かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

セシル / 浅香唯

1988_09_セシル_浅香唯






今日の1曲セレクトは、「セシル」(浅香唯)です。

 まずは、データから

・タイトル     セシル
・アーティスト   浅香唯
・作詞       麻生圭子
・作曲       NOBODY
・編曲       戸塚修
・リリース日    1988年8月18日
・発売元      ハミングバード
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    22.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1988年8月29日〜10月17日付


 昨日はフェイントかけちゃっんで、今日は正統派で行きますよ〜 

 いやいや、昨日も「セシル」、今日も「セシル」でごっちゃになっちゃう?? いやいや、それが一つの狙い目だったりして・・。
 さてさて、みなさんは、どっちのセシルがお好きかな・・っと思って、わざとらしく組んでみたんだけどね。


 昨日は、クリスタルキングの「セシル」だったわけですけど、こちら浅香唯の「セシル」も佳曲でしたね。
個人的には、この曲のイントロが好きなんだ。オルゴール風音色ではじまる、少しメルヘンががったイントロね。
 ちょっと物悲しい雰囲気をもった入り方が、この季節を象徴してるよね。
 この前の曲が「C-Girl」でギンギン夏ががった曲だったじゃないですか。
 だから、最初、初めてこの曲聴いたとき、ホッとしたのを覚えてるな。 いかにも「秋」の曲だぞって気分にさせてくれるってのかね。

 詞の方は、ヒトに話しかれるような人生訓のように感じたなぁ。サビの部分の♪ヒトは大人になるたび弱くなるよね〜♪ってところ・・なんとなく納得しちゃうんだよね。
 当時、ワラシも19歳。浅香唯とは同い年なんだけど、なんか大人なんだか、子供なんだかよくわかんない頃だった気がするな。だから、余計、この詞が刺さってきたりしてね。

 作詞は麻生圭子女史 あのころは、当たってましたねぇ。作曲はNobody 。うーん、どっちかというとこっちのほうがびっくりしたな、Nobodyって言うと、ロック色ぽい曲が多かったじゃん。だから、「C-Girl」は納得するのよ。「いかにも」って感じだしね。 でも、こういう「ソフト」な曲も書けるんだねぇ。

 しかし、浅香唯さん、この年が一番の当たったよね。「スケバン刑事PART3」が終了後、みるみる人気急上昇だったもんなぁ。
 もちろん、この年は曲もよかったよね。2月の「Believe Again」いがったなぁ。それまでの曲ってどうも、イマイチ焦点が定まらなかった気がしていたんだよね。
 その点、この「Believe Again」で一皮向けた⇒焦点がはっきりした って感じがしたなぁ。
まあ、個人的には、この曲がヒットしてたころ「浪人」がきまったわけで、勇気付けられもしたんだけど・・

 そのあと、4月に「C-Girl」、8月にこの「セシル」、11月に「Melody」と続くわけだけど、この年は、メジャー系の印象強いメロディの佳曲が続いた・・・そんな感じですね。
 やっぱり、浅香唯は、メジャー系の曲に限る・・・っていうか、マイナー系の曲は印象が薄くなっちゃうんだよなぁ。 年明けた89年の1月の「TRUE LOVE」これは、パッとしなかったもんなぁ。映画「YAWARA」の主題歌でもあって、1位とったけどさ。

 でも、逆に考えると、この印象のレンジの「狭さ」ってのが、命取りだったかなぁ。結局は、人気は意外と長持ちしなかったもんねぇ。それいえに88年のころの人気が、ことさら印象に残るんだけどさ。



※2005年9月に書いたものの再掲載です。

セシル / クリスタルキング

1982_セシル_クリスタルキング







今日の1曲セレクトは、「セシル」(クリスタルキング)です。

まずはデータから

・タイトル      セシル
・アーティスト   クリスタルキング
・作詞        大津あきら
・作曲        山下三智夫
・編曲        梅垣達志
・リリース日    1982年7月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  33位
・売上げ枚数    7.2万枚

 「セシル」っていったら、「浅香唯」の「セシル」と思った方、ビンゴです! 今日のプロフィール写真「ゴメン」のままにしてたのって、それが狙いだったのよ。
トピックスのタイトル「セシル」って書いて、どのくらい、浅香唯と思って来るのかしらってのがねぇ・・・。

 ちょうど時期が時期だからねぇ・・・。浅香唯の「セシル」もちょうど、今頃だもんね。ヒットしたの。
 でも、今回は、「クリスタルキング」の「セシル」をご紹介。

 クリスタルキングっつったら、吉崎勝則と田中雅之の独特のツインボーカルで1980年の初頭「大都会」を大ヒットさせたバンドっつうことは、みなさんよくご存知ですわね。

で、そのあと、「蜃気楼」「処女航海」とヒットを飛ばしたものの、だんだんと尻つぼみしていったわけで、1982年当時は、それこそ、知っているヒトしかしらないって言う存在になっていたんじゃないかな。
 少なくとも、私は完全に忘れてましたねぇ・・ 当時は。

 ・・で、あるとき、ラジオ聴いてたら、すごくメロディアスな曲が流れてきたわけ。それが、この「セシル」だったんだよね。最初はクリキンって全くわかんなかったんですよ。
 クリキン=ツインボーカルの迫力っていう頭があるからさ。
 でも、この「セシル」は、ボーカルがすごくやさしいんだよね。 そう、これは、ボーカルは、いつものメインの吉崎、田中コンビではなく、ギターの山下美智夫なんだよね。
 ついでに言えば、大都会もこのセシルもこのヒトが作曲したんだけどね。

 ただサビの♪I LOVE YOU マイスイートセシル 君は愛のフォトグラフ〜♪からのコーラスの部分を聴いてると、吉崎 田中の声もちゃんと聴こえるのね。この曲に関してはコーラスでの参加なんだよね。

 それにしても、随分の変わりようだよね。 うーん、やっぱり、セールス的には落ちてたんで、いろいろ試していた時期なんだろうね。

 例の「北斗の拳」の主題歌「愛をとりもどせ!」で一時的な復活を見せたのは、これから2年後の1984年の11月ですわ。でも、これこそクリキンの真骨頂って感じだもんね。


 しかし、あの時代は、ワシ、よくラジオ聴いてたなぁ。この曲もそうだけど、ラジオ聴いてなきゃ、絶対に出会っていないって言う曲も結構あるよ。
 まあ、成り行きというか定めというか、たまたまそういう時期とかさなっちゃったんだと思うけどね。
 あのころは、個人的にいろいろあって、ラジオが唯一の友だちだったからさぁ。
 そういう時代にこういうやさしい曲が唯一の「癒し」だったんだよねぇ。


 うーん、今日の文はひどいなぁ・・。内容がないね。読んでる方ゴメン。


ブルースカイブルー / 西城秀樹

1978_09_ブルースカイブルー_西城秀樹








今日の1曲セレクトは、「ブルースカイブルー」(西城秀樹)です。

いつものようにまずは、データから

・タイトル    ブルースカイブルー
・アーティスト  西城秀樹
・作詞       阿久悠
・作曲       馬飼野康二
・編曲       馬飼野康二
・リリース日   1978年8月25日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   29.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月11日〜10月30日付


 えー、このところ、80年代アイドルが3連発だったので、今日は、ちょっと時代をさかのぼって見ます。

 しかしですね、この時期、9月の頭って意外とヒット曲がないのですよ。・・というのも、もともと8月ってリリースが少ないんですね。昔から・・・。
 70年代以降、特にアイドル系って、3ヶ月ローテーションが基本で、四半期末の3,6,9,12月ってのは、結構リリースが多いんだけど、8月ってのは、そういった四半期の狭間でもあるし、季節の変わり目の意外と中途半端な季節なわけで、リリースが少なかったのかもしれん。
 まあ、そのあおりを食って、昔から8月の終わりから、9月の中ごろまでの1ヶ月って意外と空白期間なんだよね。
 逆に、9月の中旬過ぎると9月リリースの「秋」の曲がどっとリリースされるので、一気に活気付くんですけどね。

 今日紹介する西城秀樹の「ブルースカイブルー」は、そういう、季節の狭間にリリースされた曲です。
ただ、同時の西城秀樹のローテーションから言うと、これの前の「炎」が5月リリースだったから、ちょうど3ヶ月なんですけどね。
 でも、8月リリースとしては、すっかり「秋」の装いの曲でしたね。「ブルースカイブルー」というタイトルどおり、すっきり晴れた「秋晴れ」の日を想像するような曲調が印象的な曲です。
 ・・ということは、この時代・・27年前は、9月っていったら既に「秋の装い」って季節だったんだよね。
 ワシ、このころはまだ、福島に居たんで、これがヒットしてた時期は既に秋って言うイメージがあるもんね。
 近頃は、9月って言っても暑いじゃん。昨日今日の暑さって何? だよねぇ〜。やっばし、時代は確実に「温暖化」ですよ・。
 
 話はもどって、このころ・・・というか、1978年のヒデキは、ジックリ「聴かせる」曲が中心だったんですよね。
1月の「ブーツを脱いで朝食を」、1曲はさんで、5月の「炎」、そしてこの曲と、スタンダードナンバー意識したようなエンターテメント性の高い曲が並んでいますよね。
 まあ、そういった意味では3部作と言ってもいいかもしれませんが、そのトリとなったのが、この曲なわけです。

 作詞は、阿久悠氏、作曲は馬飼野康二氏 という2大巨頭による作品ですが、正直、ワタシ目などにモンクは書けないですわね。
 物語性に富んだ阿久悠氏の詞、いつものようにサビでグワーっと一気にもりあがる馬飼野氏のメロディ正直完璧に近い曲なんぢやないかなぁと思うんですよねぇ。

 よくさー、この曲のメロディ、モセダディスの「エレストゥ」って曲のパクリだって言われるんだけど、そんなことはどうでもいいんじゃんって思わせるもんなぁ。

 曲展開もドラマティックですよね。 大サビで♪ラーラーラー〜♪となる部分、本来はここで終わるのかなと思わせておいて、♪青空よ心を伝えてよ〜♪ともう一つリフレインが続くところなんて、マジでドラマティック。78年のヒデキは、本当に曲に恵まれていると思います。

 当時、ワシは9歳。この世界に入る、まさにその時ですね。初めて「ベストテン」をみた78年11月2日には、この曲は6位。リリースが8月25日だから、結構ロングヒットだったんですよね。
 と、ともに、ワシをこの世界(⇒ヒット曲界)に引きずり込んだ1曲とも言えるよなぁ。

 ちなみに、この曲の次の次の曲が例の「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」なんだけど、その前の曲・・・、だから「ブルースカイブルー」の次の曲は「遥かなる恋人へ」って曲なんだけど、これがまた、名曲なんだよね。
 あんまり売れなかったから、いまや知ってるヒトしか知らないだろうけどさ。




ヒット当時の動画だけど、音が「ボコボコ」やね。今じゃ考えられないけどね、1978年当時は、音が「モノラル」だったからなぁ、これでも最新の音だったわけです。


※オリジナルは2005年9月に書いたものです。今回、若干、加筆しました。




 

チェックポイント / 藤井一子

1986_09_チェックポイント_藤井一子








今日の1曲セレクトは、「チェックポイント」(藤井一子)です。

まずはデータから

・タイトル       チェックポイント
・アーティスト     藤井一子
・作詞         来生えつ子
・作曲         筒美京平
・編曲         新川博
・リリース日      1986年7月25日
・発売元        徳間ジャパン
・オリコン最高位    14位
・売上げ枚数      9.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ  TBS系ドラマ「夏・体験物語PART2」主題歌


 昨日に続いて、TBS系ドラマ「夏体験物語」に関係する曲ですね。 あ、と言っても、この曲は、86年のパート2の主題歌です。
 この頃は、冬は「毎度おさわがせ」シリーズ、夏は「夏体験」シリーズと完全にパターン化しちゃってましたよね〜。 当時私は・・というと、「毎度〜」の方は毎週見てたけどね、「夏体験〜」の方は、あんまり見てなかったなぁ。こっちはどうも、エキサイトしすぎなんだよね。内容が・・・。結局は「やりてー」って言うことが言いたいんでしょ(←失礼)っていうのが、ミエミエで、最後は、お決まりのハチャメチャでおしまいっていつものパターンなんだよね。

 でも、この曲は、インパクトあったよなぁ。
 イントロ出だしの♪チェ チェ チェ チェッ ポイント!♪っていう、サンプリングをつかった入り方、これにはびっくりしたね。
 まあ、今では、音のサンプリングなんて子供だましだけど、当時はまだ、アイドルで大胆に使うってあんまり無かった・・・・。 あ、いやいや、あった、これのちょっと前、86年4月の少年隊の「デカメロン伝説」。
この曲、少年隊の錦織の声のサンプリングで、後ろで「バカチコ」(「ワカチコ」?)っていう意味わかんねーサンプリングの声が入ってきてたよね。基本は、これと同じだったわ。
 これは、作家陣のカンケーですね。「チェックポイント」も「デカメロン伝説」も作曲 筒美京平、アレンジ 新川博 っていうコンビなんですよ。だから、これは、多分意図的だな。

 ちなみに、この曲の作詞は、来生えつこ。 来生えつこ−筒美京平っていうコンビは、あんまり実例がなかったよなぁ。それだけに、この曲には随分期待してたんだろうねぇ。
 でもまあ、最高14位で、10万枚近く売ったっていうのは、当時としては、かなりガンバッタといえますね。
7月リリースで、この時期に最高位に持ってきたってところからも、分かるように、アイドルデビュー曲としてはロングヒットだったもんね。

 だけどさぁ、この時期・・・86年ごろから、「年下」のアイドルがちょくちょく出るようになったんだよね。
この藤井一子にしても、同い年デビューの西村知美にしても、渡辺満里奈にしても、俺より一つ下だしさ。
 なんか、複雑な気分だったな。自分より年下のコがデビューっていうのは・・・。
 それとともに、ヒット曲の見方もなんか変わって行ったきがするなぁ。

 それまではさ、アイドルにしても自分よりは年上だったわけで、「大人の曲」としてみてたんだけど、なんか急に「子供の唄」っぽく見えてきたりしてさ。
 この時期、自分の周りでもどんどん、ヒット曲から離れていったけど、みんな同じように感じたんだろうな。
まあ、この頃はもっと別の要因もあったんだけどさ。

 当のワシは、ヒット曲から離れる気はさらさらなかったな。 まあ、実際は、このあと86年の後半あたりから暫く、「GS」とか、「ブラスバンド」の専門曲に興味がいっちゃって、その当時のヒット曲から若干距離を置いてた時期もあるんだけどさ。(86年〜87年にかけてネオGSって感じで、再度GSが流行った頃があるのよ) でも、結局は、離れ切れなかったですね。



※2005年9月に書いたものの、再掲載です。

Bye Byeガール / 少女隊

1985_09_Bye_Byeガール_少女隊







今日の1曲セレクトは、「Bye Byeガール」(少女隊)です。

まずはデータから

・タイトル    Bye Byeガール
・アーティスト  少女隊
・作詞      秋元康
・作曲      中崎英也
・編曲      佐藤準
・リリース日   1985年8月21日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   9.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位
・タイアップ TBS系ドラマ「夏・体験物語」挿入曲

 巨額のプロモート費をかけたアイドル。80年代も半ばになってくると、アイドルが音楽「産業」の中心となって、とともに生まれてきた現象だよね。
 そのなかで一大プロジェクトとして組まれたのが、「少女隊」だったわけね。
なにせ、30億円かけた一大プロジェクトっつう触れ込みで、デビュー曲のPV作成も海外で制作ととにかく、金をつぎ込んで作り上げたグループなんだよね。

 ただね、ワシは当時から、結構冷ややかだったな。なんか、実態が無かったんだよね。金かけた割には、露出が少なかったし・・。テレビにもあんまりでなかったしね。
個人的にも、84年のデビュー曲「Forever」のデキはよくないと思ってたし・・。

 今考えると、これは伏線だよね。テレビに出ないんぢゃ無くて、出れなかったんだよね。
 ・・というのも、少女隊の3人とも当時15歳だったのよ。ワシと同い年ね。(だから当時ワシも15歳・・・若かった)
で、当時の3大ウタバングミのうち、「ベストテン」「ヒットスタジオ」は9時以降だから出たくても出れないわけだし。。。
 そのほかも、なんか神秘のベールに包み込むような触れこみで、あんまり露出が多くなかったしね。
 だから、お金をかけたっていうことばっか先行して、中身がほとんど伝わらなかったっていうのところがあったよね。

 まあ、それが実際、的中したわけなんだけどね。ちなみに、デビュー曲は最高32位と散々な結果。 果たして、仕掛けたほうはどういう気持ちだったんだろ?
 個人的には、そっちのほうが気になったりしてね。

 お金をかけりゃ、それで売れるっていう見方が大勢を占めてたのかなぁ?
同じ時期、やっぱり、大金をつぎ込んで作られたアイドルグループがもう一組いまして・・・、

 セイントフォー。

84年11月に「不思議Tokyoシンデレラ」でデビューした4人組もかなり巨額のお金をつぎ込んで送り出したアイドルグループですわね。

 こちらも、巨額なお金をかけて失敗した典型だよね。
 
 今から考えると、この時点で「プロ」が「プロ」として「作り上げる」アイドルっていうのは、寿命が尽きていたんだよね。

 それを見て取った、秋元康氏が次の年、「おニャン子クラブ」っていう「シロート」集団をアイドルにってことで仕掛けて大成功するんだけども。
 それを考えると、秋元氏っていうのは、やっぱりしたたかだし、あの時代を読みきってるなって改めて思いますね。


 ・・ということで、「Bye Byeガール」。この曲は、当時、TBS系の「夏体験物語」っていうドラマで使われてたんだよね。
 えー、「毎度おさわがせします」の「夏版」のようなもんで、高校の寮で起こるはちゃめちゃ一大青春物って感じのドラマだったな。中山美穂が、「まいど〜」につづいて出演して、人気を不動にしたんだよね。

 作詞は秋元康。ただ、ドラマの内容を意識してたなかなぁ。曲の詞の内容は、今考えると、かなりきわどいよね。ストレートっていうか、もろ「S」「E」「X」じゃん。内容は。。。
 うーん、アイドルがここまで唄っていいんですかねぇ。。。相手は16歳の女の子ですよ・・とちょっと思ったんですが、なにせ、資金回収せにゃいかんですからねぇ。もう、怖いものなしって感じだったのかもなぁ。。。
・・・つか、昨今、AKBに「恋愛禁止」にしてるヒトとは思えないよな、曲の内容が。この頃は、恋愛どころか「SEX」しても良かったんだ


 曲は、中崎英也氏といいまして、あの頃は結構あたってた新進の作曲家でしたね。
で、曲調はモータウン。こりがキワドイ詞にピッタリはまるんだ。
 いや、曲調のおかけでエッチな詞がそういう雰囲気を消してるよね。逆に「健康的」に聴こえたりして・・。


 あ、メンバーは、レイコ、ミホ、チイコの3人だったんだけど、この曲の途中で、チイコが病気のためリタイヤ。代わりにトモ(初代 引田天功の娘)が加入したんだよね。
 たしか、このとき12歳じゃなかったかなぁ。この曲で「ザ ベストテン」にランクインした時は、ご多分に漏れず、トモだけは、VTRだったもんね。

 ちなみに、レコードジャケットの3人は、オリジナルのレイコ、ミホ、チイコの3人です。




※オリジナルは2005年9月に書いたものですが、今回、若干加筆しました。

禁断のテレパシー / 工藤静香

1987_09_禁断のテレパシー_工藤静香








今回の1曲セレクトは、「禁断のテレパシー」(工藤静香)です。

まずはデータです。

・タイトル      禁断のテレパシー
・アーティスト    工藤静香
・作詞        秋元康
・作曲        後藤次利
・編曲        後藤次利
・リリース日     1987年8月31日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     14.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年9月14日〜10月12日付


 いやー、これ始めてから1ヶ月、初めてオリコン1位獲得曲をご紹介しますよー。
なんで、これまで、1位獲得曲を紹介してこなかったか? ・・というより、1位を獲得するくらいの曲だもん、すでにみなさんご存知だよね・・という気持ちもあり、いまさら紹介でもないかという気分であったんだよね。
 でも、まあ、たまにはいいかな・・という気分になったもんで、今回はあえて、1位獲得曲を紹介いたします。
 この曲、工藤静香のデビュー曲なんだよね。・・という割には、すでに・・というか意外と知られてなかったりしてなぁ。うーん、ちょっとじみっちゃ地味な気もする。
 リリース日は、1987年8月31日。なんと、おニャン子クラブ「解散」のその日にデビューしたんだよね。
まあ、これは、まえまえから「仕組まれてた」ことではあると思うんだけど、それでも否応なしに「時代の変わり目」っていう気分にはさせられたよね。
 それでなくても、その2週間前、8月19日には「光GENJI」が「STAR LIGHT」でデビュー。(くしくもワシの18歳の誕生日や) 時代は確実に変わっているなっていう雰囲気は充分あったよなぁ。
 でも、まだ、レコードセールスは「底」だったんだよね。実際レコードセールスが目に見えて復活してくるのは、この年の年末ぐらいからなぁ。
 でも、その前準備としての雰囲気改変は、成功してた気がするな。

 で、「禁断のテレパシー」。 いやー、このころの工藤静香って、とにかく「ウタがヘタ」だったよなぁ。
覚えてますか? 「ザ・ベストテン」で、出たしの♪夜明けにだかれて〜♪のところ、毎週出演分のを編集して、一緒にならしたら「不協和音」になっちゃったことを。
 つまりぃ、毎回、音が外れてたって訳ですわ。 それくらい、唄がヘタ・・っていうか音程が不安定だったのよね。 後年の変貌ぶりは見事だったけどね。デビュー時、ウタがヘタだったなんて思わないでしょ? 後からこのヒト知ったヒトは。




 ただね、この曲は、それまでの「おニャン子」関係の曲とは、明らかに違ってたよなぁ。
 うん、大人っぽかったよね。 ここからしても、おニャン子との「決別」を感じられたな。私は、全く違う方向を行くっていう気持ちの表れでもあった気がするな。

 でも、結果的にはそれが成功したよね。おニャン子ってどうしても、あの頃の同世代=ワシと同世代の男に偏って人気があったと思うんだけど、ソロになった工藤静香は、同性のファンもかなり獲得してもんね。
 これがまず成功の一つぢゃないかなぁ。

 おニャン子が解散のあとも、ソロで残ったコって結構いるんだけど、結局、長続きしなかったのは、同姓=女の子のファンがほとんど付かなかったっていのうも原因だと思うんだよね。

 それと、変に肩肘はらずに冒険したこともあるね。 ちなみに、「禁断のテレパシー」は、1位とってるけど、次の「Again」、そのまた次の「抱いてくれたらいいのに」は、ともに3位どまり。
 ここで焦らなかったのがいいね。 で、その次に「FUJUTSU」という中島みゆき 作詞作品に挑戦することになり、ここから快進撃がはじまるわけさ。

 この辺の戦略は見事だったよなぁ。あのまま、秋元康作詞 作品が続いてたら、どこまでも「おニャン子」臭は付いて回ったろうしね。

 冒険もまた「良策」といういい見本だよね。ほんとに。



※オリジナルは2005年9月に書いたものです。今回、若干加筆しました。

LOVE IS ALL / 徳永英明

1991_09_LOVE IS ALL_徳永英明







今日の1曲セレクトは、「LOVE IS ALL」(徳永英明)です。

まずは、データから

・タイトル    LOVE IS ALL
・アーティスト  徳永英明
・作詞       徳永英明
・作曲       徳永英明
・編曲       佐藤準
・リリース日   1991年9月5日
・発売元     アポロン
・オリコン最高位 3位
・売り上げ枚数  35.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1991年9月16日〜10月28日付
・タイアップ 月桂冠CM曲


 メロディの時代・・・。1990年〜1991年頃ってそんな感じがするんだよね。時代は80年代から90年代へって言う頃、一番変わったのは、やっぱり80年代型アイドルの衰退と、ベテランアーティストによるニューミュージックの復活なんぢゃないかなぁ。
 特に91年に入ってからは、小田和正、CHAGE&ASKAを筆頭として、70年代〜80年代に活躍したベテランアーティストの復活が特出した頃ですね。
 で、その時代の変化とともに、曲調もメロディを基調とした曲の台頭が始まったんですよね。
下地はあったんだけどね。 カラオケボックスの大成。 最近では、そんなにカラオケなんて頻繁にやらなくなったけど、あの当時はネコも杓子も「カラオケ」だったからなぁ。
 で、カラオケで聴かせたいなら、やっぱりメロディアスな曲ってなったわけだよねぇ。

 うん、あの頃は、時代はノリよりも「聴かせる」が先立ったんですよ。

 その象徴的な曲って言うのが、CHAGE&ASKAの「SAY YES」(1991年)だと思うんだよね。 で、特徴的なのは単にバラードで聴かせるのではなく、あくまで、ポップス的な部分は残す、それと、コード進行がクラシック的なんですよね。クラシックとポップス、ロックの融合って言ってもいいんじゃないかなぁ。その部分は、新しかったわけです。

 で、その「SAY YES」の流れを汲んだ曲が、この「LOVE IS ALL」だと思うんだよね。
 うん、これは、クラシックというよりは、もろ「賛美歌」あるいは「ゴスペル」だよね。それだけ、曲全編にわたって神秘的な音の作りになっていますね。
 でも、この雰囲気が、秋風が入ってきた空気とよくマッチするんですよね。 その辺は、リリース日を睨んでいたのかなぁ、よく計算されていると思いますよ。
 イントロの♪LOVE IS ALL〜♪から、完全にあちらの世界へって感じでしたもんね。
 ちなみに、この時期から92年にかけて、サイケデリックっぽい音が流行ったんですよね。特にサザンオールスターズなんかは、もろサイケっぽかったしね。1992年のアルバム「世に万葉の花が咲くなり」なんて、全くの60年代のサイケですよ。
 この曲は、また、違った意味でのサイケだったのかなぁ。いや、やっぱり「賛美歌」だよね。聴いてると、霊験あらたかな気分になってきますもんね。

 おりしも、1991年は、1990年の猛暑とは対照的な夏だったんですよね。でこの曲がリリースされた頃は、既に涼しい風が流れていたと記憶しますね。
 だから、もし、この曲が、1年早く出てたら、ここまで、支持されたかなぁと思うんだよね。

でもまぁ、こういう音楽スタイルっていうのは螺旋階段のようにグルグル回ってますからねぇ。リズムが重要視される時代もあれば、逆にメロディが重要視される時代もあるってことね。
 で90年〜91年にかけてはメロディ重視が最高潮だった時、逆に90年代後半から00年代前半は、リズム重視の時代だったと思うのね。
 いまは、リズム重視からやや開放されて、端境期⇒不透明な時期って感じがするな。 でも、これまでの傾向だと次はメロディ重視の時代がやってくるような気がするな。

だけんど、徳永も、昔はこんなにいい曲書いてたのに、最近は、すっかり「カバーアーティスト」になっちゃいましたね。
 なんとももったいないよな。また、この曲のようなメロディアスなオリジナルの曲で勝負して欲しいですわ。

 ちなみに、カラオケの話を出しましたが、あのころはワシもカラオケ三昧だったなぁ、週に1回は必ずカラオケだったもんね。ふりかえると、カラオケとボーリングとヒットチャートと・・・。そんな生活を送ってましたわ。
 カラオケは、新宿三丁目にあった、「てあとろん’88」を根城にほとんどオールだったもんなぁ。兎に角若かった。22才だもんなぁ。あの頃の元気が欲しいですわ。。。 まあ、あのころの不摂生がいまごろ「痛風」となって帰ってきてるんだけども・・・




※オリジナルは2005年9月に書いたものですが、今回、若干、加筆しました。

大きな恋の物語 / よせなべトリオ

1982_09_大きな恋の物語_よせなべトリオ







今日の1曲セレクトは、「大きな恋の物語」(よせなべトリオ)です。

まずはデータです。

・タイトル 大きな恋の物語
・アーティスト   よせなべトリオ
・作詞       島武実
・作曲       佐久間正英
・編曲       佐久間正英
・リリース日    1982年8月5日
・発売元      フィリップス/フォーライフ
・オリコン最高位  8位
・売上げ枚数    16.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位
・タイアップ フジテレビ系「欽ドン!良い子悪い子ふつうの子」より


 よせなべトリオ・・・覚えてらっしゃる方はいらっしゃいますかねぇ・・。
 ただ、知ってるぅ〜って方ばっかではないとは思うので、とりあえず、知らなーいって方、向けに書いていきますね。

フジテレビ系月曜21時〜 、いまじゃー、「月9」という言葉があるくらいなんで、定番に「とれんでぃ」ドラマ(←今じゃ死語?)を、ここ10数年ずっとやっていますわね。
 BUT、その昔、1980年代前半は、この時間「欽ドン よい子悪い子ふつうの子」だったんですよねぇ。
最高視聴率38.8%(1982年7月26日放送)、あのイモ欽トリオを生んだ、今や伝説のバラエティ番組ですよね。
 この番組、いくつかのコーナーに別れていまして、まず最初に「よい子 悪い子 普通の子」でイモ欽トリオが登場。そのあと「よいOL 悪いOL 普通のOL」っていうコーナーがありまして、そこに登場してくるのが、この「よせなべトリオ」っつうわけです。

 よせなべトリオ ⇒ジャケット左から 松居直美(ふつうのOL)、生田悦子(よいOL)、小柳みゆき(悪いOL) の3人でしたね。

松居直美は、それまで本業は、いちおう歌手(失礼)、生田悦子は女優でしすよね。 まあ、それなりに、プロが集まってはいたんだけど、バラエティは初めての方ばっかだったので、けっこうギクシャクしてたよなぁ。最初のうちは。

 で、イモ欽が爆発的に売れちゃったんで、って、出したのがこの曲ですね。

 まあ、なんていいますかねぇ・・・バラエティによくありがちな、おちゃらけソングと言ってしまえば、それまでかなぁ。
 とりあえず、イントロが印象的なのね。シンセで半音ずつ下がってくる・・・それだけなんだけどさ。あ、音色が印象的なのかなぁ。
 あとは・・・うーん、正直言って、特徴的なところがあんまりない曲だんだな。松居直美が、一番がんばってたのが印象的だったな。
 3人の中で最年少なんだけど、本職だからね。唄は・・。

 あ、発売元がフィリップスとフォーライフ両者になっているのは、これのせいですね。松居直美は所属がフィリップスだったんだよね。 で、欽ちゃんの浅井企画は、フォーライフとつながりがあったんで、発売元はこうなるわけね。

 この曲、作詞は島武美 作曲/編曲は、佐久間正英  ・・・もとプラスチックスと四人囃子の競演って感じですね。
 あー、佐久間正英氏は、今やGLAYなどのプロデューサーですよ。20数年前は、こういうコミック的な曲も作ってたんだよね。
ちなみに、このあと、マッチの「ミッドナイトステーション」、小泉今日子「まっ赤な女の子」のともにアレンジと、筒美人脈的な仕事もしてましたね。若いときはいろんな仕事をこなしておくってのが、やっぱり大切なのかなぁ。

※そんな佐久間氏も昨年、鬼籍に入られてしまいました。幅広いジャンルの「音楽」を手掛けられてきた名プロデューサーがまた一人、若くして、居なくなってしまいましたね。(ママ 今回加筆)


 ちなみに、「欽ドン」ですが、「よいOL、悪いOL。普通のOL」コーナーの前は、「よい妻、悪い妻、ふつうの妻」コーナーで、中原理恵が1人で3役やってたなぁ。これが結構面白かったよね。
 「OL」のあとは、「よい先生 悪い先生 普通の先生」コーナーでした。 このコーナー、よい先生役は柳葉敏郎だったのよ。ギバちゃんよ。あのころは、のちにこれだけ大物になるなんて、露とも思わなかったよね。 なにせ「一世風靡セピア」よりも前だからさぁ。

 あ、それから、よせなべトリオのちょっと後に、「ニックじゃがあず」って、イモ欽の西山浩二と、悪いOLの小柳みゆき 2人のユニットで「よろしく原宿」っていう曲をリリース。

1982_09_ヨロシク原宿_にっくじゃがあず

 










こっちは、作詞 松本隆  作曲 筒美京平  編曲 後藤次利  っつうマッチの「ふられてBANZAI」と全く同じの超豪華な布陣。 曲もベンチャーズ風のエレキサウンドでカッコよかったんだど、じぇんじぇん売れなかったのよね。これが。 オリコン最高54位 売上げ4.4万枚と、オリコン左ページにも入んない惨敗でしたね〜。個人的には、この曲好きなんだけどな。
 あの頃はベンチャーズサウンドでも新鮮だったんだよね。



「大きな恋の物語」



「ヨロシク原宿」


※2005年9月に書いたものに、今回、若干加筆しました。

乾杯 / 長渕剛

1980_09_乾杯_長渕剛







今日の1曲セレクトは、"オリジナルバージョン"の「乾杯」(長渕剛)です。

まずはデータから

・タイトル     乾杯
・アーティスト   長渕剛
・作詞       長渕剛
・作曲       長渕剛
・編曲       青木望
・リリース日    1980年9月1日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  1位(アルバムチャート)
・売り上げ枚数   29.8万枚


 まず、お断りしなきゃいけないのは、今回、メインでご紹介するのは、「オリジナル」バージョンの方で、のちにシングルになったニューバージョンの方ではないので、ご了解くだされ。
 うーん、多分、こういう下りを入れないと、これ読んでる大多数の方が1988年の「ニューバージョン」の方を想像しちゃうだろうからねぇ。

 この曲は、どこで知ったんだろう? ・・・と考えてたんだけど、どうもはっきり覚えてないんだよね。
 この曲がリリースされたのは80年9月。 まだ、シングル「順子」が大ヒットしているさなか、アルバムのタイトル曲としてリリースされたんだよね。

 またまた、注釈が必要なんだけど、最近の長渕しか知らない・・っていう方は、全く想像がつかないかもしれませんが、もともとはフォークシンガーなんだよね。長渕って。
 ホント今では信じられないけど、細くってナヨナヨってした感じのシンガーだったのだよね。
もちろん、アコギが中心で、このアルバム「乾杯」にも、アコギ1本の曲が何曲もあるのね。
 いわいるフォークロックっていう感じのエレキ使っている曲もあるけど、大体がアコギの弾き語りの曲なんだ。
 とはいえ、曲の内容は結構骨太の曲が多いんだよね。そうかと思うと、純粋なラブソングもあったり、その辺は、最近の長渕には全く見られなくなったところかなぁ。

 その最たる曲が「乾杯」ですね。アルバムのラストに据えられ、「人間の証明」を彷彿させるピアノのイントロから始まり、壮大なオーケストレーションで締めくくるアレンジがまたよい!
 「ニューバージョン」のようなシンセ類は一切なし。すべて生楽器でのアレンジ。だけど、逆にぐっと心に刺さるものがあるんだよね。
 長渕のボーカルもめちゃくちゃ素直。ニューバージョンのようなクセのある歌い方は一切なし。ストレートにせつせつと訴えかける歌い方がものすごく好感が持てるんだよね。

 そうだ、思い出した。 この曲、高校の文化祭のラストでみんなで合唱したんだ。たぶん、それがこの曲聴いた最初だと思う。。。。 だから、俺、かなり遅いな。はじめて聴いたの。
 でも、単純に感動しちゃったんだよねぇ。その影響もあって、このLPを買ったような気がする。

 だから、88年2月に、この曲シングルとしてリリースするって分かったときは、素直にうれしかったねぇ。ただ、アレンジ違いだったのはガッカリしたけどね。
 個人的には、だれがなんと言おうと、オリジナルバージョンのほうなんだよなぁ。


 だけど、最初にこの頃の長渕は、細くてナヨっとしたフォークシンガーって書いたけど、骨は太かったよね。
 やっぱり「ザ・ベストテン」に「順子」で初登場のときの場面が強烈だったからなぁ。
 覚えてますかね、合歓の里からの中継。後ろの観客の「手拍子」がうるさいっていって、一旦演奏とめちゃったの。
 生放送、視聴率30%を超えてる番組内で、平然とああいうことやるんだから、なんか、とてつもないヒトが出てきたなぁ・・・と単純に感動した記憶がありますよ。
 で、2001年のベストテン特番で、「ベストテンの思い出の名場面は?」の場面紹介依頼が来たんで(自分のサイトの板でも協力しましたよね〜。ベストテン館のスポット出演リストは、そのときTBSの番組製作会社に提出した資料の名残です)、この場面をイノイチバンに書いて送ってやったけど、使われなかったな。。。。。
 ダメだしでも出たんでしょうか? でも、やっぱりもう一度みたいね。この場面。

 しかし、このヒトほど変わっちゃったアーティストも居ないよね。 今のマッチョな体つき、あの頃はだれが想像したでしょうかね。。。。 人間変われば変わるもんだよね。。。。

http://www.dailymotion.com/video/x21f5vu_%E4%B9%BE%E6%9D%AF-%E9%95%B7%E6%B8%95%E5%89%9B_music

YOU TUBEには動画が無いので、他のサイトのものをリンクしました。


※2005年9月に書いたものの再掲載です。


ぼくたちだけの天国 / BAKU

1992_09_ぼくたちだけの天国_BAKU













今日の1曲セレクトは、「ぼくたちだけの天国」(BAKU)です。

まずはデータから

・タイトル     ぼくたちだけの天国
・アーティスト   BAKU
・作詞       車谷浩司
・作曲        車谷浩司
・編曲       BAKU
・リリース日    1992年7月29日
・発売元      ポリスター
・オリコン最高位  10位
・売上げ枚数    7.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 24位


このあいだ、ジッタリンジンの「サヨナラ」を紹介したけど、1992年の夏の終わり頃、ずっと気になっていた曲がもう1曲あるんだよね。それが、この「ぼくたちだけの天国」なのです。
 実際は、もうちょっと時期は前なんだけど、曲調がいかにも「夏の終わり」を象徴するような、ちょっとさびしめのフォークタッチの曲だったじゃん。
 それもそのはず、これは、BAKUにとって最後の曲だったんだよね。
 そもそも、BAKUっていうグループをご存知でしょうかね。もともとはホコテンでやってた3人組バンド。 メンバーは、G:車谷浩司 B:谷口宗一 Dr :加藤英幸  (オリジナルメンバー B:阿部浩之 ただ、途中で亡くなったんだよね。1991年 享年19歳)

 個人的には、BAKUって好きなグループぢゃなかったんだよね。 いまだから言えるけどさ。知ったのは例の「ぞうきん」(1991年)ですよ。なんだ、このフザケタ曲は? ってのが、第一印象。♪ぞうきん ぞうきん♪でしょ。なんだよ、ただの文化祭バンドじゃねーか、としか思わなかったんだよね。第一、当時はホコテン出身のバンドが好きじゃなかったんだよ。全般的に。なんかね安っぽくてねー。。。
 それからもずっとシカトしてたわけさ。
 
でも、この曲だけは別なんだよね。 これはいい曲ですよ。
 はじめは、どうせいつもの曲調だろう・・とタカをくくってたんだけど、イントロからしてカウンターを食らった感じがしたな。
 めっちゃ簡単なメロディなんだけど、メロディがあたまから離れないんだよね。それだけ印象深いって言うかね。

 当時、個人的にはいろんなこと考えてたんだよね。ちょうど大学3年の夏の終わり、なんかやたらと将来のこと考えてたりしてた時期があった。
 まず第一に何の仕事に就けるのかっていうのと、それ本当にやりたいのか・・っていう自問自答。これずっと考えてたな・・。 兎に角、不安だったのだけは確か。
 なにせ、当時は毎日、国会図書館に入り浸って、自分のサイトに公開してるランキング作成に没頭する日々でさ。大学なんてロクに行ってなかったもん。
 ま、理系だったから実験があるときは行ってたけど・・・。なんせ実験は必修の上に授業でないと単位くれないし、実験の単位とらないと卒業出来なかったかんね。ただ、それだけの理由。
 だいたい、理系に行ったのだって、たんに「営業マン」になりたくなかったからなんだよね、本音いうと。
もっというと、サラリーマンにもなりたくなかったんだよなぁ。理系だったら、あわよくば研究室に閉じこもればいいか・・みたいな考えでいったから・・。だから、興味があったわけではないんだよね。
 そんな考えだったから、まともに就職できるか不安でさ・・。正直、社会人になる自信もなかったしね。あ、それは、今もないか。。。。

 そんな頃、頭ん中で、ずっと流れてたのがこの曲なんだなぁ。 ヒトってさ、いろいろあるじゃん、あのつらい時、不安な時に頭の中で流れてたのはあの曲だったとか、逆に楽しいときはこれ聴いてたとかさ。
 それが、ワシの場合はコノ曲だったんだよねぇ。

 だけど、今の心境もあの頃に近い気がする。先行き不安なんだよね。このままでいいのかっていう不安感が最近、富に渦巻いてるし。心が晴れないっつうかね。 やりたいことをやるって事で前の会社飛び出したわけだけど、ホントにやりたいことやってるのかなっていう疑心感とかね。いろいろ考えるところはあるんだよね。
 そういう時は、やっぱりこの曲を聴きたくなるわけなんだよなぁ。

 今回は、個人的に聴きたい曲を持ってきたって感じだねぇ。 ちょっと申し訳なかったかな。





※2005年9月に書いたものの再掲載です。
記事検索
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード