かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

My Truth / アルフィー

1987_11_My Truth_アルフィー






今日の1曲セレクトは、「My Truth」アルフィーです。

まずは、データから〜

・タイトル    My Truth
・アーティスト  アルフィー
・作詞      高見沢俊彦
・作曲      高見沢俊彦
・編曲      アルフィー  井上鑑
・リリース日   1987年10月28日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   11.2万枚

 ここ3日ばかし、「死角」に入った曲って感じで書いてきましたが、今日もちょっと死角の曲かな? 時代はまた、1987年に戻ってきましして、さらに1位獲得曲なんだけどね。
 このころ、1986年〜1987年って、ヒットチートの傾向は今とにてるんだよ。
 毎週のように1位が入れ替わる猫の目チャートでさ、さらに、ランクもあっという間に消えちゃうってやつでさ〜。
 だから、今となっては、時代の「死角」となっちゃってる曲ってあまたあるわけですよ。 このころの曲って。

 まあ、それだけ、曲の「質」ってのも、問題があったけどね。だってさ、あっという間に消えちゃう曲が多い中、それなりにロングヒットを続けてた曲もあるわけだからね。この頃だって。

 ただ、そうは言っても、そのなかででも、曲として、割と印象にのこりながら、あっという間に消えて行っちゃった曲もありまして・・・。まあ、個人的な思い入れってのもあるんだけどさ、その中の1曲が、今日、引っ張ってきた、アルフィーの「My Truth」なわけです。

 なにせオリコン1位獲得曲ですよ。この曲。アルフィーで1位獲得してるのは、この曲を含めて4曲しかないわけだからね。
さぞかし、有名な曲って感じだけど、さにあらずなんだよね。
 
 ちなみに、アルフィーでオリコン1位獲得した曲って覚えてますか?

 ・恋人たちのペイヴメント  1984年10月
 ・シンデレラは眠れない   1985年 2月
・サファイアの瞳      1987年 3月
そして
 ・My Truth 1987年11月

なんですねー。

 うーん、ひとつ気付くのは、いまとなって、アルフィーの「代表曲」って言える曲が、はっきりいって「ない」のよ。アルフィーの1位獲得曲には。

 うん、たしかに「恋人たちのベイヴメント」は、代表曲にいれてもいいかもしれないけどね。
 代表曲といえる、「メリーアン」も「星空のディスタンス」も、一番売れた「Promised Love」も1位獲得してない。
 これが、22年の長きにわたってベストテン内ら送り込んできたアルフィーの「特徴」なのよね。
 

 でねー、個人的な考えなんだけど、実際は、アルフィーって84年までで終わっちゃってんぢゃないかな・・・と思うんだよね。

 ・・・と書くと、アルフィーファンから猛烈クレームが来そうな気もするけど、個人的にはそうなのよ。
 ワタシねー、83年のブレイク曲「メリーアン」、84年の「星空のディスタンス」、「STARSHIP〜光を求めて〜」までは、いいと思ったんだよね。
 曲はしっかりしてるし、ハーモニーもしっかりしてるし。
あ、これを言いたいんだよなっていうのが、見えたわけ。

 とくにやっぱりブレイク曲の「メリーアン」は良かったよね。曲が自然だったし・・。

 でもねー、「恋人たちのペイヴメント」あたりから、なんか違ってきたんだよね。なんか、間違ってるとしか思えなくなってきたわけ。
 別に高見沢氏のボーカルが変、やっぱし、ボーカルは桜井氏だろ、とかぢゃなくてさ、なんか、曲がバラバラになっちゃったんだよね。

 メロディはメロディで勝手に動いてるし、バックはバックで勝手に動いてるし、全然シンクロしてないんだよ。

 特に85年の「シンデレラは眠れない」はひどかった。途中で曲が止まっちゃうんだよ〜。 えーと、実際に止まっているわけではないんだけど、そう聞こえる箇所が1箇所あるんだよ。
 原因はドラムが下手すぎるの。リズムが止まっちゃうんですよ。メロディとずれてるの。 ワタシ、これは間違ってるとしか思えないのよ。
 それと、第2は、88年3月の「WEEKEND SHUFFLE」。これもさ、間違えてるとしか思えなかったのね。 だってさ、イントロの音がひん曲がってるんだもん。
 ワタシ最初、レコードの回転数が間違ってるのかと・・それなかったらレコード「反っちゃったかな」って思ったんだよね。レコードって塩化ビニール製だから熱に弱いのよ。
 で、長時間日向においておくと、ぐにゃぐにゃに反り返っちゃうんだよね。 それをプレーヤーで聴くと、音までぐにゃぐにゃになっちゃうのよ。
 この曲、そんな感じなんだよね。 別にレコードが反ってるわけじゃないんだけどさ。
 そんな感じの曲がこの頃のアルフィーが多いのよ。

 だから、個人的にはあんまり好きできなかったんだけどさ。
確かにメッセージ性はあったけど、音楽性は感じなかったっていうかね。

 そういう時代において、この「My Truth」だけは、割とよかったんだよね。
 たしかに、音楽性は乏しいんだけどさ。うーん、歌詞がよかったのかな。

 出だしの歌詞が全てだけどね。

♪ 何故 俺はこんなに孤独なのか
  あいつらの笑い声がこの胸に突き刺さる
  だれも本当の俺なんか しらなくていい ♪

うーん、たしかに、重箱の隅をつつてる感じがするし、演歌とか、抒情フォークの世界なんだけどさ、なんか突き刺さるものがあるんだよね。

 とくに、あの時代⇒18歳の頃の俺 よりは、最近のほうが突き刺さるものが多いかなぁ。
 あのころは、それなりに仲間がいたけど、いまは、あのころのようなフランクな付き合いの仲間ってさあ、身近ではあんまりいないからねぇ。

 あ、もちろん、ネットで知り合った方は別よ。 あくまで、いつも身近にいる仲間〜これは、仕事上の仲間もとおして〜で本当の俺をさらけだせる仲間って、いま、いないからね。
 だから、余計この歌詞が突き刺さってくるわけですわ。

 本当は、こんな世界は考えないような世界だったら、楽しいんだろうけどね。

 まあ、そういう精神論的な曲ですわ。でも、1位取るってことは、それだけ共感できるヒトも多いってことかなぁ、この曲の世界観に。


 うーん、今日はちょっと暗くなっちゃたかなぁ。 ちょっと反省。


 この4日間はちょっと、「死角」目の曲を持ってきましたが、明日は、もうちょっとメジャーな曲を持ってきまーす。
 今から予告ね。 お楽しみにー。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。

哀しみのブリザード / 石川秀美

1982_11_哀しみのブリザード_石川秀美







今日の1曲セレクトは、「哀しみのブリザード」石川秀美です。

まずはデータです。

・タイトル     哀しみのブリザード
・アーティスト   石川秀美
・作詞       麻木かおる
・作曲       小田裕一郎
・編曲       矢野誠
・リリース日    1982年10月25日
・発売元      RVC
・オリコン最高位  29位
・売上げ枚数    5.4万枚

 ここ2日ばかり、ちょっとマイナー気味な曲を持ってきましたが、今日も「死角」に入るだろうな・・と思うな。
 ってか、絶対に入るよね。 この曲、どのくらいのヒトが知ってるんだろ?

 石川秀美の「哀しみのブリザード」。

 決して、アルバムの曲ぢゃないですよ。 れっきとした、デビュー3枚目の「シングル」曲なんですけどね。 
 今となっては、2枚目の「ゆれて湘南」と、次の「涙のペーパームーン」の間に挟まれて、その存在すら「知らない」っていうヒトの方が遥かに多いだろうなぁ。

 だいたい、曲からして、全く地味だもんね。なんで、こんなインパクトに欠ける曲が「A面」なんだろ?
 って当時の俺でさえ思ったもんね。インパクトと、曲の雰囲気からして、まさしく、B面向きの曲だと思うのね。
 今から考えたら、これは、プロモーションが大変だったろうね。。

 でも、まあ、ワタシ的には、まずまず好きな・・・というか、印象に残る曲だったのね。
 まず、イントロのリバーブがかかった、トランペットね。これが印象的。一度聴いたら忘れられない。なんか、不気味ささえ感じだりしてね。
 ただ、冷静に考えたら、トランペット使ってるのだってあんまり必然的な意味がないんだよね。
 メロディと言うより、単に音鳴らしてるだけっていうのもあったし。

 次に印象的なのは、マイナーとメジャーが比較的細かい単位で、次々と変わっていくんだよね。
 Aメロは、暗いジミーな流れなのが、サビに入って、いきなり、メジャー系で

 ♪ あー 心はブリザード〜 ♪ と来ちゃったりして・・

と思ったら、サビの終わりで

 ♪ 哀しみのドア 開く開く開く 〜♪

と、これまたいきなりマイナー系にもどっちゃったりして・・。

 兎に角、よく言えば展開がめまぐるしく変わる、変化に富んだ曲。 悪く言えば、安定感がない、中途ハンパな曲なんだよねぇ。
 そういうところから言っても、やっぱりB面の曲って言う感じが拭えないんだけどね。


 でもさ、個人的に好きだって言ったのは、この曲と、この当時の個人的な気持ちの不安定さとシンクロしてたからだとおもう。
 当時、、福島から千葉に出てきたばっかでさ、生活環境が大きく変わって、精神的に不安定だったからさぁ。
 あ、これは、今も同じか。。。。 だから、いまも聴きたくなるんかなぁ。 
 なんかね、どうも精神的に不安定になると聴きたくなるんだよね。この曲。

 なんせ ♪ こころはブリザード ♪ なぐらいだからさー。


 しかし、石川秀美っていう人は、こういう、中途ハンパな曲が多かったよねぇ。中には、面白い曲もあったんだけどね。
 これの次の「涙のペーパームーン」なんてのは、個人的に好きだったな。トコトン明るくてね。この曲とは好対照的だったな。
 まあ、この曲は、つなぎの曲だったんでしょうけどね。

 そのほか、83年の「スターダストトレイン」、84年の「めざめ」なんかは、明るくていい曲だったよね。

 「スターダストトレイン」は、1983年の今頃の曲。
 むしろ、こっち書いたほうが受けはよかったかなぁ・・。
 同じ、小田裕一郎作曲でも、全然違うのよね。。。。



http://www.zhuatieba.com/video/XNzYwNjAzOTUy

一応、動画リンクを載せますが、海外サーバーのため繋がりにくいかもしれません。



※2005年11月に書いたものの再掲載です。


SWEET DREAMS / 松任谷由実

1987_11_SWEET DREAMS_松任谷由実







今日の1曲セレクトは、「SWEET DREAMS」松任谷由実です。

データでーす。

・タイトル    SWEET DREAMS
・アーティスト  松任谷由実
・作詞      松任谷由実
・作曲      松任谷由実
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1987年11月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   7.6万枚
・タイアップ  三菱自動車「ミラージュ」CM曲


 昨日の、新田恵利さんは、ちょっと引きがなかったかなぁ。うーん、いい曲だとは思うんだけどね。曲が一般的ではなかったね。
 で〜、今日も懲りずに、ちょっと死角に入ってる・・と思う曲を引っ張ってきました。
 
昨日から1年時代を下って、ユーミンの「SWEET DREAMS」です。

でも、この曲が「死角」に入ってる、と思うのは、俺だけかな。考えようによっては、または、ファンにとっては、「有名」な曲かもしれないですね。

 三菱自動車「ミラージュ」のCM曲。 この曲を足がかりにして、次の年88年、あの有名な「リフレインが叫んでる」が、再度、「ミラージュ」のCMに登場。この曲が収録されてる、アルバム「Delight Light Sight Kiss」は、200万近くのセールスを記録するなど、これを足がかりにして、90年代の「狂った」大量セールス時代へと突入していくわけですわ。

 ただ、この「Sweet Dreams」の頃は、まだ、平和でしたね。この曲、シングルでは、10万枚もセールス行かなかったし・・。
 But、この曲が収録されている、アルバム「ダイヤモンドダストが消えぬまに」は77万セールスと、当時のセールス水準から考えると、かなりなセールスだったんですよね。
 ちなみに、この年は、光GENJIのブレイクで、アルバムの年間1位は、「光GENJI」の90万枚でしたが・・。(実際は1988年の年間チャート)
 うーん、そう考えると、既にミリオンの時代は、この頃から兆しがあったんだよね。

 ちなみに、それまで、日本のアルバムセールス水準は、低かったのですよ。LP時代は、ミリオンセラーは2枚。CD時代に入ってからでも、数枚しかミリオンセラーはなかったのですわ。
 で、ここに来て、一気にセールスレベルが上がったんですよね。

でね、まだ、このころは、曲のレベルもまずまずよかったんだよね。
 だから、このセールスも一応のナットクは行った訳なんですが・・。

 この曲、イントロ部では、メロディラインのシンセと、バックのドラムのコンビネーションがインパクトがあるよなぁ。
 特に、後ろのドラムね。私ゃ、これには、素直に惚れちゃうのよね。力強くて、キレがあって、一寸の狂いもないのよ。 しかも、同じフレーズを延々と叩いてるのよね。
 最初、打ち込みかと思ったんだけど、どう聴いても、これ、「生」だよねぇ。これは、俺にはまねでない(あたりまえか)

 それとは対象的に、切ないメロディが印象的なんだよね。この曲は。

 で、やっぱり、サビでしょ

♪SWEET HEART 写真立てにはおどける二人
 今日を知らずに キスしてる〜 ♪

 切ないよねぇ。 柄じゃないけど、この部分には、泣けてきますわ。私でも。


でもね、こう思い始めたのは、結構最近なんですよ。
 当時は、あんまり何にも思わなかったな。この曲に関しては。やっぱり、この世界がほんとに理解できるのは、ある程度、年齢が必要なのかもなぁ。

 
 話は飛ぶけど、ユーミンの曲はポイントがしっかりしてるんだよね。
「ここ」っていう部分は、絶対に聴き手をがっちり掴んではなさいっていうか・・ネ。 で、知らずにユーミンワールドへ引き込まれるって言うかね。
 まあ、この曲なんては、まさにそうだよね。まあ、この曲はイントロのインパクトが強いから、イントロからそのまま、曲の世界へ引きずり込まれるっていう気持ちが強いけど、

 
 それと、80年代後半に入って、音にキレが出てくるんだよね。輪郭がはっきりしてくるって言うか。
 少なくとも、80年代前半までは、ここまで、音はシャープではなく、もっと自然だったんだけどね。
 
 このあたりと、莫大セールスとなんか、関係がありそうだよねぇ。
 それと、音質が格段に上がってるんですよ。 私、この曲、「シングルレコード」って持ってる、たぶん、結構珍しい奴なんだけど、音がすごくいいの。まじで、これレコードって言うくらい、音質があがってる。録音レベル(音量)も上がってる下なにより音がクリアなんたけど、太いんだよね。
 時代はすでに、CDの時代に入ってたけど、レコードも行き着くところまでは行ってたんだよね。

 同じことは、浅香唯の「Belive Again」でも感じたな。このきょく、88年2月で、もうちょっと遅いんだけど、やっぱり、レコードとは思えないほどの音質なんだよね。
 もちろん、聞き込むと「プチプチ」が入ってきちゃうけど・・。


 1987年の今頃の曲って何かと印象に残る曲が、何曲かあるんだよね。やっぱり、目の前に「大学受験」って言うものを控えてたからかなぁ。
 まあ、これは、方便でして・・・。この頃は全然、受験勉強してなかったけどね。なんとか、楽して大学入ろうという「姑息」な手を考えてたしな。 友だちが推薦で大学決まって、うらやましがったりして・・。 
 まあ、いろいろあった頃ですわ。
 この後も、若干、いろいろ前後の時代の曲を挟みながら、暫くは87年を中心に書こうと思ってまーす。

 この後もお楽しみに!






※2005年11月に書いたものの再掲載です。



 

内緒で浪漫映画 / 新田恵利

1986_11_内緒で浪漫映画_新田恵利






今日の1曲セレクトは、「内緒で浪漫映画」新田恵利です。

いつものようにデータでーす。

・タイトル     内緒で浪漫映画
・アーティスト   新田恵利
・作詞       夏目純
・作曲       尾崎亜美
・編曲       新川博
・リリース日    1986年11月14日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    11.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1986年12月1日付

 昨日、一昨日と、リクエストにお答えして・・・って感じで書いて見ましたが、今日からはまた、もとにもどりまして、私独断でセレクトさせてくだされ。
・・・というものの、ちょっと間あきまして、はて? 今日はなににするべ ・・・とまたまた悩みまして・・。

 昨日チャゲアスの「指環が泣いた」を書いたんですが、どうも、同時期にヒットした、この「内緒で浪漫映画」が頭から離れませんでねぇ。
 ヒットした時期が同じという以外、何の接点もない2曲なんですけどね。

 ・・・で、このさい。。ということでセレクトしました。

 えー、タイトルですが読めました?

   「ないしょでろまんえいが」

・・ぢゃないですよん。

   「ないしょでラブストーリー」

が正解っす。

 うーん、なにも、当て字にしなくても・・・って言う気もしますが。

 どうも、この季節になるとこのテの曲が聴きたくなるんですよね。このテというと、賛美歌っぽい曲って言うかね。。。

 と、唐突に書いても、これ読んでる方で、多分この曲知らないヒトの方が多いかと思いますが、そうです、雰囲気的に賛美歌っぽいんだよね。一言で言えば、「おごそか」っていう雰囲気。

 曲構成は、Aメロ、Bメロ、サビ っていう、典型的な楽曲なんだけど、全般的に「おごそか」な雰囲気が漂ってますね。
うーん、メロディとメロディ間の対旋律がそんな感じなんだよね。いかにも、教会音楽だぞって感じ。かといって、音色としてパイプオルガンを使ってるわけでもないんだけどね。
 例えばさ、2003年9月のSPEED再結成時の「BE MY LOVE」の冒頭なんかは、パイプオルガン使ったりして、それらしき雰囲気出してるんだけどね。
 この曲は、そこまで、印象的な使い方はしてない。一応、間奏部で使ってるけどね。

 しかし、季節的にはマッチしてると思いますよ。もうすぐクリスマスっていやがおうにも感じてくるっていうか、秋深の雰囲気⇒温度感と、教会の雰囲気ってあうんですよ。

 でも、尾崎亜美っていうヒトは、このてのおごそかな雰囲気出すのが、この時期得意だったんだよねぇ。 例えば、岡田有希子の85年1月のヒットの「二人だけのセレモニー」とかも、この曲と雰囲気的には似てたしね。同じキャニオンだし、多分、ヒントとしては、ここから引っ張ってきたとは思うんだけどね。
 まあ、もともと、バラードかかせたら天下一品の尾崎亜美さんだもんね。このての曲はお手の物といったところかなぁ。

 ちなみに、個人的には、松本伊代の「時に愛は」が好きなんですよね。 この曲に関しては12月にでも書きます。

 新田恵利さんは、ご存知のように、おニャン子クラブ、会員番号4番です。つまり、一番最初からのおニャン子のメンバーですね。
 この曲は、ソロ4曲目で、しかも4枚目の1位獲得曲。つまり、この曲までは、すべて1位獲得してたわけです。同時は、たしか、デビューから4曲連続1位っていうのは、記録だったんだよね。ただ、1位もこの曲まで。
 87年に入って、急速におニャン子人気が下火になったと同時にって感じだったよね。新田人気も。
 
 でも、新田恵利の笑顔が好きだったったっていう人は多いんぢゃないかなぁ。かくいう 私もそのひとりですわ。

 よく、おニャン子ト、モー娘。って例えられるけど、「笑顔」人気でいえば、モー娘。でいえば、「なっち」にあたるのかなぁ?
 ワタシの独断たけど・・・。

 ジャケット。ワタシ、今の今まで、この曲のジャケ写しらなかったの。ウチにこの曲の音源はあるんだけど、後々になって、おニャン子のベスト盤といえる「家宝」に入ってたからね。この曲。
 ジャケ写見る限りでは、秋っぽいっていうよりかは、春っぽいねぇ。 なんかちょっと違和感ありだーね。



※2005年11月に書いたものの再掲載です。

指環が泣いた / チャゲ&飛鳥

1986_11_指環が泣いた_チャゲ&飛鳥







今日の1曲セレクトは「指環が泣いた」チャゲ&飛鳥です。

まずは、データから

・タイトル    指環が泣いた
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      佐藤準
・リリース日   1986年11月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   2.8万枚

 えー、昨日の「横恋慕」に引き続いて、今日も、リクエストにお答えしまして、チャゲ&飛鳥「指環が泣いた」を持ってきました。

 この前もチョッと書きましたが、この曲は、イントロのシンセからして、緊張感いっぱいの音色で始まります。
 で、イントロ全体からして、緊張感いっぱいのメロディが展開され、メロディに入っていくっていう導入ですよね。
 季節からして、秋から冬への入り口・・ということで、季節感もたっぷりな導入ですわね。

 で、そのままの緊張感、スピード感のまま、曲を駆け抜けていくっていう感じなんだよね。
 兎に角、緊張感と、疾走感にあふれた曲っていうのかな。

 この年86年、チャゲアスは、それまでのワーナーパイオニアからキャニオンに移籍して、サウンドがガラッと変わったんだよね。
 それまでは、文字通り、フォークロックの旗手という感じだったんだけど、キャニオンに移って、俄然ロック色が強くなった。 うーん、ロックまでは行かないまでにしても、シンセ、キーボードを多用し、サウンドに俄然厚みと重みが出たんだよね。
 それまでは、どちらかというと、薄めの音で抒情的なメロディを歌い上げてきたっていうところから、サウンド、リズム重視に移行したっていう感じだね。
 その一番手が、この年の2月に出した「モーニングムーン」なわけだけど、そのごも、「黄昏を待たずに」「COUNTDOWN」と立て続けに、ロック色の強いシングルをリリース。
 で、この年4枚目という異例のリリースの締めくくりとして、この曲をリリースしたわけですね。

 86年、4枚のシングルのなかでも、もっともスピード感があって、重いリズムなのが、この曲なんだよね。
 
 まあ、もともと、力を込めた歌い方のチャゲアスなんだけど、この曲では特に力を込めていたような気がするな。

 この後、90年代に入って、超大ブレイクを果たすことになる、チャゲアスだけど、このときには、既にサウンド的な下地はできていたんだよね。
 このころから、基本的にサウンド的には大きな変化はない。
もちろん、その前の、フォーク時代とは随分違うけどね。

 ただ、当時は、あまりセールス的な評価は得られていなかったんだねぇ。「モーニングムーン」こそ、17万枚近くのセールスを記録しているけど、この曲にいたっては、シングルは2.8万枚しか売れてない。

 評価されたのはむしろ、90年代に入ってからだよね。90年6月リリースの「DO YA DO」で久しぶりにベストテンに返り咲いてからは、とんとん拍子。
 91年1月の「太陽と埃の中で」、そして、7月の「SAY YES」と続くわけです。
 で、その後リリースされた「スーパーベスト供廖△海痢峪愆弔泣いた」など、86年のキャニオン移籍後の作品を集めたベストだけど、これが250万枚と、いう空前の大ヒット。
 ようやく、この曲も本格的に日の目に当たることになったんだよねぇ。

 まあ、リリース当時は私も、わかんなかったんだけどね。この曲。

 でも、やっぱり、いい曲はいい。いつかは当たることになってるんだねぇ。。



 後記・・・・あ〜、今日の文章が一番ダメ。。。。サイキン、ますます文章が下手になったワ。。。
 考えちゃダメなんだよね。文章は。




※2005年11月に書いたものの再掲載です。

横恋慕 / 中島みゆき

1982_11_横恋慕_中島みゆき






今日の1曲セレクトは、「横恋慕」中島みゆきです。

まずは、データから

・タイトル     横恋慕
・アーティスト   中島みゆき
・作詞       中島みゆき
・作曲       中島みゆき
・編曲       船山基紀
・リリース日    1982年9月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    31.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1982年10月4日〜11月15日付

 このあいだ、「悪女」を書いた時、ここ読んでくれてる方に、中島みゆきファンが多いってことが分かりまして・・今日は、リクエストにお答えして、82年の「横恋慕」です。


 この曲はフェイントだよね。タイトルからして意味深だし、
イントロの優美なピアノの旋律からして、これは、究極のバラード? って思わせといて、いきなり

♪ 悪いけど そこで〜 ♪

で、フェイクしーの、テンポアップだもんね。

いや、ほんと、初めて聴いた時は、全く意表を突かれたもんね。
 あれれれ、これって、レコードの「針飛び」って一瞬思ったもの。

 いや、それだけ、それまでのイントロの旋律とは、飛躍してたんだよね。この出だしは。

 それに、「悪いけど」の譜割がいきなし3連譜でしょ。なんかの間違いかと思っちゃいましたよ。ほんとに。

 ただ、近田春夫氏ではないですが、この「悪いけど」の声質がいいんだよね。
 普段しゃべっている感じの「中島みゆき」って感じだし、少なくとも「ひとり上手」な感じではないですよねぇ。
 
 ただ、全般的に、話し言葉口調で、「悪女」から始まった、3部作のなかでは、一番、「素」の「中島みゆき」に近いんじゃないかな・・・って思いますね。

 曲調も一番、ポップで聴きやすいし、3部作最後っていう開放感なんですかねぇ、一番自然な感じがするな。

かつ、一番難しい曲でもあるんぢやないかなぁ。

 たしかに、出だしの部分は、これは、「中島みゆき」ならではの味だとおもうし、だから、他のヒトには絶対マネできないよね。
 それと、サビの部分

♪寝てるふりで 話は聞こえてるはずよ ためしに彼女耳から♪

で、いきなし、それまでで来ないようなメロディラインがでてくるわ、下のEの音まで低音が出てくるわ、Aメロの表情とはまた。別の表情が出てくるんだよね。

 そんでもって、

♪ うそです、ごめんね ♪

で、また、元の表情に戻る。・・と曲の表情がいろいろ変わるんだよね。 この辺、「悪女」「誘惑」にはなかった展開なんだよなぁ。

 しかし、この3部作は、アレンジの船山基紀氏もがんばったんじゃないかなぁ。
 特に、冒頭書いたようなイントロ部のピアノもあるように、この3部作、ピアノ、キーボードを効果的に使ってますよね。戦時も書いたように、「悪女」では、間奏部の印象的なピアノ旋律。この横恋慕ではイントロ部。 一つ前の「誘惑」では、イントロで出しのキーボードでの和音刻み・・・などなど。
 印象的であり、かつ、ポップさも見せるっていうかね。どうも、それまでの中島みゆきの「暗さ」とか「野暮ったさ」臭を消してくれたっていうかね。

 ちなみに、このあと、84年の「ひとり」でも、船山氏がアレンジを担当しましたが、あの曲も冒頭のピアノのメロディが印象的でね。 中島みゆきっていうと、フォークギターかかえてっていうイメージがあるんだけど、船山氏と組んだ時は、まったく、そのイメージが消えるんだよね。これは、不思議。

 「悪女」で、アコギがやや、前面におし出されてるし、「誘惑」でもイントロはアコギがメロディラインを担当しているけど、目立つのはこの程度なんだよね。

 うーん、でも、「わかれうた」とかもそうだしな。でも、ポップさでいえば、やっぱり、船山氏だよねぇ・・・。


 うーん、どうどうめぐりか。。。

 個人的には3部作の中では、聴きやすさという点では、一番、この曲を買いたいですね。


※2005年11月に書いたものの再掲載です。

Oneway Generation / 本田美奈子

1987_02_Oneway Generation_本田美奈子






今日の1曲セレクトは、「Oneway Generation」本田美奈子です。

まずは、いつものようにデータです。

・タイトル    Oneway Generation
・アーティスト  本田美奈子
・作詞      秋元康
・作曲      筒美京平
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1987年2月4日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   20.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月16日〜3月23日付
・タイアップ TBS系ドラマ「パパはニュースキャスター」主題歌

 今日は、昨日、本田美奈子さんが亡くなられたので、予定を変更して書こうと思います。
 何にしようか・・とチョッと迷いまして・・、大ブレイク曲の「1986年のマリリン」にしようかとも思ったんですが、明るくおくってあげたいというのと、人生の応援歌とも言える、「Oneway Generation」を引っ張ってきました。

 ベタであろうがなんであろが、この曲しかありませんっ!!

ベタベタした送り方は、このヒトには合わないかもしれん、最後は明るく送ろうよ。。
 という考えから・・・この曲しかないじゃないですか。


 いつもなら、あのころの「今の季節」にヒットしてた曲ということで書いてるんだけど、今日は、ちょっと季節がずれます
。 ・・が、ご了承くださいね。


 それにしても、突然でしたよね。 いや、そうでもないのかな? 確かに、骨髄性白血病で入院していたというのは、かなり前から報道されていましたが、それでも、徐々によくなってきているという、話も伝わってきていたので、逝ってしまうとは・・・
 やはり突然です!

 ここでは、このあいだ、85年の今頃のヒット曲、「Temptation」を取り上げました。
 あの時も、いくつか書きましたが、本田美奈子を最初に見たのは、85年5月だったか、「8時だよ全員集合」のゲストの時だったと思います。
 いや、その前から知ってはいた。明星の付録のヤンソン、当時は4月号、5月号・・・兎に角「春」の郷に、新人診断のようなコーナーが毎年あった。
 そこで、「本田美奈子」を知ったのが最初だとおもう。
もしかしたら、「オリコンウイークリー」では、もっと早くから載ってたのかもしれないけど、そちらの記憶はないな。
 思い出してみると、やっぱりヤンソンで知ったのが最初だと思う。
 85年5月号に本田美奈子の紹介が載ってる。かならず1人にボイストレーナーの大本恭敬さんのワンポイントアドバイスが載っているんだけど、こう書かれている。

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カンのいい子だとおもう。実に器用に歌を歌いこなしている。
でも、どこか優等生っぽいイメージをうけてしまう。
 とても、難しい曲なのに危なげがなさすぎる。逆にそのこ
とに不安を感じるね。
 (デビュー曲「殺意のバカンス」を聴いて)
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これを読んで、とても、逆に興味を覚えたのは確かだ。
 それから約1ヵ月後、「8時だよ全員集合」で見る機会を得た。
 優等生っぽいイメージは受けなかったけど、たしかにウタはうまかった。
 逆に、うますぎるっていうイメージを受けたなぁ。それに、新人なのにすごく堂々として歌っていた・・これだけは、よく覚えてるな。

 それと、兎に角、体が細かったこと。当時38Kgくらいしかなかったらしい。いや、だからこそ、あの体であそこまで、音量のある(パンチの効いた)声が出ることが不思議だったんだよね。
 そこにまた、興味がでてくるわけで・・・・。


 で、このコが出てきたら、面白くなるって、若干16歳のガキながら、当時、ワタシ思ったのも覚えてる。

 でも、なかなか目が出てこなかったんだよね。
 一部では、歌がうますぎて、アイドル然してないとか言う声も聞こえたりしてきて・・・。

 それから半年後、「1986年のマリリン」で、大ブレイク。

 でもね、よかったね・・・と思う反面、このイメチェン路線は、ちょっと解せない部分もあったな。個人的にはよ。

 だから、お色気路線ではなく、あくまで、「アイドル」というか、「本来」の路線に近い、この「Oneway Generation」がヒットした時の方が、ほんとにうれしかったんだよね。 個人的にはさ。

 この曲は、一番最初に聴いた時、トリハダたっちゃったなぁ。あんまりによくて。
 軽快な、モータウンにのって・・・、イヤなことなんて、全部忘れてしまうような曲調だったもんね。
 
 当時、私は、高校2年の終わり、ついに大学受験に向けて準備しなきゃいけない時期・・・、というのと、別の意味での「春」が同時にやってきて、めちやくちゃモヤモヤしてた時期だったんだよね。

 チョッと前に、マッチの「愚か者」なんか聴いて、みょーに落ち込んだりして。。。
 同じく、キョンキョンの「水のルージュ」もなんか、心を暗くさせる曲だった。

 そんな時に、この曲を聴いて、ほんと立ち直ったよ。 目の前がいっしゅんにしてパッと明るくなった。。というかね。


♪ 人ごみの真ん中、いまいる場所さえわからないように
 自分の生き方が見えないときってあるよね〜 ♪

当時の心境そのものなんだよね。 

 それでも、明るいモータウンのにって、

♪止まらないで、自分の道を すこし間違ってもいいから
 わき目もふらずに ♪

と応援してくれる。 
 分かりきっているかもしれないけど、この曲は本田美奈子からの応援歌なんですよ。
 
 今となっては、最後の応援歌かもしれん。
 だから、今日、引っ張らずにはいられなかったんだよね。

本田美奈子さんは亡くなったしまったけれど、俺たちは、これからどこへ向かっていくんだろう?

 
♪Oneway Generation 今 知らないどこかに向かって
 戻れない片道のチケットと夢だけを信じてたい  ♪

 これだけは、いつまでも忘れないでおきたいよね。
本田美奈子さんからのメッセージとして・・・・。


本当にいい曲をありがとう!




 今日は、何書いてるかわからん。。 途中、文末が「ます」になったり、体言止になったりバラバラだけど、ごめんなさい。


別トピックスも立てさせていただきました、改めて、ここでもご冥福をお祈りさせていただきます。




※2005年11月6日に書いたものの再掲載です。

ファイト!! / 森高千里

1991_11_ファイト_森高千里






今日の1曲セレクトは、「ファイト!!」森高千里です。

まずは、データから〜

・タイトル    ファイト!!
・アーティスト  森高千里
・作詞       森高千里
・作曲       高橋諭一
・編曲       高橋諭一
・リリース日   1991年10月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   26.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位
・タイアップ   フジテレビ系「バレーボールワールドカップ'91」イメージソング


 いきなり「ファイト!!」なんていうタイトル、持ってきたら、はじめて見る人は、意味不明だろうねぇ。。。
ファイト〜 いっぱーつ ・・・なんて、思う人は・・・、いるわけねぇか。

 さてさて、これ始めて3ヶ月以上経ちますが、ようやく、森高千里さんの登場です。
 この曲は、1991年に日本で開催された、バレーボールワールドカップのイメージソングだったんですよね。

 だから、いきなり詞のほうも

♪ 坊主頭の太郎君 日に焼けて 練習したって 補欠だけれど〜 ♪

なんだよね。。。

 あややや?? でもさー、バレーボールって屋内スポーツじゃん。なんで「日にやけんの??」・・とか、今になったら思うなぁ。
 これ、傍から見ると、内容的にバレーボールっていうより、野球なんですけど・・・。

 なんて、ちゃちゃ入れちゃったりして・・・。

 でも、まあ、「汎用性」があるということで・・・。

 この曲は、最初聴いた時から、「トリハダ」ものでしたね。
あ、これは、いい意味でですよ。

 イントロのキーボードのちょっと曇った音色からしていいんだよね。その先の、ちょっと重めのブラスもGood。

 というより、この曲の要は、イントロからずっと後ろでなってるブラスの動きが要だよね。
 これが曲全体を引っ張っている。

 うーん、これは、俺がずっとブラスやってたせいなんかねぇ? つい、耳がブラスのほうに行っちゃうんだよね。
 だから、この曲の場合、あんまりメロディの方に耳が行かないんですよ。

 一番、印象に残るとろこも、間奏だもん。 トランペット、トロンボーンでのコーラルのような響きに、ちゃちいけど、バックの歓声の効果音。 これだけで充分、この曲らしさを表してるもんね。

 森高っていったら、あの、バカみたいな自分で叩いてるドラムだけど、この曲の場合は、どうなんだろ? ちょっとドラムは押さえ気味だから、判断できないんだけどね。

 あ、今知ったんだけど、森高って、アップフロントだったんだ。。。。なるほど、だから、作曲が、モー娘。にも曲を書いてる高橋愉一氏なんだ。
 うーん、よーやく謎がとけましたよ。


 森高は、この曲で、完全にブレイクって感じだったよね。ここから、ヒートアップして、次の年の「私がオバさんになったら」につなげていくんだけどね。
 
 ちなみに、俺と同い年なんで、この時22歳だったんだけど、今ぢゃ、すでに「私はオバさんになっちゃった」ですね・・・(失礼)




※2005年11月に書いたものの再掲載です。

ひとり咲き / チャゲ&飛鳥

1979_11_ひとり咲き_チャゲ&飛鳥






今日の1曲セレクトは、「ひとり咲き」チャゲ&飛鳥です。

まずは、データから

・タイトル    ひとり咲き
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・リリース日   1979年8月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   17.9万枚

 昨日は、ヒット曲聴き始めて27周年っつうことを書きましたが、当時はあくまで、「ベストテン」内の曲しか、聴いてなかったわけで、レパートリー幅は、かなり狭かったんですよね。ベストテン外の曲も聴き始めたのは、千葉に引っ越してくる直前の1982年ごろからかなぁ。ラジオを聴くようになってからですね。
 だから、その間の曲では、随分後になってから、初めて知ったって曲がかなりあるんだよね。
 いや、リアルタイムで聴いてた曲よりは、そっちの方が多いかもしんない。 少なくとも1977年以前の曲は、ほぼ100%後になって知った曲ですね〜。

 特に1980年代終末〜1990年初頭にかけては、リバイバルブームというか、昔の「なつかし系」の番組がかなり頻繁に放送してましたからねぇ。
 特に、フジテレビで1990年元旦の1:00〜5:45に放送された「僕たちの想い出のメロディ'66〜'84」、のちの「19××」には、かなり触発された部分があるなぁ。20年分の曲を4時間45分、CM以外はノンストップで紹介されたでしょ。かなりの曲数がかかりましたよね。 
 あれで、初めて知って、その後レコード買いあさった曲ってかなりあるんだよね。

 じつは、このチャゲアスのデビュー曲、「ひとり咲き」もその時、初めて聴いたんですよ。
 
 単純に、「あ、これ、いい曲」って最初から思ったなぁ。
それまでの私にとっては、チャゲアスの最古の曲は、例の「万里の河」だったんだよね。
 あの曲は、ヒット当時から大好きで、実は、自分で意識して買った一番最初のレコードなんですよね。
 
 当時、チャゲアスって大好きでさぁ。一生懸命歌うでしょ。ほとんど、力任せに歌ってましたよね。2人とも。
 それが、なんか、初々しくてねぇ。 曲も、後のロックテイストではなく、正統派の叙情派フォーク、うーん。というかフォークロックで、シンプルな曲でしたもんね。

 でも、こちらにヒシヒシと伝わるものがあって、一発で好きになっちゃいましたもん。

 で、「ひとり咲き」ですが、これも、「万里の河」に負けず劣らずの名曲なのよ。
 「万里の河」が背景的に中国的な雄大さとしたら、「ひとり咲き」は、ジャパニーズアジッドですね。ほんと、日本的な叙情派なんですよ。
 あー、へたすると、今だったら、「演歌」になっちゃうかもしれない。 よく、演歌フォークとかとも言われてましたもんね。この曲。
 これは、曲調的なところもそうだったけど、チャートアクション的にも、演歌っぽい動きを見せてましたからねぇ。
 最高は24位ながら、100位内になんと、31週もランクインされていたんですよ。
 上がったり下がったり、実に息の長いヒットだったんだよね。 そのおかけで、最高位はそれほど、行かなかったけど、最終的には18万枚あまりのスマッシュヒットになったわけです。

 この曲も、思い入れたっぷりに歌ってましたよねぇ。あの力任せの歌い方が、初期のチャゲアスの特徴だよね。
 いつも、あんな感じだったので、飛鳥は、当時ステージで、よく、痙攣起こして倒れてたらしいですね。酸素不足で。

 この曲は、1979年5月の第17回ポプコンの入賞曲なんですよね。当時は、優勝間違いなし・・という前評判だったらしく、本人たちもその気だったようですが、本番で歌をとちって、優勝できず、入賞どまりというエピソードがあったようです。
 まあ、そのような前評判が立っていた曲ですから、曲としては、すでに出来上がった曲だったわけですね。

 で、この曲、初めて聴いた時から、私、すっかり気に入っちゃいまして、いまでは、カラオケの十八番っすよ。
 もちろん、当時を知ってる同年代以上の方と出ないと歌わないけど・・。



 ちなみに、チャゲアスって、その後も秋から冬にかけて、結構いい曲書いてるんだよね。
 
 1980年 万里の河
 1981年 男と女
 1982年 北風物語
 1986年 指環が泣いた
 1987年 ロマンシングヤード

 などなど

 それらにかんしては、また、後日。

 しかし、今日は、自分のサイトでも、長文かいたし、いったい、何文字書いてんだろ・・・?

 やばい、メガネの度が合わなくなってきた。PCの画面がゆがむ・・・・。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。

勝手にシンドバッド / サザンオールスターズ

1978_11_勝手にシンドバッド_サザンオールスターズ






今日の1曲セレクトは、「勝手にシンドバッド」サザンオールスターズどえーす。

まずはデータから

・タイトル     勝手にシンドバッド
・アーティスト   サザンオールスターズ
・作詞       桑田佳祐
・作曲       桑田佳祐
・編曲       サザンオールスターズ  斉藤ノブ
・リリース日    1978年6月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    51.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月11日〜11月20日付

サザンの「勝手にシンドバッド」?? なんでまた、こんなメジャーすぎるくらいの曲なんだぁ・・?
 ・・・とお思いかと存じますが、昨日11月2日とこの曲は、私にとっては、縁が深い!

 昨日は、体調不良でダウンしちゃって、すっかり忘れてたけど、昨日11月2日は、私にとって、今の業界(エンターテイメント業界)にいる限りは、忘れられない日だったんだっけ・・・。

 あれは、27年前の11月2日、初めて「ザ・ベストテン」を見たのだ〜。 今の俺の原点、すべてはあの日から始まった・・・といっても過言では全然ない。

 もしも、あの日あの時、君に出会わなかったら、僕は今頃どんな事をしてるのだろう?

 こんな詞の曲があったような気がするけど、まさにそんな感じ。もし、あの日、あの時、「ベストテン」を見てなかったら、俺、今頃何やってたんだろ?

 少なくとも、今の業界にはいなかったろう・・ってことは、はっきり言えますね。

正直言って・・ってもう、何回も書いてるけど、「ベストテン」を見る前って、俺、「歌謡曲」がキライでねー。 なんせポールモーリアだったから。
 「歌謡曲」って、あのころの他の歌番組とかバラエティとかみても、なんか、チープな感じが好きになれなかったんだよね。 そうそう、音が薄っぺらくてチープっていう印象がつよくてさ。
 
 それが、「ベストテン」で認識がガラッと変わったわけ。これは、もう、昨日まで、天動説支持してた奴が、瞬間、地動説支持になったという、俺にとっては、文字通り、コベルニクス的な大変動ですよ。
 
 なにがそうさせたんだろう?

 久米宏と黒柳徹子のMCもしかり、ゴージャスなセットしかり、バックのオーケストラの音の厚さもしかり・・・。
 兎に角、ゴージャスな雰囲気が、惹きつけたんだろうな。

 それと、今まで聴いたことなかったような音楽、そう、ニューミュージック系のアーティストですね。
 
 それまで、ニューミュージック系のアーティストって歌番組にあんまりでなかった・・・というより出してもらえなかったんだよね。だから、ガキの俺らの耳にはなかなか入らなかったんだけども・・。
 衝撃的だったよなぁ、ツイストなんかさ、カッコエカッタもんねー。 それ以上に衝撃的だったのは、サザンオールスターズですよー。

 もちろん、当時は、この「勝手にシンドバッド」でランクインしてたんだけどさ。
 もう、衝撃の嵐。今までに感じたことないフィーリングですよ。これはもう、言葉では表せんですわ。

 とにかく、型破り、常識破りだったよねぇ。 何言ってんだかわかんない歌詞。・・その歌詞だって、表してみりゃ、文法がぶっ壊れてるし・・・。


 ♪ 砂まじりの茅ヶ崎 人も波も消えて
   夏の日の思い出は ちょいと瞳の中に消えたほどに♪

ですもんね。
 「消えたほどに」なんつう歌詞は、それまでなかったですよ。ちゃんとしたヒット曲には。 

 これぞエンターテイメントですよ。 オンリーワンな世界じゃん。エンターテイメントはこうでなくちゃ。


 でも、まあ、大人たちには、叩かれまくりだったよねぇ。
ウチの親父なんて、ばか怒りしてましたもん。テレビに向かって「ヘタクソー」って叫んでましたよ。

 オトナには理解不可能な世界だったんだろうね。このグルーブ感は。
 まあ、今となってみりゃ、自分がその「オトナ」の入り口なんだけどさ〜。
 いつまでも不感症にはなりたくないよねぇ。

 この曲は、それをいつまでも警告してくれるような曲ですわ。ワタシにとっては。。。


 あ、そーそー、12月1日のサザンの東京ドームライヴ。チケット取れたんで、行ってきまーすワ。
 この曲は、絶対やるだろうしね。


ちなみに、私が初めて「ザ・ベストテン」を見た、1978年11月2日のランキングは、以下の通りでーす。

1位 銃爪        世良公則&ツイスト 9039点
2位 きみのひとみは10000ボルト
             堀内孝雄      8586点
3位 LOVE(抱きしめたい) 沢田研二      8346点
4位 透明人間      ピンクレディー   8233点
5位 季節の中で     松山千春      7946点
6位 ブルースカイブルー 西城秀樹      7806点
7位 絶体絶命      山口百恵      7756点
8位 勝手にシンドバッド サザンオールスターズ7309点
9位 ハリウッドスキャンダル 郷ひろみ    6946点
10位 グッドラック    野口五郎      6703点

 この週は、野口、郷、西城の新御三家が勢ぞろい。さらに、松山千春が初登場(ランクイン)。
 ツイストは9週目の1位。最終的には次週も1いを獲得して10週連続1位でしたね。

 それにしても、豪華な顔ぶれですわ。まさに「ベストテン」って感じだよね。


※2005年11月に書いたものの再掲載です。
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