースカイブルー」(西城秀樹)です。

いつものようにまずは、データから

・タイトル    ブルースカイブルー
・アーティスト  西城秀樹
・作詞       阿久悠
・作曲       馬飼野康二
・編曲       馬飼野康二
・リリース日   1978年8月25日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   29.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月11日〜10月30日付


 えー、このところ、80年代アイドルが3連発だったので、今日は、ちょっと時代をさかのぼって見ます。

 しかしですね、この時期、9月の頭って意外とヒット曲がないのですよ。・・というのも、もともと8月ってリリースが少ないんですね。昔から・・・。
 70年代以降、特にアイドル系って、3ヶ月ローテーションが基本で、四半期末の3,6,9,12月ってのは、結構リリースが多いんだけど、8月ってのは、そういった四半期の狭間でもあるし、季節の変わり目の意外と中途半端な季節なわけで、リリースが少なかったのかもしれん。
 まあ、そのあおりを食って、昔から8月の終わりから、9月の中ごろまでの1ヶ月って意外と空白期間なんだよね。
 逆に、9月の中旬過ぎると9月リリースの「秋」の曲がどっとリリースされるので、一気に活気付くんですけどね。

 今日紹介する西城秀樹の「ブルースカイブルー」は、そういう、季節の狭間にリリースされた曲です。
ただ、同時の西城秀樹のローテーションから言うと、これの前の「炎」が5月リリースだったから、ちょうど3ヶ月なんですけどね。
 でも、8月リリースとしては、すっかり「秋」の装いの曲でしたね。「ブルースカイブルー」というタイトルどおり、すっきり晴れた「秋晴れ」の日を想像するような曲調が印象的な曲です。
 ・・ということは、この時代・・27年前は、9月っていったら既に「秋の装い」って季節だったんだよね。
 ワシ、このころはまだ、福島に居たんで、これがヒットしてた時期は既に秋って言うイメージがあるもんね。
 近頃は、9月って言っても暑いじゃん。昨日今日の暑さって何? だよねぇ〜。やっばし、時代は確実に「温暖化」ですよ・。
 
 話はもどって、このころ・・・というか、1978年のヒデキは、ジックリ「聴かせる」曲が中心だったんですよね。
1月の「ブーツを脱いで朝食を」、1曲はさんで、5月の「炎」、そしてこの曲と、スタンダードナンバー意識したようなエンターテメント性の高い曲が並んでいますよね。
 まあ、そういった意味では3部作と言ってもいいかもしれませんが、そのトリとなったのが、この曲なわけです。

 作詞は、阿久悠氏、作曲は馬飼野康二氏 という2大巨頭による作品ですが、正直、ワタシ目などにモンクは書けないですわね。
 物語性に富んだ阿久悠氏の詞、いつものようにサビでグワーっと一気にもりあがる馬飼野氏のメロディ正直完璧に近い曲なんぢやないかなぁと思うんですよねぇ。

 よくさー、この曲のメロディ、モセダディスの「エレストゥ」って曲のパクリだって言われるんだけど、そんなことはどうでもいいんじゃんって思わせるもんなぁ。

 曲展開もドラマティックですよね。 大サビで♪ラーラーラー〜♪となる部分、本来はここで終わるのかなと思わせておいて、♪青空よ心を伝えてよ〜♪ともう一つリフレインが続くところなんて、マジでドラマティック。78年のヒデキは、本当に曲に恵まれていると思います。

 当時、ワシは9歳。この世界に入る、まさにその時ですね。初めて「ベストテン」をみた78年11月2日には、この曲は6位。リリースが8月25日だから、結構ロングヒットだったんですよね。
 と、ともに、ワシをこの世界(⇒ヒット曲界)に引きずり込んだ1曲とも言えるよなぁ。

 ちなみに、この曲の次の次の曲が例の「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」なんだけど、その前の曲・・・、だから「ブルースカイブルー」の次の曲は「遥かなる恋人へ」って曲なんだけど、これがまた、名曲なんだよね。
 あんまり売れなかったから、いまや知ってるヒトしか知らないだろうけどさ。






ヒット当時の動画だけど、音が「ボコボコ」やね。今じゃ考えられないけどね、1978年当時は、音が「モノラル」だったからなぁ、これでも最新の音だったわけです。


※オリジナルは2005年9月に書いたものです。今回、若干、加筆しました。



 

チェックポイント / 藤井一子

1986_09_チェックポイント_藤井一子








今日の1曲セレクトは、「チェックポイント」(藤井一子)です。

まずはデータから

・タイトル       チェックポイント
・アーティスト     藤井一子
・作詞         来生えつ子
・作曲         筒美京平
・編曲         新川博
・リリース日      1986年7月25日
・発売元        徳間ジャパン
・オリコン最高位    14位
・売上げ枚数      9.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ  TBS系ドラマ「夏・体験物語PART2」主題歌


 昨日に続いて、TBS系ドラマ「夏体験物語」に関係する曲ですね。 あ、と言っても、この曲は、86年のパート2の主題歌です。
 この頃は、冬は「毎度おさわがせ」シリーズ、夏は「夏体験」シリーズと完全にパターン化しちゃってましたよね〜。 当時私は・・というと、「毎度〜」の方は毎週見てたけどね、「夏体験〜」の方は、あんまり見てなかったなぁ。こっちはどうも、エキサイトしすぎなんだよね。内容が・・・。結局は「やりてー」って言うことが言いたいんでしょ(←失礼)っていうのが、ミエミエで、最後は、お決まりのハチャメチャでおしまいっていつものパターンなんだよね。

 でも、この曲は、インパクトあったよなぁ。
 イントロ出だしの♪チェ チェ チェ チェッ ポイント!♪っていう、サンプリングをつかった入り方、これにはびっくりしたね。
 まあ、今では、音のサンプリングなんて子供だましだけど、当時はまだ、アイドルで大胆に使うってあんまり無かった・・・・。 あ、いやいや、あった、これのちょっと前、86年4月の少年隊の「デカメロン伝説」。
この曲、少年隊の錦織の声のサンプリングで、後ろで「バカチコ」(「ワカチコ」?)っていう意味わかんねーサンプリングの声が入ってきてたよね。基本は、これと同じだったわ。
 これは、作家陣のカンケーですね。「チェックポイント」も「デカメロン伝説」も作曲 筒美京平、アレンジ 新川博 っていうコンビなんですよ。だから、これは、多分意図的だな。

 ちなみに、この曲の作詞は、来生えつこ。 来生えつこ−筒美京平っていうコンビは、あんまり実例がなかったよなぁ。それだけに、この曲には随分期待してたんだろうねぇ。
 でもまあ、最高14位で、10万枚近く売ったっていうのは、当時としては、かなりガンバッタといえますね。
7月リリースで、この時期に最高位に持ってきたってところからも、分かるように、アイドルデビュー曲としてはロングヒットだったもんね。

 だけどさぁ、この時期・・・86年ごろから、「年下」のアイドルがちょくちょく出るようになったんだよね。
この藤井一子にしても、同い年デビューの西村知美にしても、渡辺満里奈にしても、俺より一つ下だしさ。
 なんか、複雑な気分だったな。自分より年下のコがデビューっていうのは・・・。
 それとともに、ヒット曲の見方もなんか変わって行ったきがするなぁ。

 それまではさ、アイドルにしても自分よりは年上だったわけで、「大人の曲」としてみてたんだけど、なんか急に「子供の唄」っぽく見えてきたりしてさ。
 この時期、自分の周りでもどんどん、ヒット曲から離れていったけど、みんな同じように感じたんだろうな。
まあ、この頃はもっと別の要因もあったんだけどさ。

 当のワシは、ヒット曲から離れる気はさらさらなかったな。 まあ、実際は、このあと86年の後半あたりから暫く、「GS」とか、「ブラスバンド」の専門曲に興味がいっちゃって、その当時のヒット曲から若干距離を置いてた時期もあるんだけどさ。(86年〜87年にかけてネオGSって感じで、再度GSが流行った頃があるのよ) でも、結局は、離れ切れなかったですね。



※2005年9月に書いたものの、再掲載です。

Bye Byeガール / 少女隊

1985_09_Bye_Byeガール_少女隊







今日の1曲セレクトは、「Bye Byeガール」(少女隊)です。

まずはデータから

・タイトル    Bye Byeガール
・アーティスト  少女隊
・作詞      秋元康
・作曲      中崎英也
・編曲      佐藤準
・リリース日   1985年8月21日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   9.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位
・タイアップ TBS系ドラマ「夏・体験物語」挿入曲

 巨額のプロモート費をかけたアイドル。80年代も半ばになってくると、アイドルが音楽「産業」の中心となって、とともに生まれてきた現象だよね。
 そのなかで一大プロジェクトとして組まれたのが、「少女隊」だったわけね。
なにせ、30億円かけた一大プロジェクトっつう触れ込みで、デビュー曲のPV作成も海外で制作ととにかく、金をつぎ込んで作り上げたグループなんだよね。

 ただね、ワシは当時から、結構冷ややかだったな。なんか、実態が無かったんだよね。金かけた割には、露出が少なかったし・・。テレビにもあんまりでなかったしね。
個人的にも、84年のデビュー曲「Forever」のデキはよくないと思ってたし・・。

 今考えると、これは伏線だよね。テレビに出ないんぢゃ無くて、出れなかったんだよね。
 ・・というのも、少女隊の3人とも当時15歳だったのよ。ワシと同い年ね。(だから当時ワシも15歳・・・若かった)
で、当時の3大ウタバングミのうち、「ベストテン」「ヒットスタジオ」は9時以降だから出たくても出れないわけだし。。。
 そのほかも、なんか神秘のベールに包み込むような触れこみで、あんまり露出が多くなかったしね。
 だから、お金をかけたっていうことばっか先行して、中身がほとんど伝わらなかったっていうのところがあったよね。

 まあ、それが実際、的中したわけなんだけどね。ちなみに、デビュー曲は最高32位と散々な結果。 果たして、仕掛けたほうはどういう気持ちだったんだろ?
 個人的には、そっちのほうが気になったりしてね。

 お金をかけりゃ、それで売れるっていう見方が大勢を占めてたのかなぁ?
同じ時期、やっぱり、大金をつぎ込んで作られたアイドルグループがもう一組いまして・・・、

 セイントフォー。

84年11月に「不思議Tokyoシンデレラ」でデビューした4人組もかなり巨額のお金をつぎ込んで送り出したアイドルグループですわね。

 こちらも、巨額なお金をかけて失敗した典型だよね。
 
 今から考えると、この時点で「プロ」が「プロ」として「作り上げる」アイドルっていうのは、寿命が尽きていたんだよね。

 それを見て取った、秋元康氏が次の年、「おニャン子クラブ」っていう「シロート」集団をアイドルにってことで仕掛けて大成功するんだけども。
 それを考えると、秋元氏っていうのは、やっぱりしたたかだし、あの時代を読みきってるなって改めて思いますね。


 ・・ということで、「Bye Byeガール」。この曲は、当時、TBS系の「夏体験物語」っていうドラマで使われてたんだよね。
 えー、「毎度おさわがせします」の「夏版」のようなもんで、高校の寮で起こるはちゃめちゃ一大青春物って感じのドラマだったな。中山美穂が、「まいど〜」につづいて出演して、人気を不動にしたんだよね。

 作詞は秋元康。ただ、ドラマの内容を意識してたなかなぁ。曲の詞の内容は、今考えると、かなりきわどいよね。ストレートっていうか、もろ「S」「E」「X」じゃん。内容は。。。
 うーん、アイドルがここまで唄っていいんですかねぇ。。。相手は16歳の女の子ですよ・・とちょっと思ったんですが、なにせ、資金回収せにゃいかんですからねぇ。もう、怖いものなしって感じだったのかもなぁ。。。
・・・つか、昨今、AKBに「恋愛禁止」にしてるヒトとは思えないよな、曲の内容が。この頃は、恋愛どころか「SEX」しても良かったんだ


 曲は、中崎英也氏といいまして、あの頃は結構あたってた新進の作曲家でしたね。
で、曲調はモータウン。こりがキワドイ詞にピッタリはまるんだ。
 いや、曲調のおかけでエッチな詞がそういう雰囲気を消してるよね。逆に「健康的」に聴こえたりして・・。


 あ、メンバーは、レイコ、ミホ、チイコの3人だったんだけど、この曲の途中で、チイコが病気のためリタイヤ。代わりにトモ(初代 引田天功の娘)が加入したんだよね。
 たしか、このとき12歳じゃなかったかなぁ。この曲で「ザ ベストテン」にランクインした時は、ご多分に漏れず、トモだけは、VTRだったもんね。

 ちなみに、レコードジャケットの3人は、オリジナルのレイコ、ミホ、チイコの3人です。




※オリジナルは2005年9月に書いたものですが、今回、若干加筆しました。
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