かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

想い出の九十九里浜 / Mi-Ke

1991_03_想い出の九十九里浜_Mi-Ke



今回の1曲セレクトは、「想い出の九十九里浜」Mi-Keです。

 まずはデータから

・タイトル     想い出の九十九里浜
・アーティスト   Mi-Ke
・作詞        長戸大幸
・作曲        織田哲郎
・編曲        織田哲郎
・リリース日   1991年2月14日
・発売元     BMGビクター
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数   48.0万枚
・THE HIT CHARTHOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1991年3月4日〜4月22日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ナースステーション」主題歌

 季節ごとによく、九十九里までドライブに行くんだよね。
 自宅から九十九里、外房までは、車飛ばせば1時間弱。思い立ったらドライブ。 郊外に家があるとこういうときはいいよね。都心だったら、なかなか思い立って九十九里まで、気安くは行けんでしょ。
 こういうところが、ワタシが都心に住めない理由ですね。たとえ、通勤に時間がかかってもさぁ。

・・というわけで、「想い出の九十九里浜」。。。。

 まあ、この曲が出た、前年の「おどるポンポコリン」で勢いにのった、ビーイング系がほとんど、アゾヒ感覚でリリースした、第2弾曲って感じだわね。
 Mi-Keは、BBクイーンズのバックコーラスの女の子3人グループなわけで、これまた、冗談からコマのようなグループでしたね。
 当初の曲は、ほとんど、60年代のパロディ。しかも、ほとんど、この時代を知らないヒトたち向けっていうのがミソね。

 この曲、「想い出の九十九里浜」は、もろGSサウンド・・・。
 だけでなく、歌詞にも、有名なGSの曲のタイトルがちりばめられているんですよね。
 逆にいうと、それだけで、歌詞自体に特段意味なんてないんですよ。。。まさにパロディ。。。
 だから、「九十九里浜」になんか意味があるかというと、これまた、なんもないんだよね。湘南でも良いし、どっか地方の海岸でもいいわけです。

ちなみに、歌詞に含まれているGSソングですが・・・

・夕陽が泣いている ⇒ザ・スパイダース(1966年)
・君だけに愛を   ⇒ザ・タイガース(1968年)
・花の首飾り    ⇒ザ・タイガース(1968年)
・好きさ好きさ好きさ⇒ザ・カーナビーツ(1967年)
・神様お願い    ⇒ザ・テンプターズ(1968年)
・バラ色の雲    ⇒ヴィレッジシンガーズ(1968年)
・長い髪の少女   ⇒ザ・ゴールデンカップス(1968年)
・遠い渚      ⇒シャープホークス(1967年)
・真冬の帰り道   ⇒ザ・ランチャーズ(1967年)
・いつまでもいつまでも ⇒ザ・サベージ(1966年)
・あの時君は若かった⇒ザ・スパイダース(1968年)

・・・・ってな感じかな。

 Mi-Keってこんな感じの曲ばっかで、同じようなGSのタイトルを単に並べた「白い白い白いサンゴ礁」ってのもありましたな。
 こんな冗談のような曲でも売れちゃってたんだから、あの時代、本当の意味での「バブル」だったんだよねぇ。

 しかし、これ作ったの、織田哲郎氏なんですが、織田氏ってGS好きだったんでしょうか? なんか、織田哲郎とGSってどうにも結びつかないんだけどねぇ。 
もちろん、織田氏の年代だったら、少年期にGSは通ってきただろうけど・・・。普段やってる音楽とどうも違いすぎるんだよなぁ・・・。ゴールデンカップスくらいは、マジメに経験してそうだけど・・・・。

 まあ、企画のビーイング、遊びのビーイング。こういう、企画物にのれるかどうかがビーイングで生きていけるかどうかってところですわな。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

太陽を抱きしめろ / セイント・フォー

1985_03_太陽をだきしめろ_セイントフォー







今回の1曲セレクトは、「太陽を抱きしめろ」セイント・フォーです。

 まずはデータでーす。

・タイトル       太陽を抱きしめろ
・アーティスト     セイント・フォー
・作詞         森雪之丞
・作曲         加瀬邦彦
・編曲         京田誠一
・リリース日      1985年3月21日
・発売元        リバスター
・オリコン最高位       15位
・売上げ枚数      6.2万枚
THE HITCHART HOT30最高位 17位

 いよいよ、満を持しての登場! その名も「セイント・フォー」!

・・・・などと、紹介した方が盛り上がるかな

「セイント・フォー」・・ねぇ、いまだったら、そのまんま「正義の味方」にでもなりそうですわね。
 
 などと、つい、おちょくりたくなっちゃうんだけどねぇ。

 いつぞや、「少女隊」の時も、数十億の巨額な金額を投資してのデビューとか書いたけど、このヒトたちも、そこまでは行かなくても、かなりの大金をつぎ込んでデビューした、超スーパーアイドル・・・・

・・・・・候補だったんだよね。 まあ、結果は歴史が証明しているんだけどねぇ。。。
 正直、いったいいくらの「赤字」を出したんだろ? ってくらい「売れなかった」ですよねぇ。。


 うーん、何がいけなかったんだろうねぇ・・。やっぱ、巨額な・・云々っていうのが、先行しちゃって、どうも、落ち着いて音楽聴けなかったってのもあるんではないかねぇ・・・。

 このコたち・・・・っていったら、年上なのに失礼か・・・結構ルックスはよかったんだけどね。同じ頃デビューしたアイドルの中では。ウタもまずまず・・・・。

 でも、結局は、飽和状態だったんだろうねアイドルも。

 デビュー曲の「不思議TOKYOシンデレラ」なんて、今聴くと、結構いいんだけどね。結構緊張感があったりして・・。決して駄作ではないと思うんだよなぁ。
 売れた曲でも、これより「駄作」とおもう曲はいくらでもあるよ。
 ボーカルもはつらつとしてて・・・。どったかというと体育会系のノリっぽいのが、アイドルとしては、珍しかったかなぁ。


 この「太陽に抱きしめろ」も「不思議TOKYOシンデレラ」の延長線的な曲なんだよね。
 ちょう大げさでクサイ系なギターサウンドとシンセのイントロではじまり、延々と体育会系の、元気いっぱいの勢いでおしてく・・・・って感じの曲なんだよね。

♪ 熱い太陽を 抱きしめて 夢だけを追い続け
  NON-STOP 駆け抜ける  ♪

 いいねえ、体育会系だねぇ、青春だねぇ・・・・。

 と思いきや・・・

♪ 好きです あなたひとりが ♪

 なにこれ? そのまえと繋がらないじゃん・・・・。

 結局、ココに持って行きたいのね。かなり強引だけど・・・。
 全体的にワタシは好きなんですが、 なんか、その部分が引っかかるんだよなぁ・・この曲。

 さすが森雪之丞氏。よくわかんない詞をお書きになる。。。
それと、加瀬邦彦氏が純然たるアイドルに関わってきているってのも、たしかに面白かったですね。

 でもでも、やっぱり売れなかったんだよなぁ・・。この曲の6.2万枚がセイントフォーの最高セールス。

ちなみに、メンバーは、岩間沙織、鈴木幸恵、浜田範子、そして、メガネ萌え〜の板谷祐三子の4人。

 解散後、鈴木さんと浜田さんは、ロックバンド結成、板谷さんはモデル、岩間さんはタレント(最近はレポーター?)とそれぞれの人生を送ってらっしゃいますな。。。

 まあ、再三、売れなかったと書いてますが、それでも、後年の歌って踊れるアイドル集団・・・東京パフォーマンスドールやSPEEDの原型なのは、間違いないところですよね。



なつかしのテレビ東京「おはようスタジオ」



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

南風 / 太田裕美

1980_03_南風_太田裕美






今回の1曲セレクトは、「南風」太田裕美です。

まずは、データでーす。

・タイトル     南風 〜South Wind〜
・アーティスト   太田裕美
・作詞       網倉一也
・作曲       網倉一也
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1980年3月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  22位
・売上げ枚数    11.5万枚
THE HITCHART HOT30最高位 20位
・タイアップ:キリン「キリンオレンジ」CM曲

 昔は、レコードのリリース日って、1、5,10日以外に、21日リリースって多かったんだよなぁ。 
最近は、毎週水曜日ってリリース日が決まっちゃっているから、21日が水曜日にならない限りそうでもないんだけど、少なくとも80年代までは、毎月21日というのが、リリースのひとつの山で、とくに四半期と決算期を抱えた3/21リリースっていうのは、数が多かったんだよねぇ。
 もちろん、ここからヒットした曲も多いわけで・・。ということで、暫くは3/21リリースの曲が続きそうなので、まずは、ちょっと早めに引っ張って来ることにしましたワ。

 太田裕美 「南風」

 って、ほとんど「みなみかぜ」ってよんぢゃうんだけど、「サウスウインド」が正解のようです。本当は。

 この曲を聴くと、決まってどっかに行きたくなるんだよね。「ドライブしたい」病がムクッ。。。。
 この爽快感は、これからの季節にピッタリですよ。適度なスピードで海沿いを走りながら、この曲をカーステから流す・・・っていうシチュエーションにゃピッタリですよね。

♪From the radio 天気予報 週末は晴れそうです 
 それなら自慢の車に乗り 浜辺へ行こうか ♪

 いいじゃありませんか。 その気になっちゃいますよ。

 「南風」っていうタイトルにピッタリの温度感と、匂いですよね。

 それまで、どちらかというと、松本隆−筒美京平の強力ラインの「歌謡ポップス」よりっていう印象が強かった太田裕美だけど、70年代も終盤に差し掛かって、前の年の79年あたりからは、筒美京平の手から離れて、ちょっと方向転換が見えてきた頃ですよね。このころは。
 自分で作曲した「シングルガール」などのシングルをはさんで、この曲となるわけだけど、この曲は、網倉一也氏のプロデュース。
 どちらかというと、詞の内容、曲調から言って、ニューミュージック系の若干、大人向けの内容になってますね。
 それまでが、高校生くらいが対象だったとしたら、この曲は大学生を対象にしてるって感じね。

♪ 君は光のオレンジギャル ♪

 この言葉遣いは時代を感じるよね〜。少なくとも「ギャル」って言葉は、いまや「死語」ぢやないかなぁ。
 でも、あの時代は「イマイ」かったし、「ガール」よりは、大人びた言葉だったんだよね。

 この辺からも、そりまでよりは、上の年代を意識した曲だったんだよね。

 網倉氏も、そのまえの郷ひろみの「マイレディー」からのってきたころでしたしね。このひとのメロディは、カラっとした空気感がいかにもアメリカンポップスを下敷きにしてるぞっていう、手触りがいいんですよね。
 ヨーロッパ系、ジャパニーズアシッドのような湿り気がない。
 丁度、あのころは、そういう曲が好まれてきた時期でもあるしね。時代的に網倉氏のような曲があってたんだよね。

 ただ、サウンドは若干、古いかなぁ。既に80年代に入ってたんだけど、まだ、70年代の匂いを引きずっていたな、この曲までは。
 そして、この曲のリリースから10日あまり。同じくCBSソニーからリリースされた1曲が、この70年代を引きずった「空気」を一変させたんだよね。
 そうです! 松田聖子の登場! ・・となるんだよね。

 この曲は、そんな端境期にあった、「70年代」を髣髴させる「最後」の曲ぢゃなかったかな。

 ちなみに、この曲は、当時のキリン「オレンジ」のCM曲。キリンが提供だった「ベストテン」のCMではよくかかってましたよね。



うーん、↑で、「South Wind」が正解です・・・なんて書いちゃったけど、動画のなかで「みなみかぜ」って言っちゃってますねぇ。。。。
いずれにしても、この曲は、本当に懐かしい。聴くと、80年当時が鮮明に蘇りますわ。



よろしかったら、ポチッと押してね。
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

春咲小紅 / 矢野顕子

1981_03_春咲小紅_矢野顕子







今回の1曲セレクトは、「春咲小紅」矢野顕子です。

まずは、データでーす。

・タイトル       春咲小紅
・アーティスト    矢野顕子
・作詞         糸井重里
・作曲         矢野顕子
・編曲         YMO
・リリース日     1981年2月1日
・発売元       ジャパンレコード
・オリコン最高位   5位
・売上げ枚数     37.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1981年3月16日〜4月27日付
・タイアップ:カネボウ'81年春のキャンペーンソング


 さきほどセレクトした、島田奈美「タンポポの草原」の作曲者の井上ヨシマサ氏がデビューしたのは、「テクノバンド」のコスミックインベンションということでしたが、もとはといえば、YMOジュニアということで、デビューしたきっかけもあったのよね。このバンド・・・
・・・ということで、「テクノ」つながりで、今回はこの曲を引っ張ってきちゃいました。

 「春咲小紅」 矢野顕子 女史

何を隠そう、YMOの坂本龍一氏の奥方ですな。

 そういうこともあってか、この曲は、「ほぼ」テクノミュージック。
 「ほぼ」というのは、完全というわけではないってことね。たしかに、バックには、YMOのメンバーがいたりして、今から考えても至極豪華なんですけど、ストリングスを入れたり、本人は「生」ピアノ弾いてたりしたんで、テクノっぽいポップス、いうなれば「テクノ歌謡」ってぽいノリでしたね。

 まあ、もともとこのヒトは、テクノとは無縁のところで音楽やってましたしね。
 ・・・・いや、もとを正せば、YMOの3人だって、テクノとは無縁の音楽から出発しているわけだけども。。。

 とにかく、あのころって、シンセが入ってればなんでも「テクノ」だったかんね。今だったら、絶対に「歌謡曲」に分類したく曲でさえ、シンセが入ってるってだけで、あの時代は「テクノ」だったから。。

 この曲は、81年のカネボウの春のキャンペーンソング。だからかな、このヒトにとっては、かなり「まとも」でキャッチーなメロディラインですよね。
 とりあえず、「普通」に聴けるってね。 なにせ、このヒトは普段は、そのわけ分からない「哲学的」な音楽が持ち味ですからね。その辺が坂本龍一氏ガ惚れ込んだんではないですかねぇ。
 まあ、この曲は、YMOも売れたので、ちょっと有名になりましょう、見たいな一種の「お遊び」的感覚ですよね。

 作詞の糸井氏の「詞」にしたって軽いですしね。 まあ、このヒトはいつも軽いポップな詞が売りなんだけども。

♪ホラ 春咲小紅 ミニミニ 見に来てね〜 ♪なんでいうのは、いかにも糸井氏らしい世界ですよね。

  それでいて、全体的な温度感はいかにも「春」っていう、ホンワカした、春っぽい温度感と躍動感を保ってる。そのへんがこの曲のいいところなんだよね。

 ベストテンでは、一度、ホントにYMOをバックに従えてこの曲、演奏したことありましたよねぇ。あれは、ほんとに豪華だった。まあ、いまでは、やってくれっていったら、随分吹っかけられますよ、ギャラを。
 まあ、そのまえにYMOは散開して、もうすでにいないけど・・。

 そのYMO、2年後に「君に胸キュン」で、カネボウのキャンペーンソングに登場。なんだかんだいうても、結構夫婦そろって、好きみたいですね。お遊びが・・。

 この「春咲小紅」が使われたカネボウ81年のキャンペーンCF(コマーシャルフィルム)って覚えてますか?
 中国の川に行きかう船にモデルのおねーちゃんがのってた図柄でしたよね。

↓ コレッ!


 うーん、どうも当時は「テクノ」的、イコール「中国」っていう図式でしたよねぇ。
 これは、YMOが「人民服」着てたのと、喜多郎のシルクロードっていうところから、中国なんだろうね。
 まあ、安易っちゃ安易だけど・・。

 この曲とは関係ないけど、当時は、丁度チャゲアスの「万里の河」も大ヒットしてたりして、ちょっとしたチャイニーズブームだったこともあると思いますけどね。



上で書いたように、YMOをバックに・・・っていう動画があったんで、リンクしたんだけど、音がめちゃくちゃ悪いです。メンゴ。
 矢野顕子ってヒトは、昔から全然変わらないなぁ・・・なんて思ってたけど、やっぱり、心なしか若いかなぁ。
 そりゃ、まあ、34年前だからね。。。。
 坂本美雨さんは、このとき、まだ生後10ヶ月ですね。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

タンポポの草原 / 島田奈美

1988_03_タンポポの草原_島田奈美







今回の1曲セレクトは、「タンポポの草原」島田奈美です。

まずはデータでーす。

・タイトル     タンポポの草原
・アーティスト  島田奈美
・作詞       松本隆
・作曲       井上ヨシマサ
・編曲       井上ヨシマサ
・リリース日   1988年2月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   3.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位


 昨晩書いた、NOKKOの「人魚」もそうだけど、春風が吹いてくると、決まって脳裏をかすむ曲がまだあるんだよなぁ。西村知美の「サクラが咲いた」とかね。
 そうそう、今頃だよなぁ・・・。27年前の春。ワタシは高校卒業の時だ。そして、ワタシャ「サクラが咲く」どころか、「サクラ散る」・・・大学受験に失敗して、今は無き某二流予備校K学館津田沼校に手続きを済ませた頃だ。
 「男らしく潔く・・・」とかいう歌詞の曲があったけど、潔かったねぇ、すぽっ・・・と浪人したもんなぁ・・。
 まあ、粘ってもムダだと判断したからに他ならなかったけど・・・。なにせ、高校時代に勉強したことなかったから・・・
それでも、勉強は「あほ」がするものだと自惚れてた私がいたんだけど、世の中そんなに甘くないっちゅう訳だ。

 でね。そのころ、ワタシの中で「サクラが咲いた」の対になってたのが、この「タンポポの草原」なんですよね。
 
 対になっていた・・・・といっても、特段の意味があるわけではなく、そのころ「ザ・ベストテン」から録音したテープで、「サクラが咲いた」の次に「タンポポの草原」が入ってたからに他ならない。めっちゃ他愛もない話ですよ。
 でも、ワタシん中では、「サクラが咲いた」⇒「タンポポの草原」っていう順番が頭の中ではできちゃっているんだよね。

 それにしても、この曲は「癒し」だよねぇ。たしかに典型的なアイドルの曲と言っちゃ、それまでなんだけど、どうして、こんなに心が安らぐの?、この曲聴くと。

 ♪見渡す限りのタンポポの草原、フワフワそよ風 白い羽が飛んでく〜 ♪

 難しい言葉を使っているわけぢゃない・・・けど、景色が浮かんでくるよね、このあたりが優しい気分になってくるんですよ。松田聖子の時とは、随分浮かんでくる絵は違うけど、さすがに松本印ブランドの詩ですわ。

 それと、井上ヨシマサのメロディですよね。このヒト、顔に似合わず、 
どうして、こういうソフトなメロディがかけるんだろ? ソフトなメロディアスな曲を書かせたら、このころは右に出るヒトはあんまりいなかったんぢゃないかなぁ。
 「角ばった」音が多かったこの時代に、このヒトのメロディは、丸かったんだよね。思わず、遠い昔を思い出させてくれるような優しい感じなんだよね。 
 前の年の小泉今日子の「スマイルアゲイン」とかね。ワタシ、あの曲でも涙しましたもん。

まあ、この「タンポポの草原」の最後の部分は、もろ「スマイルアゲイン」のフレーズをそのまま使っちゃってますけどね。。。。 

 BUT、その後、中山美穂の「Rosa」で見せたような変貌振りもすごかったね。

 で、現在はAKBのコンポーザー・・・と。ホント、長い間「アイドル系」を中心に曲を書いてるよなぁ。息が長いコンポーザーですわ。

 このヒトは、その昔・・・えーと、34年前の1981年にコスミックインベンションっちゅう、中高生5人組のテクノバンドのキーボードでデビューしてるんだよね。
・・・といっても、覚えてるヒトは少ないかなぁ。

 そして、肝心の島田奈美。 とりあえず、妹にしたかったですね、ワタシ
たしか、ワタシより2つ年下だったな。デビューは、TBS系ドラマ「おぼっちゃまにはわかるまい」だったけな。とんねるずが主演だった、はちゃめちゃドラマ。
 ウーン、でも、たしかに、顔はカワイかったけど、性格はキツそうに感じたなぁ。 だから、見た目以上にはのめり切れなかったんだよね。このコには。
 今は何されてるんでしょ!?
 


うーむ、この曲、PVなんてあったんだ・・・。
曲内容と、全然合ってないのが、当時のPVらしいわな。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

人魚 / NOKKO

1994_03_人魚_NOKKO







今回の1曲セレクトは、「人魚」NOKKOです。

まずはデータでーす。

・タイトル     人魚
・アーティスト   NOKKO
・作詞        NOKKO
・作曲        筒美京平
・編曲        鄭東和(テイ・トウワ) 清水信之
・リリース日   1994年3月9日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   65.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1994年3月28日〜5月23日付
・タイアップ   フジテレビ系「ぼくたちのドラマシリーズ 時をかける少女」主題歌

 春先の雨と、春の風の匂い・・・っていうシチュエーションの季節になると決まって思い出す曲があるんですよね。
今日、引っ張ってきた、NOKKOの「人魚」なんてのは、そんな1曲だなぁ

 まあ、人それぞれ想い出があると思いますが、ワタシの場合、この曲を聴くと決まって思い出すのが、大学の卒業の時と、最初に就職した会社の新入社員研修なんですよね。ワタシの場合。
 とにかく、約1ヶ月間研修所にカンヅメにされて、イヤでイヤでしょうがなかったあの時が脳裏に浮かんでくるんですよねぇ。あれから21年かぁ・・・。
 イヤだ、イヤだ思いながら、サラリーマン、21年もやってるのね、ワタシ。  あの時を考えると今が信じらんないねぇ。

 でも、この曲は、すごかった。インパクトの塊だったですね。まずもって、意表を突かれるって言うのは、このことか・・って言うくらいのインパクトだったな。最初聴いた時。
 NOKKO。いわずと知れた、あの「レベッカ」のボーカリストですよ。
 当然、ワタシの頭の中には、「レベッカ」のイメージしかなかったんですよ。
 そのつもりで聴いたら、いきなりイントロの部分のストリングスが勢いよく入ってくる。その先も、およそ、ロックのイメージには程遠いような、クラシックの歌曲をイメージさせるような荘厳な展開。

 これは、また、筒美氏に一本とられた・・・って、まず、思ったなぁ。たぶん、筒美氏は、NOKKOのボーカルをクラシックのオペラ歌手に例えたんぢゃないかなぁ・・。そんな感じがしますね。
 それにくわえて、テイトウワ氏のアレンジがまた、すごいんだよね。このストリングスの音色を中心としたシンセサウンドは、テイトウワならではのものでしょう。

 兎に角、「衝撃的」といういみで、完全に打ちのめされた1曲でした、ワタシにとっては。

 この曲は、フジテレビのドラマ「時をかける少女」の主題歌でもあったんだよね。
 さいきん、とんと見かけなくなった、内田有紀が主演だったようですが、さすがにワタシは、見てなかったなぁ。。。
「時をかける少女」は、原田知世でしょ。。。。
 で、このドラマについて調べてたら、コレに安室奈美恵も出てたんだってねぇ。。。。「TRY ME」でのブレイクの丁度1年前だ。当然、SUPER MONKEYSの頃だね。ちょっと驚き。
 調べてみると、結構、覚えていないところで、「え? あのヒトが??・」って言うのがありますねぇ。。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ J-POPへにほんブログ村

Hey Lady〜優しくなれるかい〜 / 庄野真代

1980_03_Hey Lady_庄野真代






今回の1曲セレクトは、「Hey Lady〜優しくなれるかい」庄野真代です。

 まずは、データからです。

・タイトル    Hey Lady〜優しくなれるかい〜
・アーティスト  庄野真代
・作詞      庄野真代
・作曲      庄野真代
・編曲      瀬尾一三
・リリース日   1980年2月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   27.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1980年3月24日 4月7日〜14日付
・タイアップ:コーセー化粧品'80年春のキャンペーンソング

 史上まれに見る、化粧品春のキャンペーンバトルを演じた、80年春のキャンペーンソングスペシャル、最後は「Hey Lady〜優しくなれるかい〜」です。
 
 この曲はコーセー化粧品のキャンペーンソングだけど、それまで化粧品のキャンペーンソングって、カネボウvs資生堂の「2強」対決が続いてきたところに、初めて割って入ってきたのが、この曲ですね。

 あ、いや、それまでもCMソングはあったのかも知れない(覚えてないけど)。あくまで、「コーセー」のキャンペーンソングとして、ヒット曲戦線に絡んできた曲は、この曲が初めてって言うことですね。

 ただね、ここまで、80年春は3強って書いてきたけど、実際は、この曲だけ、若干ランク的には弱かったんだよね。
 「不思議なピーチパイ」と「唇よ熱く君を語れ」は、ランキング上2曲でデットヒートを繰り広げていたけど、この曲だけは、ちょっと下のほうでジミーにランクしてた印象が強いなぁ。
 実際、ワタシのチャートでもベストテン入りは3週のみ。しかも、一度ベストテンから落ちてますしね。

 FM東京の「コーセー歌謡ベストテン」はどうだったんだろ? あの番組、(当たり前だけど)コーセー化粧品のキャンペーンソングは強かったからなぁ。。。。。

 だけど、紛れもなく、この曲も「不思議なピーチパイ」と「唇よ熱く君を語れ」同様、同時期に「ベストテン」入りしてたわけだからね。
 長い間、S社vsK社対決が続いた、化粧品キャンペーンソングで「3社」が同時にベストテン入りしたことは、この時だけじゃなかったかなぁ。
 それだけに、この80年春のキャンペーンがいかに熾烈だったかが分かるよなぁ。


 曲のほうも、他の2曲に比べたら、若干地味目かなぁ。
・・・というより、落ち着いてるんだよね。曲調が。サラリとしているというかね。
 CMで使われていた、サビの

 ♪Hey Lady Just a Lady やさしくなれるかい〜 ♪

のところは印象がつよかったけど、他のメロディは、少々印象弱めだったからなぁ。

 庄野真代っていったら、どうしても

 ♪飛んでイスタンブール〜 ♪

って来ちゃうんだけど、でも、この曲もジックリ聴きこむと、「飛んで〜」に負けないくらいの佳曲ですよ。
 「飛んで〜」は、筒美京平氏の作品だったけど、この曲は自作なんだよね。このヒトもたいした才能の持ち主ですよね。

 個人的には、この時のキャンペーンソングとしては、「今」はこの曲が一番好きだな。

 たしか、この曲のヒット後、ご主人の作曲家 小泉まさみ氏と、世界一周の旅に出られたんだよねぇ。
 
 まあ、その影響大で、この曲を最後にベストテンからは遠ざかりました・・・
 というか、オリコンにランクされたのは、このあと1曲のみ・・という。。。

 それにしては、未だにしっかり残っていますね、アーティストとしては。

 やっぱり、ヒット曲を持っているっていのうは、強いよねぇ。



それにしても、なぜに、こんな「しょぼい」動画しか無いのよ!?
まあ、存在自体がジミーだった、この曲ならでは・・・って感じなのかなぁ?
一応、庄野さん本人が歌っているのでリンクしました。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

唇よ、熱く君を語れ / 渡辺真知子

1980_02_唇よ、熱く君を語れ_渡辺真知子






今回の1曲セレクトは、「唇よ、熱く君を語れ」渡辺真知子です。

まずはデータでーす。

・タイトル     唇よ熱く君を語れ
・アーティスト   渡辺真知子
・作詞       東海林良
・作曲       渡辺真知子
・編曲       船山基紀
・リリース日    1980年1月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    42.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1980年3月17日〜5月12日付
・タイアップ: カネボウ'80年春のキャンペーンソング


 80年春の化粧品キャンペーンソングスペシャル、第2弾は、渡辺真知子「唇よ熱く君を語れ」でっす。

  この曲は、渡辺真知子としては、本当に久しぶりのヒットで、78年の「ブルー」以来、約1年半ぶりのベストテン入りとなるんですよね。
 当時、私もすでに「過去のヒト」という意識があった方のカムバックは感激したなぁ。

 曲調も、そのまえまでとは随分違ったイメージがあるんですよね。アレンジは、ずっと船山基紀氏で変わりないんだけど、この曲は、それまでの曲に比べるとアグレッシヴさと、カラっとした温度感というのかな、春〜初夏を思わせる温度感がありましたね。 この辺は、「春真っ只中」のホンワリ感を連想させる「不思議なピーチパイ」とは、正反対的な曲だったよなぁ。


 BUT、ランキング上では、この2曲での「壮絶な」つばぜり合いを演じていたんですよ〜。

 その辺を当時のオリコンで週間ランキングと、週間売り上げを追いかけてみると

1980/3/10付
10位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 29,140枚
11位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 24,170枚

1980/3/17付
4位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 44,540枚
5位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 44,280枚

1980/3/24付
4位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 39,590枚
5位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 39,000枚

1980/3/31付
4位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 37,730枚
5位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 36,480枚

1980/4/7付
4位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 38,750枚
5位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 36,810枚

1980/4/14付
3位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 36,750枚
5位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 35,490枚

1980/4/21付
4位 唇よ熱く君を語れ   渡辺真知子 34,700枚
5位 不思議なピーチパイ  竹内まりや 34,290枚


・・・という感じで、約2ヶ月間にわたり、抜きつ抜かれつ、この2曲でのデットヒートがチャート上では繰り広げられていたんですねぇ。

 奇しくも、どちらの曲もキャンペーンの真っ最中。

 こういうところからも、史上最大の化粧品キャンペーンソングバトルという所以になっているんですよねぇ

まあ、最終的には、 42.6万枚売った「唇よ、熱く君を語れ」に対して、39万枚の「不思議なピーチパイ」っていうことで、僅かではあるけど、レコード売り上げでも「カネボウ」の勝利・・・って感じになったわけだどもね

 ヒットチャートというものが、一番「ヒットチャート」らしく、かつ「重み」をもった時期の出来事ゆえに、そのデットヒートの重みもひとしおって言ったところかな。
 まあ、1週間で100万枚も売れても、あっという間に「下火」になる現在では、こういうチャートバトルアクションは、見たくても見れないわな。。





よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

不思議なピーチパイ / 竹内まりや

1980_02_不思議なピーチパイ_竹内まりや






今回の1曲セレクトは「不思議なピーチパイ」竹内まりやです。

まずはデータでーす。

・タイトル      不思議なピーチパイ
・アーティスト    竹内まりや
・作詞        安井かずみ
・作曲        加藤和彦
・編曲        加藤和彦 清水信之
・リリース日     1980年2月5日
・発売元       RVC
・オリコン最高位   3位
・売上げ枚数     39.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1980年3月17日〜5月12日付
・タイアップ:資生堂'80年春のキャンペーンソング


 化粧品会社のキャンペーンソング合戦。最近は、商品別にスポットを打つことはあっても、全社をあげて大々的にキャンペーンとを大量スポットを打つっということは、ほとんどなくなりましたよねぇ。
 BUT、70年代後半から80年代にかけては、季節ごとに「社運」をかけたかのような大々的なキャンペーンを打ってましたよねぇ。
 特に資生堂vsカネボウの2強対決は凄まじいもんがあったよね。いわいる、K社vs S社の対決なんだけど、どちらのキャンペーンソングがベストテンではどっちが上に行ったか、オリコンではどっちが売れたか・・・・、シーズン毎の注目点の中心になっていたよね。
 今で言ったら、毎クールのドラマ戦争に似ているわね。

 そのハイライトの1つが、「80年春」のキャンペーンソングではなかったかなぁ。このシーズンの力の入れようは各社尋常ではなかったもんね。
 やっぱし、「80年代」に入って最初のキャンペーンっていうこともあったのかなぁ。
 カネボウ、資生堂のほかにコーセーもキャンペーン戦線にうっって出てきましたもんね。このシーズンは。

・・・・という事で、本日は、80年春の3大化粧品キャンペーンソングスペシャル〜・・・


ということで、まずは、竹内まりやの「不思議なピーチパイ」から・・・。

 奇しくもその3強対決となった80年春のキャンペーンソングのうち、「資生堂」のキャンペーンソングに抜擢されたのが、この「不思議なピーチパイ」というわけね。

 竹内まりやは、この2年前にデビューしてて、それまでも「ドリーム オブ ユー」では「キリンレモン」のCMには起用されてたし、前作の「September」とともに10万枚のスマッシュヒットにはなってたけど、ランク的には30位にも届かない状況で、まだ全国区というところまでは、イマイチ届いていないところだったんですよね。
 それでも、しっかりウタの歌える注目シンガーということで、抜擢されたんだろうね。 まあ、このころは、そのほかにも新進の女性シンガーはね結構出てきてた頃だけど、やっぱり、イメージがこの曲にピッタリだったんだろうね。

 今でこそ、シンガーソングライターとして、自分で書いた曲以外、ほとんど歌わない、竹内まりやだけど、このころは、どちらかというと、「アイドル」扱いの要素が強くて、他のヒトの曲を歌っていたんだよね。
 この曲も、ご多分に漏れず、安井かずみ、加藤和彦夫妻の曲なんだけど、おそらく、キャンペーンソングとして、既に曲はできあがっていたんではないかなぁ。
 で、曲のイメージにピッタリはまった竹内まりやが歌うことになった・・・・っう、いかにも「ゲーノー界」的なノリで決まったような曲って気がするな。

 でも、まあ、たしかに曲は、このヒトにはまってたよね。
ちょっと可愛らしくて、かといって、アイドル然もしすぎてない。ニューミュージック全盛期のあのころの空気には、はまっていたと思うな。

BUT、所詮はキャンペーンソングのもの、竹内まりやも、完全にアーティストパワーが備わっていないところに引っ張り出されたので、この曲以降は暫く沈黙しちゃうんだよね。
 本人もゲーノー界的な扱い方に嫌気が差して、次の年から暫く音楽界の舞台から消えちゃうんだけどさ。

 まあ、そういう過去もあってか、その後、この曲はほとんど歌わなくなっちゃいましたねぇ。
 もう一度、本人のウタで聴いてみたい気もするけどね。

 それとも、だれかカバーでもするか? 5年前にキタキマユがカバーした「ドゥユーリメンバーミー」もそうだけど、この年の安井かずみ、加藤和彦夫妻の曲って、2000年代の空気にあってるような気がするなぁ。
  


「ザ・ベストテン」で、出演アーティストが述べ「1000組」目達成の時ですね。
大阪フェスティバルホールからの中継の時。
これ、なっつかしいなぁ。
ワタシね、この時、カセットで録音してたんですよ。いまでも探せば、どっかにあるはず・・・なんだけどなぁ。
 当時は、まだビデオなんて高くて買えなかったらさあ、カセットに「音声」だけ録音して聴いてたなぁ。
 この方は、録画してたんですねぇ。すばらしい! 当時は、ビデオデッキだけでなく、ビデオテープもめちゃくちゃ高かったんだよね。
 以前、調べたら、120分テープで、1本3000円〜4000円してましたよ。
だから、1度録画したものを上からダビングしちゃうのが普通だったんですけどね。今でもちゃんと保存してあるのは、ホント頭が下がりますね。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

俺ら東京さ行ぐだ / 吉幾三

1985_03_俺ら東京さ行ぐだ_吉幾三






今回の1曲セレクトは、「俺ら東京さ行ぐだ」吉幾三です。

まずはデータでーす。

・タイトル     俺ら東京さ行ぐだ
・アーティスト   吉幾三
・作詞       吉幾三
・作曲       吉幾三
・編曲       野村豊
・リリース日    1984年11月25日
・発売元      徳間ジャパン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    35.1万枚
・THE HTCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1985年2月18日〜4月15日付

 ハイッ、今回の1曲はセレクトは、「俺ら東京さ行ぐだ」です。。。。と書くと、演歌? とか思う方が多いかなぁ。なにせ吉幾三だもんねぇ。
 だけどね、この曲は、当時のオリコンでは、演歌には分類されてなくて、なんと「フォーク、ニューミュージック」に分類されていたんですねぇ。 証拠に、当時のオリコンの「フォーク、ニューミュージック」チャートにしっかりとランクされてますぞよ。当時のオリコンウイークリー持ってる人がいたらチェックしてみてね! 
 ・・・って、いねーって! そんなヒト、ほとんど。

 いや、でも、これは冗談ではなくて、ホントなんだよね。
 ま、吉幾三氏って、ブレイクしてきた時はね正真正銘のフォークアーティストだったかんね。
 77年の「俺はぜったい!プレスリー」って曲、覚えてる方いますか? 
 ♪村じゃ人気のプレスリー 田舎のプレスリー♪って、アコギ抱えて、津軽弁で歌ってたんだよね。
 そう、一時、田中義剛っていたじゃん。あんな感じだったんですよ。なんか、信じらんないけどさ。

 だから、その名残もあって、この曲がヒットしたときは、「フォーク」に分類されてたんだよね。

 でもさあ、どう聴いても、フォーク、ニューミュージッックなんていう、「おしゃれ」な音楽とは程遠いけどなぁ
 ・・といいつつ、ワタシもこれに習って、この曲の音源、フォークニューミュージックの中に入れちゃってるんだけどさ


あ、そうか、書いてて気が付いたんだけど、この曲、今で言うヒップホップだよね。J-RAP。
・・・って書くと、また誰かからクレームくるかなぁ。おめぇふざんけな・・・とか。
でも、自分の身近な不平不満を詞に載せて・・・っていうのは、ラップじゃんか。 そう言う意味でも、この曲は、演歌じゃなくて、当時でいう、ニューミュージックだよなぁ。
・・・なんて思ったりしてね。


 だけど、この曲は斬新でしたよぉ。田舎の生活丸出しやん。

♪ ハァー テレビもねぇ ラジオもねぇ・・・・♪。はたまた♪レーザーディスクは何者だ?♪ とくりゃ。

 ・・・なんて、当時をもってしても、そんな田舎ってあるんないな? って思ったりもしたけど、実際、田舎の田舎にいけば、そういうところは幾らでもあるからねぇ。。。

 ちなみに、これで、ほんとにレーザーディスクプレイヤーをもらったそうなんだよね。吉幾三氏。

 でも、こういう、コミックソングっていうのも面白いよねぇ。お笑いのヒトが歌うんではなくて、ちゃんとしたアーティストがコミックソングを歌うってのが面白いんだよね。
 だけど、コミックソングアーティストの宿命っていうのか、下積みも長かったみたいですねぇ。
 この曲の前のヒットは、前出の「俺はぜったいプレスリー」。その間8年間は全く、うんともすんとも言わなかったんですからねぇ。

 だからさ、「雪国」で大粒の涙を流す吉幾三ってのも、よくわかるんだよねぇ。
 そのまえに、この「俺ら東京さ行ぐだ」の次の曲が「雪国」なんだよね。
 その落差ってのも、すごいけどね。いやいや、あの落差があったからこそ、「雪国」のヒットがあったっていってもいいかもなぁ。 なんせ意外だからねぇ。
 こういう、「変わり身」っていうのも、アーティストには必要なんだよね。
 とにもかくにも、オリコン史上300曲目の1位獲得の「布石」となったのも、この「俺ら東京さ行ぐだ」があったからこそだよねぇ。。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村
記事検索
QRコード
QRコード
読者登録
LINE読者登録QRコード
livedoor プロフィール

かじやん