かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

ファイト!! / 森高千里

1991_11_ファイト_森高千里






今日の1曲セレクトは、「ファイト!!」森高千里です。

まずは、データから〜

・タイトル    ファイト!!
・アーティスト  森高千里
・作詞       森高千里
・作曲       高橋諭一
・編曲       高橋諭一
・リリース日   1991年10月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   26.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位
・タイアップ   フジテレビ系「バレーボールワールドカップ'91」イメージソング


 いきなり「ファイト!!」なんていうタイトル、持ってきたら、はじめて見る人は、意味不明だろうねぇ。。。
ファイト〜 いっぱーつ ・・・なんて、思う人は・・・、いるわけねぇか。

 さてさて、これ始めて3ヶ月以上経ちますが、ようやく、森高千里さんの登場です。
 この曲は、1991年に日本で開催された、バレーボールワールドカップのイメージソングだったんですよね。

 だから、いきなり詞のほうも

♪ 坊主頭の太郎君 日に焼けて 練習したって 補欠だけれど〜 ♪

なんだよね。。。

 あややや?? でもさー、バレーボールって屋内スポーツじゃん。なんで「日にやけんの??」・・とか、今になったら思うなぁ。
 これ、傍から見ると、内容的にバレーボールっていうより、野球なんですけど・・・。

 なんて、ちゃちゃ入れちゃったりして・・・。

 でも、まあ、「汎用性」があるということで・・・。

 この曲は、最初聴いた時から、「トリハダ」ものでしたね。
あ、これは、いい意味でですよ。

 イントロのキーボードのちょっと曇った音色からしていいんだよね。その先の、ちょっと重めのブラスもGood。

 というより、この曲の要は、イントロからずっと後ろでなってるブラスの動きが要だよね。
 これが曲全体を引っ張っている。

 うーん、これは、俺がずっとブラスやってたせいなんかねぇ? つい、耳がブラスのほうに行っちゃうんだよね。
 だから、この曲の場合、あんまりメロディの方に耳が行かないんですよ。

 一番、印象に残るとろこも、間奏だもん。 トランペット、トロンボーンでのコーラルのような響きに、ちゃちいけど、バックの歓声の効果音。 これだけで充分、この曲らしさを表してるもんね。

 森高っていったら、あの、バカみたいな自分で叩いてるドラムだけど、この曲の場合は、どうなんだろ? ちょっとドラムは押さえ気味だから、判断できないんだけどね。

 あ、今知ったんだけど、森高って、アップフロントだったんだ。。。。なるほど、だから、作曲が、モー娘。にも曲を書いてる高橋愉一氏なんだ。
 うーん、よーやく謎がとけましたよ。


 森高は、この曲で、完全にブレイクって感じだったよね。ここから、ヒートアップして、次の年の「私がオバさんになったら」につなげていくんだけどね。
 
 ちなみに、俺と同い年なんで、この時22歳だったんだけど、今ぢゃ、すでに「私はオバさんになっちゃった」ですね・・・(失礼)




※2005年11月に書いたものの再掲載です。

ひとり咲き / チャゲ&飛鳥

1979_11_ひとり咲き_チャゲ&飛鳥






今日の1曲セレクトは、「ひとり咲き」チャゲ&飛鳥です。

まずは、データから

・タイトル    ひとり咲き
・アーティスト  チャゲ&飛鳥
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・リリース日   1979年8月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   17.9万枚

 昨日は、ヒット曲聴き始めて27周年っつうことを書きましたが、当時はあくまで、「ベストテン」内の曲しか、聴いてなかったわけで、レパートリー幅は、かなり狭かったんですよね。ベストテン外の曲も聴き始めたのは、千葉に引っ越してくる直前の1982年ごろからかなぁ。ラジオを聴くようになってからですね。
 だから、その間の曲では、随分後になってから、初めて知ったって曲がかなりあるんだよね。
 いや、リアルタイムで聴いてた曲よりは、そっちの方が多いかもしんない。 少なくとも1977年以前の曲は、ほぼ100%後になって知った曲ですね〜。

 特に1980年代終末〜1990年初頭にかけては、リバイバルブームというか、昔の「なつかし系」の番組がかなり頻繁に放送してましたからねぇ。
 特に、フジテレビで1990年元旦の1:00〜5:45に放送された「僕たちの想い出のメロディ'66〜'84」、のちの「19××」には、かなり触発された部分があるなぁ。20年分の曲を4時間45分、CM以外はノンストップで紹介されたでしょ。かなりの曲数がかかりましたよね。 
 あれで、初めて知って、その後レコード買いあさった曲ってかなりあるんだよね。

 じつは、このチャゲアスのデビュー曲、「ひとり咲き」もその時、初めて聴いたんですよ。
 
 単純に、「あ、これ、いい曲」って最初から思ったなぁ。
それまでの私にとっては、チャゲアスの最古の曲は、例の「万里の河」だったんだよね。
 あの曲は、ヒット当時から大好きで、実は、自分で意識して買った一番最初のレコードなんですよね。
 
 当時、チャゲアスって大好きでさぁ。一生懸命歌うでしょ。ほとんど、力任せに歌ってましたよね。2人とも。
 それが、なんか、初々しくてねぇ。 曲も、後のロックテイストではなく、正統派の叙情派フォーク、うーん。というかフォークロックで、シンプルな曲でしたもんね。

 でも、こちらにヒシヒシと伝わるものがあって、一発で好きになっちゃいましたもん。

 で、「ひとり咲き」ですが、これも、「万里の河」に負けず劣らずの名曲なのよ。
 「万里の河」が背景的に中国的な雄大さとしたら、「ひとり咲き」は、ジャパニーズアジッドですね。ほんと、日本的な叙情派なんですよ。
 あー、へたすると、今だったら、「演歌」になっちゃうかもしれない。 よく、演歌フォークとかとも言われてましたもんね。この曲。
 これは、曲調的なところもそうだったけど、チャートアクション的にも、演歌っぽい動きを見せてましたからねぇ。
 最高は24位ながら、100位内になんと、31週もランクインされていたんですよ。
 上がったり下がったり、実に息の長いヒットだったんだよね。 そのおかけで、最高位はそれほど、行かなかったけど、最終的には18万枚あまりのスマッシュヒットになったわけです。

 この曲も、思い入れたっぷりに歌ってましたよねぇ。あの力任せの歌い方が、初期のチャゲアスの特徴だよね。
 いつも、あんな感じだったので、飛鳥は、当時ステージで、よく、痙攣起こして倒れてたらしいですね。酸素不足で。

 この曲は、1979年5月の第17回ポプコンの入賞曲なんですよね。当時は、優勝間違いなし・・という前評判だったらしく、本人たちもその気だったようですが、本番で歌をとちって、優勝できず、入賞どまりというエピソードがあったようです。
 まあ、そのような前評判が立っていた曲ですから、曲としては、すでに出来上がった曲だったわけですね。

 で、この曲、初めて聴いた時から、私、すっかり気に入っちゃいまして、いまでは、カラオケの十八番っすよ。
 もちろん、当時を知ってる同年代以上の方と出ないと歌わないけど・・。



 ちなみに、チャゲアスって、その後も秋から冬にかけて、結構いい曲書いてるんだよね。
 
 1980年 万里の河
 1981年 男と女
 1982年 北風物語
 1986年 指環が泣いた
 1987年 ロマンシングヤード

 などなど

 それらにかんしては、また、後日。

 しかし、今日は、自分のサイトでも、長文かいたし、いったい、何文字書いてんだろ・・・?

 やばい、メガネの度が合わなくなってきた。PCの画面がゆがむ・・・・。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。

勝手にシンドバッド / サザンオールスターズ

1978_11_勝手にシンドバッド_サザンオールスターズ






今日の1曲セレクトは、「勝手にシンドバッド」サザンオールスターズどえーす。

まずはデータから

・タイトル     勝手にシンドバッド
・アーティスト   サザンオールスターズ
・作詞       桑田佳祐
・作曲       桑田佳祐
・編曲       サザンオールスターズ  斉藤ノブ
・リリース日    1978年6月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    51.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月11日〜11月20日付

サザンの「勝手にシンドバッド」?? なんでまた、こんなメジャーすぎるくらいの曲なんだぁ・・?
 ・・・とお思いかと存じますが、昨日11月2日とこの曲は、私にとっては、縁が深い!

 昨日は、体調不良でダウンしちゃって、すっかり忘れてたけど、昨日11月2日は、私にとって、今の業界(エンターテイメント業界)にいる限りは、忘れられない日だったんだっけ・・・。

 あれは、27年前の11月2日、初めて「ザ・ベストテン」を見たのだ〜。 今の俺の原点、すべてはあの日から始まった・・・といっても過言では全然ない。

 もしも、あの日あの時、君に出会わなかったら、僕は今頃どんな事をしてるのだろう?

 こんな詞の曲があったような気がするけど、まさにそんな感じ。もし、あの日、あの時、「ベストテン」を見てなかったら、俺、今頃何やってたんだろ?

 少なくとも、今の業界にはいなかったろう・・ってことは、はっきり言えますね。

正直言って・・ってもう、何回も書いてるけど、「ベストテン」を見る前って、俺、「歌謡曲」がキライでねー。 なんせポールモーリアだったから。
 「歌謡曲」って、あのころの他の歌番組とかバラエティとかみても、なんか、チープな感じが好きになれなかったんだよね。 そうそう、音が薄っぺらくてチープっていう印象がつよくてさ。
 
 それが、「ベストテン」で認識がガラッと変わったわけ。これは、もう、昨日まで、天動説支持してた奴が、瞬間、地動説支持になったという、俺にとっては、文字通り、コベルニクス的な大変動ですよ。
 
 なにがそうさせたんだろう?

 久米宏と黒柳徹子のMCもしかり、ゴージャスなセットしかり、バックのオーケストラの音の厚さもしかり・・・。
 兎に角、ゴージャスな雰囲気が、惹きつけたんだろうな。

 それと、今まで聴いたことなかったような音楽、そう、ニューミュージック系のアーティストですね。
 
 それまで、ニューミュージック系のアーティストって歌番組にあんまりでなかった・・・というより出してもらえなかったんだよね。だから、ガキの俺らの耳にはなかなか入らなかったんだけども・・。
 衝撃的だったよなぁ、ツイストなんかさ、カッコエカッタもんねー。 それ以上に衝撃的だったのは、サザンオールスターズですよー。

 もちろん、当時は、この「勝手にシンドバッド」でランクインしてたんだけどさ。
 もう、衝撃の嵐。今までに感じたことないフィーリングですよ。これはもう、言葉では表せんですわ。

 とにかく、型破り、常識破りだったよねぇ。 何言ってんだかわかんない歌詞。・・その歌詞だって、表してみりゃ、文法がぶっ壊れてるし・・・。


 ♪ 砂まじりの茅ヶ崎 人も波も消えて
   夏の日の思い出は ちょいと瞳の中に消えたほどに♪

ですもんね。
 「消えたほどに」なんつう歌詞は、それまでなかったですよ。ちゃんとしたヒット曲には。 

 これぞエンターテイメントですよ。 オンリーワンな世界じゃん。エンターテイメントはこうでなくちゃ。


 でも、まあ、大人たちには、叩かれまくりだったよねぇ。
ウチの親父なんて、ばか怒りしてましたもん。テレビに向かって「ヘタクソー」って叫んでましたよ。

 オトナには理解不可能な世界だったんだろうね。このグルーブ感は。
 まあ、今となってみりゃ、自分がその「オトナ」の入り口なんだけどさ〜。
 いつまでも不感症にはなりたくないよねぇ。

 この曲は、それをいつまでも警告してくれるような曲ですわ。ワタシにとっては。。。


 あ、そーそー、12月1日のサザンの東京ドームライヴ。チケット取れたんで、行ってきまーすワ。
 この曲は、絶対やるだろうしね。


ちなみに、私が初めて「ザ・ベストテン」を見た、1978年11月2日のランキングは、以下の通りでーす。

1位 銃爪        世良公則&ツイスト 9039点
2位 きみのひとみは10000ボルト
             堀内孝雄      8586点
3位 LOVE(抱きしめたい) 沢田研二      8346点
4位 透明人間      ピンクレディー   8233点
5位 季節の中で     松山千春      7946点
6位 ブルースカイブルー 西城秀樹      7806点
7位 絶体絶命      山口百恵      7756点
8位 勝手にシンドバッド サザンオールスターズ7309点
9位 ハリウッドスキャンダル 郷ひろみ    6946点
10位 グッドラック    野口五郎      6703点

 この週は、野口、郷、西城の新御三家が勢ぞろい。さらに、松山千春が初登場(ランクイン)。
 ツイストは9週目の1位。最終的には次週も1いを獲得して10週連続1位でしたね。

 それにしても、豪華な顔ぶれですわ。まさに「ベストテン」って感じだよね。


※2005年11月に書いたものの再掲載です。

あせかきべそかきRock'n Roll run / 横浜銀蠅

1982_11_あせかきべそかきRock'nRoolRun







今日の1曲セレクトは、「あせかきべそかきRock'n Roll run」横浜銀蝿です。

まずはデータ

・タイトル    あせかきべそかきRock'n Roll run
・アーティスト 横浜銀蝿
・作詞      翔
・作曲      翔
・編曲      T.C.R.横浜銀蠅.R.S
・リリース日  1982年10月19日
・発売元     キング
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   21.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位


さっき、帰宅する時のカーステ、丁度81年夏ごろの曲が入ってたの。
 でさ、横浜銀蝿の「かっとびロックンロール」が流れてきたんだけど、どうも、懐かしいんだけど、新鮮なんだよね。横浜銀蝿って・・・。

 たぶん、当時は、よく聴いてなかったからだろうな。「ツッパリ」「ぼんたん」「リーゼント」「ソリ」・・・っつうキーワードからして、「内気でマジメ」な私(⇒うーん。。。ウラでは・・・)としては、あんまり関わりたくないキーワードでしたねぇ。当時は。。。。
 聴いてたら、不良グループに引っ張られそうだったもん。
 特に、俺が行ってた中学校はひどかったからねぇ。「校内暴力」が・・・。

 ・・というわけで、内気なマジメ生徒だった私からは、「疎遠」だったわけですよ。

 でも、内心は、聴きたがってたりして・・・。

 しかしねぇ、今思うと、なんて、「牧歌的」だったんだろうねぇ。
 いやはや、いまや、かわいいもんですよ、このテの音楽は。
うーん、完全にパロディだよね。 内容が。

 確かに、グルーヴ的には、スピード感があって、聴きながら車「転がしてる」と、ついつい、スピード出しちゃいたくなるもんねぇ。

 35歳のオッサンがそんな感じなんだから、当時16、17才のティーン達にとっては、「麻薬」みたいなもんでしょ。

 しかし、「ツッパリ・・・」の頃は、ストレートなロックンロール、内容も無いような感じだったけど、この「あせかきべきかき・・・・」の頃になると、内容が道徳的になってくるんだよね。 大体において、ツッパリ、不良と「汗」っていうのがどうも結びつかないよなぁ。 「汗」っつったら「さわやかな青春」だよね。
 うーん、そのへんのミスマッチを狙ったのか、たんにネタ切れだったのかは、よくわかんないですけどね。

 この曲、正直、特徴っていう特徴はなく、いつもの銀蝿としか言いようがないんだけど、最後に、転調、転調・・で、徐々にKeyが4つ上がるじゃん。
 あれは、面白かったな。うーん、苦し紛れだったのかもしれないけど・・・。

 ♪Hey Rock'n Roll Come On Rock'n Roll Funky Rock'n Roll いつまでも〜 ♪

のところですね。

 でも、コノ部分も、内容的には「青春」してるよなぁ。
 なんか、ちょっと違和感があるよね。内容からして・・。

 うーん、一般リスナーに擦り寄ってたのかなぁ。
ちょっと、銀蝿にしては、弱気な一面が見えた1曲だったね。


 ちなみに、この曲、「ミュージックラボ」では1位取ってました。。。 オリコンでは最高4位だったんだけどね。
 
 まあ、ミュージックラボのランキングのつけ方は凄まじかったようだからねぇ。あんまり言及しないけど・・・。




※2005年11月に書いたものの再掲載です。


誘われてフラメンコ / 郷ひろみ

1975_10_誘われてフラメンコ_郷ひろみ






今日の1曲セレクトは、「誘われてフラメンコ」郷ひろみでーす。

まずは、データから。。

・タイトル    誘われてフラメンコ
・アーティスト 郷ひろみ
・作詞      橋本淳
・作曲      筒美京平
・編曲      筒美京平
・リリース日   1975年7月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   24.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年8月4日〜9月1日付


郷ひろみの「誘われてフラメンコ」・・厳密に言うとちょっと、ヒットした時期とはずれるんだけど、どうにも気になってたんで、引っ張ってきちゃいました。

CM見てるとさ、あれ? あの曲って、これのパクリじゃないかなぁ?・・・って思うことがたまにあるんだよね。もちろん、たまにだけどさ。
 最近、大塚製薬の「アミノバリュー」ってドリンクのCM見てると、どうしても、郷ひろみの「誘われてフラメンコ」を思い出しちゃうんだよね。

 ♪アー アアー アーアアーアーアー〜♪ って、↓ これですね。





 最初、ワタシ、なんで、今時のCMに、昔の郷ひろみの曲使われてんだろう? ってマジで思ったもん。

まあ、あの曲は、メッセンジャーズの「気になる女の子」って曲で、郷ひろみとは全然因果関係もなんもないんだけどね。 
 でも、声質は、「当時」の郷ひろみに似てるよなぁ。 いまよりちょっと甘ったるくて、近田春夫氏のいうところの「プラスチックボイス」だし。

 いや、それより、この「誘われてフラメンコ」の出だしの

♪アーアーアアア アーアアーアー〜♪

のところが「気になる女の子」に似てるんだよ〜。


あ、こんなふうに感じるの、ワタシだけかと思ってたら、他にも同じこと考えてたヒトがいた。


http://yamakazu.at.webry.info/200505/article_25.html


 これは、筒美氏の得意とするところの「パクリ」戦法だと踏んでるんですが、どうなんでしょうね?
メッセーンジャーズの「気になる女の子」は、1971年の曲らしいし、日本では、ほとんどヒットしなかったと思われるけど、筒美氏くらいなら、ちゃんとチェックはしてるだろうしね。
(・・・とおもってたら、日本ではヒットしてたらしいです。。71年に。。)

 しかし、すごいタイトルだ。「誘われてフラメコ」。。。。直接的ではないよねぇ。さすがに詞の行間を読ませることをモットーにしてる橋本淳氏ですね。
 ちなみに、「フラメンコ」って付いてるけど、曲は全然フラメンコぢゃないのよ。

 筒美氏が作曲と、アレンジもやられているから、ベースライン、1拍3拍強リズム重視の独特の筒美調(?)な作風で、音質も典型的かつ良質な70年代ポップスなんですけどね。
 ただ、3分そこそこの曲の中で、転調が2回も入ってるから、展開はめまぐるしく変わっているし、多分、当時としては、かなりのスピード感があったんぢゃないかな。 まあ、今でこそ、BPMが速い曲になれてるから、そういったスピード感は感じないけど。


 ちなみに、当時は郷ひろみは まだ、ジャニーズ事務所に居たと思うんだけど・・・あれ? 違ったかな?
いやいや、もともとはジャニーズ所属だったのは、間違いないんだけど、いつバーニングプロに移ったかってのは、詳しくはちょっとさだかぢゃない。75年〜76年ということは間違いないんだけどね。
 ただ、75年、76年の郷の顔つきを今、見ると、全く変わってるんだよね。 ジャニーズの頃は、ホンとに「アイドル」って感じだったけど、バーニングに移ってからは、男っぽさって言うのが全面に出てきたてたし・・・。
 曲も、76年には全然変わったって感じだな。
76年9月の「あなたがいたから僕がいた」。これは76年の郷の代表作だけど、この曲をとっても、「誘われてフラメンコ」とはまるで違う。大人っぽいというか男っぽい。作曲は同じく筒美京平氏なんだけどね。
 だから、76年時点ではバーニングに移籍していたことは間違いない。

 そういう点をみても、まだ、この「誘われてフランコ」の頃は、逆にまだジャニーズに所属してたんじゃないかな・・・と思いますね。

 まあ、なんで、郷ひろみがジャニーズからバーニングに移籍したのか・・・っていうのも真相は藪の中って部分もありますしね。
 ただ、バーニングに移ったからこそ、ここまで、アーティスト人生が続いているってことは、確実に言えるだろうけど。。。 あのままジャニーズだったら、20歳すぎたら、サヨナラだったろうしなぁ。


 さらに、この曲のチャートアクションがすごい。
1975年7月21日リリースで、同7月28日付ランク、17位初登場⇒2位⇒4位⇒3位⇒5位⇒9位⇒13位⇒・・・・
と、登場2週目で早くも最高位を記録している。

 最近のチャートに慣れてる人だったら、だからなに? なんだろうけど、これは、当時のランキングとしたら超ハイペースでのヒットな訳です。初登場17位っていうのも、当時としたらものすごいことなんだけど、リリース2週間でピークに持っていくという瞬発力ってのがね。

 まあ、CBSソニーは、当時からそういう瞬発力でピークに持っていく戦略は得意で、他に天地真理なんかもそうでしたもんね。
 
 逆に言うと、この傾向がやがての「初動のみ」の曲に繋がる「元凶」だったのかもしれないけど・・・。
ただ、当時は、スーパーアイドルしか出来ない、「勲章」みたいなものだったんだけどね。こういうチャートアクションは。
 

 ちなみに、コノ同時の時点では、「初登場1位」っていうのは、日本においては「存在してなかった」のです。
初めての「初登場1位」は1976年1月5日付の「およげ!たいやきくん」なんですからね。
 ただ、その3ヶ月前の1975年9月1日付で沢田研二「時の過ぎゆくままに」が初登場3位という記録を打ち立てまして、その当時は、それが「初登場順位」のオリコン記録だったわけです。
 なので、このころから、ヒット曲は時間をかけてつくられるもの・・・っていう常識が一気に変化してきたころともいえますけどね。
 
  ただ、それでも、現在のような壊れた状況にはならなったわけで・・・。音楽界が音楽をやる場という常識が残っていたからこそかもしれませんが・・・。


http://www.dailymotion.com/video/x1ytdb1_%E9%83%B7%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF-%E8%AA%98%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%B3-1975_music

例のごとく、YOUTUBEには動画が落ちてなかったんで、別のサイトにリンク。

万華鏡 / 岩崎宏美

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今日の1曲セレクトは、「万華鏡」岩崎宏美です。

データでーす。

・タイトル     万華鏡
・アーティスト   岩崎宏美
・作詞       三浦徳子
・作曲       馬飼野康二
・編曲       馬飼野康二       
・リリース日    1979年9月15日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  10位
・売上げ枚数    27.8万枚
・ザ ベストテン最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1979年11月1日〜11月15日、11月29日
・タイアップ 富士重工業「スバル・レオーネ」CM曲


 いよいよ問題作、岩崎宏美「万華鏡」の登場です。
 もう少し前に書いてもよかったんだけど、マイミクのセイ・アレイさんのところで、先日、この曲のトピがたったので、チョッと躊躇しておりました。
 ただ、やっぱり、この時期にこの曲は、はずせないわけで、
あえて、書かせていただきます。

 最初に「問題作」って書いちゃったけど、この曲は、なんと言っても最後の、大サビの部分に出てくる「幽霊ボイス」で有名ですよね

 ♪ 夢だといって (夢だといって)
   嘘だといって (嘘だといって)
   幻だよと   (幻だよと)〜 ♪

の続きで、幽霊ボイスが入るんですけど、これ、一説にはバックのコーラスの低音でのフェイクだという説もあることはあるんですよね。

 ただ、コーラス歌ってる方に言わせれば、こんなコーラスは入れた覚えがない・・・という話があり、そちらが優先となって、これば「幽霊ボイスだ」という説が大きくなっているって言うのが現状のようです。

 ただね、この曲が録音された「ビクタースタジオ」は、丁度、青山墓地に隣接していて、昔から「(幽霊が)でる」っていうことで、有名なスタジオだからね。
 私は、「幽霊ボイス」説のほうを取りたいね。

 昔からよくあるじゃん、レコードに摩訶不思議な音が混じること。 この曲は、それが一番はっきりとした形で残った、貴重な1曲なんなんぢゃないかなぁ。

・・・ということで、どうも、この曲幽霊ボイスの話題が一人歩きしてヒットしたような見方をされちゃうこともあるけど、曲の出来のほうもすばらしいのですよ。

 うん、確かに、霊が出てもおかしくないような、妖艶な雰囲気は全体的にあるけどね。
 イントロ出だしの、キーボードが4オクターブ駆け上がるところからして、妖艶な雰囲気が漂ってるし、それに続く、ギターのリフもそんな感じがしますよね。

 それに負けず、岩崎宏美の歌唱がしっかりしてますね。バックとボーカルの壮絶なせめぎあいっていうと大げさだけど、バックに負けない歌唱が印象的です。

 それと、どうしても詞も妖艶なんだよね。 上に書いた大サビの部分からしても、いろいろなイメージがわいてきて、まさに「万華鏡」っていうタイトルにピッタリな仕上がりになっていますね。

 チョッと前にも書いたように、この頃はアイドル勢はほとんど奮わなかった時期ですが、この曲のようにイメージの難しい曲をこなしたところからも、岩崎宏美もアイドルからシンガーヘ進化していった時期ぢゃないかなぁと思います。色っぽさを身につけたというかねぇ。
 苦しさゆえの進化って言うのかな。

 まあ、曲全体を通して、いろいろ考えさせられる1曲ですね。
 だからして、「問題作」なんですけど、個人的には大好きな1曲ですね。 1979年の秋といったら、この曲が浮かんでくるって感じだなぁ。



※2005年10月に書いたものの再掲載です。

愛のメモリー / 松崎しげる

1977_10_愛のメモリー_松崎しげる






今日の1曲セレクトは「愛のメモリー」松崎しげる です。

まずは、データから

・タイトル    愛のメモリー
・アーティスト  松崎しげる
・作詞      たかたかし
・作曲      馬飼野康二
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1977年8月10日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   63.9万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1977年9月19日〜12月19日付
・タイアップ   グリコ「アーモンドチョコレート」CM曲

 一時のi-tunesさわぎも、ここんところ、ようやく落ち着いて来た感じだよねぇ。熱しやすくさめやすい、日本人気質ってやつですかねぇ。
 でもさー、予期せぬ出来事だよねぇ。i-tunesもさることながら、この曲、「愛のメモリー」ですよ。8月4日のi-tunesリリース直後、一時、この曲がDLランキングの1位だったことがあるんだもんね。
 いったい、だれが、そんなにDLしてんのかなぁ・・と疑問に思っちゃたわけだけど、その後もランクが比較的安定しているところを見ると、これは、フロッグではなく、本当に人気あるんだろうね。

 大体において、i-tunesは、30代〜40代に主眼を置いているということで、ラインナップもこの年代には、結構たまらないものになっているわけでね。
 逆に、20代にもこの時代の曲は、新鮮なのかな。

 ・・・という、旧譜の掘り起こしっていうのは、i-tunesを中心に各配信サイトで行われているけど、一応、成功しているようですね。

 この曲、もともと77年8月のリリースなんですが、実は、もっと遡っていくと、曲自体は、リリースより、1年以上前にはあったようなんですよね。
 ・・というのも、松崎の歌唱力もあって、ベネチア音楽祭に出品しよう・・と、いうところから、この曲が作られたようなんです。 もともとはね。
 だから、曲も、もろカンツォーネ風じゃないですか。

 Aメロは優しくはじまって、徐々に盛り上げていき、最後に大サビが盛り上がりの頂点を見せて終わる・・・というのは、作曲の馬飼野康二氏の得意中の得意のパターンですもんね。
 やっぱし、カンツォーネ風といったら、このヒトの右に出るものはないですわ、日本では。 まさに真骨頂っていう雰囲気だもんなぁ。
 最後の大サビは、ホンとに迫力あるもんなぁ。それを見事歌いきる松崎しげるもすごんだけどね。

 昔、フジカラーのCMで、「冬なのに黒い」なんて、ギャグの標的にされてましたが、ウタの実力はなんのなんの・・。
 さいきんでは、このテの正統派かつ歌唱力があるアーティストなんて、そうそういなくなりましたよ。
 まあ、あの時代でも居なかったですけどね。カンツォーネ歌わせて、すごいなぁ・・と思わせるアーティストは、他には尾崎紀世彦ぐらいぢゃなかったかなぁ。

 でも、これでも分かるように、70年代は、ヒット曲系はヨーロッパ系の曲が主流だったんだよね。
 
 あ、馬飼野氏では、西城秀樹の「傷だらけのローラ」もこの系統に入りますね。

 また、このテの曲がヒット駆るようになんないですかねぇ。すくなくとも、音楽聴いてる気持ちにはなりますよ。

 最近のわかい子は、冷めてるから「ケッ」っていう感じになる子も多いだろうけどさ。


 ちなみに、この曲は、グリコアーモンドチョコレートのタイアップが付いていたんだけど、個人的にはよく覚えてないなぁ。
 ・・このころは、まだ、ヒット曲に傾倒する前で、ポールモーリアに狂ってた頃だから・・。
 同じヨーロッパ系なんだどね。歌謡曲は認めないような、くそ生意気なガキだったから。。。。。。



※2005年10月に書いたものの再掲載です。

うしろゆびさされ組 / うしろゆびさされ組

1985_10_うしろゆびさされ組






今日の1曲セレクトは、「うしろゆびさされ組」うしろゆびさされ組です。

 まずは、データです。

・タイトル    うしろゆびさされ組
・アーティスト  うしろゆびさされ組
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      佐藤準
・リリース日   1985年10月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   20.9万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年11月4日〜11月25日付
・タイアップ フジテレビ系アニメ「ハイスクール奇面組」主題歌


 えー、おニャン子関係です。
・・・って言っても、おニャン子関係のアーティストを書くの、ここでは、今回初めてなんですよね。
 あ゛、工藤静香を1回書いたか・・・ でも、まあ、あの曲も一応は、おニャン子の「後」の曲だったので、おニャン子、真っ只中の時の曲は、今回が初めてになりますね。

 しかしですよ、この曲は意表をつきますよねぇ。イントロ聴いただけじゃ、ロックでしょ。バンドの曲かと思っちゃいますよね。絶対に、アイドルの、それも、おもっいきり、「非力」そうなアイドルの曲とは想像が付かない。それが、この曲の面白さでしょう。
 うーん、ただ、それだけなんだよね。でも、比較的ヘビーな曲調と、音の使い方は面白かったな。

 それに、この頃の曲は、おニャン子を初め、個人的には、わりと支持してたのよ。
 なんとなくも面白かったしね。 飽きてきたのは、次の年の4月、5月ころかなぁ。「おっとCHIKAN」の頃から・・・。
 もうちょっと詳しく言うと、おニャン子のメインボーカルが変わってたら・・・ってかいて、何人がついて来れるのだろう。。。。

 そういうわけで、まだ、存在自体が初々しかったせいか、この曲は、おニャン子関係の曲としては、結構粘ったほうですね。
・・というか、とかく、「淡白」な動きしか見せなかった、おニャン子の曲も当初は、意外とチャートアクションには粘りがあったんだよね。
 やっぱり、存在自体が、目新しかったんでしょう。しかも、「夕焼けニャンニャン」は、視聴率うなぎのぼりの頃だし。

 え? 私? 私はほとんど「夕ニャン」は見たことないのよ。がっこで部活やってりゃ、見たことなくて当たり前だわな。 だから、知ったかぶりの知識ぐらいしか、夕ニャンについては知りませぬ。

 さらに、この曲は、同じくフジテレビ系アニメ「ハイスクール!奇面組」の主題歌でした。
 これは、結構見てたな。 土曜日の18時30分〜。 昔の「タイムボカン」の枠ね。
 マンガ読まない私にしては珍しく、単行本も買ってたしね。
 
ちなみに、ワタシゃ「河川唯」のファンです (爆)

 うしろゆびさされ組は、この曲からずっと、「奇面組」の主題歌歌ってましたね。

 しかしさあ、うしろゆびさされ組 ・・奇天烈なアーティスト名だ。
 いまになって、うしろゆびさされることに気になってる私だけどね。 当時は、鈍感だったから、ぜんぜん気にならなかったな。っていうか、意味がわかんなかったです、ハイ。






※2005年10月に書いたものの再掲載です。

サヨナラ模様 / 伊藤敏博

1981_10_サヨナラ模様_伊藤敏博







今日の1曲セレクトは、「サヨナラ模様」伊藤敏博です。

まずはデータから〜

・タイトル    サヨナラ模様
・アーティスト  伊藤敏博
・作詞      伊藤敏博
・作曲      伊藤敏博
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1981年8月25日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   47.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1981年10月19日〜11月9日
              11月23日〜1982年1月11日付

 この方。覚えていらっしゃるでしょうかねー? 伊藤敏博さん。 1981年5月の第21回ヤマハ ポプコンでグランプリを受賞。 8月にデビューした、れっきとした、ポプコン出身アーティストなんですよね。
 アーティストで居ながら、本職は、当時の「国鉄」に勤務する車掌さんでもありましたね。二束のわらじというかね。

 この曲、「サヨナラ模様」は、リリースから2ヶ月かけてベストテン入りしてきましたが、「ザ ベストテン」では、車掌の勤務の関係もあって、地元「富山」からの中継も多かったよなぁ。

 しかし、この曲、季節的にピッタリはまってたよなぁ。リリースは、8月末なんだけど、秋風が吹いてきた頃から、ランクが動き出し、木枯らしが吹く頃にピークだったもんね。
 まあ、曲調がね、そんな感じだったじゃん。イントロからして、重ーい雰囲気でさ。

 曲の出だしも ♪ ふるえてー いるのはー 寒いからじゃないの わかって ♪ ですからね。
 歌詞からして、重たい雰囲気でしたね。

で、サビで ♪だから・・・ネエネエネエネエ抱いてよ♪

と一気にテンポアップ。 ポプコン出身らしく、サビは、めちゃくちゃキャッチーですよね。聴き手をがっちり捕まえて、歌の世界にいやがおうにも引きずり込まれるって言うかさ。
 
 だけんどさぁ、♪ ねえねえねえねえねえねえ ♪と、一体、「ねえ」を何回言ってるんでしょう?

 まるで、円広志「夢想花」の「とんで とんで・・・」と同じっすよねぇ。
 
 あ、ちなみに、円広志もポプコン出身。こちらは、1978年10月 第16回ポプコングランプリでしたね。
 うーん、ポプコンってこういう、歌詞が好きだったんでしょうかねぇ。

 それと、ポプコン出身者の多いのが「一発屋」。 ご多分に漏れず、円広志も伊藤敏博もめでたく、一発屋とおなりになりましたね。 円広志なんて、「とんでとんでとんで・・どこに行ったんだー」とギャグにされる始末。これは、今でも使われてたりして・・・。

 やっぱし、キャッチーにメロディは、そうそう、作れる文字やないですよね。 ましてや、プロの職業作家ではなしに、一回のアマチュアに毛が生えたようなレベルの方たちですから・・。
 果たして、ヤマハ側も、長期間一線で活躍するようなアーティストの掘り起こしとして、ポプコンを開いていたかっていうと、いまとなっては、ちょっと疑問だよね。
 それでも、チャゲアス、中島みゆき、など息の長いアーティストも産出したわけで、それと、ニューミュージック界の発展には一応、寄与したわけで、一概に一発屋のための・・とか、悪口はいえないですけどね。

 
 でもさ、この年、1981年って、なよっとした感じの男のヒトの歌がはやりだったよなぁ
 堀江淳「メモリーグラス」でしょ。それと、この曲。
この曲は、男が歌ってるけど、女の立場の歌だからね。 そういう曲がヒットしやすいような環境だっんだね。あの時は。

 松山千春とか、さだまさし とか、「男っぽくない」、男のヒトの歌も流行ってたし。。。

 一言で言ってしまえば、叙情フォーク時代っていうかね。うーん、今ではチョッと考えられないようなヒット環境だったかなぁ?



※2005年10月に書いたものの再掲載です。

恋心 / 相川七瀬

1996_10_恋心_相川七瀬






今日の1曲セレクトは、「恋心」相川七瀬でーす。

まずはデータから

・タイトル     恋心
・アーティスト   相川七瀬
・作詞       織田哲郎
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1996年10月7日
・発売元      カッテングエッジ
・オリコン最高位  2位
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1996年10月21日〜12月9日付
・タイアップ ジュエリーマキCM曲

 うーん、やっぱりというか、どうもね、1970年代の曲は、ワタシのページではあんまり「引き」がないみたいだねー。
 アクセスしてくださってる方の多くの方にとって、70年代はまだ、年齢的に「ヒット曲」界に関わっていなかった方が多いからかなぁ・・。
 それ、逆手にとって、一度、60年代の曲でも書いてみようか・・。 なんて・・ね。60年代だと、逆にワタシもあんまり
詳しくないからなぁ。。。

 今日は逆に、時代をずーっと下って「1996年」です。昨日と26年も一気に下りますよーん。
 だんだん私ゃ、どこの時代の人間なのかわかんなくなってきたワイ。時代放浪者・・・。

 えー、いつの時代にも、不運なアーティストというのもいるもので〜。
あ、これは、ヒットチャート上の話ですよ。。(^^;;;;
決して、アーティスト本人のことではないので、お間違えのないように・・

 相川七瀬もその一人じゃないかなぁ・・。 というか、今になっては、かなり地味な印象しかないですよねぇ。
 今となっては、「死角」に入ってしまったアーティストというか・・・。
 1位とれそでとれなかった・・というところからも、そういう印象が強いのかなぁ。

 その中でも、一番、1位に手が届きそうで、獲得できなかったのが、この「恋心」ぢゃないですかねぇ。
 なにせ、最高2ながら、「ミリオンセラー」達成してるわけで・・。 これも、今となっては、「え? そうなんだ?」って方のほうが多いんぢやないかなぁ・・・と思うんだよねぇ。

 このときは、96年「10.7対決」で、PAFFYの「これが私の生きる道」と、リリースがバッティングしちゃってたんだよね。

 あんときのPAFFYは、いっちばん、波にのってたころだったからなぁ。

 1週目のセールス(96年10月21日付オリコン)は

「これが私の生きる道」⇒40.3万枚
「恋心」       ⇒32.6万枚


と、約8万枚も差がついちゃてたんだよねぇ。。

 ちなみに、その前の週の1位は、

華原朋美「save your dream」が 初登場で 31.1万枚で1位だったことを考えると、「恋心」は、これを上回ってたんだよねぇ。

 ぎゃくに、1週後は、同じく 「これが私の生きる道」が16.0万枚で、2週連続1位。

 ・・ということは、1週前でも、1週後でも1位取れてたわけよ。「恋心」は。

 それをなぜわざわざ、10月7日リリースにしたのか?

 この辺が、相川七瀬の潔さなのかもなぁ。
 ちなみに、次の曲の「トラブルメイカー」は、ミスチルの「Everything (It's You)」とバッティングして、1位をのがしてる。

 最近のアーティストだったら、週によっては自分が1位をとれる・・とわかってたら、その週をずらしてくるのが、当たり前になってきてるのに。
 いや、このころから、その傾向はあったんだよね。

だけど、今となっては、印象がいまいち、はっきりしない・・印象が薄いってのは、やっぱり、1位とってないからかなぁとも思えるけど。
 そのほかに、相川七瀬の立ち位置ってのも、はっきりしてなかったからだろうなぁ。
 アイドルでもない、ロックアーティストでもない。
じゃなんなの? ・・・中途半端

ってかんじだったじゃない? 

 まあ、時代も悪かったって言うかね。 相川七瀬って、一応はビーイング系だったわけだけど、とっちかといったら、ビーイング本体というより、周辺団体、今で言ったら、GIZA Stadioに近いって言うかね。
 でも、当時は、その辺のカラーがはっきりしてなかったからねぇ。
 いまだったら、もっとアイドル寄り・・とか、路線もはっきりしてたんだろうけど・・。

 この曲、「恋心」ですが、個人的には好きですよ。特にAメロの部分の「せつない」ところがいいね。
 ロック路線では見せないような、相川七瀬の切ない部分、柔らかい部分が垣間見えたりするしね。
 それと、曲全体の温度感が、今の季節に妙にマッチするんだよね。 形態は、どっちかといったら、ロックなんだけど。
 サビの部分は、ビーイング系らしくキャッチーだしね。
 
 だから、個人的には、この曲は1位にしてあげたいって言う感情は、当時はあったんだけどなぁ。

 でも、まあ、これも、時代のナガレ中の事だからね。

 あ、でも、96年の秋から冬にかけては、結構、「せつなさ」系が多かったかなぁってきがするな。
 切ないっていうか、優しめの曲かな。この後になるけど、マイラバの「Now and Then」とか、ジュディマリの「クラシック」とかね。
 時代は、小室ファミリーの全盛期だったけど、それとはまた別の流れ・・。メロディ中心の流れもまだ、あったって頃だな。
 ここから、R&Bの流れっていうのが、97年の年明けとともにやってくるんだけど・・・。
 名実ともにメロディの時代からリズムの時代にメインストリームは変わっていく頃だね。



 あ、個人的には、今すんでる「家」買ったのが、このころなんだよね。
 個人的には、「ローン地獄」がはじまったころだ。。。
 いろいろ、ゴチャゴチャ書いちゃったけど、それがあるから、この頃の曲印象に残ってるんかなぁ。。。





※2005年10月に書いたものの再掲載です。






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