かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

チェリーブラッサム / 松田聖子

1981_01_チェリーブラッサム_松田聖子






今日の1曲セレクトは、「チェリーブラッサム」松田聖子です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     チェリーブラッサム
・アーティスト   松田聖子
・作詞       三浦徳子
・作曲       財津和夫
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1981年1月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    67.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年2月2日〜4月6日付

 今日は割りと暖かな1日でしたねぇ。まだ、春の足音は遠いとはいえ、こういう日があると、なんか春を感じちゃったりします。
 ・・・・うわ、マジメに書いちゃいました。。はい、今日のセレクトの前ふりでっす!

 チェリーブラッサム / 松田聖子

 1年目を大成功に収め、あけて81年の1月早々に、2年目のジンクスを跳ね飛ばせとばかり、リリースしたこの曲ですね。

 作詞は変わらなかったものの、作曲が、これの前作「風は秋色」までの、小田裕一郎氏から、財津和夫氏に代わり、たしかに、作風に変化がありましたねぇ。
 それまでの、キャンキャンとした、溌剌な感じが押えられ、すこし地味目なメロディラインの曲なんですよね。

 だからどうか、当時、聖子は、この曲が大ッキライだったそうで、歌うのがいやでいやでしょうがなかったそうですわ。
 うん、たしかに、言われてみれば、Aメロの

 ♪ 何もかも目覚めてく 新しい私〜 ♪ の部分、ぶっきらぼうに歌ってることが多かったって感じるわ。

 でも、ワタシ的には、当時から好きだったんだけどねぇ。
まず持って、前作の「風は秋色」は、メロディラインが「青い珊瑚礁」の焼き直しみたいで、どうも、今一歩だったんだよね。
 この曲になって、上で書いたように、雰囲気が変わったじゃん。まず、それがよかったな。

 それと、この曲の持つ、温度感が当時の温度感にピッタリはまってたんですよ。
 最初に書いたように、春はまだ遠いけど、春を待ちわびているような温度感っていうの?
 ちょっと淋しいメロディラインと躍動感があるメロディラインが交じり合ってるコントラストっていうのかなぁ、それが良かったんだよね。

 ザ・ベストテン的には、やっぱし、新幹線の静岡駅での中継が印象的だよねぇ。
 新幹線が停車中のわずかな時間にホームに下りてきて歌って、発車間際にとびのってく中継。
 これは画期的って言うか、無謀というかね
こういう、無鉄砲なところがベストテンのいいところだったな。
 そのあと、何人も同じようなことやったけどね。


 だけどさぁ、曲とうらはらに、このジャケットはちょっといただけないなぁ・・。
 ちょっとボヤケ過ぎぢゃないの? 霧の中にいるみたいね。

 ほんと、みづらくてスイマセンです。




※2006年1月に書いたものの再掲載です。


TOO ADULT / 渡辺美奈代

1987_01_TOO ADULT_渡辺美奈代






今日の1曲セレクトは、「TOO ADULT」渡辺美奈代です。

まずはデータでっすぅ。

・タイトル     TOO ADLUT
・アーティスト   渡辺美奈代
・作詞       秋元康
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1987年1月15日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    15.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月2日〜2月9日付

 1987年の曲がこのところ、多くなっちゃって、すこし、年代が偏りすぎかなぁ・・・とも思ったんですが、久々に「おニャン子」関係の曲を持ってきました。


 TOO ADULT / 渡辺美奈代

 ここ、何日か、「社会ネタ」にひっかけた曲を引っ張ってきたりしましたが・・・、うん、今日はなーんもありません。
 単純に、「私が好きだから」っていう、めっちゃ、私的な理由からこの曲を引っ張って来させて貰いました!

 うーん、深い理由はないんだけどねー、この曲好きなのね。
っていうか、おニャン子の中では、渡辺美奈代の曲って好きな曲が何曲かあるのよ。
 おニャン子卒業してからの曲でも「ちょっとFallin' Love」(88年)とか、「ピチカートプリンセス」(90年)なんかは、すきで、今でもよく聴いてますねぇ。。
 
 36歳のオヤジ、アイドルを聴く の図  ですよ。(^^;;;

 で、話をもどすけど、この曲、なんで好きなんだろう? って思うんだけど、単純に可愛らしいからかなぁ。。
 いやいや、あの当時は、背丈と同じくらいの曲だったしね。
まあ、渡辺美奈代とは、同級生にあたるかんね、たしか。
 
 ♪ アダルトしたくて アダルトできない 
   B’B’微妙な年頃〜 ♪

ってあったでしょ。なんかね、やっぱ、共感できたのよ。あの当時は。
 当時17才。。。「セブンティーン」よ。いいね、響きが「新鮮」で。。

 え? ワタシにも17才の頃があったのかって??

 あたりきよー、これでも、「微妙な年頃」だったんだから! 私も。。

 それと、曲が「無意味」に明るかったでしょ。丁度、あのころって、全体的に少し「暗めの重い曲」がおおかったんですよ。
 この間、紹介した「愚か者」や、その他、南野陽子「楽園のDoor」、中森明菜「TANGO NOIR」とかね。
 演歌では「雪国」だったりして。。。

 だからね、この曲のような「明るさ」ってのは、変な言い方だけど、新鮮だったんだよね。
 この曲と、故本田美奈子さんの「Oneway Generation」この2曲で、当時は勇気付けられたかなぁ。

・・・・と、しゅくしゅく書いてきましたが、本音を言うと、
サビの前の

 ♪ chu chu chu chu ♪

が良かったのです!!! (猛爆)
 これが聴きたくて、隣の車を省みず、カーステ大音響で、この曲を聴いてる私がいたりして。。(猛爆)

 うーん、今日は一体、何を言いたかったんだ? 俺。。





※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

卒業 / 沢田聖子

1982_01_卒業_沢田聖子






今日の1曲セレクトは、「卒業」沢田聖子です。

まずはデータでーす。

・タイトル    卒業
・アーティスト  沢田聖子
・作詞      三浦徳子
・作曲      加藤和彦
・編曲      国吉良一
・リリース日   1982年1月25日
・発売元     クラウン
・オリコン最高位 50位
・売上げ枚数   5.0万枚

 えー、この季節になると、ぽちぽち「卒業」・・というタイトルの曲が出てまいりますな。
 きょうは、その第1弾といいますか、沢田聖子の「卒業」です。

・・・といっても、はたして、この曲、どの程度のヒトがご存知か? はっきりいって自信がありませぬ。

 なにせ、いまから31年前の曲で、しかも、オリコンで「最高50位」。左ページぎりぎりでしたからねぇ。


 でもね、これがいい曲なんですよこれが。詞の内容も、メロディラインもいたって、素直でシンプル。
 それでいて、グっと、胸キュン(⇒死語)となるような内容なんですよね。

♪ みんな卒業していく、ひとりひとり。小さな記憶を箱に入れて、結んだリボンをすぐにほどくのなぜなの〜 ♪

 なんか、純粋なんですよね。世界観が。
 うーん、いまでは、こういう風景も、よほど田舎に行かなくちゃ見られなくなっちゃったっていう純粋さっていうのかなぁ、素朴さですね。

 31年前にはまだ、残ってたんですよね。こういう純粋さ、素朴さってものが。。
 今じゃ、絶対に通じないだろうなぁ・・。

 まあ、歌っている沢田聖子さん自体、純粋で素朴って感じでしたもんね。
 歌手のイルカの妹分ということで、同じクラウンからリリースしていたんですが、このとき19歳。
 でも、19歳には、みえなかったよなぁ。
 容姿だけ見ると、愛くるしいっていうか、「アイドル」と変わんないもんね。
でも、自分でも詞、曲を書く、れっきとしたシンガーソングライターなんですよね。
 まあ、この曲は、他の方が作ってはいますが。。。

 で、このとき、自身、短大に在学してて、この年の3月で卒業だったらしんですよ。
 ・・・で、リリースしたのが、この「卒業」だったようです。

 だから、「卒業」っていうと、とかく「高校」の卒業をイメージした曲が多いけど、この曲に関しては、短大、大学の卒業っていうイメージが大きいんですよね。


 たけど、なんで、ワタシがこの曲を知っているか? っつうと、やっぱし、ラジオなんだなぁ。
 丁度、このころから聴き始めた、TBSラジオ、「ザ・ヒットパレード毎日がベストテン」。文字通り、毎日、曜日ごとにジャンル別にランクを紹介するって番組。月〜金の21時〜21時45分だったかなぁ。
 DJは、あの小川哲哉氏。 小川哲哉氏っていったら、同時期、文化放送の「決定!全日本歌謡選抜」のDJが有名だけど、もともとはTBSのアナウンサーで、だから、「古巣」でも番組を持ってたってことですね。

 もちろん、木曜日は「ザ・ベストテン」見てたから聴かなかったけど、その他の日は毎晩、聴いてましたねー。

 で、月曜日が「ニューミュージックベストテン」。ここで、この曲がランクしてて、初めて聴いたんですよね。
 
 とかく、素朴な曲調がすぐに気に入ったんですよね。

 それがら、ずっと忘れてたんだけど、大人になってから、再度「ラジオ」で偶然聴いて、あのころの気持ちが再現してきたって言うかね、レコードまで買っちゃったわけです。
 

ちなみに、沢田聖子さん、「過去のカタ」のように書いちゃいましたけど、未だ、現役のシンガーとして、活躍中でっす。



※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

寒い夜だから / trf

1994_01_寒い夜だから_trf






今日の1曲セレクトは、「寒い夜だから」trfです。

まずはデータッス。

・タイトル     寒い夜だから
・アーティスト   trf
・作詞       小室哲哉
・作曲       小室哲哉
・編曲       小室哲哉
・リリース日    1993年11月21日
・発売元      エイベックストラックス
・オリコン最高位  8位
・売上げ枚数    67.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1994年1月24日〜2月14日

 いやいや、別トピでもたてたけど、昨日の雪は、うちらがすんでいる所としては、ほんと、ひさしぶりでの「大雪」どしたわ。

 で、雪がやんだら、寒いのなんのって。まさに、「寒いよるだから」。。。そのまんまやんけ! という「罵声」が聞こえてきそうですが。。。

 だってぇ〜、あんまりに寒くて、この曲しか、浮かんでこなかったんだもん。。(⇒おこちゃま口調)

 というのは、冗談で、たしかに、今夜は、すごく冷えるんで、この曲はピッタリだし、昨日の大雪、この曲がヒットしてたころも、大雪だったんだよねぇ。ワタシんところ。
 
 なんか、そういうところって、何年経っても忘れないもんなんだよね。
 だから、大雪っていうと、この曲って浮かんでくる曲の中には、この曲は外せないわけです。

 まあ、個人的な問題ではありますけどね。

 trfは、この2曲前、「EZ DO DANCE」ででてきた、ダンスユニットですわね。 まあ、みなさん、既によくご存知でしょうから、詳しくは書かないっすけど、「EZ DO DANCE」が出てきた時は衝撃的だったなぁ。
 
 90年代の初頭って、曲調的には「メロディアス」ものが流行ってたわけで、ダンスものは、どちらかといえばマイナー物だったんだよね。
 そこに、いきなり、超インパクトのある、この曲が出てきたもんだから、ちょっとビックリだったわけで・・。
 曲調は、あのころ流行ってた、マハラジャ、ホディコン、お立ち台系のオネーサンが、もろ好みそうな曲でしたわね。

 あ、この曲に関しては、私もキライではなかったんですけどね。 本来はキライなんですが、このテは。 でも、この曲に関しては、近々、何か起こりそうだなという予感っぽいものを感じたのかなぁ・・。いまとなってはの話ですが・・。

 で、この「寒い夜だから」で実質ブレイクとなったわけですね、trfは。
 いやいや、「前ブレイク」といった方が正しいのかな。
 たしかに、ランキングこそ、オリコンでは最高8位だけど、けっこう長い間、チャート上位にいたもんねぇ。

 既に、ある程度はtrfっていうアーティストは、この頃は認知されていたし、なりより、ほんとに寒かったかんねぇ。この年の冬は。曲がマッチしてたんだよね。

 この曲、ご多分にもれず、「コムロ」作品ですが、まだ、このころは、個人的には新鮮に聴こえたな。まだ、好きだった。
 あ、94年頃はなんとも思ってなかったな。
 このじきは、丁度ビーイング系全盛からの時代の境目で、わりといろいろな曲があったし、そのなかの1ダンス系って言う感じだったかんね。エイベックスも。

  それに、また、素直なんですよね、曲が。 あ、いや、この曲はって言ったらいいのかなぁ。
 とにかく聴きやすかったな。 サウンドは、イマイチだったけど。

 個人的には、大学卒業⇒就職っていう間際のヒットで、毎日不安に打ちひしがれておりました。
 見に来てくれてる方の中にも、今年、大学から社会人になられる方もいらっしゃると思いますが、同じですよ。あの独特の不安感は。

 この曲って、内容的に淋しいでしょ。だから、余計、不安になっちゃったりして。
 94年初頭という、あのころを思い出させてくれるには、一番の曲だなぁ。





※2006年1月に書いたものを再掲載しました。



飾りじゃないのよ涙は / 中森明菜

1985_01_飾りじゃないのよ涙は_中森明菜






今日の1曲セレクトは、「飾りじゃないのよ涙は」中森明菜です。

まずは、データでーす。

・タイトル     飾りじゃないのよ涙は
・アーティスト   中森明菜
・作詞       井上陽水
・作曲       井上陽水
・リリース日    1984年11月14日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    62.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年11月26日〜1985年2月11日付

 NEW明菜。1984年の中森明菜って、それまでのイメージから脱却した感じの年でしたよね。
 まあ、大きなところで変わったわけではないけど、83年までのバラード or ツッパリ 系というお決まりのパターンを脱却して、1ランクグレードアップした、新しい明菜を見せた年・・そんな感じに感じますねぇ。

 まあ、確かに83年ラストシングル「禁区」から、それまでのシングルには見られなかったメロディライン、詞も、表面的なところから、より深い心理まで踏み込んで、曲に幅が出てきていたことは確かなんだけど、シンガーとして、また、1歩踏み出したのが、84年ではないんかなぁ。

 ますもって、それまでのような「パターン」化された曲調の脱却。 さらに曲が自由度がましたっていうかね。いろいろ試しましたよねぇ。この年は。
 1月の「北ウイング」から始まって、「サザンウインド」「十戒(1984)」、で、この「飾りじゃないのよ涙は」・・と、全て、作家が違い、曲調も違うっていう、全くパターン化されていないリリースが、この年はあったんですよね。

 しかも、明菜自身、一番楽しそうに歌ってたのもこの年で、セールスの方も、常に60万枚以上で安定・・って感じで、ファンにとっても、ファンと明菜本人、双方で、一番パワーが充実してたし、「納得できた」1年ではないかなぁ。
 
 なにより、自由でしたよね。まだ、チャレンジャーの立場だったしね。

 で、その1984年の最後にリリースしたのが、この「飾りじゃないのよ涙は」なんですよね。

 この曲は、井上陽水がプロデュースと、明菜にとっては、それまで、前例のない独特のクセのあるメロディラインだったけど、このころは、なんか、見てても自身がみなぎってたし、ホンとのオーラっていのが、見えてきたように感じてたなぁ。私としては。。。

 聴いてるほうも、兎に角「新鮮さ」が常にあったんですよね。上で書いたように、この年は、シングルすべて、作詞、作曲者がちがうんで、つねに「新曲」がほんとに「新曲」に聴こえたんですよね。うん「新鮮」という意味での「新曲」って言う感じ? 
 そんな風に感じてたし、新曲出るのが楽しみだったなぁ。次は、どう来るのかっていうのがね。

 それは、アレンジもそんな感じだったなぁ。この曲のアレンジは、萩田光雄氏が担当しているんですけど、初めて、全面的にウチコミっぽいサウンドだなぁって感じたのね。
 たしかに、前年の「禁区」は、YMOの細野氏が作曲だったんで、サウンド的にもウチコミっぽい感じだし、実際、そうだと思うんだけど、全体的な印象としては、あんまり打ちこみっぽくないのね。ギターと、サンプリングっぽいストリングスが絡んできてるからかもしれないけど。。
 
 でも、この曲はサウンド全体が打ちこみ独特の緊張感が漂っているっていうかね。
 もちろん、ギターは、手弾きなんだけど、それでも、そのほかのシンセとうまく融合して、打ちこみっぽい緊張感を保ってるしね。
 で、バックには、スティービーワンダーの「パートタイムラバー」のような「チキカチキカチキカチキカ・・・」と速い3連が永遠に続くハイハットのドラムが否がおうにも、打ちこみっぽい雰囲気をかもし出してるしね。。。

 。。。。って、つい最近まで思ってたのね。

 BUTですよ、この曲のドラムは、実際に手で叩いてるんだってねぇ。。
 叩いているのは、村上”ポンタ”秀一氏。 氏の自伝「自暴自棄」を読んでたら、そう書かれてますね。
 あのハイハットは、どう聴いても打ちこみだと思ってたんだけど、で、よく聞かれるそうなんですよね。

 まあ、上で、打ち込みのようなって書いちゃったけど、実際は全てのパートとも、手弾きのようなんですけどね。

 でも、それだけ、好きのない「職人技」が光るこの1曲なんでないかなぁ、と思うわけです。

 この曲に関しては、時代のイメージ的な曲というよりも、曲そのものを聴き入ってしまう・・って言うような、曲自体を楽しみたい1曲なんですよね。 それは、いまでも変わりないなぁ。

 まあ、確かに、ハイハット以外のスネア、タムなんかは、手で叩いているようなに、どう聴いても思えますけどね。



※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

いい日旅立ち / 山口百恵

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今日の1曲セレクトは、「いい日旅立ち」山口百恵です。

まずは、データでーす。

・タイトル    いい日旅立ち
・アーティスト  山口百恵
・作詞      谷村新司
・作曲      谷村新司
・編曲      青木望
・リリース日   1978年11月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   53.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年12月4日〜1979年3月5日付
・タイアップ  国鉄「ディスカバージャパン」キャンペーンソング


 今日の1曲セレクトは、若干、時代を遡り、山口百恵の登場です。
 ずっと書こう、書こうと思いながら、なかなか、「これだ」という曲に時期的にめぐり合わなかったんだけど、この時期って言ったら、この「いい日旅立ち」は、避けて通れないものね。 まあ、日にち的にも、今頃が一番、この曲がヒットしていた時期でもあり丁度良いんではないのかな・・と思い、引っ張って来た次第ですわ。

 この曲は、一番最初、どこで聴いたんだろ? 何分27年前っていう、いまとなっては遠い昔になっちゃったので、よく覚えていないな。
 多分、当時まだ「国鉄」だった頃の「ディスカバージャパン」のCM曲でだったとは思うな。
 すこく新鮮だったな。・・とはいえ、あのころは、丁度、「ヒット曲」に入りたての頃で、どの曲も新鮮に映ったんだよね。

 それと、当時、鉄道ファンでさぁ。ブルートレインが好きだったのよね。 
 いや、あのころは、丁度、ブルートレインブーム絶頂期で、同じくらいの年代の、当時の「ガキ」には多かったんだよなぁ。
 しかも、「国鉄」のCFの図柄が、山口百恵が「ブルートレイン」にのっている図柄で、バックにこの曲が流れていたから、余計だったかもしれないな。

 その後、程なくして「ザ・ベストテン」にも登場してきたんだよね。
 この頃には、すでに毎週、ベストテンを見るようになってたから、当然、毎週この曲を聴いてたわけだけど、山口百恵っていうヒトは、天才的に歌い方が変わんないヒトだったんだよねぇ。 毎週、同じように淡々と歌う。
 まあ、この曲がそういう曲だったからかもしれないけどね。

 いや、それまで、山口百恵が、これだけまともな「ミディアムバラード」をうたうってことも、あんまりなかったんだよね。とくに1978年って、「プレイバックPART2」とか「絶体絶命」などのロック調の曲が続いていたんで、余計新鮮だったんだよね。

 一番印象に残っているのは、やっぱり、山口百恵の誕生日だった、1979年1月11日放送での、初めて1位とったときのセットだろうなぁ。
 何十本ものロウソクが灯ったなかで歌う図柄のセットの時の回。

 あのとき、初めてベストテンのセットで感動したって言うかね。。。
 うん、たしかに、ベストテンの目玉の一つに、豪華なセットっていうのが、後々の定番になってたわけだけど、番組が始まって1年くらいは、そうでもないんですよ。
 セットなしっていう方が多かったかだよね。もちろん、ピンクレディーの「透明人間」のように、♪消えますよー 消えます 消えます・・・♪でホントに、ピンクレディーが消えたなんていう、当時の最新技術を見せたことはあっても、セット的には、そうでもなかったのね。
 この頃からだと思うな、セットが豪華になってきたのは。

 それくらい、この曲っていったら、セット・・っていうイメージが強いなぁ。 セットなしってことあったのかしら?

 だけど、当時は山口百恵の存在感って絶対だったよね。それだけ、ビックスターだったってことでしょう。

 しかし、いつになっても、ホリプロも、第2、第3の山口百恵をつくろうとするねぇ。
 
 綾瀬はるか

 いま、一番、ノリニノッテル、ホリプロのホープだけど、3月24日にCDリリースなんだよね。
 まあ、プロデューサーが小林武史氏ということで、山口百恵そっくりってことにはならないだろうけど、歌に、ドラマに・・と、形態はどうしても山口百恵にさせたいのかねぇ・・と思っちゃうなぁ。

 たしかに、ちょっと影がある顔立ちといい、似てないこともないんだけどね。はたして、どこまで、期待にこたえられますかね。

 冬から夏にかけては、山口百恵は、結構、面白い曲が多いんだよね。
 なので、この後は、ちょくちょく、曲を紹介することになると思いますゾ。お楽しみに!




※2006年1月に書いたものを再掲載しました。


ドリーム・ドリーム・ドリーム / 岩井小百合

1983_01_ドリームドリームドリーム_岩井小百合






今日の1曲セレクトは、「ドリーム・ドリーム・ドリーム」岩井小百合です。

 まずは、データでーす。

・タイトル     ドリーム・ドリーム・ドリーム
・アーティスト   岩井小百合
・作詞       TAKU
・作曲       TAKU
・編曲       馬飼野康二
・リリース日    1983年1月12日
・発売元      キング
・オリコン最高位  19位
・売上げ枚数    10.2万枚
THE HITCHART HOT30最高位 19位


 アーティスト(歌い手にとって)、声質ってかなり重要ですよね。
 たとえば、ものすごく歌唱力があるヒトでも、声質がショボイと、なぜか、曲までしょぼく聴こえちゃったり、逆にへったくそなウタでも、声質が面白いと、曲まで面白く聴こえたりしてね。

・・・と、またまたへんな書き出しをしてしまいましたが、本日のセレクトした曲の「前ふり」なんだよねぇ。

 岩井小百合。

 うーん、まあ、私と同世代の方には懐かしいかもしれませんが、ちょっと年離れた方には、わかんないかなぁ。
 まあ、俗に言う、「B級アイドル」って言うんですかねぇ。

 丁度23年前の1983年1月に、この「ドリーム・ドリーム・ドリーム」でデビューしたんだよね。
 BUT、「ベストテン」入りした曲は1曲もなく、フェイドアウトしちゃったからねぇ。

 この方の特徴っていったら、なんつっても、あの舌ったらずな「ベビーボイス」ですよねぇ。
 うーん、舌ったらずの甘い、赤ちゃん声(そのままやんけ)っていうのかなぁ。どうも、男性心をくすぐる声っつぅかね。

 まあ、私だけなのかもしれないですが、このての声には弱い(好きという意味です)ですね。

 この方以外にも、新田恵利とか、三浦理恵子とか、ベビーボイスのアイドルってこの後もいましたが、とかく、弱いんだなぁ、私。。

 ざんねんなのは、レコードとテレビとでは、随分、声が変わっちゃったんだよなぁ。
 テレビだと、あのベビーボイスが半減しちゃうっていうかね・・。まあ、レコードが随分エフェクトかけてたってことだけど・・・。

 しかし、画期的なアイドルでしたよねぇ。なにせ、あの横浜銀蝿の「妹分」っていうふれこみで、デビューしたのよ、このヒト。
 しらなかったら、全く関係なさそうだもんね。
 
 このとき14歳。
 14歳のお子ちゃまが銀蝿なんていう、ばっちいオトナと付き合ってはいけません。。。。といまなら言っちゃいそうな気がするくらい、全く意外な組み合わせだったもんなぁ。

 しかも、ツッパリではなく、超清純路線・・・を通り越して、「お姫様」路線だったもんなぁ。ほんと、「想定外」ですよ。

 曲は、「銀蝿一家」とあって、もちろん、銀蝿のベーシストだった、TAKUが作詞、作曲してるんだけどね、これがうまいんだ、アイドルの曲を書くのが。。

♪今はDream Dream Dream 夢見る季節よ Dream Dream Dreamときめく私は〜 ♪

・・・・なんかねー、TAKU氏、どんな顔してこの。メルヘンチックな曲作ったんだろうね〜。。。
 想像しただけで、なんか、おかしいやら。。。。


 銀蝿っていうと、とかく「3コード」のシンプルなロックンロールっていうイメージが強いし、歌詞の内容も、赤いドレスだとかポニーテールっつうイメージの小道具が必ず使われているけど、意外や、「歌謡曲」的なメロディライン作るのがうまいんだよね。
 この曲だって、言われなきゃ銀蝿のメンバーが作ったなんて、一見わかんないような、もろ、アイドル歌謡路線だしね。
 そのまえに、三原順子の「だってフォーリンラブ突然」とか、西城秀樹の「セクシーガール」なんてのも、銀蝿の作品だしね。
 どうも、見た目で判断されがちな連中だったけど、結構、音楽的な部分も持っていたんだよね。

 ちなみに、Johnny氏は、今は古巣、キングレコードのディレクターだしね。

でもね、岩井小百合がこのとき14歳。ワタシより1つ年上なんだけどね、同時期にデビューした武田久美子と同い年なわけで、ここに来て一気に自分と年がもろ近いアイドルが出てきたんだよね。
 なんか変な感じだったなぁ・・・。アイドルといえど、年上が当たり前の感覚だったからなぁ。
 同時に、ほんとに身近に感じたのも事実だな。

 ちなみに、この岩井小百合、この年1983年の新人賞はほぼ総ナメ。
 うーん、正直言って1983年って新人アイドルは、今一歩不作だったんだよね。前の年1982年があまりにも、アイドル豊作だったので、その反動かもしれないけど・・。
 そのおかけで、ベストテン曲がなかった、このヒトで新人賞が取れたわけですわ。

 でも、2年目のジンクスは、乗り越えられなかったよねぇ。
とは、いうものの、未だにゲーノー界には、残っていらっしゃいますが。。。。
 最近は、もっぱらレポーターだけどね。
 今でも、旅番組のレポーターでちょくちょく見かけますが、変わんないよね。笑うと「かまぼこ(の形の)目」になるのは、32年前のまんまだし。。。

 えー。プロフ写真、この「ドリームドリームドリーム」のジャケ写だけど、でっかいハートマークがあったりして、さすがに45歳のオッサンとしては、恥ずかしいもんがありまする。。。



このヒトの特徴と言ったら、現代の「初音ミク」よろしく、ボーカロイドっぽい、まるで「赤ちゃん」な舌足らずなベイビーボイスが特徴だったけど、テレビで歌うと、ちょっと声質が違うんだよね。






※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

愛が止まらない / Wink

1989_01_愛が止まらない_Wink






今日の1曲セレクトは、「愛が止まらない」Winkです。

まずはデータでーす。

・タイトル      愛が止まらない〜Turn Into Love〜
・アーティスト    Wink
・作詞        Mike Stock  Matt Aitken Pete Waterman
・作曲        Mike Stock  Matt Aitken Pete Waterman
・編曲        船山基紀
・訳詞        及川眠子
・リリース日     1988年11月16日
・発売元       ポリスター
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     64.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年12月26日〜1989年4月24日付
・タイアップ  フジテレビ系ドラマ「追いかけたいの」主題歌


 えー、このところ、しばらく「男性」アーティストが続いたので、久々に「女性」アイドルを引っ張ってきて見ました。

 愛が止まらない  / Wink

 早いもので、今年で「平成」も27年目を迎えたんですねぇ。
ほんと、ここまで来ると、ホント、「昭和」は遠くなりけりって感じですが、「昭和」って何年まであったか、覚えてますか〜。

 そこの アナタ! え? 63年まで? ・・・・・ブブーッ

昭和64年ってあったの、覚えてないかなぁ?

そうです! 平成になったのは、1989年1月7日から。だから、たった6日間とはいえ、昭和64年ってあったんですよね。

 ・・・なんて、前振りしたのは、この曲、「愛が止まらない」は、「ザ・ベストテン」で唯一、「昭和64年」初登場の曲なんですねぇ。
 つまり、昭和64年1月5日放送の「ザ・ベストテン」で、初登場したってわけです。

 なんかね、そういうことってよく覚えてるんだよねぇ。
ちなみに、この回、1回のみ、あの「久米宏」氏が司会に復帰しておりました。松下アナが88年末で司会をやめた直後ですね。

 しかし、この曲は、大ヒットだったよなぁ。たしかに、フジのドラマのタイアップは付いていたものの、ここまでのロングヒットになるとは誰が考えていましたかねぇ?
 なにせ、4月まで4ヶ月間ベストテンに居座ったくらいのロングランだったもんなぁ。
 つまり、ドラマが終了してからも、ベストテンをキープし続けたって曲ですね。
 丁度、いまのレミオロメン「粉雪」と似たようなチャートアクション傾向だな。
 やっぱり、ブレイク時のロングランは強いんだよね。

 だけどね、正直言って、どこがそんなに良かったんでしょうね? 今になって振り返ると、「うーん?」って首をひねりたくなってきたりして。。。

 うーん、たしかに、「80年代ディスコ」の「時流」には乗ってたかなっていう気はするが、ここまでのロングヒットになるだけの「サムシング」があったかというと、ちょっと首をひねっちゃうんだよねぇ。。。
 まあ、ヒットとブームは紙一重ってところもあるしね。後になって、ちょっと首をひねりたくなるようなこともありますわね。

 だけど、たしかに曲は良かったですよ。あの89年っていうイメージ、色合いにも合ってたし。
 89年の1月〜3月って、どちらかというと、ダークなんですよね。色合いが。
 曲調で言ったら、モロ、マイナー系が「トレンド」(←死語?)だったんだよね。
 ちなみに、工藤静香「恋一夜」、男闘呼組「秋」、浅香唯「TRUE LOVE」、長渕剛「激愛」などなど、とかく、マイナー系の曲が多かったし、ヒットしてたんだよね。

 そういう時代背景的には、ピッタリはまってたしね。

 これがね、3月終わりから、空気が一変するんですよ、89年って。いや、2月の南野陽子の「涙はどこへ行ったの」あたりからかな?
 今度は逆にメジャー系の曲がトレンドになるんだよね。
その、中心がプリプリの「Diamond」かなぁ。

 まあ、Winkは、その時流にうまくのっかって、今度は同じ時期に「涙をみせないで」って、とびっきりメジャー計な曲でトップアイドル街道をがっちり掴むんだけどさ。

 うーん、トップアイドルに上り詰めるには、やっぱり、こういう時流をしっかり掴むっていうのは、絶対条件だよねぇ。

 ただ、そういうWinkも計算外だったのは、このとしで9月でベストテンが終わったことではないかねぇ?

 つまり、露出する、歌番組が減ったこと。 なにせ、アイドルは露出が命だからねぇ。これは痛かったでしょ。
 証拠に、ベストテンの終了と歩を同じくして、Winkも下降線を画いていったという・・・なんとも分かりやすい図式だったよねぇ。 これは、光GENJIもそうだったけど・・。
 そういうことで、わずか1年のトップアイドルだったんだよね。Winkって。
 その後も、暫くベストテンにはランクされてたけど、いまいち、パッとしなかったもんねぇ。

 だから、あの時期、ベストテンとか夜ヒットとか、「老舗」の歌番組が終わったからこそ、時代が動いた・・と、無理やり言えなくもないかなと思うんだよね。
 
 もし、あのまま「惰性」でもつづいてたら、まだ、アイドルの天下は続いたんではないかなぁ。
 まあ、いまとなってはの結果論だけどね。



※2006年1月に書いたものを再掲載しました。


夢想花 / 円広志

1979_01_夢想花_円広志







今日の1曲セレクトは、「夢想花」円広志です。

 まずは、データでーす。

・タイトル     夢想花
・アーティスト   円広志
・作詞       円広志
・作曲       円広志
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年11月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    44.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1979年1月8日〜3月5日付
・タイアップ 日本航空「COME TO AMERICA '78」キャンペーンソング

 昨日は、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」を紹介しましたが、「完全無欠」っていったら、ポプコン⇒世界歌謡祭でグランプリっていうパターン。
 まあ、そう来たんで、今日も同じパターンの曲をご紹介しましょう!

 夢想花 / 円広志

・・・って書くと、どうしても

♪ とんで とんで とんで とんで・・・・(×9times)
  まわって まわって まわって まわる〜 ♪

ってきちゃいますよねー。

 なにせ、当時の「ザ・ベストテン」で黒柳徹子さんが、ほんとに数えてたんだから! 「とんで とんで〜」と「まわって まわって〜」の数を。。。
 1979年2月9日放送の「ザ・ベストテン」。 この週は、ワタシにとって、記念すべき日でして。。。(って多いな。。記念すべき日が。。。)
 ベストテンをはじめて、カセットにラジカセで「録音」した日なのよね。SONY C-60っていう、超初期のカセットテープにいまでもしっかりと音が刻み込まれております。

 その週のテープを聴くと、この週は6位だったんだけども、歌が終わったあとのコメントに「とんでとんでが54回、まわってまわってが24回」なんていうコメントをしてます

 まあ、そのくらい、インパクトがあったんだよね。この曲のこのサビの部分がさぁ。

 なにせ、いまだにCMでパロディにされてるもんね。

 でも、このサビの部分以外も、この曲は全体的に良かったと思うなぁ。 よくまとまっているんだよね。
 どうしても、サビの部分ばかりが強調されちゃうけど、この曲は全体を聴いてこそっていう部分もあるし。

 個人的には、

♪ 忘れてしまいたいことが今の 私には多すぎる〜♪の入りの部分からして秀悦だと思いますね。

 さすがに、第16回ポプコングランプリ 第9回世界歌謡際グランプリの曲だけはあるよね。

 うーん、考えるにこの当時が、一番ポプコンのレベルが高かった時代ではないかなぁと思うのね。

 特にこの第16回大会は、いま思うと、そうそうたるメンバーが本選に出場し、入賞しているんだよね。

 グランプリは、この円広志「夢想花」。
 入賞には、「明日への旅立ち」のクリスタルキング、その他、「流恋情歌」のチャゲ&飛鳥、 いまやS.E.N.Sで大活躍の勝木ゆかり がそれぞれ獲得してる。
 しかし、円広志をのぞいては、この方たち、みなさん「九州地区」代表なんだよね。 このころは、九州博多発の音楽はレベルが高かったからなぁ。
 それにつけても、すごい面々が出場してたポプコンですね。

 ちなみに、入賞こそ、のがしてますが、本選には、石川優子も出場しています。

 石川優子と、入賞のチャゲがコンビを組んで「ふたりの愛ランド」を歌うのは、6年後のことですね。

 そういった、すごいメンバーが出場した、「ポプコン」でグランプリを獲得しているだけに、コノ曲のレベルが高いのも頷けるところなんですよね。
 サビだけではないんだよね。

 しかし、円広志って、このころは、見た目マジメな好青年にみえたんだけどねぇ。 「ザ・ベストテン」でも、当時は「くだけた」イメージはなかったんだよなぁ。
 でも、後年のこの「くだけっぷり」は何? って感じですね。さすがに関西出身ですかねぇ、すでにアーティストというより「芸人」って感じですもんね。

 いまや 

♪ とんで とんで とんで・・・ ♪どこ行ってもうたんやー っつうギャグの方が完全に、似合っちゃってますわ。

 さすがに大阪芸人。ただでは転ばんね。

これでも、後年、森昌子の「越冬つばめ」なんていう、すばらしい曲作ったりしてるんだよね。

♪ ヒュルリー ヒュルリー ララ 〜 ♪ですよ。

 あ、この曲も今頃のヒットだな。
 円広志氏は冬と縁があるようで・・・。




※2006年1月に書いたものを再掲載しました。

完全無欠のロックンローラー / アラジン

1982_01_完全無欠のロックンローラー_アラジン






今日の1曲セレクトは、「完全無欠のロックンローラー」アラジンどぇす。

 まずは、データでーす

・タイトル     完全無欠のロックンローラー
・アーティスト   アラジン
・作詞       高原茂仁
・作曲       高原茂仁
・編曲       高原茂仁
・リリース日    1981年11月14日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  7位
・売上げ枚数    29.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1982年1月18日〜2月8日付

 コミックソング。いまや、ほとんど「死語」になってしまったよねぇ。
 去年のゴリエだって、まえけんだって、一昔前だったら「コミックソング」というジャンルに入れられ、完全に「イロモノ」扱いだったろうに、今の世の中では、立派に「普通の曲」として扱われてるもんなぁ。。

 ・・・といきなり、コミックソング談義。そうです、今日の1曲セレクトは、そういった、コミックソングのなかでも、代表的な曲っす。

 完全無欠のロックンローラー / アラジン

 いや、でも、本来は、コミックソングではない・・・はずなんだよね。
 なにせ、あの「由緒ある」、ヤマハポピュラーミュージックコンテスト、いわいる「ポプコン」の「第22回」の「グランプリ」曲ですよ。 この曲。。。
 しかも、その後行われた、「第12回世界歌謡祭」でも、グランプリを獲得。。。

 なんと、「世界」を制しているのですよ。このコミックソングは。。。(^^;;;;;

まあ、世界歌謡祭なんて、仰々しいタイトルがついていますが、要は、ポプコングランプリ獲得者の「ハク付け」のためにヤマハが主催していたイベントなんですが・・・。

 だけどね、この曲が、あのポプコンのグランプリ獲得曲としったときのショックときたらなかったね。
 ついにポプコンも地に落ちたか・・・とガキながら思ったもんですよ。

 たぶん、最初にこの曲聴いたのが、「ザ・ベストテン」のスポットライトだったと思うけど、ウチの親なんて、バカ怒りしてたもんなぁ。

 大体において、ボーカルの高原氏は、ゲーノー界に入る手段としてポプコンに出場したらしく、本心は「ロックンロール」なんて、すきでも何でもなかったらしい。
 本音は、ポールモーリアと、小椋佳がすきなんだと。。

 だから、曲に思いいれもなんもないんだよね。なんで、ロッキンロールのくせに、秋田音頭にもなっちゃうような、こういう、とんでもない曲でもくめんなく歌えたし、作れたんだと思うけど・・・。

 しかし、それもそれで、潔いケーノー人生活だわね。なにせ、曲の方は、当然というか「一発屋」で終わったのに、ゲーノー人としては、未だにシブトク生き残ってるもんねぇ。

 昨日(12日)、日本テレビで、「あのヒトは今」に出て、この曲歌ってたけど、実家の土建屋を継ぎながらも、いまも、名古屋圏でタレント活動してるってんだから、このシブトさときたら・・・・。
 まあ、あの当時、名古屋商科大学の学生だった、このヒトたちも、いまや立派な「オヤジ」になってましたが・・・。


 しかし、まあ、それはそれでねー、こういう曲もあるってのは、悪いことではないとは思うけどね。
 みんな、真っ直ぐな曲ばっかじゃ詰まんないし。まあ、こればっかになるのも問題だけど・・・。

 いずれにしても、24年前のこのじきの曲として、しっかり根付いていますけどねぇ。。





※2006年1月に書いたものを再掲載しました。
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