かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

LOVE〜抱きしめたい〜 / 沢田研二

1978_10_Love_沢田研二







今日の1曲セレクトは、「LOVE〜抱きしめたい〜」沢田研二です。

まずは、データです。

・タイトル     LOVE〜抱きしめたい〜
・アーティスト   沢田研二
・作詞       阿久悠
・作曲       大野克夫
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年9月10日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    48.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年10月2日〜12月11日付

 眠いっ! ・・といいながら、なんで書いてんだろ? わたくし。。。 日課ですから・・・。
 んもう、ひとり上手(by 中島みゆき)になってきた。。

 この曲、1978年、今から27年前の今頃のヒットなのですが、うーん、もうちょっと遅かったかな・・。いやいや、記録上は、今頃のヒットなんですよね。
もうちょっと、遅かったかな・・というのは、27年前、ちょうど、私が、「この世界」に入りかけてた頃なんだよね。
 「この世界」⇒「ランキング界」⇒「ベストテン」っつうことで、「ザ・ベストテン」を見始まったのが、27年前の今頃っつうわけさ。

 でも、この曲に関しては、それ以前に、例の「みごろたべごろ笑いごろ」の「ジュリーコーナー」で歌っていたのを、見た記憶があるから、少なくとも「ベストテン」よりはもっと、前に知ってたんだよね。

 でも、記憶とイメージでは、♪街にみぞれが、人に涙が〜♪の部分で、バックのセットで「雪」を降らせた記憶があるから、季節的にもっと遅いっていうイメージがあるんだよなぁ。

 でも、リリース日は9月10日なわけで、今だったら、完全に「みぞれが・・・」っていうイメージではないよなぁ。

 それだけ、27年前は、今頃は涼しかったってことなんでしょう。。。というか、すずしかったんですよ。

 でも、この曲は、重かった。でも、すばらしかった。
77年にレコード大賞をとって、普通だったら、重石がのしかかるところ、それにも増した活躍でしたよね。78年のジュリーは。
 楽曲的にも、78年が一番充実してたし。「サムライ」「ダーリング」そして、「LOVE」と、どれをとっても、「文句なし」の出来だったもんなぁ。
 いや、ヒット曲界全体がよかった、78年は。

 兎に角、この当時のジュリーの曲は絵が浮かぶんだよね。それも、抽象的ではなく、具体的立体的な絵が浮かぶのよ。
 よく3分間の劇場とかいうけど、まさにその通りで、3分間の短い映画を見ているような雰囲気にされてくれたわね。

 それと、このころの歌番組のセットが凝ってたよなぁ。
上でも書いたけど、1番では枯葉を敷き詰めたセットに雨を降らせる。2番の♪街にみぞれが〜♪のところから、みぞれ⇒雪に変える・・・っつう、まさに、楽曲どおりの演出って言うことがよくありましたよね。
 それに答えるかのようなジュリーの熱唱。

 これですよ、歌謡曲、ヒット曲の原点は。ビジュアルとメロディと歌詞のシンクロ性と融合って言うのかなぁ。

 あ、PVではないですよ。PVっていうのは、毎回同じもんのだから、どうしても曲のイメージを固定化しちゃう。これは、危ないことだよね。
 やっぱり、「生」で歌うことが一番ですわ。

 また、こういう、「楽曲」の時代が来てほしいよなぁ。
と思うわけですわ。



※2005年10月に書いたものの再掲載です。



Temptation / 本田美奈子

1985_10_Temptation_本田美奈子





今日の1曲セレクトは、「Temptation」本田美奈子です。

まずはデータです。

・タイトル    Temptation
・アーティスト  本田美奈子
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1985年9月28日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   18.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・オリコンベストテン入り期間:1985年10月28日付
・タイアップ 東芝暖房器具CM曲  フジテレビ系ドラマ「微熱MY LOVE」主題歌

 昨日の「ハッとしてGood」は、反応悪かったねぇ
今日は、ほとんどワタシのところにアクセスなかったもん(^^;;;;
やっぱねぇ、いい年したオッサンが25年前の「トシちゃん」のジャケ写をプロフィール写真にして喜んでりゃ、普通は引くわな。。。。
 それでも、アクセスしていただいた方には、ほんとカンシャです!

 ・・と反省の弁をのべつつ、今日もアイドルです! 
全く、反省しとらんぢゃないかぁ〜。ハイ、してません。

 えー、本田美奈子の「Temptation」なんですけど、この曲、覚えてる方、いらっしゃいますかねぇ〜。
 これの次の曲が「1986年のマリリン」でして、ここからは知ってる方多いでしょ?
 1曲前のこの「Temptation」は、丁度20年前の今頃ヒットしてたんですよね。
 ♪マリリ〜ン♪からは、「セクシー路線」に行っちゃったけど、この曲までは、その片鱗はなかったんだよなぁ。
 むしろ、この曲なんかは、清純路線に近いんぢゃないかなぁ。
 
 でも、メロディは、16分音符のせめぎあいで、めっちゃ、メロディ取りづらい曲だったよなぁ。
 のっけの♪岬に立てば、強い潮風、スカートの裾じゃれ付いてるわ〜♪の「じゃれついてるわ」からして、リズムが取りづらいメロディ(譜割)でしたよね。
 それが全般的に続いてて、ほんとリスム取りづらかったけど、それが逆に変わった曲調だったところだなぁ。
 でも、だからこそ、♪ときめいてTemptation〜♪からのサビの部分が引き立ったっていうか、それまでの既存のアイドルの曲とは、ちがった雰囲気を醸し出していたよねぇ。

 まあ、これも、歌唱力があった、本田美奈子だったからこそだと思うけどねぇ。
 これは、筒美氏が「どこまで歌えるか」って言うのを完全に「試した」んじゃないかなぁ・・とかんぐりたくなっちゃいますね。

 だけどさぁ、この曲、オリコンでベストテン入りしてたんだねぇ・・・。今、改めて調べて、ちょっとびっくりした私なんですけど・・。13位くらいまで行ったのは覚えてたんだけどね。
 それと、ランクイン週が20週と、アイドルの曲としては異例のロングセラーだったんだよね。
 たしかに、10位〜20位の間を長いことアップタウン繰り返してたもんなぁ。それは、よく覚えてるんだけどね。

 うん、たしかに曲調的には、それほど、「華やか」な曲ではないので、上位へはなかなか行きづらいところだけど、でも、ここまで、ロングセラーになるとはねぇ。

 あ、ちなみに、この曲「東芝」のファンヒーターのCM曲でした。
そう書けば、覚えてる人もいるかな(いねーか。。。)

 しっかし、次の「1986年のマリリン」の変わりようには驚いたね。これについては、リリースされた2月にでもゆっくり書きますわ。

 でも、個人的には、「1986年〜」のセクシー路線より、こっちのほうが全然好きですね。
 だから、セクシー路線が一時、中断した、87年の「Oneway Generation」も大好きなんだけどね。 
 どちらも、曲は筒美京平、アレンジは大谷和夫のコンビでしたが。


 あ、ところで、話は変わるけど、昨日「おすすめレビュー」にも書いたんだけど、O'sの「あなたとならば」って言う曲がすんごくいい。今、一番のお気に入りです。
 メロディは、めちゃくちゃ素直なんだけど、優しい気分になれる。 まだ、ものごごろつかないくらいの遠い昔を思い出しちゃうっていうかね。。もろ、70年代前半な雰囲気です。
 でも、この世知辛い、今の世の中だからこそ、この曲、オススメしたいですね。
 よかったら、一度、聴いてみてね。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

ハッとして!Good / 田原俊彦

1980_10_ハッとしてGood_田原俊彦







今日の1曲セレクトは、「ハッとして!Good」田原俊彦だー。

まずは、データから

・タイトル    ハッとして!Good
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      宮下智
・作曲      宮下智
・編曲      船山基紀
・リリース日   1980年9月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   62.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1980年10月6日〜12月8日付
・タイアップ   グリコアーモンドチョコレートCM曲

 この曲、印象に深いなぁ。まず、印象的だったのは、デビュー曲の「哀愁でいと」と全く曲調が違ったこと。
 ノー天気というか、愉快というかね。まずもって、デキシーサウンドをアイドルの曲として取り込んだのは、前代未聞のことでしたよねぇ。
 たしかに、間奏の部分でタップわ踏むということは決まっていたのかも知れないけど、大胆にデキシーを持ってくるとは、宮下智っていうヒトも大胆なヒトでしたよね。
 結局のところ、このヒト、トシの曲だけしか、ブレイクしていなけど、よっぽとトシと相性がよかったのか、いい意味でのその後の方向性を決定した、「プロデューサー」でしたよね。

 曲的には、上に書いたようにデキシーサウンドのちょっとビックバンドがかったところが、目新しかったなぁ。
 まあ、この路線は、後の「NINJIN娘」に繋がっていくんだけどね。
 でも、まあ、この路線には、ファンの間でも賛否両論、いろいろあったよね。
 やっぱし、「哀愁でいと」のマイナー路線が好きな人が多かったようだけど、逆に、この路線がいいって言う人もいたわけで・・。 あ、でも、どっちかというと、評論家っぽい人のほうが絶賛してるヒトは多いのかな。

 ただ、音は、今、聴くとちょっとショボイ。特にCDで聴くと、ショボさの極限かなぁ、音がなんとも薄いんだよね。
 まあ、もともと「CD」なんかにするという想定で作っていないとは思うけど。。。。。
 どちらかといえば、この曲はTV向きだね。トシの踊りを含めてビジュアル的に考えられた曲なんじゃないかな。
 そういう意味では、時代を先取りしていた感覚はあるな。 

 まあ、あの頃の「オトナ」のヒトには、随分叩かれてたけどね。。。
 
 カップリングは、たしか、フジテレビ系ドラマ「ただいま放課後」の主題歌だった気がするなぁ。
 「青春ひとりじめ」っていうの。こちらは、正統派の「青春ソング」。聴くとなんかほっとしたりする。
 
 ・・ということは、あんまりインパクトは強くないんだけどね。 インパクトという点で「ハッとして」をA面に持ってきたのは正解ですね。どんな批評を受けたとしても・・。


それと、この曲、グリコアーモンドチョコレートのCMソングだったんだよね。
 田原俊彦 松田聖子 競演のCM。当時、百恵、友和の再来かなんて、随分騒がれてたよなぁ・・・。
 
 ホントは松田聖子は、郷ひろみが好きだったらしいんだけど・・。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。


銃爪 / 世良公則&ツイスト

1978_10_銃爪_ツイスト







今日の1曲セレクトは、「銃爪」(世良公則&ツイスト)です。

ますは、データから

・タイトル      銃爪
・アーティスト    世良公則&ツイスト
・作詞        世良公則
・作曲        世良公則
・編曲        ツイスト
・リリース日     1978年8月10日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     54.8万枚
・ザ ベストテンランクイン期間:1978年8月31日〜12月14日放送分


 TBSの「時代を越えた永遠のJ-POP名曲集」を見た。TBSも開局50周年っつうことで、最近、このテの番組が多いね。
うん、「見た」というと、「能動的」に見たってイメージが出ちゃうけど、正確には、見るもんないからしょうがなく「見た」・・っつう、あくまで、「受動的」に見たのね。
 このテの番組って、もう、何年も前から、似たような企画、どこでもやってるじゃん。もう、飽きちゃってね。
 それに、やっぱさ、当時のヒットを「今の姿」で見せられると、ちょっと幻滅しちゃうヒトもいるよね。
 アー、イメージが・・・ってさ。。。。
「想い出は、美しいままで」とっておくほうが、精神衛生上よろしいのてはないか・・と思っちゃったりするんですけど。。。

 だけど、世良公則っいうヒトは、変わんないね。 今も若い! っというか、昔が逆に「老け顔」だったのかなぁ。
・・というと、当時のファンの方に怒られそうだけど・・(^^;;;;;
なにせ、当時はロックBIG3(=ツイスト ゴダイゴ サザンオールスターズ)にあげられ、実力のゴダイゴ、ルックスのツイスト、お笑いのサザンとか言われてましたしね。
 あ、ルックス重視で、ロック御三家(=ツイスト Char 原田真二)ってのもありましたね。

 まあ、それだけ、世良さんのルックスは、カッコよかったよね。
 モチロン、私も影響されましたよ。なにせ、ガキのくせして、当時から、トレンドウォッチャー(??)だったから・・(^^;;
小3のくせして、肩まで髪伸ばして、世良さんのマネしたり、ガッコで掃除のホウキ抱えて♪TONIGHT TIGHT 今夜こそオマエをおとしてみせる♪ なんて、意味もわかんねぇくせして、アクション付きで、やってましたもんねぇ。
 マイクスタンド足で蹴る動作を、ホウキの「柄」でやったりして・・(^^;;;;
 あ、これって、当時の定番ですかねぇ・・?

 でも、当時の人気はすごかったよねぇ。なにせ「ザ・ベストテン」では、この「銃爪」が10週連続1位の快挙達成だもんね。まあ、当時のベストテンは、「はがきリクエスト」を一番重視していたし、番組のターゲット層が高校生から大学生だったから、ツイストには、一番「わり」があう番組っていうのもあったけどね。
 なにせ、当時はピンクレディーの絶頂期でしょ。番組のターゲットが小学生〜中学生だったら、間違いなく、ピンクレディーにかなうわけないもん。当時は。


 でもさ、ツイストってルックスだけじゃなかったな。世良さんの「魂」のさけびっていうのかな。兎に角、こちら側に感情が伝わるような大熱唱だったですよね。毎回。 これがよかった・・一番の持ち味だったんだよね。
 もちろん、当時は、ベストテンなんかでは、今と違って「生演奏」だったわけじゃじゃない? 演奏は、お世辞にもうまい訳ではなかったですれけどね。当時は。毎回、大熱演、聴いてるほうも、世界に引き込まれずにはいられなかったよなぁ。
 (あ、これは、当時は・・ですからね。 今じゃ、キーボードの神本氏なんて、一流のキーボーディストですし) 
歌唱法も、BIG3では、一番の正統派。 とにかく、全身いっぱい使った、大熱演が印象的だったぁ。

 ちなみに、当時、BIG3のなかで一番、コケにされてたのが、サザンなんだよね。 演奏はBIG3の中では一番ダメ。歌唱法は桑田氏のあれでしょ?  当時のオトナからはサンザンいわれてたし・・・。 とにかく、コミックバンドののりでしたからね。翌年の「いとしのエリー」が出るまでは・・・ですが・・。 今となっては、信じられない光景ですが、コンサートでも、ヤジがかなりあったのよ・・。 その辺は、また、いずれ「いとしのエリー」を書く頃にゆっくりと・・。


 ・・で、ツイスト。 上で、「大熱演が印象的」って書いたけど、当時のロックバンドは、熱かったバンドが多かったよね。その分「スマート」ではなかったけど、自分たちの伝えたいことが、聴いてるほうにもストレートで伝わってくる・・というかね。同時期では甲斐バンド、 次の年にデビューした、チャゲ&飛鳥なんかも、当初は、フォークロックだったけど、熱唱派だったですよねぇ。

 でね、最近って、このテのバンドがいなくなったなと、ふと思ったんだよね。
 たしかに、パンク系とか、メロコア系で、がなっている奴らは、かなり多い・・。いや、ほとんどそうだね。
でも、、この場合は、「ガナリ」とは違うんだよね。 あくまで、「心からの熱唱 熱演」なんだ。 ただ、がなってる、叫んでるとは、全然違う。そこに「気」がはいってるかどうか・・。
 
 今の音楽シーンで「空白」になっているのは、その部分だとおもう。 別にノリがよくなくても、タテノリでなくても、演奏がヘタでも、ボーカルが下手でも、いいんだよ。

 要は、オーディエンスに「おおおおおおおおっ」と言わせられるほどの「気」と「歌によって伝えたいことがストレートに聴き手に伝えられる能力」を持ち合わせているか、それと、口先だけじゃなくて、体のそこから沸いてくる歌唱法って言うのかな。 兎に角、「熱くさせる」奴ね。
 最近の若いコは、タテノリでがなってても、声が口先からしか出てない。 体の底から沸いてくるようなボーカルじゃないのがめちゃくちゃ多い。 その点からいうと、形はロックバンドでも、実態は「アイドルバンド」に過ぎない。
 ロックは「心、魂の叫び」なハズなんだよ。 
 これは、ロックに限らず、ポップスでも同じよ。 あ、いや、「歌」は、どんなジャンルでもそのはずだよね。その「魂」の部分の温度感はちがうけど・・・。

 そういう、バンドが新たにヒットシーンに出てくると思うな。 これって、一時だったらアナクロで終わりかもしれない
けど、すでに時代は、そういう方向に「回帰」してきてると思うんだよね。
 音楽傾向って、大別して2つのパターンに分けられてて、その2つの間をレベルアップしながら、螺旋階段のように時代とともにグルグル回っているものと思うんだよね。
 その2つのパターンっていうのが、「メロディアスな曲」と「リズム的な曲」なわけですよ。その傾向を考えると90年代では、91〜92年ごろが「メロディアスな曲」が頂点。 逆に90年代終盤が「リズム的な曲」が頂点を迎えていたわけだよね。 そういう傾向から考えると、「今」はすでに「リズム的な曲」は、「旬」を過ぎて、また、「メロディアスな曲」に戻っていくと思う。今は、その途中なんじゃないかな。
 それを考えると、 もう、ノリでも、コンピューター的(テクノ)でも、ヒップホップ・・・でもないと思う。
 たしかに、ボトムの部分では、これらの要素は残ると思うけど・・・。

 これから必要なこと・・。 演奏能力、楽器テクニックなんかは、もはや「付随」な部分だね。 だって、単に楽器演奏うまい奴なんて、ちまたに五万といるもん。 それだけじゃ、もはや差別化にならない。 いま時、「俺は楽器演奏テクニック
もってるぜ」なんて息巻いてる奴は、たんなるアホだよ。正直言って・・。

 これからは、演奏、ボーカルともテクニックは、ある程度の水準があればいい。それよりも、ヒトを熱くさせる能力がある
かが大切なんじゃないかなぁ・・。

 その辺から言うと、今、一番そこに近いのが、「サンボマスター」だとおもうんだよね。意外かも知れないど・・。
たしかに、コイツラも、まだ、ケツが青いところは多い。ただ、単に煽って「がなってるだけ」だし・・。
 でも、熱いものは感じるんだよね。この先、この部分なしで、熱演できるようになれば、期待できそうな感じがする。

 ルックスひどいけどさ。それいっちゃ、サザンの桑田氏だって、言えたもんじゃないよね。。

 でも、まあ、桑田氏の場合は、熱いロック魂のほかに、稀代まれに見るメロディメーカー・・という「天才」的要素を持ち合わせているけど・・。

 あれれ、いつのまにか、「銃爪」とは、全然違う方向に行ってる・・・

 すいません、、、、でも、先ほどの世良氏の演奏を聴いてて、そんなこと考えちゃいましたねぇ。。。




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

手紙 / 由紀さおり

1970_10_手紙_由紀さおり






今日のオススメの1曲は、「手紙」由紀さおり です。

まずは、いつものようにデータから

・タイトル       手紙
・アーティスト     由紀さおり
・作詞         なかにし礼
・作曲         川口真
・編曲         川口真
・リリース日      1970年7月5日
・発売元        東芝EMI
・オリコン最高位    1位
・売上げ枚数      67.6万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1970年8月3日付〜11月2日付


 毎日、i-tunesを聴きながら、通勤してるのね。 あ、このあいだ、「STAR LIGHT」の時も同じようなこと書いたけどね。 いま、「ニューミュージック」編を入れてるんだけど、たまたま、今日聴いてたのが1970年前後の曲だったのよ。 そう、この曲も含まれてたんだけどね。
 で、「あ、そういえば、この曲って、今頃のヒットだったよなぁ」と思いまして、急遽、引っ張ってきました。
当初は、全く考えてなかったんだけどね。ホンとは、また「アイドル」の別な曲を考えてたんだけど、また、後日書きまする。

 しかし、この曲、いいよね。いまでは、考えられないような「まっすぐ」な曲でさ。 やっぱし、ボーカルのイメージかなぁ。どうしても、「由紀さおり」っていうと、ウチらの年代でも、文部省唱歌とか、「トルコ行進曲」っていう、感じだもんね。 どうしても、「流行歌歌手」というイメージでは・・。
 でも、正真正銘、オリコンで1位とってる、アーティストだかんね。 しかも、前年の「夜明けのスキャット」につづ
いて2曲めの1位獲得曲。 今で言ったら、浜崎とか、大塚愛ですよ。 


 この曲の聴きどころは、やっぱり、ベースラインの動きですね。めずらしいところですが、作曲、アレンジが川口真さんの場合は、ベースラインを注意して聴くっていうのが、「鉄則」・・・とまでは言わないけど、聞き耳立てるべきですよ。
 もののホン、「歌謡曲完全攻略ガイド」っていう本では、この曲「カーティス メイフィールドを思わせるような華麗な16ビートを展開していて〜」とあるように、この曲のベースライン、動きが激しい16ビートのベースラインなんですよね。
 最近は、このテのベースラインの曲は、あんまり聴かない。やっぱり、基本ロックやヒップホップにリズムが偏っちゃっ
てるからかなぁ。
 この曲は、同本でも紹介されているように、シャンソン、または、アレンチポップスに近い、ヨーロッパ系ポップスのイメージが多分にあるもんね。
 そういえば、フレンチポップスの名曲、シルヴィバルタンの「あたなのとりこ」もベースラインは、この曲のように動きがあるもんね。
 川口真氏による作曲の曲では、河合奈保子の「愛してます」も似たようなベースラインだね。 兎に角、川口真氏の曲はベースラインは注意して聴いてみるべし! ほんと、特徴的で、面白いですよ。

 でも、複雑なベースラインにしては、曲構成は、ものすごくシンプルだよね。

 A⇒A’⇒A⇒B(サビ)

 これだけ・・・・。 サビなんて、♪涙で つづりかけた お別れの 手紙 ♪ だけですよ。わずか4小説。
うーん、なんてシンプル。 それでいて、しっかりと印象づけられるメロディライン。 最近の「重箱の隅をつついたよう
な」複雑なサビとは、えらい違いだよね。
 やっぱ、シングルは、シンプルかつ、インパクトが理想なわけで・・・。


 だけど、この時期、東芝EMIさんは、時代の先端の音を出してましたよね。
 このころの曲の「音」をレーベル別で聞き比べると、ほんと、違いがよく分かりますよ。
 それぞれ、レーヘルで音の違いがよく分かる・・というかね。 老舗のコロムビアとか、ビクターなんて、音、ボコボコだもん。
 やっぱし、演歌主流ということで、音質にはあんまりこだわらなかったのかねぇ。

 そりに比べたら東芝さんの音は、まさにこの時代を象徴させるような音だったね。
 最先端の音、だけでなく、音楽も洋楽にインスパイアされていて最先端だったもんね。

 それに比べたら、最近の凋落は・・・。 これも時代の流れですかねぇ・・。

 ちなみに、この時の 由紀さおりさんってまだ、20代の前半だったんですけど・・・。
 ジャケ写見ると、メチャクチャ大人っぽいよねぇ・・。
20代にも見えないなですけど・・(失礼)




※2005年10月に書いたものの再掲載です。

夕暮れ気分 / 堀ちえみ

1983_10_夕暮れ気分_堀ちえみ






今日の1曲セレクトは、「夕暮れ気分」堀ちえみ です。

まずは、いつものようにデータから

・タイトル        夕暮れ気分
・アーティスト      堀ちえみ
・作詞          諸星冬子
・作曲          天野滋
・編曲          清水信之
・リリース日       1983年10月5日
・発売元         キャニオン
・オリコン最高位     8位
・売上げ枚数       14.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1983年10月17日付

 昨日に引き続き、今日も「アイドル」デス! 堀ちえみ、「夕暮れ気分」。 これまた、今となっては、「死角」に入りそうな曲でしょ? 

 ♪ 小石がオレンジに染まるほど暮れていく ♪  うーん、この曲のイメージってこの部分がすべてって感じだね。
タイトルどおり、「夕暮れ」なんだけど、小石がオレンジ色にそまるくらいの「秋の日」の夕焼けですね。
 だからして、後の部分はつけたしってことで・・・・  いや、それじゃ歌にならないから・・って感じで、
むりくり付け加えられたような曲のような気がするんだよなぁ。。
 だってさぁ、♪トゥルルルってハミングが、あなたの口からこぼれたら、涙になりそうだから、空き缶けとばした〜♪
だよ・・・・・。 なんかねー、意味わかんねぇぇぇ 

 なにも、涙がでそうになったからって、空き缶蹴飛ばすこたぁねぇだろ・・・とか、揚げ足取りたくなったりして・・。

 でもね、それだけ素朴な曲という事よ。この曲は。。。

 最近は、この手の「素朴さ」いっぱいの曲ってとんと、なくなったね。 そう、「普段着」のままの曲って言うのかな。
あ、いやいや、普段着は普段着だけど、ちょっと田舎風のダサダサの普段着よ。

 まあ、作り手も、この手の曲は、今じゃ端から作る気もないだろうしね。。。 それを考えると、恥ずかしげもなく、このテの曲をリリースできた、この時代、あるいみ 「のんき」というか「素朴」というか、いい時代だったんだよね。


 作曲は、天野滋氏。 元NSPのリーダーですわね。NSPの時も、「夕暮れ時はさびしそう」っつう曲が、1974年、オリコン
11位まで行くヒットをもってますよね。
 NSPは、ヤマハのポプコン出身で、そのため、キャニオンに所属。
蛇足だけど、当時、ポプコン出身者は、ほとんどキャニオン所属っつう不文律みたいなのがありましたよね。中島みゆき、ツイスト、円広志、クリスタルキング・・・ポプコン出身者は、ほとんど、キャニオンだったもんね。
 へそ曲がり(キャニオン所属ではない)だったのは、八神純子とか、チャゲ&飛鳥 など、少数だったんじゃなかったけな?
 まあ、そういうことで、NSPもキャニオン所属だったことで、同じキャニオンの堀ちえみに曲を提供することになったんだと思うけどね。
 ただ、この「夕暮れ気分」に「夕暮れ時はさびしそう」・・・夕暮れ、夕暮れと、どこまでも「夕暮れ」が好きな男だと当時揶揄されてたなぁ。
 そういう天野氏も先日、51歳の若さで亡くなってしまいましたね。改めてご冥福をお祈りいたします。


 しかし、堀ちえみっていうヒトも、「代表曲」不在のヒトだよね。堀ちえみの代表曲は? って何人かに聞いたらみんな違う答えが返ってきたりして・・・。そのまえに「知らない」が一番おおいかもなぁ・・。
 この曲をリリースした当時は、例の「スチュワーデス物語」の初期の頃なんだけど、このあと、ようやく、「個性」があわられてきたって言うかね。
 82年組って、小泉今日子とか、中森明菜のような、強烈な個性をもったヒトもいれば、このヒトとか、石川秀美とか、いまいち「キョウレツ」な個性が、なかなか見えないヒトもいましたよね。 
 でも、ようやく83年〜84年にかけて、それぞれも個性が見えてきたっていう時期だっのかなぁ。

 それにしても、ジャケ写は、いかにも「アイドル」してますね〜。 これ、私のプロフィール写真にするの、さすがに、ちょっとね・・・恥ずかしいね・・・。
 ものほんは、めちゃくちゃ、いい年したオッチャンですよ。私
 でも、出しちゃうべ。





※2005年10月に書いたものの再掲載です。

哀愁情句 / 早見優

1984_10_哀愁情句_早見優







今回の1曲セレクトは、「哀愁情句」早見優です。

まずは、データから

・タイトル     哀愁情句
・アーティスト   早見優
・作詞       銀色夏生
・作曲       筒美京平
・編曲       船山基紀
・リリース日    1984年10月3日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位  8位
・売上げ枚数    9.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位


 ここのところ、若干、当初のコンセプト、「各年の丁度今頃の死角になっている曲」っていうところから、ちょっと離れていたので、今日は、若干、マニアックな曲に戻ろうと思います。
 
 今日は、東京地方はシトシト雨。秋の長雨のシーズンかな。 こういう日は、シットリとした情景の曲を引っ張って来たくなるわけです・・・。ということで、この曲なんかピッタリじゃないかな、と思いましてね。
 
 早見優って言ったら、「夏色のナンシー」を始め、夏っぽいイメージが先行してるのかなぁ・・と思うわけで、こんな曲あったの、みなさん忘れてる、あるいは知らない方が多いと思うんですが、いかがでしょうかねぇ?
 そんな、「夏」のイメージが強い、早見優が、イメージを破って、初めてしっとりオトナっぽい曲で勝負したのが、この曲です。
 それにあわせて、ジャケットも初めてオトナっぽい雰囲気ですよね。

 
 作曲は筒美京平。 筒美氏は、どうしても早見優を南沙織にしたかったようですね。これは、前の年の「ラッキィリップス」なんかでも、見られた傾向なんですが、この曲では、さらに顕著になったようです。
 じゃ、南沙織の何の曲をモチーフに? といわれると、私なんか、南沙織の曲は、細かいところまでは把握していないんで、なんともいえないんですけど、曲のテンポ、イメージからして、「哀愁のページ」のマイナー版とも言えそうな気もします。 
 うーん、「哀愁のページ」は、もっとけだるい感じかなぁ。 この曲は、銀色夏生さんの詞が、もうちょっとハッキリした内容なんで、「けだるさ」はないんだけどね。

 でも、全体的に、この当時を持ってしても、それ以前の時代の曲調ではありましたよね。
 いや、当の早見さんも、この曲に限っては、南沙織になりきろうと思ってんじゃないかなぁ・・・。
 他の曲とは、全体的な雰囲気が違うんだよね。 うーん、この雰囲気が本当はよかったんじゃないかなぁ・・と思うことがありますね。 
 このあと、この路線を蹴って、ロック路線に行っちゃうんだけど、正直、早見優にあっているかというと、NOって感じだったもんなぁ。
 まあ、この曲もお世辞にも大ヒットというわけではなかったけどねぇ。

 ハワイ育ち・・ってことで、どうしても、向こうの雰囲気でっていうのは分かるけども、意外と日本美人って感じだったからねぇ。こういうしっとり目な曲のほうが本来はあってたんだろうな。
 ・・・ということは、それを充分引き出した、筒美京平っていう人は、本当に天才なんだな・・と今更ながらに書いたりしてね。

 あ、そうそう、このところ、melody.とかハーフ系のアーティストが多くなってきたけど、1度はこの手の曲をやってみたらいいだろうね。 別件で書いたけど、最近のこのテの人たちの曲って、「重さ」がないんだよね。
 このテの「歌謡曲」っぽい曲で、いちど、日本らしい「重さ」の曲を体験してもいいと思うんだけどなぁ。
 筒美氏、ジャズの世界からもどって、このての曲をまた書いてくれないですかねぇ。。




STAR LIGHT / 光GENJI

1987_10_STAR LIGHT_光GENJI





今日の1曲セレクトは、「STAR LIGHT」光GENJIです。

まずは、データから

・タイトル      STAR LIGHT
・アーティスト    光GENJI
・作詞        飛鳥涼
・作曲        チャゲ&飛鳥
・編曲        光GENJI
・リリース日 1987年8月19日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     48.9万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月31日〜11月9日付

 45歳のオヤジが「光GENJI」を語る。いいですねぇ、この構図。

滅多にいないと思いますよ。i-podに光GENJI入れて、通勤電車の中、まわりの迷惑を顧みず結構な音量で聴いてるオヤジって・・。 
 
 え? 私のことです!!


 この間、日曜日にTBS50周年番組見てて、ジャニーズの変遷など流してましたけど、やっぱり、光GENJI、男闘呼組までは、「おお、同年代」って感じで、気持ち許せるって言うかね。
 たしかに、当時は、どうも生理的にくすぐったいところはあったんだけどね。今となっては、そんな感じはないな。

 やっぱさ、永遠のノスタルジーなんだよね。ジャニーズって。 一時期、うざいと思ったこともあったけど、ようやくそんな感じに思えるようになってきたな。

 この曲、STAR LIGHTは、1987年の夏の日、8月19日、奇しくも、私の18回目の誕生日の日にリリースされたんだよね。
しっかし、もう18年前か・・・。私、すでに倍、生きちゃったのね。。。。。

 当時、「スターライトエクスプレス」っつう、やっぱりローラースケート履いて、所狭しと動き回るミュージカルが大人気で、そのキャンペーンの一環なんだよね。光GENJIの結成って。 そもそも、最初は、「光」っていう、年長の2人(大沢 内海)と、「GENJI」5人を別々なところでデビューさせて、ある日突然、「光GENJI」として一体化させるっていう構想があったらしいんだけど、時間がなかったのか、 分かりにくかったのか、いつのまにか、最初から「光GENJI」として、デビューさせるに変わっちゃったらしいね。

 で、デビュー曲の「STAR LIGHT」は、たしかに、「スターライトエクスプレス」に引っ掛けたところもあるんだろうけど、物のホンによると、これは、作詞の飛鳥涼氏がつけたらしいですね。
 なにせ、アイドル、しかもジャニーズの曲なんぞ作るとも思っていなかったらしいので、かなり悩んだ末にひねり出したタイトル、それと、詞だったらしいね。

 曲は、この曲に関しては、チャゲとの共同作業なんだけど、最初は、サビの♪夢はFREEDOM FREEDOM シャボンのように〜♪のところが出来たそう。
 チャゲっていうヒトは、引っかかりがあるサビをつくるのは得意のようで、あの♪ナツ ナツ ナツ ナツ ココナツ♪も、あの部分が最初に浮かんだって言うからね。 天性のヒットメロディメーカーだよね。
 だけんども、そのほかの部分は飛鳥がかなり苦心して作曲したらしい。

 でも、共同作業とは思えないようなまとまった作品に仕上がったと思いますね。

 この曲の命は、なんっても、ジェットコースターに乗っているようなあのスピード感ね。この辺から、アイドルの曲のスピード感って変わってきたように思えるんだよね。
 今は、さらにBPMが速くなっているから、そんな風には感じないけど、カラオケやってて、今の曲やった後に、87年以前の曲をやると、めちゃくちゃノスタルジック、ものすごくゆっくり感じるもんなぁ。
 もちろん、当時は、ぜんぜんそんなふうには感じなかったんだけどね。 この曲が、その先鞭をつけたんだと思いますよ。

 でも、あのスピード感が、当時の「若者」(⇒俺たちのことか。。)のスピード感にマッチしてたんだろうね。
 あの人気は、そこにあるような気がするな。

 それにしても、すんごい人気だったよなぁ。このヒトたちが、当時のレコードセールスを再度底上げをしたって言っても過言じゃないもんねぇ。
 この年、1987年の最高セールスは、公式では、瀬川瑛子「命くれない」の42万枚だったんたけど、「STAR LIGHT」は、最終的には、これを上回ったわけで・・。さらに第2弾の「ガラスの十代」では67万枚。 第3弾の「パラダイス銀河」では88万枚・・・。と、これは、CDの枚数は入ってないからねぇ。
 CDシングルは、「パラダイス銀河」が発売になった、1988年3月から発売されたんだけど、時代はいわば、レコードからCDへの移行期だったんだよね。だから、初期の光GENJIは、CDではなく、レコードだったわけで・・。
 「レコード」を売った、最後のアイドルとも言えるだろうね。

 ともあれ、このときを境に、90年代前半のメガヒット期へと、急激にセールスは拡大傾向に向かうんだよね。
 この当時(87年)には、まさか数年後にそんなことになるとは、夢にも思ってなかったんだけどさ。



この動画、「STAR LIGHT」の「PV」らしいんだけど、この曲にPVが存在してたなんて、今の今まで全く知らなかったわ。
今の時代、PVなんてインディーズのヒトまで当たり前に作るけど、当時は、アイドルにゃPVが存在しないの当たり前だったからねぇ。
いやいや勉強になるね。


※オリジナルは2005年10月に書いたものですが、若干、加筆しました。




アン・ドゥ・トロワ / キャンディーズ

1977_10_アン・ドゥ・トロワ_キャンディーズ







今日の1曲セレクトは、キャンディーズ「アン・ドゥ・トロワ」です。

まずは、データから

・タイトル      アン・ドゥ・トロワ
・アーティスト    キャンディーズ
・作詞        喜多条忠
・作曲        吉田拓郎
・編曲        馬飼野康二
・リリース日     1977年9月21日
・発売元       CBSソニー
・オリコン最高位   7位
・売上げ枚数     28.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1977年10月10日〜11月14日付

 月曜8時は、「みごろ たべごろ わらいごろ」(テレビ朝日系)・・と、またまた、唐突に変な入りかたしましたが、覚えるるでしょうかねぇ? 「デンセンマン音頭」と「シラケ鳥」
 ベンジャミン伊東(伊東四郎)の「デンセンマン音頭」⇒♪電線にすずめが3羽止まってた〜♪ってやつですよ。
これ、この当時、大ブームだったですよねぇ。
 俺、小2だったけど、見てないとガッコで仲間はずれだったもん。
 それと、「シラケ鳥」は、前半の親子コント。母親が伊東四郎、息子が小松政夫。 で、なにかあるとすぐ小松政夫が張り倒されて、ちゃぶ台の上で♪シラケ鳥飛んで行く南の空へ みじめ みじめ チャンチャチャンチャン スカラカチャンチャン〜♪とくるやつ。。
 ・・とねぇ、文章で書いてもなかなか雰囲気でないねぇ。 面白かったんだよねぇ、これが。
 「うーん、知らないなぁ」っていう人もいると思うけど、今、コレDVDになってるんで、もし、良かったら見てみ。
ゼッタイ、抱腹絶倒だから。

 ・・で、なんで、「みごろ だべごろ」からキャンディーズなんか・・・っつうと、キャンディーズこの番組のレギュラーだったんだよね。
 前半の親子コントで悪がき三兄弟役でいい味出してたよね。キャンディーズって意外と「お笑いのセンス」があったわけで、もし、75年に「年下の男の子」のヒットがなかったら、元祖「バラドル」になっていただろうといわれてるんだよね。
一部では。 まぁ、それも、これ以前に「8時だよ全員集合」のアシスタントだったって事が大きいようだけどね。

 で、たしかねぇ、「みごろ たべごろ」の後半の一番最後にキャンディーズの歌のコーナーがあって、そこで、初めてこの曲聴いたと思う。

 もちろん、今となっちゃ、うる覚えで、はっきりとは覚えてないけどね。
 でも、不思議な曲だなと思ったなぁ。 例えば、Aメロの♪こきざみにときめく こころ♪でいきなりフラットになったり、それとやっぱり、サビだよね。 
 ♪アン ドゥ トロワ おどりましょうか〜 アン ドゥ トロワ 炎のように〜♪ のハーモニーの響きかなぁ。
なんか、ゾクッとくるような響きなんだよね。 それは、ずっと印象に残ってたね。

 それと、♪ヒトはだれでも 一度だけ すべてを燃やす 夜が来る♪ って部分、当時、全く意味がわかんなかったの、何のことだか。
 いまは、もちろん、なるほどねぇ・・・ですけどね。 ♪今が そのとき ためらわないで〜♪ ですからねぇ

 たんたんとしてるけど、結構内容はストレートでエッチね。

 だけど、この曲、作曲が吉田拓郎氏なんだよね。 吉田拓郎 作曲  喜多条忠 作詞 という、まさにフォークのヒット曲の中心人物って言う感じだけど、この曲に関しては、全くそういう「色」がないんだよね。しかも、独特の拓郎節っぽいところもあんまり感じないしさ。
 この曲の前の前の「やさしい悪魔」も同じ、吉田拓郎 作曲  喜多条忠 作詞なんだけど、こっちは、拓郎節炸裂って感じだもんなぁ。 っていうか、拓郎氏が個人で歌っても違和感ないよね。「やさしい悪魔」は。
 でも、「アン ドゥ トロワ」は、さすがに拓郎氏が歌ってる姿は、なんか想像かつかない。
 拓郎氏って、よくアイドルに曲を提供してるけど、「あ、拓郎だ」って一発で分かるときと、全くわかんないときがあるよねぇ。 例えば、風見慎吾の「僕 笑っちゃいます」とか、全くわかんなかったもん、これ吉田拓郎作曲ってこと。
 なんか、想像つかないよねぇ。 拓郎が♪ぼーくぼーく わらっちゃいます♪って歌ってる姿って。

 あ、それと、「アン ドゥ トロワ」って、アレンジは馬飼野康二氏なんですよね。 これも意外。馬飼野氏のアレンジって、ヒデキなどの「大げさ」なオーケストレーションとか、マッチの「スニーカーぶる〜す」見たいな、チョッとダサメのロック調っていう、どっちにしても派手なアレンジっていうイメージがあるんですけど、この曲はかなりオトナしめなアレンジですもんね。今、クレジットみてて、初めて知ったんだけど、意外ですねぇ。
 そうそう、この曲の3曲前の「哀愁のシンフォニー」も馬飼野氏のアレンジなんだけど、こんな感じの大げさなオーケストレーションは、馬飼野氏だよねって納得しますね。

 などなど、結構意外尽くしの曲なんだけど、 この前の「暑中お見舞い申し上げます」を歌ってるときに電撃引退宣言(by 日比谷野音)、ちょうど、この曲の頃は、その騒ぎも一段落して、引退コンサートに向けて、猛撃にチャージした活動を始めてた頃ですね。
 そういうこともあってか、なんか、この曲以降のラスト3曲って、それ以前に比べると、緊張感があるような気が今になるとするな。 
 やはり、この頃から引退までの臨時マネージャーだった大里氏(現アミューズ会長)が、かなり力入れてたからでしょうかねぇ。
 
 いずれにしろ、キャンディーズのラスト3曲は、個人的に、いつまでも、体に染み付いてるようなきがするなぁ。
 あなたは、ピンクレディー派? キャンディーズ派? っていわれたら、迷わず「キャンディーズ派」の私だからさぁ。 えーと、個人的には「スーちゃん」がすきでした




ライブ映像だけど、ステージ上が紙テープでいっぱいになっているところは、時代を感じますねぇ。 今は紙テープ投げは禁止ですからねぇ。・・・というか、ライブで紙テープを投げる行為さえ、みんな知らないだろうしなぁ。。。


※オリジナルは2005年10月に書いたものに、只今、若干加筆しました。


勇気があれば / 西城秀樹

1979_10_勇気があれば_西城秀樹







今日の1曲セレクトは、「勇気があれば」西城秀樹です。

まずは、いつものようにデータから

・タイトル       勇気があれば
・アーティスト     西城秀樹
・作詞         山川啓介
・作曲         筒美京平
・編曲         萩田光雄
・リリース日      1979年9月5日
・発売元        RVC
・オリコン最高位    3位
・売上げ枚数      30.8万枚
・ザ ベストテン最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1979年9月26日〜12月6日

 ソングフェスティバル。なんて、かっつけた形で書かなくても良いけど、いわいる「歌謡音楽祭」ですね。
いまじゃ、すっかり、その影も形も薄れてしまった「歌謡音楽祭」ですが、70年代〜80年代中盤頃までの、歌謡曲、ヒット曲の「全盛期」、各テレビ局主催、そのたもろもろの音楽祭が、いまごろから年末にかけて開催されてましたね。
 その、最高峰といわけたのが、いまや、その権威も地に落ちてしまった、「レコード大賞」と、すでに影も形もない「日本歌謡大賞」なわけです。
 それにあわせて・・なのかどうかよくわかんないですけど、夏場がすぎた今頃の季節から、「聴かせる」曲が増え始めるんだよね。
 まぁ、客観的に考えると、「レコード大賞」と「紅白」っていうことを見据えての戦略なんだろうけどね。

 ヒデキの場合が一番、わかりやすかったなぁ・・・っていう印象があるのね。76年は「若き獅子たち」、78年は、このあいだ紹介した「ブルースカイブルー」・・・と、きまって、このじきリリースの曲は、「派手な」・・・というより、「聴かせる」曲中心だったんだよね。

 で、79年は・・・ご多分にもれずというか期待通り、この「勇気があれば」という「聴かせる」曲を持ってきたわけです。
 たしかに、この年はヒデキにとっては、特別な年だったということもありますけどね。なにせ、あの「YOUNGMAN(Y.M.C.A)」の大ヒット。 ヒデキ自身、「歌謡大賞」「レコード大賞」が最も手に届く位置にいたっていえましたしね。
 BUT、レコード大賞は、作曲が「外国人」の曲は、エントリーできんのですよ。ということは、カバー曲の「YOUNG MAN」は、はなから「レコード大賞」の「対象外」にならざるを得ない・・・。
 ということで、是が非でも、この時期にソングフェスティバルに相応しい「聴かせる」曲が必要だったところもあり、この曲ほど、このじきに絶対に必要だった年も無かったわけです。

 そういった事象もあったからか、確かに無難と言ってしまえば、それまでだけど、ソングフェスティバルに相応しい、切々とこちら側に訴えかけるという、山川氏の詞、カンツォーネを意識した当たり前のように完成度が高い筒美氏の曲、ポイントを抑えた萩田氏のアレンジ。
 すべてが、音楽祭に向けてるな・・・と今となっては感じるけど、当時は、そういうことは考えないからね、
素直に感動してましたねぇ。
 まず持って、イントロに含まれる「鐘の音」からして、厳かな印象を受けさせてくれます。

 でも、これで味をしめたわけではないでしょうが、次の年の同じ時期には、「サンタマリアの祈り」っう、やっぱりカンツォーネをモチーフにした曲を、このじきにリリースしましたよね。
 ただ、こっちは、ちょっと曲が重すぎたよね。あんまり売れなかったんだよね。

 あ、個人的には、「サンタマリアの祈り」も好きなんだ。大げさでいいよね。 80年のヒデキって、どうも、いまいちパッとしない曲が多かったなかで、唯一、この曲だけは分かりやすかったな。

 
ちなみに、結果的にこの曲の効果といいますと・・・、歌謡大賞は外国曲カバーの制限は無かったので、予想通り、「YOUNG MAN」で大賞受賞。
 レコード大賞は、多分にもれずこの曲で「エントリー」し、最終的に候補の3曲に残ったものの、ジュディオングの「魅せられて」に大賞をもってかれた・・・という感じでした。
 レコード大賞という具合だから、本来は、より売れた曲に照準を当てるべきで、そういう意味では「魅せられて」を大賞にしたのは、妥当だったんじゃないかなとは思いますけどね。

ちなみに、ちなみに、同じようなケースが、これから3年後にも起こるわけです。
 岩崎宏美「聖母たちのララバイ」。 このときも全く同じような結果となりましたよね





※2005年10月に書いたものの再掲載です。
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