かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

酒場でDABADA / 沢田研二

1980_11_酒場でDABADA_沢田研二

今回の1曲セレクトは、「酒場でDABADA」沢田研二です。

まずはデータです。

・タイトル     酒場でDABADA
・アーティスト   沢田研二
・作詞       阿久悠
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       沢健一
・リリース日    1980年9月21日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数   14.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1980年11月3日付

一気に寒くなりましたね。
寒くなって来ると、「あー、年末も近くなってきたよなぁ」・・・なんてシミジミと感じてしまうワタシだったりしますが。。。
 でもねぇ、ここ何年も、この時期なると「音楽祭」だよなぁ・・・っていう感覚はすっかり無くなりましたねぇ。
昔はさあ、11月ともなると、各局こぞって「音楽祭」を開催してたじゃん。大晦日の「レコード大賞」を筆頭に、「歌謡大賞」だぁ、「FNS音楽祭」だぁ、「有線放送大賞」だぁ、なんだぁ、かんだぁ・・・とさ、各テレビ局とタイアップして。
だからさ、この時期ともなると、毎週、どこかしらの局で「音楽祭」の特番をやってしましたよね。

かく言う、ワタシも一時は、毎週毎週、ほとんど全部の音楽祭を見てた事があるなぁ。
で、そんな「熱」が上がっていたのが、1980年前後じゃ無かったかな・・・振り返ると、そう思うな。 

今思うと「アホらし・・・」とか思ったりもするんだけど、当時は、それだけ「エネルギー」があったんだよな、ワタシも。

ま、実際、1980年はいわいる「五・八戦争」とか言われて、各音楽祭で五木ひろしと八代亜紀との熾烈な大賞争いを繰り広げてたしな。加えて松田聖子、田原俊彦を筆頭に新人も勢いがあったんで、歌謡祭としての賞レースも見てて面白かったんだよね。

今回は、そんな1980年の各賞レースで歌ってた、ジュリーのこの曲をセレクト!

「酒場でDABADA」

・・・っつかさ、正直言ってこの年のジュリーの賞レースは、この曲だったのか・・・っていうのは、今思うと不思議だったんだよなぁ。
どう考えても、この年のジュリーっていったら、「TOKIO」の筈だったんだけど・・・。

まあ、この時点で最新曲だったから・・・って事なんだろうけど。。 

ただね、音楽祭向きの曲だったか・・・っちゅうと、ちょっと頭をひねりたくなるんだよな。

悪い曲ではないんだけど、ちょっと難しい・・というかひねり過ぎているっていうか・・・。 まあ、簡単に言えば、ソングフェスティバル向けの、誰が聴いても分かりやすい曲・・・では無いって感じだったんだよな。

当時、小学5年生で、何でもかんでも手当たりしだいに聴いて、聴いたそばから吸収して行ってたワタシも、この曲は、正直分かりにくかった。

ジュリーっていうと、キザ、モテ男、奇想天外(なファッション)・・・っていうところが真っ先に頭に来てた訳でさ。

この年にしても、件の「TOKIO」では、例の「電飾衣装」に落下傘背負って来てたり、この曲の前の「恋のバッド・チューニング」では、色が変わるカラーコンタクトしてきてたり、70年代にもまして奇想天外というかね奇抜なフッションを前面に、表に出て来てましたよね。

この曲では、そう言った、奇想天外なところも、エンターテイメント的なモテ男っていうのも見られなかった。

楽曲的にも、「勝手しやがれ」や「サムライ」、「LOVE(抱きしめたい)」で大ヒットを飛ばしていた頃に比べても、スケール感を感じ無くなって来ていたし・・・。

そう言うところから、なんで、この曲をわざわざ「音楽祭」に持ってきたんだろ・・・って言う疑問は、まだ11才のクソガキだったワタシも感じてたんだよね。


でもやっぱその辺りは、一般的にも感じられていたのかなぁ、オリコンではベストテン入り出来なかったし、売り上げも14万そこそこ。奇しくもこの曲のちょうど1年前にリリースされた「ロンリーウルフ」と同じように「低迷」しちゃったんだよなぁ。

ま、「ロンリ―ウルフ」とちがったのは、この曲では「ザ・ベストテン」ではベストテン入りしたし、上記のように各音楽祭で毎週のように流れていたんで、「ロンリーウルフ」よりは一般的な認知があったことだったろうね。

個人的にも「分かりにくい曲」だなぁ・・・と思いながらも、毎週のように聴いてたら流石に覚えちゃったし、80年秋のジュリーといったら、この曲って言うイメージはしっかり付いちゃったしね。




上で書いたように、前曲まで見られていた奇想天外なエンターテイメント性が無かったこの曲だったから、ついにそろそろ「ネタ」切れだったのかなぁ・・・なんても思えたりもしたんだよね。
いや、当時は、圧倒的にそう感じてた。

まあ、阿久悠氏の詞は別にしても、そもそも作曲者に鈴木キサブロー氏を持ってきたっていうのもちょっと意味が分かんなかったし。。。
ましてや、アレンジャーの沢健一氏ってダレ? って感じだったりもしたし・・・。

でね、今、これを書くに当たって、ちょっと調べてみた。 

沢健一氏、当時バックバンドの「Always」でリードギターをやられていた方だ。 そそそ、この「酒場でDABDA」のイントロでもラフで派手目なギターを披露していた方だ。 
でね、さらに辿って行くと、その昔、「4・9・1(フォーナインエース)」という「GS」のリードボーカルだったとのこと。

まあ、「4・9・1」といっても、これと言ったヒット曲も無いし、いわいるB級、C級のGSだったようだけど、沢氏の前は、ジョー山中氏がボーカルをやっていたと言う事だから、ヒットは無かったものの、いわいるクロウト受けするようなグループだったんじゃないかとは思う。

でも、それを知って、思わずなるほどぁ〜・・・なんて思えたなぁ。

 考えてみたら、この曲の後に、ジュリーも「G.S I LOVE YOU」なんてアルバムをリリースし、その先行として「おまえがパラダイス」なんて、もろ50'Sを意識した3連ロッカバラードをこの曲の次にシングルリリースしたりさ。

つねに「一等賞」狙いだったジュリーだったけど、ヒットどがえしでも、いわいる原点回帰って言う兆しがあったんだよね、この頃ジュリーには。 
まあ、これは次の年の年頭に閉鎖が決まってた、日劇での最後の「ウエスタンカーニバル」出演という布石でもあったんだけどさ。

そこに持って行くための「橋渡し」だったんじゃないのかなぁ、この曲は・・・なんて思えてきたりして。。。



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君は流れ星 / 西村知美

1986_11_君は流れ星_西村知美


今回の1曲セレクトは、「君は流れ星」西村知美です。

まずはデータどぇす。

・タイトル    君は流れ星
・アーティスト  西村知美
・作詞      売野雅勇
・作曲      中崎英也
・編曲      武部聡志
・リリース日   1986年10月27日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位
・タイアップ:日本テレビ系アニメ「がんばれ!キッカーズ」オープニング曲

 風邪がなかなか抜けないですわ。罹ってから2週間も経つって言うのに、未だに鼻水がねぇ・・・。 流石に先週のような「ジュルジュル」って言う状態ではないけど、まだダメですね。 寝てても時々、気管支が狭くなって咳が出たりね。幸いに熱はでなかったけど、うっとおしくてしょうがないですわ。
やっぱり年を取るって来ると治りが遅くなってくるんでしょうかねぇ・・・。

ま、そんなこんなで、またまた1週間ぶりの「1曲セレクト」になる訳で・・・。 はたして、今回は何を持ってくるベ、
なんてねぇ・・・。最近は葛藤ですよ〜。 あまりに古かったり、マニアック過ぎるとねぇ・・・って言うのもあったりして。。

でぇ、いつものように昔のオリコンチャートをペラペラめくってたら、ありましたわ、今回は、丁度いいのが。。。

西村知美「君は流れ星」。

って書くと、恐らく大半の方は、「あ、キッカーズ」の曲だ・・・なんて思うんでしょうね、きっと。
要は、「キャププテン翼」の二番煎じ的なサッカーアニメでしたよね。
確か、これ、西村さん自身も「本人役」でチョイ役で出でませんでしたっけ あれ、違ったかな・・・。

まあ、アニメでしたからね、ワタシゃ、当時、その世界からは「卒業」してたんで見てませんでしたが。。。

っつうかさ、「キャプテン翼」をアニメで見て、ちょっと幻滅したんだよねぇ。 原作は当時「ジャンプ」で読んでたけど、アニメのあまりの動きのお粗末さにさあ・・・。

あ、そんなもんなんだろ・・・なんてタカをくくっていたところもある。 

でもさ、この曲って言ったら、結局は、そんなアニメのオープニング曲でしたねぇ・・っていうことで、終わっちゃうような気もするんだよなぁ。

だから、今まで、この曲書いて来なかったのかも。。。

いやいや、以前も西村さんの別の曲で書いたような気がするけど、このヒトの曲、難しいんだよ、レビュー書くの。

だってさあ、「ウタ」っていうより、ほとんど「空気」みたいなんだもん。 音楽としての実態がほとんどない・・・っていうかさあ。
たがら、今まで積極的に書いてこなかった訳でさ、いままで残ってたんだよね。

個人的に、この曲初めて聴いたの、実は「ベストテン」だった・・・んじゃないかなぁ。 うん、リリース前後を含め、当時、レコード音源で聴いた事無かったような気がする。

だから、余計「空気」みたいな感じだったんだよなぁ。 ま、兎も角、歌唱力は「スバラシイ」もんがあったしね 、このヒト。

それだけだったら、70年代に浅田美代子さんとか、能勢慶子さんっていう「前歴者」がアイドル界には居らっしゃったわけで、それほど珍しい訳でもない。

でもさ、このヒトの場合、語尾もはっきりしないんで、なに歌ってんだか、歌詞がほとんど分かんないんだよね、テレビで歌われると特に。そもそも存在感っていうのも希薄なアイドルだったしなぁ。

だから、ほとんど空気みたいに感じてたんだよね、ワタシ的には。 

ま、バックの演奏は分かるんで、そうだなぁ、リアルカラオケっていうか

この曲は特にそんな感じだった。 ベストテンで歌った時、ほんと、なに歌ってんだか、さっぱり分かんなかったんだよねぇ。。。
バックの演奏から、とりあえず曲については理解できた・・・って感じで。。



そそそ、この時初めて聴いたんだ。
うーむ、空気みたいな存在・・・というより、バックのオーケストラの音に、半ばかき消されて、なに歌ってんだかよく分かんないんだ。。。

たださ、不思議な事に、なぜか、曲自体は耳に残るんだよな、この曲。

このヒトの場合、シングルと言えど、引っかからない曲が多かったんだけど、この曲自体は引っかかった。

言える事は、やっぱり「ダサ」さだろうな、この曲のメロディの。 当時のアイドル系の楽曲から見てもアナクロだよね、まるで70年代のB級アイドルって感じで。

逆に言えばだからこそ、安心できるところがある。 引っかかるといえば、そこなんだよな。

そもそも、当時から見ても、このヒトってすぐ居なくなるだろうな・・・って思ってたんだよね。
だってさ、アイドルと言えど、ウタとしてどうなの? ってところと、希薄な存在感から、どう見ても2〜3年だよね、居ても・・・。って感じだったし・・・。 だからねぇ、今日に至るまで30年も、ゲーノー界に生きているっていうのはホント、奇跡だよなぁ。

だいたい楽曲提供者からして、第一級ぞろいだったし・・・。この曲にしても、作詞が売野氏で、アレンジャーが武部氏でしょ。そして、この後は、松本隆、筒美京平氏が担当して行くことになる。

今考えると、なぜに、この存在感が無いヒトにこれだけ、第一線級の人たちが、曲を提供して行ったんだろう・・・なんて不思議になる位豪華な作家陣だったしさ。

で、決まって印象に残る曲っていったら、「アナクロ」的な曲だったりしてね。

やっぱ、見た目は当時のアイドルアイドルしてても、中身は、宇部のおねーちゃんだったんだろうねぇ。その雰囲気が一番ぴったりしていた・・・と。



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パールカラーにゆれて / 山口百恵

1976_11_パールカラーにゆれて_山口百恵
 


今回の1曲セレクトは「パールカラーにゆれて」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル    パールカラーにゆれて
・アーティスト  山口百恵
・作詞      千家和也
・作曲      佐瀬寿一
・編曲      船山基紀
・リリース日   1976年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  47.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年10月4日〜12月6日付

うーむ、今日は他に「キニナル曲」も2本書いたからなぁ・・・、一体何文字書いてるんだろう? 
・・・っつうくらい、1日中パソコンの前に座っている・・・ような気がするなぁ。
さてと、もう一息ですぞ。

・・・ということで、今回の1曲セレクトはどうするべーな・・・と。。。 まあ、いつものことながら、昔のオリコンひっくり返したり、明星の歌本ひっくり返しながら、うんうん唸っていた訳なんだけど・・・。
76年のYoung Songをひっくり返してた時に目に入った曲が・・・。

「あ、これでいいや」・・・とひっぱってきた曲がこれ。。

山口百恵「パールカラーにゆれて」。

この曲は、中期の山口百恵さんの代表曲でもある、あの大ヒット曲「横須賀ストーリー」の次の曲だったりする。

なにせ、オリコンで7週連続1位っていう百恵さんの楽曲の中で、最長1位だった「横須賀ストーリー」を受けての曲。 そんな大ヒットの余熱もあって、この曲も全曲に引き続きオリコン1位を記録。

しかもですヨ、いま手元に残る当時のオリコンチャートをひも解く限りでは、「初登場」で1位になってるけど・・・。

あれ? そうだったかなぁ。。。。 なんか自信ない。。。

オリコンチャート史上、初の「初登場1位」っていうのは、76年1月の「およげ!たいやきくん」であることは、間違いないんだけど、それに次ぐ初登場1位楽曲っていうことか。。。

今でこそ、初登場1位なんて、毎週のように当たり前に起こっている現象な訳で、全く珍しくもなんともない現象だけど、41年前の76年当時は、とんでもない記録だった訳ですわ、初登場1位なんて。

当時は、チャートは、下位からジワリジワリとランクアップさせ、苦労した末にトップに立つっていうチャートアクションが常だったわけでさ。

それは、当時「スター」の地位にあった、百恵さんでさえそうだったんだよね。

それいえに、この初登場1位っていうのは「珍事」であったことは間違いないところなわけでさ。

もっと、当時のオリコンチャートの集計期間は、今とは異なっていたし、発売日もオリコンの集計期間に合わせて・・・なんてことは皆無だったから、リリース後、1日集計で下位にチャートイン、次の週にジャンプアップっていうこともままあった。

ま、その影響で一番有名なチャートアクションは、ピンク・レディーの「カメレオン・アーミー」の88位初登場⇒1位ってジャンプアップ1位獲得記録だったりするんだけどさ。

裏を返せば、この曲は、オリコンの集計期間にピッタリ嵌まったリリース日だったって事なんだろうな。

まあ、そう言うチャートアクションがなされたのも、前曲「横須賀ストーリー」の大ヒットの余熱が冷めやらぬころのリリースだったってことは、多分にあるんだけどさ。

でも、そんなノリにのっっている頃の曲としては、ちょっと売り上げがタンパクじゃないかなぁ・・・っていうところはあった。

たださ、残念ながら、この曲、実際の曲ってどんな曲なのか・・・ってずっと知らなかったんだよね、ワタシ。

76年でしょ、ワタシ、当時、まだ小学1年生で、ヒット曲聴いて無かったからなぁ・・・。

実際に聴いたのは、大人になってからでしたねぇ、たしか。 そそそ、いつかも書いたけど、92年にオリコン歴代ベスト500をカウント形式で放送していた、ニッポン放送の番組で聴いたのが最初だったかもしれない。

でねぇ、その時感じたのが、「あ、やっぱりな」って感じだったんだよね。 つまりさ、「あ、やっぱり売れそうにないや」っていう印象だったわけよ。

なんか、ちょこっと、「中華風」の、いわいる4、7抜き音階のような曲調でさ。 やすっぽいブラスとストリングスが前面に出て来ているような。。。「ザ・70年代歌謡ポップス」っていう・・・。

実はさ、当時、歌謡ポップスを全く聴いてなかった訳じゃないんだよね、ワタシ。耳にはしていた。

毛けど、それよりも「ポールモーリア」の方が好きでねぇ。 歌謡曲ってなんか安っぽく感じてたんだよな、その安っぽさっていうのが、チープなプラスとストリングスのサウンドっていうのかなぁ・・・。 ま、ともかくポールモーリアよりもグレードが下に思えたんだよね。 その辺が今一つのめりこめなかった要因かもしれない。

ま、それがいつの間にやら、のめりこみ―の、仕事にしているんだから、ワタシもかなり現金な性格なんだけどさぁ。。。

いずれにしろ、この曲は、言ってみれば「つなぎ」的な曲なんだよね。 そんな曲がオリコン1位を5週間も獲得し、47万枚も売ったっていうんだから、やっぱ、当時の百恵ちゃん人気は「ホンモノ」だったって事ですよね。

ただ47万枚も・・・ってかいたけど、チャートアクション的には、当時のチャートチャートアクションからみるとかなり淡白な動きだったんだよね。
1位からランクダウンしてからは、あっという間にランクを転げ落ちていたりする。

これはさ、この年の11月下旬に、次の「赤い衝撃」をリリースしたからに他ないんだけどさ。。 そそそ、76年リリースの曲としては「横須賀ストーリー」に次ぐヒットとなった、例の「赤いシリーズ」の主題歌ですわ。
そっちに注目が行っちゃったんだよね。 

あ、「赤い衝撃」もまだ書いてなかったんだよな。 この曲については、後日改めて書こうと思いまする。 

たださ「赤い衝撃」は、この「パールカラー〜」よりも未だに幅広く人気があるし、売り上げも上だったりするんだけど、オリコンで1位獲得には至っていない。

うーん、この辺が当時のヒットチャートの難しいところなんだよねぇ。 累積の売り上げだけでは、瞬間的ともいえる週間のランキングは必ずしも測れないってところがさ。

ま、だからこそランキングそのものに重みがあった訳だし、面白さがあったんだけどさ。



ちなみに、作曲の佐瀬寿一氏は、あの「およげ!たいやきくん」の作曲者としても有名。 佐瀬氏にとってこの年はホントに「当たり年」だったわけですわね。


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【キニナル曲】LADY / Official髭男dism

  2017_11_LADY_Official髭男dism


さてさて、今回の「キニナル曲」、前曲「恋は永遠/銀杏BOYZ」に続く曲は、この曲だぁ〜!

Official髭男dism 「LADY」。

まずはデータどぇす。

・タイトル    LADY
・アーティスト Official髭男dism 
・作詞      藤原聡
・作曲      藤原聡
・リリース日   2017年10月13日
・発売元    ラストラム・ミュージックエンターテインメント

もしかしたらアーティスト名からして知らない方も多いかもしれない。 なんで、タイトル見ただけで素通りする方が多いかもしれない。 でも聴かないと勿体ないよ・・・、そう言う曲ですね、この曲は。

いや、これ書いてる私だって、この曲を聴くまでは、キチンとは知らなかった。
 
ここんところラジオで頻繁に流れてたんだよね。 そそそ、FM東京で平日放送してる、LOVEの「LOVE CONECTION」で先月のMUSIC TAGとして、毎日流れてた曲だ。

キャッチーで力強い歌声に、「うわっ、久々に本格的な「女性」ボーカルが出てきた」って思ってたの。

そしたら、男性なんだね〜、ボーカル。 いやいや、この高音域のボーカル、完全に女性の音域だよね・・・ってくらいの高音だよな。 

いわいる草食男子なボーカルってやつか。そこに引っかかったのが、まず、第一。

でも、その前に、この曲のサビだよね。 兎に角キャッチーなんだ、このサビのメロディラインが。

たしかに、今までも何度も聴いてきたようなメロディラインだよな・・・っていう感じも受ける。 でも、一度聴くとどうしても耳に残ってしまう。そしてまた、聴きたくなってしまうメロディライン。

ピアノありきが前提な、このメロディラインは、そうだなぁ、往年の原田真二を彷彿させるというかさ。
そそそ、70年代後半だったら、「和製・ビリージョエル」とか言われそうな・・・そんなキャッチーなメロディライン

圧巻なのは、やっぱサビの最後の ♪ 素敵なLADY Ah〜♪ まで駆け上がるサビだよなぁ。

フックだらけというかさあ、どのフレーズを取っても引っかかりがある。 
それだけにアルバム曲には無い、尖った印象を受ける。 久しぶりにシングルらしい曲なんだよな。
これはインディーズ近辺で留まっているのは、絶対に惜しい 表に出るべき曲だとおもいますよ。

・・・と思いーの、思わず、引っ張って来ちゃったんだけどさ


だけど、この曲のような感触、昔もどっかで感じた事があるぞ・・・とずっと思ってたんだけどね・・・。 

そうだ、LOOKの「シャイニオン君が哀しい」を最初に聴いた時の感覚と似てるんだ。

あの曲もフックだらけのフレーズの連続だったしさ。 逆に言えばさ「シャニンオン〜」のように、大ヒットしてもおかしくない・・・そんな曲だと思う。

ただ、今んところネット配信のみで、CDはリリースされていない。 その辺りが今風ではあるんだけど、もっとより多くの方に聴いてほしい1曲ではあると思ってるし、是非CDリリースして欲しい曲なんだよなぁ。

それ以前に、このヒトたちライブで見てみたい。今年のCOUNTDOWN JAPANに出てきませんかねぇ。。。



好感が持てるのは、曲から感じられる、本気で音楽をやっているぞ・・・って思える姿勢なんだよな。
・・・ともすれば、表向きのビジュアルだけで全てが評価されてしまう、肝心な音楽は二の次・・・となりがちな昨今の音楽界にあって、久々に楽曲で勝負、音楽そのもので勝負・・・って言う姿勢が見えるんですよ。

最近の音楽界にちょっと幻滅してたワタシだけど、まだまだ捨てたもんじゃないかもな。



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【キニナル曲】恋は永遠 / 銀杏BOYZ

2017_11_恋は永遠_銀杏BOYZ
 


えー、超久しぶりの「キニなる曲」コーナーどえっす 
いつ以来になるんかなぁ。。。 少なくとも1年くらいは、書いてなかったような気がします。。。
まあ、以前は毎日書いていた「1曲セレクト」も最近は、週に1度しか書かなくなっている位なんでねぇ。。。

えー、「過去」曲の「1曲セレクト」に対して、最近の曲で、個人的にちょっと引っかかった曲をピックアップしてレビュってるのが「キニナル曲」ってわけですね。

・・・ということは、最近は引っかかる曲が無かったってことか・・・。

まあ、半分当たってたりするんだけど、ここ1、2カ月、「お?」と思える曲がボチボチ出てきたんで、この機会に書いてこうかな・・と思いつつ、ようやく重い腰を上げました。


まずはこの曲。 銀杏BOYZ「恋は永遠」

まずはデータです。

・タイトル    恋は永遠
・アーティスト  銀杏BOYZ
・作詞      峯田和伸
・作曲      峯田和伸
・リリース日   2017年9月27日
・発売元     UKプロジェクト

「1曲セレクト」を含め、今まで主に書いてきたアーティスト傾向からすると、アーティスト名だけを見るとちょっと意外な感じがするかもしれないな。以前から読んでくださってる方にとっても。
本来なら、好んで聴くジャンルの人たちぢゃないからな。銀杏BOYZ。

まあ、インディーズ系のハードコアグループだよね。大昔風に言えば「アバンギャルド」っつうかさ。
兎に角、「破壊」「絶望」っていう負のオーラに満ちてたりするじゃん。この手の人たちって。だからね、こういう傾向が好きなヒトは好きなんだろうけど、個人的には「ちょっとね」っていう匂いの人たちだった訳ですわ、以前は。

その銀杏BOYZが久々の新曲を出す・・・ってことで、一時、ラジオで頻繁に流れたのがこの曲。
「恋は永遠」。

正直、最初は期待してなかったんだよね。まあ、いつもの「アレ」だろう・・・っていうことぐらいしか考えなかったし。 ようは「負のオーラ」プンプンの曲っていうさ。

でも、流れてきた曲に、ちょっと耳を疑った。

なんだぁ〜、 この「健全」なスイートなラブソングは   どこにも「負のオーラ」がないぞぉ

しかも、曲調が、ワタシら以上の世代が大好きな「50年代〜60年代」の古いアメリカンポップス〜オールディーズ〜やないけぇ

あ、どこかの曲評サイトに「G.S」とか書かれてたけど、これはさすがに「G.S」じゃないよなぁ。G.Sのようなガレージ的な「音」じゃないな。もっとスイートなんだよね。
G.Sの音って、もう少し歪みが大きくて、スケベな音なんだよね。でも、この曲は「健全」なんだよ、音が。 

まあ、要は、今までの銀杏BOYZでは考えられなかったような曲っていうのかなぁ。

ボーカルの峯田氏、最近はテレビもよく出てたりするもんね。NHKとかさあ、以前じゃ考えられなかったけど。
それで完全に丸くなったのかなぁ。 逆に「破壊」的パワーな峯田氏にすり寄って来たNHKっていうのも、なかなかアバンギャルドな精神を持ってるな・・・とも言えるんだけど。。

いずれにしても、以前のような角々しい銀杏BOYZではない、この曲を聴く限りは。

でだしサビの

♪恋は永遠 愛は一つ〜 ♪の部分の B♭⇒D⇒Gm っていう甘いコード進行からして、クラッと来ちゃうわけなんだよね。ワタシなんかは。

まあ、この、まるで「中学生」の恋のような健全な歌詞のウラには、たとえば、「ストロベリーフィールズの夢」っていうキーワードからしても、峯田氏独特の「闇の世界」が隠されているのかもしれないけどさ。

甘いメロディとコード進行、表面上の健全な歌詞に、もしかしたら騙されてるのかもしれない・・・なんて思いもあるものの、騙されてもいい・・・と、単純なワタシなんかは思ったりするんだけどさ。

で、個人的には、もっとヒットしてもいいと思ったりもしたんだけど、思ったりもヒットしなかったのは、世間、疑心暗鬼で曲を聴いてるヒトが多いって事なんでしょうかねぇ。





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生意気 / 中山美穂

1985_11_生意気_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「生意気」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    生意気
・アーティスト  中山美穂
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日   1985年10月1日
・発売元     キング
・オリコン最高位 8位
・THE HITCHART HOT30最高位 16位

松本隆氏が今年の紫綬褒章受章というニュースが広がってますねぇ。
まあ、松本氏くらいの「実績」であれば、受賞して当然であるとは思いますけどね。むしろ、遅いくらいではないのかなぁ。
同じく70年代、80年代のヒット曲界を席巻したもう一つの2大作詞家、阿久悠氏は99年62才で受賞していたりする。ユーミン、桑田佳佑氏、中島みゆき女史は50代でしたからねぇ。
松本氏は今年68才だったそうで、それを考えるとやっぱ遅かったよね。長年の盟友である作曲家の筒美京平氏が、2003年に受賞しているけど、その時でも良かった位かもなぁ。

いずれにしても70年代、80年代の音楽界を「作って」来た方も、「国」から認められる賞を受賞する年代になって来たわけなんだよねぇ。

それをかんがえると、やっぱ、自分も年を取るわけだよなぁ・・・などと考えずにはいらなかったりして。。


・・・ということで、やっぱ、今回は松本隆氏の曲を持って来ましょうかねぇ。。。

と思って、考えてた曲があったんたけども、今リリース日を調べてみたら、もうちょっと「後」だった。。。

うーむ、「11月1日」リリースだとばっかり思ってたんだけどなぁ。。。。。「あの曲」

まあしょうがない、他にもあるさ〜・・・などと軽く思ってたんだけど、浮かんでくる曲が悉く、これまでに書いてるんだよな。。。  

で、絞り出してきた曲がこの曲。

中山美穂「生意気」。

なあ、「絞り出してきた」っていうのは大げさかもしれないけどさ、ミポリンのデビュー第2弾シングルですわな。

この曲、まだ書いてなかったんだな、ワタシ。

ま、確かに、当時から印象に薄い曲ではあった。 もちろん音源はかなり昔から持ってたし、だから知らなかった訳じゃないんだけども。。。

なんかね、知らない間に「ヌルッ」とチャートの上位に居た・・・。 そんなイメージなんだよな、個人的には。

それは、恐らく個人的な事情もあるかもなぁ・・・いや、多いにあると思う。

・・・というのもね、この曲がヒット当時・・・1985年10月から今頃にかけてだよね、 当然、毎週のようにオリコンウイークリーを買いーの、ヒット曲情報を集めていたワタシだったけど、「唯一」このころのオリコンが欠けてるんだよなぁ・・・。

なぜか・・・っちゅうと、このころオリコン手に入らなかったんだよ、個人的に。

この頃と言えば、毎週、高校があった木更津の駅前の某書店に、毎週月曜日(オリコンウイークリー発売日)になると、足しげく通ってたんだけど、85年の10月頃から、発売日当日にも関わらず売り切れになっちゃう事が多くなったんだよなぁ。置くのをやめた訳ではなく売り切れ。

それ以前からそれほど多数冊置いてあった訳ではなかったけど、この時期、ホント、手に入らないようになっちゃったんだよな。
 
原因はね、まあ、恐らくは「おニャン子」の影響だったんだろうな、きっと。 うん、絶対そう。

この当時、オリコンウイークリーでかなり扱ってたからなぁ、おニャン子。 

だからね、それまでヒットチャートなんか興味が無かった人まで買うようになっちゃったんだよオリコン。 その挙句、取り合いになっちゃったのよ。もともと入荷数少なかったから。。。
 ワタシは部活やってたからさあ、書店に行く時間も遅かったからねぇ、必然的に「帰宅部」の連中には後れをとっちゃう訳よ。。。

そんな訳で、何回涙をのんだ事か。。。

だからね、このころ、85年、10月〜12月にかけては、未だに所有欠になってる号が多いんだよなぁ。

この「生意気」って曲は、そんな個人的にオリコンの所有が「欠号」してたころリリースされたからさあ、事前の情報を得損ねたって感じだったんだよな。 

だからさ、個人的には、ホント気が付いたらリリースされてたって感じだったんだよ。

それ以前に、曲自体もそれほどインパクトが強かった訳ではないんだけどさ。 

デビュー曲の「C」のように、思わず引き込まれるようなイントロでもないし、疾走感があった訳でもない。

そもそもシンガポールを舞台にした恋愛劇っていうのも、当時の「ミポリン」からしてちょっと背伸びし過ぎって言う感じだったしなぁ。 うん、確かに大人っぽいルックスではあったけど、まだ15才だった訳だし、やっぱりリアル感が感じられないんだよね。

曲も、この頃の筒美氏としては、新鮮さを感じなかったしなぁ。 85年頃の筒美氏の曲って、いろいろ新たな事を試しているような、新鮮さを感じさせる曲が多かったんだけど、この曲にはその辺が感じられなかったしさ。

まあ、今にして思えば、次の「BE-BOP HIGH SCHOOL」への「つなぎ」的な位置づけだったんだろうけどね。




たださ、そんな「つなぎ」的な曲であったにせよ、そんな曲でもオリコンで「ベストテン」入りさせてきたのは、やっぱり大きかったんだよね。 うん、この曲がミポリンにとって、初のオリコンベストテン入り曲だったのよね。
 デビュー曲の「C」は、ベストテン入り出来なかったからさ(オリコン最高12位)。 大型新人と期待されながらもベストテン入り出来なかったからなぁ。

今思えば、「つなぎ」的なこの曲でベストテン入り出来た事で、その後の本格ブレイクの可能性が見えたわけでさ。 うん、確実にファンは付いてきてたって言う証拠にもなったしね。

もし、この曲でもコケてたら、その後のミポリンも無かったかもしれないな。


ところで、↑件の「オリコン」が売り切れ状態になった件だけどさ、あまりにも解消しないんで、この年の年末にオリコンと「定期購読」の契約をしたんだよね。 そそそ、当時1年契約で定期購読が出来たからさ。
だから、1986年からは、本屋で「売り切れ」を心配することも無くなったんだよね。


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雨のMelody / KinKi Kids

1999_10_雨のMelody_KinKi Kids


今回の1曲セレクトは、「雨のMelody」KinKi Kidsです。

まずはデータですよん。

・タイトル    雨のMelody
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      康珍化
・作曲      武藤敏史 坂井秀陽
・編曲      有賀啓雄
・リリース日   1999年10月6日
・発売元     ジャニーズエンタテインメント
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  85.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1999年10月18日〜11月15日付

のっけから・・・、今月ワタシは一体何時間残業してるんだろう? ・・・・なんてグチがでるほど今月は「生業」が忙しい。ここんところ帰宅は「午前様」が続いておりまして、朝は当然、普段通りなんで、兎に角、寝不足。。。
ま、そんな訳で2週間ぶりの1曲セレクトですねぇ。

本当はね、天気も悪いし、今日くらいは1日寝てたいなぁ・・・なんて思ったりもするんだけど、ここんところ更新してなかったんで、ブログのアクセス数が「右肩下がり」の状態を見て、居ても経ってもいられなくなってる貧乏性のワタシが居たりして。。。 で、今書いてたりします。

そんな生活も、とりあえずはひと段落がつき・・・となればいいんだけどね 週明けは。。。

あ、↑で「生業」なんてくどくど書いちゃったけど、今の勤務先の仕事はあくまで「食うため」の仕事で、「男の一生」を捧げるための仕事ではないと思ってるんでね、なんで「生業」ね。
本当なら、音楽のマーケティング分析とか、セレクター、ここのような楽曲紹介的なモノ書きで食ってければ最高なんだけど、なかなかねぇ。。。


あー、関係ない話になってしまった。

しかしまたまた週末雨ですねぇ・・・。 そんなわけで今月は「雨」的な曲ばっかり書いてたりするワタシなんだけど、今回も「雨」の曲です。。

KinKi Kids 「雨のMelody」。

この間、森高千里さんの「雨」を書いた時、80年代の今頃は雨の曲は思いつかないけど、90年代の今頃の季節の雨の曲はいくつかある・・・的な事を書いたんだけども、今回もってきた、「雨のMelody」もそんな中の1曲かなぁ。

少し前に、同じ99年の今頃のヒットだった上原多香子さんの「Come Close to me」も書いたんだけど、あの曲と並んで、この「雨のMelody」も99年の今頃を彷彿させる曲だなぁ。 まあ、個人的にだけどね。

先週も週末は雨だったじゃん。だから、本当は先週書こうか・・とも思ってたんだけど、先週は、「秋の長雨」っていうよりも台風による「嵐」だったからなぁ。

この曲のイメージとはちょっと違うよな・・とも思えたりして見送ってたんだよね。 先週の雨は、この曲というより、はっぴいえんどの「颱風」っていうイメージだったもんなぁ。 それか東京事変の「群青日和」とか。
そんな、アバンギャルドな感じだったからねぇ。

そそそ、しっとりとした長雨ぢゃなく「豪雨」・・。

この曲には、そう言う激しさはない。どちらかと言えば、しっとりとした秋の長雨てきなイメージかなぁ。

全体的な曲想としては、テビュー曲の「硝子の少年」の延長線上の曲というイメージと言ってもいいかもしれない。

まあ、作詞、作曲者は、「硝子の少年」とは違うけどね。 そそそ、「硝子の〜」の作詞、松本隆、 作曲、山下達郎・なんていう、めっちゃ「まっち先生」的などころ臭さ・・・80年代的・・・なのに対して、この曲は「ガラス〜」よりは垢抜けしているようには感じる。うん、その分90年代的なのかなぁ。

ただ、あくまでベースは「歌謡ポップス」って言う枠内の曲ではあるよね。 曲の全体的にかぶさって来る、ラテンっぽいクラシックギターとかさ。 まるで60年代のムード歌謡だったりもするし。 そそそ鶴岡雅義と東京ロマンチカとかさ、そんな世界。。。

・・・なんて書いたらKinKiファンに怒られるかなぁ・・・。

でも、だからこそ、個人的には、この曲に引っかかったのかもしれない。 兎も角、懐かしいんだよね、このイメージ。

時は99年後半、ミレニアムっていう新時代目前だっていうのに、このアナクロさ、そのアンバランスがいいんだよな。

ま、あくまで個人的なイメージなんだけどね。初めてこの曲を聴いた時、雨の日の土曜日の午後が思い浮かんじゃったりしてさ。

雨の日の土曜日、 70年代、雨雲を通したグレーの光が窓から差し込み、半分は影で暗いモノトーンの部屋

5才か 6才くらいのワタシが体験した、雨の土曜日の部屋の光景だ。

この曲を聴いた時、あの日の光景が思わずフラッシュバックした。  そそそ、この曲のイメージは、あのモノトーンの雨の日の光景なんだ。

だからこそ、引っかかったのかもしれないな、この曲には。

まあ、それ以前にKinKiの曲、特に初期のKinKiの曲は、個人的に気に入ってる曲が多い。 

うむ、ジャニーズは、あくまで「少年隊」までと割り切ってるワタシとしては、90年代以降のジャニーズの中では、KinKiだけは、認めてる存在なんだよな。

なんでかと言えば、やっぱ曲のダサさだろうなぁ・・・。  この曲なんて上で書いてるように東京ロマンチカだしさ、そこがいいんだよね。

なんて貶しているような表現だけど、そうじゃなく、個人的に「ダサい」っていうのは褒め言葉だからさぁ。

うん、個性的と言った方がいいかな。90年以降のジャニーズってさ、曲に関しては没個性な部分が多いんだよ。どのグループも声質が似てるしさ、曲も無機質的な曲が多いし。

それに対して、初期のKinKIの曲は、すぐに「KinKIだ」って分かるところがいい。 変な曲も多いけどだからこそ個性的。そこがいいんだよな。

まあ、書いてる作家陣が、リスペクトに値する方が多いってのもあるけど。。。

 
 



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TSUTAYAのCDコーナーが縮小して困ってる。。。。

のっけのタイトルからして、一番言いたい事の「まとめ」を書いちゃったんだけども、近所の行きつけのTSUTAYAのCDコーナーが、これまでの半分以下のスペースになっちゃったんだよね。

いわいる「旧作」分については、これまでとほぼ同じくらいのスペースなんだけど、今回削られたのが「新作」分のスペース。

特に「シングル」分のスペースがねぇ・・・。 週間ランキングなんて、今までは50位分までスペースがあったのに、今じゃ15位分までしかないし。
兎に角、新作CDの在庫の少なさって言ったら「酷い」の一言なのよ。 まあ、これはシングルだけじゃなくアルバムについても同様。

これが困る。。。

何が困るかっつったら、個人的な音源収集がねぇ滞っちゃっているんですよ。 特に今年の「新曲」で個人的に「キニナッテイル」曲の音源ですねぇ。

なぜかっつったら、個人的に音源を収集する時は、未だにCDからリッピングしているから・・・なんだよねぇ。

そんじゃ、なんでネット配信を使わないで、わざわざCDからリッピングしているかっつったら、家ではハイレゾ音源で聴いてるからなんですよね。

まあ、ネット配信でも最近ではハイレゾ音源の配信も増えては来てるけど、まだまだ曲単価が高いし、なにより曲が少ないからなぁ。

個人的に収集したいと思っている曲は、まだまだハイレゾで配信されていない曲が多いからな。

ハイレゾの音質について他の人からいろいろな意見も出してるし、音源に使用しているCDは所詮は16ビット 44.1KHz の音質なんで、厳密に言えばいわいる「なんちゃってハイレゾ」なんだけども、やっぱ、それでもハイレゾにコンバートすると音がいいんだよねぇ。

さっきも、CDからリッピングしてハイレゾに変換した、BOOWYの「No,N.Y」を聴いてて思わず感動しちゃったもの。

音の粒がそろってるし、なにより立体感と重量感を感じるんだよね。

今まで聴いていたような「デジタル」音源特有の重量感も立体感もない、薄っぺらい音質じゃない。むしろ、大昔、アナログプレイヤーで聴いていた時のような音の広がり、厚み、温度感をかんじるんですよ。

コレ、コレ、コレ。 このグルーヴを感じたかったのよ・・・って言う。

正直、これ聴いちゃうと、16ビット 44.1KHz でコンバートしたmp3も、たとえビットレートを320kbsの最高品質音源でもやすっぽく感じちゃう訳なのよ。



たださ、mp3でも、サンプリングレートを44.1KHzから48KHzにあげると、これが別もんのようになる。

↑で、「なんちゃって」ハイレゾ・・・と書いたけど、CDからWAVにリッピングする際、シングルCDの場合は、24ビット、48KHzにサンプリングレートをアップグレードしリッピングをかけてる訳。

なぜに一般的にハイレゾで使用されているサンプリングレートを96KHzか192KHzじゃなく、48KHzに抑えてるかと言えば、シングルの場合、持ってる曲数がめちゃくちゃ多いからさ。 全曲 96KHzとか192KHzのサンプリングレートにすると、それこそ全体の容量が数テラバイトになっちゃって扱いにくいわけ。 これじゃウォークマンに落として外に持ち出すのにも不便だし・・・。
なので、わざと48KHzに落としているんだよね。 これだと、1曲頭50MB程度。通常のWAVファイルとほぼ変わらない容量。だけど、これでもCD規格以上のクオリティのれっきとしたハイレゾなんだよね。

で、このアップグレードしたWAVファイルから、ロスレスのflacにコンバートし保存している訳ね。

でも、ものは試し・・・と、24ビット、48KHzにアップグレードしたWAVファイルを、ビットレート320kbpsのmp3にコンバートしてみた。

当然出来あがったmp3ファイルのサンプリングレートは44.1KHzではなく48KHzのファイルになるんだけど・・・。

これがねぇ、音がいいのよ   

44.1KHzでコンバートしたファイルよりも音の粒がそろってるし、クリアだし、音が立体的だし、曲によっては、音に奥行きも出る。 いままで聴こえなかった音も聴こえてくる。ハイレゾで聴いてる音と、ほとんど変わらない。

それでいて、容量は1曲頭10MB前後。 44.1KHz、320kbpsでコンバートしたファイルとほとんど変わりなし。

おもわず、 うっちょ。。。 ですよ。

これならさ、1曲50MB前後のflacファイルより扱いやすいしさ、これでいいじゃん・・・。

・・・と今ウォークマンで持ち歩いてるのは、この48kHzのWAVファイルからコンバートした、320kbpsmp3なんだよね。



でもねぇ、結局のところ、これが出来るのも、48KHzのWAVファイルの元となる「CD」があるからこそのこと。 なので、近所のTSUTAYAのCDコーナーが縮小された事は、やっぱり痛い。

まあ、とりあえず、TSUTAYAに関しては、店舗利用の他、CD、DVDの宅配サービス(TSUTAYA DISCUSね)も利用している。DISCUSは扱っているパッケージが幅広く、通常店舗に置いてないようなパッケージも借りられるんで、音源収集には重宝するし、音源CDが絶対手に入らないと言う事でもない。

・・・だけど、考える事はみんな一緒・・・って訳で、DISCUSの場合、新曲は大抵「返却待ち」の状態なんでねぇ。 結局は、なかなか借りられない状態になるんだよねぇ。。。

そういうわけで、今年の「新曲」は、なかなか音源収集が進まない状況が続いている訳です。。。。

これは、多少観念して、ネット配信を利用すべきかなぁ・・・。 今は、AACファイルとはいえ320kbpsになってるし。。。 でも音質がねぇ。。。AACファイルじゃなく、WAVファイルを配信してくれれば、個人的な好みへのカスタマイズもしやすいし、だからすぐにも飛びつくんだが・・・。

それとももっと「金銭的」に妥協して、CDを買うべきか。。。 うーむ、安月給の身としては、極力リーズナブルに、より高音質の音源を出来るだけたくさん手に入れたいんだが・・・。




ちなみに、個人的にCDからWAVファイルへのリッピング、 flac、mp3へのコンバートに使用しているツールは、
dbpoweramp 。

基本40ドル前後のシェアウェアツールなんですが、それまで使用していたフリーウェアのリッピング、コンバートツールよりも、格段に音は良い・・・と個人的には思っています。

音源視聴に使っているコンポは、ONKYOのネットワークレシーバー CR-N765。これにハイレゾ対応のONKYO純正のスピーカーを接続。 音源ファイルは、外付けのポータブルHDDに保存。 ここからレシーバーへUSB接続して視聴しています。
 

雨 / 森高千里

1990_10_雨_森高千里


今回の1曲セレクトは、「雨」森高千里です。

まずはデーダどぇす!

・タイトル    雨
・アーティスト  森高千里
・作詞      森高千里
・作曲      松浦誠二
・編曲      斉藤英夫
・リリース日   1990年9月10日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 18.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 
・ベストテンランクイン期間:1990年10月1日〜10月8日付

雨です。。。寒いです。。。。なんか一気に季節が進んじゃいましたねぇ。。。 というか、一昨日までが暑かったと言うべきなんでしょうが。。。 ようやく「秋らしい」気候になったと言うべきなんでしょうね。

秋っぽくなるとヒット曲も秋っぽい曲が聴きたくなってくる。 特に今日のように、どんよりとした「雨」には、やっぱり「雨」の曲だよなぁ。

でもね、秋の「長雨」を連想させる、 この季節にヒットしたさめざめとした「雨」のヒット曲って、過去を振り返ってみると、意外と少ない・・ように思えるんだよなぁ。うーん、ワタクシの勉強不足なんでしょうかねぇ。
そんなに多く浮かんでこない。

すぐ浮かんでくるのは、例えば、75年甲斐バンド「裏切りの街角」、76年丸山圭子「どうぞこのまま」、77年太田裕美「九月の雨」・・・くらいでしょうか。

うーむ、70年代に偏ってるな。。。 いや80年代で雨が出てくるこの季節の曲って・・・何かあったっけな? って感じなんだよな。  まあ、ちゃんと掘り返せば出てくるはずなんだけど。。。

・・・ということで、今回は90年代の「雨」をモチーフにした、この今頃のヒットです。

森高千里「雨」

ここんところ、70年代の古めの曲が多かったんで、知ってる人しか知らないでしょう・・・っちゅう危惧が多かったんだけど、さすがにこの曲は知ってる方の方が多いかな。
特にワタシと同年代・・・・今の40代後半・・・の方は大体知ってますよね〜。

最近、ライブまで再開して、完全復活をアピールしてる森高だけど、その人気が一般化して「不動」なものになったのは、この曲あたりからじゃ無かったかなぁ。

いや、87年のデビューから、この「雨」がリリースされる90年の秋までもそこそこ人気はあったんだけどね。
リリースされる曲もコンスタントにベストテン入りさせて来てたし。

ただ、如何せん「イロモノ」の雰囲気が濃かったんだよなぁ。 なにせ、あの「美脚」にフリフリのミニスカートでしょ。これで食いつかない「オトコ」はいないでしょ・・・って感じのセックスアピールな存在だったしなぁ。
そこに持ってきて、ふざけた()内容の曲が多かったからなぁ。 加えて、あの口先だけのボーカルが堪らんって思えたりする方もいらっしゃいましたしね
良く言えば当時の「進化系」アイドルって言う存在でしたよね。

でもね、そういう「ニューエイジ」な存在をなかなか認められないワタシは、どうも「目の上のたんこぶ」的に感じていたってのもあるんだよな、デビュー当時の森高って。
まあ、それまでの「イロモノ」系って概して、人気も一過性のヒトが多かったし、森高もそんな存在なのかも・・・とは、どこかで思ってましたが。。。

ただ・・・この「雨」って曲は、その後の森高を考えると、やっぱり大きかったんだろうなぁ。

うむ、「まとも」って言っちゃアレだけど、本格的バラードの曲でしたね。 

タイミングも良かったんだよな。↑で書いたようにそれまでは、おふざけ的な曲が続いていたし、 「秋」って言う季節柄にもあっていたし、 なにより、この年の「秋」って今年同様、「雨」の日・・というか曇りがちの日が多かったんだよね。 まあ、そう言うイメージが個人的には強いってところで、実際どうだったかっていうのは忘れちゃったけど。。。

そう言うイメージがあったからなのか、この曲は、季節的、時代的、どちらを取ってもピッタリ嵌まっていたように、今でも思えますねぇ。 うん、1990年秋って言っていうと、この曲が浮かんでくるもの。

言ってみれば、タイミングがいいイメージチェンジが出来たって言うところなのかなぁ・・・。まあ、それが功を奏してか、この曲で初めてオリコンベスト3入りだったんですよね。(オリコン最高2位)

そう言うこともあってなのか、個人的にも、この曲、結構な大ヒットだった・・・って言うイメージがあったんだよな。
でも、実際は売り上げ18万枚。 ま、確かに売り上げとしても、あの「17才」に匹敵するくらいだった訳だけども、でも、思ったよりも売り上げは伸びてなかったんだよね。

ちなみに、森高がこの後、オリコンでベスト3入りしたのは、3年後の「風に吹かれて」。 これが初めてのオリコン1位だったんだけども、それまで待たなくちゃいけなくなる。 これも今となっては意外だったかなぁ。
今となっては伝説的な「私がオバさん〜」も「渡良瀬橋」もベスト3入りしていないんだよね。「私がオバさん〜」に至ってはオリコンでベストテン入りもしてないし。。。

90年代初頭はアイドルにとっては冬の時代。バンド系が悉くミリオン以上のメガヒットを飛ばす中、アイドルは地盤沈下していた時代。 そう言う意味でも、当時、森高はアイドルって言うカテゴリーに属していたと言っていいかもしれない。




ぢゃ、個人的には、当時、この曲をどう思っていたのか・・・というと、正直言って、まだ認めていなかった部分が大きいな。 やっぱりイロモノはイロモノだったんだよね、ワタシの中では。

まあ、あれから27年経った今となっては、認めている部分が大きいんだけどさ。

個人的に森高を認めるようになったのは、この曲から丁度1年後の「ファイト!」からだったなぁ。
そそそ「坊主頭の太郎君」ですよ うーむ、「雨」に比べるとよっぽどイロモノ的な感じだけど、曲が良かったんだよな「ファイト!」は。

この曲、いい曲ではあるんだけど、なんかねぇ「如何にも変わりました」っていう感じが自分の中ではしたんだよな、当時。
「雨」っていうと、AOR調の中に少し「和」がかったバラードっていう曲調が当たり前のようにも思えたし。


それにしても森高千里ってヒトは、年取らないよなぁ。 今でも、この当時と遜色ないしなぁ。声質も全然変わんないし。。 48歳ですぜ。2人の子供の母とは思えないもんなぁ。
大体50近くなりゃ、昔はヨボヨボになってもおかしくなかったしさあ、50っていったら、自分の若い頃のイメージなかでは、完全にジジィ、ババァだったもの。。

・・・っていうワタシは、森高と同い年なんだよね

そう言えば、石田ゆり子も 鈴木杏樹も同い年だったっけ。。。。 このヒトたち、ホント年取らないんだよな。

だからなんだ ってところだけど、このヒト見てると、自分も年取ってらんねぇな・・・なんて思えたりしてね。




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Come close to me / 上原多香子

1999_10_Come Close to me_上原多香子


今回の1曲セレクトは、「Come close to me」上原多香子です。

まずはデータです。

・タイトル    Come close to me
・アーティスト 上原多香子
・作詞      Я・K
・作曲      Я・K
・編曲      土方隆之 森本裕二
・リリース日  1999年9月29日
・発売元    トイズファクトリー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  21.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1999年10月11日〜10月18日付
・タイアップ:カネボウ「海のうるおい藻」CM曲

えー、前回は・・・と言っても、「今朝」書いたばっかなんだけど・・・、岡田有希子さんを持ってきた訳でして。
「Love Fair」。 この曲を聴くと悲壮感を感じるって事で書いたんだけど、同じような感覚を覚えた曲が、ずーっと後にもあったんだよね。

今回は、そんな曲を持って来ましょうかねぇ。

上原多香子「Come close to me」

うーむ、果たしてタイトルを持ってきて、どれだけの方が「曲」を連想できるか・・・正直、大いに不安だったりするんだけどねぇ。

そもそも、上原多香子さんと書いて、「あー」って思いだせる方が今となっては、どのくらいいるのかなぁ。
うん、恐らくワタシより10〜15才位年下の方だったら、みんな知ってるかなぁ。

そそそ、SPEEDの4人の一人ですね。 まあ、SPEEDっつったら、国会議員になられた今井絵理子様がある意味、ことしの「顔」となられておりますが。。。

上原多香子さんは、今井さん、島袋さんのボーカル2人に対して、新垣さんとバックで踊っていた方なんで、あんまり表立っていなかったしね。しかも一番大人しヒトだったんで、今となっては忘れられている部分も多いかもしれないけど。。

そんな上原さんの、「ソロ」シングル第2弾が、この曲だったわけだ。

・・・というか、この年1999年は、SPPEDとしたグループ活動よりも、それぞれがソロとして活動していた部分が大きかったからねぇ。 みんなそれぞれがソロシングルだしていたし。。

その中で一番、際立ってソロ活動していたのが上原さんじゃなかったかなぁ。。 いや、そんなような印象が強いんだよな、個人的には。

そう思えたのは、恐らく、このヒトがソロでやっていた曲調が一番、個人的にはフィットしたからなのかもしれない。

そそそ、このヒト、ソロでは、SPEEDで見せていたようなアップチューンから180度異なる、スローテンポ主体の、お嬢さん路線だったじゃん。
あ、その辺がねぇ、どことなく80年代における岡田有希子さんとダブって見えたのかもしれない。

その中でも一番、引っかかったのが、今回引っ張って来た、第2弾の「Come close to me」だったな。

この曲は、もろネタ(下敷き)になった曲が分かっちゃったりするんだけどさ。 そそそ、どう聴いてもビートルズの「strawberry fields forever」だよね。しかも、間奏のトランペットは、「All You Need Is Love」だし。 
ところどころ「Lucy In The Sky With Diamonds」。

って感じで、めちゃくちゃビートルズ色が強い1曲。 うん、「サイケ」色が強いあたりのビートルズね。

プロデュースのЯ・K・・・・うんにゃ、LUNA SEAの河村隆一氏も優男の見かけによらず、結構エグイな・・・なんて思わせたりしてさ。 ここまですぐにネタばれする曲を持ってくるあたり。

っつか、当時はЯ・Kって、一体誰なんだ? って感じだったんだけどさ。。 ま、当たりは付いていたんだけど。。。 いや、この曲のバックを聴いてれば、すぐ分かっちゃうか。。。河村隆一氏って。

まあ、ビートルズほどサイケデリック色は強くないし、うーんと薄味、かつ、なんて言うのかなぁもっと暖色っぽいイメージ・・・そそそファンタジーの世界なんだ・・・のような曲調なんだけどさ。

兎に角、どこまでも優しい気持ちになる1曲なんだよな。 同時にどこか淋しさを覚えたりして。

みんなでワイワイとしながら聴く曲・・・というんじやなく、一人しんみりと聴く・・・。そう言うタイプの曲だったからかもしれない。

そそそ、その「シンミリ」と言う部分にも、岡田有希子さんの「Love Fair」に通づるモノを感じたのかもしれない。


個人的にちょうどこの頃、新卒で入った会社に退社の意向を申し入れ、受理されたころなんだよね。
この曲が引っかかって言うのは、そう言う事で、それまで張り詰めていた気持ちが、一気に解放されたってところも大きかったかもしれない。

それまでの何年かは仕事が優先で、音楽はある程度スポイルして来ていたところもあったし。 そんな緊張感から一気に解放されたって気分が強かったんだよね。

だからと言う事もないかもしれないけど、一時的に遠ざかっていたヒット曲も、この頃は、結構聴いてたんだよね。素直に聴けてたんだよなぁ。

もし、退社せずにあのまま続けていたら、この曲なんて素直に聴けてたかどうかは分かんない。 もしかしたら聴いてなかったかもしれない。 やっぱり気持ちの持ちようなんだよなぁ、音楽との接点って。

当時ワタシはちょうど30歳になったばかりで、そんなことも大分、感じて来ていた頃だったかもしれない。

同時に、本格的にネットとの接点を持ちだしたのもこの頃。

まだ、自分のサイトも掲示板も持っていない頃で、夜な夜な他のヒトの掲示板(BBS)に出没しては、当時のヒット曲について、辛口で書き始めたのもこの頃ですわ。 
それでネットでのダイレクトな反応に快感とシンパシィを感じ始めたのもこの頃だったと思う。

もしかしたら、この「Come close to me」についても当時1度書いたかもしれない。 覚えてはないんだけども。 

でも、まだ、ネットの世界で仕事をするっていうのは、全く考えても無かったなこの頃は。 うん、仕事をやめるっていっても、次の仕事の事は考えてなかったんだよね。 まあ、今考えると無謀・・というか、怖いもの知らずだったんだけどさ。若かったよね。





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